たまりば

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2019年03月14日

高校英語。従属節がwhen節のときの主節の時制は。


今回も時制の話です。

問題 以下の(  )内の動詞を適切な時制に直せ。
The train (leave) when they got to the station.

when節が過去形のときの主節の時制は、混乱する人が多いところです。
この文は、「彼らが駅についたとき、列車は出発してしまっていた」という意味でしょう。
そうすると、過去のある時点までの完了という意味になりますので、過去完了が適切です。
すなわち、
The train had left when they got to the station.
となります。

こういう例文を見ますと、
「じゃあ、when のときは、全部過去完了形?」
と尋ねてくる高校生がいます。
文法が嫌いだからなのでしょうが、何とか簡略化したい、わかりやすいルールで全部解けるようにしたいという願いが強いようです。

これは、その高校生だけが悪いわけではなく、「勉強は、わかりやすいルールで全部解ける裏ワザがある」という、いわば都市伝説のようなものを信じたい気持ちと関係があるように思います。
自分が知らないだけで、本当は勉強はとても簡単なやり方がある。
そういうものを教えてくれる講師や塾がこの世に存在する。
自分は、そういうところにアクセスできないでいるだけだ。
そういう妄想を抱いている高校生は多いと思うのです。

この2年ほど、芸能人などがテレビ番組で受験に挑戦し、ことごとく失敗しているのは、そのような妄想を粉砕するという意味では良いことだと思います。
芸能人の受験勉強を助けるのは、番組に協力する大手進学塾のトップ講師です。
それこそ塾の威信をかけて指導にあたっているでしょう。
それでも、偏差値や入試得点は微増が限界。
驚異的な成績上昇で合格に至る、という華々しい番組は作れずに終わっています。
でも、あれが本当なんです。
上がることは上がるのですが、短期間で高い目標達成は、無理があります。
特に英語・数学の上がり方は鈍いのが普通です。

勉強に裏ワザなんてありません。
1年、2年という長期的スパンで、合理的な学習方法で、人並み以上の努力をすると、成績は上がる。
それだけです。

合理的な学習方法。
それは裏ワザや知識の簡略化ということではありません。
複雑なことは、ある程度複雑なままです。
「when節が過去形のときは主節は全部過去完了形」
などと言えるほど、英語は単純ではありません。
それは他国の言語をバカにしているのと同じです。
そんなに単純なわけがないのです。
知識を簡略化するのではなく、自分の頭を複雑化しましょう。
それが勉強するということだと思うのです。


問題 次の( )内の動詞を適切な時制に改めよ。
My brother (live) only on water when the search party found him.

さて、これも過去完了形で良いでしょうか?
この文は「捜索隊が見つけたとき、私の兄は水だけで生きていた」という意味です。
live は状態動詞。
進行形にしない動詞です。
だから、過去完了形で状態の継続を表せば良いのでしょうか。
いいえ。
正解は、
My brother had been living only on water when the search party found him.
過去完了進行形を用います。
live は確かに状態動詞なのですが、「一時的に」という意味が強い場合には進行形にすることがある動詞です。
水だけで生きていたのは一時的なこと。
だから、この場合、継続の意味を表すには、過去完了進行形を用います。

では、次の問題はどうでしょうか?

問題 次の( )内の動詞を適切な時制に改めよ。
I (take) a bath when you called me last night.

これも過去完了形でしょうか?
いいえ。
こういう文は、中学生のときに学習していますね。
「あなたが昨夜私に電話したとき、私はお風呂に入っていた」という文です。
これは過去進行形が妥当でしょう。
I was taking a bath when you called me last night.

なぜ1つ上の文は過去完了進行形で、この文はただの過去進行形なのか?
お風呂に入っていたのだって、一時期的なことじゃないの?
・・・そうですね。
しかし、上の文で語りたいことは、捜索隊が発見したときに、一時的に何日間か継続して水だけで生きていたという内容です。
伝えたいことの主眼が、継続です。
この文は、あなたが電話したときに私は何日間か継続して風呂に入り続けていたということを語りたいわけではありません。
伝えたいことは、あなたが電話したその瞬間に、私は風呂に入っていたということです。
過去のその瞬間に何をしていたのかを語るのは、過去進行形です。

問題 次の( )内の動詞を適切な時制に改めよ。
I (live) in New York when I was a child.

この文は、一瞬のことではありません。
継続的に住んでいたのだろうと思います。
では、過去完了形でしょうか?
いいえ。

正解は、
I lived in New York when I was a child.

「私は子どものときにニューヨークに住んでいた」というのは過去の単なる事実です。
live は状態動詞で、これは一時的居住というニュアンスで語っていることではなさそうですので、普通に過去形で語ります。


・・・もう、どんなときにどの時制なのか、全然わからない。
そんな声も聞こえてきそうですので、整理しましょう。
when節が過去形のとき、主節は、
①過去完了形
②過去完了進行形
③過去進行形
④過去形
の主に4通りが考えられます。
どの時制を選ぶかは、主節で語りたい内容が、
その時点まででの完了ならば、①過去完了形
その時点までの動作の継続ならば、②過去完了進行形
その時点で進行中の動作ならば、③過去進行形
その時点での状態ならば、④過去形
となります。
意味による判断と、あとは主節の動詞が動作動詞か状態動詞かの識別をして、どの時制が適当かを判断します。

難しいと感じるのはわかります。
でも、「難しいから、もう無理だ」とか、
「when なら過去完了形、でいいじゃん」とか、
そういう方向に逃げないでほしいのです。
出題が多いのは、①と③です。
だから、その2択に絞り、それ以外が正解だったときには諦めるということなら、ギリギリ理解できます。
でも、「when なら必ず過去完了形」というように、文も読まずに解いて正解できる覚え方はないことは、心に止めてほしいのです。

そんなに複雑なことは覚えられない、脳の容量が足りないという人は多いのですが、しかし、そのように言う人たちも、自分の趣味のことならスラスラと覚えられますよね。
アニメが好きな人なら、好きな番組のタイトル、作画監督の名前、音楽監督の名前、主な声優の名前など全部覚えているはずです。
ゲームが好きな人なら、ゲームのタイトル、登場人物、どういう展開になるか、どこに何があるかなど、全部覚えているでしょう。
自分の好きなゲーム作家の全作品名を覚えたりすることもあると思うのです。
脳の容量に問題があるから覚えられないというのは、嘘です。
脳の容量に本当に問題があるのなら、自分の好きなことも、あまり覚えられないはずです。

本気になれば覚えられます。
英語ができる人たちは、どこかで本気になった人たちです。
脳の容量の問題ではないのです。


  


  • Posted by セギ at 13:19Comments(0)英語

    2019年03月08日

    高校英語。現在完了形と過去形の使い分け。


    時制に関する問題で難しいものの1つは、前回説明した、未来をどの時制で表現するかという点です。
    現在形、現在進行形、未来形、未来進行形のどれでも、未来のことを表現できます。
    実現する確実さによって時制を使い分けている。
    そのように、ざっくりと判断するとわかりやすいと前回解説しました。
    あとは、発着の動詞は現在進行形で未来を語ることが多いなど、動詞によって、その時制で未来を語ることが通例であるという場合もあります。
    発着の動詞とは、go や leave など、出発や到着を意味する動詞のことです。

    未来の話はこれくらいにして、もう1つの課題は、過去形と現在完了形・過去完了形との使い分けでしょう。
    高校1年になって、実質的に初めて学習する時制は現在完了進行形、過去完了形、過去完了進行形、未来完了形、未来完了進行形です。
    その中で、混乱しやすいのが、現在完了形と過去完了形の使い分けですが、そこで混乱すると、過去形と現在完了形の使い分けも混乱するようになる人も現れます。
    中学で初めて現在完了形を学んだときは、過去形と混同する人は少ないのですが、過去完了形を学ぶと、現在完了形との区別がつかなくなり、さらに過去形との区別もつかなくなってしまうようなのです。

    過去形の主な意味は。
    ①過去の状態。
    ②過去の動作。
    ③歴史的事実。
    ④時制の一致。

    現在完了形の主な意味は。
    現在のある時点までの、
    ①完了。
    ②状態の継続。
    ③経験。
    ④結果。

    と、意味が重なるところはないように感じるのですが、日本語を英文に直す問題になると、案外使い分けがかぶっているように見えることがあります。

    例えば「インターネットは我々の日常生活に不可欠な要素となった」という文を訳す場合。

    「なった」というのは、日本語の感覚では過去形です。
    「た」は過去を表す助動詞ですから。
    「なる」でも「なっている」でもなく「なった」なのだから、過去形でいいんだろう。
    しかし、そう判断して訳すと、それは誤りなのです。

    The Internet has become an essential element in our daily lives.

    正解は、このように現在完了形となります。
    何が違うのかというと、現在完了形は現在とのつながりのある過去の事柄を、過去時制は現在から切り離された単なる過去の事柄を表します。
    インターネットが我々の日常生活に不可欠な要素になったのは、現在とのつながりのある事柄です。
    インターネットは我々の日常生活に不可欠な要素となり、今もそうですから。
    ここは現在完了形を用いるのが妥当、という判断がされます。
    「なった」という表現に注意し、「なった」のときは、現在完了形の可能性があるぞと思っておくだけでも、かなりミスを防げるところです。
    その街が世界有数の大都市になった、とか。
    その国の人口が非常に大きくなった、とか。
    このタイプの問題に使われる文はそのようなものばかりですので、練習すればピンとくるようになります。

    同じ事実でも、現在とのつながりを意識しているかしていないかで時制は変わります。
    「彼女は東京へ行った」という文を英訳するのでも、
    She went to Tokyo.
    She has gone to Tokyo.
    の2種類が考えられます。
    上の文は過去の単なる事実として語られている場合です。
    下の文は、「彼女は東京へ行ってしまって、今ここにいない」という結果のニュアンスがあります。
    では、正解は2つあるのかというと、文法の時制問題は、そのようにどちらでも良いということにはなりません。
    実際の出題は、例えば「彼女は、昨日、東京へ行った」という文を英訳せよ、という形をとります。
    「昨日」という表現とともに使用されるのは、過去形です。
    She went to Tokyo yesterday.
    となります。
    そうした出題の細部に気づくことで、自信を持って正答を出せるようになります。

    時制の問題では、そうした細部で迷うことはあると思います。
    しかし、大半は、明瞭に使い分けがありますので、それを覚えて使い分ければ大丈夫です。
    本当に微妙なところと、本人が単に覚え間違えていたり覚えていなかったりすることとが混ざり合い、混沌としてしまうのが時制の学習です。
    わからない原因は何なのか?
    具体的にどの問題で間違えたのか?
    それを整理して、自分の課題を明確にすると良いと思います。

    文法問題に関しては、間違えた問題を書き写したノートを作り、時間を置いて解き直すようにするのも良い学習方法です。
    正答や解説はピンクで書き込み、赤シートをかけられるようにするとか、ノート見開きの左側に問題を書き、右側は正解と解説を書いておくなど、後で活用できるようなノートを作ると良いと思います。
    ノートは作ったけれど、漠然と眺めることしかできず、解き直しに使えないようなノートになっていては、あまり意味がありません。

    また、正答のほうが少ない状態でそのようなノートを作ると、ノート作りだけで学習時間の大半を奪われることになります。
    間違えた問題を集めたノートを作るのは、正答率の高い人が、さらに精度を上げるためにやることです。
    正答率が上がるまでは、問題集の間違った問題にチェックを入れ、何度でも解き直して反復するほうが、時間を有効に使えます。
    3回解き直してもまだ間違えた問題だけ、ノートにまとめるのも良いでしょう。

    何よりも、まずは文法テキストを熟読し、覚えるべきことを覚えることです。
    その後、何の知識を問われている問題なのかを意識しながら問題を解く練習をすると良いと思います。
    文法テキストを漠然と眺め、内容は覚えず、文法問題は自分の感覚で解いて、「わからない」「難しい」「文法は嫌い」と感情的な反発をつのらせる・・・。
    どういう文法事項を問われているか考えたことがなく、「こういう英文を読んだ気がする」「私の感覚では、この英語が正しい」というあやふやな根拠で文法問題を解く・・・。
    まず、その姿勢を正すことが、文法問題を得意になるコツです。
      


  • Posted by セギ at 11:49Comments(0)英語

    2019年02月28日

    高校英語。現在形はどのように使うか。


    高校の「英語表現」の学習は、英文法を基本から学ぶ形式が普通ですが、その授業に上手く慣れることができない高校生もいます。
    文法ばかりやっている授業の仕組みそのものを呑み込めず、最初の定期テストで大失敗することがあるのです。
    「こんな問題が出ると思わなかった」
    と本人は言うのですが、テスト問題を見ると、特に違和感はありません。
    普通の文法問題です。

    文法が嫌いな子は、テストに文法問題が出題されることを上手く予測できないのかもしれません。
    十代はまだ主観が強いですから、自分が嫌いなものを軽視する傾向があります。
    あるいは、文法学習の最初で学ぶ「5文型」に何の意味があるのかよくわからないということもあるでしょう。
    続く「時制」の学習は、現在形や過去形など、一見、中学で学習済みの内容ですので、単なる復習と勘違いしてしまう可能性もあります。
    「時制」と言われても、こんなのはただの復習だと思って無視する。
    重要なことを無視した結果、テストに何が出るのかよくわからない。
    新生活に慣れるのだけでも精一杯の高1の1学期に学習することもあって、時制に関する問題が苦手なままになってしまう人は多いです。

    時制の使い分けに関する問題は、センター試験にも毎年出題されてきましたし、私立大学の入試も同様です。
    高校でもそれに備え、定期テストに多く出題されます。
    しかし、上で述べたように時制を学ぶことそのものが腑に落ちない様子の子もいて、学習が進みません。

    英語を学ぶ日本人としては、「時制なんてどうでもいいじゃん、通じれば」と思うかもしれません。
    それも一理あります。
    ブロークンでも伝えることが大切。

    しかし、逆に外国人がブロークンな日本語を使っているとき、どう感じるでしょう?
    一応わかるから、それで十分。
    外国語を細部まで習得するのは、本当に難しいことだから。
    でも、正しい日本語を使う外国人を見ると「この人、凄いな」と思いますよね。

    同じことは、私たちが英語を使う場合も言えるでしょう。
    伝えることが最優先。
    でも、文法的に正しいほうがより良いでしょう。


    時制は、とにかく覚えて、使い分けを練習すればマスターできます。
    定期テストに出るのは、主に使い分けです。

    現在形を用いるのは、
    ①現在の状態
    ②現在の習慣
    ③確定的未来
    ④不変の真理
    ⑤時・条件を表す副詞節は未来のことを現在形で表す

    と、このように、学校の文法のテキストや参考書をきちんと読んで、理解して、どの時制がどんな意味を持っているかを覚えます。
    理屈で理解した上で、覚えることが大切です。
    例文だけ暗記しても、その例文がどういう文法事項の例文なのか理解していなければ無意味です。
    例文がそのままテストに出るとは限りません。
    類題という形で出る学校のほうが多いでしょう。
    知識が整理されていないと、類題を類題と判断する知識がありませんから、なぜその問題がテストに出ているのか意味がわからないのです。
    何の知識を問われている問題なのかわからないまま、感覚で解くだけになります。
    日本で生まれ育ち日本に住む日本人が、英語の文法問題を感覚で解いて正解できると思うのは、あまりにも楽観的過ぎます。
    これは現在形っぽい。
    こういう現在形の文を見た気がする。
    そんな不確かな記憶で問題を解いて、不正解になって、ますます文法が嫌いになる。
    そんな悪循環に陥っている高校生は多いです。


    いや、自分は真面目に文法を勉強している。
    でも、まぎらわしくて、何回解いても、やっぱり間違えてしまう。
    どうにかしたい。
    そういう人は、どの内容が出題されやすいのかに焦点を絞って学習することをお薦めします。

    例えば、現在形の問題として、上の①から⑤までのどれが一番出題されるかといえば、圧倒的に⑤です。
    時・条件を表す副詞節は未来のことを現在形で表します。

    I'll go on a picnic if it (   ) sunny tomorrow.
    ①be ②is ③will be ④will have been


    正解は、②の現在形です。
    この if 節は、「~ならば」という、時を表す副詞節です。
    「明日晴れたら」という節は、「行く」という動詞を修飾しています。
    名詞以外のものを修飾するのが副詞節です。
    時・条件を表す副詞節は、未来のことも現在形で表します。

    何でそんな面倒なことをわざわざ?
    未来のことなら未来形にしておけばいいのに?
    しかし、そうすると、名詞節と見分けがつかなくなることがあるのです。

    Tell me if he comes. 彼が来たら私に教えて。
    Tell me if he will come. 彼が来るかどうかを私に教えて。

    上の文の if 節は、副詞節。
    それに対し、下の文は、if 節なのに will を用いていますから、副詞節ではありません。
    では何なのか?
    これは、間接疑問文。
    すなわち、名詞節です。
    動詞 tell の目的語となっている節です。

    副詞節を現在形にしないと、上の2つの文の見分けがつかなくなってしまうのです。
    時・条件を表す副詞節を現在形にするのは、必要があってやっていることなのです。

    しかし、この文法事項は、多くのテキストで最後に説明されています。
    注釈的なところで細かい字で説明されているテキストもあります。
    そのせいか、ここはあまり重要ではないと誤解する人がいます。

    文法事項の出題頻度を、テキストに出てくる順番や字の大小で判断するのは誤りです。
    現在の状態を現在形で表すのは、さすがに誰でもわかりますから、定期テストに出たとしてもそれはサービス問題です。
    まして入試にそんな問題が出るわけがありません。
    しかし、基本さえわかっていればそれで大丈夫、という勉強をしてしまう人は多いと思います。
    そういう人は、後半の内容は些末なことに思え、無視することがあります。
    覚えなくてもいいと思ってしまうようなのです。
    その辺の意識を変えましょう。

    次に出題頻度の高いのが、④不変の真理。
    「地球は太陽の周りを回っている」とか、「血液は体内を巡っている」とか、誰が見ても正しいと認められていることは現在形で表します。
    ことわざなども、これに分類されます。

    Our teacher told us that water (   ) of hydrogen and oxygen.
    ①has consisted ②consisted ③consists ④is consisted
    私たちの先生は、私たちに、水は水素と酸素から成ると教えた。

    主節が told と過去形なのだから、that 説も時制の一致で過去形。
    だから、②が正解?
    いいえ。
    三人称単数現在の③が正解です。
    不変の真理は、that 説でも常に現在形なのです。


    次に出題頻度が高いのが、③確定的未来 です。
    未来のことではあるけれど、非常に確実なこと、既に決定していることは、現在形で表します。
    we eat out this evening. というように。
    本人がもうこれは絶対に確実だと思うのならば現在形で未来のことを語るのですが、そういう本人の気持ちの在り方は推し量りようがないので、テストでは、公のスケジュールなどの出題が多いです。

    未来のことは、will や be going to ~でしか表せないわけではありません。
    さまざまな時制で未来のことを表すことができます。

    ①現在形         確定的未来
    ②現在進行形      近い未来の予定
    ③will , be going to ~ 単純未来・意志未来
    ④未来進行形      不確実な未来の予定

    ①から④へと、だんだん不確実になっていくのがわかります。
    勿論、これは若干の例外もありますが、まずはこのような大きな傾向をつかむとわかりやすくなります。

    実際の問題を解きながら、考えてみましょう。

    Tomorrow (   ) St.Valentine's Day. 明日はバレンタインデーだ。
    ①be ②is ③will be ④was

    答えは②。
    明日がバレンタインデーなのは確定的未来です。
    変更はありえない、公的スケジュールとでもいうものです。
    こうしたものは、現在形で語られます。


    繰り返しますが、現在形の用法でよく出題されるのは、①~⑤のうち、⑤、④、③の頻度です。
    これを「重箱の隅をつついている」と呼ぶかどうかは本人の価値観の問題もありますが、この程度ならば重箱の隅ではないと私は感じます。
    入試問題の重箱の隅のつつき方は、こんなものではないですから。
    この程度のことは、文法の基本の骨組と思って良いのではないでしょうか。
    しかし、文法が嫌いな子は、①と②がわかれば、もう大体OKという判断をしてしまいます。
    他は些末なことだから、テストに出ないと思い、覚えません。
    テストによく出るところを、テストに出ないと勝手に判断して、覚えない。
    それでは、文法問題が得意にならないです。

    そういう自分の学習上の弱点を理解しましょう。
    力を入れて覚え練習すべきところを無視してしまうから、テストで得点できないのです。
    逆に言えば、力を入れて覚え練習すべきところを練習すれば、テストは、覚えたところがそのまま出ます。

    高校の英文法のテキストは左側が解説、右側が問題の見開きの構造になっているものが多いです。
    まんべんなく問題にしてありますから、現在形の問題では、上の①~⑤が平等に練習問題になっています。
    それで5問中3問くらい正解すると、もうそこそこ理解したつもりになっていないでしょうか。
    間違えた2問は、大したことではない気持ちになってしまう。
    しかし、実際に定期テストに出るのは、自分の間違えた問題ばかり・・・。
    文法が苦手な人が得点できない原因は、それです。

    でも、何がテストに出るのか、自分ではわからない・・・。
    そう思う人は塾に来てほしいのですが、いや、それは・・・と思うのなら、最低限、学校の文法テキストに載っていることは全部基本事項で、全部大事という見方をするようにしてください。
    欄外に小さい文字で書かれていることも。
    下のほうにまとめてある慣用表現も。

    学校で一緒に渡されている文法参考書があると思います。
    授業では全く使わないので、学校のロッカーの中や家の本棚の隅で眠っている、あのぶ厚い参考書です。
    あのぶ厚い参考書の中から、特に大切で、これだけは覚えてほしいという基本の内容だけが文法テキストの限られたスペースにまとめてあるのです。
    だから、テキストに載っていることは、全部基本事項で、重要事項です。
    テキストに載っていることの中から、さらに重要なこととそうでないこととを心の中で分けてしまうと、重要なことの大部分がこぼれ落ちてしまうのです。
    テキストに載っていることは、全部重要です。
    テキストは、参考書を簡略化し、特に重要なことだけを何とか狭いスペースにまとめてあるのです。

    文法テキストに対する見方をこのように変えるだけで、得点は目に見えて違ってくると思います。


      


  • Posted by セギ at 16:46Comments(0)英語

    2019年02月11日

    付加疑問文と否定疑問文。



    前回、間接疑問文の話をしました。
    今回は、まず、付加疑問文の解説から。
    Tom cooks well , dosen't he ?
    トムは、料理が上手ですよね?

    このように、平叙文(肯定文・否定文)や命令文の後に付け加える簡単な疑問形の文を付加疑問と呼びます。
    イントネーションは2通りあり、上昇調で言うときは、相手に賛同を求めたい気持ちが強く、下降調のときは、自分の言うことに自信があり確認する気持ちが強いとされています。

    付加疑問は、中2で学習する教科書が多いですか、チラッとしか出てこないためか、学習したのかしていないのか、よく覚えていない子もいます。
    「不定詞」のようには大きな単元の扱いになっていないからでしょう。
    中3で間接疑問文を学習したのにあわせ、「いろいろな疑問文」としてまとめて復習しておくと良いですね。

    付加疑問の作り方は、そんなに難しくありません。
    上の文のように、肯定文の後に続く付加疑問は、否定形で訊きます。
    主語は、代名詞に直します。

    では、以後は空所補充問題として、基本を確認していきましょう。

    That is unfair , (  )(  )?
    「それは公平ではないよね」

    一番上の文は、一般動詞の文でしたが、これは、be 動詞の文です。
    これは、be 動詞の疑問文の作り方で付加疑問を作れば良いですね。

    That is unfair , isn't it ?

    では、助動詞を含む文は、どうしましょうか。

    We must answer the letter , (  )(  )?
    「私たちは、その手紙に返事を書かなければなりませんよね」

    これも、助動詞を含むの文の疑問文の作り方で大丈夫です。
    正解は、
    We must answer the letter , mustn't we?

    簡単ですね。ヽ(^。^)ノ
    では、前の文が否定文ならば、どうでしょうか。

    I'm not wrong , (  )(  ) ?
    「私は間違っていませんよね」

    前の文が否定文ならば、疑問は肯定形になります。
    正解は、
    I'm not wrong , am I ?

    一般動詞の文は場合は、

    You don't know his address , (  )(  ) ?
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね」

    正解は、
    You don't know his address , do you ?

    助動詞の文の場合は、

    You won't tell anyone , (  )(  ) ?
    「あなたは誰にも言いませんよね」

    正解は、
    You won't tell anyone , will you ?

    簡単、簡単。ヽ(^。^)ノ

    では、この空所は?
    There is no need to hurry , (  )(  ) ?
    「急ぐ必要はありませんよね」

    no を含む文も、否定文です。
    付加疑問は肯定形になります。
    There is no need to hurry , is there ?

    The accident victim could hardly walk , (  )(  ) ?
    「その事故の被害者は、ほとんど歩けませんでしたね」

    少し難しい内容ですが、hardly , scarcely という副詞は「ほとんど~ない」という意味で、文を否定の意味に変える、準否定表現です。
    一種の否定文ですから、付加疑問は、肯定形になります。

    The accident victim could hardly walk , could he ?

    seldom , rarely は、「めったに~ない」という意味で、やはり準否定表現です。
    名詞に前につける few , little が使用されている場合も同様です。
    There are a few girls. は、「女の子が数人いる」。
    There are few girls. は、「女の子はほとんどいない」。
    a の有無で意味が大きく異なります。


    ところで、命令文の後に付加疑問をつけることがあります。
    これは、定型なので、そのまま覚えてしまうのがお勧めです。

    Take a seat , will you ?
    Take a seat , won't you ?
    「座りませんか」

    これは、どちらでも正解です。
    ただし、will you を下降調で言うと、命令口調。
    won't you は、will you より丁寧というニュアンスの違いはあります。
    とりあえず、「命令文 , will you ?」という形で覚えておけば、大丈夫です。

    Let's go together , shall we ?

    これも、「Let's ~ , shall we ? 」の形で覚えておけば、大丈夫です。

    覚えておけば、大丈夫。
    しかし、こういう覚えておけば大丈夫なことを、絶対に覚えない中学生もいます。
    付加疑問に「命令文+~」の形があることが、何回練習しても身につきません。
    前半の簡単な付加疑問に正解できると、もうそれで良しとしてしまうようです。
    何でも基本的なことが正答できるようになれば、まあ大丈夫、自分は理解している、という感覚なのかもしれません。
    例外的なことは、例外的なことだから、関係ない。
    そういう判断なのでしょうか。

    ・・・でも、入試って、例外的なところが出るんですよね。( 一一)
    だから、そこに力を入れて覚えたほうが、得点は向上します。
    英語の受験勉強の力点は、例外的なところに置きましょう。


    さて、会話補充文などで出題されるのが、付加疑問文、あるいは否定疑問文に対する答え方。

    You don't know his address , do you ?
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね」

    そう問われて、いや、自分は彼の住所を知っているというとき、どう答えるのでしょうか。

    正解は、
    Yes , I do. I know his adress. です。

    英語はシンプルで、「知っているか?」と問われても、「知らないよね?」と問われても、答えは同じです。
    知っているのなら、Yes. 知らないのなら、No. です。

    相手の言うとおり、自分は彼の住所を知らないのならば、
    No , I don't. I don't know his adress.
    となります。

    ここで、「英語と日本語は、Yes. と No. が逆で」という説明を聞いて、それでピンとくるのならそれで良いのですが、そのような説明ではますます混乱して訳がわからなくなる子もいます。
    日本語で否定形で問われても、正しく「はい」「いいえ」が答えられない子が増えています。
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね?」
    と日本語で問われて、知らないときに、
    「はい。知りません」
    と答えられないのです。
    「はい」か「いいえ」か瞬時に判断できず、「知りません」しか答えられない子は多いです。
    意味は伝わりますから、まあそれで良いですし。
    これは、現代の子どもの言語能力の1つの表れかもしれません。
    機能語、日本語で言えば助詞や助動詞の働きをほとんど意識できず、名詞や動詞を拾って文の意味を取っているだけの子は、相手が肯定形で訊いているか否定形で訊いているかを認識する力が弱いのだと思います。

    日本語の受け答えが正しくできないときに、日本語と対比して英語の否定疑問への答え方を解説されても、ますます混乱します。
    英語の話は、英語だけにとどめて理解しましょう。
    とにかく、相手の疑問文をなぞるように文末まで正確に答えるときに肯定文になるのなら、そのときの返事は Yes.
    相手の疑問文をなぞるように文末まで正確に答えるときに否定文になるのなら、そのときの返事は、No.


    これは、付加疑問に限らず、独立した否定疑問文のときも同じです。

    Aren't you a member of the tennis club ?
    あなたは、テニス部のメンバーではありませんか?

    この日本語に日本語で「いいえ。私はテニス部のメンバーです」と答えるかどうかは、大人でも難しいかもしれません。
    「はい。私はテニス部のメンバーです」で、いいんじゃないの?
    何で、そこで「いいえ」なの?
    と、日本語の問題として混乱するのです。
    これは、相手のイントネーションによっては、「ありませんか」が否定語として耳に響いてこないことも一因でしょう。
    ただ、確認をとっているだけのイントネーションというのもありますよね。

    「あなたは、田中さんではありませんか?」
    久しぶりに会った人に道で声をかけたら、「いいえ」と答えられた。
    ああ、田中さんではないのかと受けとめるのが普通でしょう。
    そういう意味では、日本語も英語も、反応は同じとなります。

    このような混乱もありますから、日本語と英語は逆に答えるのだよという解説では理解しづらいのです。
    日本語にいちいち直す必要はありません。
    とにかく、テニス部のメンバーならば、
    Yes , I am. です。
    テニス部のメンバーでないのならば、
    No , I'm not. です。

    そして、日本語に訳せと言われたときだけ、否定文の後に続く間接疑問や否定疑問文の答えは、
    Yes. は「いいえ」、 No. は「はい」と訳しておけば、丸くおさまる。
    そのへんは、機械的な処理で良いと思います。
    「訳せ」という形で否定疑問文が出題されることは少ないですし。


    実際によく出題されるのは、こういう形式です。

    A: You are late. What's up ? Didn't you get on the 8:00 a.m. bus ?
    B:(  ),(  )(  ). But the bus was stuck in a traffic jam.

    空所に入るのは、Yes , I did. か、No , I didn't. か?
    バスには乗ったのだけれど、交通渋滞に巻き込まれたと言っているのですから、答えは、Yes , I did. です。

    文脈から判断して、否定疑問文に正確に答える。
    そういう出題に対応できれば、大丈夫です。



      


  • Posted by セギ at 13:28Comments(0)英語

    2019年01月31日

    高校英語の学習の仕方。


    高校に入学しますと、英語は「コミュニケーション英語」「英語表現」の2科目に分かれます。

    コミュニケーション英語の教科書は、中学の英語の教科書と構成が似ています。
    それぞれのLessonごとに長文が掲載され、その読解をしながら、新出の文法事項や重要表現も確認していく。
    そうした授業が基本の形になります。

    ただ、具体的な授業内容は、学校によって、あるいは英語担当の先生によってかなり異なります。
    ネイティブ講師のいる学校では、最初は教科書を閉じて、ネイティブの先生の読む英語を聴いて、どこまで聴き取れたかを試す、といった授業が行われることも多いです。
    これは、CDで代替されることもあります。
    その後、実際に本文を見ながら、本文の内容に関する英問が先生から出され、それを生徒が答えていくことで内容の読解とします。
    英問も音声で質問されることもありますし、それはプリントして配られ、目で確かめ、答えを自分で書き込む形式のこともあります。

    あるいは、教科書の英文を意味のまとまりごとに区切って和訳してあるプリントが生徒に渡され、その和訳を見ながら英文を復元する「反訳トレーニング」が授業中に行われている学校もあります。
    その場合、教科書全訳は授業時に渡されるので、生徒が和訳を予習する必要はありません。
    また、重要表現が空所になっているプリントを渡され、そこを自分で穴埋めするトレーニングを集中的に行う学校もあります。

    その一方、旧態依然としたリーディングの授業内容の学校もまだ多いです。
    英文本文を1段落ずつあるいは1文ずつ、生徒が読んで訳す。
    ひたすら、読んで訳す。
    その中で、重要表現や文法事項を先生が解説する。
    その繰り返しの授業です。

    いずれにせよ、単語力がないと読解はできませんから、学校から単語集が配布され、そこから毎週テストが行われ、定期テストの範囲にもなるのは、「コミュニケーション英語」が多いです。

    もう1つの英語の科目「英語表現」は、英文法の授業が基本です。
    英語表現の文科省認定の教科書は、構成が散漫で使いにくいものが多いので、英文法の副読本が実際の授業ではメインの教材になり、教科書は実際には使用されないこともあります。
    副読本の見た目は教科書と変わらないので、そのことに気づいていない高校生が多いですが。
    過度に文法重視の授業を避けるために文法重視ではない教科書を教科書会社は作り、認可もされたが、実際には非常に使いにくいので、使われていない。
    それが実状です。
    当たり前のことですが、文法を学ばないと、外国語は習得できないですから。
    しかし、文法学習だけをするわけにもいかないので、外国人講師、あるいはネットも活用して、英会話の授業も行われます。
    「話すこと」「書くこと」の力を養わなければなりません。
    また、英語らしい語法・句法、すなわち重要表現や熟語、構文の学習なども「英語表現」の範疇です。
    したがって、学校から熟語集が配布され、それが「英語表現」の定期テストの範囲になることがあります。

    一体、どのやり方をすれば、生徒の英語力は上がるのか?
    学校の先生も思い悩み、研究中。
    そうした苦闘と混乱の様子が感じられるのが、高校英語です。

    どのような授業形態にも一定の良さはあります。
    しかし、それを見事にダメにしてしまう高校生も多いです。

    音声から入る授業では、音声では自分はわからない、ちゃんと教科書を読ませてほしいと文句を言う。
    英語を聴いていると眠くなる、どうせ後で教科書を見るのだからと言って、本気で聴かない子もいます。
    全訳のプリントをもらって、そこから英文を復元するトレーニングをする授業は、そんなのやってもすぐ忘れるから意味がないと言います。
    授業中に練習するだけで、家でそれを復習するということがないからすぐ忘れてしまうのですが、そういう自分の努力不足は棚に上げます。
    重要語句が空所になっているプリントに、答えをすぐに書き込んで、2度と練習できないように自分でしてしまう子もいます。
    昔ながらの読んで訳す授業は、退屈で頭に入らないし、こんなの意味がないと言います。
    一方、ネイティブの先生との会話は、本当に緊張するから、嫌で嫌でたまらないと言います。
    積極的に話そうという意欲はなく、できるだけ短くて型通りの会話で早く切り上げることだけ考えてしまう様子です。


    それぞれの授業形態の良いところを活かさない。
    悪いところに文句をつけ、だから自分は英語が身につかないのだと言い訳する。

    しかし、そもそも、英語を家庭学習する習慣がないのですから、どんな授業形態でも力はつかないでしょう。
    定期テスト前にテスト範囲の内容を慌てて学習し、テストが終わればすぐ忘れてしまうのです。
    大学受験を意識する頃になって焦って、「どうやったら英語ができるようになりますか?」と質問してくる。
    そういう困った子が多いのです。


    高校英語は、どのように学習したら良いのでしょうか?

    定期テストを見ますと、2つの科目のテストの見分けは、長文読解問題があるかないかだけで、非常に似通ってきています。
    長文読解問題があるほうが、コミュニケーション英語です。
    教科書本文そのままの長文に加え、初見の英文を読んで解く問題もあります。

    文法問題は「コミュニケーション英語」「英語表現」の両方にあります。
    4択の記号問題・空所補充問題・乱文整序問題などの形式の他、日本語を英語に直す単純な英作文問題もあります。
    コミュニケーション英語は単語集の範囲から、英語表現は熟語集の範囲から、それぞれ空所補充問題が出題されることが多いです。
    テーマを決められた課題英作文も、両方のテストで出されている学校もあります。
    30語から100語程度まで、学校によって指定語数は異なります。
    リスニング問題がどちらにあるかは、学校によって異なります。

    テストの形式が複雑化し、大問1を見ただけでは、このテストは「コミュニケーション英語」「英語表現」のどちらのテストなのかわからないことが多くなりました。
    英語4領域のどれをどちらの科目が分担しているのか、よくわからない。
    むしろ、どちらの科目も4領域を背負っているとみるべきでしょうか。
    それもあって、高校の英語はテスト勉強がやりづらいと感じる高校生もいます。
    テスト範囲は、教科書以外にサブテキスト・ワーク・単語集・熟語集と膨大です。
    それを全部勉強したとしても、応用問題がさらに出題されます。
    教科書だけやっても、教科書の問題は少ししか出ません。
    とても勉強しきれない。
    勉強しても無駄だ・・・。
    そう感じる子もいます。

    先日も、ある高校生が、
    「単語集からのテスト範囲なんて、100語範囲があっても、テストに出るのは10個だけなので、勉強しても無駄だよね」
    と友達と話してしたら、通りかかった英語の先生に、単語の勉強はテストのためにやるものではないんだよと諭されたと話してくれました。

    高校生が、そんなことを友達と話している・・・。
    進学校の生徒なのですが。
    そんな感覚で、単語を覚えることを平気で拒否してしまうのです。
    私は、恐ろしくて恐ろしくて震えてしまいます。
    言っていることが、小学生と変わらないのです。

    高校英語のテストは、テスト範囲だけ勉強しても、そんなに高い点は取れない場合が多いのは事実です。
    本当に英語力がないと、得点できません。
    中学のテストも、そのように応用中心の学校もあります。
    それに慣れていれば別なのですが、中学時代は学校の教科書の範囲さえしっかりやっておけば80点台は楽にとれた子が、高校英語のテスト形式の多様さ、問題量の多さに、うまく得点できなくなってしまうことも多いです。
    中学時代は80点を下ったことはなかったのに、高校に入ったら、英語は40点台。
    ・・・でも、学年平均点もそのくらいだから、まあいいか?

    いやいやいや。
    よくないですよ。
    それ、得点の二極分化は起きていないですか?
    大多数の30点台・40点台のせいで平均点は低いけれど、80点台、90点台を取っている秀才たちは存在しているのではないですか?

    高校生は、「学年相当の英語力がある」という子はむしろ少ないです。
    本当にできる子と、中学英語から脱却できない子に二極分化してしまいます。

    英語が本当にできる子になるために。
    何か特別なやり方があるわけではないのです。
    教科書、単語集、熟語集、サブテキスト、ワークの全てを用いて、日頃から英語を学習するかどうかの違いが大きいのです。
    その他に、ラジオ講座や英検などの検定試験の過去問等の学習も良いでしょう。
    それに対し、教科書の予習中心、すなわち単語の意味調べ中心の、「調べもの」的学習が英語学習のメインになっていては、実力はつきません。
    覚える学習。
    英語を使って練習する学習。
    問題を解く練習。
    そうしたものが大半を占める、毎日1時間の英語学習。
    とりあえず、必要なのはそれだけです。

    毎日1時間?
    少なくない?
    大人はそう思うのですが、高校生で、受験学年でもないのに毎日英語を1時間学習している子は、秀才に限られます。
    勉強しない子は、びっくりするほど多いです。

    学校から帰ると、ゆっくりご飯を食べて、のんびりお風呂に入って、スマホをいじって、寝る。
    寝るのが大好き。
    趣味は寝ること。
    一番やりたいことは寝ること。
    だって、朝早いし。
    本当は10時間くらい寝たい・・・。

    複数の高校生から、こんな話を聞いています。
    この生活の中に、勉強する時間は1分も存在しません。
    ついでに言えば、若さも感じられません。
    昼間ストレスにさらされて疲れきった大人みたいな生活をしています。
    何にそんなにストレスを感じているのでしょうか?

    中学や高校に合格すれば、もう勉強しなくて済むと思っていたのになあ。
    そんな不満を抱いていないですか?

    毎日1時間、英語を勉強する。
    とりあえず、勉強の中身以前に、まずは時間の確保が課題だと思います。
      


  • Posted by セギ at 13:46Comments(0)英語

    2019年01月17日

    TOEIC 日本順位は世界47国中、39位とのこと。


    少し前、EF EPI 英語能力指数という、あまり世の中によく知られていない英語能力テストで日本の順位が世界でかなり低いというニュースがありました。
    私も、実際に自分でそのテストを解いてみたことをこのブログに書きました。
    そのときは、そのテストのレベルがあまりにも高いので、これでは正しい判定が出ないでしょうと思ったのですが、今回は、もう何とも言い訳のしようのない結果が発表されました。

    2017年TOEIC受験生の平均点数が、世界47国中で、日本は39位とのことです。

    主な順位は以下の通り。

    1位 カナダ   845点
    2位 ドイツ    800点
    3位 ベルギー 772点
    4位 レバノン  769点
    5位 イタリア  754点

    アジア圏の順位を見てみると、

    7位  フィリピン  727点
    17位 韓国     676点
    22位 マレーシア 642点
    30位 中国     600点
    37位 台湾     544点
    38位 香港     527点
    39位 日本     517点

    ・・・ああ、これはダメだ・・・。( ;∀;)

    大学の新入試制度に向けた4領域のTOEICではなく、いつものリーディングとリスニングのTOEICの結果です。
    英語の中では比較的日本人が得意とする2領域でこの完敗ぶりは、なかなかの衝撃です。

    EPIテストは全問題のレベルが高いので、「よくできるか」か「全くできない」かに分かれてしまうため、テストとしてどうなのかと思いましたが、そういうことのないTOEICでも、日本人はやはりこうでしたか。
    そうですか・・・。

    TOEICは、社会人が受けるものという印象が強いです。
    会社で受けることを義務づけられている。
    ある部署を希望するならスコアがいくつ以上と定められている。
    そういうことのために、社会人が受ける。
    あるいは、就職活動のために大学生が受ける。
    だから、ビジネス英語が多く、高校生にはなじみのない経済用語が出てきますし、リスニングの場面設定もオフィスであることが多いです。
    私自身、数年に一度、力試しにTOEICを受けますが、そのときの会場の雰囲気という狭い見聞で言えば、受験者は20代から30代が多いように感じます。
    それより年齢が上がると、仕事でTOEICが必要ということはなくなっていくのでしょうか。
    だとすると、10年前、20年前の日本の英語教育の結果が、現在のTOEICの結果に表れていると考えるべきでしょうか。

    少し前、大学に内部進学する条件としてTOEICスコアが600以上必要だという私立高校生を指導したことがあります。
    600くらいならば、高校3年生なら大丈夫か?
    そう思って指導を始めたら、そんなに大丈夫ではありませんでした。
    TOEICスコア600の壁は、ひと月やそこらの指導では、なかなかに厚かったです。
    それは、英検2級の壁の厚さに似ていると感じました。


    ここからは、やはり馴染み深い英検の話。

    英検でいえば、英検3級まではほとんど誰でも合格できます。
    英検準2級も、高校生になり真面目に英語を学習していればいずれ合格します。
    しかし、そのままの学習では、英検2級のレベルには決して到達しない子が存在します。
    学校の英語の予習復習をして、定期テストの勉強をしているだけで、いずれその英語力に達するかというと、そうはなりません。
    多くの子は、それだけでは、高校英語の習得に失敗してしまうのです。

    何年英語を学習しても中学英語のレベルにとどまり、高校英語レベルに進歩しない子は、多いです。
    その最大の原因は、単語力です。
    中学で学習した単語はそこそこ覚えているのですが、高校で新出の単語は、全く覚えられないのです。
    それがまさに英検準2級の英語力です。

    英検準2級というのは、高校1年程度の英語力となっていますが、満点を取らないと合格できないわけではありません。
    中学英語が身についていれば7割程度は正答できますから、それで合格します。
    つまり、英検準2級合格は、「中学英語は身についている」という証明に過ぎません。
    高校英語の文法事項も語彙も、一切知らなくても合格できます。
    その英語力が、TOEICでいえば、スコア400台くらいでしょうか。

    しかし、英検2級となると、文法・語法の問題も、長文問題も、高校で学習する単語が多く含まれます。
    高校生の多くは、そのレベルの英文をほとんど読めないのです。
    書いてあることの意味が全くわからないのですから、正答できません。
    そういう子の英語学習は、学校で毎週行われている単語テストは一夜漬け、あるいはテスト直前だけの即席漬けのことが多いです。
    覚えてもすぐ忘れるので、単語力の蓄積がなく、中学生の単語力のまま、高2になり、高3になります。
    高1の頃は、教科書に出てくる知らない単語は新出単語の場合がほとんどです。
    しかし、高1での新出単語を覚えないまま高2、高3と進級してしまうので、教科書の中で、新出単語ではないのに意味のわからない単語が増えていきます。
    その意味調べが必要になり、英語学習は教科書の予習だけでほとんどの時間を使いきることになります。
    しかも、調べるだけで覚えませんから、わからない単語は増える一方です。

    定期テストは、教科書の本文からの出題はそこそこ得点できても、それは教科書本文の内容を覚えているからであって、単語を1つ摘出して意味を問われたら答えられません。
    初見の長文問題はほとんど読めず、「こんなの無理」「知らない単語が多すぎる」とテストの度に不平不満をもらす子もいます。
    あるいは、問題を解くスピードが遅いため、時間が足りず、テストの最後の長文にはそもそも目を通していないということもあります。
    そのために英語に関する自分の課題に自覚的になれないという面もあるのでしょう。
    「まずは教科書をしっかりやりたい」
    という、ある意味まっとうな言い訳で、英語学習を限定的にしてしまいます。

    その一方、ひと月前、あるいは長くてもふた月前に、突然、
    「英検2級を受ける」
    と言い出すのも、そうした子の特徴です。
    いやいやいやいやいやいや・・・・。
    そんな英語力じゃないでしょう?
    そんな勉強をしていないでしょう?
    単語力が全く足りないでしょう?

    英語が得意で努力も怠らない友達と同じように、自分も英検2級に合格できると漠然と思いこんでしまうのかもしれません。

    彼も人なり、我も人なり。
    友達が合格すれば、自分もできそうな気がしますよね。
    でも、同じ人であり、学力も同じくらいかもしれないけれど、一番大切なところが違うのです。

    英語に対して、努力を惜しまないのか、どうか。

    単語は、漫然と勉強していればそのうち覚えられるというものではありません。
    集中してガッと覚える時期が必要です。

    高校から配布された単語集を1冊丸ごと覚えれば、英検2級くらいはどうにでもなります。
    しかし、学校の単語テストにあわせて、その範囲を覚えただけでは、1冊終わった頃には最初のほうの単語は忘れています。
    幾度も自分で反復することが必要です。
    大人なら、そんなの当たり前だとわかっているのですが、記憶というものについて、高校生は案外わかっていない子がいます。
    「1回覚えたのに、何ですぐ忘れてしまうの?こんなの、覚えても無駄じゃん」
    と、訳のわからないことを平気で言ったりします。

    人間は忘れるものです。
    脳は不要な記憶を消去することに一所懸命なんですから。
    脳に「このことは大事だから覚えておけ」と指令を出さなければなりません。
    それには反復・反復・反復。
    幾度も反復すると、脳は「あれ?これ、消去する記憶じゃないの?」と気づいて、長期記憶に組み替えてくれます。

    とにかく反復することが大切。
    しかし、これができない子が多いのです。
    一度で覚えられないことが納得できないという、幼稚な子もいます。
    あるいは、一度では覚えられないことは理解していても、反復するのがとにかく面倒くさくて嫌いな子もいます。
    高校生は、精神的にとても成長している子もいるのですが、精神年齢はマイナス5歳すればちょうどいい子も多いのです。
    見た目は高校生、心は小学生。
    コナンの逆バージョンみたいな子もいます。

    単語は、音声で覚えると良いと勧めても、英語のCDなんてそんなに面白いものではありませんから、1度聴いたらもう2度と聴きません。
    反復しないと意味ないのですが。
    文章の中で単語が出てくるタイプの単語集のほうが覚えやすいと勧めても、1度読んで、知らない単語をマーカーで塗って、勉強した気になっておしまいです。
    「えー?1度読んだら良くない?何でー?」
    と、実に幼稚な疑問を返してきたりします。
    ゲームが好きなようなので、英単語ゲームならやるだろうと保護者が与えても、タブレットはちゃっかりゲットしますが、英単語ゲームなんか1度やったらおしまいという子もいます。
    単語の覚え方として、単語集で覚えるよりはゲームのほうが面白いという比較を大人はしますが、子どもは、単語ゲームよりも他のゲームのほうが面白いという比較をします。

    心が小学生なのです。

    そうして、結局、英単語は覚えられない。
    単語が覚えられないと、英検2級の問題文が読めない。
    壁は厚い・・・。

    英語は才能の問題もありますが、努力でカバーできる部分が大きいです。
    スマホを眺めている毎日の1時間を、英語を勉強する1時間に変えるだけで、英語力は変わります。
    一度で覚えられないのは当たり前なので、反復・反復・反復が何よりの力となります。
    楽な方法なんてどこにもないと悟ること。
    そうして、努力すること。
    そうすれば、目標は射程圏内に入ります。

    幸いなことに、現在、うちの塾に通っている子たちは、新しい大学入試制度に対して心ざわつくものがあるようで、英検に対しても意識的で、計画的に準備し、受検しようとしています。
    英語学習についても能動的で、4領域の全分野を伸ばすことにも自覚的で、話が通じやすいです。

    今の20代・30代にも頑張ってほしいです。

      


  • Posted by セギ at 15:23Comments(0)英語

    2019年01月11日

    中3英語 間接疑問文


    中3で学習する単元の最後は「間接疑問文」です。
    どういうものかというと、例えば、

    I don't know where she lives.
    彼女がどこに住んでいるか、私は知らない。

    疑問内容は「彼女がどこに住んでいるのか」なのですが、それを直接尋ねている疑問文ではなく、その疑問内容を私は知らない、と言っているのです。
    つまり、疑問内容は、間接的なものになっていて、文全体としては疑問文ではなかったりします。
    こういうものが間接疑問文です。
    主節の中の適切な位置にこの疑問内容を入れれば良いので、構造を見抜けるようになれば、簡単ですね。
    あとは、間接疑問の語順。
    普通の疑問文とは異なり、「疑問詞+主語+動詞」という語順となります。
    疑問詞の後ろは、肯定文の語順です。

    「これは誰の車かしら」という文を作るのでしたら、
    ~かしら、というのは英語では、I wonder ~ですから、
    I wonder whose car this is.
    となります。

    余談ですが、wonder という動詞の直訳は、「不思議に思う」ですが、そのまま直訳すると、
    「私は、これが誰の車であるかを不思議に思う」
    となり、最近では自動翻訳機ですらこんな訳はしないだろうという不自然な訳になってしまうので、「~かしら」というこなれた訳が推奨されています。
    しかし、これもまた高校生あたりには不評です。
    男性の英語の先生が「~かしら」と訳すのでむずむずすると言うのです。
    可愛くていいじゃないのと私は思いますが。

    不思議な日本語訳というので言えば、関係代名詞 what を含む文で、私の高校のリーダーの先生は、例えば、
    I didn't understnd what he would say.
    という文を訳すとき、
    「私は、彼が言わんとするところのものを理解できなかった」
    と訳したので、高一の最初のうちは、
    「『ところのもの』って何だ?」
    「俺に訊くな」
    と教室が静かにざわついたのを覚えています。
    英語を訳すときだけに表れる古風な日本語。
    最近は、そういうものは減ってきましたね。


    間接疑問文に話を戻しましょう。
    主節も疑問文の間接疑問文というのもあります。
    Do you know what I have in my hand?
    「私が手に何を持っているかわかりますか」

    間接疑問文の語順は、「疑問詞+主語+動詞」の語順。
    主節は、普通の疑問文の語順。
    きちんと区別すれば、問題なさそうです。

    普通の中3でしたら、間接疑問文の学習はここまでで十分ですが、私立を受験するなど、もう少し進んだ学習が必要な人に、少し発展的な説明を。
    「私が手に何を持っているかわかりますか」
    は、上の英文で良かったですが、では、
    「私が手に何を持っていると思いますか」
    という疑問文はどうなるでしょう?
    思うという動詞は、think です。
    では、
    Do you think what I have in my hand?
    で、良いでしょうか?

    ・・・いいえ。この英文は間違っています。
    正しい英文は、
    What do you think I have in my hand?
    なのです。

    ・・・え?
    何、その語順?
    間接疑問文の間に主節がめりこんでいるような、変な語順になっている・・・。

    これは、know と think という動詞の性質の違いによるものなのです。
    「私が手にを何を持っているかわかりますか」と問われた場合、返事は、「はい」か「いいえ」です。
    わかるか、わからないかを訊かれたのですから。
    しかし、「私が手に何を持っていると思いますか」と問われて、「はい」と答えたら、変です。
    具体的に、何を持っていると思うかを答える必要があります。
    コインとか、鍵とか。

    「はい」「いいえ」で答える種類の疑問文を、Yes-No 疑問文と呼びます。
    「はい」「いいえ」では答えられない疑問文を特殊疑問文と呼びます。
    特殊疑問文は、疑問詞で始まるのが特徴です。
    この呼び名は初耳でも、英語の疑問文を最初に学習したときから、これはこの通りでしたね。

    もう一度言います。
    「はい」「いいえ」で答えられない疑問文は、疑問詞で始まるのが特徴です。
    何としても、疑問詞で始めないといけないのです。
    それがルールです。

    Do you think what I have in my hand?
    では、ダメです。
    疑問詞で始めないと。
    疑問詞?
    ああ、間接疑問の先頭にありますね。
    これを文の先頭に持ってきましょう。
    What do you think I have in my hand?
    これで、正しい英文になりました。ヽ(^。^)ノ

    英語は、このように明解なルールで骨組みが作られています。
    ルールを理解し、それに従うだけで、正しい語順で単語を並べていくことができす。
    「そのルールがうざい」と言わないで。
    そのルールがあるから、ネイティブでなくても学習しやすい言語なのです。

    疑問詞が先頭にくるかどうかは、動詞の性質によります。
    know ならば、「はい」「いいえ」で答えられました。
    think という動詞だったから、「はい」「いいえ」では答えられず、疑問詞で始める疑問文になったのです。
    think のような性質の動詞は、他にもあります。
    believe(信じる) consider(~と考える) fear(恐れる) hope(望む) suppose(思う) conclude(結論を下す) expect(期待する) guess(思う) imagine(想像する)  などです。
    大体、心に思う意味合いの動詞がそうなる可能性が高いのだと、把握できます。
    こうした動詞が主節に用いられている疑問文は、疑問詞で始めれば良いのですね。

    ここまで学習が進むと、勘の良い人は、「あれ?」と思うかもしれません。
    疑問文には、Yes-No 疑問文と、疑問詞で始まる疑問文があるのは、よくわかった。
    だとしたら、間接疑問が疑問詞で始まらないもの、つまりYes-No 疑問文だったら、どうするの?

    いい質問ですね。ヽ(^。^)ノ
    これも中学では学習しない内容ですが、高校の英語表現で学習することになります。
    「その博物館が火曜日に開いているかどうか、教えてください」
    これを英語にするには、どうするのでしょう?

    主節は、Please tell me ~. でしょう。
    問題は、疑問内容が、「その博物館が火曜日に開いているかどうか」だということ。
    疑問詞が使えそうにありません。
    これは、もともとの疑問文は、
    Is the museum open on Tuesday?
    です。
    Yes か No で答えるタイプの疑問文ですから、やはり疑問詞は使いません。

    これは、if または whether という接続詞でつなぐことで間接疑問文を作ることができます。
    この if または whether には、「~かどうか」という意味があるのです。

    Please tell me if the museum is open on Tuesday.
    「その博物館が火曜日に開いているかどうか、教えてください」

    これで正しい英文になりました。ヽ(^。^)ノ

    if はまだいいけど、 whether って何?
    見たことないし、スペルも何かちょっと難しいから、覚えない。
    全部 if で済ますことにする。
    ・・・なんて言わないでください。
    この2つ、どちらを使っても良い場合も多いですが、細かいところで使い分けがありますから。
    その使い分けは大学入試で扱うことなので、ここでは説明しませんが、学習した最初に、とにかく両方あるし使い分けもあるらしいと知っておき、両方使えるようにしておくと良いです。

    「2つあるなら片方しか覚えない」撲滅運動を私は展開したい。
    till と until と2つあるなら、片方 しか覚えない。
    though と although と2つあるなら、片方しか覚えない。
    それで済むと思っていたのに、覚えていない片方が長文読解問題に出て、その度につっかえている中3や高校生を知っています。
    自分が覚えたほうしか他人も使わないとは限りません。
    自らボキャブラリーを痩せさせる愚は避けたいところです。

    無駄に思えることこそが、言語の豊かさです。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 13:22Comments(0)英語

    2018年12月23日

    英語字幕で映画を見る楽しみ。『クリスマス・キャロル』。



    『クリスマス・キャロル』は、イギリスの作家チャールズ・ディケンズによって書かれ、1843年の12月、美しい挿絵を含む豪華な装丁のクリスマスブックとして発売された、クリスマスを祝福する物語です。
    近代市民の内面が深く描かれていることを小説の定義とするならば、この物語は小説とは呼べないのかもしれません。
    登場人物は物語の中で果たすべき役割しか与えられていません。
    ストーリーも単純です。
    強欲な金貸しスクルージは、クリスマスイブの夜、過去・現在・未来のクリスマスの精霊の訪問を受け、これまでの自分の悪行を悟り、生まれ変わる。
    非常にわかりやすいので、原作を簡単な英語にリライトしたサイドリーダーが、私立中学などの冬休みの宿題として出されることがあります。

    ボリュームのある英文を読む場合、映画で先にストーリーを知っておくのは、読みにくさを解消する良い方法です。
    とはいえ、『クリスマス・キャロル』は、近年の作品というとアニメーションばかりで、しかも、アニメーションですら退屈で最後まで見ていられないかもしれません。
    ストーリーが単純すぎるので、面白くないのですね。

    そうした中でイチオシなのが、1970年英米合作のミュージカル映画『クリスマス・キャロル』(原題『SCROOGE』)。
    古い映画なので今見ると特撮が稚拙だという難はありますが、舞台は19世紀のロンドンですから、古い映画であることがむしろ雰囲気作りに成功してもいます。
    11曲のクリスマス・ソングの1つ1つが上質で、単調なストーリーを飽きずに見られのも有難いです。
    主演アルバート・フィニーのファンキーな演技のおかげで、強欲な金貸しスクルージは、とても偏った人物だけれど、そんなに悪い人間に見えてこないのも良いところです。
    脚本の良さもあって、原作にない人間味が人物像に奥行きを与えていると感じます。
    DVDは今でも通販などで購入可能。
    しかもとても安いです。

    最初は冬休みの宿題対策のためにしぶしぶ見るのであっても、クリスマスが近づくとまた見直したくなる大好きな映画になってくれると嬉しいです。
    そして、2度目に見るときは、勿論、英語音声・英語字幕で。
    ヽ(^。^)ノ
    イギリス英語なので、発音が明瞭で聴き取りやすいのです。

    冒頭、スクルージの事務所での甥や事務員とのやりとりはそんなに難しくないものの、しかし、彼が事務所を閉め、外に出たあたりから、英語が聴き取りづらくなります。
    まずは、年末の寄付を求める紳士2人との会話。
    事務所の看板には、昔の共同経営者マーレーの名前もまだ記されてあるので、紳士たちは、スクルージに、あなたはミスター・マーレーか、あるいはミスター・スクルージかと尋ねます。
    スクルージの返答。
    Mr Marlyey has been dead for seven years. Seven years ago this very night he died.
    この辺はまだ聴き取りやすいですね。
    1つ目の文は、現在完了の例文として丸暗記したいような文です。
    「彼が死んで7年になる」
    これを5通りに表現できますか?
    上の文は、その中でも英語特有の表現を含む重要文です。
    2つ目の文の very は、「まさにその」という強調の形容詞。これも大事ですね。

    物語的には、ここで共同経営者のマーレーが亡くなっているという情報が自然に提示される上手い展開に、感心するところでもあります。

    ところが、この後、寄付をするのしないのという議論は、早口でかなり聴き取りづらくなります。

    It is more than usually desirable that we make some provision for the poor.
    ―I wish to be left alone ,sir. I don't make merry at Christmas and cannot afford to make idle people merry.

    弾丸スピードの議論を何とか聴き取って、息をついた後、しかし、絶望が襲います。
    その後、スクルージが歌い出す、I hate people という歌の歌詞がほとんど聴き取れないのです。
    字幕を見ても、知らない単語が並ぶ・・・。
    というのも、この歌は、スクルージが人々へ悪罵を投げつけている歌なので、否定的な意味の形容詞、動詞のオンパレードなのです。
    ・・・こんな英語は、学校で習わないなあ。
    私は、この映画を初めて英語字幕で見たとき、自分の英語力の偏りに気づいて仰天しました。
    そうか。私は、英語で悪口を言うことはできないんだ。
    そういうボキャブラリーを持っていないんだ。
    そんな発見があります。

    でも、その後、また聴き取りやすくなるので、諦める必要はありません。
    家に戻ったスクルージを、マーレーの幽霊が訪問します。
    この会話は、とてもゆっくりで聞き取りやすいのです。

    You don't believe in me , do you ?
    ―No,I don't.
    Why do you doubt the evidence of your own eyes ?

    belive の後にすぐに目的語がつくときは、「~を信じる」。
    belive in ~のときは、「~の存在を信じる」。
    付加疑問文とその答え方の生きた例でもありますね。
    「おまえは私の存在を信じていないな?」
    「ああ。信じていない」
    文法・語法の知識が聴き取りに生かされて、ちょっと嬉しくなります。

    さて、夜も更けて。
    午前1時の鐘とともに、過去のクリスマスの精霊がやってきます。
    これが、上品そうな老貴婦人。
    予備知識がなくても名優なのだろうとひと目でわかる貫禄の、イーディス・エヴァンス。
    スクルージに、淡々と過去のクリスマスを見せていきます。
    孤独な少年時代。唯一の味方だった妹。
    しかし、働き始めると、スクルージは、良い雇用主に恵まれ、幸せな青年時代を送っています。
    雇用主夫妻とその友人・近所の人たちとの幸福なクリスマス・パーティーの場面。
    それをつくづくと眺めるスクルージは、かつての雇用主を褒めます。
    What a marvellous man!
    それに対し、過去のクリスマスの精霊は、むしろ否定的です。
    ―What's so marvellous? He's merely spent a few pounds of your mortal money. Three or four. Why is that deserving of so much praise?
    しかし、スクルージは譲りません。
    You don't understand. He has the power to make us happy or unhappy. To make our work a pleasure or a burden. It's nothing to do with money.
    守銭奴スクルージが、「金は関係ない」と断言する。
    それを過去のクリスマスの精霊は黙って聞いています。

    この映画があまり説教臭くないのはそういうところだと思います。
    大切なことは全てスクルージ自身の口から語られるのです。

    午前2時に現れた現在のクリスマスの精霊。
    直視できないほどにまぶしい巨人。
    神のイメージに近い造形です。
    この巨人が見せる現在のクリスマスの1つは、スクルージの甥の家でのクリスマス・パーティー。
    そして、物語の冒頭に登場した甥は、スクルージの妹の忘れ形見であることが明かされ、見る者は、この甥への好感をさらに深めていきます。
    この甥の存在は、この物語のハッピーエンドへの道しるべです。

    英語学習的に興味を引かれるのは、そのパーティ内のゲームでしょうか。
    cat の前に、m がお題なら m で始まる形容詞をつけて言っていかなければならないゲーム。
    英語の形容詞はやはり膨大です。
    うわあ、こんな形容詞知らないわ、まだまだ勉強しなくちゃと思ったり。
    知っている形容詞が出てくると嬉しかったり。

    英語的に面白いところはなおも続き、重要表現が沢山出てくる映画です。
    しかし、これ以上は長くなり過ぎますので、ここで英語を離れて。

    この映画を英語と関係なく他人に薦めるとき、私は3つの見どころを言います。
    1つ目。
    イギリスのハナ肇が出てきます。
    お正月番組の「銅像」感があるんです。
    イギリスでは有名な喜劇役者なんでしょう。
    どこに出てくるかって?
    ひと目でわかります。

    2つ目。
    イギリスの市村正親が出てきます。
    30代くらいの、ミュージカルの舞台で主役を張っていた頃の、キレッキレの市村正親さん。
    イギリスでは有名なミュージカルスターなのでしょう。
    どこに出てくるかって?
    ひと目でわかります。

    3つ目。
    イギリスの「ええじゃないか」を見ることができます。
    この映画は、ラスト20分の圧巻のフィナーレを見るために、それまでの全てがあるのかもしれません。
    映画前半の多くのナンバーがここで意味を変えて繰り返されます。
    あの群衆がなぜ突然同じ歌詞で歌えるのかとか、なぜ同じ振りでダンスができるのかとか、そういうつまらないことは言ったらダメですよー。
    「借金帳消し、ええじゃないか」と歌い踊る群衆を、映画館の大画面で見たかったものです。
    公開当時、まだ洋画を見に行く年齢じゃなかったですから。

    この映画の素晴らしいイメージが崩れるからやめなさいと、ファンに叱られそうですが。
    あと、若い子には、全く通じない話ですね。

    とはいえ、私が一番好きなのは、ラストシーンです。
    群衆から離れ、家に戻ってきたスクルージは、自分に忠告してくれたマーレーに語りかけます。

    I don't know whether you can hear me, and I don't know whether or not I imagined the things I saw, but between the pair of us we finally made a merry Chrismas, didn't we ?
    そして、続けます。
    I have to leave now. I must go and get ready. I'm going to have Christmas dinner with my family.

    甥と約束したクリスマスの食事。
    大勢の人々からの感謝とともに、彼にとってそれがどれほどの幸福であるかが切実に伝わる、良いラストシーンです。

    皆さまも、メリークリスマス。
      


  • Posted by セギ at 14:56Comments(0)英語

    2018年12月21日

    関係代名詞3 目的格の whom


    さて、関係代名詞。今回は目的格です。

    前回まで説明したのは、実は、主格の関係代名詞でした。

    I have an aunt. She lives in New York.
    この文を関係代名詞で1文にすると、
    I have an aunt who lives in New York.

    この関係代名詞 who は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
    こういう関係代名詞を主格の関係代名詞といいます。

    I will show you the pen which was given to me by my uncle.

    この文もそうですね。
    この関係代名詞 which は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
    ここは誤解しやすいところですが、1つ目の文、すなわち主節の中でどんな働きをしているかは関係ないのです。
    主節の中で先行詞が主語だろうと補語だろうと目的語だろうとどうでもよいのです。
    2つ目の文、すなわち関係代名詞節の中で主語の働きをしている関係代名詞が主格。
    関係代名詞節の中で目的語の働きをしている関係代名詞が目的格です。

    今回は、その、目的格の関係代名詞について説明します。

    She is the girl. Tom invited her to the party.

    この2文を1文にして、「彼女は、トムがパーティーに招待した女の子です」という文を作りたい場合。
    1つ目の文の the girl と、2つ目の文の her が同一人物です。
    これまでと異なり、関係代名詞になる単語は2つ目の文の先頭ではないので、文をつなげにくいですね。
    でも、ルールは同じ。
    修飾される名詞である先行詞がきたら、すぐに関係代名詞です。
    だから、2つ目の文の her は、whom という関係代名詞となり、先行詞の直後に置きます。
    その後、2つ目の文を主語から普通に続けていきます。
    her はもう whom に形を変えて先頭にいったので、飛ばします。

    She is the girl whom Tom invited to the party.

    whom って何?

    今までの関係代名詞って、疑問詞と同じ形をしていたのに、何か、whom って見慣れない・・・。
    そういう感想を抱く中学生がいますが、 whom も疑問詞の1つで、書き言葉としてはまだ使われることがあります。
    By whom was this book written ?
    「この本は、誰によって書かれたのですか」
    直訳が不自然に固くなりましたが、英語的にも固い表現です。
    しかし、「誰によって?」という疑問が文頭から明確に伝わるという点で、論理的な文章としては有効です。
    語句の関係が明瞭だということは、読みとりやすいということです。
    who was this book written by ?
    という形も正しい文ですが、最後の by を聞くまで、疑問の中身が何であるか不明瞭です。

    勿論、こんなことを受動態で質問するからややこしいので、話し言葉ならば、
    who wrote this book ?
    と能動態で質問するでしょう。
    けれど、もっと込み入った内容の論説文の場合、by whom 、 for whom 、with whom などは、有効な表現です。
    そして、勿論、関係代名詞 whom も書き言葉として現役です。


    ところが、ゆとり教育の時代に、中学の英語教科書から関係代名詞 whom が消えました。
    新課程になった後も、復活していません。

    理由は色々考えられますが、最も大きい理由は、目的格の関係代名詞は省略可能だということ。
    She is the girl Tom invited to the party.
    と、whom を省略することが可能です。
    話し言葉では、むしろ省略される場合がほとんどでしょう。
    girl と Tom の間に少しポーズをとって区切れば、十分意味が伝わります。
    アメリカの口語英語を基準としている中学英語教科書は、そういうわけで whom の存在を消してしまったようです。

    日常で省略されることが多くなると、何が起こるか?
    ネイティブでも、who と whom の使い分けができない人が増えていきます。
    たまに使うときに、whom と言うべきところを誤って who と言ってしまうのです。
    間違う人が多くなると、しかし、それが正しい表現として認められていくのが言語です。
    現在では、目的格でも who を用いることが許容されています。
    高校の「英語表現」の教科書では、目的格の関係代名詞は、whom の他に who が明記されています。


    こうした情報をどう読み取るか?
    「じゃあ、何でも who でいいんだ!who しか覚えない」
    と決めてかかって良いのでしょうか?
    いいえ。
    whom も身につけておいたほうが良いでしょう。
    なぜなら、書き言葉として、whom は現役の関係代名詞だからです。
    「前置詞+関係代名詞」という内容を高校で学習しますが、それはさすがに who での代用を認められていません。
    前置詞の後ろに主格の who をもってくる感覚は、ネイティブにはないのです。
    ですから、結局、whom は学習しなければならない関係代名詞です。
    どうせ学習しなければならないのなら、基本の用法から正確に身につけておくに越したことはありません。
    実際問題として、何でも who でいいと覚えていたのに、高校の英語表現のテストの四択問題で、選択肢に who がない、ということはあり得ることです。

    「どちらでもいいのなら、片方しか覚えない」という学習姿勢は、英語には不向きです。
    覚えていないもう片方を相手が使う可能性があるからです。

    関係代名詞に限らず話を広ければ、英語は同じ表現の繰り返しを嫌いますから、1つの文章の中で同じことを常に言い換えていきます。
    1つしか覚えないという姿勢では、英文を読めないのです。
    英語長文を読んでいて、
    「何でいちいち言い換えるの?だから途中で意味がわからなくなるんだよ」
    と愚痴を言う子もいますが、1つのことを1通りの表現でしか表せない言語は、文化的に痩せた言語です。
    類義語・類語表現の多さは、言語的な豊かさの証です。
    自分1人の学びやすさのために英語が存在するわけではない。
    つくづくとそれを悟るのも、外国語を学ぶ意味の1つであるように思います。


    それでは、中学生としては、whom をどう扱いましょうか?
    学校で学習していないのなら、学校の授業やテストでは使わないほうが良いと思います。
    教えてもいないのに生徒に whom を使われて、かっとなったのか、
    「whom なんて古い。今は使わない」
    と断言し、後に生徒たちから陰で笑い者にされた英語の先生がかつていました。
    こういうのは、お互いにとって不幸です。

    学校の先生の判断で whom を教える場合もあります。
    その場合は積極的に覚え、使用しましょう。

    高校受験ではどうなのか?
    入試で使うのは問題ありません。
    whom は口語としてやや堅苦しいというだけで、間違った表現ではありません。
    入試の答案を採点するのは、それぞれの高校の英語の先生です。
    高校の英語の先生は、whom に特別な感情はありません。
    日常会話では使わなくても、論説文には普通に使用されている単語ですから。

    私立高校を受験する場合は、whomの他、中学では学習しない所有格の関係代名詞 whose や、関係副詞の基本まではひと通り学習しておくと安心です。
    長文問題の本文で使用されていることが多いですし、特に whose は文法問題で出題されることがあります。
    もっとも、配点がそんな高いわけではないので、その1問が解けなくても合否にはさほど影響しないでしょう。
    発展的な文法事項に神経を尖らせるよりも、語彙の難度が高くボリュームのある英語長文をある程度のスピードで読み通せる読解力を鍛えることのほうが入試には重要です。
    当然、関係代名詞が多用されています。

    さて、whom の基本的な用法に話を戻しましょう。
    The boy could speak Japanese a little. I met him in the park.
    この2文を「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」という文にしたいとき。
    先行詞と、関係代名詞になる語との距離がさらに開きましたね。
    これも、先行詞がきたら関係代名詞、という基本ルールでつなげば大丈夫です。
    したがって、主節は途中で分断されます。

    The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.

    The boy という先行詞がきたら、すぐに whom。
    その後、2つ目の文、すなわち関係代名詞節を先頭から書いていきます。
    ここで変な倒置を考える人がいるのですが、必要ありません。
    主語から普通に述べていき、ただし、whom に変わった him は省略し、さらにその後ろを普通に述べていきます。
    関係代名詞が全部終わったら、主節に戻り、これも、普通に順番通りに述べていきます。
    ルールは極めてシンプルです。
    勿論、このwhom も目的格ですから省略可能です。


    上のように2つの英文が与えられて、関係代名詞を使って1文にしなさい、という問題なら正答できる人が、日本文を英文に直す問題では難渋することがあります。
    「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
    この日本語を英語に直す問題のとき。
    多くの場合、まず、I met the boy in the park と書いてしまい、その後に何も続けられなくなってしまうのです。

    これは日本語の構造を把握する力が問われる問題です。
    「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
    この文の主語と述語は何でしょうか?
    国語の文法の学習でも主語と述語を見つけることが苦手な人がいますが、そういう人は大体、まず主語を探しています。
    しかも、主語は必ず文頭にあるという間違った思い込みをしています。

    日本語で主語と述語を探すときは、まず述語を探します。
    倒置法などの特殊な場合を除き、述語は、文末にあります。
    一方、主語は、文頭にあるとは限らないのです。
    上の文の述語は、1文節で正確に答えるなら「できた」ですが、今は英文を作るための主・述の確認なので、意味がとれるよう「話すことができた」とざっくり把握しましょう。
    話すことができたのは誰なのか?
    その「誰」にあたるのが、この文の主語です。
    話すことができたのは、「私」ではなく、「少年」です。
    英語は、主語から書き出します。
    だから、英文の書き出しは、The boy です。
    The boy
    どんな少年なのか?
    私が公園で会った、少年。
    この修飾関係が見えたら、もう大丈夫。
    名詞を修飾する2語以上の語句は、名詞の直後に置かれます。
    修飾語句に主・述の関係が感じ取れますから、これは関係代名詞節で修飾するのだと予想が立ちます。
    The boy I met in the park
    ここまで、すぐに作れますね。
    これで、文の主語とその修飾語句が作れました。
    で、そのボーイがどうしたのか?
    「少し日本語を話した」
    なるほど、では、主節を続ければ良いんだ。
    The boy I met in the park could speak Japanese a little.
    で、問題を読み直し、「関係代名詞を用いて」と、もし書いてあれば、これは先行詞が人間で、目的格の関係代名詞だなと判断し、
    The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.
    これで正解です。
    ヽ(^。^)ノ

    そんな手間はかけられない、と言う子もいます。
    しかし、最初はこうやってしっかり分析して書くようにすると、そのうち、パッと読んだときに日本語の構造が見えてくるようになります。
    そうなれば、こんな手順を踏まなくても、スラスラと正しい英文を書けるようになります。
    日本語の構造を正しく把握できるようにもなります。
    良いことづくめです。

      


  • Posted by セギ at 12:10Comments(0)英語

    2018年12月02日

    中3英語 関係代名詞その2 which


    前回扱ったのは、関係代名詞 who を用いた文でした。

    I have an aunt who lives in New York.

    それに対して、今回扱うのは、関係代名詞 which を用いた文です。
    まずは2文で考えてみます。

    I will show you the pen. It was given to me by my uncle.
    あなたにペンを見せましょう。それは、私のおじさんからもらったものです。

    これを「私のおじさんからもらったペンをあなたに見せましょう」という意味の英文にすると、

    I will show you the pen which was given to me by my uncle.

    となります。
    作り方の基本は、who のときと同じですね。
    先行詞(修飾される名詞)がきたら、関係代名詞。
    名詞を修飾する2語以上の意味のまとまりの語句は、名詞の直後に置くのが英語のルールです。


    The dog is Mike's.  It is running over there.

    これを「向こうで走っている犬は、マイクのです」という文にすると、

    The dog which is running over there is Mike's.

    先行詞である dog がきたら、すぐに関係代名詞。
    主節をいったん停止して、関係代名詞節。
    関係代名詞節が終わったら、停止していた主節に戻る。
    このルールをしっかり理解して活用できるようになれば、大丈夫です。

    ところで、who と which との使い分けは?
    これは簡単です。
    先行詞が人ならば、who。
    先行詞が、人以外。すなわち物や動物であれば、which。
    この使い分けで苦労する人はあまりいないと思います。

    上の例文を見ていて、勘の良い子は気づくのですが、関係代名詞と分詞は使い方が似ています。
    「これ、分詞で良くね?」
    と英語の得意な子から質問されたりします。
    そうです。
    関係代名詞を用いた文と分詞を用い文との書き換え問題は多く出題されます。

    問題 次の文がほぼ同じ意味を表すように空所を埋めなさい。
    (1)I will show you the pen given to me by my uncle.
      I will show you the pen (  ) (  ) given to me by my uncle.
    (2)The dog running over there is Mike's.
      The dog (  ) (  ) running over there is Mike's.
    (3)I have an aunt living in New York.
    I have an aunt (  ) (  ) in New York.

    なーんだ、簡単だ。
    (1)は、which is
    (2)は、which is
    (3)も、which is

    ・・・こんな答案を書いてしまっていないでしょうか?
    これ、正解なのは、(2)だけです。

    こんな答案を書いておいて、
    「ひっかけだ!」
    と抗議する子がいるのですが、こんなのはひっかけではありません。
    違うパターンがくるのが当たり前なのに、その予想が立っていない。
    予見性が足りないのです。

    「1つの大問は同じパターンの問題が延々と続く」という思い込みから脱却しましょう。
    普段、そういうドリル的な英文練習帳でも解いているのでしょうか?
    そういう頭を使わない練習は、それでパターンを理解できるという効用もありますが、「英語なんてそんなもの」という間違った思い込みを助長する弊害も大きいのです。

    頭を使わない作業を勉強時間からなるべく排除することが大切です。
    頭を使わない作業とは、例えば、単語のスペル練習といえば、ただ10回ずつ書く作業。
    書き終わってその単語を覚えているかというと、全く覚えていない。
    なのに勉強した気になっている。
    頭を使わない作業は、そういう弊害の大きい勉強方法です。

    単語練習は回数が問題ではありません。
    自分にテストする気持ちで書くなら、1回でもいいのです。
    1回で書けなかった単語は、何回でも、何も見ないで書けるか、自分を試します。
    そして、全部書けると思ったら、もう一度、最初の単語から自分にテストをします。
    それで書けなかったら、再度練習し、またテスト。
    これの繰り返しで、全ての単語が書けるまで自分をテストします。
    実際のテスト問題を解くためには、普段の勉強も頭を使い、テスト形式の勉強が常態であることが望ましいのです。


    1回間違えて解き直すときには、少し慎重になる子は多いです。
    関係代名詞とbe動詞の形が少しずつ違うのかな?
    では、
    (1)は、which was
    (2)は、which is
    (3)は、who is

    (1)は正解になりました。
    おじさんからペンをもらったのは過去ですから、be動詞は過去形にしますね。
    しかし、(3)は、まだ課題があります。

    I have an aunt (who) (is) in New York.

    うーん・・・。
    意味から考えれば、間違いではありません。
    入試なら別解として正答扱いになるかもしれません。
    しかし、そのように審議の対象となる別解ではなく、ど真ん中の正答を出したい。
    どうせなら、上の文と同じ動詞を使いたいものです。
    同じ動詞 live を使うとどうなるでしょう?

    「あ。わかった。 I have an aunt (who) (living) in New York.」

    ・・・それは明らかな間違いです。
    審議の対象にすらならない、完全な誤答です。

    この問題の誤答パターンは他に、
    I have an aunt (is) (living) in New York.
    と。苦し紛れに who を省略する子もいます。
    しかし、主格の関係代名詞は省略できません。

    正解は、
    I have an aunt (who) (lives) in New York.
    です。
    分詞を用いた文が living となっているのは、現在分詞の形容詞的用法だからであって、進行形として使っているのではありません。
    live という動詞は状態動詞。
    一時的に住んでいるという意味のとき以外は、進行形にしない動詞です。
    だから、関係代名詞節の中では、進行形にせず、現在形で表します。

    しかし、そのことに気づかない子は多いです。
    本当は、I have an aunt (who)(is)(living) in New York.
    としたいのに、( )が2つしかないので、何かを省略しようとして、間違ってしまうのです。


    繰り返しますが、英語の問題は、1問1問、微妙にパターンが変わるのが普通です。
    同じパターンが続くことのほうが珍しいのだと認識するだけで、問題を解く際の覚悟が違ってくると思います。
    勉強している間は思考停止せず、気を緩めずに考え続けましょう。
    ミスの多い人は、大問1つは丸ごと同じパターンだと思いこんで雑に解いていないでしょうか?
    (1)がこうだったから(2)や(3)もこうだと思った、という謎の思い込みをしていないでしょうか?
    そのあたりの意識を変えるだけでも、英語のテストの得点は劇的に変化します。


      


  • Posted by セギ at 16:43Comments(0)英語

    2018年11月28日

    英語中3 関係代名詞。


    さて、今回は、関係代名詞です。
    まずは、こんな文から。

    I have an aunt.  She lives in New York.
    私には叔母がいます。彼女はニューヨークに住んでいます。

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾するようにして1文にできないでしょうか?
    つまり「私には、ニューヨークに住む叔母がいます」という文を作りたいのです。
    このときに使うのが、関係代名詞です。

    I have an aunt who lives in New York.

    修飾される「叔母」という名詞を書いたらすぐに2個目の文を続けます。
    しかし、そのまま続けてもつながりませんから、she を who という関係代名詞に変えます。
    関係代名詞は、she という代名詞の働きもしますし、前の名詞を修飾するという働きを示しながら2文をつなぐ働きもできるのです。
    ここまでが、基本。

    では、こんな文ではどうでしょうか?

    The man is Mr.Tanaka. He is talking to my sister.

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾する文、すなわち「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文にしたいとき。
    以下のようになります。

    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    「私の姉に話しかけている」という修飾語は、「男性」にかかります。
    修飾語が2語以上の意味のまとまりであるとき、修飾される名詞の直後に修飾語を置くのは英語の原則。
    だから、上のように、man の直後に who is talking to my sister がきます。
    この文を作れない。
    あるいは、この英文の意味を取れない。
    関係代名詞が苦手な子の第一関門がこれです。

    関係代名詞節に修飾される名詞を「先行詞」と呼びます。
    先行詞が来たら、すぐに関係代名詞。
    主節を一旦停止して、関係代名詞節。
    授業では繰り返し繰り返しその話をして、補助しながら英文を作って、練習して練習して、これで大丈夫と私は思っていても、翌週、その子の解いてきた宿題の答えは、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    と誤答していて、天を仰ぐこともあります。

    勉強が全部簡単だといいのになあ。
    英語がもっと簡単だといいのになあ。
    小学校の低学年の頃のように、何も考えなくても正解が見えた時代に戻りたい。
    あの頃の「勉強のできる自分」と「易しい勉強」。
    あれが、本来の姿であるべきなんだよ。

    そういう願望でもあるのではないか?

    そう勘繰りたくなるほど、幼稚で雑なことをやってしまう子がいます。
    全部1つのパターンで問題を解いてしまうのです。
    説明したルールの複雑なところを省略して、幼稚に簡略化したルールで解いてしまいます。

    上の例で言えば、「先行詞の直後に関係代名詞節」という正しいルールを教えても、それは忘れてしまい、第1文を全部書いて、その後 who を書いて、第2文。
    そんな単純なルールにすりかえてしまうのです。

    小学校低学年の頃には勉強ができたのに、学年が上がるにつれてどんどん出来なくなっていく子の多くはこういう子です。
    1つには、小学校低学年の頃の成功体験の悪影響があるのかもしれません。
    高学年になっても、中学生になっても、小学校低学年のような解き方をしてしまうのです。
    頭を使わない、とても単純な解き方をしてしまいます。
    いつまでもそれが通用すると思ってしまう。
    ・・・というよりも、他の解き方ができない。
    他の解き方を知らない。
    「考えて取り組む」ということが実感としてよくわかっていない様子の子が多いです。

    難しいことを理解するのに本当に苦労している・・・。
    それなら仕方ないのですが、そんなふうには見えない子が、ものを考えることができず、凡庸な成績で低迷しています。
    関係代名詞のルールなんてそんなに難しいものではないのですが、そういう子にとっては、それですら複雑過ぎて不愉快らしいのです。
    でも、スポーツでもゲームでも、もっと複雑なルールのものは沢山ありますよね。
    それは受け入れるのに、勉強の難しさ、英語の難しさは受け入れない。
    サッカーをするのに「手を使わなきゃ何でもいいんだろ?」なんて把握をしたらバカにされます。
    同じことを勉強でやっているのに、気づかない。
    勉強は自分が思うよりも複雑なものだと認識を改めれば成績の上がる子は多いと思います。

    関係代名詞に話を戻しましょう。

    先行詞がきたら、関係代名詞。
    これが正しいルールです。
    そのため、主語を修飾する関係代名詞節が挿入されれば、主節をいったん分断することになります。

    「え?先行詞って何?」
    「・・・だから、修飾される名詞のことですよ」
    「え?修飾って何?」
    「・・・」

    修飾というのは、その名詞をより詳しく説明することです。
    「男」とどんな男なのか?
    男だけでは漠然としています。
    向こうを歩いている男ではなく、あそこで立っている男でもなく、私の姉に話しかけている男のことですよ。
    これでより詳しくなり、誰のことか限定されました。
    この働きを修飾、といいます。

    こういう説明が不思議なほど頭に残らない子もいます。
    分詞の学習の際に説明したばかりなのに、また同じ質問をするなあと不可解に感じることがあります。
    しかし、本人が、日本語でも修飾語を使うことがないようでは、無理もないのかもしれません。
    文は、主語と述語だけ。
    修飾節を含む文など、口にしたことも書いたこともない。
    それなのに、母国語でもない英語で、こんなにきちんとした修飾節を含む文を作らねばならない。
    これは厄介かもしれません。
    本人の日本語能力を越える英文は作れない。
    そういう根本の原因もあると思います。

    しかし、それで諦めるわけにはいきません。
    英語で複文を作ることにより、日本語で複文を作れるようになるといいなあと思います。
    こういう文の構造を知ることにより、日本語の能力も高まる。
    外国語を学ぶのには、そういう効果もあるのですから。

    ところで、先ほどの誤答、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    では、なぜダメなのか?
    Mr.Tanaka のような人名や地名などを「固有名詞」といいます。
    英語では文中でも大文字で始める名詞です。
    固有名詞には、修飾節はつきません。
    日本語に訳してみるとわかります。
    「その男性は、私の姉に話しかけている田中さんです」
    違和感があります。
    別の田中さんもそこらへんにいるような気がします。
    作りたかったのは、「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文だったはずです。
    これでは、意味が違ってきます。

    実は、
    The man is Mr.Tanaka , who is talking to my sister.
    という英文なら存在します。
    「その男性は田中さんで、私の姉に話しかけています」という意味です。
    でも、それは、高校英語で学習すること。
    中3の段階では、「固有名詞は先行詞にならない」。
    そう思っていて大丈夫です。


    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    自分で作るのではなく、この英文がポンと出てきたときに、意味がわからない、構造が読み取れない、と悩む子もいます。
    どこで切れるのかわからない、というのです。
    慣れるまでは、2個目の動詞に注目し、その前で切るのが1つの作戦です。
    2つの文が1つの文になっているのですから、動詞は2個あります。
    上の文は、2つともis ですね。
    2個目の is の前で文をいったん切って、意味を考えてみます。

    The man who is talking to my sister
    私の姉に話しかけている男性

    それがどうしたのかな?

    is Mr.Tanaka.
    は、田中さんです。

    というように区切ると、意味が見えてきます。

    一般動詞の文の場合は、動詞の前に頻度の副詞が入っていることなどもありますが、その程度のことは自分で微調整できるでしょう。
    基本は2個目の動詞の前で区切って考えてみる。
    それで随分スッキリすると思います。

    関係代名詞は、中学の文法でちょろっと出てくるだけのものではありません。
    高校のコミュニケーション英語では、関係代名詞が1語も出てこないページを探すのが逆に難しいくらい頻繁に使われるものです。
    ここを理解しておかないと、この先、ちょっとやばいぞ。
    そのような緊張感で取り組みたいですね。

      


  • Posted by セギ at 12:23Comments(0)英語

    2018年11月21日

    英語能力指数 日本は非英語圏で49位とのこと。


    先日、EF EPI 英語能力指数2018年のスコアというものが発表されました。
    日本は、非英語圏88か国中で49位。
    アジア21か国中で11位。
    5段階で下から2番目の「低い」だそうです。
    2011年は44か国で14位。
    2012年は54か国で22位。
    2013年は60か国で26位。
    2014年は63か国で26位。
    2015年は70か国で30位。
    2016年は72か国で35位。
    2017年は80か国で37位。
    そして、
    2018年は88か国中で49位。
    参加国が年々増える中で、どんどん日本の順位が下がっています。
    5段階判定では、2015年までは真ん中の「標準」でしたが、最近3年は下から2番目の「低い」に陥落とのことです。

    こういう記事を新聞やネットで見ますと、さあ大変だ、日本の英語教育はやはり方向が間違っているのだと、つい思ってしまうのですが、ここで落ち着きたいと思います。
    そもそも、このテストはどういうものなのでしょうか?
    それを知らないうちは、何とも言えません。

    EF EPIテストは、誰でもインターネットですぐに受けることのできる無料の英語テストです。
    昨年、日本では数千人が受検。
    日本の受検者は二十代が多いとのことです。
    どんなテストなのだろう?
    今回、私も試しに受けてみました。

    テスト内容は、リーディングとリスニング。各25分。
    それぞれ大問が3題あり、それを25分で解く形式でした。
    まずはリーディング。
    英文の書体の読みにくさに、ちょっと驚きました。
    昔の英文タイプのような書体です。
    ネットでは少し読みにくい。
    目が慣れるまで時間がかかります。

    問題の難度はどうか?
    例えばTOEICならば、易しい問題から始まり、徐々にレベルが上がっていきます。
    だから、前半の問題で得点することが可能です。
    英検ならば、級ごとに問題が作られ、それぞれのレベルの問題が出題されます。
    EPIテストは最初からマックスのレベルでした。
    同じ難度の英文が3題。
    リーディング問題は、大学のセンター試験よりも難しいです。
    国公立大学の2次試験や難関私立大学の入試問題レベル。
    英検で言うと、準1級くらいでしょうか。
    この難度ですと、うっかり受けてしまったけれど本文が全く読めない人も多いと思います。

    出題形式は?
    全て記号問題で、大問それぞれに小問が各8問ありました。
    問1以外は、1問につき2つの答えを選ばねばなりません。
    この複数回答制も、日本人にはあまりなじみがないと思います。
    大問の最後に正しい選択肢を4つ選ぶなどの形式はありますが、小問でいちいち2つの正答を選ぶ形式は入試であまり見たことがありません。
    設問をよく読まず、1つずつしか選択肢を選ばずに大量失点する人もいそうです。

    25分で大問3題ということは、大問1題でおよそ8分。
    本文を読む時間が必要ですから、小問1問あたり正味30秒くらいでしょうか。
    英検や大学入試よりも時間制限が厳しく、速読力が必要です。
    落ち着いてゆっくり読めば正解が出せる人も、この時間制限では厳しいと思います。

    続いてリスニング。
    リスニングも時間は25分でした。
    大問3題。それぞれ小問8問。やはり正解を2つ選ぶ方式です。
    ボタンをクリックすると音声が流れます。
    2~3分の会話やアナウンスです。
    小問と選択肢は音声ではなく、文字を読み取って解きます。
    音声は2回聴くことが可能です。
    難度は、スピードと語彙から感じて、やはり英検準1級程度。
    これも複数回答なので選択肢の吟味に時間がかかります。
    選択肢の読み取りに手間取ると、音声を2回聴く時間はなさそうです。


    英語を勉強中の人が、どこかでこのEF EPIテストのことを知って、試しに受けてみる。
    受けてみて、レベルの高さにドン引きする。
    予想を越えたレベルの英文とリスニング。
    何よりそのスピード。
    そして、惨敗の結果が次々と残されていく。
    ・・・日本のスコアが低いのは、そういう事情かもしれません。
    テストのレベルとして、あまり感心しません。
    このテストでは、「わかる」か「全くわからない」かの二極に別れてしまうと思うんです。
    大学入試ならば、この難度をクリアできる人しか入学させないという意味で、こういうテストで良いと思います。
    しかし、色々なレベルの英語力の人を評価するためのテストならば、易しい問題も出したほうが正しい指数が出るでしょう。
    正答の多い一部の人以外は、皆、団子状態の低い結果になるのでは、正しい数値は出ません。
    勘が当たってたまたま正答した人が抜きん出てしまうような結果は、正しい結果ではないですよね。
    日本と他国とのスコアの差も、団子状態の僅差です。
    それもこのテストのレベルが招いていることと感じます。
    この順位にそんなに意味はないんじゃないかというのが、受けてみての実感でした。
    TOEICのように易しい問題から難しい問題へとバランス良く並んでいるタイプのテストならば、日本人のスコアももう少し高いでしょう。

    ただ、英語を学ぶ誰もがこのレベルに到達するのは望ましいこと。
    今の日本で、このテストに一応は歯が立つ英語力に到達できる高校生は全体の1割程度でしょう。
    今後はどうなるか?
    テスト内容がリーディングとリスニングですから、英語4領域の教育改革でどうにかなる話ではありません。
    「日本人はスピーキングが弱いから」
    テストの内容を見なかったら、こんな見当違いな評価をしそうなところでしたが、そういう話ではありませんでした。

    この難度とスピードで英語力を試されるとは想像もしなかった。
    受検した日本人には、そういう人が多かったのではないでしょうか。
    日本人は、英語力の到達点に関して理想が低いかもしれません。
    正直、私ももっと簡単なテストだと思っていました。
    このレベルだとは思っていなかったので、厳しい時間制限に焦りました。
    テストの結果、
    「全ての場面で不自由のない英語力」
    とか何とかいう評価をいただきましたが、実感としてはそんなことはなく、まだまだ自分は不自由です。
    個人的には、たまにこうやって冷や汗をかくのは刺激になり、受けて良かったと感じました。


    「英語能力指数」で検索すれば、簡単にテストページに行きつきます。
    こういうタイプのテストだと知れば逆に受ける気になる腕に覚えのある人も、日本には多いと思います。
    結果ばかりがニュースになるわりにテストの知名度が低いのも、日本のスコアが低い原因かもしれません。

      


  • Posted by セギ at 13:34Comments(0)英語

    2018年11月14日

    2学期中間テスト結果出ました。2018年。



    2学期中間テストの結果が出揃いました。
    数学 80点台 2人 70点台 2人 60点台 2人 
    英語 90点台 2人

    数学は90点台こそ逃しましたが、高めに安定してきています。
    英語も好調です。ヽ(^。^)ノ

    さて、公立中学はもう期末テストの時期です。
    しかし、相変わらずテスト勉強のやり方を知らない子もいると思います。

    三頭山に行くバスの中でのこと。
    混雑したバスの中はグループごとのおしゃべりでアナウンスが聞こえにくいほど賑やかでした。
    その中で若い女性2人の話し声が、私の近くの席だったこともあり、特によく聞こえてきました。
    話の内容から察するに、2人とも高校の先生のようでした。
    せっかく日曜日に山に遊びに行くのに、話の内容は教育論。
    それで気分転換になるのかなあと心配になるのですが、学校で意見を通すにはまだ若過ぎるので、対等に教育論を交わせる相手ととことん話すのは、ある意味ストレス解消なのかもしれません。
    その中で、ちょっと面白かった会話。
    「成績の悪い子って、ノート、きれいだよね」
    「何であんなにきれいにノートを作って、あんなに成績悪いんだろうって思うよね」
    「ノート作りが目的になっちゃっているんだろうね。違うのにね」

    学校の先生が、そんなことをバスの中で大声で言う是非というのはあると思います。
    でも、生徒のことを心配して言っている気持ちも本物だと思うんです。
    私も実感として知っています。
    ノートがやたらにきれいで勉強ができない子は一定の割合で存在します。

    以前、勤めていた集団指導塾でのこと。
    明日は定期テストという子ばかりだったので、普段の授業は中止し、自習に切り替えていた日のことでした。
    英語や数学は、テスト前日は最終チェックと微調整をすればいいだけなので、テスト前日は、案外やることがありません。
    生徒も、理科や社会の勉強をやりたがります。
    自習している様子を見ていると、ある女子生徒が、ノートに、それはそれは精密な細胞の図を描いていました。
    教科書に描いてある、動物細胞と植物細胞の図です。

    「それ、何にするの?」と訊くと、
    「明日の1時間目は自習だから、これを見て、覚える」
    と言うのです。
    覚えるのなら、今、教科書を見て直接覚えたらいいのに、彼女は図を描くのにとにかく夢中なのでした。

    覚えるためのノートを作らないと覚えられないという人は、います。
    しかし、それは少なくともテスト1週間前には完成させておくものです。
    それを見て暗記するのに、また時間がかかりますから。
    テスト前日に精密な図を描いているのは、学習の方向性にかなり疑問を感じます。
    覚えることが最優先のはずです。
    きれいなノートを作ることが目的ではありません。

    他の子が、理科のプリントが欲しい、と言いだしたので、私は全員にテスト範囲の一問一答形式のプリントを渡しました。
    幸い、その子もプリントを受け入れてくれたのですが、今度は手が動きません。
    テスト範囲の重要事項や用語をまとめた、簡単なプリントでした。
    なのに、1問も解けない様子です。
    しばらくして解答を渡すと、彼女はプリントに解答を丁寧に写し始めました。
    きれいな字で、丁寧に、丁寧に。
    そして、全てに赤丸をつけて、プリント作業終了。

    学習の方向が、間違っているのです。
    暗記する。
    問題を解いてみる。
    間違えたところをチェックして、覚えなおす。
    問題を再度解く。

    こういう当たり前の勉強方法を、その子は知らない様子でした。
    あるいは、知っていたのかもしれません。
    でも、その勉強方法は、その子にとっては、とても苦しいのでしょう。
    なかなか覚えられない自分。
    問題を解けば、間違いだらけの自分。
    ダメな自分。
    そういうものと向き合う作業になります。

    それは、どんな秀才だって、最初はそうなのです。
    訓練しているから、そういう作業が速くスムーズになっているだけです。
    でも、その子は、それを知らない。
    あるいは、そう説明されても信じない。
    そういう作業に、立ち向かえない。
    逃げてしまって、頭を使わない作業ばかりしてしまう。
    ほとんど頭を使っていない作業を「勉強している」と称してしまうのです。

    このように、やけにきれいなノートを作ったり、解答を見ながらプリントに答えを埋めたりと、何か作業はしているけれど実質的な勉強はしていない子が、勉強のできない子には多いと私も思います。


    また別のとき、英語の勉強の仕方がよくわからないという質問を受け、その子のコミュニケーション英語のノートを見せてもらいました。
    これは使えないノートだ・・・とため息がもれました。
    まず教科書の英文をノートに3行おきに書いてあります。
    その英文の真下に、和訳が書いてあります。
    英文には、学校の授業中に説明のあった文法事項や指示語の指示内容などがカラフルに書き加えてありました。

    え?
    良いノートじゃないかって?

    ・・・いいえ。
    そのノートを、その後、何に使うのでしょう?
    テスト前に繰り返し眺めるだけでしょうか?
    眺めるだけで、覚えられるのでしょうか?
    本当に覚えているかどうか、そのノートで確かめられるのでしょうか?

    それを考えると、そのノートの体裁はベストではないのです。

    ノートの見開き左側に英文。
    右側にその和訳。

    そういうノートの形式を指示しますと「何だ、古臭いな」という声もあるかと思います。
    これを古いと感じる人は、このノートの古い使い方をイメージしているのでしょう。
    とにかく教科書の英文をひたすら書き写し、その和訳を右ページに書くのが英語の予習の全て。
    そして、学校の英語のリーディングの授業は、生徒の1人に英文を1段落音読させて、続いて同じ生徒にその1段落を訳させる、眠くなるばかりの授業。
    テストは、新出単語を書く問題の他は、本文の傍線部の和訳ばかり。
    あの英語の授業もテストも、つまらなくて嫌いだったなー。
    あれで英語が嫌いになった。
    ・・・そんな声も聞こえてきそうです。

    ノートはそれと同じ見た目かもしれませんが、やることは英文を眺め、和訳を覚えること、ではありません。
    和訳を見て、教科書本文の英文を復元する作業をします。
    余裕がないなら、重要表現や重要文法事項の含まれている文だけでも。
    余裕があるなら、本文全文を。

    家庭学習で行うことは他にもあります。
    教科書準拠のCDで、教科書本文の朗読を聞いて、内容が聴き取れるか確認します。
    次に、そのCDと一緒に音読。
    同じスピードで同じ発音で音読できることが目標です。

    あるいは、新出単語のスペル練習。
    和訳を見ながら教科書本文を書く作業も、せめて重要文だけはやっておきたいです。
    学校から配られているワークで演習もしなければ。

    英語の家庭学習は、やるべきことが沢山あります。
    しかも、これは「コミュニケーション英語」の学習であって、「英語表現」の学習がこれにさらに加わります。

    ノート作りは、家庭学習をスムーズに行うためのもの。
    ノート作りが目的ではありませんよね。
    だから、学校から禁止されていない限り、英文は教科書をコピーしたものをベタっとノートに貼っても良いと思います。
    新出単語をいちいち辞書で引くことの意義はわかるものの、それに時間を取られ、それが英語学習の全てになるくらいなら、教科書準拠の単語集をささっと写しても構わないと思います。
    ただ、その浮いた時間で必ずその単語を覚えましょう。
    品詞も含めて正確に。
    派生語も覚えておくと完璧です。
    和訳が本当に苦手でひどく時間がかかり、それだけで英語の家庭学習時間の全てが潰れてしまうようなら、ネットの教科書全訳サイトを適宜利用するのだって1案ではあります。

    私の塾では、一度本人に口頭で教科書本文の和訳をしてもらった後、私から全訳を渡しています。
    学校から全訳が配られている場合も今はあります。
    調べものや単なる作業の時間をできるだけ減らし、英語をインプットし活用する時間を増やすためです。
    教科書以外の英文に触れる機会を増やすことも大切です。
    長文問題集や英検問題集をどんどん解きたいですね。
    今の定期テストは、読んだことのない英文も出題される場合がほとんどです。

    この学習方法は、英語学習の最初からそれをやっていれば、抵抗は少ないのです。
    教科書本文は徐々に長くなっていきますが、長年の継続の中で徐々に長くなっていったものには耐えられます。
    中3、あるいは高校生になって、突然この学習方法に切り替えると、最初はひどく苦しく感じると思います。
    苦しいことからは逃れたい。
    どうやって逃れるか?
    「こんなことをやっても意味がない」と理論武装する子がいます。
    本人が効果を実感し、積極的にこの学習方法を取り入れるまでは、このやり方を受け入れてほしいこちら側と、何とか否定したい生徒側との闘争が続きます。
    本来、英語が得意になりたいと望んでいるのは生徒のはずですが、その生徒が最大の障壁となることがあります。

    水は低きに流れる・・・。
    嫌いなことわざですが、一面真理ではあるのでしょう。
    教科書全訳はちゃっかり受け取り、サブテキストの全訳もほしいと要求するけれど、その和訳から英語に直す練習はしない。
    音読練習もしない。
    長文問題は「わからなかった」と言って、解いてこない。
    「英語にそんなに時間はかけられないから」
    とうそぶいて、スマホを眺めて1日過ごす子もいるかもしれません。

    しかし、私は問い続けます。
    学校の教科書の英文だけなら勉強した後にそこそこ意味がわかるくらいの英語力がほしいのですか?
    定期テストを何とかこなし、高校卒業の資格がほしいだけですか?
    それとも、次元の違う英語力がほしいのですか?

    英語教育改革の足音は近づいています。
      


  • Posted by セギ at 14:34Comments(0)英語

    2018年11月09日

    英文解釈に頼り過ぎると。


    錯誤は、学習の過程で起こりやすいものです。
    例えば、以前、ある生徒に「5文型」の指導をしていたときのこと。
    This meat doesn't look fresh.
    という英文を分析せよという問題がありました。
    正解はSVCです。

    SVCとSVOの見分け方は、S(主語)とイコールの関係になっているのが、C(補語)。
    その子も、学校の授業でそう教わっていました。
    S=C。 S‡O。
    わかりやすい判断の仕方です。
    でも、その子の答えは、「SVO」でした。

    理由を訊くと、
    「だって、This meat は、freshじゃないんだから、イコールじゃあない。S=C、じゃない。だから、SVO」
    「・・・・・・・肯定文が否定文になった途端に文型が変わることはないよ」

    錯誤を起こしやすい原因の1つは、文法学習であるのに、英文の意味に頼り過ぎてしまうことにあるのかもしれません。
    なんでも意味から判断しようとしているので、このような錯誤が起こりやすいのでしょう。
    文法が嫌いで、文法なんか必要ない、英語は意味がわかれば何とかなるとよく口にする子でした。
    むしろ、とにかく文法がわからないので、意味から判断しようとしていたのかもしれません。

    CとOの識別は、品詞からも判断できます。
    Cになるのは、名詞・代名詞または形容詞。
    あるいは、それと同じ働きをする句や節。
    Oになるのは、名詞・代名詞。
    あるいは、それと同じ働きをする句や節。
    ですから、動詞の後ろに形容詞がある場合、それはCです。
    動詞の後ろが名詞の場合は、OかCか、さらに考える必要がありますが。

    しかし、文法が苦手な子は、このような話は嫌いです。
    「形容詞」「名詞」という言葉を聞いた瞬間に電源オフ。
    そんな子が多いです。
    彼らは、名詞と形容詞の区別がつきません。
    freshの意味を訊くと「新鮮」と答えてしまいます。
    「新鮮な」と正しい形で覚えていることがほとんどありません。
    文法が苦手な子の多くは、単語の意味をほとんど名詞の形で覚えています。
    動詞も名詞の形で覚えています。
    例えば、understndは「理解」。

    英語なんて単語の意味がわかれば何とかなると、そういう子は言いがちです。
    しかし、文が複雑になるにつれて、品詞や文法を把握していない子たちは、文意を読み取れなくなっていきます。
    個々の単語の意味をすべて名詞で理解しているのですから。
    そういう子にとっては、文は名詞の羅列です。
    それぞれの語の関係はつかめないので、文全体として何を言っているのかわからなくなっていきます。

    別の子の例。
    この子は、「現在完了」を勉強しているところでした。
    I haven't done my homework yet.
    この英文は、「完了」「経験」「継続」「結果」のうちのどの用法か。
    この問いに、彼女は、「継続」と答えました。
    「私は、まだ宿題をやっていない」
    やっていないのだから、完了していない。
    きっと今もやっている。
    だから、「継続」。
    そういう判断でした。
    ここにも、文法と文意の混同が見られました。
    文意だけで判断すると、否定文になった途端、分析できなくなってしまいます。

    「already やyet を使っている現在完了の文は、完了の用法だよ」
    「えー?そうなのお?」
    と驚くのですが、その話をするのは、もう何度目がわからなかったのです。
    ちょっとしたことで簡単に分析できるのに、それを覚えようとしませんでした。
    常に意味から判断しようとしていました。
    幾度間違えても。

    意味から判断する子は和訳は得意なのかというと、そうではありません。
    同じ子が、英文を訳したときのこと。
    My grandmother sends me a postcard every month.
    「私の祖母は、毎月私に絵手紙を送る」
    この和訳を見たとき、「絵手紙」という言葉に、虚をつかれました。
    絵手紙?
    postcard が?

    「postcardって、葉書という意味だけど?」
    「え?」
    「絵手紙という意味はないよ。単なる葉書だよ?」
    「えー?これ、間違いになりますか?」
    「・・・この単語の分だけ減点されます」
    「えー?」

    「祖母」だから「絵手紙」という推量なのでしょうか。
    確かに、絵手紙を趣味とする人は、若い人よりは中高年が多いでしょう。
    確認すると、本人のおばあさんが絵手紙が趣味だというわけではありませんでした。
    なのに、一般論で、そういう推量をしてしまう。
    それが、正しいと思ってしまう。
    かなり面倒くさい誤読の仕方です。

    おそらく、普段から、名詞の羅列に過ぎない英文をどうにか想像で補って意味を取っているので、ちょっと想像のピントがずれると、たちまちこのような誤読が起こるのだと思うのです。
    文を読むというのは、英文にしろ日本文にしろ、そのように単語の羅列を勝手に想像で補って意味を取るものではないのですが、目立つ単語をちょいちょいと拾って意味を想像しているだけの読み方をしている子は、このような誤読の罠に簡単に陥ります。

    When I saw the picture , I couldn't help thinking of her.
    「その写真は彼女であると、私は思わずにいられなかった」
    これも、不可解な混線を感じる和訳です。
    正しい訳は、「その写真を見ると、私は彼女のことを思わずにいられなかった」です。
    ここでは「写真」と訳しましたが、これは、「絵」である可能性もあります。
    そして、それは彼女の写真や肖像画であるとは限りません。
    何かの風景画かもしれません。
    別の人物の写真かもしれません。
    とにかくそれを見ると、彼女のことを思わずにいられないのです。
    しかし、そういう可能性を全て排除して、いきなり the picture を「彼女の写真」と思い込んでしまうと、これが長文の中の一文であった場合、その前後の読み取りに錯誤や混乱が起こる可能性があります。

    何かを頭の中で想像してしまい、それを和訳に反映させてしまう。
    前の「絵手紙」も、そういうことでしょう。
    これは、英語に限らず、国語の問題を読んでいてもやってしまう可能性のあることです。

    なぜ、書いていないことを読み取ってしまうのでしょう。
    「行間を読め」と言う人がいますが、行間なんて勝手に読んだらダメです。
    書いてないことは、読み取ってはいけません。
    必要なことは、全部書いてありますから。
    書き方が遠回しだったり高度な修辞が用いられていたりして、読み取りが難しい場合があるだけで、読解とは、基本、書いてあることしか読まないことです。
    書いてあることは正確に読み飛ばさず読み取る。
    書いていないことは一切読み取らない。
    読解とは、そういうものだと思うのです。
    書いてあることを読み飛ばすのに勝手に行間を読んでいては、必ず誤読してしまいます。

    1つ1つのズレは小さいけれど、積もり積もって本来の英文とは全く違うストーリーが頭の中で組み立てられてしまう子がいます。
    英文解釈の苦手な子に多いです。
    単語の意味が全部わかっていても解釈が歪んでしまうのですから、意味のわからない単語もあってそこは推測しながら全体の意味を読み取るとなると、さらにおかしな誤読が始まってしまいます。
    これをただすのは、英語力の問題だけではないので、厄介で時間がかかります。
    繰り返し繰り返し、何をどのように誤読しているか、本人とともに誰かが伴走し、指摘していかなればなりません。

      


  • Posted by セギ at 11:47Comments(0)英語

    2018年11月07日

    中3英語。分詞の形容詞的用法の英作文。


    さて、分詞の形容詞的用法に関する問題。
    乱文整序問題でも、日本語を英語に直す問題でも、分詞がからむと語順でミスをする人が多くなります。
    例えば、こんな問題です。

    次の日本語を英語に直しなさい。
    「ベンチに座っているあの老人は、私の祖父です」

    これのよくある誤答。
    That old man is siting bench is my grandfather.

    細かいところから解説すると、「ベンチに座っている」は、sitting on the bench です。
    語末の直前に短母音、すなわち詰まっている音を感じたら、語尾の子音字は2回重ねてing。
    だから、sit の現在分詞は、sitting。
    こういう細かいルールが覚えられず、常に減点との闘いの子が多いです。
    さらに、前置詞や冠詞の有無。
    on the bench がスラッと出てこない。
    前置詞や冠詞は、個々に覚えて脳内に蓄えてきた英文の集積がものを言います。
    英語学習の最初から前置詞や冠詞を1度も自力で思いついたことがない子は、そのままでは、その後も延々と前置詞や冠詞のない英文を量産し続ける可能性が高いです。
    今学習している文法事項と関係ないミスでも、
    「また、このミスをした」
    と強く意識し、間違えた問題にはバツ印をつけ、後で解き直し、また同じ間違いをしたら、さらに問題にバツ印をつけ、また後で解き直し、ミスをしなくなるまで反復することが必要です。
    同じミスを繰り返す人は、この作業をしていない人が多いのです。

    そういう人が、ミスに鈍感なのかというとむしろ逆で、自分のミスに精神的に耐えられず、ミスしたことを目に見える形で残すことが嫌で、問題にバツ印をつけられない、ミスしたことを記憶したくない、というタイプの子のほうが多いです。
    根底にあるのは、勉強に対する苦手意識なのでしょう。
    自分のテストの点数がそんなに高くないことはさすがに自覚しているのですが、それでむしろ、
    「こんなことくらいは、わかってる。今ちょっとミスしただけ」
    「私は、一度ミスしたらもう一度やらなくたって理解できる」
    と自分を守ってしまうタイプです。
    より完璧を目指す秀才の心のあり方とは、随分違っています。
    自分のテキストや問題集に自分でバツ印をつける程度のことが、なぜプライドの問題になってしまうのか?
    今、練習しているときに間違ったことは、本番で間違わなければ良いのです。
    ここを完璧にしておけばいいんだ。
    そう思って冷静に、というよりむしろ何も思わず機械的にバツ印をつけ、後日解き直すのが秀才の心のあり方です。
    大事なテストで同じミスをして失点するほうが余程プライドが傷つきます。
    秀才になるには、まず心のモードを秀才スタイルにしましょう。ヽ(^。^)ノ

    もう1つ言えば、前置詞や冠詞のミスが多い人は、そもそも英作文の演習をあまりしていない人が多いです。
    英語の勉強というと、英文を眺めて意味が理解できればOK。
    そんなふうに、できるだけ楽な勉強方法に流れていないでしょうか。
    日本語を英語に直すのは、上手くできないし苦しいから、避けてしまう。
    嫌なこと・苦手なことはやりたくない。
    気持ちはわかるのですが、それでは、テストのときだけ自分の一番苦手なことと直面することになります。
    結果が良くなるわけがありません。


    さて、前置詞・冠詞など、範囲外でミスする話はこれくらいにして。分詞の話。

    That old man is sitting on the bench is my grandfather.

    これもまだ間違っています。
    「分詞」の理解が不十分です。
    これまで学習してきた英文の語順から解放されていないのでしょう。

    「ベンチに座っているあの老人は、私の祖父です」

    この日本文から、主語は「あの老人」と判断し、That old man と書き出したところまでは素晴らしいのです。
    しかし、主語を書くと、次はいつも通りの動詞を書きたくなってしまう身についた習性で、
    That old man is sitting on the bench
    と書いてしまう。
    その後、「・・・は私の祖父です」という日本語を見て、
    is my grandfather.
    と続けてしまう。
    本当によくあるミスです。

    もう一度、日本文を確認してみます。
    「あの老人はベンチに座っている」ということを言いたいわけではないのです。
    「ベンチに座っている」という語句は「あの老人」を修飾しています。
    修飾とは、より詳しく説明すること。
    言い方を変えれば、意味を限定すること。
    「あの老人」では、まだどの老人なのか漠然としています。
    向こうを歩いている老人かもしれません。
    あそこでテニスをしている老人かもしれません。
    目の前にいない、さっき話題に出た老人のことなのかもしれません。
    ベンチに座っているあの老人。
    と、より詳しく説明し、対象を限定すること。
    それが修飾する、ということです。

    英語では、2語以上の意味のまとまりで名詞を修飾するとき、名詞の直後にその修飾語句を置く、というルールがあります。
    だから、That old man と言ったら直後にその修飾語句 sitting on the bench をつけます。
    つまり正解は、
    That old man sitting on the bench is my grandfather.

    です。
    is の前までが主語とその修飾語。
    長いですね。
    こういう主部の長い文のバランスに耐えられない子は、こんなミスもしがちです。
    That old man is my grandfather sitting on the bench.
    これでは、修飾されている名詞は「私の祖父」になってしまいます。

    分詞の文は、これまでとは異なるバランス、異なる語順だと念頭におくこと。
    どうか頭を柔軟に。

    もう1問。
    次の日本文を英文に直しなさい。
    「ぜいたく品の販売が増加したことが、その国の繁栄の指標であった」

    単語を補助しましょう。
    増加する increase
    贅沢品の販売 the sale of luxuries
    指標 an index
    繁栄 prosperity

    これのよくある誤答。
    The sale of luxuries increasing was an index of the country's prosperity.

    何が違うのか?
    現在分詞の位置です。
    2語以上の意味のまとまりならば、名詞の直後に修飾。
    しかし、単独ならば名詞の直前で修飾します。
    だから正解は、
    The increasing sale of luxuries was an index of the country's prosperity.

    前から名詞を修飾するのを「前置修飾」、後ろから名詞を修飾するのを「後置修飾」と呼びます。
    現在分詞だけでなく、過去分詞も、前置修飾と後置修飾があります。
    現在分詞か過去分詞か。
    前置修飾か後置修飾か。
    この組み合わせで合計4通りが存在し、そのどれであるかを判断して英文を作っていくのが、分詞の形容詞的用法の課題です。

    その名詞がその動作をするならば現在分詞、その動作をされるならば過去分詞。
    単独ならば前置修飾、2語以上の意味のまとまりならば後置修飾。
    分析の基準はこれだけです。

    理屈が好きな子は、このルールさえ守れば済むと理解すると、楽々と単語を並べていけるようになります。
    しかし、文法に対して抵抗感のある子は、このルールが身につきません。
    「もうわからないから、全部後ろにする。そういう問題のほうが多いし」
    などと、ヤマを張り始めます。
    そんな諦め方をしなければならないほど難しいことではないのですが。

    ここが頑張りどころです。
    「何で英語ってこんなに難しいの!」と癇癪を起さないで。
    ルールを理解できれば、あとはスムーズです。
      


  • Posted by セギ at 12:23Comments(0)英語

    2018年11月02日

    中3英語。分詞の形容詞的用法。


    中学3年生の秋になると、「分詞」「関係代名詞」と立て続けに修飾句・修飾節の学習に入り、1文が長くなり、難しくなります。
    感覚で単語を並べて英文を作ってきたタイプの子たちが、ここで大きくつまずきます。
    分詞や関係代名詞を含む文は、感覚でつかめないためでしょう。
    これらは、感覚でつかむものではなく、理屈で理解するもの。
    システムを理解するものです。
    いよいよ文法知識が力を発揮します。

    問題 次の文を英文に直せ。
    「イタリアは、長靴のような形をしている半島です」

    単語の補助をするならば、「長靴」は、a boot。「形づくる」はshape。
    「半島」は、peninsula。
    これで大丈夫でしょうか?

    いや、これが大丈夫ではないことがあるのです。
    よくある誤答。
    Italy is a peninsula shaping like a boot.

    では、次の問題。
    「カナダで話されている言語は、英語とフランス語です」
    これのよくある誤答。
    The languages speaking in Canada are English and French.

    上の2つの共通の間違いは何か?
    過去分詞を使用すべきところで、現在分詞を使用しているのです。

    正解は、
    Italy is a peninsula shaped like a boot.
    The languages spoken in Canada are English and French.

    現在分詞と過去分詞は、どうやって使い分けるのか?
    高校生になると、自動詞と他動詞でどうのこうのと、かなり難解な解説もされますが、わかりづらいので、できるだけ柔らかくわかりやすい説明をしますと、
    修飾される名詞がその動作をするなら現在分詞。
    修飾される名詞が、その動作をされるなら過去分詞。
    この理解で大半はOKです。
    そのルールから外れる動詞は例外として個々に覚えてしまったほうがむしろ楽だと思います。

    すなわち、「半島」は「形づくられる」ものだから、過去分詞。
    「言語」は「話される」ものだから、過去分詞です。

    では、なぜ誤答する子が多いのか?
    覚え方を間違えているのです。
    「~ている」なら現在分詞。
    「~した」なら過去分詞。
    と、日本語訳から判断している子が案外多いのです。
    正しい説明を受けても、難しく感じて、自分なりにアレンジしてしまうようです。
    英語に関しては、こういう「先生の説明が難しいから自分なりにアレンジ」する子ほど徐々に英語ができなくなっていく可能性が高く、恐ろしいのです。
    簡単にアレンジできるのなら、最初から簡単に説明します。
    難しくしか説明できないことだから、難しく説明しているのです。

    そもそも、そんなに難しくないです。
    修飾される名詞が、その動作をするのなら、現在分詞。
    修飾される名詞が、その動作をされるなら、つまり受け身なのなら、過去分詞。

    文法を理解するだけで、文法問題をスラスラ解けるようになります。
    教科書の練習問題を丸暗記したって、テストに出るのは、その類題。
    解き方のルール、すなわち文法がわかっていればそれも楽々と解けますが、ルールがわかっていないと全く別の問題に見えますので、勘が頼りの当てずっぽうで解くことになります。

    問題 ( )内の語を適切な形にせよ。

    The man (stand) at the door is my father.

    修飾される名詞は、直前のmanです。
    man は stand という動作をするのでしょうか?
    されるのでしょうか?
    組体操ではないので、man が誰かに立たれたりはしません。
    man は立っています。その動作をしています。
    だから、答えは、standing です。

    当てずっぼうの感覚や聞き覚えに頼って解いていた子は、最初はこうした解き方に戸惑ったりイライラしたりすることがあるのですが、汎用性の高さに気づくと、必ずこの解き方にシフトします。
    文法問題への不安は氷解していきます。

    最低限の文法を理解することは、賢い選択ですよ。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 10:55Comments(0)英語

    2018年10月17日

    雨に似ている?雨が好きです?



    It looks like rain.

    「雨に似ている」と訳してしまう子は、文法的な把握はできています。
    少し誘導すれば、正解に達することができます。
    「うん。雨に似ている、雨のように見える。というのは、つまり、どういうことかな」
    「あ。雨が降りそうだ、だ」
    「そう。正解」
    英語の表現の仕方って、即物的というか、そのまんまだよね、わかりやすいよねー、と話も弾みます。

    ところが、わからない子は、ヒントを出しても、わからない。
    いえ、私の誘導が悪いのでしょう。
    「雨に似ている、というのは、つまり、どういうことかな?」
    「・・・・雪?」
    「いや、雪ではなく」
    「みぞれ?」
    「いや、そういうことではなく」
    「わかった、あられ?」
    うーむ。

    でも、もっと深刻なのは、下のような誤訳。
    「私は、雨が好きです」
    It と I を見間違えています。
    把握できない look は、無視しています。
    英文を読む姿勢が雑で、目についた単語をちょいちょいと拾っているだけです。
    文法なんかわからなくても、英語はニュアンスで何とかなる。
    単語さえわかれば、何とかなる。
    そんなふうに思っていて、限界が来ている姿です。

    like には、動詞の like と、前置詞の like があります。
    その2つは見た目はそっくりですから、文の中の位置や働きで識別しなくてはなりません。
    すなわち、文法的な把握が必要です。

    そういう事実を示すと、英語に対して怒り出す子が、かつていました。
    「何だよ、面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」

    他人の子どものこととして聞くと、ダメな子だなあという感想が湧くかもしれません。
    しかし、口に出さないだけで、英語が苦手な子は、多かれ少なかれこういうことを内心で思っているのかもしれません。
    口に出しても出さなくても、ダメな考え方であることに変わりはありません。

    英語に限らず、学習に対する姿勢が雑な子は、そうした雑な姿勢でも小学校の頃は大丈夫だったのではないかと思います。
    斜め読みでも、拾い読みでも、正解を出すことができたのだと思うのです。

    学年が上がるにつれて、学習内容は複雑になり、緻密な読み取りが要求されます。
    今までのような雑な姿勢は通用しなくなります。
    子どもは子どもの全人生で雑なやり方を今まで通してきたのですから、変えることには抵抗があります。
    今までのやり方で雑にやっていきたいのです。
    自分のスタイルを変えたくない。
    その抵抗感が、
    「何だよ面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」
    という怒りに表れているのかもしれません。

    自分のスタイルを変えてでも得るものがあるかどうか。
    あるいは、そういう判断ができるほどにその子の心が成長しているかどうか。
    面倒くせえけど、でも、この面倒くせえことをやると、ああなってこうなって、こういう可能性が広がって、だから、この面倒くせえことはやる価値がある。

    実利の面からそのようにやり方を変えるのは、受験期の子どもに起こり得ることです。
    特に中3の受験生で秋以降に急激に学力をつけていく子は、こういう子が多いです。

    しかし、そうならない子もいます。
    面倒なことを丁寧にやる努力なんかしたくない。
    努力しなくてもできるのがカッコいい。
    本気なんか出したくない。
    そう思っているかのように、受験が近くなっても努力できない子もいます。

    ・・・・努力してもできるようにはならないかもしれない、という内心の不安も原因の1つかもしれません。
    努力しないでいる間の自分の可能性は無限です。
    しかし、本気で努力しても結果が出ない場合、自分の可能性はそこまでだと思い知ることになります。

    同じように受験に失敗するのだとしても、
    「あまり勉強しなかったから、まあ仕方ない」
    と言い訳できるほうがいい。
    全力で頑張ったのに不合格だったら、自分の能力を思い知ることになる。
    そのとき、自分がどれだけ傷つくだろうと考えたら、怖くて努力できない。
    努力すれば合格していたんだ、自分は本当は素質があるんだ、とずっと思っていられるほうがいい。

    努力しても結果につながらないと知るのが怖いから、努力できない。
    そういう気持ちになっている子は、そう簡単には努力できるようにならないと思います。

    努力しなかった場合は、結果はダメでも、
    「まあまあまあ。まあこんなもんでしょう」
    とごまかすことが可能です。

    努力してダメだった場合、それとは次元の違う傷つき方をするのは事実です。
    でも、傷は時間が解決しますし、その後、また頑張れるのですが、努力したことのない子は、それを知りません。

    努力しなかった場合、逃げ癖がつきますから、その先もずっと努力せず言い訳だけしていくかもしれません。
    傷は表面化しないが、確実に内攻していきます。
    努力して傷ついた場合よりも、長い時間をかけて深く深く、傷は心の内をえぐっていきます。
    いくら何でも30歳を過ぎてまで「自分は本気出してないだけ。本気でやればできるんだ」と思っていられるほど、人は愚かではありませんから。
    努力できない自分、大事なところで努力できなかった自分を呪う気持ちのほうが年月とともに強くなっていくかもしれません。

    子どもを褒めるときは、その子の素質を褒めるのではなく、努力していることを褒めなさい。
    近年、そう言われることが多いのは、努力と結果と素質が上のようにグチャグチャに絡んで努力できなくなってしまうことを避けるためもあるのでしょう。
    素質はあるのに努力できない子は多いですから。
    それは、勉強に限らず、あらゆる分野で。
    努力を、結果や素質と切り離し、とにかく努力していることを褒める。
    努力していることに褒賞がある状態にする。
    努力が喜びと繋がるようにする。
    そういう教育論は納得できます。

    本来、勉強は、結果が得られるからするというものではありません。
    勉強すること自体が喜びです。
    難しいことを理解する喜び。
    理解できる自分を知る喜び。
    努力する喜び。
    それを知っている子は、目先の試験の結果などを越えて、もう大丈夫だと思うのです。
    幸福な人生は、必ずしも成功と結びついているわけではない。
    そういうことも、過程を重視できるようになれば実感できるようになると思います。
      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2018年10月10日

    ラジオ講座「高校生からはじめる現代英語」はお薦めです。


    「読む」「聴く」「話す」「書く」の4領域が、高校入試や大学入試に今後どのように影響し、今とはどう違ってくるのか、いまだに揺れている英語教育界です。
    とはいえ、入試に限定せず視野を広げた場合、音声としての英語に触れていくことは、英語教育に必須のことです。

    「読む」「書く」は、自宅でもコツコツ学習できますが、問題は「聴く」「話す」力をどう伸ばすか。
    セギ英数教室では、毎回の授業でリスニング問題を解いたり、英検の2次試験の模擬面接を行うなどで「聴く」「話す」演習をしています。
    しかし、週1回の授業だけでなく、日常でもっともっと練習できる方法はないだろうか?
    できれば、無料で。
    あるいは初期費用のみで。
    しかも、信頼できる内容の教材で。

    そう考えると、NHKラジオ講座がやはり有効です。
    街の英会話教室よりもはるかに能力の高い講師が教えてくれて、番組自体に英語教育のノウハウの長い蓄積もあります。
    食わず嫌いで避けているのは勿体ないです。

    私自身のことで言えば、中学に入学する際、入学案内の書類の1枚に「ラジオ講座『NHK基礎英語』を必ず聞きなさい」と記された案内が入っていました。
    入学式より前にその年度の初回放送が始まるので、事前にそういう連絡をしたようです。
    初回放送日・放送時間・NHK第2の周波数がその書類に記されていたと記憶しています。

    ラジオ講座を聴かねばならない。
    でも、『基礎英語』は朝早くとか、午後とか、夜の6時台とか、変な時間にやっていて、学校が始まったらその時間には聴けない。
    ラジオ放送を録音できるようにラジカセが欲しいと、私は母にねだって買ってもらいました。
    そのラジカセは、実際にはラジオ講座以外での活用も多かったです。
    いえ、ラジオ講座もそこそこ真面目に聴きましたが。

    ラジオ講座は、毎晩勉強を開始する良いきっかけでもありました。
    ラジオ講座を聴くためにとりあえず机に向かう。
    ラジオ講座を聴く。
    その後、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を言えるまで暗唱する。
    それから、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を書く。
    テキストを見て、自分の書いたものを添削。

    この作業で、当時、40分から50分かかっていました。
    月曜から金曜まで毎日これでしたから、学習時間の中で英語に使う時間が随分多かったかもしれません。
    しかし、これさえやっていれば、学校の英語の予習・復習はほとんど必要ありませんでした。
    他には、テスト前に教科書準拠ワークを解くくらい。
    それ以外の英語の勉強は必要なかったのです。
    ただ聴くだけでなく、テキストを暗唱したり書いたりする学習が効果的だったのだと思います。

    ラジオ講座を聴くために机に向かうのが毎日の習慣になり、いったん机に向かえば弾みがついて英語に続いて他の科目も勉強しましたので、毎日2~3時間の家庭学習も自然に行うことができました。

    ただ、これは、私が自ら進んでやっていたから効果的だったことです。
    これを強制されたらたまったものではないというのも理解できます。
    ラジオ講座については、生徒からは否定的な話を多く聞きます。
    いや、むしろ、生徒からラジオ講座について好意的な話を聞いたことがありません。

    私立の中学校では『基礎英語』がテスト範囲に含まれることがあります。
    しかし、ラジオ講座を聴く習慣を作れない子は多いです。
    下手をするとテキストすら買い忘れています。
    家にラジオがないし、ラジオの聴き方がわからない、と言う子もいます。
    2か月分のラジオ講座のテキストが定期テストの範囲。
    文法事項は何とかカバーできても、単語・熟語の数は膨大です。
    そして、定期テストで出題されるのは、大半はその単語・熟語なのです。
    他をどれだけ指導しても、『基礎英語』からの出題で失点があるので、80点取るのでも必死でした。
    「塾で英語を習っているのに、なぜ70点台なの?私は中学時代に英語でそんな点を取ったことがないけど?」
    と親から怒られたと、生徒から愚痴を聞かされたりもしました。
    『基礎英語』の単語・熟語を宿題にして塾でテストしたりもしましたが、どうも定着が悪く、結局、テスト前には何も覚えていない子もいました。
    教科書のほうが大事なんだから『基礎英語』なんかそんなにテストに出ないよと毎回言い出し、そうして、テストが終わったら落ち込む繰り返し。
    教科書以外のテスト範囲を簡単に捨てる子は、親が思う以上に多いです。

    また、もっと積極果敢に家庭で英語教育に関わるお母様が、『基礎英語』を自ら録音し、子どもに毎日聴かせているという話も、生徒からは愚痴として聞かされたことがあります。
    「『基礎英語』って、月曜日と火曜日は同じ内容なのに、いちいち録音していちいち聴かせられるんだけど、無駄じゃね?そう言ってもママは怒るだけだし」
    「・・・・・2回聴いたほうが勉強になるから。そういう意味じゃないのかな」
    「どうせ聴くふりだけで聴いてないから、無駄だよ」
    「・・・・聴こうよ、それは。その時間、縛られているのなら、せめて聴こうよ。意味のあるものにしよう」
    「聴いていると何か別のことを考えちゃう。眠くなっちゃうし」
    ( ;∀;)

    どんなに素晴らしいコンテンツが存在しても、本人が自らやる気にならない限り、何の意味もありません。
    『基礎英語』が押し付けられた義務である限り、それは呪いでしかない。
    そんなわけで、私は、生徒にラジオ講座を勧めることはありません。

    とはいえ、良質で新鮮なコンテンツが豊富なので、本当に勿体ない。
    ラジオは無料で聴き放題です。
    学校のテスト範囲でない限り、テキストなんていちいち買わなくていいのです。
    「聴く」「話す」練習のためにラジオ講座を利用するなら、テキストはないほうが良いくらいです。
    ラジオ講座に関する負のイメージを払拭し、活用する生徒が多くなることを願います。
    実際に英語が得意な人は、ラジオ講座肯定派が大半です。
    一番良い方法を否定しながら「英語が得意になる良い方法はないですか?」といつもきょろきょろし、読まない参考書を買い、続かない英語教材を購入し、効果の薄い英会話教室に高いお金を払うのは勿体ないです。


    「実践ビジネス英語」は安定のコンテンツで、私は、最初の「やさしいビジネス英語」の時代からもう30年聴いています。
    NHKのラジオ講座の中ではもっとも難しい。
    高校生では、英検準1級に挑戦するレベルの子にお薦めです。

    最近新たに聴き始めたのは「高校生からはじめる『現代英語』」。
    毎週火曜日と水曜日の18:30~18:45に放送しています。
    土曜日・日曜日の昼の12:40~12:55に再放送があります。
    日曜日の夜22:25~22:55にまとめて2回分再放送もあります。
    しかし、どれもこれも不便な時間帯です。
    私は、ポータブル・ラジオ・レコーダーを使用しています。
    予約録音が可能で、一度設定すれば毎週同じ時間帯に自動録音されていますし、スピーカーのついた土台からはずせば、ガラケーほどの重さとサイズになり、どこでもイヤホンで聴くことができます。
    夕飯を食べている途中で、時間を見てカセットテープの録音スイッチを入れにいっていた中学生の自分に教えてあげたい便利さです。

    さらに言えば、NHKは「らじる☆らじる」というアプリでインターネット放送が聴けますので、今はスマホでラジオ放送を聴くことが可能です。
    「NHKゴガク」というアプリもあります。
    これは、先週放送分の語学放送を聴くことが可能なアプリです。
    とにかく、「オンタイムでしかラジオを聴く方法がないが、そんな時間にラジオは聴けない」という件をクリアしないと、ラジオ講座を聴く習慣は作れません。
    物理的に無理、ということになってしまいます。
    ラジオなんて家にない、という子も今は多いですから。
    一方、radikoというアプリで、スマホで民放ラジオを聴くのを好む若者も静かに増えてはいるのですが。

    「高校生からはじめる『現代英語』」。
    内容は時事英語です。
    英語ニュースの原稿を高校生向けに易しく書き直したものが使用されています。
    範読も比較的ゆっくりで明瞭です。
    週に2回だけのプログラムで、1回目は、その英語ニュースの内容解説。
    全体の和訳と重要表現の確認などで、ラジオ講座としては普通の内容です。
    興味深いのが2回目の放送。
    まず、もう一度、1回目と同じ英語ニュースの範読を聴いておさらいします。
    その後、「反訳トレーニング」というのを行います。
    英語ニュース本文からピックアップした文を、日本語から英語に直す練習です。
    まずは、1文を3つに分けて、範読に続いてリピート。
    次に、分解した1部分ずつを日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    さらに、1文全部を日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    これを3つの文で練習します。

    上にも書きましたが、これは私が中学時代に自分でやっていた練習法です。
    そして、今も塾で生徒に学校の教科書の本文を使ってやっている学習法です。
    塾ではこれを「その英文を書く」までやりますので、さらにレベルが上がりますが。
    英語学習としては一番ハードで、一番効果がある方法です。
    とにかく、重要な英語表現を自分の中にインプットしないと、アウトプットなんて一生できません。
    口をついて出る英語、すっと書くことのできる英語は、いつか覚えた英語そのままか、そのバリエーションです。
    また、これはケアレスミス対策でもあります。
    時制、冠詞の有無、前置詞は何を使うかなど、今学習している単元とは直接関係ないのに常に失点原因になることへの対策としても有効です。
    ただの丸暗記ではなく、文法的把握をし、英語の構造を理解しながらの暗記が効果的です。

    3つの文の暗唱の後、まだ続きがあります。
    「では、今覚えた表現を利用して、別の英文を作ってみましょう」
    そして、日本文が言われ、それを自力で英訳します。
    発展練習まであるとは。
    その後は、日本人講師と外国人講師とで、その英語ニュースに関する短い会話があります。
    先程練習した重要表現をわざと織り込んで会話しています。
    色々と工夫されたプログラムです。
    これは、高校生にお勧めの番組です。
    英語が得意な高校生なら、テキストは要らないと思います。
    むしろテキストがあると「読む」ことに注意がいってしまい、ちゃんと聴かないし、反訳トレーニングもテキストをつい見てしまい、結果テキストを音読するだけになって効果激減の可能性があります。
    テキスト無しで聴いて、内容の聞き取りも反訳トレーニングもどこまで可能か頑張ってみるとやりがいがあると思います。
    ラジオ講座を聴こうと思い立った人が、書店で来月分のテキストを買い、いざその月になると思い立ったときの意欲がなくなっているというのはよくある話です。
    今週から聴くことにしないと、モチベーションなんて泡のように消えていきます。
    この番組、週に2回、合計で30分というのも、初めてラジオ講座に接する人にはハードルが低いと思います。

    他にも、文科省の意向に沿って、今は「聴く」「話す」を意識した番組が多いです。
    「世界へ発信!ニュースで英語術」という5分間の番組もあります。
    月曜日から金曜日まで、毎日昼の12:55~13:00に放送。
    土曜日の夜23:00~23:25に5回分まとめて再放送があります。
    こちらも時事英語ですが、少しレベルが上がり、実際のニュース原稿が使用されます。
    明瞭な範読と明晰な和訳の後、実際のニュースを聴きます。
    「聴く」力の養成に特化した番組です。
    テキストはありません。

    「遠山顕の英会話楽習」という番組も最近試しに聴いてみました。
    月曜日・火曜日・水曜日の朝の10:30~10:45。
    土曜日の朝7:50~8:35と夜の21:00~21:45に3回分まとめて再放送があります。
    遠山顕先生というと、もう30年近く前、「英会話入門」で、ネイティブ講師2人と声を揃えてノリノリで放送していたのを楽しく聴いたなあと懐かしく思い出します。
    その後、「ラジオ英会話」に変わっても同じノリの番組を続け、長年のファンが沢山いるのだと思います。
    英語学習という目的を越えた番組自体のファンがいるのですね。
    私が初めて聴いた30年ほど前は若々しい声の溌剌とした先生でしたが、30年ぶりに聴くと、声がかなり老けていました。
    口調が民放の名物ラジオパーソナリティーみたいになっています。
    この番組は、高校生向けというよりも、長年のファンのための番組なのでしょう。
    遠山顕の、と銘打っているところからもそれがうかがえます。
    ノリについていけると楽しい。
    そうでないと、ちょっと困惑するかもしれません。
    テキスト範読は案外スピードが速い。
    そして、高校英語・受験英語のボキャブラリーにはない語句が出てきます。
    「話す」コーナーもスピーディーです。
    長年の番組ファンへの信頼から、レベルはおのずと高くなる。
    そんな印象の番組です。
    高校生よりも、社会人・主婦・シニアの方にお薦めです。


    「ラジオ英会話」も聴いてみました。
    月曜日から金曜日まで、朝6:45~7:00。
    再放送はその日の夜9:45からあります。
    さらに、5回分まとめて日曜日16:30~17:45に放送されます。
    「基礎英語3」を卒業して、なおもラジオ講座を聴きたい高校生は、この番組に進級するのが順当なのでしょう。
    今月は「不定詞・動名詞」を扱っています。
    内容は簡単で、英語が得意な高校生にはおそらく物足りない。
    英語が苦手な子にはとっつきやすく、レベルもあっている番組と思います。
    月曜日から木曜日までは毎日新しい会話文です。
    文法事項や重要表現などの解説、リピート練習など普通の内容の番組です。
    その日の重要文法事項を用いて日本語を英語に直す練習もありますが、これも文法の典型題という印象で、平易です。
    易しいなあと思いながら月曜日から木曜日まで聴くと、金曜日は復習の日。
    易しい番組のはずが、この日だけレベルが上がります。
    「話す」力を鍛えるコーナーがあるのです。
    例えば、
    「あなたは、学校の先生です。いつも遅刻してくる生徒がいます。もう遅刻はしないと約束したのに、また遅刻をしてきました。その生徒の将来の夢は電車の運転士になることです。遅刻をする癖があっては、夢は叶いません。そのことを叱ってください」
    ・・・・はあ?
    テキストがあればまた違うのでしょうが、耳で聴くだけですと、その英文が口をついて出るかどうか以前に、言うべき内容を覚えきれない・・・。
    「ラジオ英会話」は、金曜日だけ聴くのもありです。

    「英会話タイムトライアル」も聴いてみました。
    月曜日~金曜日の朝8:30~8:40。
    土曜日の朝7:00~7:50に5回分まとめて再放送があります。
    これは「話す」に特化した番組です。
    言われた日本語をとにかく英語に直す練習が繰り返されます。
    日常レベルの英語がとっさに口をついて出るようにする練習です。
    これも金曜日がハイレベルです。
    対話形式の練習があり、放送の「無音」の部分を自分の英語で埋めていきます。
    1文しか言えないこともあるでしょうし、5文くらいのまとまった内容を返すことも可能です。
    模範を聴いて、もう一度トライできるのも良い構成です。
    番組のレベル設定は「基礎英語3」と「ラジオ英会話」の間くらいで、ヨーロッパ言語共通参照枠A2~B1と、基礎学習者のレベルです。
    しかし、「話す」というのは通常4領域の中で最も遅れてしまう能力で、その分やりがいもありますので、実際にやってみるとそんなに易しくないと思います。
    これもテキストは見ないでやるほうが力がつくでしょう。

    「聴く」「話す」をラジオ講座で伸ばす。
    今回は、そんな話でした。
      


  • Posted by セギ at 14:18Comments(0)英語

    2018年10月03日

    不定詞の学習。中学3年レベルその3。want~to 不定詞などの文。



    中3で学習する不定詞。最後は、「
    want ~to不定詞」などの用法です。

    中2では、以下のような文を学習しました。
    I want to play the piano.
    「私はピアノを弾きたい」
    この文で、to play the piano をするのは、主語である「私」です。
    それに対して、中3で学習する文は、
    I want you to play the piano.
    「私はあなたにピアノを弾いてもらいたい」
    この文で、to play the piano をするのは、「あなた」です。
    意味の違いはこれで明瞭ですね。
    不定詞の動作主(意味上の主語)は誰であるのかを強く意識するとこの文のパターンは理解しやすいと思います。

    この構造の文は、動詞ごとに理解しておくと楽です。
    高校英語ではもっと増えますが、中学3年生が学校で学習するこの構造の文の動詞は、基本的にはwant、tell、askの3つです。
    この3つの動詞を使った文の構造と意味をまずは正確に理解しましょう。

    ①「主語+want +誰々+to不定詞」。
    主語は、誰々に、~してほしい。
    I wanted him to play baseball together.
    私は、彼に一緒に野球をしてほしかった。
    「誰々」の部分は、「世界」など、人間でないものが入ることもありますが、「誰々」で覚えておくとわかりやすいでしょう。

    ②「主語+tell+誰々+to 不定詞」。
    主語は、誰々に、~するように言う。
    Our teacher told us to read many books.
    私たちの先生は、私たちに多くの本を読むように言った。

    ③「主語+ask+誰々+to不定詞」
    主語は、誰々に~するように頼む。
    これは依頼の文です。
    I asked my mother to help me.
    私は母に手伝ってくれるよう頼んだ。

    基本は、want,tell,ask の3つの動詞でこの構造の文を作れるようになっておけばOKですが、教科書によっては他の動詞でもこの構造の文が出てきます。
    教科書にそうした形の文が出てきたら、学校の定期テスト対策としては、それもあわせて覚えておきます。
    teach,advise,warn,order,expect,allow など、この構造の文を作る動詞は沢山あります。


    さて、実際の問題を考えてみましょう。

    問題 以下の2文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めなさい。
    Our teacher said to us,"Read many books."
    Our teacher (  ) us (  ) read many books.

    このような形式で出されると、これが不定詞の問題であることを発想できず、混乱する子がいます。
    答えは、最初の(  )がtold、次の(  )がtoです。

    正解を聞けば、理解できる。
    でも、自分で発想できない。
    特に、入試問題など、テスト範囲というものがないときには、全く発想できない。
    そういう人が案外多いと思います。
    こういう問題は1から発想するものではなく、このパターンが頭の中に入っているかどうかで正解できるかどうかが決まります。
    文法として整理されて頭の中に入っていると、こういう問題は楽に解けるようになります。
    最初の(  )は、saidではなぜダメなのかと訊かれることがあるのですが、sayは、この構造の文を作れない動詞なのです。
    また、sayという動詞は、誰それに言うという意味のときは、say to usのように前置詞を必要とします。
    said us ということはできないのです。
    また、sayと言う動詞は単に「言う」という意味なので、伝達内容が命令文のとき、その命令のニュアンスを伝えることができません。
    セリフの部分、つまり伝達内容が命令文なので、命令の意味を持つtellを入れる必要があるのですね。

    次の問題はどうでしょうか?
    I said to my mother,"Please help me."
    I (   ) my mother (  ) help me.

    やはり、セリフ部分に着目します。
    please が入っているので、伝達内容は依頼の文であることがわかります。
    だから、最初の(  )はasked、次の(  )はtoが入ります。
    他に、Will you help me? などがセリフ部分に入っているときにも、この書き換えになります。

    では、この問題は?
    May I wash the dishes?
    Do you (  ) me (  ) wash the dishes?
    こんな書き換えは、覚えておかないと発想できません。
    大胆に構造を変える書き換えです。
    正解は、最初の(  )がwant、次の(  )がtoです。


    文法問題はパターンが明確です。
    どんな文法事項を問われている、どういう構造の問題であるか、それを意識しながら練習しておくと、テストに出ている問題は、自分の練習した問題の類題だと意識できます。
    落ち着いて、楽に解くことができます。
    常に自分の「勘」が頼りで、感覚で英語の問題を解いていると、何の文法事項の問題であるか気づくことができませんし、パターンも類題もすっ飛んでしまいます。
    毎回毎回最初から考えなければならず、時間もかかりますし、常にモヤモヤしてしまいます。
    パターンを理解しましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:33Comments(0)英語

    2018年09月19日

    不定詞の学習。中学3年レベルその2。疑問詞+to不定詞。


    不定詞の学習は中2から始まりますが、中3になるとさらに新たな用法を学ぶことになります。
    その1つが「疑問詞+to不定詞」の用法。
    中学生ですと、この表現そのものに疑問を抱き、
    「不定詞ってtoがつくものなのに、to不定詞っておかしくね?」
    と言う子もいるのですが、不定詞にはもう1つ原形不定詞があります。
    それと区別するために、「to+動詞の原形」の形のものをto不定詞と呼びます。
    中学生の間は、こんな呼び名はどうでもいいので、ただto不定詞という言い方も間違っていないんだよということをわかってくれれば、OKです。

    さて、その「疑問詞+to不定詞」。
    基本はそんなに難しくありません。
    疑問詞というのは、疑問を表す単語。
    具体的には、when,where,who,whose,which,what,how。
    これと不定詞をセットで用います。

    I don't know how to use this computer.
    私は、このコンピュータの使い方がわからない。

    how +to不定詞 で、「どのように~したらよいか」。
    ちょっと訳が固いので、「何々のやり方」という訳でOKです。

    when +to不定詞で、「いつ~したらよいか」。
    where+to不定詞で、「どこで~したらよいか。
    what+to不定詞で、「何を~したらよいか」。
    which+to不定詞で、「どれを~したらよいか」。

    特に難しくありません。
    基本問題を解いている限りは、誰でも正解できます。

    間違いやすいのは、以下のような問題でしょう。
    間接疑問文も学習した後の、私立型の入試問題です。

    問題 ほぼ同じ意味となるように以下の空所を埋めよ。
    Please tell me where to get on the bus.
    Please tell me (    )(   )(   )get on the bus.

    間接疑問文に直すのだ、というところまでは発想できたとして。
    3つの(  )に何を入れて良いか、わからない子は多いです。
    (  )が1つ余る感じがするのです。
    Pleas tell me where I get on the bus.
    で、良い気がするのに、もう1つ(  )があります。
    あれこれ悩んだあげく、
    Please tell me where do I get on the bus.
    としてしまい、不正解、というのはよくあることです。
    間接疑問文としてそれはおかしいと、基本的にはわかっていたのに、もう1つの(  )を埋められず、結局、やってはいけないとわかっていたことをやってしまうミスです。
    正解は、
    Please tell me where I should get on the bus.
    「どこでバスに乗ったらよいか」という意味なのですから、助動詞shouldが必要となります。

    疑問詞+to不定詞の文から間接疑問文への書き換えは、間接疑問文を学習してからでないと行えません。
    そのため、練習不足のまま入試を迎えてしまうことがあります。
    このように2つの単元にまたがる問題は未定着な子が多くなりがちで、そこをしっかり勉強しているかどうかをこうした問題は問うことができます。
    だから、入試はこのような問題が好まれます。
    関係代名詞と最上級との融合問題などもそうですね。


    上の問題は私立入試レベルですが、学校の定期テストにも出る可能性があるのになかなか定着しない事柄もあります。

    問題 次の語句を並べ替えて英文を完成せよ。
    don't , I , what , read , know , book , to.

    これの最も多い誤答は、
    I don't know what to read book.
    です。

    「疑問詞+to不定詞」という基本は理解したものの、whatやwhichはすぐ後ろに名詞を伴うこともある、ということがどうしても定着しないのです。
    正解は、
    I don't know what book to read.
    です。
    「私はどんな本を読んだらよいかわからない」。
    「どんな本」の部分はwhat book で、ここは意味のまとまりです。
    whatとwhichは、疑問詞ですが名詞を修飾することがあるのですね。
    これを疑問形容詞と呼びます。
    こういう呼び名でむしろ頭の中が整理されて定着する子もいます。
    そうではないタイプの子は、名称はどうでもいいですから、book のような可算名詞(数えられる名詞)を read book と、冠詞もつけず複数形にもせずにむきだしのまま使うことはないという知識だけはしっかり身につけるとよいと思います。
    「動詞の後に名詞をおく」という中1レベルの英語の語順へのこだわりを捨て、英語の語順の新しい可能性に対して頭を柔軟にしたいところです。
    体感で何となく思いこんでいる間違ったルールを優先させてしまう癖を改め、本当の英語のルールを理解していくことが大切です。
    かなり類題を練習しないと間違えます。
    定着したかなと思っても、ひと月も経つとまた間違えてしまう子もいます。

    間違える子の多いこうした問題をマスターすること。
    秀才とそうでない子との境目は、そこだと思います。
    基本問題は解ける。
    難しい問題は間違えたけど、そういうのは関係ない。
    そこで満足し、「理解したから大丈夫」と思ってしまう、いわば「加点法」で自己評価するタイプの子は、テストの点もそれで満足するのならば何の問題もないのです。
    でも、同じ子が、テストは8~9割の得点を求めることがあります。
    いやいや、そういう得点の取れる勉強をしていないですよね?

    より高い得点を求めるなら、「減点法」で自分を見つめましょう。
    「この問題が解けない」
    「このタイプの問題はまだ未定着」
    「これは類題をまた間違えた」
    これをマイナスを見つめる作業と感じ、気持ちが滅入る人もいるようですが、それをやるから精度が上がります。
    自分は何が出来、何が出来ないのか。
    そこから目を逸らさないことが実力アップのコツです。
    間違えた問題が実力アップの糧となります。
    目を逸らして無かったことにするのは、勿体ないです。
    テストで実際に8~9割の得点が取れるようになると、評価は外側に実在するものになります。
    そうなると、自分が今何ができないかを見つめる作業は、むしろプライドをもって行えるようになります。
    テストで良い点が取れない。
    評価が自分の外側に実在しない。
    自分で自分を褒め、認めるしかない。
    自己評価だけが高い。
    できないことから目を逸らす。
    こういう悪循環は避けたいです。
      


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