たまりば

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2018年12月13日

数A「整数の性質」合同式の利用。



前回、合同式とはどういうものか学習しました。
それでは、この合同式、具体的にはどういうことに利用するのか。
例えば、こんな問題です。

問題 nは13で割って5あまる数であるとき、3n4-7n2を13で割ったあまりを求めよ。

半角の数字は指数だと思ってください。

これを、合同式を利用せず、普通に解くと、
n=13m+5 と表す。(mは整数)
3n4-7n2
=3(13m+5)4-7(13m+5)2
=3(132m2+13・10m+25)2-7(13・13m2+13・10m+25)
=3(134m4+132・102m2+625+2・133・10m3+2・13・10・25m+2・25・132m2)-7・132m2-7・13・10m-7・25
=3・134m4+3・132・102m2+1875+6・13・10・25m3+6・25・132m2-7・132m2-7・13・10m-175
=13(3・133m4+1500m3+13・359m2-70m)+1700
=13(3・133m4+1500m3+13・359m2-70m+130)+10
よって、余りは10。

上の途中式、書き間違いをしているかもしれません。
それくらいに面倒くさい。
この問題を解く上で大事なところは、あまりはいくつかなのですから、13という因数をもっていない部分です。
上の式でいえば、1700は13で割ると余りはいくつなのか。
そこだけに着目すれば余りが出るのに、13という因数を含んでいることがわかりきっている、いわばどうでもいい部分の計算に神経を使います。
これを簡単にクリアできるのが、合同式です。


合同式を用いると、n≡5(mod13) となります。
よって3n4-7n2≡3・54-7・52=3・252-7・25
ここで25≡-1(mod13)ですから
3・252-7・25≡3・(-1)2-7・(-1)=3+7=10
ゆえに、あまりは10です。

合同によって言い換えたものを数字としてそのまま計算し、また合同で言い換えていきます。
あまりにだけ注目している合同式ならば、それが可能です。
ちょっと手品のようですが、慣れると、もう一番上のような解き方はやりたくない。
それくらいに便利なものが合同式です。

あるいは、こんな問題。

問題 a、bを整数とする。aを5で割ると3余り、bを5で割ると4余る。このとき、abを5で割ったときの余りを求めよ。

これも、合同式を用いないで解くことも勿論可能です。

m、nを整数とすると、a、bは、m、nを用いて、
a=5m+3、b=5n+4 と表すことができます。
ab=(5m+3)(5n+4)
  =25mn+20m+15n+12
  =5(5mn+4m+3n+2)+2
よって、abを5で割った余りは2。

これを合同式を用いて解くと、
a≡3、b≡4 (mod5)
ab≡3・4=12≡2 (mod5)
よって、abを5で割った余りは2。

合同式を用いると余計な文字を使わずに済むので、答案がシンプルです。
実は考え方の本質は同じなので、ぜひ合同式を身につけて簡単に解いていただきたいと思います。

また別の問題。

問題 2012の200乗を7で割ったときの余りを求めよ。
200乗?
普通の解き方だと、さすがにこれはどう解くのだろうか、と考え込んでしまいます。
しかし、合同式を用いればこれも簡単です。
まず2012を実際に7で割って確認すると、
2012≡3 (mod7) です。
よって、
2012200≡3200=9100≡2100=833・2≡133・2≡2 (mod7)
よって、余りは2。

合同で言い換えては計算し、また合同で言い換える。
指数法則がわかっていないと、この計算はピンとこないかもしれません。
こうした指数計算は、この後、数Ⅱ「指数関数」、数B「数列」でもよく使うのですが、よく詰まるところです。
模範解答を見ても、何をどう計算して次の行になっているのかわからないという話をよく聞きます。

上の答案では、
2100≡833・2
のところがわかりにくいかと思います。
2の100乗を、(23)33・2 と直しているのですが、指数法則が理解できていないと、
「そんなことをしていいんですか?」
と感じるかもしれません。

指数がわからなくなったら、指数法則の基本に戻りましょう。
a2×a3=(a×a)×(a×a×a)=a5 でした。
(a2)3=(a×a)×(a×a)×(a×a)=a6 でした。
ですから、(23)33・2=299・2=2100 となりますね。
逆の操作で、2100=299・2=(23)33・2=833・2 とすることができます。

ところが、上のような説明も、
(a×a)×(a×a×a) の( ) は、どういう意味なんですか?
( )がないときと、どう違うんですか?
それは要らないんじゃないんですか?
と、それこそ不要な質問で頭がいっぱいになり、このほうがわかりやすいだろうと思って使った( )があだとなることもあります。
何かがわからないというのはそういう場合が多く、本筋ではないところに目がいき、主要なところの理解を阻む。
そういう傾向があります。

しかし、なぜ本筋ではないところに目がいってしまうのでしょうか。
その原因を考えれば、そもそも、( )の使い方について不安があるのではないか?
小学校で( )を使った式を立てることを学習した小学校3年生の頃に、( )の使い方をしっかり身につけることができなかったのではないか?
それは四則演算の原則がどこか曖昧になっているということでもあります。
あるいは、( )の使い方の基本はわかっているのだけれど、自分で式を立てるときには、つい( )をつけ忘れたり、不要な( )を書いてしまったりを繰り返して、何となく苦手という感覚が高校生になっても残ってしまっているのではないか?
さらには、几帳面な正確もあって、以前、自分が( )を使ったときには不要だと言われたのに、説明のためという理由で使用されているのが納得できないのかもしれません。
先生や教科書・参考書が使用している( )のニュアンスを理解できない。
そういうことが学習を阻む場合もあるかと思います。

もう1つの壁は、やはり指数に対する感覚でしょう。
同じ数を何回もかけるときに指数を使うという根本が理解しきれていないのではないか想像される場合もあります。
23=2×2×2ということが、ふっと頭から抜ける。
そのため、23=6と、気がつくと思い違いをしている。
そんな場合もあると思います。
(23)33・2=833・2 という転換が理解できず、
「そんなことして、いいんですか?」
と不安になるのは、指数の定義や乗法の交換法則が頭の奥まで染み込んでいないのが一因ではないかと感じます。

それは、普通の指数計算の際にも表れます。
26 を計算せよと言われて、
2、4、8、16、32、64 と、逐一2倍していないでしょうか?
26=84 と一瞬で転換している人を、「暗記しているのかな?」と思っていないでしょうか?
26=(23)2=82=64 です。
同じように、34=(32)2=92=81 です。
指数を一瞬で計算している人は、この作業を一瞬で行っている場合が多いのです。
答えを暗記しているとは限りません。
あまりにも繰り返される計算に関しては、さすがに答えを覚えてしまっている場合もありますが。
こうした指数に対する感覚、かけ算に対する感覚は、誰かに教えられたのではなく、本人が計算する過程で身につけていることが多いです。
むしろ、このやり方を教えても、
「いいの!私は普通にやらないとわからないの!」
と意固地になられたりもするので、教えてわかるものではないのかもしれません。
しかし、教えてわかるわけではないことがわからないと、合同式や、高校数Ⅱで学習する指数関数・対数関数の理解に大差が生じるようになる・・・。

いやいやいや。
こんなこと、教われば、わかることです。
わかってください。
・・・と最後は古いフォークソングみたいになって、また次回。
ヽ(^。^)ノ



  


  • Posted by セギ at 13:08Comments(0)算数・数学

    2018年12月10日

    蕨山を歩きました。2018年12月。


    2018年12月9日(日)、奥武蔵の山、蕨山を歩きました。
    三鷹から国分寺、東村山、所沢と乗り継いで、飯能駅。
    飯能駅から名郷行きのバスに乗り出発。8:00。
    終点名郷。8:45。

    名郷バス停には、トイレがありました。
    個室2つの男女兼用トイレです。
    支度を済ませ、さて、ここからどちらに行けば良いのか?
    バス停には道しるべはありませんでした。

    コピーしてきたガイドブックを確認し舗装された沢沿いの道を下流に向かって歩きだしました。
    少し歩くと最初の道しるべを発見。
    蕨入橋で沢を渡り、林道に入りました。
    後ろから来た速い2人連れに追い抜かれました。
    先行者がいるのは少し安心。

    林道を緩やかに登っていき、林道終点で沢を渡りました。
    適当に3本組まれた丸太橋でした。
    1本はグラグラしていて、おっとっととバランスを取りながら通過。
    そこからは登山道です。
    いきなり急な登りが始まりました。
    木の根で段差が作られている道をジクザグに登り、登り詰めると沢を高まく崖っぷちの道。
    しかし、あまり高度感がないので通行にそれほどストレスはありませんでした。
    今日は山頂までの道は険しいみたいだと、ガイドブックを読んで諦めてきているので、まあこの程度ならという気持ちがあったのかもしれません。
    右下に見えていた沢はどんどん細くなり浅くなり、水たまりレベルになった沢をひょいと越えると、そこからは尾根へと登っていく急登の始まりでした。

    今日は都心でも最高気温が10℃に満たない、この冬一番の寒い日。
    山もことのほか寒く、空も予報ほど晴れず、日差しがありません。

    植林帯の暗い斜面を登り詰めると、尾根。
    狭い細い尾根でした。
    全体に細い尾根歩きがその先も延々と続きました。
    ガイドブックには「伊豆ヶ岳方面の眺めが良好な明るい尾根道」とあるのですが、そんな天気でもないし、そんな気分でもありません。
    山の印象は季節と天気で随分変わりますね。

    伊豆ヶ岳は、とりあえず、あれかな。
    一度そう確認はしたものの、立っている尾根はそんなに広くないし、ところどころ岩が出ているし、枯葉が積もっているのでどこで滑るかわからないし。
    足元に注意を払って先に進みました。
    ガイドブックにはここから「蕨山に着くまで4段の急峻な段差の続く悪場」とありました。
    山地図には危険マークもあります。
    いったいどの程度のものなのだろう?

    進んでいくと、最初の段差が始まりました。
    岩や木の根が階段のように段差を作っています。
    ロープが垂らしてありましたが、傾斜は緩く、ロープを使う必要はありませんでした。
    このレベルで済むのかな?

    またしばらく行くと、2つ目の段差。
    ここは傾斜も急で、両手両足をフルに使ってむき出しの岩を登っていかなければならない箇所でした。
    幸いホールドは豊富でしたので、垂らしてあるロープがあまり信用できないこともあり、岩をつかんで登りきりました。
    このレベルがあと2つ続くのかな?

    しばらく行くと、3つ目の段差。
    これは段差というより急登という印象で、ジクザグに登っていく坂道でした。
    枯葉に注意しながら、ここも通過。

    4つ目の段差。
    ここも、ジグザグの急登。
    あまり岩場感はありませんでした。
    結局、印象的な「急峻な段差」は2つ目だけでした。
    むしろ、道全体が岩がちな細い尾根で、枯葉が積もっていることのほうがストレスが強いのです。
    結局、ずーっと少し怖い。

    緩い坂道を登っていくと、「危険 通行注意」という看板が立っていました。
    ここが山地図に載っている危険マークのところかな?
    段差はなく、ただ尾根が細い。
    痩せ尾根です。
    吹きっさらしなので、枯葉は積もっておらず、淡々と歩いていくことができました。
    痩せ尾根を渡りきると再び「危険 通行注意」の看板があり、では、危険個所は先ほどの箇所からここまでなのだなと確認できました。

    4段の段差は終わったものの、歩き始めてまだ1時間と少ししか経っていません。
    山頂まで、山地図のコースタイムは2時間50分。
    ガイドブックのコースタイムは2時間05分。
    こんなにコースタイムに差があるのは、技術的難度をどう時間に反映させるかという問題なのでしょうか。
    今日は本当に寒いので、汗もかかず、コースタイムより少し早く着くかもしれないけれど、まさか1時間とちょっとでは着かないでしょう。
    そんなことを考えながら、尾根道を歩いていくと、再び段差が。
    しかも、倒木が道を塞いで、ちょっとややこしい感じになっていました。
    あれ?私、段差を数え間違えた?
    段差に入れてはいけないところを入れたのかな?
    どれを段差に加えてはいけなかったのかと悩みつつ、ややこしい箇所を通過。
    最後の段差を越え、広くなった道を登っていくと、視界が開け、小広い場所に、分岐を示す道しるべがぽつんと立っているのが見えました。
    ああ、今度こそ本当にもうすぐ山頂です。

    道しるべに従い、まずは少し下り、なだらかな登りを行くと、山頂らしいベンチと、そこに座る人影が見えてきました。
    蕨山山頂。10:05。
    そんなに広くない場所にベンチが3つ。
    朝同じバスで来て、林道をさっさか歩いていった2人。
    途中で道を譲った男性。
    みんなまだ山頂にいました。
    少し怖い道だったけれど、振り返れば面白い道だったなあ。
    上空は雲に覆われ、地平線との隙間に青空。
    上の写真が蕨山山頂から撮ったものです。

    ここでお昼にしました。
    カップ麺にお湯を入れていると、しかし、急に風が強くなってきました。
    「ひゃー寒い。お湯を入れたら、もう動けないのに」
    思わず声が出ます。
    途中で道を譲った男性は、
    「一段下がると、風はなくなるよ」
    「そうですよね。失敗したかなあ」
    ビュービュー風の吹く山頂で、カップ麺を食べました。
    長い休憩を取ったのは、2年前、さわらびの湯からのピストンでこの山を歩いたとき、山頂からの下りにあまり良い記憶がなかったからでもあります。
    ちょっと心構えをしておきたい。

    さて出発。
    山頂から少し下ると、平坦な広い道にいったんはなるのですが、その道の先、急降下があるのです。
    私の苦手な、つかまるところがあまりない下り道です。
    一応ジグザグなんですが、乾いてザレて滑り易い。
    しかも、枯葉混じり。
    本日の山で手ごわいのは、もうここだけ。
    頑張れ頑張れ。
    そう念じて、ゆっくりゆっくり下りました。

    下り終わると、道は林道のように広くなり、脇の林では車座になって休憩中のパーティもいました。
    その先、林の中の緩やかな下り道でも、休憩している人たちや、向こうから登ってくる人たちの姿が。
    山頂までの荒涼とした山の風景が一変し、ここは、楽しい初冬のハイキング道です。
    冬枯れた自然林。
    その下を落ち葉をカサコソと踏みしめて歩きます。
    コナラの木々の向こうに奥武蔵の山々。
    日差しまで明るくなってきました。

    藤棚山。11:40。
    ベンチがぽつんと1つ。
    遠くで犬の吠える声。
    鉄砲の音。

    道はときどき細くなり、枯葉で滑らないよう、なお注意は必要でした。
    新しい枯葉がサラサラと風に流れてくるので、踏み跡は不明瞭。
    地形を見ながら、ここが登山道だろうと判断して歩いていきました。
    奥武蔵の腐葉土は柔らかく、登山道なのかちょっと不安になってしまう箇所も。
    広い尾根の所では、案外本当に間違えたのかもしれません。

    真下に舗装道路があるところでは、木の柵で登山道がガードされていました。
    道路に転落する登山者を防ぐためなのでしょう。
    里山感が増してきたなあと思うと、しかし、ちょっとした岩場の下りがあったり、案外細いまき道があったり。
    道に変化があるので飽きずに歩いていけます。

    中登坂。12:40。
    植林帯に入り、登山道はうす暗いもののさらに安定して歩きやすくなりました。
    金比羅神社跡。13:10。
    あとはさわらびの湯へと下っていくだけです。
    あとひと頑張り。
    案外急な箇所などもあり用心して降りていくと、麓では、まだ少し紅葉が残っていました。
    墓地を越えて、さわらびの湯バス停。13:50。

    バス時刻を確認して、敷地の奥のさわらびの湯へ。
    駐車場を通り過ぎ、トイレを過ぎ、右に曲がって舗装道路をさらに進んでいきます。
    バス専用の駐車場にバスが4台停まっていました。
    山歩きのバスツアーの下山地点がここで、客が下山してくるのを待っているだけのバスもあるだろうけれど、今さわらびの湯に客が入っているバスもあるのかな?

    自動ドアを開けて入るとすぐに、「館内ただいま大変混雑しております」のアナウンスが聞こえてきました。
    靴を靴箱に。
    100円が後に返却される靴箱でした。
    券売機で入浴券を買います。
    受付には、帰るときに券を見せるシステムでした。
    階段を下りていくと、風呂場。
    予想通り、脱衣所は大混雑でした。
    しかも、脱衣所のロッカーも100円が後に返却されるロッカー。
    これは煩わしい。
    ロッカーが小さいので、ザックは入りませんでした。
    貴重品のみロッカーに入れ、ザックは脱衣所の隅に置きました。
    浴場に入ると、ここも洗い場の順番待ちでしたが、幸い、すぐに順番が回ってきました。

    露天風呂もイモ洗い状態。
    皆、顔見知りの様子で山の話をしているので、やはり山歩きバスツアーの客のようです。
    上がると、脱衣所は、やはり大混雑。
    ただ、ツアー客も含め登山客は、混雑している温泉での身の処し方が卓越している方が多いです。
    混雑しているわりに動線が確保され、ロッカーの前のベンチ、さらのその手前や、出入り口付近の空間まで人が散り、譲り合って身支度していました。
    ビールの自販機まで行列に並んで購入するのはさすがに初めての経験でした。
    缶ビール500mL390円。
    5分で飲み干し、次のバスにあわせて、さわらびの湯を出発。
    あわただしかったけれど、やはり温泉に入るとさっぱりします。
    しかし、湯上りに今日の風は冷たく、これからの季節、温泉に入るならもう1枚上着が必要だと感じる頃にバスがやってきました。
      


  • Posted by セギ at 12:40Comments(2)

    2018年12月07日

    高校数A 合同式とは何か。


    今回の学習内容は「合同式」です。

    2つの整数a、bを自然数mで割ったあまりが等しいとき、aとbをmを法として合同であるといい、a≡b(mod m)と表す。
    このような式を合同式という。

    定義は上のようにシンプルで、難しい言葉は何1つなく、込み入った論理も何1つないのですが、多くの場合、数学の授業史上一番の停滞となります。
    新課程になったばかりの頃は、「発展」として一応教科書に載っているこの内容を教える高校は多かったのですが、今は、私立高校や都立中高一貫校でも、教えない学校が増えてきました。
    あまりにも理解が進まないので、先生たちも匙を投げたかもしれません。
    苦労して時間をかけて教えても、入試にほとんど出ないですし。

    合同式を解説する難しさの1つは、具体的に説明すれば理解してもらえるとは限らず、その具体例に縛られて混乱したり誤解をしてしまう子が多いことにあります。
    それでも、具体例で説明しないわけにいきません。

    例えば整数を7で割った余りで分類することを考えてみましょう。
    7で割ると1余る数。
    こういう数には、1、8、15などがあります。
    これらは7を法として合同と言い、8≡1(mod7)と表すことができます。
    15≡1(mod7) でもあります。

    7で割ると2余る数はどうでしょうか。
    2、9、16などがあります。
    これらはこれらで、7を法として合同です。
    9≡2(mod7) 、16≡2(mod7) となります。

    あるいは、整数を4で割った余りで分類したらどうでしょうか。
    例えば、4で割ると2あまる数。
    こういう数には、2、6、10などがあります。
    これらは4を法として合同です。
    6≡2(mod4)、10≡2(mod4) と表すことができます。

    ルールの基本はおわかりいただけたでしょうか?ヽ(^。^)ノ


    ぱっと感覚的に理解できれば何も問題ないのですが、最初に上手く呑み込めないと結局最後まで何だか納得できないという感情が尾をひくことになるようです。
    それは理解力の問題ではなく、何か固定観念があり、このことの理解を阻んでいるものがあるせいなのかもしれません。

    それが何であるのか、新課程にこの単元が登場し教えるようになってから、私はずっと不思議に思っています。
    混乱は、例えば「1は7で割ると1あまる数である」ということを知らなかった、あるいは納得できない、という小さいことからも起こります。
    1÷7=0あまり1
    商は0でも良いというのは単なる知識ですが、初めて知ると、これだけでも衝撃のようです。

    自然数に限っての話でもなかなか大変なのですが、合同式は整数全体、すなわち負の数も含んで考えます。
    例えば、6で割った余りで整数を分類してみましょう。
    6で割ってあまり0。
    自然数の範囲では、6、12、18、・・・・
    6≡0(mod6)、12≡0(mod6)。
    これはもう大丈夫でしょうか?
    次に負の整数を含めて考えると、-6も-12も6で割ってあまり0の数です。
    すなわち、-6≡0(mod6)、-12≡0(mod6)。

    同様に、6で割った余りが1の数を考えれば、
    ・・・・-17、-11、-5、1、7、13、・・・・
    という数列が見えてくると思います。
    この数列に出てくる数は全て法を6として合同です。
    -5=6・(-1)+1
    -11=6・(-2)+1
    -17=6・(-3)+1
    どの数もあまりが1になるのがわかります。
    よって、-5≡1(mod6)、-11≡1(mod6)、・・・。

    これでいかがでしょうか。ヽ(^。^)ノ

    「いや、わからない。-5=6・(-1)+1って、何ですか?」
    そういう質問を受けることがあります。
    高校ではわり算の式は基本書きませんので、上のようにかけ算の式で表すのですが、それがそもそも納得できない、意味がわからないという声を聞くことがあります。
    (わる数)×(商)+(あまり)=(もとの数)
    こういう、わり算の検算の式と同じ構造ですよ、小学校3年生でやっていますよ、と説明しても、知らない、教わったことがない、と言う高校生もいます。
    習っていることなのですが、全く覚えていないようです。

    「次のわり算をしなさい。検算もしなさい」
    という問題の後半を全部見落として解いたことがない。
    あるいは、暗記した通りに検算の式を書くだけで済ませて、本当に検算したことがないので、身についた知識になっていない。
    そういうことかなと想像したりもします。

    中学の方程式の利用でも、この考え方は使っています。

    問題 37をある数で割ると商が5、あまりが2となった。ある数を求めよ。

    という文章題で、この考え方を利用します。
    ある数をxとすると、
    5x+2=37
    という式を立てることができます。
    これも、(わる数)×(商)+(あまり)=(もとの数) という検算の式を使っています。

    こう説明するとやったことがあると思い出す子もいますが、中学の方程式の文章題でも、わり算の検算の式を使用するこのタイプの問題は自力で解いたことがなく、定着しないまま高校生になってしまった子もいて、首を傾げたままということもあります。
    かけ算とわり算との関係を理解しないまま、それぞれを無関係にただ暗記し、作業手順だけ覚えてきた子の場合、合同式の理解は確かにかなりつらいものがあるのかもしれません。


    上の式の意味が一応は理解できても、-5が6で割って1余る数であるというのがピンとこない子もいます。
    そうした子は、-5は、6で割って5不足する数ととらえることならギリギリできます。
    そうです。ヽ(^。^)ノ
    整数を6で割るとき、すなわち、6を法とするとき、「1余る」ということと「5不足する」ということは、同じことなのです。
    例えば7は、6で割ると1余る数ですが、6で割ると5不足する数ととらえることも可能です。
    1も、6で割って1余る数ですが、6で割って5不足する数でもあります。
    ですから、-5は、6で割って5不足する数であると同時に、1余る数ととらえることができます。

    何年か前、大人のための数学教室では、授業はここで長い長い停滞を迎えました。
    繰り返し繰り返し同じことを説明しても、理解が深まる様子が全く見られない・・・・。
    しかし、ようやく理解してくださった参加者の発言は私には大変興味深いものでした。
    「あっ。わかった。商は何でもいいのね」
    「・・・・・・?」

    え?
    ・・・・そうですよ?
    最初から余りの話だけをしていますよ?
    割る数と余りの数だけに注目していますよ?

    そのとき、ふっと見えたのです。
    商が重要だとずっと思っていらっしゃったんだ。
    高校生がこの単元を全く理解してくれない原因もそれかもしれません。

    わり算の式を立てるとき、立てた本人は商を求めるために立てている感覚があります。
    求めているのは商だから、それが何より大切だと思ってしまうのかもしれません。
    子どもの頃から、算数はとにかく答えを出すことが大事、式なんかより答え、と思い込んでいる子は多いです。
    そういう思い込みがあると、「整数をある数でわった余りによって分類しています」と幾度説明しても、その部分を聞き流す。
    あまりがいくつであるかが大切なので、商なんか問題にしていない。
    しかし、本人は、商にしか目がいかない習慣があるので、その説明が頭に響かない・・・。
    思い込みのせいで重要な情報を聞き流す不思議な仕組みが人間の脳にはあるようなのです。
    商なんかどうでも良くて、割る数と余りの話をしています。
    しかし、それが普段の計算の常識とは異なるために、そこに立ち位置を移せない高校生は多いのでしょう。


    「あまりと不足に関する問題」は、中学受験の受験算数の単元の1つです。
    しかし、何回復習してもこの問題を解けるようにならない子がいます。
    高校生でも大人でも理解してくれないので、小学生が理解できないのは無理からぬところがあります。

    例えばこんな問題です。
    例題 4で割ると3あまり、6で割ると1不足する数のうちで100にもっとも近い数を求めなさい。

    4で割ると3あまる数は、言い換えれば4で割ると1不足する数です。
    ですから、この問題は、4で割っても6で割っても1不足する数を求めます。
    ならば、まずは4で割っても6で割っても割り切れる数を考えます。
    それは4と6の最小公倍数の12で割り切れる数です。
    100÷12=8あまり4
    12で割り切れる数で100に一番近い数は、上の式から、12×8=96であるとわかります。
    それは、上の式から100-4=96と求めることもできます。
    では、12で割って1不足する数は?
    96-1=95。
    よって、問題の答えは95となります。

    この問題、スラッと理解する小学生もいますが、幾度解説しても、何度同じ問題を解いても、全く解けるようにならない子も多いです。
    何がそんなに難しいのか教える側として疑問だったのですが、何だか少しわかった気がします。
    あの子どもたちも、あまりや不足に着目するより、商のことばかり考えてしまうのかもしれません。
    4で割って3余るということは1不足するということ。
    しかし、その言い換えをするときには商が変わるだろうに、それを無視する姿勢が理解できない。
    商が変わればそれは同じ計算ではないのに、同じだと言っている神経が理解できない。
    そもそも、商を無視して、余りだ不足だばかり言っている姿勢が理解できない。
    そういうことなのでしょうか?

    「あまりと不足」に関する問題が解けない小学生たちは、こんなふうに思っているのかもしれません。
    「算数の問題を解くって、そういうことじゃないでしょう!」
    「式を立てて、計算して、答えを出すんでしょう!」
    「商が問題の答えでしょう!」
    「算数の問題はそうでなければならないよ!」

    子どもたちの無言の中に、実はそんな心の抗議があったのでしょうか?
    しかし、それはあまりにも頭が硬い。
    ガチンゴチンです。
    子どもの頭というのは大人がびっくりするくらい石頭で、妙な思い込みに凝り固まっているものですから、そのように頑固でも驚くに値しませんが。

    でも、1つ言えること。
    子どもの石頭は一度割ることに成功すれば、そこからは柔軟です。
    新しい考え方を受け入れ、無限に伸びていきます。
    子どもには、それだけ成長する力、生命力があります。

    高校生は、どうでしょうか。
    硬い頭をやわらかく。
    商なんてどうでもいいから、余りによって整数を分類する。
    ある数で割って、同じ余りである数は、その数を法として合同な数。
    合同式は、それさえ理解できれば、そんなに難しくありません。

      


  • Posted by セギ at 13:43Comments(0)算数・数学

    2018年12月02日

    中3英語 関係代名詞その2 which


    前回扱ったのは、関係代名詞 who を用いた文でした。

    I have an aunt who lives in New York.

    それに対して、今回扱うのは、関係代名詞 which を用いた文です。
    まずは2文で考えてみます。

    I will show you the pen. It was given to me by my uncle.
    あなたにペンを見せましょう。それは、私のおじさんからもらったものです。

    これを「私のおじさんからもらったペンをあなたに見せましょう」という意味の英文にすると、

    I will show you the pen which was given to me by my uncle.

    となります。
    作り方の基本は、who のときと同じですね。
    先行詞(修飾される名詞)がきたら、関係代名詞。
    名詞を修飾する2語以上の意味のまとまりの語句は、名詞の直後に置くのが英語のルールです。


    The dog is Mike's.  It is running over there.

    これを「向こうで走っている犬は、マイクのです」という文にすると、

    The dog which is running over there is Mike's.

    先行詞である dog がきたら、すぐに関係代名詞。
    主節をいったん停止して、関係代名詞節。
    関係代名詞節が終わったら、停止していた主節に戻る。
    このルールをしっかり理解して活用できるようになれば、大丈夫です。

    ところで、who と which との使い分けは?
    これは簡単です。
    先行詞が人ならば、who。
    先行詞が、人以外。すなわち物や動物であれば、which。
    この使い分けで苦労する人はあまりいないと思います。

    上の例文を見ていて、勘の良い子は気づくのですが、関係代名詞と分詞は使い方が似ています。
    「これ、分詞で良くね?」
    と英語の得意な子から質問されたりします。
    そうです。
    関係代名詞を用いた文と分詞を用い文との書き換え問題は多く出題されます。

    問題 次の文がほぼ同じ意味を表すように空所を埋めなさい。
    (1)I will show you the pen given to me by my uncle.
      I will show you the pen (  ) (  ) given to me by my uncle.
    (2)The dog running over there is Mike's.
      The dog (  ) (  ) running over there is Mike's.
    (3)I have an aunt living in New York.
    I have an aunt (  ) (  ) in New York.

    なーんだ、簡単だ。
    (1)は、which is
    (2)は、which is
    (3)も、which is

    ・・・こんな答案を書いてしまっていないでしょうか?
    これ、正解なのは、(2)だけです。

    こんな答案を書いておいて、
    「ひっかけだ!」
    と抗議する子がいるのですが、こんなのはひっかけではありません。
    違うパターンがくるのが当たり前なのに、その予想が立っていない。
    予見性が足りないのです。

    「1つの大問は同じパターンの問題が延々と続く」という思い込みから脱却しましょう。
    普段、そういうドリル的な英文練習帳でも解いているのでしょうか?
    そういう頭を使わない練習は、それでパターンを理解できるという効用もありますが、「英語なんてそんなもの」という間違った思い込みを助長する弊害も大きいのです。

    頭を使わない作業を勉強時間からなるべく排除することが大切です。
    頭を使わない作業とは、例えば、単語のスペル練習といえば、ただ10回ずつ書く作業。
    書き終わってその単語を覚えているかというと、全く覚えていない。
    なのに勉強した気になっている。
    頭を使わない作業は、そういう弊害の大きい勉強方法です。

    単語練習は回数が問題ではありません。
    自分にテストする気持ちで書くなら、1回でもいいのです。
    1回で書けなかった単語は、何回でも、何も見ないで書けるか、自分を試します。
    そして、全部書けると思ったら、もう一度、最初の単語から自分にテストをします。
    それで書けなかったら、再度練習し、またテスト。
    これの繰り返しで、全ての単語が書けるまで自分をテストします。
    実際のテスト問題を解くためには、普段の勉強も頭を使い、テスト形式の勉強が常態であることが望ましいのです。


    1回間違えて解き直すときには、少し慎重になる子は多いです。
    関係代名詞とbe動詞の形が少しずつ違うのかな?
    では、
    (1)は、which was
    (2)は、which is
    (3)は、who is

    (1)は正解になりました。
    おじさんからペンをもらったのは過去ですから、be動詞は過去形にしますね。
    しかし、(3)は、まだ課題があります。

    I have an aunt (who) (is) in New York.

    うーん・・・。
    意味から考えれば、間違いではありません。
    入試なら別解として正答扱いになるかもしれません。
    しかし、そのように審議の対象となる別解ではなく、ど真ん中の正答を出したい。
    どうせなら、上の文と同じ動詞を使いたいものです。
    同じ動詞 live を使うとどうなるでしょう?

    「あ。わかった。 I have an aunt (who) (living) in New York.」

    ・・・それは明らかな間違いです。
    審議の対象にすらならない、完全な誤答です。

    この問題の誤答パターンは他に、
    I have an aunt (is) (living) in New York.
    と。苦し紛れに who を省略する子もいます。
    しかし、主格の関係代名詞は省略できません。

    正解は、
    I have an aunt (who) (lives) in New York.
    です。
    分詞を用いた文が living となっているのは、現在分詞の形容詞的用法だからであって、進行形として使っているのではありません。
    live という動詞は状態動詞。
    一時的に住んでいるという意味のとき以外は、進行形にしない動詞です。
    だから、関係代名詞節の中では、進行形にせず、現在形で表します。

    しかし、そのことに気づかない子は多いです。
    本当は、I have an aunt (who)(is)(living) in New York.
    としたいのに、( )が2つしかないので、何かを省略しようとして、間違ってしまうのです。


    繰り返しますが、英語の問題は、1問1問、微妙にパターンが変わるのが普通です。
    同じパターンが続くことのほうが珍しいのだと認識するだけで、問題を解く際の覚悟が違ってくると思います。
    勉強している間は思考停止せず、気を緩めずに考え続けましょう。
    ミスの多い人は、大問1つは丸ごと同じパターンだと思いこんで雑に解いていないでしょうか?
    (1)がこうだったから(2)や(3)もこうだと思った、という謎の思い込みをしていないでしょうか?
    そのあたりの意識を変えるだけでも、英語のテストの得点は劇的に変化します。


      


  • Posted by セギ at 16:43Comments(0)英語