たまりば

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お知らせ

2018年10月19日

数A「整数の性質」平方根の利用。


高校数Aの最後の単元は、「整数の性質」です。
前半の学習内容は、約数・倍数、平方根の利用、約数の個数や約数の総和の求め方など、小学校・中学校の復習内容が多いです。
平方根の利用は、例えばこんな問題です。

問題 √120n が整数となるときの自然数nを小さいものから3つ求めよ。

これは中3で学習する内容です。
高1になると数Ⅰの「式の計算」の単元で復習します。
そして、数A「整数の性質」でも、再度復習します。
その都度、ガツッとつまずく子がいます。
どうにも納得できない。
何のことか呑み込めない。
そういう状態に陥ってしまいます。

120=2・2・2・3・5
よって、最小のnは、2・3・5=30

これの理解が最初の課題です。

n=2・3・5とすると、
√120n=√2・2・2・3・5・2・3・5
=√(2・2・3・5)2
=2・2・3・5
=60
と無事に整数になります。

√ の屋根の中に、同じ整数が2つあれば、それが1組みのペアとなり、整数となって√ の外に出ることができます。
硬い説明では伝わりにくいかと思い、「屋根」とか「ペア」とか、上のように柔らかい言葉遣いをするのですが、それで余計にわからないと言われ、普通の言葉に直して説明しても、やはりわからない。

√120n=√(2・2・2・3・5)×(2・3・5)
と分けて書けばわかりやすいかと思い、そうしてみると、
「なぜ( )でくくるんですか?」
「・と×は何が違うんですか?」
と些末な疑問がさらに増えてしまうだけの様子で、やっぱりわからない。

根本の原因は、平方根というものがよくわかっていないこと。
これに尽きると思います。

√a・a・b=a√b
このシステムが理解できていないのだと思うのです。
√75=5√3 など、平方根を整理することは一応できるようになっていても、作業手順として覚えているだけで、その意味をあまりわかっていない子がいます。
だから、5√3=5×√3 と書き換えただけでうろたえてしまいます。
そういう意味だと知らなかったと言うのです。

応用問題以前の、平方根の計算でも、例えば、
√21×√3 といった計算で、
=√63
としてから、素因数分解をして、
=3√7
という解き方しかできない子は、平方根の意味が根本的には理解できていない可能性があります。
√21×√3
=√7・3 ×√3
=3√7
と解くことができないのです。

この解き方が上手く理解できない人は、平方根の根本が理解できていない可能性が高いです。
平方根とは何のことかよくわからないのに、「そういうものなんだ」と諦めて、作業手順だけ覚えてごまかしてきた可能性はないでしょうか?
基本がわかっていないと、応用問題の理解は難しいです。
まず基本に戻ったほうが、遠回りのようで近道です。

でも、平方根は中3のときから苦手だったし・・・・・。
そうやって諦めてしまう人もいますが、中3のときは、初めてのことに抵抗感が強く、処理しきれなかっただけかもしれません。
寝て起きたら何となく理解できていたということもあるように、脳には新しい情報を勝手にどんどん整理していく力があります。
高校1年になって、中3の「平方根」の勉強をやり直すと、案外スルッと理解できるかもしれません。
何であんなにわからなかったのだろう?
むしろ、それが逆に不思議というくらいに、理解できることがあります。
10代の脳は年々成長しますから。
応用問題だけ無理に理解しようとしないで、まず基本に戻って復習すると良いと思います。

もう1つのわからない原因は、指数法則のようです。
n=2・3・5とすると、
√120n=√2・2・2・3・5・2・3・5
=√(2・2・3・5)2
=2・2・3・5
=60
これの、
2・2・2・3・5・2・3・5
=(2・2・3・5)2
のところが理解できないのは、指数法則がわかっていないからでしょう。

aabb=(ab)2

中1から学習していることですから高校生にはもう説明不要と思っていると、高1になっても指数法則は意味不明、という子は案外います。
(ab)2を展開してみると、
(ab)2=ab×ab=aabb
なのですから、
aabb=(ab)2
です。
と説明しても、納得した顔をしない子もいます。
さらに根本には、2乗とはかけ算のことだということが、心の底に沁みて理解できていないのが原因なのかもしれません。
(ab)2=ab×ab だということが、わかっているつもりでわかっていない。
だから、aabb=(ab)2
と言われると、ちょっと不安になってしまい、本当にそうかな?と感じてしまうことがあるようです。

a2b2=(ab)2
という書き方をしても、これは同じことです。
そのあたりのルールに不安を感じるのは、
a2b2=a×a×b×b
だという根本に揺らぎがあるからかもしれません。

中1の頃、2乗と2倍の違いがわかっているようでもふっとわからなくなり、
32=6
といった誤った計算を繰り返してきた記憶が頭をよぎり、指数法則をすっきりと理解することができない。
頭が晴れ晴れとクリアーな日は理解できるが、頭の中がよどんでいるように感じる日は理解できない。
そんなことがあるようです。

(a2)3=a6
a2×a3=a5
こうしたことに対し、
「え?え?え?」
といつまでも不安を感じてしまう・・・。

わからなくなったら、全部書いてみましょう。
(a2)3
=(a×a)×(a×a)×(a×a)
=a6

a2×a3
=(a×a)×(a×a×a)
=a5

これで理解できれば大丈夫です。
これでも理解できず、
a×a×a×a×a=a5 なんですか?初めて知った・・・・。
と言った高校生もかつていましたから。
累乗はかけ算だということを心の底に沁みるほど理解できるまで、自分で繰り返し繰り返し、これを具体的にやってみると良いと思います。


さて、√a・a・b=a√b という仕組み、そして指数法則は理解できるようになったとして。
だから、最小の自然数nを求めるだけの問題なら解けるようになったとして。
実はnは1つではなく無数にあるという話になると、今までの理解も吹っ飛ぶほどにわからなくなる人もいます。

例えば、n=2・3・5・2・2とすると、
√120n
=√2・2・2・3・5・2・3・5・2・2
=√(2・2・2・3・5)2
=2・2・2・3・5
=120

やはり、整数になります。

nは120の中のペアのいない素数の積2・3・5だけとは限らず、nの中に2の2乗を含んでいても良いわけです。
したがって、n=2・3・5・2・2=120 としても大丈夫です。

次のnは、もともと必要な2・3・5の他に、3・3を含む数。
すなわち、n=2・3・5・3・3=270とすると、
√120n=√2・2・2・3・5・2・3・5・3・3
=√(2・2・3・3・5)2
=2・2・3・3・5
=180
これも整数になります。
よって、n=30、120、270です。


「整数の性質」という単元は、このようにこれまでの復習内容から始まる、というよりも、小学校や中学校で十分に理解できなかった急所を突いてくる単元なのかもしれません。
理解できないまま、まあまあまあ、この単元さえやり過ごせば、とごまかしてきたことが濃縮された単元。
つまりはそれだけ、数学的な考え方や数理の根本を問う単元と言えるのかもしれません。
復習内容が終われば、この単元は、「合同式」そして「不定方程式」の学習に入ります。
斜め上どころか、火星方向からやってきた論理が金星方向に抜けていくような凄まじいアサッテ感との闘いとなるかもしれません。
1問の解説を聞き終わったときには、もう最初のほうがわからなくなっている・・・・。
論理的に正しいはずのことが、どうしてこんなに淡雪のように儚いのだろう・・・・。
正しいことなのだろうに、なぜ、こうも確信がもてないのか・・・・。
大袈裟でなく、そんなふうになってしまうかもしれません。
しかし、それも、初めて学ぶ、脳に全く道筋のない学習内容だから抵抗感が強いせいだと思います。
繰り返し学習することで、頭を慣らすのが、何より特効薬と思います。

  


  • Posted by セギ at 15:35Comments(0)算数・数学

    2018年10月17日

    雨に似ている?雨が好きです?



    It looks like rain.

    「雨に似ている」と訳してしまう子は、文法的な把握はできています。
    少し誘導すれば、正解に達することができます。
    「うん。雨に似ている、雨のように見える。というのは、つまり、どういうことかな」
    「あ。雨が降りそうだ、だ」
    「そう。正解」
    英語の表現の仕方って、即物的というか、そのまんまだよね、わかりやすいよねー、と話も弾みます。

    ところが、わからない子は、ヒントを出しても、わからない。
    いえ、私の誘導が悪いのでしょう。
    「雨に似ている、というのは、つまり、どういうことかな?」
    「・・・・雪?」
    「いや、雪ではなく」
    「みぞれ?」
    「いや、そういうことではなく」
    「わかった、あられ?」
    うーむ。

    でも、もっと深刻なのは、下のような誤訳。
    「私は、雨が好きです」
    It と I を見間違えています。
    把握できない look は、無視しています。
    英文を読む姿勢が雑で、目についた単語をちょいちょいと拾っているだけです。
    文法なんかわからなくても、英語はニュアンスで何とかなる。
    単語さえわかれば、何とかなる。
    そんなふうに思っていて、限界が来ている姿です。

    like には、動詞の like と、前置詞の like があります。
    その2つは見た目はそっくりですから、文の中の位置や働きで識別しなくてはなりません。
    すなわち、文法的な把握が必要です。

    そういう事実を示すと、英語に対して怒り出す子が、かつていました。
    「何だよ、面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」

    他人の子どものこととして聞くと、ダメな子だなあという感想が湧くかもしれません。
    しかし、口に出さないだけで、英語が苦手な子は、多かれ少なかれこういうことを内心で思っているのかもしれません。
    口に出しても出さなくても、ダメな考え方であることに変わりはありません。

    英語に限らず、学習に対する姿勢が雑な子は、そうした雑な姿勢でも小学校の頃は大丈夫だったのではないかと思います。
    斜め読みでも、拾い読みでも、正解を出すことができたのだと思うのです。

    学年が上がるにつれて、学習内容は複雑になり、緻密な読み取りが要求されます。
    今までのような雑な姿勢は通用しなくなります。
    子どもは子どもの全人生で雑なやり方を今まで通してきたのですから、変えることには抵抗があります。
    今までのやり方で雑にやっていきたいのです。
    自分のスタイルを変えたくない。
    その抵抗感が、
    「何だよ面倒くせえ。だから英語なんか嫌いなんだよ」
    という怒りに表れているのかもしれません。

    自分のスタイルを変えてでも得るものがあるかどうか。
    あるいは、そういう判断ができるほどにその子の心が成長しているかどうか。
    面倒くせえけど、でも、この面倒くせえことをやると、ああなってこうなって、こういう可能性が広がって、だから、この面倒くせえことはやる価値がある。

    実利の面からそのようにやり方を変えるのは、受験期の子どもに起こり得ることです。
    特に中3の受験生で秋以降に急激に学力をつけていく子は、こういう子が多いです。

    しかし、そうならない子もいます。
    面倒なことを丁寧にやる努力なんかしたくない。
    努力しなくてもできるのがカッコいい。
    本気なんか出したくない。
    そう思っているかのように、受験が近くなっても努力できない子もいます。

    ・・・・努力してもできるようにはならないかもしれない、という内心の不安も原因の1つかもしれません。
    努力しないでいる間の自分の可能性は無限です。
    しかし、本気で努力しても結果が出ない場合、自分の可能性はそこまでだと思い知ることになります。

    同じように受験に失敗するのだとしても、
    「あまり勉強しなかったから、まあ仕方ない」
    と言い訳できるほうがいい。
    全力で頑張ったのに不合格だったら、自分の能力を思い知ることになる。
    そのとき、自分がどれだけ傷つくだろうと考えたら、怖くて努力できない。
    努力すれば合格していたんだ、自分は本当は素質があるんだ、とずっと思っていられるほうがいい。

    努力しても結果につながらないと知るのが怖いから、努力できない。
    そういう気持ちになっている子は、そう簡単には努力できるようにならないと思います。

    努力しなかった場合は、結果はダメでも、
    「まあまあまあ。まあこんなもんでしょう」
    とごまかすことが可能です。

    努力してダメだった場合、それとは次元の違う傷つき方をするのは事実です。
    でも、傷は時間が解決しますし、その後、また頑張れるのですが、努力したことのない子は、それを知りません。

    努力しなかった場合、逃げ癖がつきますから、その先もずっと努力せず言い訳だけしていくかもしれません。
    傷は表面化しないが、確実に内攻していきます。
    努力して傷ついた場合よりも、長い時間をかけて深く深く、傷は心の内をえぐっていきます。
    いくら何でも30歳を過ぎてまで「自分は本気出してないだけ。本気でやればできるんだ」と思っていられるほど、人は愚かではありませんから。
    努力できない自分、大事なところで努力できなかった自分を呪う気持ちのほうが年月とともに強くなっていくかもしれません。

    子どもを褒めるときは、その子の素質を褒めるのではなく、努力していることを褒めなさい。
    近年、そう言われることが多いのは、努力と結果と素質が上のようにグチャグチャに絡んで努力できなくなってしまうことを避けるためもあるのでしょう。
    素質はあるのに努力できない子は多いですから。
    それは、勉強に限らず、あらゆる分野で。
    努力を、結果や素質と切り離し、とにかく努力していることを褒める。
    努力していることに褒賞がある状態にする。
    努力が喜びと繋がるようにする。
    そういう教育論は納得できます。

    本来、勉強は、結果が得られるからするというものではありません。
    勉強すること自体が喜びです。
    難しいことを理解する喜び。
    理解できる自分を知る喜び。
    努力する喜び。
    それを知っている子は、目先の試験の結果などを越えて、もう大丈夫だと思うのです。
    幸福な人生は、必ずしも成功と結びついているわけではない。
    そういうことも、過程を重視できるようになれば実感できるようになると思います。
      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2018年10月14日

    数学の文章題が理解できない理由は何なのか。



    近年、読解力のない子どもが多数存在することがクローズアップされるようになりました。
    国語ができない子は、数学ができない。
    国語ができない子は、そもそも全ての教科の伸びが限定的。
    そのように言われます。

    国語といっても、文学作品の鑑賞力というような話ではありません。
    古文・漢文の素養でもありません。
    本当にシンプルに読解力です。
    実用的な文章に書いてあることをそのまま理解する力。
    それが絶望的に足りない子どもが、近年、多数存在するようになりました。
    確かに、それでは、数学は理解できません。
    単純な計算だけはできるでしょうが、理論は、言葉で説明され、言葉で理解されます。
    言葉を理解できない子は、理論を理解できないと思います。

    問題 ある数の2乗をするところを、誤って2倍してしまったため、計算の結果は19小さくなった。ある数を求めよ。

    これは、2次方程式の文章題です。
    この問題に書いてあることの意味がわからない。
    あるとき生徒にそう言われて、ギョッとしました。
    方程式の文章題は苦手とする子が多いですが、その中では、こうした「数に関する問題」は立式しやすいほうです。
    「速さの問題」「食塩水の問題」「売買の問題」「動点の問題」など、難しい問題は他にもっと存在します。
    この問題が全くわからないというのは、どういうことなのだろう?

    ある数をxとするところまでは、誰でも発想できます。
    ある数の2乗は、x2。
    ある数の2倍は、2x。
    それを表すことはできる。
    でも、19をどうしたらいいのかわからない。
    どちらにたすのか、どちらから引くのか、わからない。
    文が伝えていることの意味が、よくわからない。
    そう言うのです。

    「x2と2xと、どちらが大きいと思う?」
    私は尋ねました。
    「わからない。2乗のほうが普通大きくなるだろうから、大きいんだろうけれど、文章からは読み取れない」
    その子は答えました。
    2乗のほうが普通大きくなる。
    数に対する感覚はむしろ数学センスを感じます。
    私は説明を試みました。
    「計算の結果は19小さい、と言っているから、計算の結果のほうが小さいんでしょう?それなら、2xのほうが小さいよね?」
    「2xのほうが計算の結果?」
    「そう」
    「どうしたら、それがわかるの?」
    「・・・・・」
    いやいやいや、書いてある。
    書いてあるよ?
    何で書いてあるのに、読み取れないの?


    これは想像の域を出ないのですが、このような読解力の子は、文を読むとき、目立つ単語の拾い読みをしているだけなのではないか?
    自立語以外の語句の機能を理解していないのではないか?
    特に助詞の働きを理解しないまま成長しているのではないか?

    つまり、彼らが読んでいる文章は、このようなものなのではないかと思うのです。

    問題 ある数の2乗・・・・2倍・・・・・計算・・結果・・・19小さく・・・・。

    これでは、関係が読み取れません。
    単語と単語とのつながりが理解できない限り、本人に問題文を音読させても、私が読んであげても、上のようにしか読み取れないという点で、絶望的な要素をはらんでいます。
    「よく読みなさい」
    「細部まで読みなさい」
    と言っても、変化はないのです。

    助詞を理解しない子どもは、実は、相当数いるのかもしれません。
    子どもの発する言葉を聴き取ると、助詞を使用しない子どもは多いです。
    それは日常会話だから、で済まされるレベルのことなのでしょうか。
    作文を書けば、助詞を使用できるのでしょうか。
    読解力のない子の大半が作文も苦手なのは、そもそも助詞を使えないので、文を書くことに困難があるのではないでしょうか。

    助詞といっても、「が」「は」くらいは使えると思います。
    問題は、「の」「を」「に」「へ」「と」などを多用する文を使うことができるか、です。
    つまりは、それだけ1文の長い、語句の関係が複雑な文を話したり書いたりすることができるでしょうか?
    日常生活の子どもの言葉に耳を傾けたとき、幼児の頃と同じように助詞を省略した2語文で生活している、ということはないでしょうか?

    努力すれば助詞の働きを理解できなくもないし、使用できなくもないが、普段の読み取りでそこが抜け落ちるということもあるかもしれません。
    単語の拾い読みが習慣化しているため、文を精読し、単語と単語との関係をつかむのが文を読むことだということが、実感としてつかめない。
    単語と単語の関係を把握しながら読解することができない。
    そういう子も多いのかもしれません。

    小学生では、例えば、「倍数と約数」の問題で端的なのは、このような問題です。
    ☐に「倍数」または「約数」を入れなさい。
    (1)8は2の☐です。
    (2)2は8の☐です。

    これが、どちらがどちらなのか、わからないことがあるようです。
    その子の目に、
    (1)8・・・2・・・・☐。
    (2)2・・・8・・・・☐。
    としか見えていないのであれば、それは答えられないと思います。

    目立つ自立語しか読み取らず、その他の部分を読み飛ばす。
    あるいは、目には入っていても、その機能を意識できない。
    それは、おそらく、文字を覚えた頃からの読み癖で、小学校の低学年までは、それで事足りたのだろうと思います。
    それでも文章の意味はわかるので、そういう読み方が本人の中で固定したのかもしれません。
    それが無意識のレベルまで本人の中に浸透し、文章が複雑になったときにも、他の読み方ができなくなっているとしたら?

    もう一度、最初の問題に戻ります。
    問題 ある数の2乗をするところを、誤って2倍してしまったため、計算の結果は19小さくなった。ある数を求めよ。

    この問題がわからないという子は特異な素質を持っていました。
    読解力のない子は、普通、わからないことを伝えるのも諦めてしまいます。
    何がわからないかを伝えるのにも言葉を使わねばなりません。
    読解力のない子の多くは、そうした表現力を持っていません。
    わからないまま、黙る。
    わからないまま、諦める。
    わからないまま、ごまかす方法を獲得する。
    そうして重症化していく子は多いです。
    しかし、その子は諦めませんでした。

    「計算の結果って、どっちの結果?2乗?2倍?」
    「実際に計算したのはどっちなの?誤って2倍したんだから、2倍のほうが実際に計算した結果でしょう?」
    「どこでそれがわかるの?」
    「『ある数を2乗するところを誤って2倍したため計算の結果は』と書いてあるから、2倍したんでしょう?」
    「えー?書いてあるかな?」
    「『誤って2倍した』と書いてあるでしょう?」
    「えー?」
    「書いてあるよ?」

    このやりとりにどこまで効果があったのかは、実際のところは不明です。
    とりあえず類題は正しく立式できるようになりましたが、それはパータン化して覚えただけかもしれせん。
    ただ、思うのは、この子は、現時点では読解力に欠ける面もあるのかもしれませんが、表現力があるということ。
    数学の文章題が解けない他の子とは、そこが少し違うのです。
    その子が何かを伝えようとする限り、靴の上から足の裏を掻くようなもどかしさはあるものの、確実にその子の疑問が伝わってくるのでした。


    もう随分昔の話なので、私が誤解したまま間違った解釈をしているのかもしれませんが、遠い昔、『機動戦士ガンダム』というテレビアニメが初めて放送された頃のこと。
    私は他の同級生と同様に、普通にアニメが好きでした。
    私は「アニメ第1世代」と呼ばれる世代です。
    『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開が成功したのは、その数年前。
    今から考えれば隔世の感がありますが、テレビアニメの総集編を映画館で上映して、それが興行的に成功するなど、当時の普通の大人は予想しなかったのです。
    まして、その続編をオール新作の映画として公開して、初日の映画館前に徹夜で行列を作る若者たちが存在するほどに成功することなど。
    『宇宙戦艦ヤマト』の作品としての価値に、現在の私は何の感想も抱いていませんが、アニメーションの興行的成功としての歴史的意味は大きいと思います。
    そんなわけで、話題のアニメは何歳になっても普通に見る最初の世代に属する私ですが、『起動戦士ガンダム』は、アニメから遠ざかるきっかけになりました。
    むしろ『ガンダム』からアニメに没入していった後の世代とは対照的に。

    あそこに出てくるニュータイプというのが、気持ち悪かったんです。
    機械との親和性が高く、反応が速い。
    そういうことだけなら良いのですが、どうも彼らはニュータイプ同士で瞬時に互いのことを全面的に理解しあうらしい。
    そのことがとてつもなく肯定的に描かれていました。
    主人公がコミュニケーション不全なタイプの少年で、周囲と和解できないまま、否応なく戦争に巻き込まれてロボットで闘っているという状況ですから、ありのままの自分を丸ごと誤解なく受け入れてもらえることは究極の理想だったのかもしれませんが。

    最終回を見て、私ははっきりと声に出してつぶやきました。
    「言いたいことは、言葉にして言いなよ」
    私自身がそんなにコミュニケーションが得意なわけではなかったにも関わらず、あるいは、むしろそれだからこそだったかもしれませんが、声に出してつぶやいてしまうほど、強くそう思ったのです。
    ニュータイプなんかに進化しなくても、人間には言葉があるよ。
    使えよ、言葉を。
    何の努力もせず、丸ごと完璧に自分を好意的に理解してもらおうなんて、甘えているんじゃないよ。
    ああ、こんなアニメを見ている場合じゃない。
    私は、現実と関わろう。

    以後、アニメを全く見なかったというわけではありませんが、心理的距離はかなり開きました。

    わかってほしいことがあるなら、言葉にして伝えないと。
    何かを伝えるにも、何かを理解するにも、言葉を使えば可能なのだから。
    私たちは今もニュータイプには進化していないですが、言葉によって感情を伝え、意思を伝え、情報を伝えることはできるのです。

    しかし、あれから40年、言葉を使えない子は増える一方です。
    頭が悪いわけではないのに国語力の低い子が目立つようになりました。
    国語力の低い子の学力は限定的になってしまうと、私も思います。
    国語ができれば必ず数学ができるとは限りません。
    数学ができるようになるには、数学的な才能も必要です。
    ただ、数学的才能がその子の中に眠っている様子なのに、国語力のせいで開花しないのは、本当に勿体ない。
    意識して文章の読み方を変えたり、自分で文章を書く練習をすることで、単語と単語とのつながりや、そこから意味が生まれる言葉の機能を理解できるはず。
    何歳からでも、遅すぎるということはないはずです。

      


  • Posted by セギ at 15:12Comments(0)算数・数学

    2018年10月10日

    ラジオ講座「高校生からはじめる現代英語」はお薦めです。


    「読む」「聴く」「話す」「書く」の4領域が、高校入試や大学入試に今後どのように影響し、今とはどう違ってくるのか、いまだに揺れている英語教育界です。
    とはいえ、入試に限定せず視野を広げた場合、音声としての英語に触れていくことは、英語教育に必須のことです。

    「読む」「書く」は、自宅でもコツコツ学習できますが、問題は「聴く」「話す」力をどう伸ばすか。
    セギ英数教室では、毎回の授業でリスニング問題を解いたり、英検の2次試験の模擬面接を行うなどで「聴く」「話す」演習をしています。
    しかし、週1回の授業だけでなく、日常でもっともっと練習できる方法はないだろうか?
    できれば、無料で。
    あるいは初期費用のみで。
    しかも、信頼できる内容の教材で。

    そう考えると、NHKラジオ講座がやはり有効です。
    街の英会話教室よりもはるかに能力の高い講師が教えてくれて、番組自体に英語教育のノウハウの長い蓄積もあります。
    食わず嫌いで避けているのは勿体ないです。

    私自身のことで言えば、中学に入学する際、入学案内の書類の1枚に「ラジオ講座『NHK基礎英語』を必ず聞きなさい」と記された案内が入っていました。
    入学式より前にその年度の初回放送が始まるので、事前にそういう連絡をしたようです。
    初回放送日・放送時間・NHK第2の周波数がその書類に記されていたと記憶しています。

    ラジオ講座を聴かねばならない。
    でも、『基礎英語』は朝早くとか、午後とか、夜の6時台とか、変な時間にやっていて、学校が始まったらその時間には聴けない。
    ラジオ放送を録音できるようにラジカセが欲しいと、私は母にねだって買ってもらいました。
    そのラジカセは、実際にはラジオ講座以外での活用も多かったです。ヽ(^。^)ノ
    いえ、ラジオ講座もそこそこ真面目に聴きましたが。

    ラジオ講座は、毎晩勉強を開始する良いきっかけでもありました。
    ラジオ講座を聴くためにとりあえず机に向かう。
    ラジオ講座を聴く。
    その後、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を言えるまで暗唱する。
    それから、テキストの日本語訳を見ながら、英語の全文を書く。
    テキストを見て、自分の書いたものを添削。

    この作業で、当時、40分から50分かかっていました。
    月曜から金曜まで毎日これでしたから、学習時間の中で英語に使う時間が随分多かったかもしれません。
    しかし、これさえやっていれば、学校の英語の予習・復習はほとんど必要ありませんでした。
    他には、テスト前に教科書準拠ワークを解くくらい。
    それ以外の英語の勉強は必要なかったのです。
    ただ聴くだけでなく、テキストを暗唱したり書いたりする学習が効果的だったのだと思います。

    ラジオ講座を聴くために机に向かうのが毎日の習慣になり、いったん机に向かえば弾みがついて英語に続いて他の科目も勉強しましたので、毎日2~3時間の家庭学習も自然に行うことができました。

    ただ、これは、私が自ら進んでやっていたから効果的だったことです。
    これを強制されたらたまったものではないというのも理解できます。
    ラジオ講座については、生徒からは否定的な話を多く聞きます。
    いや、むしろ、生徒からラジオ講座について好意的な話を聞いたことがありません。

    私立の中学校では『基礎英語』がテスト範囲に含まれることがあります。
    しかし、ラジオ講座を聴く習慣を作れない子は多いです。
    下手をするとテキストすら買い忘れています。
    家にラジオがないし、ラジオの聴き方がわからない、と言う子もいます。
    2か月分のラジオ講座のテキストが定期テストの範囲。
    文法事項は何とかカバーできても、単語・熟語の数は膨大です。
    そして、定期テストで出題されるのは、大半はその単語・熟語なのです。
    他をどれだけ指導しても、『基礎英語』からの出題で失点があるので、80点取るのでも必死でした。
    「塾で英語を習っているのに、なぜ70点台なの?私は中学時代に英語でそんな点を取ったことがないけど?」
    と親から怒られたと、生徒から愚痴を聞かされたりもしました。
    『基礎英語』の単語・熟語を宿題にして塾でテストしたりもしましたが、どうも定着が悪く、結局、テスト前には何も覚えていない子もいました。
    教科書のほうが大事なんだから『基礎英語』なんかそんなにテストに出ないよと毎回言い出し、そうして、テストが終わったら落ち込む繰り返し。
    教科書以外のテスト範囲を簡単に捨てる子は、親が思う以上に多いです。

    また、もっと積極果敢に家庭で英語教育に関わるお母様が、『基礎英語』を自ら録音し、子どもに毎日聴かせているという話も、生徒からは愚痴として聞かされたことがあります。
    「『基礎英語』って、月曜日と火曜日は同じ内容なのに、いちいち録音していちいち聴かせられるんだけど、無駄じゃね?そう言ってもママは怒るだけだし」
    「・・・・・2回聴いたほうが勉強になるから。そういう意味じゃないのかな」
    「どうせ聴くふりだけで聴いてないから、無駄だよ」
    「・・・・聴こうよ、それは。その時間、縛られているのなら、せめて聴こうよ。意味のあるものにしよう」
    「聴いていると何か別のことを考えちゃう。眠くなっちゃうし」
    ( ;∀;)

    どんなに素晴らしいコンテンツが存在しても、本人が自らやる気にならない限り、何の意味もありません。
    『基礎英語』が押し付けられた義務である限り、それは呪いでしかない。
    そんなわけで、私は、生徒にラジオ講座を勧めることはありません。

    とはいえ、良質で新鮮なコンテンツが豊富なので、本当に勿体ない。
    ラジオは無料で聴き放題です。
    学校のテスト範囲でない限り、テキストなんていちいち買わなくていいのです。
    「聴く」「話す」練習のためにラジオ講座を利用するなら、テキストはないほうが良いくらいです。
    ラジオ講座に関する負のイメージを払拭し、活用する生徒が多くなることを願います。
    実際に英語が得意な人は、ラジオ講座肯定派が大半です。
    一番良い方法を否定しながら「英語が得意になる良い方法はないですか?」といつもきょろきょろし、読まない参考書を買い、続かない英語教材を購入し、効果の薄い英会話教室に高いお金を払うのは勿体ないです。


    「実践ビジネス英語」は安定のコンテンツで、私は、最初の「やさしいビジネス英語」の時代からもう30年聴いています。
    NHKのラジオ講座の中ではもっとも難しい。
    高校生では、英検準1級に挑戦するレベルの子にお薦めです。

    最近新たに聴き始めたのは「高校生からはじめる『現代英語』」。
    毎週火曜日と水曜日の18:30~18:45に放送しています。
    土曜日・日曜日の昼の12:40~12:55に再放送があります。
    日曜日の夜22:25~22:55にまとめて2回分再放送もあります。
    しかし、どれもこれも不便な時間帯です。
    私は、ポータブル・ラジオ・レコーダーを使用しています。
    予約録音が可能で、一度設定すれば毎週同じ時間帯に自動録音されていますし、スピーカーのついた土台からはずせば、ガラケーほどの重さとサイズになり、どこでもイヤホンで聴くことができます。
    夕飯を食べている途中で、時間を見てカセットテープの録音スイッチを入れにいっていた中学生の自分に教えてあげたい便利さです。

    さらに言えば、NHKは「らじる☆らじる」というアプリでインターネット放送が聴けますので、今はスマホでラジオ放送を聴くことが可能です。
    「NHKゴガク」というアプリもあります。
    これは、先週放送分の語学放送を聴くことが可能なアプリです。
    とにかく、「オンタイムでしかラジオを聴く方法がないが、そんな時間にラジオは聴けない」という件をクリアしないと、ラジオ講座を聴く習慣は作れません。
    物理的に無理、ということになってしまいます。
    ラジオなんて家にない、という子も今は多いですから。
    一方、radikoというアプリで、スマホで民放ラジオを聴くのを好む若者も静かに増えてはいるのですが。

    「高校生からはじめる『現代英語』」。
    内容は時事英語です。
    英語ニュースの原稿を高校生向けに易しく書き直したものが使用されています。
    範読も比較的ゆっくりで明瞭です。
    週に2回だけのプログラムで、1回目は、その英語ニュースの内容解説。
    全体の和訳と重要表現の確認などで、ラジオ講座としては普通の内容です。
    興味深いのが2回目の放送。
    まず、もう一度、1回目と同じ英語ニュースの範読を聴いておさらいします。
    その後、「反訳トレーニング」というのを行います。
    英語ニュース本文からピックアップした文を、日本語から英語に直す練習です。
    まずは、1文を3つに分けて、範読に続いてリピート。
    次に、分解した1部分ずつを日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    さらに、1文全部を日本語の後に自分で英語で言ってみる練習。
    これを3つの文で練習します。

    上にも書きましたが、これは私が中学時代に自分でやっていた練習法です。
    そして、今も塾で生徒に学校の教科書の本文を使ってやっている学習法です。
    塾ではこれを「その英文を書く」までやりますので、さらにレベルが上がりますが。
    英語学習としては一番ハードで、一番効果がある方法です。
    とにかく、重要な英語表現を自分の中にインプットしないと、アウトプットなんて一生できません。
    口をついて出る英語、すっと書くことのできる英語は、いつか覚えた英語そのままか、そのバリエーションです。
    また、これはケアレスミス対策でもあります。
    時制、冠詞の有無、前置詞は何を使うかなど、今学習している単元とは直接関係ないのに常に失点原因になることへの対策としても有効です。
    ただの丸暗記ではなく、文法的把握をし、英語の構造を理解しながらの暗記が効果的です。

    3つの文の暗唱の後、まだ続きがあります。
    「では、今覚えた表現を利用して、別の英文を作ってみましょう」
    そして、日本文が言われ、それを自力で英訳します。
    発展練習まであるとは。
    その後は、日本人講師と外国人講師とで、その英語ニュースに関する短い会話があります。
    先程練習した重要表現をわざと織り込んで会話しています。
    色々と工夫されたプログラムです。
    これは、高校生にお勧めの番組です。
    英語が得意な高校生なら、テキストは要らないと思います。
    むしろテキストがあると「読む」ことに注意がいってしまい、ちゃんと聴かないし、反訳トレーニングもテキストをつい見てしまい、結果テキストを音読するだけになって効果激減の可能性があります。
    テキスト無しで聴いて、内容の聞き取りも反訳トレーニングもどこまで可能か頑張ってみるとやりがいがあると思います。
    ラジオ講座を聴こうと思い立った人が、書店で来月分のテキストを買い、いざその月になると思い立ったときの意欲がなくなっているというのはよくある話です。
    今週から聴くことにしないと、モチベーションなんて泡のように消えていきます。
    この番組、週に2回、合計で30分というのも、初めてラジオ講座に接する人にはハードルが低いと思います。

    他にも、文科省の意向に沿って、今は「聴く」「話す」を意識した番組が多いです。
    「世界へ発信!ニュースで英語術」という5分間の番組もあります。
    月曜日から金曜日まで、毎日昼の12:55~13:00に放送。
    土曜日の夜23:00~23:25に5回分まとめて再放送があります。
    こちらも時事英語ですが、少しレベルが上がり、実際のニュース原稿が使用されます。
    明瞭な範読と明晰な和訳の後、実際のニュースを聴きます。
    「聴く」力の養成に特化した番組です。
    テキストはありません。

    「遠山顕の英会話楽習」という番組も最近試しに聴いてみました。
    月曜日・火曜日・水曜日の朝の10:30~10:45。
    土曜日の朝7:50~8:35と夜の21:00~21:45に3回分まとめて再放送があります。
    遠山顕先生というと、もう30年近く前、「やさしい英会話」で、ネイティブ講師2人と声を揃えてノリノリで放送していたのを楽しく聴いたなあと懐かしく思い出します。
    その後、「ラジオ英会話」に変わっても同じノリの番組を続け、長年のファンが沢山いるのだと思います。
    英語学習という目的を越えた番組自体のファンがいるのですね。
    私が初めて聴いた30年ほど前は若々しい声の溌剌とした先生でしたが、30年ぶりに聴くと、声がかなり老けていました。
    口調が民放の名物ラジオパーソナリティーみたいになっています。
    この番組は、高校生向けというよりも、長年のファンのための番組なのでしょう。
    遠山顕の、と銘打っているところからもそれがうかがえます。
    ノリについていけると楽しい。
    そうでないと、ちょっと困惑するかもしれません。
    テキスト範読は案外スピードが速い。
    そして、高校英語・受験英語のボキャブラリーにはない語句が出てきます。
    「話す」コーナーもスピーディーです。
    長年の番組ファンへの信頼から、レベルはおのずと高くなる。
    そんな印象の番組です。
    高校生よりも、社会人・主婦・シニアの方にお薦めです。


    「ラジオ英会話」も聴いてみました。
    月曜日から金曜日まで、朝6:45~7:00。
    再放送はその日の夜9:45からあります。
    さらに、5回分まとめて日曜日16:30~17:45に放送されます。
    「基礎英語3」を卒業して、なおもラジオ講座を聴きたい高校生は、この番組に進級するのが順当なのでしょう。
    今月は「不定詞・動名詞」を扱っています。
    内容は簡単で、英語が得意な高校生にはおそらく物足りない。
    英語が苦手な子にはとっつきやすく、レベルもあっている番組と思います。
    月曜日から木曜日までは毎日新しい会話文です。
    文法事項や重要表現などの解説、リピート練習など普通の内容の番組です。
    その日の重要文法事項を用いて日本語を英語に直す練習もありますが、これも文法の典型題という印象で、平易です。
    易しいなあと思いながら月曜日から木曜日まで聴くと、金曜日は復習の日。
    易しい番組のはずが、この日だけレベルが上がります。
    「話す」力を鍛えるコーナーがあるのです。
    例えば、
    「あなたは、学校の先生です。いつも遅刻してくる生徒がいます。もう遅刻はしないと約束したのに、また遅刻をしてきました。その生徒の将来の夢は電車の運転士になることです。遅刻をする癖があっては、夢は叶いません。そのことを叱ってください」
    ・・・・はあ?
    テキストがあればまた違うのでしょうが、耳で聴くだけですと、その英文が口をついて出るかどうか以前に、言うべき内容を覚えきれない・・・。
    「ラジオ英会話」は、金曜日だけ聴くのもありです。

    「英会話タイムトライアル」も聴いてみました。
    月曜日~金曜日の朝8:30~8:40。
    土曜日の朝7:00~7:50に5回分まとめて再放送があります。
    これは「話す」に特化した番組です。
    言われた日本語をとにかく英語に直す練習が繰り返されます。
    日常レベルの英語がとっさに口をついて出るようにする練習です。
    これも金曜日がハイレベルです。
    対話形式の練習があり、放送の「無音」の部分を自分の英語で埋めていきます。
    1文しか言えないこともあるでしょうし、5文くらいのまとまった内容を返すことも可能です。
    模範を聴いて、もう一度トライできるのも良い構成です。
    番組のレベル設定は「基礎英語3」と「ラジオ英会話」の間くらいで、ヨーロッパ言語共通参照枠A2~B1と、基礎学習者のレベルです。
    しかし、「話す」というのは通常4領域の中で最も遅れてしまう能力で、その分やりがいもありますので、実際にやってみるとそんなに易しくないと思います。
    これもテキストは見ないでやるほうが力がつくでしょう。

    「聴く」「話す」をラジオ講座で伸ばす。
    今回は、そんな話でした。
      


  • Posted by セギ at 14:18Comments(0)英語

    2018年10月07日

    10月20日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    10月6日(土)の大人のための数学教室は延期となりました。
    次回は、10月20日(土)の予定です。

    さて、前回の授業で学習しました、直線と対称な点の座標を求める問題。
    今回はこれを少し掘り下げてみます。
    こんな問題でした。

    問題 直線y=2x+1に関して、点A(3,2)と対称な点Bの座標を求めよ。

    数Ⅱ「図形と方程式」の問題です。
    前回も書きましたが、これは、線対称の性質を利用して解くのでした。
    求める点Bの座標を(p,q)とします。
    pとqに関する方程式を2本作ることができれば、それを連立して、p、qの値を求めることができます。
    1本はすぐに思いつきますね。
    直線ABは、直線y=2x+1と垂直に交わりますので、傾きの積は-1です。
    すなわち、
    q-2 / p-3 ・ 2=-1
    これを整理して、
    2(q-2)=-p+3
    p+2q-4=3
    p+2q=7 ・・・①
    さて、もう1本。
    対称な点から対称の軸までの距離は等しいです。
    言いかえれば、線分ABの中点は、直線y=2x+1を通ります。
    線分ABの中点の座標は、(p+3 / 2 , q+2 / 2)。
    この中点がy=2x+1の関係を満たすということですから、代入して、
    q+2 / 2=2(p+3 / 2)+1
    これを整理して、
    q+2=2p+6+2
    -2p+q=6
    2p-q=-6 ・・・②
    ①と②を連立して解くと、p=-1, q=4 
    よって、B(-1,4)

    そんなに複雑な問題ではないと思っていたのですが、この問題、教室では案外難渋しました。
    何をやっているのか全くわからない、という感想を参加者の方が口にしたのです。

    何をやっているのか、全くわからない?(''_'')
    え?
    何でだろう?

    後になって振り返ると、分岐点は、①の式を作るときにありました。
    垂直に交わるのだから、傾きの積は-1になりますよね?と、
    q-2 / p-3 ・2=-1
    という式を板書したとき、質問があったのです。
    「それ、直線ABの傾きは、-1/2 である、という式にしていいですか?」
    つまり、q-2 / p-3 =-1/2 という式にしたいと言うのです。
    私は、内心、何でわざわざそうするのだろう?
    と微かな違和感を抱きました。
    私が板書した式は、テキストの例題解説にも載っている式そのままでした。
    なぜ、それをアレンジするのか?
    これから式を整理するのだから、わざわざ直線ABの傾きは-1/2であることを暗算した上での式など立てなくても良いのだが?
    しかし、参加者の方が書きたい式は、間違った式ではありません。
    その式にして良いかと問われて、ダメという理由はないのです。
    「あ。いいですよ」
    と、私は軽く受け流したのですが、後から考えれば、ここが分岐点だったのです。

    どういうことだったのか?
    参加者の方は、そのとき、p、qに関する式を求めようとしていたのではなく、直線ABの式を求めようとしていたのです。
    直線ABの式を求めようとしているのに、解説される答案がその方向にいかず、pとqの式を整理したりしている。
    何のために何をやっているのか、全くわからない・・・。
    その誤解がようやく理解でき、解決してから、私は、その方に尋ねました。
    「何で直線ABの式を求めるんですか?」
    「今まで、ずっと直線の式を求めていたから」
    「・・・・なるほど」

    大人のための教室はいつも示唆的です。
    数学の問題を解説していて、これは誤解の余地などないはずだと私が思っていることも、誤解の余地はあるのだということを教えてもらっています。
    数学が苦手な子どもの多くは、何がわからないのかを語る言葉を持ちません。
    日常のルーティンではおしゃべりな子も、論理的なことを正確に語るのは難しいことも多いです。
    「どこがわからない?」
    という質問は、その字面通りの質問なのですが、どんなに柔らかい口調で尋ねてもなお、責められているように感じることがあるようです。
    もともと言葉で説明するのが苦手な子どもが、さらに責められていると感じたら、黙り込んでしまうのも道理。
    板書を1行ずつ指差しながら、
    「ここはわかる?ここはわかる?何行目がわからない?」
    と、私は、わからなくなっている行をまずは明確にしようとするのですが、こちらのそういう意図を理解してくれず、黙り込んでしまう子もいます。
    「まあ、いいや。次いこう、次」
    などと、勝手に諦める子もいます。

    生徒がどこでつまずくのかを知りたい。
    何がわからないのかを知りたい。
    何を誤解しているのかを知りたい。
    今回も、大きな答えを1ついただきました。

    直線の式に関するさまざまな公式など、直線の式を求めることをずっとやっていると、応用問題でも、絶対に直線の式を求めるものだと思い込んでしまう。
    わからない原因はそれだったのです。

    板書に書いてあること・テキストに書いてあることと違うことを生徒がやろうとしているとき、生徒の頭の中で何か異変が起きている可能性を考えること。
    微かな違和感を大切にすること。
    それを改めて感じました。

    ところで、上の問題ですが、では、直線の式を求めてはいけないのか?
    いえ、いけないことはありません。
    そうやって解く方法もあります。

    もう一度問題に戻って考えてみましょう。

    問題 直線y=2x+1に関して、点A(3,2)と対称な点Bの座標を求めよ。

    線対称の性質から、直線y=2x+1と直線ABとは垂直に交わります。
    それを利用して、直線ABの式を求めてみましょう。
    傾きは-1/2で、点A(3,2)を通る直線ですから、公式に代入して、
    y-2=-1/2(x-3)
    これを整理して、
    y=-1/2x+3/2+2
    y=-1/2x+7/2
    次に、直線ABと、y=2x+1の交点を求めましょう。
    2本の式を連立して、
    -1/2x+7/2=2x+1
    これをxについて解きます。
    -x+7=4x+2
    -5x=-5
    x=1
    これをy=2x+1に代入して、
    y=2・1+1
     =3
    よって、2本の直線の交点の座標は、(1,3)。
    さて、ここからどうするか?
    点Aとこの交点との距離は、この交点と点Bとの距離と等しいです。
    すなわち、点Aからこの交点への移動は、この交点から点Bへの移動と等しくなります。
    点A(3,2)から交点(1,3)へは、x軸方向に-2、y軸方向に1だけ移動しています。
    よって、交点の座標を同じだけ移動させると、
    x座標は、1-2=-1。
    y座標は、3+1=4。
    よって、点B(-1,4)

    あれ?
    この解き方のほうがわかりやすいし、解きやすい。
    そう思うでしょうか?
    今回は、確かにそうでした。
    しかし、中点の座標が分数になったりすると、途端に計算が面倒くさくなります。
    さらに、今後のさらなる応用問題の解き方とのつながりがありません。
    ABの中点の座標が直線を通ることを用いる解き方は、汎用性があります。
    この先の学習のために身につけておきたい解き方です。
    ただ、そういうことも理解した上で、この問題をこのように解いてはダメなのかといえば、そんなことはありません。
    この解き方、ありです。

    秋になり、高校3年生には、同じ入試問題を解くのでも、どう解けば時間を短縮できるのか、どの解き方が計算ミスが少なく楽なのかという方針で授業を進めるようになってきました。
    基礎学力はあるので、普通の解き方ならもう説明は不要なのです。
    どうブラッシュアップしていくかが今後の課題です。
    例えば、反復試行の確率に関する条件付き確率の問題などで、
    「私もこれを自分で解いたとき、うっかり数値をそのまま代入しちゃって、計算がウザくてウザくて大変だったんだけど、ここは数値をいったん文字にして式を整理すると、すぐにスッキリするよね」
    といった解説をしますと、
    「ははあー。文明開化の音がしますね」
    といった反応があり、手応えを感じています。
    解き方は1つではない。
    より洗練された解き方は、どういうものか?
    それを模索していくのも、数学の楽しみの1つです。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  10月20日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.48例題14の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。





      


  • Posted by セギ at 14:35Comments(0)大人のための講座

    2018年10月03日

    不定詞の学習。中学3年レベルその3。want~to 不定詞などの文。



    中3で学習する不定詞。最後は、「
    want ~to不定詞」などの用法です。

    中2では、以下のような文を学習しました。
    I want to play the piano.
    「私はピアノを弾きたい」
    この文で、to play the piano をするのは、主語である「私」です。
    それに対して、中3で学習する文は、
    I want you to play the piano.
    「私はあなたにピアノを弾いてもらいたい」
    この文で、to play the piano をするのは、「あなた」です。
    意味の違いはこれで明瞭ですね。
    不定詞の動作主(意味上の主語)は誰であるのかを強く意識するとこの文のパターンは理解しやすいと思います。

    この構造の文は、動詞ごとに理解しておくと楽です。
    高校英語ではもっと増えますが、中学3年生が学校で学習するこの構造の文の動詞は、基本的にはwant、tell、askの3つです。
    この3つの動詞を使った文の構造と意味をまずは正確に理解しましょう。

    ①「主語+want +誰々+to不定詞」。
    主語は、誰々に、~してほしい。
    I wanted him to play baseball together.
    私は、彼に一緒に野球をしてほしかった。
    「誰々」の部分は、「世界」など、人間でないものが入ることもありますが、「誰々」で覚えておくとわかりやすいでしょう。

    ②「主語+tell+誰々+to 不定詞」。
    主語は、誰々に、~するように言う。
    Our teacher told us to read many books.
    私たちの先生は、私たちに多くの本を読むように言った。

    ③「主語+ask+誰々+to不定詞」
    主語は、誰々に~するように頼む。
    これは依頼の文です。
    I asked my mother to help me.
    私は母に手伝ってくれるよう頼んだ。

    基本は、want,tell,ask の3つの動詞でこの構造の文を作れるようになっておけばOKですが、教科書によっては他の動詞でもこの構造の文が出てきます。
    教科書にそうした形の文が出てきたら、学校の定期テスト対策としては、それもあわせて覚えておきます。
    teach,advise,warn,order,expect,allow など、この構造の文を作る動詞は沢山あります。


    さて、実際の問題を考えてみましょう。

    問題 以下の2文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めなさい。
    Our teacher said to us,"Read many books."
    Our teacher (  ) us (  ) read many books.

    このような形式で出されると、これが不定詞の問題であることを発想できず、混乱する子がいます。
    答えは、最初の(  )がtold、次の(  )がtoです。

    正解を聞けば、理解できる。
    でも、自分で発想できない。
    特に、入試問題など、テスト範囲というものがないときには、全く発想できない。
    そういう人が案外多いと思います。
    こういう問題は1から発想するものではなく、このパターンが頭の中に入っているかどうかで正解できるかどうかが決まります。
    文法として整理されて頭の中に入っていると、こういう問題は楽に解けるようになります。
    最初の(  )は、saidではなぜダメなのかと訊かれることがあるのですが、sayは、この構造の文を作れない動詞なのです。
    また、sayという動詞は、誰それに言うという意味のときは、say to usのように前置詞を必要とします。
    said us ということはできないのです。
    また、sayと言う動詞は単に「言う」という意味なので、伝達内容が命令文のとき、その命令のニュアンスを伝えることができません。
    セリフの部分、つまり伝達内容が命令文なので、命令の意味を持つtellを入れる必要があるのですね。

    次の問題はどうでしょうか?
    I said to my mother,"Please help me."
    I (   ) my mother (  ) help me.

    やはり、セリフ部分に着目します。
    please が入っているので、伝達内容は依頼の文であることがわかります。
    だから、最初の(  )はasked、次の(  )はtoが入ります。
    他に、Will you help me? などがセリフ部分に入っているときにも、この書き換えになります。

    では、この問題は?
    May I wash the dishes?
    Do you (  ) me (  ) wash the dishes?
    こんな書き換えは、覚えておかないと発想できません。
    大胆に構造を変える書き換えです。
    正解は、最初の(  )がwant、次の(  )がtoです。


    文法問題はパターンが明確です。
    どんな文法事項を問われている、どういう構造の問題であるか、それを意識しながら練習しておくと、テストに出ている問題は、自分の練習した問題の類題だと意識できます。
    落ち着いて、楽に解くことができます。
    常に自分の「勘」が頼りで、感覚で英語の問題を解いていると、何の文法事項の問題であるか気づくことができませんし、パターンも類題もすっ飛んでしまいます。
    毎回毎回最初から考えなければならず、時間もかかりますし、常にモヤモヤしてしまいます。
    パターンを理解しましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:33Comments(0)英語

    2018年09月30日

    メネラウスの定理。


    高校数A「図形の性質」の学習。
    センター試験にもよく出る定理がこの「メネラウスの定理」です。
    チェバの定理と同様、これも、楽な覚え方をすれば、何でもなく活用できるようになります。
    上の左図で、

    ABFCEA=1
    BF・CE・EA


    ブログでは分数表記をできないので読みにくいと思います。
    テキスト・参考書等で確認してください。

    証明は、ネットで検索したらすぐ出てきます。
    この定理も、証明よりも覚え方、活用の仕方が重要です。
    決して記号で覚えないこと。
    左図のような配置からの順番だけで覚えるのも得策ではありません。
    実際の問題は、左図のような配置になっているとは限らないからです。

    メネラウスの定理も、三角形が基本です。
    その三角形の2辺と、頂点以外で交わる直線があること。
    その直線は、当然、残る1辺の延長線とも交わります。
    この構造の図のとき、メネラウスの定理が使えます。
    まず、三角形の3つの頂点を強く意識します。
    それ以外の点は、「交点」ととらえます。
    あとは、チェバの定理と同じ呪文を唱えます。
    「頂点・交点・頂点・交点・頂点・交点・頂点」
    必ず頂点から始め、そこから直接進める交点へ。
    それが最初の分子です。
    その交点から次の頂点へ。
    それが分母。
    その頂点から次の交点へ。
    それが次の分子。
    その交点から次の頂点へ。
    それが分母。
    そうしてひと筆書きをして元の頂点に戻れば、メネラウスの定理を使った式の右辺が完成します。

    左図のような配置だけでメネラウスの定理を覚えてしまうと、実際の問題で三角形と交わる直線の向きがその配置と異なっているとき、メネラウスの定理を使えること自体を発想できなくなりがちです。
    「使えるよ」とヒントを出しても、どう使うのかわからず、図を回転したり首をひねったりと苦戦する子は多いです。
    メネラウスの定理の構造を理解すれば、そういうことはありません。
    頂点Aから始める必要もなく、どこからでも、呪文の通りにひと筆書きをしていけば良いのです。
    どうか「呪文」を、すなわちこの定理の本質を理解してください。
    どんな配置の図でも、どの頂点からでも、メネラウスの定理を使えるようにしておくと心強いです。
    上の左図でも右図でも、頂点BからもCからも、メネラウスの定理は利用できます。
    上の図は反時計回りですが、時計回りも可能です。

    どうか頭を柔軟に。
    それは定理の本質を理解するということでもあります。

      


  • Posted by セギ at 13:25Comments(0)算数・数学

    2018年09月26日

    10月6日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    9月22日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    高校数Ⅱ「図形と方程式」の学習の続きです。
    前回学習した、直線の方程式に関する公式は次のものでした。

    傾きがmで、点(x1,y1)を通る直線の方程式は、
    y-y1=m(x-x1)

    また、2点(x1,y1)、(x2,y2)を通る直線の方程式は、
    y-y1=y2-y1/x2-x1 (x-x1)

    平行な2直線は、傾きが等しい。
    垂直な2直線は、傾きの積が-1。

    今回は、この続きです。

    問題 直線2x+y+2=0 に平行で、点(1,2)を通る直線の式を求めよ。

    中学の解き方なら、まず与えられた式を、y=・・・・の形に直して傾きを求め、その上で、点(1,2)を代入して解くと思います。
    高校では、これを瞬時に解く公式があります。

    点(x1,y1)を通り、直線 ax+by+c=0 に平行な直線の方程式は、
    a(x-x1)+b(y-y1)=0 です。

    まずは、ax+by+c=0 という式の形について。
    中学時代は、y=・・・・の形に式を直さないとダメと言われましたが、高校では、右辺が0になる式を用いることがあります。
    a、b、cは具体的な数字が入ります。
    上の公式は、それをy=・・・に変形してみることで証明できます。
    ax+by+c=0
    by=-ax-c
    y=-a/b・x-c/b
    よって、この直線の傾きは、-a/b です。
    前回学習した公式を利用すると、傾きが-a/bで、点(x1,y1)を通る直線は、
    y-y1=-a/b(x-x1)
    両辺をb倍して、
    b(y-y1)=-a(x-x1)
    左辺に移項して、
    a(x-x1)+b(y-y1)=0
    これが、上の公式です。

    この公式を用いると、上の問題は瞬時に解けます。
    直線2x+y+2=0に平行で、点(1,2)を通る直線だから、
    2(x-1)+(y-2)=0
    このまま答えとするのではなく、整理します。
    2x-2+y-2=0
    2x+y-4=0
    これが上の問題の解答です。

    この公式とセットで覚えると得なのは、
    直線ax+by+c=0に垂直で、点(x1,y1)を通る直線は、
    b(x-x1)-a(y-y1)=0

    この公式も、上のような変形の仕方で導くことができます。
    こうした公式は覚えにくいので、つい暗記を後回しにしたり、別にこんな公式覚えなくても、中学のときの解き方でも解けるし・・・・と思いがちなのですが、困るのは、この先、参考書の例題解説も問題集の解説も、この公式を当然のように使い、特に説明も加えないことです。
    解説を読んでもわからないのは、こうした公式が普通に使われているからです。
    何で急にこんな式が立っているのか、わからない。
    そうならないために、公式は覚えましょう。

    もう1つのメリットは、問題を解く時間の短縮。
    直線の式1本求めるのに、中学の解き方では、2分~3分かかります。
    この公式を使えば、30秒もかからないでしょう。
    センター試験の数学は、時間との闘いです。
    60分で解くにはちょっと多いなと感じる問題量です。
    中学の解き方でもたもた解いている時間はないと思います。


    問題 直線ax-6y-5=0が直線2x-3y+6=0に平行であるとき、定数aの値を求めよ。

    これも、中学の解き方でも解ける問題です。
    それぞれの直線を、y=・・・・の形に変形し、傾きを比較すれば、定数aを求めることができるでしょう。

    これにも、公式があります。

    直線a1x+b1y+c1=0、a2x+b2y+c2=0 が、
    平行なとき、a1b2-a2b1=0
    垂直なとき、a1a2+b1b2=0

    これも、証明のやり方は上の公式と同じで、y=・・・の形に変形し、傾きが等しいことや、傾きの積が-1であることから等式を立てて、それを変形して導いている公式です。

    上の問題にこの公式を用いると、
    a・(-3)-2(-6)=0
    -3a+12=0
    -3a=-12
    a=4

    与式をいちいちy=・・・の形に変形せずにすぐに式を立てることができますね。
    覚える余力のある人は、覚えておくと良い公式です。


    問題 直線 y=2x+1に関して、点A(3,2)と対称な点Bの座標を求めよ。

    さて、少し応用問題に入ってきました。
    上の画像は、この問題を解いたものです。
    解き方がすぐにピンときたなら必要ありませんが、わからないときは、座標平面にグラフを描いて考えるのが得策です。
    y=2x+1 のグラフを描きます。
    これが対象の軸となります。
    点A(3,2)を打ち込みます。
    この点Aと対称な点Bを大体のイメージで良いですから、座標平面上に打ち込んでみます。

    線対称というのは、どういう性質があったでしょうか?
    「線対称・点対称」は、小学6年生で学習する内容です。
    簡単ですから、大抵の子は理解できます。
    簡単すぎるので、「だから何なの?」という疑問すら抱く単元です。
    線対称のとき、対応する点と点とを結ぶ線分は、対称の軸と垂直に交わる。
    線対称のとき、対応する点と対称の軸との距離は等しい。
    このことを利用し、
    「図の中で、垂直に交わっている直線はどれとどれですか?」
    「図の中で長さの等しい線分はどれとどれですか?」
    といった問題が出題されます。
    小学生のときも、中学1年になってからも、まるでドリルのように繰り返し解いたこの問題。
    しかし、そこで終わってしまうので、「だから何なの?当たり前じゃん」で終わった問題。
    いよいよ、この知識が結実します。

    点Bの座標を(p,q)とします。
    直線ABの傾きは、q-2/p-3 と表されます。
    直線の傾きは、変化の割合と等しいですから、yの増加量/xの増加量 ですね。
    この直線ABは、対称の軸である、y=2x+1 と垂直に交わりますから、傾きの積は-1です。
    よって、2・q-2/p-3=-1
    これを変形して、pとqの関係を表す式を1本導いておきましょう。
    両辺に p-3 をかけて、
    2(q-2)=-(p-3)
    2q-4=-p+3
    p+2q=7 ・・・①

    pとqの値を求めるには、もう1本、pとqに関する式があれば良いですね。
    線対称の性質には、もう1つ、対称の点から対称の軸までの距離は等しいというものがありました。
    言い換えれば、2点の中点は対称の軸上にあります。
    点A(3,2)と点B(p,q)の中点の座標は、(p+3 /2,q+2 /2)。
    これは対称の軸上の点ですから、このx座標とy座標は、y=2x+1 の関係を満たします。
    よって、
    q+2 / 2=2(p+3 / 2)+1
    これを整理すると、
    q+2 / 2=p+3+1
    q+2=2p+8
    -2p+q=6 ・・・②

    この①、②を連立して解くと、
    p=-1、q=4
    よって点Bの座標は(-1,4) です。


    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  10月6日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.48例題14の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。







      


  • Posted by セギ at 14:38Comments(0)大人のための講座

    2018年09月24日

    相模湖与瀬神社から奥高尾を歩きました。2018年9月。


    2018年9月23日(日)、今週も奥高尾を歩きました。
    前日までは、富士山の見える山に行こうと計画していたのですが、朝になったら予報よりずっと雲が多く、こんな日に富士山の見える山に遠出するのは何だか勿体ない。
    でも、山を歩くのに問題のある天候ではない。
    となると、奥高尾ですね。

    今回は久しぶりに、相模湖から登ることにしました。
    中央快速・中央線と乗り継いで、相模湖駅下車。
    相模湖駅のトイレは、一番線のホームにあり、いつも混雑しています。
    改札を抜け、駅構内のベンチで山支度。
    ふと見ると、更衣室がありました。
    山から戻ってきて着替えたい人に向けてのものでしょうか?
    更衣室を作るスペースがあるなら、トイレにしてくれたら良かったのに。
    今からでも、トイレに改築してくれないかなあ。

    さて出発。8:35。
    まずは、ロータリーから甲州街道に出て、右折。
    そのまま、舗道をてくてく歩いていきました。
    もうすぐ舗道が尽きて、しかも坂道になりますけど?
    というところまでまっすぐ歩いていくと、ようやく与瀬神社。
    舗道に面して、与瀬神社の長い石段が始まっています。
    明王峠・景信山を示す道しるべもありました。
    苔むした石段は風情があり、晩秋に歩いたらもっと良いでしょうね。
    途中、広い踊り場。
    高速道路の上を越えるための踊り場です。
    ここは極めて人工的で、情緒のかけらもありません。
    そこから見ると、甲州街道に面していない裏道からの階段が見えました。
    甲州街道を歩いても舗道がついていますからストレスはありませんが、裏道があるなら、そのほうがいいかもしれません。

    そこから、ヒガンバナが満開の墓地を左手に見ながら、さらにまっすぐ石段を登っていきました。
    石段の段差が大きく、バランスを崩したら転落の危険を感じないでもありません。
    右手に、少し遠回りな形で段差の小さな石段も設置されていました。
    与瀬神社本堂。
    向かって左手に道しるべがあり、細い登山道が始まります。
    あまり人の来ない道なので、クマ鈴をつけて、さて出発。

    本日の最高気温28度。
    そんなに高い数字ではないのですが、それまで数日涼しかったせいか、暑さが堪えます。
    しばらく登りが続き、大量の発汗。
    展望地。9:25。
    相模湖が見晴らせる場所で、ベンチが設置されていました。
    ここで大休止。
    風が通るので、しばらく休めば身体も冷えてくるでしょう。

    休んでいると、ぽつぽつと人が登ってきました。
    全て、男性の単独登山者でした。
    山慣れた様子の中高年。
    短パンに高機能タイツの若者。
    ここは歩く人が少ないから、歩く人が少ない道を歩きたい人が好んで歩くのでしょう。
    今日は3連休の中日で、天気予報では唯一の晴天の日。
    奥多摩の人気コースはどんなことになっているか、あまり想像したくありません。

    急な登りはそこまでで、あとは緩やかな登りや平坦な道が続きました。
    花が増えてきました。
    キバナアキギリ。
    シモバシラ。
    ガンクビソウ。
    サラシナショウマ。
    見慣れた秋の花々を足元に見ながら歩いていて、足が止まりました。
    ・・・・あれ?ギンリョウソウ?
    梅雨時の花だと思ったけれど。

    季節を間違えて咲いてしまったのかな?
    そうも思いましたが、ポケット植物図鑑で調べると、アキノギンリョウソウという花もあるのだそうです。
    アキノギンリョウソウは、ギンリョウソウに似ているが、シャクジョウソウの仲間。ほお。

    大平。10:30。
    小さな売店のような建物があり、ベンチがあります。
    売店は閉まっていましたが、鋸で何か作っている人がいました。
    以前に来たときよりもベンチやら手製の道しるべやらが増えていて、気持ちのよい場所になっています。

    売店を過ぎると、ツリフネソウが増えてきました。
    花盛りの緩やかな道を辿りながら、中学校で習った短歌を思い出しました。

    葛の花 踏みしだかれて色あたらし この山道を行きし人あり

    山道を歩くことにとんと興味がなく、しかも葛の花というのも具体的なイメージがなかったですが、何だか不思議と覚えている短歌です。
    この山道を行きし人あり。
    そういう気持ちになることがあります。
    そんな人の少ない山道を歩くのが好きです。
    今日この山道を行きし人が沢山いることは朝のうちにわかっていますし、その後もときどき道を譲っていますが。

    舗装された林道といったん交差して、また登山道を少し登っていくと、石投げ地蔵。
    石が沢山積まれた塚があり、説明の看板が立っていました。
    「明王峠・石投げ地蔵
    景信山と明王峠の山稜を結ぶ間に堂所山という小峰がある。その昔、武田信玄が北条と合戦のとき、鐘によって敵の情報を知らせるための鐘つき堂のあった跡でその名が付けらた。
    また明王峠は武田不動尊を祀り武運を祈願したと伝えられる。
    この峠の山頂に上り詰める一歩手前の道筋に小石を積み重ねた小塚があるのが目につく。伝説に塚の由来を記すが、時は天正年間、甲斐の武田一族の姫君が常陸の国佐竹家に嫁したが、不幸にして離縁となり幼女を残して生国の甲斐へと戻された。その後幾とせ、残された幼女は美しい姫となった。ある日、乳母より実母のことを聞かされ、次第にまだ知らぬ母に思慕の念がつのるようになった。やがて秋も深まろうとする頃、母と対面する好機が訪れ乳母とともに母の消息を尋ねたいと父に懇願し、許しを得て従士三人乳母ら五人で甲州に旅立つことになった。何分にも当時は戦国乱世の時、旅は決して楽なものではなく、敵方の難を逃れるため間道や峰道を通らねばならなかった。あるときは木の実を食し、沢の水で空腹を満たすほど殆ど不眠不休の旅であった」

    看板の説明は、そこで終わっていました。
    ・・・・・え?
    その話とこの小塚との関係は?
    むしろ、この説明板が面白いので一見の価値ありです。
    昔はもう1枚あったのかなあ?

    その先、しばらく行くと、長い木段。
    木々の隙間から空が見えます。
    きっとあそこが明王峠。
    それを励みに一歩一歩木段を登っていきました。

    明王峠。11:20。
    本日は売店も営業中。
    周りの沢山のベンチがほぼ埋まる盛況でした。
    ひと休みして、あとはいつもの奥高尾主脈を行きます。
    雨上がりの泥んこ道が続きました。
    まき道、まき道と選び、景信山。12:40。

    木陰のベンチは風がよく通ります。
    カエデの緑の葉が風に揺れています。
    誰かの食べているカップラーメンのカレーの匂いが鼻腔をくすぐります。
    夏の山で食べるカップラーメンは、カレー味の占有率がやはり高い。

    景信山、小仏峠を通って、小仏城山。13:45。
    今日も暑いので、かき氷がよく売れています。
    私は、本日はコーラを1本購入。

    さて、高尾山へ。
    木段を降りていくと、前を行くお母さんが、女の子を叱っていました。
    「ほら、急いでっ。あんたの足じゃ高尾山までに夕方になっちゃうじゃないの!」
    お母さんは、繰り返し子どもを急かしています。
    私自身が母親に叱られるとかなり凹む子どもだったので、山で子どもが叱られているのを見ると、この子、山が嫌いにならないかなあと心配になります。
    休日、観光地に遊びに行って、結局、親に叱られてしまうのは切ない。
    観光地では、危険なことをしたときや他人に迷惑をかけそうなとき以外は叱らないであげて・・・。
    どうせ登山道は渋滞気味で、急いだところでそんなに変わらないのだから。
    女の子は、渋滞の中、前の人を追い越そうとしました。
    お母さんが引き留めます。
    「ダメ。渋滞のときは追い越したらダメ」
    いや、お母さんが急かすからそういう行動をとったんだと思うけど、でも、ルールを教えるのは良いことです。
    しばらく行くと、木段の狭い部分で、登る人が立ち止まって道を譲ってくれていました。
    礼を言って通り過ぎた後、お母さんは、
    「本当は、登り優先といって、下る人のほうが道を譲るの。下る人は石を蹴ってしまったりする危険もあるから、立ち止まって、登る人を優先させるの」
    山のルールを女の子に説いていました。
    かなり山好きなお母さんのようです。
    「え?日本のきまり?」
    女の子のこの質問に、聞いていた私は虚をつかれました。
    お母さんもそうだったと思います。
    「・・・・・え?日本っていうか・・・」
    世界共通のルールなのかどうか、そんなの私も知りません。
    すると女の子が一言。
    「アメリカのきまりだね」
    ・・・・何で?
    ぷっと笑った声が聞こえてしまったのでしょうか、女の子は振り向き、私をじっと見ました。
    「ラジオ、何聞いてるの?」
    人見知りしない子だなあ。
    ともあれ、凹んでいなくて良かった。

    「登り優先」のルールは、そんなに厳密なものではなく、確かに落石の危険のあるような場所では下る人のほうが待つのが良いと思いますが、あとは適宜、待つ場所があるほうの人が立ち止まったら良いと私は思います。
    3メートルも手前で下りの人に立ち止まられると、こちらは急いで登らなくてはならず、苦しいので勘弁してくれと思わないでもないですから。
    むしろ「立ち止まるのは1メートル以内」ルールを私は広めたい。
    余程その先の道が細く、手前で立ち止まったほうが良い場合を除いて、あまり手前で立ち止まらないでほしい。
    昔、山岳ガイドに聞いたのですが、大学の山岳部同士など、相手の力量を信頼できる者がすれ違うときは、互いに立ち止まらなかったそうです。
    細い道で横幅の広いキスリングを互いに担いでいても、スルスルとすれ違いあう。
    そうしてすれ違った後、「あいつら、なかなかやるな」と健闘をたたえたとのこと。

    さて、今日も紅葉台は巻いて、高尾山下。14:45。
    高尾山も巻いて、トイレのところの分岐から、今日は琵琶滝コースを下りました。
    ここはいつも湿っていますから、雨上がりで観光客が避けたのでしょう、むしろいつもより空いていて、楽に下っていけました。
    下山。15:50。
    今日も1日、楽しかった。ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 14:13Comments(0)

    2018年09月19日

    セギ英数教室、生徒を募集しています。


    現在の成績は、問いません。
    未来の秀才を求めています。
    小さな個別指導塾ですが、1人1人の成績を確実に上げることを目標に、実績を上げています。
    担当は、受験指導30年のベテラン。
    「上手な授業」を行うパフォーマーよりも、受け持った生徒の成績を本当に上げることが目的の「学習トレーナー」でありたいと常に思っています。
    必要な時期に必要な学習内容を提示します。

    ◎時間   1回の授業は90分です。
    2018年10月現在、募集しておりますのは、以下の4コマです。
    月曜日 16:40~18:10
    水曜日 16:40~18:10
    金曜日 16:40~18:10
    土曜日 16:40~18:10

    ◎形態   1対1の完全個別指導です。
     
    ◎指導科目 
     小学生  中高一貫校受験 算数・国語
           私立受験算数
           一般算数
            小学英語
     中学生  中高一貫校 数学
           中高一貫校 英語
           高校受験 数学
           高校受験 英語
     高校生  大学受験 数学
           大学受験 英語
           内部進学・推薦入試・AO入試向けの内申重視の数学・英語も承ります。
           英検など各種英語検定対策も行っております。

    ◎費用 
     週1回 受講で、月額20,000円
     週2回 受講で、月額36,000円
     (内訳 90分1コマ4,000円、諸経費・教材費月額4,000円)
      他に入会金を10,000円いただきます。

    ◎入会までの流れ
     まず、無料体験授業を受けてください。
     左の「お問い合わせ」ボタンからご連絡ください。
    返信に数日かかることがあります、あらかじめご了承ください。

    以下の内容をご記入いただけますと、以後のやりとりがスムーズです。
    ①お子様の学校名
    ②学年
    ③性別
    ④ご希望の通塾曜日・時間帯
    ⑤ご希望の体験授業日時
    ⑥希望科目
    ⑦体験授業の希望内容
    (例 「1次関数」 など)
    ◎場所   三鷹市下連雀3-33-13
            三鷹第二ビル305
           三鷹駅南口から徒歩5分。
           春の湯の斜め前のビルです。






      


  • Posted by セギ at 13:04Comments(0)コース案内

    2018年09月19日

    不定詞の学習。中学3年レベルその2。疑問詞+to不定詞。


    不定詞の学習は中2から始まりますが、中3になるとさらに新たな用法を学ぶことになります。
    その1つが「疑問詞+to不定詞」の用法。
    中学生ですと、この表現そのものに疑問を抱き、
    「不定詞ってtoがつくものなのに、to不定詞っておかしくね?」
    と言う子もいるのですが、不定詞にはもう1つ原形不定詞があります。
    それと区別するために、「to+動詞の原形」の形のものをto不定詞と呼びます。
    中学生の間は、こんな呼び名はどうでもいいので、ただto不定詞という言い方も間違っていないんだよということをわかってくれれば、OKです。

    さて、その「疑問詞+to不定詞」。
    基本はそんなに難しくありません。
    疑問詞というのは、疑問を表す単語。
    具体的には、when,where,who,whose,which,what,how。
    これと不定詞をセットで用います。

    I don't know how to use this computer.
    私は、このコンピュータの使い方がわからない。

    how +to不定詞 で、「どのように~したらよいか」。
    ちょっと訳が固いので、「何々のやり方」という訳でOKです。

    when +to不定詞で、「いつ~したらよいか」。
    where+to不定詞で、「どこで~したらよいか。
    what+to不定詞で、「何を~したらよいか」。
    which+to不定詞で、「どれを~したらよいか」。

    特に難しくありません。
    基本問題を解いている限りは、誰でも正解できます。

    間違いやすいのは、以下のような問題でしょう。
    間接疑問文も学習した後の、私立型の入試問題です。

    問題 ほぼ同じ意味となるように以下の空所を埋めよ。
    Please tell me where to get on the bus.
    Please tell me (    )(   )(   )get on the bus.

    間接疑問文に直すのだ、というところまでは発想できたとして。
    3つの(  )に何を入れて良いか、わからない子は多いです。
    (  )が1つ余る感じがするのです。
    Pleas tell me where I get on the bus.
    で、良い気がするのに、もう1つ(  )があります。
    あれこれ悩んだあげく、
    Please tell me where do I get on the bus.
    としてしまい、不正解、というのはよくあることです。
    間接疑問文としてそれはおかしいと、基本的にはわかっていたのに、もう1つの(  )を埋められず、結局、やってはいけないとわかっていたことをやってしまうミスです。
    正解は、
    Please tell me where I should get on the bus.
    「どこでバスに乗ったらよいか」という意味なのですから、助動詞shouldが必要となります。

    疑問詞+to不定詞の文から間接疑問文への書き換えは、間接疑問文を学習してからでないと行えません。
    そのため、練習不足のまま入試を迎えてしまうことがあります。
    このように2つの単元にまたがる問題は未定着な子が多くなりがちで、そこをしっかり勉強しているかどうかをこうした問題は問うことができます。
    だから、入試はこのような問題が好まれます。
    関係代名詞と最上級との融合問題などもそうですね。


    上の問題は私立入試レベルですが、学校の定期テストにも出る可能性があるのになかなか定着しない事柄もあります。

    問題 次の語句を並べ替えて英文を完成せよ。
    don't , I , what , read , know , book , to.

    これの最も多い誤答は、
    I don't know what to read book.
    です。

    「疑問詞+to不定詞」という基本は理解したものの、whatやwhichはすぐ後ろに名詞を伴うこともある、ということがどうしても定着しないのです。
    正解は、
    I don't know what book to read.
    です。
    「私はどんな本を読んだらよいかわからない」。
    「どんな本」の部分はwhat book で、ここは意味のまとまりです。
    whatとwhichは、疑問詞ですが名詞を修飾することがあるのですね。
    これを疑問形容詞と呼びます。
    こういう呼び名でむしろ頭の中が整理されて定着する子もいます。
    そうではないタイプの子は、名称はどうでもいいですから、book のような可算名詞(数えられる名詞)を read book と、冠詞もつけず複数形にもせずにむきだしのまま使うことはないという知識だけはしっかり身につけるとよいと思います。
    「動詞の後に名詞をおく」という中1レベルの英語の語順へのこだわりを捨て、英語の語順の新しい可能性に対して頭を柔軟にしたいところです。
    体感で何となく思いこんでいる間違ったルールを優先させてしまう癖を改め、本当の英語のルールを理解していくことが大切です。
    かなり類題を練習しないと間違えます。
    定着したかなと思っても、ひと月も経つとまた間違えてしまう子もいます。

    間違える子の多いこうした問題をマスターすること。
    秀才とそうでない子との境目は、そこだと思います。
    基本問題は解ける。
    難しい問題は間違えたけど、そういうのは関係ない。
    そこで満足し、「理解したから大丈夫」と思ってしまう、いわば「加点法」で自己評価するタイプの子は、テストの点もそれで満足するのならば何の問題もないのです。
    でも、同じ子が、テストは8~9割の得点を求めることがあります。
    いやいや、そういう得点の取れる勉強をしていないですよね?

    より高い得点を求めるなら、「減点法」で自分を見つめましょう。
    「この問題が解けない」
    「このタイプの問題はまだ未定着」
    「これは類題をまた間違えた」
    これをマイナスを見つめる作業と感じ、気持ちが滅入る人もいるようですが、それをやるから精度が上がります。
    自分は何が出来、何が出来ないのか。
    そこから目を逸らさないことが実力アップのコツです。
    間違えた問題が実力アップの糧となります。
    目を逸らして無かったことにするのは、勿体ないです。
    テストで実際に8~9割の得点が取れるようになると、評価は外側に実在するものになります。
    そうなると、自分が今何ができないかを見つめる作業は、むしろプライドをもって行えるようになります。
    テストで良い点が取れない。
    評価が自分の外側に実在しない。
    自分で自分を褒め、認めるしかない。
    自己評価だけが高い。
    できないことから目を逸らす。
    こういう悪循環は避けたいです。
      


  • Posted by セギ at 12:53Comments(0)英語

    2018年09月17日

    久しぶりに奥高尾を歩きました。2018年9月。


    2018年9月16日(日)、2か月ぶりに山を歩いてきました。
    最後に歩いた7月初めでも、もう身の危険を感じるほどの暑さでした。
    この夏は、本当に暑かったですね。
    高山に逃れる機会もなく、気がつくと2か月ぶりの山歩きです。
    天気予報は曇りだけれど、そのほうが暑くならずに済むし、山も空いているだろう。
    そう思っていつものようにJR高尾駅北口に降り立つと、小仏行きのバス停は、行列が途中で折れ曲がってUターンしている盛況でした。
    皆、低山を歩ける気温になる日を待ち構えていたのかもしれません。

    日影下車。8:50。
    山支度をして、さて出発。
    日影林道は入り口から濡れていました。
    土曜日の雨の名残でしょう。
    日影沢もいつもより水量は多いです。
    前回歩いた、城山北東尾根の徒渉点は、乗用車が駐車されていて邪魔でしたが、すり抜けて覗き込むと、一応歩けることは歩ける様子でした。
    でも、今日は、秋の花を楽しむ山歩き。
    尾根道よりも、日影沢林道のほうが花が多いと思います。

    赤く鮮やかなミズヒキ。
    淡いピンク色のミゾソバ。
    きれいだけれど、この写真はもう沢山撮っているからなあ。
    などと思いながらのんびり登っていくと、キツリフネを発見。(''_'')
    去年は、林道工事の影響でキツリフネの株がなくなっていて、ああ、伐採されてしまったんだとがっかりしたのですが、その跡に、また株が育っていたのです。
    しかも、増えていました。
    強いなあ。
    上の写真がそれです。
    赤いツリフネソウは日影林道には沢山咲いているのですが、キツリフネはここだけなのです。
    もともと高尾にあるものではなく、過去に持ち込まれた可能性が高いそうですが、他の植物を侵略する気配はないので、末永くここで可憐に咲いていてほしいなあ。

    さらに登っていくと、赤いツリフネソウがちらほら咲いていました。
    むしろ今年は、赤いツリフネソウが減っている印象です。
    去年、あまりにわさわさ生えて、雑草感が強かったので、草刈りされてしまったのかな?

    赤いツリフネソウが減ると、目立ってきたのがヤマホトトギスでした。
    1回の山歩きで1株見つけると、わあ咲いている、嬉しいと感じる花です。
    でも、歩いていくと、2株、また3株。
    随分咲いているなあ。
    その度、立ち止まって撮影。

    撮影を終えて立ち上がると、左手、伐採されて、随分見通しが良くなっていました。
    わあ、山が丸裸だ。
    こんなところから空が見えるなんて。
    また次の植樹が行われるのでしょうか。
    奥高尾は、半分は植林帯なので、人がコントロールして木を植え、育て、伐採していくことで良い林が保たれます。

    柵を越えると、舗装道路が始まります。
    ここからは、また別の種類の花が楽しみです。
    山頂に近くなり、見晴らしが良くなってくると・・・。
    あ、咲いていた。ツリガネニンジン。
    ススキ、アザミに混じって、風に揺れていました。

    城山山頂。10:25。
    タオルがしぼれるほどに汗をかいていたので、かき氷の大を注文。
    しかし、やはり大き過ぎて、食べ終わる頃には身体が冷えて何か1枚羽織りたいほどになっていました。
    歩きだせばまた暑くなるという保証がなかったら、危険なほど。
    やはり、身体は内側から冷やすのが一番効きます。

    出発。11:00。
    高尾に向かってのんびりと降りていきます。
    赤いヒガンバナ。白いヒガンバナ。
    もう盛りは過ぎた様子で、色は褪めていました。

    今日は眺望もないので、一丁平の展望台は避けて、まき道を。
    花に期待してのことでもあります。
    今年も咲いていました、キバナアキギリ。
    これももう終わりかけの様子。

    一丁平で少し休憩。
    つやのある葉がわさわさ生えている木から、赤い実が鈴なりに垂れ下がっています。
    赤い実が割れて、黒い種子が姿を現しています。
    何だろう?
    ポケット植物図鑑で確認。
    ・・・ゴンズイ?
    何度も歩いているのに、気づかなかったです。
    来年からは、また、この木が実をつけているかどうかも気にして歩くようになると思います。

    紅葉台も通らず、まき道を行きます。
    シモバシラの花が咲き始めていました。
    少し減っていないかな?
    秋にシモバシラがちゃんと咲いているところに、冬の氷花が見られます。
    やはりここも、ヤマホトトギスが多く見られました。
    こんなにあちらこちらに見られる花ではないはずなのに、不思議だなあ。
    今年の気候に合っているのでしょうか。

    紅葉台との合流点、高尾山の直下から、高尾山5号路へ。
    ここも、ヤマホトトギスが沢山咲いていました。
    そのまま、稲荷山コースを下ります。
    ここを歩くのは、1年ぶり。
    また少し整備が進んだ印象です。
    デッキや木段が整備されて随分歩きやすくなりました。
    私が歩いてたたらを踏んだりちょっと立ち止まって確認したりする箇所が全くないというのは、山道としてありえないほどの整備です。
    とはいえ、雨上がりの泥んこ箇所がないわけではなく、膝から下やお尻が真っ黒な人も。
    こんな日は、観光客の人は無理せず、1号路かケーブル・リフトで下山したほうが安全だろうと思います。

    たんなる下山でもやはり大量の汗をかき、2本目のタオルも絞れるほどになる頃、下山。13:10。
    ちょっと物足りないけれど、2か月ぶりの足慣らしなので、これくらいで。

      


  • Posted by セギ at 14:35Comments(0)

    2018年09月13日

    聴き取る力・読み取る力。


    今朝、ラジオを聴いていたら、季節に関するひと口情報的なコーナーでこんな会話がなされました。
    1人はアナウンサーで、用意された原稿を読んでいます。
    アナウンサー「漢字で秋の桜と書いて、コスモス。そう読まれる方が多いかもしれません。本来はそのまま『あきざくら』と読み、これがコスモスの和名とされています。この漢字2文字でもコスモスという読み方が広まったのは、1977年の山口百恵さんのヒット曲『秋桜』がきっかけだと言われているんですね」
    パーソナリティー「これね、いつも諸説ありをぶつぶついうのが好きなんですけど、そうじゃない説を今思っていて」
    アナ「さだまさしさんが作詞作曲されたこの『秋桜』・・・」
    パーソ「コスモスは昔からあるよ。私たちが小学生のときから、コスモスはコスモス。そう言ってたよ。さだまさしさんが逆にコスモスを秋桜と書くのを最初にやったみたいな説ありましたよね。それで聞いているから。これとはちょっと食い違う」

    放送を聴いたときも、録音をこうして文字に起こして何回も読み直しても、このパーソナリティーが何にケチをつけて「逆に」と言っているのか、よくわからないのです。
    この情報を整理すると、コスモスの和名は「あきざくら」。
    「秋桜」と書いてコスモスと読ませた最初の人は、さだまさし。
    アナウンサーが読んでいる原稿も、パーソナリティーが「諸説ありだ」と言っていることも、同じ内容に思えるのです。

    このパーソナリティーは、何を言いたかったのでしょう?
    何かを誤解したのでしょうか?
    このパーソナリティーが?
    それとも私が?

    ラジオを長年、というより話芸を長年やっている人が、何かを聴き取り間違えたのではないか?
    「コスモス」という花の名前を広めたのがさだまさしだという説をアナウンサーが読んだと誤解したのでしょうか?
    その前までは人々はあの花を「あきざくら」と呼んでいたと聴き取り間違えて、いや、そんなことはない、と感じたのでしょうか。
    あるいは、「コスモス」という西洋の名称にさだまさしが「秋桜」という漢字を選んで充てたのであって、「あきざくら」という和名など存在しない、と言っているのか?

    そう悩みながらアナウンサーの原稿を読み直すと、そういう様ざまな解釈を招く隙がこの原稿にはあるのだと気づきます。

    誤解の分岐点は、
    「漢字で秋の桜と書いて、コスモス。そう読まれる方が多いかもしれません」
    「この漢字2文字でも『コスモス』という読み方が広まったのは」
    というところだと思います。
    ここに違和感を抱く人が多い。
    「コスモスと読まれる方が多いかもしれません」という言い方は、それは間違っていますよ、というニュアンスがあり、反論されやすい物言いなのでしょう。
    「コスモスと呼ばれる方が多いかもしれません」
    「『コスモス』という呼び名が広まったのは」
    と聞き間違える可能性も高く、そうなると意味が全く変わってしまうのです。
    自分が以前から思っていたことを否定されたように感じると、いや、それは諸説ありだ、自分の知っていることはこうだ、と主張したい気持ちにもなります。
    アナウンサーは、パーソナリティーよりもずっと若いので、いや、それは同じことなんじゃないですかと反論はしませんでした。
    1977年なんて生まれてもいないでしょうから、それ以前にあの花を「コスモス」と呼んだかどうか、「あきざくら」という和名が存在したかどうかなんて本人は知らないのですし。
    ああ、そうかもしれませんね、と受け流して先に進んでいきました。
    聞いている私は、取り残されて、朝からモヤモヤしてしまいました。

    ラジオだから?
    音声だから、情報が正確に伝わらないのだろうか?
    文字情報のほうが、確実なのか?

    しかし、そうとばかりも言えません。
    先日、北海道で大きな地震があり、それに伴って大規模な停電が起こりました。
    電力的には今も綱渡りの状態が続き、北海道では計画停電を実施する可能性もあるそうです。
    そうなると、「原子力発電所を動かしていればこんなことにならなかったのだ」という意見を口にする人もいます。
    北海道の泊原発は安全基準を満たしていないから、そもそも稼働できないそうですが、それはともかく。
    気になるのは、「泊原発」を「柏原発」とネットで書いている人がいること。
    「泊」と「柏」は文字としては似ています。
    肉筆の場合は、たまたま書き間違える可能性はあります。
    しかし、ネットで「柏原発」と打ち込むには、「かしわげんぱつ」と入力しないと無理です。
    つまり、最初から読み間違えていないと、この書き間違いは起こらない。
    そういう人たちにとって、北海道の原発は、その存在すら実は予備知識になく、むしろ原発といえば、新潟県の柏崎の原発のほうがまだしも名前の見覚えがあったのかもしれません。
    その連想もあって「かしわ原発」になってしまっているのでしょうか。

    そうした読み間違いや勘違いがなぜ訂正もされずその人の中でそのままになってしまうのか?
    ネットで「柏原発」と書いている人は、テレビやラジオでニュースを確認したことが一度もないからでしょうか?
    ネットでしか情報を得ていないのではないか?
    音声を伴う情報に触れないので、読み間違いが永遠に訂正されないのです。
    このように、文字情報だけの場合も、ある種の危うさがあります。

    昔、ネットにアクセスできない人を「情報弱者」と呼びました。
    今は、ネットでしか情報を得ない、新しい種類の情報弱者が生まれているのかもしれません。

    社会問題としてこれを論じているのではなく、私が気になるのは、やはり身近な話です。
    生徒は私の音声による解説をどこまで正確に聴き取ることができているのだろうか?
    私はどこまで正確に情報を伝達できているだろうか?

    また、生徒は、テキストに書いてある文字情報をどこまで正しく読めているのだろうか?

    相変わらず、
    「問題を読みましょう」
    「問題文に全部書いてあるよ」
    「設問を読みとばしたでしょう?大事な条件がここに書いてあるよ」
    と生徒に繰り返す日々ですが、問題文を読み取れないだけでなく、私のそうした音声による助言も情報として正確に聴き取れない子がもしいるとしたら、一体どうしたらよいのだろう?

    音声による情報も、文字による情報も、思っているよりも脆弱で、相手が誤解する可能性を常にはらんでいます。
    自分が何か誤解していないか。
    相手が何か誤解していないか。
    常にその可能性を探りながら、さらに細心の注意をもって情報の伝達をしていかなければ。
    改めてそう感じた秋の初めの朝でした。

    北海道だけでなく、大雨や台風の被災地もまだ苦しい毎日と思います。
    被害の様子を知る度、2011年を思い出します。
    心よりお見舞い申し上げます。
      


  • Posted by セギ at 13:27Comments(0)講師日記

    2018年09月10日

    9月22日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    9月8日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回の学習内容は、数Ⅱ「図形と方程式」の中の、直線の方程式です。

    直線の方程式の求め方は、中学2年の「1次関数」で学習しています。
    例えば、こんな問題。

    問題 点(6,-1)を通り、傾きが-1/2の直線を求めよ。

    まずは、中学生の解き方で解いてみましょう。
    直線の式は、1次関数です。
    1次関数の一般式は、y=ax+b。
    このaとbには具体的な数字が入り、個々の直線の式を表します。
    aは傾き。bは切片。
    今は傾きが-1/2とわかっていますので、a=-1/2です。
    これを一般式に代入して。
    y=-1/2x+b。
    ところで、点(6,-1)はこの直線上の点なのですから、この点のx座標とy座標は、上の式の関係を満たします。
    x=6、y=-1 を代入して、上の式が成り立つということです。
    では代入しましょう。
    -1=-1/2・6+b
    -3+b=-1
    b=2
    よって、求める直線の式は、 y=-1/2x+2 です。

    数学が苦手な子は、こういう問題の作業手順だけ覚える傾向があり、しかも、1つ1つ手順を踏まず、一気に全部代入して解く子も多いです。
    最初は意味がわかったうえでそうしていたのでしょうが、意味はたちまち後退し、単なる作業手順になります。
    「1次関数」が範囲の定期テストが終わってひと月も経てば、こんな基本問題も、どうやって解くのか曖昧になります。
    復習しようと自分のノートを見直しても、
    -1=-3+b
    という式から唐突に答案が始まっているので、何をどうしたのか、自分でもわからなくなってしまいます。

    また、応用問題を解くときに、同じ考え方を用いて、点の座標がわかれば直線の式を求められるという発想を持つことができず、座標平面と図形の問題は歯が立たない子も多くいます。
    手順だけになってしまい、意味がわかっていないからなのでしょう。
    「意味がわかるようにノートをとっておくといいよ」
    「代入は一気にやらず、まずy=-1/2x+bの式を立てて、それから点の座標を代入すると、後で意味がわかるよ」
    と繰り返し助言しますが、聞いてくれない子もいます。
    説明を聞いた直後なので、そのときは意味がわかるから大丈夫と思うのでしょうか。
    今はわかっても、明日はわからないかもしれないのに。
    記憶なんて、すぐに消えてしまいます。
    数字の操作は、意味を伴っていなければ記憶に残ることは少ないのです。

    意味がわかるように答案を作っていくこと。
    数学の記述答案で必要とされているのは、とりあえず、それです。
    どういう考え方で、何の定理や公式を用いて、どう解いているのかを示しながら解いていく。
    中学の間はある程度許されていますが、高校数学になると記述答案としての体裁が整っているかがより重要となります。
    数学の答案なのに日本語が多くなり、「何で式と答えだけじゃダメなんだろう?」と不満を感じる子もいると思います。
    しかし、1週間も経てば、自分の立てた式の意味さえ自分でわからなくなるのが高校数学の答案です。
    答案を読む採点者に、「式の意味はおまえが判読しろ」、「そして採点しろ」、「部分点くらいよこせ」、と言っても、そんなの無理です。
    ヒントをください。
    どういう考え方でその式を立てたのか、式の前に1行でいいから説明をください。
    そうすれば、たとえ誤答だとしても、全くの勘違いによる式なのか、代入ミスなのか、判断することができます。
    採点者が求めているのは、そういうことです。
    そして、それが記述答案の根本です。

    記述答案を書かねばならないと納得しても、今度はルールがわからない、ここはどう書くの、ここはどうするの、と不安になり、1行も書けない子がいますが、絶対の形式があるわけではありません。
    読む人の立場になって書くこと。
    それは、結局、時間が経過した後の自分が読んでも意味がわかるということ。
    ルールは、究極、それです。


    さて、問題に戻りましょう。
    問題 点(6,-1)を通り、傾き-1/2の直線の式を求めよ。

    高校数Ⅱは、これを一気に解く公式を学びます。
    点(x1,y1)を通り、傾きがmの直線の式は、
    y-y1=m(x-x1)

    この公式の証明は簡単です。
    求める直線の式を、
    y=mx+n ・・・➀
    と表します。
    この直線は、点(x1,y1)を通るのですから、
    y1=mx1+n ・・・➁
    が成り立ちます。
    ➀-➁をすると、
    y-y1=(mx+n)-(mx1+n)
    y-y1=mx-mx1
    y-y1=m(x-x1)
    これが公式です。

    点(6,-1)を通り、傾き-1/2の直線だから、
    y-(-1)=-1/2(x-6)
    y+1=-1/2x+3
    y=-1/2x+2

    ここで、公式のバージョンアップが行われたことになります。
    これがなかなか厄介で、中学時代の解き方を手放せない子が現れます。
    中学の解き方でも、この問題は解けますから。
    高校の公式を使えば秒殺の問題を、何だかあれこれ迷いながら、思い出しながら解いているので、何をしているのかなあとノートを覗くと、中学の解き方で解いている。
    そういう光景に何度も遭遇しました。

    本人にバージョンアップしたい気持ちがないわけではないのです。
    でも、公式が覚えられない。
    頭がパンパン。
    しかも、中学の頃は、この直線の式の求め方だけで授業は1~2時間使ったし、学校のワークもそれだけで2ページくらいぎっしり問題があって沢山練習できました。
    高校の授業は、新しい公式がさっと出てきて、スッとすぐに次の公式に進んでしまいます。
    高校から配られている問題集も、この公式の練習問題は小問が5~6問程度です。
    定着しないうちにスルスルと先に進んでしまいます。

    定期テスト前にまとめて丸暗記しよう、と思って先に進んでいくと、しかし、えらい目にあいます。
    その先、問題が複雑になったときに、学校の問題集の解説を読んでも、意味がわからないのです。
    解説が3行くらいすっ飛んでいるように感じるほど、何でこんな式が唐突に立てられているのか、意味がわからない。
    記述答案は意味がわかるように書けって言ったくせに、非常に詳しい模範答案であるはずの問題集の解説書が意味がわからないってどういうこと?

    ・・・・公式を覚えていないからです。

    応用問題の中で、基本公式の意味を逐一解説することはありません。
    点(6,-1)を通るから、
    くらいの1行しか書いてありません。
    それで記述答案としては十分です。
    それで意味がわからないのは、公式を覚えていない自分の責任となります。
    解説を読んでも意味がわからない場合の大半は、本人が公式を覚えていないことに原因があります。
    そして、高校数Ⅱはこれから、怒涛の公式ラッシュが始まります。
    数学が苦手だけれど、大学受験の都合などで、数Ⅱのマスターがどうしても必要な場合、独りで勉強するのが苦しいのはこの点です。
    公式の解説だけなら、塾に行かなくても、ネットに沢山解説が上がっていますし、動画もあります。
    しかし、学校の問題集の問題は、解説を読んでも意味がわからない。
    模試の問題も、解説を読んでも意味がわからない。
    ネットや動画の公式・定理の解説は理解できるけれど、実際の問題が解けない。
    そう感じたとき、独学はやめ、塾を頼ってください。
    どの公式を覚えていないから、その状態なのか。
    どこからつまずいているのか。
    それを自力で突き止めるのは難しいです。

    数Ⅱ「図形と方程式」がわからない高校生の多くは、中学の「関数」で既につまずいています。
    高校入試レベルの座標と図形の問題を自力で完答したことが一度もないまま、他の問題や他の教科でカバーして高校入試を突破した場合。
    内部進学で、そもそも高校入試を経験していない場合。
    点の座標と直線の式との関係など、根本が理解できていない可能性があります。
    なぜ点の座標を直線の式に代入できるのか、その根本がわかっていない子は沢山います。
    どうか塾を頼ってください。

    今回の授業で、公式はもう2本。
    点(x1,y1),(x2,y2)を通る直線の式は。
    y-y1=y1-y2/x1-x2 (x-x1)

    さらに、(a,0),(0,b)を通る直線の式は、
    x/a+y/b=1

    また、
    2直線が平行のとき、傾きは等しい。
    2直線が垂直のとき、傾きの積は-1。

    これも、今後も使用することが多い事柄です。


    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  9月22日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.48例題12の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。





      


  • Posted by セギ at 14:42Comments(0)大人のための講座

    2018年09月06日

    チェバの定理。


    数A「図形の性質」の学習、今回は、チェバの定理です。
    まずは、左の図が基本です。
    △ABCの内部に点Oをとります。
    各頂点から対辺に向けて、点Oを通る直線を引き、対辺との交点をE、F、Dとします。
    左図の線分AE、BF、CDがそれです。
    すなわち、点D、E、Fは、それぞれ辺AB、BC、CAを内分する点です。
    このとき、
    AD/DB ・ BE/EC ・ CF/FA = 1
    これがチェバの定理です。

    証明は簡単で、三角形の面積の比と線分の比を利用します。
    興味のある方は、ネットで検索するとすぐに証明が出てきます。

    高校レベルの定理にありがちですが、証明を理解して納得したところで、定理は覚えられないことが多いです。
    三角形の面積の公式など、公式が表しているものが求め方の意味そのものだった頃と比べ、公式と証明との間に乖離が生じるのが高校数学です。
    証明は証明として納得した後は、定理は定理で暗記すると良いでしょう。
    いえ、数学センス、図形センスが高度に発達した人の場合、このレベルでもなお、証明が理解できれば、公式は証明そのもの、意味そのものじゃん、暗記とかそういうことじゃないという感覚を抱きます。
    そういう人は「数学は暗記じゃない」と言います。
    一応、その人の言うことも聞いて、証明を理解した後、何も見ないで定理を復元できるか自分で試してみても良いですが、あ、ちょっと無理だなと感じたら、丸暗記したほうが良いと思います。

    「チェバの定理」の場合、暗記は簡単。
    まず、土台は△ABCであることを強く意識します。
    点A、B、Cが頂点です。
    それ以外の点は、交点とします。
    「分点」と呼ぶ人もいますが、同じことです。
    唱える呪文は、
    「頂点・交点・頂点・交点・頂点・交点・頂点」。
    始まりは必ず頂点です。
    そこから直接いける交点までが最初の分数の分子。
    その交点から次の頂点までが、その分母。
    その頂点から次の交点までが、次の分子。
    その交点から次の頂点までが、その分母。
    そうやって、頂点から交点へ、交点から頂点へと一周していくのが、チェバの定理です。
    上の左図では、頂点Aから始めていますが、これは頂点Bから始めても頂点Cから始めても同じことです。
    「AD、DB、・・・」と文字で暗記するのは混乱のもと。
    ざっくりと把握し、自由に活用できるようにしておきましょう。

    次に上の右の図。
    点Oが△ABCの外側にある場合です。
    同じように、各頂点から点Oを通る直線を引き、対辺あるいは対辺の延長との交点をE、F、Dとします。
    上の図のように、2つの交点は、外分点、1つは内分点となります。
    この場合も、チェバの定理は成り立ちます。
    上の右図にオレンジ色で書き込んである通り、
    「頂点・交点・頂点・交点・頂点・交点・頂点」
    の順番でひと筆書きでなぞり、最初の頂点に戻れば終了です。
    あくまで△ABCが土台。
    A、B、Cが頂点。
    外分点は交点です。
    それを強く意識すれば、間違えずに最初の頂点に戻ってこられます。
    これも、出発は点Aとは限らず、どの頂点から開始してもその頂点に戻ってこられるよう練習しておくと良いと思います。

    あとは代入とその後の計算の問題です。
    例えば、図のAD:DBの値を求める問題で、他の線分の比は既にわかっているとして。
    AD/DB ・ 1/2 ・ 4/5=1
    という式が立ったその後。
    2AD/5DB=1
    というところまで整理できて、その先で迷ってしまう人がいます。
    このとき、AD:DB=5:2 です。

    これもまた、なかなか納得できない人もいるようで、つまずきポイントです。
    小学校の頃から分数や比が苦手だったことが高校まで尾を引いている子は特に。
    本当に、小学校の算数は諦めずに理解しておいてください。
      


  • Posted by セギ at 13:30Comments(0)算数・数学

    2018年09月03日

    勉強に向いている性格。



    先日、ネット記事を眺めておりましたら、「性格の悪い子は成績も悪い」というタイトルの記事を見つけました。
    こういう記事は閲覧数を稼ぐためにキャッチーで過激なタイトルをつけるもので、記事の内容はそんなにひどいものではないのだろうと一応読んだら、内容もそのままだったので驚きました。

    大手の塾の経営者の発言をまとめた記事でした。
    いわく、大人の指導に素直に従う子は伸びる。
    大人の言うことを素直に聞けない子は、指導を無視して勝手なことをするので、間違った勉強をして、成績が上がらない。
    すなわち、性格の悪い子は、成績が悪いのだ。

    言っていることは、部分的にわからないこともないのです。
    しかし、この言い方・・・。
    「俺の言うことさえ聞いていればいいんだ。そうすれば、成績は上がる。成績が上がらないのは、俺の言うことを聞かないからだ」
    そうした呪いの言葉に思えます。
    これほど言葉はひどくないけれど、結局、自分も同じようなことを言ってしまっていないか、考え込んでしまいました。

    私が以前に勤めていた集団指導塾は、私が勤務した頃には地域密着型の穏やかで小さな学習塾でした。
    しかし、スパルタ式の教育で近隣に名を馳せ、教室をいくつも広げるほどに躍進していた時代があったと、昔から勤めている講師に聞いたことがあります。
    宿題をやってこない子に対しては、男女関係なく、皆の前でビンタをしたそうです。
    その恐怖と恥ずかしさを思えば、誰もが必死に宿題をやってくるようになります。
    必死に宿題をやれば、成績が上がる。
    成績が上がれば、保護者は満足。
    塾にクレームをつけません。
    「やり方が気に入らないなら、どうぞ退会してください。
    うちの塾に通っていれば、しかし、成績は上がるんですよ」
    そういう形で実績を上げた塾だったというのです。

    大人の言うことを聞かない子どもは多いですが、そういう子ほど、恐怖と暴力で支配すれば簡単に従うのも事実です。
    いえ、大人も、恐怖と暴力の支配から逃れられる人は少ないでしょう。
    歴史がそれを証明しています。
    だからこそ、私たちは、用心に用心を重ね、そうしたことが起こらないようにアンテナを張っていなければなりません。

    「性格の悪い子は、成績が悪い」
    この発言は、そうした暴力的支配が許されなくなった時代に、それでも子どもを従わせたい人の苦しまぎれの物言いに思えます。
    ここでいう「性格が悪い」は、指導者にとって都合の悪い性格という意味に過ぎません。
    「性格の良い子」というのは、指導者にとって都合の良い性格の子ということです。
    言うことを聞かない子をどのように説得し、効果的な学習方法を伝えるか。
    そこで勝負しないで、子どもの性格のせいにしてどうするんだろう・・・。


    この夏、教室の入っているビルは大規模な外壁工事が行われました。
    通路も教室のドアも塗り替えられてピカピカです。
    4年前、今回ほどの規模ではないですが、ある土曜日、通路の床に防水加工の工事が行われたことがありました。
    しかし、うちの塾は土曜日も営業しています。
    業者の人と相談の結果、エレベーターからうちの教室の前まで養生をしてくれて、そこを通って教室に入れるようになりました。
    私は保護者にメールで連絡しました。
    「本日、うちの教室前の通路は塗装工事が行われております。エレベーターから教室の入口まで、養生してあるところを歩いてきてください」
    これで大丈夫でしょう。

    ところが、ここで不測の事態が発生しました。
    そのメールの内容をお母様から伝えられた生徒は、外階段からやってきてしまったのです。
    ('_')

    「エレベーターから教室入口まで、かなり歩きにくい状態になっているようだ」
    というふうに情報を読んで、
    「じゃあ、階段からなら、歩けるんじゃないか」
    という発想になったのでしょう。

    いやいやいや。
    「エレベーターから教室入口までなら、歩ける。他に歩ける道はない」
    というのが、私の伝えたかったことだったのですが。

    というよりも、そのとき、私の中に階段という発想はなかったのです。

    これは私の思考の癖なのかもしれません。
    業者さんに、
    「エレベーターから、この部屋の入口まで、通れるようにしますから」
    と言われれば、
    「なるほど、エレベーターからここまで、通れるのだな」
    と、そのまま受け止めます。
    「エレベーター」という言葉が思考のフックとなり、もうそれ以外の選択肢は念頭から消えます。
    相手が通れるようにしてくれている、その通りにやっていれば、間違いはない。
    はみ出す必要はない。

    そして、勉強をする上で、この考え方は楽だし、合理的なんです。
    解説を聞いて、あるいは解説を読んで、まずはその通りに再現する。
    その再現の正確さが、理解力。
    勉強する内容は、数千年の人類の叡智です。
    私の単なる思いつきが簡単に凌駕するわけがありません。
    現代科学の最善で最高の内容を教わっているのです。
    言われた通りに再現できることが、まず必要。

    とはいえ、
    「だから学校の秀才の考えることはつまらないんだ」
    と言われれば、それもその通りなのです。
    言われたことを言われた通りにやるのではなく、思ってもいなかった方向から発想できる人は、かっこいいですよね。
    少数のそういう人が文明を牽引し、そして、それを多くの秀才が再生して、世の中は進んでいくのだと思います。

    ただ、階段を使うという発想は、そういうユニークで魅力的なものなのかというと、そうではないように思います。
    それは、たとえ思いついても、総合的に判断して、自分で却下したほうがいいのです。
    階段を使えるのなら、最初からそういう誘導をします。
    階段の先は塗装直後で、一歩も先に進めなかったのです。

    相手が口にしないことを自分が思いつくと、思いついた途端に「それこそが最善」という思考の飛躍を起こす子がいるのではないか。


    また別の子の話ですが、英語の「受動態」をなかなか理解できない中学2年生がかつていました。
    最初の授業では、正確に理解したのです。
    基本的に頭の回転の速い子で、その場では器用に身につけることができました。
    しかし、家で復習する習慣がなく、宿題は、次の塾の日の直前に慌ててやってくる子でした。
    1週間経ってからでは、たいていのことは頭から抜け落ちています。
    宿題は間違いが多く、そうなると混乱し、わかったはずのことがわからなくなっていくようでした。
    1週間、また1週間、むしろ、どんどん「受動態」がわからなくなっていくのです。
    とうとう、簡単な穴埋め問題も解けなくなってしまいました。

    問題 次の空所に適切な語を補いなさい。
    (1) その歌は若い人たちに愛されている。
     The song (  )(   )among young people.
    (2) この本は10年前に書かれた。
     This book (  )(   )ten years ago.

    こういった、ごく簡単な穴埋め問題です。
    (1)の答えは、is loved
    (2)の答えは、was written
    be動詞と過去分詞を空所に埋めるだけの、受動態のテストとしては何のひねりもない基本問題でしたが、全問不正解でした。
    そこに全て過去分詞とbyを入れていたのです。
    (1)は、loved by
    (2)は、written by  と。

    「・・・・・・何で、by?」
    「だって、受動態は、必ずbyを使うし」
    と、その子は言いました。
    「・・・・・・そんなふうに教わった?」
    「自分で気がついたよ。頭いいー」
    「受動態かどうかは、動詞の形で決まるんだよ」
    「だって、byを使うでしょう?」
    「使わない受動態は、たくさんあるよ」
    「えー?なんでー?」

    ・・・・・教わったことを教わった通りに再生していれば、早いのになあ。
    なんで、別のルールを自分で見つけてしまうのかなあ。

    しかし、それは思考の癖のようなもので、
    「なぜ?」
    と問われても自分で説明できないし、
    「そのような考え方はやめなさい」
    と言われても、やめられるものでもないのでしょう。

    何か1つの情報を与えられたときに、いくつもの選択肢を発想すること自体は、むしろ良いことです。
    問題は、その選択肢のうち、妥当ではないものを消去する判断力をもつこと。
    「自分の思いついたことだから、正しい」
    というバイアスがかからない総合的な視野を持つこと。

    でも、子どもに総合的な視野を求めても難しい。
    総合的な視野に乏しいから、それを身につけるために勉強しているんです。

    結局、「A」と言われたときに「B」の発想をし、それに沿って問題を解決しようとしてしまうのは思考の癖です。
    性格が良いとか悪いとか、そういうことでなく、思考の癖。行動の癖。
    良い勉強法を教わっても、聞き流して、実行しない。
    これだけは覚えなさいと言われても、覚えない。
    「A」の提案に対して、常に「B」という案を本人は思いつき、大人の言う通りにすることに意味を感じない。
    ピントがズレている間は成績向上の邪魔になりますが、ピントが合えば大きな潜在能力かもしれません。

    この子の性格にあった勉強のやり方は、どういうものだろう?
    どう説明すれば「A」と教えたときに「B」と発想せず、「A」のまま伝えることができるのだろう?
    そのように考えていくのが建設的だと思うんです。
    「性格が悪い」と子どもをなじって自分の責任を回避するよりも。
      


  • Posted by セギ at 16:25Comments(0)講師日記

    2018年08月29日

    不定詞の学習。中学3年レベル。形式主語を用いる用法。


    不定詞は、to+動詞の原形。
    中学2年で初めて不定詞を学習しますが、それで終わりではなく、中3でも新たな内容を学習することになります。
    まずは、副詞的用法がもう1つ増えます。
    中2で習う副詞的用法は、「~するために」という動作の目的を表すもの1種類だけでした。
    中3では、これにもう1つ加わります。
    感情の原因を表す不定詞です。

    I'm glad to see you.

    中1の初め、あるいは小学校の英語でも、挨拶の言葉として習っていたこの文が、感情の原因を表す不定詞の文です。
    I'm glad と感情が示され、その原因がその後に不定詞で示されます。
    「私は、あなたに会えて嬉しい」

    I'm sorry to hear that.
    この文の直訳は、「私はそれを聞いて残念です」。

    とにかく、感情を語った後に不定詞があれば、それは感情の原因の不定詞。
    不定詞の部分しか見ないで、他の不定詞と区別がつかず、
    「わからない。わからない」
    という子がいますが、不定詞の見た目は全部同じですから、その前で感情を語っているかどうかだけに着目すれば良いのです。
    見分けのコツがそこだとわかれば、簡単です。

    中3内容の不定詞。
    いよいよここからが本格的学習。
    大きく分けて3つの内容があります。

    まずは、形式主語 it を用いた文の真の主語としての不定詞。

    It is difficult to speak English.
    英語を話すことは難しい。

    これは、名詞的用法の不定詞です。
    元の形は、
    To speak English is difficult.
    英語を話すことは難しい。

    これはこれで文法的には正しい英語ですが、ちょっと頭でっかちな印象があります。
    主語が長いのです。
    上の例文程度なら長いといってもまあそれほどでもないですが、もっともっと長い主語の場合もあります。
    結論がどんどん先送りにされている印象で、何が言いたいのかよくわからず、イライラします。
    スパンと結論を語ってから、詳細を肉付けしてほしい。
    そのほうがわかりやすい。
    そういうことから生まれた文の形です。

    It is difficult とまず言い切ってくれるので、「ああ、何かが難しいんだ」とわかります。
    で、何が難しいのだろうとさらに耳を傾けると、
    to speak English
    と言うので、ああ、英語を話すことが難しいのですね、と理解できます。
    わかりやすい構造の文です。

    むしろ、わかりにくいのは、何で英語の勉強をしているのに、「英語を話すのは難しい」という例文を用いるのかということかもしれません。
    これは本当によく見る例文なのです。
    何の呪い?どういう刷り込み?

    しかし、この例文、

    It is easy to speak English.

    だと、むしろ文の内容が気になって文法の説明が耳に入らなくなる子がいるので、difficult で良いようです。
    「簡単じゃねえよ!」
    と、文へのツッコミに必死になってしまう子がいるんです。
    こんなほんのちょっとしたことでわからなくなってしまう子もいるので、例文の選定もデリケートな問題です。
    勉強が下手な子は、他人の話を聞くことがそもそも下手な場合が多いです。
    他人の話を聞くのが下手ということは、聞くポイントがズレていて、聞いた話の多くを誤解してしまうということ。
    その誤解の集積が、その子の頭の中に詰まっているということ。
    勉強がわからないのは、誤解していることがとても多く、それが邪魔をして正しい理解を妨げている場合が多いのです。


    さて、上の文は一般論ですが、個人に絞ってこうしたことを語る場合もあります。
    「トムにとって、日本語を話すのは難しい」

    It is difficult for Tom to speak Japanese.

    誰にとってなのかを不定詞の直前に置きます。
    このfor Tom を「不定詞の意味上の主語」といいます。
    この不定詞の動作主、動作をする主体という意味です。
    speak Jpanese をするのは、Tom です。
    だから、この文は、
    「トムが日本語を話すのは難しい」
    と訳すこともできます。
    この訳し方は知っておいたほうが良いです。
    この日本語を英語に直しなさいという問題で、すんなり上の文が頭の中に浮かぶからです。

    この訳し方を知らないと、
    Tom is difficult to speak Japanese. 
    と誤った文を作ってしまうことがあるのです。
    「どっちだっていいんでしょう?じゃあ、1つしか覚えない」
    と、何でも省略した覚え方をしたがる子が陥りやすいミスです。

    問題が意地悪だと不満を口にする子がいます。
    日本語が英語の直訳になっていないから、英語に直せないというのです。
    しかし、日本語を英語的な構造に組み替えることも含めて英語力です。
    何かテーマを与えられて英文を書くとき、日本語として思い浮かぶことを英語的な構造で書いていくことが必要になります。
    その練習をしているのだと思いましょう。

    先程の誤った文がなぜ誤っているのかといえば、
    Tom is difficult
    ではないからです。
    この文をあえば訳せば「トムは気難しい」とでもなるでしょうか。
    しかし、言いたかったのは、トムが気難しいということではありません。
    英語を話すことが難しいのです。
    主語と補語との結びつきがおかしくなっています。

    公立の学校で中学3年で学ぶ形式主語 it と不定詞の学習内容はここまでですが、私立高校を受験する場合、この先の発展的内容も学習しておくと良いです。

    It was kind of Tom to help me.
    「トムは親切にも私を手伝ってくれた」

    この文は、of Tom が to help me の意味上の主語です。
    トムが私を手伝ってくれたのですから、動作の主体ですね。
    でも、なぜ for Tom ではなく、 of Tom なのでしょう?
    for と of との使い分けの基準は?

    It is difficult for Tom to speak English.
    It was kind of Tom to help me.

    これは、この文の補語である形容詞に理由があります。
    先程も確認しましたが、トムは difficult ではありません。
    しかし、下の文で、トムは、kind です。
    人の性質・状態を表す形容詞が使われている場合、不定詞の意味上の主語は、of Tom となるのです。
    下の文は、
    Tom was kind to help me.
    と書き換えることも可能です。
    Tom was kind enough to help me.
    という言い方もありますね。

    落ち着いて理解すれば何でもないことなのですが、こうした細則をしっかり理解して利用できるのは、中学生の段階では、やはり秀才に限られてきます。
    発展的な細かいところまでよく勉強しているかどうかを問いたい私立高校は、だから、このような出題をするのでしょう。

      


  • Posted by セギ at 11:46Comments(0)英語

    2018年08月25日

    9月8日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    8月25日(土)の大人ための数学教室は、延期となりました。
    次回は、9月8日(土)の予定です。

    さて、今回も授業は進まなかったので、数学こぼれ話などを。
    中学の数学には、私立中学や進学塾でしか扱わない発展的な公式や解法テクニックがあります。
    高校もそうで、普通の高校では授業では扱わない、あるいは扱っても「こんなのも一応あります」と紹介される程度で定期テストには出ない発展的な公式があります。
    でも、理系で大学受験をするのなら、覚えておいたほうがいいのです。
    今回は、そんな公式の話。
    例えば、こんな問題。

    問題 次の式を因数分解せよ。
    x3+y3-6xy+8

    うん?
    単純そうなのに、何か解きにくいですね?

    x3+y3-6xy+8
    =(x+y)(x2-xy+y2)-6xy+8

    ・・・・あれ?この先、進まない。
    では、xで括ってみましょうか。

    x3+y3-6xy+8
    =x(x2-6y)+y3+8
    =x(x2-6y)+(y+2)(y2-2y+4)

    ・・・・あれ?やっぱり共通因数が見つからない。
    うーん?

    実は、これ、発展的な公式を利用すれば、1行で因数分解は完成するのです。


    因数分解の公式は、中学3年生で学習するものは、以下の通りです。

    a2+2ab+b2=(a+b)2
    a2-2ab+b2=(a-b)2
    x2+(a+b)x+ab=(x+a)(x+b)
    a2-b2=(a+b)(a-b)

    高校1年、つまり数Ⅰで新しく学習するものは、

    acx2+(ad+bc)x+bd=(ax+b)(cx+d)

    いわゆる「たすきがけ」の公式です。
    さらに、本当は数Ⅱの学習内容とされているけれど、一緒に学習してしまおうということで、多くの高校は、以下の公式も高校1年で学習します。

    x3+y3=(x+y)(x2-xy+y2)
    x3-y3=(x-y)(x2+xy+y2)
    x3+3x2y+3xy2+y3=(x+y)3
    x3-3x2y+3xy2-y3=(x-y)3

    しかし、因数分解の公式は、他にもあります。
    発展的な重要公式として有名なのは、以下の2つ。

    a2+b2+c2+2ab+2bc+2ca=(a+b+c)2
    a3+b3+c3-3abc=(a+b+c)(a2+b2+c2-ab-bc-ca)

    上の問題に戻りましょう。
    x3+y3-6xy+8

    これは、公式の、
    a3+b3+c3-3abc=(a+b+c)(a2+b2+c2-ab-bc-ca)
    を利用できます。
    公式のaが上の問題でxにあたります。
    bがy。
    cが2。
    だから、-3abcは、-6xy。
    この問題は公式を利用すれば簡単に因数分解できる問題なのでした。

    x3+y3-6xy+8
    =(x+y+2)(x2+y2+4-xy-2y-2x)

    できたー。ヽ(^。^)ノ

    とは言え、こんなふうに、発展的な公式を知っているかどうかだけで明暗が定まる問題は、個人的には好みではありません。
    これでは単なる暗記物で、数学的思考なんか関係ないですもんね。

    では、こんな問題はどうでしょうか?

    問題 次の式を因数分解せよ。
    (x-y)3+(z-y)3-(x-2y+z)3

    これも、先ほど使ったのと同じ公式を利用できそうです。
    3番目の(  )の前のマイナスは、その(  )自体に-の符号がついているのだと思えば良いです。
    2乗ならプラスになってしまいますが、3乗なら、マイナスが活きてきます。
    すなわち、
    a3+b3-c3=(a+b-c)(a2+b2+c2-ab+bc+ca)-3abc
    という符号処理をほどこせば良いでしょう。

    とはいえ、この公式だと、最後に-3abcの部分がはみ出すので、因数分解は完成しないのでは?
    本当にこれを利用して良いのかな?
    ちょっと不安になってしまいます。
    特に後半の長い(   )の部分を書いていくのは大変そうで、これで解けないのならやりたくない作業です。
    しかし、ここでためらい、やらずに済ませてしまうと、この問題は解けません。
    無駄に思えても思考錯誤は必要。
    他に策があるわけでもないのなら、思いついた策を試してみることが大切。
    やってみましょう。

    (x-y)3+(z-y)3-(x-2y+z)3
    =(x-y+z-y-x+2y-z)(・・・・・・・

    ここまで書いて、気づくのです。
    最初の( )は、計算すると0になる!(''_'')
    0に何をかけても0なので、公式の( )(     )の部分は全部0になって消えます。
    だから、-3abcの部分だけが残るのです。

    =-3(x-y)(z-y)(x-2y+z)
    =3(x-y)(y-z)(x-2y+z)

    できたっ!ヽ(^。^)ノ
    こうなると、単に公式を知っているかどうかだけではなく、その公式を利用するかどうか決断を迫られるところにちょっとワクワクしますし、ごちゃごちゃした部分が一気に消える爽快感もあって好きなタイプの問題です。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  9月8日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.45例題8の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。




      


  • Posted by セギ at 11:23Comments(0)大人のための講座

    2018年08月23日

    三角形の五心。


    数A「図形の性質」の学習は、どういう問題が試験に出るか、ポイントを絞って勉強すると効果的です。
    しかし、まだ高校生くらいですと「自分がわからないところが試験に出る」という思い込みに惑わされてしまうことがあります。
    不安が勝ってしまうのでしょう。
    具体的には、三角形の五心で試験によく出るのは、外心・内心・重心の3つ。
    まずその3つを攻略し、まだ余力があるなら垂心や傍心の問題にも挑戦したら良いと思います。
    知識・理解を問う、語句の穴埋め問題で「垂心」「傍心」が出題されることは勿論あります。
    しかし、外心・内心・重心の問題が出ていないのに傍心が大問として出ることは、定期テストではまずないと考えて良いでしょう。

    生徒にそのように説明するのですが、それでも、
    「傍心がわからない」
    「垂心を教えて」
    「垂心か傍心の問題を解きたい」
    と、テスト直前、テスト対策をする大切な授業の日に本人が強く言うので、仕方なくそうした演習したこともありました。
    定期テストが終わってテストを見ると、やはり垂心・傍心の問題は出題されていませんでした。
    一方、必ず出ると予想された外心・内心・重心に関する典型題の出来はグダグダ。
    「外心や内心は自分で勉強できるから大丈夫」
    と本人は言っていたのですが。
    テスト前、最後の1回の授業を私の思うように使わせてくれたらと悔やむことは多いです。

    三角形の五心。
    学習して時間が経ってしまうと、定義もわからなくなっている人が大半ではないでしょうか。
    五心は、まずは定義の理解が重要です。
    三角形には、ある条件を満たす3本の直線が1点で交わるという不思議な性質があります。
    2直線は1点で交わるでしょうが、その交点を3本目の直線も必ず通るのですよ。
    偶然ではなく、必ず。
    よく考えたらとても不思議なことで、三角形というのは凄い図形なのです。


    まずは外心。
    三角形の3辺の垂直二等分線は1点で交わる。
    この点を三角形の外心という。
    外心は三角形の外接円の中心である。

    内心。
    三角形の3つの内角の二等分線は1点で交わる。
    この点を三角形の内心という。
    内心は三角形の内接円の中心である。

    重心。
    三角形の3つの中線は1点で交わり、その点で各中線は2:1に内分される。
    この点を三角形の重心という。

    垂心。
    三角形で、3つの頂点から対辺に引いた垂線は1点で交わる。
    この点を三角形の垂心という。

    傍心。
    三角形で、1つの内角の二等分線と他の2つの外角の二等分線は1点で交わる。
    この点を三角形の傍心という。
    傍心は1つの三角形について3つある。
    傍心は、三角形の傍接円の中心である。


    定義だけでも、傍心はわかりにくいですね。
    まず傍接円をイメージできれば、傍心も少しはイメージしやすくなります。
    三角形の3辺の両端を延長し、3本の直線としましょう。
    そして、その三角形の外側に、その3本全ての直線と接する円を描きます。
    1つの辺と他の2辺の延長線とで三方を囲まれた円が、円の外側に3つ描けます。
    それが傍接円です。
    その中心が傍心です。
    傍接円は、直線に接しているのですから、傍心と接点を結んだ線分は三角形の各直線に垂直です。
    すなわち、傍心から各直線に下した垂線が重要な役割を果たします。
    また、傍心と各頂点とを結んだ線分も、それぞれの内角や外角の二等分線なのですから重要です。
    この合計6本の線分が問題を解く鍵となります。
    傍心の問題が解けない原因の第一は、この6本の線分を引いていないことです。
    とにかくその6本を引くのが、問題を解く鍵です。
    6本の線分を引くと、合同な三角形、特に使い勝手の良い直角三角形がザクザク現れてくるのです。
    それで問題の構造が見えてきます。

    傍接円そのものは、描いても描かなくても大丈夫です。
    描くのは自由ですが、その線が濃すぎるとむしろ邪魔になります。
    きれいな円を描こうとして、デッサン的に、細かい線の集積のような太くて濃い円をぐりぐりと描いてしまうと特に邪魔です。
    円を描きたいときは、1本の線で薄く描きましょう。
    描かずに済むなら描かず、心の目で円を見ているほうが良い場合も多いです。

    傍心は、そんなにテストに出ません。
    数年前、センター試験の追試に出題されましたが、傍心の問題だと気づかずに解いた人が多いのではないかと思います。
    追試は、本試験よりも難しいので傍心が出ることもありますが、傍心だと気づかなくても解ける問題でした。

    定期テスト対策としては、自分がわからないことがテストに出る、という謎の怯えから脱却することが大切です。
    大学入試で多く扱われることが、高校の定期テストに出ます。
    外心・内心・重心の学習は怠りなく。
    それが十分できてから、垂心・傍心。
    「嫌い」
    「こんなの、わからない」
    と感情的な反発をしているのは時間の無駄ですから、定義と性質をしっかり理解し、易しい基本問題を解いて、自分が本当に理解しているか確認してから、応用問題に進むと良いと思います。
    学校の問題集を1回解くだけの勉強をしている人は、基本問題で間違えても復習せず、そのまま応用問題に突き進み、基本がわかっていないのですから当然応用問題が解けるわけがなく、
    「嫌い」
    「わからない」
    と感情的に反応しがちです。
    それでも基本の定義や性質を復習することはせず、
    「特に傍心がわからない」
    「わからない。わからない。わからない」
    とパニック状態のまま定期テストを受け、テストが返ってきて、
    「やっぱり図形は嫌い」
    というあまり有益ではない感想を口にして終わってしまいます。

    勉強のやり方を変えたほうがいいんじゃないかな?
    少しでもそういう反省に結びついたら、悪い結果のテストも意味があると思うのです。

      


  • Posted by セギ at 10:49Comments(0)算数・数学

    2018年08月17日

    英語学習と映画 ノッティングヒルの恋人


    このお盆休みは、前半はゲリラ雷雨が凄まじく、大気不安定。
    後半は晴れてはいるものの風が強く、結局、部屋で映画三昧の毎日でした。
    新しい映画ではなく、手元にある古い映画のDVDを見直していました。
    そうして、以前、とりつかれたように1つの映画を繰り返し見て、英語がそれ以前と比べて格段に聴き取りやすくなった頃のことを思い出していました。

    私が長年教えているのは中高生に向けての受験英語で、つまりは英語の入試問題をどう攻略するかを指導するのが仕事です。
    この仕事を始めた頃は今とは随分事情が違い、長文読解は論説文と同じくらい小説も多く、今よりも英文としては難解で、一方、リスニングは今よりずっと簡単でした。
    しかし、時代は変わり、入試問題は難解な小説よりも平易で実用的な文章を速読して内容を理解することが主流となり、一方、リスニング問題はボリュームが増え難度も上がっていきました。

    仕事を続けていくためには、自分の能力を時代に即してバージョンアップしていかねばなりません。
    私はCD付きの単語集やNHKのラジオ講座などでリスニング学習を続けました。
    それは十分に効果があり、生徒にも勧めています。
    しかし、塾講師としての立場からは特に勧めないけれど、劇的にリスニング力の上がる方法もあります。

    1つは、英語の歌詞の音楽。
    ただ、私が良いと思うものを生徒に勧めても意味がありません。
    生徒はそれを「音楽」として勧められたと誤解するからです。
    だから、つきあいのいい生徒でも、1回試しに聴くくらいのことしかしないでしょう。
    しかし、1回や2回聴いたところで効果はありません。
    100回、200回のリピートで初めて結果が表れます。
    好きでもない音楽をそんなに聴けないですよね。

    自分が本当に好きで、早口なのに発音が明瞭な英語の歌詞の音楽。
    これは、そうしたものに出会えたときに、初めて可能な学習方法です。
    私の場合は、エミネムでした。
    抜粋した4曲ほどを延々と繰り返し聴いていました。
    これは好きじゃなければ不可能なことです。
    エミネムの歌詞は過激で、青少年の健全な育成に貢献するとはとても思えないので、生徒に勧めたことはありません。
    音楽的には、わかりやすくカッコいい。
    それでも、趣味というものがありますから、受け付けない人もいるでしょう。

    何百回でもリピートできる曲に出会った私は幸運だったのだと思います。
    早口で、しかも発音がクリアで、音がシャキシャキと耳に心地良い英語。
    それを自分の楽しみとして繰り返し聴くことができました。
    やたらとエミネムを聴き込んだ数日後、いつものように勉強のために英語のニュースを聴いたときの衝撃。
    時事英語が何だか間延びして聞こえるほど聴き取りやすくなっていたのです。
    センター試験のリスニング問題も、こんなに簡単なら有難いと感じる明瞭な聞こえ方に変わりました。

    それまでは、聴き取れるにしても、いわば、自分の脳の英語スイッチを入れて、さらに電圧を上げて、聴くぞ、聴くぞ、というふうにもっていかないと聴き取れなかった細部が楽に聴き取れたのです。
    効果は絶大でした。
    歌詞ではなく、意味でもなく、英語の音を音として聴き取れるようになったのは、エミネムからだったと思います。

    そこで1段階リスニングレベルが上がったところで、さらにもう1段階上がったのは、映画を英語で見るようになったことが大きかったと思います。
    英語字幕で、あるいは、字幕なしで映画を見るようになりました。
    映画俳優の英語は、エミネムより聴き取りにくいです。
    何しろ圧倒的な早口です。
    ナチュラルな英語って、本当に早口ですよね。
    しかも音が不明瞭です。
    ほぼ発音していないような音があります。
    前の単語の最後の音と、次の単語の最初の音がくっついています。
    で、その単語の最初の音と2番目の音との間にポーズがある。
    1つの単語の途中にむしろ音の隙間があるのです。
    ニュース英語や原稿を読んでいる英語、ラジオ講座の英語のように、聴き取らせるための英語とは次元が違います。

    そのときどきで集中して見た映画は色々ありましたが、一番繰り返し見たのは、『ノッティングヒルの恋人』。
    これは、日本語対訳付きの脚本集も買いました。
    脚本を読む。
    字幕なしで映画を見る。
    また脚本を読む。
    字幕なしで映画を見る。
    その繰り返しで、50回は見たと思います。
    そうすると、それまで聴き取れなかった音が聴き取れるようになっていきました。

    ここからは、ネタバレを含みますので、『ノッティングヒルの恋人』をこれから見ようと思っている人は読まないほうがいいです。
    20年も前の映画なので、もうそんなのどうだっていいかもしれませんが。
    そういえば、今年、ネタバレは絶対にダメということも含めて評判になっている日本映画がありますが、それに関して、あるラジオパーソナリティーが、
    「『猿の惑星』のDVDのパッケージに自由の女神を描くくらいにダメなこと」
    と言っていました。
    うーん、それは絶対にダメだ。
    絶対にダメなことの比喩として、私も使おう。

    話がそれました。
    『ノッティングヒルの恋人』の中でも好きなシーン。
    主人公ウイリアムが、ハリウッド女優アナ・スコットに、新作映画についてインタビューをするはめになり、さらには共演者の少女にもインタビューするシーン。

    ウイリアム  Is this your first film?
    少女     No. It's my 22nd.
    ウィリアム  Of course it is. Any favourites among the 22?
    少女     Working with Leonardo.
    ウィリアム  Da Vinci?
    少女     Di Caprio.
    ウィリアム  Of course. And is he your favourite Italian film director?

    この、最後のセリフのItalian の「イ」の音が、最初は全く聴き取れなくて、
    「このイを発音してないよね、ヒュー・グラント?」
    と詰問したいくらいだったのですが、この「イ」は、その前のfavouriteの語尾とほとんど同時に発音されていて、1拍おいて「タ」が発音されるというからくりに気づいて愕然としました。
    これが英語のリエゾン。
    そんなの聴き取れるわけがない。
    しかし、そのからくりがわかると、「イ」が聞こえるようになっていきました。
    英語が聴き取れないというのはこういうことだという仕組みもわかってきました。
    映画の脚本なんて、内容は中学英語です。
    仮定法が使われていることを考えても、せいぜい高校1年の英語。
    でも、易しい英語であるにも関わらず聴き取れないのは、日本人が予測している単語として音が聞こえてこないからです。
    リエゾンと妙な隙間。
    そのからくりと音に慣れることが必要です。

    そうして、聴き取れない音を聴き取るようにしておよそ50回も同じ映画を見た後。
    英検1級のリスニング問題がクリアに聴こえるのに愕然としました。
    聴かせようと努力してくれている人の英語はこんなにも聴き取りやすい。
    英語学習らしい英語学習も必要なのですが、回り道の娯楽が実は近道なこともあるのでしょう。

    『ノッティングヒルの恋人』は、小道具や伏線の1つ1つが回収されていくのが気持ちよく楽しい映画です。
    その分、セリフを聞き逃したり、セリフの意味がわからなかったりすると面白さが半減します。

    例えば、ウィリアムが同居人スパイクと屋上で会話しているシーン。
     
    スパイク  There's something wrong with the goggles.
    ウィリアム No,they were prescription, so I could see all the fish properly.

    このゴーグルに度が入っていることは、この後に活きてくるのですが、prescription という単語は他と比べて難度が高く、文字で見ても私は意味がわかりませんでした。 
    英語圏の一般の人にもやや難しい単語なのか、魚がはっきり見えると説明して補強しているところに脚本の工夫を感じたりもします。

    ハリウッド女優アナがウィリアムの家の屋上でセリフの練習をした後、ウィリアムに感想を求めるシーンも好きです。

    アナ     What do you think?
    ウィリアム Gripping. It's not Jane Austen, it's not Henry James, but it's gripping.

    この映画の監督は、ジェーン・オースティン原作の映画で英国アカデミー賞を取った人で、そういう楽屋落ちもあるのかもしれません。

    アナ     You think I should do Henry James instead?
    ウィリアム I'm sure you'd be great in Henry James.
     
    と、ワクワクした早口で言うウィリアム。かなり文学が好きな様子。
    でも、アナの仕事を否定しません。

    アナ     They would never say 'Inform the Pentagon that we need black star cover'.
    ウィリアム And I think the book is the poorer for it.

    核戦争から世界を守る近未来の将校役で映画に出演するアナは、文芸作品なら「ブラックスターカバーが必要だとペンタゴンに知らせて」なんて言わないわよねと自嘲するのですが、ウィリアムは、文芸作品のほうが、だからそれだけ内容が乏しいんだよとジョークで和ませます。
    二人の気持ちが通う良いシーンですし、これが、その後、二人は別れたのに、アナはヘンリー・ジェームズ原作の映画に出演することを選ぶという展開につながっていきます。

    主演の二人も良いですが、50回も見ると、もう主演なんかほとんど見ていなくて、セリフを聴いている他は、ちょい役の役者さんたちの芝居に見入っていました。
    今回、久しぶりに見直しても、そうでした。
    ウィリアムの友人たちや妹ではなく、もっともっと脇役。
    例えば、ハリウッド女優アナの広報の人らしいのですが、日本人から見てほぼマネージャー的役割の、いかにも仕事が出来そうなアメリカ女性。
    一応、カレンという役名があります。
    ウィリアムが、アナ・スコットの新作映画に関するインタビューの場に紛れ込んでしまったときに、重要な役割を果たす女性です。
    映画に対する予備知識もないのに何人もの俳優にインタビューし、消耗して部屋から出てきたウィリアムに、
    Do you have a minute?
    と軽快に問いかけ、ウィリアムが疲れ果てて「No」と答えると、眉を寄せるものの従わせていく芝居。
    アナの意向に添い、おそらく二人の関係も汲み取っているドアの開け方と表情。

    あるいは、ウィリアムの家の前に集まる記者たちからアナを庇って車に導くときの、ドアが開いたその一瞬の表情。

    アナがヘンリー・ジェームズ原作の映画のロケをしているときにウィリアムに快活に声をかけるのもカレンでした。
    カレンは、アナの近くでアナとウィリアムの恋を知っていた唯一の人物なのかもしれません。

    もう1人好きな脇役さんは、最後のヤマ場、アナの記者会見の場面で、アナに2回同じ質問をする記者、ドミニク。
    1回目の質問は、
    How much longer are you staying in UK then?
    2回目、同じ質問をするよう請われて、
    How long are you intending to stay here in Britain?
    と言っています。
    これ、最初のうちは、Britainがほとんど「ブ」としか聴き取れなかったのですが、今は聞こえるなあと感慨深いです。
    それはともかく、映画は、この2度目の質問へのアナの返答でようやく記者たちは何が起こったか気づいて大団円となります。
    このドミニクは、記者の中でも最初にそれに気づいたという設定なのでしょう。
    アナの返事を書き留めながら、もう微笑んでいます。
    それから、自分の質問がそういうふうにおしゃれに使われたことが嬉しいのもあってか、相好を崩してウィリアムに近づいていきます。
    その芝居が上手い。
    ドミニクは、この後、うきうきと長文の署名記事を書くだろうね、と思ってしまいます。

    事の次第に気づいた2人目の男性記者の表情。
    3人目の女性記者の表情。
    上品そうな人たちで、ゴシップ誌ではなく、権威ある映画雑誌の記者なのでしょうか。
    このあたりはアップになっていますから、説得力のある芝居なのは当然なのですが、それ以外の記者たちも、それぞれ芝居をしています。
    His name was Thacker.
    と、ご親切にウィリアムに教えた記者の表情もいい。
    ウィリアムをじっと見ているくせに、彼こそがMr Thacker だと気づいていない。
    やはり、ウィリアムがかつて言った、
    Today's newspapers will be lining tomorrow's waste bins.
    今日の新聞は、明日にはゴミになる。
    という言葉のほうが真実ではないかと思わせてくれる演技です。
    だけど、まぬけな記者というのでもなく、アナとドミニクとのやりとりを窺う表情の厳しさと、事実を悟って、うわっと表情が緩む様子がいいんです。
    ゴシップ誌の記者なんだろうなあ。
    仕事に真剣なのは素敵なことだ。

    ウィリアムの友人バーニーに突然キスされた若い女性記者は、その後もニコニコ笑ってバーニーに話しかけていましたから、良いサイドストーリーを聴き取って独自の記事にするかもしれません。
    お手柄だね。

    そんなことを色々考えるのも、同じ映画を50回も見たからこそ。

    『ノッティングヒルの恋人』を見ろという話ではなく、こんなふうに、メインストーリーや主役の芝居に興味がなくなって脇役ばかりに目がいくくらいに繰り返し同じ映画を見ると、英語が聞き取れるようになりますよ、という話。
    私の『ノッティングヒルの恋人』は、他の人にとっては全く別の映画だろうと思います。

    短大の英文科だと思いますが、半年かけて『ノッティングヒルの恋人』の映像を繰り返し見て音声を聴いて脚本を読み込む授業を受けた人の感想をネットで読んだこともあります。
    試験は、脚本をほぼ暗記して受けたそうで、懐かしい思い出になっているようです。
    確かに、授業の素材に選ぶ先生がいるのも頷けます。
    SF大作やアクション映画よりも、セリフの駆け引きが面白い映画のほうが英語学習に向いているでしょう。

    お盆休みのせいか、ちょっと普段と違う内容になってしまいました。

    いやあ、映画って本当にいいものですね。(^-^;
      


  • Posted by セギ at 18:19Comments(0)英語