たまりば

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2018年12月02日

中3英語 関係代名詞その2 which


前回扱ったのは、関係代名詞 who を用いた文でした。

I have an aunt who lives in New York.

それに対して、今回扱うのは、関係代名詞 which を用いた文です。
まずは2文で考えてみます。

I will show you the pen. It was given to me by my uncle.
あなたにペンを見せましょう。それは、私のおじさんからもらったものです。

これを「私のおじさんからもらったペンをあなたに見せましょう」という意味の英文にすると、

I will show you the pen which was given to me by my uncle.

となります。
作り方の基本は、who のときと同じですね。
先行詞(修飾される名詞)がきたら、関係代名詞。
名詞を修飾する2語以上の意味のまとまりの語句は、名詞の直後に置くのが英語のルールです。


The dog is Mike's.  It is running over there.

これを「向こうで走っている犬は、マイクのです」という文にすると、

The dog which is running over there is Mike's.

先行詞である dog がきたら、すぐに関係代名詞。
主節をいったん停止して、関係代名詞節。
関係代名詞節が終わったら、停止していた主節に戻る。
このルールをしっかり理解して活用できるようになれば、大丈夫です。

ところで、who と which との使い分けは?
これは簡単です。
先行詞が人ならば、who。
先行詞が、人以外。すなわち物や動物であれば、which。
この使い分けで苦労する人はあまりいないと思います。

上の例文を見ていて、勘の良い子は気づくのですが、関係代名詞と分詞は使い方が似ています。
「これ、分詞で良くね?」
と英語の得意な子から質問されたりします。
そうです。
関係代名詞を用いた文と分詞を用い文との書き換え問題は多く出題されます。

問題 次の文がほぼ同じ意味を表すように空所を埋めなさい。
(1)I will show you the pen given to me by my uncle.
  I will show you the pen (  ) (  ) given to me by my uncle.
(2)The dog running over there is Mike's.
  The dog (  ) (  ) running over there is Mike's.
(3)I have an aunt living in New York.
I have an aunt (  ) (  ) in New York.

なーんだ、簡単だ。
(1)は、which is
(2)は、which is
(3)も、which is

・・・こんな答案を書いてしまっていないでしょうか?
これ、正解なのは、(2)だけです。

こんな答案を書いておいて、
「ひっかけだ!」
と抗議する子がいるのですが、こんなのはひっかけではありません。
違うパターンがくるのが当たり前なのに、その予想が立っていない。
予見性が足りないのです。

「1つの大問は同じパターンの問題が延々と続く」という思い込みから脱却しましょう。
普段、そういうドリル的な英文練習帳でも解いているのでしょうか?
そういう頭を使わない練習は、それでパターンを理解できるという効用もありますが、「英語なんてそんなもの」という間違った思い込みを助長する弊害も大きいのです。

頭を使わない作業を勉強時間からなるべく排除することが大切です。
頭を使わない作業とは、例えば、単語のスペル練習といえば、ただ10回ずつ書く作業。
書き終わってその単語を覚えているかというと、全く覚えていない。
なのに勉強した気になっている。
頭を使わない作業は、そういう弊害の大きい勉強方法です。

単語練習は回数が問題ではありません。
自分にテストする気持ちで書くなら、1回でもいいのです。
1回で書けなかった単語は、何回でも、何も見ないで書けるか、自分を試します。
そして、全部書けると思ったら、もう一度、最初の単語から自分にテストをします。
それで書けなかったら、再度練習し、またテスト。
これの繰り返しで、全ての単語が書けるまで自分をテストします。
実際のテスト問題を解くためには、普段の勉強も頭を使い、テスト形式の勉強が常態であることが望ましいのです。


1回間違えて解き直すときには、少し慎重になる子は多いです。
関係代名詞とbe動詞の形が少しずつ違うのかな?
では、
(1)は、which was
(2)は、which is
(3)は、who is

(1)は正解になりました。
おじさんからペンをもらったのは過去ですから、be動詞は過去形にしますね。
しかし、(3)は、まだ課題があります。

I have an aunt (who) (is) in New York.

うーん・・・。
意味から考えれば、間違いではありません。
入試なら別解として正答扱いになるかもしれません。
しかし、そのように審議の対象となる別解ではなく、ど真ん中の正答を出したい。
どうせなら、上の文と同じ動詞を使いたいものです。
同じ動詞 live を使うとどうなるでしょう?

「あ。わかった。 I have an aunt (who) (living) in New York.」

・・・それは明らかな間違いです。
審議の対象にすらならない、完全な誤答です。

この問題の誤答パターンは他に、
I have an aunt (is) (living) in New York.
と。苦し紛れに who を省略する子もいます。
しかし、主格の関係代名詞は省略できません。

正解は、
I have an aunt (who) (lives) in New York.
です。
分詞を用いた文が living となっているのは、現在分詞の形容詞的用法だからであって、進行形として使っているのではありません。
live という動詞は状態動詞。
一時的に住んでいるという意味のとき以外は、進行形にしない動詞です。
だから、関係代名詞節の中では、進行形にせず、現在形で表します。

しかし、そのことに気づかない子は多いです。
本当は、I have an aunt (who)(is)(living) in New York.
としたいのに、( )が2つしかないので、何かを省略しようとして、間違ってしまうのです。


繰り返しますが、英語の問題は、1問1問、微妙にパターンが変わるのが普通です。
同じパターンが続くことのほうが珍しいのだと認識するだけで、問題を解く際の覚悟が違ってくると思います。
勉強している間は思考停止せず、気を緩めずに考え続けましょう。
ミスの多い人は、大問1つは丸ごと同じパターンだと思いこんで雑に解いていないでしょうか?
(1)がこうだったから(2)や(3)もこうだと思った、という謎の思い込みをしていないでしょうか?
そのあたりの意識を変えるだけでも、英語のテストの得点は劇的に変化します。


  


  • Posted by セギ at 16:43Comments(0)英語

    2018年11月28日

    英語中3 関係代名詞。


    さて、今回は、関係代名詞です。
    まずは、こんな文から。

    I have an aunt.  She lives in New York.
    私には叔母がいます。彼女はニューヨークに住んでいます。

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾するようにして1文にできないでしょうか?
    つまり「私には、ニューヨークに住む叔母がいます」という文を作りたいのです。
    このときに使うのが、関係代名詞です。

    I have an aunt who lives in New York.

    修飾される「叔母」という名詞を書いたらすぐに2個目の文を続けます。
    しかし、そのまま続けてもつながりませんから、she を who という関係代名詞に変えます。
    関係代名詞は、she という代名詞の働きもしますし、前の名詞を修飾するという働きを示しながら2文をつなぐ働きもできるのです。
    ここまでが、基本。

    では、こんな文ではどうでしょうか?

    The man is Mr.Tanaka. He is talking to my sister.

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾する文、すなわち「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文にしたいとき。
    以下のようになります。

    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    「私の姉に話しかけている」という修飾語は、「男性」にかかります。
    修飾語が2語以上の意味のまとまりであるとき、修飾される名詞の直後に修飾語を置くのは英語の原則。
    だから、上のように、man の直後に who is talking to my sister がきます。
    この文を作れない。
    あるいは、この英文の意味を取れない。
    関係代名詞が苦手な子の第一関門がこれです。

    関係代名詞節に修飾される名詞を「先行詞」と呼びます。
    先行詞が来たら、すぐに関係代名詞。
    主節を一旦停止して、関係代名詞節。
    授業では繰り返し繰り返しその話をして、補助しながら英文を作って、練習して練習して、これで大丈夫と私は思っていても、翌週、その子の解いてきた宿題の答えは、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    と誤答していて、天を仰ぐこともあります。

    勉強が全部簡単だといいのになあ。
    英語がもっと簡単だといいのになあ。
    小学校の低学年の頃のように、何も考えなくても正解が見えた時代に戻りたい。
    あの頃の「勉強のできる自分」と「易しい勉強」。
    あれが、本来の姿であるべきなんだよ。

    そういう願望でもあるのではないか?

    そう勘繰りたくなるほど、幼稚で雑なことをやってしまう子がいます。
    全部1つのパターンで問題を解いてしまうのです。
    説明したルールの複雑なところを省略して、幼稚に簡略化したルールで解いてしまいます。

    上の例で言えば、「先行詞の直後に関係代名詞節」という正しいルールを教えても、それは忘れてしまい、第1文を全部書いて、その後 who を書いて、第2文。
    そんな単純なルールにすりかえてしまうのです。

    小学校低学年の頃には勉強ができたのに、学年が上がるにつれてどんどん出来なくなっていく子の多くはこういう子です。
    1つには、小学校低学年の頃の成功体験の悪影響があるのかもしれません。
    高学年になっても、中学生になっても、小学校低学年のような解き方をしてしまうのです。
    頭を使わない、とても単純な解き方をしてしまいます。
    いつまでもそれが通用すると思ってしまう。
    ・・・というよりも、他の解き方ができない。
    他の解き方を知らない。
    「考えて取り組む」ということが実感としてよくわかっていない様子の子が多いです。

    難しいことを理解するのに本当に苦労している・・・。
    それなら仕方ないのですが、そんなふうには見えない子が、ものを考えることができず、凡庸な成績で低迷しています。
    関係代名詞のルールなんてそんなに難しいものではないのですが、そういう子にとっては、それですら複雑過ぎて不愉快らしいのです。
    でも、スポーツでもゲームでも、もっと複雑なルールのものは沢山ありますよね。
    それは受け入れるのに、勉強の難しさ、英語の難しさは受け入れない。
    サッカーをするのに「手を使わなきゃ何でもいいんだろ?」なんて把握をしたらバカにされます。
    同じことを勉強でやっているのに、気づかない。
    勉強は自分が思うよりも複雑なものだと認識を改めれば成績の上がる子は多いと思います。

    関係代名詞に話を戻しましょう。

    先行詞がきたら、関係代名詞。
    これが正しいルールです。
    そのため、主語を修飾する関係代名詞節が挿入されれば、主節をいったん分断することになります。

    「え?先行詞って何?」
    「・・・だから、修飾される名詞のことですよ」
    「え?修飾って何?」
    「・・・」

    修飾というのは、その名詞をより詳しく説明することです。
    「男」とどんな男なのか?
    男だけでは漠然としています。
    向こうを歩いている男ではなく、あそこで立っている男でもなく、私の姉に話しかけている男のことですよ。
    これでより詳しくなり、誰のことか限定されました。
    この働きを修飾、といいます。

    こういう説明が不思議なほど頭に残らない子もいます。
    分詞の学習の際に説明したばかりなのに、また同じ質問をするなあと不可解に感じることがあります。
    しかし、本人が、日本語でも修飾語を使うことがないようでは、無理もないのかもしれません。
    文は、主語と述語だけ。
    修飾節を含む文など、口にしたことも書いたこともない。
    それなのに、母国語でもない英語で、こんなにきちんとした修飾節を含む文を作らねばならない。
    これは厄介かもしれません。
    本人の日本語能力を越える英文は作れない。
    そういう根本の原因もあると思います。

    しかし、それで諦めるわけにはいきません。
    英語で複文を作ることにより、日本語で複文を作れるようになるといいなあと思います。
    こういう文の構造を知ることにより、日本語の能力も高まる。
    外国語を学ぶのには、そういう効果もあるのですから。

    ところで、先ほどの誤答、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    では、なぜダメなのか?
    Mr.Tanaka のような人名や地名などを「固有名詞」といいます。
    英語では文中でも大文字で始める名詞です。
    固有名詞には、修飾節はつきません。
    日本語に訳してみるとわかります。
    「その男性は、私の姉に話しかけている田中さんです」
    違和感があります。
    別の田中さんもそこらへんにいるような気がします。
    作りたかったのは、「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文だったはずです。
    これでは、意味が違ってきます。

    実は、
    The man is Mr.Tanaka , who is talking to my sister.
    という英文なら存在します。
    「その男性は田中さんで、私の姉に話しかけています」という意味です。
    でも、それは、高校英語で学習すること。
    中3の段階では、「固有名詞は先行詞にならない」。
    そう思っていて大丈夫です。


    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    自分で作るのではなく、この英文がポンと出てきたときに、意味がわからない、構造が読み取れない、と悩む子もいます。
    どこで切れるのかわからない、というのです。
    慣れるまでは、2個目の動詞に注目し、その前で切るのが1つの作戦です。
    2つの文が1つの文になっているのですから、動詞は2個あります。
    上の文は、2つともis ですね。
    2個目の is の前で文をいったん切って、意味を考えてみます。

    The man who is talking to my sister
    私の姉に話しかけている男性

    それがどうしたのかな?

    is Mr.Tanaka.
    は、田中さんです。

    というように区切ると、意味が見えてきます。

    一般動詞の文の場合は、動詞の前に頻度の副詞が入っていることなどもありますが、その程度のことは自分で微調整できるでしょう。
    基本は2個目の動詞の前で区切って考えてみる。
    それで随分スッキリすると思います。

    関係代名詞は、中学の文法でちょろっと出てくるだけのものではありません。
    高校のコミュニケーション英語では、関係代名詞が1語も出てこないページを探すのが逆に難しいくらい頻繁に使われるものです。
    ここを理解しておかないと、この先、ちょっとやばいぞ。
    そのような緊張感で取り組みたいですね。

      


  • Posted by セギ at 12:23Comments(0)英語

    2018年11月21日

    英語能力指数 日本は非英語圏で49位とのこと。


    先日、EF EPI 英語能力指数2018年のスコアというものが発表されました。
    日本は、非英語圏88か国中で49位。
    アジア21か国中で11位。
    5段階で下から2番目の「低い」だそうです。
    2011年は44か国で14位。
    2012年は54か国で22位。
    2013年は60か国で26位。
    2014年は63か国で26位。
    2015年は70か国で30位。
    2016年は72か国で35位。
    2017年は80か国で37位。
    そして、
    2018年は88か国中で49位。
    参加国が年々増える中で、どんどん日本の順位が下がっています。
    5段階判定では、2015年までは真ん中の「標準」でしたが、最近3年は下から2番目の「低い」に陥落とのことです。

    こういう記事を新聞やネットで見ますと、さあ大変だ、日本の英語教育はやはり方向が間違っているのだと、つい思ってしまうのですが、ここで落ち着きたいと思います。
    そもそも、このテストはどういうものなのでしょうか?
    それを知らないうちは、何とも言えません。

    EF EPIテストは、誰でもインターネットですぐに受けることのできる無料の英語テストです。
    昨年、日本では数千人が受検。
    日本の受検者は二十代が多いとのことです。
    どんなテストなのだろう?
    今回、私も試しに受けてみました。

    テスト内容は、リーディングとリスニング。各25分。
    それぞれ大問が3題あり、それを25分で解く形式でした。
    まずはリーディング。
    英文の書体の読みにくさに、ちょっと驚きました。
    昔の英文タイプのような書体です。
    ネットでは少し読みにくい。
    目が慣れるまで時間がかかります。

    問題の難度はどうか?
    例えばTOEICならば、易しい問題から始まり、徐々にレベルが上がっていきます。
    だから、前半の問題で得点することが可能です。
    英検ならば、級ごとに問題が作られ、それぞれのレベルの問題が出題されます。
    EPIテストは最初からマックスのレベルでした。
    同じ難度の英文が3題。
    リーディング問題は、大学のセンター試験よりも難しいです。
    国公立大学の2次試験や難関私立大学の入試問題レベル。
    英検で言うと、準1級くらいでしょうか。
    この難度ですと、うっかり受けてしまったけれど本文が全く読めない人も多いと思います。

    出題形式は?
    全て記号問題で、大問それぞれに小問が各8問ありました。
    問1以外は、1問につき2つの答えを選ばねばなりません。
    この複数回答制も、日本人にはあまりなじみがないと思います。
    大問の最後に正しい選択肢を4つ選ぶなどの形式はありますが、小問でいちいち2つの正答を選ぶ形式は入試であまり見たことがありません。
    設問をよく読まず、1つずつしか選択肢を選ばずに大量失点する人もいそうです。

    25分で大問3題ということは、大問1題でおよそ8分。
    本文を読む時間が必要ですから、小問1問あたり正味30秒くらいでしょうか。
    英検や大学入試よりも時間制限が厳しく、速読力が必要です。
    落ち着いてゆっくり読めば正解が出せる人も、この時間制限では厳しいと思います。

    続いてリスニング。
    リスニングも時間は25分でした。
    大問3題。それぞれ小問8問。やはり正解を2つ選ぶ方式です。
    ボタンをクリックすると音声が流れます。
    2~3分の会話やアナウンスです。
    小問と選択肢は音声ではなく、文字を読み取って解きます。
    音声は2回聴くことが可能です。
    難度は、スピードと語彙から感じて、やはり英検準1級程度。
    これも複数回答なので選択肢の吟味に時間がかかります。
    選択肢の読み取りに手間取ると、音声を2回聴く時間はなさそうです。


    英語を勉強中の人が、どこかでこのEF EPIテストのことを知って、試しに受けてみる。
    受けてみて、レベルの高さにドン引きする。
    予想を越えたレベルの英文とリスニング。
    何よりそのスピード。
    そして、惨敗の結果が次々と残されていく。
    ・・・日本のスコアが低いのは、そういう事情かもしれません。
    テストのレベルとして、あまり感心しません。
    このテストでは、「わかる」か「全くわからない」かの二極に別れてしまうと思うんです。
    大学入試ならば、この難度をクリアできる人しか入学させないという意味で、こういうテストで良いと思います。
    しかし、色々なレベルの英語力の人を評価するためのテストならば、易しい問題も出したほうが正しい指数が出るでしょう。
    正答の多い一部の人以外は、皆、団子状態の低い結果になるのでは、正しい数値は出ません。
    勘が当たってたまたま正答した人が抜きん出てしまうような結果は、正しい結果ではないですよね。
    日本と他国とのスコアの差も、団子状態の僅差です。
    それもこのテストのレベルが招いていることと感じます。
    この順位にそんなに意味はないんじゃないかというのが、受けてみての実感でした。
    TOEICのように易しい問題から難しい問題へとバランス良く並んでいるタイプのテストならば、日本人のスコアももう少し高いでしょう。

    ただ、英語を学ぶ誰もがこのレベルに到達するのは望ましいこと。
    今の日本で、このテストに一応は歯が立つ英語力に到達できる高校生は全体の1割程度でしょう。
    今後はどうなるか?
    テスト内容がリーディングとリスニングですから、英語4領域の教育改革でどうにかなる話ではありません。
    「日本人はスピーキングが弱いから」
    テストの内容を見なかったら、こんな見当違いな評価をしそうなところでしたが、そういう話ではありませんでした。

    この難度とスピードで英語力を試されるとは想像もしなかった。
    受検した日本人には、そういう人が多かったのではないでしょうか。
    日本人は、英語力の到達点に関して理想が低いかもしれません。
    正直、私ももっと簡単なテストだと思っていました。
    このレベルだとは思っていなかったので、厳しい時間制限に焦りました。
    テストの結果、
    「全ての場面で不自由のない英語力」
    とか何とかいう評価をいただきましたが、実感としてはそんなことはなく、まだまだ自分は不自由です。
    個人的には、たまにこうやって冷や汗をかくのは刺激になり、受けて良かったと感じました。


    「英語能力指数」で検索すれば、簡単にテストページに行きつきます。
    こういうタイプのテストだと知れば逆に受ける気になる腕に覚えのある人も、日本には多いと思います。
    結果ばかりがニュースになるわりにテストの知名度が低いのも、日本のスコアが低い原因かもしれません。

      


  • Posted by セギ at 13:34Comments(0)英語

    2018年11月14日

    2学期中間テスト結果出ました。2018年。



    2学期中間テストの結果が出揃いました。
    数学 80点台 2人 70点台 2人 60点台 2人 
    英語 90点台 2人

    数学は90点台こそ逃しましたが、高めに安定してきています。
    英語も好調です。ヽ(^。^)ノ

    さて、公立中学はもう期末テストの時期です。
    しかし、相変わらずテスト勉強のやり方を知らない子もいると思います。

    三頭山に行くバスの中でのこと。
    混雑したバスの中はグループごとのおしゃべりでアナウンスが聞こえにくいほど賑やかでした。
    その中で若い女性2人の話し声が、私の近くの席だったこともあり、特によく聞こえてきました。
    話の内容から察するに、2人とも高校の先生のようでした。
    せっかく日曜日に山に遊びに行くのに、話の内容は教育論。
    それで気分転換になるのかなあと心配になるのですが、学校で意見を通すにはまだ若過ぎるので、対等に教育論を交わせる相手ととことん話すのは、ある意味ストレス解消なのかもしれません。
    その中で、ちょっと面白かった会話。
    「成績の悪い子って、ノート、きれいだよね」
    「何であんなにきれいにノートを作って、あんなに成績悪いんだろうって思うよね」
    「ノート作りが目的になっちゃっているんだろうね。違うのにね」

    学校の先生が、そんなことをバスの中で大声で言う是非というのはあると思います。
    でも、生徒のことを心配して言っている気持ちも本物だと思うんです。
    私も実感として知っています。
    ノートがやたらにきれいで勉強ができない子は一定の割合で存在します。

    以前、勤めていた集団指導塾でのこと。
    明日は定期テストという子ばかりだったので、普段の授業は中止し、自習に切り替えていた日のことでした。
    英語や数学は、テスト前日は最終チェックと微調整をすればいいだけなので、テスト前日は、案外やることがありません。
    生徒も、理科や社会の勉強をやりたがります。
    自習している様子を見ていると、ある女子生徒が、ノートに、それはそれは精密な細胞の図を描いていました。
    教科書に描いてある、動物細胞と植物細胞の図です。

    「それ、何にするの?」と訊くと、
    「明日の1時間目は自習だから、これを見て、覚える」
    と言うのです。
    覚えるのなら、今、教科書を見て直接覚えたらいいのに、彼女は図を描くのにとにかく夢中なのでした。

    覚えるためのノートを作らないと覚えられないという人は、います。
    しかし、それは少なくともテスト1週間前には完成させておくものです。
    それを見て暗記するのに、また時間がかかりますから。
    テスト前日に精密な図を描いているのは、学習の方向性にかなり疑問を感じます。
    覚えることが最優先のはずです。
    きれいなノートを作ることが目的ではありません。

    他の子が、理科のプリントが欲しい、と言いだしたので、私は全員にテスト範囲の一問一答形式のプリントを渡しました。
    幸い、その子もプリントを受け入れてくれたのですが、今度は手が動きません。
    テスト範囲の重要事項や用語をまとめた、簡単なプリントでした。
    なのに、1問も解けない様子です。
    しばらくして解答を渡すと、彼女はプリントに解答を丁寧に写し始めました。
    きれいな字で、丁寧に、丁寧に。
    そして、全てに赤丸をつけて、プリント作業終了。

    学習の方向が、間違っているのです。
    暗記する。
    問題を解いてみる。
    間違えたところをチェックして、覚えなおす。
    問題を再度解く。

    こういう当たり前の勉強方法を、その子は知らない様子でした。
    あるいは、知っていたのかもしれません。
    でも、その勉強方法は、その子にとっては、とても苦しいのでしょう。
    なかなか覚えられない自分。
    問題を解けば、間違いだらけの自分。
    ダメな自分。
    そういうものと向き合う作業になります。

    それは、どんな秀才だって、最初はそうなのです。
    訓練しているから、そういう作業が速くスムーズになっているだけです。
    でも、その子は、それを知らない。
    あるいは、そう説明されても信じない。
    そういう作業に、立ち向かえない。
    逃げてしまって、頭を使わない作業ばかりしてしまう。
    ほとんど頭を使っていない作業を「勉強している」と称してしまうのです。

    このように、やけにきれいなノートを作ったり、解答を見ながらプリントに答えを埋めたりと、何か作業はしているけれど実質的な勉強はしていない子が、勉強のできない子には多いと私も思います。


    また別のとき、英語の勉強の仕方がよくわからないという質問を受け、その子のコミュニケーション英語のノートを見せてもらいました。
    これは使えないノートだ・・・とため息がもれました。
    まず教科書の英文をノートに3行おきに書いてあります。
    その英文の真下に、和訳が書いてあります。
    英文には、学校の授業中に説明のあった文法事項や指示語の指示内容などがカラフルに書き加えてありました。

    え?
    良いノートじゃないかって?

    ・・・いいえ。
    そのノートを、その後、何に使うのでしょう?
    テスト前に繰り返し眺めるだけでしょうか?
    眺めるだけで、覚えられるのでしょうか?
    本当に覚えているかどうか、そのノートで確かめられるのでしょうか?

    それを考えると、そのノートの体裁はベストではないのです。

    ノートの見開き左側に英文。
    右側にその和訳。

    そういうノートの形式を指示しますと「何だ、古臭いな」という声もあるかと思います。
    これを古いと感じる人は、このノートの古い使い方をイメージしているのでしょう。
    とにかく教科書の英文をひたすら書き写し、その和訳を右ページに書くのが英語の予習の全て。
    そして、学校の英語のリーディングの授業は、生徒の1人に英文を1段落音読させて、続いて同じ生徒にその1段落を訳させる、眠くなるばかりの授業。
    テストは、新出単語を書く問題の他は、本文の傍線部の和訳ばかり。
    あの英語の授業もテストも、つまらなくて嫌いだったなー。
    あれで英語が嫌いになった。
    ・・・そんな声も聞こえてきそうです。

    ノートはそれと同じ見た目かもしれませんが、やることは英文を眺め、和訳を覚えること、ではありません。
    和訳を見て、教科書本文の英文を復元する作業をします。
    余裕がないなら、重要表現や重要文法事項の含まれている文だけでも。
    余裕があるなら、本文全文を。

    家庭学習で行うことは他にもあります。
    教科書準拠のCDで、教科書本文の朗読を聞いて、内容が聴き取れるか確認します。
    次に、そのCDと一緒に音読。
    同じスピードで同じ発音で音読できることが目標です。

    あるいは、新出単語のスペル練習。
    和訳を見ながら教科書本文を書く作業も、せめて重要文だけはやっておきたいです。
    学校から配られているワークで演習もしなければ。

    英語の家庭学習は、やるべきことが沢山あります。
    しかも、これは「コミュニケーション英語」の学習であって、「英語表現」の学習がこれにさらに加わります。

    ノート作りは、家庭学習をスムーズに行うためのもの。
    ノート作りが目的ではありませんよね。
    だから、学校から禁止されていない限り、英文は教科書をコピーしたものをベタっとノートに貼っても良いと思います。
    新出単語をいちいち辞書で引くことの意義はわかるものの、それに時間を取られ、それが英語学習の全てになるくらいなら、教科書準拠の単語集をささっと写しても構わないと思います。
    ただ、その浮いた時間で必ずその単語を覚えましょう。
    品詞も含めて正確に。
    派生語も覚えておくと完璧です。
    和訳が本当に苦手でひどく時間がかかり、それだけで英語の家庭学習時間の全てが潰れてしまうようなら、ネットの教科書全訳サイトを適宜利用するのだって1案ではあります。

    私の塾では、一度本人に口頭で教科書本文の和訳をしてもらった後、私から全訳を渡しています。
    学校から全訳が配られている場合も今はあります。
    調べものや単なる作業の時間をできるだけ減らし、英語をインプットし活用する時間を増やすためです。
    教科書以外の英文に触れる機会を増やすことも大切です。
    長文問題集や英検問題集をどんどん解きたいですね。
    今の定期テストは、読んだことのない英文も出題される場合がほとんどです。

    この学習方法は、英語学習の最初からそれをやっていれば、抵抗は少ないのです。
    教科書本文は徐々に長くなっていきますが、長年の継続の中で徐々に長くなっていったものには耐えられます。
    中3、あるいは高校生になって、突然この学習方法に切り替えると、最初はひどく苦しく感じると思います。
    苦しいことからは逃れたい。
    どうやって逃れるか?
    「こんなことをやっても意味がない」と理論武装する子がいます。
    本人が効果を実感し、積極的にこの学習方法を取り入れるまでは、このやり方を受け入れてほしいこちら側と、何とか否定したい生徒側との闘争が続きます。
    本来、英語が得意になりたいと望んでいるのは生徒のはずですが、その生徒が最大の障壁となることがあります。

    水は低きに流れる・・・。
    嫌いなことわざですが、一面真理ではあるのでしょう。
    教科書全訳はちゃっかり受け取り、サブテキストの全訳もほしいと要求するけれど、その和訳から英語に直す練習はしない。
    音読練習もしない。
    長文問題は「わからなかった」と言って、解いてこない。
    「英語にそんなに時間はかけられないから」
    とうそぶいて、スマホを眺めて1日過ごす子もいるかもしれません。

    しかし、私は問い続けます。
    学校の教科書の英文だけなら勉強した後にそこそこ意味がわかるくらいの英語力がほしいのですか?
    定期テストを何とかこなし、高校卒業の資格がほしいだけですか?
    それとも、次元の違う英語力がほしいのですか?

    英語教育改革の足音は近づいています。
      


  • Posted by セギ at 14:34Comments(0)英語

    2018年11月09日

    英文解釈に頼り過ぎると。


    錯誤は、学習の過程で起こりやすいものです。
    例えば、以前、ある生徒に「5文型」の指導をしていたときのこと。
    This meat doesn't look fresh.
    という英文を分析せよという問題がありました。
    正解はSVCです。

    SVCとSVOの見分け方は、S(主語)とイコールの関係になっているのが、C(補語)。
    その子も、学校の授業でそう教わっていました。
    S=C。 S‡O。
    わかりやすい判断の仕方です。
    でも、その子の答えは、「SVO」でした。

    理由を訊くと、
    「だって、This meat は、freshじゃないんだから、イコールじゃあない。S=C、じゃない。だから、SVO」
    「・・・・・・・肯定文が否定文になった途端に文型が変わることはないよ」

    錯誤を起こしやすい原因の1つは、文法学習であるのに、英文の意味に頼り過ぎてしまうことにあるのかもしれません。
    なんでも意味から判断しようとしているので、このような錯誤が起こりやすいのでしょう。
    文法が嫌いで、文法なんか必要ない、英語は意味がわかれば何とかなるとよく口にする子でした。
    むしろ、とにかく文法がわからないので、意味から判断しようとしていたのかもしれません。

    CとOの識別は、品詞からも判断できます。
    Cになるのは、名詞・代名詞または形容詞。
    あるいは、それと同じ働きをする句や節。
    Oになるのは、名詞・代名詞。
    あるいは、それと同じ働きをする句や節。
    ですから、動詞の後ろに形容詞がある場合、それはCです。
    動詞の後ろが名詞の場合は、OかCか、さらに考える必要がありますが。

    しかし、文法が苦手な子は、このような話は嫌いです。
    「形容詞」「名詞」という言葉を聞いた瞬間に電源オフ。
    そんな子が多いです。
    彼らは、名詞と形容詞の区別がつきません。
    freshの意味を訊くと「新鮮」と答えてしまいます。
    「新鮮な」と正しい形で覚えていることがほとんどありません。
    文法が苦手な子の多くは、単語の意味をほとんど名詞の形で覚えています。
    動詞も名詞の形で覚えています。
    例えば、understndは「理解」。

    英語なんて単語の意味がわかれば何とかなると、そういう子は言いがちです。
    しかし、文が複雑になるにつれて、品詞や文法を把握していない子たちは、文意を読み取れなくなっていきます。
    個々の単語の意味をすべて名詞で理解しているのですから。
    そういう子にとっては、文は名詞の羅列です。
    それぞれの語の関係はつかめないので、文全体として何を言っているのかわからなくなっていきます。

    別の子の例。
    この子は、「現在完了」を勉強しているところでした。
    I haven't done my homework yet.
    この英文は、「完了」「経験」「継続」「結果」のうちのどの用法か。
    この問いに、彼女は、「継続」と答えました。
    「私は、まだ宿題をやっていない」
    やっていないのだから、完了していない。
    きっと今もやっている。
    だから、「継続」。
    そういう判断でした。
    ここにも、文法と文意の混同が見られました。
    文意だけで判断すると、否定文になった途端、分析できなくなってしまいます。

    「already やyet を使っている現在完了の文は、完了の用法だよ」
    「えー?そうなのお?」
    と驚くのですが、その話をするのは、もう何度目がわからなかったのです。
    ちょっとしたことで簡単に分析できるのに、それを覚えようとしませんでした。
    常に意味から判断しようとしていました。
    幾度間違えても。

    意味から判断する子は和訳は得意なのかというと、そうではありません。
    同じ子が、英文を訳したときのこと。
    My grandmother sends me a postcard every month.
    「私の祖母は、毎月私に絵手紙を送る」
    この和訳を見たとき、「絵手紙」という言葉に、虚をつかれました。
    絵手紙?
    postcard が?

    「postcardって、葉書という意味だけど?」
    「え?」
    「絵手紙という意味はないよ。単なる葉書だよ?」
    「えー?これ、間違いになりますか?」
    「・・・この単語の分だけ減点されます」
    「えー?」

    「祖母」だから「絵手紙」という推量なのでしょうか。
    確かに、絵手紙を趣味とする人は、若い人よりは中高年が多いでしょう。
    確認すると、本人のおばあさんが絵手紙が趣味だというわけではありませんでした。
    なのに、一般論で、そういう推量をしてしまう。
    それが、正しいと思ってしまう。
    かなり面倒くさい誤読の仕方です。

    おそらく、普段から、名詞の羅列に過ぎない英文をどうにか想像で補って意味を取っているので、ちょっと想像のピントがずれると、たちまちこのような誤読が起こるのだと思うのです。
    文を読むというのは、英文にしろ日本文にしろ、そのように単語の羅列を勝手に想像で補って意味を取るものではないのですが、目立つ単語をちょいちょいと拾って意味を想像しているだけの読み方をしている子は、このような誤読の罠に簡単に陥ります。

    When I saw the picture , I couldn't help thinking of her.
    「その写真は彼女であると、私は思わずにいられなかった」
    これも、不可解な混線を感じる和訳です。
    正しい訳は、「その写真を見ると、私は彼女のことを思わずにいられなかった」です。
    ここでは「写真」と訳しましたが、これは、「絵」である可能性もあります。
    そして、それは彼女の写真や肖像画であるとは限りません。
    何かの風景画かもしれません。
    別の人物の写真かもしれません。
    とにかくそれを見ると、彼女のことを思わずにいられないのです。
    しかし、そういう可能性を全て排除して、いきなり the picture を「彼女の写真」と思い込んでしまうと、これが長文の中の一文であった場合、その前後の読み取りに錯誤や混乱が起こる可能性があります。

    何かを頭の中で想像してしまい、それを和訳に反映させてしまう。
    前の「絵手紙」も、そういうことでしょう。
    これは、英語に限らず、国語の問題を読んでいてもやってしまう可能性のあることです。

    なぜ、書いていないことを読み取ってしまうのでしょう。
    「行間を読め」と言う人がいますが、行間なんて勝手に読んだらダメです。
    書いてないことは、読み取ってはいけません。
    必要なことは、全部書いてありますから。
    書き方が遠回しだったり高度な修辞が用いられていたりして、読み取りが難しい場合があるだけで、読解とは、基本、書いてあることしか読まないことです。
    書いてあることは正確に読み飛ばさず読み取る。
    書いていないことは一切読み取らない。
    読解とは、そういうものだと思うのです。
    書いてあることを読み飛ばすのに勝手に行間を読んでいては、必ず誤読してしまいます。

    1つ1つのズレは小さいけれど、積もり積もって本来の英文とは全く違うストーリーが頭の中で組み立てられてしまう子がいます。
    英文解釈の苦手な子に多いです。
    単語の意味が全部わかっていても解釈が歪んでしまうのですから、意味のわからない単語もあってそこは推測しながら全体の意味を読み取るとなると、さらにおかしな誤読が始まってしまいます。
    これをただすのは、英語力の問題だけではないので、厄介で時間がかかります。
    繰り返し繰り返し、何をどのように誤読しているか、本人とともに誰かが伴走し、指摘していかなればなりません。

      


  • Posted by セギ at 11:47Comments(0)英語

    2018年11月07日

    中3英語。分詞の形容詞的用法の英作文。


    さて、分詞の形容詞的用法に関する問題。
    乱文整序問題でも、日本語を英語に直す問題でも、分詞がからむと語順でミスをする人が多くなります。
    例えば、こんな問題です。

    次の日本語を英語に直しなさい。
    「ベンチに座っているあの老人は、私の祖父です」

    これのよくある誤答。
    That old man is siting bench is my grandfather.

    細かいところから解説すると、「ベンチに座っている」は、sitting on the bench です。
    語末の直前に短母音、すなわち詰まっている音を感じたら、語尾の子音字は2回重ねてing。
    だから、sit の現在分詞は、sitting。
    こういう細かいルールが覚えられず、常に減点との闘いの子が多いです。
    さらに、前置詞や冠詞の有無。
    on the bench がスラッと出てこない。
    前置詞や冠詞は、個々に覚えて脳内に蓄えてきた英文の集積がものを言います。
    英語学習の最初から前置詞や冠詞を1度も自力で思いついたことがない子は、そのままでは、その後も延々と前置詞や冠詞のない英文を量産し続ける可能性が高いです。
    今学習している文法事項と関係ないミスでも、
    「また、このミスをした」
    と強く意識し、間違えた問題にはバツ印をつけ、後で解き直し、また同じ間違いをしたら、さらに問題にバツ印をつけ、また後で解き直し、ミスをしなくなるまで反復することが必要です。
    同じミスを繰り返す人は、この作業をしていない人が多いのです。

    そういう人が、ミスに鈍感なのかというとむしろ逆で、自分のミスに精神的に耐えられず、ミスしたことを目に見える形で残すことが嫌で、問題にバツ印をつけられない、ミスしたことを記憶したくない、というタイプの子のほうが多いです。
    根底にあるのは、勉強に対する苦手意識なのでしょう。
    自分のテストの点数がそんなに高くないことはさすがに自覚しているのですが、それでむしろ、
    「こんなことくらいは、わかってる。今ちょっとミスしただけ」
    「私は、一度ミスしたらもう一度やらなくたって理解できる」
    と自分を守ってしまうタイプです。
    より完璧を目指す秀才の心のあり方とは、随分違っています。
    自分のテキストや問題集に自分でバツ印をつける程度のことが、なぜプライドの問題になってしまうのか?
    今、練習しているときに間違ったことは、本番で間違わなければ良いのです。
    ここを完璧にしておけばいいんだ。
    そう思って冷静に、というよりむしろ何も思わず機械的にバツ印をつけ、後日解き直すのが秀才の心のあり方です。
    大事なテストで同じミスをして失点するほうが余程プライドが傷つきます。
    秀才になるには、まず心のモードを秀才スタイルにしましょう。ヽ(^。^)ノ

    もう1つ言えば、前置詞や冠詞のミスが多い人は、そもそも英作文の演習をあまりしていない人が多いです。
    英語の勉強というと、英文を眺めて意味が理解できればOK。
    そんなふうに、できるだけ楽な勉強方法に流れていないでしょうか。
    日本語を英語に直すのは、上手くできないし苦しいから、避けてしまう。
    嫌なこと・苦手なことはやりたくない。
    気持ちはわかるのですが、それでは、テストのときだけ自分の一番苦手なことと直面することになります。
    結果が良くなるわけがありません。


    さて、前置詞・冠詞など、範囲外でミスする話はこれくらいにして。分詞の話。

    That old man is sitting on the bench is my grandfather.

    これもまだ間違っています。
    「分詞」の理解が不十分です。
    これまで学習してきた英文の語順から解放されていないのでしょう。

    「ベンチに座っているあの老人は、私の祖父です」

    この日本文から、主語は「あの老人」と判断し、That old man と書き出したところまでは素晴らしいのです。
    しかし、主語を書くと、次はいつも通りの動詞を書きたくなってしまう身についた習性で、
    That old man is sitting on the bench
    と書いてしまう。
    その後、「・・・は私の祖父です」という日本語を見て、
    is my grandfather.
    と続けてしまう。
    本当によくあるミスです。

    もう一度、日本文を確認してみます。
    「あの老人はベンチに座っている」ということを言いたいわけではないのです。
    「ベンチに座っている」という語句は「あの老人」を修飾しています。
    修飾とは、より詳しく説明すること。
    言い方を変えれば、意味を限定すること。
    「あの老人」では、まだどの老人なのか漠然としています。
    向こうを歩いている老人かもしれません。
    あそこでテニスをしている老人かもしれません。
    目の前にいない、さっき話題に出た老人のことなのかもしれません。
    ベンチに座っているあの老人。
    と、より詳しく説明し、対象を限定すること。
    それが修飾する、ということです。

    英語では、2語以上の意味のまとまりで名詞を修飾するとき、名詞の直後にその修飾語句を置く、というルールがあります。
    だから、That old man と言ったら直後にその修飾語句 sitting on the bench をつけます。
    つまり正解は、
    That old man sitting on the bench is my grandfather.

    です。
    is の前までが主語とその修飾語。
    長いですね。
    こういう主部の長い文のバランスに耐えられない子は、こんなミスもしがちです。
    That old man is my grandfather sitting on the bench.
    これでは、修飾されている名詞は「私の祖父」になってしまいます。

    分詞の文は、これまでとは異なるバランス、異なる語順だと念頭におくこと。
    どうか頭を柔軟に。

    もう1問。
    次の日本文を英文に直しなさい。
    「ぜいたく品の販売が増加したことが、その国の繁栄の指標であった」

    単語を補助しましょう。
    増加する increase
    贅沢品の販売 the sale of luxuries
    指標 an index
    繁栄 prosperity

    これのよくある誤答。
    The sale of luxuries increasing was an index of the country's prosperity.

    何が違うのか?
    現在分詞の位置です。
    2語以上の意味のまとまりならば、名詞の直後に修飾。
    しかし、単独ならば名詞の直前で修飾します。
    だから正解は、
    The increasing sale of luxuries was an index of the country's prosperity.

    前から名詞を修飾するのを「前置修飾」、後ろから名詞を修飾するのを「後置修飾」と呼びます。
    現在分詞だけでなく、過去分詞も、前置修飾と後置修飾があります。
    現在分詞か過去分詞か。
    前置修飾か後置修飾か。
    この組み合わせで合計4通りが存在し、そのどれであるかを判断して英文を作っていくのが、分詞の形容詞的用法の課題です。

    その名詞がその動作をするならば現在分詞、その動作をされるならば過去分詞。
    単独ならば前置修飾、2語以上の意味のまとまりならば後置修飾。
    分析の基準はこれだけです。

    理屈が好きな子は、このルールさえ守れば済むと理解すると、楽々と単語を並べていけるようになります。
    しかし、文法に対して抵抗感のある子は、このルールが身につきません。
    「もうわからないから、全部後ろにする。そういう問題のほうが多いし」
    などと、ヤマを張り始めます。
    そんな諦め方をしなければならないほど難しいことではないのですが。

    ここが頑張りどころです。
    「何で英語ってこんなに難しいの!」と癇癪を起さないで。
    ルールを理解できれば、あとはスムーズです。
      


  • Posted by セギ at 12:23Comments(0)英語

    2018年11月02日

    中3英語。分詞の形容詞的用法。


    中学3年生の秋になると、「分詞」「関係代名詞」と立て続けに修飾句・修飾節の学習に入り、1文が長くなり、難しくなります。
    感覚で単語を並べて英文を作ってきたタイプの子たちが、ここで大きくつまずきます。
    分詞や関係代名詞を含む文は、感覚でつかめないためでしょう。
    これらは、感覚でつかむものではなく、理屈で理解するもの。
    システムを理解するものです。
    いよいよ文法知識が力を発揮します。

    問題 次の文を英文に直せ。
    「イタリアは、長靴のような形をしている半島です」

    単語の補助をするならば、「長靴」は、a boot。「形づくる」はshape。
    「半島」は、peninsula。
    これで大丈夫でしょうか?

    いや、これが大丈夫ではないことがあるのです。
    よくある誤答。
    Italy is a peninsula shaping like a boot.

    では、次の問題。
    「カナダで話されている言語は、英語とフランス語です」
    これのよくある誤答。
    The languages speaking in Canada are English and French.

    上の2つの共通の間違いは何か?
    過去分詞を使用すべきところで、現在分詞を使用しているのです。

    正解は、
    Italy is a peninsula shaped like a boot.
    The languages spoken in Canada are English and French.

    現在分詞と過去分詞は、どうやって使い分けるのか?
    高校生になると、自動詞と他動詞でどうのこうのと、かなり難解な解説もされますが、わかりづらいので、できるだけ柔らかくわかりやすい説明をしますと、
    修飾される名詞がその動作をするなら現在分詞。
    修飾される名詞が、その動作をされるなら過去分詞。
    この理解で大半はOKです。
    そのルールから外れる動詞は例外として個々に覚えてしまったほうがむしろ楽だと思います。

    すなわち、「半島」は「形づくられる」ものだから、過去分詞。
    「言語」は「話される」ものだから、過去分詞です。

    では、なぜ誤答する子が多いのか?
    覚え方を間違えているのです。
    「~ている」なら現在分詞。
    「~した」なら過去分詞。
    と、日本語訳から判断している子が案外多いのです。
    正しい説明を受けても、難しく感じて、自分なりにアレンジしてしまうようです。
    英語に関しては、こういう「先生の説明が難しいから自分なりにアレンジ」する子ほど徐々に英語ができなくなっていく可能性が高く、恐ろしいのです。
    簡単にアレンジできるのなら、最初から簡単に説明します。
    難しくしか説明できないことだから、難しく説明しているのです。

    そもそも、そんなに難しくないです。
    修飾される名詞が、その動作をするのなら、現在分詞。
    修飾される名詞が、その動作をされるなら、つまり受け身なのなら、過去分詞。

    文法を理解するだけで、文法問題をスラスラ解けるようになります。
    教科書の練習問題を丸暗記したって、テストに出るのは、その類題。
    解き方のルール、すなわち文法がわかっていればそれも楽々と解けますが、ルールがわかっていないと全く別の問題に見えますので、勘が頼りの当てずっぽうで解くことになります。

    問題 ( )内の語を適切な形にせよ。

    The man (stand) at the door is my father.

    修飾される名詞は、直前のmanです。
    man は stand という動作をするのでしょうか?
    されるのでしょうか?
    組体操ではないので、man が誰かに立たれたりはしません。
    man は立っています。その動作をしています。
    だから、答えは、standing です。

    当てずっぼうの感覚や聞き覚えに頼って解いていた子は、最初はこうした解き方に戸惑ったりイライラしたりすることがあるのですが、汎用性の高さに気づくと、必ずこの解き方にシフトします。
    文法問題への不安は氷解していきます。

    最低限の文法を理解することは、賢い選択ですよ。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 10:55Comments(0)英語

    2018年10月17日

    雨に似ている?雨が好きです?



    It looks like rain.

    「雨に似ている」と訳してしまう子は、文法的な把握はできています。
    少し誘導すれば、正解に達することができます。
    「うん。雨に似ている、雨のように見える。というのは、つまり、どういうことかな」
    「あ。雨が降りそうだ、だ」
    「そう。正解」
    英語の表現の仕方って、即物的というか、そのまんまだよね、わかりやすいよねー、と話も弾みます。

    ところが、わからない子は、ヒントを出しても、わからない。
    いえ、私の誘導が悪いのでしょう。
    「雨に似ている、というのは、つまり、どういうことかな?」
    「・・・・雪?」
    「いや、雪ではなく」
    「みぞれ?」
    「いや、そういうことではなく」
    「わかった、あられ?」
    うーむ。

    でも、もっと深刻なのは、下のような誤訳。
    「私は、雨が好きです」
    It と I を見間違えています。
    把握できない look は、無視しています。
    英文を読む姿勢が雑で、目についた単語をちょいちょいと拾っているだけです。
    文法なんかわからなくても、英語はニュアンスで何とかなる。
    単語さえわかれば、何とかなる。
    そんなふうに思っていて、限界が来ている姿です。

    like には、動詞の like と、前置詞の like があります。
    その2つは見た目はそっくりですから、文の中の位置や働きで識別しなくてはなりません。
    すなわち、文法的な把握が必要です。

    そういう事実を示すと、英語に対して怒り出す子が、かつていました。
    「何だよ、面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」

    他人の子どものこととして聞くと、ダメな子だなあという感想が湧くかもしれません。
    しかし、口に出さないだけで、英語が苦手な子は、多かれ少なかれこういうことを内心で思っているのかもしれません。
    口に出しても出さなくても、ダメな考え方であることに変わりはありません。

    英語に限らず、学習に対する姿勢が雑な子は、そうした雑な姿勢でも小学校の頃は大丈夫だったのではないかと思います。
    斜め読みでも、拾い読みでも、正解を出すことができたのだと思うのです。

    学年が上がるにつれて、学習内容は複雑になり、緻密な読み取りが要求されます。
    今までのような雑な姿勢は通用しなくなります。
    子どもは子どもの全人生で雑なやり方を今まで通してきたのですから、変えることには抵抗があります。
    今までのやり方で雑にやっていきたいのです。
    自分のスタイルを変えたくない。
    その抵抗感が、
    「何だよ面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」
    という怒りに表れているのかもしれません。

    自分のスタイルを変えてでも得るものがあるかどうか。
    あるいは、そういう判断ができるほどにその子の心が成長しているかどうか。
    面倒くせえけど、でも、この面倒くせえことをやると、ああなってこうなって、こういう可能性が広がって、だから、この面倒くせえことはやる価値がある。

    実利の面からそのようにやり方を変えるのは、受験期の子どもに起こり得ることです。
    特に中3の受験生で秋以降に急激に学力をつけていく子は、こういう子が多いです。

    しかし、そうならない子もいます。
    面倒なことを丁寧にやる努力なんかしたくない。
    努力しなくてもできるのがカッコいい。
    本気なんか出したくない。
    そう思っているかのように、受験が近くなっても努力できない子もいます。

    ・・・・努力してもできるようにはならないかもしれない、という内心の不安も原因の1つかもしれません。
    努力しないでいる間の自分の可能性は無限です。
    しかし、本気で努力しても結果が出ない場合、自分の可能性はそこまでだと思い知ることになります。

    同じように受験に失敗するのだとしても、
    「あまり勉強しなかったから、まあ仕方ない」
    と言い訳できるほうがいい。
    全力で頑張ったのに不合格だったら、自分の能力を思い知ることになる。
    そのとき、自分がどれだけ傷つくだろうと考えたら、怖くて努力できない。
    努力すれば合格していたんだ、自分は本当は素質があるんだ、とずっと思っていられるほうがいい。

    努力しても結果につながらないと知るのが怖いから、努力できない。
    そういう気持ちになっている子は、そう簡単には努力できるようにならないと思います。

    努力しなかった場合は、結果はダメでも、
    「まあまあまあ。まあこんなもんでしょう」
    とごまかすことが可能です。

    努力してダメだった場合、それとは次元の違う傷つき方をするのは事実です。
    でも、傷は時間が解決しますし、その後、また頑張れるのですが、努力したことのない子は、それを知りません。

    努力しなかった場合、逃げ癖がつきますから、その先もずっと努力せず言い訳だけしていくかもしれません。
    傷は表面化しないが、確実に内攻していきます。
    努力して傷ついた場合よりも、長い時間をかけて深く深く、傷は心の内をえぐっていきます。
    いくら何でも30歳を過ぎてまで「自分は本気出してないだけ。本気でやればできるんだ」と思っていられるほど、人は愚かではありませんから。
    努力できない自分、大事なところで努力できなかった自分を呪う気持ちのほうが年月とともに強くなっていくかもしれません。

    子どもを褒めるときは、その子の素質を褒めるのではなく、努力していることを褒めなさい。
    近年、そう言われることが多いのは、努力と結果と素質が上のようにグチャグチャに絡んで努力できなくなってしまうことを避けるためもあるのでしょう。
    素質はあるのに努力できない子は多いですから。
    それは、勉強に限らず、あらゆる分野で。
    努力を、結果や素質と切り離し、とにかく努力していることを褒める。
    努力していることに褒賞がある状態にする。
    努力が喜びと繋がるようにする。
    そういう教育論は納得できます。

    本来、勉強は、結果が得られるからするというものではありません。
    勉強すること自体が喜びです。
    難しいことを理解する喜び。
    理解できる自分を知る喜び。
    努力する喜び。
    それを知っている子は、目先の試験の結果などを越えて、もう大丈夫だと思うのです。
    幸福な人生は、必ずしも成功と結びついているわけではない。
    そういうことも、過程を重視できるようになれば実感できるようになると思います。
      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2018年10月10日

    ラジオ講座「高校生からはじめる現代英語」はお薦めです。


    「読む」「聴く」「話す」「書く」の4領域が、高校入試や大学入試に今後どのように影響し、今とはどう違ってくるのか、いまだに揺れている英語教育界です。
    とはいえ、入試に限定せず視野を広げた場合、音声としての英語に触れていくことは、英語教育に必須のことです。

    「読む」「書く」は、自宅でもコツコツ学習できますが、問題は「聴く」「話す」力をどう伸ばすか。
    セギ英数教室では、毎回の授業でリスニング問題を解いたり、英検の2次試験の模擬面接を行うなどで「聴く」「話す」演習をしています。
    しかし、週1回の授業だけでなく、日常でもっともっと練習できる方法はないだろうか?
    できれば、無料で。
    あるいは初期費用のみで。
    しかも、信頼できる内容の教材で。

    そう考えると、NHKラジオ講座がやはり有効です。
    街の英会話教室よりもはるかに能力の高い講師が教えてくれて、番組自体に英語教育のノウハウの長い蓄積もあります。
    食わず嫌いで避けているのは勿体ないです。

    私自身のことで言えば、中学に入学する際、入学案内の書類の1枚に「ラジオ講座『NHK基礎英語』を必ず聞きなさい」と記された案内が入っていました。
    入学式より前にその年度の初回放送が始まるので、事前にそういう連絡をしたようです。
    初回放送日・放送時間・NHK第2の周波数がその書類に記されていたと記憶しています。

    ラジオ講座を聴かねばならない。
    でも、『基礎英語』は朝早くとか、午後とか、夜の6時台とか、変な時間にやっていて、学校が始まったらその時間には聴けない。
    ラジオ放送を録音できるようにラジカセが欲しいと、私は母にねだって買ってもらいました。
    そのラジカセは、実際にはラジオ講座以外での活用も多かったです。ヽ(^。^)ノ
    いえ、ラジオ講座もそこそこ真面目に聴きましたが。

    ラジオ講座は、毎晩勉強を開始する良いきっかけでもありました。
    ラジオ講座を聴くためにとりあえず机に向かう。
    ラジオ講座を聴く。
    その後、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を言えるまで暗唱する。
    それから、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を書く。
    テキストを見て、自分の書いたものを添削。

    この作業で、当時、40分から50分かかっていました。
    月曜から金曜まで毎日これでしたから、学習時間の中で英語に使う時間が随分多かったかもしれません。
    しかし、これさえやっていれば、学校の英語の予習・復習はほとんど必要ありませんでした。
    他には、テスト前に教科書準拠ワークを解くくらい。
    それ以外の英語の勉強は必要なかったのです。
    ただ聴くだけでなく、テキストを暗唱したり書いたりする学習が効果的だったのだと思います。

    ラジオ講座を聴くために机に向かうのが毎日の習慣になり、いったん机に向かえば弾みがついて英語に続いて他の科目も勉強しましたので、毎日2~3時間の家庭学習も自然に行うことができました。

    ただ、これは、私が自ら進んでやっていたから効果的だったことです。
    これを強制されたらたまったものではないというのも理解できます。
    ラジオ講座については、生徒からは否定的な話を多く聞きます。
    いや、むしろ、生徒からラジオ講座について好意的な話を聞いたことがありません。

    私立の中学校では『基礎英語』がテスト範囲に含まれることがあります。
    しかし、ラジオ講座を聴く習慣を作れない子は多いです。
    下手をするとテキストすら買い忘れています。
    家にラジオがないし、ラジオの聴き方がわからない、と言う子もいます。
    2か月分のラジオ講座のテキストが定期テストの範囲。
    文法事項は何とかカバーできても、単語・熟語の数は膨大です。
    そして、定期テストで出題されるのは、大半はその単語・熟語なのです。
    他をどれだけ指導しても、『基礎英語』からの出題で失点があるので、80点取るのでも必死でした。
    「塾で英語を習っているのに、なぜ70点台なの?私は中学時代に英語でそんな点を取ったことがないけど?」
    と親から怒られたと、生徒から愚痴を聞かされたりもしました。
    『基礎英語』の単語・熟語を宿題にして塾でテストしたりもしましたが、どうも定着が悪く、結局、テスト前には何も覚えていない子もいました。
    教科書のほうが大事なんだから『基礎英語』なんかそんなにテストに出ないよと毎回言い出し、そうして、テストが終わったら落ち込む繰り返し。
    教科書以外のテスト範囲を簡単に捨てる子は、親が思う以上に多いです。

    また、もっと積極果敢に家庭で英語教育に関わるお母様が、『基礎英語』を自ら録音し、子どもに毎日聴かせているという話も、生徒からは愚痴として聞かされたことがあります。
    「『基礎英語』って、月曜日と火曜日は同じ内容なのに、いちいち録音していちいち聴かせられるんだけど、無駄じゃね?そう言ってもママは怒るだけだし」
    「・・・・・2回聴いたほうが勉強になるから。そういう意味じゃないのかな」
    「どうせ聴くふりだけで聴いてないから、無駄だよ」
    「・・・・聴こうよ、それは。その時間、縛られているのなら、せめて聴こうよ。意味のあるものにしよう」
    「聴いていると何か別のことを考えちゃう。眠くなっちゃうし」
    ( ;∀;)

    どんなに素晴らしいコンテンツが存在しても、本人が自らやる気にならない限り、何の意味もありません。
    『基礎英語』が押し付けられた義務である限り、それは呪いでしかない。
    そんなわけで、私は、生徒にラジオ講座を勧めることはありません。

    とはいえ、良質で新鮮なコンテンツが豊富なので、本当に勿体ない。
    ラジオは無料で聴き放題です。
    学校のテスト範囲でない限り、テキストなんていちいち買わなくていいのです。
    「聴く」「話す」練習のためにラジオ講座を利用するなら、テキストはないほうが良いくらいです。
    ラジオ講座に関する負のイメージを払拭し、活用する生徒が多くなることを願います。
    実際に英語が得意な人は、ラジオ講座肯定派が大半です。
    一番良い方法を否定しながら「英語が得意になる良い方法はないですか?」といつもきょろきょろし、読まない参考書を買い、続かない英語教材を購入し、効果の薄い英会話教室に高いお金を払うのは勿体ないです。


    「実践ビジネス英語」は安定のコンテンツで、私は、最初の「やさしいビジネス英語」の時代からもう30年聴いています。
    NHKのラジオ講座の中ではもっとも難しい。
    高校生では、英検準1級に挑戦するレベルの子にお薦めです。

    最近新たに聴き始めたのは「高校生からはじめる『現代英語』」。
    毎週火曜日と水曜日の18:30~18:45に放送しています。
    土曜日・日曜日の昼の12:40~12:55に再放送があります。
    日曜日の夜22:25~22:55にまとめて2回分再放送もあります。
    しかし、どれもこれも不便な時間帯です。
    私は、ポータブル・ラジオ・レコーダーを使用しています。
    予約録音が可能で、一度設定すれば毎週同じ時間帯に自動録音されていますし、スピーカーのついた土台からはずせば、ガラケーほどの重さとサイズになり、どこでもイヤホンで聴くことができます。
    夕飯を食べている途中で、時間を見てカセットテープの録音スイッチを入れにいっていた中学生の自分に教えてあげたい便利さです。

    さらに言えば、NHKは「らじる☆らじる」というアプリでインターネット放送が聴けますので、今はスマホでラジオ放送を聴くことが可能です。
    「NHKゴガク」というアプリもあります。
    これは、先週放送分の語学放送を聴くことが可能なアプリです。
    とにかく、「オンタイムでしかラジオを聴く方法がないが、そんな時間にラジオは聴けない」という件をクリアしないと、ラジオ講座を聴く習慣は作れません。
    物理的に無理、ということになってしまいます。
    ラジオなんて家にない、という子も今は多いですから。
    一方、radikoというアプリで、スマホで民放ラジオを聴くのを好む若者も静かに増えてはいるのですが。

    「高校生からはじめる『現代英語』」。
    内容は時事英語です。
    英語ニュースの原稿を高校生向けに易しく書き直したものが使用されています。
    範読も比較的ゆっくりで明瞭です。
    週に2回だけのプログラムで、1回目は、その英語ニュースの内容解説。
    全体の和訳と重要表現の確認などで、ラジオ講座としては普通の内容です。
    興味深いのが2回目の放送。
    まず、もう一度、1回目と同じ英語ニュースの範読を聴いておさらいします。
    その後、「反訳トレーニング」というのを行います。
    英語ニュース本文からピックアップした文を、日本語から英語に直す練習です。
    まずは、1文を3つに分けて、範読に続いてリピート。
    次に、分解した1部分ずつを日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    さらに、1文全部を日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    これを3つの文で練習します。

    上にも書きましたが、これは私が中学時代に自分でやっていた練習法です。
    そして、今も塾で生徒に学校の教科書の本文を使ってやっている学習法です。
    塾ではこれを「その英文を書く」までやりますので、さらにレベルが上がりますが。
    英語学習としては一番ハードで、一番効果がある方法です。
    とにかく、重要な英語表現を自分の中にインプットしないと、アウトプットなんて一生できません。
    口をついて出る英語、すっと書くことのできる英語は、いつか覚えた英語そのままか、そのバリエーションです。
    また、これはケアレスミス対策でもあります。
    時制、冠詞の有無、前置詞は何を使うかなど、今学習している単元とは直接関係ないのに常に失点原因になることへの対策としても有効です。
    ただの丸暗記ではなく、文法的把握をし、英語の構造を理解しながらの暗記が効果的です。

    3つの文の暗唱の後、まだ続きがあります。
    「では、今覚えた表現を利用して、別の英文を作ってみましょう」
    そして、日本文が言われ、それを自力で英訳します。
    発展練習まであるとは。
    その後は、日本人講師と外国人講師とで、その英語ニュースに関する短い会話があります。
    先程練習した重要表現をわざと織り込んで会話しています。
    色々と工夫されたプログラムです。
    これは、高校生にお勧めの番組です。
    英語が得意な高校生なら、テキストは要らないと思います。
    むしろテキストがあると「読む」ことに注意がいってしまい、ちゃんと聴かないし、反訳トレーニングもテキストをつい見てしまい、結果テキストを音読するだけになって効果激減の可能性があります。
    テキスト無しで聴いて、内容の聞き取りも反訳トレーニングもどこまで可能か頑張ってみるとやりがいがあると思います。
    ラジオ講座を聴こうと思い立った人が、書店で来月分のテキストを買い、いざその月になると思い立ったときの意欲がなくなっているというのはよくある話です。
    今週から聴くことにしないと、モチベーションなんて泡のように消えていきます。
    この番組、週に2回、合計で30分というのも、初めてラジオ講座に接する人にはハードルが低いと思います。

    他にも、文科省の意向に沿って、今は「聴く」「話す」を意識した番組が多いです。
    「世界へ発信!ニュースで英語術」という5分間の番組もあります。
    月曜日から金曜日まで、毎日昼の12:55~13:00に放送。
    土曜日の夜23:00~23:25に5回分まとめて再放送があります。
    こちらも時事英語ですが、少しレベルが上がり、実際のニュース原稿が使用されます。
    明瞭な範読と明晰な和訳の後、実際のニュースを聴きます。
    「聴く」力の養成に特化した番組です。
    テキストはありません。

    「遠山顕の英会話楽習」という番組も最近試しに聴いてみました。
    月曜日・火曜日・水曜日の朝の10:30~10:45。
    土曜日の朝7:50~8:35と夜の21:00~21:45に3回分まとめて再放送があります。
    遠山顕先生というと、もう30年近く前、「やさしい英会話」で、ネイティブ講師2人と声を揃えてノリノリで放送していたのを楽しく聴いたなあと懐かしく思い出します。
    その後、「ラジオ英会話」に変わっても同じノリの番組を続け、長年のファンが沢山いるのだと思います。
    英語学習という目的を越えた番組自体のファンがいるのですね。
    私が初めて聴いた30年ほど前は若々しい声の溌剌とした先生でしたが、30年ぶりに聴くと、声がかなり老けていました。
    口調が民放の名物ラジオパーソナリティーみたいになっています。
    この番組は、高校生向けというよりも、長年のファンのための番組なのでしょう。
    遠山顕の、と銘打っているところからもそれがうかがえます。
    ノリについていけると楽しい。
    そうでないと、ちょっと困惑するかもしれません。
    テキスト範読は案外スピードが速い。
    そして、高校英語・受験英語のボキャブラリーにはない語句が出てきます。
    「話す」コーナーもスピーディーです。
    長年の番組ファンへの信頼から、レベルはおのずと高くなる。
    そんな印象の番組です。
    高校生よりも、社会人・主婦・シニアの方にお薦めです。


    「ラジオ英会話」も聴いてみました。
    月曜日から金曜日まで、朝6:45~7:00。
    再放送はその日の夜9:45からあります。
    さらに、5回分まとめて日曜日16:30~17:45に放送されます。
    「基礎英語3」を卒業して、なおもラジオ講座を聴きたい高校生は、この番組に進級するのが順当なのでしょう。
    今月は「不定詞・動名詞」を扱っています。
    内容は簡単で、英語が得意な高校生にはおそらく物足りない。
    英語が苦手な子にはとっつきやすく、レベルもあっている番組と思います。
    月曜日から木曜日までは毎日新しい会話文です。
    文法事項や重要表現などの解説、リピート練習など普通の内容の番組です。
    その日の重要文法事項を用いて日本語を英語に直す練習もありますが、これも文法の典型題という印象で、平易です。
    易しいなあと思いながら月曜日から木曜日まで聴くと、金曜日は復習の日。
    易しい番組のはずが、この日だけレベルが上がります。
    「話す」力を鍛えるコーナーがあるのです。
    例えば、
    「あなたは、学校の先生です。いつも遅刻してくる生徒がいます。もう遅刻はしないと約束したのに、また遅刻をしてきました。その生徒の将来の夢は電車の運転士になることです。遅刻をする癖があっては、夢は叶いません。そのことを叱ってください」
    ・・・・はあ?
    テキストがあればまた違うのでしょうが、耳で聴くだけですと、その英文が口をついて出るかどうか以前に、言うべき内容を覚えきれない・・・。
    「ラジオ英会話」は、金曜日だけ聴くのもありです。

    「英会話タイムトライアル」も聴いてみました。
    月曜日~金曜日の朝8:30~8:40。
    土曜日の朝7:00~7:50に5回分まとめて再放送があります。
    これは「話す」に特化した番組です。
    言われた日本語をとにかく英語に直す練習が繰り返されます。
    日常レベルの英語がとっさに口をついて出るようにする練習です。
    これも金曜日がハイレベルです。
    対話形式の練習があり、放送の「無音」の部分を自分の英語で埋めていきます。
    1文しか言えないこともあるでしょうし、5文くらいのまとまった内容を返すことも可能です。
    模範を聴いて、もう一度トライできるのも良い構成です。
    番組のレベル設定は「基礎英語3」と「ラジオ英会話」の間くらいで、ヨーロッパ言語共通参照枠A2~B1と、基礎学習者のレベルです。
    しかし、「話す」というのは通常4領域の中で最も遅れてしまう能力で、その分やりがいもありますので、実際にやってみるとそんなに易しくないと思います。
    これもテキストは見ないでやるほうが力がつくでしょう。

    「聴く」「話す」をラジオ講座で伸ばす。
    今回は、そんな話でした。
      


  • Posted by セギ at 14:18Comments(0)英語

    2018年10月03日

    不定詞の学習。中学3年レベルその3。want~to 不定詞などの文。



    中3で学習する不定詞。最後は、「
    want ~to不定詞」などの用法です。

    中2では、以下のような文を学習しました。
    I want to play the piano.
    「私はピアノを弾きたい」
    この文で、to play the piano をするのは、主語である「私」です。
    それに対して、中3で学習する文は、
    I want you to play the piano.
    「私はあなたにピアノを弾いてもらいたい」
    この文で、to play the piano をするのは、「あなた」です。
    意味の違いはこれで明瞭ですね。
    不定詞の動作主(意味上の主語)は誰であるのかを強く意識するとこの文のパターンは理解しやすいと思います。

    この構造の文は、動詞ごとに理解しておくと楽です。
    高校英語ではもっと増えますが、中学3年生が学校で学習するこの構造の文の動詞は、基本的にはwant、tell、askの3つです。
    この3つの動詞を使った文の構造と意味をまずは正確に理解しましょう。

    ①「主語+want +誰々+to不定詞」。
    主語は、誰々に、~してほしい。
    I wanted him to play baseball together.
    私は、彼に一緒に野球をしてほしかった。
    「誰々」の部分は、「世界」など、人間でないものが入ることもありますが、「誰々」で覚えておくとわかりやすいでしょう。

    ②「主語+tell+誰々+to 不定詞」。
    主語は、誰々に、~するように言う。
    Our teacher told us to read many books.
    私たちの先生は、私たちに多くの本を読むように言った。

    ③「主語+ask+誰々+to不定詞」
    主語は、誰々に~するように頼む。
    これは依頼の文です。
    I asked my mother to help me.
    私は母に手伝ってくれるよう頼んだ。

    基本は、want,tell,ask の3つの動詞でこの構造の文を作れるようになっておけばOKですが、教科書によっては他の動詞でもこの構造の文が出てきます。
    教科書にそうした形の文が出てきたら、学校の定期テスト対策としては、それもあわせて覚えておきます。
    teach,advise,warn,order,expect,allow など、この構造の文を作る動詞は沢山あります。


    さて、実際の問題を考えてみましょう。

    問題 以下の2文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めなさい。
    Our teacher said to us,"Read many books."
    Our teacher (  ) us (  ) read many books.

    このような形式で出されると、これが不定詞の問題であることを発想できず、混乱する子がいます。
    答えは、最初の(  )がtold、次の(  )がtoです。

    正解を聞けば、理解できる。
    でも、自分で発想できない。
    特に、入試問題など、テスト範囲というものがないときには、全く発想できない。
    そういう人が案外多いと思います。
    こういう問題は1から発想するものではなく、このパターンが頭の中に入っているかどうかで正解できるかどうかが決まります。
    文法として整理されて頭の中に入っていると、こういう問題は楽に解けるようになります。
    最初の(  )は、saidではなぜダメなのかと訊かれることがあるのですが、sayは、この構造の文を作れない動詞なのです。
    また、sayという動詞は、誰それに言うという意味のときは、say to usのように前置詞を必要とします。
    said us ということはできないのです。
    また、sayと言う動詞は単に「言う」という意味なので、伝達内容が命令文のとき、その命令のニュアンスを伝えることができません。
    セリフの部分、つまり伝達内容が命令文なので、命令の意味を持つtellを入れる必要があるのですね。

    次の問題はどうでしょうか?
    I said to my mother,"Please help me."
    I (   ) my mother (  ) help me.

    やはり、セリフ部分に着目します。
    please が入っているので、伝達内容は依頼の文であることがわかります。
    だから、最初の(  )はasked、次の(  )はtoが入ります。
    他に、Will you help me? などがセリフ部分に入っているときにも、この書き換えになります。

    では、この問題は?
    May I wash the dishes?
    Do you (  ) me (  ) wash the dishes?
    こんな書き換えは、覚えておかないと発想できません。
    大胆に構造を変える書き換えです。
    正解は、最初の(  )がwant、次の(  )がtoです。


    文法問題はパターンが明確です。
    どんな文法事項を問われている、どういう構造の問題であるか、それを意識しながら練習しておくと、テストに出ている問題は、自分の練習した問題の類題だと意識できます。
    落ち着いて、楽に解くことができます。
    常に自分の「勘」が頼りで、感覚で英語の問題を解いていると、何の文法事項の問題であるか気づくことができませんし、パターンも類題もすっ飛んでしまいます。
    毎回毎回最初から考えなければならず、時間もかかりますし、常にモヤモヤしてしまいます。
    パターンを理解しましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:33Comments(0)英語

    2018年09月19日

    不定詞の学習。中学3年レベルその2。疑問詞+to不定詞。


    不定詞の学習は中2から始まりますが、中3になるとさらに新たな用法を学ぶことになります。
    その1つが「疑問詞+to不定詞」の用法。
    中学生ですと、この表現そのものに疑問を抱き、
    「不定詞ってtoがつくものなのに、to不定詞っておかしくね?」
    と言う子もいるのですが、不定詞にはもう1つ原形不定詞があります。
    それと区別するために、「to+動詞の原形」の形のものをto不定詞と呼びます。
    中学生の間は、こんな呼び名はどうでもいいので、ただto不定詞という言い方も間違っていないんだよということをわかってくれれば、OKです。

    さて、その「疑問詞+to不定詞」。
    基本はそんなに難しくありません。
    疑問詞というのは、疑問を表す単語。
    具体的には、when,where,who,whose,which,what,how。
    これと不定詞をセットで用います。

    I don't know how to use this computer.
    私は、このコンピュータの使い方がわからない。

    how +to不定詞 で、「どのように~したらよいか」。
    ちょっと訳が固いので、「何々のやり方」という訳でOKです。

    when +to不定詞で、「いつ~したらよいか」。
    where+to不定詞で、「どこで~したらよいか。
    what+to不定詞で、「何を~したらよいか」。
    which+to不定詞で、「どれを~したらよいか」。

    特に難しくありません。
    基本問題を解いている限りは、誰でも正解できます。

    間違いやすいのは、以下のような問題でしょう。
    間接疑問文も学習した後の、私立型の入試問題です。

    問題 ほぼ同じ意味となるように以下の空所を埋めよ。
    Please tell me where to get on the bus.
    Please tell me (    )(   )(   )get on the bus.

    間接疑問文に直すのだ、というところまでは発想できたとして。
    3つの(  )に何を入れて良いか、わからない子は多いです。
    (  )が1つ余る感じがするのです。
    Pleas tell me where I get on the bus.
    で、良い気がするのに、もう1つ(  )があります。
    あれこれ悩んだあげく、
    Please tell me where do I get on the bus.
    としてしまい、不正解、というのはよくあることです。
    間接疑問文としてそれはおかしいと、基本的にはわかっていたのに、もう1つの(  )を埋められず、結局、やってはいけないとわかっていたことをやってしまうミスです。
    正解は、
    Please tell me where I should get on the bus.
    「どこでバスに乗ったらよいか」という意味なのですから、助動詞shouldが必要となります。

    疑問詞+to不定詞の文から間接疑問文への書き換えは、間接疑問文を学習してからでないと行えません。
    そのため、練習不足のまま入試を迎えてしまうことがあります。
    このように2つの単元にまたがる問題は未定着な子が多くなりがちで、そこをしっかり勉強しているかどうかをこうした問題は問うことができます。
    だから、入試はこのような問題が好まれます。
    関係代名詞と最上級との融合問題などもそうですね。


    上の問題は私立入試レベルですが、学校の定期テストにも出る可能性があるのになかなか定着しない事柄もあります。

    問題 次の語句を並べ替えて英文を完成せよ。
    don't , I , what , read , know , book , to.

    これの最も多い誤答は、
    I don't know what to read book.
    です。

    「疑問詞+to不定詞」という基本は理解したものの、whatやwhichはすぐ後ろに名詞を伴うこともある、ということがどうしても定着しないのです。
    正解は、
    I don't know what book to read.
    です。
    「私はどんな本を読んだらよいかわからない」。
    「どんな本」の部分はwhat book で、ここは意味のまとまりです。
    whatとwhichは、疑問詞ですが名詞を修飾することがあるのですね。
    これを疑問形容詞と呼びます。
    こういう呼び名でむしろ頭の中が整理されて定着する子もいます。
    そうではないタイプの子は、名称はどうでもいいですから、book のような可算名詞(数えられる名詞)を read book と、冠詞もつけず複数形にもせずにむきだしのまま使うことはないという知識だけはしっかり身につけるとよいと思います。
    「動詞の後に名詞をおく」という中1レベルの英語の語順へのこだわりを捨て、英語の語順の新しい可能性に対して頭を柔軟にしたいところです。
    体感で何となく思いこんでいる間違ったルールを優先させてしまう癖を改め、本当の英語のルールを理解していくことが大切です。
    かなり類題を練習しないと間違えます。
    定着したかなと思っても、ひと月も経つとまた間違えてしまう子もいます。

    間違える子の多いこうした問題をマスターすること。
    秀才とそうでない子との境目は、そこだと思います。
    基本問題は解ける。
    難しい問題は間違えたけど、そういうのは関係ない。
    そこで満足し、「理解したから大丈夫」と思ってしまう、いわば「加点法」で自己評価するタイプの子は、テストの点もそれで満足するのならば何の問題もないのです。
    でも、同じ子が、テストは8~9割の得点を求めることがあります。
    いやいや、そういう得点の取れる勉強をしていないですよね?

    より高い得点を求めるなら、「減点法」で自分を見つめましょう。
    「この問題が解けない」
    「このタイプの問題はまだ未定着」
    「これは類題をまた間違えた」
    これをマイナスを見つめる作業と感じ、気持ちが滅入る人もいるようですが、それをやるから精度が上がります。
    自分は何が出来、何が出来ないのか。
    そこから目を逸らさないことが実力アップのコツです。
    間違えた問題が実力アップの糧となります。
    目を逸らして無かったことにするのは、勿体ないです。
    テストで実際に8~9割の得点が取れるようになると、評価は外側に実在するものになります。
    そうなると、自分が今何ができないかを見つめる作業は、むしろプライドをもって行えるようになります。
    テストで良い点が取れない。
    評価が自分の外側に実在しない。
    自分で自分を褒め、認めるしかない。
    自己評価だけが高い。
    できないことから目を逸らす。
    こういう悪循環は避けたいです。
      


  • Posted by セギ at 12:53Comments(0)英語

    2018年08月29日

    不定詞の学習。中学3年レベル。形式主語を用いる用法。


    不定詞は、to+動詞の原形。
    中学2年で初めて不定詞を学習しますが、それで終わりではなく、中3でも新たな内容を学習することになります。
    まずは、副詞的用法がもう1つ増えます。
    中2で習う副詞的用法は、「~するために」という動作の目的を表すもの1種類だけでした。
    中3では、これにもう1つ加わります。
    感情の原因を表す不定詞です。

    I'm glad to see you.

    中1の初め、あるいは小学校の英語でも、挨拶の言葉として習っていたこの文が、感情の原因を表す不定詞の文です。
    I'm glad と感情が示され、その原因がその後に不定詞で示されます。
    「私は、あなたに会えて嬉しい」

    I'm sorry to hear that.
    この文の直訳は、「私はそれを聞いて残念です」。

    とにかく、感情を語った後に不定詞があれば、それは感情の原因の不定詞。
    不定詞の部分しか見ないで、他の不定詞と区別がつかず、
    「わからない。わからない」
    という子がいますが、不定詞の見た目は全部同じですから、その前で感情を語っているかどうかだけに着目すれば良いのです。
    見分けのコツがそこだとわかれば、簡単です。

    中3内容の不定詞。
    いよいよここからが本格的学習。
    大きく分けて3つの内容があります。

    まずは、形式主語 it を用いた文の真の主語としての不定詞。

    It is difficult to speak English.
    英語を話すことは難しい。

    これは、名詞的用法の不定詞です。
    元の形は、
    To speak English is difficult.
    英語を話すことは難しい。

    これはこれで文法的には正しい英語ですが、ちょっと頭でっかちな印象があります。
    主語が長いのです。
    上の例文程度なら長いといってもまあそれほどでもないですが、もっともっと長い主語の場合もあります。
    結論がどんどん先送りにされている印象で、何が言いたいのかよくわからず、イライラします。
    スパンと結論を語ってから、詳細を肉付けしてほしい。
    そのほうがわかりやすい。
    そういうことから生まれた文の形です。

    It is difficult とまず言い切ってくれるので、「ああ、何かが難しいんだ」とわかります。
    で、何が難しいのだろうとさらに耳を傾けると、
    to speak English
    と言うので、ああ、英語を話すことが難しいのですね、と理解できます。
    わかりやすい構造の文です。

    むしろ、わかりにくいのは、何で英語の勉強をしているのに、「英語を話すのは難しい」という例文を用いるのかということかもしれません。
    これは本当によく見る例文なのです。
    何の呪い?どういう刷り込み?

    しかし、この例文、

    It is easy to speak English.

    だと、むしろ文の内容が気になって文法の説明が耳に入らなくなる子がいるので、difficult で良いようです。
    「簡単じゃねえよ!」
    と、文へのツッコミに必死になってしまう子がいるんです。
    こんなほんのちょっとしたことでわからなくなってしまう子もいるので、例文の選定もデリケートな問題です。
    勉強が下手な子は、他人の話を聞くことがそもそも下手な場合が多いです。
    他人の話を聞くのが下手ということは、聞くポイントがズレていて、聞いた話の多くを誤解してしまうということ。
    その誤解の集積が、その子の頭の中に詰まっているということ。
    勉強がわからないのは、誤解していることがとても多く、それが邪魔をして正しい理解を妨げている場合が多いのです。


    さて、上の文は一般論ですが、個人に絞ってこうしたことを語る場合もあります。
    「トムにとって、日本語を話すのは難しい」

    It is difficult for Tom to speak Japanese.

    誰にとってなのかを不定詞の直前に置きます。
    このfor Tom を「不定詞の意味上の主語」といいます。
    この不定詞の動作主、動作をする主体という意味です。
    speak Jpanese をするのは、Tom です。
    だから、この文は、
    「トムが日本語を話すのは難しい」
    と訳すこともできます。
    この訳し方は知っておいたほうが良いです。
    この日本語を英語に直しなさいという問題で、すんなり上の文が頭の中に浮かぶからです。

    この訳し方を知らないと、
    Tom is difficult to speak Japanese. 
    と誤った文を作ってしまうことがあるのです。
    「どっちだっていいんでしょう?じゃあ、1つしか覚えない」
    と、何でも省略した覚え方をしたがる子が陥りやすいミスです。

    問題が意地悪だと不満を口にする子がいます。
    日本語が英語の直訳になっていないから、英語に直せないというのです。
    しかし、日本語を英語的な構造に組み替えることも含めて英語力です。
    何かテーマを与えられて英文を書くとき、日本語として思い浮かぶことを英語的な構造で書いていくことが必要になります。
    その練習をしているのだと思いましょう。

    先程の誤った文がなぜ誤っているのかといえば、
    Tom is difficult
    ではないからです。
    この文をあえば訳せば「トムは気難しい」とでもなるでしょうか。
    しかし、言いたかったのは、トムが気難しいということではありません。
    英語を話すことが難しいのです。
    主語と補語との結びつきがおかしくなっています。

    公立の学校で中学3年で学ぶ形式主語 it と不定詞の学習内容はここまでですが、私立高校を受験する場合、この先の発展的内容も学習しておくと良いです。

    It was kind of Tom to help me.
    「トムは親切にも私を手伝ってくれた」

    この文は、of Tom が to help me の意味上の主語です。
    トムが私を手伝ってくれたのですから、動作の主体ですね。
    でも、なぜ for Tom ではなく、 of Tom なのでしょう?
    for と of との使い分けの基準は?

    It is difficult for Tom to speak English.
    It was kind of Tom to help me.

    これは、この文の補語である形容詞に理由があります。
    先程も確認しましたが、トムは difficult ではありません。
    しかし、下の文で、トムは、kind です。
    人の性質・状態を表す形容詞が使われている場合、不定詞の意味上の主語は、of Tom となるのです。
    下の文は、
    Tom was kind to help me.
    と書き換えることも可能です。
    Tom was kind enough to help me.
    という言い方もありますね。

    落ち着いて理解すれば何でもないことなのですが、こうした細則をしっかり理解して利用できるのは、中学生の段階では、やはり秀才に限られてきます。
    発展的な細かいところまでよく勉強しているかどうかを問いたい私立高校は、だから、このような出題をするのでしょう。

      


  • Posted by セギ at 11:46Comments(0)英語

    2018年08月17日

    英語学習と映画 ノッティングヒルの恋人


    このお盆休みは、前半はゲリラ雷雨が凄まじく、大気不安定。
    後半は晴れてはいるものの風が強く、結局、部屋で映画三昧の毎日でした。
    新しい映画ではなく、手元にある古い映画のDVDを見直していました。
    そうして、以前、とりつかれたように1つの映画を繰り返し見て、英語がそれ以前と比べて格段に聴き取りやすくなった頃のことを思い出していました。

    私が長年教えているのは中高生に向けての受験英語で、つまりは英語の入試問題をどう攻略するかを指導するのが仕事です。
    この仕事を始めた頃は今とは随分事情が違い、長文読解は論説文と同じくらい小説も多く、今よりも英文としては難解で、一方、リスニングは今よりずっと簡単でした。
    しかし、時代は変わり、入試問題は難解な小説よりも平易で実用的な文章を速読して内容を理解することが主流となり、一方、リスニング問題はボリュームが増え難度も上がっていきました。

    仕事を続けていくためには、自分の能力を時代に即してバージョンアップしていかねばなりません。
    私はCD付きの単語集やNHKのラジオ講座などでリスニング学習を続けました。
    それは十分に効果があり、生徒にも勧めています。
    しかし、塾講師としての立場からは特に勧めないけれど、劇的にリスニング力の上がる方法もあります。

    1つは、英語の歌詞の音楽。
    ただ、私が良いと思うものを生徒に勧めても意味がありません。
    生徒はそれを「音楽」として勧められたと誤解するからです。
    だから、つきあいのいい生徒でも、1回試しに聴くくらいのことしかしないでしょう。
    しかし、1回や2回聴いたところで効果はありません。
    100回、200回のリピートで初めて結果が表れます。
    好きでもない音楽をそんなに聴けないですよね。

    自分が本当に好きで、早口なのに発音が明瞭な英語の歌詞の音楽。
    これは、そうしたものに出会えたときに、初めて可能な学習方法です。
    私の場合は、エミネムでした。
    抜粋した4曲ほどを延々と繰り返し聴いていました。
    これは好きじゃなければ不可能なことです。
    エミネムの歌詞は過激で、青少年の健全な育成に貢献するとはとても思えないので、生徒に勧めたことはありません。
    音楽的には、わかりやすくカッコいい。
    それでも、趣味というものがありますから、受け付けない人もいるでしょう。

    何百回でもリピートできる曲に出会った私は幸運だったのだと思います。
    早口で、しかも発音がクリアで、音がシャキシャキと耳に心地良い英語。
    それを自分の楽しみとして繰り返し聴くことができました。
    やたらとエミネムを聴き込んだ数日後、いつものように勉強のために英語のニュースを聴いたときの衝撃。
    時事英語が何だか間延びして聞こえるほど聴き取りやすくなっていたのです。
    センター試験のリスニング問題も、こんなに簡単なら有難いと感じる明瞭な聞こえ方に変わりました。

    それまでは、聴き取れるにしても、いわば、自分の脳の英語スイッチを入れて、さらに電圧を上げて、聴くぞ、聴くぞ、というふうにもっていかないと聴き取れなかった細部が楽に聴き取れたのです。
    効果は絶大でした。
    歌詞ではなく、意味でもなく、英語の音を音として聴き取れるようになったのは、エミネムからだったと思います。

    そこで1段階リスニングレベルが上がったところで、さらにもう1段階上がったのは、映画を英語で見るようになったことが大きかったと思います。
    英語字幕で、あるいは、字幕なしで映画を見るようになりました。
    映画俳優の英語は、エミネムより聴き取りにくいです。
    何しろ圧倒的な早口です。
    ナチュラルな英語って、本当に早口ですよね。
    しかも音が不明瞭です。
    ほぼ発音していないような音があります。
    前の単語の最後の音と、次の単語の最初の音がくっついています。
    で、その単語の最初の音と2番目の音との間にポーズがある。
    1つの単語の途中にむしろ音の隙間があるのです。
    ニュース英語や原稿を読んでいる英語、ラジオ講座の英語のように、聴き取らせるための英語とは次元が違います。

    そのときどきで集中して見た映画は色々ありましたが、一番繰り返し見たのは、『ノッティングヒルの恋人』。
    これは、日本語対訳付きの脚本集も買いました。
    脚本を読む。
    字幕なしで映画を見る。
    また脚本を読む。
    字幕なしで映画を見る。
    その繰り返しで、50回は見たと思います。
    そうすると、それまで聴き取れなかった音が聴き取れるようになっていきました。

    ここからは、ネタバレを含みますので、『ノッティングヒルの恋人』をこれから見ようと思っている人は読まないほうがいいです。
    20年も前の映画なので、もうそんなのどうだっていいかもしれませんが。
    そういえば、今年、ネタバレは絶対にダメということも含めて評判になっている日本映画がありますが、それに関して、あるラジオパーソナリティーが、
    「『猿の惑星』のDVDのパッケージに自由の女神を描くくらいにダメなこと」
    と言っていました。
    うーん、それは絶対にダメだ。
    絶対にダメなことの比喩として、私も使おう。

    話がそれました。
    『ノッティングヒルの恋人』の中でも好きなシーン。
    主人公ウイリアムが、ハリウッド女優アナ・スコットに、新作映画についてインタビューをするはめになり、さらには共演者の少女にもインタビューするシーン。

    ウイリアム  Is this your first film?
    少女     No. It's my 22nd.
    ウィリアム  Of course it is. Any favourites among the 22?
    少女     Working with Leonardo.
    ウィリアム  Da Vinci?
    少女     Di Caprio.
    ウィリアム  Of course. And is he your favourite Italian film director?

    この、最後のセリフのItalian の「イ」の音が、最初は全く聴き取れなくて、
    「このイを発音してないよね、ヒュー・グラント?」
    と詰問したいくらいだったのですが、この「イ」は、その前のfavouriteの語尾とほとんど同時に発音されていて、1拍おいて「タ」が発音されるというからくりに気づいて愕然としました。
    これが英語のリエゾン。
    そんなの聴き取れるわけがない。
    しかし、そのからくりがわかると、「イ」が聞こえるようになっていきました。
    英語が聴き取れないというのはこういうことだという仕組みもわかってきました。
    映画の脚本なんて、内容は中学英語です。
    仮定法が使われていることを考えても、せいぜい高校1年の英語。
    でも、易しい英語であるにも関わらず聴き取れないのは、日本人が予測している単語として音が聞こえてこないからです。
    リエゾンと妙な隙間。
    そのからくりと音に慣れることが必要です。

    そうして、聴き取れない音を聴き取るようにしておよそ50回も同じ映画を見た後。
    英検1級のリスニング問題がクリアに聴こえるのに愕然としました。
    聴かせようと努力してくれている人の英語はこんなにも聴き取りやすい。
    英語学習らしい英語学習も必要なのですが、回り道の娯楽が実は近道なこともあるのでしょう。

    『ノッティングヒルの恋人』は、小道具や伏線の1つ1つが回収されていくのが気持ちよく楽しい映画です。
    その分、セリフを聞き逃したり、セリフの意味がわからなかったりすると面白さが半減します。

    例えば、ウィリアムが同居人スパイクと屋上で会話しているシーン。
     
    スパイク  There's something wrong with the goggles.
    ウィリアム No,they were prescription, so I could see all the fish properly.

    このゴーグルに度が入っていることは、この後に活きてくるのですが、prescription という単語は他と比べて難度が高く、文字で見ても私は意味がわかりませんでした。 
    英語圏の一般の人にもやや難しい単語なのか、魚がはっきり見えると説明して補強しているところに脚本の工夫を感じたりもします。

    ハリウッド女優アナがウィリアムの家の屋上でセリフの練習をした後、ウィリアムに感想を求めるシーンも好きです。

    アナ     What do you think?
    ウィリアム Gripping. It's not Jane Austen, it's not Henry James, but it's gripping.

    この映画の監督は、ジェーン・オースティン原作の映画で英国アカデミー賞を取った人で、そういう楽屋落ちもあるのかもしれません。

    アナ     You think I should do Henry James instead?
    ウィリアム I'm sure you'd be great in Henry James.
     
    と、ワクワクした早口で言うウィリアム。かなり文学が好きな様子。
    でも、アナの仕事を否定しません。

    アナ     They would never say 'Inform the Pentagon that we need black star cover'.
    ウィリアム And I think the book is the poorer for it.

    核戦争から世界を守る近未来の将校役で映画に出演するアナは、文芸作品なら「ブラックスターカバーが必要だとペンタゴンに知らせて」なんて言わないわよねと自嘲するのですが、ウィリアムは、文芸作品のほうが、だからそれだけ内容が乏しいんだよとジョークで和ませます。
    二人の気持ちが通う良いシーンですし、これが、その後、二人は別れたのに、アナはヘンリー・ジェームズ原作の映画に出演することを選ぶという展開につながっていきます。

    主演の二人も良いですが、50回も見ると、もう主演なんかほとんど見ていなくて、セリフを聴いている他は、ちょい役の役者さんたちの芝居に見入っていました。
    今回、久しぶりに見直しても、そうでした。
    ウィリアムの友人たちや妹ではなく、もっともっと脇役。
    例えば、ハリウッド女優アナの広報の人らしいのですが、日本人から見てほぼマネージャー的役割の、いかにも仕事が出来そうなアメリカ女性。
    一応、カレンという役名があります。
    ウィリアムが、アナ・スコットの新作映画に関するインタビューの場に紛れ込んでしまったときに、重要な役割を果たす女性です。
    映画に対する予備知識もないのに何人もの俳優にインタビューし、消耗して部屋から出てきたウィリアムに、
    Do you have a minute?
    と軽快に問いかけ、ウィリアムが疲れ果てて「No」と答えると、眉を寄せるものの従わせていく芝居。
    アナの意向に添い、おそらく二人の関係も汲み取っているドアの開け方と表情。

    あるいは、ウィリアムの家の前に集まる記者たちからアナを庇って車に導くときの、ドアが開いたその一瞬の表情。

    アナがヘンリー・ジェームズ原作の映画のロケをしているときにウィリアムに快活に声をかけるのもカレンでした。
    カレンは、アナの近くでアナとウィリアムの恋を知っていた唯一の人物なのかもしれません。

    もう1人好きな脇役さんは、最後のヤマ場、アナの記者会見の場面で、アナに2回同じ質問をする記者、ドミニク。
    1回目の質問は、
    How much longer are you staying in UK then?
    2回目、同じ質問をするよう請われて、
    How long are you intending to stay here in Britain?
    と言っています。
    これ、最初のうちは、Britainがほとんど「ブ」としか聴き取れなかったのですが、今は聞こえるなあと感慨深いです。
    それはともかく、映画は、この2度目の質問へのアナの返答でようやく記者たちは何が起こったか気づいて大団円となります。
    このドミニクは、記者の中でも最初にそれに気づいたという設定なのでしょう。
    アナの返事を書き留めながら、もう微笑んでいます。
    それから、自分の質問がそういうふうにおしゃれに使われたことが嬉しいのもあってか、相好を崩してウィリアムに近づいていきます。
    その芝居が上手い。
    ドミニクは、この後、うきうきと長文の署名記事を書くだろうね、と思ってしまいます。

    事の次第に気づいた2人目の男性記者の表情。
    3人目の女性記者の表情。
    上品そうな人たちで、ゴシップ誌ではなく、権威ある映画雑誌の記者なのでしょうか。
    このあたりはアップになっていますから、説得力のある芝居なのは当然なのですが、それ以外の記者たちも、それぞれ芝居をしています。
    His name was Thacker.
    と、ご親切にウィリアムに教えた記者の表情もいい。
    ウィリアムをじっと見ているくせに、彼こそがMr Thacker だと気づいていない。
    やはり、ウィリアムがかつて言った、
    Today's newspapers will be lining tomorrow's waste bins.
    今日の新聞は、明日にはゴミになる。
    という言葉のほうが真実ではないかと思わせてくれる演技です。
    だけど、まぬけな記者というのでもなく、アナとドミニクとのやりとりを窺う表情の厳しさと、事実を悟って、うわっと表情が緩む様子がいいんです。
    ゴシップ誌の記者なんだろうなあ。
    仕事に真剣なのは素敵なことだ。

    ウィリアムの友人バーニーに突然キスされた若い女性記者は、その後もニコニコ笑ってバーニーに話しかけていましたから、良いサイドストーリーを聴き取って独自の記事にするかもしれません。
    お手柄だね。

    そんなことを色々考えるのも、同じ映画を50回も見たからこそ。

    『ノッティングヒルの恋人』を見ろという話ではなく、こんなふうに、メインストーリーや主役の芝居に興味がなくなって脇役ばかりに目がいくくらいに繰り返し同じ映画を見ると、英語が聞き取れるようになりますよ、という話。
    私の『ノッティングヒルの恋人』は、他の人にとっては全く別の映画だろうと思います。

    短大の英文科だと思いますが、半年かけて『ノッティングヒルの恋人』の映像を繰り返し見て音声を聴いて脚本を読み込む授業を受けた人の感想をネットで読んだこともあります。
    試験は、脚本をほぼ暗記して受けたそうで、懐かしい思い出になっているようです。
    確かに、授業の素材に選ぶ先生がいるのも頷けます。
    SF大作やアクション映画よりも、セリフの駆け引きが面白い映画のほうが英語学習に向いているでしょう。

    お盆休みのせいか、ちょっと普段と違う内容になってしまいました。

    いやあ、映画って本当にいいものですね。(^-^;
      


  • Posted by セギ at 18:19Comments(0)英語

    2018年08月11日

    不定詞の攻略法。まずは中学2年レベル。


    中2の2学期あたりから急に英語の成績が下がっていく子がいます。
    なぜそうなってしまうのか?
    それまで学習していた英文とは語順が異なる文が増えてくるからでしょう。
    実際のところは、それまでと根本の構造は同じなのですが、文法的なアプローチが苦手な子には、全く別の語順の文に見えてしまいます。
    今まで、基本例文を暗唱して、英語は大体こんな順番で単語を並べればいい、と思ってきたことが覆されます。
    また、英文を全て日本語に直して、その文の意味から文法問題を解いてきた子にとっては、どう解いていいのかわからない種類の問題が出てきます。

    典型的なのは、不定詞の三用法の見分けです。

    問題 次の英文のうち、同じ用法のものを選べ。
    (1) I want to play the guitar.
    (2) My hobby is to collect old coins.
    (3) He was the first man to land on the moon.
    (4) You come to school to study.

    答えは(1)と(2)。
    この2つは名詞的用法。
    (3)は、形容詞的用法。
    (4)は、副詞的用法です。

    できるだけ文法用語に触れないで学習を進める場合、この3用法も、「名詞的用法」「形容詞的用法」「副詞的用法」という用語を用いないで説明することになります。
    この用語を正しく定義し説明すれば何もかも上手くいくのですが、それを避けるために大切なことが伝わらず、全てが曖昧になっていくことがあるのです。

    例えば、「名詞的用法」とは、不定詞を名詞として用いる用法です。
    名詞として用いるということは、名詞と同じ働きをするということ。
    すなわち、その文の主語・補語・目的語のいずれかになるということ。
    (1)の to play は、動詞の目的語。
    (2)の to collect は、補語です。
    だから、どちらも、名詞的用法。

    これが文法的な分析ですが、中2は、さすがにそれだけでは理解しづらいので、意味からもアプローチします。
    名詞的用法というのは、動詞が名詞のように使われる用法。
    つまり、「~する」という意味の動詞が、「~すること」という意味になるのが、名詞的用法の不定詞です。
    (1)の直訳は、「私は、ギターを弾くことを欲する」。
    さすがに、何時代の日本語なのだろう?という感じがするので、「私はギターを弾きたい」と訳しますが、構造を意識した直訳は「~すること」です。
    (2)の訳は、「私の趣味は、古い硬貨を集めることです」。
    「~すること」という意味なので、これも名詞的用法。

    文法からと意味からと双方で補強しあえば、名詞的用法は理解できます。
    これが意味から把握するだけですと、want to ~は「~したい」、like to ~は「~するのが好き」と、まるで熟語のように把握しがちで、そういうものが不定詞だと思うようになってしまう子がいます。
    そのあげく、不定詞は「動詞+to」だと、逆転して覚えてしまう子すらいます。
    不定詞は、to+動詞の原形だよ、と説明しても妙な顔をしたりします。

    それでも、名詞的用法は、まだ理解しやすいのです。
    問題は、形容詞的用法。
    形容詞の働きは、名詞を修飾する働きと、補語になる働き。
    しかし、中学生で不定詞を学んでいる間は、補語になる働きのことは無視しましょう。
    名詞的用法と重なる部分があって紛らわしくなりますから。
    不定詞の形容詞的用法は、名詞を修飾する。
    これだけで大丈夫です。

    しかし、これだけでも、文法嫌いな子には、ハードルが高いようです。
    形容詞は、名詞を修飾する。
    これの何を難しく感じるのか?
    「形容詞って何?」
    「だから、名詞を修飾するのが形容詞ですよ」
    「・・・え?」
    名詞を修飾するのが形容詞。そして、形容詞は名詞を修飾する。
    これを堂々巡りのように感じ、よくわからないと思う子がいますが、これは堂々巡りではなく、定義です。
    わかりやすいように少し補足するならば、
    日本語に直すと言い切りの形が「~い」で終わる、性質や状態を表す言葉が形容詞です。
    本当は、「~だ」で終わる日本語の形容動詞も英語では形容詞ですが、そういうことを言い出したらますます難しくなるので、ざっと理解しておきましょう。

    前にも書きましたが、中1の段階で、文の中のどれが動詞でどれが名詞か識別できるようになっていると、少し楽です。
    中2で不定詞を勉強する際に、今度は、形容詞と副詞の働きを理解すれば良いのですから。
    でも、それが上手くできない子が多いのです。

    どれが名詞なのかもよくわからないまま、不定詞の形容詞的用法を学ぶ。
    確かにそれはハードルが高いでしょう。

    He was the first man to land on the moon.

    この文の man が名詞です。
    後ろの to land on the moon は、この man をより詳しく説明しています。
    どんなmanなのか?
    to land on the moon したmanなのです。
    これで、どんな男か、より詳しくなりました。
    言い方を変えると、「男」というだけと比べて、意味が限定されました。
    より詳しく説明する、あるいは意味を限定する。
    これが「修飾する」ということです。
    to land on the moon という不定詞は、man と言う名詞を修飾しています。
    名詞を修飾するのが、形容詞。
    だから、この不定詞は形容詞的用法です。

    形容詞的用法の不定詞の訳し方は何通りかあります。
    「~する」名詞、「~するための」名詞、「~するべき」名詞、などです。
    この訳し分けは日本語の都合で、英語としての違いではありません。
    日本語に訳して自然なものを選ぶだけです。
    不定詞の形容詞的用法を名詞との関係からさらに分類するのは、高校英語になってからです。
    それもそんなに必要なことではないと私は思っていますが。
    「文法のための文法」のような知識は不要。
    でも、理解の助けになる文法は身につける。
    何でも毛嫌いせずに、そのような姿勢で文法を利用すると、難しかった英文の構造がスッキリわかり、意味がスラスラ読み取れるようになります。

    しかし、文法が苦手な子は、「名詞」「形容詞」といった言葉が説明の中に出てきただけで、もう耳を塞いでしまいます。
    はい、もうわからなーい。
    はい、その説明、難しーい。
    頭が、心が、文法を拒絶する様子です。
    そうした子は、文法の力を借りることができず、意味だけで不定詞の三用法を判断することになります。
    そして、形容詞的用法だけで何通りも訳があることに混乱し、不定詞がわからなくなります。
    名詞を修飾しているかどうかだけが判断の基準で、日本語の訳なんか何通りあっても全部同じなのですが。

    形容詞的用法は、乱文整序問題や英作文で混乱する子が多いのも厄介な点です。
    「彼は、子どもたちと遊ぶ時間がない」
    この日本語を英語に直すと、
    He doesn't play to time children.
    といった謎の英文を書いてしまう子は多いです。
    それまで、英語の語順はこういうものと思っていたのとは少し違う語順の文が、不定詞の形容詞的用法の文です。
    名詞の直後に to 動詞。
    文法的に理解していないと確かにこの語順は衝撃的で、自ら進んでこの語順で単語を並べていくには勇気が必要かもしれません。
    今までの語順にこだわっていると、「動詞 to 名詞」の語順で書いてしまうのです。

    主語を書いて、動詞を書いて、目的語となる名詞を書いて、to 不定詞。
    「誰々が」を書いて、「何々する」を書いて、「何々を」を書いて、to 不定詞。
    この呪文を唱えながら、そのナビの通りに英文を書いていけるようになるまで練習すると、段々とこの語順で英文が書けるようになっていきます。
    He has no time to play with his children.


    形容詞的用法と比べれば、副詞的用法は、まだ理解しやすいでしょう。
    You come to school to study.
    あなたは勉強するために学校に来るのです。

    中2で学習する副詞的用法の不定詞は、動作の目的を表す用法の1種類だけです。
    文がひと通り終わって、その後、最後に不定詞がくっついている印象なので、構造的にも理解しやすい。
    ただし、意味だけから判断しようとする子は、副詞的用法と形容詞的用法の区別がつかないことが多いです。
    「~するための」と「~するために」が似ているせいで混乱するのでしょう。

    名詞を修飾するのが形容詞。
    名詞以外のものを修飾するのが副詞。

    これを理解するだけで、形容詞的用法と副詞的用法の識別は、完璧にできます。

    三用法の識別。
    基本を理解したうえで、さらに簡単に識別するための目安もあります。
    「動詞 to 動詞」の形のときは、名詞的用法の可能性が高いです。
    勿論、例外はあります。
    He lives to eat.
    この文は、動詞 to 動詞 の形ですが、名詞的用法ではありません。
    この to eat は、lives の目的語ではありません。
    「彼は、食べることを生きている」ではありません。
    「彼は、食べるために生きている」です。
    これは、副詞的用法です。

    「名詞 to 動詞」の形のときは、形容詞的用法の可能性をまず考えてみます。
    ただし、本当にその不定詞がその名詞を修飾しているか、確認が必要です。
    I went to the library to do my homework.
    名詞 to 動詞 の見た目ではあります。
    しかし、この不定詞は、名詞を修飾しているのでしょうか?
    「宿題をやるための図書館」。
    おかしいですよね。
    宿題をやるため専用の図書館?
    そんなもの、あるはずがありません。
    「私は、宿題をやるために図書館に行った」
    これが正しい。
    to do my homework は、went という動詞を修飾しています。
    だから、これは、副詞的用法です。

    意味からも補強するけれど、文法的な把握は問題を解くのにこんなにも助けになる。
    不定詞の三用法は、文法を理解することがどれほど有利かを知ることができる学習内容です。
    文法を理解できる子はここから英語で頭角を表し始め、一方、文法を理解できない子は、徐々に英語がわからなくなってくる境目です。

    文法用語を多用せず、それでも、文法を理解してもらうこと。
    教える側としても、ここからが正念場となります。
      


  • Posted by セギ at 14:39Comments(0)英語

    2018年08月01日

    感覚で英語の問題を解いてしまう子。



    さて、今日は英語の話。
    入試問題でも、英検などでも、英語の4択問題は多いのですが、本来得点源であるこうした問題で見事に外してしまう子がいます。
    機械的に選んでも確率として25%は正答するはずなのに、本人の正答率は25%に達しません。
    ほぼ全て誤答してしまうことすらあります。

    例えば、こんな問題。
    これを、中学3年生が解くとして。
    Yoshihiko works at the hospital near his house. He (  ) people who cannot get out of their beds.
     1. translates  2.promises  3.assists  4.spells

    本人の単語力にもよりますし、学んでいる教科書によっても若干のズレはありますが、普通の中3ですと、はっきり意味のわかる単語は、この中では1つもない場合もあるかもしれません。
    教科書には出てきていた気がする。
    テスト前には覚えたような気がする。
    でも、今は覚えていない。
    そんな子のほうが普通です。
    でも、この問題、正答率はそんなに低くないはずです。

    正答は、3.assists

    これを正答できる生徒の考え方は、こんなふうです。
    英語としては初めて見るような気がするけど、この単語は「アシスト」でしょう?
    「アシストする」のアシストだよね。
    「アシスタント」のアシストだよね。
    「補助する」とか、そういう意味なんじゃないかなあ。
    他の単語の意味はわからないけど、正答はこれだよ。

    そういう判断をする子は、正答できます。
    ところが、そういう判断ができない子もいます。
    知らない単語は、読むこともできないと決めてかかって、目を通しません。
    assistが「アシスト」と読める単語であることを教えると、がく然として、あー、答えられたのに、と悔しがります。
    ローマ字読みで良いからとにかく読んでみれば良かったのに、それをしなかったんですね。
    読んでみたら、もう案外日本語として普通に使っている英単語は多いのですが。

    もっと重症な子になりますと、「アシスト」と読めるとわかっても、その意味がわからない子もいます。
    「アシストするって、日本語として聞いたことがあるでしょう?」
    「知りません」
    「アシスタントって言うでしょう?」
    「言いません」
    そうなると、それは、その子の日本語の語彙が少ないのが根本の問題となってきます。
    あるいは、間違えた問題のことに触れられるのが嫌で、たたき返すように「知りません」「言いません」と言っているだけかもしれませんが。
    その情報がその子の脳を通っていないのです。
    間違えた問題についてあれこれ言われるのが嫌なのでしょう。
    プライドが傷ついてしまうらしいんです。
    一刻も早く忘れたいと思っているのに、「アシストって言うでしょう」「もう、それは日本語でしょう」と言われるのが嫌で、「知りません」「言いません」とたたき返してしまうようです。
    しかし、間違えた問題を分析し原因を確認することができず、忘れたい、ごまかしたいという反応をする子は、また次も同じ間違いを繰り返します。
    この問題が1問できなかったことよりも、もっと根深い問題を抱えています。

    以上のように、さまざまな場合がありますが、正答の3.assistsが正答に見えなかった子は、では、何を選ぶのでしょうか。
    どうも、1. translates(翻訳する) を選んでしまう子が多いようです。
    この間違い方も、いろいろと分析できます。

    まず、transport(輸送する) という単語との混同があった場合。
    「ベッドから出られない人々を輸送する」という表現はどうなのかな?
    大体、どういう仕事なのそれ?
    救急隊員なの?
    救急隊員をそのように表現するかなあ?
    とは思うものの、気持ちはわかります。
    ああ惜しかったね、勉強はしているよね、と声をかけたくなるタイプです。

    一番困ってしまうし、しかし、一番多いのは、
    「何となく、translateが正解のような気がしたから」
    という返答です。
    ・・・・・何となくって、何なんでしょう?
    「なんか、長くて、難しそうな単語だったから」
    長い単語が正解に見えてしまう?
    難しそうな単語が正解に見えてしまう?
    混乱しているときは、そんな判断をしてしまうようなのです。

    以前、うちの塾生の1人が、こんなことを言いました。
    「問題が、魔物に見える」
    間違えて、間違えて、また間違えて。
    どう選んでも間違いが続くと、もう訳がわからなくなる。
    問題が、自分をだます魔物に見えてくる。
    必ず落とし穴があるように見えてくる。
    そういう意味のようでした。
    そういう感覚に陥っていると、自分の知らない単語、一番長くて難しそうな単語が正解だろう、という誤った判断をしてしまうのかもしれません。

    勉強というのは、いくら基礎でも学問なので、感覚で解いていたら、いずれ迷宮に入り込みます。
    にも関わらず、特に英語は自分の感覚に頼ってしまう子が多いように感じます。
    感覚に頼って4択を選び、単語を並べて文らしきものを作り、それで正答になると漠然と夢見ているような勉強をしている子がたくさんいます。

    英語が得意な人たちが「英語は感覚を大切に」などと、誤解されやすい発言をすることも一因です。
    これは良くないと、以前にも書きました。
    その人たちの「感覚」は、本人は「感覚」のつもりでも、実は「理屈」なのです。
    英文法の体系がその人の内にあるのです。
    本人がそれを意識していないだけです。
    長年、勉強が苦手な子たちの「感覚」につきあっていると、「感覚に頼れ」と言う気にはなれません。
    「一番長い単語が正解」というのが、その子の「感覚」かもしれないのです。

    教えて教えて、さまざまな武器を持たせたのに、試験当日、それらの武器を全部放り出して、素手でわあっと突入していってしまう。
    「感覚」に頼る子の試験の受け方はそんなふうで、結果を見て本人も傷つきますが、教えた側の落胆も大きいのです。


    勉強は、推理小説ではありません。
    「一番犯人ではなさそうだった奴が、実は犯人だった」
    なんてことは、ありません。
    一番「犯人」だと思われる奴が、まさしく「犯人」です。
    一番正答らしいものが、正答です。
    証拠がそろっているから「犯人」なのです。
    その証拠をそろえるには、しかし、こちらに知識が必要。
    論理的な判断力が必要。
    知識と判断力があれば、問題は魔物には見えません。

    出題者は、あの知識を確認するために、この問題を出しているのだ。
    こう間違える可能性を予想して、こういう構造の問題を作ったのだ。
    だから、これが正解なのだ。
    そういう判断を繰り返していくことが問題を解くということです。
    それができるようになるには、単語力と文法力をつけ、判断力を養うために、たくさん練習するしかありません。
    ネイティブでもない日本人が、英語を感覚で解くのは不可能です。
    間違った自分の答えばかりが記憶に残り、それの集積がその子の「英語の感覚」であるのは、よくあることです。
    英語の問題を感覚で解くのをやめ、少しでも理屈を考えていこうするのがまず第一歩です。

      


  • Posted by セギ at 11:18Comments(0)英語

    2018年07月18日

    時制に関する問題が苦手。高校生の場合。


    時制の識別の話の続きを。
    前回は中学生の話でしたが、今回は、高校生の話を。
    現行の教育課程では、中学で学ぶ時制は以下のものだけです。
    現在形・現在進行形・過去形・過去進行形・未来の文・現在完了形。
    未来は時制ではない、「未来時制」「未来形」というものはないという説がありますが、初学者にとっては正直そんなのどうでもいいので、私は「未来時制」という言い方は避けますが時制を学ぶ際に未来も加えます。
    ともあれ、上の6つの時制を中学の3年間でゆっくりと学ぶのですが、時制は、まだあと6つあります。
    高校1年でその6つをほぼ同時に学ぶので、混乱する子が多いようです。
    以下、例文とともに整理してみます。

    ◎現在形・・・主に現在の習慣・現在の状態を表す。  
    She lives in Tokyo.
    彼女は東京に住んでいる。

    ◎過去形・・・主に過去の動作・状態を表す。
    She lived in Tokyo five years ago.
    彼女は5年前東京に住んでいた。

    ◎未来の文・・・未来の動作・状態を表す。
    She will live in Tokyo next year.
    彼女は来年東京に住んでいるだろう。

    ◎現在進行形・・・現在行っている動作を表す。
    She is playing the piano now.
    彼女は今ピアノを弾いている。

    ◎過去進行形・・・過去のある時点で行っていた動作を表す。
    She was playing the piano at that time.
    彼女はそのときピアノを弾いていた。

    ◎未来進行形・・・未来のある時点で行っている動作を表す。
    She will be playing the piano at this time tomorrow.
    彼女は明日の今頃ピアノを弾いているだろう。

    ◎現在完了形・・・現在の時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
    She has lived in Tokyo for five years.
    彼女は5年間東京に住んでいる。

    ◎過去完了形・・・過去のある時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
    She had lived in Tokyo for five years before she went to New York.
    彼女はニューヨークに行くまで5年間東京に住んでいた。

    ◎未来完了形・・・未来のある時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
    She will have lived in Tokyo for five years by the time she finishes high school.
    彼女は高校を卒業するまでで5年間東京に住んだことになる。

    ◎現在完了進行形・・・現在のある時点までの動作の継続を表す。
    She has been playing the piano for five hours.
    彼女は5時間ピアノを弾いている。

    ◎過去完了進行形・・・過去のある時点までの動作の継続を表す。
    She had been playing the piano for five hours befor I visited her.
    彼女は、私が訪れるまで5時間ピアノを弾いていた。

    ◎未来完了進行形・・・未来のある時点までの動作の継続を表す。
    She will have been playing the piano for five hours till 15:00.
    彼女は15時までで5時間ピアノを弾いたことになる。

    これらがいきなりドバッと出てきます。
    未来完了進行形など、日常会話ではほとんど使わない時制もあります。
    書き言葉ですね。
    しかし、文法的には存在します。

    高校生になると、さすがに少し精神的成長が見られ、できればこれを覚えたいという意欲を見せる子が多いですが、意欲があっても識別できないことがあります。
    特に勘違いしやすいのが、過去形・現在完了形・過去完了形。
    中学3年生で現在完了形を学んだときは、過去形と混ざってわからなくなる子はそんなにいなかったのですが、過去完了形を学ぶと、この3つの区別がつかなくなり、結果、全て過去完了形を選んでしまう子がいます。

    問題 次の空所に最も適切なものは以下のどれか。

    He (    ) in Osaka since he was a child.

    1.lived  2. has lived   3.had lived  4.had been living

    正解は2の現在完了ですが、これを過去完了の3と誤答してしまう子は多いです。
    過去完了を習いたてなので、何でも過去完了に思えてしまうということもあるでしょう。
    こういう四択問題を理屈で解いたことがなく、全て根拠のない感覚で解いている子もいるでしょう。
    しかし、一応理屈を考えて、それでも間違えてしまう子もいます。

    過去完了は、「過去のある時点までの完了・経験・継続・結果」です。
    視点は過去のある時点にあり、そこからさらに過去を振り返っての完了・経験・継続・結果ということです。
    上の例文の、
    She had lived in Tokyo for five years before she went to New York.
    彼女はニューヨークに行くまで5年間東京に住んでいた。

    で言えば、視点は、「彼女がニューヨークに行った」という過去のときです。
    その過去のある時点までで5年間東京に住んでいたという継続の用法です。
    こうしたときに用いるのが、過去完了です。

    The train had already left when we got to the station.
    私たちがその駅に着いたとき、その列車は既に出発してしまっていた。

    これも過去完了です。
    「私たちがその駅についたとき」というのが、過去の視点。
    そのときには、既に列車は出発してしまっていたという完了の用法です。

    それに対し、上の問題文は、

    He has lived in Osaka since he was a child.
    彼は子どものときから大阪に住んでいる。

    この視点は現在です。
    現在から見て、過去からずっと現在まで大阪に住んでいるという継続の用法です。
    しかし、このsince節を「視点」と間違えてしまうのです。
    このsince節は、「視点」ではなく「起点」です。
    どこの時点に立って過去を振り返っているかの視点ではなく、その状態の起きた始まりを示しているのです。
    ここを混線してしまう人が多く、何を見ても、過去完了を選んでしまうようです。

    「じゃあ、sinceがあったら現在完了?」
    と訊く子がいます。
    sinceが入っていても過去完了のこともあります。
    また、基準となる過去のある時点を明示するため、過去完了の文は1文が長くなりがちです。
    「じゃあ、長いと過去完了?」
    と訊く生徒もいます。
    「そうとは言い切れないです」
    「whenとかbeforeがあれば、過去完了?」
    「・・・そういう安易な見分け方は、本当にやめよう」
    「えー・・・・・」

    現在完了と過去完了の見分け方の基準は、視点が現在なのか過去なのか、です。
    それが、時制の定義にのっとった根本的な見分け方です。 
    しかし、それだけは絶対に受け入れられないというように、他の安易な見分け方を延々と探そうとする子がいます。
    それをやっている間は、時制の見分けはできません。
    whenやbeforeがあれば必ず過去完了であれば本当に楽なのですが、決してそうではないのです。
    ただ、1文が長く、before節がついているときに、これは過去完了の文なのではないかと予測しながら読んでいくのならOKなのですが。


    昔、大手の個別指導塾で講師をしていた頃。
    都立自校作成校に通う高校3年生の数学を担当したことがありました。
    もともと秀才ですので、英語もそこそこ出来ていて、それは高い基準での話だと思うのですが、あるとき、雑談でこんなことを言いました。
    「僕、最近、やっと英語がわかってきたんですよ」
    「え?」
    「学校の参考書ですよ。1回も読んだことがなかったんだけど、あれを読んでみたら、知りたかったことが全部書いてあった」
    「・・・・・え?」
    「いや、マジで」


    現在形と現在進行形の使い分け。
    過去形と過去進行形の使い分け。
    過去形と現在完了形の使い分け。
    現在完了形と過去完了形の使い分け。
    時制の見分けは苦労するところですが、こうしたことは、実は、文法の参考書に詳しく書いてあります。
    疑問に思ったら、参考書を開いて、その部分だけを調べてみるのをお薦めします。
    多くの高校は、教科書やワークブックとともに、文法の参考書を一斉購入していると思います。
    学校の授業で使わないので埃をかぶっている、厚い英文法の本、手元にありませんか?
    例文がズラズラ並んでいて、ちょっと読む気にならないぶ厚い本です。
    実は、あれが物凄く役に立つ本で、よくある疑問には全て答えてくれます。
    教科書の例文と短い説明ではよくわからなかったことが全部書いてあります。

    そんなの学校からもらっていないという人は、大きめの書店に行き、高校参考書コーナーで何冊か見比べて購入すると良いでしょう。
    参考書や問題集は、他人の勧めで購入するものではなく、必ず自分で見て、自分が使い易いものを購入しましょう。
    字体やレイアウトも重要です。
    良い参考書としてネットや通信教育の付録冊子で勧められているものを買っても、買ったことに満足して終わるだけになりかねません。
    開くだけで気持ちの沈むような参考書は、結局開かないです。
    他人の勧める良い参考書は、英文法が好きで、英語の成績も良く、より詳しく知りたい人が読むものかもしれません。
    いわゆる、文法の重箱の隅が載っている本です。
    文法の基本を学ぶのなら、易しい文法の本で十分です。
    カラフルで、イラストなども使われていて、易しい基本を説明している本を自分で選んでみると良いと思います。
    ただし、目次と索引はしっかりしているものを。
    「第一章 5文型」「第二章 時制」「第三章 態」といったように、目次に硬い言葉が並んでいるもののほうが調べものには向いています。
    巻末に索引がついていることも重要です。
    何かを調べるときには、索引を用いるからです。
    柔らかい言葉で書いてある読み物的な文法の本は、調べものの役には立ちません。

    宝物は、手元にあります。
    良い参考書も単語集も。
    そして、ラジオをつければ、良質なリスニング教材が無尽蔵に流れてきます。
    使わない手はありません。


      


  • Posted by セギ at 12:43Comments(0)英語

    2018年07月12日

    時制に関する問題が苦手な子。中学生の場合。



    初級英語は、be動詞の文、一般動詞の文、名詞の複数形、人称代名詞などを学んだ後、時制の学習に集中していきます。

    現在形・三単現・現在進行形・過去形。
    1つの時制を学ぶたびに、それまでの時制と混ぜて問題が出されますので、その見分けが重要になります。

    現在の習慣や現在の状態を表す文は、現在形で表します。
    文末に書いてある「時」の表現としては、every day とか、on Sundays とか。

    今行っている動作を表すのが、現在進行形。
    文末には now がついていることが多いです。
    前後から判断して、現在行っている動作であるときは、nowがついていなくても現在進行形ということはあります。
    それは他の時制でも同様です。
    文脈判断ということですね。

    過去のことならば、過去形。
    文末に yesterday や、last week など、過去を表す言葉がついていることが多いです。

    以前は、この説明で十分でした。
    もちろん、テスト本番になるとうっかりして、三単現のsをつけ忘れたり、過去形の否定文なのに、動詞にedをつけてしまったりと、ミスはいくらでもあるものですが。

    5年ほど前からでしょうか。
    練習しているときに、何だか思うように定着しないなあ、と感じることがあるのです。
    しかし、何回かやると、正解を出すので、わかっているようでもあります。
    時制ミスをしてしまうのは、ケアレスミスなのだろうと。

    しかし、違いました。
    もっと、根本がわかっていない子がいるのです。
    時間には、「過去」と「現在」と「未来」がある。
    そうした時間軸を意識していない子どもがいるのでした。

    初めて遭遇した子は、中学受験をして私立中学に通っている子でした。
    当然、ある程度の学力はありました。
    数学を教えている限りは、さほど違和感は覚えませんでした。
    お母様の話では、小学生の頃から国語が苦手で、だから英語も苦手なのかもしれないということでした。
    だからといって、何で現在形と現在進行形と過去形でこんなに混乱しているのだろう?
    時制の使い分けの問題では、正答率は5割以下でした。

    「yesterday と書いてあるじゃない。この文は過去形でしょう?」
    秀才に対して、単なるケアレスミスを指摘するような感覚で説明しても、話が通じませんでした。
    「yesterday と書いてあったら、過去形なの?」
    「・・・・」
    この反応は、ちょっとおかしいな?
    見分け方のコツを説明すれば済むようなことでないのかもしれないと感じました。
    「過去の動作や状態を述べている文は過去形にするんですよ」
    「え?」
    「日本語でも、そうでしょう?過去形という言い方はしないけれど、過去の文には~た、~だ、をつけるでしょう?」
    「え?」
    「現在本を読んでいるのなら、『読んでいる』でしょう?過去に読んだのなら『読んだ』でしょう?難しく言うと、過去を表す助動詞『た』『だ』をつけることで、日本語の文は過去形になるんだね」
    「え?」
    「・・・知らなかった?」
    「え?何それ?何それ?」
    「・・・・・・」

    その子が、時間をどのように把握していたのかはわかりません。
    昨日と今日は違う日だということことくらいは勿論わかっていたでしょう。
    ただ、日本語が、過去と現在と未来とを分けて語っているということが意識できなかったのだと思います。
    「現在」のことを言うときと、「過去」のことを言うときとでは、日本語でも表現が変わるということに、気がついていなかったのです。
    無意識に日本語を使っていますから、自分が時制を区別して言い分けていることに自覚がなかったのです。
    だから、英語がやたらに現在進行形だの過去形だのと時制を区別するのが理解できなかったのでしょう。
    時制の区別は日本語でも普通のことだと理解できず、区別する基準がわからなかったようなのです。

    驚愕しました。

    能力的には、特に問題はなく、むしろ優秀な部類の子でした。
    しかし、国語が苦手というのは、既にこういう状態のことなのでした。
    現在のことを言うときと、過去のことを言うときとでは、日本語の表現はこう変わる、英語もそうだ、と改めて説明しなければ理解できない子がいます。

    国語の授業で日本語の文法をやるのが意味わかんない、とそういう子は言います。
    日本語は話せるから文法なんか別にいいのにと思っているようです。
    しかし、彼女たちは、本当に日本語をわかっているのでしょうか?
    日常会話は可能でしょうが、本当に、日本語の仕組みを理解しているのでしょうか?
    口語文法に時間をかけるのは、以前は、文語文法を理解する準備のためという意味あいが大きかったと思います。
    今は、本気で口語文法を教えないとちょっとまずい時代のようです。
    勉強が必要な子ほど、口語文法を毛嫌いするのではありますが。


    言語に対する意識が希薄なのが前提ですが、時間に対する意識が希薄だという問題もあるのかもしれません。
    数年前、『君の名は。』というアニメが評判になりました。
    何回も同じ映画を見に行く若者が多かったようですが、自分の好きなシーンを何度でも見るためという普通の目的の他に、意味がよくわからなかったからもう一度見に行ったというつぶやきをTwitterでいくつか見ました。
    地上波で放送されたときには、「これでやっと意味がわかる」や、「1回で意味のわからない人に向けてネタバレ覚悟で説明すると」といったツイートも目にしました。

    あの映画、1回では意味がわからない子がいるのですね。
    時間のからくりがわからないのでしょうか。
    主人公2人の実際の年齢差が理解できないようなのです。
    それは理解力の問題なのか。
    時間に対する認識が薄いせいなのか・・・・。

    現代の若者が全員アホだという話ではありません。
    少し古くなるけれど『時をかける少女』というアニメは、今も熱くひっそりと現代の若者に支持されています。
    時間のからくりで言えば『君の名は。』よりも『時をかける少女』のほうが難しい。
    何より、あの抒情を感じとるにはセンスが必要だと思います。
    時間に抵触する物語に不可欠な、あの抒情。
    抒情という点では『君の名は。』は、ちょっとダサいかなあ。
    ともあれ、『時をかける少女』を理解し推す若者たちがいる限り、若者との共通言語は存在すると感じます。

    時間ということ。
    過去・現在・未来ということ。
    それぞれの時制に応じて表現は変わるということ。
    時間に対する思いが強ければ、時を表す表現が異なることにも気づくのではないでしょうか。
    それとも、それとこれとは別でしょうか。

    情報伝達という意味でも、それが過去のことなのか現在起きていることなのかを区別して語らなければ、正確な情報は伝わりません。
    時制の区別は、必要なことです。
    テストで点差をつけるために文法の隅をつついているというのとは次元の異なることです。

    時間というものへの意識。
    言葉に対する意識。

    過去と現在と未来とは、日本語でも言い分ける。
    英語も、過去と現在と未来とでは、語り方が異なる。
    それを理解していないのに、識別のためのちょっとしたコツである文末の時の表現を丸暗記しようとして覚えきれず、訳がわからなくなっている子はいないでしょうか。

    あまりにも時制の識別ができない子に対しては、そもそも時制ということが本当に理解できているかを確認したほうがいいかもしれません。
    「こんなの、引っ掛け問題だよ!」
    と認識の甘い発言をする子も含めて。
    引っ掛けでも何でもない。
    時制は、言語のど真ん中の問題です。
    引っ掛けだ、と過小評価するから、いつまでもいつまでも時制ミスがなくならないのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 12:21Comments(0)英語

    2018年07月06日

    人称代名詞はなぜ覚えにくいのか。


    英語の人称代名詞とは、I  my  me  mine というお馴染みのもののことです。
    厳密に言えば、四番目の形mineは、所有代名詞と呼ばれるもので、人称代名詞とは分けて取り扱うのですが、初学者にとっては正直そんなのどうでもいい。
    英語を学び始めて半年以内には、この人称代名詞の学習が始まります。
    そして、英語学習の最初のつまずきがこの人称代名詞である子は多いです。

    集団指導塾で中学生に英語を教えていたときは、
    「これは暗記しよう。テストに出るよ」
    と言ったところで、暗記してくるのは一部の秀才だけですから、授業時間内で暗記をしました。
    黒板に人称代名詞の一覧表を描き、皆で一度唱和します。
    次に「I」だけ消して、また全員で唱和します。
    次に「my」を消して、また全員で唱和します。
    これを延々と続けて、最後のtheirsが消える頃には、完全に暗唱している子が大半でした。

    しかし、それだけではすぐに忘れてしまいますので、次の授業でも、同じことを繰り返します。
    一度に「I  my」まで消してしまうなど、消すスピードは速くなります。

    その次の授業では、「I  my  me  mine」の全てを1度に消します。
    それでも、大半の子は、暗唱できました。
    そうして、順番通りの暗唱はできるようなっていきます。
    暗記ものが苦手な子の中には、暗記のやり方を知らないだけの子もいます。
    こうした授業は、ものを覚えるというのはこういうふうにやるのだよというデモンストレーションにもなり、賢い子は、同じやり方を他の科目でも活用し、暗記が得意になっていきました。

    通常、それで暗記は大丈夫なのですが、このペースについていくことのできない子もいました。
    多くの子は、機会を作って無理やり覚えさせれば覚えます。
    しかし、他の子と同じペースでは覚えられない子も存在しました。
    途中からは口を開いて何か言っているふりでごまかしていました。
    算数の九九を覚えるのにとても苦労する子がいるように、こうした機械的な暗記が苦手で、他の子と同じペースでは覚えられない子は存在します。

    その場で覚えられなかったのなら、家に帰って自分で練習すればカバーできます。
    しかし、そうした子の多くは、学校で英語学習を始める頃には、もう勉強に対して諦めの気持ちが生まれています。
    やってもどうせできないと思うのか、努力しません。
    「自分はもの覚えが悪いから、他人の倍の努力をしてそれを補う」
    そういう気持ちに本人がなっていれば大丈夫なのですが、思春期の自我でこの境地に至るのは難しいのかもしれません。
    そんなことを認められる人は、強靭な精神の持ち主で、実は自分に自信のある人なのでしょう。
    努力してきた自分に自信があるから、そういうことを認められるのだと思います。
    普通は、覚えられない自分を認められず、他人の倍の努力でそれを補うことなどできず、諦めてしまいます。

    小学校の高学年から中学生のあたりですと、反抗期に入っている子もいて、これも学習の障壁になることがあります。
    どうせ暗記しなければならないものなら皆と一緒にちゃちゃっと覚えられればラッキーなはずです。
    しかし、そう考えて積極的に暗唱に参加するのは、もう精神的に成長している子たちです。
    反抗期真っ盛りで、機会があれば周囲の大人全てに反抗してしまう子は、言われた通りに大きな声で暗唱するなど幼稚なことに思うのか、暗唱に参加しないことがあります。

    つまらない反抗心から暗記の機会を逸し、中3になっても高校生になっても人称代名詞が今一つわからない、何となく苦手という子。
    そうした子に個別指導で何人か遭遇しました。
    能力的に暗記が難しいタイプではありませんでした。
    私と出会ったときにはもう成長していましたので、
    「アホらしい。覚えるべきことは、覚えなければどうしようもないよ。ほら、やるよ」
    とホワイトボードに一覧表を書いて、暗唱しながら1つずつ消す作業をすると、そのときにはよく覚えてくれました。
    いつになってもいいから、どうしても覚えておかなければならないことは曖昧にせずに覚えるしかありません。
    算数の九九も。
    人称代名詞一覧表も。

    個別指導の場合は、他の人と比べてもの覚えがいいとか悪いとか、授業についていけないとか、そういうことはありません。
    本人のペースで、何度でも覚えるまで練習できます。
    「センセイ、待って。まだ、そこを消さないで」
    「え?マジで?」
    本当に覚えられないんだなあと驚くことは確かにあります。
    he の行にさしかかったあたりから、頭を抱えてひどく苦しそうな子もいます。
    しかし、最終的に人称代名詞を覚えきれずに終わってしまう子はいません。

    主格 所有格 目的格 所有代名詞
    I      my       me      mine
    you  your     you     yours
    he    his       him     his
    she  her       her      hers
    it     its        it          -

    we   our       us       ours
    you  your     you     your
    they their     them   theirs

    「主格」「所有格」といった文法用語は難しいので、一応用語として教えますが、その下に「~が」の形、「~の」の形、「~を、~に」の形、「~のもの」の形と説明も加えます。
    大抵の子は、それで用法も理解します。

    heの行とsheの行を見比べるとわかるのですが、人称代名詞は規則的に変化するものではないので、丸暗記するしかありません。
    なぜ、heの行は、所有格と所有代名詞が同じ形で、sheの行は、所有格と目的格が同じ形なのか、理由を考えてもわかりません。
    そういうのは、英語学とか言語学的には面白い題材だと思いますが、それを知ったところで暗記の助けになるわけではなさそうです。

    言語は長年の間に変遷を繰り返しています。
    英語のルールは言語としてかなりシンプルなほうですが、それでも不規則な部分はあります。
    しかし、英語が嫌いな子は、そういうところが英語は嫌だと言います。
    英語は難しくて嫌だ、覚えにくくて嫌だと言います。

    いや、日本語のほうが難しいですよ。
    日本語に比べたら、英語はシンプルなほうです。
    そう言っても納得しない子には、こんな話をします。

    日本語では、「1本」「2本」「3本」のそれぞれ、「本」の発音が違うんだけど、何で?
    何で同じ「本」が「ポン」だったり「ホン」だったり「ボン」だったりするの?
    しかも、物を数えるときの単位は、「本」だけじゃないよね?
    「枚」とか「個」とか「人」とか「匹」とか「頭」とか、いちいち数詞が違うのは何で?
    何でそんなものを全部覚えないといけないの?
    日本語、おかしくない?
    難し過ぎない?
    私が外国人なら、日本語は覚えられない。
    無理だよ、こんな言語。

    素直は子は頷き、そうでもない子は、
    「いや、日本語のほうが簡単だね」
    と特に根拠や実例はないままさらに言い募りますが、とりあえず、それを中休みにして、人称代名詞の暗唱に向けてまた努力できたりします。

    もっと言えば、日本人の若い世代には「1本」「2本」「3本」の読み分けができない子が増えてきているとか。
    そのうちに、全て「いちほん」「にほん」「さんほん」でも許容されるようになるのかもしれません。
    そのように使う人が多くなれば、それが正しくなるのが言語です。
    「2桁」を「ふたけた」と読める子どもはとうに少なくなっていますし。
    「にけた」は「みけた」と似ていてまぎらわしいから、「ふたけた」と読むほうが伝わりやすいということがピンとこないのだと思います。
    ついでに言えば、「2乗」は「じじょう」ではなく「にじょう」と読むのが正しいですが、それは若い世代には逆にかなり普及してきているように感じます。
    「2」をわざわざ「じ」と読む感覚が若い子にはないからでしょうか。
    つまりは、若い子にとっては「2」は全て「に」で、他の読み方を覚える気はないのかもしれません。

    話が逸れました。
    さて、人称代名詞の一覧表を覚えるところまでは最終的には誰でも到達できます。
    こうした機械的な暗記よりも、実際の例文に即して覚えていったほうが良いという考えもあるのですが、そういう英語教育を受けた子が、一人称複数のusを知らないということがたまにあります。
    himだけ知らない、theirを知らないといった不可解なことも起こります。
    いったん一覧表で網羅しないと、頭の中を整理できない子はいます。
    まずは機械的な暗記。
    それから一覧表の活用です。

    活用。
    一覧表を暗記しても、実際には人称代名詞を使い分けられない子がいます。
    どうしてなのでしょうか?

    問題 Tom paints pictures very well. I like (  ) picturs.
    空所に入る適切な語は以下のどれか。
    1. her  2.his  3.him  4.hers

    勿論、答えは2ですが、この問題は中学生にとっては案外難しいのか、正答率はそれほど高くありません。
    1としてしまう誤答もありますが、気になるのは、3という誤答が多いこと。

    あるいは、このような問題を間違える子もいます。

    問題 (  ) mother speaks English.
    1.I  2.My  3.Me  4.Mine

    この答えを1と誤答してしまう子がいます。

    こういうミスは、どこから生じているのでしょうか。
    どうも、空所の位置だけで判断しているようなのです。

    文の先頭なら主格。
    文の後半なら目的格。
    そのような位置把握だけで解いているのではないでしょうか?
    herのときは、所有格と目的格が同じなので、目的格のつもりでherを選んだのに所有格として正解した経験などがあると、さらに混乱が起こるようです。
    自分は同じように判断しているのに、正解のときと不正解のときがある。
    問題がおかしいんじゃないか?
    自我の強い主観的な子は、そんなふうに思うこともあるようです。

    文の主語として使うのが主格。「~が」の形。
    動詞の後ろに置くのが目的格。「~に、~を」の形。
    ただし、名詞の前は、所有格。「誰々の」の形。
    動詞の後ろであることよりも、文頭かどうかよりも、これは優先されること。
    そう何度も説明し、この種類の問題を沢山解くと、やっと定着していきます。
    つまりは、中1の段階で、少なくとも「名詞とは何か」「動詞とは何か」くらいは理解していないと、人称代名詞に関する問題は解けないのです。
    文法的な把握ができず、漠然と( )の位置だけから解こうとしても、正答には至らないのです。

    所有格と目的格って何が違うの?
    そう質問する子もいます。
    かなりモヤモヤしてしまう様子です。
    しかし、S・V・O・C・Mという文の要素や各品詞のことを詳細に説明する時期ではありません。
    「誰々の」の形が所有格。
    「誰々を」「誰々に」の形が目的格。
    日本語は、「を」「に」「の」といった助詞をつけることで使い分けるけれど、英語は単語そのものが違う形になるんだね。
    位置だけでなく意味からも考えれば区別できることなので、今はざっくり理解しておこう。

    そう言っても、納得しない子もいます。
    思うに、彼らは、なぜなのかを知りたいのではないのかもしれません。
    英語に腹を立てているのです。
    「誰々に」の形と「誰々の」の形とが異なることが不愉快なのでしょう。
    そんなことをいちいち区別し、覚えなければならないことが不愉快なのだと思います。
    せっかく位置で簡単に見分けてやろうと思ったのに、それではダメだと言われる。
    もっと簡単であるべきなのに。
    英語なんかクソだな。
    こうしたわがままな感覚で問題を解いているため、ある程度は難しくて当然のことをひどく単純な形で把握しようとし、それほど単純ではないとわかると腹を立ててしまいます。

    難しいことを自分は覚えきれないかもしれない。
    そうした不安もその根底にはあるのだと思います。

    英語は日本語よりははるかにシンプル。
    でも、一国の言語なのだから、ある程度複雑であるのは当たり前。
    英語に限らず全てのことはある程度複雑で、その複雑なことを理解していくのが勉強。
    そして、大丈夫、理解できる。
    これは、理解できることだよ。
    英語で挫折している人へは、ものごとをあまりに単純にとらえることへの戒めとともに、そうした励ましが必要なのだと思います。 
      


  • Posted by セギ at 13:28Comments(0)英語

    2018年06月29日

    なぜ英語を話せるようにならないか。


    先日、Twitterを眺めていたら、こんな意味あいのツイートが流れてきました。

    アメリカで5年暮らして帰国した生徒が準備なしで英検2級を受けたら、面接官の英語の発音が下手過ぎて何を言っているか聴きとれず、二次試験で落ちた。

    私が見た段階でリツイートが3万以上、「いいね」が7万以上。
    いわゆるバズっている状態でした。

    何か心に嫌な引っかかり方をするツイートでした。
    ツイートの最後が「英検2級の難しさを再認識させられた」という嫌味で終わっている点も不愉快だったのです。
    しかし、それだけでなく、このツイートと、それをリツイートしている人たちの心情に違和感を覚えました。

    このツイートをしたのは、予備校の英語講師のようです。
    その人が見聞きした範囲のこととして、それは事実でしょう。
    こんな嘘をついてもしょうがないです。
    5年間アメリカで暮らし、昨年帰国した生徒がいる。
    その子が準備をせず、英検2級を受けた。
    そして、2次試験の面接で落ちた。
    そこまでは、事実だろうと思います。

    私が疑うのは、本当に聴き取れないほど、面接官の英語の発音は悪かったのか?
    その子は聴き取れなかったのかもしれないが、むしろ本物のアメリカ人ならば、面接官の英語を聴きとれたのではないか?
    まずは、この点です。
    というのも、私も「英語が流暢な日本人の英語」は聴き取りに多少の苦痛を感じるからなんです。
    ただ、私は、それは「英語が流暢な日本人」に責任があるのではなく、私に責任のあることだと思っています。

    当たり前のことですが、私が最も聴き取りやすい英語は、リスニング問題の音声です。
    あるいは、教材のCDなどのネイティブの範読の英語。
    ニュース番組の英語。
    英語圏の政治家の発する英語。
    知らない単語が混ざっていれば聴き取れないですが、それでも、音としては聞き取れます。

    少し難度が上がるのは、ドラマや映画の英語。
    モゴモゴ喋られると聴き取りにくいです。
    アメリカの田村正和みたいなものですね。
    さらに聴き取りにくいのがアメリカの一般人の英語。
    人によりますが、かなり聴き取りにくいことがあります。
    音がグチャグチャベタベタしていて、簡単な英語が何でこんなに聴きとりにくいんだろうと感じます。
    明らかに、本人の滑舌の悪さや発音の癖が影響しています。
    「英語が流暢な日本人の英語」は、さらに聴き取りにくいです。
    音の1つ1つが、私が予期しているネイティブの正確な英語の音とは違うのです。
    「正しい英語の音」ではないのに、やたら流暢に喋るので、聴き取りにくい。
    つまりは、正確な音の英語は聴き取りやすく、不正確な音の英語は聴き取りにくい。
    繰り返しますが、「日本人の流暢な英語」を私は聴き取れません。
    本物の英語とどこか違うからなんです。
    NHKのラジオ講座の日本人講師の英語は、ちょっと違和感は覚えつつも聴き取ることができますが、それはかなりスピードを緩め、意味のまとまりごとに大きく区切っているからでしょう。

    やはり私の側の聴き取り能力の問題と考えたほうがいい。
    ネイティブは、「アメリカの田村正和」の英語を当然聴き取れるのですから。
    なまりの強い不正確な音声の英語も聴き取れると思うのです。
    ネイティブは、奇妙な発音の英語もある程度の許容範囲をもって聴き取れるでしょう。

    これは日本語に置き換えてみるとわかりやすいことです。
    外国人向けの「日本語講座」の音声は、明瞭で聴き取りやすいです。
    発音・発声をきっちり訓練しているアナウンサーや役者さんが話している日本語ですから。
    そうした日本語講座で勉強して日本にやってきた外国人は、現実の日本人の日本語にはかなり苦労すると思います。
    滑舌が悪く発音が不明瞭な日本人は沢山います。
    日常会話では、そんなに口をはっきり開いて正しく発音しないです。
    外国人からすれば、何を言ってるか聴き取れないことも多いのではないか?
    一方、我々日本人は、滑舌の悪い人の日本語も、小声過ぎる人のくぐもった日本語も、田村正和の日本語も、外国人のなまりの強い日本語も、聴き取ることができます。
    ネイティブは、音の多少のズレや不明瞭な部分を補正して聴き取ることができるからでしょう。
    ネイティブは、そういう聴き取り能力をもっています。

    だから、日本人の英語は、少しは聞き返されることはあっても、英語のネイティブに通じます。
    基本的には、通じます。
    発音が悪いという英検2級の面接官の英語も、ネイティブの人には通じるのではないでしょうか。
    その程度の有資格者ではあるでしょう。
    それを「わからなかった」と生徒が言うのは、本人の聴き取り能力の問題か、でなければ、底意地悪くコミュニケーションを拒む本人の性格に起因することではないでしょうか。

    5年アメリカで暮らした。
    帰国したら、日本人の英語を聴き取ることができなかった。
    それは、その生徒の聴き取り能力に限界があったということだと思うのです。
    いえ。
    「発音が悪過ぎて」と批判しているところから察するに、相手の発音の悪さをバカにし、聴き取ることを放棄した可能性のほうが高い。
    その子は、英検2級合格よりも、面接官の発音の悪さをバカにすることのほうを優先したのかもしれません。
    これは、面接官の発音よりも、その生徒の性格のほうが悪い。
    コミュニケーションの本質を理解していない。


    とはいえ、こういうツイートに説得されたり、そういうことを嬉しく感じてリツイートや「いいね」をしてしまう日本人は多いのだということでしょう。
    リツーイトや「いいね」をした人たちは、その英検2級の面接官よりも正確な発音の英語を発することができる人たちなのでしょうか?
    そもそも、その人たちは英語を話せるのでしょうか?
    この先は、想像の域を出ないのですが、私の想像は、暗澹たる闇に向かっています。
    英検2級の面接官の発音が悪いというツイートに留飲が下がる。
    信憑性も不確かなそのツイートをリツイートしてしまう。
    日本人の英語の発音の悪さを一番気にしているのは、他ならぬ日本人。
    そういう構図が浮かびます。
    少なくとも、日々英語学習に励み、今日よりも明日はもっと英語が話せるようにと努力している学生や社会人は、こんなツイートはリツイートしないと思うのです。


    とはいえ、こんなツイートが共感を呼んでしまうほど、日本人は、英語の発音に対して劣等感が強く、それが英語を話すことへの大きな抵抗の1つになっていることは否定できません。
    英語を話すのなら、きれいな発音で話さなければならないという強い思いこみのために、むしろ英語を発することができなくなっている人も多いのではないでしょうか。
    日本人の英語を一番バカにしているのは、おそらく日本人自身です。
    日本人の英語が日本語なまりの英語なのは、最終的にはどうにもならないことだと思うんですよ。
    繰り返しますが、「日本人の流暢な英語」を私は聴き取れません。
    やはり本物の英語とどこか違うからなんです。
    でも、英語圏の人は聴き取れるのでしょう。
    だったら、もうそれでいいですよね。

    日本に何十年も暮らし、日本語でジョークを言うこともできるアメリカ人タレントの日本語は、それでもやはり、少しなまっています。
    外国人が日本語の歌を歌うテレビ番組がたまにありますが、発音だけに注目すると、特にアメリカ人は日本語の発音が下手です。
    英語なまりが抜けない。
    英語と日本語は、根本的にソリの合わない言語なのかもしれません。
    事実として、アメリカ人は、どれだけ学習しようとも、正しい日本語の発音ができない。
    だから、逆に、日本人の英語が日本語なまりなのも、大なり小なりあることで、どうしようもないと思います。
    とりあえずカタカナ英語を脱している日本人の発音も、ネイティブの発音とはやはり違うのです。

    昔、テレビ番組で、「日本人歌手の中で、英語の発音が良いのは誰か」を在日外国人が答える企画がありました。
    日本人から見れば英語が上手そうな日本人アーティストはたくさんいますが、そういう人たちは軒並みアウトでした。
    留学経験があっても、帰国子女でも、やはりアウトなのは衝撃でした。
    唯一、外国人から絶賛されたのが、宇多田ヒカル。
    彼女は、子どもの頃からアメリカで暮らしていた、つまりはネイティブです。
    結局、あそこまでいかないと、英語の発音が良いとは言われない。
    努力は続けたほうがいいけれど、何だかもう戦意喪失します。
    ちょっと留学したり外国暮らしをしたくらいでは、根本のところの発音は治らず、ただ、それを正面切って言われないだけのことなんでしょうか。
    五十歩百歩ということですか。
    いや、しかし、それでも、五十歩と百歩は異なると考えて、練習していくわけなのですが。

    一昨年くらいに流行したピコ太郎の『PPAP』も、外国人が特に面白がったのは発音が変だったからだと、日本にいるアメリカ人が分析しているのを目にしました。
    フランスのロケ先で、フランス人の司会者もそんなことを言っていました。
    欧米人には、むしろ、あの発音は真似できないそうなのです。
    あの発音って、どの発音でしょう。
    「アポー」のあたりかな。
    いや、もう全部変か。

    タレントの草なぎ剛さんは、韓国語を流暢に話しますが、韓国人が聞くと、とても可愛らしい韓国語なのだそうです。
    日本人の話す韓国語は、どの人も発音が凄く可愛いのだとか。
    何が正しいのかわからないので、そう言われても、もう全くわかりません。
    でも、バカにして言っているのではないのは伝わってくるのです。

    発音が違うのは、事実としてある。
    でも、それをあざ笑うわけではなく、面白い、好ましいと感じる感覚は、もう世界共通なのではないか?
    だって、外国人が自国の言葉を頑張って覚えて話してくれたら、基本、もうそれだけで好ましいのですから。

    ひるがえって、例えば、コンビニの店員がカタコトの日本語の外国人のとき。
    そのカタコトの日本語をバカにする日本人はいない、とは私も思いません。
    狭量で底意地の悪い人はどこにでもいるから、バカにしたり怒ったりする人もいると思います。
    でも、同じ日本人の目から見て、そういうことをする人は、日本人の中でも劣っている人です。
    本人が心に抱えている問題が現れているのだと思うのです。
    だから、もしも日本人のカタカナ英語をバカにする外国人がいたら。
    その人も、心に何か問題を抱えているのだと思います。
    発音が悪いのは事実であっても。
    欧米人の階級意識やら差別意識やら、難しいことは色々ありますが、そんなことは英語の発音が良くなったところで解消される問題ではありません。

    あなたの英語はわかる。
    聴き取れる。
    十分に。
    ネイティブは、そう思っている。
    私たち日本人が、日本語を話す外国人に対してそう思っているように。
    基本はそう信じれば良いのでしょう。


    もう何年も前、NHKで『仕事ハッケン伝』という番組がありました。
    タレントが、1週間、別の職業に就いてみて、そこで色々な経験をする様子をカメラが追っていく番組でした。
    あるとき、5か国語に堪能な女性タレントが、長崎ハウステンボスの職員になった回がありました。
    お客様を迎えいれ、さまざまな案内をする仕事です。
    しかし、そのタレントさんは、お客様に話しかけることができないのでした。
    内気で人見知りな性格で、お客様に積極的に声をかけていくことができず、そのことを職員の人に注意され、壁に向かって泣いていました。
    どちらかと言えば、私もそういう気持ちはわかるほうなので、うーん、頑張れと思って見ていたのですが、スタジオでそのVTRを見ていた関西の芸人さんが一言。
    「客に話しかけられんってどういうこと?何のために5か国語を勉強したん?」
    がさつなその発言に、でも、見ていた私も心から笑いました。
    本当にそうです。
    たとえ5か国語に堪能でも、目の前の人に話しかけられないのなら、意味がない。

    言語は何のために学ぶのか。
    他人の発音の悪さを底意地悪く指摘するツイートなんかリツイートしていないで、まず声を出さないと。
    日本人の発音の悪さをバカにするのは、いつも日本人。
    その事実にまず気づくことで変わっていけると思います。

      


  • Posted by セギ at 14:19Comments(0)英語

    2018年06月20日

    英単語をどうやって覚えるか。


    単語さえ覚えられれば英語は何とかなるはずなのに、単語が覚えられない。
    そういう悩みをもつ高校生は多いです。

    ただ、苦言を呈するならば、「覚えられない」とギブアップするほどの努力をしているかというと、大抵はそれほどの努力はしていません。
    現実には、ほとんど何もしていない子のほうが多いと思います。
    「覚えられない」「覚えられない」と嘆くばかりで、努力が伴わない子が多いのです。
    英語が苦手な子ほど、英語にかけている時間は少ないです。
    毎日英語を勉強している子はほとんどいないでしょう。
    週単位でも、英語の勉強に使っている時間は、週1~2時間ではないでしょうか?
    それで「単語が覚えられない」と嘆いているのが現実です。
    確かに、それでは覚えられないと思います。
    とりあえず、毎日1時間英語を勉強し、しかもその半分にあたる30分は単語暗記に集中するなら、その方法が多少効率の悪いものであっても、今よりは確実に前進するでしょう。

    しかし、それがわかっていても、実行に移せない子が多いのです。
    英語だけに毎日1時間なんて、そんな時間があるわけがない。
    他の科目の勉強もあるのに、そんなバランスの悪いことを言われても・・・。
    本人は本気でそう思い、自分が間違っているとは疑いもしません。

    スマホをいじる時間を英語の勉強をする時間にスライドするだけで、1時間くらいは作れます。
    その他にも、よく考えたら大して面白くない動画を見ている時間、単なる暇潰しでゲームをしている時間など、無駄に使っている時間はすぐに見つけられるはずです。
    他の科目の勉強を圧迫せず、新しい時間を1時間作り出し、それを英語の勉強にあてることができます。

    しかし、「時間を作る」という話を聞くと、それだけで疲労感を覚える子もいます。
    そういう、計画的なきちんとしたことが基本的に嫌いな子もいます。
    それは、大人も同じかもしれません。
    今、これを読んでいらっしゃるのが、お子さんが英語が苦手で困っている保護者の方であるなら。
    お子さんの英語力を伸ばすために、まず自分の英語力を伸ばす、自分が英語を勉強する時間を毎日1時間作るという話を実行に移せるでしょうか?
    多種多様な理由づけとともに、その案は「却下」ではないでしょうか?
    子どもだって同じこと。
    やらない理由はいくらでもあるのだと思います。
    なぜやらないのだろうか?
    自分がやらない理由を冷静に分析することで、子どもがやろうとしない理由も分析できるかもしれません。
    それが解決に役立つかもしれません。


    単語暗記ができない子は、上に書いたように、その時間を作っていなかったり、単調な暗記の作業に飽きて長続きしなかったりする場合がほとんどです。
    しかし、中には、暗記することが本当に苦手な子もいます。
    暗記が苦手な子は、暗記するときに頭にかかる負荷を嫌う傾向があります。
    頭に負荷がかかって苦しい、つらい、と言うのです。
    「頭を使うと、頭が重くなるから嫌い」
    「頭を使うと、脳細胞が潰れている気がする」
    暗記が苦手な子がこのように発言するのを私は授業中に幾度が聞いています。
    小学生もいましたが、高校生の中にもこの発言をする子がいました。
    少し奇異に聞こえる発言です。

    そういう子に対して、何て愚かな発言だろう、そんなことだからダメなんだ、と全否定することもできます。
    ですが、頭を使うことに対しての発言だから奇異に感じるだけかもしれません。
    これが息切れの場合、わりとよくある感覚なのではないかと思うのです。

    例えば、ランニングや山歩きなど。
    好きな人は大好きなのですが、忌み嫌う人も多いです。
    その根本は「息切れ」することへの嫌悪ではないでしょうか。
    息切れするのは苦しい。
    苦しいことは嫌い。
    息が切れると心臓が止まるような気がする。
    息切れするようなことをする人の気が知れない。
    スポーツが嫌いな人のこういう感覚をそのまま勉強にスライドすると、「頭を使うと脳細胞が潰れる」という発言と同じなのではないかという気がします。

    息切れすることが嫌いな人にスポーツを習慣的に行わせることの難しさを思うとき、頭を使うと脳細胞が潰れる気がして頭をフルに使えない子に暗記をさせることの絶望的な難しさが実感できます。
    相手は、頭を使うことそのものを恐れています。
    しかも、これは幼い小学生の発言ではありません。
    高校生がこれを言っているのです。
    ものを考えたり暗記したりすると脳細胞が潰れると、高校生が本気で言っているのです。
    勉強すると自分の脳はダメージを受けると感じています。
    使えば使うほど頭はよくなると言葉で説明しても信用しません。
    ちょっと運動するとゼイゼイ息切れして苦しそうな人に、やっていけば慣れるとか、続けることで心肺能力は鍛えられるとか言っても心に響かないのと同じことでしょう。
    これは難しい・・・。

    身体を動かすことが好きな人は、「息切れするから運動は嫌い」と言う人の気持ちは本当にはわからないと思います。
    なぜそんなにも息切れにこだわるのか、まずそこが理解できないと思うのです。
    息切れするのがなぜそんなに嫌なの?
    そんなことより、スポーツには楽しいことが多いから、息なんか切れても別にいいじゃない?
    気にしていることのポイントがおかしくない?
    そう感じると思います。

    それと同じで、頭を使うことが好きな人は、「考えたり暗記したりすると頭に負荷がかかるから嫌い」という人が、なぜそんなにも頭への負荷にこだわるのか、そこが理解できないでしょう。
    頭を使うことは楽しいことだから、頭への負荷なんか別にいいじゃない?
    そう思うでしょう。
    スポーツと勉強と、結局のところ構造は同じで、それを苦痛に感じている人は、気にしているポイントがズレているのかもしれせん。
    でも、本人にとっては実感を伴う、切実なことだとも思うのです。

    そこが永遠にわかりあえない壁で終わるのか。
    それとも、楽しさ、良さを伝えることができるのか。
    本人が楽しさに気づくことができるのか。

    振り返ると、私も息切れするのが大嫌いな子どもでしたが、今、毎週のように息を切らして山を歩いています。
    人の意識は何かの拍子に簡単に変わります。

    とりあえず、少しでも結果が出ることが、楽しさの発見につながるはずです。
    結果が出るまで、続けること。
    結果が出るまで、諦めないこと。

    英単語の暗記は、多少は能率的な覚え方もありますが、結局はかなりの努力が必要です。
    市販の単語集は、どれもよくできています。
    学校が指定したもので構わないですし、そういうものがないのなら、書店に行って、自分が見やすい、覚えやすそうだと感じる単語集を何でも購入したら良いと思います。
    音声教材も併用するほうがいいに決まっていますが、そうすることに対して敷居が高いなら、まず単語集だけでもいいはずです。
    とにかく覚える時間を作ることが最初の一歩です。
    それをせず、簡単に覚えられる方法ばかり探しているこの1日が無駄に過ぎていくことを惜しみましょう。
    手元にあるどんな単語集でも、それを使ってまず覚え始めましょう。
    そして、とにかくひと月、毎日続けてください。
    毎日30分、ひと月続けて、多少なりとも結果が出ないはずがないと思います。
    結果が出ないのは、結果が出る前に途中でやめてしまうからなんです。
      


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