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お知らせ

2019年10月17日

高校英語。分詞構文その2。


分詞構文の学習。
前回は、分詞構文の作り方の基本を学習しましたので、今回は、否定文や各時制の分詞構文を見ていきましょう。

①否定語を含む従属節
As I didn't know which way to go, I had to guess.
どちらの道を行けばよいかわからなかったので、私は勘に頼らねばならなかった。

さて、これを分詞構文にしましょう。
簡単に復元できるものはどんどん省略するのがルールでした。
理由を表す接続詞 as と、主節と同じ主語 I は省略します。
主節も従属節も過去形で、時制のズレはないので、これも復元可能ですから気にしなくてよいです。
問題は、否定語 not。
これを省略したら、意味が真逆になってしまいます。
だから、これは残します。
分詞構文の冒頭に残します。

Not knowing which way to go, I had to guess.

これで、分詞構文にすることができました。
否定語を先頭に立てて、その後、従属節の動詞を現在分詞に変える。
これで分詞構文への書き換えはOKです。


②完了形の従属節
Since I had lost the bet, I had to pay for dinner.
私は賭けに負けたので、夕食代を払わなければならなかった。

従属節は過去完了形で、主節は過去形です。
この過去完了は、大過去を表します。
大過去とは、過去よりもさらに古い過去のことです。
掛けに負けたのは、夕食代を払うときより前です。
また、この文の場合は、「賭けに負けてしまった」という完了の意味ととらえることも可能です。
過去完了は、このようにどちらの用法なのか曖昧なものも多いのです。
どちらに解釈しても文意が変わらない場合は、曖昧なままで良いのです。

さて、接続詞 since と、主節と同じ主語 I が省略可能なのは、もう大丈夫でしょう。
その後、動詞 lose を単純に現在分詞の losing にしていいかというと、これでは、従属節に復元しようとしたとき、主節と同じ過去形と同じ時制に戻すことになってしまいます。
分詞構文をもとの従属節に戻す際のルールは、「主節と同じ時制に復元する」だからです。
時制が1つ古いことを示したいとき、あるいは、完了形だったことを示したいときは、どうしたら良いでしょうか。
動詞を「having +過去分詞」にします。

Having lost the bet, I had to pay for dinner.

分詞構文は、とにかく何かを~ing 形にする、と覚えておくと、印象に残ると思います。
完了形を作る助動詞 have をhaving にするのです。
印象的ですね。


③受動態の従属節
Since this book is written in simple English, it is easy to read.
この本は簡単な英語で書かれているので、読みやすい。

接続詞 since は省略可能です。
主語は、従属節の this book と主節の it は同じものを表していますから、主節のほうに this book を移動させれば、従属節の主語は省略可能です。
さて、どこを現在分詞にするか?
be 動詞を現在分詞にします。

Being written in simple English, this book is easy to read.

これはこれで正しい英語ですが、この being も要らないですね。
being を省略しても、いきなり過去分詞から始まっていれば、「ああ、being を省略したんだな」とわかります。
だから、
Written in simple English, this book is easy to read.
と書くのが普通です。
これを「過去分詞による分詞構文」ととらえる文法書もありますが、面倒くさくなるだけですので、being が省略されていると考えたほうが、1つのルールで統一されている感があります。
ルールは、シンプルなほうが良いのです。
分詞構文は、とにかく現在分詞~ing を用いるものなのだと思っていたほうがスッキリします。
先程の完了形の分詞構文 having+過去分詞という荒業も、統一されたルールから考えれば何となく腑に落ちてきますし。


④独立分詞構文
急に文法用語が出てきて、え、何それ、と思うでしょうが、これは、主語が従属節と主節で異なる分詞構文という意味です。
歴史的には、ラテン語の用法を英語が模倣して広まったとのことです。
へえ・・・以外の感想も特にないだろう豆知識ですが、ともあれ、実際の用法を見てみましょう。

Because it was Tuesday , the barber shop was closed.
火曜日だったので、その理髪店は閉まっていた。

接続詞 because は省略できます。
従属節の主語は、時や曜日を表す主語の it 。
主節の主語は、barber shop です。
主語が異なるのに省略すると、復元できません。
そこで、従属節の主語は先頭に残し、動詞は現在分詞にすることで、分詞構文を作ります。

It being Tuesday , the barber shop was closed.

これを独立分詞構文と呼びます。
また別の例を。

When the ceremony was over, the crowd dispersed.
式が終わって、群衆は散った。

これも、接続詞 when は省略可能です。
従属節の主語は ceremony 、主節の主語は crowd ですから、省略できません。
The ceremony being over, the crowd dispersed.
となります。
ここで、この being を省略しても意味がわかるので、これも省略してしまうことがあります。
The ceremony over, the crowd dispersed.
従属節がSVCで、Cが名詞のときは、 being は省略しにくいですが、この文のように、従属節がSVCでCが形容詞のとき、特に over のときは、省略してもいいかなという意識が働く様子です。
よくわからないときは、省略しないでおくのが賢明でしょう。

ところで、従属節と主節とで主語が異なるときは、主語を省略してはいけないといっても、言語というのは人間が日常生活で用いるものですから、省略してはいけないのに省略しちゃった、ということはありがちです。
意味はわかるから、これはこれでいいじゃないという意識が働くのも、ネイティブならば自然なことです。

Looking out of the window, the mountains were beatiful.
窓から外を眺めると、山々が美しかった。

するっと読めてしまう文ですが、よく見ると、分詞構文の主語は I で、主節の主語は mountains です。
文法的正確さにこだわるならば、I は省略してはいけないのです。
だから、英米の文法学者はこれは誤りであると言うのですが、一般人にとっては、そんなのどうでもいい・・・という、日本語でも「あるある」な状況が起きているそうです。
言語は今を生きる人が使うもの。
言語は生き物。
そういうことが英語にも日本語にもいえるのだと気づくと、言語を学ぶことがまた少し楽しくなるかと思います。



  


  • Posted by セギ at 14:21Comments(0)英語

    2019年10月16日

    高校数Ⅱ「式と証明」。恒等式。


    今回は「恒等式」の学習です。
    恒等式とは、その名の通り、常に成り立つ式のことです。
    「xについての恒等式」でしたら、xにどのような値を入れても常に成り立つことを意味します。
    これも、
    「そんなの何に使うの?」
    という疑問がわくかもしれませんが、後になって別の単元でそれを利用して解く問題が出てきますから、ここでしっかり身につけたいところです。

    問題 次の整式がxについての恒等式となるように、定数a、b、cの値を定めよ。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c

    問題文中にある「整式」とは、「xの係数が整数の式」という意味ではありません。
    分母にxがある「分数式」ではないという意味です。
    xの係数やxの値は整数である必要はありません。

    さて、この問題の解き方は2つあり、それぞれ「係数比較法」「数値代入法」という名前がついています。
    まずは係数比較法から考えてみましょう。
    とりあえず、右辺を展開します。
    a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    =a(x2-1)+bx-b+c
    =aX2-a+bx-b+c
    これをxについて降べきの順に整理します。
    =ax2+bx+(-a-b+c)
    右辺をこの状態にしてから、もう一度左辺と等号で結びます。
    x2+2x+3=aX2+bx+(-a-b+c)
    この左辺と右辺の係数を比較します。
    これがxについての恒等式なのですから、左辺・右辺それぞれの係数や定数項は等しいです。
    よって、
    1=a
    2=b
    3=-a-b+c
    の3本の式が得られます。
    わからない文字が3つあるとき、式が3本あればその文字の値を求めることができます。
    連立方程式ですね。
    a=1、b=2を-a-b+c=3に代入して、
    -1-2+c=3
    -3+c=3
    c=6
    よって、a=1、b=2、c=6です。

    もう1つの解き方が「数値代入法」。
    xに適当な値を代入して、式を解いていく方法です。
    やはり、わからない文字が3つあるので、式は3本用意します。
    xにどんな値を代入した式でも良いのですが、どうせなら計算しやすいほうがいいです。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    という式から、x=0、1、-1の値を代入すると判断します。

    どういう基準で、それらの値を代入すると判断するのでしょうか?
    x=0ならば、左辺の2つの項が0になり、計算が楽です。
    同様に、x=1ならば、右辺の2つの項が0になり、その後の計算が楽になります。
    x=-1ならば、右辺の第1項が0になり、その後の計算が少し楽です。
    少しでも楽をするために数字を選んでいるだけで、別の他の数字を代入したからといって間違っているわけではありません。

    では、やってみましょう。
    x=0を代入すると、
    0+0+3=a・1・(-1)+b・(-1)+c
    すなわち、
    -a-b+c=3 ・・・・①
    x=1を代入すると、
    1+2+3=a・2・0+b・0+c
    すなわち、
    c=6 ・・・・②
    x=-1を代入すると、
    1-2+3=a・0・(-2)+b・(-2)+c 
    すなわち、
    -2b+c=2 ・・・・③
    0には何をかけても0になるので、消えてしまう項が多いですね。
    だから、xそのものが0になる値や、(x+1)や(x-1)が0になる値を用いています。

    この3本を連立方程式として解いていきます。
    ②を③に代入して、
    -2b+6=2
    -2b=-4
      b=2 ・・・④
    ②、④を①に代入して、
    -a-2+6=3
    -a+4=3
    -a=-1
     a=1

    先程の係数比較法と同じ値が出ましたが、数値代入法の場合、このまま解答してしまうわけにはいきません。
    なぜなら、x=0、1、-1のときにそれが成立することしか今のところわかっていないからです。
    xがいくつかの値に対して成り立つようにa、b、cの値を決定したに過ぎません。
    これは、xについての恒等式であるための必要条件であって、十分条件ではありません。
    そこで、a=1、b=2、c=6をもとの式に代入して、本当に大丈夫なのか確認します。
    すなわち、「十分性を示す」のです。
    a=1、b=2、c=6を与式に代入すると、
    右辺=1・(x+1)(x-1)+2(x-1)+6
       =x2-1+2x-2+6
       =x2+2x+3
    よって左辺=右辺 となり、与式は恒等式となる。
    ゆえに、a=1、b=2、c=6

    数値代入法は、このように最終確認をしなければならないことが答案的には難しく、しかもわかりにくいかもしれません。
    「必要条件」「十分条件」という言葉の意味も忘れかけていた頃に突然これが出てくるので、戸惑う高校生は多いです。
    必要条件と十分条件は、数Ⅰの最初の頃に学習した内容です。
    pならばqであるとき、pをqであるための十分条件、qをpであるための必要条件という
    上の問題でいうならば、「a=1、b=2、c=6ならば、与式はxがどのような値でも成立する」
    ということを示さなければなりません。
    「x=0、1、-1ならば、a=1、b=2、c=6である」
    では、矢印の方向が逆ですね。
    必要条件であるというのはそういう意味です。
    ですから、逆方向の矢印でも大丈夫であること、すなわち「十分性」を示すことが重要です。


    恒等式で難しいのはそこだけだと思うのですが、実際の計算で苦労する高校生もいます。
    3元1次方程式の解き方がわからないわけではないのに、正しい答えを出せない子は案外多いのです。

    中学2年の「連立方程式」の学習のとき、「代入法は嫌い」と言って加減法しかやらない子がいます。
    代入法で簡単に解ける見た目になっている問題も、わざわざ加減法にふさわしい形に式を変形して解いています。
    そういうことも少し尾を引いているのかもしれません。
    代入法が嫌いというのは、代入法の理屈が上手く理解できず、加減法のように手順を把握しやすいほうに逃げているのかもしれません。
    あるいは、2通りの解き方があるなら、1つしか覚えないという学習姿勢がその子にあるのかもしれません。
    解き方を覚える・・・。
    つまり、理解しているわけではなく、作業手順を覚えるだけなので、2通りも覚えられないから加減法しか覚えないということになっている可能性があります。
    型通りの加減法の連立方程式なら解けるのですが、手順を覚えているだけで、なぜそれで解けるのか理解していないのかもしれません。
    しかし、高校生になって使うのは、加減法よりも代入法のほうが多いのです。
    2つの解き方があるとき、1つのやり方しか覚えないのは危険です。
    というよりも、解き方を理解せず、作業手順だけ暗記しようとする姿勢そのものが危険です。
    数学は、論理を理解する科目です。

    理解するのではなく作業手順を暗記する子は、中学からではなく、おそらく小学校の低学年からそういう学習姿勢が始まっています。
    算数の問題を解くときに頭を使っている気配が見られない子は、小学校の算数の成績の良い子にも見られます。
    理解できないから頭を使わないのではないのです。
    「え?その式、どういう意味?ちゃんと考えている?」
    そう呼びかけるだけで、ハッと目が覚めたようになり、問題を解き直す子もいます。
    算数の問題を考えずにパターンで判断して解く習慣がついてしまっているのです。
    おそらく、低学年の頃についた癖なのでしょう。
    しかし、高学年になるとそのパターンが通用しない単元もあり、とんでもない式を立ててしまうようになります。
    「これはわり算だな」と判断すると、問題文の中の大きい数を小さい数で割る式を立てて済ませてしまうのが典型的な例です。
    問題文の中の数値の関係性の把握をしている様子がありません。
    低学年の子どもがパターンを読んでしまい、そのパターンに当てはめて解くようになってしまう背景は、慎重に考えなければならない課題だと感じます。
    国語が苦手で、文章の読み取りに苦しさが伴うことも一因なのかもしれません。
    努力すれば読み取れるけれど、その「努力」には頭に一定の負荷がかかるので、できれば避けたい。
    それは文章の読み取りだけでなく、「考えること」で頭に負荷がかかることをそもそも避けている可能性もあります。
    以前も書きましたが、息が切れて苦しいのが嫌で運動嫌いになる子がいるように、頭に負荷がかかるのが苦しくて考えることが嫌いになる子もいます。
    「考えると脳細胞が潰れる」
    と本気で口にする子たちです。
    実際、何かを考えようとして頭に負荷がかかることが、その子たちにとって本当に苦しくて嫌なことのようなのです。
    必ずしも学力が低いわけではありません。

    パターンで済んでしまう小学校の教科書やカラーテストにも問題はあるのかもしれません。
    あまり難しい問題を解かせていると、小学校低学年で学ぶことを諦める子も出始めるでしょうから、それも大きな問題ですが。

    小学校の算数の成績の良い子が、中学受験を目指したときに、受験算数で信じられないほどに伸び悩むのは、よくあることです。
    受験算数は「大きい数を小さい数で割る」というような安易なパターンは通用しません。
    公式もありますが、それよりも、問題文に書かれてある内容を自力で線分図や面積図に書き起こすことができ、その関係を読み取って立式する能力が必要です。
    あるいは、「速さ」や「時間と水量」などのグラフを読み取る力。
    図形を読み取る力。
    それは読解力と分析力と思考力。
    つまり「学力」が問われています。
    塾のテキストの基本問題は式も答えも暗記してしまうため、基礎力があるように見えても、それは暗記しているだけで、理解はしていない子が案外多いのです。
    そのため、テストは壊滅的な得点となります。
    あの問題もこの問題も本当は理解していなかったんだね、と露呈しますが、では復習しようとなっても、またその問題の式と答えを暗記するだけです。
    暗記するのではなく理解するんだよと教えても、それは何をどうすることなのか本質が理解できないので、何をどうして良いか本人にはわからないことがあります。
    覚醒には時間がかかります。

    問題文を内容を理解して読むことのできる子は伸びる。
    自力で考えることのできる子は伸びる。
    きわめてシンプルですが、最も教えにくいことの1つです。

      


  • Posted by セギ at 13:03Comments(0)算数・数学

    2019年10月09日

    台風当日と大雪初日の休校または欠席のご案内。


    大きな台風が直撃する可能性が高い場合、前日までに休校を決定し、該当生徒の保護者の方にメールで連絡いたします。
    直撃ではない場合は、当日の授業の数時間前に風雨の様子を判断し、休校あるいは授業実施のご案内をいたします。
    大雪初日の場合も、当日の降雪量・道路状況から判断し、数時間前に休校あるいは授業実施のご案内をいたします。
    なお、台風当日・大雪初日は、通塾に危険が伴うと保護者の方が判断された場合、当日の欠席連絡でも欠席扱いとせず、振替が可能です。

    なお、台風の翌日・大雪の2日目以降は、これに該当しません。
    欠席連絡がない場合は当日欠席扱いとなりますので、前日までに欠席の連絡をお願いいたします。
    ただし、大規模停電に伴い電話・メールでの連絡が不可能となった場合は、連絡なく欠席されても、後日振替可能といたします。

    安全な通塾を最優先に、その都度判断してまいりますので、ご安心ください。

      


  • Posted by セギ at 14:57Comments(0)よくある質問

    2019年10月07日

    叱るよりも、支えること。


    もう何年も前のことになりますが、高校生に学校の英語のサイドリーダーの読解を授業でやってほしいと頼まれたことがありました。
    授業をするには、そのサイドリーダーの本文が必要です。
    しかし、サイドリーダーは、学校販売のみで、個人が書店やネットで入手するのは難しい場合がほとんどです。
    本文が私の手元にないのでは授業がしづらい。
    授業前に下調べをすることもできません。
    重要表現をまとめたり、重要文の暗唱のためのプリントを作ることもできません。

    「サイドリーダーをコピーして持ってきてください。1度に全部コピーしてきてくれると嬉しいけれど、まずは第1章だけでもいいよ」
    そのように、その高校生に話しました。
    しかし、翌週、その子はコピーするのを忘れてきていました。

    その翌週も、その子はコピーを持ってきませんでした。
    それだけでなく、
    「コピーがなくても良くないですか?」
    と言い出しました。
    なぜコピーが必要なのか、最初に説明したのですが、一度では理解できなかったようです。
    もう一度、
    「1冊しかサイドリーダーがないんだから、私が逆さに英文を読まないといけないでしょう。中学の教科書のような、字が大きくて簡単な内容なら平気だけれど、この字の小ささで、この内容を逆さに読むのは無理ですよ」
    と私が説明すると、その子はがっかりした顔をしました。
    このセンセイはそんなこともできないのかと、少し笑っているようにも見える表情でした。
    そこで、サイドリーダーを私が読みやすい向き、つまり生徒には逆さに向けて、
    「ずっとこれで授業しますが、これで大丈夫ですか?」
    と尋ねると、
    「大丈夫」
    と言うのです。
    私が逆さで読めない英文を、その子が逆さで読めるわけがなかったのですが。
    それでは自分の勉強にはならないということに気づかないのでした。
    「私の手元にコピーがなかったら、重要表現をまとめたプリントや予想問題を作ることもできないですよ」
    と説明しても、
    「どこがテストに出るのか、口で説明してくれればいい」
    と言い出すので、頭を抱えました。
    教材研究の時間を私に1秒もくれる気がない。
    その必要性を想像できないようでした。
    結局、私のほうにサイドリーダーを向けたまま全訳し、ここの表現は重要だねと次々指摘しました。
    5分ほどで、その子はギブアップしました。

    コピーがなければサイドリーダーの授業は無理です、来週はコピーを持ってきてねと頼んだ、その翌週。
    ようやく、その子は、コピーを持ってきました。
    「すっごく大変だった」
    と愚痴をこぼしながら手渡してくれたコピーは、1ページ目は曲がって左端が大きく欠け、2ページ目はぼやけて文字が見えませんでした。

    生徒が持ってくるコピーは、多少曲がっていようが、汚れていようが、必要な部分が読み取れれば良いのです。
    しかし、英文の左端が大きく欠けているコピーとか、ぼやけて文字が判読できないコピーは、さすがに使用に耐えるものではありませんでした。

    なぜそのようなことが起きたのか?
    その子は、家庭用プリンタでコピーしてきたのでした。
    家庭用プリンタは、コピー機としての性能は低いです。
    業務用のものと比べると解像度が低いので、文字がぼけやすいのです。
    1枚の書類をコピーするのはまだ楽ですが、本をコピーする場合には、手でしっかり本を押さえ、光が通り過ぎる間、その状態をキープする必要があります。
    しかし、その子は、本をガラス面に置くと手を離し、プリンターの蓋をしてコピーボタンを押したのでしょう。
    手を離した瞬間に本は位置がズレ、浮き上がって文字はぼけ、使い物にならないコピーになったようです。

    初めてコピーをとるときは、高校生でもそんなふうなことがあります。
    「コピーもろくに取れないのかっ」
    などと叱る必要はなく、やり方を知らないだけです。
    ただ、出来上がった失敗コピーを見て、これは取り直しだとなぜ判断できなかったのか?
    コピーするという作業が目的にすり替わってしまい、文字を読み取れるコピーでなければ意味がないということが理解できなかったようでした。

    「これ、家のプリンタでコピーしたの?これじゃ読めないですよ。家のプリンタは上手くコピーできないでしょう?」
    「すごく難しかった」
    「コンビニのコピー機でコピーしたほうがいいですよ。来週までに取り直してきてください」
    そう頼むと、しかし、その子の顔は曇りました。
    「・・・お金が勿体ない」
    「家のプリンタも紙代とインク代がかかるんですよ。特にインクは高い。1枚あたりにすれば、コンビニのコピーと大差ない金額になります」
    「え?そうなんですか」
    「お母さんに話して、コピー代を、お小遣いと別にもらいなさい。何なら、私からお母さんにメールするよ」
    「いや、それはいい。お金が勿体ないと言ったのがわかったら、怒られる」
    しかし、顔は曇ったままです。
    「うん?あとは何が問題?」
    「コンビニのコピーのやり方がわからない」
    「・・・じゃあ、お母さんに頼んで、一緒にコンビニに行ってコピーの取り方を教えてもらうといいよ」
    「・・・」
    もはや、それは嫌だという反応もなくなったのは、失敗しているという実感が自分でもあったからでしょうか。

    その翌週。
    B4版の美しいコピーの束を、その子は持ってきました。
    ただ、1枚目を見た瞬間に、異常に気づきました。
    文字が原本よりも大きく、その一方、上下左右に余白がなく、ページいっぱいに文字が広がっていたのです。
    本文のみを最大限に大きくする拡大コピーがされていたのでした。
    「お母さんが、凄く難しかったと言っていた」
    「・・・」
    余白がないように拡大コピーしたので、ページを示す数字はカットされていました。
    ページ数の記載がないコピーが40枚ほど。
    うっかり落として、紙をバラまいてしまったら終わりです。
    恐ろしいものを受け取ってしまいました。


    それにしても、なぜお母様は、拡大コピーをしたのでしょうか。
    余白なく、しかし本文は確実に入るよう拡大コピーするには、拡大率をあれこれ考え、数枚は試して、ようやく出来たと思うのです。
    拡大コピーなど頼んでいないのに、何でそんなことになったのでしょう?

    推測するに、
    「こんなに小さな字のサイドリーダーを逆さに読むことはできない」
    「このコピーは、字がぼやけていて読めない」
    と私が言ったという情報が、少し曲がった形でお母様に伝えられたのではないかと思うのです。
    そう言えば、塾のブログも何だか字が大きかったような気がする。
    もう1つ。
    お母さんに頼んで、一緒にコンビニに行ってコピーしなさいと私が言ったことが、お母様には理解しかねることだったのではないかと思うのです。
    何で私がやらなければならないのだろう?
    なぜ、子どもがやるのではダメなのだろう?
    何かとても難しいことを要求されて、だから私の助けが必要なのかしら?
    切れ切れの情報を統合した結果、お母様の判断は、
    「字が小さくて読めないからセンセイが困っていて、だから拡大コピーが必要なのだろう」
    というものになったのでしょうか。

    字が小さ過ぎて読めないっ。

    いやいや、本当にそんなことなら例のルーペを買います。
    逆さに読むのでなければ、小さい字でも読めるのです。
    そんなことよりも、ページ数の情報のほうが、コピーには重要です。

    そのお母様は、自分がコンビニでコピーを取らねばならない理由を、自分の子どもに原因があることと考えれられず、外部に理由を求めた。
    高校生である自分の子どもがコピーを取れないことなど想像もしなかったので、私の老眼を疑うほうに発想がいってしまったのだと思うのです。


    こんなのは笑い話ですが、このような「伝言ゲームの失敗」は、塾ではときどきあります。
    大きな理由の1つは、保護者が見ているお子さんと、私が見ているその子とは、見え方がかなり違うということ。
    家庭内ではしっかりしていても、外の世界で起こることには上手く対応できない子もいます。
    「もう中学生だから、もう高校生だから、大丈夫」
    と保護者の方は思っていても、新しいことへの対応力に乏しい子もいます。
    そこに、子どもの口から語られるあやふやな情報が加わると、こうした「伝言ゲーム」が起こります。

    家庭内では、子どもは生まれ育った安全な空間の中でルーティンで生活していますので、それなりにしっかりしているように見えるのかもしれません。
    親に対して一人前の口をきくこともあるでしょう。
    しかし、未経験のこと・新しいことに上手く対応できない。
    それだけでなく、当然その年齢ならばできるだろうと期待されていることを上手くできない傾向がある。
    そういう子が今は多いです。
    そのことに親は気づかない、ということがあるのかもしれません。
    その子が不器用であることよりも、その子の不器用さを保護者が気づいていないことのほうが根深い課題であると感じることがあります。
    必要なサポートがされないからです。

    忘れ物が多い。
    何が宿題に出されたのか忘れてしまう。
    メモをしても、そのメモを後で見ることを忘れてしまう。
    メモを失くしてしまう。
    学校の定期テスト日程を把握していない。
    テスト範囲を把握していない。

    失くし物も多い。
    塾で渡したプリントを、翌週には失くしてしまう。
    しばらく使っていなかった冊子テキストは、ほぼ100%失くしてしまっている。
    学校のワークや問題集の解答集を失くしてしまうこともあり、学校の宿題を提出したい気持ちはあっても、解答がないので丸つけして提出することができない。
    解答集だけでなく、ワークや問題集本体も、失くしてしまうことがある。
    学校の机の中かロッカーか、散らかった自分の部屋のどこかにはある。
    でも、どこにあるかはわからない・・・。

    定期テストが終われば、問題用紙を学校の机かカバンの中に突っ込んでしまい、そのまま失くしてしまう。
    「テストを持ってきてね」
    と頼んでも、答案用紙が返却された頃には問題用紙を失くしているので、セットで塾に持ってくることができない。


    コピー取りが上手くできなかったその子も、そういう傾向がありました。
    塾に持ってくる物の把握を上手くできませんでした。
    持ってくるものリストを作ってあげても、それを見てチェックすることも忘れてしまうので、結局リストも役に立ちません。
    教材不足の中で授業を成立させるのに苦慮しなければならない日も多くありました。
    宿題を解いたノートと、宿題に使ったテキストだけを持ってきて、あとは全部忘れてくるのです。
    宿題をやったときは、宿題のことだけで頭がいっぱいになってしまうようでした。
    他の教材を全部忘れてきているので、宿題の答えあわせが終わると、では授業は何をするの?という状態になってしまうのでした。
    あるいは、その日、自分が勉強したい学校の教材だけを持ってくることもありました。
    宿題はやってきたの?と尋ねると、そう言えばそんなものがあった、と驚いた顔をしていました。

    また、定期テスト前はテスト対策を2週ほどします。
    そうすると記憶がリセットされてしまうのか、テストの翌週は、筆記用具しか持ってこなかったこともありました。
    塾に何を持ってくればいいのか、わからなくなってしまったようでした。
    そうしたことが繰り返されていました。
    高校生です。

    コミュニケーションがとりづらい。
    私の要求していることが上手く伝わらない。
    スケジュールの管理・物の管理が上手くできない。
    不器用で、色々なことにつまずき、それが学習に影響している・・・。


    もう1つ驚いたことがありました。
    私は、ひと月ごとにまとめて授業の内容をメールで報告しています。
    その指導レポートの送り先として登録されていたメールアドレスは2つあり、お母様のアドレスと、もう1つはその子本人のアドレスだったことが、レポートを送り始めて数か月後にわかったのです。
    勉強のことで参考にするのは本人なので、本人が読むのが良いと思ったというのでした。

    お母様が、その子のことをそんなにも信用し、大人のように扱っていることに、私は心底驚きました。
    小学生ができることをできないでいる高校生を、大人と同じように扱っている・・・。
    テスト範囲を把握できないことも、持ち物を管理できないことも、その子の自覚に任され、家庭内で補助されていないのではないか?
    その一方、学校の成績が良くないことだけは問題視されているとしたら・・・。

    ちょっとだらしない性格傾向はあるけれど、能力の問題ではないと思われているのではないか?
    テスト範囲がわからなくても、教材の管理ができなくても、それは大きな問題ではないとされているのではないか?
    ただ、その性格は直したほうが良いので、ときどき、両親が叱る。
    部屋が散らかっていること。
    テストの点数が低いこと。
    叱って直させたいと思っているが、根本の解決には至らない・・・。
    そうなのだとしたら・・・。

    テスト日程やテスト範囲が把握できない。
    教材の管理が上手くできない。
    この2点は成績に大きく影響します。
    過保護になってはいけないと、物や情報の管理を子どもに任せ、失くすに任せていては、そのままです。
    そのように信頼しているのなら、子どもの成績についても子どもの自覚に任せたほうがいいです。
    それはできず、口を出す。
    口を出すが、助けない。
    ときどき、わっと叱る。
    叱るわりに、その子の課題が見えていない・・・。
    むしろ、課題があることなど認めたくないから、その子を一人前の大人のように扱っているということはないのだろうか。


    他人ごととして読むと「その子は発達障害なのかしら?」という疑問が浮かぶかもしれません。
    しかし、実際に発達障害と診断されていたり、グレーゾーンとされている子の指導もしてきましたが、彼らは、情報や持ち物の管理はしっかりしていました。
    この子のどこがグレーゾーンなのだろう?と、むしろ疑問に思うことのほうが多かったのです。
    高知能であることも多く、望む大学に進学していきました。
    ご両親が専門家と連絡をとり、勉強し工夫して子育てをされてきたからだと思います。

    むしろ、そのような診断をされていない子に、上のような状態の子が多いと感じます。
    物や情報の管理ができないのは、本人がだらしないから。
    勉強ができないのは、努力が足りないから。
    性格的にだらしないだけで、やればできるはずだ。
    叱れば直るはずだ。
    とされてしまうこともあると思います。

    グレーゾーンの一歩定型側は、グレーゾーンとどこが違うのでしょう?
    全てはグラデーションで、線引きなど本当はできないのではないでしょうか。

    ただ、他人ごととしては「発達障害の傾向があるのかしら?」で済むことも、保護者にとっては決して認められない場合もあると思います。
    実際、そのような診断は受けていないのだから認められるわけがない。
    事実として違う。
    それだけでなく、わが子のことと考えると、そのような「レッテル」は受け入れられない。
    その一言で勉強ができない理由を説明されてはたまらない。
    他人のこととしてなら偏見なく受け入れられるけれど、わが子のこととしては、受け入れられない。
    うちの子は、グレーゾーンではない。
    ただ、だらしないところがあるだけ。
    幼いところがあるだけ。
    努力が足りないだけ。
    それは直さなければならない。
    本人にもっと自覚してもらわなければ。
    ・・・そういう考えになってしまう親を誰が責められるでしょうか。

    そもそも必要なのは診断ではありませんでした。
    グレーゾーンかそうでないかなど、その方面の専門家ではない私にとっては、何の意味もないのです。
    ただ、課題は確実に存在し、それは、本人だけで解決できることではないように感じました。
    叱ればきちんとできるようになるわけではないと思いました。
    どうすれば教材を失くさないようになるのか。
    どうすればテスト範囲などの情報を正確に得て、私に正確に伝えられるようになるのか。
    どうすれば、必要なコピーを取って私に渡し、塾の授業をスムーズに受けられるようになるのか。

    しかし、私もまたその子にとっては、ただ注意ばかりするだけの嫌な大人の1人なのかもしれませんでした。
    その子が学校や家庭内で教材を失してくるのを、私は傍観することしかできません。
    サイドリーダーのコピーを渡してくれるまでにひと月かかり、定期テストはおそらく目前。
    詳しい日程はよくわからないし、テスト範囲もわからない。
    学校の問題集はまたも解答集を失くしている。
    テスト当日におそらく提出しなければならないだろう宿題のページもどこかわからない・・・。
    それがテスト範囲そのものであるのは、他の高校の例から考えて確実なのですが、それがわからない・・・。
    「とにかく解答集を探しなさい。それから、友達に、宿題のページを教えてもらいなさい。見つかったら、解答集は必ず問題集に挟み込んでおくんだよ。使ったら挟む、使ったら挟む。離しておいたら絶対なくなるから」
    そのように助言しても、実際にその子がどこまで実行できるのか、傍にいて気にしてあげることはできませんでした。
    1週間後、まだ解答集が見つからないこと、テスト範囲もわからないこと、テストはどうやら来週であることを確認し、注意するだけでした。
    お父さんかお母さんが、その子と一緒にその子の部屋を片付けて、必要な教材を見つけてくれないかなあ・・・。
    その子が友達に電話してテスト範囲やテスト日程を確認するのを傍にいてサポートしてくれないかなあ・・・。
    そうした作業が確実に終了するまで、傍にいて面倒をみてくれないかなあ・・・。
    たまにわっと叱るより、必要なのはそれだと思うなあ・・・。

    そう思うなら、それを伝えればいい。
    より具体的に解決策を提案してはどうだろう?

    私は指導レポートに、上の件の他、物の管理の仕方の具体例をいくつか提示し、メールで送信しました。

    その後、大きな変化が表れました。
    ただし、私が提案したことは一切実行されませんでした。
    しかし、教材を失くしてくること、忘れてくることは、ほとんどなくなりました。
    また、テスト日程とテスト範囲だけは、変な例えですが「歯を食いしばるようにして」正確に私に連絡してくれるようになったのです。
    そこが雑な間は、成績が上がるわけがない。
    逆に言えば、そこが正確になったとき、それでも成績が上がらない理由は、後は、何があるのか?
    そう反問されている、と感じるほどでした。
    そう。
    そこから先は、私の仕事でした。

    なぜかはわかりません。
    けれど、あのメールを境に、確実な支援がその子に入ったと感じました。
    その子の意識も変わりました。
    そして、成績は少しずつ上昇していきました。

    想像するに、その指導レポートの提案のあまりの具体性に、お母様は違和感を抱いたのではないか?
    そして、今度は、私の老眼を疑う方向には向かわなかったのではないか?
    高校生の子どもに対し、まるで小学生にするようにあれをしてくれ、これをしてくれと、親にやけに具体的に要求するメールの意図は何なのか?
    何か起きているのではないか?
    ようやく、その違和感が伝わったのではないかと思います。

    このセンセイ、目だけでなく、言うこともピントがズレてない?
    そんなふうに思われる危険性もあったかもしれません。
    良い感情はもたれなかったようにも思います。
    けれど、成績は少しずつ上昇していきました。

      


  • Posted by セギ at 14:29Comments(0)講師日記

    2019年10月03日

    中3数学「2次方程式の利用」文章題の立式とその後の計算。


    今回は中3に戻って、2次方程式の文章題を解いてみます。
    計算問題なら大丈夫なんだけれど、文章題は苦手、という人、多いですよね。

    問題 兄は弟より4歳年上で、兄の年齢の平方は、弟の年齢の平方の3倍より8小さい。兄と弟の年齢を求めよ。

    もう幾度も書いてきましたが、方程式の文章題の答案の1行目は、何をxとしたかを書きます。
    しかし、これを書かない子は多いです。
    つい忘れてしまうようで、答案作成の習慣として定着しません。
    何を文字で表したのか定義しなければ答案を読む人に伝わりません。
    けれど、本人としては、そもそも x を使うように要求しているのは数学の先生なので、自分の関知するところではない、自分の責任ではないという意識があるのかもしれません。
    自分は x なんか使いたいわけではない、使わされているだけだ、という気分なのでしょうか。
    「そんなの書かなくて大体わかるじゃん」
    という気持ちになってしまう底には、そういう意識があるのではないかと思うのです。

    もっと単純に、小6で初めて x や y を使うことになったときは、そんなことは要求されなかった、中学になったら何でそんなにうるさいんだろう、という気持ちもあるのでしょうか。
    小学生にそこまで要求しても無理だから要求されなかっただけなのですが。

    xの定義は重要です。
    式を見て、
    「このxは何を表しているの?」
    と尋ねても、即答できない場合がほとんどだからです。
    自分でもわからないものを他人にはわかれと要求することはできません。

    そういう、「答案を読む人に迷惑をかけるな」系の理由の他に、何をxとするかを明記することは本人にとっても利点が大きいのです。
    文章題が苦手な中学生は、文章題を見た途端に小学生に戻ってしまう傾向があります。
    どうやって答えを求めよう?
    どういう式なら答えが出るだろう?
    かけ算?
    割り算?
    そんなことをうっかりすると考え始めてしまいます。

    「・・・何を x としますか?」
    そう声をかけると、はっと目が覚めた様子で、まずその1行を書き、そうだった、これは方程式だったと気がついて、立式し始める子は多いです。
    私がそのように声をかけなくても、自分で何を x とするかを考えるならば、文章題は自力で解けるようになります。
    数学は、常に1行目の書き出しが一番難しい。
    それさえ書きだせれば、次の段階に進めるのです。

    さて、無事に1行目が書けたとして。

    方程式の文章題の採点基準は、
    ①何を文字においたかを書いてあるか。
    ②方程式が正しいか。
    ③計算の結果が正しいか。
    ④変域について考察してあるか。
    ⑤最終解答が書いてあるか。
    です。

    つまり、立式が正しいことを確認した後は、すぐに計算の結果に目を移し、途中は読まない先生が多いのです。
    ③の計算の結果が正しくない場合のみ、その前に戻って、どの行まで計算が正しいかを確認し、そこまでを赤ペンで区切って部分点を決定というのが採点の普通の流れです。
    どこを採点されているのか、そのメリハリを理解し、答案を書いていくと良いですね。

    さて、問題に戻りましょう。
    これは、兄と弟の年齢のどちらをxとしても構わないです。
    ただ、兄の年齢をx歳とすると、弟の年齢は(x-4)歳と、負の符号が出てきますので、符号ミスが多い人は、ちょっと危険要素が加わることにはなります。
    とりあえず、今回は、弟の年齢をx歳としてみましょう。
    答案に、「弟の年齢をxとする」と書く人も多いですが、xは単位をつけて書きます。
    年齢なら単位は「歳」に決まっているのでまだましですが、例えば速さに関する問題で、xの単位が「分」なのか「秒」なのかわからず、実は本人も混乱しているとなると、大変です。
    「弟の年齢をx歳とする」と書くのが正しい書き方です。

    弟の年齢をx歳とする。

    さて、ここから立式です。
    よくあるのが、こんなミスです。

    (x+4)2-8=3x2

    ・・・うん?
    もう一度問題を読み直しましょう。
    「兄は弟より4歳年上で、兄の年齢の平方は、弟の年齢の平方の3倍より8小さい」

    上のような間違った式を書いてしまうのは、小学生時代に文章題に苦しめられ過ぎた後遺症なのかもしれません。
    「8小さい」をどう処理するか、頭の中であれこれ考えた結果、左辺にくっつけてしまうのです。
    小学校の文章題は、答えを求める式を立てますから、加えたと言われたら引かなければならず、かけたと言われたら割らねばなりません。
    とにかく、裏を裏を考えないと、正しい式が立ちません。
    その癖が中学生になっても抜けない人は多いです。
    方程式は、裏を考える必要はありません。
    問題文に書いてある通りに書いて行けば良いのです。
    「兄の年齢の平方」は「弟の年齢の平方の3倍より8小さい」。
    この前半のカギかっこが、左辺。
    後半のカギかっこが、右辺。
    書いてある通りに書けば、式になります。
    兄の年齢の平方は、(x+4)2。
    弟の年齢の平方の3倍より8小さい数は、3x2-8。
    その2つが等しいのですから、
    (x+4)2=3x2-8
    これが正しい立式です。
    式が表しているのは、兄の年齢の平方です。
    そこから8を引いたりしては、左辺だけが一方的に小さくなっていきます。

    考え過ぎたあげく、
    (x+4)2+8=3x2
    という式を立てる人もいます。
    この式は、間違ってはいません。
    ただ、本人の苦闘が如実に表れているわりに、「あー、はいはい。別に間違ってはいませんよ」程度の評価しか受けません。
    せっかくの方程式の旨味をなぜ生かさない?
    書いてある通りに式を立てるだけでいいのに。
    採点官の感想はその程度です。
    余計なことを考えずに、その方程式が何を表すのかを意識しながら、文章の通りに式を立てるのが、立式のコツです。

    さて、立式したら、計算です。
    (x+4)2=3x2-8
    右辺にもx2の項がありますので、これは一度左辺を展開すると良いですね。

    x2+8x+16=3x2-8
    2x2-8x+8=0

    ・・・うん?
    何か間違っていますね。
    今度は何をしたの?
    単純に移項すれば、
    -2x2+8x+24=0 
    となります。
    そうなると、x2の項に負の符号がついてしまい、それが嫌なのは、わかります。
    だから、移項しつつ、符号を転換することもしたかったようです。
    そして、定数項でしくじった・・・。

    そういうことをやりたい場合、書いているのは左辺でも、意識は全ての項を右辺に移項するイメージでやっていくと、比較的ミスなく書いていけます。
    つまり、本当は、
    0=2x2-8x-24
    と移項しているのですが、「0=」は書かず、いきなり右辺を書いていき、最後に「=0」を書き加えるイメージです。

    2x2-8x-24=0

    しかし、別にそんな無理をせず、
    -2x2+8x+24=0 
    x2-4x-12=0
    としていくのでも、手間は変わりません。
    結局、式全体を割って、x2の係数を1にしますから。

    ちょっとした手間を惜しんで、暗算で済ませて、符号ミスや計算ミスのリスクを抱え込む。
    暗算に時間がかかる上に、実は手間もそんなに違わない。
    そういうことが、方程式の計算には多いです。
    計算は正確であることが大切です。
    というより、正確であること以外は何も求められていません。

    さて、
    x2-4x-12=0
    (x-6)(x+2)=0
    x=6 , -2

    ここで、xの変域(高校生になると定義域と呼びます)を考えます。
    人間の年齢なので、-2歳などありえません。
    そこで、「x≧0 だから」 あるいは、「xは正の整数なので」といった変域を考察する1行が必要となります。
    これが上に書いた、
    ④変域について考察してあるか。
    という採点基準です。

    x=6 , -2
    xは正の整数だから、
    x=6
    兄10歳、弟6歳

    これで答案は終了です。
    さて、もう1問。


    問題 原価500円の品物に、原価のx割の利益を見込んで定価をつけたが、売れないので定価のx割引で売ったところ、45円の損失となった。xの値を求めよ。

    こうした売買損益の問題が苦手な子は、本当に多いです。
    そもそも割合の問題が苦手な上に、「原価」「定価」「売値」「利益を見込む」といった商業用語が出てくるので、ハードルが高いのでしょう。
    原価というのは、仕入れ値。
    お店の人が仕入れた値段です。
    お店の人は、その原価のまま商品を売ったら、1円ももうかりません。
    それでは商売になりません。
    だから、原価に利益を見込んだ定価をつけます。
    まだその利益は確定ではないので、「利益をつける」という言い方はできません。
    これだけの利益を得る予定である、という意味で、「利益を見込む」という言い方をします。

    上の問題は、まずは定価の表し方を考えてみましょう。
    そう呼びかけると、こんな答えが返ってくることがあります。

    500x

    ・・・え?
    500円にx割の利益を見込んだ定価は、500x?
    この答え、数学の成績が「4」の子でも出てくる答えです。

    「・・・1割って、分数ではどう表しますか?」
    「ええと・・・」
    これが、まず出てこないのです。
    「割合」の学習は、小5の3学期に行う場合が多いですが、そのときはまだ「分数のかけ算・わり算」は学習していないため、割合の数値は小数を用います。
    小6になって、分数のかけ算・わり算を学習した直後や「比」を学習する直前に、改めて「割合と分数」を学習するのですが、そこで学びそこねてしまう子は多いです。
    自分は小数を使うからいいや、と思ってしまうのでしょうか。
    また、中1では、「文字式」の学習の際に「a円の1割」といったことを文字式にする練習をします。
    しかし、それもよく理解できないまま、そんなのは多くの問題の中の1問、結局最後までできなかったけれど、まあいいか、と通り過ぎていきます。
    中1の「1次方程式」、中2の「連立方程式」で、文章題を学ぶ度に割合の問題は出てきますが、それもまた、そういうのは自分は難しいからよくわからないけど、まあいいや、と通り過ぎていきます。
    繰り返し繰り返し、幾度学習しても、割合が定着しない子は多いです。

    「1割は、1/10。わかりますか?」
    「ああ、そうだ。1/10」
    「じゃあ、x割は、どう表されるでしょう?」
    「5/10」
    「・・・え?」
    ・・・どこから湧いてきたの、その5/10は?
    500円からきたの?
    やはり、本当に混乱しているのだなあと、驚くことが多いです。

    500円のx割は、500×x/10。
    まず、ここの理解までが大変で、理解できないからとにかくそこは暗記して済ます・・・という子も多いところです。
    方程式の文章題を学ぶ度に丸暗記でやり過ごそうとし、そしてすぐ忘れてしまうのでしょう。
    もとにする量×割合=くらべる量
    この公式は、「比べる量÷もとにする量=割合」という基本の公式を使いやすいように変形しただけの式なので、確かに暗記するしかありません。
    本来、感覚的に実感できる種類のものではありません。
    しかし、私は、この式に実感があります。
    多くの大人もそうだと思います。
    それは、子どもの頃から数限りなく使用し、それで正解が出ることがわかっているので、実感と結びついたのだと思います。
    500円を1/10にしたいときは、500×1/10なのだ。
    それは、500円を3倍したいときに、500×3をするのと同じだ。
    少しも間違っていない。
    沢山使っていくうちに実感を伴ってくるものなのですが、間違った式ばかり立てている子は、その実感が育たないのです。
    この公式が脳の奥まで染みていれば何も問題がないところですが、全く納得しないまま、ただやり過ごして中3まできてしまう子は、相当数いると思います。

    小学生のうちに、何とか割合の基本は身につけてほしい。
    そう思っても、なかなかに厄介なのが割合という単元です。
    うちの塾でも、ことあるごとにふりかえって復習していますが、その都度新鮮に間違えて、また覚え直して、の繰り返しの子は多いです。
    「300円の1/3はいくらですか」
    といった問題で、
    300÷1/3 
    という式を立てることをどうしてもやめられない小学生が多いのです。
    300を1/3にするんだ。
    だったら、わり算だな。
    という感覚が真っ先にきてしまうのだろうと想像されます。
    彼らの中では、300÷1/3と、300÷3 は、同じ意味なのだと思います。
    違いが意識できないのだろうと思うのです。
    だから、300÷3 をする気持ちで、300÷1/3 をしてしまうのでしょう。


    しかも、上の問題は、500円のx割ではなく、原価500円にx割の利益を見込んだのです。
    500(1+x/10)円が、定価となります。
    しかし、ここで突然現れた「1」の意味が理解できない子が多いです。
    もともと500円はある。
    それは、全体1。
    それにさらに、x/10の利益を見込む。
    だから、定価は、500円の(1+x/10)倍になる。
    このことが、実感としてなるほどその通りだと理解できれば、以後、このタイプの問題が幾度出てきても何も困ることはありません。
    しかし、全くわからないまま解き方を暗記しては忘れ、間違えては混乱し、どっちが正しかったからわからなくなってはまた混乱し、を繰り返し、中学生になり高校生になってしまう人は多いです。

    1つのわかりやすい考え方としては、もともと500円の原価はあり、それに利益を見込んで付け加えるのだから、
    500+500×x/10 
    という式なら、ギリギリわかる、という子は多いです。
    それを500でくくると、
    500(1+x/10) になりますよ、と説明すると、
    「本当だ!初めて意味がわかった!」
    と感動します。
    しかし、その感覚のまま、その続きを立式すると、
    500+500×x/10-500×x/10
    という間違った式を導きやすいのです。
    意味が理解できたら、必ず、500(1+x/10) と(  )でくくっておきなさいと厳命しておかないと危険です。
    本当は、最初から 500(1+x/10) の意味を当たり前に理解し、500+500×x/10 という式を介さずに式を立てられるようであってほしい。

    それには、線分図です。

    線分図を描いて、全体を①として、そこにx割、すなわちx/10をたして、・・・という解説が意味をなし、理解してもらえると、私は心底安堵します。
    もう大丈夫。
    この子は、売買損益の文章題をマスターした、大丈夫だ、と感じます。
    しかし、中学受験をした子以外は、線分図の見方をほぼ知りません。
    中学受験生だって、線分図の見方を初めから理解できる子は少ないです。
    4年生の頃から毎週のように見せられ、それを描けと要求され、よくわからないまま物真似のように図を描き続け、反復して反復して、ようやく、6年生になった頃に違和感がなくなり、うっすらとその意味がわかってくる、という子も多いのです。
    数量を線分の長さで表すという概念の理解は、子どもには一大事なのだと思います。
    まして、その線分が、実数と割合と二重の意味を持っているという概念の理解は、さらに困難を極めます。
    わかりやすく目に見える形にしたつもりの図が、子どもに負担を与えるだけで、意味をなさないのです。
    線分図を見ても、何1つ理解できない子は多いです。

    そんな中で、何の偶然なのか、突然ふっと理解できる子がいます。
    頭の中も清明な良く晴れた秋の日に、突然、それはやってくるかもしれません。
    ユ・リイカ!
    我、発見せり!
    センセイが線分図とかいう妙な図で何か繰り返し力説していたことの意味が、今わかった!

    そんな晴れ晴れとした日は、長い格闘の時間があってこそ訪れます。
    諦めてはいけない。
    焦ってもいけない。
    割合の学習は、繰り返し繰り返し根気よく続けていくしかないと思っています。

    上の問題に戻ります。
    この問題、さらに続きがあります。
    その定価を、今度はx割引きするのです。
    したがって、売値は、
    500(1+x/10)(1-x/10)

    1+x/10 が理解できなかったら、1-x/10 が理解できるわけがありません。
    この文章題は、ハードルが高過ぎる。
    というより、ほぼ障害物競走に近い・・・。
    割合が理解できない子を見分け選別するために存在している文章題なのか?
    それほどに、割合が苦手な子には立式が困難なのがこの文章題です。

    500(1+x/10)(1-x/10)
    それでも何とかここまで理解したとして。
    この売値で、45円の損失があった。
    原価500円の品物を500円で売ったら、損失0円。
    では、45円の損失があったということは、売値は、500-45(円)だったということでしょう。
    したがって、式は、
    500(1+x/10)(1-x/10)=500-45
    となります。
    この式を自力で立てられる中3は、本当に凄いのですよ。
    ヽ(^。^)ノ

    ともかく、立式はできたとして。
    しかし、その後の計算も困難を極める子が多いのがこの問題です。

    500(1+x/10)(1-x/10)=455

    これをどう解くか?
    単なる計算問題と異なり、文章題で立てた式は、計算しにくいことが多いです。
    何も指示せず、好きに解いてもらうと、大半の中学生がこの式をグチャグチャにしてしまいます。

    5000(10+x)(10-x)=4550

    ・・・うん?
    何をしたの?

    (500+50x)(500-50x)=455

    ・・・うん?
    大丈夫?

    (1+x/10)(1-x/10)=455/500
    「センセイ、この先どうするの?全部分数になっちゃって、計算できない」
    「・・・うん、そうですね」
    ( 一一)

    500(1+x/10)(1-x/10)
    というのは、
    500×(1+x/10)×(1-x/10) という意味です。
    下手をすると、そういう意味だということすら忘れて、ただ手順だけ覚えて計算している中学生もいます。
    この式、左辺全体がかけ算の大きな1つのまとまりです。
    かけ算のまとまりのところは、1箇所を10で割り、代わりに他の箇所を10倍しても、計算の結果は変わりません。
    それは、小学校の算数で学習していることです。
    50×0.2=5×2=10
    といった数理の仕組みは、小学4年生で学習します。
    こうした計算も、その単元のときだけわかったような顔をするが、以後、全く活用しない小学生が多いです。
    小学校の算数は、数理の根本が詰まっています。
    「小学校のこの単元は苦手だったけど、まあ中学の数学とは関係なくない?」
    とやり過ごして良い単元は1つもありません。
    些末なことに見えることほど、後になって重大事となります。

    これを活用すれば、上の式は極めて簡単になります。
    500(1+x/10)(1-x/10)=455
    5(10+x)(10-x)=455
    全体を10倍する、100倍するといったことは、この式には必要ないのです。

    ここで慌てて(  )を開いてしまう人もいますが、得策ではありません。
    まず、両辺を5で割りましょう。
    (10+x)(10-x)=91
    ここで展開します。
    乗法公式が使えますね。
    100-x2=91
    -x2=-9
    x2=9
    x=±3

    ここで、xの変域について考察します。
    -3割の利益を見込む、といったことはありえません。
    それでは、最初から3割引きしていることになります。
    だから、x>0です。
    x>0 より x=3
    この問題は、問題文の中にxがあり、その値を求めよと言われましたので、これで最終解答です。
    答を書く前に問題文を見直すことが必要ですが、それをしない子も多く、「3割」などと答えて、つまらない減点をされてしまいます。

    さまざまな困難を乗り越えて、文章題をパーフェクトに解く快感。
    そういうものを味わい、どうか文章題を得意になってください。


      


  • Posted by セギ at 11:24Comments(0)算数・数学

    2019年09月30日

    高校英語。分詞構文その1。


    今回は分詞構文の学習です。
    英語というのは、同じ語句の繰り返しを嫌う言語です。
    省略できるものはどんどん省略していきます。
    分詞構文は、従属節(SVのある意味のまとまり)から、必要ないところをできるだけ省略したものです。
    省略する前は副詞節だったのですから、主節を修飾している副詞句、ととらえることが可能です。

    では何を省略するか?
    まず、従属節の先頭におく接続詞を省略します。
    そして、省略された接続詞の意味によって、分詞構文は大きく5つに分かれます。
    ①時・・・・・・・・・when , as , after , before など
    ②理由・・・・・・・because , as , since など
    ③条件・・・・・・・if など
    ④譲歩・・・・・・・though , although など
    ⑤付帯状況・・・and など

    まずこの5通りを呪文のように覚えてしまうと、分詞構文は意味を把握しやすくなります。
    分詞構文を節に書き換えなさいという問題で呆然とすることがなくなります。
    この5通りの接続詞のどれかを補って英文を書き出せば良いということが明瞭ですから。

    では、具体的に、どのように省略していくのか、もとの従属節を含む文から見ていきましょう。

    ①時 
    When I drive to the office every morning, I listen to the radio.
    私は毎朝職場に車を運転していくとき、ラジオを聴く。
    この接続詞 when を省略します。
    省略しても、意味は理解でき、復元も可能だからです。
    さらに、従属節の主語も省略します。
    主節の主語と同じなので、意味は理解でき、復元可能だからです。
    従属節と主節の時制は同じ現在形なので、時制のことをあれこれ考える必要もなく、復元可能です。
    そこで、従属節の動詞 drive を現在分詞にすることで、分詞構文とします。

    Driving to the office every morning, I listen to the radio.

    これが分詞構文です。
    構造が理解できれば、簡単ですね。

    ②理由 
    Since I am a farmer, I have to get up early.
    私は農業をやっているので、早く起きなければならない。
    理由を表す接続詞 since と、主節と同じ主語 I を省略し、動詞 am を現在分詞に直します。

    Being a farmer, I have to get up early.

    ③条件
    If you go ahead for a mile, you will get to the station.
    1マイルまっすぐ行けば、駅に着くでしょう。
    条件を表す接続詞 if と、主節と同じ主語 you を省略し、動詞 go を現在分詞に変えます。

    Going ahead for a mile, you will get to the station.

    ④譲歩
    Though I admit you have a point, I still think I am right.
    あなたの言うことも一理あると認めるが、それでも私が正しいと思う。

    そもそも譲歩の接続詞をあまり記憶していない人もいると思います。
    譲歩というのは「~ではあるが」といったん相手に譲り、相手の言うことを認める表現です。
    しかし、完全に認めて折れてしまうのでは決してなく、本当に言いたいのはその後です。
    国語、特に論説文の読解でもそこは重要で、譲歩の文の前半は自分の公平性を示すための譲歩に過ぎず、後半が筆者が本当に言いたいことであると理解していないと、読解のポイントがズレてしまいます。
    「彼女は美人だが冷たい」
    「彼女は冷たいが美人だ」
    この2文、上の文は悪口で、下の文は褒め言葉です。
    書いてあることが全部筆者の言いたいことなのではなく、前半は読み手・聞き手の理解を得るために譲ってみせているだけで、本当に言いたいことは後にくるのです。
    しかし、現代の子どもの中には、「彼女」「美人」「冷たい」と単語を拾い読みして情報を得るため、全ての情報が対等に見えてしまい、文章の読解ができない子が存在します。
    上の2つの文の意味の違いが認識できないのです。
    特に説明文・論説文がうまく読めない子にこの傾向が強いです。
    単語の羅列を自分の想像でつなげているため、筆者の言いたいことと真逆のことを読み取ってしまうこともあります。
    英語の構造を理解することで、国語読解力も改善してください。

    「逆説とどう違うの?」
    と問われることがあるのですが、基本は同じです。
    表現の仕方が違うだけなので、上の英文は、
    I admit you have a point but I still think I am right.
    と書き換えることが可能です。
    接続詞の位置が異なることに気づくと思います。
    譲歩の接続詞 though は従属接続詞なので従属節の先頭におきますが、逆説の接続詞 but は等位接続詞で、節と節とを対等に結び、節と節との間におかれます。
    ・・・ああ、そういう文法用語が嫌い、ごちゃごちゃしてわからない・・・とイライラしないで、何度でも説明を読んで理解してください。
    そこを曖昧にしているから、違いが曖昧でよくわからないままなのです。
    接続詞には従属接続詞と等位接続詞があります。
    区別がつかない場合は、等位接続詞は具体的に、and , but , or , so , for(「というのは」という意味)で、それ以外は従属接続詞、と把握しておいても大丈夫です。

    ⑤付帯状況
    これも、まず言葉の意味が難しいと思います。
    付帯状況とは、具体的には、「同時動作」「連続動作」「1つの動作が他の動作の一部」の3通りで把握すると理解しやすいでしょう。
    例えば「歌いながら歩く」が同時動作。
    「ドアを開けて部屋の中に入る」が連続動作。
    「池に落ちてびしょぬれになった」が「1つの動作が他の動作の一部」の場合です。
    ただし、厳密に3通りに分類することに頭を悩ます必要はなく、これらをまとめて付帯状況と呼ぶのだと理解しておけば十分です。

    The typhoon hit the city and caused great damage.
    台風がその市を襲い、大きな被害を与えた。
    付帯状況の文は、主節・従属節の区別はなく、どちらも対等なので、等位接続詞が使われています。
    こうした付帯状況の文は、後ろの節を分詞構文にするのが普通です。

    The typhoon hit the city, causing great damage.

    以上の①から⑤のうち、①時 と②理由 は、非常によく分詞構文が用いられます。
    しかし、例えば①時 で、after , before , while など、復元しにくい接続詞は省略せず、残しておくことが可能です。
    また、分詞構文の多くは書き言葉です。
    日常会話では相手に復元を期待する分詞構文で伝えるよりも、従属節を使って話すほうが正確に伝わります。
    ③条件 ④譲歩 は、省略された接続詞を推理することが難しいという点で、接続詞を残すか、あるいはそもそも分詞構文にしないことも多いです。
    ⑤の付帯状況は、比較的意味が伝わりやすいということで、日常会話でもあり得ますし、書き言葉でも多用されます。
    コミュニケーション英語の教科書本文も、付帯状況の分詞構文が多用されています。
    主節の後にいきなり現在分詞から始まっているこの部分は何?と思ったら、付帯状況の分詞構文の可能性を考えてみると、読解が楽になると思います。

    以上、まずは分詞構文の基本的な意味でした。



      


  • Posted by セギ at 12:20Comments(0)英語

    2019年09月27日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その5。とにかく解こうという気持ち。


    さて今回はまずこんな問題から。

    問題 a+b=4 のとき、3a2+b2≧12 を証明せよ。

    a+b=4 という新しい種類の条件が提示されましたが、この使い方は何となくわかるような気がします。
    おそらく、代入して、文字を1種類に整理するのでしょう。
    a+b=4 より b=4-a 
    これを代入して、
    3a2+b2
    =3a2+(4-a)2
    =3a2+16-8a+a2
    =4a2-8a+16
    ここで平方完成してみましょう。
    =4(a2-2a)+16
    =4(a-1)2-4+16
    =4(a-1)2+12

    右辺と同じ12が出てきましたね。
    これで証明できました。
    (a-1)2≧0 より 
    4(a-1)2+12≧12

    等号はa=1のときですね。
    ならば、bも決定します。
    b=4-a=4-1=3
    よって、等号成立は、a=1、b=3のとき。


    前にも書きましたが、不等式の証明を学習していて、よく受ける質問に、
    「どのやり方で証明するのか、判断がつかない」
    というものがあります。
    パッと見た瞬間に、この問題はこのやり方、あの問題はあのやり方で証明する、と判断する基準は何なのか?
    それを質問する高校生は多いです。

    しかし、とにかく試行錯誤してみるのが、力をつけるには一番良いのです。
    「どのやりかたを使っていいのかわからないから、イライラする。解くのが苦痛だ」
    ではなく、
    「どのやりかたを使うのかわからないから、色々試してみる。それが面白い」
    だと思うんです。
    数学を楽しむ態度とはそういうものではないでしょうか。

    正解に至る簡単な見分け方を教えてほしいと思ったり、それがわからないから解けない、とすぐに諦めたり。
    そういう傾向は、高校生になって突然現れるものではありません。
    小学生のときから、そういう傾向はあります。


    例えば、こんな問題。

    問題 14/15 : 35/36 を簡単にしなさい。

    これは、小学校6年生が学習する「比」の問題です。
    教科書で学習する内容よりはやや難しいです。
    しかし、「解けない」と諦めてしまうようなレベルの問題ではないと思うのですが、中学受験をしない小学生で、この問題を正答できる子は意外なほど少ないのです。

    まず、第一段階として、分母の通分が上手くできない子が多いのです。
    小学校では、「連除法」は教えません。

    3 ) 15  36
         5  12

    3×5×12=180 と、このように最小公倍数を求める方法が連除法です。

    現行の教育課程で、学校でこれを学ぶのは、高校1年数A「整数の性質」です。
    小学生にこれを教えないのは、この解き方の意味を理解できる小学生が限られているからでしょう。
    素因数分解を実感として理解できない状態でこの解き方だけを教えても、それは、単なる解き方の作業手順を教えるだけです。
    意味のわからない作業手順の丸暗記を、学校が率先して指導するわけにはいきません。
    公倍数とは何なのか。
    小学生が最初に学習するときは、その本来の意味を理解することを優先したほうがいい。
    意味が明瞭な解き方をしたほうがいい。
    というわけで、学校では、15と36の公倍数を求めるときには、それぞれの倍数を書き出していって、共通のものを見つけるやり方を教えるのが普通です。
    15、30、45、60、75、90、・・・・
    36、72、108、・・・・
    というように並べて書いていきます。
    これが面倒で、途中で諦めて、分母の15と36を通分できない子が多いです。

    上のやり方でもいいけれど、大きい数のほうが、1倍、2倍、3倍、・・・と数がすぐに大きくなっていきますから、書き出していくのは大きい数だけのほうが早いよね、と塾では助言します。
    大きい数を1倍、2倍、3倍、・・・していって、その数が小さい数の倍数にもなっているかどうか確認していけば、最小公倍数は早く見つかります。
    36、72、108、144、180、・・・
    「72は、15の倍数?違うね。108は、15の倍数?これも違うね」
    そう声をかけて、つきっきりで面倒を見ると、誰でも、180という最小公倍数を見つけることができます。

    しかし、作業自体はそんなに難しいことではないのに、宿題に出したり、独りで演習させると、15と36の最小公倍数を見つけられる子は本当に少ないのです・・・。
    180は、36の5倍でしかありません。
    たった5個目に答えがあるのに、そこに至る前に諦めてしまう子が大半なのです。
    算数・数学ができない理由の第一は、それだと思います。
    諦めが早すぎるのです。

    では、なぜ、そんなに簡単に諦めるのか?
    それは、暗算が苦手なことが第一の原因でしょう。
    36を1倍、2倍、3倍、していくことが苦痛なのだと思います。
    しかも、その結果が、15の倍数であるかを確かめるのもつらいのでしょう。
    いちいち筆算しないとそれができない計算力の子もいます。
    36×2=72 を筆算して、それから72÷15を筆算して、という作業をしないと公倍数であるかどうか確かめられない計算力では、15と36の最小公倍数を求めるのは、難行苦行です。
    頭の中でかけ算・わり算することが容易であれば、この問題は諦める必要なく解いていけるのです。

    しかも、この問題が解きにくい原因は、これだけではありません。

    14/15 : 35/36=168/180 : 175/180=168 : 175 

    ここまで解いたとしても、これをさらに簡単にすることができない子が多いのです。
    ここから、さらに、同じ数で割って比を簡単にするのですが、その数、つまり168と175の公約数を見つけることができないのです。
    暗算力のある子は、この2つの数を眺め、頭の中でちょっと暗算しているうちに、「あ、7で割れる」と気がつきます。
    しかし、そうした作業が苦痛で、強要されない限りそんなことは絶対にしない子たちは、7を見つけることができません。

    この問題の公約数は7という1桁の数なので、実はまだ見つけやすいのですが、17や19などのときは、もっと苦労することになります。
    しかし、このような場合にも、公約数を発見する方法はあります。
    168と175と、どちらからアプローチしても良いのですが、175からやってみたほうが簡単そうです。
    175を割ることのできる数を考えます。
    つまり、素因数分解するのです。
    すぐに思いつくのは、5です。
    175÷5=35
    35は、さらに5で割れます。
    35÷5=7
    つまり、175=5×5×7 です。
    これは、175は、5や7で割り切れる、という意味でもあります。
    一方、168という数の中には、5という要素(因数)は絶対ないと見た目でわかります。
    だとすれば、168を割れる可能性のある数は、7です。
    試してみると、確かに割ることができる。
    そういう作業をすれば、共通に割ることのできる数、すなわち公約数を発見することができます。

    このやり方も、小学校では学習しません。
    教科書にある公約数の見つけ方は、それぞれの約数を全て書き出し、共通のものを見つけるやり方です。
    1、2、3、4、7、8、12、14、21、24、42、56、84、168
    1、5、7、25、35、175
    全部書き出すと、最大公約数は、7だとわかります。
    この解き方でしか公約数が見つけられない子は案外多いのです。
    そして、この解き方の作業時間が長くとても面倒くさいので、公約数を見つけることをすぐに諦めてしまうのだと思います。
    教わったやり方から一歩も外れることができないのは、なぜそれで解けるのか、本質を理解していないからでしょう。
    学校で教わったものより少しだけ高度な解き方の意味を理解することができず、あるいは、理解できたとしても、自分で問題を解くときに活用することはできないのです。

    14/15 : 35/36=168/180 : 175/180=168 : 175=24:25
    これが正解です。

    この問題が解けない子たちに欠けている力は何なのか?
    1つには計算力。
    特に、整数が他の整数の積の形に見えているかどうか、です。
    175=5×5×7 という形に見ることができるかどうか。
    こうしたことは、小学校で教える内容ではありませんが、教わらなくても理解している子もいるのです。
    175が、5で割り切れるなら、175÷5の商である35でも、175は割り切れる。
    35で割り切れるということは、35=5×7だから、175は、7でも割り切れる。
    そういう、かけ算とわり算の関係を理解していると言い換えても良いです。
    それは、「わり算の検算」という学習で小学校でも一応触れているのですが、その内容の重要性に気づかず、頭の隅にも残さない子も多いです。
    しかし、算数が本当に得意な子たちは、理解しています。
    かけ算・わり算を沢山やっていく中で自然に獲得している知があるのです。
    数の体系を、数理の根本を、教わらなくても理解している子たちが、算数・数学で高い能力を発揮します。
    一方、計算のやり方などの実務的な学習事項に目を奪われ、論理的なことの重要性に気づかず聞き流す子たちも多いのが現状です。

    また、1つには、理解力と応用力。
    小学校の教え方は、最大多数の子が理解できるようにと考えられた教え方です。
    だから、公倍数の求め方も、公約数の求め方も、とにかく地道です。
    最初はそれで良いのですが、本質を理解したら、もっと早く求める方法があります。
    それを活用できない子が多いのです。
    塾で教えても、そのときは理解した顔をしますが、自分のものにできない子が多いです。
    家庭でご両親が教える場合も、数学が得意な人が教えるほど、むしろ子どもが全くついてこられず喧嘩になってしまうということは多くあると思います。
    私も、その子の理解力次第で連除法も教えるつもりでいるのですが、ちょっと無理だなと判断する場合が多いです。
    せめて、大きいほうの数を1倍、2倍、3倍して、早く最小公倍数を見つけることくらいは身につけてほしいと思っても、結局いつも小さいほうの数を1倍、2倍、3倍し始めて、いつまでも数が大きくならず、なかなか公倍数に至らず、諦めてしまう子が多いのです。
    なぜ、小さいほうの数を1倍、2倍、3倍するのか?
    おそらく、問題に最初に書いてあるのは、小さいほうの数だからでしょう。
    あるいは、片方の数だけ1倍、2倍、3倍していけば良いということをすぐに忘れ、学校の解き方に戻ってしまうので、まず小さいほうの数の倍数を書き出しているのでしょう。
    算数の問題を解く作業が、学校で教わったことを教わった通りに機械的に再現するだけになっていて、考えて作業をする気配がない・・・。
    学力そのものが低いわけではないのに、そのようになってしまっている小学生が多いです。

    もう1つは、粘り強さ。
    学校で教わった地道な解き方だって、いつか答えは出るのです。
    何かやっていけば必ず答えが出せる問題で、なぜ諦めるのか?
    なぜ、36の5倍すらやってみようとしないのか。
    なぜ、その前で諦めるのか?
    180がみつからなかったとして、いっそ36の10倍の360ではどうかと考えてみることも、なぜしないのか?
    後で整理すれば良いのだから、それでも良いのです。
    そういう、ダメでもいいからやってみる強い気持ちに欠け、諦めてしまうのです。


    14/15 : 35/36 を簡単にしなさい。

    さすがに高校生になれば、この程度の問題で諦めてしまうことはないと思います。
    それは、高校生の学力で小学生の問題を見ているからです。
    しかし、その関係は、そっくり、高校生の問題にスライドできるのではないでしょうか。
    高校数学の問題の解き方がわからないとすぐに諦めている高校生は、比を簡単にする問題を諦めている小学生と同じように見える、という視点も存在するのではないでしょうか。
    そして、解けない原因も、共通するものが多いのではないでしょうか。
    1つには、計算力。
    高校数学の問題をあれこれ試行錯誤するためには、自在に計算する力が必要です。
    計算自体が億劫なので、試しに計算してみることができない、ということはないでしょうか。
    また1つには、理解力と応用力。
    問題の目先が変わると解き方がわからないのは、基本問題の意味を本当はわかっていなくて、解き方の作業手順を丸暗記しているだけだからではないでしょうか。
    理解することをおろそかにし、作業手順の丸暗記で済ませてはいないでしょうか。
    そして、もう1つ大切なのは、粘り強さ。
    あと一歩粘れば解ける問題を、途中で諦めてはいないでしょうか。
    わからない。
    簡単に解き方のわかる方法を知りたい。
    と思う前に、あと一歩、粘るだけで実は答えは出るのではないでしょうか。

    色々考えるのが数学の楽しさです。
    粘って、何時間も考えるから、数学は面白いのです。


    さて、次の問題。

    問題 a>1、b>1、a+b=1 のとき、不等式 ax2+by2≧(ax+by)2 を証明せよ。

    まずは、これも代入して、左辺-右辺≧0を証明することを考えてみましょう。
    a+b=1 より b=1-a
    左辺-右辺 
    =ax2+by2-(ax+by)2
    =ax2+(1-a)y2-{ax+(1-a)y}2
    =ax2+y2-ay2-a2x2-2axy(1-a)-y2(1-a)2
    =ax2+y2-ay2-a2x2-2axy+2a2xy-y2(1-2a+a2)
    =ax2+y2-ay2-a2x2-2axy+2a2xy-y2+2ay2-a2y2

    うわあ・・・・。
    この先、やりようがあるのかもしれませんが、ちょっと迂回したくなってきました。
    これは、1回戻って考え直したほうが良さそうです。
    バラバラにしたのが良くなかったのかもしれません。
    代入前に戻って整理してみます。
    中学の数学の、文字式の値を求める問題も、まず整理してから代入するのが鉄則でしたものね。
    x について降べきの順に整理してみましょう。

    ax2+by2-(ax+by)2
    =ax2+by2-(a2x2+2axby+b2y2)
    =ax2+by2-a2x2-2axby-b2y2
    =(a-a2)x2-2abxy+(b-b2)y2
    =a(1-a)x2-2abxy+b(1-b)y2

    あ、これは対称式です。
    対称式というのは、文字を入れ替えても値の変わらない式のことです。
    ここで、あっとひらめくのです。
    a+b=1より、1-a=bですし、1-b=aです。
    この両方をそれぞれに代入してはどうでしょうか。

    =a(1-a)x2-2abxy+b(1-b)y2
    =abx2-2abxy+aby2
    =ab(x2-2xy+y2)
    =ab(x-y)2≧0
    よって、ax2+bx2≧(ax+by)2
    等号成立は、x-y=0、すなわちx=yのとき。

    ・・・そんなやり方、思いつかないよ。
    最初はそういう感想で当然だと思います。
    こんなのは自力で発想できなくても良いのです。
    ただ、このテクニックは、頭の引き出しに入れておきましょう。
    そして、類題を解くときに使えるようにしておくのです。
    テクニックを頭の引き出しに入れておくことは、作業手順の丸暗記とは違うのです。



      


  • Posted by セギ at 12:56Comments(0)算数・数学

    2019年09月25日

    高校英語。分詞 その5。分詞の叙述用法。SVOC。


    さて、今回は、分詞の叙述用法のうち、SVOC の用法です。

    まずは普通のSVOCの文の確認から。
    SVOCという呼び方は高校で学習しますが、この文型は中3で最初に学習します。
    we called him Tom.
    私たちは彼をトムと呼ぶ。
    we がS(主語)、called がV(動詞)、him がO(目的語)、Tom がC(補語)です。
    「Sは、OがCなのをVする」
    といった構造をとらえておくと意味を把握しやすくなります。
    My mother made me happy.
    私の母は、私を幸せにした。

    中3で学習していても、この語順が絶望的に身につかない人もいるのが、SVOCです。
    we called him Tom.
    のように、最後のCが名詞ならば、感覚的に納得するものがあるようで、まだ正しい語順を守れます。
    しかし、
    My mother made me happy.
    のように、Cが形容詞の文は、「このような位置に形容詞がくるはずない」という間違った感覚が邪魔をするようなのです。
    My mother made happy me.
    といった誤った語順で英文を作る子が多くなります。
    中2で学習した不定詞のときもそうですが、それまで学習した中1レベルの英語の語順が「正しい英語」と思い込み、そこからバージョンアップできない人は、感覚で英文を作ろうとする人に多いのです。
    日本に住む日本育ちの日本人が、英語を感覚で並べて、正しい英文を作れるわけがない。
    その当たり前のことに、1日も早く気づいてください。
    英語に対しては、理屈でアプローチするのが、手っ取り早いのです。
    理屈で理解し、暗唱して口に馴らす。
    そうやって覚える英語が、覚えやすく忘れにくい英語となります。


    さて、そのように、そもそもSVOCという文型にいくらかの違和感のある人にとって、それに分詞が加わると、さらに難度を増すようです。
    SVOCで、Cになるのは、上の例文のように、名詞または形容詞です。
    このCの位置に、分詞もきます。
    それが、SVOCの分詞の叙述用法です。

    She kept me waiting for an hour.
    彼女は私を1時間待たせた。
    She がS、kept がV、me がO、waiting がCで、現在分詞です。

    She kept the door locked.
    彼女はそのドアに鍵をかけておいた。
    She がS、kept がV、door がO、locked がCで、過去分詞です。

    現在分詞と過去分詞は、どう使い分けるのでしょうか?
    上の2つの文では、主語はどちらもShe で変わりません。
    Sで使い分けるのではなさそうです。
    これは、Oとの関係で使いわけます。
    Oがその動作をするのならば、現在分詞。
    Oがその動作をされるのならば、過去分詞です。
    She kept me waiting for an hour.
    me が待つという動作をしていますので、現在分詞。
    She kept the door locked.
    door は鍵をかけられる側ですので、過去分詞です。


    ここまででも、十分に難しく、もうお腹いっぱいという人もいるかもしれませんが、ここで、分詞だけでなく他の文法事項が混ざってくるのが、SVOCの文の難しさです。
    他の文法事項とは、不定詞。
    すなわち、原形不定詞や to 不定詞も、このCになることがあるのでした。
    そして、Cに何がくるのかは、動詞によって違ってきます。
    この先は、VによってCがどうなるのかを整理してみましょう。


    SVOCは、Vが使役動詞や知覚動詞のとき、Cに原形不定詞を用います。
    しかし、いつもいつも原形不定詞なわけではなく、現在分詞や過去分詞を用いる文もあります。
    一度にまとめて学習する内容ではないせいもあって、そこがモヤモヤしやすい人もいるようですが、センター試験や英検などの四択の文法問題でもっとも出題されやすいところでもあります。

    まずは、使役動詞 make から。
    Our teacher made us speak English.
    私たちの先生は、私たちに英語を話させた。
    teacher がS、made がV、us がO、speak がCで、原形不定詞です。

    We were made to speak English by our teacher.
    私たちは、先生によって英語を話させられた。
    直訳するとちょっと不自然なので、この文も上の文と同じ訳で構わないのですが、それはともかく、構造を見ると、この文は、上の文の受動態です。
    受動態のとき、Cだった原形不定詞は、to 不定詞になります。

    I could make myself understood in English.
    私は英語で自分の意思を伝えることができた。
    I がS、could make がV、myself がO、understood がCで、過去分詞です。
    myself は、理解される側だから、Cは過去分詞なのです。
    これは、一種の慣用表現として例文を丸暗記しておいても良い文です。
    定期テストによく出ます。
    そして、「テストに出るよ」と念を押しているのに高校生が覚えない用法ワースト10に入るくらいに失点原因となる文です。

    四択の文法問題としては、原形不定詞、to 不定詞、現在分詞、過去分詞の四択があって、そこから正解を選ぶ形式が頻出です。
    動詞 make を用いたSVOCのCには、上のような3つの可能性があることを把握して、きちんと分析して正答を探せば、この文法問題は楽勝です。
    しかし、文法事項として把握せず、「こういう英文を見た気がする」という感覚で解こうとし、しょっちゅう誤答していると、誤答が記憶に残ってそれが正解のような感覚が濃厚になっていくばかりですので、いつまで経っても正答できるようになりません。
    それは、英語学習の中でも最もまずいやり方なのですが、こういう「感覚」に頼って文法問題を解き散らかしてしまう高校生は多いです。


    次に、使役動詞 have の用法。
    They had her go home.
    彼らは、彼女を家に帰らせた。
    They がS、had がVher がO、go がCで原形不定詞です。
    使役動詞make と have の基本的な意味の違いは、make は目下の相手に何かさせるときに使い、have は、対等または目上の相手に何かしてもらうときに使います。

    make の場合は受動態がありますが、have にはありません。
    だから、have の文で、to 不定詞を用いることはないのですが、have to ~という助動詞の用法の印象が強いせいか、それに引きずられて四択問題で to 不定詞の選択肢を選んでしまう高校生は多いです。
    全く関係ない文法事項の記憶が混ざりこんでくるのも、「感覚」に頼って問題を解き散らかす人に多い傾向です。
    知識を整理しましょう。

    I had my hair cut.
    私は髪を切ってもらった。
    I がS、had がV、hair がO、cut がCで過去分詞です。
    cut は、無変化の不規則動詞ですので、見た目ではわかりませんが、hair は切られる側なので、cut は過去分詞だとわかります。

    I had my bag stolen.
    私は、鞄を盗まれた。

    上の文と同じ構造なのに、訳し方が違うので混乱する人もいますが、訳し分けは意味から判断した日本語の都合です。
    和訳は、日本語として自然であることを優先するので、同じ構造の文も異なる訳となります。
    英語では、やってほしいことをしてもらった際も、被害にあった場合も、同じ構造の文となります。
    「受け身・被害のhave」と覚えておけば大丈夫です。
    have というと「持っている」の意味という印象しかなく、こういう用法で have を使うことが発想できず、意味もとれないという人もいます。
    have は、物を所有しているという意味に限らず、そういう状態を保有しているという意味なのだと把握しておくと、こうした用法にもさほど違和感はありません。

    have の場合、このように、正解は原形不定詞か過去分詞の二択が基本ですので、落ち着いて分析すれば大丈夫です。
    Cが現在分詞の用法も存在しますが、原形不定詞の用法とでは、1つの英文がポンと提示されるだけの文法問題では識別できないので、この二択に絞ってほぼ大丈夫です。


    次に、知覚動詞の場合。
    We saw him cross the street.
    私たちは彼が通りを横切るのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、cross がCで原形不定詞です。

    We saw him crossing the street.
    私たちは、彼が通りを横切っているのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、crossing がCで、現在分詞です。

    この2つの文の意味の違いは、上の文は、通りを渡り始めて渡り終わるまで、一部始終を見ていますが、下の文は、横切っているほんの一瞬を見たという意味です。
    しかし、文法問題でこの1文がぽんと出た場合、どちらでも意味が通ります。
    だから、文法問題で、この使い分けを問われる場合は、従属節などで状況が詳しく説明されています。
    あるいは、選択肢に、原形不定詞か現在分詞のどちらかしかありません。

    He was seen to cross the street.
    彼は、通りを横切るのを見られた。
    受動態のときは、使役動詞 make と同様に to 不定詞が用いられます。

    We saw him scolded by his father.
    私たちは彼がお父さんに叱られるのを見た。
    We がS、saw がV、him がO、scolded がCで過去分詞です。
    him は叱られる側なので、過去分詞です。

    このように見てくると、知覚動詞の場合は、Cは、原形不定詞・to 不定詞・現在分詞・過去分詞のどの場合もあります。


    以上、動詞ごとに、SVOCのCは何が使用されるかまとめてみました。
    参考にしてください。
    繰り返しますが、ここは、文法問題して一番出題される、ホットなところですよー。


      


  • Posted by セギ at 12:11Comments(0)英語

    2019年09月22日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その4。絶対値を含む不等式。


    今回は、「絶対値を含む不等式の証明」の学習です。
    「絶対値」という言葉は、中学1年生の「正負の数」で学びます。
    数学学習の初期の初期に出てきます。
    絶対値の定義は、「数直線上での原点からの距離」です。
    だから、+3も-3も絶対値は3です。
    したがって、絶対値とはその数の符号を外した数、すなわち正の数ととらえることが可能です。

    ここまでならシンプルな話なのですが、絶対値に文字がからむと途端にわかりにくくなるようです。
    例えば、高校数Ⅰで学習する以下の内容。

    |a|≧a
    |a|≧-a
    |a||b|=|ab|
    |a+b|2=a2+2ab+b2

    パッと見て、「そりゃそうだ。当たり前だ」と感じる人と、「え?え?何?」と焦る人とがいます。
    1つには、文字が正負の記号を含みこんでいることが理解しきれていないせいかもしれません。
    aという文字は、a≧0の可能性とa<0の可能性とがあります。
    そう説明されれば、「それは知っている。わかっている」と言うのですが、上のような等式・不等式を見るときに、いつの間にか、
    aは正の数。
    -aが負の数。
    という認識になっていないでしょうか?

    「aという文字が何なのか決まっていないのに、何で大小が言えるんですか?」
    不等式の学習がここまで進んでから、突然そう質問されて、その質問がどういう意図のものかわからず、困惑したこともあります。
    「不等式の証明」の学習の始まりには、そういう疑問はもたない様子で、それなりに解いていたのです。
    しかし、絶対値を含む不等式になると、その質問が口をついて出てしまったようです。

    絶対値がわからないのか?
    最初から不等式がわからなかったのか?
    aという文字の正負がわからないのなら、左辺と右辺のどちらが大きいかはそのときによるんじゃないか?
    急にそう感じるようになった、ということなのでしょうか。

    とりあえず、まず、上の不等式を1つ1つ見ていきましょう。
    |a|≧a
    これは、まずはaの正負によって場合分けして考えると理解できると思います。
    a≧0 のときは、|a|=a です。
    a<0 のときは、|a|は正の数、a自体は負の数ですから、|a|>a です。
    それらをまとめると、
    |a|≧a
    となります。
    ≧ というのは、>であるか、または=であるか、ということですから、どちらかになれば良いのです。

    |a|≧-a
    これも、まずはaの正負によって場合分けして考えます。
    a>0 のとき、|a|は正の数で、-aは負の数ですから、|a|>-a が成立します。
    a=0 のとき、|a|=0、そして、-a=0 ですから、|a|=-aです。
    a<0 のとき、|a|は正の数、-aも正の数ですから、|a|=-aです。
    それらをまとめると、
    |a|≧-a は、aの正負に関わらず、必ず成立します。

    |a||b|=|ab|
    これは、比較的理解しやすいかもしれません。
    a、bの正負に関係なく、|a||b|は正の数です。
    |ab|も正の数です。
    よって、
    |a||b|=|ab|
    は、常に成立します。

    |a+b|2=a2+2ab+b2
    もしかしたら、これが一番理解しにくいかもしれません。
    |a+b|2 が正の数であることには疑問の余地はないと思います。
    問題は右辺でしょうか。
    a2+2ab+b2
    これが負の数の可能性があるように感じるので、たとえ絶対値が等しくても、等式は成立しないのではないか、と感じることがあるようです。
    しかし、この右辺は、因数分解できます。
    a2+2ab+b2=(a+b)2
    a+bが正の数であっても負の数であっても、(a+b)2は正の数です。
    よって、左辺も右辺も正の数で、もともと絶対値が等しいことは見ればわかりますから、
    |a+b|2=a2+2ab+b2
    が言えるのです。

    ちなみに、上の記述は、感覚的に納得するための説明であって、証明ではありません。
    証明は、もう少し細かい定義が必要となります。

    これで感覚的に納得してもらえたはずだ・・・、と思っても、納得した顔をしない高校生もいます。
    何か騙された気がすると言うのです。
    詐欺にあったような顔をしています。
    では、どこが疑問なのかと問い返すと、それはどこかはわからないけれど、何となく納得できない・・・という曖昧な答えが返ってきます。
    場合分けして説明されることに、そもそも懐疑を示す人もいます。
    その場合分けが全てではないような気がするというのです。
    そうでない場合もあるのに、そこで騙された気がする・・・。
    どこで騙されたとは指摘できないけれど、きっと騙されている・・・。

    そんなにも疑い深い一方、ネットに書いてある根拠のないことや、テレビで有名人がわかったふうに喋っていることをたやすく信じてしまうのは、なぜなのでしょう。
    友達から聞いた噂話を鵜呑みにしてしまうこともありますよね。
    そういうことを簡単に信じないために、数学を学ぶという側面もあります。
    信じるべきことと疑いを抱くべきことを自分で判断するために、「論理」を学ぶのです。
    数学は、論理を学ぶことができる学問です。

    ともあれ、疑いが消えないならば、そうではない例、すなわち反例を自分であれこれと考えたみたら良いと思います。
    aやbを正の数にしたり、負の数にしたり、色々な組合せで考えて、実際に計算してみて、納得できるまで上の等式・不等式が成立することを確認してみてください。
    それをしてみることで、正負の数に関する自分の認知の歪みに気がつくこともあると思います。
    中学1年で突然習った「負の数」というものの本質をつかみきれないまま、計算のやり方だけ暗記して済ませてきたことが尾を引いているのかもしれません。
    この機会に歪みを正すことができたら、この先の学習が楽になります。


    さて、それでは、数Ⅱの実際の問題にあたってみましょう。

    問題 |a|+|b|≧|a+b|を証明せよ。

    え?
    |a|+|b|=|a+b|じゃないの?
    いつも等しいんじゃないの?
    という錯誤が生まれてしまうことがあるかと思いますが、それは、やはり気がつくとaやbは正の数だと決めつけていることからくる錯覚です。
    実際には、aやbは正の数のこともあれば負の数のこともあり、0のこともあります。
    そのどの場合でも、上の不等式は成立します。
    それを証明しろと言われているのですね。
    不等式の証明は、左辺・右辺の両辺が正の数であることが確実ならば、2乗したもの同士で比較しても大丈夫でした。
    すなわち、(左辺)2-(右辺)2≧0 ならば、(左辺)≧(右辺) です。
    ここで活躍するのが、上の|a+b|2=a2+2ab+b2 などの基本ルールです。

    (左辺)2-(右辺)2
    =(|a|+|b|)2-|a+b|2
    =|a|2+2|a||b|+|b|2-(a2+2ab+b2)
    =a2+2|ab|+b2-a2-2ab-b2
    =2|ab|-2ab≧0

    最後が唐突な印象があるでしょうか。
    では、|ab|-ab の正負について考えてみましょう。
    aとbが同符号あるいは0のときは、ab≧0 です。
    このとき、
    |ab|=ab となり、|ab|-ab=0 です。
    aとbが異符号のとき、すなわちab<0 のとき
    -ab>0 となります。
    |ab|-ab は、正の数と正の数との和となりますから、
    |ab|-ab>0 です。
    これらをまとめると、
    |ab|-ab≧0 となります。
    よって、2|ab|-2ab≧0 も成立します。
    (左辺)2≧(右辺)2であるから、左辺≧右辺も成立し、
    |a|+|b|≧|a+b|
    等号はa=bのとき成立する。


    続いて、こんな問題です。

    問題 |a-b|≧|a|-|b| を証明せよ。

    上の問題と似ているようですが、これはちょっと違うのです。
    何が違うのか?
    |a|+|b|≧|a+b|
    は、左辺も右辺も、正の数です。
    正の数での大小の比較ですから、それぞれ2乗して大小を比較することで単純に判断できました。
    しかし、
    |a-b|≧|a|-|b|
    は、左辺は正の数ですが、右辺は、負の数かもしれません。
    単純に2乗して大小を比較することはできません。
    ここは、場合分けして判断していかなければなりません。
    1) |a|-|b|<0 すなわち |a|<|b| のとき
    |a-b|>0、|a|-|b|<0だから、
    |a+b|>|a|-|b|
    2) |a|-|b|≧0 すなわち |a|≧|b| のとき
    (左辺)2-(右辺)2
    =|a-b|2-(|a|-|b|)2
    =a2-2ab+b2-(|a|2-2|a||b|+|b|2)
    =a2-2ab+b2-a2+2|ab|-b2
    =-2ab+2|ab|
    =2|ab|-2ab
    =2(|ab|-ab)≧0
    ゆえに、
    |a-b|2≧(|a|-|b|)2
    したがって、
    |a-b|≧|a|-|b|
    1)、2)より、
    |a-b|≧|a|-|b|
    等号は|ab|=ab すなわち ab≧0 かつ|a|≧|b|のときに成り立つ。

    いかがでしょうか?
    この機会に、絶対値アレルギーをなくすことができると良いと思います。
    絶対値がわからない、という人は、何か誤解があるのです。
    あるいは、わかっているつもりで、問題を解いている最中に、ふっと混乱が起こるのです。
    そこがスッキリすると、数学全体がかなりスッキリしてくると思います。


      


  • Posted by セギ at 13:16Comments(0)算数・数学

    2019年09月18日

    高校英語。分詞 その4。分詞の叙述用法。SVC。


    分詞の限定用法は、名詞を修飾する用法でした。
    では、分詞の叙述用法とは何でしょうか。

    ここで形容詞に戻って考えてみますと、形容詞には2つの働きがありました。
    1つは、名詞を修飾する。
    もう1つは、補語となる。

    分詞も同じです。
    名詞を修飾する用法が、限定用法。
    補語となる用法が、叙述用法です。
    つまり、分詞は、形容詞なのです。
    分詞は、動詞が形容詞化したものなのです。

    They walked laughing along the street.
    彼らは笑いながら通りを歩いた。
    They がS(主語)。walked がV(動詞)。laughing がC(補語)です。

    こうした説明になると、SVCとか苦手、わからない・・・という高校生は多いのですが、繰り返しますが、SVOCMと各品詞の働きを理解しておくと、残りの文法事項はスラスラと理解できると思います。
    SVCは、5文型の1つです。
    S(主語)とV(動詞)は、基本的にどんな文でもありますが、それだけでは完結しない文もあります。
    I am …
    で終わられたら、「え?どうした、続きは?」と思います。
    I am a student.
    と言われると、あ、そうなんだと納得できます。
    S=C の関係が成立してるのが、Cです。
    I =a student です。
    それは、状態としてイコールでも構いません。
    I am busy.
    I =busy です。
    ということは、基本的に、be 動詞の文の大半はこのSVCですが、be 動詞以外の動詞を用いた文でも、S=Cの関係が成り立っていれば、それはSVCの文です。
    She looks happy.
    この文は、
    She = happy ですから、やはりSVCの文です。
    Cになるのは、名詞または形容詞、ということも、理解の一助になるでしょう。
    形容詞は、Oにはなりません。
    あ、これは形容詞だなと気づいたら、それはSVOの文ではなく、SVCの文です。
    また、その動詞をbe 動詞に変えたときに、意味は変わるにしても文意は通るというとき、元の文はSVCです。
    She looks happy. は、
    She is happy.
    と置き換えても文意は通りますので、SVCの文です。
    一方、
    she plays the piano.
    という文は、動詞をbe 動詞に置き換えたときに文意が通りません。
    she is the piano.
    というのは、おかしいですね。
    she =the piano ではないから、おかしな文になります。
    この文は、SVOの文です。

    上の分詞の文をもう一度確認します。M(修飾語)は省略します。
    They walked laughing.
    この文は、
    They are laughing.
    と置き換えても、文意は通ります。
    だから、元の文は、SVCの文だと確認できます。

    ところで、こんな文はどうでしょう。

    You must keep repeating the formula until it is known by heart.
    暗記するまでその公式を繰り返さなければならない。
    これも、You がS(主語)。must keep がV(動詞)。repeating がC(補語)の文です。
    でも、意味がほとんど同じである、こんな文もあります。
    You must keep on repeating the formula until it is known by heart.

    keep on ~ing は、「繰り返し~する」「常に~する」という意味です。
    状態の継続や動作の繰り返しを強調する表現となります。
    このときは、repeating は、動名詞となります。
    前置詞の後ろにくるのは動名詞だからです。
    ただし、こういう些末な文法事項はどうでもいいので、こういうのに混乱して、「文法なんて嫌い」とならないことが大切です。
    keep ~ing の形の他に、keep on ~ing という用法がある、という表面的なことだけ覚えれば良いと思います。
    「Keep on smiling」と、ラジオ講座で遠山顕先生が昔から毎回叫んでいたので私個人は非常に覚えやすかったものの1つでした。
    いや、番組オープニングは録音だから仕方ないのですが、しかし、番組タイトルが変わっても30年以上、毎年叫んでいます。
    やはり繰り返し耳にするのは効きますね。
    脳に沁み込んでくる感じがします。


    ここまでの文は、SVCのCが現在分詞の文でしたが、過去分詞の文も勿論あります。
    His eyes remain closed.
    彼の目は閉じられたままだ。
    His eyes がS、remain がV、closed がCです。
    His eyes = closed
    状態としてイコールなので、SVCの文です。


    現在分詞も過去分詞も、SVCのCとなる用法がある。
    となると、問題なのは、現在分詞と過去分詞との使い分けです。
    これはSとの関係で見分けます。
    Sが動作をする側ならば現在分詞。
    Sが動作をされる側ならば過去分詞です。

    They walked laughing.
    これは、SであるThey が laugh しているので現在分詞。
    His eyes remain closed.
    これは、Sである His eyes が close されているので過去分詞です。

    限定用法のときの、修飾される名詞と同じ関係ですので、覚えやすいはずです。
    頑張って覚えましょう。
      


  • Posted by セギ at 14:37Comments(0)英語

    2019年09月15日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その3。いろいろな問題。


    さて、今回は、不等式の証明に関する少し難しい問題をいくつか解いてみましょう。

    問題 不等式 x2-6xy+10y2≧4y-4 を証明せよ。

    x と y と文字が2つあり、両方とも2次で、しかも、xy の項もあるので、文字ごとに別々に平方完成することはできない問題です。
    さて、どのように解くか?
    これは、まず x を優先し、xを含んでいる項で平方完成してしまいましょう。
    いえ、y を優先しても別に構いません。
    とにかく、どちらかの文字をまず優先するという考え方で処理していきます。

    左辺-右辺
    =x2-6xy+10y2-4y+4
    x2 と-6xyを優先して平方完成します。
    =(x2-6xy+9y2)+y2-4y+4
    =(x-3y)2+y2-4y+4
    後半の3つの項も平方完成できますね。
    =(x-3y)2+(y-2)2≧0
    よって、
    x2-6xy+10y2≧4y-4
    等号成立は、x-3y=0 かつ y-2=0
    すなわち、x=6、y=2のとき。


    問題 不等式 (a2+b2)(x2+y2)≧(ax+by)2 を証明せよ。

    文字が4種類もあるわりに、これは単純に解いていけそうな予感がします。
    左辺-右辺
    =(a2+b2)(x2+y2)-(ax+by)2
    =a2x2+a2y2+b2x2+b2y2-a2x2-2abxy-b2y2
    =a2y2+b2x2-2abxy
    =a2y2-2abxy+b2x2
    =(ay-bx)2≧0
    よって、
    (a2+b2)(x2+y2)≧(ax+by)2
    等号成立は、ay-bx=0 すなわち、ay=bx のとき。

    同様に、
    (a2+b2+c2)(x2+y2+z2)≧(ax+by+cz)2
    も証明可能です。
    これらは、コーシー・シュワルツの不等式と呼ばれているものです。


    問題 x>0のとき、x+16/(x+2)の最小値を求めよ。

    急に最小値と言われても、2次関数ではなさそうなのに、どういうことだろう?
    このように問題の目先が変わると、何をどうして良いか全くわからなくなる人もいると思います。
    「どういうふうに考えるんですか?」
    と相談されることが多いのです。
    分子と分母にxがある場合、相加平均・相乗平均が使える可能性があるよね?と問いかけると、
    「だから、そういうことをどう発想するんですか?」
    と問われます。

    最小値・最大値という文字を見たら、まず2次関数かな?と考える。
    そうでなかったら、あれ?では不等式かな?と発想する。
    何もないところからいきなりその発想をもてないということは理解できます。
    ならば、発想のストックを自分の中にもっておくことをお薦めします。

    では、不等式をどう使うのでしょう?
    最小値というのは、とりうる値の中で最小の数。
    x+16/(x+2) はいくつ以上なのだろうと考えると、あ、これは不等式なんだなと気づくと思います。

    後半の分母が x+2 なので、前半も x+2 にしてみます。
    それなら、相加平均・相乗平均の定理が使えるでしょう。

    相加平均・相乗平均の関係より、
    x+2+16/(x+2)≧2√(x+2)・16/(x+2)
    右辺の√ は、式の最後までかかります。
    x+2+16/(x+2)≧2√16
    x+2+16/(x+2)≧8
    x+16/(x+2)≧6
    よって最小値は6とわかりました。
    ところで、このときのxはいくつでしょう。
    それも求めましょう。
    相加平均・相乗平均の関係より、
    等号成立は、x+2=16/(x+2) のとき。
    よって、
    (x+2)2=16
    x+2=±4
    x=-2±4
    x=-6、2
    x>0より 
    x=2
    よって、
    x=2のとき最小値6

    これが最終解答となります。


    問題 x>0、y>0 のとき、(3x+2y)(3/x+2/y) の最小値を求めよ。

    これも、相加平均・相乗平均を利用するんだろうなあと、一度上のような問題を解くと、発想のヒントが見えてくると思います。
    問題を解く経験を積む。
    発想の源は、経験であることが多いのです。

    とりあえず、与式を展開してみましょう。
    (3x+2y)(3/x+2/y)
    =9+6x/y+6y/x+4
    =13+6x/y+6y/x
    ここで、相加平均・相乗平均の関係より、
    x/y+y/x≧2√x/y・y/x
    x/y+y/x≧2
    よって、
    13+6x/y+6y/x≧13+6・2
    13+6x/y+6y/x≧25
    等号成立は、x/y=y/x のとき。
    x>0、y>0 より
    x2=y2 すなわちx=yのとき。
    よって、
    x=yのとき、最小値25

    これが最終解答です。
    相加平均・相乗平均を利用したときの等号成立のところが何だか飛躍しているようでよくわからない人いるでしうか。
    これは、相加平均・相乗平均の定理を使っているだけなのです。
    a+b≧2√ab
    等号成立は、a=bのとき。
    この定理を利用して、等号成立のときを判断しているだけです。
    その都度計算しているわけではないのです。
    前に学習したことをスルッと使われて解説されると、よくわからない・・・。
    そういうことは、直前で学習したことでもすぐに起こります。
    モヤモヤしたら、定理に戻って確認しましょう。

    また、すぐ上の問題では、
    x/y=y/x のとき、
    x>0、y>0 より
    x2=y2 すなわちx=y
    というところがわからない、という人もいるかと思います。
    両辺が分数の式のとき、互いの分母×分子は等しいということを知らない人は高校生になっても多いです。
    三角比の正弦定理の式も、それを用いて整理すれば簡単になります。

    a/b=c/d のとき、ad=bc
    分数の基本に戻って考えましょう。
    通分・約分するときの基本の考え方ですが、分母・分子に同じ数をかけても、分数全体の大きさは変わりません。
    だから、a/b=ak/bk は常に成立しています。
    この式の、左辺の分子×右辺の分子は、abk。
    右辺の分子×左辺の分子も、abk。
    よって、両辺が分数の式は、たすきにかけたような形に簡単に整理できるのです。
    それで上の x/y=y/x も、x2=y2 と変形できるのです。


    それで思い出したのですが、最近、別の塾で「比」を学習した小学生が、こんな解き方をしました。
    2/15 : 1/5=15 : 10=3 : 2

    ・・・うん?
    何をしたの?
    「x攻撃すると、簡単なんだよ」
    と、その子は、知らないなら教えてあげるというような、謎の上から目線で教えてくれました。
    しかし、この問題の正解は、2 : 3 です。
    その子は、左の項の分母と右の項の分子をかけて、15×1=15。
    左の項の分子と右の項の分母をかけて、2×5=10。
    だから、15 : 10=3 : 2 としてしまったのでした。
    それは、逆です。
    そういうやり方をするのなら、左の項の分子と右の項の分母の積が先、左の項の分母と右の項の分子の積が後。
    比は、順番が大切。
    逆に書いたら、それは誤答。
    「xにかける」のは一見簡単そうですが、どちらを先に書くのか曖昧になったら、そのやり方は失敗します。

    2/15 : 1/5=2/15 : 3/15=2 : 3
    という普通の解き方でなぜいけないのか?
    この解き方のほうが、どういう解き方をしているのか、その意味も明確で、間違える可能性も少なく、解く手間も上の解き方と同じです。

    ところが、小学生は、このような「x攻撃~」的な解き方が好きです。
    その解き方は間違える可能性が高いから普通に通分しなさいと助言したのですが、「嫌だ」の一言で却下されました。
    比なんて、どんなに気をつけても順番を逆に書いてしまうことが多い単元。
    それにさらにこんな不確定要素が加わったら、この先、まともに正解が出る気がしません・・・。
    この先の受験算数は、ほとんど全て比を使います。
    「速さと比」「割合と比」「面積と比」「つるかめ算と比」「平均と比」と、比ばかりなのに・・・。
    算数が苦手な子には理解しづらいところで、ただでも大変なのに、x攻撃をやめさせるという余計な負担が1つ増えました。
    ただ今、その方向に向けて努力中です。

    x攻撃。
    この解き方を教える際に、ただし順番には注意することという指示があったのかもしれません。
    しかし、「順番に注意」といった細則はすぐに頭から抜け落ちていくのが子どもです。
    算数が苦手な子どもたちのために、楽しい解き方を教えてやろう。
    それは善意から出たものでしょうが、その子は、分数比を簡単な整数の比に直す作業の正答率は常に五分五分のリスクを一生かかえる可能性があります。
    この解き方は、リスクが高いです。

    それと混同されやすく、誤解される可能性がありますが、両辺が分数の式を分母と分子の積の形に直すのは、どっちが先でも後でも、必ず等式が成立します。
    一見、上のx攻撃と似ていますが、誤用のリスクはありません。
    誤用のリスクのある解き方は、算数・数学が苦手な子に教えないほうがいい。
    意味がわかる基本の解き方を丁寧に実践することのほうが、結局、子どものためになる。
    これは不文律とすべきだと、改めて感じました。


      


  • Posted by セギ at 13:24Comments(0)算数・数学

    2019年09月11日

    高校英語。分詞 その3。感情を表す分詞。



    さて分詞の話も3回目。
    今回は、感情を表す分詞の使い分けです。
    それは、中学生の頃に受動態の学習の中で既に登場している事柄です。
    感情表現は、受動態で語られます。
    I am interested in the book.
    私はその本に興味がある。
    interested くらいに使用頻度が高いと、分詞というより形容詞として固定化されて認識されているものですが、もともとは分詞です。
    interest という動詞は「興味をもたせる」という意味の動詞。
    その過去分詞が、interested 。
    現在分詞は、interesting 。
    動詞原形の意味が「興味をもたせる」なので、人が主語のときは、「興味をもっている」=「興味をもたせられている」という意味となり、受動態が使用されます。
    The book is interesting.
    その本は面白い。
    物が主語のときは、「面白い」=「その物が興味を持たせている」という意味となり、現在分詞が使用されます。

    こういうことは、一度しっかり理解すれば何でもないことのような気がするのですが、何度説明を聞いても聞き流す、すぐ忘れる、混乱する、を繰り返す中学生・高校生も多いです。
    数学の解き方は丸暗記するのに、英語は暗記しない・・・。
    英語・数学の両方を教えていると、「やり方が逆だよ」と感じることは多いです。

    数学は、どうしてそれで解けるのか理解していないのに丸暗記だけしても仕方ありません。
    小学生からずっとそれをやっていると、高校数学はほとんどわからなくなります。
    内容を理解せず解き方だけ丸暗記していては高校数学は解き方の丸暗記もできない状態に追い込まれます。
    理解していないことの上に理解できないことが乗っかっていく。
    わかるわけがありません。
    解き方だけ暗記しようとしても、似たような公式、似たような見た目の典型題が多過ぎて、覚えきれません。
    本質を理解していれば、数学で覚えるべきことは限定され、それに基づいて多様な問題を解いていくことができます。

    一方、英語は、暗記するべきことは暗記しなかったらどうしようもありません。

    ついでに言えば、英語を理解するとは、その英文の意味を理解することではありません。
    自力で英文を読むことはできないのに、他人が英語を訳してくれると安心し納得して、英語がわかった気になる傾向がある人は、要注意です。
    それは英語を勉強したことにはなりません。
    塾でも、私に全文を訳してくれと頼んでくる子はいます。
    あるいは、全文を訳してくれないからわからない、と愚痴を言う子もかつていました。
    全文を訳してもらって、その英文の意味がわかると、英語がわかったような気がするのかもしれません。
    しかし、それは、その英文の意味がわかっただけで、英語がわかるようになったわけではないのです。

    一方で、同じ子が、負担の大きい単語暗記には消極的です。
    受け身で楽な「勉強のようなこと」が本当に好きなのだなと哀しくなります。

    また、
    「どうしたら、リスニングが得意になりますか?」
    と質問する子が、1週間で何時間英語を耳にしているかといったら、学校で英語に触れる時間以外は0分というのはよくある話です。
    ラジオ講座など、無料で英語聴き放題の手段を教えても、利用しないのです。

    その子たちの望んでいる英語学習と、本当の英語学習との乖離が大きい。
    英語が得意にならない根本理由は、そこにあると思います。


    というわけで、「かわいそうなゾウの話」のストーリーを覚えても、マララさんの演説の内容を覚えても、それは英語学習ではない。
    一方、感情表現の分詞の使い分けを理解し、暗記することは、英語学習です。

    ところが、ここはしっかり区別して使い分けを正確に覚えなければというところで、逐一、逆に逆に覚えてしまう子もいます。
    そうした子は、宿題などで間違った練習を沢山してくる傾向があります。
    間違った練習が間違った知識を定着させ、幾度修正しても直らない。
    どちらがどうだったか、一生混乱することになります。
    もう何度も書きましたが、そういうのは誰にでもあり、私も熊のアクセントが「く」にあるのか「ま」にあるのか、いまだに混乱します。
    テレビで熊が出てくる度に、1つの番組内でも2種類のアクセントで発音されるので、混乱はさらに助長されます。
    幾度修正しても、間違って使用していた時期が長いために、どちらが正しいのかすぐにわからなくなる。
    私に限らず、そういう人が「熊」のアクセントでは多いのだろうと思います。

    そのようになってしまったら、もう直らない。
    だから、そうならないように、学習した最初にしっかり区別し、宿題をやる前にもう一度復習して、正しい練習をして定着を図ることが大切です。
    授業を受けて1週間経って、次の授業の直前になって慌ててやっつけ仕事で宿題をし、曖昧な記憶で間違った練習をしてくる子は、英語がなかなか得意にはならないです。
    マイナスの練習を沢山してくるのですから。
    宿題をやる前に、一度軽く復習。
    それだけで、文法事項は定着が違ってきます。


    分詞に戻って、再度正確な知識を確認しましょう。
    人が主語のときは、使われる分詞は過去分詞。
    物が主語のとき、使われる分詞は現在分詞。
    どれか1つの分詞で、それをしっかり理解していると安全です。
    interested と interesting でもいいですし、excited と exciting でもいいですね。
    I was excited.
    The game is exciting.
    どちらかの記憶が深く、ゆるぎなくなっていれば、それで正しく識別できます。
    人が主語のときは過去分詞。
    物が主語のときは現在分詞。

    このように形容詞として固定化している分詞で使い分けを確認したら、分詞の限定用法でも同じルールで使い分けることを覚えておいてください。
    There were a lot of excited supporters.
    たくさんの興奮したサポーターがいた。
    It was an exciting game.
    それは、わくわくする試合だった。

    人を修飾するときは、過去分詞。
    物を修飾するとき、現在分詞。

    感情表現の分詞は、このように使い分けます。
      


  • Posted by セギ at 13:04Comments(0)英語

    2019年09月08日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その2。相加平均と相乗平均。


    今回は、相加平均と相乗平均の話です。
    言葉がまず少し難しい印象ですね。
    相加平均は、小学生の頃からお馴染みのいわゆる「平均」です。
    加は、加法の加。
    つまり、たし算の平均が相加平均。
    n個の数の和をnで割ったものです。
    一方、相乗平均は、n個の数の積のn乗根となります。
    乗は、乗法の乗。
    つまり、かけ算の平均が相乗平均です。
    ただ、まだ「指数関数・対数関数」の単元を学習していませんので、この「n乗根」というのが厄介です。
    今回の学習内容では、そこまで話を拡大する必要がありませんので、2つの数の積の平方根に限って話を進めましょう。


    2つの数に限定して説明すると、
    相加平均は、2数aとbとの和を2で割ったもの。つまり(a+b)/2。
    相乗平均は、2数aとbの積の平方根。つまり、√ab です。

    a≧0、b≧0のとき
    (a+b)/2≧√ab
    等号はa=bのとき成り立つ。

    これが、相加平均≧相乗平均の定理です。
    証明もそんなに難しくありません。
    左辺-右辺をやってみましょう。
    左辺-右辺≧0 となれば、左辺≧右辺 を証明できますね。

    (a+b)/2-√ab
    これをまず通分します。
    =(a+b-2√ab)/2
    中3で学習した因数分解の公式が使えそうです。
    =(√a2+√b2-2√ab)/2
    =(√a-√b)2/2≧0
    よって左辺≧右辺となり、(a+b)/2≧√ab です。
    等号は√a-√b=0、すなわち a=b のとき成り立つ。

    相加平均≧相乗平均 の定理は、分数のままだと使いにくいので、両辺を2倍して、
    a+b≧2√ab
    の形で利用することが多いです。
    では、実際に利用してみましょう。

    問題 a≧0、b≧0とする。
    (a+1/a)(b+1/b)≧4 を証明せよ。

    左辺の( )内がそれぞれ和の形になっています。
    文字の並びからして相乗平均したら右辺のように文字が消えて数字だけが残りそうです。
    これは、相加平均≧相乗平均 の定理が使えるでしょう。

    相加平均≧相乗平均 より
    a+1/a≧2√a・1/a
    a+1/a≧2 ・・・①
    同様に、
    b+1/b≧2 ・・・②
    ①×②をすると
    (a+1/a)(b+1/b)≧4
    等号はa=1/a かつ b=1/b すなわち、a=b=1のとき成り立つ。

    見た目は似ているようでも、全ての問題で相加平均≧相乗平均を使うわけではありません。

    問題 a≧0、b≧0のとき、√2(a+b)≧√a+√b を証明せよ。

    左辺全体に√ がかかっているものとして読んでください。

    これも、相加平均≧相乗平均 を使うのだろうかと悩む高校生がときどきいますが、試しに使ってみると、すぐに式がグチャグチャになってきて行き詰まることがわかると思います。
    相加はあっても相乗がなさそうな式には、この定理は使えないのです。

    とはいえ、それが見抜けないと言う人もいます。
    そういう人は、あれこれ悩む前に、可能性を感じるのならやってみたら良いと思います。
    手は動かさないのに、「どんなときに使うの?どうやって見分けるの?」と質問する高校生は多いのですが、手を動かし、試行錯誤すれば、見分けがつくようになります。
    そうなる前に説明だけ聞いて見分けようとしても、その説明が長くしかも細かくて何を言っているのかわからないということが起こりがちです。
    しかも、見分け方だけ聞くとなぜか安心するようなのが、見ていて恐ろしい。
    見分け方だけ聞いても、実際にそれで見分けられるようには、なかなかならないです。
    選択肢の1つとして、常に相加平均・相乗平均のことを頭においてください。
    そのほうが良いです。

    さて、相加平均・相乗平均の定理を使わないのなら、どうやって解くのか?
    上の式はa≧0、b≧0ですので、左辺も右辺も正の数であることがわかっています。
    ならば、それぞれ2乗しても大小関係は変わりません。
    だから、それぞれ2乗してみましょう。
    √2(a+b)と√a+√bの2乗の差は、
    2(a+b)-(√a+√b)2
    =2(a+b)-(a+2√ab+b)
    =2a+2b-a-2√ab-b
    =a-2√ab+b
    =(√a-√b)2≧0
    よって√2(a+b)≧√a+√b
    等号は√a-√b=0 すなわちa=b のとき成り立つ。

    今までのところを整理しますと、不等式を証明するには、左辺-右辺≧0 を示すのが基本ですが、そのためには、
    ①平方完成する
    ②相加平均≧相乗平均 を利用する
    ③全体を2乗する
    などのテクニックがあります。
    これらのうちのどのテクニックを使うかは、その問題ごとに自分で判断します。
    判断がつかないうちは試行錯誤してみましょう。
    数学の問題を解いていて一番楽しい時間は、この試行錯誤の時間だと思うのです。
    一番意味のある時間でもあると思います。
      


  • Posted by セギ at 13:30Comments(0)算数・数学

    2019年09月04日

    高校英語。分詞 その2。前置修飾と後置修飾。


    分詞の限定用法の話を続けます。
    現在分詞と過去分詞との使い分けは、前回お話しました。
    今回は、前置修飾と後置修飾の話です。

    限定用法とは名詞を修飾する用法です。
    名詞を修飾するには、前から修飾する場合と後ろから修飾する場合があります。
    それが前置修飾と後置修飾です。

    まずは、分詞以外の語句で確認してみます。

    Someone is in that old house.
    誰かが、あの古い家の中にいる。
    この old が形容詞で、house を修飾しています。

    Someone is in that burning house.
    誰かが、あの燃えている家の中にいる。
    この burning が現在分詞で、house を修飾しています。

    形容詞と分詞が全く同じ位置にあるのがわかると思います。
    これが、前置修飾です。

    次に後置修飾を確認します。

    The boy playing soccer is my brother.
    サッカーをしているその男の子は、私の弟です。
    playing soccer という語句が、boy を修飾しています。
    The boy in the park is my brother.
    公園にいるその男の子は、私の弟です。
    in the park という語句が、boy を修飾しています。

    形容詞句と分詞句が全く同じ位置にあるのがわかると思います。

    分詞だけが特別な位置にあるのではないのです。
    名詞を修飾する語句は、1語の単独で名詞を修飾するならば名詞の直前に置きます。
    2語以上の意味のまとまり(句と呼びます)となって名詞を修飾するときは、名詞の直後に置きます。
    それは、分詞でも他の形容詞句でも変わらないのですが、そもそも、他の形容詞句の正しい位置がわからないという人は、かなり苦労する様子です。
    The boy in the park is my brother.
    という上の文でも、乱文整序問題になるとこの語順にできず、
    The boy is my brother in the park .
    という文を作ってしまう人は多いと思います。
    英語を習い始めた最初の頃に何となく学び取った、「場所を表す語句は文の後ろのほうに」というルールにこだわり過ぎてバージョンアップできないと、そうなってしまいます。
    最初の頃に学習した英語で出てきていたのは形容詞句ではなく副詞句で、だから動詞や目的語など、SVOCを全部言い終えた後に述べていたものでした。
    副詞句というのは、名詞以外のものを修飾する語句です。
    具体的には、動詞、形容詞、副詞、文全体などを修飾するのが副詞。
    2語以上のまとまりならば、副詞句です。

    The boy is my brother in the park .
    という文だと、これは直前の brother を修飾している形容詞句となり、「その男の子は、公園にいる私の弟です」という意味になります。
    公園にいない別の弟がいるのか?
    いや、いつも公園にいるホームレス中学生なのか?
    と、さまざまな疑問が浮かぶ、不自然な文となります。

    英語がよくわからなくてモヤモヤしている人で、こういう説明が一度腑に落ちると、そこからグッと成績が向上していく人がいます。
    それまで、とにかく例文を丸暗記して、その英文の意味を覚えて、の繰り返しで、そうすることでそのうち何となく英語の仕組みがわかってくるだろうといった学習をさせられてきたけれど、それが肌に合わなかった人ほど、そうなります。
    英語が想像以上にロジカルで、全部理屈で成り立っているとわかったときに、今までの霧が晴れて、すっきりするらしいのです。
    全部理屈なら、その理屈を理解すれば、あとは単語・熟語を覚えるだけ。
    何をやれば良いか目標も明確になり、やればやるだけ成果も上がります。

    一方、丸暗記は苦手だが、理屈はもっと嫌いで、どんな説明も聞き流すタイプの子は、幾度説明を聞いても文法的説明は頭に残らない様子です。
    難しくて理解できないが理解したいというのであれば、いくらでも噛み砕いて何度でも説明するのですが、理解しても聞き流すというタイプの子のほうが多いように感じます。
    名詞・形容詞・副詞とはそれぞれ何なのか。
    それは根幹の理解につながることなのですが、そこに興味を抱けない。
    聞き流す。
    でも、英語は得意になりたいと漠然と思っている。
    そういう子にどのようなアプローチが有効なのか。
    難しい課題です。


    分詞の前置修飾と後置修飾に話を戻します。
    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    Look at that singing bird.
    これは、前置修飾。
    Look at the bird singing on the tree.
    これは、後置修飾。

    上の文は、bird という名詞を修飾している語は、that と singing の2つですが、それぞれ単独です。
    that bird ですし、 singing bird です。
    一方、下の文をそのように単語ごとにバラバラにすると、奇妙なことになります。
    siging bird で、 on bird で tree bird ?
    いや、そんなことはないでしょう。
    それじゃ意味がとれない。
    siging on the tree な bird 、です。
    意味のまとまりとは、バラバラにそれぞれで名詞を修飾しているわけではない、ということです。
    より詳しく説明するなら、on the tree は、まずsinging という分詞を修飾し、そこで分詞句となり、その丸ごとで bird を修飾しているのです。
    しかし、これを説明すると余計にわからなくなる人もいます。
    国語でも、修飾・被修飾が全く理解できず、ほとんどトラウマという人もいて、そういう人にこの説明を始めると途中で顔が曇るのでよくわかります。

    「木の上で歌っている鳥を見て」
    国語で、これを文節に分割すると、
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    となります。
    中1の初めに学ぶとき、文節は間に「~ね」をいれて区切ることができるところ、と曖昧な説明をするしかないのですが、厳密には、1つの文節には1つの自立語しか入らないというルールがあります。
    1つの文節は、1つの自立語のみか、1つの自立語+付属語で成り立っています。
    自立語・付属語、さらに品詞というものを学習するのが中2なので、中1ではこの説明をできないのがネックとなり、間に「~ね」を入れるという、わかるようなわからないような説明しかできず、「歌っている」を1文節とするか2文節とするか判断できないということも起こります。
    英語も日本語も、学習の初めは、説明してもわからないから説明できないことが多く、それが曖昧さを生むのです。
    ようやく説明できるようになったときに改めてきちんと説明されているはずですが、その時期にはもう文法に対して嫌悪や諦めが生じていて、まともに説明を聞いていない・・・。
    だから、ますます文法が理解できない。
    そういうことが起こりやすいです。

    それはともかく。
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    この修飾関係を見てみましょう。
    「木の」は「上で」にかかります。
    そして、「木の上で」という意味のまとまり(連文節または大文節)を作ります。
    「歌って」は「いる」にかかり、そして「歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    さらに、「木の上で」は「歌っている」にかかります。
    そして、「木の上で歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    その大きな意味のまとまりが「鳥を」という文節を修飾します。
    修飾語は、このようにどんどんまとまっていくのですが、そのことを理解し、その修飾関係を正確に図示できる子は、少ないです。
    国語の修飾・被修飾が上手く理解できないのだから、外国語の理解はさらに難しいかなあ・・・。
    しかし、英語の修飾関係のほうがルールがシンプルなので理解しやすく、その理解をもとに、国語の理解が深まっていくという見方もできます。
    比較することでわかりやすくなる、ということもありますし。
    日本語も、英語も、意味のまとまりになって修飾していくんだよー。
    というくらいの理解で次に進みましょうか。


    単独ならば、前置修飾。
    2語以上の意味のまとまりは、後置修飾。
    このわかりやすい文法ルールに対し、しかし、新たな波が到来しています。
    英語の本場、アメリカで、このルールが崩れ始めているというのです。

    例えば、
    My brother is that smoking man.
    という言い方はしない、というのです。
    「私の兄は、タバコを吸っているあの男性です」
    smoking は単独で man という名詞を修飾しているのだから、前置修飾で何が悪いの?
    文法的には正しいでしょう?
    そう思うのですが、なぜか、そのような表現だと「年柄年中タバコを吸っている人」という印象になるからダメだ、今、たまたまタバコを吸っているのだから、
    My brother is that man smoking.
    が正しい、という説が流布され始めました。

    うわー、黒船来航だ。
    whom は古い、もう使われていない、今は全部 who だ、という黒船。
    仮定法過去の be 動詞は、必ず were というのはもう古く、 was のほうが普通という黒船。
    英語を長年教えていますと、これまでにも度々黒船は来航してきましたが、今度のもかなり厄介な印象です。

    ネイティブの英語の使い方が変われば、それに応じて英語を学ぶ側も変えていかなければならないのは、それは仕方ないのです。
    しかし、whom のときにも感じたのですが、それは、日常会話としての英語が乱れてきている証拠では?
    言語感覚の雑な人が使う英語が過半数になったということだけなのでは?
    という印象もなくはないのです。

    私は、上のほうで、こう書きました。

    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    これは、日本人の中学生・高校生の話ですが、ネイティブも実はそうなのではないか?
    使い分けができないので、全部後置修飾にしているだけなのでは?

    これで連想するのは、日本語の「らぬき言葉」です。
    「見れる」「知れる」といったらぬき言葉を使う人が多くなったので、もうそれは許容範囲となりました。
    助動詞「れる」と「られる」の使い分けができない人が多くなり、そこから、「見られる」と「見れる」とでは意味が違うというニュアンスの後付けもされるようになり、やがて許容されていったという経緯がありました。
    英語も同じだと思います。

    言語は生き物。
    今、その言葉を使っている人の過半数がその用い方をするようになれば、それが正しい言葉です。
    だから、昔の用法にこだわることが正しいわけではありません。
    ただ、用心しなければならないのは、日本に伝わってくる、その「新しいアメリカ英語」が、本当に正しいのかどうかということ。
    らぬき言葉も許容されているというレベルの話ならば、「れる」と「られる」とは使い分けられたほうがいい。
    そこの見極めが難しいところです。

    先日、ぼんやりテレビを見ていましたら、こんな映像が流れました。
    「最近腹が立ったこと」といったエピソードを映像化したものでした。
    「出身、どこ?私、中野」
    「私、府中」
    「え?宇宙?」
    「違う。府中」
    「・・・何それ?どこにあるの?(笑)」

    ・・・いや、中野に住んでいて府中を知らないのは、本人が無知なだけです。
    それを勝ち誇ったように笑う。
    知識の幅の狭い人が、その狭い知見で上からものを言い、人をバカにしてかかる。
    そういうことが言語の世界でも起こることがあるので、用心が必要なのです。
    「アメリカじゃ、今はこれが正しいんだぜー」
    本当に?

    whom の件は、 who も許容範囲としつつ、やはり whom と who は正確に使い分ける英語教育が続いています。
    仮定法の件は、was も許容されていますが、were は、今も生きています。
    今回の件は、どんな結末になるでしょうか。



      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)英語

    2019年09月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その1。


    今回は、「不等式の証明」に入ります。
    「左辺と右辺が文字ばっかりじゃ、大小なんてわからないんじゃないの?」
    以前、そういう鋭い質問を受けたことがあります。
    文字の値によって大小なんて違ってくるんじゃないの?
    そんなものをどうしたら証明できるの?

    勿論、個々の文字の値が何であるかによって大小が異なる場合がほとんどです。
    証明できるものはごく一部です。
    だから、練習する問題は、証明できるものだけなのです。
    では、どんな場合に証明できるのか?

    まず、左辺-右辺≧0 を証明できれば、左辺≧右辺 です。
    では、どんなときに左辺-右辺は0以上になるのか?
    左辺-右辺を何かの2乗の形にできるなら、それは0以上の数でしょう。
    実数の場合、2乗すれば必ず0以上の数になります。
    不等式は、これを用いて証明することが多いです。

    問題 x4+y4≧x3y+xy3 を証明せよ。

    左辺-右辺
    =(x4+y4)-(x3y+xy3)
    =x4+y4-x3y-xy3
    項の順番を変えてみましょう。
    =x4-x3y-xy3+y4
    ここで、共通因数で括ります。
    =x3(x-y)-y3(x-y)
    ( )の中身が共通因数となりましたので、さらに因数分解できます。
    =(x-y)(x3-y3)
    後半の(  )は、さらに因数分解できます。
    3乗の公式を使います。
    =(x-y)(x-y)(x2+xy+y2)
    =(x-y)2(x2+xy+y2)

    さて、ここまで因数分解して、前半の(x-y)2は、2乗ですから、必ず0以上になります。
    後半の x2+xy+y2 は、どうでしょうか。
    ここは、平方完成してみます。

    平方完成を覚えているでしょうか?
    数Ⅰの「2次関数」でやりました。
    頂点の座標を求めるために式を変形する方法です。
    因数分解と異なり、定数項が(  )の外にはみ出しても、別に構わないのでした。
    今回はxについての文字式と考えて平方完成しますので、yはxの係数として扱います。
    x2+yx+y2
    =(x+1/2y)2-1/4y2+y2
    =(x+1/2y)2+3/4y2≧0
    この式は、前半も後半も2乗の形になっています。
    だから、どちらも0以上の数だとわかります。
    0以上の数同士を足しても、0以上です。
    よって、この式は、0以上です。
    元の式に戻りましょう。
    (x-y)2(x2+xy+y2)
    =(x-y)2{(x+1/2y)2+3/4y2}
    これは、0以上の数と0以上の数の積であることがわかります。
    よって、全体も0以上です。
    左辺-右辺≧0
    左辺≧右辺
    これで証明できました。

    さて、≧のように、等号が含まれている不等式の場合、どんなときに等号が成り立つかを書き添えるのが慣例です。
    (x-y)2{(x+1/2y)2+3/4y2}=0
    は、どんなときに成立するでしょうか。
    前半の( )または後半の{ }の中身が0ならば、積は0です。
    よって、x-y=0 または、x+1/2y=0かつy=0
    となります。
    これを整理すると、
    前半は、x=y です。
    「または」の後のほうは、y=0をx+1/2y=0に代入すると、
    x=0となり、よってx=y=0です。
    これは、前半のx=yの1例と考えることができます。
    よって、等号は、x=y のときに成り立ちます。

    以上が不等式の解き方の基本です。
    因数分解や平方完成を忘れてしまっていると上手くできないかもしれません。
    数学は、積み上げ科目。
    1つの単元が終われば、そのときに使った解法や公式は全て忘れる。
    そういう勉強をしていると段々苦しくなるのは、こういうことがあるからです。

    ただ、1回学習したくらいでは身につかないのも事実です。
    因数分解ばかりしていると、平方完成のやり方を忘れる。
    平方完成ばかりしていると、因数分解のやり方を忘れる。
    また戻って練習して、できるようになって、また忘れて、また練習しての繰り返し。
    それでいいと思います。
    もう無理だ、と諦めてしまう前に、まだできることがあります。






      


  • Posted by セギ at 11:15Comments(0)算数・数学

    2019年08月29日

    高校英語。分詞 その1。現在分詞と過去分詞。


    分詞の学習。
    まずは中学の復習でもある、限定用法から。
    限定用法は、制限用法とも呼ばれ、中学時代は「分詞の形容詞的用法」と呼ばれていたものです。
    すなわち、名詞を修飾する用法です。

    ここで問題となるのは、用いる分詞は現在分詞か、過去分詞かという点。
    さらに、名詞の直前に置く前置修飾なのか、直後に置く後置修飾なのかという点。
    中学時代もそこがスッキリせず、結論として「分詞は嫌い」となってしまった人は多いのではないでしょうか。

    まずは基本を。
    分詞というのは、動詞が分詞化したものです。
    現在分詞は、動詞の原形に ing をつけたもの。
    見た目は動名詞と同じですが、使い方が違うので、現在分詞と動名詞は区別します。
    過去分詞は、中学時代から現在完了や受動態でおなじみの、あの過去分詞です。
    規則動詞は過去形と同じ形。
    不規則動詞は不規則に変化するので、1つずつ覚えます。
    中学時代に、不規則動詞を覚えなかった人は、今度こそちゃんと覚えましょう。
    毎日暗唱しているうちにだんだん慣れて、自然に使えるようになりますから。

    現在分詞と過去分詞との使い分けは。
    修飾される名詞がその分詞の示す動作を行う主体のときは現在分詞。
    動作される側のときは過去分詞を用います。

    問題、次の空所を埋めよ。
    (1) The girl (   ) a picture over ther is my sister.
    むこうで写真を撮っている女の子は、私の妹です。
    (2) The picture (   ) by my sister won the contest.
    私の妹が撮ったその写真が、コンテストで優勝した。

    (1)では、the girl が写真を撮っています。
    修飾される名詞がその動作をしているので、現在分詞を用います。
    The girl (taking) a picture over ther is my sister.

    (2)では、the picture は、撮られるもの、つまり動作される側です。
    修飾される名詞がその動作をされる場合、過去分詞を用います。
    The picture (taken) by my sister won the contest.

    文法的にとらえることをせず、日本語訳との1対1の対応にこだわる人は、これを、「~ている」のときは現在分詞、「~された」のときは過去分詞と覚えてしまいます。
    すると、以下のような問題で、正答できなくなります。

    The languages (  ) in Canada are English and French.
    カナダで話されている言語は、英語とフランス語です。

    あ、「話されている」は「~ている」だ。
    だから、現在分詞だ。
    The languages (speaking) in Canada are English and French.

    ・・・いいえ。これは間違いです。
    languages は、話されるもの。
    だから過去分詞を用います。
    The languages (spoken) in Canada are English and French.
    が正解です。

    和訳に頼って日本語と英語を無理に1対1対応にするのではなく、文法的に把握したほうが簡単で精度も高いのです。


    現在分詞と過去分詞の使い分け。
    中学生の間は、上の説明で全てですが、高校生になると、文法知識が少し増える分、さらに深い説明が可能です。
    上の話は、実は他動詞に限ってのことなのです。

    自動詞と他動詞。
    この区別がよくわからない人もいると思いますので、説明しましょう。

    自動詞と他動詞の話は、文法学習の最初のほうの「5文型」で学習していることなのですが、高校に入学した途端に文法ばかりゴリゴリ学習することの意味がよくわからないこともあって、気持ちの上で全く受け付けず、そこが曖昧に終わってしまう人は多いです。
    5文型と品詞の種類、そして自動詞・他動詞は、理解しておかないと、その後の文法学習に大きな禍根を残します。

    他動詞は、目的語をとる動詞。
    自動詞は、目的語をとらない動詞です。

    ですから、同じ動詞が、この文の中では自動詞、この文では他動詞、ということもあります。
    しかし、動詞によっては、常に自動詞であるもの、常に他動詞であるものもあります。
    例えば、discuss は常に他動詞です。
    後ろに目的語がきます。
    We discussed the poblem.  のように。
    こうした他動詞は、辞書を引いて日本語訳をよく見ると、「~を議論する」と、「~を」がついているのですが、そこまで細かく見ている人は少ないと思います。
    それどころか、「議論する」という覚え方すらせず、「議論」と、まるで名詞のように覚える人が多いのです。
    そうした人は英語が苦手な人の中に極めて多いのが実状です。
    「何で英文が読めるようにならないんだろう・・・」
    そういう相談をもちかけられることがありますが、そんな覚え方をしているのも一因でしょう。
    動詞なのに名詞のように覚える・・・。
    品詞に対する感覚が欠如しているのだと思いますが、その覚え方だと、discuss が動詞であるか名詞であるかすら記憶することができず、英文は全て名詞の羅列に見えて意味がとれず、自分で英文を作ることもできない、・・・と悪いことしか先に待っていません。
    必ず、動詞は動詞、名詞は名詞として覚える必要があります。
    さらに言えば、「~を議論する」のように「~を」つけて覚えておくと、それが他動詞の証拠となります。

    また、自動詞に「目的語のようなもの」をつけたいときには、間に前置詞が入ることを知っていると、それも自動詞と他動詞を明確に区別する基準となります。
    例えば「~に到着する」という言い方。
    I arrived at Tokyo yesterday.
    I got to Tokyo yesterday.
    I reached Tokyo yesterday.
    同じ「~に到着する」でも、arrive は、at または in が必要です。
    get は、to が必要。
    しかし、reach は、前置詞は必要ありません。
    前置詞がないほうが、他動詞です。

    自動詞ならば、後ろにつく前置詞こみで暗記しましょう。
    あるいは、幾度も幾度も音読や暗唱をすることで、自然にその前置詞が口をついて出るようにしておきましょう。
    教科書本文などの全文暗唱が、苦役のように見えて効果的なのは、こうした前置詞を繰り返し繰り返し暗唱する中で当たり前に使えるようになるからです。
    なお、こうした全文暗唱は、日本語訳を見ながらやるものです。
    歌詞やセリフを覚えるわけではありませんので、ただの丸暗記をする必要はありません。
    日本語を見て、文法・語法を考えながら正しい英語を復元する練習をすることが効果につながります。
    その話を幾度しても、単なる丸暗記、しかも前置詞を省略した丸暗記をしてくる子もいて、頭の痛いところではありますが。
    お経みたいな抑揚のある妙な丸暗記をしてくるが、前置詞や冠詞の大半が抜けている・・・。
    何のために何を覚えているのか、意味を考えたことがなく、言われたからやっているだけなのかもしれません。

    英語が苦手な人でも、
    I go to school at 8:00.
    のように、go の後には to がくることは覚えていると思います。
    なぜ、覚えているのでしょう?
    それは、その形の文を沢山練習したからです。
    沢山見たり聞いたり読んだり書いたりしたので、覚えているのです。
    discuss の後ろに前置詞がくるかどうかを覚えていないのは、その英文にまだあまり多く触れていないからです。
    沢山見たり聞いたり読んだり書いたりすれば、覚えます。
    あるいは、意識して、「discuss には、前置詞は不要」と覚えれば、覚えられます。
    覚え方は、そのように沢山練習して自然に覚えるか、意識して覚えるかの2択です。


    かなり話が逸れましたが、自動詞と他動詞の違いはご理解いただけたと思います。
    分詞の限定用法の話に戻りますと、上の文で扱った動詞は、実は全て他動詞でした。
    修飾される名詞と他動詞が分詞となったものとの関係で、現在分詞か過去分詞かを判断していました。
    自動詞となると、また別の観点が必要です。
    自動詞の場合、その動作が進行中であれば現在分詞、完了していれば過去分詞という使い分けとなります。

    (3) He picked up a (  ) leaf.
    彼は落ち葉を拾いあげた。
    (4) Some of the (  ) professors are still working as part-time teachers.
    退職した教授の中には、今も非常勤講師として働いている人もいる。

    leaf は落ちるものだから、現在分詞の falling でしょうか。
    ・・・いいえ、正解は、
    (3) He picked up a (fallen) leaf.
    落ちるという動作が既に完了しているのが落ち葉だからです。

    professors は退職しているのだから、retiring でしょうか。
    いいえ。
    (4) Some of the (retired) professors are still working as part-time teachers.
    が正解です。
    もう既に退職しているからです。

    こうした自動詞は、しかし数は少ないので、出てきたらその都度覚えるので大丈夫でしょう。

      


  • Posted by セギ at 10:48Comments(0)英語

    2019年08月25日

    数Ⅱ「式と証明」。等式の証明その2。



    今回も「等式の証明」です。

    問題 a/b=c/d のとき、(a2+c2)/(b2+d2)=ac/bd であることを証明せよ。

    前回の問題よりも複雑になってきました。
    このように与えられた式が分数のときは、どう証明すれば良いのでしょうか。
    例えばaについて解いても、その結果は分数になり、しかも文字が3種類残るので、左辺=右辺を示すことは難しそうだと見通せます。
    こんなとき、別の文字に置き換えるというテクニックがあります。

    a/b=c/d=k とおく。
    すなわち、a=bk、c=dk。
    これを代入して、
    左辺=(b2k2+d2k2)/(b2+d2
       =k2(b2+d2)/(b2+d2
       =k2
    右辺=bk・dk/bd
       =k2
    よって、左辺=右辺

    このテクニックは、とても便利ですので、覚えておきたいものです。
    もう1つ問題を解いてみましょう。


    問題 x/3=y/4=z/2‡0 のとき、(x-y)2/(y2+z2) の値を求めよ。

    これも、与えられた式が分数です。
    ということで、これもkを使ってみましょう。
    x/3=y/4=z/2=k とおくと、
    x=3k、y=4k、z=2k。
    これを代入して、
    与式=(3k-4k)2/(16k2+4k2
       =k2/20k2
       =1/20
    わあ、約分でkが消えて、式の値が出てきましたー。
    やはり便利です。
    このテクニックは、忘れた頃にまた別の単元で使うことがあります。

    こうしたテクニックを覚えておきましょうと話すと、
    「でも、数学は暗記科目じゃないし、解き方の暗記じゃダメだと言っていたくせに」
    という反論もあるかと思います。
    勿論、意味もわからず丸暗記しているのではダメです。
    意味を理解した上で、でも暗記もしましょうということなのです。

    意味がわからないのに暗記だけする。
    小学生の頃から、算数・数学はそのような勉強をしてしまう子は多いです。

    例えばこんな問題の場合。

    問題 5/3dLで2/3㎡の壁を塗れるペンキがあります。2dLでは、何㎡の壁を塗ることができますか。

    かけ算なのか、わり算なのか、問題文を見てもわからない・・・。
    この問題は2段階の計算が必要だということもわからず、一度で答えが出ると思い込んでしまう子も多いです。
    この問題は、まず、1dLあたりの面積を求めます。
    2/3÷5/3=2/3×3/5=2/5(㎡)
    だから、2dLでは、
    2/5×2=4/5
    答は、4/5㎡ です。

    このように単位量あたりの問題の数値が分数になると、かけ算なのかわり算なのか、式の立て方が全くわからない場合。
    こうした問題は、わかりにくかったら整数に直して考えてみましょう。
    「4dLで2㎡の壁を塗れるペンキがあります。3dLでは、何㎡の壁を塗れますか」
    1dLあたりの面積を求めるには、
    2÷4
    これがピンとくるようなら、それは整数でも分数でも同じなのだから、単位量あたりを求めるにはわり算だと判断できます。
    ただ、整数に置き換えても、この式が立てられない子もいます。
    わり算は、大きい数を小さい数でわるものと丸暗記している子たちです。
    その子たちは、2÷4 の式を立てることができません。
    小学生の段階で既に、算数は意味を考えて解くものではなく、解き方を暗記して解くものになっている子は案外多いです。
    単位量あたりの学習をするのが、5年生。
    それに分数のかけ算・わり算が加わるのが、6年生。
    それまでに、もう何年も、算数は解き方を暗記するだけになっているのです。

    丸暗記ではなく、意味を考えて解きましょう。
    そういう子に、そのように声をかけても、ほとんど定着しません。
    そのようなアプローチをしたことがないからでしょうか。
    意味を考えて解くということが、よくわからないようなのです。
    いえ。
    それは話が逆で、意味を考えて解くことができないから解き方を丸暗記し、算数がわかっているふりを長い間続けてきたと見るべきなのかもしれません。
    教科書に載っている、2本の半直線に目盛りをつけたもので説明すると、それが整数の間は何とか理解できるのですが、分数になると目が泳ぎ始める子は多いです。
    その半直線の示す、2倍、3倍ということは理解できても、3/2倍、4/5倍といったことが、そもそも理解できない気配も感じます。
    しかし、学校のテストは明日。
    そんなとき、まずいとは知りつつも、私もこんな教え方をしてしまうことがあります。

    まず、2dLで、8㎡の壁をぬるペンキは、1dLでは何㎡の壁を塗れるかという問題を考えてみて。
    それは、8÷2だよね?
    それはわかるよね?
    8÷2をよく見て。
    2は、2dLの2だね。
    1dLあたりの量を求めるとき、dLのついている数字で割っているね。
    単位あたり量を求めるときには、その単位のついている数字で、割るんだよ。
    1dLあたりの量を求めるなら、dLという単位のついている数字で、割るんだよ。
    もしも、1㎡あたりの量を求めるなら、㎡という単位のついている数字で、割るんだよ。
    そうすると、単位量あたりが出るよ。
    それは、いつでも必ずそうなるよ。

    意味を幾度説明しても理解できなかった子が、この説明で見違えるように正答できるようになります。
    わり算は、大きい数÷小さい数。
    そうした、誤った丸暗記からもバージョンアップできます。
    しかし、これもまた新たな丸暗記に過ぎないのかもしれません。
    暗記の魔力は本当に恐ろしい。
    低学年から丸暗記で算数をこなしてきた子は、理解を促してもほとんど進歩しない一方、単なる解き方だけを教えた途端に異様なほど定着するのです。

    今は仕方ない。
    また、復習のときに。
    忸怩たる思いが胸をよぎります。
    あるいは、幾度復習しても、小学生の間は理解できないかもしれません。
    この解き方の意味を理解するのは、もしかしたら大人になってからかもしれません。
    でも、正しい解き方を知っていたら、いつか、必ず理解できる日がきます。


    こんな問題もあります。

    問題 厚さ2㎝の板を用いて、ふたのない直方体の容器を作った。容器の外側の縦が28㎝、横が32㎝、高さが18㎝のとき、この容器の容積は何㎤か。

    この問題で、こういう式を立てた子がいました。
    26×30×17

    厚さが2㎝であることに気づいていないだけだと思い、
    「板の厚さは2㎝だよ」
    と助言しても、その子は、
    「え?容器のときは、縦と横は-2、高さは-1するんだよ」
    と、逆に私に説明しました。
    「・・・それは、板の厚さが1㎝のときでしょう?」
    「え?」
    その後、正しい内のりの長さの求め方を説明しても、理解してもらうまでに長い時間が必要でした。
    この問題には、実際は挿し絵がついていましたので、それを用いながら説明すれば簡単に理解してもらえそうなものでしたが、図の内のりのここからここまでがと差し示して説明しても、しきりに首をひねり、理解できないようなのでした。
    つまり、学校の教科書やテストでは、容器の内のりを自分で求める問題でも、板の厚さは1㎝と決まりきっている場合がほとんどですので、その解き方だけを丸暗記していたのです。
    だから、板の厚さが2㎝になると、もう正しい式を立てられないのです。
    板の厚さが2㎝だから、容器の内のりの縦と横は-4、深さは-2をすることが、理解できなかったのです。
    なぜ引くのか、その根本を理解せず、ただ解き方だけ暗記していたのでした。


    解き方の丸暗記は、文章題だけに限りません。
    計算も丸暗記で処理し、本質を理解していないことは多いです。
    そのため、やり方を間違って暗記している場合は、繰り返し同じことを同じように間違えてしまいます。

    例えば 1/3(9x-2)+1/2(8x-4)

    文字式の計算です。
    そんなに難しくないはずなのですが、間違える子は、ほぼ同じようにこう間違えてしまいます。
    =3x-2+4x-4
    何をどう間違えているのか?
    前半で言えば、1/3と( )の中の9xだけをかけて、-2はそのままにしてしまうのです。
    1/3が( )内の各項に平等にかかっていくことが理解できていない様子です。
    後半も同様です。

    また別の問題。

    2(3x-4)3(2x+7)
     5      2
    ちょっと見にくいですが、5や2が分母である分数だと思ってください。
    これは、分母が異なるので、通分が必要です。
    そこでは、こういうミスをしてしまう子がいます。
    =4(6x-8)-15(10x+35)

    まず、分母を払うために、全体を10倍したのだろうと想像されます。
    これが方程式ならば、左辺と右辺の両方を10倍しても関係は変わりませんが、今回は文字式ですので、全体を10倍することはできません。
    しかし、やり方を丸暗記し、なぜそれをやっていいのか理解していない子は、文字式でも同じことをしてしまいます。
    また、上の答案の場合、前半の分母の5を10にするために、分子の2を×2して4にしたのと同時に、( )の中にも、全て×2をしています。
    後半も同様に、逐一×5をした様子です。

    何でさっきの問題では、( )の中の片方しかかけないという不平等なことをやっておきながら、今度は必要もないところに逐一×2をするのだろう?
    それは、やはり、どういう性質を利用してそれをやっているのか、本質を理解せず、ただ解き方を暗記しているためだろうと思うのです。

    通分ではこのミスはしない子も、例えば方程式の「割合」に関する文章題で作った式を整理するときに、同じ性質のミスをしがちです。
    割合に関する文章題では、下のような形の式になることは多いです。
    (x-1/10)(x-2/10)=7
    これを整理するとき、
    (10x-1)(10x-2)=70
    としてしまうミスは、中学の数学の成績が「4」の子の中にも見られます。
    ( )を1つずつ10倍したということは、全体を100倍したということだから、右辺は700だよと教えても、きょとんとしてしまいます。
    何でそうなるのか、わからない様子なのです。
    説明すると、そのときは理解した表情にはなるのですが、ひと月もすれば、また同じミスをしてしまいます。
    計算上そんなことはあり得ない、ということを感覚的に把握できるほどの深い理解に至らないのです。
    こういう計算はしてもいい、これはしてはいけないと1つ1つ暗記するしかなく、覚えきれずに失敗するのでしょう。
    何かが理解できていないのです。
    しかし、それは言葉で説明してもなかなか伝わりません。
    わかった顔はしますが、忘れた頃にまた同じミスが復活します。

    数に対する正しい感覚がどうして形成されないのか。
    逆に、上のようなミスは決してしない子の、数に対する感覚は、どのように養われたものなのか。
    小学生時代に何をすれば、上のようなミスはしない子になるのか。
    あるいは、中学や高校からでも、どのような学習をすれば、数理の本質を理解できるようになるのか。
    難しい課題です。



      


  • Posted by セギ at 15:08Comments(0)算数・数学

    2019年08月22日

     高校英語。不定詞。too~to・・・構文など。


    不定詞を用いたさまざまな用法とその言い換え表現について今回は整理しましょう。

    問題 以下の文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
    (1)This curry is so spicy that I can't eat it.
      This curry is (  ) spicy for me (  ) eat .
    (2)He was so kind that he carried my baggage.
    He was kind (  )(  ) carry my baggage.
    He was so kind (  )(  ) carry my baggage.
    He had the (  ) to carry my baggage.

    (1)は、so~that・・・構文とtoo~to・・・構文と呼ばれるもので、中学で学習する内容ですが、このあたりのことをあまり覚えていない人もいるかもしれません。
    教科書の1つのLessonまるごとで学習する文法事項として、独立した例文付きでしっかり解説されている場合は少なく、リーディング教材の中にサラッと出てくるので、あまり印象に残らないようなのです。
    現行の中学の教科書では、例えばサンシャインでは、『かわいそうなゾウ』の話が中3のリーディング教材になっていて、その中で出てきます。
    そのゾウはとても賢かったので、毒入りの餌を食べませんでした。
    といった文に用いられています。
    ・・・そこで、この構文を使う?
    ちょっと引いてしまいます。
    それはあまりにもセンシティブな内容なので、私は冷静に教えることができません。
    と、動揺のあまり少しふざけてしまいます。
    ちなみに、敗戦後、民主主義を学んだ子どもたちが、日本でもう一度ゾウを見たいと運動を起こした後日談のほうが私はさらに好きです。


    ともあれ、中学で学習した印象が薄いまま、高校の文法学習では、その2つの他にも似たような文がごちゃごちゃと出てくるので、何だか混乱して上手く空所を補充できない・・・。
    そんなことにならないよう、一度きちんと整理して理解すると、ここは容易に得点源になります。
    文法問題は、何を問われているのかわからないまま、何となく感覚や勘に頼って空所を埋めて勉強した気になってしまう人が多いです。
    英語が苦手な人にそういう人が本当に多いのです。
    それをやっている限りは文法問題はいつまでも得点源になりません。
    何の文法事項を問う、どういう問題であるか、出題意図を把握しながら解きましょう。

    もう一度問題を見直してみます。
    (1)This curry is so spicy that I can't eat it.
    so ~that ・・・は、「あまりに~なので、・・・・」と前から順番に意味を取っていけば良い文です。
    このカレーはあまりにも辛いので、私は食べることができない。
    やや硬い訳ですが、そういう意味です。
    正確な文法分析はまた別ですが、この that は、「だから」「なので」といった順接の働きをしているととらえると、わかりやすいです。
    それとほぼ同じ意味にするのですから、下の文は、
    This curry is (too) spicy for me (to) eat .
    となります。
    直訳は、「このカレーは私にとって食べるには辛すぎる」となります。
    その直訳でも別に構わないですが、この文もまた前から順番に意味をとって、「このカレーはあまりにも辛いので、私は食べることができない」と訳して良いのです。

    それがわかっていれば、この問題は簡単です。


    that は順接で「~だから」という意味と書いて、ふと思い出したのですが、先日、数学の授業中、ある高校生が、こんな話をしてくれました。
    中3のときに通っていた受験塾で、数学の証明問題の答案に「ゆえに」と書いたら、他の生徒にも講師の先生にも、何だそれと笑われたというのです。
    その子は、その受験塾に中3の1年間だけ通った子で、中3で入ってきていきなりトップクラスだったので、他の生徒にあまりよく思われていなかったのかもしれません。

    それにしても、証明問題に「ゆえに」を使っただけで古いと笑う高校受験塾・・・。
    無教養だなあ・・・。
    講師も本当に若い人か、学生アルバイトだったのかもしれません。
    若さというのは、とてつもないアドバンテージですが、そこに自信を持ち過ぎると、古いことを何でも否定してあざ笑う妙な言動になってしまいます。

    「ゆえに」という言い方を教えたのは私ではありません。
    その子は、数学に関する本や数学者の人生を描いた本を読むのが好きで、そこで覚えた言い回しのようです。
    つまり、受験のためだけに数学を勉強している子たちとは、数学的教養の質が違うのです。
    数学の口語とはかけ離れた言い回しをむしろ楽しんでいたのでしょう。
    それが、受験塾で笑われて、びっくりしてしまった・・・。
    高校に入って、数学的にちょっと不振が続いてうちの教室で数学を学習することになりましたが、基本を丁寧にやったらたちまち成績が上がりました。
    指導する側としては、ええと、私は何かしたかなあという印象で、むしろ手応えがありません。
    やはり、蓄積されていたもともとの素養が違うのでしょう。

    私も「ゆえに」は使うことがあります。
    え?
    「ゆえに」ってもう古いの?
    使わないの?
    とその話を聞いて驚き、現在発行されている数学の問題集の解答解説を色々とめくってみました。
    現在は、「よって」の使用頻度が最も高いですが、「ゆえに」も現役でした。
    「ゆえに」を笑った子たちは、高校進学後、学校の数学の問題集の解答解説に「ゆえに」を見つける度に、今も爆笑しているのでしょうか。
    おのれの不明を恥じるが良い。
    若さとは、そういう恥ずかしい側面もあります。
    それは可能性と表裏一体のものです。

    「よって」は良くて、「ゆえに」は古いという感覚は、私にはよくわかりません。
    どちらも書き言葉で、日常会話で使うことはまずありません。
    そもそも数学は、言葉遣いが古いとか新しいとか、そういう次元のことは問題にしていません。
    例えば、私立中学・高校では、古めかしい言葉遣いで教わったその学校の卒業生がまた次の数学の先生になって引き継いでいるからか、三角形の合同条件はいまだに「三辺相等」といった言い回しを用いることが多いです。
    さすがに古くないか?
    と私ですら思うこともありますが、内容が正しければ、古いとか新しいとかは、どうでも良いのです。
    その学校で学ぶ子たちの数学力が跳び抜けたものであるならば、その教え方で正解でしょう。

    21世紀のこの時代に、校内での挨拶が全て「ごきげんよう」である女子校も、まだいくつも存在します。
    自分の身の回りのことだけが常識だと思ってはいけない。
    全ての挨拶が「ごきげんよう」であることは、新しいとか古いとか、そういうことでないのです。
    そういうのは、上品というのですよ。

    数学の答案に使う言葉は、「よって」でも「ゆえに」でも、順接なら何でも良いです。
    「したがって」も多いですね。
    「だから」は、くだけた印象があるからか、模範答案で見ることはまだほとんどありませんが、使用しても大丈夫でしょう。
    「なので」を接続詞として単独で用いるのは、国語の答案ではアウトですが、数学なら、許容されるかもしれません。
    随分柔らかい言葉遣いの数学の答案だなあという印象はあるでしょうが。
    「~なので」と、付属語として使用するのは、もう普通のことですね。


    話が大幅に逸れました。
    (2)を解きましょう。

    (2)He was so kind that he carried my baggage.
    He was kind (  )(  ) carry my baggage.
    He was so kind (  )(  ) carry my baggage.
    He had the (  ) to carry my baggage.

    一番上の文は、so ~that ・・・構文ですが、that 節は、肯定文です。
    「あまりに~なので、・・・・」と、後半は肯定的な内容になっています。
    直訳は、「彼はあまりにも親切なので、私の鞄を運んでくれた」。
    ちょっと不自然ですね。
    「彼は、親切にも、私の鞄を運んでくれた」と訳したほうが自然でしょう。
    さて、that 節が肯定文の場合は、too ~to・・・構文に書き換えできません。
    too~to・・・構文は、否定語は一切使っていませんが、否定的な意味になっているからです。
    He was too kind to carry my baggage.
    としたら、「彼は、私の鞄を運ぶには親切過ぎる」という意味になってしまいます。
    じゃあ、結局、運んでくれなかったの?
    え?どういうこと?
    これでは、意味が通りませんね。
    so ~that・・・のthat節が肯定文のときは、enough to 構文に書き換えます。
    He was kind (enough)(to) carry my baggage.
    直訳は、「彼は私の鞄を運んでくれるほど十分に親切だった」となります。
    つまり、「彼は親切にも私の鞄を運んでくれた」のです。

    enough は副詞で、kind という形容詞を修飾しています。
    形容詞や副詞を修飾するとき、enough は、その形容詞や副詞の直後にきます。
    だから、kind enough という語順になります。
    これを覚えられない人も多いようです。
    enough は、形容詞として用いられることもあり、そのときは、enough money のように名詞の直前に置かれますから、それと混同しやすいのでしょう。
    名詞・形容詞・副詞といった文法用語に対して拒否感が強いと、こういう説明が一切頭に入らないので、ますます苦労するようです。
    文法用語を覚えることは苦役ではなく、自分の役に立つことなので、頭から否定しないで、ゆっくりでいいですから覚えましょう。

    so~that・・・構文から enough to 構文への書き換えは理解できたとして、その後の2つの文は何でしょう?
    こういうこまごまとした内容があるから、高校の英文法は厄介ですね。
    正解は、
    He was so kind (as)(to) carry my baggage.
    He had the (kindness) to carry my baggage.

    so as to ~は、in order to ~と同じく、「~するために」という意味で用いられます。
    しかし、これは、それと似ているけれどso~ as to ・・・という別の用法です。
    意味は「あまりに~なので・・・」。
    同じようなものばかりで、覚えきれない・・・。
    さすがに、このあたりになると、そうした愚痴にも耳を傾ける気持ちになりますが、何かこんなのがあったなあと記憶の隅に置いておけば、こうした穴埋め問題で、思いだして使うことができます。
    頑張りましょう。

      


  • Posted by セギ at 13:41Comments(0)英語

    2019年08月13日

    数Ⅰ「1次不等式」、1次不等式の文章題。


    さて、お盆休みは、文章題を。
    こんな問題です。

    問題 
    25人以上50人以下の団体で目的地に向かうとする。
    電車賃は目的地まで1人420円で団体割引はない。
    バスは1人480円だが、1万円の団体券で25人まで乗ることができる。
    電車で行ったほうが料金が安いのは、人数が何人以上何人以下のときか?

    中学生・高校生に方程式・不等式の文章題を教えていて苦慮するのは、何年経っても最初の1行を書き出せない人がいることです。
    「求める人数をx人とする」
    これさえ書いてしまえば、その次は、ではこのxを用いて問題文の中のどんな数量を表す式を立てようかと、次の段階に進むことができます。
    この書き出しを発想できず、文章題を見た途端に意識が小学生に戻り、どうやって人数を求める式を立てよう、うーん、うーん、うーん、わかんない・・・と考え込んでしまう人は多いです。
    結局、中学の3年間、方程式の文章題の学習になる度にそれを繰り返す人は多いです。
    そのまま高校生になり、たまに出てくるこうした文章題に歯が立たない。
    そうなりがちです。

    xを用いて式を表すことは発想できても、xを定義しない人も多いです。
    文字を用いるのなら、その文字が何であるかを定義する必要があります。
    どんな文字を用いても良いけれど、その文字が何であるかを定義する。
    それは数学の答案の根本ルールの1つです。
    「えー。面倒くさい。そんなの、わかるじゃん」
    と言う人は、その式が間違っていたときに、何をxとしたのか質問されて、すぐに答えられるでしょうか。
    もう一度問題を読み直し、もう一度解き直さないと、xが何であるかわからないのではないでしょうか。
    自分でも、自分の思考の跡をたどれないのです。
    数日後には自分でも思考の跡をたどれないような答案を、他人が見てわかるわけがありません。
    数学の答案は、どのように解いたのかを相手に明瞭に説明するものです。
    それは、何か月経っても、自分の答案を見直したときに、何をどう解いたのかすぐにわかるということでもあります。
    数学答案の根本のルールはそれです。
    どう書いたら良いかわからない・・・。
    そんな質問もよく受けますが、細部の書き方にこれでなければならないという定型があるわけではありません。
    後で意味がわかるように書けば良いだけです。

    問題に戻りましょう。

    求める人数をx人とする。(25≦x≦50、xは自然数)

    とxに関する定義を書いたら、次は不等式の立式です。
    xを求めることに集中し過ぎるあまり、xの値を表す式を立てようとして苦慮する人もいますが、方程式でも不等式でも、式が表す数量は、xを表すものではありません。
    何か他の数量を表すものです。
    「え?式は関係を表すもので、何かの数量を表すものではないのでは?」
    という質問を受けることがありますが、そのように思っていると式は立てにくいです。
    関係を表す・・・というのは、間違っていませんが漠然としています。
    どうやってどんな関係を表すのか、よくわかりません。
    式が何かの数量を表すことを明確に意識していると、立式は楽になります。

    この問題では、勿論、バスを使った場合の料金の全額と、電車を使った場合の料金の全額とを比較して立式しましょう。
    まずはバス料金のほうから。
    25人分の団体料金が10000円。
    それ以外の人は、普通に1人480円を払います。
    その人数は、(x-25)人。
    よって、バス料金の全額は、
    10000+480(x-25)
    と表すことができます。
    一方、電車料金は、常に1人420円ですから、
    420x円
    電車で行くほうが安くなるのですから、不等式は、
    10000+480(x-25)>420x
    これを解きましょう。
    10000+480x-12000>420x
                  60x>2000
                    x>100/3
                    x>33+1/3 ・・・①

    ああ、じゃあ、答えは、34人以上50人以下だ。

    ・・・本当に、それで良いでしょうか?
    ここで、発想の飛躍が必要となります。
    人数分いなくても、団体券を2枚買うことも可能なのです。
    え?そんなのずるくない?
    そんなことしたらダメなんじゃない?
    ・・・いいえ、別に構わないです。
    座席指定券を買い占めて、座る人もいないのに席を確保するということではありません。
    料金は50人分を払うというだけのことです。
    そもそも、そういうモラルの話をしているのでもありません。
    これは、どちらが安いのか、という単純な計算です。
    ただ、何というか、善良な人というかお人好しというか、そういう人はこの発想がなく、この不等式の問題を間違えてしまうことがあるようです。

    団体券を2枚買うことにすれば、バス料金は20000円。
    電車賃は変わらず、420x円。
    ですから、不等式は、
    20000>420x
        x<20000/420
        x<47+13/21 ・・・②

    ①、②より、
    33+1/3<x<47+13/21
    ここで、25≦x≦50、xは自然数だから、
    求める人数は、34人以上47人以下。

    これで最終解答となります。

    気をつけたいのは、答案の最後を、34≦x≦47 で終えてしまう人もいることです。
    勝手に自分でxを使ったのに、それでは終われません。

    どんな文字を使ってもいいが、正確に定義する。
    使った文字は、最終解答には残さない。
    これを守るだけで、答案を見る先生に「お。答案の書き方がわかっているね」と思われます。
      


  • Posted by セギ at 14:53Comments(0)算数・数学

    2019年08月04日

    高校数Ⅱ「式と証明」。等式の証明。その1。


    本日の学習内容は、「等式の証明」です。
    「等式の証明」は、その次の「不等式の証明」と比べればはるかに易しいです。
    ただ、
    「何のためにこんなことを証明しなければならないのかわからない」
    と言う子もいます。
    何のためにと言われても、これは基礎訓練ですから、証明する内容に大した意味はありません。
    この等式が何かを表しているわけではありません。
    このやり方を利用して、大切な公式や定理も証明できますから、まずその基礎訓練をしましょうということです。
    やってみましょう。

    問題 (a2-b2)(c2-d2)=(ac+bd)2-(ad+bc)2  を証明せよ。

    等式の証明は色々な方法があります。
    ①左辺を変形し、右辺と等しいことを示す。
    ②右辺を変形し、左辺と等しいことを示す。
    ③左辺、右辺をそれぞれ変形し、左辺=右辺であることを示す。
    今までの3つは、同じようなことですね。
    さらに、
    ④左辺-右辺=0であることを示す。
    ⑤左辺÷右辺=1であることを示す。
    といった方法があります。
    問題によってどの方法で示すのが楽であるかを判断します。
    上の問題は単純な構造のものですので、③のやり方で大丈夫そうですね。
    ④や⑤で解くことも勿論可能ですが、これらはもっと発展的な問題のときに利用する方法ですので、無理して使う必要はないでしょう。

    では、解いてみましょう。
    左辺=(a2-b2)(c2-d2)
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    右辺=(ac+bd)2-(ad+bc)2
       =a2c2+2abcd+b2d2-(a2d2+2abcd+b2c2)
       =a2c2+2abcd+b2d2-a2d2-2abcd-b2c2
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    よって左辺=右辺となり、等式が成り立つ。

    考え方は難しくないので、これは計算力の問題となります。
    高校2年ともなりますと、計算力は個人個人で大きな隔たりがあります。
    高校1年生までの数学を完璧にマスターしている子もいます。
    高校受験のための勉強は一所懸命やったので中学数学はマスターしているけれど、高校の数Ⅰ・数Aの内容が定着していない子もいます。
    中高一貫校の子や、高校受験の勉強をしてもよく理解できなかった子の中には、中学数学の内容が定着していない子もいます。

    (a+b)2=a2+2ab+b2
    という乗法公式を覚えていないため、上手く展開できない子。
    何度覚え直しても、(a+b)2=a2+b2 というふうにいつの間にか間違えている子もいます。
    中3で学習するこの乗法公式は、普通に展開しても答えが出そうということもあって、本気で暗記しない子がいます。
    次に因数分解の学習をしたときに、この公式は必要だとようやく気づいても、もう変な癖がついてしまっていて、後の祭りということがあります。
    一度間違って覚えてしまったことの訂正は、本当に難しい。
    こんな公式の1つくらい、覚えても覚えなくても大したことないと思っていたら、その後、延々と使い続けることになり、足枷となる。
    数学にはそういうことが多いです。

    また、
    (ab)2=a2b2
    などの指数法則を理解していないため、上手く展開できない子。
    やり方をその都度暗記しようと努めていても、どうしてそうなるのか根本のところで理解できていない様子の子もいます。
    ・・・いや、見たまま、そうなるでしょう?
    数学が得意な高校生にはそういう数理の感覚があるので、このあたりの断絶は大きいです。

    指数の理解の深さ浅さは、高校数学の理解に強い影響を与えます。
    中1の頃から、指数を含む計算は半分以上不正解で、でも、こういう難しいのは自分はまあいいやと思ってきたら、高校数学になって問題が指数まみれになり、にっちもさっちもいかない・・・。

    指数は特にそうですが、それ以外にも、中3の数学・高1の数学を経てきたとは思えない理解度と計算力で高2の問題を解いているように見える子がいます。
    学力が中2の「連立方程式」くらいで止まっている・・・。
    数学が苦手な子は、そういう子が珍しくないのです。
    その先で学習したことは、定期テストを切り抜けるために一夜漬けで何とかやり過ごしたけれど、身についていない。
    忘れてしまっているのです。

    高校数Ⅱで新しく教わる内容が理解できないわけではないのです。
    でも、そのはるか手前の基本となる知識が抜けている子は多いです。
    そのため、自分で問題を解こうとすると正答を出すことができません。
    一方、数Ⅱの問題集の解答解説は、この程度のことは省略し始めるので、間違えても、何をどう間違えたのかも判断できなくなります。

    夏休みなど、比較的時間に余裕があるときに、総復習できると良いですね。
    学校が出してくれる課題だけでなく、中3の薄い問題集を1冊復習。
    その後、学校の数ⅠAの問題集をもう一度解き直すと、当時よりも理解できることに気づくと思います。
    忘れてしまったのなら、反復し、思い出してください。

      


  • Posted by セギ at 16:04Comments(0)算数・数学