たまりば

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2020年03月31日

伝えることの難しさ。


小学生に算数の授業をしていたときのことです。
こんな問題を解いていました。

問題 青い色紙が45まい、赤い色紙が60まいあります。これらの色紙を、それぞれ同じ数ずつあまりがないように子どもに分けようと思います。子どもが何人のとき分けることができますか。

公約数に関する文章題です。
45と60の公約数を求めればよいですね。
公約数は、1、3、5、15。
だから、答は、1人、3人、5人、15人 です。

この問題は、解答欄が4つあり、「  人、  人、  人、  人」となっていました。
答が4つあることを教えてくれている親切な問題だと私は感じていました。

ところが、ある生徒が、この問題にこういう答を書きました。
「5人、5人、  人、  人」

・・・え?
どういうこと?

「・・・どういう解き方をしましたか?説明してください」
そう問いかけましたが、しかし、その子は押し黙ったまま、何も答えませんでした。
自分の答は間違いなのだなと気づくと、それに関して説明をしない子・できない子は多いのです。
無理もない、とも思います。

以前に見たことのある種類の誤答なら、誤解の原因も見当をつけやすいのですが、このミスは初めて見ました。
45枚の青い色紙と60枚の赤い色紙を、5人と5人に分ける・・・。
45枚を5人に分け、60枚を別の5人に分ける、ということなのだろうか?
上の問題文は、そのように誤読する可能性がどこかにあるものなのだろうか?
そう思って問題文を読み返すと、確かに読み取りにくいところがないわけではないのでした。

「青い色紙が45まい、赤い色紙が60まいあります。これらの色紙を、それぞれ同じ数ずつあまりがないように子どもに分けようと思います」

「それぞれ同じ数ずつ」の「同じ」は、何がどれと同じなのか?
「それぞれ同じ」とは、どういう意味だろう?
わからないといえば、わからない・・・。
算数の文章題は大体こういう構造のものという蓄積で問題文を読んでいる私とは、読解の仕方が異なる子どもがいても当然です。


とはいえ、近年、言葉が通じにくい子に以前よりも多く出会うようになったと感じます。
例えば、宿題の答えあわせをするとき。
「では、宿題の答えあわせをしましょう。1番の(1)は?」
と声をかけても、反応が返ってこない子もいます。
この指示では、自分が何をすればよいか、わからないようなのです。

「では、宿題の答えあわせをしましょう。答を言ってください。一番の(1)の答えは何ですか?」
このように問いかければ、反応があります。

コンピュータみたいなのです。
正確にコマンドを伝えないと、反応しない。

さらに言えば、
「宿題の答えあわせをしましょう。赤ペンを用意してください。正解ならば、丸をつけてください」
このように声をかけないと、赤ペンを用意しない子もいます。
答えあわせなのだから赤ペンを用意しよう、とは考えないようです。

ところが。
同じ子が、答が間違っていると、消しゴムでその答を消して正解に書き直し、赤丸をつけたりします。
それは、コマンドにない、自己判断です。
私は一切指示していないことなのです。
つまり、実は、コマンド以外のことを自発的に行うこともできるのです。
コンピュータとの決定的な違いはそこです。
誤答を消して、書き直し、赤丸をつける。
そのことについては行動は迅速で、自己判断で処理を行っています。

誤答を書き直して赤丸をつける行為の是非については、また別に書きたいと思います。
是非も何も、そんなのはダメに決まっていますが、今回の話とは異なる話なのです。
変な話ですが、正確なコマンドをしないと反応が返ってこないと思っていた子が、自分の誤答をスッと直して赤丸をつけるのを見ると、この子には自己判断の能力がある、何かを考えている、と感じとることができるのです。
コンピュータにはない精神の存在を感じる、とでも言いますか。

正確なコマンドをしないと反応が返ってこないタイプの子は、学力を低く見られがちです。
理解力が乏しいように見えます。
そんなの大体わかるだろう?が通じない。
常識で考えなさいよ、が通じない。
受け止め方に幅がないのは知力が乏しいせいではないか、と思われてしまいがちです。
ただ、そうとばかりも言えないのではないかと、その精神の存在を垣間見ると感じます。
勝手に答えを書き直し赤丸をつけるということは、何かを考えているということ。
ただ、それが表面に見えてこないのです。
無口で、無反応です。

新しく学習する内容の解説をした後、
「わかりますか?」
と問いかけても反応のない子にも、たまに出会います。
「わかりました?」
・・・無反応。
「何か質問はありますか?」
・・・無反応。
「どこが、わからないですか?」
・・・無反応。
「もう一度訊きます。わかりますか?わかりませんか?返事をしてもらわないと、あなたがわかったのかわからないのか、私にはわからないんですよ。わからないのならもう一度説明しますし、わかるのなら練習問題を解きます」
「・・・わかる」

数回の問答の末、何とか把握したことですが、どうやら、解説はもうわかったので、次の問題を勝手に読み進めていて、その問題について考えていたようなのでした。
その間、私の問いかけに返事をしなければならないという意識はなかったのでした。
悪意はないのです。
ただ、他者の存在への認識が弱いのでしょう。
自分は、自分が何を考えているかわかる。
自分がわかるのだから、他人もわかるはずだ。
自己と他者との境界が曖昧なのかもしれません。
だから、返答の必要性が今ひとつ理解できていないのでしょう。
返事をしないくらいのことで、なぜ、こんなに色々言われるのか?
そのような心の動きが内心ではあるのではないかと想像されます。

ただ、これも、説明すれば理解してくれる場合が多いのです。
とにかく、悪意はなく、ただコミュニケーションにおいて気づいていないことが多いのです。
根気強く問いかけ、返事をしないと授業が先に進まないことが理解できれば、改善されていきます。


ある日。
その子の数学の宿題ノートを見て、私は仰天しました。
1次方程式の計算問題の宿題を解いたノートでした。

9-(4x+1)=-5x+2    x=6

・・・何?この答案。

符号ミスをしていることより何より、与えられた方程式の横に、x=6 だけ書いてあることにぎょっとしました。
え?
この子は、方程式の解き方を知らないの?

方程式は、解いていく過程そのものが答案です。
「以下の方程式を解きなさい」という問題で、計算過程を省略して最後の行だけ書くということはありえません。
高校数学の応用問題の途中で方程式を用いた際に、
9-(4x+1)=-5x+2 
よって x=-6
と計算過程を省略した答案を書くことはありますが、それは高校生になってからのことで、それでも「よって」くらいは書かないと違和感があります。

やはり、方程式の解き方を知らないのだろうか?

・・・いえ。
以前の授業で、その子が方程式をごく普通の解き方で解いているのを、私は見たことがありました。
方程式の文章題の解説と演習をそれ以前に行っていたのです。
ああ、この子は、方程式は解ける。
そう判断しました。
ただ、( )の前に-の符号がある際の処理が苦手の様子。
計算練習をもっとやらないとまずい。
そのように判断して出した宿題でした。

何でこんな答案を書いてきたんだろう?
全問解き直しをしてもらう間、私はその理由がわからず、ただショックを受けていました。
なぜ、こんなに突然退化するのだろう?
塾に通うようになった結果、方程式も解けなくなったなんて、こんなひどいことはない。

方程式の解き直しが全問終わり、もう1ページ、易しい文章題の宿題の答えあわせを始めたときのこと。
例によって、何をxとしたのか、その1行目が書いてありませんでした。
それは、数学が苦手な中学生のほぼ全員がやってしまうことです。
以前の授業で注意したのに・・・と考えて、あること気づき、私は声を上げそうになりました。

・・・・ああっ!

私は以前の授業で、方程式の文章題に関して、こんな話をしました。
採点する先生は、答案の4つの箇所を見ます。
まず、1行目に、何をxとしたかを書いているか。
次に、方程式を正しく立てているか。
次に、x=・・・の計算結果が正しいか。
最後に、最終解答が正しいか。
その4か所を見て、得点を決定します。
それが、採点の流れだよ。
そういうメリハリを意識して文章題の答案を作っていくんだよ。
そのように解説したのでした。

その子は、その説明を、「方程式は、1行目のあとは、x=・・・が書いてあればいい」と聞き取ったのではないか?
中学生の間は、方程式の計算過程を書いておくのが当たり前です。
計算過程を書かなかったら、方程式を解いたことになりません。
そんなところを省略する子などいないから、その話はしなかったけれど。
いや、「当たり前」とか「普通は」とか、そういうことが通用するわけではないのでした・・・。
正しいコマンドをしなければ、正しい反応は得られない。

・・・だとすれば、あの異様な答案は、私のせいなのでした。
( 一一)

無表情に、文章題の宿題の全てに何をxとしたかを書き加えていくその子を見て、考え込んでしまいました。
この子は、私に対して、どのような感想を抱いているだろう?
「自分が言ったことなのに、その通りにしたら次の授業ではそれではダメだと言い出して、全問解き直しを命じる人」だろうか?
これまでも、こういうことの繰り返しで、「先生」と呼ばれる人たちに不信感を抱くことがあったろうか。
大人に不信感を抱くこともあっただろうか。
参ったなあ・・・。

近年、非行少年と呼ばれる子たちで、反社会的な考えや反抗心から犯罪を犯す子は、ごく少ないと聞きます。
むしろ、理解力やコミュニケーション能力に課題があり、周囲の大人と人間関係を結べない子が、社会の隙間に落ちていくようにして犯罪を犯してしまう例が多いそうです。
個別指導塾に来る子は手厚い庇護のもとにある子ですから、もとよりそのような心配はないのですが、このコミュニケーション能力で、貧困やネグレクトなどの課題が家庭にあったなら、どのようなことが起こり得るか、悲惨な想像をしてしまうことがあります。

細心の注意を払っていかなければ。

それと同時に、数回前に私が授業で説明したことをその子は覚えていたのだと思い至りました。
幾度同じ説明をしても、左の耳から右の耳に通り抜けていく様子の子もいる中で、説明を聞いている。
説明を覚えている。
聞いている様子は感じられないけれど、聞いているのです。
この子は、コミュニケーション能力のせいでものすごく損をしているけれど、潜在能力はかなり高いのではないか?
答がわかったときに「わかった!」とも言わないし、嬉しそうな顔もしないから、わかっていないと思われて損をしてきたことも多いのではないか。

誤解をされないような正しい説明をするのは私の仕事。
これは私の能力が試されている私の課題なのだと思います。

  


  • Posted by セギ at 18:14Comments(0)算数・数学

    2020年03月29日

    高校数Ⅱ 組み立て除法と高次方程式。



    今回は、いよいよ「高次方程式の解法」です。
    剰余の定理、因数定理、組み立て除法など、色々と学んできたのは、このためでした。
    やっと、目的を果たすことができます。

    問題 x3+3x2-4=0 を解け。

    2次方程式は、(x-△)(x-☐)=0 の形にくくると解けました。
    (  )(  )でくくる、すなわち因数分解すれば良いのです。
    高次方程式もその仕組みは同じです。
    どうすれば、そのように因数分解できるのか?
    上の問題は、共通因数でくくれるわけでも、公式を利用できるわけでもなさそうです。

    そんなときに使うのが因数定理です。
    f(a)=0 となるaを見つけたら、
    f(x)=(x-a)(   )
    という形に因数分解できるのです。

    そのようになるaを探しましょう。
    それは、暗算でも構いませんが、ちょっと難しいなと感じたらメモを取りましょう。
    上の問題では、a=1 だとすぐ気づきます。
    x=1 を代入すると、
    1+3-4=0 です。
    この正式は、(x-1) という因数を持つことがわかりました。

    では、もう一方の( )には何が入るでしょうか。
    それは、x3+3x2-4 をx-1 で割った商が入ります。
    実際にわり算の筆算をしても良いのですが、手間がかかります。
    ここで役立つのが組立除法です。
    やってみましょう。

    1 3 0 -4   | 1
      1 4  4
    1 4 4  0

    よって、商は x2+4x+4 です。
    これで因数分解できました。
    (x-1)(x2+4x+4)=0

    後半の( )は、公式を利用して、さらに因数分解できます。
    (x-1)(x+2)2=0
    よって、
    x=1、-2  です。


    問題 x4-5x3+10x2-16=0 を解け。

    やはり、因数定理を利用し、因数分解していきます。
    xに代入してこの式の値が0になる数を探します。
    x=1 のとき、1-5+10-16 は0ではないからダメですね。
    x=-1 のとき、1+5+10-16=0
    あ、これだ。ヽ(^。^)ノ

    しかし、xに代入する値が負の数になると、暗算ミスが増える人がいます。
    x3=1 としてしまったり、x3=-1はわかっていたけれど、-5が負の数であることでさらに混乱し、-5x3=-5 としてしまったり。

    負の数がからんでくるとかなりの確率で符号ミスをしてしまう人は多いです。
    中3の受験期に直る人もいますが、もう一生直らないのかもしれないと感じるほどに符号ミスを繰り返す人もいます。
    高校2年生になっても、ネックは符号ミス・・・。
    解き方は理解しても、計算の結果は正解にならない。
    なぜなら途中で符号ミスをするから。
    そういう人は、多いです。

    「ケアレスミスはなくせる」
    と気軽に言う人もいますが、なくせるミスもあるが、一生残るミスもあるだろうと私は思います。
    ミスの原因を自覚すれば直せるという人もいますが、どんなに自覚しても直らないこともあります。

    私自身は、普段は計算精度にある程度の自信をもっていますが、「今日はダメだ」と感じる日もあります。
    どんな日にケアレスミスをしやすいのかというと、例えば、夏期講習などの長期休暇中の講習の後半の日。
    毎日7コマ連続授業。
    朝10時から休みなしで夜9時半まで授業をすることが何日も何日も続きますと、さすがに疲労がたまってきます。
    あるいは、目の前の計算に集中できない心配ごとのあるとき。
    てきめんに計算精度が落ちます。

    だから、疲労や心配ごとで混乱を起こしているときの私の脳の状態が、通常の脳の状態に近い人は、計算ミス・符号ミスが常態であっても、特別不思議なことではないと思います。

    疲労困憊し、計算ミスが増えている私に、
    「気をつけて。自分のミスの原因を自覚して」
    などと注意したところで、直りません。
    そんなことで直るわけがないのです。
    脳が精度を保てないのです。

    数学ではそのように混沌とした脳の状態の人が、例えば英語では三単現や名詞の単複、あるは冠詞の付け忘れなどのミスを全くしない、ということもあります。
    だから、それは、頭がいいとか悪いとか、そういう話ではないのです。
    英語においては精度を保てる人が、なぜ、数学では精度を保てないのか?
    数学の問題を解くときに、疲労困憊したような、あるいは他の悩みごとで混乱したような脳の状態になってしまうのは、なぜなのか?

    1つには、数学の問題を解くときの脳の使い方がよくないと想像されます。
    数学の問題を解くときに、おそらく他の何かを同時に考えています。
    脳をいつもよりもさらに部分的にしか使えない状態にしています。
    でも、なぜ、そのような状態になるのか、おそらく本人もわからない。
    気が散った混乱した状態でしか数学の問題を解けないのはなぜなのか、本人にもわからないのだと思うのです。

    自分はなぜ、マイナスの符号を見落とすのか。
    数字を書き間違えるのか。
    そんなのは、本人にもわからないのです。

    1つ言えるのは、その問題に向かうときの心の在り方が、その問題にふさわしくないのではないか?
    易しい問題だと感じると、なめてかかり、ミスをする。
    難しい問題だと感じると、混乱し、ミスをする。
    問題に対し、いちいち不安定な対応をし、すぐに感情が動く人は、ミスが多いと感じます。
    数学の問題は、易しい問題だろうが難しい問題だろうが、同じ出力で同じように淡々と解いていくのが理想です。


    話が今回も大きく逸れました。
    再度、問題を見直しましょう。

    問題 x4-5x3+10x2-16=0 を解け。

    因数定理を利用し、因数分解していきます。
    x=-1 のとき、1+5+10-16=0 です。
    では、組立除法をしましょう。

    1-5 10   0  -16  | -1
     -1  6 -16   16
    1-6 16 -16    0

    よって、
    (x+1)(x3-6x2+16x-16)=0

    次に、後半の( )をさらに因数分解しましょう。
    xに代入して0になる値を探します。
    1も-1もダメ。
    ではx=2 は?
    8-24+32-16=0
    これですね。

    1 -6  16  -16  | 2
       2  -8   16
    1 -4   8    0

    よって、
    (x+1)(x-2)(x2-4x+8)=0
    最後の( )はもう実数では因数分解できないです。
    では、2次方程式の解の公式で解きましょう。
    xの1次の係数が-4と偶数なので、2本目のほうの公式が使えます。
    x2-4x+8=0
           x=2±√4-8
           x=2±√4 i
           x=2±2 i
    よって、この方程式の解は、
    x=-1、2、2±2 i  です。


    問題 2x3-7x2+2=0

    さて、この方程式でxに代入して0になる値は?
    1も-1もダメ。
    2も-2もダメ。
    計算ミスしたかなあ?とやり直すけれど、やはりダメ。
    それで諦めてしまう高校生が多い問題です。

    0になる値の見つけ方は、±(定数項)/(最高次の項の係数) でした。
    つまり、探すのは整数だけではなく、分数もあり得るのです。
    x=-1/2 を代入してみましょう。
    2/8-7/4+2
    =1/4-7/4+8/4
    =0
    0になりました。

    では、組立除法を。

    2 -7  0   2  | -1/2
      -1  4  -2
    2 -8  4   0

    よって、
    2x3-7x2+2=0
    (x+1/2)(2x2-8x+4)=0
    このままにせず、後半の( )を2で割り、前半の( )に2をかけることで整えます。
    (2x+1)(x2-4x+2)=0

    このように因数分解した結果を見ると、なぜ、±(定数項)/(最高次の項の係数)なのか、漠然と感じとれるのではないかと思います。
    最高次の係数の2が大きく影響するのがわかります。
    因数分解したときに、どこかの( )は、(2x+△)という形になるでしょう。
    そのときのxの解は分母が2の分数の可能性が高いでしょう。

    さて、後半の( )は、解の公式で解きましょう。
    x2-4x+2=0
           x=2±√4-2
           x=2±√2
    よって、この方程式の解は、 x=-1/2, 2±√2 です。


    問題 (x+1)(x+2)(x+3)=5・6・7 を解け。

    この問題、左辺の( )は1ずつ増えているし、右辺の整数も1ずつ増えています。
    これはx=4 が解だなと気づきます。
    x+1が5にあたり、x+2が6にあたり、x+3が7にあたるのですね。

    だからといって、それだけ解答欄に書いておしまい、として良いのでしょうか?
    これは3次方程式です。
    3次方程式は、基本的には解は3つあります。
    残る2つの解を求めずに終わるわけにはいきません。
    これは、やはり、展開して整理しましょう。
    (x2+3x+2)(x+3)=210
    x3+3x2+3x2+9x+2x+6=210
    x3+6x2+11x-204=0

    さて、これが0になるxの値を見つけないといけないのですが、今回はx=4が解の1つであることは既に見つけてありますので、随分楽です。いきなり組立除法できます。

    1  6  11 -204  | 4
       4  40   204
    1 10  51     0

    よって、
    (x-4)(x2+10x+51)=0
    x2+10x+51=0 のとき
            x=-5±√25-51
            x=-5±√26 i
    よって、この方程式の解は、
    x=4, -5±√26 i  となります。
      


  • Posted by セギ at 15:13Comments(0)算数・数学

    2020年03月25日

    高校英語。比較表現。the +比較級と、the のない最上級。


    最上級には the をつける。
    比較級には the はつけない。

    中学2年で、まずそのように基本を学習します。
    しかし、この基本がつかみきれないまま高校生になってしまった人が、英語が苦手、文法が苦手な人には多いです。
    最上級に関する空所補充問題で the をつけず、( )が1つ余ってしまい、仕方ないから余計な単語を入れて、誤答。
    間違えた直後は、ああそうだったと思っても、1週間も経つと、また同じことを同じように間違えてしまいます。

    ・・・何で?

    教えていて苦慮するのは、こういう基本がどうしても定着しない子がいることです。

    英語のつまずきは、学習の初期の初期から常にあり、多くの子が同じところを同じように間違えます。
    アルファベット小文字のbとdの混同。
    you're と your の混同。
    she's と her の混同。
    Are you ~?と Do you ~?の混同。
    三単現のs、名詞複数形のsを常に忘れる。
    現在進行形で be 動詞を一切書かない。
    ・・・枚挙に暇がありません。
    全てのハードルを引っ掛けて倒す選手のように、全箇所でつまずいていきます。
    人が変わっても、同じところを同じように間違えます。
    ああ、この子もまたここを間違えるのか・・・と感じることは多いです。

    学力的に、それが限界なのか・・・。
    いやいや冗談じゃない。
    こんな初歩の段階で限界ということはないでしょう。
    まだ余力があるでしょう?
    勉強に対する心構えや感覚が雑になっていませんか?
    シラス漁をしているのに、大きな魚を捕るための大きな目の網を使っていませんか?
    大体理解すれば大丈夫と思ってしまう。
    だから、全部頭をすり抜けてしまって、何にも残らない。
    そういう感覚の勉強をしていませんか?

    細かいところを丁寧に正確に見ましょう。
    似ているところの細かい違いをよく注意して覚えましょう。
    そこがテストに出るということを強く意識しましょう。
    定期テストの英語は、減点との闘いです。
    スペルを1つ間違えただけで、はい1点減点。
    ピリオドを打ち忘れただけで、はい1点減点。
    丸よりも△が多い人は、英語に関して自分の注意力のレベルを一段階上げれば、得点は格段に上がります。

    ・・・そんなの本当の英語力とは関係なくない?

    うん。
    気持ちはわかります。
    そんな細かいミスよりも、英文を読んだり聞いたりして大体内容が理解できて、英語を書いたり話したりして大体通じることのほうが大切じゃないか?
    確かにそうです。
    でも、現実には、そのような本当の英語力のある人は、上のようなミスも少ないのです。
    ミスは非常に多いが4領域の能力がバランス良く高い人に、私は会ったことがありません。
    上のようなミスは多いが、初見の英文を読んで答える問題はよくできるし、テーマを与えられた英作文は語彙も豊富で内容も深い・・・という人がいたら何だか格好いい気もしますが、現実には、私は見たことがないのです。
    文法ミスやスペルミスが多い人は、「本当の英語力」を問われる問題も、やっぱり苦手であることが多いのです。
    単なるケアレスミスというよりも、英語に対する意識の低さがミスに表れているためではないかと感じます。
    「大体わかればいいや」という気持ちの底には、英語がいつまでもいつまでも小学生の頃のように易しければいいのにという気持ちがあるのかもしれません。
    だから、英語が難しくなってくると、「大体わかる」こともできなくなっていくのです。

    小学生で日本に帰国した帰国子女で、日常会話の英語を「聞く」「話す」能力は高いけれど「読む」「書く」力があまり伸びない子がいます。
    文法ミス・スペルミスも非常に多いです。
    子どもの英語のまま、その先が伸びないのです。
    それが、本当の英語力でしょうか?

    正しい文法の正しい英語を使うことは、英語圏では常識ある大人であることの証明。
    教養の証明です。
    文法ミスやスペルミスの多さは、仕事人なら、職業的能力すら疑問視される可能性があります。
    それは、日本でも、そうでしょう?
    日本語が何だかおかしい日本人を仕事相手として信用できますか?
    メールや手紙が誤字脱字だらけの仕事相手を尊重できますか?

    私もこのブログを書いていて、誤字脱字を後になって見つける度にヒヤリとしています。
    細かいところを丁寧に正確に。
    完璧は目指せないとしても、そこに向かって努力することは必要なことだと思うのです。


    最上級には the をつける。
    比較級には the はつけない。

    この基本が曖昧なまま高校英語に進んでしまうと、その先は例外的なことが出てきますので、さらに混乱し、訳がわからない状態になっていきます。
    今回は、そんな内容です。
    最上級だけど、the がつかない。
    比較級なのに、the がつく。
    そういう表現を扱います。


    もともと、普通の最上級でも、副詞の場合は the をつけなくても良いのです。
    つけても構いませんが。
    この知識を問うために、主に私立高校では以下のような入試問題を作ることがあります。

    問題 次の英文の空所を埋めよ。
    She can swim (  )(  ) her class.
    彼女はクラスで最も速く泳ぐことができる。

    これを、
    She can swim (the)(fastest) her class.
    としてしまう人は、最上級には the をつけるということは理解しているのですが、副詞の場合は the はなくても良いという知識が身についていないのかもしれません。
    正解は、
    She can swim (fastest)(in) her class.
    です。
    the は省略できるけれど、 in は省力できません。
    しかし、前置詞に対する意識が低いと、上のような誤答になりがちです。

    実は、形容詞の最上級でも、叙述用法の最上級は the はつけなくても良いというルールもありますが、では、叙述用法の形容詞とは何なのかという話になっていきます。
    面倒くさいので、そこらへんは、今回は省略しましょう。


    ここから学習するのは、絶対に the をつけない最上級です。

    まずは、1つのものごと、1人の人の中での最上級。

    This lake is deepest at this point.
    この湖はこの地点が最も深い。

    1つの湖の中で、最も深いところの話をしています。
    これは、下の文と比較するとわかりやすいでしょう。

    This lake is the deepest in Japan.
    この湖は日本で一番深い。

    人間の場合の例も。

    She feels happiest when she is playing the piano.
    彼女はピアノを弾いているときに最も楽しいと感じる。

    これも、
    She is the happiest woman in the world.
    彼女は世界で一番幸福な女性だ。

    という文と比べると違いが理解しやすいと思います。


    次に、the をつける比較級。
    前にも書きました、the 比較級+主語・動詞~, the 比較級+主語・動詞・・・. の文。
    「~すればするほど、ますます・・・・」という意味の文でした。

    The higher we climb, the colder we feel.
    高く登れば登るほど、ますます寒いと感じる。

    他に、2つの中での比較。
    My brother is the taller of the two boys.
    私の弟は、2人の少年のうちの背の高いほうだ。

    冠詞 the には、ものごとを限定する意味があり、2つの中での~のほうなのだと確定する意味あいとして使われます。

    the を使わない最上級。
    the を使う比較級。
    セットで覚え、頭の中を整理してください。



      


  • Posted by セギ at 13:44Comments(0)英語

    2020年03月22日

    多摩湖自転車道から、狭山公園と八国山を歩いてきました。2020年3月。


    今年は例年より10日も早く桜が咲きました。
    ということで、自転車に乗って、お花見に行ってきました。
    コンビニでサンドイッチとおにぎりとコーヒーを購入。
    武蔵境駅の連絡通路を抜け、そのまま北に直進しました。
    ドラッグストアの前で、行列を発見。9:10。
    ああ、本当に、開店前から行列ができているのですね。
    今日は日曜日なので、多少若い人もいましたが、大半は高齢者です。
    本当に必要で並んでいる方もいるのでしょうが、マスクやトイレットペーパーはもう家に十分あるのに、毎日毎日行列に並んでいる高齢者もいると聞きます。
    精神的に、何かちょっと変なモードに入ってしまっていて、自分ではその行動を変えることができないのかもしれません。
    お花見でもして、少し気持ちを変えられるといいなあ。

    マスクは、1年前に1箱購入したマスクが、あと10枚ほど。
    それは、都の感染状況がもっと悪化した最悪のときのために備蓄し、今のところハンカチマスクでしのいでいます。
    トイレットペーパーは、12ロールのパックの封を切ると、次の12ロールを買うのが習慣なので、あと4か月はもちます。
    アルコール除菌ペーパーはもうすぐなくなるけれど、そのときには、台所用の塩素系漂白剤で全て除菌するので、大丈夫。
    心配ないさー、と心の中で歌いながら、北へと自転車を走らせました。
    桜橋交差点をそのまま直進。
    浄水場西の交差点で左折。
    大きな通りを信号で渡ると、多摩湖自転車道の入り口です。9:15。

    自転車道は空いていました。
    自転車道と並行している歩道を普通に歩いている歩行者が多いのも、助かりました。
    「歩行者優先」の掲示が多いせいか、広い歩道が空いていても、自転車道のほうをわざわざ歩く歩行者が例年多いのです。
    だからなのか、昔と比べて、本当の自転車好きは、この道をあまり走らなくなったようです。
    スピードを出せないと、つまらないですものね。

    ソメイヨシノは、八分咲きとの報道でしたが、見た目はもう満開と感じました。
    ときどき、自転車を停めて、撮影。

    今年も、いちご大福などの出店が出ていました。
    桜まつりは、小金井も小平も、今年は中止でしょうか。
    それとも、桜まつりの開催時期よりも早く桜が咲いただけでしょうか。
    お祭りののぼりはありませんでしたが、レジャーシートを敷いてお花見をしている人たちを見ることができました。
    外とはいえ、やはり2メートル以上の間隔を空けてシートを敷いている様子です。

    狭山公園南口。10:15。
    自転車道と別れ、ここから公園内に入りました。
    広い舗装道路の上り坂から、平らな道に続きます。
    宅部池の脇を通り、風の広場を抜けて、桜口へ。
    ここから狭山公園を出て、横断歩道を渡り、八国山に向かいました。
    去年の記憶をたどり、八国山を左手に見ながら、東に向かいます。
    あまり八国山に近づき過ぎると行き止まりの道に入り込むので、西武線を挟んで少し距離を保ちながら東へ東へと向かいました。
    八国山のころころ広場到着。10:30。
    ここには駐輪場があるのです。
    自転車を置いて、近くのベンチで山を歩く支度をしました。

    八国山は、近所の人が散歩をしたりジョギングをしたりする里山です。
    登る苦労など全くない山ですが、それでも、久しぶりの山歩き気分を楽しめました。
    舗装された遊歩道から、尾根道へ。
    東京都と埼玉県所沢市との境界線を歩いていきました。
    広く歩きやすい尾根道です。
    去年は将軍塚まで歩きましたが、さすがに何もないことがわかっているので、今年は途中からほっこり広場へと下りました。
    桜の咲く小さな広場で、早めの昼食。11:15。
    テーブルやベンチがぽつんぽつんと離れて設置されてあり、意識しなくても他の人とは10メートル以上の距離が保てます。
    その安心感もあるからか、みなさんのんびりされていました。
    今日は5月並みの陽気とか。
    青空に桜が映えています。
    飽かず眺めました。

    八国山は、しっかりとした広い遊歩道が何本も通っていますが、その遊歩道を結ぶ細い道もあり、さらに山歩き気分を楽しめます。
    細い道からふたつ池へと下りていき、ころころ広場に戻ってきました。
    出発前にトイレに。
    ここのトイレは全部和式で、ほっとしました。
    手を洗った後、アルコール除菌ティッシュでさらに除菌もして、さて出発。

    来た道をのんびり戻り、桜口から再び狭山公園に入りました。
    朝よりも少し人が増えてきた気がしますが、何しろ広い公園なので、人混みという感じはありません。
    堤防橋に登ると、多摩湖が一望できました。
    多摩湖の水位がいつになく高いように感じます。
    ちゃぷちゃぷと堤防にぶつかる水音が聞こえてきました。
    幅の広い堤防橋からは、奥多摩の山々が霞んでうっすらと見えました。

    さて、帰ろう。
    再び、多摩湖自転車道へ。12:10。
    朝よりもまた少し開いた様子の桜を眺めながら、のんびりと来た道を戻りました。

      


  • Posted by セギ at 17:46Comments(0)

    2020年03月19日

    高校数Ⅱ「式と証明」。剰余の定理・因数定理の利用。



    今回も「剰余の定理・因数定理の利用」です。

    問題 整式 f(x)をx(x+1)で割ったときの余りが2x+1、x+2で割ったときの余りが7であるという。f(x)をx(x+1)(x+2)で割ったときの余りを求めよ。

    とりあえず、問題の通りに整式 f(x)を表してみましょう。
    f(x)=x(x+1)g(x)+2x+1 ・・・①
    と、まず表すことができます。
    f(x)が何次式なのかわからなので、商も何次式かわからないまま、とりあえずg(x)と置きました。

    また、こうも表すことができます。
    f(x)=(x+2)h(x)+7 ・・・②
    このh(x)も、何次式なのかわからないのでとりあえずおいた商です。

    さらに、この問題の答えとなる余りを含む式を立ててみましょう。
    f(x)=x(x+1)(x+2)i(x)+ax2+bx+c ・・・③
    f(x)が何次式かわからないので、商であるi(x)も何次式であるかはわかりません。
    しかし、x(x+1)(x+2)という3次式で割っていますので、余りはどんなに次数が高くても2次式です。
    このax2+bx+cを求めれば良いのです。

    剰余の定理を用いましょう。
    ①より、f(0)=1 です。

    f(x)=x(x+1)g(x)+2x+1 にx=0 を代入すると、
    f(0)=0・(0+1)・g(0)+2・0+1
    となり、前半部分は0に何をかけても0ですから、
    f(0)=1 となります。
    これが剰余の定理です。
    かけ算のつらなりのどこかが0になるような数を代入するのがコツです。

    これを③に代入すると、
    f(0)=c=1 ・・・④

    また同じく剰余の定理より、①より f(-1)=-1です。
    f(-1)=-1(-1+1)g(x)+2(-1)+1=-2+1=-1 ということです。
    この f(-1)=-1を③に代入すると、
    f(-1)=a-b+c=-1 ・・・⑤

    また、剰余の定理より、②より f(-2)=7 です。
    f(-2)=(-2+2)h(x)+7=7 ということです。
    これを③に代入すると、
    f(-2)=4a-2b+c=7 ・・・⑥

    さて、a、b、cと文字が3種類。
    式が、④、⑤、⑥の3本。
    これは連立方程式として解けます。
    中学生の間は、連立方程式の計算過程は答案にしっかり残さないとテストで減点されますが、高校生は、連立1次方程式は解くことができて当然なので、答案にはその過程は残さなくても大丈夫です。
    勿論、書いてもいいですが。
    ④、⑤、⑥より
    a=5、b=7、c=1
    よって余りは、
    5x2+7x+1
    これが答です。


    問題 f(x)をx2+6で割ったときの余りがx-5、x-1で割ったときの余りが3であるという。
    f(x)を(x2+6)(x-1)で割ったときの余りを求めよ。

    剰余の定理を用いたいと思って、(x2+6)を因数分解すると、(x+√6i)(x-√6i)となります。
    虚数が入ってきて面倒くさいことになりそうです。
    他にスマートな解き方はないでしょうか?

    あります。ヽ(^。^)ノ

    f(x)=(x2+6)g(x)+x-5 ・・・① とおく。
    ここまでは一緒です。
    ここで、その商であるg(x)=(x-1)h(x)+p とおきます。
    g(x)はf(x)とは異なる整式ですから、(x-1)で割ったときの余りは、まだわかりません。
    とりあえず余りはpと置いておくなら、この式は何も問題ないですね。
    何で f(x)ではない式をx-1で割るの?
    意味なくない?
    と思うかもしれませんが、しばしお待ちを。

    これを①に代入するのです。
    f(x)=(x2+6){(x-1)h(x)+p}+x-5

    ①のg(x)のところに先程の式をカポっと代入しています。
    この式を部分的に展開して整理してみましょう。
    f(x)=(x2+6)(x-1)h(x)+p(x2+6)+x-5

    式全体を眺めると、この、p(x2+6)+x-5 が、f(x)を(x2+6)(x-1)で割った余りであることがわかります。
    ここで問題より、f(x)をx-1で割った余りは3でした。
    すなわち、剰余の定理より、f(1)=3 ですから、
    f(1)=(1+6)(1-1)h(x)+p(1+6)+1-5
    すなわち、
    f(1)=7p-4=3 となります。
    これを解いて、
    p=1
    よって、
    p(x2+6)+x-5
    =x2+x+1
    余りは、x2+x+1 です。

    この解き方はスマートで、一番上の問題でも使えます。
    とはいえ、自力でこの解き方を発想するのは難しいかもしれません。
    こういう解き方があるという知識を頭にインプットするのが何よりです。

      


  • Posted by セギ at 11:19Comments(0)算数・数学

    2020年03月15日

    少しでも良かったことをあげるなら。



    今日も空は晴れているけれど、電車に乗るのはリスクが高いので、部屋でこのブログを書いています。

    教室では、1コマの授業が終わるごとに、窓とドアを開けて換気をしています。
    机や椅子などを台所用の塩素系漂白剤の薄め液で除菌。
    その後、水拭き。
    アルコール除菌ティッシュで、教室内部・外部のドアノブ・インターホン・灯りのスイッチなどを除菌。
    その後、入念な手洗い。
    このルーティンで対処しています。

    普段の授業の合間と異なり、上の一連の作業がありますので、時間がかかるようになりました。
    上の作業の途中で生徒が教室にやってくることも多いです。
    入れ替え時間の際は教室ドアの鍵は開けてありますので、チャイムを鳴らしたらすぐドアを開けて入ってきてくださいとお願いしていますが、2度3度お願いしても、チャイムを鳴らしたままドアを開けずに待っている子もいます。
    ・・・なぜ、この話が通じないのだろう?
    インターホンで応答するには、やっている作業を中断して、いったん手を洗い、手を拭かねばなりません。
    しかし、チャイムを押してから長い時間がかかることに不審な表情の子は多いです。
    いや、私が何をしているか、想像してください。
    「チャイムを鳴らしたら、すぐドアを開けて入ってきてね?」
    毎回、私が以上のことを説明し念を押すと、ちょろっと目が迷う様子が見えます。
    普通の訪問のマナーでは、チャイムを押したら、応答を待つのが当然。
    それとの心の折り合いがつかないのかもしれません。
    私が遠慮して言っていると思い、判断に窮しているのだろうか?
    なぜそうしてほしいか説明もしているのに、どうしてわかってくれないの?

    ・・・いや、私は何をいらいらしているのだろう?
    こんなの、どうだっていいことでしょう。


    また、ある日。
    換気中は、ドアにストッパーをかけて少し開けてあります。
    定刻よりも数分早く来る子は、ドアが開いていることに混乱し、逆に、チャイムも鳴らさず、いきなり入ってくることもあります。
    「あー。まだ除菌していないから、ドアノブに触ったらダメだよ」
    「え?」
    「入ってきてもいいけど、ドアノブに触らないようにね」
    「え?」
    肩や腕で何とかドアを開けて中に入ってくるのですが、今度はドアが閉まらないことに困惑するようです。
    「ドアが閉まらない」
    「あ。ストッパーかけてあるからね。そのままでいいよ」
    「え?」
    普段と異なる状況に咄嗟に対応できない子は多いのです。
    ドアがちょっと開いているというだけで、そんなに混乱しなくても・・・。
    「あ、まだ机に鞄を置かないで。これから水ぶきするから」
    「え?」
    「まだ漂白剤で拭いただけだから。目にしみるから近づかないほうがいいよ」
    「え?」
    だから、そんなに混乱するなら、定刻に来なさい。
    何でこんなに早く来るの?


    ・・・いや、私は何をいらいらしているのだろう?
    そんなことは、大したことではないでしょう。

    小さなことが気になるのは、「コロナ疲れ」なのかもしれません。


    もともと、多くの子どもと接する仕事は、感染症のリスクの高い仕事です。
    私も、大手の個別指導塾や集団指導塾で講師をしていた頃は、どんなに気をつけていても、インフルエンザ、肺炎、ものもらいなどにかかってきました。
    ヘイヘイドクターという歌ネタの現役医師でもある芸人さんのネタに、
    「ベテラン小児科医のかかる風邪、たち悪い」
    というのがあって、それは凄くわかる気がする、と感じ入ったものです。
    免疫力の弱い子どもの体内で小躍りしているウイルスの威力は強い。
    大人がひいている風邪なんかうつらないけれど、子どもの風邪は一撃でうつるというのが私の体感です。
    独身時代は風邪などひいたことがなかったのに、子どもを持つと、毎年どえらい風邪をうつされるようになった、という方も多いのではないかと思います。


    しかし、自分で個別指導塾を開いてからは、この9年、肺炎・インフルエンザはおろか、軽い風邪もひかなくなりました。
    衛生面のコントロールを自分でできることが大きいのだと思います。

    例えば、やたら咳をしているのにマスクをしていない子を注意できるようになりました。
    大手の個別指導塾や集団指導塾で働いていた頃は、それができなかったのです。
    子どもは、マスクが嫌いです。
    「暑い」「息苦しい」などと言い、マスクをつけるのを嫌がります。
    喉にからんだ嫌な咳をする子と狭いブースの中で対峙し、ただ自分の免疫力と体力に期待するのみ、ということもしばしばありました。

    集団指導塾のときは、生徒が複数なので、全ての子の行動に目が届かないこともありました。
    一人の子が解いた問題の採点を教室の椅子に座ってしているときのこと。
    私の横にたまたまゴミ箱があり、座っている私の背後で立ったまま鼻をかんだ子がいました。
    翌日からその子はインフルエンザで休み、数日後に私も発熱しました。

    今も、教室で、私の方を向いて鼻をかむ子はいますが、注意できます。
    鼻をかんだティッシュは、教室のゴミ箱に捨てずに持ち帰りなさい、とも言えます。
    マスクをしているとはいえ、私の方向を向いて咳をする子もいますが、それも注意できます。
    子どもは、普段、「相手の目を見て話せ」等の注意を受けることが多いからなのか、鼻をかむときも、咳をするときも、こちらを向いてする癖がある子が多いのです。
    本当に幼かった頃に、上手に鼻をかむと褒められた記憶があるからだろうか、と想像したりもします。
    大人の顔を見ながら鼻をかむのが習慣になっているようなのです。

    他人に向かって鼻をかまない。
    他人に向かって咳をしない。

    そうしたことを注意すると、
    「そんなんでうつるわけがない」
    などと一蹴した子もかつてはいましたが、このご時世、一言で話が通じます。
    実際にそれで長年感染してきた私が言っているのだ。
    私が感染したら、全ての生徒に広がる。
    頼むからやめて。
    その話が、今は、通じます。

    悪いことばかりではない。
    そう思うようにしましょう。
    この状態はしばらく続くのですから。


    私の住む家のあたりは、小学校の通学路で、毎朝8時過ぎになると集団登校の子どもたちが通り過ぎていきます。
    仕事柄、朝が遅いのですが、引っ越してきた当初は、毎朝その声で目が覚めました。
    しかし、10日も経つと、全く気にならず、目が覚めないようになりました。
    子どものはしゃぐ声ほど平和で安全なものは、この世にないからでしょう。
    子どもが窓の外でどんなに騒いでいても、それは私の眠りを脅かすものではありません。
    だから、子どもが公園で騒いでいる声がうるさい、家にいろ、という人の気持ちが私にはよくわかりません。
    一部の女の子が興奮すると発する独特の金切り声だけは、あれは怪音波の類なので、保護者が注意したほうがよいですが、普通にはしゃいでいる声は、気に障るものではありません。
    あの声が消えることのほうが、恐ろしい。
    子どものはしゃぐ声が聞こえてこない世の中は、良い状態ではない。
    子どもに要求して良いことと悪いことをはき違えてはいけない。
    そのように思います。

    身体的な衛生ばかりでなく、精神衛生も考えたほうがいいのでしょう。
    リスクばかり恐れて、部屋に閉じこもっていては疲弊します。

    山に行きたいなあ。
    山に行けば、小さなことは、どうでも良くなります。
    マスク・手袋とアルコール除菌ティッシュで電車の中は何とか防御し、4月になったら山にも行ってみようか、と考え始めています。
      


  • Posted by セギ at 16:47Comments(0)講師日記

    2020年03月11日

    秀才のスピーキング能力が伸びない理由の1つには。


    英語四領域、すなわち、「読む」「聴く」「話す」「書く」の中で、一番弱い分野が「話す」である人は多いと思います。
    語彙には、自ら使用できる「使用語彙」の外側に、読んだり聞いたりしたときには意味を理解できる「理解語彙」があります。
    つまり、意味がわかっていても自分では使えない単語のほうが膨大なのです。
    しかし、「話す」という作業は、自分で使える単語だけをその場で何とか駆使して行わなければなりません。
    そのため、「読む」「聴く」よりも「話す」は難度が上がります。
    だから、四領域を難しさの順に並べると、「話す」「書く」「読む」「聴く」の順になるのは普通のことです。

    昔は、リスニングも難度の高いものだったのですが、今は、英語はそんなに得意ではなくても、リスニングはまあまあできる子が増えています。
    聴いて答えるだけなので、「勉強」らしい苦痛が少ないから、リスニングは好きだという子もいます。
    秀才も自分も対等だと感じるのかもしれません。

    そう言えば、スピーキングも、秀才とそうでない子との差をあまり感じない分野です。
    というより、秀才は、スピーキングで他の子たちと比べて突出した様子を見せないことが多いのです。
    周囲に埋没して、どんぐりの背比べとなりがちです。
    何だか、他の三領域と比べるとお粗末なんだけど、どうしたの?

    第一の原因は練習不足でしょう。
    英語秀才は、他の領域では不断の努力を怠りません。
    しかし、スピーキングだけは、普段、練習していない人が大半です。
    学校でテストもないし、入試にも出ないし。
    そうなると、練習しないんですね。

    日本人が全般的にスピーキングが苦手な理由は、
    「発音が悪いので、恥ずかしい。自分の英語はネイティブには通じないのではないか」
    という気持ちが先に立って、話すことを避けたがるのが主な理由だと思います。
    秀才は、そうした自意識がさらに強くなるということもあるかもしれせん。

    しかし、そればかりではないのだと感じる出来事がありました。

    英検準1級の2次面接の対策をしていたときのことです。
    学年相当の英語力はある高校生です。
    筆記試験は合格しました。
    しかし、2次面接の練習をすると、何も答えられず、黙り込んでしまうのです。

    何か答えないと、合格しないよー。

    例えば、「大学に高齢者のための講座があることをどう思うか」という設問。
    3分間、絶句。
    設問の意味はわかっている?と訊くと、わかっていると答えました。
    では、英語じゃなくていいから、日本語だったら、どう答える?と訊くと、以下のようなことを話し始めました。
    「高齢者の中には、社会参加を望む人もいると思う。そうした人たちが、大学で学ぶ機会を得て資格を取得し、その結果社会に貢献することは妥当なことであると思う」

    ・・・硬い。( 一一)

    そういえばこの秀才は、普段の話し方も書き言葉みたいなのでした。

    英検準1級は、帰国子女ならば小学生でも合格します。
    試されているのは、社会問題についての考察力ではなく、英語力です。
    英語によるコミュニケーション能力です。
    「勉強をしたいお年寄りは沢山いると思います。彼らが勉強できるのは、良いことだと思います」
    こんな程度でも合格します。
    はい。中学英語です。
    四領域のうち「話す」の能力が誰もが低いことは周知の事実。
    だから、スピーキングの採点基準は甘いです。
    え?こんな出来で合格するの?というくらい甘いです。
    易しい英語で語りなさい。
    易しい英語しか咄嗟に思いつくことはできないし、それで合格するのだから。

    そのようにアドバイスしながら、私は、秀才のスピーキングが他の子たちと比べて突出しない理由の1つは、こういうことなのかもしれない、と感じていました。
    本人の日本語能力にふさわしい英語力が、身についていないのです。
    考えたことをそのまま英語にするには、英語の語彙が足りません。
    日本語の書き言葉は、英文に変換しやすい構造だと思いますが、そのまま英語にするには本人の使用語彙が足りない。
    日常で用いる日本語は小難しいのに、咄嗟に出てくるのは中学英語なので、その差を埋められず絶句することになる・・・。
    秀才が英語をペラペラ話しだすには、使用語彙のレベルを高校英語に引き上げる必要があるのです。

    ・・・いや、言語レベルを下げるほうが簡単じゃない?

    易しい英語を使いなさい。
    難しいことを易しくわかりやすく語りなさい。
    自分の日本語を易しい英語に翻訳しなさい。
    頭が良いとはそういうことでもあるよ。

    これは英語の勉強なの?という謎のアドバイスに終始した英検対策でした。
    ともあれ、結果は、合格でした。
    本番は絶句せず答えられたようです。
    良かった。

    日本に住んでいて、普段英語を話す機会もなかったら、ペラペラになんかなりません。
    そんなにハードルを上げないで、とにかく話してみることです。
    「ペラペラ」の「ぺ」くらいでいいから。
    「ぺ」くらいで、英検準1級は合格します。

    ともあれ、10年前は、英検2級を受検する高校生すらまれでした。
    偏差値65以上の大学を受験する人は、筆記試験でいえば英検準1級程度の学力は身についていましたが、入試間際にそんなものを受ける必要も暇もありませんでした。
    だから、高校生に英検対策をする必要はなかったのです。
    中学まで一所懸命英検を受けていた高校1年生が、そのままのノリで英検準2級を受けることがある程度でした。
    この10年で、私立高校を中心に、学校単位で英検2級を目指すようになりました。
    大学に内部進学するための条件とする場合もあり、その対策授業が増えてきました。
    それでも2級止まりでしたが、壁を突き破ったのは、大学入試の民間試験導入です。
    英検準1級を取得すれば、英語の入試得点は満点とする、というのです。
    結局、大学入試に民間試験の導入は見送られましたが、1度視野に入った英検準1級を受ける人はやはりいます。

    これからは、こういう仕事が増えるのかもしれないと感じた出来事でもありました。


      


  • Posted by セギ at 11:55Comments(0)英語

    2020年03月08日

    高校数Ⅱ「式と証明」。因数定理と高次方程式。



    今回学習するのは「因数定理」です。
    整式f(x)が、x-aで割り切れるための条件は、f(a)=0である。

    これが因数定理です。
    「x-aで割り切れる」ということは「x-aを因数にもつ」ということ。
    f(x)=(x-a)(   )
    という形に因数分解できるということです。

    前回、剰余の定理を学習しました。
    整式f(x)をx-aで割った余りは、f(a)である、というのが剰余の定理でした。
    それならば、f(a)=0のとき、余りは0です。
    したがって、f(a)は、x-aで割り切れます。
    これが因数定理です。
    3次以上の方程式を解くという学習目標に一歩ずつ近づいてきましたね。

    問題 f(x)=x3-7x+a が x-3 で割り切れるようにaの値を定めよ。

    x=3 を代入すれば良いですね。
    因数定理より、
    f(3)=33-7・3+a=0
    27-21+a=0
          a=-6

    問題 整式x3+6x2+13x+8がx+1を因数にもつかどうかを判定せよ。

    f(x)=x3+6x2+13x+8 とする。
    f(-1)=(-1)3+6・(-1)2+13・(-1)+8
        =-1+6-13+8
        =0
    よって、因数にもつ。

    さて、ここまで勉強して。
    では、3次以上の式を因数分解するには、因数定理を利用すれば良いですね。
    式の値が0になるxの値を見つければよいのです。
    その数をaとすれば、その整式はx-aを因数にもつ。
    すなわち、それで因数分解できます。

    問題 x3-6x2+11x-6 を因数分解せよ。

    xにどんな値を代入すれば、この式は0になるのか。
    試しに+1や-1を代入して、地道に解いていきます。
    丁寧に答案を書いていっても勿論良いですが、面倒くさいので、そのあたりは答案に残さなくて大丈夫です。
    こういう問題は、考え方の過程を問われるタイプの問題ではないのです。
    答えがあっていれば良いのです。
    x=1 とすると、
    与式は、1-6+11-6=0
    やった、もう見つかったー。ヽ(^。^)ノ

    x=1を代入すると0になるということは、与式はx-1を因数にもつ、すなわちx-1で割り切れるということです。
    因数分解するには、x-1で割り切ったときの商が必要ですね。
    その商がもう一つの( )の中身になります。
    そこで、前回学習した組立除法を用います。
    真面目に筆算しても答えは出ますが、組立除法は簡単に答えが出ます。

    1 -6  11 -6   |1
        1 -5  6
    1 -5   6  0

    よって、商はx2-5x+6
    すなわち、
    x3-6x2+11x-6
    =(x-1)(x2-5x+6)
    さて、後ろのほうの( )はさらに因数分解できそうです。
    これは中学3年生の学習内容の因数分解です。
    かけて6、たして-5になる数字を探すと、-2と-3ですから、
    =(x-1)(x-2)(x-3)
    これで因数分解できました。ヽ(^。^)ノ

    ところで、+1や-1なら簡単に見つかって楽勝ですが、問題によってはそうではない場合もあります。
    地道にやるにしても、何か目安はないものでしょうか?

    あります。

    整式f(x)で、f(a)=0となる有理数aの候補は、
    ±(定数項の約数)÷(最高次の係数の約数)
    に限られていることがわかっています。
    上の問題では、定数項は-6。
    したがってその約数は、符号を抜くと、1、2、3、6。
    最高次の係数は、1。
    よって、aの候補は、±1、±2、±3、±6だったことがわかります。
    実際のaは、上の答案の通り、1、2、3でした。
    +1や-1を試してダメだったときには、この考え方を使って、aの候補をさぐっていきます。

    ここで課題となるのが計算力です。
    高校生は、このあたりの解き方が理解できないわけではないのです。
    あるいは、最悪、理解できないまでも、作業手順としては飲み込みやすい内容です。
    しかし、計算力が足りない場合があります。
    例えば-1がaだったのに、代入して符号ミスし、
    「あれ?0にならないから、これは違うんだ」
    と思ってしまい、後は延々と探し続けるということが起こりやすいのです。
    負の数のかけ算やたし算になると、計算精度が下がる。
    これは、大きな課題です。

    計算のやり方が中学1年で教わったやり方と違っているために精度が下がっている人もいます。
    上の問題で言えば、
    1-6+11-6
    =12-12
    というように、正の数どうし、負の数どうしを先に足し、最後に異符号の計算をするのが定石です。
    そのほうが間違えにくいからです。
    ところが、中学1年の学習をしてからもう何年も経っている高校生は、その定石を忘れていることがあります。
    1-6+11-6
    =-5+11-6
    =+6-6
    =0
    と、1つずつ足している子は案外多いです。
    それでも答えは同じですが、足したり引いたりを繰り返している過程で計算ミスをしやすいのです。
    計算ミスの多い人は、計算ミスをしやすい方法で計算している場合があります。
    それを直すだけで、精度は上がります。

    もう1つ。
    計算が苦手なのに暗算に固執するのもリスクが高いです。
    少しメモを取って、目に見える形にすれば楽に速く計算できます。
    絶対に暗算しなくてはいけない、暗算ができないなんて恥ずかしい、といった謎の脅迫観念にとらわれて、メモもとらずにうんうんうなって暗算したあげくに誤答する子もいるのです。
    時間もかかるしミスも多いし、この子は何の苦役を選んでいるんだろうと不思議に思うのですが、
    「メモを取ろうよ」
    という助言を聞いてくれないことがあります。
    効率の良いやり方を選択し、しっかり正答しましょう。

    問題 2x3-5x2+7x-6 を因数分解せよ。

    これは、xに+1や-1を代入しても0になりません。
    定数項は-6、最高次の係数は2。
    +2、-2もダメ。
    +3を試してみますが、やはりダメ。
    -3でもダメ。
    まさかと思いながら、3/2を代入してみます。
    2・(3/2)3-5・(3/2)2+7・3/2-6
    =2・27/8-5・9/4+21/2-6
    =54/8-90/8+84/8-48/8
    =138/8-138/8
    =0
    うわあ、3/2だったー。((+_+))

    それでは組立除法を。


    2   -5   7  -6    | 3/2
         3  -3   6
    2   -2   4   0


    2x3-5x2+7x-6
    =(x-3/2)(2x2-2x+4)
    最初の( )を2倍し、後ろの( )は1/2倍することで整理しましょう。
    =(2x-3)(x2-x+2)
    後ろの( )は、一見因数分解できそうですが、よく見るともうできないですね。
    これが解答となります。

    こういう問題になると、
    「どうやってもaが見つからない」
    と投げ出してしまう高校生がいます。
    涙ぐんでしまう高校生すらいます。
    数学があまりにもわからな過ぎてメンタル崩壊。( ;∀;)

    そんな大げさに考えないで。
    aの候補には限りがあります。
    符号ミスや計算ミスをしないように落ち着いて1つ1つ調べていけば、必ず見つかります。
      


  • Posted by セギ at 13:20Comments(0)算数・数学

    2020年03月06日

    高校英語。比較表現。~も、~しか、などの表現。


    高校英語の比較表現、さらに続きます。
    今回は、ある数量を「~も」「少なくとも~」「せいぜい~」「~しか」などと評価を付け加えて言う場合の表現です。

    現実には同じ数量でも、それをどうとらえるかは人によって、あるいは場合によって違ってきます。

    例えば、この3月、学校から長文読解プリントの宿題が1題出ている中学生がいます。
    私から見たら、何だ1題しかないのか、サイドリーダーを1冊出してもおかしくないのに、と思います。
    サイドリーダーなどの副教材が学校に届く前に突然休校になってしまったのでしょう。
    休校が決まり、たった1日で先生が急遽作った渾身の宿題。
    少ないけれど、貴重な宿題。
    しかし、英語が苦手な子にとっては、3ページ分の長文は、膨大な量なのかもしれません。

    多いなあ・・・と感じることを責める気持ちはないのです。
    ただ、その子は、翻訳アプリを使って設問に答えていて、それには頭を抱えました。
    そのプリントには、「わからない単語は辞書を使って、1文1文正確に読んでいこう。要約を書いてみるのも良いし、全文を訳してみるのも良いでしょう」といった注意書きがありました。
    ・・・辞書を使っていいのなら、翻訳アプリでもいいのではないか?
    そのような判断があったのかもしれません。
    翻訳アプリだけれど、学校の先生が推奨する全文翻訳をしようとし、ノートに途中まで全訳を書いていました。
    学校の先生の言うことに従う気持ちもあるようなのですが、根本が間違っている・・・。

    翻訳アプリを使って良いものかどうか?
    そうした判断を狂わせる要因は「宿題の量が多い」「この宿題は自分には無理だ」という価値判断なのだと思います。
    簡単にこなせる宿題ならば、翻訳機など使わないでしょう。


    そう言えば、以前、こちらは小学生でしたが、算数で「平均」を学習した際に学校の先生が電卓の使用を許可したことがあります。
    そういう措置になるのも仕方のない面もあります。
    合計÷個数=平均 の学習をしたいのです。
    「平均」を求める勉強をしているのであって、例えば2桁の数を10個たすといった合計の「たし算」の勉強をしたいわけではありません。
    でも、そこが学習の最大のヤマ場になってしまう子のほうが多いのです。
    私が個別指導をするときにも、合計を出すまでに1問で10分以上かかることもあります。
    何度やり直しても、たし算の答が合わないのです。
    だから、学校の「平均」の授業で特例として電卓を使用することは、あり得ることです。
    しかし、それを免罪符と思い込んだ子が、塾の計算プリントを電卓で解いてきたことがあり、それには唖然としました。
    「平均」の学習とは関係のない、計算練習のためのプリントでした。
    その子の答があまりにも正答とかけ離れていて、普通のケアレスミス・計算ミスとは違うので追及したところ、電卓の打ち間違いと告白しました。
    「学校で許されているから」
    と言い訳するので、事情がわかったのです。

    計算ドリルを電卓で解くことは、学校でも許されていないでしょう?
    「平均」の学習が終わっても、あれからずっと、計算は全部電卓でやっていたの?
    学校や塾で筆算するときに、前より難しくてつらいと感じていませんでしたか?
    いつも電卓でやっていたら、自分で筆算する力がどんどん衰えていきますよ?
    懇々と説き伏せ、保護者にも連絡したので、算数に電卓を使用することは以後なくなりました。

    こちらも、根本にあるのは、本人にとって、計算の宿題は量が多くてつらい、という気持ちだったと思います。
    そこに「電卓利用可」という言い訳が入り込み、間違った判断に至ったのでしょう。
    週に2ページの計算の宿題は、計算が苦手な子には心の負担なのかもしれません。
    計算間違いが多いので、授業中にその解き直しをするから、2ページしか出せない、という気持ちが私にはあるのですが。


    同じ数量でも、その人、そのときの主観によって、多かったり、少なかったりする。
    私は「2ページしか」と思っていても、その子にとっては「2ページも」になる。

    今回は、そういう主観をもとにした数量表現の話です。
    はい。
    ここから英語の話に戻ります。


    例えば、「私は5,000円持っています」。
    何の評価も下さないなら、これはそのままです。
    I have 5,000 yen.

    しかし、これを言う子が、まだ子どもで、月決めのお小遣いをもらったばかりなら、
    「私は5,000円も持っている」
    と言いたくなるでしょう。

    一方、これを言うのが大人で、今日はこれから友達とお茶を飲んでから映画を見て、それから食事をする、となった場合、手持ちのお金が5,000円では心許ないかもしれません。
    「私は5,000円しか持っていない」
    と言いたくなります。

    このように、現実は同じ5,000円でも、その評価は立場や状況によって異なります。
    そのように付加される評価をどう表現するか、です。

    最も低い評価からいきましょう。
    「私は5,000円しか持っていない」
    I have no more than 5,000 yen.
    =I have only 5,000 yen.

    言い換え表現とあわせて覚えておきましょう。
    no more than =only です。

    「~しか」とまでは言わないけれど、ややマイナス評価なのが、「多くても~、せいぜい~」です。
    「私はせいぜいで5,000円持っている」
    I have not more than 5,000 yen.
    =I have at most 5,000 yen.

    次に、ややプラス評価なのが、「少なくとも~」です。
    「私は少なくとも5,000円持っている」
    I have not less than 5,000 yen.
    =I have at least 5,000 yen.

    最もプラス評価なのが、「~も」です。
    「私は5,000円も持っている」
    I have no less than 5,000 yen.
    =I have as much as 5,000 yen.

    no less than =as much as です。
    ただし、much は、数えられない数量に対して使用します。
    数えられるものの場合は、as many as となります。

    お金は数えられるんじゃないか?と中学生から質問されることがあるのですが、お金は数えてもその価値が伝わりません。
    「私は、コインを10枚持っている」
    と言っても、それは1円玉が10枚なのか、500円玉が10枚なのかによって、価値が変わってきます。
    お金は、枚数を数えるものではないのです。
    だから、値段を訊くときは、How much ~?と訊きますよね。
    そこまで説明すると、「あー」と気がつき、納得する中学生が大半ですが、しかし、翌週の英作文では、また、
    I have many money.
    と書いている・・・。
    知識の定着は、なかなか難しいです。

    さて、上の4つのパターンのうち、言い換え表現のほうを除いて並べると、
    no more than ~しか
    not more than 多くて~、せいぜい~
    not less than 少なくとも~
    no less than ~も
    となります。

    似ているので、覚えにくいですが、これは数直線上にまとめて整理すると理解しやすいです。
    数直線を描き、真ん中は、ニュートラル。
    価値評価をつけない原点、とします。
    左方向がマイナス評価。
    右方向がプラス評価。
    上の4つの表現、どれも先頭は no か not です。
    no と not は、本来使い方の異なる否定語ですが、このように使用する場合は、no のほうが否定の意味が強い、と思ってください。
    だから、no から始まるほうは、原点より遠い位置におきます。
    not から始まるほうは、それよりも原点に近い位置に置きます。
    したがって、
    no more than が、最もマイナスの意味が強く、「~しか」という意味。
    not more than は、それよりは原点に近く、「多くて~、せいぜい~」という意味。

    これまでも何回か出てきましたが、not less と、否定語を2回用いると、肯定の意味になります。
    not less than は、原点よりややプラスの位置で、「少なくとも~」という意味になります。
    no less than は、それよりも原点より遠い、強いプラス評価の位置で、「~も」という意味になります。

    あとは、その下に、その言い換え表現を書き加えていけば、理解しやすいと思います。
    日本語でもそうですが、at most 「多くて~」がマイナス評価であること。
    at least「少なくとも~」がプラス評価であること。
    こうしたことで混乱する人もいます。
    よくわからないときは、上の例文のように、「多くて5,000円」「少なくとも5,000円」などと、具体的な数値とセットで考えてみると、理解しやすいと思います。

    ただ、そもそも、そのように価値を付加した表現をしたことがないという、言葉の痩せている子もいます。
    「超やべー。今日、5,000円」
    そういう物言いが日常の子もいるのです。
    その「やべー」はプラス評価なのか?
    マイナス評価なのか?
    なぜ、プラス評価とマイナス評価に同じ単語を用いるのでしょうか。
    本人の日本語の語彙が、そもそも痩せているのではないか?

    しかし、語彙が痩せているだけであって、感覚が鈍磨しているわけではないのです。
    ある数量をプラス評価したりマイナス評価したり、ということ必ずやっているはずです。
    英語を学習するのとあわせて、日本語の語彙を豊かにしていきましょう。
    日本語訳を見て初めて知った日本語を自分の中に蓄積していくのは有効だと思います。


      


  • Posted by セギ at 12:36Comments(0)英語

    2020年03月02日

    セギ英数教室、入試結果が出ました。2020年春。



    本年度の入試結果が出ました。

    ◎大学受験の部
    東京電機大学 合格

    ◎高校受験の部
    都立調布北高校 合格

    ◎中学受験の部
    東京電機大学中学校 合格

    本年度は受験生3名。
    それぞれ、第1志望校に合格となりました。
    受験生の努力の賜物です。
    合格おめでとうございます。

    ちなみに、昨年度までの合格結果を記します。


    ◎大学受験の部
    2019年度
    東京外国語大学 

    2018年度
    早稲田大学 
    中央大学  
    成蹊大学  
    東洋大学  
    デジタルハリウッド大学(推薦入試)

    ◎高校受験の部
    2019年度
    都立新宿高校

    2018年度
    都立西高校   
    都立南平高校 
    女子美術大学付属高校(推薦入試)

    2017年度・2016年度
    受験生在籍者なし

    2015年度
    都立神代高校 (推薦入試)
    都立調布南高校

    2014年度
    都立青山高校
    都立豊多摩高校 (推薦入試)
    都立杉並高校

    ◎中学受験の部
    2019年度 
    受験生在籍者なし

    2018年度
    恵泉女学院 

    息つく間もなく、新年度の受験指導が始まっています。
    新入生を募集しています。

    現在の成績は、問いません。
    未来の秀才を求めています。
    小さな個別指導塾ですが、1人1人の成績を確実に上げることを目標に、実績を上げています。
    担当は、受験指導30年のベテラン。
    「上手な授業」を行うパフォーマーよりも、受け持った生徒の成績を本当に上げることが目的の「学習トレーナー」でありたいと常に思っています。
    必要な時期に必要な学習内容を提示します。

    大学受験英語は、受験科目の中でも最大の得点源として、筆記・リスニングで高得点を取るための授業を行っています。
    英語は常に得意科目でありたい。
    他の科目の少しの失敗は楽にカバーできる英語得点力を実現しています。

    大学受験数学は、得意な人は得点源としてのびのびと能力を伸ばし、また、苦手な人は、他の科目に迷惑をかけない得点を必ず確保することを目標に、入試の出題傾向にあわせた演習中心の実戦的な授業を行っています。
    数学は苦手だが大学受験にどうしても必要な人、歓迎します。

    高校入試においては、数学・英語を含め、5教科の指導を行っています。
    こちらも入試問題の出題傾向に焦点を絞り、必要な知識を身につけた上での実戦的な入試対策を行っています。
    都立入試の数学・英語は得点源。
    さらに、他の各科目も最低でも85点は取る。
    そうした形で入試の朝を迎えることを毎年の目標とし、成果を上げています。
    また、私立入試・都立自校作成校入試は、英語・数学ともに学校で学ぶ内容だけでは不足があります。
    早くから志望を定めている方には、定期テスト対策で内申を確保しつつ、学校のカリキュラムを離れて入試に向けた発展的な学習を計画的に指導しています。

    中学受験は、受験算数をメインとした指導を行っています。
    他科目の受講もご相談に応じます。
    当塾だけで入試対策をする方も、他の塾の補習の形で活用される方も歓迎です。

    受験生が卒業し、現在、授業コマに空きがあります。
    新規の生徒を募集しています。
    塾は3月が新学期。
    一般的にも、個別指導は、実力・実績のある講師から授業が埋まっていきます。
    新学期から通うのでは、指導経験のない新人アルバイト講師が担当ということにもなりかねません。
    今が塾選びの時期です。
    左のお問い合わせボタンから、ご連絡ください。
    まずは無料体験授業を受けてください。
    ご連絡、お待ちしております。
      


  • Posted by セギ at 11:09Comments(0)コース案内

    2020年03月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。剰余の定理と因数定理。


    今回も引き続き「剰余の定理」「因数定理」の学習です。

    問題 f(x)=4x3-3x2+ax+b がx2-2x-3 で割り切れるように定数a、bの値を定めよ。

    割り切れるということは、
    f(x)=(x2-2x-3)(   )
    という形に因数分解できるということです。
    さらに、最初の( )をさらに因数分解すると、
    f(x)=(x-3)(x+1)(  )
    という形になります。
    これは因数定理が使えますね。

    この式に、x=3 を代入すると、
    f(3)=(3-3)(3+1)(  )
    という形になります。
    最初の( )の中は、3-3=0 となります。
    0に何をかけても、0ですから、
    f(3)=0 となります。
    これが因数定理です。

    f(3)=0 になりますから、問題で与えられたもとの式に、x=3 を代入しましょう。
    f(3)=4・33-3・32+3a+b=0
    これを整理して、
    108-27+3a+b=0
    3a+b=-81 ・・・①

    また、同様に、f(-1)=0 でもありますから、
    f(-1)=4・(-1)3-3・(-1)2-a+b=0
    これを整理して、
    -4-3-a+b=0 
    -a+b=7 ・・・②

    あとは、aとbの連立方程式として解きます。
    中学2年で学習した内容です。
    ①-②
    4a=-88
    a=-22
    これを②に代入して、
    22+b=7
    b=-15
    よって、a=-22、b=-15 となります。


    問題 整式 f(x)をx-1でわると-1余り、x-4で割ると5余るという。f(x)を(x-1)(x-4)で割ったときの余りを求めよ。

    これは上の問題と異なり、整式 f(x)が何字式なのかわかりません。
    だから、(x-1)(x-4)で割った商が何次式であるかもわかりません。
    なので g(x)と表します。
    fの次だから g で、この文字の使い方にそれ以上の意味はありません。
    何でもいいんです。
    一方、(x-1)(x-4)という2次式で割っているので、余りは1次式です。
    それを ax+b とおきます。
    だから、
    f(x)=(x-1)(x-4) g(x)+ax+b とおくことができます。

    ここで剰余の定理が利用できます。
    x-1で割ると余りが-1なのですから、
    f(1)=-1です。
    すなわち、
    f(1)=a+b=-1 ・・・①
    同様に、
    f(4)=4a+b=5 ・・・②
    ②-①
    3a=6
     a=2
    これを①に代入して、
    2+b=-1
      b=-3
    余りをax+bと表したのでした。
    よって、余りは、2x-3 となります。

    問題 x9-12 を x2-4 で割ったときの余りを求めよ。
    これもg(x)を用いて、
    x9-12=(x2-4)g(x)+ax+b と表すことができます。
    割る式を因数分解して、
    x9-12=(x+2)(x-2)g(x)+ax+b
    剰余の定理を用いましょう。
    x=-2を代入すると、
    (-2)9-12=-2a+b
    左辺と右辺を取り換えながら、式を整理すると、
    -2a+b=-512-12
    -2a+b=-524 ・・・①
    また、x=2を代入すると、
    29-12=2a+b
    2a+b=500 ・・・②
    ①+②
    2b=-24
     b=-12
    これを②に代入して、
    2a-12=500
        2a=512
         a=256
    よって、余りは、256x-12

    問題 x6 を(x-1)2 で割ったときの余りを求めよ。
    今まで通り、まずはg(x)を用いて式を表してみましょう。
    x6=(x-1)2g(x)+ax+b ・・・① とおく。
    剰余の定理を用います。
    x=1を代入して、
    1=a+b ・・・②
    さて、ここまでは順調なのですが、割る式が(x-1)2なので、剰余の定理で代入できる値はx=1しかありません。
    あれ?
    このまま、もう何も動かない?
    ( ;∀;)

    ここで「同じ値を2回代入するぞ方式(仮)」とでも呼ぶべきテクニックを使います。
    勿論、同じ式に同じ値を代入しても同じ結果しか得られません。
    だから、式自体に変化を与えます。
    まずは、②を変形します。
    a+b=1
    b=1-a
    この値を①に代入します。
    x6=(x-1)2g(x)+ax+1-a
    x6=(x-1)2g(x)+a(x-1)+1
    x6-1=(x-1)2g(x)+a(x-1)
    ・・・お?
    右辺は、 x-1 でさらにくくることができそうです。
    x6-1=(x-1){(x-1)g(x)+a}
    そして、左辺も、x-1という因数を持っているのではないでしょうか?
    左辺を因数分解してみましょう。
    (x3+1)(x3-1)=(x-1){(x-1)g(x)+a}
    (x3+1)(x-1)(x2+x+1)=(x-1){(x-1)g(x)+a}
    やはり、左辺にもx-1という因数が存在します。
    ならば、両辺からx-1という因数を除いた残りの部分も等しいはずです。
    すなわち、
    (x3+1)(x2+x+1)=(x-1)g(x)+a
    もとの式と似ているようですが、次数が低くなったので、これは別の式です。
    だから、x=1を代入した値も別の値が出ます。
    これにx=1を代入してみましょう。
    (1+1)(1+1+1)=a
    よって、a=2・3=6 
    です。
    これを②に代入して、
    b=1-6=-5
    よって、余りは、6x-5です。

    ほとんど手品のようなこの解き方。
    「ないわー」
    「そんなの絶対思いつかない」
    と、高校生には大不評です。
    こういうテクニックがあるということを、まずは覚えてください。
    文字を減らし、次数を変えれば、同じ値を代入しても結果は同じではないのです。

    とはいえ、実際の模試や入試問題でこの問題がポコッと出題されたときに、このテクニックを使えるかどうかは微妙です。
    こんな解き方、覚えられない。
    x6を(x-1)2で割った余りを求めるんでしょう?
    実際に筆算で割っていけばいいんじゃないの?
    はい。
    何にも発想できないときには、その解き方、私も賛成です。
    何もしないのが一番良くない。
    とにかく何かをしてみましょう。
    x6をx2-2x+1で筆算しても、結果は勿論、余りが6x-5と出てきます。
      


  • Posted by セギ at 12:07Comments(0)算数・数学