たまりば

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お知らせ

2019年12月11日

勉強が苦手な子の1つの傾向。



高校生と「分詞」の学習をしていたときのことです。
まずは、中学の復習でもある、分詞の限定用法の学習をしました。
名詞を修飾する用法です。
現在分詞と過去分詞のどちらを用いるか、その使い分けが重要です。

そこから先が高校の「分詞」の学習。
分詞の叙述用法に進みました。
SVCやSVOCのCに分詞を用いる用法です。
ここでも現在分詞と過去分詞の使い分けが課題です。
SVCの場合は、Sが動作主ならばCは現在分詞。
Sが動作される側ならばCは過去分詞。
SVOCの場合は、Oが動作主ならばCは現在分詞。
Oが動作される側ならばCは過去分詞。
「動作主」という言葉は厳密には古文で使用する用語ですが、便利なので私は英語の授業で使っています。
文法が得意な子にとっては、明瞭でわかりやすいルールです。
英語はこういう大きいルールが広く適用されるので学びやすいのです。

しかし、その子は文法が苦手でした。
説明するだけで理解するのは難しいので、何度もルールを復唱してもらい、その後、練習問題を解きました。

He kept (knock) on the door until I opened it.

その子の答えは knocked でした。
「・・・・え?何で?」
文法を正確に復唱できるまで何度も練習したのに、何で?
「door はノックされるから・・・・」
「・・・・え?」
限定用法の話はさっき終わり、叙述用法だよと言ったのに、何でその話に戻るんだろう?
door は、直前・直後の名詞ではないから、分詞に修飾される名詞ではありません。
「・・・・knock の直前の単語は kept だし、knock の直後の単語は on だよ。door は随分離れている。関係ないよ」
「あ・・・」

文法が苦手な子に英文法の授業をしていると、上のようなことが起こります。
教えたことが上手く伝わっていきません。
上の例は、相手が何をどう誤解したのか明確だったので改善の可能性がありましたが、普段はもっと不可解なミスも多いです。
ミスの原因を生徒が言語化できない場合が多く、なぜそこを間違えるのか、教える側として理解しにくい場合がしばしばあります。
こちらから一方的に解説するだけの授業では、途中で気が逸れて、聞いている顔で実は聞いていないということはあると思います。
まだらにしか聞いていないので、関係のないことが本人の頭の中ではつながってしまうのです。
だから、今学んでことは何であるか、本人に復唱してもらい、確認をしています。
その上で、やはり、間違える・・・。
どうしてそんなことが起こるのだろう・・・?


もう一度その子の学校の教科書に戻り、文法を確認してから教科書の練習問題を解くと、それは全部正解できました。
限定用法だけでなく、叙述用法も全て正解です。
「教科書の問題は正解できるね」
「これは、答を覚えているから・・・・」
「え・・・・?答を覚えている?」
「復習したっていう意味ですよ」
「・・・・私は何回解いても、問題の答なんか覚えないけど?」
「・・・・・?」
「何でそんな意味のないことを覚えるの?」
文法は覚えないのに、何で答を覚えるの?(''Д'')

愕然として、私は悟りました。
文法が苦手な子は、そういう勉強をしてしまうのか・・・・。

なぜ英語が得意にならないのか、その一端が垣間見えた気がしたのです。
いや、英語に限らず、なぜ勉強が得意にならないか。
努力をしているのは伝わってくるのに、なぜ結果が出ないのか。
その一端が見えた気がしました。
理屈をどれだけ教わっても、それを復唱しても、問題を解く際にその理屈を活用できないのです。
それはそれ、これはこれ。
問題を解くときは、本人の中で別の解き方で解いてしまいます。
多くは勘で解いたり、昔学習した別の文法を使ってしまったり。
だから、最初に解くときは大半の問題を間違えてしまいます。
それから正しい答を覚えます。
目の前の1問1問の答を覚えること。
それが、勉強。
つまり、根幹のルールなどの抽象化したものを理解し活用することが苦手で、全て、個々の具体にしか対応できないのではないかと感じます。


それは、小学生に受験算数を教えていても感じることです。
集団指導塾に通い、受験算数だけうちの教室で補習をしている子には、その集団指導塾のテキストで復習することから学習を始めます。
復習する様子を見ていると、受験算数が苦手な子も、テキストの基本問題は自力で解くことができるのです。
しかし、テキストの基本問題とほとんど同じ構造の月例テストの問題は正解できません。
ほとんど同じ構造で、難度も同じで、同じ考え方で解く問題なのに、なぜ解けないのだろう?
月例テストなんて、8割は基本問題なのに。

理由は明らかです。
個々の問題の式と答を暗記しているだけで、理解していないのです。
「式と答を覚えること」=「勉強」になっていて、それ以外の勉強ができないのです。


受験算数の場合、自力で解き方を発見できるセンスのある子や、思考力のある子もいます。
発達段階の個人差の大きい時期ですから。
算数の問題を考えることが好きな子、自力で図を描いたり整理したりすることができる子たちです。
そうした子たちには、補習というよりもっと自由に力を伸ばす授業をします。
「〇〇算の解き方」を1つ1つ暗記する必要は、本当はないのです。
線分図の描き方と面積図の描き方、そしてその活用の仕方を学べば、受験算数の解き方はそんなに幾通りもありません。
相当算も食塩水も売買損益も差集め算もニュートン算も、根底にあるものは、全て同じです。
思考力のある子は、そうした統合や抽象化が可能です。

しかし、小学生の段階では、解き方の抽象化はできない子も多いです。
その場合、「〇〇算の解き方」を1つ1つ覚えていくことから始めます。
それでも、「解き方・考え方」を覚えるのなら、そのことで思考力を養っていくことができます。
最終的には統合も可能です。
しかし、子どもの中には、
テキストの問題1の式は、4×5÷2=10 
問題2の式は、5×10÷2=25 
と、式と答を覚えているだけの子もいます。

・・・何の意味があるの?(''_'')

そう思うのですが、本人にしてみると、覚えてしまうのだから仕方ない、ということのようです。
小学生の柔らかい脳は、見たものをすぐに覚えてしまうことができますから。
解き方を理解することと、問題の式と答を覚えてしまうこととの違いがわからないのかもしれません。

では、式の暗記などできないくらいに基本問題を大量に解けば、その中から本人がエッセンスを抽出し、解き方を脳内に取り込むことができるのではないか?
そうした発想から、宿題を大量に出す塾もあるのですが、算数が苦手な子たちは、問題を解くのが遅いです。
問題文を読むのも、立式するのも、計算するのも時間がかかります。
本当はもっと速く解けるけれど、沢山問題を解くと疲れるので、自らスピードを調節し、だらだら解くことが習慣化している子もいるかもしれません。
スピードを上げたら、沢山問題を解かねばならない。
沢山勉強させられて、損だ。
そのような損得計算をしている子もいるように思います。
そうして、メインテキストの基本問題だけをねっとりと時間をかけて解き、式と答を覚えてしまいます。


英語が得意な子たちは、90分の授業時間の中で、問題のぎっしり詰まった40ページほどの文法テキストを1冊仕上げて帰っていきます。
書きません。
問題を見て、即答しています。
さすがに40ページを全て解くわけではなく、その子の理解度を見ながら、とびとびに解きます。
それでも、20ページほどは演習するでしょう。
四択問題も。
空所補充問題も。
乱文整序問題も。

一方、英語が苦手な子たちの演習スピードは、そういうわけにはいきません。
書かずに即答という授業形態がまず無理で、解いた問題の答が手元に残らないと復習できないから不安だと言いますので、書いて解かねばなりません。
最初にいろいろ説明しなければなりませんし、間違えているとさらに説明する時間も長くなります。
その上で演習スピード自体も遅いので、90分の中で結局1ページしか解けないこともあります。
そしてその1ページの問題の答えを覚えることが、その子にとっての復習なのだとしたら・・・・。
20ページと1ページ。
教室で20ページ解く子が、問題の答えを覚えているかといったら、覚えているはずがありません。
いちいち答えを覚えていられるような量ではありません。
余程印象的な問題が含まれていたら別でしょうが、翌週同じ問題を解いても、同じだと気づかず解き終わるかもしれません。
学習した文法にしたがってサクサク解いているだけだからです。
何度解いても正解ですが、それは答を覚えているからではないのです。

受験算数が得意な子たちは、個々の問題の解き方をカチッと暗記しているわけではないので、図の描き方に無駄な要素もあります。
例えば、水そうに直方体の重りを沈めていく問題。
水面には波が立っているはずだからと、さざ波を立てた水槽の断面図を描いたりします。
水面は、水槽のふちよりも薄く描き、濃淡のある図を描くこともあります。
そのせいで、せっかく描いた図が役に立たないこともあります。
私がさざ波を濃い直線に描き直すこともときに必要です。
しかし、「これは一種の面積図なんですよ」と言うだけで、その子の脳が動き出します。
それ以上の解き方を手取り足取り教える必要がないのです。
算数・数学の問題を解く上では必要のないこだわりは、いつか本人が捨てるでしょう。
思考力は本物で、これは誰にも奪えないし、本人も捨てようがない。


個々の問題の答だけを故意に覚えようとしているわけではない。
復習すると自然に答を覚えてしまうだけだ。

苦手な勉強をそれでも一所懸命やっている子たちは、そのように言うかもしれません。
それでも、「その勉強のやり方は変えなさい」と言わざるをえません。
その勉強では、類題で正答できないのですから。
個々の問題の答は覚えたれど、もっと重要なことを覚えていないのです。
その問題を解く中で抽出し理解するべきことを把握できていません。
答を覚えてしまうくらいに数少ない問題をねっとり見つめ続けることが本当に理解すべきことの把握につながっていないのです。

有効なやり方は正反対のものでしょう。
教科書の問題の答なんかいちいち覚えていないけれど、文法は覚えた。
式も答も覚えていないけれど、解き方は理解した。
だから、その問題は何度解いても正答できる。
類題も正答できる。
テストの問題も正答できる。
入試問題も正答できる。
勉強はそういうふうにやっていってほしいです。

生徒たちに最も教えたいのは、そういう勉強のやり方です。

  


  • Posted by セギ at 12:39Comments(0)算数・数学英語

    2019年12月08日

    数A「不定方程式」のさまざまな解き方。アクティブラーニング的に。


    今回は、少し戻って、数Aの「不定方程式」について考えてみましょう。
    こんな問題です。

    問題 130x+31y=1 の整数解を求めよ。

    不定方程式は、具体的なxとyの値を1組見つければ、そこから解いていくことができます。
    基本の解き方は、このブログの過去ページ、「数A不定方程式」を参照してください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e461561.html

    以降は、不定方程式の基本の解き方は理解していることを前提の説明となります。
    基本の考え方を丁寧に説明するわけではありませんので、根本が曖昧な場合は、上の該当ページから順次、不定方程式のページをご覧ください。

    さて、この方程式が成立するxとyの値を1組見つけましょう。
    簡単なものなら暗算で求めることができますが、上の方程式は係数が大きいので、暗算ではなかなか解にたどりつきません。
    こんなとき、どう求めたら良いでしょうか。

    ここで最もシンプルな解き方が、互除法を利用する解き方です。
    これは、全ての高校で学習する解き方です。

    130=31・4+6 より 6=130-31・4
    31=6・5+1   より 1=31-6・5

    これを利用して、上の方程式と同じ構造の式を1本作っていきます。
    1=31-6・5
    =31-(130-31・4)・5
    =31-130・5+31・20
    =130・(-5)+31・21

    130・(-5)+31・21=1 という式を得ることができました。

    与えられた方程式とこの式の辺々を引きます。

      130x    +31y =1
    -)130・(-5)+31・21=1
      130(x+5)+31(y-21)=0

    この先は、いつも通りの解き方です。
    130(x+5)=-31(y-21) 
    130と31は互いに素ですから、x+5は、31の倍数でなければ、この式は成立しません。
    x+5=31k(kは整数)
    よって、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)

    繰り返しますが、この答案を読んでいて、「え?なぜ?」と思う方は、基本の解き方が曖昧になっているかもしれません。
    該当ページに戻ってご確認ください。


    さて、解の値の1組を暗算で求められないときの解き方は、このように互助法を利用するのが一般的ですが、これしか求め方がないわけではありません。
    問題の解き方は1つではないのです。
    他の解き方を考えたり、他の人の解き方を見て、どうやって求めているのか論理の流れを理解したりするのも面白い勉強です。
    回り道な解き方には首を傾げたり。
    ハッとするようなスマートな解き方に感動し、自分もその解き方を以後取り入れたり。
    アクティブラーニングです。
    今回は、この問題の他の解き方の例をいくつか見ていきましょう。


    1つには、130という係数をもう少し小さくし、暗算しやすくする方法があります。
    もう一度、上の問題を確認しましょう。

    問題 130x+31y=1

    この130という係数が大き過ぎて、暗算に向きません。
    まずは、31に揃えることを考えてみます。
    130=31・4+6 ですから、
    (31・4+6)x+31y=1
    ここでいったん展開し、31でくくります。
    31・4x+6x+31y=1
    31(4x+y)+6x=1
    4x+y を1つの数とみなして、この方程式が成立する整数を考えます。
    31と6という係数ならば、その和が1になる数を見つけるのは比較的容易です。
    4x+y=1、x=-5 のとき、この方程式は成立します。
    そこで、x=-5を、4x+y=1に代入すると、
    x=-5、y=21
    これで、1組の整数解を見つけることができました。
    あとは普通の不定方程式の解き方と同じです。
      130x   +31y=1
    -)130・(-5)+31・21=1
      130(x+5)+31(y-21)=0
    130(x+5)=-31(y-21)
    130と31は互いに素だから、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)

    先程と同じ解になりました。


    最後に、飛び道具的に登場するのが、合同式による解法です。
    合同式は発展的内容で、高校によっては学習しないこともあります。
    中高一貫校でも、都立自校作成校でも、数Aを最初に学習する段階では、学習しない高校が増えてきました。
    しかし、理解できれば悪魔的に物事が簡単になるのが合同式です。
    合同式の考え方については、過去ページ
    https://seghi.tamaliver.jp/e460234.html
    を参考にしてください。

    基本の考え方は、ある自然数で割った余りが同じ数同士は合同である、ということ。
    これを利用して、上の問題を解きます。

    問題 130x+31y=1

    ここで、31y≡0 (mod31) です。

    31yは、31の倍数です。
    つまり、31yを31で割ったら、余りは0です。
    だから、他の、余りが0の数と合同です。
    それを上のように、31y≡0 (mod31) と書き表します。

    これを上の方程式に代入すると、
    130x≡1 (mod31) となります。

    「はあ?何?何?」となる人が多いかもしれません。
    31で割った余りに着目すると、左辺の余りは、31yの部分の余りは0なので、130xを31で割った余りだけを考えれば良いのです。
    一方右辺は、1なので、31で割った余りは1です。
    よって、
    130x≡1 (mod31) となります。

    ここで、130xをもう少し整理できないでしょうか?
    130xを31で割ってみましょう。
    130x=31・4x+6x です。
    31・4x は31の倍数で、この部分の余りは0ですから、余りとして着目されるのは6xの部分のみです。
    よって、
    130x≡6x (mod31) となります。
    右辺は変わらず1ですから、
    6x≡1 (mod31) です。

    ところで、合同式は、
    a≡b、のとき、a+c≡b+c、 a-c≡b-c、 ac≡bc (a、b、cは整数)
    という性質があることが証明されています。
    その証明は、式の変形と代入で証明するタイプのもので、実感を伴うものではありません。
    数学が嫌いな子は、その証明を見ても納得も感動もせず、嫌な顔をすることのほうが多いです。

    定理の証明がそういうものであるのは、高校数学では本当に多いです。
    小学校で学習する、三角形の面積の公式のように、証明がそのまま解き方の意味である、というものではありません。
    数学が好きな人は、証明の筋道を確認し、ああ、本当に証明されている、だから使っていいとなると、あっけらかんと使用します。
    しかし、数学が嫌いな人は、そういう証明の筋道を追うことが心の負担です。
    本当に証明されているのかどうか、読んでいてよくわからないのかもしれません。
    よくわからないものを使うことにさらに心の負担が増し、ただ丸暗記して使うだけ、となります。

    解き方の丸暗記はやめよう、意味を理解しよう、と今まで頑張ってきたけれど、もう意味がわかりません。
    疲れました・・・。
    今までありがとうございました・・・。
    みたいな表情を浮かべる生徒に対し「待て、待て、待て。待ちなさい」と私は必死に声をかけることになります。
    大丈夫、ゆっくり見ていけばわかるから。
    必ずわかるから。
    わかって、納得できれば、そんな証明は忘れていいんだから。
    定理を証明しろという問題はテストには出ないから。
    こんな定理を自力で証明したのは数学者で、ある意味ちょっとどうかしている人たちだから、気にしなくていいのです。

    ここでは証明は省略します。
    興味のある方は、検索するか、高校数Aの教科書・参考書をご覧ください。

    戻りましょう。
    6x≡1
    これをxについて解きたいのですが、x≡1/6 というわけにはいきません。
    31で割った余りに着目しているのに、分数が出てきたらおかしなことになります。
    合同式の性質として、両辺を同じ数で割っても成立する、というものはないのです。
    そこで、31で割った余りが見やすいように、いったん、5倍します。
    余りが見やすくなれば何でもいいのですが、今回は5倍が妥当でしょう。
    30x≡5
    30=31・1-1 ですから、30≡-1 です。
    よって、30x≡-x
    すなわち、-x≡5
    ここで、両辺に-1をかけて、
    x≡-5 (mod31)
    つまり、xは、31で割ると5不足する数なのです。
    よって、x=31k-5 (kは整数) と表すことができます。

    これを問題の不定方程式に代入します。
    130x+31y=1 に代入して、
    130(31k-5)+31y=1
    130・31k-130・5+31y=1
    yについて解きます。
    31y=-130・31k+650+1
    31y=-130・31k+651
    y=-130k+21

    よって、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)
      
    解説を加えながら解いていったので、かなり長くなりましたが、この合同式を利用した解き方は、答案としては一番短いです。
    慣れれば、おそろしく簡単に解を求めることができるのが、合同式による解法です。
    発展的な内容になればなるほど、答案はシンプル。
    数学はかくも美しいのです。

      


  • Posted by セギ at 15:46Comments(0)算数・数学

    2019年12月04日

    高校英語。比較表現。クジラの公式。


    高校英語の「比較表現」。
    今回は、いきなり難度の高いクジラ構文を見てみます。
    クジラ構文、あるいは「クジラの公式」と呼ばれるもので、一番有名な例文にクジラが出てくることから、そう呼ばれています。

    A whale is no more a fish than a horse is.
    クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同じである。

    「クジラ構文」と言われてもピンとこなくても、この例文を見ると、ああ、あれか、と思い出す人が多いと思います。
    構造としては、
    A is no more B than C is D.
    AがBでないのは、CがDでないのと同じだ。
    となります。
    ただし、BとDが同一のものであるとき、Dは省略されます。
    上の文も、省略しなかったら、
    A whale is no more a fish than a horse is a fish.
    となりますが、英語は同じ言葉の使用を嫌いますので、最後の a fish は省略されます。

    構造の理解としては、否定語 no が一度使われていますので、これで否定文です。
    主語である a whale が否定されますので、「クジラは魚ではない」という情報をまず正確に受け止めることが必要です。
    とりあえず、クジラは魚ではない。
    それも普通の否定の仕方ではなく、もう全く魚ではない、と強く否定したい。
    どれくらい強く否定したいかというと、「馬が魚である」こと以上に。
    馬が魚であるわけがないので、それ以上に、クジラは魚ではないのだ。
    常識的に絶対違うこと以上に、それは違うのだ。
    そういう強い否定になります。
    だから直訳は、「CがDでない以上に、AはBではない」
    です。
    ニュアンスを正確に日本語に写し取るなら、
    「AがBでないのは、CがDでないのと同じだ」
    が最も妥当だということで、この訳し方が定着しています。

    構造を理解したら、とにかく覚えましょう。
    文の構造の「A is no more B than C is D.」か上のクジラの例文か、とにかくどちらかを暗記しましょう。
    覚えなければどうにもならないことが英語にはあります。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    The ability to write poetry made (  )(  ) money at that time (  ) it does now.
    今日と同じように、当時も詩を書く能力はお金にはならなかった。

    覚え方がbe動詞を使うものだったせいで、be動詞の文しかこの構文は作れないと思う人がいるのですが、実は一般動詞でも大丈夫なのです。
    「クジラ構文」ではない、「クジラの公式」だ、と言われる理由はそれかもしれません。
    ともかく、この問題は一般動詞の文ですが、クジラの公式が使えます。
    正解は、
    The ability to write poetry made (no)(more) money at that time (than) it does now.
    です。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    A whale is (  ) a fish (  )(  )(  ) a horse is.

    クジラの公式で暗唱した文と同じ意味のようなのに、空所の位置が何だか違う・・・。
    ここで生きてくる知識は、no more = not ~any more だということ。
    したがって、正解は、
    A whale is (not) a fish (any)(more) than a horse is.

    このタイプの文もあわせて暗唱しておくと安全ではありますが、混同しやすいので、一番上の形だけしっかり覚えて、あとは他の文でも使える知識、no more = not ~any more で補うと、理屈で理解するのが好きな人には好評です。

    勿論、not と any more を文の中のどこに置くのかよくわからないと、この文は作れません。
    英語の基本の語順、どの単語がどの位置にくるかという文法の基礎を身につけておくと、こういうときに楽ができます。
    何でも土台がしっかりしていれば、大丈夫。


    さて、クジラの公式は、もう1つあります。
    A whale is no less a mammal than a horse is.
    クジラは馬と同様に哺乳類である。

    A is no less B than C is D.
    AがBであるのは、CがDであるのと同じだ。

    これも、B=Dのときは、Dは省略されます。
    省略せずに書けば、以下のようになります。
    A whale is no less a mammal than a horse is a mammal.

    less というのは little の比較級。
    little は準否定表現で、否定語の仲間です。
    当然、less も否定語の仲間となります。
    したがって、no less は否定語を2つ使っていますから、結果的に強い肯定を意味します。
    Aは絶対にBなのです。
    クジラは、もう絶対に哺乳類なのです。
    どれくらい哺乳類なのかというと、馬が哺乳類であるのと同じくらい確実に哺乳類なのです。

    no less を、not ~any less に書き換えることは不可能ではありませんが、あまり見られない形です。


    さて、no more とno less と2種類あるとなると、空所補充問題は、文意を読み取ってどちらであるかを判断する必要があります。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    高校生として、特に難しい単語はないはずなのですが、それでも、air pollution や、harm や、human being の意味がわからない、という人もいると思います。
    どれも、中3か高1の教科書やサイドリーターで一度は目にしているはずの単語なのですが、英単語が頭の中を素通りしてすぐに忘れてしまい、覚えられない人もいます。
    このあたりに1つ大きな壁があり、英語が苦手な人は、このレベルの単語を覚えていない場合が多いのです。
    そして、このレベルの英単語を覚えていないとなると、高校のコミュニケーション英語の定期テストで出題される初見の英文は読解できないですし、上のように、文意がわからないと解けないタイプの文法問題も解けなくなります。

    単語を覚えられない・・・・。
    そのように悩んでいる人は、悩んでいるわりに、単語暗記に関して、実際には何もしていない場合が多いのです。
    学校が毎週行ってくれる単語テストは、一夜漬け、あるいは当日の朝に覚える即席漬けを繰り返します。
    計画的に学校からもらった単語集を1冊覚えようと努力している人はほとんどいません。

    単語力は、簡単につくものではありません。
    1年以上の長期スパンで考えましょう。

    学校の単語集は自分で先取りし、できるだけ早く覚えて、何度も回転させると効果的です。
    紙の単語集だけでなく、準拠のCDや音源のダウンロードを利用しましょう。
    また、覚えた単語を定着させるという意味で、コミュニケーション英語の教科書本文を繰り返し音読するのも効果的です。
    コミュニケーション英語の本文の和訳を見ながらそれを英文に戻す「反訳トレーニング」は、英語の筋トレのようなもので、さらに効果絶大です。
    NHKのラジオ講座を聴くのも、とても良いことです。
    学校の長文問題集があるならそれを、なければ別に購入して、初見の長文を読む経験を積むことも欠かせません。

    そうしたことをこつこつ実践していると、1年後、信じられないような英語力がついています。
    気がつくと、読めなかった初見の長文が読めるようになっている。
    そのようにじわじわと効果が表れてきます。

    一方、上のような、やるといいと言われたことは一切実行しないのですが、「覚えやすい英単語集」といった情報にはすぐに反応し、購入する人がいます。
    購入しますが、持っているだけで安心するのか、使いません。
    覚えやすいといっても限度があります。
    持っているだけでその本の情報が脳に写し取られて、目が覚めたら単語力がついていた、ということにはならないのです。
    私も興味があるので、覚えやすい英単語集という情報に触れれば書店で手に取ってみますが、感想は「他の単語集と大差ない」という場合が大半です。
    やはり努力して暗記しなければ、この1冊は頭に入らない。
    そうした感想しかわいてきません。
    単語集は、学校から渡されているもので十分だと思います。
    学校のテスト範囲でもありますし。

    結局、反復と努力しかないのです。
    それしかないのだという現実を受け入れる精神的成長を遂げた人から、英単語を覚えられるようになります。
    いきなりパーフェクトを目指す必要はありません。
    学校の単語集の5割でも7割でも覚えることができれば、ゼロよりはましになります。
    努力が苦手な人は、完璧な結果を求めすぎるのかもしれません。
    全てかゼロか、ではないのです。
    半分覚えるだけで随分変わります。

    問題に戻りましょう。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    air pollution は「大気汚染」、harm は「害する、傷つける」、human being は「人間」です。

    そうすると、(  )を除いた前半の内容は、「大気汚染は鳥や動物に害を与える」という内容です。
    後半は、「大気汚染は人間に害を与える」という内容。
    これは、肯定される内容か、否定される内容か?
    大気汚染は、鳥や動物に害を与えるでしょう。
    だから、これは肯定文。
    no less と二重に否定することで、強く肯定すれば良いとわかります。
    正解は、
    Air pollution does (no)(less) harm to birds and animals (than) it does to human being.


    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    A home without love is (  )(  ) a home (  ) a body without a soul is a person.

    この問題文は、単語は比較的易しいですね。
    前半は「愛のない家庭は家庭である」という内容。
    後半は、「魂のない肉体は人間である」という内容。
    今回は、B=Dではないので、Dにあたる内容も省略されず書かれています。

    内容から判断して、これは否定文でしょう。
    だから、正解は、
    A home without love is (no)(more) a home (than) a body without a soul is a person.
    となります。


    クジラの公式は、理解し、整理して覚えれば、そんなに難しくありません。
    比較表現の学習は、このように1つ1つの表現を正確に理解し、整理していきましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2019年12月02日

    冬期講習空きコマ状況。2019年度。


    冬期講習、空きコマ状況のご案内です。
    12月12日現在
    12月23日(月)
    15:00~16:30 ,20:00~21:30
    12月24日(火)
    18:20~19:50 , 20:00~21:30
    12月25日(水)
    15:00~16:30 , 20:00~21:30
    12月26日(木)
    11:40~13:10


      


  • Posted by セギ at 14:36Comments(0)大人のための講座

    2019年12月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。解と係数の関係。


    今回は、「解と係数の関係」。
    これは、数Ⅰで学習済みの内容です。
    それに虚数解を加えたのが今回の学習内容です。

    解と係数の関係とは?
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
    α+β=-b/a 、αβ=c/a

    これが解と係数の関係です。
    説明しましょう。

    α、βを解に持つ2次方程式の1つは、
    (x-α)(x-β)=0 と表すことができます。
    これを展開すると、
    x2-αx-βx+αβ=0
    x2-(α+β)x+αβ=0 ・・・①
    となります。
    一方、ax2+bx+c=0 の両辺をaで割ると、
    x2+b/ax+c/a=0 ・・・②
    ①と②は同じ方程式ですから、係数を比較すると、
    α+β=-b/a 、αβ=c/a

    この説明では、α、βを解に持つ2次方程式の1つは、(x-α)(x-β)=0 と表すことができる。
    というところが少し難しいところかもしれません。

    (x-2)(x-3)=0
    という2次方程式を解けと言われたら、
    x=2、3
    という解になります。
    逆に、解がx=2、3 である2次方程式を復元するなら、
    (x-2)(x-3)=0は、その1つです。
    「1つ」というのは、x2の係数は1とは限りませんから、上の式の両辺を何倍かした方程式は全て、x=2、3 を解に持ちます。
    ですから、x=2、3 を解にもつ方程式は無数に存在するけれど、とにかく、(x-2)(x-3)=0 はその1つです。
    同じように、解がx=α、β である2次方程式の1つは、
    (x-α)(x-β)=0 です。
    ここがわかれば、その後は特に難しいことはないと思います。
    符号処理で少し混乱する人がいるかな?というくらいでしょう。


    (x-2)(x-3)=0
    のような、因数分解を用いた2次方程式の解法は、中3で学習する内容です。
    解くことはできても、なぜそれで解けるのか、本質を理解していない人は案外多いところです。
    本質を理解していない人は、例えば、
    x(x-2)=0
    のように少し目先が変わると、正解できません。
    x=0 という解を発見できず、x=2 のみ答えて不正解となってしまうことが多いのです。

    (x-2)(x-3)=0 
    これは、(x-2)と(x-3)との積が0だということです。
    かけ算の答えが0になるとき、少なくとも一方は0です。
    だから、x-2=0、または x-3=0
    よって、x=2、または x=3
    これが、因数分解による解き方の意味です。
    だから、
    x(x-2)=0 のときは、
    x=0 または、x-2=0 となり、
    x=0、または x=2 となります。


    2次方程式の解と係数に関する問題を実際に解いてみましょう。

    問題 2数 2+√5i 、2-√5i を解とするxの2次方程式を求めよ。

    もう一度確認しますが、α、βを解とするxの2次方程式の1つは、x2-(α+β)x+αβ=0 です。
    ですから、α+βとαβ、すなわち、2つの解の和と積を求めれば、2次方程式は楽に復元できます。
    上の問題で2数の和は、
    (2+√5i)+(2-√5i)=4
    2数の積は、(2+√5i)(2-√5i)=4-5i2=4-5・(-1)=4+5=9
    よって、求める2次方程式は、
    x2-4x+9=0です。


    問題 連立方程式 x+y=-4、xy=6 を解け。

    急に応用になって、え?どういうこと?と思いますね。
    この学習の流れでないならば、普通に代入法で解くことを思いつくでしょう。
    まずはそれでやってみましょう。

    x+y=-4 より y=-x-4
    これをxy=6 に代入して、
    x(-x-4)=6
    -x2-4x-6=0
    x2+4x+6=0
    解の公式を用いて、
    ;x=-2±√4-6
     =-2±√-2
     =-2±√2 i
    x=-2+√2 i をx+y=-4 に代入して、
    -2+√2 i +y=-4
    y=-4+2-√2 i
     =-2-√2 i
    また、x=-2-√2 i をx+y=-4 に代入して、
    -2-√2 i+y=-4
    y=-4+2+√2 i
     =-2+√2 i
    よって、(x、y)=(-2+√2i、-2-√2i)、(-2-√2i、-2+√2i)

    これで構わないわけですが、与えられたのがxとyの和と積であることを利用する解き方もあります。
    αとβが解である2次方程式の1つは、
    x2-(α+β)+αβ=0 でした。
    和と積がわかっていれば、その2数を解とする2次方程式はすぐに作れるということです。
    では、x と y の和と積がわかっている今回、その2数を解とする2次方程式はすぐに作れるんじゃないでしょうか。
    x と y が今回はαとβにあたるのです。
    だから、xやyとは違う文字の2次方程式にしましょう。
    t を用いてみます。
    t2-(x+y)t+xy=0 
    という式の解は、t=x、y 
    となる仕組みですね。
    よって、
    +4t+6=0
    t=-2±√4-6
     =-2±√2 i
    xとyはこの方程式の2つの解で、どちらがどちらであると特定できるものではありません。
    したがって、
    (x、y)=(-2+√2 i、-2-√2 i)、(-2-√2i、-2+√2i)

    どちらの解き方でも良いのですが、こちらのほうが早く解けます。
    いすれ高校でもアクティブラーニングが本格的に導入されます。
    教科書に載っている解き方を丸暗記して解くのではなく、何通りもの解き方を理解し、最善の解き方を判断していくことが重要です。



      


  • Posted by セギ at 17:44Comments(0)算数・数学

    2019年11月27日

    高校英語。比較表現。富士山は日本で一番高い山です。


    高校英語。今回は「比較表現」です。
    この単元は重要表現や構文、慣用表現が多いため、マスターすることを諦めてしまう人が出やすいです。
    しかし、入試はそこが出るので、1つでも多くの表現を身につけるべく前向きにやっていきましょう。

    今回は、その中では基本。
    中学でも少し学習している、原級・比較級・最上級の言い換え表現です。

    「富士山は日本で一番高い山である」
    これの伝え方には、何通りもの表現があります。

    一番最初にピンとくるのは最上級でしょう。
    最上級は、「最も~」「一番~」ということを意味するときに使うものです。

    Mt.Fuji is the highest mountain in Japan.

    最上級は、形容詞・副詞の原級に est を付けるのが基本の形です。
    また、形容詞の最上級の前には必ず the をつけます。
    副詞の最上級の場合は、the はつけてもつけなくても構いません。

    上の文の high は、mountain という名詞を修飾しているので、形容詞です。
    だから、必ず the がつきます。


    さて、この最上級の文だけで事足りる気もしないではありませんが、何しろ英語というのは言い換え表現が多用される言語です。
    何回も同じ表現を繰り返すのは、文章を書くのが下手な人。
    教養がないと思われます。

    読む側にとっては、同じことは何回でも同じ表現をしてもらわないと困る。
    同じことは、同じ表現がなされるべきだ。
    そのように思っている人は、言い換えを読み取れない場合が多いのです。
    だから、読解の四択問題で、本文と同じ表現を使っている選択肢に簡単に引っかかります。
    正解の選択肢は、本文と同じ内容を別の表現で説明していることが多いのです。
    むしろ、全く同じ表現が使われている選択肢は、フェイクの匂いがプンプンします。
    同じ表現を使わざるを得なかったからこの選択肢が正解だったのだということもありますが、同じ表現なのはひっかけの選択肢であることのほうが多いと理解しておくだけでも、正答率が上がります。

    同じことを別の言葉で表現されたら、わかるわけがないんですけど・・・。
    こうした課題を抱えている人は、まず単語力をつけること。
    類義語を沢山知っておくこと。
    そして、文法による言い換え表現を身につけることが効果的です。


    そんなわけで、「富士山は日本で一番高い山です」を最上級以外の表現で表す方法を確認しましょう。
    まずは、比較級で表現するには。

    Mt.Fuji is higher than any other mountain in Japan.
    富士山は、日本の他のどの山よりも高い。

    同じ意味になりました。
    「比較級+than+any other+単数名詞」という形で記憶しておきたい表現です。

    他にもあります。
    No other mountain in Japan is higher than Mt.Fuji.
    日本の他のどの山も、富士山ほど高くはない。

    主語に no がついていますので、実質的にこの文は否定文で、日本の他の山は高さにおいて否定されています。

    比較級のどちらの表現も、mountain は単数形であることは特に強調して覚えておきたいところです。
    基本、比較は1対1で比較するもの、というイメージで覚えておくと、覚えやすいでしょうか。


    原級による表現もあります。
    原級表現というのは、as ~ as を使うもののことです。

    He is as oldl as my brother.
    彼は私の弟と同じ年齢だ。

    と、主語と比較対象が同じであることを示すのがas ~asです。
    これの否定文は、主語を否定することになります。

    He is not as old as my brother.
    あえて直訳すると、「彼は私の弟ほど年をとっていない」です。
    つまり、「彼は私の弟より年下だ」となります。
    これを使えば、最上級の言い換え表現となります。

    as ~as と so ~ as は、ほぼ同じ意味としてとらえて大丈夫です。
    使い分けを質問されることがありますが、so のほうが強調の気持ちがこもっているという程度のことです。
    中学の頃はas ~ as しかなかったのに、高校になると so ~ as が加わってきます。
    しかも、そのことについて特に説明されないこともあります。
    それで混乱し、どう使い分けるのだろうとおろおろする人もいますが、心配無用です。
    一方、so ~ as が 使われている文を何回見ても、「え。こんなの初めて見た」と言い、説明は耳を素通りし、すぐに忘れる人も多いです。
    だから、今回はあえて so ~ as のほうを使いますよー。

    No other mountain in Japan is so high as Mt Fuji.
    日本の他のどの山も富士山ほど高くはない。
    最上級と同じ意味になりました。

    以上の4通りを覚え、問題ごとに適切な形のものを選んで答えていけば、この文法事項はクリアです。

    もう一度整理しましょう。
    Mt.Fuji is the highest mountain in Japan.
    =Mt.Fuji is higher than any other mountain in Japan.
    =No other mountain in Japan is higher than Mt.Fuji.
    =No other mountain in Japan is so high as Mt Fuji.
    です。


    では、具体的に問題を解いてみましょう。

    問題 次の各文を指示に従って書き換えよ。
    (1) John is the tallest boy in this class. (原級で)

    これは簡単です。
    上の富士山の文の形をそのまま使用できます。
    正解は、
    No other boy in this class is so tall as John.


    (2) Nothing is so precious as health. (比較級で)

    比較級による表現は2通りありますから、そのどちらでも正解です。
    Nothing is more precious than health.
    Health is more precious than anything else.

    この問題が (1) よりもやや難度が高いのは、まず、precious という単語の意味がわからず、だからこの問題は解けないと諦めてしまう人がいること。
    単語の意味はわからなくても、とにかくこれは形容詞だなと、文法事項として把握すれば正解に至るのですが、「意味がわからなければ解けない」という思い込みが強い人もいます。
    数学の問題は意味を考えずに解いているようだがなあと嫌味の1つも言いたくなることもあります。
    勉強が苦手な子は、何ごとも逆のこだわりを示しがちなのです。
    勉強が苦手ということは、究極、そのように考え方の方向が違う、見当が違うことの積み重ねなのかもしれません。
    ただ、precious の意味がわかるに越したことはありません。
    この機に覚えてくれるのなら何よりです。

    もう1つの問題は、形容詞 precious の比較級が more preciuos であることに気づかず、preciouser としてしまう人がいること。
    基本的に、3音節以上の形容詞・副詞は、比較級は more+原級の形をとります。

    また、もとの文が nothing から始まっているのですから、そのままnothing から始めれば楽に書き換えられるのですが、なぜか health から書き出し、
    Health is more precious than 
    まで書いて、続きがわからない・・・ということも起こりがちです。
    富士山の例文の場合は、比較対象は日本の他の山々でしたが、この文は比較対象がわからない。
    というより、全ての中で健康が一番貴重だと言っているのです。
    その場合、anything else 「他の何よりも」という表現を覚えていないと、文の後半が作れないのです。


    (3) He is not so young as he looks. (He looks から書き出して)

    「彼は見た目ほど若くない」という意味です。
    この文の表す意味内容は最上級表現ではないですね。
    だから、今までの問題とは少し性質が異なります。
    彼の実年齢と彼の見た目とを比較しているのです。
    だから、比較級で書き換えるのだろうと見当がつきます。
    He looks younger than he is.
    「見た目」が he looks で、年齢的な現実がhe is であることは、問題文にも使用されていることなのですが、書き換えろと言われると、案外それが使えない・・・。
    こういうことは練習により柔軟性が増してくることなので、やはり、練習あるのみだと思います。
    しかも、効果的な練習を。


    間違えた問題にはチェックを入れて必ず解き直すと、効果的・能率的な練習となります。
    「解き直し」というと、正解だった問題も不正解だった問題もべったりと解き直す人がいます。
    3か月くらいたって復習するのならそれも良いことですが、解いたばかりの問題を解き直すときには、正解だった問題は飛ばし、不正解だった問題だけを解き直しましょう。
    何回解き直しても同じところを同じように間違えるが、全体としては60%くらいの正答率なので、大体こんなもんでいいか、基本は身についた、という勉強では、残り40%の「穴」は永遠に埋まりません。
    解けなかった問題を解けるようにするのが勉強です。

    間違えた問題にはチェックを入れて解き直す。
    そんなことは、誰もが言う勉強の工夫で、目新しいものではありません。
    しかし、中学生・高校生は、これを出来ない人が多いのです。
    間違えた問題の番号にチェックを入れることすらできない子が大半です。
    間違えたときに、自分のノートにバツをつけることすらできない子もいます。
    書き直して丸をつけてしまうのです。
    「自分のマイナスを見つめる」作業をすると劣等感を刺激されて気持ちがつらくなるので、そういうことを無意識に避けてしまうのか?
    見栄っぱりなので、ノートはとりあえず全部正解の状態にしておきたいのか。
    そうして、本当はできていないことをできたかのように、記憶を塗り替える。
    あるいは、自分ができることを繰り返して、うん、自分はできる、という勉強だけをしてしまう。
    勉強が下手な人に多い傾向です。

    つまり、間違えた問題を解き直すという勉強法は、誰もが知っていても、実践できる人は少ない。
    実践しているのは、秀才たちだけです。
    最初のうちは多少心が傷ついたり、嫌な思いもするけれど、我慢してこの勉強法を取り入れることができれば、成績は上がります。
    実践できない人たちが、いつまでも同じところを同じように間違えている中で、自分は、同じ間違いをしないようになれるのですから。

    英語の勉強は、なかなか結果が出なかったり、苦労ばかり多くて報われない思いが強かったり。
    そんな中でも、諦めなかった人たちだけが、英語が得意になっていきます。
    ほんのちょっとの我慢の繰り返しで、苦手は苦手でなくなります。

      


  • Posted by セギ at 12:21Comments(0)英語

    2019年11月24日

    数学の語句補充問題は難しい。


    数学の語句補充問題というのは、現在、中学の数学のテストで必ず出される問題となっています。
    どの問題がどの領域の問題であるかを問題に明示しなければならなくなり、「知識・理解」を問う問題として、数学の語句補充問題が作られるようになりました。
    これを苦手とする子は多いです。

    例えば、こんな問題です。

    問題 以下の空所にあてはまる語句を答えよ。
    y=ax+b の形で表すことができる関数を(1)という。(1) のグラフは(2)となる。また、aをグラフの(3)、bを(4)と呼ぶ。
    yの増加量÷xの増加量で表されるものを(5)といい、(1)においては、aの値が(5)を表す。

    正解は、
    (1) 1次関数 (2) 直線 (3) 傾き (4) 切片 (5) 変化の割合
    となります。

    語句の定義に関するこうした問題は、類題をいくつか解けば、何とか穴埋めできると思います。
    しかし、何の準備もなくいきなりこの問題を解こうとすると、かなり難しいことは、実際に解いてみると実感できるのではないでしょうか。

    上の問題では、(2)直線 という答えが、一般の感覚ではもっとも難しいと思います。
    そんなことを問われているとは、正解を見るまで想像もしていなかった・・・。
    正解を見ると、まあそうだなと納得するが、自力で穴埋めできる気がしない・・・。
    数学の問題を解くのが好きな人でも、そう感じるかもしれません。
    また、中学生では、「傾き」と「変化の割合」をどう使いわけるのかわからず、答えが逆になってしまう子が多いです。
    こうした問題の対策としては、数学の教科書や参考書の、語句の定義に関する文を繰り返し読んでおくこと。
    このような問題をテスト前に解いて慣れておくこと。
    それである程度は対応できます。

    上のような語句の定義に関する問題はまだ答えを絞り込みやすいのです。
    この種の問題としては良問と言えます。
    数学的な考え方の語句補充になると、さらに難度が上がります。
    例えば、こんな問題。

    問題 以下の空所に当てはまる語句を答えよ。
    2元1次方程式の(1)は直線のグラフになる。
    つまり、2元1次方程式のグラフの交点とは(2)である。
    (3)の解は2つの2元1次方程式の(2)であるから、交点の座標は(3)を解くことで求めることができる。

    言いたいことはわかるのですが、当てはまる語句は色々と候補が浮かび、1つに定まらない・・・。
    そこを空所にした出題者の意図がよくわからない。
    そういうことが起こりがちです。

    これの模範解答は、
    (1)解を座標とする点の集まり (2)共通の解 (3)連立方程式

    ・・・いや、わからないわ、これは・・・。
    正解を見れば、まあそれはそうだと思うものの、自力で答えを書き込むのは難しいです。
    空所補充問題の正答が日本語として3文節以上というのは、悪問の始まりです。


    2次方程式の因数分解による解法の考え方を説明する空所補充問題を見たこともあります。

    問題 次の☐に当てはまる、語句または文字・数字を答えよ。
    (x-a)(x-b)=0 であるとき、
    ☐-a=0 または☐-b=0 であるから、x=a または x=b である。

    この2か所の空所を、
    a-a=0 またはb-b=0 であるから、x=a または x=b である。
    と埋めている子がいました。
    答案を見て、うーん、これは本当は意味がわかっているのかもしれない。
    でも、もしかしたら何もわかっていないのかもしれない。
    答案の見た目では、それがわからない・・・。
    どう評していいものかと困惑しました。
    ちなみに、正解は2か所とも「x」が入ります。
    採点は、両方ともバツとなっていましたが、正直、問題にも悪い点がある、と感じました。
    これが入試問題だったら異論が噴出し、「別解あり」、あるいは「問題無効」の措置が取られたかもしれません。

    数学の先生が悪いわけではありません。
    こういう「知識・理解」に関する空所補充問題を定期テストに出題するよう指導しているのは文科省です。
    ただ、どういう形で出題するかは個々の先生の裁量に任されているはずなので、こういうところで変に独自性を示すのはやめて、語句の定義に関する、ありがちで穏当な問題を出題してくれることを望むばかりです。
    基本的な知識の定着を確認するのが目的の出題だと思いますので、奇をてらう必要はないのです。
    三角形の合同条件を書かせたり。
    数学用語や定理の名称を空所補充させたり。
    そういうことは大賛成です。
    あるいは、数学的な考え方に関するこうした語句補充問題は、せめて選択肢を示してくれないかなと思います。


    とはいえ、数学用語の理解・数学的な考え方の理解をテストで試すのは、こういう形が便利なのかもしれません。
    解き方だけ丸暗記して、数学的な意味はまったく理解していない子に、その勉強ではダメだということを自覚してもらうには良いきっかけではあります。

    高校の定期テストでは、このような語句補充問題は出題されません。
    問題文をどう読み取るか、記述答案をどう書くかで、数学的な知識・理解は十分に測ることができるからです。
    例えば、こんな問題。

    問題 曲線 y=f(x) の接線の傾きはx2に比例する。また、この曲線は、点(3,2)、(6,1)を通る。この曲線を表す式を求めよ。

    この問題の意味を読み取れるということは、微分と接線の傾き、あるいは微分と積分との関係が理解できているということです。
    あるとき、この問題の意味がわからない、と質問を受けました。
    「・・・x2 に比例するって何ですか?」
    「中学3年のときにやったでしょう。2乗に比例する関数。y=ax2。あれのことです」
    「直線ということですか?」
    「いや、直線になるのは1次関数です。2乗に比例する関数は放物線です」
    「傾きが放物線?傾きは直線じゃないんですか?」
    「うん。接線は直線ですが、接線の傾きの変化は放物線になることもあります。この問題では2乗に比例するんですね」
    「2乗に比例するなんてことが、ありますか?」
    「・・・ありますよ」

    例として、y=2x2 という関数で、
    x   1 2  3  4 ・・・
    x2  1 4  9 16 ・・・
    y   2 8 18 32 ・・・
    このような表をざっと書き、x2が2倍、3倍、・・・になると、yも2倍、3倍、・・・になることを確認すると、その子に驚愕の表情が浮かびました。
    「本当だ。2乗に比例している」
    「はい。そうです。これが2乗に比例する関数です」

    微分・積分は問題なくマスターしている秀才が、なぜ「2乗に比例する関数」を知らないのだろう・・・。
    内心驚愕していたのは私のほうですが、そんなこともたまには起こります。
    用語の理解というのは、繰り返し確認していかないと、思わぬ盲点が存在するのかもしれません。
    その日の授業の帰りぎわ、
    「今日の授業は、2乗に比例する関数のところが一番わかりやすかったです」
    と感想を述べて去っていきました。

      


  • Posted by セギ at 15:36Comments(1)算数・数学

    2019年11月22日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。その2。



    「複素数」の学習、今回は2回目です。
    今回は、2次方程式の解に関する問題から。

    問題 次の2次方程式を解け。
    6x2-2x+1=0

    因数分解できないので、解の公式を使って解きます。
    xの係数が偶数なので、2本目の解の公式が有効ですね。
    x=1±√1-6
     =1±√-5
     =1±√5 i

    虚数単位を使うと、このように、全ての2次方程式に解が存在します。


    問題 次の方程式の実数解を求めよ。
    (2+i)x2+(3+i)x-2(1+i)=0

    これは、係数が虚数です。
    このまま強引に解の公式を利用する方法もあるのですが、ここはシンプルに、実部と虚部に分けて考えると楽に解けます。

    (2+i)x2+(3+i)x-2(1+i)=0
    2x2+ix2+3x+ix-2-2i=0
    (2x2+3x-2)+(x2+x-2)i=0

    虚数a+bi=0 のとき、a=0、かつb=0 ですから、
    2x2+3x-2=0 かつ x2+x-2=0 
    となります。
    ですから、これを連立方程式としてその解を求めれば良いですね。
    2x2+3x-2=0
    (x+2)(2x-1)=0
    x=-2、1/2・・・①
    x2+x-2=0
    (x+2)(x-1)=0
    x=-2、1・・・②
    ①かつ②が解となるので、
    x=-2

    xを基準にまとめるのか、iを基準にまとめるのか、途中でよくわからなくなる人がいます。
    今は実部と虚部に分けて整理しようしているので、iの有無で分けていくのです。

    ここらへんになると、やっていること自体は特に難しくない計算問題でも、気持ちで負けてしまう高校生が現れます。
    精神的に支えていくことも私の仕事になります。
    数学が嫌いな子の多くは、中学の数学も完全に身についているわけではありません。
    「中学の数学くらいわかりますよっ」
    と主張するのですが、2次方程式の解の公式をスラスラ活用できるかというと、それは怪しかったりします。
    「公式くらい、わかってますよっ。でも、僕は、引き算が苦手なんですよっ」
    と言われて、言葉を失ったこともあります。
    ・・・・そうか。
    じゃあ、ゆっくりやろう。
    そう声をかけても良いのですが、そんな優しさはむしろ相手を傷つけてしまいそうでした。
    何より本人が、自分の言った言葉に自分で傷ついて、涙目になっていたのです。


    問題 次の2次方程式の解を判別せよ。
    1/3x2-1/2x+1/5=0

    解の判別に関する問題は、数Ⅰ「2次関数」の章で学習しました。
    ただし、その頃は虚数解というものはなく、「実数解なし」という判別をしていました。
    そこをバージョンアップしていきます。

    解を判別するには、判別式を用います。
    判別式とは何か?
    2次方程式 ax2+bx+c=0 のとき、
    解の公式は、x=(-b±√b2-4ac)/2a です。
    この√ の部分がもし0ならば、解は x=-b/2a の1つだけとなります。
    これがすなわち重解です。
    √ の中身が正の数ならば、異なる2つ実数解が求められます。
    このように、√ の中身で解の個数を判別できるので、√ の中身の部分を「判別式」と言うのでした。
    すなわち、判別式D=b2-4ac
    また、xの係数が偶数のときの解の公式の√ の中身を用いることも可能です。
    判別式D/4=b'2-acとなります。

    まとめますと、
    D>0 のとき、異なる2つの実数解
    D=0 のとき、重解
    D<0 のとき、異なる2つの虚数解
    今後は、このように判別していくことになります。

    さて、上の問題は、
    1/3x2-1/2x+1/5=0
    という見た目です。
    これでは計算しにくいので、係数が整数になるように整理しましょう。
    方程式ですから、両辺を何倍かしても、関係は変わりません。
    3と2と5の最小公倍数は30ですから、両辺を30倍すると、分母を払うことができます。
    10x2-15x+6=0
    よって、
    判別式D=152-4・10・6=225-240=-15<0
    解は 異なる2つの虚数解です。

    しかし、単純に解を判別するだけの問題は、退屈ですね。
    少し応用的なものも解きたくなります。
    例えば、こんな問題です。

    問題 2次方程式 x2+(k+1)x+k+2=0 が異なる2つの虚数解をもつようなkの値の範囲を定めよ。

    判別式を使うんだなあということはピンとくると思います。
    使ってみましょう。
    D=(k+1)2-4・1(k+2)
     =k2+2k+1-4k-8
     =k2-2k-7
    異なる2つの虚数解をもつのですから、D<0 です。
    よって、
    k2-2k-7<0
    これは2次不等式です。
    まず2次方程式に直して計算します。
    k2-2k-7=0 とすると、
    解の公式を用いて、
    k=1±√1+7
     =1±2√2
    よって、上の2次不等式の解は、
    1-2√2<k<1+2√2
    これが最終解答です。

    途中まではわかっても、「2次不等式」のところで詰まってしまう高校生もいます。
    数Ⅰの内容があまり身についていない高校生は、2次不等式の解き方を忘れてしまっているのです。
    そもそも、その前の段階の「判別式」を数Ⅰで学習したことすら曖昧になっている子もいます。
    学校では、数Ⅰでやった内容はざっと復習するだけです。
    それだって随分親切な授業です。
    しかし、完全に忘れてしまっている子にとっては、せっかくやってくれる「ざっと復習」も、その授業スピードでは、速すぎて理解できないようです。
    数Ⅱで大きく崩れ、数学の授業についていけなくなる子が多い原因の1つは、このように、数Ⅰの内容が身についていないことにあります。

    もっとも、高校2年の秋ともなりますと、数学が苦手な生徒への配慮のある高校も多いです。
    授業スピードはゆるめないものの、定期テストは易しくなる高校が多いのです。
    数学の単位が取れないと、卒業できないですから。
    中高一貫の進学校なのに計算ドリルみたいなテストだったりします。
    そうしたテストをつくづくと眺め、結局数学の最終学年でこんなテストになるのなら、中等部のときにあんなに異様な分量と難度のテストで生徒を苦しめて数学嫌いにさせなければよいのに、と嘆息することもあります。
    公立中学から普通の都立高校に進学していたら、この子もセンター試験くらいは対応できる数学力がついたのではないかと思ってしまうことも多いです。
    どの進路が子どもを伸ばすかは、1人1人違う、と感じます。

    2次不等式の解き方を忘れてしまった方は、ここに、2次不等式の基本を説明してあるページがありますので、ご参照ください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e445206.html

      


  • Posted by セギ at 11:44Comments(0)算数・数学

    2019年11月20日

    冬期講習のお知らせ。2019年。


    2019年度冬期講習のご案内です。
    詳細は、11月末の授業時に書面をお渡しいたします。
    お申込み受付は、12月2日(月)からとなります。
    メールまたは申込書でお申込みください。
    なお、この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    外部生のお申込みは、12月9日(月)からとなります。
    このブログの「お問い合わせ」ボタンから、お問い合わせください。
    以下は、冬期講習募集要項です。

    ◎期日
    12月23日(月)~12月30日(月)、1月4日(土)~1月7日(火)

    なお、12月31日(火)~1月3日(金)は、休校とさせていただきます。

    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数

    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎中3冬期講習
    都立高校受験を目的とした、5教科の冬期講習を行います。
    最大3名の少人数制です。
    期日 12月26日(木)~12月30日(月)、1月4日(土)~1月7日(火)の9日間。
    時間 国語13:20~14:10
        社会14:20~15:10
        理科15:20~16:10
        数学16:20~17:10
        英語17:20~18:10
    費用 5教科9日間で、6万円。
    外部生も受講可能です。お問い合わせください。


      


  • Posted by セギ at 11:28Comments(0)大人のための講座

    2019年11月18日

    奥多摩 浅間尾根を歩きました。2019年11月。


    2019年11月17日(日)、奥多摩の浅間尾根を歩きました。
    ホリデー快速あきがわ3号で終点武蔵五日市駅下車。
    駅前から数馬行きのバスに乗りました。
    バスは3台同時発車。9:00。

    本宿役場前バス停下車。9:20。
    降りたのは私1人でした。
    バス停近くの三叉路で信号を渡り、バスとは反対方向に歩きだします。

    払沢の滝入口。9:35。
    台風19号による土砂崩れで、払沢の滝への遊歩道は現在通行不可。
    駐車場への車道を登っていきながら、外から紅葉を楽しみました。
    人であふれる日も、誰もいない日も、払沢の紅葉は変わらず朝日に赤く輝いていました。

    駐車場でトイレを借りて、舗装道路をさらにしばらく行くと、左手に登山口が見えてきました。
    道しるべに「通行注意」の掲示が。
    黒マジックで何か書かれています。
    この字が、読みづらい。
    なぐり書きなのです。
    最初がサンズイであることは、どうにかわかります。
    うーん、「深追い注意」かな?
    そうだなあ。
    ネットに上がっていた登山記録によれば登山道が一部崩落しているらしいから、これは本当に危険だなと思ったら、深追いせずに戻ろう。
    バス停まで戻って、バスで数馬の湯に行って1日のんびりするのだって楽しい休日だから。
    そんなことを思いながら、登山道に入っていきました。

    登山道は浅間林道をときどきショートカットしながら登っていきます。
    本当に民家の脇、布団を干している隣りも歩いていきます。
    申し訳ない。
    高度が上がり、隣りの尾根の紅葉が見えてきました。
    例年と比べると、赤も黄色も少しくすんでいるかもしれません。
    これも台風の影響でしょうか。
    写真に撮ったら、そんなにきれいには見えないかなあ。

    峠の茶屋。10:40。
    手打ちうどんで有名だったこの茶屋は、何年か前にご主人が亡くなって閉店しましたが、店は無傷のようです。
    何となくほっとします。
    ベンチからの見晴らしも良好でした。

    道しるべに、また「通行注意」の掲示が下がっていました。
    「沢沿い注意。登山道崩落」
    ・・・あ!
    深追い注意ではなく、沢沿い注意だったんだ。
    なるほど。
    謎が解けたところで、緩い下り道をしばらく歩いていくと、そば処の垣根が見えてきました。
    そば処「みちこ」は1年前に休業しました。
    休業直前に「ポツンと一軒家」というテレビ番組の取材を受けたこともあって、休業間際は開店と同時に本日の受付終了となるほどの大盛況・大混雑だったと聞いています。
    台風で屋根が壊れたりしていなければよいがと覗き込むようにして歩いていくと、あれ、人の気配があります。
    煙も上がっています。
    垣根の入り口には、メニューと「準備中」の掲示。
    店名が「瀬戸沢」に変わっています。
    メニューにはそばがきやお汁粉の他に、天ぷら付きの蕎麦なども書かれていました。
    建物を借りて、別の人が営業しているのかな?
    それとも、本人かな?
    親戚かな?
    他人かな?
    など、余計な詮索をしながら前を通り過ぎました。

    さて、そこから問題の「沢沿い」です。
    一時は沢が登山道を呑み込んで、流出させてしまったようなのです。
    大きな石がごろごろしているのは前からだったかな。
    ここは崩落したところに土をもって修復したのだろうと感じる箇所もありました。
    以前よりは少し歩きにくいですが、特に危険ということはありませんでした。

    ジクザグに登っていき、尾根から一段下がったほぼ水平な登山道に入りました。
    ここのほうが異変を感じました。
    何だか登山道が狭いのです。
    浅間尾根といえば、程よい道のりと歩きやすい登山道でハイカーから愛されるコース。
    登山道はこんなに細くなかったと思うのです。
    台風の大雨で、崖側の土が削られたのか?
    斜面から土が崩れてきて登山道を狭めているのか?
    その両方なのかもしれません。
    あるいは、登山道の崖側にたまっていた土や枯葉が路肩の役割をしていたのが、風雨に流されてしまったのが原因かもしれません。
    道幅はそんなに変わっていないけれど、崖側の露出感が強くなり、歩いていて以前よりも何となく緊張するということかも。

    登山道としては奥多摩ではこのくらいの細さは普通。
    怖くて歩けない、というほどでもないのです。
    でも、こういう道はあまり好きじゃないな、早く尾根に出たいなあと思いながら歩いていくと、道幅はたまに広くなりました。
    そうそう。
    浅間尾根はこの雰囲気。
    と思っていると、また狭くなります。
    その繰り返しで、分岐に着きました。
    まっすぐ行くと、そのまま浅間嶺休憩所。
    左に曲がり、尾根を登っていくと、浅間嶺の展望地。
    勿論、左へ。

    前回歩いたときも秋で、落ち葉が積もってどこが登山道がわからず、道に迷ってしまったのですが、今回は道は明瞭でした。
    台風で登山道以外の場所は枯れ枝や倒木が多いので、逆に登山道が明瞭なのです。
    前回はどこを間違えたのだろうとあれこれ考えて歩いているうち、ほどなく尾根に乗りました。
    広い尾根です。
    ああ、歩きやすい。
    山が黄色に染まり、きれいな尾根道が続いていました。

    浅間嶺展望地。11:55。
    御前山と大岳山がくっきりと見えます。
    あれ?
    のぞき穴から山座同定ができる杭がなくなっています。
    台風で倒れたのかなあ。
    反対側は、雪化粧した富士山が見えました。

    ベンチで昼食を取り、さて、再び出発。
    浅間嶺の付近は、尾根道とまき道があります。
    まき道が細くなっていると嫌なので、尾根道をとりました。
    登り下りはあるけれど、尾根道は変わらず歩きやすい道でした。
    かなり歩いて、まき道と合流。
    その先、また道は2つに分かれました。
    右の道は以前から露出感の強かった伐採地の細いまき道で、あれよりさらに細くなっていると嫌なので、左の尾根道を選びました。
    尾根道はやがて斜面の中腹に無理に作られたちょっと歩きにくい踏み跡になりました。
    失敗したかな。
    でも、細い崖道が苦手な私には、こちらのほうがまだましだったと思います。
    やがて、踏み跡の先はロープで侵入禁止になり、まき道に合流しました。

    人里峠。12:45。
    しばらく行くと、数年前に岩盤崩落により付け替えられた細い道に入りました。
    付け替えられた当初は歩きにくかったけれど、今は踏み固められています。
    木段なども整備されているので、このあたりはむしろ歩きやすく感じました。
    それよりも、やはり全般的に登山道が細く、露出感が強いと感じます。
    台風の威力はすさまじいです。

    繰り返しますが、特に危険個所はありません。
    用心してしっかり歩いていけば大丈夫です。
    怖くて歩けないというほどの細さではないのです。
    浅間尾根の歩きやすい穏やかな登山道が好きだったので、残念だなあと感じるだけです。
    本当に今回の台風はひどかったのだなあ。

    一本松(一本杉)を過ぎ、猿石を過ぎ、数馬分岐。13:45。
    ベンチが並び、里に近い観光地の印象が強まって、ほっと安心。
    ここからはいつも通りでした。
    広く歩きやすい道を下っていきます。
    いったん林道を横切り、道しるべの通りに再び登山道を下っていき、舗装道路と合流。
    登山口の道しるべには「通行注意」の掲示はありませんでした。
    払沢の滝登山口の「通行注意」の掲示は、外し忘れているものなのかもしれません。

    急な下り坂の舗装道路をとことこ降りて、橋を渡ると、檜原街道に出ました。
    バス道路です。
    車の行き来は多いですが、細い歩道がついています。
    バス停2つ分、約10分歩いて、数馬の湯に着きました。14:45。
    ちょうど次のバスが来る時間帯なので、温泉は空いていました。

    のぼせやすいので、早めに上がり、自販機でビール500mL460円。
    荷物の整理をしたり、撮った写真を眺めたりしているうちに、もう時間です。
    数馬の湯の前にバス停があり、バスは16:08の定刻に3台続けてやってきました。
    バスの車窓から見た檜原街道は、まだところどころ片道通行になっているところがあり、台風の傷跡はなおも残っています。
    そんな中、こんなに早く浅間尾根を歩けるようにしてくださってありがとうございます。
    どこに伝えていいのかわからない感謝を心の中でつぶやきました。

    今日も良い山歩きでした。
      


  • Posted by セギ at 11:41Comments(0)

    2019年11月15日

    高校英語。付帯状況の with と分詞。


    なおも、分詞の学習です。
    今回は、with+名詞+分詞 の用法です。
    これは、「こういう語順のもの」と覚え込んでも別に構わないのですが、見方としては、with を冒頭につけた独立分詞構文として把握すると、理解しやすいかもしれません。
    まずは、分詞構文ではない、普通の文から。

    The little girl called out to her mother, and tears ran down her cheeks.
    その少女は母親に大声で呼びかけ、涙が彼女の頬を流れた。

    この後半部分を分詞構文とするなら、
    The little girl called out to her mother, tears running down her cheeks.
    となります。
    前の節と主語が異なりますので、主語 tears が残っている独立分詞構文ですね。

    これに、付帯状況であることをよりわかりやすく伝えるため、「付帯状況のwith」と呼ばれる前置詞 with をつけると、
    The little girl called out to her mother, with tears running down her cheeks.
    その少女は、頬に涙を流しながら、母親に大声で呼びかけた。
    となります。

    分詞構文は、接続詞を省略し、動詞を分詞に変えたもの。
    それによって、従属節はSVのある節ではなく、句(SVのない意味のまとまり)となります。
    句の前には前置詞がつくことが可能です。
    せっかく接続詞を省略したのに、前置詞がついちゃうの?何それ?
    というものになっているのが、付帯状況の with から始まる分詞構文です。
    何だか難しいな、よくわからないな、と思ったら、こんな説明はどうでもいいので、とにかく「with+名詞+分詞」で付帯状況を表す、と覚えても大丈夫です。

    The dog sat there with his tongue hanging out.
    その犬は、舌を垂らしてそこに座っていた。

    後半の with his tongue hanging out の部分。
    his tongue が名詞部分、hanging out が分詞部分です。
    もとの節に戻すなら、
    and his tongue hung out となります。
    もとの節は能動態です。

    こんな文はどうでしょうか。

    He sat there with his legs crossed.
    彼は足を組んでそこに座っていた。

    後半の with his legs crossed の部分がそうです。
    his legs が名詞部分、crossed が分詞です。
    もとの節に戻すなら、
    and his legs were crossed となります。
    もとの節は受動態です。

    いちいちもとの節に戻して、使うのは現在分詞か過去分詞か考えるのも面倒くさいので、「with+名詞+分詞」の際は、名詞と分詞との関係のみをとらえて、
    名詞がその動作をするなら、現在分詞。
    名詞がその動作をされるなら、過去分詞。
    と把握するのが簡単でしょう。
    舌は、舌が垂れ下がるものなので、現在分詞。
    足は、足は組まれるものなので、過去分詞。

    いや、舌も別に本人の意思ではなく、犬が垂れ下げているものなのでは・・・?
    と考え始めると、全て過去分詞になりかねないので注意しましょう。
    意思の有無ではなく、その名詞がその動作をしているか、されているか、だけです。

    これには、その動詞の本来の意味を正確に把握しているかどうかも影響します。
    自動詞か他動詞かを把握している、という言い方もできます。
    「~が垂れ下がる」なのか「~は、・・・を垂れ下げる」なのか、ということです。
    両方の意味がある動詞ならば、自動詞の意味優先で大丈夫です。

    本来、独立分詞構文の being が省略されて先頭に with がついたものなので、分詞部分は必ず分詞とは限らず、形容詞や副詞もきます。
    Don't talk with your mouth full.
    食べ物をほおばって話すな。
    この full は形容詞です。

    Did you intervew her with the tape recorder on?
    テープレコーダーのスイッチを入れて彼女にインタビューしましたか。
    この on は副詞です。
    現在分詞 being が省略された独立分詞構文ととらえれば、一貫したルールで文が作られていることがわかります。


    「with+名詞+分詞」は分詞の学習の中でも大きな文法事項で、これはテストに出ると思って学習を進めておくべき内容です。
    こういうのもまた、一度で理解して以後二度と忘れない子と、何回演習しても覚えない子とに大きく分かれます。
    少なくとも、個別指導をしていると、その中間というのがありません。

    英語を覚えない子は、既に中1の段階で、曜日や月の名称、数字のスペルなどの基本を覚えません。
    名詞を複数形にするルールを覚えません。
    人称代名詞を覚えません。
    3単現のルールを覚えません。
    一般動詞の疑問文の作り方を覚えず、何でも Are you ~?としてしまうことをやめられません。
    とにかく、覚えない、覚えない、覚えない。

    覚えれば済むのに、何でこうも覚えないのか?
    本人は「覚えたくても覚えられないんだ」と言う場合が多いです。
    しかし、それは正確ではないと私は感じます。

    小学生の頃、九九を覚えられなくて苦労した。
    そういう人の場合は、わかります。
    本当にものを覚えるのが苦手なのだと思うのです。
    でも、そうではない場合、「覚える」ということが何をどうすることなのか、あまりよくわかっていないのではないか?
    そういう疑問があるのです。

    小学生の頃は、身につけなければならない知識もそんなに多くはないので、小学校の授業で何度か練習しているうちに大抵覚えてしまいます。
    その経験があるので、「覚える」というのは、そういうふうに苦もなく自然に覚えることを指すと、思い込んでいるのではないか?
    「覚える」ための苦労というものが必要なものだと思っていないのではないか?
    覚えるためには、覚えるための作業と反復が必要なのです。
    それをしないで、「覚えられない」と口先だけで言っている人もいるのではないでしょうか。

    幾度も唱え、反復し、自分にテストを繰り返し、大脳に刻みつける作業。
    そういうことをしないで、自然に頭に入ることだけを期待していても、中学・高校と学年が進むにつれ、日々覚えることは増えていきます。
    自然に覚えるには、量が多いです。
    だから、人工的に、作為的に、覚えるのです。
    2~3度眺めるだけで覚えられるわけがないということを知ることから、まず始めましょう。
    強く意識し、大脳に刻み込むように、覚える、覚える、覚える。
    大脳に負荷がかかるように、覚える、覚える。
    そうやって暗記するのだということを知っておきましょう。

    好きなことなら楽しく覚えられます。
    ポケモンの名前。
    好きなアイドルグループ全員の名前とメンバーカラー。
    好きなアニメの全サブタイトル。
    そういうことなら、いくらでも覚えられる。
    それなら、暗記力はあるはずです。
    好きじゃないことも、覚える。
    必要なことだから、覚える。
    そういうふうに意識を変えましょう。
    英語を好きになってほしいけれど、ある程度できるようにならない限り、好きにはなれないと思います。
    まず、できるようになることが先です。
    それには、好きじゃないけれど暗記する、つまらないけれど暗記する、そういう意識が必要です。
    暗記したことが反映されて、英語がわかるようになれば、好きになります。
    基本、自分が上手くできることには良い感情を持ちますから。


    暗記はしないけれど、英語を完全に捨ててしまっているのかというとそうでもなく、今学校で学習していることにはそれなりに関心があって勉強する子は多いです。
    学校の教科書の英語の本文を読み、訳し、重要事項を解説することを塾の授業で行うと、そういうことには熱心に取り組むのです。
    けれど、文法事項を演習しましょうとなったとき、間違えるのは習いたての文法事項ではありません。
    時制ミスをしたり。
    以前に習っている単語のスペルを正しく書くことができなかったり。
    名詞を複数形にすることや、冠詞を書くことを忘れたり。
    そして、今回のテスト範囲の文法事項をクリアできていても、上に書いたようなところを間違えていたらテストでは逐一減点されますから、本人が達成感を味わえるような得点にはなりません。
    本人なりに頑張っているつもりでも成績に変化がないので嫌気がさし、ますます学習意欲が下がっていく・・・。
    英語という科目に起こりやすいことです。

    本人の脳の癖なのかもしれませんが、新しいことを学習する度、古いことを頭の中から一掃する人がいます。
    それでは、英語を得意にはなりません。
    仮定法を学習しても、分詞構文を学習しても、それと同時に、英語学習の初期に習った時制の使い分けや、曜日や月名のスペルは永久に必要な知識です。
    しかし、脳にそんな容量はないと思い込んでいることも手伝い、びっくりするほどあっさりと記憶を捨てていくタイプの人がいます。

    もともと脳は、不要な記憶をどんどん消していきます。
    それにストップをかけ、「あ、これは消去したらダメな記憶なんだ」と脳に悟らせるには、反復です。
    他人よりも消去の度合いが速いなと自覚したら、自分の脳にストップをかけましょう。
    本来、10代の記憶は、一生消えないものになるのです。
    ストップをかけていないのは、本人の意思も入っていると思います。
    テストが終わったら、後は要らない記憶と思い、忘れる方向に自分をもっていっていませんか?

    本来、10代で得た知識の多くは、一生消えないのです。
    そういう人は多いと思います。
    今では役に立たない記憶も、丸々残っています。
    私の場合は、例えば「ソ連のコンビナート名」。
    国際情勢も経済情勢も変わり、役に立たないこと甚だしいこの記憶が、今も消えません。
    「世界の山脈」「世界の気候区」「藤原四家」「徳川十五代」など、10代の頃に無理に暗記した地理・歴史の記憶の残り方はすさまじいです。
    国語の教科書に載っていた小説や詩や古典の一節を今でも暗唱できる人も多いと思います。
    消去するスイッチが壊れているようです。
    3日前の昼ご飯に何を食べたかはもう忘れているけれど、10代の頃に勉強したことは、消えない。
    記憶とは、そういうものです。

    脳は大容量。
    無制限に何でも記憶し、保存できます。
    それを信じ、全てため込みましょう。
    まず、自分の気持ちをそういう方向にもっていってください。
    脳が勝手に消すだけでなく、本人も消そうと思っていたら、どんな知識も頭に残りません。


      


  • Posted by セギ at 10:55Comments(0)英語

    2019年11月11日

    一ノ尾根から陣馬山、高尾山へと縦走しました。2019年11月。


    2019年11月10日(日)、陣馬山から高尾山へと縦走しました。
    高尾駅で乗り換えて、藤野駅着。8:55。
    高尾・相模湖間の単線運行も終わり、電車のダイヤも通常通りです。
    駅に降り立つと、うっすらと柚子の香りがしました。
    見回しても、柚子畑は見えなかったのですが。
    さすが柚子の町です。
    支度をして出発。9:05。
    駅のデッキからそのまま、高尾方面へと歩きだします。
    しばらく行くと踏切が見えてきます。
    踏切を渡り、すぐにトンネル。
    トンネルは、真ん中あたりの電灯が切れて、ほんの数メートルですが真っ暗でした。
    数日快晴が続いているのに、天井から水滴がぽつんと落ちてきました。
    これは水害の影響なのでしょうか?

    トンネルを抜け、舗装道路をてくてく歩いていくと、和田行きのバスが続けて2台、走り抜けていきました。
    バスももう通常運転。
    乗客は満員でした。

    なおもてくてく歩き、陣馬山登山口のバス停を過ぎて、陣馬温泉の大きな看板のところで右折。
    この道をまっすぐ行くと栃谷尾根。
    一ノ尾根は、次の道しるべを左折します。
    運動会の本部のような大きなテントが張られていました。
    「陣馬山トレイルラン」と書かれたのぼりもはためいています。
    ここはチェックポイントのようで、給水所も設けられていました。
    うわあ、今日はトレイルランの大会の日なんですね。
    知らなかった。

    まだしばらくは舗装道路が続きます。
    なかなかの急坂かつ急カーブの道を上っていきました。
    一か所、ブルーシートが斜面にかけられていました。
    通行には問題ありませんが、土砂崩れの跡なのかなあ。

    登山口。9:45。
    まずは緩やかで歩きやすい登山道。
    やがて道は細くなり、岩がちな急登になり、登り切るとまた広く歩きやすい道。
    一ノ尾根は、それが繰り返されます。
    急登もそんなに長くはないので、陣馬山に登る道の中でも、少し長いけれど気持ちのよいコースです。
    台風でどこか傷ついた様子もなく、いつも通りの穏やかな登山道でした。

    東側の眺望が開け、気持ちよいジグザグの上りになったあたりで、トップのランナーが駆け降りてきました。
    コースが掲示されていたのでちらっと見た限りでは、藤野のどこかのスタート地点から、明王峠まで登り、陣馬山を越えて、一ノ尾根を下るようです。
    何時に出発したのか知らないけど、速いなあ。
    1人、また1人。
    トップを行く人たちは、まだまばらです。
    やがて、集団が現れ始めました。
    5人の集団。
    10人の集団。
    集団は徐々に人数が増え、団子状態になっていきました。
    その都度立ち止まってランナーを通していると全く先に進めないので、すれ違い可能な道幅のあるところでは、用心しながらゆっくり歩いていきました。

    前にも書きましたが、トレイルランという新しいスポーツが始まった当初、創始者たちは、登山者と摩擦が起こらないよう気を遣い、このスポーツの技術的な指導と同じくらいにマナーの啓蒙を重視していました。
    登山者を怒らせ、「山から出ていけ」と言われないように。
    トレイルランを禁止する山域が広がらないように。
    今、トレイルランはすっかり市民権を得ましたが、マナーの徹底しているランナーは今も多いです。
    登山者とすれ違うときは、特に危険な箇所ではなくても、スピードを緩め、安全にすれ違うこと。

    ところが、前から来たランナーの1人が私に気づき、スピードを緩めたその瞬間、すぐ後ろを走っていたランナーが追い抜こうとして横に飛び出てきて、危うく私と接触しそうになったのです。
    危ない!

    衝突は回避しましたが、危ないなあ。
    前の人がなぜスピードを緩めたか、その理由を考慮せず、あ、前の人が遅くなった、追い抜こう、と単純に考えたんでしょう。
    前を走る人が急にスピードを緩めた原因を考えてほしい。
    登山者がいる可能性をまず考えてほしいです。
    とはいえ、どんなスポーツも、裾野が広がると、徹底できないことは増えるのだ。
    怒らない、怒らない。

    ランナーの集団はとうとう50人規模になり、大行列が過ぎていくようになりました。
    木の根の段差の道とその横に作られた平坦の道との並ぶ緩やかな登りのあたりで、ランナーはまた少人数となりました。
    そして、「救護」と書かれたゼッケンをつけた人を最後に、山は再び静寂に包まれました。
    はあ、終わったようだ。

    和田からの登山道との合流点。11:10。
    ベンチで休憩していると、和田から登ってくる人が現れました。
    「和田からの道、大丈夫でしたか?」
    「ああ。登山口のあたりはまだちょっとごちゃごちゃしているけどね」

    そこからしばらく行くと、ジグザグの急な登りが始まります。
    さらにその先は、長い木段。
    もう清水茶屋は見えているのに、なかなか歩が進みません。
    この木段はいつも長いなあ。

    ともあれ、陣馬山山頂。11:35。
    足止めされている時間が長かったので、いつもより20分ほど遅い到着となりました。
    清水茶屋と、白馬のモニュメントの前の茶店は営業していました。
    山頂から少し下がったところの茶店は、本日は休業。
    陣馬山に憩う登山客の数は、いつもと同じくらいでした。
    台風直後は、登山道の多くが寸断されて、山頂がすっからかんになった日もあったようです。

    よく晴れて気持ちの良い日なのですが、富士山だけは雲をまとって姿が見えませんでした。
    生藤山の優美な尾根はくっきり。
    遠く大岳山は、濃い紫色。

    さて、ここからは高尾山へと縦走します。
    晴れが続いたので、陣馬山付近でも泥んこのところは少なく、快適に歩いていけました。
    奈良子峠よりも手前、陣馬高原下へと降りていく細い道にはロープが張られ、侵入禁止となっていました。
    「登山道消失」とのこと。
    一度も歩いたことがなかったなあ・・・。

    陣馬山方向へと歩いてくる登山者は、いつもより少ない気がします。
    その分、人の少ない遠い山を歩くときの登山者どうしのような親しみがわいてきたりします。
    いつもの奥高尾縦走路は、そんな感じは全くなく、挨拶しない人も多い都会の観光地なのですが。
    「今朝はどこから来たの?」
    と、向こうから来た登山者に声をかけられました。
    「藤野駅から歩いて一ノ尾根を来ました」
    「そうか。歩いてかあ。陣馬高原下に降りて、そこからバスが出ているところまで歩こうかなあと思ったけど、どうかなあ」
    「え。遠くないですか?バスは大久保までしか来てないらしいですよ。一ノ尾根を降りても、和田に降りても、バスが来てますよ。歩くこともできますし」
    「歩くと藤野駅までどれくらい?」
    「一ノ尾根の登山口から30分から40分くらいです」
    「そう」

    そんな情報交換をし、しばらく行くと、今度は小学生の女の子3人が。
    「山頂まで、どれくらいですか?」
    「山頂?陣馬山?」
    「はい。私たち、陣馬山に行きたいんです」
    「はあ・・・。陣馬山まで、ここからだと後30分くらいですね」
    「そうですか。ありがとうございます」
    礼儀正しい子たちだったけど、小学生だけで陣馬山まで縦走するのかなあ?
    それからどうするんだろう?
    呼び止めて、根掘り葉掘り聞いたら良かったなあ・・・。


    奈良子峠で、トレイルランナーが登ってくるところに再び遭遇しました。
    先程のランナーたちとはスピードも雰囲気も異なり、初心者ランナーたちの様子です。
    2つのコースが設定されている大会なのかもしれません。
    陣馬山方面とは反対側、明王峠へと走っていきました。

    明王峠。12:35。
    ランナーたちは、ここから相模湖与瀬神社へのコースを下っていきました。
    このコースは、水平な崖道のあたりで登山道が崩落していると、ネットに上がっていた記録で読みました。
    通行禁止にはなっていず、注意して慎重に通行を、ということのようです。
    ランナーが大勢踏んでいけば、崩落個所もさらに歩きやすくなりそうです。

    明王峠のベンチで昼食を取り、さて出発。12:50。
    ここから高尾山への道は、幾度も通った良く知る道のはずなのですが、丈の高いススキや他の草に覆われた何だか見覚えのない道が。
    ああ、ここは伐採地だ。
    植林帯が伐採され、日影のない暑くて埃っぽい場所でしたが、草の丈が高くなり、雰囲気が変わっていました。
    林が再生されていく様子を、これから行く度に感じることができるでしょうか。

    底沢峠から陣馬高原下に降りていく道は、通れるようで、ロープは張られてありませんでした。
    マス釣り場へと降りていく道です。
    でも、バスが来てないですからね。

    陣馬山から景信山まで、まき道は全て通行可能。
    いつも通りでした。
    景信山まで、ピークを1つパスできるまき道も通行可能。

    景信山。14:05。
    上の茶店が営業中。
    下の茶店はお休みでした。
    富士山が姿を見せていましたが、もう午後なので、うっすらと薄い富士山でした。
    景信山は、正規の登山道の1つである、小仏バス停からの南東尾根は通行可能。
    小仏までのバスももう通常運行となっています。

    山頂直下の歩きにくい急な下りをとっとこ降りていくと、四辻の分岐。
    ヤゴ沢へと降りていく道は、「侵入禁止」を示す木による山の目印で塞がれていました。
    台風直後に歩いた人の記録がネットに上がっていて、木橋は崩落し、どこが道かわからなくなっているとのことです。
    歩くなら自己責任、ということのようです。

    小仏峠から登り返して、相模湖の見えるベンチ。
    相模湖の水は、もう澄んでいました。
    しばらく行くと、木段。
    左の小仏まき道は、登山道崩落により、通行不可。
    木段と木の根の段差の道を頑張って上っていき、小仏城山。15:10。
    茶店は2軒とも営業していましたが、もう帰り支度を始めていました。
    日影沢林道が土砂崩れで通行止めのため、帰宅に時間がかかるから、早めに茶店を閉めるのでしょう。
    早く赤くなる種類のカエデが、真っ赤の見ごろ。
    上の画像がそれです。
    他のカエデも沢山ありますので、紅葉の最盛期ははまだまだこれからです。

    まき道を歩いて、高尾山直下。15:55。
    やばい。
    あと1時間もせずに日が暮れます。
    高尾山頂も巻いて、トイレのところまで出ると、観光客でごった返しているのに驚きました。
    え?
    何でこんな時間にこんなに観光客がいるの?
    あと1時間で日が暮れるのに?
    「おまえが言うな」という話ですかね。
    今日はちょっと遅くなっちゃったなあ。

    ケーブルカー山頂駅。16:40。
    ケーブルカーは、7分間隔運行で、20分待ち。
    でも、20分待ちならば、1号路を下るよりは早く下山できるので、待つことにしました。
    整理券をもらい、切符を購入して、斜面の土止めのコンクリートに腰かけ、順番を待ちました。
    まだまだ、後から後から観光客が来ていました。
    たちまち日は暮れ、ようやく次の改札の順番が来て行列に並ぶと、十三夜の月が東の空に浮かんでいました。
    ああ、月がきれいだ。
    今日も、楽しい山歩きでした。

      


  • Posted by セギ at 13:43Comments(0)

    2019年11月06日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。

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    今回は、いよいよ「複素数」の学習の始まりです。
    その前に、いったん「2次方程式」に話を戻して考えてみましょう。

    例 x2+2x+5=0 を解きなさい。

    解いてみます。
    因数分解はできないようなので、解の公式を使いましょう。
    x=-1±√1-5
     =-1±√-4
    √の中が負の数になってしまいました。( 一一)
    2乗して負の数になる数なんてありません。
    だから、この2次方程式は、「解なし」となります。

    これが、今までの解き方でした。
    実数の範囲では、これで仕方ないのですが、しかし「解なし」というのは少し残念な感じがあります。
    解のない方程式があるなんて、美しくないな。
    これの解があることにしたらどうでしょうか?
    だって、少なくとも数字の上では書き表すことができるのですから。
    これが、複素数の出発点です。

    ピラミッドを作っていた時代から、その数はあるのではないかと問いかけられては否定されてきました。
    複素数の歴史を紐解くと、デカルト、オイラー、ガウスといった数学界のビッグ・ネームが次々と登場します。
    興味がある方は検索して調べてみてもよいと思いますが、複素数を知るのが初めての状態ですと異次元の数学世界が広がっていますので、驚かれるかもしれません。

    物凄くかいつまんで説明しますと、実数というのは、1本の数直線上のどこかに存在する点として表すことができます。
    有理数も無理数も、1本の数直線上に存在します。
    しかし、虚数は、実数の数直線上には存在しません。
    では、どこに存在するのか?
    実数の数直線を含む平面上に存在します。
    その平面が、複素数平面です。
    この瞬間に、数は、1次元から2次元に拡張されたのです。
    複素数は「2元数」ともいいます。
    でも、このお話が始まるのは、まだはるか先。
    複素数平面について学ぶのは、数Ⅲです。
    数Ⅱでは、まずその基礎を学びます。

    では、複素数の定義を見てみましょう。
    まずは虚数単位から。
    2乗すると-1になる数を i とし、虚数単位と呼ぶ。
    すなわち、 
    i2=-1
    また、a>0のとき、
    √-a=√a i , -√-a=-√ai とする。

    そして、複素数の定義。
    a+bi (ただし、a、bは実数。iは虚数単位)
    の形で表される数を複素数といい、aを実部、bを虚部という。
    b=0のとき、すなわちa+0・i=aで、実数aを表す。
    b‡0のとき、すなわち実数でない複素数を虚数という。
    また、a=0のとき、すなわち0+bi=bi を純虚数という。

    以上が、虚数と複素数に関する定義です。
    これ以上は噛み砕ける内容ではないので、1行1行噛みしめて意味を理解してください。
    全て定義ですので、「なぜ?」という質問は存在するはずがありません。
    その定義を受け入れるだけです。
    これから始まる話は、全てこの定義を前提としますよ、というルールのようなものです。
    こんなルールは受け入れられない、自分は違うルールでやっていく、というわけにはいかないのです。

    これまで、数の集合は実数の輪を最大のものとして閉じていました。
    ベン図にするとわかりやすいです。
    まず自然数の集合がありました。
    1、2、3、・・・・といった正の整数です。
    それを含んで、その外側に、整数の集合がありました。
    負の整数や0が自然数の外側に加わったひと回り大きな輪ですね。
    さらにそれを含んで有理数の集合がありました。
    整数で表すことができない小数や分数が外側に加わったひと回り大きな輪です。
    さらにその外側に実数の輪があります。
    実数の輪の内側で、有理数の輪の外側に位置するのが無理数です。
    無理数は、有理数ではない数。
    すなわち分数で現すことができない数です。
    円周率や√2などが無理数でした。
    有理数と無理数とをあわせて、実数と呼びました。
    実数の大きな集合の輪。
    今、その周りに複素数の大きな輪が描かれました。
    実数は、複素数の一部です。
    上の複素数の定義の a+bi で、b=0 の場合が実数ですね。

    ベン図でイメージすると上のようになることを、複素数平面で考えると、実数は1本の数直線上に全て存在し、虚部が0ではない数、すなわち虚数は、その直線以外の平面上に存在しているのです。

    さて、ここまで理解できれば、あとは計算です。
    複素数の計算ルールは、i2=-1 を守ること。
    あとは実数のルール、特に文字式・方程式のルールに似ていますので、大きな抵抗はないと思います。
    実部は実部同士、虚部は虚部同士で足し算できます。
    実部×虚部は可能です。
    虚部×虚部も可能です。

    (a+bi)+(c+di)=(a+c)+(b+d)i
    (a+bi)(c+di)=ac+adi+bci+bdi2
             =(ac-bd)+(ad+bc)i
    ただし、a、b、c、dは実数。


    問題 (3-5i)(7+2i) を計算せよ。
    =21+6i-35i-10i2
    =21-29i-10・(-1)
    =21-29i+10
    =31-29i

    慣れてくれば計算過程は適宜省略し、与式の次は答えでも構いません。
    符号ミスを起こしやすい人は、最初は丁寧に解いていったほうが無難でしょう。


    問題 x=(-1+√5i)/2、 y=(-1-√5i)/2 のとき、x3+y3+x2y+xy2 の値を求めよ。

    これは、様ざまな単元の計算問題で繰り返し出てきた、対称式に関する問題です。
    逐一代入しても答えは出るのですが、面倒で時間がかかります。
    まず、xとyの和と積を求めるのが定石でした。

    x+y=(-1+√5i-1-√5i)/2
       =-2/2
       =-1
    xy=(-1+√5i)(-1-√5i)/4
      =(1-5i2)/4
      =(1+5)/4
      =6/4
      =3/2
    よって、
    x3+y3+x2y+xy2
    =(x+y)3-3xy(x+y)+x2y+xy2
    =(x+y)3-3xy(x+y)+xy(x+y)
    =(x+y)3-2xy(x+y)
    =(-1)3-2・(-1)・3/2
    =-1+3
    =2
    これは、対称式の計算のときによく使う、
    x3+y3=(x+y)3-3xy(x+y)
    という公式を利用した解き方です。

    あるいは、先に、
    x2+y2=(x+y)2-2xy=(-1)2-2・/32=1-3=-2
    を求めているのなら、
    x3+y3+x2y+xy2
    =(x+y)(x2-xy+y2)+x2y+xy2
    =(x+y)(x2-xy+y2)+xy(x+y)
    =(x+y)(x2-xy+y2+xy)
    =(x+y)(x2+y2)
    =-1・(-2)
    =2
    という求め方も可能です。
    これも公式を利用しています。
    x3+y3=(x+y)(x2-xy+y2)
    という公式です。

    新しい単元に入っても、既習の公式を覚えていないと実際の問題は解けません。
    解答・解説を読んでも、何でそういう変形をしているのか、意味がわかりません。
    とにかく、公式は全部頭に入れておきましょう。

    ところで、-1+√5i と-1-√5i は、和や積で虚数部分が消えて、その後の計算が随分楽になりましたね。
    虚部が異符号なのが良かったですね。
    こういう数を「互いに共役な複素数」と言います。
    「a+bi と a-bi を互いに共役な複素数という」というのが定義です。


    問題 -27の平方根を求めよ。
    -27の平方根は、±√-27 です。
    ±√-27 =±√27i=±3√3i

    2乗して負の数になる数の中にも、正の虚数と負の虚数がある・・・。
    そのことで混乱する人もいるようです。
    つながるべきではないところがつながって、頭の中がメビウスの輪になっていないでしょうか?
    虚数にも正負があって、別に構わないです。
    「だって、負の数は2乗したら正の数になってしまうから、-27にはならないじゃないですか?」
    ・・・うん?
    i2がある限り、その数は負の数になりますよ。
    落ち着いて、落ち着いて。


    問題 √-24・√-18 を計算せよ。

    √-24・√-18
    =√24i・√18i
    =2√6・2√3・i2
    =2・2・3√2・(-1)
    =-12√2

    これをいきなり1つの√ でくくり、
    √-24・√-18
    =√-24・(-18)
    =√24・18
    =12√2
    としてはいけないのです。
    a<0、b<0 のとき、√a・√b=√ab ではありません。
    それは、実数のときだけのルールです。
    虚数ではそれはできません。
    必ず、最初に i を使って書き直してから計算していきます。

    なぜできないか?
    だって、上のように計算していいのなら、
    -12√2=12√2 となってしまい、矛盾します。
    これは背理法で証明できることだと推測できますね。
      


  • Posted by セギ at 13:22Comments(0)算数・数学

    2019年11月03日

    中間テストの結果が出ました。2019年2学期中間。


    2019年度2学期中間テストの結果は以下の通りです。

    数学  60点台 4人   40点台 1人
    英語  90点台 1人   60点台 1人   50点台 1人

    2学期中間テストは、1年の中で一番得点が低くなることが多いテストです。
    学校や新しい学年に慣れて、緊張感を失っている。
    夏休みの勉強不足で学力が低下している。
    体育祭や文化祭、修学旅行といった学校行事が詰まっている時期で、勉強に集中できない。
    部活で責任ある学年になった、あるいは3年生が引退して部活の空気が変わり、ゴタゴタしている。
    そういったことがテストの得点に表れてしまうのが、中学生・高校生です。
    明らかに勉強不足でも、本人は「何とかなる」と思ってしまい、結果に青ざめる。
    塾としては毎年の繰り返しですが、本人にとっては初めての失敗で、事前に忠告したところで避けられないことが多いのが何とも歯がゆい限りです。
    「自分は大丈夫」と思ってしまうのが若さというものかもしれません。
    この反省を生かし、次回は頑張りましょう。

    数学は、いつもなら80点台の子が60点台、70点台の子も60点台、逆に50点台だった子、40点台だった子が上がって60点台と、団子状態となりました。
    高校生は、数Ⅰはよくできても数Aが、数Ⅱはできても数Bが足を引っ張る子が多く、それも苦慮するところです。
    ともあれ、次回に期待します。

    英語は、それぞれ入会当時よりも得点が10点以上上がっています。
    なお上昇傾向にありますので、さらに期待しています。


    先日のこと。
    授業中に私のスマホにメッセージが入りました。
    電話番号で入力できる、ショートメッセージです。
    「お客様がご利用の口座が不正利用されている可能性があります。口座一時利用停止・再開手続き」と言う内容で、銀行名と、サイトのアドレスが示されていました。

    うわあ・・・。
    偶然、ちょうどその日、授業の前に銀行に行き、教室の家賃を振り込んだばかりでしたので、それに関連して何か起きたかと一瞬思ってしまいました。
    しかし、こういうのは、大抵は詐欺。
    こんなアドレスをクリックしたら大変なことになる。
    落ち着いて、落ち着いて。

    とりあえずそのままにして、生徒が解いている数学の問題を一緒に解こうとしたのですが、問題文が何を言っているのか、全くわかりませんでした。
    内容を読み取れないのです。
    問題と自分との間に透明な膜が張られたようになり、問題にアクセスできない。
    意味を読み取れないのです。
    え、そんなバカな。
    何でこんなにわからないの?
    やばい、やばい、やばい・・・。

    理由は明白。
    読んでしまった詐欺メッセージのせいでした。
    詐欺だろうと思っても、そうした見知らぬ他人からの悪意が自分に向けられたことも含めて動揺してしまう・・・。

    私はもう一度スマホを取り出して、メッセージを眺めました。
    そして、気づきました。
    書かれていた銀行に私は口座を持っていませんでした。
    だから、これは明らかに、詐欺です。
    最初に読んだとき、そんなことにも気がつかなかった。
    それほど文面に動揺してしまったのです。

    そうとわかって、問題を見直した瞬間、透明の膜はすっと消え、問題文は意味をもって読み取れるようになりました。
    完全にいつも通りとはいきませんが、何とか問題を解いていくことができました。

    こんな経験をしますと、生徒がケアレスミスを連発する精神状態や、数学の問題が全くわからない状態とはどのようなものなのか、体感できた気がします。
    あの状態で数学のテストを受ける恐ろしさが、垣間見えた気がしました。
    努力でどうにかなるとか、落ち着けばいいとか、そういうことではないようです。
    落ち着けば良いことくらい、本人が一番わかっているのです。
    でも、頭がグラッとなったように動揺し、精神を全てもっていかれたようなあの感覚。
    あれでは、問題は解けないです。

    テストには、不安や動揺が一番いけないのですが、それだけではなく、変な興奮状態も妨げになります。
    「休日の朝に解くと良い点なんだけど、学校の帰り、友達とわあわあ喋って帰ってきてすぐに過去問を解いたら、こんな点数になった」
    と、前回より30点も下がった過去問を前にした、小学生にしては冷静な分析を聞いて、考え込んでしまいました。
    友達とわあわあ喋って、ある意味ちょっと興奮して、その状態で過去問を解いたら、ケアレスミスだらけ。
    問題に集中できなかったようなのです。
    友達と嫌な喧嘩をして、泣いて帰ってきて、その動揺のまま過去問を解いたというのではありません。
    友達と面白おかしくわあわあ喋って帰ってきたら、算数の問題を冷静に解く精神状態ではなくなった・・・。
    わかるけれど・・・。

    暗く不安な気持ちでもダメ。
    明るい興奮状態でもダメ。
    機械のように冷静に。
    そんな状態に自分をコントロールするには経験を積む必要があります。
    そのようにできるつもりでいても、私のように1本の偽メッセージで決壊することもあります。
    メンタルの問題は難しいですね。

    しかし、こんなことは考えれば考えるほど、ろくなことにならないのでもあります。
    テストで高い得点を取ることにこだわるだけでなく、とにかく実力をつけること。
    実力はついてきているのだから、大丈夫。
    そう思う中間テスト結果でした。
      


  • Posted by セギ at 13:08Comments(0)講師日記

    2019年10月31日

    近所の都立高校。


    昔、集団指導塾に勤め、中2のクラス担任をしていたある夏のこと。
    保護者面談を行っていたときのことです。
    集団指導塾といっても1クラス10人ほどで、その子の授業態度や宿題をやってきているかなどを正確に伝えることは問題ありませんでした。
    月例テストの成績の推移を示すことで、学力の伸びなども伝えることができました。
    しかし、保護者の中には、
    「〇〇高校に入れそうですか?」
    と、直球の問いを投げかけてくる方もいらっしゃいました。
    無理もありません。
    知りたいですよね、そういうこと。
    その子の成績は、3が大半でたまに4。
    授業中の私語が多く、宿題もやってきません。
    それなのに、志望校は、都立自校作成校でした。
    うーん・・・。

    月例テストは、目安として志望校の合格判定も出ました。
    中3の模試とは違いますので、そんなに正確な数値が出るわけではないですが、目安にはなります。
    本人の記入した志望校の合格判定は、無論、泣き顔の顔文字。
    とはいえ、どの高校を志望するのが妥当かを例示してくれるのが参考になりました。
    その子の場合、月例テストがお薦めする妥当な志望校として、その子の家の近くの都立高校の名前が上がっていました。
    これから頑張れば、そこを受験できるだろうと予想できました。
    しかし、その学校の名前を出すと、お母様は顔をゆがめました。
    「あんな高校」

    第一子のお子さんの高校受験の場合、進路指導でこういうことが起こりがちです。
    さすがに、中3の秋になってそうしたことをおっしゃる方は少ないのですが、まだ中2ですと、入試情報をほとんど得ていない中でイメージが先行し、志望校が高くなる傾向があります。
    近所の都立高校の実力を理解しづらいのも一因かもしれません。

    「あんな高校というのは、近所ですと、やはり、〇〇高校の生徒さんの登下校で迷惑を感じることがあるのでしょうか?」
    と質問してみると、そのお母様は具体的に不快な点を列挙されました。
    制服を着くずしたり、オーバーサイズのセーターやカーディガンをだらだら着ていたりするので、服装の印象がだらしない。
    道いっぱいに広がって大声で話しながら登校していく。
    自転車の子が徒歩の子と並んでだらだら下校するので、交通の邪魔。
    お菓子を食べながら歩き、道にゴミを散らかしていく子もいる。

    うーん・・・。
    大したことではないという見方もできるし、それが毎日のことであれば不愉快極まりないと見ることもできる・・・。
    そのイメージですと「あんな高校」と思ってしまうのも仕方ないのです。
    しかし、その「あんな高校」は、内申が3の中にたまに4があるという状態ですと、これから努力して何とか合格できる高校なのでした。
    中3までにもう少し4を増やして、その上で、入試できちんと得点できるように受験勉強を頑張れば合格できる。
    目標としてほしい、良い高校でした。


    非常にざっくりした話で、例外はいくらでもあり、正確にはきちんと数字を計算すべきことですが、一般に、内申に「2」があると、都立高校に入るのは難しいと言われています。
    言い換えれば、内申がオール3で、ようやく都立高校の学力的に一番下の高校に入れそうだということ。
    一方で、内申オール3は学力的には「普通」なのではないかと感じている保護者の方も多いです。
    普通なんだから、都立高校の「真ん中」くらいのランクのところに入れるのではないか?
    3の中に4もあるなら、中の上くらいの高校に入れるのではないか?
    そして、これから頑張れば、自校作成校に入れるのではないか?

    このような、中学校の内申と都立高校のランクとの感覚のズレは、中3の秋まで是正されないことがあります。
    それは生徒本人もそうで、中2から中3の夏休みくらいまでは、1000点満点で本人の実力よりも200点も上の高校を見学してしまいます。
    昔は、入試情報を一般には得にくく、それで誤解している場合も多かったと思います。
    しかし、今は、そうした情報は得ようと思えばすぐに手に入れることができます。
    模試を開催する会社が、都立高校の60%合格基準点を1000点満点で明示し、全ての都立高校を得点の高い順に並べています。
    それは、学校の先生や塾だけの資料ではなく、誰でも見ることができます。
    1000点満点の得点の出し方も調べればすぐにわかります。

    具体的に計算してみましょう。
    まずは内申点。
    5教科はそのまま、実技4教科は2倍にして得点を出します。
    オール5の場合、5×5+5×2×4=65
    オール3の場合、3×5+3×2×4=39
    これを300点満点に換算します。
    65点満点を300点満点に変えるのですから、300/65倍すれば良いです。
    39×300/65=180
    一方、入試は5教科500点満点。
    これを700点満点に換算します。
    すなわち、500×700/500=500×1.4
    例えば、入試で平均60点取れたら、
    60×5×1.4=420
    先程の内申との和が、その子の得点です。
    180+420=600

    内申と入試が4 : 6の高校もありますが、大多数の高校は上の計算で得点を出すことができます。

    600点で入れる高校はどこであるか、一覧表を見てがっかりされる方は、都立高校の見方にズレがある方です。
    実際には、学校の成績が「3」で、入試当日に60点を取るというのは、相当な受験指導がされて、その結果が出ている場合です。

    都立入試は、難しいのです。

    国語は、大問1、2の漢字の読み書き、大問3の小説の読み取りまでは自力で何とかなります。
    しかし、大問4の論説文は、文字を目で追うことはできても、意味を理解することができない子もいます。
    大問5の古典の鑑賞文となると、内容に興味が持てないことも手伝って、読み通せない子が続出します。
    古典の原文だけでなく、その口語訳も載っているので、落ち着いて読めば大丈夫なのですが、「古文はわからない」と言い出し、大問ごと捨てる子もいます。

    社会は、資料や表・グラフを読み取れない子は悪戦苦闘します。
    自校作成校を受験する子ですら、得点は70点台ということがあります。
    社会が得意な子にとっては得点源なのですが、そうではない子にとっては、地理分野の問題と「現代の日本と世界」に関する問題で得点を固めるのが難しい科目です。

    数学は、大問1の小問集だけは何とかなるはずです。
    しかし、せめてそこだけはとりこぼしのないようにと努めても、そこで計算ミスをし、ポロポロととりこぼす子はあとをたちません。
    あとは、残る大問のそれぞれ問1しか解けない子が多いですし、その問1を解けることに気づかせることも大きな課題となりがちです。

    理科は、大問1と2の短問集は知識が定着していないためのとりこぼしが多くなります。
    その上、大問3から6は、実験や観察の記述が膨大であるため読み通せない子が続出します。
    入試で理科が最低点となるのは常態です。

    英語は、初見の長文を読めない子が多いのです。
    1~2行で本文を読むのを諦めてしまいます。
    大問1のリスニングと大問2の短文を読む問題以外は、苦戦が必至です。

    内申が「3」の子が独りで受験勉強をしていると、この学力で入試当日を迎えることになってしまいかねないのです。
    50点を取るのも難しい場合もあります。

    入試得点は、平均が50点ならば、
    50×5×1.4=350
    内申との和は、
    180+350=530
    都立高校一覧表と見比べてみると、この数字で合格できる都立高校が極めて少ないことがわかると思います。

    内申が「3」でも、入試本番で頑張れば・・・と、つい思ってしまうのですが、入試本番で高い得点が取れるなら、それ以前に内申はもっと高いはずなのです。
    内申には様々な観点が加味されているといっても、ざっくりいって、定期テストで80点台を取っていれば大抵は「4」になりますし、90点台を取っていれば大抵は「5」になります。
    定期テストで70点台の、「4」に近い「3」の子なら入試問題への対応力もそれなりにありますが、定期テストで50点台をいったりきたりの「2」に近い「3」となりますと、入試問題への対応力はかなり弱まります。

    さらに、入試直前になると、志望校を下げる子が現れます。
    特に、自校作成校を志望していた子の多くが、普通の都立に志望を変えます。
    「上から受験生が降ってくる」という状況が起こります。
    どんどん押し出されて、一応合格しそうだった高校も、決して安心できない状況になっていきます。
    都立高校は、中位から下位になるほど合否の見極めが難しいのは、こうした事情もあるからです。

    そうした中で、入試得点を何とか固めていくこと。
    上のように、子どもに任せていたら全く歯が立たない問題を解けるようにしていくこと。
    塾の腕の見せどころであり、上のような学力の子が、ひと通りまともに入試問題を解いていけるようになった結果が、入試平均60点。
    そうであることは、塾講師と生徒本人はわかっています。
    受験をともに乗り越えれば、保護者の方も理解してくださることです。

    自校作成校に合格させることだけが難しいわけではありません。
    素質があり、自発的にどんどん勉強する子なら、むしろ指導は簡単なのです。

    入試問題の難しさに跳ね返され、眺めた瞬間に「無理」と諦めて解こうとせず、独りで勉強させると考える前に解答を見てしまう・・・。
    そういう子が、どうにか都立入試問題を6割解けるようになる。
    そこに詰まっている受験技術と指導技術。
    こちらのほうが仕事としては大変です。

    入試問題を解けない子は、学力の問題以前に、「応用問題は自分は解けない」という思い込みが強いのです。
    そして、解き方を知りません。
    問題への切り込み方がわかっていない。
    問題の亀裂にぐいぐい食い込んでいく方法を知らない。
    問題を眺めて、ぱっとわかれば「解ける問題」。
    ぱっと見てわからなければ「解けない問題」。
    入試問題は、ぱっと見てわかる問題ではありません。
    だから、入試問題は、永久に解けない問題。
    それで終わってしまいかねないのです。

    国語の評論も英語の長文も、ちょっと読みづらいとすぐに諦める。
    自分には無理だと思ってしまう。
    読み方がわかっていない以前に、勉強に対する耐性がない。
    秀才は、あれは異人種。
    自分はそういうのではないから。
    と自己評価の低い子は多いです。
    小学校の頃は、誰でも解ける基本問題以外は解く必要がありませんでした。
    中学になってそれが通用しなくなっても、その現実と向き合えない。
    勉強に対して心傷ついたまま、まともに向き合えない。
    難しい問題と正対できない子は多いです。
    自分の潜在能力をギリギリまで発揮しようとしない。
    すぐに逃げてしまう・・・。
    「2」に近い「3」の子の受験勉強は、そうした「逃げ」との闘いから始まります。

    自校作成校に〇〇人合格とうたいながら、その他の都立高校には大量の不合格ということもあるのが塾です。
    実際、私が昔勤めていたその集団指導塾も、上のクラスの半分以上の生徒が自校作成校を志望し、私の在籍した5年間では、もともと無謀な受験だった1人を除いて全員合格しましたが、下のクラスの都立の合格率は50%に満たない年もありました。

    1つには、進路指導上の困難があったこと。
    過去問の得点を生徒に自己申告してもらうシステムを取っていたのです。
    模試の判定も参考にしていましたが、模試の問題は本物の入試問題と比較するとやはりちょっとあっさりしています。
    「都立そっくり」といっても、国語や英語ほどの再現度にはなっていない科目もあります。
    難度は一致しているのですが、読み取らなければならない文字数がやたら多いのが都立入試です。
    くどくどと長い説明と設問を読み通す力が必要です。
    だから、模試も大切ですが、最終的には過去問で何点取れるかが合否の判断で重要となります。
    しかし、その塾の下のクラスでは、解答解説を見ながら解いた過去問の得点を申告してくる子が多く、進路指導の誤差が大きかったのです。
    中3のそのクラスは塾長が担任をするのが毎年の慣例で、塾長は、生徒のことを無条件に信じる人でした。
    私なりに進言しましたが、私の言うことよりも生徒の申告を信じてしまう人でした。
    生徒たちが解答を持っていない古い過去問を授業中に解いてその結果を塾長に渡したり、生徒本人に嘘の申告がどのような結果を招くか説明したりしましたが、解答解説を見て解いていながらも自力で解いているような錯覚に陥っている子も多く、なかなか改善しませんでした。
    水増しの過去問得点を申告した子たちは残念な結果に終わっていきました。
    志望校をあと1つ下げるべきだった子が多かったのです。

    勿論、それだけではなく、下のクラスの子は演習量を確保しづらいという課題もありました。
    宿題を出しても「難しかった」と言って解いてこない子が多いのです。
    易しいドリル形式の問題しか自力で解いてきません。
    しかし、入試問題はそんなレベルではありません。
    常に傍らにいて、
    「この問題は解けるよ」
    「この問題は、この前も解いたばかりだよ」
    と声をかけて励ますと解けるのですが、独りでは、すぐに諦めてしまうのです。
    自力で課題をぐんぐんこなす子たちとは学力差がさらに開いていってしまいます。

    過去問を買って、自分で解こうとしても、数問眺め、歯が立たないと諦めて、答えを見てしまう。
    解き方と答えをノートに書き写すことで勉強した気になってしまう。
    そして、難しい問題は解けないからと、易しい1問1答形式の薄い問題集などを自分で買って、それで受験勉強をした気になってしまう。
    自力で入試問題を解いた経験が一度もないまま、入試を迎える。
    そして、残念な結果に終わってしまうのですが、なぜ合格できなかったのか、保護者の方は真の理由を知りません。
    生徒本人が上のような分析を自力ではできないですから、知りようもないことです。
    内申は他の子と同じで、何とか合格できるのではないかという高校を受けても結局合格しなかった子の中には、受験勉強らしい受験勉強をできずに終わってしまう子も多かったのです。

    私の塾は、今年で8年目になりますが、都立高校に不合格だったのは、開校した最初の1人だけです。
    あとは、全員合格しています。
    5教科全てのその子の実力を把握し、私が直接保護者に連絡できるシステムがあること。
    常に傍らにいて、その子が解ける問題は絶対に解かせることが可能であること。
    受験事情を知らない人にとっては「何でもない都立高校」に合格させることが、私の大切な仕事です。


    都立高校に合格した子たちは、勉強のやり方を知っている子たちです。
    だらだらした服装でだらだら歩いている子も、勉強は標準以上にできるんです。
    そうした見た目と勉強ができるかどうかは、観点が異なります。
    道路にゴミを捨てていくのは・・・、それは絶対やめてほしい。


    近所の高校に対する不快な感情というのは、しかし、消え難いものなのかもしれません。
    お母様が「あんな高校」と言ったその生徒は、中3になって4をいくつか増やし、受験勉強を頑張って、都立高校に合格しました。
    ただし、1000点満点の数字がほぼ同じ、隣りの旧学区の高校に。
    その高校は、その地域の近所の人には「あんな高校」と言われていたかもしれません。
    近所の高校と何が違うというのだろう?
    そうも思いましたが、本人も保護者も納得しているのなら、それで良いのでしょう。
    自分が納得できる高校生活をおくれることが何よりも大切なこと。
    そう思います。
      


  • Posted by セギ at 13:13Comments(0)講師日記

    2019年10月28日

    高校英語。分詞構文その3。慣用表現。


    分詞構文、今回は3回目。
    基本は理解できたかと思いますので、今回は、慣用表現についてまとめます。
    分詞構文から派生して、慣用表現として固定したものです。
    高校の英文法テキストで一覧としてまとめてある場合が多いです。

    代表的なものを例文とともに示します。
    ① strictly speaking 厳密に言うと
    Strictly speaking, this sentence is not grammatical.
    厳密に言うと、この文は文法的ではない。

    これと似ているものに、
    frankly speaking 率直に言って
    generally speaking 一般的に言って
    などがありますので、まとめて覚えてしまうと良いですね。

    ② speaking of ~ ~と言えば
    Speaking of traveling, have you ever been to Athens?
    旅行と言えば、アテネに行ったことがありますか。

    talking of ~ でも、同じ意味となります。

    ③ judging from ~ ~から判断すると
    Judging from her elegant dress, she must be going to the party.
    優雅な服から判断すると、彼女はパーティに行くに違いない。

    ④ weather permitting 天候が許せば
    Weather permitting, we are going on a picnic tomorrow.
    天気が良ければ、私たちは明日ピクニックに行く。

    ⑤ taking ~ into consideration  ~を考慮に入れると、
    Taking her age into concideration, she did it very well.
    年齢を考慮に入れれば、彼女はそれをとても上手くやった。


    もはや分詞1つしか残っていないため、分詞構文の慣用表現であることに気づきにくいものもあります。

    ⑥ assuming ~ ~だとしたら
    Assuming it rains tomorrow, what shall we do?
    明日雨が降るとしたら、どうしましょう。

    ⑦ granting that ~ ~だとしても
    Granting that he has enough money to buy the new car, it doesn't mean he is going to do so.
    彼にその新車を買う金があるとしても、彼がそれを買うということにはならない。


    また、もともとは分詞構文の慣用表現だったのですが、今や接続詞としてとらえられているものには、以下のものがあります。

    ⑧ providing (that)~ もし~ならば
    Providing that it rains tomorrow, what shall we do?
    もし明日雨が降るとすれば、どうしますか。

    この providing は、provided としても可能です。
    これは、分詞構文にする前のもとの形の従属節が能動態も受動態もありえるからです。
    If we provide that it rains tomorrow, what shall we do?
    を分詞構文にするならば、
    Providing that it rains tomorrow, what shall we do?
    ですし、
    If it is provided that it rains tomorrow, what shall we do?
    を分詞構文にするならば、
    Provided that it rains tomorrow, what shall we do?
    となります。

    ➈ seeing that ~ ~だから
    Seeing that he loved his mother, he called out her with tears.
    彼は母を愛していたから、涙を流して彼女に大声で呼びかけた。

    ⑩ supposing that ~  もし~ならば
    Supposing that your husband dies, you will get the insurance money.
    もしご主人が亡くなられたら、あなたは保険金を手に入れますよ。


    以前も書きましたが、こういう慣用表現はテストには必ず出ます。
    大学入試によく出るからです。
    単純な分詞構文を書き換える問題などは全員正解できますので、むしろ入試にはほとんど出題されません。
    出るのは慣用表現です。
    まず、そのことをしっかり理解しておくことが大切です。
    何がテストに出るかを理解していない高校生が多いのです。
    定期テストは、基本が身についているかを確認する問題も多少は出題されますが、大学入試につながる英語力ということを、進学校の先生は考えて定期テストを作ります。

    しかし、そのことを理解していない高校生もいます。
    文法の基本だけ理解すれば、それで大丈夫だと思ってしまうようです。
    「だって、学校のプリントで練習したのはそれだから」
    と思ってしまうのです。
    基本を身につける練習は、それは学校の授業でやりますよ。
    せめて基本くらいは身につけてほしいですから。
    それとテストはまた別です。

    基本だけ身につけておけば何とかなるのは、小学校までです。
    小学校のカラーテストは基本しか出ません。
    学習習慣としてそこから脱却できず、中学生になり高校生になってしまっている人が案外多いのかもしれません。
    小学校の頃は、基本だけわかっていれば良いので、余裕をもって学校の授業を受け、テストを受けます。
    勉強というのはそういうもの。
    テストはそういうもの。
    とても簡単なもの。
    私が余裕をもって取り組めるもの。
    そういう誤解をしたまま中学生になり、高校生になり、テストで思うように得点できなくなっていく中でも学習習慣を変えられず、基本しか身につけようとしない人がいます。
    学校のワークを解くのでも、自分は基本問題だけ解ければいいと思っていたりします。
    基本問題は解けるから大丈夫だと口に出して言う子もいます。

    本当はもうそうではないことにうすうす気づいているけれど、それを認めて難しい勉強をするのは、自分の負担が大きくなるから避けたい。
    そんな意識も働いているのかもしれません。
    自分は基本は身につけた。
    勉強はした。
    そうした「アリバイ」だけ作っておきたいというような勉強をしていては、中学・高校と難しくなっていくテストに対応できません。
    定期テストを1回受けたら、レベルはわかると思います。
    そのレベルにあわせて、次からは勉強のレベルを上げましょうよ。

    いや、テストのレベルなんてわからない?
    テストが終わればそれっきりで、解き直したり反省したりしていないからです。
    嫌なことは忘れたい。
    一刻も早く忘れたい。
    そんなふうに目を逸らして、毎回新鮮に失敗していませんか。

    塾の生徒で、自力でテストのレベルを判断できないならば、私が判断して、以降のテスト対策に生かしていきます。
    しかし、テスト問題を持ってくることができない子もなかにはいます。
    答案用紙が返却される頃には、問題用紙を失くしてしまっている子たちです。
    テストの点数だけを知りたいわけではないので、答案用紙だけ見せられても困るのです。
    私は出題レベルと出題形式を知りたい。
    それぞれの問題が出題範囲のどこから出たのかを知りたい。

    問題用紙を見たときに、この問題は出題範囲のどこから出たのか、私には全く見覚えがなくて困惑することもあります。
    「これは、どの範囲から出た問題?」
    「多分、朝学習プリントから・・・」
    「・・・何ですか、それは?」
    というように、私の知らないテスト範囲から多数出題されていて唖然とすることもあります。
    テスト範囲の正確な把握は、テスト対策の要です。
    そして、テスト範囲はまんべんなく取り組みましょう。
    捨てていい範囲はありません。

      


  • Posted by セギ at 11:19Comments(0)英語

    2019年10月24日

    中学数学「2乗に比例する関数」。変化の割合と a(p+q)の威力。



    さて、今回は中学数学に戻り、「2乗に比例する関数」を考えてみます。

    中学数学では、2次関数のグラフの頂点は常に原点です。
    一般式は、y=ax2 となります。
    これが、「2乗に比例する関数」と呼ばれるものです。

    この単元で重要なのは、単元の後半の「放物線と直線」「放物線と図形」などの問題です。
    高校入試で出題されるのもそこです。
    しかし、学習の前半、意外に苦戦するのが、「変化の割合」に関する問題です。

    問題 関数 y=-1/4x2 において、xが-9から-6まで増加するときの変化の割合を求めよ。

    変化の割合とは、
    yの増加量
    xの増加量

    で求められるものです。
    それは、グラフ上の2点を結んだ直線の傾きでもあります。

    1次関数においては、変化の割合はグラフの傾きと等しく、y=ax+b のaの値そのものでしたから、特に問題ありませんでした。
    しかし、2乗に比例する関数は、yの増加量が刻々と変化するものですから、変化の割合は計算しないと求められません。

    上の問題で言えば、まずそれぞれのxの値に対するyの値を計算する必要があります。

    x=-9のとき、y=-1/4×(-9)2=-81/4
    x=-6のとき、y=-1/4×(-6)2=-36/4
    xの増加量は3。
    yの増加量は、-36/4-(-81/4)=45/4
    よって、変化の割合は、45/4÷3=15/4

    負の数の計算であること。
    変化の割合を計算する際に、分子が分数である、繁文数になってしまうこと。
    そういうこともあって、途中で計算ミスをしたり、計算の仕方がわからなくなって答えが出せない子が多い問題です。


    計算力がないから、自分はこういう問題は正答できない・・・。

    しかし、諦める必要はありません。
    2乗に比例する関数の変化の割合は、簡単に求める公式があります。
    関数 y=ax2 において、xがpからqに増加したときの変化の割合は、
    a(p+q) で求められるのです。

    上の問題で言えば、-1/4(-9-6)=-1/4×(-15)=15/4
    と、実にあっけなく、正解を出すことができます。

    何で a(p+q) で変化の割合が求められるのか?
    まずはその証明をしましょう。

    y=ax2 において、
    x=p のとき、y=ap2
    x=q のとき、y=aq2
    よって、変化の割合は、
    (aq2-ap2)/(q-p)
    分子を因数分解しましょう。
    =a(q2-p2)/(q-p)
    =a(q+p)(q-p)/(q-p)
    分母・分子に同じ(q-p)がありますから、それで約分できます。
    =a(q+p)
    =a(p+q)

    pやqが負の数のときは、その符号も含めて単純に足したものに a をかければ、すぐに変化の割合を求めることができるのです。


    この公式は公立の中学校では教えません。
    変化の割合の本来の意味と公式の見た目とがかけ離れているため、理解できない子や誤用する子が多いからだと思います。
    中学の段階では、変化の割合の本来の意味をしっかり理解することのほうが重要です。
    変化の割合は、高校数学では「平均変化率」という言葉に変わり、これが微分で大きな意味を持ちます。
    非常に重要な学習事項です。
    a(p+q) という公式は、頂点が原点にある放物線、すなわち y=ax2 においてのみ使用できる公式です。
    高校に入って、もっと一般的な2次関数 y=a(x-p)2+q の学習をするようになったときには使用できません。
    使用期間が限定的であり、かつ、実感に乏しい。
    こんな公式、教えませんよね。

    ところが、中高一貫校では教えます。
    進学塾の、学力が上のクラスでは教えます。
    私も、学力の高い子には教えます。

    だって、本来の求め方をすると、時間がかかる上に計算ミスのリスクが高いのです。
    この公式で求められるのなら、この公式で解いたほうが良いでしょう。

    この公式を教えたときの公立中学の生徒の反応は色々です。
    積極的に活用する子もいますが、教わってもこの公式を使わない子もいます。
    理解できなかったからかな?というとそうではなく、学校で教わっていない公式を使ったらダメなのではないか、というためらいがあるようなのです。
    学校の問題集の発展問題に、a(p+q)を証明する問題が載っている場合は、
    「先生に、何でこんな解き方をしたのと言われたら、学校の問題集に載っていたと説明すれば大丈夫だよ」
    と言うと、ほっとした顔をして、それからは安心して使う子もいます。
    学校で教わった解き方をしないとテストでバツにされる、あるいは目をつけられると思っているのかもしれません。
    数学の先生にそんな人はいないのですが、何だか信用していないんですね。

    小学生の子が、夏休みの筆算の宿題で定規を使っていなかったので全問解き直しをさせられたとか、かけ算の順番を逆に書いたのでバツにされているテストの画像がネット上げられているのを見たりします。
    なるほど、日本は広い。
    そんな目にあう子もいるのだなあと思うのですが、それは小学生の話。
    小学校の先生は、数学の先生ではないのです。
    数学的に正しいとはどういうことかという感覚のない人もなかにはいるので、そんな「事故」もときに起こってしまうのだと思います。
    小学校の先生は、もっと別のことの専門家なので、仕方ないんじゃないかなと思います。

    中学の数学のテストは、「数学のテスト」なのですから、数学的に正しければ、その先生が教えた解き方であろうとなかろうと、マルをもらえます。
    その先生が、その解き方を知らないわけではないですから。
    公立中学で教えても教育効果が上がらないと思うから教えないだけです。
    その子がわかって活用しているのなら、例えば中学生が三角形の面積を求めるのに三角比を使おうとベクトルを使おうと、マルはくれます。
    そこは信用していいところだと思います。

    こういうことは、でも、その子はむしろ被害者かもしれません。
    大人を怒らせないように言動に気をつける。
    目をつけられないように用心する。
    それが行動規範になると、数学よりも、むしろ他の科目で弊害が出ます。
    特に、国語と社会。

    高校の入試問題は、偏差値の高い高校になればなるほど、出題される小説は規範を外れた内容だったりします。
    川端康成や三島由紀夫の小説がさらっと出題されています。
    文学の毒がたっぷり盛られた小説を、そういう子たちは読み取れません。
    小説は「人はこう生きるべきである」といった、正しいこと、ためになることが書いてあると思い込んでいるのかもしれません。
    四択問題ですと、やたら道徳的でもっともらしいことが述べられている選択肢にあっさり引っかかり、失点します。
    「国語は道徳の時間じゃありませんから、そんな説教くさいことを書いてある選択肢は、見た瞬間に消去しなさい。出題されている文章が説教くさい文章だったら仕方ないですけど、これはそうじゃないでしょう?」
    と言っても、キョトンとした顔をします。

    入試問題は、論説文もかなりエッジが効いていることがあります。
    それを読んだ上での200字作文が「私もこれからは一生懸命努力して~」といった決意表明になってしまう子もいます。
    いやいやいや、そんな決意表明は要求されていない・・・。
    この文章を読んで、なぜその決意になる?
    むしろ、読解できていないことを表明しているだけなのでは?
    しかし、そういう作文しか書けない子もいるのです。
    道徳的なことを書いておけば安心。
    それ以外のことを書けと言われると、途端に言葉を失う・・・。

    社会は、地理や歴史はそれほど影響が出ないのですが、公民で妙な選択肢に引っかかります。
    「日本国憲法は、国民の義務を明確にし、国民の権利の過剰な行使を制限するものであり、その改正は内閣が決定し、内閣総理大臣が公布する」
    といった、社会科の先生が遊んでいるとしか思えない選択肢を選んでしまうのです。
    ここまでくると、
    社会科の授業、ちゃんと聞いてる?
    憲法の原文を読んだことある?
    もしかして、世の中ってそういうものだと思っている?
    君を縛るものは、日本国憲法ではなく、そうだと思い込んでいる君の心の中にある何かだよ?
    と心配になってしまいます。

    真面目な優等生なんだけれど、テストで案外得点が伸びないのは、むしろそういうところが原因かもしれない。
    志望校に合格すれば、そんな固定観念を易々と打ち破る人間関係や経験に恵まれるだろう。
    何年かに1人現れるそのような子には、それに期待し、とにかく志望校に合格してもらいました。


    話がかなり逸れましたので、数学の話に戻って。
    上の、変化の割合を求める a(p+q) の公式は、計算ミスをしなくて済むという点で、計算に自信のない人ほど活用してほしい公式です。

    数学力をどのように判断するか、さまざまな観点があると思いますが、「思考力」「計算力」の2点だけで見ても、
    思考力も計算力もある子。
    思考力に乏しいが、計算力のある子。
    思考力はあるが、計算力に乏しい子。
    思考力も計算力も乏しい子。
    の4つのタイプに分かれます。
    それもそれぞれどの程度なのか、グラデーションのある話ではありますが。

    思考力に乏しいが計算力のある子は、数学的思考の面白さに本人が気づくことさえできれば学力が飛躍します。
    中1の段階では数学の成績は「3」で、言うことも何だかトンチンカンだけれど、計算ミスはほとんどない。
    計算する様子を見ていると、地道でもっさりしたやり方ではなく、クールな計算方法を身につけている。
    暗算するところと、しっかり書いていくところのメリハリがある。
    学校で最初に学ぶ、地道でモタモタした計算過程をいつまでも踏んでいるようなところがなく、本人の理解により省略すべきところは省略し、書くべきところはしっかり書いている。
    こういう子は、いずれ大バケする可能性があります。
    問題を解く過程で対話を繰り返しながら、そのうちどうにかなると呑気に構えていると、予想通りに中3では「5」になった。
    そんな子を、今まで何人も見てきました。
    計算を正しくできるというのは、やはり数学的には何らかの達成を見せているのだと思います。
    計算をする際に使っている論理を思考に生かせていないだけで、思考力がないわけではなかったのだ、ということかもしれません。

    「クールな計算方法」を身につけているのが鍵です。
    計算をこのように論理的にこなしているのに、問題を解く際になぜその思考力を使わない?
    そのように感じる子は、いずれどこかの回線がつながって何とかなるだろうという予感がするのです。

    反対に「地道でもっさりした計算」というのは、しかし、多くの子がやってしまう計算です。

    例えば、25000×5000 といった計算。
    これは、25×5を計算して(暗算もできるはずです)、それに0を6個つけたらいいですね。
    小学校でも教えている計算の仕方です。
    習ったときは、誰でもできます。
    しかし、その単元が終わると、それをコロッと忘れて、以後ずっと、0の大行進的な筆算をしてしまう子がいます。
    そして、桁がズレてしまい、誤答します。
    そういう計算をしているのを発見する度に助言しますが、しばらく経つと、また同じ0の大行進を行ってしまう子は多いです。
    つまりは、なぜそれで計算できるのか理解していないのだと思います。
    そういう解き方があることを習えば、そのときだけそのように計算しても、根本を理解できていないのです。
    数字の桁に関する感覚が脆弱なのかもしれません。
    25000×5000
    =25×5×1000×1000
    =125000000
    数字を上のように分解した上で、さらに交換法則・結合法則を利用して計算するのが、この計算方法の意味です。
    やり方だけ覚えるのではなく、その意味がわかっている子は、以後、ずっとこの計算方法で計算します。
    意味がわかっていない子は、やり方をすぐ忘れてしまい、このやり方を自分のものとすることができないのです。

    また、例えば、312×205 といった計算。

      312
     ×205
     1560
    624
    63960

    といった筆算をすれば良いのですが、

      312
     ×205
     1560
     000
    624
    63960

    といった余計な1行を書かずにいられない子もいます。
    これも、省略するよう小学校で教えられているのですが、それを省略できることをすぐに忘れ、型通りに計算してしまうのだと思います。

    また、例えば、25000÷5000 といった計算。
    割られる数と割る数とに、それぞれ同じ数をかけても、あるいは同じ数で割っても、商は同じです。
    だから、
    25000÷5000
    =25÷5
    =5
    と暗算できます。
    慣れてくれば、0がついたままの状態でも桁を読むことで暗算できます。
    しかし、これも、0が3個ついたまま、もっさりした筆算をする子は多いです。
    25000÷5000=25÷5 であることは、小数のわり算を行うためにも重要な考え方です。
    例えば、2.5÷0.5 をなぜ小数点を移動して計算するのかは、上の考え方がもとになっています。
    小数点の移動は、すなわち、割られる数と割る数とをそれぞれ10倍して、25÷5 として筆算しているのです。
    しかし、そのことを理解せず、ただ筆算のやり方だけを覚えている子のほうが多いです。
    計算は意味を失い、ただの作業手順となっています。

    これは学校教育が悪いのではありません。
    学校の授業でも、教科書でも、このことは強調されているのです。
    ただ、本人が、やり方しか覚えない。
    小学校でやり方しか覚えなかったため、中学生・高校生になって、論理的思考についていけなくなってしまうのです。
    どれだけ意味を説明されても、それをまだるっこしいと感じて「やり方だけ教えて」「やり方だけ知りたい」となってしまう子が多いのです。
    頭の回転が速いように見える子に、案外このタイプが多いので、苦慮するところです。
    本人の頭の働かせ方の癖なのでしょう。
    一方で、どんなに小さなことでも、意味を知りたいタイプの子もいます。
    そして、意味を知っている子は、時間が経っても、25000÷5000 といった計算で同じ論理を利用できます。
    算数・数学が統一された論理で動いていることを実感しています。
    数理の根本がわかっているというのは、そういうことだと思います。
    中学や高校の数学になって、何をして良くて、何をしたらダメなのか、自分で判断できなくなるのは、やり方だけ覚えてきたけれど意味を理解していなかったからなのです。

    また、例えばこんな計算。
    -27+18-33+26
    中1の最初に学習する「正負の数」の計算です。
    これも、同符号の計算をまとめてやれば楽であることを学校で指導されているはずです。
    =-60+44
    =-16
    というように。
    しかし、これを、
    -27+18-33+26
    =-9-33+26
    =-42+26
    =-16
    と、順番通りに計算しなければ答えが出せない中学生もいます。
    順番通りでなければ計算できないと思っているのか?
    数字の前にある符号は、計算記号ではなく、その数のもつ正負の符号であることを、学習が終わると忘れてしまうのか?
    つまり、その子にとって上の式は、小学校からお馴染みのたし算と引き算の式のままで、中学で新しく学習した、
    (-27)+(+18)+(-33)+(+26)
    と見ることができないのではないかと思うのです。
    「正負の数」の学習の最初は、このように(  )がついています。
    省略して書くことができるというだけで、(  )は常に存在すると思って計算して良いのです。
    全てたし算ですから、交換法則も結合法則も利用できます。
    そのことを、忘れてしまう。
    あるいは、最初から理解していない。
    だから、法則が使えることがわからない。
    「え?ひき算って、順番変えたらダメなんじゃないの?」
    という小学生の感覚に戻ってしまうのだと思います。

    -27+18-33+26
    =-9-33+26
    =-42+26
    =-16
    という順番で正確に計算している子は、計算力はあるのではないか?
    確かに「人間電卓」的な計算力はあると思います。
    しかし、論理的思考力を感じさせるものではないのです。

    交換法則も結合法則も分配法則も、桁移動の仕組みも、全ては小学校で学習しています。
    大切なことは全て小学校で学んでいます。
    しかし、大切なことを学んでいることに気づかない。
    大切なことを、大切なことだと認識できず、記憶の中からあっさり消して、筆算のやり方や公式の丸暗記のみ行う子は、計算の過程にそれが表れます。
    そうではないクールな計算方法を身につけている子は、数学的思考が可能な子、いずれ大バケする子、と感じるのです。

    一方、思考力はあるが計算ミスの多い子というのも存在します。
    計算のやり方がわからないわけではありません。
    ただ、雑なのか、正確さを保てないのか、計算の正答率はかなり低い。
    計算問題を正答できるかどうか五分五分ということもあります。
    しかし、理解力や思考力があるので、座標平面と図形の問題、動点に関する問題、図形の証明問題、空間図形の求積の問題のような、数学嫌いな子が避けたがる問題も自力で解いていくことができます。
    ただ、計算は合わないことが多いです。

    なぜケアレスミスをそれほど繰り返すのか?
    特定の計算でミスをしやすいのならそこを強化すれば良いのですが、多種多様なミスをその都度新たに繰り出してくるタイプの子が多いのも特徴です。
    ある日は数字を書き間違い、ある日はひき算なのにうっかり足してしまい、ある日は無理な暗算をしてしまい、ある日は符号を書き忘れる・・・。
    考えることに夢中で、手元がおろそかになっているのか?
    式を書いている間に、他のことを考えているのではないか?
    思考力はあるが、集中力が足りないのか?
    さまざまな理由が考えられますが、受験を機に解消される子と、それでは解消されず高校生になってしまう子とがいます。

    ケアレスミスをしやすい傾向は、残念ですが非常に直りにくいものです。
    計算ドリルを何冊解いても、目立った改善は見られないことがあります。
    あとは、ミスしやすい自分と折り合いをつけながら、それを含み込んで点数を読んでいく。
    複雑な計算過程を踏まないよう、上の公式のように、ミスしなくて済む解き方を身につけていく。
    そういうことで対応していけば良いのではないかと思います。
    多少の改善はみられても根本的には直らない。
    この計算力を前提としてやっていくしかない、と感じます。
    本人が一番嫌な思いをしているのですから、自覚すれば直るというものではないのです。
    まして、それを叱ったりしても、直りません。
    誰にも苦手はあります。
    その代わり、思考力を伸ばすだけ伸ばす。
    基本問題で失点する分、テストの後半の応用問題で部分点を取る。
    そういう得点の取り方を考えていくのが現実的ではないかと思います。
    また、そうやってあまり思いつめないようにしていると、前よりは改善されていることも多いです。

      


  • Posted by セギ at 13:48Comments(0)算数・数学

    2019年10月21日

    台風一過の奥高尾を歩いてきました。2019年10月。


    2019年10月20日(日)、奥高尾を歩いてきました。
    今年は日曜日に晴れが少なく、5月は立て続けに雷雨にあい、それから少し慎重になったら、毎週曇り。
    気象情報を信用して山に行かないことにすると日曜日当日は案外晴れ。
    そうかと思って前日から準備していると、当日は朝から雨。
    そうこうするうちに、10月12日、台風19号が来襲しました。
    三鷹はほとんど被害なく済みましたが、八王子市内、特に高尾周辺に大きな被害が出て、胸が痛みます。
    おぼろげな記憶ですが新潟地震で街が黒い水に浸かった光景を知る私には、水害がその後どれほどの被害を残すのか実感があります。
    被災された方に、心よりお見舞い申し上げます。

    朝9:00。高尾山口のケーブル清滝駅到着。
    ケーブルの線路にも土砂が流れ込んで一時期不通となっていましたが、数日前に復旧。
    リフトは被害がなく、台風翌日から運行していました。
    現在、高尾山の1号路が倒木と土砂崩れで不通となっています。(追記 10月24日、通行可能となりました)
    完全舗装のあの1号路が?と驚きます。
    電車を降りた人たちは稲荷山尾根に次々と入っていきました。
    登山口から数珠つなぎの行列ができています。
    私はリフトを選択。

    リフトから見る山は、特にいつもと変わりないように見えました。
    倒木も見られません。
    ネットの張られた足許も、落ち葉や枯れ枝などはほとんどありません。
    清掃されたからかもしれません。
    ただ、どんどん上がっていくと、一部赤土の露出しているところが見えました。
    土砂崩れが起きた様子です。

    9:10。リフト山上駅。
    さて、ここから上の1号路は通行可能です。
    リフトかケーブルを利用しないとここを歩けないので、道は空いていました。
    山はすっかり秋。
    コウヤボウキの花など撮影しながら、ゆっくり歩いていきました。
    雨上がりで空気が澄んでいるので、高曇りながら眺望は良好です。
    スカイツリーもくっきりと鉛筆のようなシルエットを見せています。
    杉苗の奉納者名簿の並ぶところで小さな土砂崩れが起きていました。
    土砂はまだそのままですが、ブルーシートで覆われています。
    道が広いので、ブルーシートを避けて歩いていくことができます。

    薬王院。9:35。
    読経が響いています。
    あ。京王のスタンプラリーの台紙が置いてあります。
    そうか。
    もう秋のスタンプラリーの時期なんですね。
    見ると、昔と比べて随分スタンプ箇所が減り、陣馬山から高尾山へと1日で歩けるコース設定になっていました。
    でも、琵琶滝のスタンプは今は押せません。
    6号路琵琶滝コースは、登山道崩落と一部水没により、通行不可。
    登山道が水没・・・。

    高尾山頂。9:50。
    厚い雲に覆われ、富士山は見えませんでした。
    丹沢がいつもよりくっきりと大きく見えましたが、山頂は雲の中。
    丹沢は、大倉尾根や、大倉から鍋割山への道は通行可能とのこと。
    西丹沢はバスが不通で、ビジターセンターも休館中だそうです。
    二ノ塔・三ノ塔付近は、危険個所があるとのこと。
    全て、10月20日付けの情報です。

    さて、どこまで行けるか、奥高尾を歩いてみます。
    いつもより人が少ない高尾縦走路へ。
    紅葉台から木段を降りていくと、あ、アサギマダラ。
    アザミの花に止まりました。
    上の画像がそれです。
    相変わらず、地面近くを飛ぶときは不安定なふわふわした飛び方です。
    台風の最中は、どうしていたんだろう。
    大変だったろうなあ。
    後ろから来た人も、私が撮影しているところをちょっと覗き込み、「あ」と小さい声をもらして、いそいそとスマホを取り出しました。

    一丁平。10:35。
    久しぶりの山歩きなので、ここまでで大汗をかきました。
    ベンチの1つに座って休憩。
    大垂水方面へ歩いていったトレイルランナーの集団が、しばらくすると戻ってきました。
    南高尾への道も、今は歩けないようです。
    一丁平の手前にある大垂水方面への道も封鎖されていました。
    後に得た情報では、南高尾山陵の見晴台付近が崩落しているとのことです。
    順次復旧するだろうけれど、紅葉シーズンに間にあうかなあ。

    そこから木段を上っていくと、小仏城山。11:05。
    茶店は2軒ともお休みでした。
    日影沢林道が土砂崩れで不通になっているので、茶店の人が登ってこられないのでしょう。
    スタンプラリーのスタンプ台は設置されていました。
    これは、京王の人が毎日回収して、また設置しているのかなあ?
    茶店の人に委託していると思い込んでいたので、ちょっと驚きながら、スタンプを押しました。

    向こうから歩いてくる人もいるので、景信山まで行ってみることにしました。
    尾根道の登山道で歩きにくいところは特にありません。
    雨上がりなので少し用心が必要な他は、いつも通りの奥高尾の山道でした。
    木の根の作る段差を下ってしばらくいくと、相模湖を見晴らせるベンチ。
    相模湖は茶色に濁っていました。
    川の水がまだ濁っているのでしょう。
    そこからさらに下っていくと小仏峠。
    小仏へと下っていく道は封鎖されていました。
    高尾・小仏間のバスは、今週から一部運行再開とのことです。
    まだかなりの間引き運転らしいですが。

    小仏峠からは景信山へ登り返します。
    前後に全く人がいないので、自分のペースで淡々と歩いていけました。
    ゆっくり歩くと、高尾では今まで見たことがなかった花を見つけたりします。
    わあ、センニンソウ。
    しかもこんな大きな株。
    今まで見つけなかったことがむしろ不思議なほどです。

    最後の急坂をゆっくり登って、景信山。12:15。
    ベンチはそこそこのにぎわい。
    茶店も営業中でした。
    下の茶店のベンチを1つ借りて、昼食。
    隣りのベンチの人が、
    「あれ、江の島か?」
    と話しているので、見ると、確かに、あれは江の島のよう。
    奥高尾から相模湾なんて、冬でなければ見られないと思っていました。

    さて、ここから戻ることにしました。
    高尾駅・陣馬高原下のバスは、高尾駅-大久保間のみ運行。
    登山口まではバスはきていません。
    道路崩落は改善されたそうですが、まだバスが運行できる状況ではないそうです。

    雨上がりなのでいつもより滑り易く、用心しながらとっとこ下っていき、小仏峠。13:10。
    さすがに登山地図を売る人の姿もありません。
    ベンチに座って休憩していると、相模湖への道を降りていく人がいました。
    ちょっと心惹かれ、地図を見ました。
    今年中には一度歩いてみたいと思っていた、相模湖へと降りていく道。
    舗装道路歩きが長いので、こんな機会でなければまた先伸ばしにしそう。
    行ってみようかな?

    降りていく道の始まりには看板があり、「甲州道中」という表示もありました。
    ここは昔の甲州街道。
    歴史のある道なのでした。
    江戸時代の旅人も飛脚も大名も、この道を通ったのだそうです。
    道は多少でこぼこしていましたが、道幅が広く、傾斜も緩やかで、歩きやすい道でした。
    台風で荒れている箇所もありません。

    途中、登ってくる方と出会いました。
    「ああ良かった。下まで通じてますね」
    「うん。倒木でもあるかと思ったけれど、大丈夫だね」
    そんな会話を交わしました。
    マイナーな道を下る人にあるあるの安堵をし、歩を進めました。
    登山口。13:50。

    ここからは舗装道路です。
    下り道なので、歩くのは楽でした。
    すぐ上が高速道路なので、車の音が後ろから来ているのか上からの音なのかよくわからないのが多少難点。
    でも、後ろから来る車は結局ありませんでした。
    美女谷への分岐まで下りてくると、橋からは川の水が轟々と流れている様子が見られました。
    狭い川なのに、まだこんなに勢いがある。

    底沢バス停。14:20。
    次の相模湖行きのバスは、14:50。
    あと1.6kmなので、歩くことにしました。
    ここは甲州街道。
    歩道が整備されていて、歩きやすいです。
    しばらく行くと、小原の里へ。
    小原宿の本陣も見えてきました。
    普通の民家もそれらしく暖簾を下げて、街の美観に協力し、宿場町らしい雰囲気を醸し出しています。
    散歩するのにちょっと良い感じの道をてくてく歩き、キンモクセイの大きな木を写真に撮ったりして、相模湖駅。14:50。
    改札前に臨時時刻表が置かれてありました。
    高尾行きは、14:40の次は、16:00。
    うわ、本当に?
    びっくりして見ていると、職員の方がすすっと近づいてきました。
    「何がご不明な点がおありですか」
    「いえ、随分本数が少ないなあと思って見ていただけです」
    「相模湖・高尾間で単線運行になっておりまして。明日からは1時間に1本となりますので」
    「はあ・・・。はい、わかりました」
    バスのことばかり気にしていて、電車のことに気づいていなかった・・・。
    というより、相模湖に降りることに急に決めたので、その方面の下調べが足りなかったです。

    相模湖と高尾駅との間で土砂崩れがあり、線路が片側不通で、単線運行中。
    底沢には八王子駅行きや高尾山口行きのバスもあったようだったので、確認すれば良かったなあ。
    そんなに本数があるとは思えないけれど。
    まあ、電車があるだけ有難い。
    通学通勤の人は、随分不便な思いをされているだろうと思います。

    とりあえず座って休憩したいので、2番線・3番線ホームのベンチへ。
    山支度を解いたりしていると、甲府からの普通電車がやってきました。
    電車は相模湖で折り返し、また甲府行きとなり戻っていきました。
    高尾へ行く乗客は、1番線ホームに移動。
    これで、次に来る高尾行きの電車が、その電車のもともとの乗客プラス今降りた乗客だと、大変な満員電車になるのかなあ。
    ぎゅうぎゅう詰めでもいいけれど、乗れないと嫌だな。
    そう思っていると、15:45頃、予想に反し、高尾のほうから、中央快速の車両の電車が入ってきました。
    あ。
    ひと駅だけ、折り返し運転をしているんですね。
    10両編成?12両編成?
    普段の高尾・甲府間は6両編成ですから、キャパは2倍。
    電車が入ってきてから慌ててホームを移動した私でも座ることができました。
    相当な人員配置と車両配置で、この危機を乗り切ろうとしている様子です。

    16:00。予定通り電車は出発。
    電車からは、線路復旧のために働く人達の姿が見えました。
    ご苦労様です。
    たったひと駅ですが、徐行運転なので、20分近くかかって高尾駅に到着。
    そこからは、ホームの向かい側の東京行き中央快速に乗り換えでき、スムーズに三鷹まで帰ることができました。
      


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    2019年10月17日

    高校英語。分詞構文その2。


    分詞構文の学習。
    前回は、分詞構文の作り方の基本を学習しましたので、今回は、否定文や各時制の分詞構文を見ていきましょう。

    ①否定語を含む従属節
    As I didn't know which way to go, I had to guess.
    どちらの道を行けばよいかわからなかったので、私は勘に頼らねばならなかった。

    さて、これを分詞構文にしましょう。
    簡単に復元できるものはどんどん省略するのがルールでした。
    理由を表す接続詞 as と、主節と同じ主語 I は省略します。
    主節も従属節も過去形で、時制のズレはないので、これも復元可能ですから気にしなくてよいです。
    問題は、否定語 not。
    これを省略したら、意味が真逆になってしまいます。
    だから、これは残します。
    分詞構文の冒頭に残します。

    Not knowing which way to go, I had to guess.

    これで、分詞構文にすることができました。
    否定語を先頭に立てて、その後、従属節の動詞を現在分詞に変える。
    これで分詞構文への書き換えはOKです。


    ②完了形の従属節
    Since I had lost the bet, I had to pay for dinner.
    私は賭けに負けたので、夕食代を払わなければならなかった。

    従属節は過去完了形で、主節は過去形です。
    この過去完了は、大過去を表します。
    大過去とは、過去よりもさらに古い過去のことです。
    掛けに負けたのは、夕食代を払うときより前です。
    また、この文の場合は、「賭けに負けてしまった」という完了の意味ととらえることも可能です。
    過去完了は、このようにどちらの用法なのか曖昧なものも多いのです。
    どちらに解釈しても文意が変わらない場合は、曖昧なままで良いのです。

    さて、接続詞 since と、主節と同じ主語 I が省略可能なのは、もう大丈夫でしょう。
    その後、動詞 lose を単純に現在分詞の losing にしていいかというと、これでは、従属節に復元しようとしたとき、主節と同じ過去形と同じ時制に戻すことになってしまいます。
    分詞構文をもとの従属節に戻す際のルールは、「主節と同じ時制に復元する」だからです。
    時制が1つ古いことを示したいとき、あるいは、完了形だったことを示したいときは、どうしたら良いでしょうか。
    動詞を「having +過去分詞」にします。

    Having lost the bet, I had to pay for dinner.

    分詞構文は、とにかく何かを~ing 形にする、と覚えておくと、印象に残ると思います。
    完了形を作る助動詞 have をhaving にするのです。
    印象的ですね。


    ③受動態の従属節
    Since this book is written in simple English, it is easy to read.
    この本は簡単な英語で書かれているので、読みやすい。

    接続詞 since は省略可能です。
    主語は、従属節の this book と主節の it は同じものを表していますから、主節のほうに this book を移動させれば、従属節の主語は省略可能です。
    さて、どこを現在分詞にするか?
    be 動詞を現在分詞にします。

    Being written in simple English, this book is easy to read.

    これはこれで正しい英語ですが、この being も要らないですね。
    being を省略しても、いきなり過去分詞から始まっていれば、「ああ、being を省略したんだな」とわかります。
    だから、
    Written in simple English, this book is easy to read.
    と書くのが普通です。
    これを「過去分詞による分詞構文」ととらえる文法書もありますが、面倒くさくなるだけですので、being が省略されていると考えたほうが、1つのルールで統一されている感があります。
    ルールは、シンプルなほうが良いのです。
    分詞構文は、とにかく現在分詞~ing を用いるものなのだと思っていたほうがスッキリします。
    先程の完了形の分詞構文 having+過去分詞という荒業も、統一されたルールから考えれば何となく腑に落ちてきますし。


    ④独立分詞構文
    急に文法用語が出てきて、え、何それ、と思うでしょうが、これは、主語が従属節と主節で異なる分詞構文という意味です。
    歴史的には、ラテン語の用法を英語が模倣して広まったとのことです。
    へえ・・・以外の感想も特にないだろう豆知識ですが、ともあれ、実際の用法を見てみましょう。

    Because it was Tuesday , the barber shop was closed.
    火曜日だったので、その理髪店は閉まっていた。

    接続詞 because は省略できます。
    従属節の主語は、時や曜日を表す主語の it 。
    主節の主語は、barber shop です。
    主語が異なるのに省略すると、復元できません。
    そこで、従属節の主語は先頭に残し、動詞は現在分詞にすることで、分詞構文を作ります。

    It being Tuesday , the barber shop was closed.

    これを独立分詞構文と呼びます。
    また別の例を。

    When the ceremony was over, the crowd dispersed.
    式が終わって、群衆は散った。

    これも、接続詞 when は省略可能です。
    従属節の主語は ceremony 、主節の主語は crowd ですから、省略できません。
    The ceremony being over, the crowd dispersed.
    となります。
    ここで、この being を省略しても意味がわかるので、これも省略してしまうことがあります。
    The ceremony over, the crowd dispersed.
    従属節がSVCで、Cが名詞のときは、 being は省略しにくいですが、この文のように、従属節がSVCでCが形容詞のとき、特に over のときは、省略してもいいかなという意識が働く様子です。
    よくわからないときは、省略しないでおくのが賢明でしょう。

    ところで、従属節と主節とで主語が異なるときは、主語を省略してはいけないといっても、言語というのは人間が日常生活で用いるものですから、省略してはいけないのに省略しちゃった、ということはありがちです。
    意味はわかるから、これはこれでいいじゃないという意識が働くのも、ネイティブならば自然なことです。

    Looking out of the window, the mountains were beatiful.
    窓から外を眺めると、山々が美しかった。

    するっと読めてしまう文ですが、よく見ると、分詞構文の主語は I で、主節の主語は mountains です。
    文法的正確さにこだわるならば、I は省略してはいけないのです。
    だから、英米の文法学者はこれは誤りであると言うのですが、一般人にとっては、そんなのどうでもいい・・・という、日本語でも「あるある」な状況が起きているそうです。
    言語は今を生きる人が使うもの。
    言語は生き物。
    そういうことが英語にも日本語にもいえるのだと気づくと、言語を学ぶことがまた少し楽しくなるかと思います。



      


  • Posted by セギ at 14:21Comments(0)英語

    2019年10月16日

    高校数Ⅱ「式と証明」。恒等式。


    今回は「恒等式」の学習です。
    恒等式とは、その名の通り、常に成り立つ式のことです。
    「xについての恒等式」でしたら、xにどのような値を入れても常に成り立つことを意味します。
    これも、
    「そんなの何に使うの?」
    という疑問がわくかもしれませんが、後になって別の単元でそれを利用して解く問題が出てきますから、ここでしっかり身につけたいところです。

    問題 次の整式がxについての恒等式となるように、定数a、b、cの値を定めよ。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c

    問題文中にある「整式」とは、「xの係数が整数の式」という意味ではありません。
    分母にxがある「分数式」ではないという意味です。
    xの係数やxの値は整数である必要はありません。

    さて、この問題の解き方は2つあり、それぞれ「係数比較法」「数値代入法」という名前がついています。
    まずは係数比較法から考えてみましょう。
    とりあえず、右辺を展開します。
    a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    =a(x2-1)+bx-b+c
    =aX2-a+bx-b+c
    これをxについて降べきの順に整理します。
    =ax2+bx+(-a-b+c)
    右辺をこの状態にしてから、もう一度左辺と等号で結びます。
    x2+2x+3=aX2+bx+(-a-b+c)
    この左辺と右辺の係数を比較します。
    これがxについての恒等式なのですから、左辺・右辺それぞれの係数や定数項は等しいです。
    よって、
    1=a
    2=b
    3=-a-b+c
    の3本の式が得られます。
    わからない文字が3つあるとき、式が3本あればその文字の値を求めることができます。
    連立方程式ですね。
    a=1、b=2を-a-b+c=3に代入して、
    -1-2+c=3
    -3+c=3
    c=6
    よって、a=1、b=2、c=6です。

    もう1つの解き方が「数値代入法」。
    xに適当な値を代入して、式を解いていく方法です。
    やはり、わからない文字が3つあるので、式は3本用意します。
    xにどんな値を代入した式でも良いのですが、どうせなら計算しやすいほうがいいです。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    という式から、x=0、1、-1の値を代入すると判断します。

    どういう基準で、それらの値を代入すると判断するのでしょうか?
    x=0ならば、左辺の2つの項が0になり、計算が楽です。
    同様に、x=1ならば、右辺の2つの項が0になり、その後の計算が楽になります。
    x=-1ならば、右辺の第1項が0になり、その後の計算が少し楽です。
    少しでも楽をするために数字を選んでいるだけで、別の他の数字を代入したからといって間違っているわけではありません。

    では、やってみましょう。
    x=0を代入すると、
    0+0+3=a・1・(-1)+b・(-1)+c
    すなわち、
    -a-b+c=3 ・・・・①
    x=1を代入すると、
    1+2+3=a・2・0+b・0+c
    すなわち、
    c=6 ・・・・②
    x=-1を代入すると、
    1-2+3=a・0・(-2)+b・(-2)+c 
    すなわち、
    -2b+c=2 ・・・・③
    0には何をかけても0になるので、消えてしまう項が多いですね。
    だから、xそのものが0になる値や、(x+1)や(x-1)が0になる値を用いています。

    この3本を連立方程式として解いていきます。
    ②を③に代入して、
    -2b+6=2
    -2b=-4
      b=2 ・・・④
    ②、④を①に代入して、
    -a-2+6=3
    -a+4=3
    -a=-1
     a=1

    先程の係数比較法と同じ値が出ましたが、数値代入法の場合、このまま解答してしまうわけにはいきません。
    なぜなら、x=0、1、-1のときにそれが成立することしか今のところわかっていないからです。
    xがいくつかの値に対して成り立つようにa、b、cの値を決定したに過ぎません。
    これは、xについての恒等式であるための必要条件であって、十分条件ではありません。
    そこで、a=1、b=2、c=6をもとの式に代入して、本当に大丈夫なのか確認します。
    すなわち、「十分性を示す」のです。
    a=1、b=2、c=6を与式に代入すると、
    右辺=1・(x+1)(x-1)+2(x-1)+6
       =x2-1+2x-2+6
       =x2+2x+3
    よって左辺=右辺 となり、与式は恒等式となる。
    ゆえに、a=1、b=2、c=6

    数値代入法は、このように最終確認をしなければならないことが答案的には難しく、しかもわかりにくいかもしれません。
    「必要条件」「十分条件」という言葉の意味も忘れかけていた頃に突然これが出てくるので、戸惑う高校生は多いです。
    必要条件と十分条件は、数Ⅰの最初の頃に学習した内容です。
    pならばqであるとき、pをqであるための十分条件、qをpであるための必要条件という
    上の問題でいうならば、「a=1、b=2、c=6ならば、与式はxがどのような値でも成立する」
    ということを示さなければなりません。
    「x=0、1、-1ならば、a=1、b=2、c=6である」
    では、矢印の方向が逆ですね。
    必要条件であるというのはそういう意味です。
    ですから、逆方向の矢印でも大丈夫であること、すなわち「十分性」を示すことが重要です。


    恒等式で難しいのはそこだけだと思うのですが、実際の計算で苦労する高校生もいます。
    3元1次方程式の解き方がわからないわけではないのに、正しい答えを出せない子は案外多いのです。

    中学2年の「連立方程式」の学習のとき、「代入法は嫌い」と言って加減法しかやらない子がいます。
    代入法で簡単に解ける見た目になっている問題も、わざわざ加減法にふさわしい形に式を変形して解いています。
    そういうことも少し尾を引いているのかもしれません。
    代入法が嫌いというのは、代入法の理屈が上手く理解できず、加減法のように手順を把握しやすいほうに逃げているのかもしれません。
    あるいは、2通りの解き方があるなら、1つしか覚えないという学習姿勢がその子にあるのかもしれません。
    解き方を覚える・・・。
    つまり、理解しているわけではなく、作業手順を覚えるだけなので、2通りも覚えられないから加減法しか覚えないということになっている可能性があります。
    型通りの加減法の連立方程式なら解けるのですが、手順を覚えているだけで、なぜそれで解けるのか理解していないのかもしれません。
    しかし、高校生になって使うのは、加減法よりも代入法のほうが多いのです。
    2つの解き方があるとき、1つのやり方しか覚えないのは危険です。
    というよりも、解き方を理解せず、作業手順だけ暗記しようとする姿勢そのものが危険です。
    数学は、論理を理解する科目です。

    理解するのではなく作業手順を暗記する子は、中学からではなく、おそらく小学校の低学年からそういう学習姿勢が始まっています。
    算数の問題を解くときに頭を使っている気配が見られない子は、小学校の算数の成績の良い子にも見られます。
    理解できないから頭を使わないのではないのです。
    「え?その式、どういう意味?ちゃんと考えている?」
    そう呼びかけるだけで、ハッと目が覚めたようになり、問題を解き直す子もいます。
    算数の問題を考えずにパターンで判断して解く習慣がついてしまっているのです。
    おそらく、低学年の頃についた癖なのでしょう。
    しかし、高学年になるとそのパターンが通用しない単元もあり、とんでもない式を立ててしまうようになります。
    「これはわり算だな」と判断すると、問題文の中の大きい数を小さい数で割る式を立てて済ませてしまうのが典型的な例です。
    問題文の中の数値の関係性の把握をしている様子がありません。
    低学年の子どもがパターンを読んでしまい、そのパターンに当てはめて解くようになってしまう背景は、慎重に考えなければならない課題だと感じます。
    国語が苦手で、文章の読み取りに苦しさが伴うことも一因なのかもしれません。
    努力すれば読み取れるけれど、その「努力」には頭に一定の負荷がかかるので、できれば避けたい。
    それは文章の読み取りだけでなく、「考えること」で頭に負荷がかかることをそもそも避けている可能性もあります。
    以前も書きましたが、息が切れて苦しいのが嫌で運動嫌いになる子がいるように、頭に負荷がかかるのが苦しくて考えることが嫌いになる子もいます。
    「考えると脳細胞が潰れる」
    と本気で口にする子たちです。
    実際、何かを考えようとして頭に負荷がかかることが、その子たちにとって本当に苦しくて嫌なことのようなのです。
    必ずしも学力が低いわけではありません。

    パターンで済んでしまう小学校の教科書やカラーテストにも問題はあるのかもしれません。
    あまり難しい問題を解かせていると、小学校低学年で学ぶことを諦める子も出始めるでしょうから、それも大きな問題ですが。

    小学校の算数の成績の良い子が、中学受験を目指したときに、受験算数で信じられないほどに伸び悩むのは、よくあることです。
    受験算数は「大きい数を小さい数で割る」というような安易なパターンは通用しません。
    公式もありますが、それよりも、問題文に書かれてある内容を自力で線分図や面積図に書き起こすことができ、その関係を読み取って立式する能力が必要です。
    あるいは、「速さ」や「時間と水量」などのグラフを読み取る力。
    図形を読み取る力。
    それは読解力と分析力と思考力。
    つまり「学力」が問われています。
    塾のテキストの基本問題は式も答えも暗記してしまうため、基礎力があるように見えても、それは暗記しているだけで、理解はしていない子が案外多いのです。
    そのため、テストは壊滅的な得点となります。
    あの問題もこの問題も本当は理解していなかったんだね、と露呈しますが、では復習しようとなっても、またその問題の式と答えを暗記するだけです。
    暗記するのではなく理解するんだよと教えても、それは何をどうすることなのか本質が理解できないので、何をどうして良いか本人にはわからないことがあります。
    覚醒には時間がかかります。

    問題文を内容を理解して読むことのできる子は伸びる。
    自力で考えることのできる子は伸びる。
    きわめてシンプルですが、最も教えにくいことの1つです。

      


  • Posted by セギ at 13:03Comments(0)算数・数学