たまりば

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2020年03月25日

高校英語。比較表現。the +比較級と、the のない最上級。


最上級には the をつける。
比較級には the はつけない。

中学2年で、まずそのように基本を学習します。
しかし、この基本がつかみきれないまま高校生になってしまった人が、英語が苦手、文法が苦手な人には多いです。
最上級に関する空所補充問題で the をつけず、( )が1つ余ってしまい、仕方ないから余計な単語を入れて、誤答。
間違えた直後は、ああそうだったと思っても、1週間も経つと、また同じことを同じように間違えてしまいます。

・・・何で?

教えていて苦慮するのは、こういう基本がどうしても定着しない子がいることです。

英語のつまずきは、学習の初期の初期から常にあり、多くの子が同じところを同じように間違えます。
アルファベット小文字のbとdの混同。
you're と your の混同。
she's と her の混同。
Are you ~?と Do you ~?の混同。
三単現のs、名詞複数形のsを常に忘れる。
現在進行形で be 動詞を一切書かない。
・・・枚挙に暇がありません。
全てのハードルを引っ掛けて倒す選手のように、全箇所でつまずいていきます。
人が変わっても、同じところを同じように間違えます。
ああ、この子もまたここを間違えるのか・・・と感じることは多いです。

学力的に、それが限界なのか・・・。
いやいや冗談じゃない。
こんな初歩の段階で限界ということはないでしょう。
まだ余力があるでしょう?
勉強に対する心構えや感覚が雑になっていませんか?
シラス漁をしているのに、大きな魚を捕るための大きな目の網を使っていませんか?
大体理解すれば大丈夫と思ってしまう。
だから、全部頭をすり抜けてしまって、何にも残らない。
そういう感覚の勉強をしていませんか?

細かいところを丁寧に正確に見ましょう。
似ているところの細かい違いをよく注意して覚えましょう。
そこがテストに出るということを強く意識しましょう。
定期テストの英語は、減点との闘いです。
スペルを1つ間違えただけで、はい1点減点。
ピリオドを打ち忘れただけで、はい1点減点。
丸よりも△が多い人は、英語に関して自分の注意力のレベルを一段階上げれば、得点は格段に上がります。

・・・そんなの本当の英語力とは関係なくない?

うん。
気持ちはわかります。
そんな細かいミスよりも、英文を読んだり聞いたりして大体内容が理解できて、英語を書いたり話したりして大体通じることのほうが大切じゃないか?
確かにそうです。
でも、現実には、そのような本当の英語力のある人は、上のようなミスも少ないのです。
ミスは非常に多いが4領域の能力がバランス良く高い人に、私は会ったことがありません。
上のようなミスは多いが、初見の英文を読んで答える問題はよくできるし、テーマを与えられた英作文は語彙も豊富で内容も深い・・・という人がいたら何だか格好いい気もしますが、現実には、私は見たことがないのです。
文法ミスやスペルミスが多い人は、「本当の英語力」を問われる問題も、やっぱり苦手であることが多いのです。
単なるケアレスミスというよりも、英語に対する意識の低さがミスに表れているためではないかと感じます。
「大体わかればいいや」という気持ちの底には、英語がいつまでもいつまでも小学生の頃のように易しければいいのにという気持ちがあるのかもしれません。
だから、英語が難しくなってくると、「大体わかる」こともできなくなっていくのです。

小学生で日本に帰国した帰国子女で、日常会話の英語を「聞く」「話す」能力は高いけれど「読む」「書く」力があまり伸びない子がいます。
文法ミス・スペルミスも非常に多いです。
子どもの英語のまま、その先が伸びないのです。
それが、本当の英語力でしょうか?

正しい文法の正しい英語を使うことは、英語圏では常識ある大人であることの証明。
教養の証明です。
文法ミスやスペルミスの多さは、仕事人なら、職業的能力すら疑問視される可能性があります。
それは、日本でも、そうでしょう?
日本語が何だかおかしい日本人を仕事相手として信用できますか?
メールや手紙が誤字脱字だらけの仕事相手を尊重できますか?

私もこのブログを書いていて、誤字脱字を後になって見つける度にヒヤリとしています。
細かいところを丁寧に正確に。
完璧は目指せないとしても、そこに向かって努力することは必要なことだと思うのです。


最上級には the をつける。
比較級には the はつけない。

この基本が曖昧なまま高校英語に進んでしまうと、その先は例外的なことが出てきますので、さらに混乱し、訳がわからない状態になっていきます。
今回は、そんな内容です。
最上級だけど、the がつかない。
比較級なのに、the がつく。
そういう表現を扱います。


もともと、普通の最上級でも、副詞の場合は the をつけなくても良いのです。
つけても構いませんが。
この知識を問うために、主に私立高校では以下のような入試問題を作ることがあります。

問題 次の英文の空所を埋めよ。
She can swim (  )(  ) her class.
彼女はクラスで最も速く泳ぐことができる。

これを、
She can swim (the)(fastest) her class.
としてしまう人は、最上級には the をつけるということは理解しているのですが、副詞の場合は the はなくても良いという知識が身についていないのかもしれません。
正解は、
She can swim (fastest)(in) her class.
です。
the は省略できるけれど、 in は省力できません。
しかし、前置詞に対する意識が低いと、上のような誤答になりがちです。

実は、形容詞の最上級でも、叙述用法の最上級は the はつけなくても良いというルールもありますが、では、叙述用法の形容詞とは何なのかという話になっていきます。
面倒くさいので、そこらへんは、今回は省略しましょう。


ここから学習するのは、絶対に the をつけない最上級です。

まずは、1つのものごと、1人の人の中での最上級。

This lake is deepest at this point.
この湖はこの地点が最も深い。

1つの湖の中で、最も深いところの話をしています。
これは、下の文と比較するとわかりやすいでしょう。

This lake is the deepest in Japan.
この湖は日本で一番深い。

人間の場合の例も。

She feels happiest when she is playing the piano.
彼女はピアノを弾いているときに最も楽しいと感じる。

これも、
She is the happiest woman in the world.
彼女は世界で一番幸福な女性だ。

という文と比べると違いが理解しやすいと思います。


次に、the をつける比較級。
前にも書きました、the 比較級+主語・動詞~, the 比較級+主語・動詞・・・. の文。
「~すればするほど、ますます・・・・」という意味の文でした。

The higher we climb, the colder we feel.
高く登れば登るほど、ますます寒いと感じる。

他に、2つの中での比較。
My brother is the taller of the two boys.
私の弟は、2人の少年のうちの背の高いほうだ。

冠詞 the には、ものごとを限定する意味があり、2つの中での~のほうなのだと確定する意味あいとして使われます。

the を使わない最上級。
the を使う比較級。
セットで覚え、頭の中を整理してください。



  


  • Posted by セギ at 13:44Comments(0)英語

    2020年03月11日

    秀才のスピーキング能力が伸びない理由の1つには。


    英語四領域、すなわち、「読む」「聴く」「話す」「書く」の中で、一番弱い分野が「話す」である人は多いと思います。
    語彙には、自ら使用できる「使用語彙」の外側に、読んだり聞いたりしたときには意味を理解できる「理解語彙」があります。
    つまり、意味がわかっていても自分では使えない単語のほうが膨大なのです。
    しかし、「話す」という作業は、自分で使える単語だけをその場で何とか駆使して行わなければなりません。
    そのため、「読む」「聴く」よりも「話す」は難度が上がります。
    だから、四領域を難しさの順に並べると、「話す」「書く」「読む」「聴く」の順になるのは普通のことです。

    昔は、リスニングも難度の高いものだったのですが、今は、英語はそんなに得意ではなくても、リスニングはまあまあできる子が増えています。
    聴いて答えるだけなので、「勉強」らしい苦痛が少ないから、リスニングは好きだという子もいます。
    秀才も自分も対等だと感じるのかもしれません。

    そう言えば、スピーキングも、秀才とそうでない子との差をあまり感じない分野です。
    というより、秀才は、スピーキングで他の子たちと比べて突出した様子を見せないことが多いのです。
    周囲に埋没して、どんぐりの背比べとなりがちです。
    何だか、他の三領域と比べるとお粗末なんだけど、どうしたの?

    第一の原因は練習不足でしょう。
    英語秀才は、他の領域では不断の努力を怠りません。
    しかし、スピーキングだけは、普段、練習していない人が大半です。
    学校でテストもないし、入試にも出ないし。
    そうなると、練習しないんですね。

    日本人が全般的にスピーキングが苦手な理由は、
    「発音が悪いので、恥ずかしい。自分の英語はネイティブには通じないのではないか」
    という気持ちが先に立って、話すことを避けたがるのが主な理由だと思います。
    秀才は、そうした自意識がさらに強くなるということもあるかもしれせん。

    しかし、そればかりではないのだと感じる出来事がありました。

    英検準1級の2次面接の対策をしていたときのことです。
    学年相当の英語力はある高校生です。
    筆記試験は合格しました。
    しかし、2次面接の練習をすると、何も答えられず、黙り込んでしまうのです。

    何か答えないと、合格しないよー。

    例えば、「大学に高齢者のための講座があることをどう思うか」という設問。
    3分間、絶句。
    設問の意味はわかっている?と訊くと、わかっていると答えました。
    では、英語じゃなくていいから、日本語だったら、どう答える?と訊くと、以下のようなことを話し始めました。
    「高齢者の中には、社会参加を望む人もいると思う。そうした人たちが、大学で学ぶ機会を得て資格を取得し、その結果社会に貢献することは妥当なことであると思う」

    ・・・硬い。( 一一)

    そういえばこの秀才は、普段の話し方も書き言葉みたいなのでした。

    英検準1級は、帰国子女ならば小学生でも合格します。
    試されているのは、社会問題についての考察力ではなく、英語力です。
    英語によるコミュニケーション能力です。
    「勉強をしたいお年寄りは沢山いると思います。彼らが勉強できるのは、良いことだと思います」
    こんな程度でも合格します。
    はい。中学英語です。
    四領域のうち「話す」の能力が誰もが低いことは周知の事実。
    だから、スピーキングの採点基準は甘いです。
    え?こんな出来で合格するの?というくらい甘いです。
    易しい英語で語りなさい。
    易しい英語しか咄嗟に思いつくことはできないし、それで合格するのだから。

    そのようにアドバイスしながら、私は、秀才のスピーキングが他の子たちと比べて突出しない理由の1つは、こういうことなのかもしれない、と感じていました。
    本人の日本語能力にふさわしい英語力が、身についていないのです。
    考えたことをそのまま英語にするには、英語の語彙が足りません。
    日本語の書き言葉は、英文に変換しやすい構造だと思いますが、そのまま英語にするには本人の使用語彙が足りない。
    日常で用いる日本語は小難しいのに、咄嗟に出てくるのは中学英語なので、その差を埋められず絶句することになる・・・。
    秀才が英語をペラペラ話しだすには、使用語彙のレベルを高校英語に引き上げる必要があるのです。

    ・・・いや、言語レベルを下げるほうが簡単じゃない?

    易しい英語を使いなさい。
    難しいことを易しくわかりやすく語りなさい。
    自分の日本語を易しい英語に翻訳しなさい。
    頭が良いとはそういうことでもあるよ。

    これは英語の勉強なの?という謎のアドバイスに終始した英検対策でした。
    ともあれ、結果は、合格でした。
    本番は絶句せず答えられたようです。
    良かった。

    日本に住んでいて、普段英語を話す機会もなかったら、ペラペラになんかなりません。
    そんなにハードルを上げないで、とにかく話してみることです。
    「ペラペラ」の「ぺ」くらいでいいから。
    「ぺ」くらいで、英検準1級は合格します。

    ともあれ、10年前は、英検2級を受検する高校生すらまれでした。
    偏差値65以上の大学を受験する人は、筆記試験でいえば英検準1級程度の学力は身についていましたが、入試間際にそんなものを受ける必要も暇もありませんでした。
    だから、高校生に英検対策をする必要はなかったのです。
    中学まで一所懸命英検を受けていた高校1年生が、そのままのノリで英検準2級を受けることがある程度でした。
    この10年で、私立高校を中心に、学校単位で英検2級を目指すようになりました。
    大学に内部進学するための条件とする場合もあり、その対策授業が増えてきました。
    それでも2級止まりでしたが、壁を突き破ったのは、大学入試の民間試験導入です。
    英検準1級を取得すれば、英語の入試得点は満点とする、というのです。
    結局、大学入試に民間試験の導入は見送られましたが、1度視野に入った英検準1級を受ける人はやはりいます。

    これからは、こういう仕事が増えるのかもしれないと感じた出来事でもありました。


      


  • Posted by セギ at 11:55Comments(0)英語

    2020年03月06日

    高校英語。比較表現。~も、~しか、などの表現。


    高校英語の比較表現、さらに続きます。
    今回は、ある数量を「~も」「少なくとも~」「せいぜい~」「~しか」などと評価を付け加えて言う場合の表現です。

    現実には同じ数量でも、それをどうとらえるかは人によって、あるいは場合によって違ってきます。

    例えば、この3月、学校から長文読解プリントの宿題が1題出ている中学生がいます。
    私から見たら、何だ1題しかないのか、サイドリーダーを1冊出してもおかしくないのに、と思います。
    サイドリーダーなどの副教材が学校に届く前に突然休校になってしまったのでしょう。
    休校が決まり、たった1日で先生が急遽作った渾身の宿題。
    少ないけれど、貴重な宿題。
    しかし、英語が苦手な子にとっては、3ページ分の長文は、膨大な量なのかもしれません。

    多いなあ・・・と感じることを責める気持ちはないのです。
    ただ、その子は、翻訳アプリを使って設問に答えていて、それには頭を抱えました。
    そのプリントには、「わからない単語は辞書を使って、1文1文正確に読んでいこう。要約を書いてみるのも良いし、全文を訳してみるのも良いでしょう」といった注意書きがありました。
    ・・・辞書を使っていいのなら、翻訳アプリでもいいのではないか?
    そのような判断があったのかもしれません。
    翻訳アプリだけれど、学校の先生が推奨する全文翻訳をしようとし、ノートに途中まで全訳を書いていました。
    学校の先生の言うことに従う気持ちもあるようなのですが、根本が間違っている・・・。

    翻訳アプリを使って良いものかどうか?
    そうした判断を狂わせる要因は「宿題の量が多い」「この宿題は自分には無理だ」という価値判断なのだと思います。
    簡単にこなせる宿題ならば、翻訳機など使わないでしょう。


    そう言えば、以前、こちらは小学生でしたが、算数で「平均」を学習した際に学校の先生が電卓の使用を許可したことがあります。
    そういう措置になるのも仕方のない面もあります。
    合計÷個数=平均 の学習をしたいのです。
    「平均」を求める勉強をしているのであって、例えば2桁の数を10個たすといった合計の「たし算」の勉強をしたいわけではありません。
    でも、そこが学習の最大のヤマ場になってしまう子のほうが多いのです。
    私が個別指導をするときにも、合計を出すまでに1問で10分以上かかることもあります。
    何度やり直しても、たし算の答が合わないのです。
    だから、学校の「平均」の授業で特例として電卓を使用することは、あり得ることです。
    しかし、それを免罪符と思い込んだ子が、塾の計算プリントを電卓で解いてきたことがあり、それには唖然としました。
    「平均」の学習とは関係のない、計算練習のためのプリントでした。
    その子の答があまりにも正答とかけ離れていて、普通のケアレスミス・計算ミスとは違うので追及したところ、電卓の打ち間違いと告白しました。
    「学校で許されているから」
    と言い訳するので、事情がわかったのです。

    計算ドリルを電卓で解くことは、学校でも許されていないでしょう?
    「平均」の学習が終わっても、あれからずっと、計算は全部電卓でやっていたの?
    学校や塾で筆算するときに、前より難しくてつらいと感じていませんでしたか?
    いつも電卓でやっていたら、自分で筆算する力がどんどん衰えていきますよ?
    懇々と説き伏せ、保護者にも連絡したので、算数に電卓を使用することは以後なくなりました。

    こちらも、根本にあるのは、本人にとって、計算の宿題は量が多くてつらい、という気持ちだったと思います。
    そこに「電卓利用可」という言い訳が入り込み、間違った判断に至ったのでしょう。
    週に2ページの計算の宿題は、計算が苦手な子には心の負担なのかもしれません。
    計算間違いが多いので、授業中にその解き直しをするから、2ページしか出せない、という気持ちが私にはあるのですが。


    同じ数量でも、その人、そのときの主観によって、多かったり、少なかったりする。
    私は「2ページしか」と思っていても、その子にとっては「2ページも」になる。

    今回は、そういう主観をもとにした数量表現の話です。
    はい。
    ここから英語の話に戻ります。


    例えば、「私は5,000円持っています」。
    何の評価も下さないなら、これはそのままです。
    I have 5,000 yen.

    しかし、これを言う子が、まだ子どもで、月決めのお小遣いをもらったばかりなら、
    「私は5,000円も持っている」
    と言いたくなるでしょう。

    一方、これを言うのが大人で、今日はこれから友達とお茶を飲んでから映画を見て、それから食事をする、となった場合、手持ちのお金が5,000円では心許ないかもしれません。
    「私は5,000円しか持っていない」
    と言いたくなります。

    このように、現実は同じ5,000円でも、その評価は立場や状況によって異なります。
    そのように付加される評価をどう表現するか、です。

    最も低い評価からいきましょう。
    「私は5,000円しか持っていない」
    I have no more than 5,000 yen.
    =I have only 5,000 yen.

    言い換え表現とあわせて覚えておきましょう。
    no more than =only です。

    「~しか」とまでは言わないけれど、ややマイナス評価なのが、「多くても~、せいぜい~」です。
    「私はせいぜいで5,000円持っている」
    I have not more than 5,000 yen.
    =I have at most 5,000 yen.

    次に、ややプラス評価なのが、「少なくとも~」です。
    「私は少なくとも5,000円持っている」
    I have not less than 5,000 yen.
    =I have at least 5,000 yen.

    最もプラス評価なのが、「~も」です。
    「私は5,000円も持っている」
    I have no less than 5,000 yen.
    =I have as much as 5,000 yen.

    no less than =as much as です。
    ただし、much は、数えられない数量に対して使用します。
    数えられるものの場合は、as many as となります。

    お金は数えられるんじゃないか?と中学生から質問されることがあるのですが、お金は数えてもその価値が伝わりません。
    「私は、コインを10枚持っている」
    と言っても、それは1円玉が10枚なのか、500円玉が10枚なのかによって、価値が変わってきます。
    お金は、枚数を数えるものではないのです。
    だから、値段を訊くときは、How much ~?と訊きますよね。
    そこまで説明すると、「あー」と気がつき、納得する中学生が大半ですが、しかし、翌週の英作文では、また、
    I have many money.
    と書いている・・・。
    知識の定着は、なかなか難しいです。

    さて、上の4つのパターンのうち、言い換え表現のほうを除いて並べると、
    no more than ~しか
    not more than 多くて~、せいぜい~
    not less than 少なくとも~
    no less than ~も
    となります。

    似ているので、覚えにくいですが、これは数直線上にまとめて整理すると理解しやすいです。
    数直線を描き、真ん中は、ニュートラル。
    価値評価をつけない原点、とします。
    左方向がマイナス評価。
    右方向がプラス評価。
    上の4つの表現、どれも先頭は no か not です。
    no と not は、本来使い方の異なる否定語ですが、このように使用する場合は、no のほうが否定の意味が強い、と思ってください。
    だから、no から始まるほうは、原点より遠い位置におきます。
    not から始まるほうは、それよりも原点に近い位置に置きます。
    したがって、
    no more than が、最もマイナスの意味が強く、「~しか」という意味。
    not more than は、それよりは原点に近く、「多くて~、せいぜい~」という意味。

    これまでも何回か出てきましたが、not less と、否定語を2回用いると、肯定の意味になります。
    not less than は、原点よりややプラスの位置で、「少なくとも~」という意味になります。
    no less than は、それよりも原点より遠い、強いプラス評価の位置で、「~も」という意味になります。

    あとは、その下に、その言い換え表現を書き加えていけば、理解しやすいと思います。
    日本語でもそうですが、at most 「多くて~」がマイナス評価であること。
    at least「少なくとも~」がプラス評価であること。
    こうしたことで混乱する人もいます。
    よくわからないときは、上の例文のように、「多くて5,000円」「少なくとも5,000円」などと、具体的な数値とセットで考えてみると、理解しやすいと思います。

    ただ、そもそも、そのように価値を付加した表現をしたことがないという、言葉の痩せている子もいます。
    「超やべー。今日、5,000円」
    そういう物言いが日常の子もいるのです。
    その「やべー」はプラス評価なのか?
    マイナス評価なのか?
    なぜ、プラス評価とマイナス評価に同じ単語を用いるのでしょうか。
    本人の日本語の語彙が、そもそも痩せているのではないか?

    しかし、語彙が痩せているだけであって、感覚が鈍磨しているわけではないのです。
    ある数量をプラス評価したりマイナス評価したり、ということ必ずやっているはずです。
    英語を学習するのとあわせて、日本語の語彙を豊かにしていきましょう。
    日本語訳を見て初めて知った日本語を自分の中に蓄積していくのは有効だと思います。


      


  • Posted by セギ at 12:36Comments(0)英語

    2020年02月27日

    高校英語。比較表現。AはBの~倍。


    問題 次の文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
      This room is three times as large as that one.
    =This room is three times (  )(  ) that one.
    =This room is three times (  )(  ) of that one.
    =That room is (  ) as large as this one.

    まず、一番上の文の意味を確認しましょう。
    「この部屋は、あの部屋の3倍の大きさだ」
    このように、原級表現の as ~as を用いて、AはBの~倍だ、という意味を表すことができます。
    as ~as の前に、何倍であるかを具体的に述べます。
    2倍ならば twice 。
    3倍ならば、three times 。
    4倍ならば、four times です。
    昔の英語では、3倍を表す thrice という言葉があったようですが、現代英語では用いられていません。
    また、これらの倍数表現とは系列の異なる語として、double(2倍)、treble(3倍)、さらに別系統の語として、twofold(2倍)、threefold(3倍)というものがありますが、これらは、as ~as とともに用いられることはありません。

    さて、2番目の文を見ましょう。
    主語は変わっていないので、やはり、同じように「この部屋はあの部屋の3倍の大きさだ」という意味の文を完成させればよいのでしょう。
    しかし、as large as を入れるには、空所の数が足りません。
    実は、比較級でも、同じ意味の倍数表現となります。
    This room is three times (larger)(than) that one.
    これでも、「この部屋は、あの部屋の3倍の大きさだ」という意味になります。
    3倍より大きい、という意味ではありません。

    このあたりを「原級表現の学習」「比較表現の学習」と別々に学習することが多いせいか、どちらでも倍数表現ができることが定着せず、片方が身につかなかったり、片方は間違った英語だと思い込んだりする誤解が生じやすいところです。
    言い換え問題への対策として、別の章で学習したこともスッキリと頭の中でつなげておくことが大切です。

    ただし、注意が必要なのは、twice は as ~as だけで用いて、比較級では使用しません。
    twice larger than ~という言い方はしないので注意してください。


    続いて3番目の文。
    =This room is three times (  )(  ) of that one.

    これは(  )の後ろが of であるのがヒントとなります。
    as ~as でもないし、比較級 than でもなさそうです。
    =This room is three times (the)(size) of that one.
    となります。
    形容詞 large を用いる代わりに、名詞 size を用いる用法です。
    the 名詞 of ~の形を覚えておきましょう。


    次は、4番目の文。
    =That room is (  ) as large as this one.

    主語が変わっていることに気づきます。
    ということは、ほぼ同じ意味にするには、「あの部屋は、この部屋の3分の1の大きさだ」という英文を作れば良いということになります。
    3分の1。
    分数表現です。
    =That room is (one-third) as large as this one.
    が答えとなります。

    英語は分数を分子から読みます。
    one が分子。one 、two、 three と、基数で表します。
    thirdが分母。second、third と、序数で表します。
    「3分の2」のように、分子が複数のときは、two-thirds と分母に s をつけます。

    英語は分数を分子から読みます。
    帰国子女の子に算数・数学を教えていると、例えば「3分の2」と読むべきところを「2分の3」と読んでしまうことがあるのはそのためです。
    まあ、数学は読み方は間違っていてもいい、正しい式が書けていれば、と思ってノートを覗き込むと実際に3/2と書いていることもあり、それには衝撃を受けます。
    日本に帰ってきて、読み方と書き方で混線して、書くときにも逆になってしまうようなのです。

    これは日本育ちの子でも起こることです。
    幾度注意しても、分数を分子から書く癖がついてしまっている子が、分数を正しく読めなくなってしまい、ついには、数字のどちらを上に書くかわからなくなって逆に書いてしまう、ということがあります。
    「読むように書きなさい」
    と注意しても、なかなか直りません。
    「3分の2」と読むものを、なぜわざわざ分子の2から書くのか?
    文字は上から書くものというルールのほうを何となく優先させてしまうのか?
    こんなのどちらでもいいと思い、適当に上から書く習慣がついてしまったのか?
    理由はわかりませんが、自分のやっていることがいずれ重大事を引き起こすと、本人は気づかないのです。
    何が重要か、優先順位がわかっていないからそうなるんだ、自業自得だね、と切り捨ててしまうには、まだ幼く、可哀想です。
    初めて分数を学習したときに、変な癖がついてしまったのですから。
    そして、いったん変な癖がついてしまうと、直せる子は少ないです。

    分子から書くのが癖になっている子に注意し続けていると、むしろ余計にこじれて混乱するということがあるので、帰国子女と、まるで帰国子女のように分子から書く日本育ちの子には、分数に関する注意はしないことにしています。
    たとえ分子から書いていても、意味がわかっていればいい。
    混乱するのが一番良くない。
    ただ、日本で算数・数学を学習しているのに分数を分子から書いているのは、かなりのリスクを背負っているのは事実です。
    文章題などから立式する際に、結局分子と分母を逆に書いてしまうミスがあるのは、そういう子だからです。
    本人が「2、バー、3」と意識している分数は、音声としては「3分の2」と発声され続けます。
    混乱して当然です。

    分数についての理解が十分に出来た後ならば、混乱することはありません。
    分数についてしっかり定着している日本の高校生が、英語の分数表現に触れたことで分数がわからなくなったという話は聞いたことがありません。
    知識が曖昧な時期に学習するとまずい。
    そういう意味で、日本の小学生に英語の分数表現を教えるのはリスキーだろうと思います。

    話が逸れました。
    さて、ここで類題を。

    類題 以下の文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
    He has twice as many foreign stamps as I have.
    =He has twice (  )(  ) of foreign stamps of me.
    =I have (  )(  ) many foreign stamps (  ) he has.


    正解は、
    He has twice as many foreign stamps as I have.
    =He has twice (the)( number) of foreign stamps of me.
    =I have (half)(as) many foreign stamps (as) he has.

    です。


      


  • Posted by セギ at 12:58Comments(0)英語

    2020年02月16日

    中学の英語のことを少し。



    中学入学をひかえた小学6年生はワクワクの季節が近づいてきました。
    一方、保護者の方は心配な季節。
    上手く中学生の生活にシフトできるかしら。
    勉強についていけるかしら。
    うちの教室でも、早めに中学の予習をという要請の入る時期です。

    ところで、今の小6は、果たして中学のことをどれくらい理解しているのでしょう?
    敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。

    口は達者だし、かなり反抗期も入ってるし、まあしっかりしているから大丈夫、と思っていると、この情報社会で、意外にカヤの外にいるのが、最近の子どもの特徴です。
    自分の知りたい情報しか得ようとしないので、勉強の情報があまり入ってこないのですね。
    勉強のことを話せる友達がいないという子が、案外多いのです。
    くだらないことは、話せるのですが。

    お兄さんお姉さんがいれば、その動きを見ていて、中学生活というものが大体わかっているのですが、ひとりっ子ですと、上からの情報も皆無。
    親は、そんなことは当然知っているだろうと思って説明しません。

    中学に定期テストというものが存在することを知らない子に会ったことがあります。
    「小学校だってテストはあるよ」
    センセイは、小学校にテストがあることも知らないの?みたいな顔で言い返してくる子でした。
    小学校のテストと同列で扱われても・・・。
    テストの紙質にまずびっくりする、というようなことがないと良いのですが。

    定期テストという名称は知っていても、その重要性をわかっていない子もいました。
    定期テストで成績の大半が決まるということを、知らなかったのです。
    科目ごとに5段階の数字でかっちり評価されるということを知りませんでした。
    「授業態度が良ければ、大丈夫でしょ?」
    と、どこかで聞き齧ったことを過大評価して言ったりします。
    「提出物が20点分あるって、学校の先生は言ってたよ」
    と、得意げに情報提供してくれる子もいました。
    しかし、近年、授業態度の悪い子などほとんど存在しません。
    提出物は、よほど意欲のない子や、物の管理が上手くできず教材やノートを紛失し、出したくても出せない子以外は全員が出します。
    出すのが前提なのです。
    しかし、学校のワークをテスト前に全部解いて提出するだけで物凄く努力している感覚のある子は、それで成績が上がる気がするようです。
    冷静に考えましょう。
    今の時代、授業態度の悪い子も、提出物を出さない子も、本当に少ないのです。

    では、結局、何で評価が分かれるのか?
    国・社・数・理・英の5教科は、定期テストの得点です。
    提出物を出し、授業態度で特に悪いところがないのを前提として。
    定期テストで90点以上取れば、大抵の場合「5」になります。
    定期テストで80点以上取れば、大抵の場合「4」になります。
    逆に、それより低くて「4」や「5」を望むのは、なかなか難しいのです。

    なお、音楽・美術・保健体育・技術家庭の4教科については、ペーパーテストよりも、実技と授業態度が評価を大きく左右します。
    こちらはむしろ、期末テストで満点を取ったところで「5」になる保証はありません。

    さらに、そうやって決定した成績を高校受験で使用するということを知らない子は多いです。
    「内申」というのは、各教科の「1」から「5」の評価から計算される数字です。
    そのことを知らず、内申とは担任の先生がその子についての評価を文章で書くものだけだと思っているのです。
    内申は、数値で出されるものがメインであることを知っておきましょう。
    都立高校の多くは、入試得点1000点満点のうち、300点が内申点です。
    国・社・数・理・英はそのまま、残る4教科は得点を2倍して、その合計65点満点を300点満点に換算したものが内申点です。

    極端な例ですと、中学に英語の定期テストがあることを知らない子もいました。
    小学校の外国語の授業では、簡単な英会話やゲームや歌ばかりやっていたので、「英語は遊びの時間なんだ」と思い込み、勉強だということがわかっていなかったのです。
    それは、英語との幸福な出会いですが、その思い込みが強すぎると、中学の英語の授業の雰囲気についていくことができません。
    中1の1学期の定期テストだけは易しいので何とか乗り切れても、その後、テストの度に得点が半減していきました。

    今後、小学校で英語が教科となりテストも行われることで多少は改善されると思いますが、小学校の英語のテストは書くことがメインではないので、そのことで新たな誤解が生まれる可能性もあります。
    本当は、小学生の頃から、アルファベットや簡単な単語をどしどしテストするようにしたほうがいいと思います。
    中学1年生の教科書では、小学校で習っている単語は、もう知っているものとしてどんどん進むので、スペルを覚えなければならない単語の数が多いのです。
    また、そこをスルーするので、中2になっても中3になっても、数字や曜日・月名を英語で正しく書けない子も多いです。
    中学に入ってから何もかも一気に書くようになるので、そこで落ちこぼれてしまうのです。

    英単語のスペル練習など、地道な作業をすると、
    「こんなのは英語の勉強じゃない。思っていたのと違う」
    と感じ、つらくなってしまう子は今も多いです。
    国語の漢字練習や数学の計算練習に対しては、それなりに諦めの気持ちをもって取り組んでいても、英単語の練習は「つらい」「つまらない」という気持ちが先に立ってしまうようです。
    本人の中で、「英語は楽しいもの」という意識が強すぎるのでしょう。
    使用することが多い単語のスペルを正しく書けないことは、学年が上がるにつれて決定的な学力差となっていきます。
    中学・高校の英語において、ペーパーテストの比重は相変わらず高いです。
    書くことができないと、どうにもなりません。

    確かに、今は、読んだり書いたりするだけの英語で済む時代ではありません。
    リスニングもスピーキングも重要です。
    しかし、それは、書くことを軽視して良いということではないのです。
    テーマと語数を指定された英作文が、定期テストや入試に導入されています。
    書く力も、昔よりもずっと高いレベルで問われているのです。

    英語学習の準備としては、ローマ字の読み書きも、できないよりはできるほうが良いでしょう。
    何となくでいいですので、文字と音との対応がわかっているほうが、読むように書くことが身についていきます。
    そうではない場合、読み方がわからないまま、文字だけ覚えるような状態になることがあります。
    読み方が全くわからないのに、スペルだけ何とか覚えようとする子に、かつて出会ったことがあります。
    英語の成績は「1」に近い「2」でした。
    それは、乱数表を覚えるようなもの。
    そんなのは、さすがに無理でした。

    とはいえ、正式にフォニックスを学習するのも敷居が高いです。
    フォニックスというのは、英語の文字と発音との関係を学習する方法です。
    アメリカの小学校などでは広く行われていますが、それは、そもそもその英単語を知っているネイティブの小学生だから可能な教育なのではないかと感じます。
    日本の学校でも、中1にフォニックスを教えるところがあるのですが、生徒の多くは消化不良で終わるようです。
    a という文字はどんなときに「ア」と読み、どんなときに「エイ」と読むか?
    そういう細かいルールを列挙してあるのがフォニックスです。
    フォニックスが難しすぎて、自分は英語のルールがわからない、英語は無理だと思ってしまうようなのです。
    そうした悩みを抱えて、うちの教室に入ってきた子もいました。

    最初のうちは、そんなの大体でいいんです。
    大体この文字はこんな読み方をするみたい。
    でも、そうじゃないときもある。
    同じ文字に何通りか読み方があるようだ。
    それでいいと思います。

    漢字だって、色々な読み方があるじゃない?
    単語ごとに、読み方とスペルを覚えていこう。
    最初はそれでいいと思いますよ。
    そう励まし、フォニックスよりも文法や読解・リスニングに力を入れたら、その子の英語への苦手意識は薄らいでいきました。
    日本人は、最初はローマ字の読み方を知っておくくらいでちょうどいいんじゃないかと思います。

    大体の読み方がわかるようになって、高校生になったら、もう一度フォニックスのテキストを読み返してみると、驚くと思います。
    当たり前に感じることが書いてある。
    でも、発音問題によく出てくることなのにルールがわからずずっとモヤモヤしてきたことも書いてある。
    あれ?このテキスト、役に立つ?
    そう思えるようになります。

    発音記号も同様で、易しい英単語の読み方やスペルもおぼつかないうちから発音記号を覚えようとしても無理があります。
    しかし、発音記号がわかれば、文字を見ただけでその単語の音がわかるのも事実。
    高校生になっても発音記号が全く読めない子には、大体でいいから覚えたほうがいいよと促しています。



    中学に入学すると直面することに、「カタカナ英語で発音しないと周囲から浮く」という問題があります。
    周囲がカタカナ英語なので、自分もそれを真似し、同調しようとする、と言い換えても良いかもしれません。
    そんな、20世紀の片田舎でも起こらなかったことが、この21世紀の東京で起こることなのか?
    ・・・起こっています。
    公立中学の生徒の英語は、絶望的に発音が悪いことが多いのです。
    英語の成績は「4」または「5」ですが、not は「ノット」、got は「ゴット」、didn't は「デドント」、written は「リトン」と、私が中学の頃だってそんな発音をする子はいなかったが?と驚くようなカタカナ英語の子が多いのです。

    勿論、国語の教科書を音読するのにもかなりの努力が必要な学力の子が3分の1はいるだろうと想像されますから、まして英文となると、とにかく読むだけで精一杯で、発音など構っていられない、ということはあると思います。
    しかし、やろうと思えばもっと良い発音が出来る子も、カタカナ英語に同調する空気があるのではないか?
    そうでなければ、本来、私の世代よりもずっと耳が良く身体的な感覚の鋭敏な子たちが、あの発音で平気でいられるわけがありません。
    しかも、リスニングはよくできるのです。
    リスニングで聴く本物の英語と自分の発音との乖離に、気が付かないはずがないのです。
    ・・・考えられるのは、英語らしい発音をして周囲から浮き上がりたくない、という気持ちが強いのではないか、ということです。

    ただ、勿論、公立中学に通う子は、ネイティブの英語に触れる機会が少ないことは否定できません。
    学校にALTの先生が来たときに耳にする英語。
    普段の授業で、授業中に流されるCDの英語。
    それだけが、耳にする英語の全てである可能性はあります。
    個人的に努力しなければ、模範となるきれいな英語を耳にする機会が少ないのです。
    一方、私立の学校は、ネイティブの先生の英会話の授業があり、会話のテストのある学校も多いです。
    またはインターネットでの個別指導を全員が学校で受講するなど、英会話については充実している学校が多いのです。

    本物の英語に触れる機会が少ない。
    それを打破する方法の1つが、NHKのラジオ講座ですが、公立中学の子は、ラジオ講座の存在すら知らない子が多いです。
    私立に通う子は、ラジオ講座「基礎英語」もテスト範囲とする学校も多く、真面目な子は、毎日毎日、ネイティブの英語に触れています。
    ラジオ講座を聴く習慣を確立できず、ラジオ講座のテスト範囲の分だけごっそり得点を失う私立の子も多いですが、それは自業自得の面があります。
    公立の子たちが、ラジオ講座の存在を知らないために学習の機会を失っているのは、悲しい。
    公立の秀才の発音が、私立に通う普通の学力の子と比べてひどく悪いのは、胸が痛いです。

    光明もあります。
    都立高校入試に、数年後、英語のスピーキングが導入される予定です。
    入試に出るなら、正しい発音に向けて努力するのは当然のこと。
    全員カタカナ英語で足並みを揃える空気は一掃される可能性はあると思います。

    なお、公立中学出身の子も、それで終わりということはなく、高校進学後、秀才であればあるほど、発音は良くなっていきます。
    うちの教室でも、高校生に対しては、単語暗記を目的としてCDによる例文暗唱を繰り返します。
    それで発音やイントネーションが矯正され、劇的に発音が良くなる子は多いです。
    あまりにもあっさりと変わるので、あのカタカナ英語は、仕方なくやっていたことだったんだろうなあと想像したりもします。

      


  • Posted by セギ at 17:04Comments(0)英語

    2020年02月13日

    高校英語。比較表現。~すればするほど、ますます・・・。


    比較の重要表現。
    今回は、「~すればするほど、ますます・・・」という表現です。

    まずは例文を見てみましょう。

    The older my wife gets, the fatter she gets.
    私の妻は年を取ればとるほどますます太っていく。

    ・・・失礼な。
    それはともかく、この文の構造は、the 比較級+S・V, the 比較級+S・V です。
    「~すればするほど、ますます・・・・」と比例の意味を表します。
    比較級に the をつけること。倒置が起こること。
    それらを印象づけて覚えておきたい重要文です。

    少し文法的な説明をすれば、冒頭の the は「程度」を表し、後の the は、「その程度だけ」と照応する意味となります。
    しかし、さすがにこういう文法になると、そういうのが本当に好きで好きで、そういう話を聞いているだけでワクワクする人以外は、無視して良いと思います。
    こういう構造のものなんだ、と丸暗記して使うだけで大丈夫です。

    さらにいくつか例文を見て、構造を確認しておきましょう。

    The sooner you see a doctor, the better.
    医者に診てもらうのは、早ければ早いほど良い。

    この文は、後半がわかりきっているので省略されています。
    省略しなかったら、
    The sooner you see a doctor, the better it is.
    です。
    英語では、わかりきっている代名詞の主語と be 動詞は、省略される傾向がある。
    そうしたことを覚えておくと、理解しやすいと思います。

    The more we have, the more we want.
    多く持てば持つほど、ますます欲しくなる。

    これは、ことわざです。
    日本のことわざで、これと対応するのは何でしょうね。
    何かあると思うんですが。

    The higher a mountain is, the more people like to clime; the more dngerous the mountain is, the more they wish to conquer it.
    山が高ければ高いほど、人は登りたいと思い、その山が危険であればあるほど、人はそれを征服したいと願う。


    それでは、そろそろ問題演習を。

    問題 次の日本語を英語に直しなさい。
    時間があればあるほど、多くの仕事ができる。

    ここでやってしまいがちな誤答例。
    The more you have time, the more you can do work.
    英語の語順に関連して、句(意味のまとまり)ということが実感できていない人がやってしまいがちなミスです。
    正しくは、
    The more time you have, the more work you can do.
    です。

    これは、中学で「比較」の学習をしている頃からやりがちなミスです。
    例えば、「私は彼と同じくらい多くのCDを持っています」という意味の英文を作るときにも、
    I have books as many as he.
    としてしまいます。
    正しくは、
    I have as many books as he.
    なのですが、この語順が絶望的に定着しない人は案外多いのです。
    形容詞は補語として単独で使用される他に、名詞を修飾している場合があります。
    その場合は、形容詞+名詞は、1つの意味のまとまり(句)となっていますので、そこを引き離してはいけないのです。

    「比較級になるのは形容詞と副詞である」という文法事項も、聞くだけで嫌な顔をし、動詞に er をつけたりする人もいますので、文法アレルギーが引き起こすものは、英語学習が進むほど深刻です。
    「複合関係形容詞」みたいな文法用語を無理して覚えろとは言いませんから、少なくとも、名詞・動詞・形容詞・副詞だけは理解してください。
    それを理解しておくだけで、文法は随分わかりやすくなります。

    さて、次は書き換え問題。

    問題 次の2文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
    The more you study, the more you know.
    =( ) you study more and more, you know more.

    学べば学ぶほど、ますます多くを知る。
    この意味の文を作れば良いのですね。
    冒頭の( )は、位置から考えて、接続詞でしょう。
    「~するにつれて」という意味の接続詞を入れれば良いとわかります。
    答は、as です。

    The more you study, the more you know.
    =(As) you study more and more, you know more.

    これは、「比例の as 」と呼ばれるものです。
    as の意味の中でも忘れやすいものですので、注意が必要です。


      


  • Posted by セギ at 10:59Comments(0)英語

    2020年01月29日

    高校英語。比較表現。as~as ever , as~as any


    高校英語の比較表現。
    今回は、as~as ever ・・・ と、 as~as any ・・・です。
    これは、内容的にはシンプルですが、意味の取り方や訳し方が難しいかもしれません。

    (1) as~as ever. と、ever で終わり、その後に語句がない場合は、「相変わらず~」という意味です。

    My aunt is as kind and obliging as ever.
    私の叔母は相変わらず親切で世話好きです。

    She looks as cheerful as ever.
    彼女は相変わらず元気そうだ。

    これは、わかりやすいですね。


    (2) as~as ever ・・・. 
    「これまで・・・した誰にも劣らず~」という意味になります。

    I love you as truly as ever a man loved a woman.
    ぼくはあなたをこよなく愛しています。
    「これまで男が女を愛してきたその誰にも劣らず、真実あなたを愛している」という意味です。

    He is as clever a man as ever lived.
    彼は、きわめて頭のよい男だ。
    「人類史上今まで生きてきた男の誰にも劣らず頭のよい男だ」という意味です。

    本来の意味をどう日本語訳に反映させるかで悩む人もいるようですが、とにかく強めに表現しておけば大丈夫で、この訳し方でなければ不正解というものではありません。
    「きわめて~」という訳し方で大体の場合は乗り切れるでしょう。
    あるいは、語順がよくわからないという心配もあるかと思いますが、何を強調するかをよく考えて、そこを as と as で挟んだら、それ以外はいつも通りの語順です。
    特に、2つ目の例文の as~as ever lived の形は覚えておくと使いまわしが利いて便利だと思います。

    (3) as~as any ・・・.
    「他の・・・にも劣らず~」という意味になります。
    これも「きわめて~」という訳で大体の場合は乗り切れます。

    He is as honest as any man I know.
    彼は、きわめて正直な男だ。
    「私の知るどんな男と比べても劣らず正直だ」という意味です。

    This pen is just as good as any I've ever used.
    このペンはきわめて良い。
    「今まで使ったどのペンにも劣らず良い」という意味です。

    any 以外の用法もあります。

    The district round London in spring and summer enjoys a sun as bright as anywhere in Japan.
    ロンドンの周辺地区では、春と夏には日本のどこにも劣らずきわめて明るい太陽が楽しめます。


    何となく難しいし、学校の文法テキストを見ても、例文が1つあればましなほうで、載っていないこともある。
    こういう表現が、むしろ大学入試では狙われやすいです。
    勿論、大学によっては、とにかく基本だけは理解している生徒に入学してほしいという意図で入試問題が作られている場合もあります。
    一方、どのように重箱の隅をつついて大多数の生徒を落とし、本当に勉強している生徒だけを入学させるかを狙っているような入試問題もあります。
    自分が入りたい大学の入試問題のレベルを早めに知っておき、そこを目指して勉強していくと励みになると思います。
      


  • Posted by セギ at 10:14Comments(0)英語

    2020年01月15日

    高校英語。比較表現。~だからそれだけいっそう。


    さて、今回も比較表現です。
    「~だからそれだけいっそう・・・である」という表現を確認しましょう。
    all the 比較級 because (for)~.
    というのが主な構造です。
    例文で確認しましょう。

    We respect him all the more for his honesty.
    私たちは、彼が正直だからいっそう彼を尊敬しています。

    I like him all the better for his fault.
    彼に欠点があるので、私はいっそう彼が好きだ。

    She works all the harder because she has a child.
    彼女は子どもがいるので、それだけいっそう一生懸命に働く。

    「all the 比較級」のthe には、古い英語の用法として「それだけ」という程度を表す意味があります。
    だから、「the 比較級」は、「それだけいっそう・・・である」という意味になります。
    その前に強調の副詞 all がつくことで、この形が固定され、一種の慣用表現のようになっています。

    文の後半が、for だったり because だったりするのは、その後ろが句ならば for 、節ならば because という違いがあるだけで、意味は同じです。
    for は前置詞なので後ろは句(S・Vはない意味のまとまり)となり、because は接続詞なので後ろは節(S・Vのある意味のまとまり)となるのです。
    どちらも、「~だから」と理由を表します。


    これとセットで覚えたいのが、「none the 比較級 for(because)~」の用法です。
    これは、「~だからといって、それだけ・・・ということはない」という意味になります。

    He worked none the harder because he became a father.
    彼は父親になったからといって、それだけ一生懸命働くということはなかった。

    Man is none the happier for his wealth.
    人は裕福だからといってそれだけ幸福であるということはない。

    「the 比較級」の前に否定語 none がつきますので、for(because) 以降の理由では程度に何の変化も生じなかったことを表します。


    あれ?そんなにシンプルなんだっけ?
    何か、凄く覚えにくくて区別のつきにくいものがあった気がする・・・。
    そんなふうにモヤモヤしている方もいらっしゃると思います。
    そう。
    これと似ているけれど、別のものが存在するのです。
    それが、none the less for(because)~です。

    これは、none と less と、否定語が2つ存在しますので、強い肯定になるのです。
    「それでもなお・・・」という意味になります。

    I like him none the less for his fault.
    私は彼に欠点があっても、それでもなお彼が好きだ。

    上のall the 比較級の文と内容的にも似ているので、混乱しやすいのです。

    I like him all the better for his fault.
    彼に欠点があるので、それだけいっそう彼が好きだ。
    I like him none the less for his fault.
    彼に欠点があっても、それでもなお彼が好きだ。

    「彼が好きだ」ということは変わらないのです。
    彼の欠点を肯定的にとらえて、「それだけいっそう好きだ」と言っているか。
    彼の欠点を否定的にとらえているが、「それでもなお彼が好きだ」と言っているか。
    そういう違いです。

    これは人の気持ちに関わることなので、
    「欠点のある人なんてダメじゃない?」
    と単純に判断しがちな人は、all the better のほうの用法が理解できないということがあり、それで混乱しやすいようです。
    欠点を好きになるということは、あります。
    例えば、とても気の弱い男性をイメージしましょう。
    それは、一般的には欠点かもしれないが、そういう人が本当に好きだ、という女性はいますね。
    完璧な人よりも少し欠点があるくらいのほうが魅力的だという判断もあるかもしれません。
    一方、気が弱いのは欠点だと思うけれど、他に良いところがあるので、それでも彼が好きだという女性もいるでしょう。
    そういうことを言い表している表現なのです。

    高校英語になると、こんな繊細なことを英語で語れるようになります。
    英文法も捨てたものではないでしょう?
    あとは、構造をしっかり覚えて使うだけです。
    ヽ(^。^)ノ



      


  • Posted by セギ at 13:07Comments(0)英語

    2019年12月25日

    高校英語。比較表現。AというよりむしろB。



    英語の比較表現。
    今回は、not so much A as B「AというよりむしろB」を見ていきましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    彼女は学者というよりはむしろテレビタレントだ。

    英語もこのレベルになると実用的です。
    英作文に活用したくなります。
    文法は、この構造の文を読み取れるためだけでなく、これを使うと文章表現が豊かになるので、ライティングに活用するために学ぶという意味もあります。

    まず構造的に見てみると、上の文は以下の文の否定文だということがわかります。
    She is as much a scholar as a TV personality.
    彼女は、テレビタレントであると同様に学者でもある。

    それの否定文なので、学者であることが否定され、上のように「学者というよりむしろテレビタレント」となるのです。
    何が否定されているのか、文の前半を見ることで意味が把握しやすくなります。

    こういうのは、丸暗記したほうがお得です。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    幾度も唱えましょう。
    独りで自室で勉強しているのなら、節をつけて暗唱し、身振り手振りもつけて踊り、not so much A as B ダンスを完成させても良いかと思います。

    問題 以下の空所を埋めよ。
    Modern art is ( )( )( ) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye ( ) with capturing its soul.
    現代芸術は対象を目に映る通りに正確に描くことよりも、むしろその精神をつかむことに関心がある。

    実用に耐えうるを通りこして、難しい概念を英語で語られるようになって、もうついていけません・・・。
    そんな感想もあるかもしれませんが、とりあえず、この文は「AというよりむしろB」という構造だなと把握できれば、この問題は正解できます。
    Modern art is (not)(so)(much) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye (as) with capturing its soul.
    となります。

    こうした空所補充問題だけならば楽なのですが、文法問題はほぼ同じ意味を表すように書き換える問題が多く、それが厄介かもしれません。
    しかし、英語は言い換え表現が多いです。
    そういう練習をしなければ、英語を読めるようにも書けるようにもならないのです。
    無論、聞けるようにも話せるようにもなりません。
    そういう意味で、言い換え表現が沢山出題されるのですね。

    問題 以下の4つの文がほぼ同じ内容を表すように空所を補充せよ。
    She is not so much a scholar as a TV personality.
    She is a TV personality (  )(  ) a scholar.
    She is (  ) a TV personality (  ) a scholar.
    She is (  ) a scholar (  ) a TV personality.

    ふわあ・・・。
    目がチカチカしてきそうですが、ここで落ち着いて、じっくり1つ1つの文を見ていきましょう。
    1番上の文は、最初に学習したnot so much A as B「AというよりむしろB」です。
    それと同じ意味にするのですね。
    2番目の文は、よく見ると、「テレビタレント」と「学者」の語順が逆になっていることがわかります。
    これは肯定文です。
    彼女はテレビタレントなのです。学者であるよりも。
    ここで、ピンときます。
    B rather than A「AであるよりもB」を利用するのです。
    She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    これが、正解です。

    3番目の文も、「テレビタレント」が先にきています。
    だから、これも肯定文です。
    rather B than A「AであるよりもB」という形もあると思い出すことができれば、正解できます。
    She is (rather) a TV personality (than) a scholar.
    これには別解もあります。
    She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    これも、正解です。

    4番目は、1番目の文と同じく、「学者」が先に来ています。
    つまり、これは否定文になるのでしょう。
    学者であることを否定しないと、1番目の文と同じ意味になりませんから。
    She is (not) a scholar (but) a TV personality.
    かな?
    ・・・いいえ。
    それだと、少しニュアンスが異なります。
    「彼女は学者ではなく、テレビタレントだ」と言い切っています。
    1番目の文は、そこまで言い切ってはいないですよね。

    否定文は、否定語だけで作るものではありません。
    準否定表現もあります。
    ここで、less を思い出せたら、大したものです。
    正解は、
    She is (less) a scholar (than) a TV personality.
    これは、3番目の文の別解を逆方向から説明した文です。


    もう一度、正解をまとめましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    =She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    =She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    =She is (less) a scholar (than) a TV personality.

    この言い換え表現を全部理解しておくと、「AというよりむしろB」に関する問題は、ほぼ大丈夫でしょう。
    覚えにくいものは丸暗記。
    同時に構造を論理的に把握。
    そのあわせ技で、身につけてください。




      


  • Posted by セギ at 11:25Comments(0)英語

    2019年12月11日

    勉強が苦手な子の1つの傾向。



    高校生と「分詞」の学習をしていたときのことです。
    まずは、中学の復習でもある、分詞の限定用法の学習をしました。
    名詞を修飾する用法です。
    現在分詞と過去分詞のどちらを用いるか、その使い分けが重要です。

    そこから先が高校の「分詞」の学習。
    分詞の叙述用法に進みました。
    SVCやSVOCのCに分詞を用いる用法です。
    ここでも現在分詞と過去分詞の使い分けが課題です。
    SVCの場合は、Sが動作主ならばCは現在分詞。
    Sが動作される側ならばCは過去分詞。
    SVOCの場合は、Oが動作主ならばCは現在分詞。
    Oが動作される側ならばCは過去分詞。
    「動作主」という言葉は厳密には古文で使用する用語ですが、便利なので私は英語の授業で使っています。
    文法が得意な子にとっては、明瞭でわかりやすいルールです。
    英語はこういう大きいルールが広く適用されるので学びやすいのです。

    しかし、その子は文法が苦手でした。
    説明を聞くだけで理解するのは難しいので、何度もルールを復唱してもらい、その後、練習問題を解きました。

    次の( )内の語を適切な形に直しなさい。
    He kept (knock) on the door until I opened it.

    その子の答えは knocked でした。
    「・・・・え?何で?」
    文法を正確に復唱できるまで何度も練習したのに、何で?
    「door はノックされるから・・・・」
    「・・・・え?」
    限定用法の話はさっき終わり、叙述用法だよと言ったのに、何でその話に戻るんだろう?
    door は、直前・直後の名詞ではないから、分詞に修飾される名詞ではありません。
    「・・・・knock の直前の単語は kept だし、knock の直後の単語は on だよ。door は随分離れている。関係ないよ」
    「あ・・・」

    文法が苦手な子に英文法の授業をしていると、上のようなことが起こります。
    教えたことが上手く伝わっていきません。
    上の例は、相手が何をどう誤解したのか明確だったので改善の可能性がありましたが、普段はもっと不可解なミスも多いです。
    ミスの原因を生徒が言語化できない場合が多く、なぜそこを間違えるのか、教える側として理解しにくい場合がしばしばあります。
    こちらから一方的に解説するだけの授業では、途中で気が逸れて、聞いている顔で実は聞いていないということはあると思います。
    まだらにしか聞いていないので、関係のないことが本人の頭の中でつながってしまうのです。
    だから、今学んでいることは何であるか、本人に復唱してもらい、確認をしています。
    その上で、やはり、間違える・・・。
    どうしてそんなことが起こるのだろう・・・?


    もう一度その子の学校の教科書に戻り、文法を確認してから教科書の練習問題を解くと、それは全部正解できました。
    限定用法だけでなく、叙述用法も全て正解です。
    「教科書の問題は正解できるね」
    「これは、答を覚えているから・・・・」
    「え・・・・?答を覚えている?」
    「復習したっていう意味ですよ」
    「・・・・私は何回解いても、問題の答なんか覚えないけど?」
    「・・・・・?」
    「何でそんな意味のないことを覚えるの?」
    文法は覚えないのに、何で答を覚えるの?(''Д'')

    愕然として、私は悟りました。
    文法が苦手な子は、そういう勉強をしてしまうのか・・・・。

    なぜ英語が得意にならないのか、その一端が垣間見えた気がしたのです。
    いや、英語に限らず、なぜ勉強が得意にならないか。
    努力をしているのは伝わってくるのに、なぜ結果が出ないのか。
    その一端が見えた気がしました。
    理屈をどれだけ教わっても、それを復唱しても、問題を解く際にその理屈を活用できないのです。
    それはそれ、これはこれ。
    問題を解くときは、本人の中で別の解き方で解いてしまいます。
    多くは勘で解いたり、昔学習した別の文法を使ってしまったり。
    だから、最初に解くときは大半の問題を間違えてしまいます。
    それから正しい答を覚えます。
    目の前の1問1問の答を覚えること。
    それが、勉強。
    つまり、根幹のルールなどの抽象化したものを理解し活用することが苦手で、全て、個々の具体にしか対応できないのではないかと感じます。


    それは、小学生に受験算数を教えていても感じることです。
    集団指導塾に通い、受験算数だけうちの教室で補習をしている子には、その集団指導塾のテキストで復習することから学習を始めます。
    復習する様子を見ていると、受験算数が苦手な子も、テキストの基本問題は自力で解くことができるのです。
    しかし、テキストの基本問題とほとんど同じ構造の月例テストの問題は正解できません。
    ほとんど同じ構造で、難度も同じで、同じ考え方で解く問題なのに、なぜ解けないのだろう?
    月例テストなんて、8割は基本問題なのに。

    理由は明らかです。
    個々の問題の式と答を暗記しているだけで、理解していないのです。
    「式と答を覚えること」=「勉強」になっていて、それ以外の勉強ができないのです。


    受験算数の場合、自力で解き方を発見できるセンスのある子や、思考力のある子もいます。
    発達段階の個人差の大きい時期ですから。
    算数の問題を考えることが好きな子、自力で図を描いたり整理したりすることができる子たちです。
    そうした子たちには、補習というよりもっと自由に力を伸ばす授業をします。
    「〇〇算の解き方」を1つ1つ暗記する必要は、本当はないのです。
    線分図の描き方と面積図の描き方、そしてその活用の仕方を学べば、受験算数の解き方はそんなに幾通りもありません。
    相当算も食塩水も売買損益も差集め算もニュートン算も、根底にあるものは、全て同じです。
    思考力のある子は、そうした統合や抽象化が可能です。

    しかし、小学生の段階では、解き方の抽象化はできない子も多いです。
    その場合、「〇〇算の解き方」を1つ1つ覚えていくことから始めます。
    それでも、「解き方・考え方」を覚えるのなら、そのことで思考力を養っていくことができます。
    最終的には統合も可能です。
    しかし、子どもの中には、
    テキストの問題1の式は、4×5÷2=10 
    問題2の式は、5×10÷2=25 
    と、式と答を覚えているだけの子もいます。

    ・・・何の意味があるの?(''_'')

    そう思うのですが、本人にしてみると、覚えてしまうのだから仕方ない、ということのようです。
    小学生の柔らかい脳は、見たものをすぐに覚えてしまうことができますから。
    解き方を理解することと、問題の式と答を覚えてしまうこととの違いがわからないのかもしれません。

    では、式の暗記などできないくらいに基本問題を大量に解けば、その中から本人がエッセンスを抽出し、解き方を脳内に取り込むことができるのではないか?
    そうした発想から、宿題を大量に出す塾もあるのですが、算数が苦手な子たちは、問題を解くのが遅いです。
    問題文を読むのも、立式するのも、計算するのも時間がかかります。
    本当はもっと速く解けるけれど、沢山問題を解くと疲れるので、自らスピードを調節し、だらだら解くことが習慣化している子もいるかもしれません。
    スピードを上げたら、沢山問題を解かねばならない。
    沢山勉強させられて、損だ。
    そのような損得計算をしている子もいるように思います。
    そうして、メインテキストの基本問題だけをねっとりと時間をかけて解き、式と答を覚えてしまいます。


    私の教室で、英語が得意な子たちは、90分の授業時間の中で、問題のぎっしり詰まった40ページほどの文法テキストを1冊仕上げて帰っていきます。
    書きません。
    問題を見て、即答しています。
    さすがに40ページを全て解くわけではなく、その子の理解度を見ながら、とびとびに解きます。
    それでも、20ページほどは演習するでしょう。
    四択問題も。
    空所補充問題も。
    乱文整序問題も。

    一方、英語が苦手な子たちの演習スピードは、そういうわけにはいきません。
    書かずに即答という授業形態がまず無理で、解いた問題の答が手元に残らないと復習できないから不安だと言いますので、書いて解かねばなりません。
    最初にいろいろ説明しなければなりませんし、間違えているとさらに説明する時間も長くなります。
    その上で演習スピード自体も遅いので、90分の中で結局1ページしか解けないこともあります。
    そしてその1ページの問題の答えを覚えることが、その子にとっての復習なのだとしたら・・・・。
    20ページと1ページ。
    教室で20ページ解く子が、問題の答えを覚えているかといったら、覚えているはずがありません。
    いちいち答えを覚えていられるような量ではありません。
    余程印象的な問題が含まれていたら別でしょうが、翌週同じ問題を解いても、同じだと気づかず解き終わるかもしれません。
    学習した文法にしたがってサクサク解いているだけだからです。
    何度解いても正解ですが、それは答を覚えているからではないのです。

    受験算数が得意な子たちは、個々の問題の解き方をカチッと暗記しているわけではないので、図の描き方に無駄な要素もあります。
    例えば、水そうに直方体の重りを沈めていく問題。
    水面には波が立っているはずだからと、さざ波を立てた水槽の断面図を描いたりします。
    水面は、水槽のふちよりも薄く描き、濃淡のある図を描くこともあります。
    そのせいで、せっかく描いた図が役に立たないこともあります。
    私がさざ波を濃い直線に描き直すこともときに必要です。
    しかし、「これは一種の面積図なんですよ」と言うだけで、その子の脳が動き出します。
    それ以上の解き方を手取り足取り教える必要がないのです。
    算数・数学の問題を解く上では必要のないこだわりは、いつか本人が捨てるでしょう。
    思考力は本物で、これは誰にも奪えないし、本人も捨てようがない。


    個々の問題の答だけを故意に覚えようとしているわけではない。
    復習すると自然に答を覚えてしまうだけだ。

    苦手な勉強をそれでも一所懸命やっている子たちは、そのように言うかもしれません。
    それでも、「その勉強のやり方は変えなさい」と言わざるをえません。
    その勉強では、類題で正答できないのですから。
    個々の問題の答は覚えても、もっと重要なことを覚えていないのです。
    その問題を解く中で抽出し理解するべきことを把握できていません。
    答を覚えてしまうくらいに数少ない問題をねっとり見つめ続けることが本当に理解すべきことの把握につながっていないのです。

    有効なやり方は正反対のものでしょう。
    教科書の問題の答なんかいちいち覚えていないけれど、文法は覚えた。
    式も答も覚えていないけれど、解き方は理解した。
    だから、その問題は何度解いても正答できる。
    類題も正答できる。
    テストの問題も正答できる。
    入試問題も正答できる。
    勉強はそういうふうにやっていってほしいです。

    生徒たちに最も教えたいのは、そういう勉強のやり方です。

      


  • Posted by セギ at 12:39Comments(0)算数・数学英語

    2019年12月04日

    高校英語。比較表現。クジラの公式。


    高校英語の「比較表現」。
    今回は、いきなり難度の高いクジラ構文を見てみます。
    クジラ構文、あるいは「クジラの公式」と呼ばれるもので、一番有名な例文にクジラが出てくることから、そう呼ばれています。

    A whale is no more a fish than a horse is.
    クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同じである。

    「クジラ構文」と言われてもピンとこなくても、この例文を見ると、ああ、あれか、と思い出す人が多いと思います。
    構造としては、
    A is no more B than C is D.
    AがBでないのは、CがDでないのと同じだ。
    となります。
    ただし、BとDが同一のものであるとき、Dは省略されます。
    上の文も、省略しなかったら、
    A whale is no more a fish than a horse is a fish.
    となりますが、英語は同じ言葉の使用を嫌いますので、最後の a fish は省略されます。

    構造の理解としては、否定語 no が一度使われていますので、これで否定文です。
    主語である a whale が否定されますので、「クジラは魚ではない」という情報をまず正確に受け止めることが必要です。
    とりあえず、クジラは魚ではない。
    それも普通の否定の仕方ではなく、もう全く魚ではない、と強く否定したい。
    どれくらい強く否定したいかというと、「馬が魚である」こと以上に。
    馬が魚であるわけがないので、それ以上に、クジラは魚ではないのだ。
    常識的に絶対違うこと以上に、それは違うのだ。
    そういう強い否定になります。
    だから直訳は、「CがDでない以上に、AはBではない」
    です。
    ニュアンスを正確に日本語に写し取るなら、
    「AがBでないのは、CがDでないのと同じだ」
    が最も妥当だということで、この訳し方が定着しています。

    構造を理解したら、とにかく覚えましょう。
    文の構造の「A is no more B than C is D.」か上のクジラの例文か、とにかくどちらかを暗記しましょう。
    覚えなければどうにもならないことが英語にはあります。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    The ability to write poetry made (  )(  ) money at that time (  ) it does now.
    今日と同じように、当時も詩を書く能力はお金にはならなかった。

    覚え方がbe動詞を使うものだったせいで、be動詞の文しかこの構文は作れないと思う人がいるのですが、実は一般動詞でも大丈夫なのです。
    「クジラ構文」ではない、「クジラの公式」だ、と言われる理由はそれかもしれません。
    ともかく、この問題は一般動詞の文ですが、クジラの公式が使えます。
    正解は、
    The ability to write poetry made (no)(more) money at that time (than) it does now.
    です。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    A whale is (  ) a fish (  )(  )(  ) a horse is.

    クジラの公式で暗唱した文と同じ意味のようなのに、空所の位置が何だか違う・・・。
    ここで生きてくる知識は、no more = not ~any more だということ。
    したがって、正解は、
    A whale is (not) a fish (any)(more) than a horse is.

    このタイプの文もあわせて暗唱しておくと安全ではありますが、混同しやすいので、一番上の形だけしっかり覚えて、あとは他の文でも使える知識、no more = not ~any more で補うと、理屈で理解するのが好きな人には好評です。

    勿論、not と any more を文の中のどこに置くのかよくわからないと、この文は作れません。
    英語の基本の語順、どの単語がどの位置にくるかという文法の基礎を身につけておくと、こういうときに楽ができます。
    何でも土台がしっかりしていれば、大丈夫。


    さて、クジラの公式は、もう1つあります。
    A whale is no less a mammal than a horse is.
    クジラは馬と同様に哺乳類である。

    A is no less B than C is D.
    AがBであるのは、CがDであるのと同じだ。

    これも、B=Dのときは、Dは省略されます。
    省略せずに書けば、以下のようになります。
    A whale is no less a mammal than a horse is a mammal.

    less というのは little の比較級。
    little は準否定表現で、否定語の仲間です。
    当然、less も否定語の仲間となります。
    したがって、no less は否定語を2つ使っていますから、結果的に強い肯定を意味します。
    Aは絶対にBなのです。
    クジラは、もう絶対に哺乳類なのです。
    どれくらい哺乳類なのかというと、馬が哺乳類であるのと同じくらい確実に哺乳類なのです。

    no less を、not ~any less に書き換えることは不可能ではありませんが、あまり見られない形です。


    さて、no more とno less と2種類あるとなると、空所補充問題は、文意を読み取ってどちらであるかを判断する必要があります。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    高校生として、特に難しい単語はないはずなのですが、それでも、air pollution や、harm や、human being の意味がわからない、という人もいると思います。
    どれも、中3か高1の教科書やサイドリーターで一度は目にしているはずの単語なのですが、英単語が頭の中を素通りしてすぐに忘れてしまい、覚えられない人もいます。
    このあたりに1つ大きな壁があり、英語が苦手な人は、このレベルの単語を覚えていない場合が多いのです。
    そして、このレベルの英単語を覚えていないとなると、高校のコミュニケーション英語の定期テストで出題される初見の英文は読解できないですし、上のように、文意がわからないと解けないタイプの文法問題も解けなくなります。

    単語を覚えられない・・・・。
    そのように悩んでいる人は、悩んでいるわりに、単語暗記に関して、実際には何もしていない場合が多いのです。
    学校が毎週行ってくれる単語テストは、一夜漬け、あるいは当日の朝に覚える即席漬けを繰り返します。
    計画的に学校からもらった単語集を1冊覚えようと努力している人はほとんどいません。

    単語力は、簡単につくものではありません。
    1年以上の長期スパンで考えましょう。

    学校の単語集は自分で先取りし、できるだけ早く覚えて、何度も回転させると効果的です。
    紙の単語集だけでなく、準拠のCDや音源のダウンロードを利用しましょう。
    また、覚えた単語を定着させるという意味で、コミュニケーション英語の教科書本文を繰り返し音読するのも効果的です。
    コミュニケーション英語の本文の和訳を見ながらそれを英文に戻す「反訳トレーニング」は、英語の筋トレのようなもので、さらに効果絶大です。
    NHKのラジオ講座を聴くのも、とても良いことです。
    学校の長文問題集があるならそれを、なければ別に購入して、初見の長文を読む経験を積むことも欠かせません。

    そうしたことをこつこつ実践していると、1年後、信じられないような英語力がついています。
    気がつくと、読めなかった初見の長文が読めるようになっている。
    そのようにじわじわと効果が表れてきます。

    一方、上のような、やるといいと言われたことは一切実行しないのですが、「覚えやすい英単語集」といった情報にはすぐに反応し、購入する人がいます。
    購入しますが、持っているだけで安心するのか、使いません。
    覚えやすいといっても限度があります。
    持っているだけでその本の情報が脳に写し取られて、目が覚めたら単語力がついていた、ということにはならないのです。
    私も興味があるので、覚えやすい英単語集という情報に触れれば書店で手に取ってみますが、感想は「他の単語集と大差ない」という場合が大半です。
    やはり努力して暗記しなければ、この1冊は頭に入らない。
    そうした感想しかわいてきません。
    単語集は、学校から渡されているもので十分だと思います。
    学校のテスト範囲でもありますし。

    結局、反復と努力しかないのです。
    それしかないのだという現実を受け入れる精神的成長を遂げた人から、英単語を覚えられるようになります。
    いきなりパーフェクトを目指す必要はありません。
    学校の単語集の5割でも7割でも覚えることができれば、ゼロよりはましになります。
    努力が苦手な人は、完璧な結果を求めすぎるのかもしれません。
    全てかゼロか、ではないのです。
    半分覚えるだけで随分変わります。

    問題に戻りましょう。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    air pollution は「大気汚染」、harm は「害する、傷つける」、human being は「人間」です。

    そうすると、(  )を除いた前半の内容は、「大気汚染は鳥や動物に害を与える」という内容です。
    後半は、「大気汚染は人間に害を与える」という内容。
    これは、肯定される内容か、否定される内容か?
    大気汚染は、鳥や動物に害を与えるでしょう。
    だから、これは肯定文。
    no less と二重に否定することで、強く肯定すれば良いとわかります。
    正解は、
    Air pollution does (no)(less) harm to birds and animals (than) it does to human being.


    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    A home without love is (  )(  ) a home (  ) a body without a soul is a person.

    この問題文は、単語は比較的易しいですね。
    前半は「愛のない家庭は家庭である」という内容。
    後半は、「魂のない肉体は人間である」という内容。
    今回は、B=Dではないので、Dにあたる内容も省略されず書かれています。

    内容から判断して、これは否定文でしょう。
    だから、正解は、
    A home without love is (no)(more) a home (than) a body without a soul is a person.
    となります。


    クジラの公式は、理解し、整理して覚えれば、そんなに難しくありません。
    比較表現の学習は、このように1つ1つの表現を正確に理解し、整理していきましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2019年11月27日

    高校英語。比較表現。富士山は日本で一番高い山です。


    高校英語。今回は「比較表現」です。
    この単元は重要表現や構文、慣用表現が多いため、マスターすることを諦めてしまう人が出やすいです。
    しかし、入試はそこが出るので、1つでも多くの表現を身につけるべく前向きにやっていきましょう。

    今回は、その中では基本。
    中学でも少し学習している、原級・比較級・最上級の言い換え表現です。

    「富士山は日本で一番高い山である」
    これの伝え方には、何通りもの表現があります。

    一番最初にピンとくるのは最上級でしょう。
    最上級は、「最も~」「一番~」ということを意味するときに使うものです。

    Mt.Fuji is the highest mountain in Japan.

    最上級は、形容詞・副詞の原級に est を付けるのが基本の形です。
    また、形容詞の最上級の前には必ず the をつけます。
    副詞の最上級の場合は、the はつけてもつけなくても構いません。

    上の文の high は、mountain という名詞を修飾しているので、形容詞です。
    だから、必ず the がつきます。


    さて、この最上級の文だけで事足りる気もしないではありませんが、何しろ英語というのは言い換え表現が多用される言語です。
    何回も同じ表現を繰り返すのは、文章を書くのが下手な人。
    教養がないと思われます。

    読む側にとっては、同じことは何回でも同じ表現をしてもらわないと困る。
    同じことは、同じ表現がなされるべきだ。
    そのように思っている人は、言い換えを読み取れない場合が多いのです。
    だから、読解の四択問題で、本文と同じ表現を使っている選択肢に簡単に引っかかります。
    正解の選択肢は、本文と同じ内容を別の表現で説明していることが多いのです。
    むしろ、全く同じ表現が使われている選択肢は、フェイクの匂いがプンプンします。
    同じ表現を使わざるを得なかったからこの選択肢が正解だったのだということもありますが、同じ表現なのはひっかけの選択肢であることのほうが多いと理解しておくだけでも、正答率が上がります。

    同じことを別の言葉で表現されたら、わかるわけがないんですけど・・・。
    こうした課題を抱えている人は、まず単語力をつけること。
    類義語を沢山知っておくこと。
    そして、文法による言い換え表現を身につけることが効果的です。


    そんなわけで、「富士山は日本で一番高い山です」を最上級以外の表現で表す方法を確認しましょう。
    まずは、比較級で表現するには。

    Mt.Fuji is higher than any other mountain in Japan.
    富士山は、日本の他のどの山よりも高い。

    同じ意味になりました。
    「比較級+than+any other+単数名詞」という形で記憶しておきたい表現です。

    他にもあります。
    No other mountain in Japan is higher than Mt.Fuji.
    日本の他のどの山も、富士山ほど高くはない。

    主語に no がついていますので、実質的にこの文は否定文で、日本の他の山は高さにおいて否定されています。

    比較級のどちらの表現も、mountain は単数形であることは特に強調して覚えておきたいところです。
    基本、比較は1対1で比較するもの、というイメージで覚えておくと、覚えやすいでしょうか。


    原級による表現もあります。
    原級表現というのは、as ~ as を使うもののことです。

    He is as oldl as my brother.
    彼は私の弟と同じ年齢だ。

    と、主語と比較対象が同じであることを示すのがas ~asです。
    これの否定文は、主語を否定することになります。

    He is not as old as my brother.
    あえて直訳すると、「彼は私の弟ほど年をとっていない」です。
    つまり、「彼は私の弟より年下だ」となります。
    これを使えば、最上級の言い換え表現となります。

    as ~as と so ~ as は、ほぼ同じ意味としてとらえて大丈夫です。
    使い分けを質問されることがありますが、so のほうが強調の気持ちがこもっているという程度のことです。
    中学の頃はas ~ as しかなかったのに、高校になると so ~ as が加わってきます。
    しかも、そのことについて特に説明されないこともあります。
    それで混乱し、どう使い分けるのだろうとおろおろする人もいますが、心配無用です。
    一方、so ~ as が 使われている文を何回見ても、「え。こんなの初めて見た」と言い、説明は耳を素通りし、すぐに忘れる人も多いです。
    だから、今回はあえて so ~ as のほうを使いますよー。

    No other mountain in Japan is so high as Mt Fuji.
    日本の他のどの山も富士山ほど高くはない。
    最上級と同じ意味になりました。

    以上の4通りを覚え、問題ごとに適切な形のものを選んで答えていけば、この文法事項はクリアです。

    もう一度整理しましょう。
    Mt.Fuji is the highest mountain in Japan.
    =Mt.Fuji is higher than any other mountain in Japan.
    =No other mountain in Japan is higher than Mt.Fuji.
    =No other mountain in Japan is so high as Mt Fuji.
    です。


    では、具体的に問題を解いてみましょう。

    問題 次の各文を指示に従って書き換えよ。
    (1) John is the tallest boy in this class. (原級で)

    これは簡単です。
    上の富士山の文の形をそのまま使用できます。
    正解は、
    No other boy in this class is so tall as John.


    (2) Nothing is so precious as health. (比較級で)

    比較級による表現は2通りありますから、そのどちらでも正解です。
    Nothing is more precious than health.
    Health is more precious than anything else.

    この問題が (1) よりもやや難度が高いのは、まず、precious という単語の意味がわからず、だからこの問題は解けないと諦めてしまう人がいること。
    単語の意味はわからなくても、とにかくこれは形容詞だなと、文法事項として把握すれば正解に至るのですが、「意味がわからなければ解けない」という思い込みが強い人もいます。
    数学の問題は意味を考えずに解いているようだがなあと嫌味の1つも言いたくなることもあります。
    勉強が苦手な子は、何ごとも逆のこだわりを示しがちなのです。
    勉強が苦手ということは、究極、そのように考え方の方向が違う、見当が違うことの積み重ねなのかもしれません。
    ただ、precious の意味がわかるに越したことはありません。
    この機に覚えてくれるのなら何よりです。

    もう1つの問題は、形容詞 precious の比較級が more preciuos であることに気づかず、preciouser としてしまう人がいること。
    基本的に、3音節以上の形容詞・副詞は、比較級は more+原級の形をとります。

    また、もとの文が nothing から始まっているのですから、そのままnothing から始めれば楽に書き換えられるのですが、なぜか health から書き出し、
    Health is more precious than 
    まで書いて、続きがわからない・・・ということも起こりがちです。
    富士山の例文の場合は、比較対象は日本の他の山々でしたが、この文は比較対象がわからない。
    というより、全ての中で健康が一番貴重だと言っているのです。
    その場合、anything else 「他の何よりも」という表現を覚えていないと、文の後半が作れないのです。


    (3) He is not so young as he looks. (He looks から書き出して)

    「彼は見た目ほど若くない」という意味です。
    この文の表す意味内容は最上級表現ではないですね。
    だから、今までの問題とは少し性質が異なります。
    彼の実年齢と彼の見た目とを比較しているのです。
    だから、比較級で書き換えるのだろうと見当がつきます。
    He looks younger than he is.
    「見た目」が he looks で、年齢的な現実がhe is であることは、問題文にも使用されていることなのですが、書き換えろと言われると、案外それが使えない・・・。
    こういうことは練習により柔軟性が増してくることなので、やはり、練習あるのみだと思います。
    しかも、効果的な練習を。


    間違えた問題にはチェックを入れて必ず解き直すと、効果的・能率的な練習となります。
    「解き直し」というと、正解だった問題も不正解だった問題もべったりと解き直す人がいます。
    3か月くらいたって復習するのならそれも良いことですが、解いたばかりの問題を解き直すときには、正解だった問題は飛ばし、不正解だった問題だけを解き直しましょう。
    何回解き直しても同じところを同じように間違えるが、全体としては60%くらいの正答率なので、大体こんなもんでいいか、基本は身についた、という勉強では、残り40%の「穴」は永遠に埋まりません。
    解けなかった問題を解けるようにするのが勉強です。

    間違えた問題にはチェックを入れて解き直す。
    そんなことは、誰もが言う勉強の工夫で、目新しいものではありません。
    しかし、中学生・高校生は、これを出来ない人が多いのです。
    間違えた問題の番号にチェックを入れることすらできない子が大半です。
    間違えたときに、自分のノートにバツをつけることすらできない子もいます。
    書き直して丸をつけてしまうのです。
    「自分のマイナスを見つめる」作業をすると劣等感を刺激されて気持ちがつらくなるので、そういうことを無意識に避けてしまうのか?
    見栄っぱりなので、ノートはとりあえず全部正解の状態にしておきたいのか。
    そうして、本当はできていないことをできたかのように、記憶を塗り替える。
    あるいは、自分ができることを繰り返して、うん、自分はできる、という勉強だけをしてしまう。
    勉強が下手な人に多い傾向です。

    つまり、間違えた問題を解き直すという勉強法は、誰もが知っていても、実践できる人は少ない。
    実践しているのは、秀才たちだけです。
    最初のうちは多少心が傷ついたり、嫌な思いもするけれど、我慢してこの勉強法を取り入れることができれば、成績は上がります。
    実践できない人たちが、いつまでも同じところを同じように間違えている中で、自分は、同じ間違いをしないようになれるのですから。

    英語の勉強は、なかなか結果が出なかったり、苦労ばかり多くて報われない思いが強かったり。
    そんな中でも、諦めなかった人たちだけが、英語が得意になっていきます。
    ほんのちょっとの我慢の繰り返しで、苦手は苦手でなくなります。

      


  • Posted by セギ at 12:21Comments(0)英語

    2019年11月15日

    高校英語。付帯状況の with と分詞。


    なおも、分詞の学習です。
    今回は、with+名詞+分詞 の用法です。
    これは、「こういう語順のもの」と覚え込んでも別に構わないのですが、見方としては、with を冒頭につけた独立分詞構文として把握すると、理解しやすいかもしれません。
    まずは、分詞構文ではない、普通の文から。

    The little girl called out to her mother, and tears ran down her cheeks.
    その少女は母親に大声で呼びかけ、涙が彼女の頬を流れた。

    この後半部分を分詞構文とするなら、
    The little girl called out to her mother, tears running down her cheeks.
    となります。
    前の節と主語が異なりますので、主語 tears が残っている独立分詞構文ですね。

    これに、付帯状況であることをよりわかりやすく伝えるため、「付帯状況のwith」と呼ばれる前置詞 with をつけると、
    The little girl called out to her mother, with tears running down her cheeks.
    その少女は、頬に涙を流しながら、母親に大声で呼びかけた。
    となります。

    分詞構文は、接続詞を省略し、動詞を分詞に変えたもの。
    それによって、従属節はSVのある節ではなく、句(SVのない意味のまとまり)となります。
    句の前には前置詞がつくことが可能です。
    せっかく接続詞を省略したのに、前置詞がついちゃうの?何それ?
    というものになっているのが、付帯状況の with から始まる分詞構文です。
    何だか難しいな、よくわからないな、と思ったら、こんな説明はどうでもいいので、とにかく「with+名詞+分詞」で付帯状況を表す、と覚えても大丈夫です。

    The dog sat there with his tongue hanging out.
    その犬は、舌を垂らしてそこに座っていた。

    後半の with his tongue hanging out の部分。
    his tongue が名詞部分、hanging out が分詞部分です。
    もとの節に戻すなら、
    and his tongue hung out となります。
    もとの節は能動態です。

    こんな文はどうでしょうか。

    He sat there with his legs crossed.
    彼は足を組んでそこに座っていた。

    後半の with his legs crossed の部分がそうです。
    his legs が名詞部分、crossed が分詞です。
    もとの節に戻すなら、
    and his legs were crossed となります。
    もとの節は受動態です。

    いちいちもとの節に戻して、使うのは現在分詞か過去分詞か考えるのも面倒くさいので、「with+名詞+分詞」の際は、名詞と分詞との関係のみをとらえて、
    名詞がその動作をするなら、現在分詞。
    名詞がその動作をされるなら、過去分詞。
    と把握するのが簡単でしょう。
    舌は、舌が垂れ下がるものなので、現在分詞。
    足は、足は組まれるものなので、過去分詞。

    いや、舌も別に本人の意思ではなく、犬が垂れ下げているものなのでは・・・?
    と考え始めると、全て過去分詞になりかねないので注意しましょう。
    意思の有無ではなく、その名詞がその動作をしているか、されているか、だけです。

    これには、その動詞の本来の意味を正確に把握しているかどうかも影響します。
    自動詞か他動詞かを把握している、という言い方もできます。
    「~が垂れ下がる」なのか「~は、・・・を垂れ下げる」なのか、ということです。
    両方の意味がある動詞ならば、自動詞の意味優先で大丈夫です。

    本来、独立分詞構文の being が省略されて先頭に with がついたものなので、分詞部分は必ず分詞とは限らず、形容詞や副詞もきます。
    Don't talk with your mouth full.
    食べ物をほおばって話すな。
    この full は形容詞です。

    Did you intervew her with the tape recorder on?
    テープレコーダーのスイッチを入れて彼女にインタビューしましたか。
    この on は副詞です。
    現在分詞 being が省略された独立分詞構文ととらえれば、一貫したルールで文が作られていることがわかります。


    「with+名詞+分詞」は分詞の学習の中でも大きな文法事項で、これはテストに出ると思って学習を進めておくべき内容です。
    こういうのもまた、一度で理解して以後二度と忘れない子と、何回演習しても覚えない子とに大きく分かれます。
    少なくとも、個別指導をしていると、その中間というのがありません。

    英語を覚えない子は、既に中1の段階で、曜日や月の名称、数字のスペルなどの基本を覚えません。
    名詞を複数形にするルールを覚えません。
    人称代名詞を覚えません。
    3単現のルールを覚えません。
    一般動詞の疑問文の作り方を覚えず、何でも Are you ~?としてしまうことをやめられません。
    とにかく、覚えない、覚えない、覚えない。

    覚えれば済むのに、何でこうも覚えないのか?
    本人は「覚えたくても覚えられないんだ」と言う場合が多いです。
    しかし、それは正確ではないと私は感じます。

    小学生の頃、九九を覚えられなくて苦労した。
    そういう人の場合は、わかります。
    本当にものを覚えるのが苦手なのだと思うのです。
    でも、そうではない場合、「覚える」ということが何をどうすることなのか、あまりよくわかっていないのではないか?
    そういう疑問があるのです。

    小学生の頃は、身につけなければならない知識もそんなに多くはないので、小学校の授業で何度か練習しているうちに大抵覚えてしまいます。
    その経験があるので、「覚える」というのは、そういうふうに苦もなく自然に覚えることを指すと、思い込んでいるのではないか?
    「覚える」ための苦労というものが必要なものだと思っていないのではないか?
    覚えるためには、覚えるための作業と反復が必要なのです。
    それをしないで、「覚えられない」と口先だけで言っている人もいるのではないでしょうか。

    幾度も唱え、反復し、自分にテストを繰り返し、大脳に刻みつける作業。
    そういうことをしないで、自然に頭に入ることだけを期待していても、中学・高校と学年が進むにつれ、日々覚えることは増えていきます。
    自然に覚えるには、量が多いです。
    だから、人工的に、作為的に、覚えるのです。
    2~3度眺めるだけで覚えられるわけがないということを知ることから、まず始めましょう。
    強く意識し、大脳に刻み込むように、覚える、覚える、覚える。
    大脳に負荷がかかるように、覚える、覚える。
    そうやって暗記するのだということを知っておきましょう。

    好きなことなら楽しく覚えられます。
    ポケモンの名前。
    好きなアイドルグループ全員の名前とメンバーカラー。
    好きなアニメの全サブタイトル。
    そういうことなら、いくらでも覚えられる。
    それなら、暗記力はあるはずです。
    好きじゃないことも、覚える。
    必要なことだから、覚える。
    そういうふうに意識を変えましょう。
    英語を好きになってほしいけれど、ある程度できるようにならない限り、好きにはなれないと思います。
    まず、できるようになることが先です。
    それには、好きじゃないけれど暗記する、つまらないけれど暗記する、そういう意識が必要です。
    暗記したことが反映されて、英語がわかるようになれば、好きになります。
    基本、自分が上手くできることには良い感情を持ちますから。


    暗記はしないけれど、英語を完全に捨ててしまっているのかというとそうでもなく、今学校で学習していることにはそれなりに関心があって勉強する子は多いです。
    学校の教科書の英語の本文を読み、訳し、重要事項を解説することを塾の授業で行うと、そういうことには熱心に取り組むのです。
    けれど、文法事項を演習しましょうとなったとき、間違えるのは習いたての文法事項ではありません。
    時制ミスをしたり。
    以前に習っている単語のスペルを正しく書くことができなかったり。
    名詞を複数形にすることや、冠詞を書くことを忘れたり。
    そして、今回のテスト範囲の文法事項をクリアできていても、上に書いたようなところを間違えていたらテストでは逐一減点されますから、本人が達成感を味わえるような得点にはなりません。
    本人なりに頑張っているつもりでも成績に変化がないので嫌気がさし、ますます学習意欲が下がっていく・・・。
    英語という科目に起こりやすいことです。

    本人の脳の癖なのかもしれませんが、新しいことを学習する度、古いことを頭の中から一掃する人がいます。
    それでは、英語を得意にはなりません。
    仮定法を学習しても、分詞構文を学習しても、それと同時に、英語学習の初期に習った時制の使い分けや、曜日や月名のスペルは永久に必要な知識です。
    しかし、脳にそんな容量はないと思い込んでいることも手伝い、びっくりするほどあっさりと記憶を捨てていくタイプの人がいます。

    もともと脳は、不要な記憶をどんどん消していきます。
    それにストップをかけ、「あ、これは消去したらダメな記憶なんだ」と脳に悟らせるには、反復です。
    他人よりも消去の度合いが速いなと自覚したら、自分の脳にストップをかけましょう。
    本来、10代の記憶は、一生消えないものになるのです。
    ストップをかけていないのは、本人の意思も入っていると思います。
    テストが終わったら、後は要らない記憶と思い、忘れる方向に自分をもっていっていませんか?

    本来、10代で得た知識の多くは、一生消えないのです。
    そういう人は多いと思います。
    今では役に立たない記憶も、丸々残っています。
    私の場合は、例えば「ソ連のコンビナート名」。
    国際情勢も経済情勢も変わり、役に立たないこと甚だしいこの記憶が、今も消えません。
    「世界の山脈」「世界の気候区」「藤原四家」「徳川十五代」など、10代の頃に無理に暗記した地理・歴史の記憶の残り方はすさまじいです。
    国語の教科書に載っていた小説や詩や古典の一節を今でも暗唱できる人も多いと思います。
    消去するスイッチが壊れているようです。
    3日前の昼ご飯に何を食べたかはもう忘れているけれど、10代の頃に勉強したことは、消えない。
    記憶とは、そういうものです。

    脳は大容量。
    無制限に何でも記憶し、保存できます。
    それを信じ、全てため込みましょう。
    まず、自分の気持ちをそういう方向にもっていってください。
    脳が勝手に消すだけでなく、本人も消そうと思っていたら、どんな知識も頭に残りません。


      


  • Posted by セギ at 10:55Comments(0)英語

    2019年10月28日

    高校英語。分詞構文その3。慣用表現。


    分詞構文、今回は3回目。
    基本は理解できたかと思いますので、今回は、慣用表現についてまとめます。
    分詞構文から派生して、慣用表現として固定したものです。
    高校の英文法テキストで一覧としてまとめてある場合が多いです。

    代表的なものを例文とともに示します。
    ① strictly speaking 厳密に言うと
    Strictly speaking, this sentence is not grammatical.
    厳密に言うと、この文は文法的ではない。

    これと似ているものに、
    frankly speaking 率直に言って
    generally speaking 一般的に言って
    などがありますので、まとめて覚えてしまうと良いですね。

    ② speaking of ~ ~と言えば
    Speaking of traveling, have you ever been to Athens?
    旅行と言えば、アテネに行ったことがありますか。

    talking of ~ でも、同じ意味となります。

    ③ judging from ~ ~から判断すると
    Judging from her elegant dress, she must be going to the party.
    優雅な服から判断すると、彼女はパーティに行くに違いない。

    ④ weather permitting 天候が許せば
    Weather permitting, we are going on a picnic tomorrow.
    天気が良ければ、私たちは明日ピクニックに行く。

    ⑤ taking ~ into consideration  ~を考慮に入れると、
    Taking her age into concideration, she did it very well.
    年齢を考慮に入れれば、彼女はそれをとても上手くやった。


    もはや分詞1つしか残っていないため、分詞構文の慣用表現であることに気づきにくいものもあります。

    ⑥ assuming ~ ~だとしたら
    Assuming it rains tomorrow, what shall we do?
    明日雨が降るとしたら、どうしましょう。

    ⑦ granting that ~ ~だとしても
    Granting that he has enough money to buy the new car, it doesn't mean he is going to do so.
    彼にその新車を買う金があるとしても、彼がそれを買うということにはならない。


    また、もともとは分詞構文の慣用表現だったのですが、今や接続詞としてとらえられているものには、以下のものがあります。

    ⑧ providing (that)~ もし~ならば
    Providing that it rains tomorrow, what shall we do?
    もし明日雨が降るとすれば、どうしますか。

    この providing は、provided としても可能です。
    これは、分詞構文にする前のもとの形の従属節が能動態も受動態もありえるからです。
    If we provide that it rains tomorrow, what shall we do?
    を分詞構文にするならば、
    Providing that it rains tomorrow, what shall we do?
    ですし、
    If it is provided that it rains tomorrow, what shall we do?
    を分詞構文にするならば、
    Provided that it rains tomorrow, what shall we do?
    となります。

    ➈ seeing that ~ ~だから
    Seeing that he loved his mother, he called out her with tears.
    彼は母を愛していたから、涙を流して彼女に大声で呼びかけた。

    ⑩ supposing that ~  もし~ならば
    Supposing that your husband dies, you will get the insurance money.
    もしご主人が亡くなられたら、あなたは保険金を手に入れますよ。


    以前も書きましたが、こういう慣用表現はテストには必ず出ます。
    大学入試によく出るからです。
    単純な分詞構文を書き換える問題などは全員正解できますので、むしろ入試にはほとんど出題されません。
    出るのは慣用表現です。
    まず、そのことをしっかり理解しておくことが大切です。
    何がテストに出るかを理解していない高校生が多いのです。
    定期テストは、基本が身についているかを確認する問題も多少は出題されますが、大学入試につながる英語力ということを、進学校の先生は考えて定期テストを作ります。

    しかし、そのことを理解していない高校生もいます。
    文法の基本だけ理解すれば、それで大丈夫だと思ってしまうようです。
    「だって、学校のプリントで練習したのはそれだから」
    と思ってしまうのです。
    基本を身につける練習は、それは学校の授業でやりますよ。
    せめて基本くらいは身につけてほしいですから。
    それとテストはまた別です。

    基本だけ身につけておけば何とかなるのは、小学校までです。
    小学校のカラーテストは基本しか出ません。
    学習習慣としてそこから脱却できず、中学生になり高校生になってしまっている人が案外多いのかもしれません。
    小学校の頃は、基本だけわかっていれば良いので、余裕をもって学校の授業を受け、テストを受けます。
    勉強というのはそういうもの。
    テストはそういうもの。
    とても簡単なもの。
    私が余裕をもって取り組めるもの。
    そういう誤解をしたまま中学生になり、高校生になり、テストで思うように得点できなくなっていく中でも学習習慣を変えられず、基本しか身につけようとしない人がいます。
    学校のワークを解くのでも、自分は基本問題だけ解ければいいと思っていたりします。
    基本問題は解けるから大丈夫だと口に出して言う子もいます。

    本当はもうそうではないことにうすうす気づいているけれど、それを認めて難しい勉強をするのは、自分の負担が大きくなるから避けたい。
    そんな意識も働いているのかもしれません。
    自分は基本は身につけた。
    勉強はした。
    そうした「アリバイ」だけ作っておきたいというような勉強をしていては、中学・高校と難しくなっていくテストに対応できません。
    定期テストを1回受けたら、レベルはわかると思います。
    そのレベルにあわせて、次からは勉強のレベルを上げましょうよ。

    いや、テストのレベルなんてわからない?
    テストが終わればそれっきりで、解き直したり反省したりしていないからです。
    嫌なことは忘れたい。
    一刻も早く忘れたい。
    そんなふうに目を逸らして、毎回新鮮に失敗していませんか。

    塾の生徒で、自力でテストのレベルを判断できないならば、私が判断して、以降のテスト対策に生かしていきます。
    しかし、テスト問題を持ってくることができない子もなかにはいます。
    答案用紙が返却される頃には、問題用紙を失くしてしまっている子たちです。
    テストの点数だけを知りたいわけではないので、答案用紙だけ見せられても困るのです。
    私は出題レベルと出題形式を知りたい。
    それぞれの問題が出題範囲のどこから出たのかを知りたい。

    問題用紙を見たときに、この問題は出題範囲のどこから出たのか、私には全く見覚えがなくて困惑することもあります。
    「これは、どの範囲から出た問題?」
    「多分、朝学習プリントから・・・」
    「・・・何ですか、それは?」
    というように、私の知らないテスト範囲から多数出題されていて唖然とすることもあります。
    テスト範囲の正確な把握は、テスト対策の要です。
    そして、テスト範囲はまんべんなく取り組みましょう。
    捨てていい範囲はありません。

      


  • Posted by セギ at 11:19Comments(0)英語

    2019年10月17日

    高校英語。分詞構文その2。


    分詞構文の学習。
    前回は、分詞構文の作り方の基本を学習しましたので、今回は、否定文や各時制の分詞構文を見ていきましょう。

    ①否定語を含む従属節
    As I didn't know which way to go, I had to guess.
    どちらの道を行けばよいかわからなかったので、私は勘に頼らねばならなかった。

    さて、これを分詞構文にしましょう。
    簡単に復元できるものはどんどん省略するのがルールでした。
    理由を表す接続詞 as と、主節と同じ主語 I は省略します。
    主節も従属節も過去形で、時制のズレはないので、これも復元可能ですから気にしなくてよいです。
    問題は、否定語 not。
    これを省略したら、意味が真逆になってしまいます。
    だから、これは残します。
    分詞構文の冒頭に残します。

    Not knowing which way to go, I had to guess.

    これで、分詞構文にすることができました。
    否定語を先頭に立てて、その後、従属節の動詞を現在分詞に変える。
    これで分詞構文への書き換えはOKです。


    ②完了形の従属節
    Since I had lost the bet, I had to pay for dinner.
    私は賭けに負けたので、夕食代を払わなければならなかった。

    従属節は過去完了形で、主節は過去形です。
    この過去完了は、大過去を表します。
    大過去とは、過去よりもさらに古い過去のことです。
    掛けに負けたのは、夕食代を払うときより前です。
    また、この文の場合は、「賭けに負けてしまった」という完了の意味ととらえることも可能です。
    過去完了は、このようにどちらの用法なのか曖昧なものも多いのです。
    どちらに解釈しても文意が変わらない場合は、曖昧なままで良いのです。

    さて、接続詞 since と、主節と同じ主語 I が省略可能なのは、もう大丈夫でしょう。
    その後、動詞 lose を単純に現在分詞の losing にしていいかというと、これでは、従属節に復元しようとしたとき、主節と同じ過去形と同じ時制に戻すことになってしまいます。
    分詞構文をもとの従属節に戻す際のルールは、「主節と同じ時制に復元する」だからです。
    時制が1つ古いことを示したいとき、あるいは、完了形だったことを示したいときは、どうしたら良いでしょうか。
    動詞を「having +過去分詞」にします。

    Having lost the bet, I had to pay for dinner.

    分詞構文は、とにかく何かを~ing 形にする、と覚えておくと、印象に残ると思います。
    完了形を作る助動詞 have をhaving にするのです。
    印象的ですね。


    ③受動態の従属節
    Since this book is written in simple English, it is easy to read.
    この本は簡単な英語で書かれているので、読みやすい。

    接続詞 since は省略可能です。
    主語は、従属節の this book と主節の it は同じものを表していますから、主節のほうに this book を移動させれば、従属節の主語は省略可能です。
    さて、どこを現在分詞にするか?
    be 動詞を現在分詞にします。

    Being written in simple English, this book is easy to read.

    これはこれで正しい英語ですが、この being も要らないですね。
    being を省略しても、いきなり過去分詞から始まっていれば、「ああ、being を省略したんだな」とわかります。
    だから、
    Written in simple English, this book is easy to read.
    と書くのが普通です。
    これを「過去分詞による分詞構文」ととらえる文法書もありますが、面倒くさくなるだけですので、being が省略されていると考えたほうが、1つのルールで統一されている感があります。
    ルールは、シンプルなほうが良いのです。
    分詞構文は、とにかく現在分詞~ing を用いるものなのだと思っていたほうがスッキリします。
    先程の完了形の分詞構文 having+過去分詞という荒業も、統一されたルールから考えれば何となく腑に落ちてきますし。


    ④独立分詞構文
    急に文法用語が出てきて、え、何それ、と思うでしょうが、これは、主語が従属節と主節で異なる分詞構文という意味です。
    歴史的には、ラテン語の用法を英語が模倣して広まったとのことです。
    へえ・・・以外の感想も特にないだろう豆知識ですが、ともあれ、実際の用法を見てみましょう。

    Because it was Tuesday , the barber shop was closed.
    火曜日だったので、その理髪店は閉まっていた。

    接続詞 because は省略できます。
    従属節の主語は、時や曜日を表す主語の it 。
    主節の主語は、barber shop です。
    主語が異なるのに省略すると、復元できません。
    そこで、従属節の主語は先頭に残し、動詞は現在分詞にすることで、分詞構文を作ります。

    It being Tuesday , the barber shop was closed.

    これを独立分詞構文と呼びます。
    また別の例を。

    When the ceremony was over, the crowd dispersed.
    式が終わって、群衆は散った。

    これも、接続詞 when は省略可能です。
    従属節の主語は ceremony 、主節の主語は crowd ですから、省略できません。
    The ceremony being over, the crowd dispersed.
    となります。
    ここで、この being を省略しても意味がわかるので、これも省略してしまうことがあります。
    The ceremony over, the crowd dispersed.
    従属節がSVCで、Cが名詞のときは、 being は省略しにくいですが、この文のように、従属節がSVCでCが形容詞のとき、特に over のときは、省略してもいいかなという意識が働く様子です。
    よくわからないときは、省略しないでおくのが賢明でしょう。

    ところで、従属節と主節とで主語が異なるときは、主語を省略してはいけないといっても、言語というのは人間が日常生活で用いるものですから、省略してはいけないのに省略しちゃった、ということはありがちです。
    意味はわかるから、これはこれでいいじゃないという意識が働くのも、ネイティブならば自然なことです。

    Looking out of the window, the mountains were beatiful.
    窓から外を眺めると、山々が美しかった。

    するっと読めてしまう文ですが、よく見ると、分詞構文の主語は I で、主節の主語は mountains です。
    文法的正確さにこだわるならば、I は省略してはいけないのです。
    だから、英米の文法学者はこれは誤りであると言うのですが、一般人にとっては、そんなのどうでもいい・・・という、日本語でも「あるある」な状況が起きているそうです。
    言語は今を生きる人が使うもの。
    言語は生き物。
    そういうことが英語にも日本語にもいえるのだと気づくと、言語を学ぶことがまた少し楽しくなるかと思います。



      


  • Posted by セギ at 14:21Comments(0)英語

    2019年09月30日

    高校英語。分詞構文その1。


    今回は分詞構文の学習です。
    英語というのは、同じ語句の繰り返しを嫌う言語です。
    省略できるものはどんどん省略していきます。
    分詞構文は、従属節(SVのある意味のまとまり)から、必要ないところをできるだけ省略したものです。
    省略する前は副詞節だったのですから、主節を修飾している副詞句、ととらえることが可能です。

    では何を省略するか?
    まず、従属節の先頭におく接続詞を省略します。
    そして、省略された接続詞の意味によって、分詞構文は大きく5つに分かれます。
    ①時・・・・・・・・・when , as , after , before など
    ②理由・・・・・・・because , as , since など
    ③条件・・・・・・・if など
    ④譲歩・・・・・・・though , although など
    ⑤付帯状況・・・and など

    まずこの5通りを呪文のように覚えてしまうと、分詞構文は意味を把握しやすくなります。
    分詞構文を節に書き換えなさいという問題で呆然とすることがなくなります。
    この5通りの接続詞のどれかを補って英文を書き出せば良いということが明瞭ですから。

    では、具体的に、どのように省略していくのか、もとの従属節を含む文から見ていきましょう。

    ①時 
    When I drive to the office every morning, I listen to the radio.
    私は毎朝職場に車を運転していくとき、ラジオを聴く。
    この接続詞 when を省略します。
    省略しても、意味は理解でき、復元も可能だからです。
    さらに、従属節の主語も省略します。
    主節の主語と同じなので、意味は理解でき、復元可能だからです。
    従属節と主節の時制は同じ現在形なので、時制のことをあれこれ考える必要もなく、復元可能です。
    そこで、従属節の動詞 drive を現在分詞にすることで、分詞構文とします。

    Driving to the office every morning, I listen to the radio.

    これが分詞構文です。
    構造が理解できれば、簡単ですね。

    ②理由 
    Since I am a farmer, I have to get up early.
    私は農業をやっているので、早く起きなければならない。
    理由を表す接続詞 since と、主節と同じ主語 I を省略し、動詞 am を現在分詞に直します。

    Being a farmer, I have to get up early.

    ③条件
    If you go ahead for a mile, you will get to the station.
    1マイルまっすぐ行けば、駅に着くでしょう。
    条件を表す接続詞 if と、主節と同じ主語 you を省略し、動詞 go を現在分詞に変えます。

    Going ahead for a mile, you will get to the station.

    ④譲歩
    Though I admit you have a point, I still think I am right.
    あなたの言うことも一理あると認めるが、それでも私が正しいと思う。

    そもそも譲歩の接続詞をあまり記憶していない人もいると思います。
    譲歩というのは「~ではあるが」といったん相手に譲り、相手の言うことを認める表現です。
    しかし、完全に認めて折れてしまうのでは決してなく、本当に言いたいのはその後です。
    国語、特に論説文の読解でもそこは重要で、譲歩の文の前半は自分の公平性を示すための譲歩に過ぎず、後半が筆者が本当に言いたいことであると理解していないと、読解のポイントがズレてしまいます。
    「彼女は美人だが冷たい」
    「彼女は冷たいが美人だ」
    この2文、上の文は悪口で、下の文は褒め言葉です。
    書いてあることが全部筆者の言いたいことなのではなく、前半は読み手・聞き手の理解を得るために譲ってみせているだけで、本当に言いたいことは後にくるのです。
    しかし、現代の子どもの中には、「彼女」「美人」「冷たい」と単語を拾い読みして情報を得るため、全ての情報が対等に見えてしまい、文章の読解ができない子が存在します。
    上の2つの文の意味の違いが認識できないのです。
    特に説明文・論説文がうまく読めない子にこの傾向が強いです。
    単語の羅列を自分の想像でつなげているため、筆者の言いたいことと真逆のことを読み取ってしまうこともあります。
    英語の構造を理解することで、国語読解力も改善してください。

    「逆説とどう違うの?」
    と問われることがあるのですが、基本は同じです。
    表現の仕方が違うだけなので、上の英文は、
    I admit you have a point but I still think I am right.
    と書き換えることが可能です。
    接続詞の位置が異なることに気づくと思います。
    譲歩の接続詞 though は従属接続詞なので従属節の先頭におきますが、逆説の接続詞 but は等位接続詞で、節と節とを対等に結び、節と節との間におかれます。
    ・・・ああ、そういう文法用語が嫌い、ごちゃごちゃしてわからない・・・とイライラしないで、何度でも説明を読んで理解してください。
    そこを曖昧にしているから、違いが曖昧でよくわからないままなのです。
    接続詞には従属接続詞と等位接続詞があります。
    区別がつかない場合は、等位接続詞は具体的に、and , but , or , so , for(「というのは」という意味)で、それ以外は従属接続詞、と把握しておいても大丈夫です。

    ⑤付帯状況
    これも、まず言葉の意味が難しいと思います。
    付帯状況とは、具体的には、「同時動作」「連続動作」「1つの動作が他の動作の一部」の3通りで把握すると理解しやすいでしょう。
    例えば「歌いながら歩く」が同時動作。
    「ドアを開けて部屋の中に入る」が連続動作。
    「池に落ちてびしょぬれになった」が「1つの動作が他の動作の一部」の場合です。
    ただし、厳密に3通りに分類することに頭を悩ます必要はなく、これらをまとめて付帯状況と呼ぶのだと理解しておけば十分です。

    The typhoon hit the city and caused great damage.
    台風がその市を襲い、大きな被害を与えた。
    付帯状況の文は、主節・従属節の区別はなく、どちらも対等なので、等位接続詞が使われています。
    こうした付帯状況の文は、後ろの節を分詞構文にするのが普通です。

    The typhoon hit the city, causing great damage.

    以上の①から⑤のうち、①時 と②理由 は、非常によく分詞構文が用いられます。
    しかし、例えば①時 で、after , before , while など、復元しにくい接続詞は省略せず、残しておくことが可能です。
    また、分詞構文の多くは書き言葉です。
    日常会話では相手に復元を期待する分詞構文で伝えるよりも、従属節を使って話すほうが正確に伝わります。
    ③条件 ④譲歩 は、省略された接続詞を推理することが難しいという点で、接続詞を残すか、あるいはそもそも分詞構文にしないことも多いです。
    ⑤の付帯状況は、比較的意味が伝わりやすいということで、日常会話でもあり得ますし、書き言葉でも多用されます。
    コミュニケーション英語の教科書本文も、付帯状況の分詞構文が多用されています。
    主節の後にいきなり現在分詞から始まっているこの部分は何?と思ったら、付帯状況の分詞構文の可能性を考えてみると、読解が楽になると思います。

    以上、まずは分詞構文の基本的な意味でした。



      


  • Posted by セギ at 12:20Comments(0)英語

    2019年09月25日

    高校英語。分詞 その5。分詞の叙述用法。SVOC。


    さて、今回は、分詞の叙述用法のうち、SVOC の用法です。

    まずは普通のSVOCの文の確認から。
    SVOCという呼び方は高校で学習しますが、この文型は中3で最初に学習します。
    we call him Tom.
    私たちは彼をトムと呼ぶ。
    we がS(主語)、call がV(動詞)、him がO(目的語)、Tom がC(補語)です。
    「Sは、OがCなのをVする」
    といった構造をとらえておくと意味を把握しやすくなります。
    My mother made me happy.
    私の母は、私を幸せにした。

    中3で学習していても、この語順が絶望的に身につかない人もいるのが、SVOCです。
    we call him Tom.
    のように、最後のCが名詞ならば、感覚的に納得するものがあるようで、まだ正しい語順を守れます。
    しかし、
    My mother made me happy.
    のように、Cが形容詞の文は、「このような位置に形容詞がくるはずない」という間違った感覚が邪魔をするようなのです。
    My mother made happy me.
    といった誤った語順で英文を作る子が多くなります。
    中2で学習した不定詞のときもそうですが、それまで学習した中1レベルの英語の語順が「正しい英語」と思い込み、そこからバージョンアップできない人は、感覚で英文を作ろうとする人に多いのです。
    日本に住む日本育ちの日本人が、英語を感覚で並べて、正しい英文を作れるわけがない。
    その当たり前のことに、1日も早く気づいてください。
    英語に対しては、理屈でアプローチするのが、手っ取り早いのです。
    理屈で理解し、暗唱して口に馴らす。
    そうやって覚える英語が、覚えやすく忘れにくい英語となります。


    さて、そのように、そもそもSVOCという文型にいくらかの違和感のある人にとって、それに分詞が加わると、さらに難度を増すようです。
    SVOCで、Cになるのは、上の例文のように、名詞または形容詞です。
    このCの位置に、分詞もきます。
    それが、SVOCの分詞の叙述用法です。

    She kept me waiting for an hour.
    彼女は私を1時間待たせた。
    She がS、kept がV、me がO、waiting がCで、現在分詞です。

    She kept the door locked.
    彼女はそのドアに鍵をかけておいた。
    She がS、kept がV、door がO、locked がCで、過去分詞です。

    現在分詞と過去分詞は、どう使い分けるのでしょうか?
    上の2つの文では、主語はどちらもShe で変わりません。
    Sで使い分けるのではなさそうです。
    これは、Oとの関係で使いわけます。
    Oがその動作をするのならば、現在分詞。
    Oがその動作をされるのならば、過去分詞です。
    She kept me waiting for an hour.
    me が待つという動作をしていますので、現在分詞。
    She kept the door locked.
    door は鍵をかけられる側ですので、過去分詞です。


    ここまででも、十分に難しく、もうお腹いっぱいという人もいるかもしれませんが、ここで、分詞だけでなく他の文法事項が混ざってくるのが、SVOCの文の難しさです。
    他の文法事項とは、不定詞。
    すなわち、原形不定詞や to 不定詞も、このCになることがあるのでした。
    そして、Cに何がくるのかは、動詞によって違ってきます。
    この先は、VによってCがどうなるのかを整理してみましょう。


    SVOCは、Vが使役動詞や知覚動詞のとき、Cに原形不定詞を用います。
    しかし、いつもいつも原形不定詞なわけではなく、現在分詞や過去分詞を用いる文もあります。
    一度にまとめて学習する内容ではないせいもあって、そこがモヤモヤしやすい人もいるようですが、センター試験や英検などの四択の文法問題でもっとも出題されやすいところでもあります。

    まずは、使役動詞 make から。
    Our teacher made us speak English.
    私たちの先生は、私たちに英語を話させた。
    teacher がS、made がV、us がO、speak がCで、原形不定詞です。

    We were made to speak English by our teacher.
    私たちは、先生によって英語を話させられた。
    直訳するとちょっと不自然なので、この文も上の文と同じ訳で構わないのですが、それはともかく、構造を見ると、この文は、上の文の受動態です。
    受動態のとき、Cだった原形不定詞は、to 不定詞になります。

    I could make myself understood in English.
    私は英語で自分の意思を伝えることができた。
    I がS、could make がV、myself がO、understood がCで、過去分詞です。
    myself は、理解される側だから、Cは過去分詞なのです。
    これは、一種の慣用表現として例文を丸暗記しておいても良い文です。
    定期テストによく出ます。
    そして、「テストに出るよ」と念を押しているのに高校生が覚えない用法ワースト10に入るくらいに失点原因となる文です。

    四択の文法問題としては、原形不定詞、to 不定詞、現在分詞、過去分詞の四択があって、そこから正解を選ぶ形式が頻出です。
    動詞 make を用いたSVOCのCには、上のような3つの可能性があることを把握して、きちんと分析して正答を探せば、この文法問題は楽勝です。
    しかし、文法事項として把握せず、「こういう英文を見た気がする」という感覚で解こうとし、しょっちゅう誤答していると、誤答が記憶に残ってそれが正解のような感覚が濃厚になっていくばかりですので、いつまで経っても正答できるようになりません。
    それは、英語学習の中でも最もまずいやり方なのですが、こういう「感覚」に頼って文法問題を解き散らかしてしまう高校生は多いです。


    次に、使役動詞 have の用法。
    They had her go home.
    彼らは、彼女を家に帰らせた。
    They がS、had がVher がO、go がCで原形不定詞です。
    使役動詞make と have の基本的な意味の違いは、make は目下の相手に何かさせるときに使い、have は、対等または目上の相手に何かしてもらうときに使います。

    make の場合は受動態がありますが、have にはありません。
    だから、have の文で、to 不定詞を用いることはないのですが、have to ~という助動詞の用法の印象が強いせいか、それに引きずられて四択問題で to 不定詞の選択肢を選んでしまう高校生は多いです。
    全く関係ない文法事項の記憶が混ざりこんでくるのも、「感覚」に頼って問題を解き散らかす人に多い傾向です。
    知識を整理しましょう。

    I had my hair cut.
    私は髪を切ってもらった。
    I がS、had がV、hair がO、cut がCで過去分詞です。
    cut は、無変化の不規則動詞ですので、見た目ではわかりませんが、hair は切られる側なので、cut は過去分詞だとわかります。

    I had my bag stolen.
    私は、鞄を盗まれた。

    上の文と同じ構造なのに、訳し方が違うので混乱する人もいますが、訳し分けは意味から判断した日本語の都合です。
    和訳は、日本語として自然であることを優先するので、同じ構造の文も異なる訳となります。
    英語では、やってほしいことをしてもらった際も、やってほしくないことをやられてしまった場合も、同じ構造の文となります。
    「受け身・被害のhave」と覚えておけば大丈夫です。
    have というと「持っている」の意味という印象しかなく、こういう用法で have を使うことが発想できず、意味もとれないという人もいます。
    have は、物を所有しているという意味に限らず、そういう状態を保有しているという意味なのだと把握しておくと、こうした用法にもさほど違和感はありません。

    have の場合、このように、正解は原形不定詞か過去分詞の二択が基本ですので、落ち着いて分析すれば大丈夫です。
    Cが現在分詞の用法も存在しますが、原形不定詞の用法とでは、1つの英文がポンと提示されるだけの文法問題では識別できないので、この二択に絞ってほぼ大丈夫です。


    次に、知覚動詞の場合。
    We saw him cross the street.
    私たちは彼が通りを横切るのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、cross がCで原形不定詞です。

    We saw him crossing the street.
    私たちは、彼が通りを横切っているのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、crossing がCで、現在分詞です。

    この2つの文の意味の違いは、上の文は、通りを渡り始めて渡り終わるまで、一部始終を見ていますが、下の文は、横切っているほんの一瞬を見たという意味です。
    しかし、文法問題でこの1文がぽんと出た場合、どちらでも意味が通ります。
    だから、文法問題で、この使い分けを問われる場合は、従属節などで状況が詳しく説明されています。
    あるいは、選択肢に、原形不定詞か現在分詞のどちらかしかありません。

    He was seen to cross the street.
    彼は、通りを横切るのを見られた。
    受動態のときは、使役動詞 make と同様に to 不定詞が用いられます。

    We saw him scolded by his father.
    私たちは彼がお父さんに叱られるのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、scolded がCで過去分詞です。
    him は叱られる側なので、過去分詞です。

    このように見てくると、知覚動詞の場合は、Cは、原形不定詞・to 不定詞・現在分詞・過去分詞のどの場合もあります。


    以上、動詞ごとに、SVOCのCは何が使用されるかまとめてみました。
    参考にしてください。
    繰り返しますが、ここは、文法問題して一番出題される、ホットなところですよー。


      


  • Posted by セギ at 12:11Comments(0)英語

    2019年09月18日

    高校英語。分詞 その4。分詞の叙述用法。SVC。


    分詞の限定用法は、名詞を修飾する用法でした。
    では、分詞の叙述用法とは何でしょうか。

    ここで形容詞に戻って考えてみますと、形容詞には2つの働きがありました。
    1つは、名詞を修飾する。
    もう1つは、補語となる。

    分詞も同じです。
    名詞を修飾する用法が、限定用法。
    補語となる用法が、叙述用法です。
    つまり、分詞は、形容詞なのです。
    分詞は、動詞が形容詞化したものなのです。

    They walked laughing along the street.
    彼らは笑いながら通りを歩いた。
    They がS(主語)。walked がV(動詞)。laughing がC(補語)です。

    こうした説明になると、SVCとか苦手、わからない・・・という高校生は多いのですが、繰り返しますが、SVOCMと各品詞の働きを理解しておくと、残りの文法事項はスラスラと理解できると思います。
    SVCは、5文型の1つです。
    S(主語)とV(動詞)は、基本的にどんな文でもありますが、それだけでは完結しない文もあります。
    I am …
    で終わられたら、「え?どうした、続きは?」と思います。
    I am a student.
    と言われると、あ、そうなんだと納得できます。
    S=C の関係が成立してるのが、Cです。
    I =a student です。
    それは、状態としてイコールでも構いません。
    I am busy.
    I =busy です。
    ということは、基本的に、be 動詞の文の大半はこのSVCですが、be 動詞以外の動詞を用いた文でも、S=Cの関係が成り立っていれば、それはSVCの文です。
    She looks happy.
    この文は、
    She = happy ですから、やはりSVCの文です。
    Cになるのは、名詞または形容詞、ということも、理解の一助になるでしょう。
    形容詞は、Oにはなりません。
    あ、これは形容詞だなと気づいたら、それはSVOの文ではなく、SVCの文です。
    また、その動詞をbe 動詞に変えたときに、意味は変わるにしても文意は通るというとき、元の文はSVCです。
    She looks happy. は、
    She is happy.
    と置き換えても文意は通りますので、SVCの文です。
    一方、
    she plays the piano.
    という文は、動詞をbe 動詞に置き換えたときに文意が通りません。
    she is the piano.
    というのは、おかしいですね。
    she =the piano ではないから、おかしな文になります。
    この文は、SVOの文です。

    上の分詞の文をもう一度確認します。M(修飾語)は省略します。
    They walked laughing.
    この文は、
    They are laughing.
    と置き換えても、文意は通ります。
    だから、元の文は、SVCの文だと確認できます。

    ところで、こんな文はどうでしょう。

    You must keep repeating the formula until it is known by heart.
    暗記するまでその公式を繰り返さなければならない。
    これも、You がS(主語)。must keep がV(動詞)。repeating がC(補語)の文です。
    でも、意味がほとんど同じである、こんな文もあります。
    You must keep on repeating the formula until it is known by heart.

    keep on ~ing は、「繰り返し~する」「常に~する」という意味です。
    状態の継続や動作の繰り返しを強調する表現となります。
    このときは、repeating は、動名詞となります。
    前置詞の後ろにくるのは動名詞だからです。
    ただし、こういう些末な文法事項はどうでもいいので、こういうのに混乱して、「文法なんて嫌い」とならないことが大切です。
    keep ~ing の形の他に、keep on ~ing という用法がある、という表面的なことだけ覚えれば良いと思います。
    「Keep on smiling」と、ラジオ講座で遠山顕先生が昔から毎回叫んでいたので私個人は非常に覚えやすかったものの1つでした。
    いや、番組オープニングは録音だから仕方ないのですが、しかし、番組タイトルが変わっても30年以上、毎年叫んでいます。
    やはり繰り返し耳にするのは効きますね。
    脳に沁み込んでくる感じがします。


    ここまでの文は、SVCのCが現在分詞の文でしたが、過去分詞の文も勿論あります。
    His eyes remain closed.
    彼の目は閉じられたままだ。
    His eyes がS、remain がV、closed がCです。
    His eyes = closed
    状態としてイコールなので、SVCの文です。


    現在分詞も過去分詞も、SVCのCとなる用法がある。
    となると、問題なのは、現在分詞と過去分詞との使い分けです。
    これはSとの関係で見分けます。
    Sが動作をする側ならば現在分詞。
    Sが動作をされる側ならば過去分詞です。

    They walked laughing.
    これは、SであるThey が laugh しているので現在分詞。
    His eyes remain closed.
    これは、Sである His eyes が close されているので過去分詞です。

    限定用法のときの、修飾される名詞と同じ関係ですので、覚えやすいはずです。
    頑張って覚えましょう。
      


  • Posted by セギ at 14:37Comments(0)英語

    2019年09月11日

    高校英語。分詞 その3。感情を表す分詞。



    さて分詞の話も3回目。
    今回は、感情を表す分詞の使い分けです。
    それは、中学生の頃に受動態の学習の中で既に登場している事柄です。
    感情表現は、受動態で語られます。
    I am interested in the book.
    私はその本に興味がある。
    interested くらいに使用頻度が高いと、分詞というより形容詞として固定化されて認識されているものですが、もともとは分詞です。
    interest という動詞は「興味をもたせる」という意味の動詞。
    その過去分詞が、interested 。
    現在分詞は、interesting 。
    動詞原形の意味が「興味をもたせる」なので、人が主語のときは、「興味をもっている」=「興味をもたせられている」という意味となり、受動態が使用されます。
    The book is interesting.
    その本は面白い。
    物が主語のときは、「面白い」=「その物が興味を持たせている」という意味となり、現在分詞が使用されます。

    こういうことは、一度しっかり理解すれば何でもないことのような気がするのですが、何度説明を聞いても聞き流す、すぐ忘れる、混乱する、を繰り返す中学生・高校生も多いです。
    数学の解き方は意味がわからなくても作業手順を丸暗記するのに、英語は暗記しない、暗記できないと言う・・・。
    英語・数学の両方を教えていると、「やり方が逆だよ」と感じることは多いです。

    数学は、どうしてそれで解けるのか理解していないのに丸暗記だけしても仕方ありません。
    小学生からずっとそれをやっていると、高校数学はほとんどわからなくなります。
    内容を理解せず解き方だけ丸暗記していては高校数学は解き方の丸暗記もできない状態に追い込まれます。
    理解していないことの上に理解できないことが乗っかっていく。
    わかるわけがありません。
    解き方だけ暗記しようとしても、似たような公式、似たような見た目の典型題が多過ぎて、覚えきれません。
    本質を理解していれば、数学で覚えるべきことは限定され、それに基づいて多様な問題を解いていくことができます。

    一方、英語は、暗記するべきことは暗記しなかったらどうしようもありません。

    ついでに言えば、英語を理解するとは、その英文の意味を理解することではありません。
    自力で英文を読むことはできないのに、他人が英語を訳してくれると安心し納得して、英語がわかった気になる傾向がある人は、要注意です。
    それは英語を勉強したことにはなりません。
    塾でも、私に全文を訳してくれと頼んでくる子はいます。
    あるいは、全文を訳してくれないからわからない、と愚痴を言う子もかつていました。
    全文を訳してもらって、その英文の意味がわかると、英語がわかったような気がするのかもしれません。
    しかし、それは、その英文の意味がわかっただけで、英語がわかるようになったわけではないのです。

    一方で、同じ子が、負担の大きい単語暗記には消極的です。
    受け身で楽な「勉強のようなこと」が本当に好きなのだなと哀しくなります。

    また、
    「どうしたら、リスニングが得意になりますか?」
    と質問する子が、1週間で何時間英語を耳にしているかといったら、学校で英語に触れる時間以外は0分というのはよくある話です。
    ラジオ講座など、無料で英語聴き放題の手段を教えても、利用しないのです。

    その子たちの望んでいる英語学習と、本当の英語学習との乖離が大きい。
    英語が得意にならない根本理由は、そこにあると思います。


    というわけで、「かわいそうなゾウの話」のストーリーを覚えても、マララさんの演説の内容を覚えても、それは英語学習ではない。
    一方、感情表現の分詞の使い分けを理解し、暗記することは、英語学習です。

    また、ここはしっかり区別して使い分けを正確に覚えなければというところで、逐一、逆に逆に覚えてしまう子もいます。
    そうした子は、宿題などで間違った練習を沢山してくる傾向があります。
    間違った練習が間違った知識を定着させ、幾度修正しても直らない。
    どちらがどうだったか、一生混乱することになります。
    もう何度も書きましたが、そういうのは誰にでもあり、私も熊のアクセントが「く」にあるのか「ま」にあるのか、いまだに混乱します。
    テレビで熊が出てくる度に、1つの番組内でも2種類のアクセントで発音されるので、混乱はさらに助長されます。
    幾度修正しても、間違って使用していた時期が長いために、どちらが正しいのかすぐにわからなくなる。
    私に限らず、そういう人が「熊」のアクセントでは多いのだろうと思います。

    そのようになってしまったら、もう直らない。
    だから、そうならないように、学習した最初にしっかり区別し、宿題をやる前にもう一度復習して、正しい練習をして定着を図ることが大切です。
    授業を受けて1週間経って、次の授業の直前になって慌ててやっつけ仕事で宿題をし、曖昧な記憶で間違った練習をしてくる子は、英語がなかなか得意にはならないです。
    マイナスの練習を沢山してくるのですから。
    宿題をやる前に、一度軽く復習。
    それだけで、文法事項は定着が違ってきます。


    分詞に戻って、再度正確な知識を確認しましょう。
    人が主語のときは、使われる分詞は過去分詞。
    物が主語のとき、使われる分詞は現在分詞。
    どれか1つの分詞で、それをしっかり理解していると安全です。
    interested と interesting でもいいですし、excited と exciting でもいいですね。
    I was excited.
    The game is exciting.
    どちらかの記憶が深く、ゆるぎなくなっていれば、それで正しく識別できます。
    人が主語のときは過去分詞。
    物が主語のときは現在分詞。

    このように形容詞として固定化している分詞で使い分けを確認したら、分詞の限定用法でも同じルールで使い分けることを覚えておいてください。
    There were a lot of excited supporters.
    たくさんの興奮したサポーターがいた。
    It was an exciting game.
    それは、わくわくする試合だった。

    人を修飾するときは、過去分詞。
    物を修飾するとき、現在分詞。

    感情表現の分詞は、このように使い分けます。
      


  • Posted by セギ at 13:04Comments(0)英語

    2019年09月04日

    高校英語。分詞 その2。前置修飾と後置修飾。


    分詞の限定用法の話を続けます。
    現在分詞と過去分詞との使い分けは、前回お話しました。
    今回は、前置修飾と後置修飾の話です。

    限定用法とは名詞を修飾する用法です。
    名詞を修飾するには、前から修飾する場合と後ろから修飾する場合があります。
    それが前置修飾と後置修飾です。

    まずは、分詞以外の語句で確認してみます。

    Someone is in that old house.
    誰かが、あの古い家の中にいる。
    この old が形容詞で、house を修飾しています。

    Someone is in that burning house.
    誰かが、あの燃えている家の中にいる。
    この burning が現在分詞で、house を修飾しています。

    形容詞と分詞が全く同じ位置にあるのがわかると思います。
    これが、前置修飾です。

    次に後置修飾を確認します。

    The boy playing soccer is my brother.
    サッカーをしているその男の子は、私の弟です。
    playing soccer という語句が、boy を修飾しています。
    The boy in the park is my brother.
    公園にいるその男の子は、私の弟です。
    in the park という語句が、boy を修飾しています。

    形容詞句と分詞句が全く同じ位置にあるのがわかると思います。

    分詞だけが特別な位置にあるのではないのです。
    名詞を修飾する語句は、1語の単独で名詞を修飾するならば名詞の直前に置きます。
    2語以上の意味のまとまり(句と呼びます)となって名詞を修飾するときは、名詞の直後に置きます。
    それは、分詞でも他の形容詞句でも変わらないのですが、そもそも、他の形容詞句の正しい位置がわからないという人は、かなり苦労する様子です。
    The boy in the park is my brother.
    という上の文でも、乱文整序問題になるとこの語順にできず、
    The boy is my brother in the park .
    という文を作ってしまう人は多いと思います。
    英語を習い始めた最初の頃に何となく学び取った、「場所を表す語句は文の後ろのほうに」というルールにこだわり過ぎてバージョンアップできないと、そうなってしまいます。
    最初の頃に学習した英語で出てきていたのは形容詞句ではなく副詞句で、だから動詞や目的語など、SVOCを全部言い終えた後に述べていたものでした。
    副詞句というのは、名詞以外のものを修飾する語句です。
    具体的には、動詞、形容詞、副詞、文全体などを修飾するのが副詞。
    2語以上のまとまりならば、副詞句です。

    The boy is my brother in the park .
    という文だと、これは直前の brother を修飾している形容詞句となり、「その男の子は、公園にいる私の弟です」という意味になります。
    公園にいない別の弟がいるのか?
    いや、いつも公園にいるホームレス中学生なのか?
    と、さまざまな疑問が浮かぶ、不自然な文となります。

    英語がよくわからなくてモヤモヤしている人で、こういう説明が一度腑に落ちると、そこからグッと成績が向上していく人がいます。
    それまで、とにかく例文を丸暗記して、その英文の意味を覚えて、の繰り返しで、そうすることでそのうち何となく英語の仕組みがわかってくるだろうといった学習をさせられてきたけれど、それが肌に合わなかった人ほど、そうなります。
    英語が想像以上にロジカルで、全部理屈で成り立っているとわかったときに、今までの霧が晴れて、すっきりするらしいのです。
    全部理屈なら、その理屈を理解すれば、あとは単語・熟語を覚えるだけ。
    何をやれば良いか目標も明確になり、やればやるだけ成果も上がります。

    一方、丸暗記は苦手だが、理屈はもっと嫌いで、どんな説明も聞き流すタイプの子は、幾度説明を聞いても文法的説明は頭に残らない様子です。
    難しくて理解できないが理解したいというのであれば、いくらでも噛み砕いて何度でも説明するのですが、理解しても聞き流すというタイプの子のほうが多いように感じます。
    名詞・形容詞・副詞とはそれぞれ何なのか。
    それは根幹の理解につながることなのですが、そこに興味を抱けない。
    聞き流す。
    でも、英語は得意になりたいと漠然と思っている。
    そういう子にどのようなアプローチが有効なのか。
    難しい課題です。


    分詞の前置修飾と後置修飾に話を戻します。
    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    Look at that singing bird.
    これは、前置修飾。
    Look at the bird singing on the tree.
    これは、後置修飾。

    上の文は、bird という名詞を修飾している語は、that と singing の2つですが、それぞれ単独です。
    that bird ですし、 singing bird です。
    一方、下の文をそのように単語ごとにバラバラにすると、奇妙なことになります。
    siging bird で、 on bird で tree bird ?
    いや、そんなことはないでしょう。
    それじゃ意味がとれない。
    siging on the tree な bird 、です。
    意味のまとまりとは、バラバラにそれぞれで名詞を修飾しているわけではない、ということです。
    より詳しく説明するなら、on the tree は、まずsinging という分詞を修飾し、そこで分詞句となり、その丸ごとで bird を修飾しているのです。
    しかし、これを説明すると余計にわからなくなる人もいます。
    国語でも、修飾・被修飾が全く理解できず、ほとんどトラウマという人もいて、そういう人にこの説明を始めると途中で顔が曇るのでよくわかります。

    「木の上で歌っている鳥を見て」
    国語で、これを文節に分割すると、
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    となります。
    中1の初めに学ぶとき、文節は間に「~ね」をいれて区切ることができるところ、と曖昧な説明をするしかないのですが、厳密には、1つの文節には1つの自立語しか入らないというルールがあります。
    1つの文節は、1つの自立語のみか、1つの自立語+付属語で成り立っています。
    自立語・付属語、さらに品詞というものを学習するのが中2なので、中1ではこの説明をできないのがネックとなり、間に「~ね」を入れるという、わかるようなわからないような説明しかできず、「歌っている」を1文節とするか2文節とするか判断できないということも起こります。
    英語も日本語も、学習の初めは、説明してもわからないから説明できないことが多く、それが曖昧さを生むのです。
    ようやく説明できるようになったときに改めてきちんと説明されているはずですが、その時期にはもう文法に対して嫌悪や諦めが生じていて、まともに説明を聞いていない・・・。
    だから、ますます文法が理解できない。
    そういうことが起こりやすいです。

    それはともかく。
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    この修飾関係を見てみましょう。
    「木の」は「上で」にかかります。
    そして、「木の上で」という意味のまとまり(連文節または大文節)を作ります。
    「歌って」は「いる」にかかり、そして「歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    さらに、「木の上で」は「歌っている」にかかります。
    そして、「木の上で歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    その大きな意味のまとまりが「鳥を」という文節を修飾します。
    修飾語は、このようにどんどんまとまっていくのですが、そのことを理解し、その修飾関係を正確に図示できる子は、少ないです。
    国語の修飾・被修飾が上手く理解できないのだから、外国語の理解はさらに難しいかなあ・・・。
    しかし、英語の修飾関係のほうがルールがシンプルなので理解しやすく、その理解をもとに、国語の理解が深まっていくという見方もできます。
    比較することでわかりやすくなる、ということもありますし。
    日本語も、英語も、意味のまとまりになって修飾していくんだよー。
    というくらいの理解で次に進みましょうか。


    単独ならば、前置修飾。
    2語以上の意味のまとまりは、後置修飾。
    このわかりやすい文法ルールに対し、しかし、新たな波が到来しています。
    英語の本場、アメリカで、このルールが崩れ始めているというのです。

    例えば、
    My brother is that smoking man.
    という言い方はしない、というのです。
    「私の兄は、タバコを吸っているあの男性です」
    smoking は単独で man という名詞を修飾しているのだから、前置修飾で何が悪いの?
    文法的には正しいでしょう?
    そう思うのですが、なぜか、そのような表現だと「年柄年中タバコを吸っている人」という印象になるからダメだ、今、たまたまタバコを吸っているのだから、
    My brother is that man smoking.
    が正しい、という説が流布され始めました。

    うわー、黒船来航だ。
    whom は古い、もう使われていない、今は全部 who だ、という黒船。
    仮定法過去の be 動詞は、必ず were というのはもう古く、 was のほうが普通という黒船。
    英語を長年教えていますと、これまでにも度々黒船は来航してきましたが、今度のもかなり厄介な印象です。

    ネイティブの英語の使い方が変われば、それに応じて英語を学ぶ側も変えていかなければならないのは、それは仕方ないのです。
    しかし、whom のときにも感じたのですが、それは、日常会話としての英語が乱れてきている証拠では?
    言語感覚の雑な人が使う英語が過半数になったということだけなのでは?
    という印象もなくはないのです。

    私は、上のほうで、こう書きました。

    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    これは、日本人の中学生・高校生の話ですが、ネイティブも実はそうなのではないか?
    使い分けができないので、全部後置修飾にしているだけなのでは?

    これで連想するのは、日本語の「らぬき言葉」です。
    「見れる」「知れる」といったらぬき言葉を使う人が多くなったので、もうそれは許容範囲となりました。
    助動詞「れる」と「られる」の使い分けができない人が多くなり、そこから、「見られる」と「見れる」とでは意味が違うというニュアンスの後付けもされるようになり、やがて許容されていったという経緯がありました。
    英語も同じだと思います。

    言語は生き物。
    今、その言葉を使っている人の過半数がその用い方をするようになれば、それが正しい言葉です。
    だから、昔の用法にこだわることが正しいわけではありません。
    ただ、用心しなければならないのは、日本に伝わってくる、その「新しいアメリカ英語」が、本当に正しいのかどうかということ。
    らぬき言葉も許容されているというレベルの話ならば、「れる」と「られる」とは使い分けられたほうがいい。
    そこの見極めが難しいところです。

    先日、ぼんやりテレビを見ていましたら、こんな映像が流れました。
    「最近腹が立ったこと」といったエピソードを映像化したものでした。
    「出身、どこ?私、中野」
    「私、府中」
    「え?宇宙?」
    「違う。府中」
    「・・・何それ?どこにあるの?(笑)」

    ・・・いや、中野に住んでいて府中を知らないのは、本人が無知なだけです。
    それを勝ち誇ったように笑う。
    知識の幅の狭い人が、その狭い知見で上からものを言い、人をバカにしてかかる。
    そういうことが言語の世界でも起こることがあるので、用心が必要なのです。
    「アメリカじゃ、今はこれが正しいんだぜー」
    本当に?

    whom の件は、 who も許容範囲としつつ、やはり whom と who は正確に使い分ける英語教育が続いています。
    仮定法の件は、was も許容されていますが、were は、今も生きています。
    今回の件は、どんな結末になるでしょうか。



      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)英語