たまりば

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お知らせ

2019年01月17日

TOEIC 日本順位は世界47国中、39位とのこと。


少し前、EF EPI 英語能力指数という、あまり世の中によく知られていない英語能力テストで日本の順位が世界でかなり低いというニュースがありました。
私も、実際に自分でそのテストを解いてみたことをこのブログに書きました。
そのときは、そのテストのレベルがあまりにも高いので、これでは正しい判定が出ないでしょうと思ったのですが、今回は、もう何とも言い訳のしようのない結果が発表されました。

2017年TOEIC受験生の平均点数が、世界47国中で、日本は39位とのことです。

主な順位は以下の通り。

1位 カナダ   845点
2位 ドイツ    800点
3位 ベルギー 772点
4位 レバノン  769点
5位 イタリア  754点

アジア圏の順位を見てみると、

7位  フィリピン  727点
17位 韓国     676点
22位 マレーシア 642点
30位 中国     600点
37位 台湾     544点
38位 香港     527点
39位 日本     517点

・・・ああ、これはダメだ・・・。( ;∀;)

大学の新入試制度に向けた4領域のTOEICではなく、いつものリーディングとリスニングのTOEICの結果です。
英語の中では比較的日本人が得意とする2領域でこの完敗ぶりは、なかなかの衝撃です。

EPIテストは全問題のレベルが高いので、「よくできるか」か「全くできない」かに分かれてしまうため、テストとしてどうなのかと思いましたが、そういうことのないTOEICでも、日本人はやはりこうでしたか。
そうですか・・・。

TOEICは、社会人が受けるものという印象が強いです。
会社で受けることを義務づけられている。
ある部署を希望するならスコアがいくつ以上と定められている。
そういうことのために、社会人が受ける。
あるいは、就職活動のために大学生が受ける。
だから、ビジネス英語が多く、高校生にはなじみのない経済用語が出てきますし、リスニングの場面設定もオフィスであることが多いです。
私自身、数年に一度、力試しにTOEICを受けますが、そのときの会場の雰囲気という狭い見聞で言えば、受験者は20代から30代が多いように感じます。
それより年齢が上がると、仕事でTOEICが必要ということはなくなっていくのでしょうか。
だとすると、10年前、20年前の日本の英語教育の結果が、現在のTOEICの結果に表れていると考えるべきでしょうか。

少し前、大学に内部進学する条件としてTOEICスコアが600以上必要だという私立高校生を指導したことがあります。
600くらいならば、高校3年生なら大丈夫か?
そう思って指導を始めたら、そんなに大丈夫ではありませんでした。
TOEICスコア600の壁は、ひと月やそこらの指導では、なかなかに厚かったです。
それは、英検2級の壁の厚さに似ていると感じました。


ここからは、やはり馴染み深い英検の話。

英検でいえば、英検3級まではほとんど誰でも合格できます。
英検準2級も、高校生になり真面目に英語を学習していればいずれ合格します。
しかし、そのままの学習では、英検2級のレベルには決して到達しない子が存在します。
学校の英語の予習復習をして、定期テストの勉強をしているだけで、いずれその英語力に達するかというと、そうはなりません。
多くの子は、それだけでは、高校英語の習得に失敗してしまうのです。

何年英語を学習しても中学英語のレベルにとどまり、高校英語レベルに進歩しない子は、多いです。
その最大の原因は、単語力です。
中学で学習した単語はそこそこ覚えているのですが、高校で新出の単語は、全く覚えられないのです。
それがまさに英検準2級の英語力です。

英検準2級というのは、高校1年程度の英語力となっていますが、満点を取らないと合格できないわけではありません。
中学英語が身についていれば7割程度は正答できますから、それで合格します。
つまり、英検準2級合格は、「中学英語は身についている」という証明に過ぎません。
高校英語の文法事項も語彙も、一切知らなくても合格できます。
その英語力が、TOEICでいえば、スコア400台くらいでしょうか。

しかし、英検2級となると、文法・語法の問題も、長文問題も、高校で学習する単語が多く含まれます。
高校生の多くは、そのレベルの英文をほとんど読めないのです。
書いてあることの意味が全くわからないのですから、正答できません。
そういう子の英語学習は、学校で毎週行われている単語テストは一夜漬け、あるいはテスト直前だけの即席漬けのことが多いです。
覚えてもすぐ忘れるので、単語力の蓄積がなく、中学生の単語力のまま、高2になり、高3になります。
高1の頃は、教科書に出てくる知らない単語は新出単語の場合がほとんどです。
しかし、高1での新出単語を覚えないまま高2、高3と進級してしまうので、教科書の中で、新出単語ではないのに意味のわからない単語が増えていきます。
その意味調べが必要になり、英語学習は教科書の予習だけでほとんどの時間を使いきることになります。
しかも、調べるだけで覚えませんから、わからない単語は増える一方です。

定期テストは、教科書の本文からの出題はそこそこ得点できても、それは教科書本文の内容を覚えているからであって、単語を1つ摘出して意味を問われたら答えられません。
初見の長文問題はほとんど読めず、「こんなの無理」「知らない単語が多すぎる」とテストの度に不平不満をもらす子もいます。
あるいは、問題を解くスピードが遅いため、時間が足りず、テストの最後の長文にはそもそも目を通していないということもあります。
そのために英語に関する自分の課題に自覚的になれないという面もあるのでしょう。
「まずは教科書をしっかりやりたい」
という、ある意味まっとうな言い訳で、英語学習を限定的にしてしまいます。

その一方、ひと月前、あるいは長くてもふた月前に、突然、
「英検2級を受ける」
と言い出すのも、そうした子の特徴です。
いやいやいやいやいやいや・・・・。
そんな英語力じゃないでしょう?
そんな勉強をしていないでしょう?
単語力が全く足りないでしょう?

英語が得意で努力も怠らない友達と同じように、自分も英検2級に合格できると漠然と思いこんでしまうのかもしれません。

彼も人なり、我も人なり。
友達が合格すれば、自分もできそうな気がしますよね。
でも、同じ人であり、学力も同じくらいかもしれないけれど、一番大切なところが違うのです。

英語に対して、努力を惜しまないのか、どうか。

単語は、漫然と勉強していればそのうち覚えられるというものではありません。
集中してガッと覚える時期が必要です。

高校から配布された単語集を1冊丸ごと覚えれば、英検2級くらいはどうにでもなります。
学校の単語テストにあわせて、その範囲を覚えただけでは、1冊終わった頃には最初のほうの単語は忘れています。
幾度も自分で反復することが必要です。
大人なら、そんなの当たり前だとわかっているのですが、記憶というものについて、高校生は案外わかっていない子がいます。
「1回覚えたのに、何でもう忘れてしまうの?こんなの、覚えても無駄じゃん」
と、訳のわからないことを平気で言ったりします。

人間は忘れるものです。
脳は不要な記憶を消去することに一所懸命なんですから。
脳に「このことは大事だから覚えておけ」と指令を出さなければなりません。
それには反復・反復・反復。
幾度も反復すると、脳は「あれ?これ、消去する記憶じゃないの?」と気づいて、長期記憶に組み替えてくれます。

とにかく反復することが大切。
しかし、これができない子が多いのです。
一度で覚えられないことが納得できないという、幼稚な子もいます。
一度では覚えられないことは理解していても、反復するのがとにかく面倒くさくて嫌いな子もいます。
高校生は、精神的にとても成長している子も一部にいるのですが、精神年齢はマイナス5歳すればちょうどいいような子も、多いのです。
見た目は高校生、心は小学生。
コナンの逆バージョンみたいな子もいます。

単語は、音声で覚えると良いと勧めても、英語のCDなんてそんなに面白いものではありませんから、1度聴いたらもう2度と聴きません。
反復しないと意味ないのですが。
文章の中で単語が出てくるタイプの単語集のほうが覚えやすいと勧めても、1度読んで、知らない単語をマーカーで塗って、勉強した気になっておしまいです。
「えー?1度読んだら良くない?何でー?」
と、実に幼稚な疑問を返してきたりします。
ゲームが好きなようなので、英単語ゲームならやるだろうと保護者が与えても、タブレットはちゃっかりゲットしますが、英単語ゲームなんか1度やったらおしまいという子もいます。
単語の覚え方として、単語集で覚えるよりはゲームのほうが面白いという比較を大人はしますが、子どもは、単語ゲームよりも他のゲームのほうが面白いという比較をします。

心が小学生なのです。

そうして、結局、英単語は覚えられない。
単語が覚えられないと、英検2級の問題文が読めない。
壁は厚い・・・。

英語は才能の問題もありますが、努力でカバーできる部分が大きいです。
スマホを眺めている毎日の1時間を、英語を勉強する1時間に変えるだけで、英語力は変わります。
一度で覚えられないのは当たり前なので、反復・反復・反復が何よりの力となります。
楽な方法なんてどこにもないと悟ること。
そうして、努力すること。
そうすれば、目標は射程圏内に入ります。

幸いなことに、現在、うちの塾に通っている子たちは、新しい大学入試制度に対して心ざわつくものがあるようで、英検に対しても意識的で、計画的に準備し、受検しようとしています。
英語学習についても能動的で、4領域の全分野を伸ばすことにも自覚的で、話が通じやすいです。

今の20代・30代にも頑張ってほしいです。

  


  • Posted by セギ at 15:23Comments(0)英語

    2019年01月14日

    セギ英数教室、生徒を募集いたします。


    現在の成績は、問いません。
    未来の秀才を求めています。
    小さな個別指導塾ですが、1人1人の成績を確実に上げることを目標に、実績を上げています。
    担当は、受験指導30年のベテラン。
    「上手な授業」を行うパフォーマーよりも、受け持った生徒の成績を本当に上げることが目的の「学習トレーナー」でありたいと常に思っています。
    必要な時期に必要な学習内容を提示します。

    ◎時間   1回の授業は90分です。
    2019年1月現在、募集しておりますのは、以下の3コマです。
    火曜日 20:00~21:30
    土曜日 16:40~18:10
    土曜日 18:20~19:50

    ◎形態   1対1の完全個別指導です。
     
    ◎指導科目 
     小学生  中高一貫校受験 算数・国語
           私立受験算数
           一般算数
            小学英語
     中学生  中高一貫校 数学
           中高一貫校 英語
           高校受験 数学
           高校受験 英語
     高校生  大学受験 数学
           大学受験 英語
           内部進学・推薦入試・AO入試向けの内申重視の数学・英語も承ります。
           英検など各種英語検定対策も行っております。

    ◎費用 
     週1回 受講で、月額20,000円
     週2回 受講で、月額36,000円
     (内訳 90分1コマ4,000円、諸経費・教材費月額4,000円)
      他に入会金を10,000円いただきます。

    ◎入会までの流れ
     まず、無料体験授業をお受けください。
     左の「お問い合わせ」ボタンからご連絡ください。
    返信に数日かかることがあります、あらかじめご了承ください。

    以下の内容をご記入いただけますと、以後のやりとりがスムーズです。
    ①お子様の学校名
    ②学年
    ③性別
    ④ご希望の通塾曜日・時間帯
    ⑤ご希望の体験授業日時
    ⑥希望科目
    ⑦体験授業の希望内容
    (例 「1次関数」 など)
    ◎場所   三鷹市下連雀3-33-13
            三鷹第二ビル305
           三鷹駅南口から徒歩5分。
           春の湯の斜め前のビルです。




      


  • Posted by セギ at 12:20Comments(0)コース案内

    2019年01月14日

    数A「整数の性質」 ユークリッドの互除法。



    今回から「ユークリッドの互除法」の学習に入ります。
    この後「不定方程式」を解くのに使う計算方法ですので、確実に身につけておきたいところです。
    「ユークリッドの互除法」とは、最大公約数を求める方法です。
    それなら「連除法」があるからそれでいいじゃないかという気もしますが、連除法は、最大のものではなくてもとにかく公約数を自力で見つけなくてはなりません。
    2や3ならすぐに見つけられますが、公約数が19だったり23だったりしたら、見つけにくいです。
    そうしたものでも確実に見つけられるのがユークリッドの互除法です。
    まず、小学生レベルの簡単な問題で考えてみましょう。

    問題 縦70cm横98cmの長方形の紙があります。これを余りがないようにできるだけ大きい正方形に切り分けます。正方形の1辺を何cmにすればよいですか。

    これは、70と98の最大公約数を求めればよいのですね。
    上の板書の左下は、いつもの連除法で解いたものです。
    最大でなくても良いので、とにかく公約数を考えます。
    思いつくのは、まず「7」。
    70と98をそれぞれ7で割って、10と14。
    今度は、10と14の公約数を考えます。
    「2」ですね。
    それぞれを2で割って、5と7。
    もう1以外の公約数はなくなりました。
    したがって、最大公約数は、7×2=14。
    これが連除法です。

    一方、今回学習する「ユークリッドの互除法」は、長方形を初めからざっくり正方形に切り分けていく方法です。
    板書の中央下が互除法です。
    まず、縦の70cmにあわせて、70×70の正方形を1つ切り出します。
    最終的に切り分ける正方形の1辺は必ず70の約数なので、この正方形は後で余りなく切り分けていくことができるでしょう。
    切り出した残りは、縦70cm横28cmの長方形です。
    この長方形も最終的に同じ大きさの正方形に切り分けるのですから、求める正方形の1辺は、70と28の最大公約数でもあるでしょう。
    ならば、1辺28cmの正方形をまず切り出して、後でその正方形をさらに細かく切り分けることにしても余りは出ないでしょう。
    28×28の正方形は、上の図のように2つ切り出すことができます。
    残りは、縦14cm横28cmの長方形。
    同じように考えて、今度は、14×14の正方形を切り出していくと、これは2つ切り出すことができ、余りはありません。
    では、この1辺14cmの正方形が求めたかった最大の正方形でしょう。
    先程切り出した28×28の正方形は、この正方形に切り分けることができますね。
    70×70の正方形も、この正方形に切り分けることができます。
    やはり、答えは、14cmです
    これを式で表すと、
    98÷70=1あまり28
    70÷28=2あまり14
    28÷14=2
    よって、答えは14。
    これが互除法です。

    合同式のときもそうでしたが、今回も、商はどうだっていいんです。
    割る数とあまりが大切です。

    ところで、高校数学はどうしても必要でない限り「÷」の記号や「余り」という日本語は使いません。
    98÷70=1あまり28
    という書き方ではなく、
    98=70・1+28
    という書き方をします。
    これは、小学校でわり算の筆算を学習したときに、検算の式として学習している内容です。
    「はじめの数=わる数×商+あまり」
    という式です。
    同じ数量の関係を異なる表し方をしたもので、意味は同じです。

    わかりにくかったら、上のほうのわり算の書き方で理解できれば大丈夫です。
    この先、不定方程式に互除法を利用する場合は、上の書き方でも下の書き方でもない、第3の書き方を利用します。
    それはマスターしなければ不定方程式がうまく解けません。
    28=98-70・1
    という書き方です。
    「余り=はじめの数-割る数×商」
    という意味の式です。
    この式も面食らってしまう可能性がありますが、頑張って理解しましょう。

    互除法は、なぜそれで解けるのかを文字式を用いて証明したものを理解しようとして、かなり混乱する人がいます。
    そうした証明に興味がある場合はとことん追求すると良いですが、そうでないなら、長方形を切り分けるやり方でざっくり理解できたら、それで良いことにして大丈夫です。
    互除法は計算方法なので、この計算方法で計算して良いのだと納得できれば、あとは活用できることのほうが大切です。
    証明に抵抗感が強かったため、それで「互除法がわからない」となり、互除法を活用できないと、不定方程式が解けなくなります。
    そちらのほうが深刻な問題です。

    なお、上の板書の右下は、互除法の筆算です。
    わり算の筆算をどんどんつなげて書いていくもので、一番右の筆算から始まり、左に書き添えていきます。
    最初の筆算の「割る数」を「余り」で割っていくので、左につなげて書いていくことが可能です。
    割り切れたときの「割る数」が、求めたかった最大公約数です。
    最大公約数だけを求めたい場合は、この筆算も便利です。



      


  • Posted by セギ at 12:07Comments(0)算数・数学

    2019年01月11日

    中3英語 間接疑問文


    中3で学習する単元の最後は「間接疑問文」です。
    どういうものかというと、例えば、

    I don't know where she lives.
    彼女がどこに住んでいるか、私は知らない。

    疑問内容は「彼女がどこに住んでいるのか」なのですが、それを直接尋ねている疑問文ではなく、その疑問内容を私は知らない、と言っているのです。
    つまり、疑問内容は、間接的なものになっていて、文全体としては疑問文ではなかったりします。
    こういうものが間接疑問文です。
    主節の中の適切な位置にこの疑問内容を入れれば良いので、構造を見抜けるようになれば、簡単ですね。
    あとは、間接疑問の語順。
    普通の疑問文とは異なり、「疑問詞+主語+動詞」という語順となります。
    疑問詞の後ろは、肯定文の語順です。

    「これは誰の車かしら」という文を作るのでしたら、
    ~かしら、というのは英語では、I wonder ~ですから、
    I wonder whose car this is.
    となります。

    余談ですが、wonder という動詞の直訳は、「不思議に思う」ですが、そのまま直訳すると、
    「私は、これが誰の車であるかを不思議に思う」
    となり、最近では自動翻訳機ですらこんな訳はしないだろうという不自然な訳になってしまうので、「~かしら」というこなれた訳が推奨されています。
    しかし、これもまた高校生あたりには不評です。
    男性の英語の先生が「~かしら」と訳すのでむずむずすると言うのです。
    可愛くていいじゃないのと私は思いますが。

    不思議な日本語訳というので言えば、関係代名詞 what を含む文で、私の高校のリーダーの先生は、例えば、
    I didn't understnd what he would say.
    という文を訳すとき、
    「私は、彼が言わんとするところのものを理解できなかった」
    と訳したので、高一の最初のうちは、
    「『ところのもの』って何だ?」
    「俺に訊くな」
    と教室が静かにざわついたのを覚えています。
    英語を訳すときだけに表れる古風な日本語。
    最近は、そういうものは減ってきましたね。


    間接疑問文に話を戻しましょう。
    主節も疑問文の間接疑問文というのもあります。
    Do you know what I have in my hand?
    「私が手に何を持っているかわかりますか」

    間接疑問文の語順は、「疑問詞+主語+動詞」の語順。
    主節は、普通の疑問文の語順。
    きちんと区別すれば、問題なさそうです。

    普通の中3でしたら、間接疑問文の学習はここまでで十分ですが、私立を受験するなど、もう少し進んだ学習が必要な人に、少し発展的な説明を。
    「私が手に何を持っているかわかりますか」
    は、上の英文で良かったですが、では、
    「私が手に何を持っていると思いますか」
    という疑問文はどうなるでしょう?
    思うという動詞は、think です。
    では、
    Do you think what I have in my hand?
    で、良いでしょうか?

    ・・・いいえ。この英文は間違っています。
    正しい英文は、
    What do you think I have in my hand?
    なのです。

    ・・・え?
    何、その語順?
    間接疑問文の間に主節がめりこんでいるような、変な語順になっている・・・。

    これは、know と think という動詞の性質の違いによるものなのです。
    「私が手にを何を持っているかわかりますか」と問われた場合、返事は、「はい」か「いいえ」です。
    わかるか、わからないかを訊かれたのですから。
    しかし、「私が手に何を持っていると思いますか」と問われて、「はい」と答えたら、変です。
    具体的に、何を持っていると思うかを答える必要があります。
    コインとか、鍵とか。

    「はい」「いいえ」で答える種類の疑問文を、Yes-No 疑問文と呼びます。
    「はい」「いいえ」では答えられない疑問文を特殊疑問文と呼びます。
    特殊疑問文は、疑問詞で始まるのが特徴です。
    この呼び名は初耳でも、英語の疑問文を最初に学習したときから、これはこの通りでしたね。

    もう一度言います。
    「はい」「いいえ」で答えられない疑問文は、疑問詞で始まるのが特徴です。
    何としても、疑問詞で始めないといけないのです。
    それがルールです。

    Do you think what I have in my hand?
    では、ダメです。
    疑問詞で始めないと。
    疑問詞?
    ああ、間接疑問の先頭にありますね。
    これを文の先頭に持ってきましょう。
    What do you think I have in my hand?
    これで、正しい英文になりました。ヽ(^。^)ノ

    英語は、このように明解なルールで骨組みが作られています。
    ルールを理解し、それに従うだけで、正しい語順で単語を並べていくことができす。
    「そのルールがうざい」と言わないで。
    そのルールがあるから、ネイティブでなくても学習しやすい言語なのです。

    疑問詞が先頭にくるかどうかは、動詞の性質によります。
    know ならば、「はい」「いいえ」で答えられました。
    think という動詞だったから、「はい」「いいえ」では答えられず、疑問詞で始める疑問文になったのです。
    think のような性質の動詞は、他にもあります。
    believe(信じる) consider(~と考える) fear(恐れる) hope(望む) suppose(思う) conclude(結論を下す) expect(期待する) guess(思う) imagine(想像する)  などです。
    大体、心に思う意味合いの動詞がそうなる可能性が高いのだと、把握できます。
    こうした動詞が主節に用いられている疑問文は、疑問詞で始めれば良いのですね。

    ここまで学習が進むと、勘の良い人は、「あれ?」と思うかもしれません。
    疑問文には、Yes-No 疑問文と、疑問詞で始まる疑問文があるのは、よくわかった。
    だとしたら、間接疑問が疑問詞で始まらないもの、つまりYes-No 疑問文だったら、どうするの?

    いい質問ですね。ヽ(^。^)ノ
    これも中学では学習しない内容ですが、高校の英語表現で学習することになります。
    「その博物館が火曜日に開いているかどうか、教えてください」
    これを英語にするには、どうするのでしょう?

    主節は、Please tell me ~. でしょう。
    問題は、疑問内容が、「その博物館が火曜日に開いているかどうか」だということ。
    疑問詞が使えそうにありません。
    これは、もともとの疑問文は、
    Is the museum open on Tuesday?
    です。
    Yes か No で答えるタイプの疑問文ですから、やはり疑問詞は使いません。

    これは、if または whether という接続詞でつなぐことで間接疑問文を作ることができます。
    この if または whether には、「~かどうか」という意味があるのです。

    Please tell me if the museum is open on Tuesday.
    「その博物館が火曜日に開いているかどうか、教えてください」

    これで正しい英文になりました。ヽ(^。^)ノ

    if はまだいいけど、 whether って何?
    見たことないし、スペルも何かちょっと難しいから、覚えない。
    全部 if で済ますことにする。
    ・・・なんて言わないでください。
    この2つ、どちらを使っても良い場合も多いですが、細かいところで使い分けがありますから。
    その使い分けは大学入試で扱うことなので、ここでは説明しませんが、学習した最初に、とにかく両方あるし使い分けもあるらしいと知っておき、両方使えるようにしておくと良いです。

    「2つあるなら片方しか覚えない」撲滅運動を私は展開したい。
    till と until と2つあるなら、片方 しか覚えない。
    though と although と2つあるなら、片方しか覚えない。
    それで済むと思っていたのに、覚えていない片方が長文読解問題に出て、その度につっかえている中3や高校生を知っています。
    自分が覚えたほうしか他人も使わないとは限りません。
    自らボキャブラリーを痩せさせる愚は避けたいところです。

    無駄に思えることこそが、言語の豊かさです。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 13:22Comments(0)英語

    2019年01月09日

    高校数A 合同式の利用 その3 合同方程式。


    合同式の利用。
    今回は、合同方程式と呼ばれるものです。

    問題 次の合同式を満たすxをそれぞれの法mにおいて、x≡a(mod m)の形で表せ。(aはmより小さい自然数)
    (1) x+4≡2(mod 6)
    (2) 3x≡4(mod 5)
    (3) 4x≡4(mod 6)

    合同式の性質は、等式の性質と共通の部分が多いです。
    すなわち、
    a≡b、c≡d のとき、
    a+c≡b+d
    a-c≡b-d
    ac≡bd
    が成り立ちます。

    これらを利用し、上の問題を解いてみましょう。

    (1) x+4≡2(mod 6)
    両辺から4を引いて、
    x≡2-4=-2(mod 6)
    ここで、-2≡4(mod 6)
    よって、x≡4(mod 6)

    あ、簡単だ。ヽ(^。^)ノ
    では、

    (2) 3x≡4(mod 5)
    4は3で割ると整数にならないので、厄介だから、
    まず、4≡9(mod 5) を利用します。
    3x≡9(mod 5)
    両辺を3で割って、
    x≡3(mod 5)

    はい正解です。

    (3) 4x≡4(mod 6)
    超簡単だ。ヽ(^。^)ノ
    両辺を4で割って、
    x≡1(mod 6)

    ・・・いいえ。これは間違いなのです。

    ええー?
    何が違うのー?

    実は、上の合同式の性質に、a≡b、c≡dのとき、
    a/c≡b/d
    というのはなかったのです。
    一部使えることもあるのですが、それには条件があります。

    aとmが互いに素であるとき、ax≡ay(mod m)ならば、x≡y です。

    上の(2)では、3と5は互いに素なので、両辺を3で割ることができました。
    (3)は、4と6は互いに素ではないので、両辺を4で割ることはできません。

    証明しましょう。
    ax≡ay(mod m) ならば、ax-ay=mk(kは整数)と表されます。

    すらっと書きましたが、ちょっとわかりにくいでしょうか?
    法をmとして合同ということは、mで割った余りが等しいもの同士ということです。
    axもayも、余りがいくつなのかはわかりませんが、mで割ったあまりは等しいのです。
    だとすれば、ax-ayは、余りの分はちょうど引かれてなくなり、mの倍数のみ残るでしょう。
    だから、ax-ay=mk(kは整数)となります。
    さらに左辺を共通因数aでくくると、
    a(x-y)=mk
    この式は、aとmが互いに素のときには、x-yは、mの倍数であることを示します。
    よって、
    x-y=mL(Lは整数)   ※本当はLは小文字で書きます。
    よってx≡y(mod m)

    上の証明では、aとmが互いに素であることが条件でした。
    だから、aとmが互いに素ではない場合は、x-yは、mの倍数とは限らなくなります。
    証明の根拠が崩れたのです。
    根拠が崩れたことは、使えば必ず誤りを生みます。

    何だか、よくわからない・・・。
    そんな声が聞こえてきます。
    互いに素について、さらに考えてみましょう。
    例えば、3・8=4・6 
    この場合、3と4は互いに素です。
    3と4は互いに素なのに、3・8=4・6が成立しているのは、8は、4の倍数、6は3の倍数だからです。
    その関係がないと、積が等しくなることはありません。
    例えば、3・7と4・6が等しくならないのは、3と4が互いに素なのに、7は4の倍数ではないからです。

    あるいは、7と21は互いに素ではありません。
    その場合、7・9=21・3 のように、9は21の倍数にはなりませんし、3は7の倍数になりません。
    これは、この先の不定方程式を解く際に使う、重要な考え方です。


    (3) について、さらに具体的に考えてみましょう。
    4x≡4(mod 6)
    よって、x≡1(mod 6) では、正解ではなかったのですが、x≡1は正解の一部であり、もっと他に答えがあったのです。

    6を法としていますから、xは0、1、2、3、4、5のいずれかです。
    一覧表にしてみましょう。
    x  0  1  2    3    4   5
    4x 0  4 8≡2 12≡0 16≡4 20≡2

    4x≡4 となるものは、x≡1だけではないですね。
    x≡4のときも、4x≡16≡4 となることが逐一表にしてみることでわかります。
    ですから、x≡1、x≡4 が(3)の正解となります。

    これを(2)の、3x≡4(mod 5) でもやってみると、
    x  0 1  2   3    4
    3x 0 3 6≡1 9≡4 12≡2
    と、同じ数字が被らず、きれいに散るのがわかります。
    3と5が互いに素であるとき、そうなります。

    解き方としてまとめますと、合同式の場合、両辺を割ることはできるときとできないときがあるので、注意すること。
    それさえ意識しておけば、合同方程式はそんなに難しいものではありません。

      


  • Posted by セギ at 12:56Comments(0)算数・数学

    2019年01月01日

    2学期期末テスト結果出ました。2018年。



    明けましておめでとうございます。
    昨年中は大変お世話になりました。
    本年もよろしくお願いいたします。

    さて、2学期末テスト結果、出ました。
    数学 90点台 1人 80点台 3人 60点台 2人 
    英語 90点台 2人 40点台 1人

    テストの難度に左右されず安定して高い得点を取れるようになった人が多いです。
    数学では、特に女子生徒の数学的開眼が今年は続きました。
    思考力が高まり、初めて見る応用問題も自力で解決できる子が多くなりました。

    今回、英語の新入生が、まずは40点台から出発しました。
    家で英語を勉強する習慣がないようです。
    学校で週に一度ある単語テストや熟語テストの勉強もしたことがないと本人は言います。
    それが積もり積もって、英語表現の教科書の基本例文の単語も意味がわからないものがあります。
    文法に興味がないので、SとかVとか、全く意味がわからないと言います。
    英語だけでなく、勉強は一夜漬けの短期記憶が習い性になっている様子です。
    記憶を簡単に消してすぐに次の知識を入れるような仕組みに脳が出来上がっているのか、短期記憶能力は極めて高いのです。
    一方すぐに忘れて脳の記憶容量を空ける習慣があるのか、全てのことが長期の記憶になりにくい様子です。
    状況から考えて、そんなに簡単に成績が上がるとは思えません。
    1週間前に授業中に完璧にマスターしたことを、1週間後、なぜこうも完全に忘れることができるのか不思議なほどに、脳が全てを消去しています。
    また一から説明し直しでびっくりすることもしばしばです。

    家庭学習の習慣がないというのは本当に大変なことで、宿題を出したところでやってきませんから、塾にいる時間だけが勉強している時間になります。
    本人の日常生活のタイムテーブルに家で勉強する時間が設定されていないのでしょう。
    「勉強しなくちゃ」と本人はぼんやり思っていても、普段通りの日常を過ごしていると、1日は勉強時間ゼロで終わっていきます。
    日常習慣を変える必要があります。
    これは、口で言うほど簡単なことではありません。
    他の予定で埋まっているどこかの時間を勉強の時間に変えなければなりません。
    勉強が好きなこと・やりたいことならば、1日の中に勉強時間がないということはそもそも起こりません。
    勉強が嫌いなこと・避けたいことだから、そうなっています。

    とはいえ、生まれつき頭がいい。
    家で勉強なんかしなくても、ある程度までは何とかなるほどに頭がいいのです。
    小学生の頃は、家庭学習などゼロ時間でも、どうにでもなったのでしょう。
    中学生の頃は、テスト前だけちょろっと勉強すれば何とかなったのだと思います。
    高校の英語の定期テストで勉強しないで40点台というのは、ある意味凄いです。
    惜しい才能です・・・。
    これで子どもの頃から学習習慣があったなら、何でも望めたものを。
    勉強することの楽しさを子どもの頃から知っていたなら、誰が止めても勉強していたでしょうに。

    この冬休み。
    学校からは宿題プリントが沢山出ましたが、自力では解けないというので、塾で一緒に解いています。
    宿題プリントは何かのテキストのコピーを印刷機で中質紙に印刷したもののようで、字が小さく、しかもにじんでいます。
    逆さに見ながら一緒に解くのは、さすがに目の酷使となり耐えられません。
    本人に問題を読み上げてもらい、私は目を閉じてそれを聞いています。
    目を閉じて聞き取れないような読み方はしないようにと、その指導を兼ねています。
    入塾前に学校で学習した「不定詞」のプリントは、1問1問、私の助言なしでは先に進みませんでした。
    入塾後に学習した「動名詞」「分詞」も、最初は読み上げていたのですが、気がつくと黙って解いている時間が多くなりました。
    自力で解けるようです。
    私に教えてもらう必要がないから、読むのをやめてしまったのです。
    ・・・おや?
    脳が知識を消去していない。
    学習済みの文法問題は、自力で解けるようになっている・・・。

    今は高校の定期テストの多くが、毎週の単語テスト・熟語テストがそのまま定期テストの範囲になっているためテスト範囲が広く、その他に応用問題の配点も高いです。
    そんなに簡単に高得点が取れる仕組みになっていません。
    本当に英語力のある人しか、高い得点は取れません。
    とはいえ、成果の一端は見え始めている。
    そう感じる冬期講習です。
      


  • Posted by セギ at 14:57Comments(0)講師日記

    2018年12月23日

    英語字幕で映画を見る楽しみ。『クリスマス・キャロル』。



    『クリスマス・キャロル』は、イギリスの作家チャールズ・ディケンズによって書かれ、1843年の12月、美しい挿絵を含む豪華な装丁のクリスマスブックとして発売された、クリスマスを祝福する物語です。
    近代市民の内面が深く描かれていることを小説の定義とするならば、この物語は小説とは呼べないのかもしれません。
    登場人物は物語の中で果たすべき役割しか与えられていません。
    ストーリーも単純です。
    強欲な金貸しスクルージは、クリスマスイブの夜、過去・現在・未来のクリスマスの精霊の訪問を受け、これまでの自分の悪行を悟り、生まれ変わる。
    非常にわかりやすいので、原作を簡単な英語にリライトしたサイドリーダーが、私立中学などの冬休みの宿題として出されることがあります。

    ボリュームのある英文を読む場合、映画で先にストーリーを知っておくのは、読みにくさを解消する良い方法です。
    とはいえ、『クリスマス・キャロル』は、近年の作品というとアニメーションばかりで、しかも、アニメーションですら退屈で最後まで見ていられないかもしれません。
    ストーリーが単純すぎるので、面白くないのですね。

    そうした中でイチオシなのが、1970年英米合作のミュージカル映画『クリスマス・キャロル』(原題『SCROOGE』)。
    古い映画なので今見ると特撮が稚拙だという難はありますが、舞台は19世紀のロンドンですから、古い映画であることがむしろ雰囲気作りに成功してもいます。
    11曲のクリスマス・ソングの1つ1つが上質で、単調なストーリーを飽きずに見られのも有難いです。
    主演アルバート・フィニーのファンキーな演技のおかげで、強欲な金貸しスクルージは、とても偏った人物だけれど、そんなに悪い人間に見えてこないのも良いところです。
    脚本の良さもあって、原作にない人間味が人物像に奥行きを与えていると感じます。
    DVDは今でも通販などで購入可能。
    しかもとても安いです。

    最初は冬休みの宿題対策のためにしぶしぶ見るのであっても、クリスマスが近づくとまた見直したくなる大好きな映画になってくれると嬉しいです。
    そして、2度目に見るときは、勿論、英語音声・英語字幕で。
    ヽ(^。^)ノ
    イギリス英語なので、発音が明瞭で聴き取りやすいのです。

    冒頭、スクルージの事務所での甥や事務員とのやりとりはそんなに難しくないものの、しかし、彼が事務所を閉め、外に出たあたりから、英語が聴き取りづらくなります。
    まずは、年末の寄付を求める紳士2人との会話。
    事務所の看板には、昔の共同経営者マーレーの名前もまだ記されてあるので、紳士たちは、スクルージに、あなたはミスター・マーレーか、あるいはミスター・スクルージかと尋ねます。
    スクルージの返答。
    Mr Marlyey has been dead for seven years. Seven years ago this very night he died.
    この辺はまだ聴き取りやすいですね。
    1つ目の文は、現在完了の例文として丸暗記したいような文です。
    「彼が死んで7年になる」
    これを5通りに表現できますか?
    上の文は、その中でも英語特有の表現を含む重要文です。
    2つ目の文の very は、「まさにその」という強調の形容詞。これも大事ですね。

    物語的には、ここで共同経営者のマーレーが亡くなっているという情報が自然に提示される上手い展開に、感心するところでもあります。

    ところが、この後、寄付をするのしないのという議論は、早口でかなり聴き取りづらくなります。

    It is more than usually desirable that we make some provision for the poor.
    ―I wish to be left alone ,sir. I don't make merry at Christmas and cannot afford to make idle people merry.

    弾丸スピードの議論を何とか聴き取って、息をついた後、しかし、絶望が襲います。
    その後、スクルージが歌い出す、I hate people という歌の歌詞がほとんど聴き取れないのです。
    字幕を見ても、知らない単語が並ぶ・・・。
    というのも、この歌は、スクルージが人々へ悪罵を投げつけている歌なので、否定的な意味の形容詞、動詞のオンパレードなのです。
    ・・・こんな英語は、学校で習わないなあ。
    私は、この映画を初めて英語字幕で見たとき、自分の英語力の偏りに気づいて仰天しました。
    そうか。私は、英語で悪口を言うことはできないんだ。
    そういうボキャブラリーを持っていないんだ。
    そんな発見があります。

    でも、その後、また聴き取りやすくなるので、諦める必要はありません。
    家に戻ったスクルージを、マーレーの幽霊が訪問します。
    この会話は、とてもゆっくりで聞き取りやすいのです。

    You don't believe in me , do you ?
    ―No,I don't.
    Why do you doubt the evidence of your own eyes ?

    belive の後にすぐに目的語がつくときは、「~を信じる」。
    belive in ~のときは、「~の存在を信じる」。
    付加疑問文とその答え方の生きた例でもありますね。
    「おまえは私の存在を信じていないな?」
    「ああ。信じていない」
    文法・語法の知識が聴き取りに生かされて、ちょっと嬉しくなります。

    さて、夜も更けて。
    午前1時の鐘とともに、過去のクリスマスの精霊がやってきます。
    これが、上品そうな老貴婦人。
    予備知識がなくても名優なのだろうとひと目でわかる貫禄の、イーディス・エヴァンス。
    スクルージに、淡々と過去のクリスマスを見せていきます。
    孤独な少年時代。唯一の味方だった妹。
    しかし、働き始めると、スクルージは、良い雇用主に恵まれ、幸せな青年時代を送っています。
    雇用主夫妻とその友人・近所の人たちとの幸福なクリスマス・パーティーの場面。
    それをつくづくと眺めるスクルージは、かつての雇用主を褒めます。
    What a marvellous man!
    それに対し、過去のクリスマスの精霊は、むしろ否定的です。
    ―What's so marvellous? He's merely spent a few pounds of your mortal money. Three or four. Why is that deserving of so much praise?
    しかし、スクルージは譲りません。
    You don't understand. He has the power to make us happy or unhappy. To make our work a pleasure or a burden. It's nothing to do with money.
    守銭奴スクルージが、「金は関係ない」と断言する。
    それを過去のクリスマスの精霊は黙って聞いています。

    この映画があまり説教臭くないのはそういうところだと思います。
    大切なことは全てスクルージ自身の口から語られるのです。

    午前2時に現れた現在のクリスマスの精霊。
    直視できないほどにまぶしい巨人。
    神のイメージに近い造形です。
    この巨人が見せる現在のクリスマスの1つは、スクルージの甥の家でのクリスマス・パーティー。
    そして、物語の冒頭に登場した甥は、スクルージの妹の忘れ形見であることが明かされ、見る者は、この甥への好感をさらに深めていきます。
    この甥の存在は、この物語のハッピーエンドへの道しるべです。

    英語学習的に興味を引かれるのは、そのパーティ内のゲームでしょうか。
    cat の前に、m がお題なら m で始まる形容詞をつけて言っていかなければならないゲーム。
    英語の形容詞はやはり膨大です。
    うわあ、こんな形容詞知らないわ、まだまだ勉強しなくちゃと思ったり。
    知っている形容詞が出てくると嬉しかったり。

    英語的に面白いところはなおも続き、重要表現が沢山出てくる映画です。
    しかし、これ以上は長くなり過ぎますので、ここで英語を離れて。

    この映画を英語と関係なく他人に薦めるとき、私は3つの見どころを言います。
    1つ目。
    イギリスのハナ肇が出てきます。
    お正月番組の「銅像」感があるんです。
    イギリスでは有名な喜劇役者なんでしょう。
    どこに出てくるかって?
    ひと目でわかります。

    2つ目。
    イギリスの市村正親が出てきます。
    30代くらいの、ミュージカルの舞台で主役を張っていた頃の、キレッキレの市村正親さん。
    イギリスでは有名なミュージカルスターなのでしょう。
    どこに出てくるかって?
    ひと目でわかります。

    3つ目。
    イギリスの「ええじゃないか」を見ることができます。
    この映画は、ラスト20分の圧巻のフィナーレを見るために、それまでの全てがあるのかもしれません。
    映画前半の多くのナンバーがここで意味を変えて繰り返されます。
    あの群衆がなぜ突然同じ歌詞で歌えるのかとか、なぜ同じ振りでダンスができるのかとか、そういうつまらないことは言ったらダメですよー。
    「借金帳消し、ええじゃないか」と歌い踊る群衆を、映画館の大画面で見たかったものです。
    公開当時、まだ洋画を見に行く年齢じゃなかったですから。

    この映画の素晴らしいイメージが崩れるからやめなさいと、ファンに叱られそうですが。
    あと、若い子には、全く通じない話ですね。

    とはいえ、私が一番好きなのは、ラストシーンです。
    群衆から離れ、家に戻ってきたスクルージは、自分に忠告してくれたマーレーに語りかけます。

    I don't know whether you can hear me, and I don't know whether or not I imagined the things I saw, but between the pair of us we finally made a merry Chrismas, didn't we ?
    そして、続けます。
    I have to leave now. I must go and get ready. I'm going to have Christmas dinner with my family.

    甥と約束したクリスマスの食事。
    大勢の人々からの感謝とともに、彼にとってそれがどれほどの幸福であるかが切実に伝わる、良いラストシーンです。

    皆さまも、メリークリスマス。
      


  • Posted by セギ at 14:56Comments(0)英語

    2018年12月21日

    関係代名詞3 目的格の whom


    さて、関係代名詞。今回は目的格です。

    前回まで説明したのは、実は、主格の関係代名詞でした。

    I have an aunt. She lives in New York.
    この文を関係代名詞で1文にすると、
    I have an aunt who lives in New York.

    この関係代名詞 who は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
    こういう関係代名詞を主格の関係代名詞といいます。

    I will show you the pen which was given to me by my uncle.

    この文もそうですね。
    この関係代名詞 which は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
    ここは誤解しやすいところですが、1つ目の文、すなわち主節の中でどんな働きをしているかは関係ないのです。
    主節の中で先行詞が主語だろうと補語だろうと目的語だろうとどうでもよいのです。
    2つ目の文、すなわち関係代名詞節の中で主語の働きをしている関係代名詞が主格。
    関係代名詞節の中で目的語の働きをしている関係代名詞が目的格です。

    今回は、その、目的格の関係代名詞について説明します。

    She is the girl. Tom invited her to the party.

    この2文を1文にして、「彼女は、トムがパーティーに招待した女の子です」という文を作りたい場合。
    1つ目の文の the girl と、2つ目の文の her が同一人物です。
    これまでと異なり、関係代名詞になる単語は2つ目の文の先頭ではないので、文をつなげにくいですね。
    でも、ルールは同じ。
    修飾される名詞である先行詞がきたら、すぐに関係代名詞です。
    だから、2つ目の文の her は、whom という関係代名詞となり、先行詞の直後に置きます。
    その後、2つ目の文を主語から普通に続けていきます。
    her はもう whom に形を変えて先頭にいったので、飛ばします。

    She is the girl whom Tom invited to the party.

    whom って何?

    今までの関係代名詞って、疑問詞と同じ形をしていたのに、何か、whom って見慣れない・・・。
    そういう感想を抱く中学生がいますが、 whom も疑問詞の1つで、書き言葉としてはまだ使われることがあります。
    By whom was this book written ?
    「この本は、誰によって書かれたのですか」
    直訳が不自然に固くなりましたが、英語的にも固い表現です。
    しかし、「誰によって?」という疑問が文頭から明確に伝わるという点で、論理的な文章としては有効です。
    語句の関係が明瞭だということは、読みとりやすいということです。
    who was this book written by ?
    という形も正しい文ですが、最後の by を聞くまで、疑問の中身が何であるか不明瞭です。

    勿論、こんなことを受動態で質問するからややこしいので、話し言葉ならば、
    who wrote this book ?
    と能動態で質問するでしょう。
    けれど、もっと込み入った内容の論説文の場合、by whom 、 for whom 、with whom などは、有効な表現です。
    そして、勿論、関係代名詞 whom も書き言葉として現役です。


    ところが、ゆとり教育の時代に、中学の英語教科書から関係代名詞 whom が消えました。
    新課程になった後も、復活していません。

    理由は色々考えられますが、最も大きい理由は、目的格の関係代名詞は省略可能だということ。
    She is the girl Tom invited to the party.
    と、whom を省略することが可能です。
    話し言葉では、むしろ省略される場合がほとんどでしょう。
    girl と Tom の間に少しポーズをとって区切れば、十分意味が伝わります。
    アメリカの口語英語を基準としている中学英語教科書は、そういうわけで whom の存在を消してしまったようです。

    日常で省略されることが多くなると、何が起こるか?
    ネイティブでも、who と whom の使い分けができない人が増えていきます。
    たまに使うときに、whom と言うべきところを誤って who と言ってしまうのです。
    間違う人が多くなると、しかし、それが正しい表現として認められていくのが言語です。
    現在では、目的格でも who を用いることが許容されています。
    高校の「英語表現」の教科書では、目的格の関係代名詞は、whom の他に who が明記されています。


    こうした情報をどう読み取るか?
    「じゃあ、何でも who でいいんだ!who しか覚えない」
    と決めてかかって良いのでしょうか?
    いいえ。
    whom も身につけておいたほうが良いでしょう。
    なぜなら、書き言葉として、whom は現役の関係代名詞だからです。
    「前置詞+関係代名詞」という内容を高校で学習しますが、それはさすがに who での代用を認められていません。
    前置詞の後ろに主格の who をもってくる感覚は、ネイティブにはないのです。
    ですから、結局、whom は学習しなければならない関係代名詞です。
    どうせ学習しなければならないのなら、基本の用法から正確に身につけておくに越したことはありません。
    実際問題として、何でも who でいいと覚えていたのに、高校の英語表現のテストの四択問題で、選択肢に who がない、ということはあり得ることです。

    「どちらでもいいのなら、片方しか覚えない」という学習姿勢は、英語には不向きです。
    覚えていないもう片方を相手が使う可能性があるからです。

    関係代名詞に限らず話を広ければ、英語は同じ表現の繰り返しを嫌いますから、1つの文章の中で同じことを常に言い換えていきます。
    1つしか覚えないという姿勢では、英文を読めないのです。
    英語長文を読んでいて、
    「何でいちいち言い換えるの?だから途中で意味がわからなくなるんだよ」
    と愚痴を言う子もいますが、1つのことを1通りの表現でしか表せない言語は、文化的に痩せた言語です。
    類義語・類語表現の多さは、言語的な豊かさの証です。
    自分1人の学びやすさのために英語が存在するわけではない。
    つくづくとそれを悟るのも、外国語を学ぶ意味の1つであるように思います。


    それでは、中学生としては、whom をどう扱いましょうか?
    学校で学習していないのなら、学校の授業やテストでは使わないほうが良いと思います。
    教えてもいないのに生徒に whom を使われて、かっとなったのか、
    「whom なんて古い。今は使わない」
    と断言し、後に生徒たちから陰で笑い者にされた英語の先生がかつていました。
    こういうのは、お互いにとって不幸です。

    学校の先生の判断で whom を教える場合もあります。
    その場合は積極的に覚え、使用しましょう。

    高校受験ではどうなのか?
    入試で使うのは問題ありません。
    whom は口語としてやや堅苦しいというだけで、間違った表現ではありません。
    入試の答案を採点するのは、それぞれの高校の英語の先生です。
    高校の英語の先生は、whom に特別な感情はありません。
    日常会話では使わなくても、論説文には普通に使用されている単語ですから。

    私立高校を受験する場合は、whomの他、中学では学習しない所有格の関係代名詞 whose や、関係副詞の基本まではひと通り学習しておくと安心です。
    長文問題の本文で使用されていることが多いですし、特に whose は文法問題で出題されることがあります。
    もっとも、配点がそんな高いわけではないので、その1問が解けなくても合否にはさほど影響しないでしょう。
    発展的な文法事項に神経を尖らせるよりも、語彙の難度が高くボリュームのある英語長文をある程度のスピードで読み通せる読解力を鍛えることのほうが入試には重要です。
    当然、関係代名詞が多用されています。

    さて、whom の基本的な用法に話を戻しましょう。
    The boy could speak Japanese a little. I met him in the park.
    この2文を「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」という文にしたいとき。
    先行詞と、関係代名詞になる語との距離がさらに開きましたね。
    これも、先行詞がきたら関係代名詞、という基本ルールでつなげば大丈夫です。
    したがって、主節は途中で分断されます。

    The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.

    The boy という先行詞がきたら、すぐに whom。
    その後、2つ目の文、すなわち関係代名詞節を先頭から書いていきます。
    ここで変な倒置を考える人がいるのですが、必要ありません。
    主語から普通に述べていき、ただし、whom に変わった him は省略し、さらにその後ろを普通に述べていきます。
    関係代名詞が全部終わったら、主節に戻り、これも、普通に順番通りに述べていきます。
    ルールは極めてシンプルです。
    勿論、このwhom も目的格ですから省略可能です。


    上のように2つの英文が与えられて、関係代名詞を使って1文にしなさい、という問題なら正答できる人が、日本文を英文に直す問題では難渋することがあります。
    「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
    この日本語を英語に直す問題のとき。
    多くの場合、まず、I met the boy in the park と書いてしまい、その後に何も続けられなくなってしまうのです。

    これは日本語の構造を把握する力が問われる問題です。
    「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
    この文の主語と述語は何でしょうか?
    国語の文法の学習でも主語と述語を見つけることが苦手な人がいますが、そういう人は大体、まず主語を探しています。
    しかも、主語は必ず文頭にあるという間違った思い込みをしています。

    日本語で主語と述語を探すときは、まず述語を探します。
    倒置法などの特殊な場合を除き、述語は、文末にあります。
    一方、主語は、文頭にあるとは限らないのです。
    上の文の述語は、1文節で正確に答えるなら「できた」ですが、今は英文を作るための主・述の確認なので、意味がとれるよう「話すことができた」とざっくり把握しましょう。
    話すことができたのは誰なのか?
    その「誰」にあたるのが、この文の主語です。
    話すことができたのは、「私」ではなく、「少年」です。
    英語は、主語から書き出します。
    だから、英文の書き出しは、The boy です。
    The boy
    どんな少年なのか?
    私が公園で会った、少年。
    この修飾関係が見えたら、もう大丈夫。
    名詞を修飾する2語以上の語句は、名詞の直後に置かれます。
    修飾語句に主・述の関係が感じ取れますから、これは関係代名詞節で修飾するのだと予想が立ちます。
    The boy I met in the park
    ここまで、すぐに作れますね。
    これで、文の主語とその修飾語句が作れました。
    で、そのボーイがどうしたのか?
    「少し日本語を話した」
    なるほど、では、主節を続ければ良いんだ。
    The boy I met in the park could speak Japanese a little.
    で、問題を読み直し、「関係代名詞を用いて」と、もし書いてあれば、これは先行詞が人間で、目的格の関係代名詞だなと判断し、
    The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.
    これで正解です。
    ヽ(^。^)ノ

    そんな手間はかけられない、と言う子もいます。
    しかし、最初はこうやってしっかり分析して書くようにすると、そのうち、パッと読んだときに日本語の構造が見えてくるようになります。
    そうなれば、こんな手順を踏まなくても、スラスラと正しい英文を書けるようになります。
    日本語の構造を正しく把握できるようにもなります。
    良いことづくめです。

      


  • Posted by セギ at 12:10Comments(0)英語

    2018年12月19日

    高校数A 合同式の利用 その2。



    今回も「合同式」。
    まずはこんな問題です。

    問題 整数nを3で割った余りが2のとき、n3-3nを3で割った余りを求めよ。

    合同式を使えば簡単です。
    整数nは3で割った余りが2なのだから、
    n≡2 (mod3)
    よって、
    n3-3n≡23-3・2=8-6=2 (mod3)

    したがって、余りは2です。

    合同式を用いて、証明問題を解くことも可能です。
    これも、普通の解き方よりも簡単に書いていくことができます。

    問題 nが整数であるとき、n3+5nは6で割り切れることを証明せよ。

    6で割り切れるかどうかを証明するのですから、6を法として論を進めていけば良いのです。

    整数nは6を法とするとn≡0、n≡1、n≡2、n≡3、n≡4、n≡5のいずれかに分類される。
    (1)n≡0のとき
    n3+5n≡03+5・0≡0
    (2)n≡1のとき
    n3+5n≡13+5・1≡6≡0
    (3)n≡2のとき
    n3+5n≡23+5・2≡18≡0
    (4)n≡3のとき
    n3+5n≡33+5・3≡42≡0
    (5)n≡4のとき
    n≡4≡-2
    n3+5n≡(-2)3+5・(-2)≡-8-10≡-18≡0
    (6)n≡5のとき
    n≡5≡-1
    n3+5n≡(-1)3+5・(-1)≡-1-5≡-6≡0
    (1)~(6)より、
    n3+5n≡0
    よって、nを整数とすると、n3+5nは6で割り切れる。

    シンプルで楽ですね。
    あっという間に終わりました。



    これを普通の解き方で解くとなると、答案は少なくともこの倍のボリュームになります。
    その中で、この問題は、実は隠れた重要事項を利用できると、少し楽に解けます。
    それは、「連続する3つの整数の積は6の倍数である」というものです。
    しかし、このことに、ノーヒントで気づく高校生は少ないです。
    問題集の欄外などにヒントとして、「連続する3つの整数の積は6の倍数であることを利用する」などと書いてあることが多いですが、そう書いてあっても、何のことかわからない場合もあります。

    連続する3つの整数なんだから、どれかは2の倍数だし、どれかは3の倍数ですよ。
    だから、積は必ず6の倍数でしょう?

    この雑な説明が頭の中でスパークし、顔を輝かせ、
    「すげえっ!そうか!」
    と感動する子もいます。
    「・・・・おまえ、オラが見えるのか?」
    私は、哀しい妖怪の定番のセリフを口にすることになります。
    正直、こんな雑な説明で伝わるとは思わなかった・・・。

    一方、私がそういう雑な説明をすると余計に
    「え?」「え?」「え?」
    となってしまう子も多いのです。

    もっと詳しく説明しても、
    「でも、どれが2の倍数で、どれが3の倍数かわからないじゃないですか」
    と言われてしまうこともあります。
    そこを詳細に場合分けして説明すると、むしろ場合分けしたことがあだとなり、
    「だって、こっちの場合とこっちの場合では話が違うじゃないですか」
    と言われてしまうこともあります。
    そんなときは、ああもうこの話はしたくないと泣き伏したくなります。

    わからないことが苦しいのは何より本人なのだけれど。

    何をどう説明しても、わかってもらえない。
    講師と生徒と1対1のとき、わからない生徒が絶対王者のように君臨し、「わかるように説明できない講師が悪い」という空気の中で私は絶望的な闘いを続ける。
    そういうことは、たまに起こります。
    集団指導の場合は、理解の速い子は説明が終わる前にもう理解し、
    「あ。そうか」
    「ああ。そういうことか」
    と声に出してくれます。
    その一言で、わからないのは、わからないほうが悪いという空気が生まれます。
    そうなると、本当はわからない子も、わかったふりをします。
    あるいは、わかったふりはしないまでも、それは自分の理解力に問題があるのだと哀しい気持ちで認め、少なくとも王者のように君臨することはありません。

    どちらか良いのか。
    ・・・それは、個別指導のほうがいいです。
    だって、実際わからないのですから、わからないことをわからないと表明できるほうが健全です。
    だから、泣き伏しそうになりながらでも、私は頑張るぞ。

    膠着状態を脱却する方法はあります。
    相手が納得のいくまで、具体例で説明していくのです。
    連続する3つの整数として例えば「9、10、11」を考えます。
    9は3の倍数です。
    3×3と分解できます。
    10は2の倍数です。
    2×5と分解できます。
    したがって、
    9×10×11=3×3×2×5×11
    3×2という因数が含まれていますから、これは6の倍数です。
    これをいくつかの例でやれば、ある程度は理解してもらえます。
    しかし、私の中では1つの敗北と感じてもいるのです。

    せっかく文字を用いて抽象化しようとしているのに、結局、具体例で考えないと理解できない。
    抽象を抽象のまま理解できなくて、この先の学習は大丈夫だろうか?

    ・・・・心配ばかりしていても仕方ないのですが。
    いずれにしろ主題ではないことにかなりの時間を費やし、さて問題は何だったかというと。


    問題 nが整数であるとき、n3+5nは6で割り切れることを証明せよ。

    n3+5n
    =n3-n+6n
    =n(n2-1)+6n
    =(n-1)n(n+1)+6n
    連続する3つの整数は、6の倍数である。
    ゆえに、n3+5nは、6の倍数。

    ・・・やっぱり難しい。( ;∀;)
    合同式で証明するほうが簡単な気がしてきます。

      


  • Posted by セギ at 12:12Comments(0)算数・数学

    2018年12月17日

    北高尾山稜を歩きました。2018年12月。


    2018年12月16日(日)、北高尾山稜を歩きました。
    朝のうちは晴れ、昼からは曇るとの予報。
    朝晴れているのなら、今回は八王子城跡から歩くことにしました。
    中央線で高尾駅着。7:50。
    高尾駅北口に出ると、もう八王子城跡行きのバスが待っていました。
    バス出発。7:55。

    古いガイドブックには、「霊園前・八王子城跡入口」までしか行かず、そこから歩くような記述があるのですが、バスは終点八王子城跡まで行ってくれます。
    途中、バスが追い越した幾組かの登山姿のパーティは、どうせバスは途中までしか行かないからと、高尾駅から歩いたのでしょうか。
    それとも、「駅から歩く派」なのかもしれません。
    私も、もう1つの北高尾山稜への道を行くときは、小仏行きのバスには乗らずに歩きます。
    駅に着いた時刻によっては、バスを待つのが面倒くさいということもありますね。

    終点八王子城跡。8:05。
    支度をして、石畳を擬した舗装道路の坂道を歩いていくと、事務所のような建物が見えてきました。
    前を歩く人がそこに入っていくのでついていくと、事務所の横にトイレがありました。
    これは便利。
    石畳状の道をさらに進むと、古い鳥居が見えてきて、そこから登山道です。
    鳥居をくぐると木の根や石の段差道。
    またすぐ先に新道と旧道の分岐。
    新道を選び、左に曲がると少しずつ高度が上がり、眺めがよくなってきます。
    紅葉の頃や桜の頃に歩いてみたくなる道です。

    よく整備された広い登山道が続きます。
    金子丸、柵門跡などの解説板を立ち止まって読んだりしながら淡々と登っていくと、展望地。
    都心が一望できました。
    初めて来たときは、遠く地平線上に筑波山がくっきり見える眺望に感動しましたが、今日は、思ったほど雲が取れず、遠望がききません。
    霧の中にシルエットが浮かびあがる高層ビル群。
    太陽からカーテンのように差す光線。
    快晴の日とはまた違う眺望でした。

    城山山頂。8:35。
    八王子神社本殿も、神楽などを行ったのだろう舞台も、廃屋と見まごうほどのわびさび具合です。
    屋根に枯葉が積もり、初冬の趣がありました。
    道しるべの通りに一段下がり、古いトイレを左に見ながら、細くなった道をジグザグに下っていきました。
    ここからは観光地ではないということなのか、道が急に悪くなりました。
    崖っぷちの細い道です。
    ポンプのついた井戸を過ぎ、なお細い崖っぷち道が続きました。
    用心してそろそろと歩いていくと、やがて道幅は確保され、尾根歩きになりました。
    しかし、その先も、木の根の作る段差の急な下りがあったり、ピークへと登り返したり、また道が細くなったり。
    やがて道がはっきりと登りになり、登り詰めると、富士見台。9:35。
    北高尾山稜のもう1つの道と、ここで合流します。

    いつもは誰かしらいる休憩地ですが、珍しく誰もいませんでした。
    耳元で低くかけているラジオでは、午後から雨の降る地域があります、この時期の冷たい雨には濡れないようご用心くださいと、パーソナリティーが語りかけてきます。
    関東の海沿い、横浜・東京の一部・千葉で午後から雨の予報。
    今朝の出発時よりも予報が悪化しています。
    高尾はどうかなあ?
    とりあえず、富士見台から富士山は見えませんでした。
    完全に雲の中です。

    さて出発。
    ここから大きく下ります。
    そして、登り返し。
    このあたりは小ピークが連続し、アップダウンが繰り返されす。
    紅葉の頃は、樹木が近く、明るい小径です。
    今日は、枯葉も色あせた冬枯れの道。
    ふと見ると、左手、高尾主脈の上空に黒い雲がかかっていました。
    あの下は、雨が降っているのかもしれません。
    北高尾山稜の上空はギリギリ雨雲が切れて、白い雲に覆われています。

    いったん林道に出ました。10:30。
    舗装されていない林道です。
    どこから始まり、どこにつながっているのだろう?
    車が走っているのを見たことがありません。

    すぐ尾根の登り返しが始まりました。
    またアップダウンの連続です。
    左手に小下沢林道への分岐も時おり現れます。

    黒ドッケ。11:10。
    夕焼け小焼けへの分岐のあるピークです。
    道しるべをよく見て、「堂所山」のほうへと下りていきました。
    しばらく行くと、岩がちな登りが始まりました。
    秋に落ちた枯葉はそろそろ油分が抜けて、踏まれて平らになってきているので、枯葉に覆われた岩は印象がむしろ和らぎ、登り安く感じました。
    登り詰めると、意外なほどに景色が変わり、広く平らな道に出ます。
    枯葉が厚く積もっています。
    ここから、道の印象が大きく変わります。
    枯葉の積もる広い尾根道を大岳山などの展望を楽しみながら歩いていける箇所が増えてきます。
    北高尾山稜は、前半の樹木が近い細い道も好きですが、後半の広い尾根歩きの爽快さも捨てがたい。
    長い距離を歩ける、人が少ない、というだけでなく、道の雰囲気が良いのが北高尾山稜の魅力です。

    伐採された木が周囲に転がっている切り開かれた明るい尾根の急登を越え、枯葉の積もった下り道を慎重に行き、アップダウンを繰り返して、関場峠。12:05。
    ここは、小下沢林道の終点です。
    真下に林道が見え、林道からここに上がってくることもできます。
    先程からぽつぽつと雨が当たるのを感じていましたが、ぽつぽつの量が増え、小雨くらいになってきました。
    今日は都心でも最高気温8℃。
    かなり冷えてきているので、雨具の上着を着て、ザックに雨カバーをかけ、再び出発。

    関場峠から、ちょっと岩がちな急登を越え、細い尾根を登っていきました。
    小雨は、植林帯に入る頃には止みました。
    高尾主脈の上にかかっていた黒い雲はゆっくりと西へ移動していました。
    これなら雨雲を上手くやり過ごせそうです。

    笹原の道に出ました。
    細い道の両側に笹原が広がる、好きな場所です。
    道は徐々に傾斜を増します。
    そこのピークで大休憩。12:30。
    大きな切り株があり、そこからの眺めが良いので、ここで昼食にしました。
    もう5分も歩けば、堂所山の山頂。
    山頂のベンチが人で埋まっているかどうか、行ってみないとわからないので、いつも手前のここで昼食にします。
    生藤山は、いつ見てもきれいな山だなあ。
    上の画像がそこから撮ったものです。

    トレイルランナーにたまに追い抜かれる程度で、人の気配のない道をここまで来ましたが、座って食事していると、ゆっくりゆっくり登ってくる人が1人、また1人。
    急登がようやく終わった喜びからか、皆、安堵の笑顔で挨拶してくださいます。
    それとも、カップ麺をすすりながら挨拶する私が面白かったのかな?

    いつもここでは長居してしまい、出発。13:00。
    5分で、堂所山山頂。
    新しいベンチと山頂標識は、去年建てられたものだったでしょうか。
    先客は1人。
    先程挨拶した方でした。

    さて、しばらく平らな道を行くと、その先、木の根の作る急な段差の下りになりました。
    八王子神社から富士見台までの道が細く険しかったせいか、この道の難度をそれほどに感じずに下りていくことができました。
    下りきると、奥高尾縦走路と合流。
    もう雨雲は去り、青空さえ見えてきました。
    それでも、ひと雨ふった奥高尾は人がいません。

    奥高尾は、まき道すら幅広い。
    歩きやすいです。
    もう遅いので、景信山を最大限巻いて、小仏峠から登り返して相模湖の見晴らせるピークへ。
    ここも、誰もいませんでした。
    雲を少しまとった富士山が姿を見せていました。
    夕陽を受けて、相模湖が銀色に光っています。

    そこから小仏城山も巻いて、再び尾根道に戻り、一丁平展望台。14:40。
    急に大勢の人がいて、ちょっとびっくり。
    展望台からは、逆光と霧に煙る丹沢が、青いシルエットで見えていました。
    その右手に富士山。

    さて、さらにまき道から、高尾山の下へ。15:10。
    高尾山も巻いて、薬王院を通り、さっさか歩いて、リフト。15:50。
    リフトは16:00まで。
    ギリギリ間に合って、リフトで下山しました。
    家に帰って、歩数計を見ると、4万歩を越えていました。
    北高尾山稜を歩くと、やはり歩数が凄いです。
      


  • Posted by セギ at 13:47Comments(0)

    2018年12月13日

    数A「整数の性質」合同式の利用。



    前回、合同式とはどういうものか学習しました。
    それでは、この合同式、具体的にはどういうことに利用するのか。
    例えば、こんな問題です。

    問題 nは13で割って5あまる数であるとき、3n4-7n2を13で割ったあまりを求めよ。

    半角の数字は指数だと思ってください。

    これを、合同式を利用せず、普通に解くと、
    n=13m+5 と表す。(mは整数)
    3n4-7n2
    =3(13m+5)4-7(13m+5)2
    =3(132m2+13・10m+25)2-7(13・13m2+13・10m+25)
    =3(134m4+132・102m2+625+2・133・10m3+2・13・10・25m+2・25・132m2)-7・132m2-7・13・10m-7・25
    =3・134m4+3・132・102m2+1875+6・13・10・25m3+6・25・132m2-7・132m2-7・13・10m-175
    =13(3・133m4+1500m3+13・359m2-70m)+1700
    =13(3・133m4+1500m3+13・359m2-70m+130)+10
    よって、余りは10。

    上の途中式、書き間違いをしているかもしれません。
    それくらいに面倒くさい。
    この問題を解く上で大事なところは、あまりはいくつかなのですから、13という因数をもっていない部分です。
    上の式でいえば、1700は13で割ると余りはいくつなのか。
    そこだけに着目すれば余りが出るのに、13という因数を含んでいることがわかりきっている、いわばどうでもいい部分の計算に神経を使います。
    これを簡単にクリアできるのが、合同式です。


    合同式を用いると、n≡5(mod13) となります。
    よって3n4-7n2≡3・54-7・52=3・252-7・25
    ここで25≡-1(mod13)ですから
    3・252-7・25≡3・(-1)2-7・(-1)=3+7=10
    ゆえに、あまりは10です。

    合同によって言い換えたものを数字としてそのまま計算し、また合同で言い換えていきます。
    あまりにだけ注目している合同式ならば、それが可能です。
    ちょっと手品のようですが、慣れると、もう一番上のような解き方はやりたくない。
    それくらいに便利なものが合同式です。

    あるいは、こんな問題。

    問題 a、bを整数とする。aを5で割ると3余り、bを5で割ると4余る。このとき、abを5で割ったときの余りを求めよ。

    これも、合同式を用いないで解くことも勿論可能です。

    m、nを整数とすると、a、bは、m、nを用いて、
    a=5m+3、b=5n+4 と表すことができます。
    ab=(5m+3)(5n+4)
      =25mn+20m+15n+12
      =5(5mn+4m+3n+2)+2
    よって、abを5で割った余りは2。

    これを合同式を用いて解くと、
    a≡3、b≡4 (mod5)
    ab≡3・4=12≡2 (mod5)
    よって、abを5で割った余りは2。

    合同式を用いると余計な文字を使わずに済むので、答案がシンプルです。
    実は考え方の本質は同じなので、ぜひ合同式を身につけて簡単に解いていただきたいと思います。

    また別の問題。

    問題 2012の200乗を7で割ったときの余りを求めよ。
    200乗?
    普通の解き方だと、さすがにこれはどう解くのだろうか、と考え込んでしまいます。
    しかし、合同式を用いればこれも簡単です。
    まず2012を実際に7で割って確認すると、
    2012≡3 (mod7) です。
    よって、
    2012200≡3200=9100≡2100=833・2≡133・2≡2 (mod7)
    よって、余りは2。

    合同で言い換えては計算し、また合同で言い換える。
    指数法則がわかっていないと、この計算はピンとこないかもしれません。
    こうした指数計算は、この後、数Ⅱ「指数関数」、数B「数列」でもよく使うのですが、よく詰まるところです。
    模範解答を見ても、何をどう計算して次の行になっているのかわからないという話をよく聞きます。

    上の答案では、
    2100≡833・2
    のところがわかりにくいかと思います。
    2の100乗を、(23)33・2 と直しているのですが、指数法則が理解できていないと、
    「そんなことをしていいんですか?」
    と感じるかもしれません。

    指数がわからなくなったら、指数法則の基本に戻りましょう。
    a2×a3=(a×a)×(a×a×a)=a5 でした。
    (a2)3=(a×a)×(a×a)×(a×a)=a6 でした。
    ですから、(23)33・2=299・2=2100 となりますね。
    逆の操作で、2100=299・2=(23)33・2=833・2 とすることができます。

    ところが、上のような説明も、
    (a×a)×(a×a×a) の( ) は、どういう意味なんですか?
    ( )がないときと、どう違うんですか?
    それは要らないんじゃないんですか?
    と、それこそ不要な質問で頭がいっぱいになり、このほうがわかりやすいだろうと思って使った( )があだとなることもあります。
    何かがわからないというのはそういう場合が多く、本筋ではないところに目がいき、主要なところの理解を阻む。
    そういう傾向があります。

    しかし、なぜ本筋ではないところに目がいってしまうのでしょうか。
    その原因を考えれば、そもそも、( )の使い方について不安があるのではないか?
    小学校で( )を使った式を立てることを学習した小学校3年生の頃に、( )の使い方をしっかり身につけることができなかったのではないか?
    それは四則演算の原則がどこか曖昧になっているということでもあります。
    あるいは、( )の使い方の基本はわかっているのだけれど、自分で式を立てるときには、つい( )をつけ忘れたり、不要な( )を書いてしまったりを繰り返して、何となく苦手という感覚が高校生になっても残ってしまっているのではないか?
    さらには、几帳面な正確もあって、以前、自分が( )を使ったときには不要だと言われたのに、説明のためという理由で使用されているのが納得できないのかもしれません。
    先生や教科書・参考書が使用している( )のニュアンスを理解できない。
    そういうことが学習を阻む場合もあるかと思います。

    もう1つの壁は、やはり指数に対する感覚でしょう。
    同じ数を何回もかけるときに指数を使うという根本が理解しきれていないのではないか想像される場合もあります。
    23=2×2×2ということが、ふっと頭から抜ける。
    そのため、23=6と、気がつくと思い違いをしている。
    そんな場合もあると思います。
    (23)33・2=833・2 という転換が理解できず、
    「そんなことして、いいんですか?」
    と不安になるのは、指数の定義や乗法の交換法則が頭の奥まで染み込んでいないのが一因ではないかと感じます。

    それは、普通の指数計算の際にも表れます。
    26 を計算せよと言われて、
    2、4、8、16、32、64 と、逐一2倍していないでしょうか?
    26=64 と一瞬で転換している人を、「暗記しているのかな?」と思っていないでしょうか?
    26=(23)2=82=64 です。
    同じように、34=(32)2=92=81 です。
    指数を一瞬で計算している人は、この作業を一瞬で行っている場合が多いのです。
    答えを暗記しているとは限りません。
    あまりにも繰り返される計算に関しては、さすがに答えを覚えてしまっている場合もありますが。
    こうした指数に対する感覚、かけ算に対する感覚は、誰かに教えられたのではなく、本人が計算する過程で身につけていることが多いです。
    むしろ、このやり方を教えても、
    「いいの!私は普通にやらないとわからないの!」
    と意固地になる子もいるので、教えてわかるものではないのかもしれません。
    しかし、教えてわかるわけではないことがわからないと、合同式や、高校数Ⅱで学習する指数関数・対数関数の理解に大差が生じるようになる・・・。

    いやいやいや。
    こんなこと、教われば、わかることです。
    わかってください。
    ・・・と最後は古いフォークソングみたいになって、また次回。
    ヽ(^。^)ノ



      


  • Posted by セギ at 13:08Comments(0)算数・数学

    2018年12月10日

    蕨山を歩きました。2018年12月。


    2018年12月9日(日)、奥武蔵の山、蕨山を歩きました。
    三鷹から国分寺、東村山、所沢と乗り継いで、飯能駅。
    飯能駅から名郷行きのバスに乗り出発。8:00。
    終点名郷。8:45。

    名郷バス停には、トイレがありました。
    個室2つの男女兼用トイレです。
    支度を済ませ、さて、ここからどちらに行けば良いのか?
    バス停には道しるべはありませんでした。

    コピーしてきたガイドブックを確認し舗装された沢沿いの道を下流に向かって歩きだしました。
    少し歩くと最初の道しるべを発見。
    蕨入橋で沢を渡り、林道に入りました。
    後ろから来た速い2人連れに追い抜かれました。
    先行者がいるのは少し安心。

    林道を緩やかに登っていき、林道終点で沢を渡りました。
    適当に3本組まれた丸太橋でした。
    1本はグラグラしていて、おっとっととバランスを取りながら通過。
    そこからは登山道です。
    いきなり急な登りが始まりました。
    木の根で段差が作られている道をジクザグに登り、登り詰めると沢を高まく崖っぷちの道。
    しかし、あまり高度感がないので通行にそれほどストレスはありませんでした。
    今日は山頂までの道は険しいみたいだと、ガイドブックを読んで諦めてきているので、まあこの程度ならという気持ちがあったのかもしれません。
    右下に見えていた沢はどんどん細くなり浅くなり、水たまりレベルになった沢をひょいと越えると、そこからは尾根へと登っていく急登の始まりでした。

    今日は都心でも最高気温が10℃に満たない、この冬一番の寒い日。
    山もことのほか寒く、空も予報ほど晴れず、日差しがありません。

    植林帯の暗い斜面を登り詰めると、尾根。
    狭い細い尾根でした。
    全体に細い尾根歩きがその先も延々と続きました。
    ガイドブックには「伊豆ヶ岳方面の眺めが良好な明るい尾根道」とあるのですが、そんな天気でもないし、そんな気分でもありません。
    山の印象は季節と天気で随分変わりますね。

    伊豆ヶ岳は、とりあえず、あれかな。
    一度そう確認はしたものの、立っている尾根はそんなに広くないし、ところどころ岩が出ているし、枯葉が積もっているのでどこで滑るかわからないし。
    足元に注意を払って先に進みました。
    ガイドブックにはここから「蕨山に着くまで4段の急峻な段差の続く悪場」とありました。
    山地図には危険マークもあります。
    いったいどの程度のものなのだろう?

    進んでいくと、最初の段差が始まりました。
    岩や木の根が階段のように段差を作っています。
    ロープが垂らしてありましたが、傾斜は緩く、ロープを使う必要はありませんでした。
    このレベルで済むのかな?

    またしばらく行くと、2つ目の段差。
    ここは傾斜も急で、両手両足をフルに使ってむき出しの岩を登っていかなければならない箇所でした。
    幸いホールドは豊富でしたので、垂らしてあるロープがあまり信用できないこともあり、岩をつかんで登りきりました。
    このレベルがあと2つ続くのかな?

    しばらく行くと、3つ目の段差。
    これは段差というより急登という印象で、ジクザグに登っていく坂道でした。
    枯葉に注意しながら、ここも通過。

    4つ目の段差。
    ここも、ジグザグの急登。
    あまり岩場感はありませんでした。
    結局、印象的な「急峻な段差」は2つ目だけでした。
    むしろ、道全体が岩がちな細い尾根で、枯葉が積もっていることのほうがストレスが強いのです。
    結局、ずーっと少し怖い。

    緩い坂道を登っていくと、「危険 通行注意」という看板が立っていました。
    ここが山地図に載っている危険マークのところかな?
    段差はなく、ただ尾根が細い。
    痩せ尾根です。
    吹きっさらしなので、枯葉は積もっておらず、淡々と歩いていくことができました。
    痩せ尾根を渡りきると再び「危険 通行注意」の看板があり、では、危険個所は先ほどの箇所からここまでなのだなと確認できました。

    4段の段差は終わったものの、歩き始めてまだ1時間と少ししか経っていません。
    山頂まで、山地図のコースタイムは2時間50分。
    ガイドブックのコースタイムは2時間05分。
    こんなにコースタイムに差があるのは、技術的難度をどう時間に反映させるかという問題なのでしょうか。
    今日は本当に寒いので、汗もかかず、コースタイムより少し早く着くかもしれないけれど、まさか1時間とちょっとでは着かないでしょう。
    そんなことを考えながら、尾根道を歩いていくと、再び段差が。
    しかも、倒木が道を塞いで、ちょっとややこしい感じになっていました。
    あれ?私、段差を数え間違えた?
    段差に入れてはいけないところを入れたのかな?
    どれを段差に加えてはいけなかったのかと悩みつつ、ややこしい箇所を通過。
    最後の段差を越え、広くなった道を登っていくと、視界が開け、小広い場所に、分岐を示す道しるべがぽつんと立っているのが見えました。
    ああ、今度こそ本当にもうすぐ山頂です。

    道しるべに従い、まずは少し下り、なだらかな登りを行くと、山頂らしいベンチと、そこに座る人影が見えてきました。
    蕨山山頂。11:05。
    そんなに広くない場所にベンチが3つ。
    朝同じバスで来て、林道をさっさか歩いていった2人。
    途中で道を譲った男性。
    みんなまだ山頂にいました。
    少し怖い道だったけれど、振り返れば面白い道だったなあ。
    上空は雲に覆われ、地平線との隙間に青空。
    上の写真が蕨山山頂から撮ったものです。

    ここでお昼にしました。
    カップ麺にお湯を入れていると、しかし、急に風が強くなってきました。
    「ひゃー寒い。お湯を入れたら、もう動けないのに」
    思わず声が出ます。
    途中で道を譲った男性は、
    「一段下がると、風はなくなるよ」
    「そうですよね。失敗したかなあ」
    ビュービュー風の吹く山頂で、カップ麺を食べました。
    長い休憩を取ったのは、2年前、さわらびの湯からのピストンでこの山を歩いたとき、山頂からの下りにあまり良い記憶がなかったからでもあります。
    ちょっと心構えをしておきたい。

    さて出発。
    山頂から少し下ると、平坦な広い道にいったんはなるのですが、その道の先、急降下があるのです。
    私の苦手な、つかまるところがあまりない下り道です。
    一応ジグザグなんですが、乾いてザレて滑り易い。
    しかも、枯葉混じり。
    本日の山で手ごわいのは、もうここだけ。
    頑張れ頑張れ。
    そう念じて、ゆっくりゆっくり下りました。

    下り終わると、道は林道のように広くなり、脇の林では車座になって休憩中のパーティもいました。
    その先、林の中の緩やかな下り道でも、休憩している人たちや、向こうから登ってくる人たちの姿が。
    山頂までの荒涼とした山の風景が一変し、ここは、楽しい初冬のハイキング道です。
    冬枯れた自然林。
    その下を落ち葉をカサコソと踏みしめて歩きます。
    コナラの木々の向こうに奥武蔵の山々。
    日差しまで明るくなってきました。

    藤棚山。11:40。
    ベンチがぽつんと1つ。
    遠くで犬の吠える声。
    鉄砲の音。

    道はときどき細くなり、枯葉で滑らないよう、なお注意は必要でした。
    新しい枯葉がサラサラと風に流れてくるので、踏み跡は不明瞭。
    地形を見ながら、ここが登山道だろうと判断して歩いていきました。
    奥武蔵の腐葉土は柔らかく、登山道なのかちょっと不安になってしまう箇所も。
    広い尾根の所では、案外本当に間違えたのかもしれません。

    真下に舗装道路があるところでは、木の柵で登山道がガードされていました。
    道路に転落する登山者を防ぐためなのでしょう。
    里山感が増してきたなあと思うと、しかし、ちょっとした岩場の下りがあったり、案外細いまき道があったり。
    道に変化があるので飽きずに歩いていけます。

    中登坂。12:40。
    植林帯に入り、登山道はうす暗いもののさらに安定して歩きやすくなりました。
    金比羅神社跡。13:10。
    あとはさわらびの湯へと下っていくだけです。
    あとひと頑張り。
    案外急な箇所などもあり用心して降りていくと、麓では、まだ少し紅葉が残っていました。
    墓地を越えて、さわらびの湯バス停。13:50。

    バス時刻を確認して、敷地の奥のさわらびの湯へ。
    駐車場を通り過ぎ、トイレを過ぎ、右に曲がって舗装道路をさらに進んでいきます。
    バス専用の駐車場にバスが4台停まっていました。
    山歩きのバスツアーの下山地点がここで、客が下山してくるのを待っているだけのバスもあるだろうけれど、今さわらびの湯に客が入っているバスもあるのかな?

    自動ドアを開けて入るとすぐに、「館内ただいま大変混雑しております」のアナウンスが聞こえてきました。
    靴を靴箱に。
    100円が後に返却される靴箱でした。
    券売機で入浴券を買います。
    受付には、帰るときに券を見せるシステムでした。
    階段を下りていくと、風呂場。
    予想通り、脱衣所は大混雑でした。
    しかも、脱衣所のロッカーも100円が後に返却されるロッカー。
    これは煩わしい。
    ロッカーが小さいので、ザックは入りませんでした。
    貴重品のみロッカーに入れ、ザックは脱衣所の隅に置きました。
    浴場に入ると、ここも洗い場の順番待ちでしたが、幸い、すぐに順番が回ってきました。

    露天風呂もイモ洗い状態。
    皆、顔見知りの様子で山の話をしているので、やはり山歩きバスツアーの客のようです。
    上がると、脱衣所は、やはり大混雑。
    ただ、ツアー客も含め登山客は、混雑している温泉での身の処し方が卓越している方が多いです。
    混雑しているわりに動線が確保され、ロッカーの前のベンチ、さらのその手前や、出入り口付近の空間まで人が散り、譲り合って身支度していました。
    ビールの自販機まで行列に並んで購入するのはさすがに初めての経験でした。
    缶ビール500mL390円。
    5分で飲み干し、次のバスにあわせて、さわらびの湯を出発。
    あわただしかったけれど、やはり温泉に入るとさっぱりします。
    しかし、湯上りに今日の風は冷たく、これからの季節、温泉に入るならもう1枚上着が必要だと感じる頃にバスがやってきました。
      


  • Posted by セギ at 12:40Comments(2)

    2018年12月07日

    高校数A 合同式とは何か。


    今回の学習内容は「合同式」です。

    2つの整数a、bを自然数mで割ったあまりが等しいとき、aとbをmを法として合同であるといい、a≡b(mod m)と表す。
    このような式を合同式という。

    定義は上のようにシンプルで、難しい言葉は何1つなく、込み入った論理も何1つないのですが、多くの場合、数学の授業史上一番の停滞となります。
    新課程になったばかりの頃は、「発展」として一応教科書に載っているこの内容を教える高校は多かったのですが、今は、私立高校や都立中高一貫校でも、教えない学校が増えてきました。
    あまりにも理解が進まないので、先生たちも匙を投げたかもしれません。
    苦労して時間をかけて教えても、入試にほとんど出ないですし。

    合同式を解説する難しさの1つは、具体的に説明すれば理解してもらえるとは限らず、その具体例に縛られて混乱したり誤解をしてしまう子が多いことにあります。
    それでも、具体例で説明しないわけにいきません。

    例えば整数を7で割った余りで分類することを考えてみましょう。
    7で割ると1余る数。
    こういう数には、1、8、15などがあります。
    これらは7を法として合同と言い、8≡1(mod7)と表すことができます。
    15≡1(mod7) でもあります。

    7で割ると2余る数はどうでしょうか。
    2、9、16などがあります。
    これらはこれらで、7を法として合同です。
    9≡2(mod7) 、16≡2(mod7) となります。

    あるいは、整数を4で割った余りで分類したらどうでしょうか。
    例えば、4で割ると2あまる数。
    こういう数には、2、6、10などがあります。
    これらは4を法として合同です。
    6≡2(mod4)、10≡2(mod4) と表すことができます。

    ルールの基本はおわかりいただけたでしょうか?ヽ(^。^)ノ


    ぱっと感覚的に理解できれば何も問題ないのですが、最初に上手く呑み込めないと結局最後まで何だか納得できないという感情が尾をひくことになるようです。
    それは理解力の問題ではなく、何か固定観念があり、このことの理解を阻んでいるものがあるせいなのかもしれません。

    それが何であるのか、新課程にこの単元が登場し教えるようになってから、私はずっと不思議に思っています。
    混乱は、例えば「1は7で割ると1あまる数である」ということを知らなかった、あるいは納得できない、という小さいことからも起こります。
    1÷7=0あまり1
    商は0でも良いというのは単なる知識ですが、初めて知ると、これだけでも衝撃のようです。

    自然数に限っての話でもなかなか大変なのですが、合同式は整数全体、すなわち負の数も含んで考えます。
    例えば、6で割った余りで整数を分類してみましょう。
    6で割ってあまり0。
    自然数の範囲では、6、12、18、・・・・
    6≡0(mod6)、12≡0(mod6)。
    これはもう大丈夫でしょうか?
    次に負の整数を含めて考えると、-6も-12も6で割ってあまり0の数です。
    すなわち、-6≡0(mod6)、-12≡0(mod6)。

    同様に、6で割った余りが1の数を考えれば、
    ・・・・-17、-11、-5、1、7、13、・・・・
    という数列が見えてくると思います。
    この数列に出てくる数は全て6を法として合同です。
    -5=6・(-1)+1
    -11=6・(-2)+1
    -17=6・(-3)+1
    どの数もあまりが1になるのがわかります。
    よって、-5≡1(mod6)、-11≡1(mod6)、・・・。

    これでいかがでしょうか。ヽ(^。^)ノ

    「いや、わからない。-5=6・(-1)+1って、何ですか?」
    そういう質問を受けることがあります。
    高校ではわり算の式は基本書きませんので、上のようにかけ算の式で表すのですが、それがそもそも納得できない、意味がわからないという声を聞くことがあります。
    (わる数)×(商)+(あまり)=(もとの数)
    こういう、わり算の検算の式と同じ構造ですよ、小学校3年生でやっていますよ、と説明しても、知らない、教わったことがない、と言う高校生もいます。
    習っていることなのですが、全く覚えていないようです。

    「次のわり算をしなさい。検算もしなさい」
    という問題の後半を全部見落として解いたことがない。
    あるいは、暗記した通りに検算の式を書くだけで済ませて、本当に検算したことがないので、身についた知識になっていない。
    そういうことかなと想像したりもします。

    中学の方程式の利用でも、この考え方は使っています。

    問題 37をある数で割ると商が5、あまりが2となった。ある数を求めよ。

    という文章題で、この考え方を利用します。
    ある数をxとすると、
    5x+2=37
    という式を立てることができます。
    これも、(わる数)×(商)+(あまり)=(もとの数) という検算の式を使っています。

    こう説明するとやったことがあると思い出す子もいますが、中学の方程式の文章題でも、わり算の検算の式を使用するこのタイプの問題は自力で解いたことがなく、定着しないまま高校生になってしまった子もいて、首を傾げたままということもあります。
    かけ算とわり算との関係を理解しないまま、それぞれを無関係にただ暗記し、作業手順だけ覚えてきた子の場合、合同式の理解は確かにかなりつらいものがあるのかもしれません。


    上の式の意味が一応は理解できても、-5が6で割って1余る数であるというのがピンとこない子もいます。
    そうした子は、-5は、6で割って5不足する数ととらえることならギリギリできます。
    そうです。ヽ(^。^)ノ
    整数を6で割るとき、すなわち、6を法とするとき、「1余る」ということと「5不足する」ということは、同じことなのです。
    例えば7は、6で割ると1余る数ですが、6で割ると5不足する数ととらえることも可能です。
    1も、6で割って1余る数ですが、6で割って5不足する数でもあります。
    ですから、-5は、6で割って5不足する数であると同時に、1余る数ととらえることができます。

    何年か前、大人のための数学教室では、授業はここで長い長い停滞を迎えました。
    繰り返し繰り返し同じことを説明しても、理解が深まる様子が全く見られない・・・・。
    しかし、ようやく理解してくださった参加者の発言は私には大変興味深いものでした。
    「あっ。わかった。商は何でもいいのね」
    「・・・・・・?」

    え?
    ・・・・そうですよ?
    最初から余りの話だけをしていますよ?
    割る数と余りの数だけに注目していますよ?

    そのとき、ふっと見えたのです。
    商が重要だとずっと思っていらっしゃったんだ。
    高校生がこの単元を全く理解してくれない原因もそれかもしれません。

    わり算の式を立てるとき、立てた本人は商を求めるために立てている感覚があります。
    求めているのは商だから、それが何より大切だと思ってしまうのかもしれません。
    子どもの頃から、算数はとにかく答えを出すことが大事、式なんかより答え、と思い込んでいる子は多いです。
    そういう思い込みがあると、「整数をある数でわった余りによって分類しています」と幾度説明しても、その部分を聞き流す。
    あまりがいくつであるかが大切なので、商なんか問題にしていない。
    しかし、本人は、商にしか目がいかない習慣があるので、その説明が頭に響かない・・・。
    思い込みのせいで重要な情報を聞き流す不思議な仕組みが人間の脳にはあるようなのです。
    商なんかどうでも良くて、割る数と余りの話をしています。
    しかし、それが普段の計算の常識とは異なるために、そこに立ち位置を移せない高校生は多いのでしょう。


    「あまりと不足に関する問題」は、中学受験の受験算数の単元の1つです。
    しかし、何回復習してもこの問題を解けるようにならない子がいます。
    高校生でも大人でも理解してくれないので、小学生が理解できないのは無理からぬところがあります。

    例えばこんな問題です。
    例題 4で割ると3あまり、6で割ると1不足する数のうちで100にもっとも近い数を求めなさい。

    4で割ると3あまる数は、言い換えれば4で割ると1不足する数です。
    ですから、この問題は、4で割っても6で割っても1不足する数を求めます。
    ならば、まずは4で割っても6で割っても割り切れる数を考えます。
    それは4と6の最小公倍数の12で割り切れる数です。
    100÷12=8あまり4
    12で割り切れる数で100に一番近い数は、上の式から、12×8=96であるとわかります。
    それは、上の式から100-4=96と求めることもできます。
    では、12で割って1不足する数は?
    96-1=95。
    よって、問題の答えは95となります。

    この問題、スラッと理解する小学生もいますが、幾度解説しても、何度同じ問題を解いても、全く解けるようにならない子も多いです。
    何がそんなに難しいのか教える側として疑問だったのですが、何だか少しわかった気がします。
    あの子どもたちも、あまりや不足に着目するより、商のことばかり考えてしまうのかもしれません。
    4で割って3余るということは1不足するということ。
    しかし、その言い換えをするときには商が変わるだろうに、それを無視する姿勢が理解できない。
    商が変わればそれは同じ計算ではないのに、同じだと言っている神経が理解できない。
    そもそも、商を無視して、余りだ不足だばかり言っている姿勢が理解できない。
    そういうことなのでしょうか?

    「あまりと不足」に関する問題が解けない小学生たちは、こんなふうに思っているのかもしれません。
    「算数の問題を解くって、そういうことじゃないでしょう!」
    「式を立てて、計算して、答えを出すんでしょう!」
    「商が問題の答えでしょう!」
    「算数の問題はそうでなければならないよ!」

    子どもたちの無言の中に、実はそんな心の抗議があったのでしょうか?
    しかし、それはあまりにも頭が硬い。
    ガチンゴチンです。
    子どもの頭というのは大人がびっくりするくらい石頭で、妙な思い込みに凝り固まっているものですから、そのように頑固でも驚くに値しませんが。

    でも、1つ言えること。
    子どもの石頭は一度割ることに成功すれば、そこからは柔軟です。
    新しい考え方を受け入れ、無限に伸びていきます。
    子どもには、それだけ成長する力、生命力があります。

    高校生は、どうでしょうか。
    硬い頭をやわらかく。
    商なんてどうでもいいから、余りによって整数を分類する。
    ある数で割って、同じ余りである数は、その数を法として合同な数。
    合同式は、それさえ理解できれば、そんなに難しくありません。

      


  • Posted by セギ at 13:43Comments(0)算数・数学

    2018年12月02日

    中3英語 関係代名詞その2 which


    前回扱ったのは、関係代名詞 who を用いた文でした。

    I have an aunt who lives in New York.

    それに対して、今回扱うのは、関係代名詞 which を用いた文です。
    まずは2文で考えてみます。

    I will show you the pen. It was given to me by my uncle.
    あなたにペンを見せましょう。それは、私のおじさんからもらったものです。

    これを「私のおじさんからもらったペンをあなたに見せましょう」という意味の英文にすると、

    I will show you the pen which was given to me by my uncle.

    となります。
    作り方の基本は、who のときと同じですね。
    先行詞(修飾される名詞)がきたら、関係代名詞。
    名詞を修飾する2語以上の意味のまとまりの語句は、名詞の直後に置くのが英語のルールです。


    The dog is Mike's.  It is running over there.

    これを「向こうで走っている犬は、マイクのです」という文にすると、

    The dog which is running over there is Mike's.

    先行詞である dog がきたら、すぐに関係代名詞。
    主節をいったん停止して、関係代名詞節。
    関係代名詞節が終わったら、停止していた主節に戻る。
    このルールをしっかり理解して活用できるようになれば、大丈夫です。

    ところで、who と which との使い分けは?
    これは簡単です。
    先行詞が人ならば、who。
    先行詞が、人以外。すなわち物や動物であれば、which。
    この使い分けで苦労する人はあまりいないと思います。

    上の例文を見ていて、勘の良い子は気づくのですが、関係代名詞と分詞は使い方が似ています。
    「これ、分詞で良くね?」
    と英語の得意な子から質問されたりします。
    そうです。
    関係代名詞を用いた文と分詞を用い文との書き換え問題は多く出題されます。

    問題 次の文がほぼ同じ意味を表すように空所を埋めなさい。
    (1)I will show you the pen given to me by my uncle.
      I will show you the pen (  ) (  ) given to me by my uncle.
    (2)The dog running over there is Mike's.
      The dog (  ) (  ) running over there is Mike's.
    (3)I have an aunt living in New York.
    I have an aunt (  ) (  ) in New York.

    なーんだ、簡単だ。
    (1)は、which is
    (2)は、which is
    (3)も、which is

    ・・・こんな答案を書いてしまっていないでしょうか?
    これ、正解なのは、(2)だけです。

    こんな答案を書いておいて、
    「ひっかけだ!」
    と抗議する子がいるのですが、こんなのはひっかけではありません。
    違うパターンがくるのが当たり前なのに、その予想が立っていない。
    予見性が足りないのです。

    「1つの大問は同じパターンの問題が延々と続く」という思い込みから脱却しましょう。
    普段、そういうドリル的な英文練習帳でも解いているのでしょうか?
    そういう頭を使わない練習は、それでパターンを理解できるという効用もありますが、「英語なんてそんなもの」という間違った思い込みを助長する弊害も大きいのです。

    頭を使わない作業を勉強時間からなるべく排除することが大切です。
    頭を使わない作業とは、例えば、単語のスペル練習といえば、ただ10回ずつ書く作業。
    書き終わってその単語を覚えているかというと、全く覚えていない。
    なのに勉強した気になっている。
    頭を使わない作業は、そういう弊害の大きい勉強方法です。

    単語練習は回数が問題ではありません。
    自分にテストする気持ちで書くなら、1回でもいいのです。
    1回で書けなかった単語は、何回でも、何も見ないで書けるか、自分を試します。
    そして、全部書けると思ったら、もう一度、最初の単語から自分にテストをします。
    それで書けなかったら、再度練習し、またテスト。
    これの繰り返しで、全ての単語が書けるまで自分をテストします。
    実際のテスト問題を解くためには、普段の勉強も頭を使い、テスト形式の勉強が常態であることが望ましいのです。


    1回間違えて解き直すときには、少し慎重になる子は多いです。
    関係代名詞とbe動詞の形が少しずつ違うのかな?
    では、
    (1)は、which was
    (2)は、which is
    (3)は、who is

    (1)は正解になりました。
    おじさんからペンをもらったのは過去ですから、be動詞は過去形にしますね。
    しかし、(3)は、まだ課題があります。

    I have an aunt (who) (is) in New York.

    うーん・・・。
    意味から考えれば、間違いではありません。
    入試なら別解として正答扱いになるかもしれません。
    しかし、そのように審議の対象となる別解ではなく、ど真ん中の正答を出したい。
    どうせなら、上の文と同じ動詞を使いたいものです。
    同じ動詞 live を使うとどうなるでしょう?

    「あ。わかった。 I have an aunt (who) (living) in New York.」

    ・・・それは明らかな間違いです。
    審議の対象にすらならない、完全な誤答です。

    この問題の誤答パターンは他に、
    I have an aunt (is) (living) in New York.
    と。苦し紛れに who を省略する子もいます。
    しかし、主格の関係代名詞は省略できません。

    正解は、
    I have an aunt (who) (lives) in New York.
    です。
    分詞を用いた文が living となっているのは、現在分詞の形容詞的用法だからであって、進行形として使っているのではありません。
    live という動詞は状態動詞。
    一時的に住んでいるという意味のとき以外は、進行形にしない動詞です。
    だから、関係代名詞節の中では、進行形にせず、現在形で表します。

    しかし、そのことに気づかない子は多いです。
    本当は、I have an aunt (who)(is)(living) in New York.
    としたいのに、( )が2つしかないので、何かを省略しようとして、間違ってしまうのです。


    繰り返しますが、英語の問題は、1問1問、微妙にパターンが変わるのが普通です。
    同じパターンが続くことのほうが珍しいのだと認識するだけで、問題を解く際の覚悟が違ってくると思います。
    勉強している間は思考停止せず、気を緩めずに考え続けましょう。
    ミスの多い人は、大問1つは丸ごと同じパターンだと思いこんで雑に解いていないでしょうか?
    (1)がこうだったから(2)や(3)もこうだと思った、という謎の思い込みをしていないでしょうか?
    そのあたりの意識を変えるだけでも、英語のテストの得点は劇的に変化します。


      


  • Posted by セギ at 16:43Comments(0)英語

    2018年11月30日

    数A「整数の性質」に関する証明問題。


    数A「整数の性質」の学習の続きです。
    いよいよ難しいところに入ってきました。
    例えば、こんな問題です。

    問題 自然数aとbが互いに素であるとき、a+2bと3a+5bも互いに素であることを背理法を用いて証明せよ。

    問題を解く前に解決すべき点が2つあります。
    「互いに素」とは何なのか?
    「背理法」とは何であるか?

    「互いに素」は、今回初めて学ぶ内容です。
    定義はこうです。
    2つの整数a、bの最大公約数が1であるとき、aとbは互いに素であるという。
    うわあ、これだけでは何を言っているのかわからなーい。

    例をあげて考えてみましょう。
    例えば、15と28について考えてみます。
    素因数分解すると、
    15=3・5
    28=2・2・7
    それぞれの素因数の中に共通のものがありません。
    この場合、15と28の最大公約数は1となります。
    このように、共通の素因数を持っていない関係が「互いに素」です。
    これは今回だけ出てくる内容ではなく、この先、不定方程式を解く際にも使用します。

    では、「背理法」とは何でしょうか?
    これは、数Ⅰ「数と式」の単元で学習しました。
    高校生に、「何か数学でわからないところはある?」と質問すると、
    「背理法がわからない」
    という答えがすぐ返ってくるほど、もう圧倒的にわからないところのようです。

    背理法は、証明すべき結論をまず否定します。
    その否定を根拠に論を進めていくと、しかし、矛盾が生じます。
    矛盾が生じたのは、根拠が間違っているからです。
    否定したから、矛盾が生じた。
    これは否定してはいけない内容だった。
    だから、結論が正しいことが導かれる。
    そういう証明方法です。

    こういう論理の進め方が肌に合わない人もいるようです。
    「だって、さっき結論は否定したのに、何で結局それでいいことになったの?」
    と、論理展開に追いついていない反応もあれば、
    「矛盾が生じたからといって、間違っているとは限らないんじゃないの?」
    という懐疑にとりつかれてしまう子もいます。
    矛盾は抱えつつも、一概に間違っているとは言えないのでないか、と考えてしまうようです。
    「否定すると矛盾が生じるから、否定は間違っているのだというところまではわかる。でも、だから、肯定する、というのがわからない」
    と言う子もいます。
    否定が間違っているのなら、肯定は正しい。
    そうとは言い切れないのではないか?
    否定も間違っているが、肯定も間違っている可能性もあるのではないか?
    肯定と否定との間に「隙間」を感じてしまい、気になってしまう・・・。
    気持ちはわからなくもありません。
    しかし、否定も肯定も間違っているって、どんなことなのでしょう。
    有理数でなければ、無理数。
    そのような単純な二択に絞り込めることで利用するのが、背理法です。

    そうした悩みはないけれど、実際に問題を解くことに悩んでいる高校生も多いです。
    背理法の論理の構造は理解できるけれど、実際に何をどうやって矛盾を指摘すれば良いのか自力で発想できないというのです。
    こうした子は、実はかなり優秀です。
    そんなのは初学者なんだから当たり前で、典型題のテクニックを自分のものとして蓄積していく以外に方法はありません。
    1題2題解いたくらいで背理法を自力で操れるようになるわけがありません。
    学校の定期テストで背理法の証明問題が出題される場合は、典型題ばかりです。
    有理数・無理数に関する問題などが大半ですね。

    さて、話を戻し、もう一度上の問を見てみましょう。
    これを背理法で証明するのですから、まず結論を否定した仮定を立てます。

    a、bが互いに素であるとき、a+2bと3a+5bは互いに素ではないと仮定する。
    互いに素ではないということは、1より大きい最大公約数が存在するということ。
    つまり、共通因数があるということです。
    その1以外の最大公約数を自然数gで表します。
    他に、k、L(本当は小文字で表しますが、ネットでは1と区別がつきにくいので大文字にしました)を自然数とすると、
    a+2b=kg ・・・①
    3a+5b=Lg ・・・②
    と表すことができます。

    さて、上の仮定を突き崩し矛盾を指摘するのですから、これを用いて、aとbが互いに素ではないことを示せば良いのです。
    では、とりあえず、連立方程式のようにして、a、bについて解いてみましょう。
    共通因数が出てくれば、aとbは互いに素ではないことになりますね。

    ①×3-②
      3a+6b=3kg
    -)3a+5b=Lg
           b=g(3k-L) ・・・③
    ①×5-②×2
      5a+10b=5kg
    -)6a+10b=2Lg
      -a    =g(5k-2L)
            a=g(2L-5k) ・・・④

    おや?
    ③、④より、aとbは、gという1以外の共通因数を持つことになります。
    これは、aとbが互いに素であることに矛盾します。
    何でこんな矛盾が生じたのでしょう?
    それは前提とした仮定が間違っていたからです。
    「aとbが互いに素であるとき、a+2b、3a+5bは互いに素ではない」という仮定が間違っていたのです。
    したがって、aとbが互いに素であるとき、a+2b、3a+5bも互いに素です。

    これが背理法による証明です。

    「そんなの、gという共通因数を勝手にあることにしたからこうなったので、gが残るのが当たり前。こんなのインチキだ」
    と、どこかで思考がねじれてしまうかもしれませんが、落ち着いて、式の1行1行を読み飛ばさず見ていくことが大切です。
    gが残るのは、当たり前ではありません。
    消えるかもしれなかったのです。
    でも、残ってしまった。
    それは、仮定に矛盾があったからです。
    a+2bと、3a+5bには、初めから、共通因数gなど存在しなかったのです。

    とはいえ、やはり難しいですね。
    1回目の学習で難しかったら、しばらく放置しておくのも1つの手です。
    次に復習するとき、案外、スルッと理解できることもあります。
    最初は脳が慣れていなかった。
    ただそれだけのこと。
    そんなこともありますから。


      


  • Posted by セギ at 12:21Comments(0)算数・数学

    2018年11月28日

    英語中3 関係代名詞。


    さて、今回は、関係代名詞です。
    まずは、こんな文から。

    I have an aunt.  She lives in New York.
    私には叔母がいます。彼女はニューヨークに住んでいます。

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾するようにして1文にできないでしょうか?
    つまり「私には、ニューヨークに住む叔母がいます」という文を作りたいのです。
    このときに使うのが、関係代名詞です。

    I have an aunt who lives in New York.

    修飾される「叔母」という名詞を書いたらすぐに2個目の文を続けます。
    しかし、そのまま続けてもつながりませんから、she を who という関係代名詞に変えます。
    関係代名詞は、she という代名詞の働きもしますし、前の名詞を修飾するという働きを示しながら2文をつなぐ働きもできるのです。
    ここまでが、基本。

    では、こんな文ではどうでしょうか?

    The man is Mr.Tanaka. He is talking to my sister.

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾する文、すなわち「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文にしたいとき。
    以下のようになります。

    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    「私の姉に話しかけている」という修飾語は、「男性」にかかります。
    修飾語が2語以上の意味のまとまりであるとき、修飾される名詞の直後に修飾語を置くのは英語の原則。
    だから、上のように、man の直後に who is talking to my sister がきます。
    この文を作れない。
    あるいは、この英文の意味を取れない。
    関係代名詞が苦手な子の第一関門がこれです。

    関係代名詞節に修飾される名詞を「先行詞」と呼びます。
    先行詞が来たら、すぐに関係代名詞。
    主節を一旦停止して、関係代名詞節。
    授業では繰り返し繰り返しその話をして、補助しながら英文を作って、練習して練習して、これで大丈夫と私は思っていても、翌週、その子の解いてきた宿題の答えは、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    と誤答していて、天を仰ぐこともあります。

    勉強が全部簡単だといいのになあ。
    英語がもっと簡単だといいのになあ。
    小学校の低学年の頃のように、何も考えなくても正解が見えた時代に戻りたい。
    あの頃の「勉強のできる自分」と「易しい勉強」。
    あれが、本来の姿であるべきなんだよ。

    そういう願望でもあるのではないか?

    そう勘繰りたくなるほど、幼稚で雑なことをやってしまう子がいます。
    全部1つのパターンで問題を解いてしまうのです。
    説明したルールの複雑なところを省略して、幼稚に簡略化したルールで解いてしまいます。

    上の例で言えば、「先行詞の直後に関係代名詞節」という正しいルールを教えても、それは忘れてしまい、第1文を全部書いて、その後 who を書いて、第2文。
    そんな単純なルールにすりかえてしまうのです。

    小学校低学年の頃には勉強ができたのに、学年が上がるにつれてどんどん出来なくなっていく子の多くはこういう子です。
    1つには、小学校低学年の頃の成功体験の悪影響があるのかもしれません。
    高学年になっても、中学生になっても、小学校低学年のような解き方をしてしまうのです。
    頭を使わない、とても単純な解き方をしてしまいます。
    いつまでもそれが通用すると思ってしまう。
    ・・・というよりも、他の解き方ができない。
    他の解き方を知らない。
    「考えて取り組む」ということが実感としてよくわかっていない様子の子が多いです。

    難しいことを理解するのに本当に苦労している・・・。
    それなら仕方ないのですが、そんなふうには見えない子が、ものを考えることができず、凡庸な成績で低迷しています。
    関係代名詞のルールなんてそんなに難しいものではないのですが、そういう子にとっては、それですら複雑過ぎて不愉快らしいのです。
    でも、スポーツでもゲームでも、もっと複雑なルールのものは沢山ありますよね。
    それは受け入れるのに、勉強の難しさ、英語の難しさは受け入れない。
    サッカーをするのに「手を使わなきゃ何でもいいんだろ?」なんて把握をしたらバカにされます。
    同じことを勉強でやっているのに、気づかない。
    勉強は自分が思うよりも複雑なものだと認識を改めれば成績の上がる子は多いと思います。

    関係代名詞に話を戻しましょう。

    先行詞がきたら、関係代名詞。
    これが正しいルールです。
    そのため、主語を修飾する関係代名詞節が挿入されれば、主節をいったん分断することになります。

    「え?先行詞って何?」
    「・・・だから、修飾される名詞のことですよ」
    「え?修飾って何?」
    「・・・」

    修飾というのは、その名詞をより詳しく説明することです。
    「男」とどんな男なのか?
    男だけでは漠然としています。
    向こうを歩いている男ではなく、あそこで立っている男でもなく、私の姉に話しかけている男のことですよ。
    これでより詳しくなり、誰のことか限定されました。
    この働きを修飾、といいます。

    こういう説明が不思議なほど頭に残らない子もいます。
    分詞の学習の際に説明したばかりなのに、また同じ質問をするなあと不可解に感じることがあります。
    しかし、本人が、日本語でも修飾語を使うことがないようでは、無理もないのかもしれません。
    文は、主語と述語だけ。
    修飾節を含む文など、口にしたことも書いたこともない。
    それなのに、母国語でもない英語で、こんなにきちんとした修飾節を含む文を作らねばならない。
    これは厄介かもしれません。
    本人の日本語能力を越える英文は作れない。
    そういう根本の原因もあると思います。

    しかし、それで諦めるわけにはいきません。
    英語で複文を作ることにより、日本語で複文を作れるようになるといいなあと思います。
    こういう文の構造を知ることにより、日本語の能力も高まる。
    外国語を学ぶのには、そういう効果もあるのですから。

    ところで、先ほどの誤答、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    では、なぜダメなのか?
    Mr.Tanaka のような人名や地名などを「固有名詞」といいます。
    英語では文中でも大文字で始める名詞です。
    固有名詞には、修飾節はつきません。
    日本語に訳してみるとわかります。
    「その男性は、私の姉に話しかけている田中さんです」
    違和感があります。
    別の田中さんもそこらへんにいるような気がします。
    作りたかったのは、「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文だったはずです。
    これでは、意味が違ってきます。

    実は、
    The man is Mr.Tanaka , who is talking to my sister.
    という英文なら存在します。
    「その男性は田中さんで、私の姉に話しかけています」という意味です。
    でも、それは、高校英語で学習すること。
    中3の段階では、「固有名詞は先行詞にならない」。
    そう思っていて大丈夫です。


    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    自分で作るのではなく、この英文がポンと出てきたときに、意味がわからない、構造が読み取れない、と悩む子もいます。
    どこで切れるのかわからない、というのです。
    慣れるまでは、2個目の動詞に注目し、その前で切るのが1つの作戦です。
    2つの文が1つの文になっているのですから、動詞は2個あります。
    上の文は、2つともis ですね。
    2個目の is の前で文をいったん切って、意味を考えてみます。

    The man who is talking to my sister
    私の姉に話しかけている男性

    それがどうしたのかな?

    is Mr.Tanaka.
    は、田中さんです。

    というように区切ると、意味が見えてきます。

    一般動詞の文の場合は、動詞の前に頻度の副詞が入っていることなどもありますが、その程度のことは自分で微調整できるでしょう。
    基本は2個目の動詞の前で区切って考えてみる。
    それで随分スッキリすると思います。

    関係代名詞は、中学の文法でちょろっと出てくるだけのものではありません。
    高校のコミュニケーション英語では、関係代名詞が1語も出てこないページを探すのが逆に難しいくらい頻繁に使われるものです。
    ここを理解しておかないと、この先、ちょっとやばいぞ。
    そのような緊張感で取り組みたいですね。

      


  • Posted by セギ at 12:23Comments(0)英語

    2018年11月26日

    丹沢大山を歩きました。2018年11月。


    2018年11月25日(日)、丹沢大山を歩きました。
    前回歩いたのは、2012年。
    でも、このときは、金比羅尾根から登り、北尾根を降りています。
    登山道ではない尾根歩きでした。
    今回のコースを前に歩いたのはいつだったか記録を調べたら、2006年に遡りました。
    というわけで、12年ぶりの表参道です。

    三鷹7:33発の中央特快に乗り、新宿で小田急に乗り換え。
    伊勢原着8:55。
    駅前のバス停は既に長蛇の列でした。
    バスは大山ケーブル下までの臨時直通便がガンガン出ていました。
    バスの中は地元出身の落語家さんの軽妙な案内が放送されています。
    まずは小噺を披露。
    面白いサービスです。

    直通バスは20分で大山ケーブル下へ。
    バス停前に大きなトイレがあり、支度をして、さて出発です。9:25。
    まずは「こま参道」の石段道を登っていきます。
    両側に食堂や土産物屋が軒を並べる道です。
    シイタケや柿の直売。
    おせんべい屋さん。
    きゃらぶき専門店。
    1軒1軒個性があって面白いです。
    石段を数段上がるとしばらく平らになり、また石段を数段。
    両側の店を眺めながら、飽きずに歩いていき、店が尽きて左手の橋を渡ると、ケーブルの券売所がありました。
    ケーブルカーに乗る人の大行列で、列を横切って登山道に入るのに苦労するほどでした。
    ケーブルカーに乗るまで、何十分かかるのだろう?
    乗ってしまえば6分で下社まで上がれるそうです。

    ここから、本格的な石段道が始まりました。
    最初はよく整備されている石段ですが、だんだん石の配置が雑になり、石がごつくなり、段差も急になっていきました。
    おや、鹿だ。
    階段脇の草地で草を食べていました。
    こんな麓まで下りてきています。
    観光客に混じって、私も鹿の写真を撮影。
    そうした人々に怯える様子もなく、むしゃむしゃと草を食べる鹿。
    丹沢の鹿は、いつ見ても態度がでかいです。
    奥多摩の鹿は、人を見るとぎょっとし、目を丸くしてUターンするのですが。
    ハンターに遭遇した経験の差異というものでしょうか。

    さて、延々と続く石段道を登っていきます。
    登山客と観光客と半々。
    でも、案外人の流れはスムーズです。
    というより、こんなに速いペースで石段を登ったらバテるのでは?
    観光客は、案外歩くのが速い気がします。
    がむしゃらに登って疲れ果てて、もう2度と行きたくないと言う人は、歩くペースに問題があることが多いのです。
    もっとゆっくり歩けば、息も切れないし、休憩もあまり必要ないので、結局がむしゃらに登るのと同じくらいの時間で上まで着くのですが。

    男坂と女坂との分岐に着きました。
    久しぶりなので、女坂で様子を見ることにしました。
    とはいえ、女坂も、ごつごつした不ぞろいな石段が続きました。

    大山寺。10:00。
    本堂まで、よく整備されたまっすぐな石段道が続きました。
    石段に両側から覆いかぶさるカエデ。
    紅葉の盛りは過ぎて、黒ずんだ濃い赤になっていましたが、これだけの量があるとやはり壮観です。
    上の写真がそれです。

    本堂の右手から登山道はさらに上に伸びていきます。
    再びごつごつした不ぞろいな石段道。
    歩荷のお兄さんを前方に発見。
    この石段を登るのは、バランス面でも難しいでしょう。

    阿夫利神社下社。10:25。
    前に来たときと比べるとびっくりするくらい整備され、古びた茶店が、カフェとラーメン屋に変わっていました。
    観光化の波が山の中腹まで押し寄せてきている印象です。
    ベンチに座ってちょっと休憩。
    見上げる紅葉は、昔と変わりません。

    さて、「登山道」という看板に従い、まずは急な石段を登っていきます。
    登りきると、ここまでのオール石段道から、石段+登山道に道は変化しました。
    下社を1丁目、頂上を28丁目とする古い石柱が立てられています。
    すぐに次の石柱が見えてくるので、励みになります。
    ときどき眺望が開け、座り込んで休憩している人も多くなってきました。
    8丁目夫婦杉。
    10丁目大杉。
    21丁目富士見台。11:15。
    晴れの予報でしたが、地平線付近は雲が多く、富士山は見えませんでした。
    ベンチで休憩。

    隣りの家族連れの男の子が、
    「YouTube少し見ていい?」
    と親に問いかけていました。
    お母さんは苦笑して、
    「それは、帰りの電車で見ようね」

    少しの休憩に、YouTubeを1本見たくなる。
    うーむ。今どきの子どもですね。
    そう言えば、昔、やはりこの大山の山頂で、
    「驚いた。〇〇さんの子どものザックの中、『ハリーポッター』が入ってた」
    「ええ?あんな分厚い本を担いできたの?」
    という会話を聞いたのを思い出しました。
    ハリーポッターの何作目かが発売された直後の日曜日でした。
    親とのつきあいで山に来なければならないが、ハリーポッターは読みたい。
    せめて山の行き帰りはハリーポッターを読みたい。
    休憩時間や山頂でもハリーポッターを読みたい。
    そういう気持ちが分厚い本を担いでの山歩きになったのだろうなあと感心したので、よく覚えています。

    あの頃にはもう、子どもが本を読まなくなったとは言われていたけれど、ハリーポッターはベストセラーでした。
    本など読みそうにない生徒から、
    「え?先生、『バッテリー』を知らないの?何で?」
    と驚かれたこともあります。
    今の子どもから、本の話を聞くことは本当に少なくなりました。
    ふと振り返ると、時代は流れているなあ。

    25丁目ヤビツ峠分岐。
    青い鳥居は銅製とのこと。
    丹沢大山は山頂付近は案外平らで、最後のきついひと登りというのがありません。
    山頂の阿夫利神社の建物が見えてきました。
    28丁目山頂。12:00。
    ちょうどお昼どきでもあり、山頂は大混雑でした。
    神社の裏側に回り、ベンチが偶然1つ空いていたので、そこで昼食。
    関東平野が広く見晴らせました。
    今日もお昼はカップラーメン。
    周囲もお湯を沸かしてカップラーメンを作って食べている人が大半です。
    通りかかる人が、
    「わあ、いい匂いがするなあ」
    「お腹空いたねえ」
    とキョロキョロと周囲を見回し、レジャーシートを敷く場所もないほど満員なのにがっかりして先に進んでいきました。
    大丈夫。
    この先にも、まだ休憩できるところはあるよー。

    さて、下りは少し遠回りして、雷の峰尾根を歩きます。
    昔、この道は土がむき出しで滑りやすく、歩きにくいところも少しあった記憶があります。
    今は、木段・木道が完全に整備されていました。
    歩きやすくなったせいか、人も多いです。
    山頂に来た人の大半はこの道を下るのだろうか?というくらいの大行列で下っていきました。
    この道は、本当は独りしみじみと歩きたいなあ。
    こんな観光シーズンに来たらこうなるのは仕方ないので、初冬の頃とか平日とか、時期を変えてまた歩きたい道です。
    ときおり樹間から、ケーブル沿いの紅葉の道が見下せたり、相模湾が見えたり。
    眺望は素晴らしい道でした。

    見晴台。13:25。
    ここはテーブルとベンチが並ぶ広い休憩適地で、久しぶりに来てもこの場所の記憶はすぐによみがえりました。
    この先は、直進すると日向薬師へと向かう関東ふれあいの道。
    ここで、右にV字を描いて曲がり、下社に戻りました。
    崖っぷちの平坦な道がずっと続いていました。
    崖側にワイヤーが3本平行に張られていました。
    延々と下社までワイヤーは続きました。
    崖っぷち道が基本嫌いな私の感覚でも道幅は十分過ぎるほどで、こんなワイヤーは不要だろうという気がしたのですが、どんどん歩いていくと、意外なほど多くの観光客とすれ違います。
    この道を歩いても観光的には面白いところはないのですが、下社から平坦にこの道につながっているので、ふらっと入ってきてしまう人が多いようです。
    途中、2段の細い滝があります。
    滝が龍のように蛇行し、傍にある社の狛犬も龍のブロンズ。
    足を伸ばすとしてもここまでで、その先は本当に何にもないのに、観光客がその先にうっかり進んで滑落事故を起こしたことがあったのかもしれません。
    「道悪い」の古い看板が残っていますが、橋のような立派な桟道がつけられていて、道は別に悪くない。
    山の観光化と滑落事故と過剰整備と。
    そんなことを思いながら、下社まで戻ってきました。13:55。
    ここは、午後も大盛況でした。

    ケーブルで上がり、徒歩で下りる。
    観光客はそうする人も多いのですが、体力的には楽でも技術的には難しいのが下りです。
    石段には手すりや鎖のついているところが多いですが、ないところもあります。
    そういうところでは、しゃがみこんで手をついて石段を下りている観光客もいました。
    足許が不安定な年齢になると、この石段の下りは怖いですね。
    私もトレッキングポールを出しました。

    大山寺。
    石段の灯篭にローソクが灯っていました。
    紅葉シーズンは、夜になるとライトアップされるそうです。
    それを目当てにか、午後もどんどん人が登ってきていました。

    下山。14:40。
    こま参道を下り、バス停へ。
    すぐにバスに乗車できました。
    発車し、道路を下っていくバスは、こちらに向かってくるバスと次々にすれ違いました。
    どれだけ増発してもきりがないほど大盛況の丹沢大山でした。
    こういうのも嫌いじゃないけれど、静かな時期にまた来ようと思います。
    これから、どこの低山も冬枯れの良い雰囲気に変わっていきます。
      


  • Posted by セギ at 13:34Comments(0)

    2018年11月23日

    高校数A「整数の性質」公倍数・公約数に関する問題。



    今回も高校数A「整数の性質」。
    「最小公倍数・最大公約数」の性質について。
    例えば、こんな問題です。

    問 最小公倍数が144、積が864である自然数の組(a,b)をすべて求めよ。ただしa<bとする。

    まずは受験算数の解き方で解いてみます。
    2つの数aとbの連除法をイメージした図を描いてみます。

    ☐) a b
      A B

    ☐は、最大公約数です。
    本来、共通に割れる数で何段階にも割っていったものの積が最大公約数ですが、一気に最大公約数を見つけたのなら、こうして一段で連除法が終わっても良いでしょう。
    連除法のこの図からわかるように、最小公倍数は☐×A×B。
    問題によれば、これが144なのですから、
    ☐×A×B=144 ・・・① となります。
    さらに、上の図から、
    a=☐×A。
    b=☐×B も読み取れます。
    よって、2数の積は、
    a×b=☐×A×☐×B。
    問題によれば、これが864ですから、
    ☐×A×☐×B=864 ・・・② となります。
    ①、②より
    ☐=864÷144=6
    ①に代入して、6×A×B=144 となりますので、
    A×B=144÷6
    A×B=24
    AとBとはもう公約数はないのですから、候補としては、
    1と24、または3と8でしょう。
    2と12や、4と6は、まだ共通に割り切れる数があるので、上の連除法の図に当てはまらなくなってしまいます。
    よって、A=1、B=24のとき、a=6、b=144。
    A=3、B=8のとき、a=18、b=48。 
    よって、(a,b)=(6,144),(18,48)
    これが答えとなります。

    高校数Aの解き方もこれと同じで、小学生よりも少し大人っぽく文字を使用するだけです。

    まず、aとbとの最大公約数をgとすると、
    a=ga'
    b=gb'と表すことができます。
    (a'、b'は互いに素な自然数で、a'<b')
    最小公倍数から、
    ga'b'=144 ・・・・①
    また、積が864だから、
    ab=864
    よって、ga'gb'=864・・・・②
    ②÷①より
    g=864÷144=6・・・・③
    ③を①に代入して
    6a'b'=144
    a'b'=24
    となります。
    a'とb'は互いに素な自然数で、a'<b'ですから、
    (a'、b')=(1、24)、(3、8)です。
    それぞれ6倍して、
    (a、b)=(6、144)、(18、48)


    解き方は小学生も高校生も同じです。
    連除法を知らないと、論理展開についていくのが少しつらいかもしれません。
    自然数を他の自然数の積の形として見ることに慣れていると楽に解けます。
    これは、計算の工夫の上でも必要な感覚ですが、自然数が他の自然数の和に見える「和の感覚」だけでなく、自然数が他の自然数の積の形に見えている「積の感覚」が身についていると、こうした問題は楽に解けると思います。
    簡単に言えば、15=3×5 という形に見えていること。
    因数分解した形が常に見えているということです。

    これは中3の「平方根」の単元でも重要な感覚です。
    例えば、
    √45×√40
    =3√5×2√10
    =3・2・5√2
    =30√2
    という計算は、この「積の感覚」があるからできることです。
    この感覚が育っていないため、
    √45×√40
    =√1800
    ここで、素因数分解の筆算をして、
    =30√2
    という形でしか計算できない子は案外多いです。
    どちらでも正しい答えを導けますが、上の解き方のほうが暗算がやりやすく精度が高いです。

    小学校4年生で学ぶ「計算のきまり」という単元も、この「積の感覚」があると、工夫を思いつきやすいです。
    問題 12×25 を工夫して計算しなさい。
    そう言われても普通に筆算することしか思いつかない、工夫を考えている時間に筆算できるのに・・・という子が案外多いのです。
    12×25
    =3×4×25
    =3×100
    =300
    というのが、期待されている工夫です。
    小学4年生がこの単元で習得することを期待されているのは、表面的には「交換法則」と「分配法則」ですが、交換法則をより効果的に利用するには、このように自然数を積の形に分解できることが必要となります。

    この「積の感覚」は、教わっていなくても自然と身についていることも多いのですが、教わっても身につかないこともあります。
    言われればわかるけれど、自分で思いつくことはできないようです。
    1つには、算数というのは、もっと単純に1つの解き方に統一されるべきなのだという思い込みがあるのかもしれません。
    色々な解き方があるというのが好きではない。
    色々覚えなければならないのは面倒だから、そういうのはやめてほしい。
    そういう気持ちが根底にあるような気がします。

    だから、どれほど教わっても進んで活用しようという気持ちになれない。
    一応は理解しても、そういう「他の解き方」というのが好きではない。

    私はいついつまでも、地道に計算します。
    それ以外のことを勧められても迷惑です。

    中学3年で「平方根」を学習する頃には、すでにそのように凝り固まってしまう子も多く、上の解き方を説明しても、
    「いいの!私はこのやり方じゃないとわからないの!」
    と拒絶されたこともあります。
    作業手順だけを暗記しているので、他のやり方を勧められても混乱するからやめてくれ、という気持ちだったのでしょう。
    「他の解き方」が好きではないのは、それを理解する余裕がなくなっていることの表れであり、算数・数学がわからなくなってきているサインととらえて良いと思います。
    全ての単元に共通する数理の根本がわかっていないので、1つ1つの単元ごとの解き方を別べつに暗記するしかなく、それがとても苦しくなっているサインではないかと思うのです。

    気持ちに余裕がなくなっている。
    それは計算が速い遅いの話とは違います。
    精度の話ともまた違います。
    計算は遅いし、計算ミスも多いけれど、気持ちに余裕のある子はいます。
    考えるのにとても時間がかかるけれど、考え続けることはできる。
    表面的なテストの点数はともかく、「他の解き方」を受け入れられる。
    そういう子はいずれ開花するので、あまり心配はいらないのです。


      


  • Posted by セギ at 12:22Comments(0)算数・数学

    2018年11月21日

    英語能力指数 日本は非英語圏で49位とのこと。


    先日、EF EPI 英語能力指数2018年のスコアというものが発表されました。
    日本は、非英語圏88か国中で49位。
    アジア21か国中で11位。
    5段階で下から2番目の「低い」だそうです。
    2011年は44か国で14位。
    2012年は54か国で22位。
    2013年は60か国で26位。
    2014年は63か国で26位。
    2015年は70か国で30位。
    2016年は72か国で35位。
    2017年は80か国で37位。
    そして、
    2018年は88か国中で49位。
    参加国が年々増える中で、どんどん日本の順位が下がっています。
    5段階判定では、2015年までは真ん中の「標準」でしたが、最近3年は下から2番目の「低い」に陥落とのことです。

    こういう記事を新聞やネットで見ますと、さあ大変だ、日本の英語教育はやはり方向が間違っているのだと、つい思ってしまうのですが、ここで落ち着きたいと思います。
    そもそも、このテストはどういうものなのでしょうか?
    それを知らないうちは、何とも言えません。

    EF EPIテストは、誰でもインターネットですぐに受けることのできる無料の英語テストです。
    昨年、日本では数千人が受検。
    日本の受検者は二十代が多いとのことです。
    どんなテストなのだろう?
    今回、私も試しに受けてみました。

    テスト内容は、リーディングとリスニング。各25分。
    それぞれ大問が3題あり、それを25分で解く形式でした。
    まずはリーディング。
    英文の書体の読みにくさに、ちょっと驚きました。
    昔の英文タイプのような書体です。
    ネットでは少し読みにくい。
    目が慣れるまで時間がかかります。

    問題の難度はどうか?
    例えばTOEICならば、易しい問題から始まり、徐々にレベルが上がっていきます。
    だから、前半の問題で得点することが可能です。
    英検ならば、級ごとに問題が作られ、それぞれのレベルの問題が出題されます。
    EPIテストは最初からマックスのレベルでした。
    同じ難度の英文が3題。
    リーディング問題は、大学のセンター試験よりも難しいです。
    国公立大学の2次試験や難関私立大学の入試問題レベル。
    英検で言うと、準1級くらいでしょうか。
    この難度ですと、うっかり受けてしまったけれど本文が全く読めない人も多いと思います。

    出題形式は?
    全て記号問題で、大問それぞれに小問が各8問ありました。
    問1以外は、1問につき2つの答えを選ばねばなりません。
    この複数回答制も、日本人にはあまりなじみがないと思います。
    大問の最後に正しい選択肢を4つ選ぶなどの形式はありますが、小問でいちいち2つの正答を選ぶ形式は入試であまり見たことがありません。
    設問をよく読まず、1つずつしか選択肢を選ばずに大量失点する人もいそうです。

    25分で大問3題ということは、大問1題でおよそ8分。
    本文を読む時間が必要ですから、小問1問あたり正味30秒くらいでしょうか。
    英検や大学入試よりも時間制限が厳しく、速読力が必要です。
    落ち着いてゆっくり読めば正解が出せる人も、この時間制限では厳しいと思います。

    続いてリスニング。
    リスニングも時間は25分でした。
    大問3題。それぞれ小問8問。やはり正解を2つ選ぶ方式です。
    ボタンをクリックすると音声が流れます。
    2~3分の会話やアナウンスです。
    小問と選択肢は音声ではなく、文字を読み取って解きます。
    音声は2回聴くことが可能です。
    難度は、スピードと語彙から感じて、やはり英検準1級程度。
    これも複数回答なので選択肢の吟味に時間がかかります。
    選択肢の読み取りに手間取ると、音声を2回聴く時間はなさそうです。


    英語を勉強中の人が、どこかでこのEF EPIテストのことを知って、試しに受けてみる。
    受けてみて、レベルの高さにドン引きする。
    予想を越えたレベルの英文とリスニング。
    何よりそのスピード。
    そして、惨敗の結果が次々と残されていく。
    ・・・日本のスコアが低いのは、そういう事情かもしれません。
    テストのレベルとして、あまり感心しません。
    このテストでは、「わかる」か「全くわからない」かの二極に別れてしまうと思うんです。
    大学入試ならば、この難度をクリアできる人しか入学させないという意味で、こういうテストで良いと思います。
    しかし、色々なレベルの英語力の人を評価するためのテストならば、易しい問題も出したほうが正しい指数が出るでしょう。
    正答の多い一部の人以外は、皆、団子状態の低い結果になるのでは、正しい数値は出ません。
    勘が当たってたまたま正答した人が抜きん出てしまうような結果は、正しい結果ではないですよね。
    日本と他国とのスコアの差も、団子状態の僅差です。
    それもこのテストのレベルが招いていることと感じます。
    この順位にそんなに意味はないんじゃないかというのが、受けてみての実感でした。
    TOEICのように易しい問題から難しい問題へとバランス良く並んでいるタイプのテストならば、日本人のスコアももう少し高いでしょう。

    ただ、英語を学ぶ誰もがこのレベルに到達するのは望ましいこと。
    今の日本で、このテストに一応は歯が立つ英語力に到達できる高校生は全体の1割程度でしょう。
    今後はどうなるか?
    テスト内容がリーディングとリスニングですから、英語4領域の教育改革でどうにかなる話ではありません。
    「日本人はスピーキングが弱いから」
    テストの内容を見なかったら、こんな見当違いな評価をしそうなところでしたが、そういう話ではありませんでした。

    この難度とスピードで英語力を試されるとは想像もしなかった。
    受検した日本人には、そういう人が多かったのではないでしょうか。
    日本人は、英語力の到達点に関して理想が低いかもしれません。
    正直、私ももっと簡単なテストだと思っていました。
    このレベルだとは思っていなかったので、厳しい時間制限に焦りました。
    テストの結果、
    「全ての場面で不自由のない英語力」
    とか何とかいう評価をいただきましたが、実感としてはそんなことはなく、まだまだ自分は不自由です。
    個人的には、たまにこうやって冷や汗をかくのは刺激になり、受けて良かったと感じました。


    「英語能力指数」で検索すれば、簡単にテストページに行きつきます。
    こういうタイプのテストだと知れば逆に受ける気になる腕に覚えのある人も、日本には多いと思います。
    結果ばかりがニュースになるわりにテストの知名度が低いのも、日本のスコアが低い原因かもしれません。

      


  • Posted by セギ at 13:34Comments(0)英語

    2018年11月19日

    高尾山から南高尾山稜を歩きました。2018年11月。


    2018年11月18日(日)、高尾を歩きました。
    三鷹発7:48の中央特快で高尾駅へ、そこから京王線に乗り換えて、高尾山口へ。
    高尾山口駅に降り立つと、やはり混雑はしていましたが、例年の紅葉シーズンの高尾の物凄い混雑と比べると人が少ないように感じました。
    例年は駅の階段を下りるのも渋滞でなかなか進めなくなりますが、今回はそこそこのスピードで下りていけました。
    駅前からケーブル清滝駅までの人の流れもスムーズです。
    朝から曇っているからかな?
    高尾の紅葉は例年勤労感謝の日前後が最盛期で、まだ1週間早いのも理由でしょうか。

    ケーブル清滝駅到着。
    Suicaでリフト片道券を購入しました。
    切符を買う行列もなく、前の人が買うのを待つだけですぐに私の順番になりました。
    リフトの乗車口までは石の階段を登っていきます。
    朝からなかなかの登りで、ここで疲れてしまう日もありますが、今回はわりとすぐに乗車口に着いた感覚がありました。
    今日は体調もいいのかな。

    リフト山頂駅。8:48。
    ベンチの1つで身支度し、さて出発です。
    高尾山1号路の混雑もそこそこ。
    もう下山してくる人も多いですが、その行列は途切れ気味で、間合いを見計らって前の人を追い抜いていけました。

    薬王院でお詣り。
    おや、また何か新しいアクティビティができています。
    石を持ち上げるものです。
    その石の重さが自分の業の重さなのだとか。
    お、重いっ。(^-^;

    高尾山頂。9:30。
    紅葉の色は、例年よりも暗めでした。
    今日の曇天のせいもあるでしょうか。
    でも、人が少なく、ゆったり見られるので、これもまた良い風情と思えなくもありません。
    大見晴台から、丹沢も見えませんでした。
    雲が低くたれこめ、地平線との隙間の空だけが白く明るい。

    歩き始めは霧雨が降っていましたが、止んだようです。
    天気は好転するという予報を信じ、紅葉台へと石段を下りて行きました。
    この辺りは雑木林の風情が良いところです。
    石段を降り切って、「ここより奥高尾」という道しるべを眺め、さて紅葉台へと少し登り返します。
    お蕎麦屋さんへの坂道の紅葉はライトな色合い。
    枯葉も混ざっていますが、ちょっといい感じです。

    紅葉台のベンチが空いているとは、やはり今日は人が少ないようです。
    ここから、よく整備された木段を下っていきました。
    ときどき良い紅葉もあって、立ち止まって写真を撮りながらのんびり下っていき、少し登り返すと、一丁平。10:05。
    奥のほうのベンチでちょっと休憩しました。
    気温が低くなってくると身体に熱がこもらないのでどんどん歩けます。
    4月の終わりには最高気温が25度を越してしまう昨今、やっと山歩きをしやすいシーズン到来です。

    私の目の前を通っていった男性が、しばらくして戻ってきました。
    あれ?
    南高尾に行くのだろうと思ったのに、戻ってきた?
    私も出発しました。
    細い踏み跡をたどり、まずは分岐へ。
    「倒木・枯枝にご注意ください」
    といった内容の掲示が貼られていました。
    以前には見なかったものなので、台風の影響で倒木が増えているということかもしれません。
    分岐を左折。
    しばらく行くと、今度は「熊出没注意」の掲示が。
    なるほど。
    このどちらかを見て、先ほどの男性は戻ってきたのかもしれません。
    服もザックもタウンユースの人だったから、戻るのも賢明な判断だと思います。
    熊鈴をザックの鳴りやすい位置につけて、再び出発。
    倒木注意とは言うものの、たまに細い倒木をまたぐことがあるだけで、他は全て片付けられていました。
    登山道の周囲には、切られたばかりの丸太や、細い枝がからまってぐちゃぐちゃな樹が転がっています。
    歩きやすい下り坂をとんとん下っていくと、電波塔の立つ分岐に出て、ここからは大平林道。
    でも数歩で次の道しるべがあり、大垂水峠を示す道しるべの通りに左の細い道に入りました。
    斜面につけられた細い道を下っていきます。
    土が流れたのか道が細くなっているところもあり、用心して歩いていくと、しばらくして道は十分な幅になり、さくさく歩いていくと、階段を下りて、甲州街道。
    ここが大垂水峠です。10:35。

    歩道橋の階段を登り、甲州街道を渡ると、そのまま登山道に入っていきます。
    ここは関東ふれあいの道の中の「湖の道」。
    看板も出ています。
    甲州街道が樹間から見えるちょっと高度感のある細い道をいき、そこから数段の木段を登ります。
    そこからもまだ細い道が続きます。
    トレイルランナーが後ろから来て、どうにか道を譲りました。
    時間をおかず、今度は向こうからトレイルランナーの集団が。
    南高尾山稜は、最近トレイルランナーが多いのですが、道の細いところでのすれ違いはさすがにストレスを感じます。
    今は紅葉シーズンで高尾主脈は走れないから余計にランナーが多いのでしょうか。
    木の根の作る段差をひと登りして、ようやく道が広くなり、安堵。
    木段の登り、その後しばらくは緩やかな坂道、また木段の登りと繰り返して、樹間から空が見えてくると、ベンチが幾つか横に並ぶ箇所に。
    そこから右が植林帯、左が雑木林の道をしばらく歩いていくと大洞山でした。11:00。

    大洞山は眺望はありませんが、ベンチとテーブルと山頂標識や看板があります。
    ベンチに座って休憩。
    さて、ここからの南高尾の秋の道は風情があって好きな道です。
    毎年秋になると、ここを歩きたくて南高尾に向かいます。
    雑木林の紅葉。
    カエデだけでなく、色々な木が紅葉・黄葉しているので、林が明るい。
    一歩ずつが楽しい。
    道も緩やかな下りで、歩きやすいです。
    たまに急な下りや岩がちな下りもありますが。

    中沢山のまき道に入りました。
    もともと細い崖っぷちの道ですが、山から土が崩れてきて、さらに道が細く斜めに傾いてきている気がします。
    でも、紅葉もここらへんが一番きれいなんです。
    足許に気をつけつつ、紅葉を眺めつつ、でも、あまり長く居たくないなあとも思いつつ。
    道が崖を離れ、歩きやすくなると、少し登ってはまた平坦な道、少し下ってはまた平坦な道が繰り返されます。
    鉄塔を左に見て、さらに進んでいくと、樹間の中の道の先がふっと明るくなり、見晴台。11:45。
    冬晴れの日は、富士山だけでなく南アルプスも見える展望地ですが、今日は丹沢も見えない曇り空。
    とはいえ、足許の津久井湖と街並みが箱庭のようです。
    ベンチが横にずらっと並ぶ休憩適地です。
    ここも今日は空いていました。
    ベンチに座って、昼食休憩。
    今日もポットのお湯でカップラーメンを作って食べました。
    ああ、温かくてしょっぱいスープが嬉しい。
    スポーツドリンクもごくごく飲んで、さて出発。

    ここから、また道が細くなります。
    道が細くなると、決まってトレイルランナーの集団が現れる。
    いや、それは気のせいでしょう。
    先程の崖っぷちのまき道など、すれ違う人が現れたら本当に本当に最悪のところではランナーは現れませんでしたから。
    ここも何とか道を譲って通過。
    そこかしこの淡い紅葉を楽しみ、あ、ここにもベンチ、あそこにもベンチがあると確認しながら、どんどん歩いていきます。
    いくつかの登りを越えていくと、向こうから来た二人連れに話しかけられました。
    「どこから来たんですか?」
    うん。これこれ。
    南高尾山稜を歩いていて特有の質問、今回も来ました。ヽ(^。^)ノ
    「ええと。高尾山から一丁平に行って、甲州街道を越えて、大洞山からここまで来ました」
    「高尾山から?凄い距離でしょう。いや、色んな人がいるんで、面白くて訊いているんですよ。さっきの人は陣馬山から来たと言っていましたよ」
    「ああ、陣馬山から?凄いですね」
    「ねえ」
    にこにこと別れました。

    三沢峠。12:40。
    まき道も含め、登山道が集まる五叉路です。
    ここもベンチやテーブルがあり、休憩適地。
    道しるべが増え、ここから草戸山・高尾山口への道がわかりやすくなりました。
    緩い登り坂を歩いていきます。
    ここからの道も好きな道です。
    道幅も広く、歩きやすく、紅葉が美しい。
    のんびり歩いていくのに適した道です。
    やがて、ものすごい段差の階段道が始まりました。
    膝と股関節がガクガクいうような段差の下り道です。
    でも、この階段がなかったらすぐ横に見える物凄い急坂の道を降りることになるので、この階段は有難い。
    しばらく平坦な道。またガクガクいう階段道。
    これが繰り返されます。
    やがて、珍しく登りの階段道を越え、また登った分だけ下ると、そこからひと登りで草戸山。13:10。
    いつ来ても、ここは人が多くにぎやかです。
    ベンチで休憩。

    さて、ここから高尾山口への道は今日のコースの中で一番アップダウンの激しい道です。
    あとは下るだけと思っていると、思わぬ難度にびっくりするのがこの道。
    危険個所はないのですが、人が少なくアップダウンが激しいので、こんな道が本当に高尾山口につながるの?と最初に歩いたときは不安にかられました。
    まずは木の根の段差の道を下り、しばらく平坦かと思うと、その先は次々と小さなピークが現れます。
    土がむき出しになった、段差の大きい登りもあります。
    登ると下る。
    登ると下る。
    台風後の整備もここまでは進まず、倒木が登山道に倒れかかっている箇所もありました。
    樹間の向こうに高尾の町並みは見えているのに、登山道はどこの深山だろうという風情。
    京王電鉄のアナウンスが聞こえてくるのに、まだ深山の風情です。
    暗い林の中で道しるべを見て、湿った下り道を行くと、やがて民家が見えてきました。
    民家の横の細い道を通っていくとポコッと舗装道路に出て、そのすぐ先が甲州街道の横断歩道。14:35。
    観光客あふれる雑踏に、さっきまで歩いていた道が何だか幻に思えてきました。
    この落差が南高尾山稜の醍醐味かもしれません。
      


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