たまりば

  地域と私・始めの一歩塾 地域と私・始めの一歩塾  三鷹市 三鷹市

お知らせ

2020年02月24日

景信山南東尾根から高尾山を歩きました。2020年2月。



2020年2月23日(日)、景信山から高尾山を歩きました。
高尾山ビジターセンターが、ハナネコノメが1輪2輪咲き始めましたとネットで伝えたのが前日の土曜日。
え?例年より2週間は早い。
今年は春が早いなあ。
ということで、早咲きのハナネコノメを見に、春の山歩きをしてきました。

三鷹発の中央特快で、JR高尾駅下車。
北口から小仏行きのバスに乗車しました。
いつもなら、日影で降りる人が沢山いるのに、今日はゼロ。
日影沢林道の復旧が待たれます。
終点の小仏で、ほぼ全員が下車しました。
まだ腰が本調子ではないので、速い人の迷惑にならないよう、ゆっくり支度をして、出発。
まずは舗装道路をバスが来た方向のまま、上っていきます。9:15。
日陰の沢沿いの道路から、だんだん高度を上げて日向の明るい道になってくると、右手に登山口。9:35。
すぐに上りが始まります。
いかにも里山めいた樹木の中の登山道から徐々に急な上り坂に。
眺望が開けてきても、まだ先は長い。
ベンチなどは設置されていないので、道幅が広くなり、手ごろな倒木を見つけると、そこに座って休憩。
この道を歩くのは久しぶりです。
何年か前、積雪のある日に来た記憶があります。
崖っぷち道がほとんどないので危険が少なく、雪山気分が楽しめ1日でした。

小下沢林道からの登山道との合流点。10:10。
小下沢林道へと下りていく道は、ロープが張られて侵入禁止となっていました。
ここまでくれば、あと少し。
道幅の広い登山道から、急な上り、そして、木段の道と頑張って、景信山山頂。10:30。
腰を庇ってゆっくり歩くと、全く息切れしないので、何の苦もなくここまで来ました。
上りだと、そんなに急ぐ人もいないので、後ろを気にしなくて済むのも助かります。
景信山からは、関東平野が見渡せました。
春霞で地平線はぼんやりしていました。
下の茶店に降りていくと、富士山がくっきり見えました。
前景に相模湖。
ここは、売店利用者優先席だけど、誰もいなかったので、ちょっとだけお邪魔して、そそくさと写真だけ撮影。

さて出発。
春になり、地面も柔らかくなったので、景信山からの急な下りも歩きやすいです。
とっとこ下りて行き、四辻。
ヤゴ沢コースへの侵入禁止を示す木がなくなっている・・・。
歩けるのかな?
初夏の頃に、歩いてみようかな。

そこからは下りの連続です。
土が乾いているのに柔らかい。
下りを歩くと、冬とは違う歩きやすさを実感します。

小仏峠。11:05。
小仏バス停へと下りていく道を封鎖するロープが外されていました。
先週開通したそうです。
少しずつ、台風で通れなくなった道が復旧していきます。

小仏峠からは、左手は緩く広い上り坂。
右手は、狭い木段道。
若いカップルが、その前に立ち止まり困惑していました。
春になると、高尾を歩くのが初めての若い人を見るようになります。
初々しいですね。
「・・・どちらを歩いても、途中で合流しますよ」
そう声をかけて、私は木段の道へ。
背後で、
「ありがとうございます!」
の声が聞こえました。

上っていくと、相模湖の見えるベンチ。
ここからも富士山がよく見えました。
今日は暖かいのに眺望がいいなあ。

さらにしばらく緩く坂を上り、そこからは、小仏城山へ向かう、木段と木の根の作る段差の急登。
ここのまき道は、今日も封鎖されていました。
ここのところ、コースを変えて奥高尾を歩いているけれど、結局ここを通るのは変わらないなあと思いながら、小仏城山到着。11:30。
晴美茶屋は本日お休み。
テーブルが1つ空いていたので、そこを借りて、本日もカップラーメンの昼食です。

食べ終わって、相模湖方面に少し下りていくと、芝生からは富士山の大きな姿が見えました。
写真に撮ると小さいのですが、肉眼では満足度の高い富士山です。
芝生にレジャーシートを敷いて、昼食中の人。
お昼寝の人。
ああ、良い日和です。

さて、そろそろ左のお尻が凝ってきたので、無理せずまき道から高尾山の真下へ。12:30。
ちょっとマッサージをして、出発。
まだ歩けるので、今日は6号路の琵琶滝コースを下ります。
去年の台風以来、ここを歩くのは初めてです。
トイレの分岐から右に曲がり、しばらく舗装された道を行き、ベンチの並ぶ広場から、木段の下り。
崖道を少し行くと、沢沿いの道の始まりです。
沢の中を飛び石を踏んで歩く道だったところが、台風でグチャグチャになり、今は沢の横を歩いていくようになりました。
あの大きな飛び石は、少し下流にまとまって並んでいました。
水の力でここまで押し流されたのでしょうか。
その先は、大体今までと同じで、しばらく歩きにくい道が続きます。
上ってくる人の多さに驚きました。
昔は、山に行くなら午前中に登るのが当たり前でした。
午後になってこの道を登ってくるのは、ヤンキー風味のグループくらいなものでした。
今は6号路を昼から登るのも普通のことになっているようです。
ただ、やっぱり、服装や靴が山仕様ではない観光客ばかりです。
山慣れている人は、そんな行動はとらないのです。
高尾山は観光地だけれど、それでもやっぱり山だから。
琵琶滝コース登山口。13:55。

お目当てのハナネコノメも撮影できました。
私が撮影していると、若い女性グループが、
「あ、咲いてる。ずっと探して探して、ここまで来たんですー」
「撮影している人がいなかったら、気がつかなかったかも」
「ビジターセンターで訊いたら、まだ1輪しか咲いていない、と言われたし」
と話しかけてきました。
花の大きさは、2mmほど。
春を告げるこの花は、あまりにも小さいので、咲いている場所を知らないと見つけにくいのです。
早咲きが1輪2輪咲き始めたハナネコノメ。
見頃は来週と思います。

こことは別の、秘密の場所に咲くハナネコノメは、無事だろうか。
あの台風で株ごと流され、土に埋まっていないだろうか。
今は、林道が封鎖され、行くこともできないけれど。
心の中で、秘密の場所のハナネコノメを思いながら、高尾山口駅へと向かいました。

  


  • Posted by セギ at 14:12Comments(0)

    2020年02月19日

    高校数Ⅱ「式と証明」。剰余の定理と組立除法。


    さてこの学習は、3次式以上の方程式、すなわち「高次方程式」を解くことが目標です。
    そのためには、高次方程式を因数分解することが必要です。

    2次方程式は、因数分解すれば解けました。
    例えば、
    x2-x-2=0 
    という2次方程式は、
    (x-2)(x+1)=0
    と因数分解できます。

    かけ算で答えが0になるということは、少なくとも一方は0です。
    すなわち、x-2=0、またはx+1=0
    よって、
    x=2,-1 
    という解を得ることができます。

    同様に、例えば、ある3次式が、
    (x-1)(x-2)(x+4)=0
    と因数分解されるならば、その解は、
    x=1,2,-4
    です。

    あるいは、
    (x+1)(x2+5x+20)=0
    という形まで因数分解できれば、
    最初の( )からx=-1。
    後の( )は解の公式で解いて、2つの解を得ることができるでしょう。

    目標は、そういうことができるようになることです。
    では、どうすれば、3次以上の式を因数分解できるのでしょうか?
    そこに向かって学習は進んでいきます。

    多項式を余りなく因数分解したい。
    ( )( )という形にくくりたい。
    そのために、まずは3次式÷1次式の余りの性質について考えていきます。

    ここで登場するのが、「剰余の定理」です。

    f(x)=ax3+bx2+cx+d を x-α で割った商が px2+qx+rで、あまりがRだとします。
    これは、
    f(x)=(x-α)(px2+qx+r)+R
    と書き表すことができます。

    使っている考え方は、小学校で勉強する、わり算の検算の式です。
    わられる数=わる数×商+余り
    という式です。
    小学校で学習したことなのに、覚えていない人の多い式です。
    中学時代に方程式の利用で用いましたし、数A「整数の性質」でも利用しましたので、もうさすがに覚えているでしょうか。

    ただ、公式としては覚えているけれど、なぜ、「わる数×商+余り」がわられる数に戻るのか、理屈が理解できない、何も実感がないとなると少し心配ではあります。
    かけ算とわり算との関係を小学生の頃に学びそこねた可能性があるのです。
    算数・数学が得意な人は、わり算の逆の作業がかけ算であることは、いちいち教わらなくても計算している課程で実感として理解しているのですが、小学生の頃にそのように頭を働かしたことが一度もない人は、この公式を実感できません。
    丸暗記するしかなく、何度覚えてもまた忘れてしまうようなのです。
    わる数に商をかけて、余りを足したら、もとの数に戻る。
    そんなことは、説明するまでもない自明の理。
    そのように実感できる人も多いのですが、全く理解できない人もまた多いのです。
    頭の中に数理の体系のある人と、暗記した作業手順だけがある人との違いとも言えます。

    小学生の頃に、算数の色々なことを実感で理解できず、作業手順を丸暗記するだけだった人は、高校数学を理解するのに多くの困難を伴うことになります。
    また、中学で学習した(  )(  )という書き方が、(  )×(  )という意味であることを忘れている、気づいていない、という高校生もいます。
    (x+2)(x+3) を計算しなさい、といった問題を解くことはできますが、それは何も考えずに作業をしているだけで、(x+2)×(x+3) ということをやっているのだと、知らないのです。
    わかっていないのに、作業手順だけで解いています。
    土台がこのようにフワフワした状態だったり、いくつか抜けてスカスカだったりするところに、強引に高校数学の内容を乗せていくので、積載量を超えると、一気に崩れ落ちます。

    本当に、今学んでいることだけが理解できないのなら、わかりやすく解説すれば疑問が解けるのですが、解説すればするほど、その背後にわかっていないことが幾層にもあり、教えていて呆然とすることがあります。
    大元をたどれば、小学生の頃の本人の学び方の癖、習慣にたどりついてしまいます。
    小学生の頃、意味を説明されても、聞いていなかった可能性が高いのです。
    興味がなかったのでしょう。
    結論さえわかれば、それでいい。
    細かい説明は、右の耳から左の耳へ。
    意味よりも、やり方だけ知りたい。
    やり方だけ教えて。
    覚えるから。
    そういう学習を小学校の低学年の頃からずっと続けてきた子が、高校数学を学ぶと、作業手順が複雑で覚えられなくなり、「意味がわからない」とこぼすようになります。
    本当は、もっとずっと前から、意味はわかっていなかったのです。
    最初の最初、算数にまでさかのぼらないと、意味のわかる学習にたどりつけないことがあるのです。

    ただ、もう高校生なので、小学生のときには理解できなかったことも、今なら理解できるかもしれません。
    わり算の検算の式を、今こそ理解し、高校数学に生かしてください。

    剰余の定理に話を戻します。
    (x)=ax3+bx2+cx+d を x-α で割った商が px2+qx+rで、あまりがRだとします。
    これは、
    f(x)=(x-α)(px2+qx+r)+R
    と書き表すことができます。

    さて、ここに、x=αを代入してみましょう。
    すると、最初の( )内が(α-α)=0となります。
    0に何をかけても0ですので、
    (α-α)(pα2+qα+r)=0 となります。
    したがって、( )( )の部分は消えてしまい、
    f(α)=R 
    となります。
    多項式f(x)をx-αで割った余りは、f(α)、すなわち、もとの式にx=αを代入した数となる。
    これが剰余の定理です。
    この考え方が、高次方程式を因数分解するための基本です。
    まずは、剰余の定理に慣れるための練習問題を解いてみましょう。


    問題 f(x)=3x2-6x2+3x を x-3 で割った余りを求めよ。

    x-3で割るのですから、x=3を代入すれば良いですね。
    ここで、x=3か、x=-3か、符号がわからなくなる人がいます。
    f(x)=(x-3)(      )+・・・ という式を作りたいのだから、x-3=0 となるときのxの値、つまり x=3 だ、というところまで戻って考えれば、混乱を避けられます。

    f(3)=3・33-6・32+3・3
       =81-54+9
       =36
    余りは、36です。

    ところで、これでは余りしか求められませんが、商と余りと両方を求める方法はないでしょうか?
    勿論、真面目に筆算すれば良いのですが、もっと簡単な方法はないでしょうか?
    あるんです。
    それが組立除法です。

    まず、上の板書を見てください。
    読みにくいからと無視すると、この先の話は何もわからないので、我慢してご覧ください。
    ax3+bx2+cx+dをx-αで割った商がpx2+qx+r、あまりがRだったときの筆算を書いたものです。

    筆算するとき、まず ax3÷x を考えて商を立てます。
    今、その商が px2 と立ちました。
    ということは、aとpは、同じ数だということになります。
    すなわち、p=aが成り立ちます。
    次に、筆算では、立てた px2 という商と -α をかけたものを筆算で書き込み、bx2 との差を下に書いていきます。
    その係数は b-(-αp)=b+αp です。
    次の商で qx が立ったということは、q=b+αp が成り立ちます。
    同様に、r=c+αq 、R=d+αr が成り立ちます。
    すなわち、筆算しなくても、p=aですし、そこから芋づる式に、q、r、Rを求めていくことができます。
    それを図式化したのが、組み立て除法です。

    やり方自体は簡単なのですが、理解するまでに相当すったもんだするのが、この「組立除法」です。
    上の画像の後半は、その組立除法のやり方を示しています。
    まず、与えられた多項式の係数だけを書いていきます。
    ない次数の項があったら、忘れずに0も入れていきます。
    の横に、x-α で割る場合は、αを記入します。
    符号がわからなくなったらx-α=0となるときのxの値だと思い出してください。

     a  b  c  d   |α
               

    その下に1行分のスペースを開けて、下線を引いておきます。
    その下線の下に、まずは、aをそのまま下ろします。
    次に、bの下に、αaの値を記入します。
    bとαaの和を下線の下に記入します。それがqです。
    そのqとαの積をcの下に記入します。
    その値とcとの和を下線の下に記入します。それがrです。
    そのrとαとの積をdの下に記入します。
    その値とdとの和を下線の下に記入します。それがRです。
    下線の下に書かれた数値が、p、q、r、Rとなります。

    具体的な問題でやってみましょう。
    問題 x3-4x2+6x-7 をx-1 で割ったときの商と余りを求めよ。

    まず、与式の係数を書いていきましょう。

     1  -4  6  -7   |1

    次に、上の説明した通りの計算をしていきます。

     1 -4  6  -7    |1
        1 -3   3
     1 -3  3  -4

    よって、商は、x2-3x+3 、余りは-4です。

    いったん理解すれば、計算方法自体は簡単なのですが、こうやって書いていて、理解してもらえる自信がありません。
    実際に授業を受けてもらい、補助しながら演習すれば、何ということもないのですが。
    このように文字情報だけですと、何でもない前提でつまずいてしまい、わからないと感じる場合もあるかもしれません。
    どうしても個別指導を受けられない場合は、多くの具体的な計算の結果を見て、やり方を身につけるのが早道だと思います。
      


  • Posted by セギ at 14:14Comments(0)算数・数学

    2020年02月19日

    春期講習のお知らせ。2020年春。


    2020年度春期講習のご案内です。
    詳細は、授業時に書面をお渡しいたします。
    お申込み受付は、3月2日(月)からとなります。
    メールまたは申込書でお申込みください。
    なお、この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    外部生の募集もいたします。
    外部生の申込受付は、3月9日(月)からとなります。
    以下は、春期講習募集要項です。

    ◎期日
    3月26日(木)~4月4日(土) 
    ただし、日曜日は休校となります。

    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    ◎形式 
    完全1対1の個別指導となります。

    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数

    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎空きコマ状況  3月2日現在
    3月26日(木)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    3月27日(金)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    3月28日(土)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50
    3月30日(月)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    3月31日(火)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    4月1日(水)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    4月2日(木)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    4月3日(金)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    4月4日(土)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50
      


  • 2020年02月16日

    中学の英語のことを少し。



    中学入学をひかえた小学6年生はワクワクの季節が近づいてきました。
    一方、保護者の方は心配な季節。
    上手く中学生の生活にシフトできるかしら。
    勉強についていけるかしら。
    うちの教室でも、早めに中学の予習をという要請の入る時期です。

    ところで、今の小6は、果たして中学のことをどれくらい理解しているのでしょう?
    敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。

    口は達者だし、かなり反抗期も入ってるし、まあしっかりしているから大丈夫、と思っていると、この情報社会で、意外にカヤの外にいるのが、最近の子どもの特徴です。
    自分の知りたい情報しか得ようとしないので、勉強の情報があまり入ってこないのですね。
    勉強のことを話せる友達がいないという子が、案外多いのです。
    くだらないことは、話せるのですが。

    お兄さんお姉さんがいれば、その動きを見ていて、中学生活というものが大体わかっているのですが、ひとりっ子ですと、上からの情報も皆無。
    親は、そんなことは当然知っているだろうと思って説明しません。

    中学に定期テストというものが存在することを知らない子に会ったことがあります。
    「小学校だってテストはあるよ」
    センセイは、小学校にテストがあることも知らないの?みたいな顔で言い返してくる子でした。
    小学校のテストと同列で扱われても・・・。
    テストの紙質にまずびっくりする、というようなことがないと良いのですが。

    定期テストという名称は知っていても、その重要性をわかっていない子もいました。
    定期テストで成績の大半が決まるということを、知らなかったのです。
    科目ごとに5段階の数字でかっちり評価されるということを知りませんでした。
    「授業態度が良ければ、大丈夫でしょ?」
    と、どこかで聞き齧ったことを過大評価して言ったりします。
    「提出物が20点分あるって、学校の先生は言ってたよ」
    と、得意げに情報提供してくれる子もいました。
    しかし、近年、授業態度の悪い子などほとんど存在しません。
    提出物は、よほど意欲のない子や、物の管理が上手くできず教材やノートを紛失し、出したくても出せない子以外は全員が出します。
    出すのが前提なのです。
    しかし、学校のワークをテスト前に全部解いて提出するだけで物凄く努力している感覚のある子は、それで成績が上がる気がするようです。
    冷静に考えましょう。
    今の時代、授業態度の悪い子も、提出物を出さない子も、本当に少ないのです。

    では、結局、何で評価が分かれるのか?
    国・社・数・理・英の5教科は、定期テストの得点です。
    提出物を出し、授業態度で特に悪いところがないのを前提として。
    定期テストで90点以上取れば、大抵の場合「5」になります。
    定期テストで80点以上取れば、大抵の場合「4」になります。
    逆に、それより低くて「4」や「5」を望むのは、なかなか難しいのです。

    なお、音楽・美術・保健体育・技術家庭の4教科については、ペーパーテストよりも、実技と授業態度が評価を大きく左右します。
    こちらはむしろ、期末テストで満点を取ったところで「5」になる保証はありません。

    さらに、そうやって決定した成績を高校受験で使用するということを知らない子は多いです。
    「内申」というのは、各教科の「1」から「5」の評価から計算される数字です。
    そのことを知らず、内申とは担任の先生がその子についての評価を文章で書くものだけだと思っているのです。
    内申は、数値で出されるものがメインであることを知っておきましょう。
    都立高校の多くは、入試得点1000点満点のうち、300点が内申点です。
    国・社・数・理・英はそのまま、残る4教科は得点を2倍して、その合計65点満点を300点満点に換算したものが内申点です。

    極端な例ですと、中学に英語の定期テストがあることを知らない子もいました。
    小学校の外国語の授業では、簡単な英会話やゲームや歌ばかりやっていたので、「英語は遊びの時間なんだ」と思い込み、勉強だということがわかっていなかったのです。
    それは、英語との幸福な出会いですが、その思い込みが強すぎると、中学の英語の授業の雰囲気についていくことができません。
    中1の1学期の定期テストだけは易しいので何とか乗り切れても、その後、テストの度に得点が半減していきました。

    今後、小学校で英語が教科となりテストも行われることで多少は改善されると思いますが、小学校の英語のテストは書くことがメインではないので、そのことで新たな誤解が生まれる可能性もあります。
    本当は、小学生の頃から、アルファベットや簡単な単語をどしどしテストするようにしたほうがいいと思います。
    中学1年生の教科書では、小学校で習っている単語は、もう知っているものとしてどんどん進むので、スペルを覚えなければならない単語の数が多いのです。
    また、そこをスルーするので、中2になっても中3になっても、数字や曜日・月名を英語で正しく書けない子も多いです。
    中学に入ってから何もかも一気に書くようになるので、そこで落ちこぼれてしまうのです。

    英単語のスペル練習など、地道な作業をすると、
    「こんなのは英語の勉強じゃない。思っていたのと違う」
    と感じ、つらくなってしまう子は今も多いです。
    国語の漢字練習や数学の計算練習に対しては、それなりに諦めの気持ちをもって取り組んでいても、英単語の練習は「つらい」「つまらない」という気持ちが先に立ってしまうようです。
    本人の中で、「英語は楽しいもの」という意識が強すぎるのでしょう。
    使用することが多い単語のスペルを正しく書けないことは、学年が上がるにつれて決定的な学力差となっていきます。
    中学・高校の英語において、ペーパーテストの比重は相変わらず高いです。
    書くことができないと、どうにもなりません。

    確かに、今は、読んだり書いたりするだけの英語で済む時代ではありません。
    リスニングもスピーキングも重要です。
    しかし、それは、書くことを軽視して良いということではないのです。
    テーマと語数を指定された英作文が、定期テストや入試に導入されています。
    書く力も、昔よりもずっと高いレベルで問われているのです。

    英語学習の準備としては、ローマ字の読み書きも、できないよりはできるほうが良いでしょう。
    何となくでいいですので、文字と音との対応がわかっているほうが、読むように書くことが身についていきます。
    そうではない場合、読み方がわからないまま、文字だけ覚えるような状態になることがあります。
    読み方が全くわからないのに、スペルだけ何とか覚えようとする子に、かつて出会ったことがあります。
    英語の成績は「1」に近い「2」でした。
    それは、乱数表を覚えるようなもの。
    そんなのは、さすがに無理でした。

    とはいえ、正式にフォニックスを学習するのも敷居が高いです。
    フォニックスというのは、英語の文字と発音との関係を学習する方法です。
    アメリカの小学校などでは広く行われていますが、それは、そもそもその英単語を知っているネイティブの小学生だから可能な教育なのではないかと感じます。
    日本の学校でも、中1にフォニックスを教えるところがあるのですが、生徒の多くは消化不良で終わるようです。
    a という文字はどんなときに「ア」と読み、どんなときに「エイ」と読むか?
    そういう細かいルールを列挙してあるのがフォニックスです。
    フォニックスが難しすぎて、自分は英語のルールがわからない、英語は無理だと思ってしまうようなのです。
    そうした悩みを抱えて、うちの教室に入ってきた子もいました。

    最初のうちは、そんなの大体でいいんです。
    大体この文字はこんな読み方をするみたい。
    でも、そうじゃないときもある。
    同じ文字に何通りか読み方があるようだ。
    それでいいと思います。

    漢字だって、色々な読み方があるじゃない?
    単語ごとに、読み方とスペルを覚えていこう。
    最初はそれでいいと思いますよ。
    そう励まし、フォニックスよりも文法や読解・リスニングに力を入れたら、その子の英語への苦手意識は薄らいでいきました。
    日本人は、最初はローマ字の読み方を知っておくくらいでちょうどいいんじゃないかと思います。

    大体の読み方がわかるようになって、高校生になったら、もう一度フォニックスのテキストを読み返してみると、驚くと思います。
    当たり前に感じることが書いてある。
    でも、発音問題によく出てくることなのにルールがわからずずっとモヤモヤしてきたことも書いてある。
    あれ?このテキスト、役に立つ?
    そう思えるようになります。

    発音記号も同様で、易しい英単語の読み方やスペルもおぼつかないうちから発音記号を覚えようとしても無理があります。
    しかし、発音記号がわかれば、文字を見ただけでその単語の音がわかるのも事実。
    高校生になっても発音記号が全く読めない子には、大体でいいから覚えたほうがいいよと促しています。



    中学に入学すると直面することに、「カタカナ英語で発音しないと周囲から浮く」という問題があります。
    周囲がカタカナ英語なので、自分もそれを真似し、同調しようとする、と言い換えても良いかもしれません。
    そんな、20世紀の片田舎でも起こらなかったことが、この21世紀の東京で起こることなのか?
    ・・・起こっています。
    公立中学の生徒の英語は、絶望的に発音が悪いことが多いのです。
    英語の成績は「4」または「5」ですが、not は「ノット」、got は「ゴット」、didn't は「デドント」、written は「リトン」と、私が中学の頃だってそんな発音をする子はいなかったが?と驚くようなカタカナ英語の子が多いのです。

    勿論、国語の教科書を音読するのにもかなりの努力が必要な学力の子が3分の1はいるだろうと想像されますから、まして英文となると、とにかく読むだけで精一杯で、発音など構っていられない、ということはあると思います。
    しかし、やろうと思えばもっと良い発音が出来る子も、カタカナ英語に同調する空気があるのではないか?
    そうでなければ、本来、私の世代よりもずっと耳が良く身体的な感覚の鋭敏な子たちが、あの発音で平気でいられるわけがありません。
    しかも、リスニングはよくできるのです。
    リスニングで聴く本物の英語と自分の発音との乖離に、気が付かないはずがないのです。
    ・・・考えられるのは、英語らしい発音をして周囲から浮き上がりたくない、という気持ちが強いのではないか、ということです。

    ただ、勿論、公立中学に通う子は、ネイティブの英語に触れる機会が少ないことは否定できません。
    学校にALTの先生が来たときに耳にする英語。
    普段の授業で、授業中に流されるCDの英語。
    それだけが、耳にする英語の全てである可能性はあります。
    個人的に努力しなければ、模範となるきれいな英語を耳にする機会が少ないのです。
    一方、私立の学校は、ネイティブの先生の英会話の授業があり、会話のテストのある学校も多いです。
    またはインターネットでの個別指導を全員が学校で受講するなど、英会話については充実している学校が多いのです。

    本物の英語に触れる機会が少ない。
    それを打破する方法の1つが、NHKのラジオ講座ですが、公立中学の子は、ラジオ講座の存在すら知らない子が多いです。
    私立に通う子は、ラジオ講座「基礎英語」もテスト範囲とする学校も多く、真面目な子は、毎日毎日、ネイティブの英語に触れています。
    ラジオ講座を聴く習慣を確立できず、ラジオ講座のテスト範囲の分だけごっそり得点を失う私立の子も多いですが、それは自業自得の面があります。
    公立の子たちが、ラジオ講座の存在を知らないために学習の機会を失っているのは、悲しい。
    公立の秀才の発音が、私立に通う普通の学力の子と比べてひどく悪いのは、胸が痛いです。

    光明もあります。
    都立高校入試に、数年後、英語のスピーキングが導入される予定です。
    入試に出るなら、正しい発音に向けて努力するのは当然のこと。
    全員カタカナ英語で足並みを揃える空気は一掃される可能性はあると思います。

    なお、公立中学出身の子も、それで終わりということはなく、高校進学後、秀才であればあるほど、発音は良くなっていきます。
    うちの教室でも、高校生に対しては、単語暗記を目的としてCDによる例文暗唱を繰り返します。
    それで発音やイントネーションが矯正され、劇的に発音が良くなる子は多いです。
    あまりにもあっさりと変わるので、あのカタカナ英語は、仕方なくやっていたことだったんだろうなあと想像したりもします。

      


  • Posted by セギ at 17:04Comments(0)講師日記英語

    2020年02月13日

    高校英語。比較表現。~すればするほど、ますます・・・。


    比較の重要表現。
    今回は、「~すればするほど、ますます・・・」という表現です。

    まずは例文を見てみましょう。

    The older my wife gets, the fatter she gets.
    私の妻は年を取ればとるほどますます太っていく。

    ・・・失礼な。
    それはともかく、この文の構造は、the 比較級+S・V, the 比較級+S・V です。
    「~すればするほど、ますます・・・・」と比例の意味を表します。
    比較級に the をつけること。倒置が起こること。
    それらを印象づけて覚えておきたい重要文です。

    少し文法的な説明をすれば、冒頭の the は「程度」を表し、後の the は、「その程度だけ」と照応する意味となります。
    しかし、さすがにこういう文法になると、そういうのが本当に好きで好きで、そういう話を聞いているだけでワクワクする人以外は、無視して良いと思います。
    こういう構造のものなんだ、と丸暗記して使うだけで大丈夫です。

    さらにいくつか例文を見て、構造を確認しておきましょう。

    The sooner you see a doctor, the better.
    医者に診てもらうのは、早ければ早いほど良い。

    この文は、後半がわかりきっているので省略されています。
    省略しなかったら、
    The sooner you see a doctor, the better it is.
    です。
    英語では、わかりきっている代名詞の主語と be 動詞は、省略される傾向がある。
    そうしたことを覚えておくと、理解しやすいと思います。

    The more we have, the more we want.
    多く持てば持つほど、ますます欲しくなる。

    これは、ことわざです。
    日本のことわざで、これと対応するのは何でしょうね。
    何かあると思うんですが。

    The higher a mountain is, the more people like to clime; the more dngerous the mountain is, the more they wish to conquer it.
    山が高ければ高いほど、人は登りたいと思い、その山が危険であればあるほど、人はそれを征服したいと願う。


    それでは、そろそろ問題演習を。

    問題 次の日本語を英語に直しなさい。
    時間があればあるほど、多くの仕事ができる。

    ここでやってしまいがちな誤答例。
    The more you have time, the more you can do work.
    英語の語順に関連して、句(意味のまとまり)ということが実感できていない人がやってしまいがちなミスです。
    正しくは、
    The more time you have, the more work you can do.
    です。

    これは、中学で「比較」の学習をしている頃からやりがちなミスです。
    例えば、「私は彼と同じくらい多くのCDを持っています」という意味の英文を作るときにも、
    I have books as many as he.
    としてしまいます。
    正しくは、
    I have as many books as he.
    なのですが、この語順が絶望的に定着しない人は案外多いのです。
    形容詞は補語として単独で使用される他に、名詞を修飾している場合があります。
    その場合は、形容詞+名詞は、1つの意味のまとまり(句)となっていますので、そこを引き離してはいけないのです。

    「比較級になるのは形容詞と副詞である」という文法事項も、聞くだけで嫌な顔をし、動詞に er をつけたりする人もいますので、文法アレルギーが引き起こすものは、英語学習が進むほど深刻です。
    「複合関係形容詞」みたいな文法用語を無理して覚えろとは言いませんから、少なくとも、名詞・動詞・形容詞・副詞だけは理解してください。
    それを理解しておくだけで、文法は随分わかりやすくなります。

    さて、次は書き換え問題。

    問題 次の2文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
    The more you study, the more you know.
    =( ) you study more and more, you know more.

    学べば学ぶほど、ますます多くを知る。
    この意味の文を作れば良いのですね。
    冒頭の( )は、位置から考えて、接続詞でしょう。
    「~するにつれて」という意味の接続詞を入れれば良いとわかります。
    答は、as です。

    The more you study, the more you know.
    =(As) you study more and more, you know more.

    これは、「比例の as 」と呼ばれるものです。
    as の意味の中でも忘れやすいものですので、注意が必要です。


      


  • Posted by セギ at 10:59Comments(0)英語

    2020年02月10日

    南高尾山稜を歩きました。2020年2月。


    2020年2月9日(日)、南高尾山稜を歩いてきました。

    前日、高尾のビジターセンターのサイトを見ると、南高尾山稜は現在、大洞山~大垂水峠間が通行不可となっていました。
    大垂水峠の歩道橋近くのあの崖っぷち道はもともと狭かったから、台風で登山道が崩落したのだろうと想像されます。
    台風直後に聞いた情報では、見晴らし台付近の登山道が崩落したということでしたが、そのような記載は今はないので、高尾山口駅から、大洞山までは行くことができるのでしょう。
    では、高尾山口から大洞山まで行って、中沢峠に戻って梅ノ木平に下山するというコースで歩いてみようかな?
    そのように計画して、出発しました。

    相変わらず腰痛があるので、今回は、腰に使い捨てカイロを貼って、高尾山口駅を出発。8:55。
    カイロは効果があり、お尻の凝りは昼頃まで穏やかでした。
    とはいえ、腰の様子を見ながらそろそろと歩くので、いつもよりずっと遅い歩行ペースです。

    甲州街道の交差点を渡って、ゆるい登り坂を左方向に歩いていくと、すぐに草戸山の道しるべが見えてきます。
    その道しるべの通りに、民家の横の細い道を登っていきます。
    道はすぐ、どこの深山?という雰囲気になります。
    登りきると四辻。9:10。
    ここを右折して、そこからは小さなピークが繰り返されます。
    東高尾と呼ばれるこのあたりの道は、アクセスが良いのに山深い印象があります。
    今日は特別寒い朝だからか、それとも、南高尾登山道不通のせいか、例年よりも登山者が少ない気がしました。
    私が初めてこの道を歩いた頃も、登山者の数はこんなふうでした。
    たまに、単独行の人がいる程度。
    トレイルランニングというスポーツそのものが存在しませんでしたので、走っている人はいませんでした。
    あまり人に知られていない、気持ちの良い登山道。
    腰痛を抱え超ゆっくりペースの今は、後ろを気にしなくて良いのはありがたいです。

    小さいピークを登っては下り、登っては下り。
    かなり急な下りもありますが、ロープが整備され、腰を庇いながらでも降りていけました。
    草戸峠。10:20。
    高尾山の尾根がよく見える峠で、ベンチが沢山並んでいる休憩適地です。
    水分補給して、さて、もうひと頑張り。
    少し下って、最後の登りを行くと、草戸山。10:30。
    城山湖を見渡す休憩所が設置されてあります。
    ここも休憩適地です。
    休憩所脇のベンチに座って、休憩。
    一応お尻をマッサージ。
    まだそんなに凝っていない。ありがたい。

    ここからは、急な階段道が多くなります。
    道幅が広く歩きやすい緩やかな上り道と、急な階段の上り道の繰り返しです。
    横には階段が整備される前の急な斜面も残っていて、そこを歩くこともできますが、そこよりは階段のほうがましだと感じるほど急な道です。

    三沢峠。11:05。
    多くの登山道が集まる五叉路です。
    ベンチとテーブルもあり、ここも休憩適地。
    ここでも、ほっとひと息し、マッサージ。

    さて、ここから南高尾の道です。
    登山道は明瞭で落ち葉もよく踏まれてあるので、秋以降にここを歩いた人は多いのだと感じました。
    ときどき、脇道にロープが張られてあり、通行禁止となっているのが今までとは違う印象です。
    やがて道は崖っぷちの細い道となります。
    以前から歩きにくいところだったので用心して進んでいくと、あれ?
    以前より、歩きやすい・・・。
    ところどころ土嚢が入っていて、道幅が十分保たれているのです。
    これは、台風以降に相当な整備が入ったのでしょう。
    進むにつれて土嚢の数はどんどん増え、この作業に要した時間や人手に、両手をあわせたい気持ちになりました。
    以前はちょっと嫌だなと感じながら通り抜けたところも楽々通過。
    樹間からは、富士山の白い姿。
    冬枯れの南高尾山稜の良さを満喫しながら、見晴台到着です。11:55。

    いつもなら、ベンチはほぼ満席なのですが、ここも空いていて、先客は1人だけでした。
    富士山と津久井湖を眺めながら、本日もカップラーメンの昼食。
    南向きで温かく、1枚羽織る必要もありませんでした。

    さて、出発。
    とりあえず大洞山まで行くことにしました。
    向こうからやってくる人が、ときおり現れます。
    梅ノ木平から来ているのかな?
    甲州街道を含む舗装道路歩きが長いので、そんなに人気のある道とは思えないけれど?

    そこで、これまで南高尾山稜を歩いていて訊かれることが多いけれど自分からは発したことのなかった質問を、向こうからやってきた単独の登山者に発してみました。
    「どこから登っていらしたんですか?」
    「え?大垂水から」
    「大垂水?大洞山から大垂水の間は、通れないんじゃないんですか?」
    「ああ、崖は崩れているけれど、途中から甲州街道に降りられる道があるんですよ」
    「・・・行けば、わかりますか?」
    「多分・・・。僕も最初、今日と反対周りでその道を降りたとき、特に迷った記憶はないから」

    ・・・これは、様子を見に行ってみよう。

    まずはいつもの細いまき道を用心して歩いていき、中沢峠の道しるべで、梅ノ木平への登山道を確認。
    ここに戻ってくることも十分予定した上で、行けるところまで行ってみることにしました。
    大体、坂道を直接甲州街道に降りていくなんて、危険極まりないです。
    この辺りの甲州街道は、車の通行が激しいのに、歩道がないんだから。
    気をつけないと。

    そんなふうに思いながら、急な坂道を上り、コンピラ山を越えて、大洞山。12:55。
    トレイルランナーの集団と遭遇しました。
    これは・・・?
    やはり、大垂水から来る人がかなりいる?

    そこからも、いつもの下り道です。
    落ち葉もよく踏まれて、人が常に歩いているのがうかがえます。
    階段道を降りていき、道しるべのところで右に曲がり、そこからはちょっと歩きにくい木の根の作る段差の大きい下り道。
    もうすぐ例の細い崖道に入るが大丈夫なのか?と思っていると、その先で登山道がロープで封鎖されていました。
    そして、まさにそこから、別の踏み跡が派生していたのです。
    いえ、踏み跡というレベルではなく、これも登山道だというレベルのしっかりとした歩きやすい下り道が5メートルほど。
    そこからあっという間に舗装道路に出ました。
    でも、ここは甲州街道ではないぞ?
    道なりに下っていくと、鉄の門が7割ほど閉まっていて、開いているところには鍵のついた鎖が張られてありました。
    つまり、車は入ってこられないけれど、歩行者は、その鎖をくぐって通り抜けできるのです。
    その先が、甲州街道でした。

    ・・・Σ(・□・;)

    しかし、ここは、どこかの会社の私有地なのではないでしょうか。
    通り抜けできるよう、好意で門を開けておいてくれているのではないか?
    何と申し訳ないことだろう。
    ここは、正規の道ではありません。
    こういう善意に増長して、わーい、歩ける、と思うのは、良くない気がする・・・。
    すみません、すみません、ありがとうございますと思いながら、甲州街道に出ました。
    大洞山~大垂水間の崖路が、早く復旧されるといいなあ。
    でも、日影沢林道の復旧のほうがどう考えても急がれることだし。
    台風の傷跡は、まだ本当に山の多くに残っています。

    そこから甲州街道の歩道のない道を左方向にとぼとぼ歩いていくと、向こうから登山姿の歩行者が2人やってきました。
    「どこから来たんですか?」
    と例の質問を今度は私がされました。
    私は、崖を指さし、
    「あのあたりが崩落しているんで、少し手前で下りたんです。大洞山から来ました」
    「大洞山。こっちに行くと、高尾駅ですよね?」
    その人は、私が歩いてきた方向を指さしました。
    「・・・はい、そうですね」
    「どのくらいかかりますか?」
    「高尾駅まで?歩いたことないですけど、だいぶかかると思いますよ」
    1時間?2時間?
    わからないので、時間を言うことはできませんでした。

    小仏城山から降りてきて、ここで行き詰まった人なのでしょうか。
    でも、大洞山の情報に食いつく様子は全くなかったので、最初から、大垂水が終点だったのだと思います。
    大垂水からバスに乗る予定だったのかもしれません。
    バスの本数があまりに少ないので、歩きだした、ということでしょうか。

    大垂水までそのままとぼとぼ歩き、歩道橋を通り過ぎ、小仏城山へと上り返す登山口に入りました。13:30。
    あたりの崖は、ワイヤーロープで巨大な網の目のように頑丈に固定されていました。
    ここも台風で崖崩れが起きたのでしょうか。
    土がむき出しになっているので、表層の土や木は流れ落ちたのだろうと思います。
    急な階段を手すりに頼って上っていくと、小さな沢に出ました。
    以前よりも沢が登山道に近い。
    沢が狭くなり、そして深くなった印象です。

    ジグザグの登り道で沢と離れ、その先も緩く登っていくと、道しるべが見えてきました。
    ここで息を整え、最初の急登を行きます。
    木段が整備されて、歩きやすいですが、とにかく急です。
    上りきると、いったん道は緩やかなアップダウンの道となります。
    カイロの効果が切れたのか、左のお尻の凝りが始まりました。
    でも、先週ほどではなく、何とか歩くことができます。
    やがて、再び急登。
    これも1回では済まず、一度緩くなって、その先、もう一度最後の急登があります。
    ゆっくりゆっくり登っていき、奥高尾縦走路と合流するデッキに出ました。14:30。

    今日は本当に寒いので、奥高尾の登山者もいつもより少ないように感じます。
    デッキ道や木段道をゆっくり下り、一丁平展望台で、再び富士山を眺めました。
    富士山の左手に、風で尾を引いているような雲。
    あそこは凄い風が吹いているだろうなあと、飽かず眺めました。
    ベンチで少し休憩して、さあ高尾山へ。
    今回も勿論、紅葉台は巻きました。
    腰が痛いからだけでなく、お目当ては、まき道のシモバシラの氷花。
    この寒さならと期待した通り、小さいけれど氷花を見ることができました。

    高尾山も巻いて、ケーブル山頂駅。16:05。
    今日はさすがに15分間隔の通常運行かと思っていたら、改札後たちまち満員となり、予定より早く、16:10出発。
    16:17、降り立ったケーブルカーはすぐに客を乗せて登っていきました。

      


  • Posted by セギ at 12:17Comments(0)

    2020年02月07日

    数Ⅱ「式と証明」2次方程式の解の範囲。少し難問を解いてみましょう。


    数Ⅱの2次方程式の解の範囲に関する問題をさらに解いてみます。
    少し難しい問題に挑戦してみましょう。

    問題 2次方程式 x2-2(a-4)x+2a=0 の2つの解がともに2より大きい場合の定数aの値の範囲を定めよ。

    数Ⅱ的アプローチで解いてみましょう。
    まずは、判別式D≧0 はこの2次方程式が実数解をもつための大前提です。
    あれ、D>0 じゃないの? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この問題は「2つの解」と書いてあっても、その2つが異なる解であるとは書いていないのです。
    つまり、重解の可能性は否定できないのです。
    重解のときの判別式はD=0。
    だから、今回の判別式の範囲はD≧0 となります。

    判別式 D/4=(a-4)2-2a≧0
    a2-8a+16-2a≧0
    a2-10a+16≧0
    (a-2)(a-8)≧0
    a≦2, 8≦a ・・・①

    さて、解と係数の関係をここから利用します。
    上の2次方程式の2つの解をα、βとすると、問題の条件より、
    α>2、β>2
    すなわち、
    α-2>0、β-2>0
    よって、
    (α-2)+(β-2)>0 かつ、(α-2)(β-2)>0 

    ここで、α>2、β>2から
    α+β>4 かつ、αβ>4
    と単純にやってしまうと、誤差が生じてしまいます。
    正負の判断は、積の場合、必ず右辺を0に直して行わないと、正確なものにならないのです。
    上の、(α-2)(β-2)>0 を展開してみましょう。
    αβ-2α-2β+4>0 です。
    単純な、αβ>4 とは異なることがわかりますね。

    (α-2)+(β-2)>0
    α+β-4>0
    解と係数の関係より、
    α+β=2(a-4)-4>0
    2a-8-4>0
    2a>12
    a>6 ・・・②

    (α-2)(β-2)>0
    αβ-2α-2β+4>0
    αβ-2(α+β)+4>0
    解と係数の関係より、
    2a-2・2(a-4)+4>0
    2a-4a+16+4>0
    -2a+20>0
    -2a>-20
    a<10 ・・・③

    ①、②、③より
    8≦a<10

    これが解答です。


    しかし、上の件がどうしても納得いかず、α>2、β>2なんだから、α+β>4、αβ>4でいいんじゃないかと思う人もいるかもしれません。
    それで解くとどうなるでしょう。
    やってみましょう。
    判別式 D≧0 より、a≦2、8≦a ・・・① は同じです。
    α+β>4 も同じですから、
    2(a-4)>4
    2a-8>4
    2a>12
    a>6 ・・・②
    αβ>4 とすると、
    2a>4
    a>2 ・・・③
    ①、②、③より
    8≦a
    という別の答になってしまいます。


    「本当はこっちのほうが正しいんだよ」という不毛な論争の前に、それでは数Ⅰ的アプローチで、解答を確認してみましょう。

    判別式 D≧0 より、a≦2、8≦a ・・・① は同じです。
    次に、軸の方程式が2より大きいことを利用します。
    軸の方程式は、x=2(a-4)/2=a-4
    よって、a-4>2
    a>6 ・・・②
    さらに、2つの解が2より大きいということは、f(x)=x2-2(a+4)+2a としたときのf(2)の値は正の数ということになります。
    これは、放物線を実際に描いてみると実感できます。
    f(2)=4-2(a-4)・2+2a>0 
    4-4a+16+2a>0
    -2a>-20
    a<10 ・・・③
    ①、②、③より
    8≦a<10

    (α-2)(β-2)>0 の解き方と解が一致しましたね。

    8≦a ではなく、8≦a<10。
    どちらが本当の正解か?
    a=10を代入して確認してみましょう。
    「2次方程式 x2-2(a-4)x+2a=0 の2つの解がともに2より大きい」という条件を満たすでしょうか?
    x2-2(10-4)x+2・10=0
    x2-12x+20=0
    (x-2)(x-10)=0
    x=2,10
    解の1つは2となり、「2より大きい」という条件を満たしません。
    8≦a では正解とならないことがわかります。


    問題 x2-2(a-4)+2a=0 の2つの解がともに2より小さい場合の定数aの値の範囲を定めよ。

    これも、上の解き方と基本は同じなのですが、「2より小さい」と言われると混乱する人もいるようです。
    まず、判別式D≧0 であることは、上の問題と同じです。
    これは大丈夫でしょう。

    判別式 D/4=(a-4)2-2a≧0
    a2-8a+16-2a≧0
    a2-10a+16≧0
    (a-2)(a-8)≧0
    a≦2, 8≦a ・・・①

    次の解と係数の関係を利用します。
    上の2次方程式の2つの解をα、βとすると、
    α<2、β<2 より
    α-2<0、β-2<0 です。
    よって、
    (α-2)+(β-2)<0 かつ、(α-2)(β-2)>0
    解と係数の関係より、α+β=2(a-4)、αβ=2a だから、
    (α-2)+(β-2)=2(a-4)-4<0
    2a-8-4<0
    2a<12
    a<6 ・・・②
    (α-2)(β-2)=αβ-2(α+β)+4>0
    2a-2・2(a-4)+4>0
    2a-4a+16+4>0
    -2a>-20
    a<10 ・・・③
    ①、②、③より
    a≦2 が解答となります。


    問題 2次方程式 x2-2(a-4)x+2a=0 の1つの解が4より大きく、他の解は4より小さいとき、定数aの値の範囲を定めよ。

    何だか、これが一番難しそう・・・と思いますが、解き方としては、これが一番簡単です。

    上の2次方程式の解をα、βとする。
    α<β とすると、α<4、β>4
    すなわちα-4<0、β-4>0
    よって、(α-4)(β-4)<0
    αβ-4α-4β+16<0
    αβ-4(α+β)+16<0
    解と係数の関係よりα+β=2(a+4)、αβ=2aだから、
    2a-4・2(a-4)+16<0
    2a-8a+32+16<0
    -6a<-48
    a>8

    あっという間に答えが出ました。

    この問題は、数Ⅰ的アプローチでも、簡単に解くことができます。
    f(x)=x2-2(a-4)x+2a とおくと、
    f(4)<0
    16-2(a-4)・4+2a<0
    16-8a+32+2a<0
    -6a<-48
    a>8

    同じ答えとなりますね。

    こういう解き方のときは、何で判別式Dの話は出てこないのかなあ・・・と思う人もいるかもしれません。
    どちらの解き方でも、α<4<β あるいは、f(4)<0 と定めたときに、もう、放物線はx軸と交わることが確定しているからなんです。
    下に凸の放物線が、自動的に、びょーんと下に引っ張られて、どうしたってx軸と2点で交わっているイメージをもてたら、大正解です。

      


  • Posted by セギ at 11:49Comments(0)算数・数学

    2020年02月05日

    料金改定のお知らせ。2020年度。


    2020年4月分より、諸経費を改訂いたします。
    消費税が8%になった際には、そのままの料金で何とか踏ん張ってまいりましたが、昨年10月より消費税10%となったことに伴い、教室家賃・光熱費・教材費などが軒並み高騰し、この度、諸経費を月額5,000円に改めさせていただきます。
    大変申し訳ありませんが、ご理解ください。
    2月末に、春期講習のお知らせとあわせ、書面にて改めてお知らせいたします。
    改訂は、2020年4月分よりとなります。
    授業料は今まで通り、1コマ90分、4,000円です。

    週1回通塾の方は、
    4,000円×4+諸経費5,000円で、月額2万1000円。
    週2階通塾の方は、
    4,000円×8+諸経費5,000円で、月額3万7000円。
    となります。
    よろしくお願いいたします。

      


  • 2020年02月05日

    数Ⅱ「式と証明」2次方程式の解の範囲。アクティブラーニング的に。


    さて、前回は、2次方程式の解の範囲に関して、数Ⅰで学習した解き方を解説して終わりました。
    前回の問題は、数Ⅰの解き方が適していたのです。
    しかし、数Ⅱで学習する「解と係数の関係」を用いると、もっと簡単に解くことができる問題も多いです。

    今回は、こんな問題を見てみましょう。

    問題 2次方程式x2+2(a+2)x-a=0 が異なる2つの正の解をもつような定数aの範囲を定めよ。

    このタイプの問題の中では、一番易しいと思います。
    まずは、もう一度、数Ⅰの解き方で解いてみましょう。
    f(x)=x2+2(a+2)x-a という放物線をイメージします。
    そのグラフとx軸との交点のx座標が、上の2次方程式 x2+2(a+2)x-a=0 の解です。
    実際に、x軸と放物線との概形を描いて具体的にイメージすると、この解き方は理解しやすいです。

    どうすれば、x軸と放物線との交点は2つともx軸の正の位置にくるか?
    条件は3つあります。

    (1)判別式D>0 であること。
    これにより、放物線は、x軸と2つの交点をもつことになりますので、大前提です。

    (2)放物線の軸が、y軸より右にあること。
    もしも、放物線の軸が、y軸より左にあったら、x軸との交点の少なくとも1つは負の数になってしまいます。

    (3) f(0)>0 であること。
    放物線がx軸と2つの交点をもつことと、軸がy軸よりも右側にあることがクリアできても、そのままでは、放物線は横にだらしなく広がり、1つの交点のx座標は負の数になってしまう可能性があります。
    y軸との交点、すなわちy切片が正の数であれば、放物線はスッとすぼまり、問題の条件通り、x軸との交点は2つともx軸の正の部分となります。

    納得できない場合、この3つの条件を満たすが、x軸との交点は負の数になる放物線を描いてみようとしてください。
    どう描いても、放物線はx軸の正の部分と2か所で交わるようになります。
    反例が存在しない。
    すなわち、この3つの条件を満たせば、必ず、放物線はx軸の正の部分と2か所で交わるのです。

    ここのところは、「解き方」として丸暗記するだけでは忘れるのも早いので、心の底から納得できるまで理解を深めてほしいと思います。
    ただ、この問題だけ急に理解を深めようとしても、それ以前の学習を「まあよくわからないけど、そういうものなんだろう」と流してきた人には難しいかもしれません。
    こういう問題になると急に眉を寄せて、
    「わからない。わからない。わかるように解説してほしい」
    と要求する人がいます。
    気持ちはわかりますが、放物線とx軸との交点が2次方程式の解だということも、まずなかなか理解できない場合もあるのです。
    どこからわからなくなっているのか?
    中2で学習した、連立方程式の解が2直線の交点の座標だということも、本質は理解していなかったのではないか?
    中3で学習した、直線と放物線の交点の座標を求めるときに2つの式を連立して解くことも、本質は理解していなかったのではないか?

    「覚えやすいこと」=「わかること」。
    「覚えにくいこと」=「わからないこと」。
    覚え方を教えてもらえば、意味なんかわからなくてもいい。
    そういう学習を小学生の頃から続けてきたのではないか?
    でも、高校数学は複雑で、とうとう覚えきれなくなってきた・・・。
    そうして急に「意味がわからない」という方向にシフトし始めた。
    本当は、意味なんか、小学生の頃からわかっていなかったのに・・・。

    高校数学がわからなくなる子に、そういう子は多いです。
    中学の数学は、暗記と反復で何とかこなしてきた。
    なぜその解き方で解けるのか、深く考えたことなどなかったけれど、典型題の暗記と反復でそこそこの点数を取ってきた。
    ところが、高校数学は、暗記しきれない・・・。
    暗記しても暗記しても、頭から公式や解法が抜け落ちる・・・。

    ・・・そんな勉強をしてきたからですよ、と責めるのは簡単です。
    でも、意味がわからないことに気づいた今こそが、チャンスです。
    もう小学生のときの頭脳ではありません。
    脳は日々成長しています。
    中学生のときに、わからないから諦めてきたことも、もう理解できるかもしれません。
    あのときはわからなかったことも、今ならわかるかもしれないのです。
    1つ1つ、意味に立ち返ることができれば、高校数学はわかるようになります。
    実際は、そんなに大したことはやっていないのですから。
    高校数学なんて、数学の基礎のまた基礎です。
    理解しようと努力すれば理解できるレベルです。
    あとは、どれだけ粘れるか、です。
    今までのように「もういいから、やり方だけ覚えよう」と思ってしまったら、今までと同じ。
    それどころか、暗記することが本当に多いですから、もう数学は諦めることになります。
    数Ⅱのここからが正念場です。


    さて、問題に戻ります。
    上の解法で解いてみましょう。
    (1)判別式より
    x2+2(a+2)x-a=0 の判別式をDとすると、
    D/4=(a+2)2-(-a)>0
    a2+4a+4+a>0
    a2+5a+4>0
    (a+1)(a+4)>0
    a<-4,-1<a ・・・①

    (2)軸の方程式より
    f(x)=x2+2(a+2)x-a の軸の方程式は、x=-2(a+2)/2=-a-2
    軸はy軸より右側にあるから、
    -a-2>0
    -a>2
    a<-2 ・・・②

    (3) f(0)>0より
    f(0)=-a>0
    a<0 ・・・③

    ①、②、③より
    a<-4

    これが解答となります。


    この解き方で何も問題ないのですが、さてここからアクティブラーニング的に。
    グループに分かれて、この問題の解き方を皆で考えなさいと指示された場合、当然、数Ⅰ的な上の解き方が案として出てくるわけですが、他の解き方はないでしょうか?
    数Ⅱで解と係数の関係を学習しました。
    それを利用した解き方も可能ではないでしょうか。
    もう一度問題を見てみましょう。

    問題 2次方程式x2+2(a+2)x-a=0 が異なる2つの正の解をもつような定数aの範囲を定めよ。

    とりあえず、この2次方程式に異なる2つの実数解がないことには、前提が覆ります。
    だから、判別式D>0 は絶対に必要です。
    それは、数Ⅰの解き方と同じですね。
    あとは、解と係数の関係から考えていきます。
    この2次方程式の2つの解をα、βとします。
    この2つが正の数なのですから、α+β>0 ですし、αβ>0 です。
    この条件をクリアすれば、この2次方程式は、2つの正の解をもつでしょう。

    解いてみましょう。
    (1)判別式より
    これは先ほども計算しました。
    x2+2(a+2)x-a=0 の判別式をDとすると、
    D/4=(a+2)2-(-a)>0
    a2+4a+4+a>0
    a2+5a+4>0
    (a+1)(a+4)>0
    a<-4,-1<a ・・・①

    (2)解と係数の関係より
    α+β=-2(a+2)>0
    -2a-4>0
    -2a>4
    a<-2 ・・・②

    αβ>0
    -a>0
    a<0 ・・・③

    ①、②、③より
    a<-4


    同じ答えとなりました。
    そして、こちらのほうが、簡単に式を立てて計算していくことができるのが、答案を見比べて明瞭だと思います。

    数Ⅰで学習した解き方、数Ⅱで学習するこの新しい解き方。
    片方しか覚えない、面倒だから、ではなく、両方とも理解し、適宜使い分けることをお薦めします。

      


  • Posted by セギ at 11:33Comments(0)算数・数学

    2020年02月03日

    陣馬山から高尾山へ縦走しました。2020年2月。


    2020年2月2日(日)、久しぶりに山を歩きました。
    日曜日になると曇ったり雨だったりということが多いのですが、それだけでなく、腰痛が悪化し、山が遠のいております。
    しかし、じっとしていて治るとも思えない。
    腰をだましだまし、久しぶりに山に向かいました。

    去年の12月末に、ようやく陣馬高原行きのバスが復旧しました。
    今回はそれに乗って、陣馬山に向かいました。
    8:50に臨時増発が出て、それに座っていくことができました。
    道路は、どこが崩れたのかわからないほど、もう完璧に復旧していました。
    9:25。陣馬高原下、到着。
    しかし、トイレが閉鎖されていました。
    代わりに、仮設トイレが2つ。
    高尾駅で済ますべきだったー。

    ともあれ、支度をして出発。9:35。
    まずは舗装された林道をとことこ登っていき、小さな道しるべの立つ分岐から山道に入ります。
    もう何度歩いたかわからない、見慣れた麓の道。
    ところが、途中から、「あれ、ここ直進だっけ?」と違和感が。
    こんなに沢がよく見える道でしたっけ?
    去年の秋の台風で、沢の流れが変わった?
    でも、冬枯れのせいかもしれません。
    この道の真ん中の岩には見覚えがある・・・。
    しばらく行くと、これも見覚えのある道しるべが見えてきて、その通りに右折すると、そこからは見慣れた急登が始まりました。

    まず1つ目の長い急登。
    ジグザグに登っていくと、最後は大きく左に曲がり、そこから道の印象が変わります。
    新緑の頃は、緑に包まれて登っていく、気持ちのよい道です。
    緩い登りで息を整え、2番目の急登へ。
    このコースが開かれたとき最初に整備されたジグザグ道と、踏み跡の濃くなった直登と、登山道は複線化しています。
    尾根が広いのでどこからでも登れます。
    その先に青空が見えるので、もう次は山頂かと誤解しそうなところですが、まだまだ中盤です。
    再び、少し道は緩くなり、そこで息を整え、3番目の急登。
    今日は私も直登コースを。
    登りきって、斜面をトラバースする道へ。
    道が細い部分もあり、用心して通過すると、大きなカエデの木のもとへ。
    ここから、陣馬山はこの時期、雪道あるいは泥道の2択しかないのですが、連日の晴れで泥が乾き、固まっていて助かりました。
    それでも、最後の登りは深い泥道を用心して歩いていき、白馬のモニュメントの立つ陣馬山山頂。10:50。

    今日は冬晴れで遠望が効き、富士山がくっきり見えました。
    南アルプスもよく見えました。
    上の画像がそれです。
    木段を降りて、枯草の上にレジャーシートを敷いて、少しのんびり。
    富士山がよく見える場所なので人気が高く、枯草に寝転ぶ人がずらり。
    折り畳み椅子持参の人もいました。
    茶店は、本日は清水茶屋のみ営業中でした。

    さて、下山。
    登ってきた道と別れ、奥高尾縦走路に入ると、ドロンドロンの泥道が始まりました。
    先週は、2日も17℃を越す好天で、その前に降った雪は道の端にも残っていませんが、さすがに泥までは消えなかったようです。
    しかし、例年のこの時期よりは泥道は短く済み、歩きやすい道をたったか・・・と言いたいところですが、ここで腰痛からくる左側臀部の凝りが悪化。
    岩盤のように固くなり、激痛に変わっていきました。
    腰を庇ってお尻の筋肉に力が入るのか、お尻が岩のように固くなり、歩くのに難渋します。
    人は、お尻が凝ると上手く歩けないのですね。
    自力でお尻をもみほぐしながら、少しずつ歩を進めます。
    冬枯れの樹間からは富士山。
    登山道の途中から富士山が眺められるのも冬だけの楽しみです。
    目を癒しながら、一歩一歩頑張りました。

    明王峠。12:00。
    ここでお昼にしました。
    本日もカレーヌードルです。
    疲れて食欲がないときは、カレーに限ります。

    さて、再び出発。
    目標は縦走よりも下山に絞りました。
    最大限、まき道を選びます。
    景信山もまいて、小仏峠。14:10。
    ベンチに座って、念入りにマッサージ。
    ほぐせば、また少し歩けます。
    小仏に降りていく道は、まだ封鎖されていました。

    相模湖の見えるベンチまで登っていき、また座ってマッサージ。
    そこから再びゆっくり歩いていきました。
    少し期待していたのですが、小仏城山をまく道も、まだ閉鎖中。
    木段と木の根の作る段差を登って、小仏城山。14:40。
    時間が遅いせいもあるのか、茶店は2つとも閉店していました。

    一丁平展望台。
    富士山は雲に隠れてしまいました。
    丹沢は、中腹から雪をかぶっていました。
    腰の調子が良ければ、今日は丹沢に行きたかったなあ。
    しかし、この歩行ペースでは、丹沢に行ったら下山中に日没だったでしょう。

    さて、木段をゆっくり下りていき、紅葉台は勿論まいて、高尾山直下。15:30。
    高尾山もまいて、観光客のいる場所に入りました。
    夕方近くに観光客が多いことも、もう見慣れました。
    昔と比べて、観光客の行動パターンが変わったんでしょうね。
    薬王院を通過し、ケーブル山頂駅へ。16:15。
    ケーブルカーは、本日も7分間隔で運行中でした。

    そして、これを書いている本日、腰痛とお尻の懲りはかなり解消されています。
    やはり、運動不足が一番いけないので、多少無理をしても歩かなくちゃダメだなあ。
    頑張ります。
      


  • Posted by セギ at 11:53Comments(0)

    2020年01月29日

    高校英語。比較表現。as~as ever , as~as any


    高校英語の比較表現。
    今回は、as~as ever ・・・ と、 as~as any ・・・です。
    これは、内容的にはシンプルですが、意味の取り方や訳し方が難しいかもしれません。

    (1) as~as ever. と、ever で終わり、その後に語句がない場合は、「相変わらず~」という意味です。

    My aunt is as kind and obliging as ever.
    私の叔母は相変わらず親切で世話好きです。

    She looks as cheerful as ever.
    彼女は相変わらず元気そうだ。

    これは、わかりやすいですね。


    (2) as~as ever ・・・. 
    「これまで・・・した誰にも劣らず~」という意味になります。

    I love you as truly as ever a man loved a woman.
    ぼくはあなたをこよなく愛しています。
    「これまで男が女を愛してきたその誰にも劣らず、真実あなたを愛している」という意味です。

    He is as clever a man as ever lived.
    彼は、きわめて頭のよい男だ。
    「人類史上今まで生きてきた男の誰にも劣らず頭のよい男だ」という意味です。

    本来の意味をどう日本語訳に反映させるかで悩む人もいるようですが、とにかく強めに表現しておけば大丈夫で、この訳し方でなければ不正解というものではありません。
    「きわめて~」という訳し方で大体の場合は乗り切れるでしょう。
    あるいは、語順がよくわからないという心配もあるかと思いますが、何を強調するかをよく考えて、そこを as と as で挟んだら、それ以外はいつも通りの語順です。
    特に、2つ目の例文の as~as ever lived の形は覚えておくと使いまわしが利いて便利だと思います。

    (3) as~as any ・・・.
    「他の・・・にも劣らず~」という意味になります。
    これも「きわめて~」という訳で大体の場合は乗り切れます。

    He is as honest as any man I know.
    彼は、きわめて正直な男だ。
    「私の知るどんな男と比べても劣らず正直だ」という意味です。

    This pen is just as good as any I've ever used.
    このペンはきわめて良い。
    「今まで使ったどのペンにも劣らず良い」という意味です。

    any 以外の用法もあります。

    The district round London in spring and summer enjoys a sun as bright as anywhere in Japan.
    ロンドンの周辺地区では、春と夏には日本のどこにも劣らずきわめて明るい太陽が楽しめます。


    何となく難しいし、学校の文法テキストを見ても、例文が1つあればましなほうで、載っていないこともある。
    こういう表現が、むしろ大学入試では狙われやすいです。
    勿論、大学によっては、とにかく基本だけは理解している生徒に入学してほしいという意図で入試問題が作られている場合もあります。
    一方、どのように重箱の隅をつついて大多数の生徒を落とし、本当に勉強している生徒だけを入学させるかを狙っているような入試問題もあります。
    自分が入りたい大学の入試問題のレベルを早めに知っておき、そこを目指して勉強していくと励みになると思います。
      


  • Posted by セギ at 10:14Comments(0)英語

    2020年01月27日

    絵に描いたような失敗。


    授業中に小学生の宿題を見ていたときのことです。
    その子は、長期の休み中の講習に参加しませんでした。
    随分長い間授業をしないことになりますから、学力が下がるのは想定していました。
    その分、沢山の宿題を出したとしても、休み明けの授業でその大量の宿題の答えあわせをするのは難しいのです。
    ほとんどが正解であるならば、20ページくらいの宿題を出すことも可能ですが、半分は誤答であるなら、その宿題の答えあわせと解き直しをするのに、3~4回の授業が必要になります。
    休み中の宿題の解き直しをしている間に、学校の授業はひと月も先に進んでしまいます。

    それでも、特に計算力が心配な子でもありましたので、分数の加減乗除の問題がぎっしり詰まっている計算プリントを休み前に2ページ渡しました。

    休み明け、その子は、その宿題の半分を解いてきませんでした。
    言い訳は、
    「昨日、頭が痛かったから」

    ・・・はあ?(''Д'')
    休みはたっぷりありましたよね?
    何で、長い休み中の宿題を、塾の前日に解くの?
    塾の前日、たまたま頭が痛かったから、宿題はできなかった。
    そういう言い訳が通用すると、何で思っているの?

    しかし、そんなことも想定内のことでした。
    勉強が苦手な子が長い休みの間に塾に来ないということは、そういうことです。
    うちは、大手の塾のような積極的な電話勧誘や、休み前に個別面談の時間を作って講習参加への営業を行う、ということはありませんので、休み中の講習に参加しようとしない子は、そのままになってしまいます。
    ただ、休み中に全く講習に参加しない例は珍しく、最低でも週1回の通塾ペースは保ってくださる方がほとんどですが。
    さすがに、受験生なのに講習に参加しないという異常事態が起こった場合は理由を尋ね、解決に向けて努力しますし。


    さて、宿題の残り半分は翌週までの宿題ということにして、とにかく学校の進度にあわせて問題を解き始めると、その子は、2桁のたし算・ひき算が上手く出来ないのでした。
    三角形や四角形の角の大きさに関する問題を解こうとすると、やり方はわかるのですが、計算が合わないのです。
    特にひき算。
    繰り下がりのあるひき算ができなくなっていました。
    筆算の上の数から下の数を引けない場合、下から上を引いていました。
    例えば、93-47=54 としてしまうのです。

    ・・・これは想定外でした。
    何でここまで計算力が落ちるんだろう?
    計算スピードが遅くなるとか、ミスが増えるとか、その程度のことは予想していましたが、ひき算ができなくなるまで退化するとは、さすがに想像していませんでした。
    「・・・計算力が落ちていますね」
    そう指摘すると、その子は、答えました。
    「そんなわけない。休み中はずっと〇〇タッチで勉強していた」
    「・・・」

    ああ、そうか・・・。
    休み中、個別指導を受けない代わりに、通信端末とタッチペンで勉強する通信教育のほうに行っちゃったかー。

    角の大きさに関する問題は、休み前に予習したことでした。
    もう忘れていても仕方ないと思っていたら忘れていなかったので、それは、通信教育の効果なのかもしれません。
    でも、たし算・ひき算ができないと、解き方がわかっていても、正解は出せません。

    学習する際の用具というのは意外に学習に影響します。
    日本の子どもが、国際的な読解能力テストで順位が低かったのも、コンピュータを使用する解答形式に慣れていないことも一因ではなかったか、と分析されています。
    逆に、コンピュータを使った学習ばかりしていると、紙と鉛筆で問題を解くことに違和感があり、手が上手く動かずスムーズに計算出来ないということも起こるでしょう。
    タッチペンによる学習も同様で、そればかりやっていると、紙と鉛筆を使って行う筆算の感覚がにぶる。
    ふっと、やり方がわからなくなってしまう。
    それは、学力的に心配な面のある子ほど影響が大きい。
    そういうことがあるかもしれません。

    通信端末のようなガジェットは子どもに受けがいいので、与えておけば学習意欲が高まるということはあると思います。
    ただ、今のところ、日本の教育現場において、テストは紙と鉛筆で解くものです。
    入試も同様です。
    紙と鉛筆を持つとテンションが下がったり違和感があったりするようでは、テストの結果に影響します。

    これはまた別の話になりますが、以前、ある英語塾が通信端末を導入して、生徒が家庭でも英文を読んだり聴いたりできるようにしたことがありました。
    英語塾に週2回通うだけでは、効果は限定的。
    毎日英語に触れるほうが学習効果が高い。
    だから、それは英断だったはずなのですが、生徒たちは、その端末に他のアプリを入れられること、通信型の対戦ゲームができることを発見しました。
    以後、その端末はゲーム機と化し、子どもたちは、英語の勉強をしているふりでゲームをやり放題となりました。
    また、生徒同士のコミュニケーションも一気に深まり、塾の授業が終わっても塾の前にたむろし、いつまでも喋っていて帰らないという事態も発生しました。
    ガジェット、おそるべし。

    何でも使い方次第なので、全否定するのはおかしいのです。
    ただ、端末を子どもに持たせるときは、大人が目を配る。
    それは、ガラケーの時代から大人が学んでいることです。
    新しいことを導入すれば、保護者は楽になるのではなく、むしろ目を配ることが増える。
    そのように思ったほうがいいように思います。


    話を、たし算・ひき算が上手くできなくなっていた子に戻します。
    翌週、その子は、残りの宿題を解いてきました。
    分数のわり算の宿題でした。
    その宿題の結果は、全問不正解でした。
    分数のわり算のやり方がわからなくなっていたのです。
    わられる数とわる数の両方を逆数にして、計算していました。

    その子は、全問不正解が納得できなかったのか、最初は私の採点ミスを疑ったようでした。
    「そんなはずない。ネットで調べたのに」
    と言うのです。

    ・・・分数のわり算のやり方を、ネットで調べた?

    ネットで調べ、分数のわり算は逆数のかけ算に直せば良いことを知り、そうして、わられる数とわる数の両方を逆数にして計算したのでした。
    それでは、全問不正解になります。

    私は、その子に渡してある塾テキストの該当ページを開き、指さしました。
    「分数のわり算のやり方は、ここに載っています。このテキストでも、学校の教科書でも、見やすく、わかりやすく載っています。なぜそのやり方で解けるのか、意味も書いてあります。やり方を忘れたのなら、なぜ、まず教科書やテキストを見ないの?」
    「ああっ!」
    その子は、幽霊を見たほどの衝撃を受けた顔をしていました。

    いえ、ネットではダメで、教科書なら良いという話でもないのです。
    肝心なのは、ネットでも何でも、本人の注意力や読解力が不足していれば、「分数のわり算は、逆数にしてかけ算する」という情報は、わられる数もわる数も逆数にするという方向へ行きやすいということなのです。
    実際に学校で勉強していても、塾で演習していても、途中からそんなふうになってしまい、違う違う違う、わられる数はそのままだよと幾度も制して、意味を確認し、それでも、翌週もまた間違えているのでもう一度解説して、練習して、そんなふうにしてやっと分数のわり算が身につく子は多いのです。

    情報を自ら得て活用する学力を育てる。
    21世紀型の人材を育成する。
    良い目標だと思います。
    しかし、つまりそれは、子どもの地力では、その力が欠けている子が多いから、そういう力を育てる必要があるということです。
    子どもが勉強のためにネットを利用しているときにも、大人は目を配る必要があります。
    間違ったサイトを見ていないか。
    正しく情報を読み取っているか。
    家庭の役割は増えこそすれ、減ってはいないのです。

    機械を用いて自学自習できるのは、ある程度の学力と判断力がついてからです。
    それまでは、どのように機械を利用しているか、それを丁寧に見守る大人が必要です。

      


  • Posted by セギ at 13:10Comments(0)講師日記算数・数学

    2020年01月22日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。2次方程式の解の正負。



    今回も「複素数」。
    まずは、複素数の範囲での因数分解です。

    問題 x4+3x2-40 を次の範囲で因数分解せよ。
    (1)有理数 (2)実数 (3)複素数

    こうした問題でネックとなるのは、数学用語の理解です。
    「有理数」「実数」「複素数」の定義を覚えていないと、問題が要求していることがよくわかりません。
    言葉の定義がわからない場合は、下の記事に戻って、ご確認ください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e469030.html

    (1)有理数
    「有理数」の範囲での因数分解というのは、今まで通りの因数分解ということです。
    x4+3x2-40
    =(x2+8)(x2-5)
    これ以上はどうにもならない。
    これが有理数の範囲での因数分解です。

    (2)実数
    実数は、有理数の外側に無理数を含んだ集合です。
    平たく言えば、√ が出てきても良いのです。
    ならば、( )の中はまだ分解できますね。
    a2-b2=(a+b)(a-b) の公式を使えば後ろのほうの( )をさらに分解できます。

    (x2+8)(x2-5)
    =(x2+8)(x+√5)(x-√5)

    (3)複素数
    複素数の範囲での因数分解ならば、前のほうの( )も分解できます。
    まずは、x2+8=0 を解いてみましょう。
    x2=-8
    x=±√-8
    x=±2√2 i
    この解から逆に2次方程式を復元するなら、
    (x-2√2 i)(x+2√2 i)=0 
    となります。
    これが、最初の x2+8=0 と等しいのですから、
    x2+8=(x-2√2 i)(x+2√2 i)
    と分解できます。
    公式 a2-b2=(a+b)(a-b) を利用しても同じです。
    x2+8
    =x2-(-8)
    =x2-(2√2 i)2
    =(x+2√2 i)(x-2√2 i)

    よって、(3)の答えは、
    (x+2√2 i)(x-2√2 i)(x+√5)(x-√5)
    となります。

    ( )内が全てxの1次式に因数分解できました。
    あとは、ここまでやる必要があるのかどうかということ。
    やりたいならば、ここまでできるということなのです。


    問題 2次方程式x2+2(a+2)x-a=0 が-3と2の間に異なる2つの解をもつような定数aの範囲を定めよ。

    2次方程式の解の正負に関する問題です。
    数Ⅰ範囲でのこの典型題については、以下に解説してありますので、ご覧ください。

    http://seghi.tamaliver.jp/e446027.html

    以下は、上のページをご参照いただいた、あるいは、その典型題なら理解していることを前提に解説が進みます。

    f(x)=x2+2(a+2)x-a とおきます。
    これは下に凸に放物線のグラフとなります。
    それが、-3と2の間で2か所、x軸と交われば良いのです。
    まずは、その通りのグラフを描いて考えます。
    このようなグラフにするためには、ともかく、x軸と2点で交わらなければならないので、判別式を用いましょう。
    判別式D>0 ならば、x軸と2点で交わります。

    ここのところで、「え?」となってしまう人もいると思います。
    「D>0ならば、放物線は、x軸の上に浮いて、交わらないんじゃないの?」
    と言う子は多いです。
    感覚的にわからないでもない誤解ですが、判別式は、そういうものではないです。
    判別式は、放物線のグラフの概形とそのように短絡的につながるものではありません。

    判別式は、2次方程式の解の公式の√ 部分の中身です。
    √ 部分の中身が0ならば、2次方程式の解は、1つ、すなわち重解となります。
    2次関数のグラフで言えば、x軸と接している状態です。
    √ 部分の中身が正の数ならば、2次方程式の解は、2つの実数解となります。
    2次関数のグラフで言えば、x軸と2点で交わっています。
    √ 部分の中身が負の数ならば、2次方程式の解は、2つの虚数解となります。
    グラフで言えば、x軸とは共有点がない、平たく言えば、下に凸のグラフならばX軸より上に浮いています。
    それを判別するのが判別式でした。

    グラフがx軸より上に浮いているからD>0ではないのです。
    異なる2つの解をもつ、すなわちx軸と2か所で交わるから、D>0なのです。

    [1]判別式D>0より
    D/4=(a+2)2+a>0
    a2+4a+4+a>0
    a2+5a+4>0
    (a+1)(a+4)>0
    a<-4,-1<a ・・・①

    この計算過程でも、「何をどうやっているのか、わからない」と混乱する高校生はいます。
    2次不等式の解き方を忘れてしまっているのです。
    わからない場合は、下のページを見てください。
    http://seghi.tamaliver.jp/e445206.html

    数Ⅱを高校生に教えていて困るのは、数Ⅰで学習したことをほとんど忘れている場合があること。
    数Ⅰの内容が身についていないと、数Ⅱを学習していくのには多くの困難があります。
    数Ⅱで新しく学ぶ内容がわからないわけではないのです。
    数Ⅰで学習済みの内容がわからないのです。
    数Ⅱで突然つまずくわけではないのです。
    数Ⅰが身についていないから、その上にはもう何も積み上がらないだけなのです。

    「でも、何を復習したら良いのかわからない」
    という反応がありがちです。
    復習して無駄な箇所などありませんので、自分で曖昧になっていると感じるところをどこからでも復習しましょう。
    今回は、2次不等式の計算が必要なのに、そこが曖昧だと気づいたら、そこを復習してください。
    春休みなどの時間があるときにまとまった復習をしたいのならば、特に「2次関数」と「三角比」は、今後もずっとネックとなり続けるので、最優先の復習課題です。
    応用問題はわからなくても何とかなるので、基本の定理や計算方法とのその意味はわかるようにしておくと、数Ⅱの学習が随分楽になります。

    さて、問題に戻りましょう。
    x軸との交点が2つあることから、とにかく、[1]の条件を考えました。
    他にどんな条件を満たせば、解は、-3と2との間に2つあるのでしょうか。
    1つには、放物線の軸が、-3と2との間にあると良いですね。
    y=ax2+bx+cの軸の方程式は、x=-b/2a でした。
    それを用います。
    (ここのところを唐突に感じたら、数Ⅰ「2次関数」の軸の方程式のところを復習してください)

    [2]軸の方程式より
    -3<-2(a+2)/2<2
    -3<-a-2<2
    -1<-a<4
    1>a>-4
    -4<a<1 ・・・②

    しかし、この条件だけでは、放物線は横にだらんと広がり、-3と2の間にx軸との交点が2つあることにならないかもしれません。
    ここで、あと2つの条件に気づきます。
    f(-3)>0 と、f(2)>0 です。
    x=-3のときのyの値が0より大きいならば、その右側で、放物線x軸と交わっているてしょう。
    x=2のときのyの値が0より大きいならば、その左側で、放物線はx軸と交わっています。

    [3] f(-3)>0, f(2)>0 より
    f(-3)=(-3)2+2(a+2)(-3)-a>0
    9-6(a+2)-a>0
    9-6a-12-a>0
    -7a-3>0
    -7a>3
    a<-3/7 ・・・③

    f(2)=22+2(a+2)×2-a>0
    4+4(a+2)-a>0
    4+4a+8-a>0
    3a+12>0
    3a>-12
    a>-4 ・・・④

    これでグラフはイメージ通りの形になりますね。
    よって、①~④より、
    -1<a<-3/7となります。


    2次方程式の解の正負に関する問題は、数Ⅰのときも数Ⅱのときも、テストに出て当然の典型題なのですが、難しいせいか、出ないことを祈る、祈っているから出ないだろうという訳のわからない神頼みで避けて通る人がいます。
    意味を理解しながら、自力で解けるように練習を重ねてください。

      


  • Posted by セギ at 11:28Comments(0)算数・数学

    2020年01月18日

    新指導要領に思う。



    このブログの本当に初期のものを読み返し、以下の内容のものを発見しました。
    中学でようやく「ゆとり教育」が終わり、新しい学習指導要領になるときのものでした。
    新しい学習指導要領とは、現行の指導要領です。
    小学校では、来年度からさらに新しい学習指導要領となります。
    その変わり目の今、昔のブログを読むと、当時との違いに感慨を新たにしました。
    以下、当時のブログを採録します。


    来年から、中学は新指導要領になり、教科書は大改訂されます。
    「ゆとり教育」で、3割削減されていた指導内容の多くが、戻ってきます。
    数学の教科書は、例題解説や練習問題のページが増え、発展的内容も盛り込まれ、教科書の「参考書化」「問題集化」が言われています。
    私としては、今度の改訂は歓迎です。
    今まで公立中学生に数学を教えていてダメだなあと感じてきたことの1つに、応用問題への拒絶反応ということがあります。
    基礎学力がある。
    数学センスもいい。
    これなら、都立自校作成校や私立有名校に入れるかもしれない。
    そう思って、そのために必要な難度の高い問題を教えるのですが、どうにも身につかない子がいます。
    「学校で習っていない」と言うんです。
    習っていなくても、入試には、出るのですが。

    ただ、気持ちはわかります。
    そんなに難しいことを勉強しても、学校の定期テストには出ない。
    「入試のときに必要だ」と塾のセンセイが言っても、そんなに先のことは実感がわかない。
    すぐに必要ではないことは後回しになるのは、子どもも大人も同じです。

    そして、中3の晩秋。
    いざ志望校の過去問を解いてみると、30点しか取れません。
    数学が30点では、合格は難しい。
    だから、自校作成校はあきらめ、一般都立に。
    私立志望の場合も、一般受験は無理だから、単願推薦だけ。
    そんなふうに、ランクダウンせざるを得ない子もいました。
    もちろん、中1の最初から、私の言葉を信じて、不当なほどに難しい問題にもくいついてきてくれる公立中学生の子たちもいました。
    集団指導の上位クラスで、高度な公式も、定理も、応用問題の解法パターンも、競って身につけるムードになれば、あとは楽勝でした。
    私としても、その信頼は絶対に裏切れません。
    そういう子たちには、都立自校作成校でも、私立でも、行きたい高校に合格してもらいました。

    だけど、「信じてついてきてくれた子たちにだけ、信頼に応える。私の言葉を信じなかった子は、志望校に行けないのは仕方ない」では、少しおかしいですよね。
    中学生の稚拙な判断が、将来を左右してしまうなんて。
    素質のある子には、その素質を順当に開花してもらいたい。

    私立入試に出題されるレベルの問題が、最初から教科書に載っていれば。
    数学が得意な子だけにでも、学校で教えてくれれば。
    定期テストに1問だけでも、そのレベルの応用問題が出題されるようになれば。
    子どもの意識が変わる。
    学校では完全に理解できなくてもいいんです。
    学校で少しでも教わり、必要なことなんだと子どもが理解すれば、塾で完全に身につけます。
    新しい教科書なら、それがあり得るかもしれない。
    私は、そこに期待しています。


    ・・・さて、引用はここまで。
    現在の私に戻ってまいりました。
    ほんの9年前のことなのに、隔世の感があります。
    今、公立中学校の生徒で、応用問題を解かせてこのような抵抗を示す子は存在しません。

    本人の学力によっては、問題を解きたがらないということは、今もあります。
    教わるのは好きだが問題演習は苦手で、宿題を出しても解いてこない子はいます。
    1問わからないと、そこから先は全部解いてこないのです。
    「わからなかった」といって、全て授業で教わろうとします。
    そういう子は、現代も存在しますし、伸ばすのが難しいタイプの子です。
    昔ならば、集団指導の授業で受験テクニック的なことを教わると満足し、良い授業を聞いたことで自分の学力は伸びたと誤解する子です。
    今ならば、ネットの授業動画を見るだけで満足する子も、このタイプに入るでしょう。
    しかし、聴いただけ、見ただけでは、学力は伸びません。
    それで得た知識をもとに、さて、自力で問題を解くことができるのか?
    テストは、演習力がものを言います。

    最初は誤答ばかりでも、本人なりに何かを考えて根拠をもって解いてきてくれるなら、それに対し指導も補助もしていくことが可能です。
    必ず伸びます。
    しかし、全く解いてこない、あるいは「勘」で解いてくるだけで考えて問題を解くということがない場合、いつまで経っても演習力は養えません。
    本人にとっては、わからないから解けない。
    わからないから「勘」で解いている。
    そこを直せと言われるのは不当だという気持ちがあるかもしれません。
    受験が近づいても、志望校の過去問をまともに解けない。
    「勘」で解くしかない。
    そういう学力の子は、今も存在します。

    しかし、基礎力は十分あるのに、定期テストには出ないからと応用問題の演習を拒むような子は、今は公立中学の生徒でもほとんど見なくなりました。
    理由は単純。
    定期テストに応用問題が出るからです。
    しかも、移行措置で、テストに新傾向の問題もちらほら見られるようになってきています。
    授業で扱われたわけではなく、既存の問題集にも存在しないタイプの問題が、するっと定期テストに出題されています。
    今は配点が低いので影響は少ないですが、これの配点が高くなると、本人の思考力が得点を左右するようになっていきます。

    新傾向というのは、まさに新傾向なので、その新傾向を分析するのは最初のうちは極めて難しいのです。
    AIが分析しますよ、などというのは胡散臭い。
    AIは、過去のビッグデータをもとに分析しますので、新傾向には弱いのです。
    次のテストで何が出題されるかの特定は不可能でしょう。
    そして、「新傾向」と称する問題に、出題頻度の高い形式が生まれてきたとき、それは新傾向でも何でもない「典型題」となっていきます。
    AIが統計的にこういう問題の出題度数が高いと判断する頃には、既に人間の講師が典型題の判断をしているはずです。
    問題として質が高い良問であるという判断基準が人間にはありますから。

    しかし、こんなふうに書くのも、当時と比べると隔世の感があります。
    個別指導塾を開いたばかりの当時の私のライバルは、集団指導塾であり、学生アルバイトを多数抱える大手個別指導塾でした。
    現在の私のライバルは、授業を動画で提供する有料サイトであり、AIを活用した個別指導プログラムです。

    学力向上の根本は基礎力。
    基礎力を鍛えるカリキュラムの選定は、AIにも可能でしょう。
    ただ、誤答する子の理由は様々です。
    知識不足にしろ何にしろ、根拠をもって本気で解いて誤答したのなら、その能力をAIは正確に判定できるかもしれません。
    しかし、「勘」で解いている子に次に解くべき適切な問題を指示できるのでしょうか。
    また、理解はしているけれど多種多様なケアレスミスを繰り返す子に、正しい次の指示ができるでしょうか。
    そうしたことは分析できず、誤答すれば少し易しい類題を指示するだけ、ということはないのでしょうか。
    毎回、解けば解くほど「易しい類題の森」に迷い込み、それでもケアレスミスを繰り返すので、学力がついたと見なされない、という可哀想な子が現れないと良いのですが。

    3.5-1=4.5 といった計算ミスをする子は、小数の計算の仕組みが理解できていないとは限りません。
    答案を書くときのほんの一瞬、脳に何かが起こるのでしょう。
    そうしたミスを見たとき、私は、その子に小数の計算の復習は命じません。
    そうした子は、小数の計算だけを間違うわけではなく、次の問題では、56÷2=26 と暗算ミスをしてしまったり、さらに次の問題では、2x2と書くべきところを2x3と書き誤ってしまうのです。
    ミスの原因は小数の理解不足ではありません。
    しかし、AIは、小数の復習を命じるかもしれません。
    それを命じられた恥ずかしさで、細心の注意を払うようになり、ケアレスミスが減る子もいると思います。
    しかし、どこまでレベルを下げても、それでもケアレスミスをする子もいると思います。
    小数の計算なんかできるよと思いながら、しぶしぶ解くと、それもまた、ケアレスミス・・・。
    気がつくと、小学校の算数の復習コースに迷い込んでいた・・・。
    そんな学力ではないのに。
    その都度チューターに相談してレベルを操作し直してもらう繰り返し。
    そんなことにならないと良いのですが。

    教材会社から送られてくるAI導入のパンフレットなど見ながらも、初期費用の高さ以上にまだ心配な点が多くあり、導入する気にはなれません。
    うちの教室に通ってくれる生徒の成績が順調に上がっている現在、私が判断したほうが適切だという気持ちがあります。
    当面情勢を観察します。


      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)講師日記算数・数学

    2020年01月15日

    高校英語。比較表現。~だからそれだけいっそう。


    さて、今回も比較表現です。
    「~だからそれだけいっそう・・・である」という表現を確認しましょう。
    all the 比較級 because (for)~.
    というのが主な構造です。
    例文で確認しましょう。

    We respect him all the more for his honesty.
    私たちは、彼が正直だからいっそう彼を尊敬しています。

    I like him all the better for his fault.
    彼に欠点があるので、私はいっそう彼が好きだ。

    She works all the harder because she has a child.
    彼女は子どもがいるので、それだけいっそう一生懸命に働く。

    「all the 比較級」のthe には、古い英語の用法として「それだけ」という程度を表す意味があります。
    だから、「the 比較級」は、「それだけいっそう・・・である」という意味になります。
    その前に強調の副詞 all がつくことで、この形が固定され、一種の慣用表現のようになっています。

    文の後半が、for だったり because だったりするのは、その後ろが句ならば for 、節ならば because という違いがあるだけで、意味は同じです。
    for は前置詞なので後ろは句(S・Vはない意味のまとまり)となり、because は接続詞なので後ろは節(S・Vのある意味のまとまり)となるのです。
    どちらも、「~だから」と理由を表します。


    これとセットで覚えたいのが、「none the 比較級 for(because)~」の用法です。
    これは、「~だからといって、それだけ・・・ということはない」という意味になります。

    He worked none the harder because he became a father.
    彼は父親になったからといって、それだけ一生懸命働くということはなかった。

    Man is none the happier for his wealth.
    人は裕福だからといってそれだけ幸福であるということはない。

    「the 比較級」の前に否定語 none がつきますので、for(because) 以降の理由では程度に何の変化も生じなかったことを表します。


    あれ?そんなにシンプルなんだっけ?
    何か、凄く覚えにくくて区別のつきにくいものがあった気がする・・・。
    そんなふうにモヤモヤしている方もいらっしゃると思います。
    そう。
    これと似ているけれど、別のものが存在するのです。
    それが、none the less for(because)~です。

    これは、none と less と、否定語が2つ存在しますので、強い肯定になるのです。
    「それでもなお・・・」という意味になります。

    I like him none the less for his fault.
    私は彼に欠点があっても、それでもなお彼が好きだ。

    上のall the 比較級の文と内容的にも似ているので、混乱しやすいのです。

    I like him all the better for his fault.
    彼に欠点があるので、それだけいっそう彼が好きだ。
    I like him none the less for his fault.
    彼に欠点があっても、それでもなお彼が好きだ。

    「彼が好きだ」ということは変わらないのです。
    彼の欠点を肯定的にとらえて、「それだけいっそう好きだ」と言っているか。
    彼の欠点を否定的にとらえているが、「それでもなお彼が好きだ」と言っているか。
    そういう違いです。

    これは人の気持ちに関わることなので、
    「欠点のある人なんてダメじゃない?」
    と単純に判断しがちな人は、all the better のほうの用法が理解できないということがあり、それで混乱しやすいようです。
    欠点を好きになるということは、あります。
    例えば、とても気の弱い男性をイメージしましょう。
    それは、一般的には欠点かもしれないが、そういう人が本当に好きだ、という女性はいますね。
    完璧な人よりも少し欠点があるくらいのほうが魅力的だという判断もあるかもしれません。
    一方、気が弱いのは欠点だと思うけれど、他に良いところがあるので、それでも彼が好きだという女性もいるでしょう。
    そういうことを言い表している表現なのです。

    高校英語になると、こんな繊細なことを英語で語れるようになります。
    英文法も捨てたものではないでしょう?
    あとは、構造をしっかり覚えて使うだけです。
    ヽ(^。^)ノ



      


  • Posted by セギ at 13:07Comments(0)英語

    2020年01月12日

    つるかめ算と連立方程式。




    小学校で学ぶ算数と、中学から学び始める数学は、違う構造をもっています。
    例えば、代数の分野でいうと、文章題を解く場合、小学校の算数は、答えを求めるための式をたてます。
    子どもたちは、問題を最後まで見通して、答えを求める式をたてなければなりません。
    言い換えれば、最後まで見通すことができない子は、文章題の式をたてることをあきらめてしまいます。

    ニュートンは、こういっています。
    「算数では、与えられた量から求める量へと進んでいって問題が解けるのに比べて、代数は、逆の方向に進む。つまり、あたかもそれをよく知っているかのように、求める量から出発して、すでにわかっている量へ進んでいく」
    連立方程式の文章題を例にとって考えてみます。

    問題 ある展覧会の入場料は、大人1人250円、子ども1人100円である。ある日の入場者の総数は170人で、入場料の合計が27200円であった。この日の大人と子どもの入場者数をそれぞれ求めなさい。

    小学校で学ぶ普通の算数では、この問題は解けません。
    最後まで見通し、大人と子どもの人数を求める式をたてることが、この問題の構造では難しいからです。

    しかし、中学で学ぶ数学ならば、これは、解けます。

    求めたいものを x や y にすれば、式はたちます。
    文章の流れにそって式をたてるだけ。
    いわば、日本語で書かれた文章を方程式に翻訳する作業です。

    大人の人数を x 人、子どもの人数を y 人とする。

     x+y=170          ・・・①
     250x+100y=27200  ・・・②

    加減法で解きましょう。
    ①の式を100倍すれば、y を消すことができます。

    ①×100-②

       100x+100y=17000
     -)250x+100y=27200
     -150x      =-10200
               x=68 ・・・③

    ③を①に代入して

     68+y=170
         y=102

    よって、x=68 , y=102

      大人68人、子ども102人


    ところで、この問題、ふつうの小学生は解けませんが、これを方程式を使わずに解くのが、「受験算数」と呼ばれる私立中学を受験するための特別な算数です。
    いわゆる特殊算。
    その中で、これは、「つるかめ算」と呼ばれるものです。

    「池に鶴と亀がいて、足の合計は何本、頭の合計は何個。鶴は何羽、亀は何匹いるか」というのが、江戸時代からのこの問題の古典的構造なので、「つるかめ算」と呼ばれています。

    問題をもう一度確認しましょう。

    問題 ある展覧会の入場料は、大人1人250円、子ども1人100円である。ある日の入場者の総数は170人で、入場料の合計が27200円であった。この日の大人と子どもの入場者数をそれぞれ求めなさい。

    大人と子ども、どちらに揃えても、最終的には同じ答えが出ますが、今回は子どもに揃えてみましょう。
    入場者を全員子どもだったと仮定します。
    入場者の総数は170人ですから、入場料の合計は、
    100×170=17000 (円)
    現実の合計とは差があります。
    現実との合計料金の差は、
    27200-17000=10200 (円)
    その差は何で生まれたものかというと、全員を子どもと仮定したからです。
    大人と子どもの1人分の料金の差は、
    250-100=150 (円)
    ですから、子ども1人を大人1人に置き換えると、合計料金は150円ずつ増えて、現実に近づいていきます。
    では、何人分を大人に置き換えたら、現実の合計料金と同じになるでしょう。
    10200÷150=68 (人)
    つまり、大人は68人。
    では、子どもは、
    170-68=102 (人)

    この解き方が、つるかめ算です。

    このように式だけで解いていく方法の他に、つるかめ算は面積図を用いて解く方法があり、今はそれで教えるのが主流です。
    考え方の根本は、式だけで解いても面積図で解いても同じです。

    なぜ小学生にこのような解き方を教えるのかというと、まだ定まっていないものをxやyとして方程式を立てるということが、子どもには理解しづらいことだからです。
    大人が「え?こんなことが理解できないの?」と思うようなことが、子どもには理解できないことがあります。
    発達段階の過程で、理解できないこともあるのです。
    子どもは、身長・体重はそれなりに増え、口のきき方も大人と対等になっていたりしますが、頭の中はまだ混沌としています。
    非常に主観的で、論理性に欠けます。
    客観的なこと・論理的なこと・抽象的なことは受けいれられず、具体的なこと・即物的なことしかわかりません。
    意味不明で幻想的なことのほうにリアリティを感じたりもします。

    方程式は、もう少し成長しなければ、理解できないのです。
    中学生になれば誰でも理解できるのかというとそうでもなく、本人の発達段階によっては、中学生でも、解き方の丸暗記はできるとしても、なぜそれで解けるのかは理解できない場合もあります。
    なぜそれで解けるのか理解できないので、文章題を読み取って自力で立式し計算することはできません。
    「文章題が苦手」という漠然としたことではなく、理解できないんだから仕方ない、ということもあると思います。



    写真は、東京都神津島。2006年春撮影。

      


  • Posted by セギ at 13:47Comments(0)算数・数学

    2020年01月08日

    中1の壁。算数と数学。



    小学校は、基本的なことのみ学習しますので、大多数の生徒は、自分は学校の勉強についていけていると感じています。
    「学校では勉強ができるほうである」と感じている小学生が過半数かもしれません。
    しかし、過半数が勉強ができるほう、というのは明らかに事実とは異なります。
    易しいカラーテストと、好意的な絶対評価の成績によって、事実誤認が起きている・・・。
    冷酷な言い方をすれば、そういうことになります。

    しかし、学習に自信をもって取り組むのは良い効果のあることで、大半の生徒は、中学入学後もしばらくの間は、自分は学校の勉強についていけていると感じ、意欲的に学習を続けます。
    むしろ、「学校では勉強ができるほうである」と感じる生徒も、中1の1学期までは多いのです。
    心配していた英語も数学も、1学期の成績は「5」。
    ああ、大丈夫だ、とさらに自信を深めます。

    しかし、それは、英語や数学では人生で最初で最後の「5」だった・・・。
    以後は下がり続け、やがて「3」になった。
    そういう人も、多いのです。

    その意味で、「中1の壁」は1学期にあるのではなく、2学期、3学期にあります。

    中1の1学期の数学のテスト範囲である「正負の数」や「文字式」は、解き方を丸暗記した子が高得点を取ることのできる単元であり、それでたまたま「5」になってしまうのです。
    計算自体は、1桁や2桁の計算ばかりで、小学校の計算ドリルよりもむしろ簡単です。

    英語も、現行の教育課程では、中1の1学期ですと、アルファベットや、易しい単語を書くことができれば大丈夫です。
    文法は、be動詞の肯定文、疑問文、否定文だけです。
    その後、Do you~?がどうしても身につかず、何でも Are you~?としてしまう人も、名詞の複数形や動詞の三単現のことを毎度うっかり忘れてしまう人も、1学期の間は、英語はミスする原因が少なく、楽勝です。

    中1の1学期の成績は、その後を保証するものではありません。
    中1の1学期で「5」を取って、その後普通に勉強していれば、中学生の間はおそらく「2」にはならないだろう・・・。
    その程度の保証しかできません。
    2学期で「4」、3学期で「3」と下がっていくのは、むしろ、よくあることです。
    こういう成績表はよく見ます。

    中1の1学期の成績は、幻です。
    中1の壁は、2学期・3学期にあります。

    特に数学。
    中1の2学期は、「方程式の利用」「比例・反比例」を学習します。
    数学的な考え方を問われるようになるのですが、ここで、小学校の算数から脱却できない子、すなわち壁を乗り越えられない子が現れます。

    小学校の算数と中学の数学と、何がそれほど違うのか?
    文章題で考えてみると、その違いが明瞭です。


    算数の文章題は、答えを求めるための式をたてます。
    しかし、数学は、文字xを使って、数量の関係を表す方程式をたて、それを解いて答えを求めます。
    文章で書かれてあることを方程式に翻訳する作業をすることになります。
    あとは、式が自動的に答えを出してくれる。
    方程式は、とても便利なものです。

    そんなに便利なものなら、小学生のときから方程式を教えればいいじゃないか。
    途中で突然切り換えるから、そこで気持ちがついていけなくなって、数学が苦手になるのでは?

    そういう思いもわかるのですが、子どもには発達段階があります。
    小学生の脳は、方程式を理解できるほどには発達していないことが多いのです。
    個人差はありますが、小学生が自ら方程式を立式し文章題を解くのは不可能に近い。
    それが私の実感です。
    大人から見たら、
    え、何でこの程度の簡単なことが理解できないの?
    小学生でも、これくらいのことは、ちゃんと説明すれば、わかるでしょう?
    と思うようなことが、小学生には、全く理解できないことがあります。

    まだわかっていない数値を式の中に利用して式を立てることなど、絶対にできない。
    だって、その数値はわかっていないのだから。

    そういう思いが強いのです。
    抽象思考ができず、全て具体的に考えないとダメなので、具体的にわかっていないことは式の途中では扱えないのです。

    中学受験をする受験算数の特殊算の多くは、方程式を使えば解けます。
    それなのに、方程式を使わず、線分図だの面積図だの公式だの、訳のわからない方法で解く。
    あれは、おかしいんじゃないか、と思う人もいると思います。
    受験をするくらいだから、学力は標準以上なのだろう?
    教えれば、方程式も理解できるんじゃないか?
    塾のアルバイト学生講師の中には、本人が秀才である分、不遜な人もいます。
    テキストの指導法や解説を無視し、小学生に方程式を教えてしまうことがあります。
    小学生に方程式を教えないのには教えないだけの理由があると考えられず、自分だけが新しい教え方を発見した気になって、方程式を教えてしまうのです。

    若くて自信たっぷりな先生に、子どもは迎合しがちです。
    「どうだ。このやり方なら、どんな問題でも解けるんだぞ」
    「うわあ。先生、すごいねえ」
    大手の個別指導塾で教えていた頃、私が授業している隣りのブースから、そんな声が聞こえてきて、まずいなと感じたことは幾度かありました。
    しかし、私は、それを報告する立場にありませんでした。
    報告しても、教務につまらない密告をする嫌なヤツになるだけでした。
    教務も、そんな密告は、余計な仕事が増えるだけなので聞きたくないのです。
    教務は保護者からクレームがあればすぐに動きます。
    しかし、関係ない講師の関係ない進言への反応は鈍いのが普通です。
    生徒は、喜んでいる。
    生徒がその講師を指名している。
    保護者からのクレームもない。
    なら、それでいいのです。
    その子の受験勉強に大きく影響する、たいへんなことが起きている。
    それは、わかっていたのですが。

    大手の個別指導塾では、「成績が上がらない」と保護者からクレームがきた場合に、では、講師を替えて仕切り直しましょう、というクレーム処理の方法をとることが多いです。
    室長に呼ばれ、クレームのきている子なのでよろしく頼むといわれ、その子の授業に入ってみると、前任者が方程式を教えていた、ということもありました。
    特殊算の公式も、線分図や面積図の描き方も教わっていない。
    かと言って、方程式を立てられるわけでもない。
    その子の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていました。

    方程式を教えたところで、子どもの立てる方程式は、
    70-25÷5=x
    といったものになりがちです。
    xを使う意味がありません。
    わからないものをわからないままxとおき、関係を表す式をたてる。
    方程式のそうした構造は、子どもには理解しづらいのです。

    小学校でも、6年生になれば少しだけ「文字を使った式」の学習は行うのですが、
    x-40=120 とか、x×38+5=81
    といったレベルの易しいものだけです。
    文章題からその式を立てさせる場合は、本当に構造の易しいものに、しかも最大限の補助をして、ようやく式が立てられるというレベルです。
    ここまで易しいと、方程式にする意味がないので、小学生には不評です。
    なんで、この単元のときだけは、120+40という式をたてたらいけないんだろう?
    なぜ、x-40=120 というわかりにくい式をわざわざ立てるのだろう?
    子どもたちは首を傾げ、その単元が終われば、もう文字を使った式のことは忘れ、2度と方程式は立てません。
    方程式のことが気に入り、以後ずっと使う子は、特別に数学センスのある子だけです。

    小6で学習する「文字を使った式」という単元の目的は、文字を使った式に少し慣れるというだけのことなのでしょう。
    中学で学習することのちょっとした予告編だよと子どもには伝えています。
    中学生になったときに、「そういえば、昔、これに似たことを少しだけやった」という記憶があれば、それでいい。
    それで、小学校から中学への橋渡しになる。
    その程度のことだと思うのです。

    小学生に本格的に方程式を教える場合は、その子の発達段階をよく見極めて教える必要があります。
    また、方程式の学習の前に、まずは正負の数の学習が必要です。
    負の数がわかっていないと、方程式は、解けるものと解けないものが出てしまいます。
    さらに、逆算との違いをこんこんと解き、出来るようになるまで常に補助していく必要があります。
    方程式は、逆算ではありません。
    式の両辺に何かをたす、ひく、かける、割る、という作業を行うことで、式を解きほぐしていく。
    xについて解くとはそういうことだいうことを、理解できるまで解説し続ける必要があります。
    逆算して求めているのではないのだ。
    xについて解いているのだ。
    この大きな転換は、中学生でも理解できない子は理解できないのです。
    作業手順として暗記するだけで、意味はわかっていない子は中学生でも多いのです。

    もしも小学生に方程式を学ばせたいのなら、低学年の頃から算数は先取り学習をし、何でも早め早めに学ばせ、その子に数学的才能があると確信できた場合に、その子の肉親が、信念をもって教え通す。
    小学生だけの解き方という「雑音」が入らない状況を作り、毎日教え続ける。
    それくらいの覚悟がいることだと思います。


    小学生の間は方程式は絶対に理解できない。
    一方、中学生になれば、誰でも方程式は理解できる。

    そのように単純なことではありません。
    個人差、ということをここでもう一度考える必要があります。
    小学生でも、方程式を理解できる子も存在します。
    一方、本当は、中学生になっても、方程式を理解できる発達段階に至っていない子も多いのです。
    方程式の計算は、手順として覚えます。
    学校で学習する内容ですし、周囲の皆がそれに従ってやっているのですから、本人も作業手順は覚えるのです。
    何で中学に入ったらこのやり方に変わったのかはわからないけれど、逆らっても仕方ない。
    移項すると符号が変わる理由はよくわからないけれど、それはそういうもの、皆がそれでやっているのだから仕方ない、覚えるだけ、と諦めて解いていきます。

    しかし、そういう子たちは、文章題を読んで、方程式を自ら立てることは、できません。
    何を要求されているのか、わからないのだと思います。
    その子たちは、内心、
    急にどうしたの?
    何で文字を使って式を立てなければいけない?
    何でそんなことをしなければならないの?
    と思っているのかもしれません。

    そして、小学生と同様に、
    「わからない数値は、わからないのだから、そんなものを式の途中に使うことはできない」
    「式というのは、答えを出すために立てるものだ。関係を表す式とか訳のわからないことを言われても、意味がわからない」
    と思っているのかもしれません。

    あるいは、
    「自分は、小学生のときから文章題は苦手だった。文章題は、自分は解けない。でも、計算はできる。基本はできるから、それでいいでしょう?はい、それで終わり」
    と心に決めてしまって、まともに問題を読むこともしない子も多いと思います。

    ここの壁は厚いです。

    しかも、中1の2学期には、その先に、もっと恐ろしい「関数」が待っています。
    y=3x だなんて、xもyも結局定まらない。
    比例だの何だと言っているが、何のために何を勉強しているのか、本当にわからない。
    これは何に使うの?
    何の役に立つの?
    数学の根本がわからない子は、関数がわからないことが多いのです。
    関数がなぜ存在しているのか、何のためにこんなことを大事そうに学ぶのか、意味がわからないのです。
    本質が全く理解できないのです。
    小6でも「比例・反比例」は学習しているのですが、そのときも、何のために何をしているのか全くわからず、困惑したままその単元の学習が終わっていく子は多いです。
    むしろ、算数・数学は意味がわかったことは一度もないし、意味を考えたことも一度もない、言われた作業を覚えた手順でやるだけさ、という子のほうが抵抗感は少ないのかもしれません。
    しかし、言われた作業を覚えた手順でこなすだけにしては、関数は複雑です。
    文章題への利用のあたりで、ブラックアウトとなりがちです。


    2学期に成績が下がって。
    中1の3学期になって重い腰を上げて塾にやってくる。
    作業手順を覚えるだけの勉強をやめられない子は、そのままかもしれません。
    しかし、その中に原石が存在することも、私は知っています。
    考えるとは、何をどうすることであるか。
    作業手順の暗記ではない数学の勉強とは、どういうことか。
    表面上は普通のテキストを普通に解いていくだけの授業の中にある、数学的な「対話」。
    本質的な「理解」。
    そうしたものがあれば、時間がかかっても、必ず成績は上向いていきます。
    数学力がついていきます。

      


  • Posted by セギ at 13:49Comments(0)算数・数学

    2019年12月31日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。解と係数の関係。その2。


    数Ⅱ「複素数」の「解と係数の関係」の続きです。

    問題 2次方程式 x2-(a-1)x-2a=0 の解の差の平方が17のとき、aの値を求めよ。

    こういうサラッと1行で終わる問題、怖いですね。
    何の手がかりもないと感じるので、何をどう解いていいか、わからない。
    高校数学、特に模試などで0点を取る人がいるのも、このように何をどうして良いのか全くわからない問題が並んでいるからでしょう。

    しかし、中学までは、逆に、問題文が何行もある問題が苦手な人が多かったと思います。
    文字を読むことそのものがあまり好きではない人は、ついつい問題文を読み飛ばし、大事な情報を読まないで解いたりして失敗することも多かったのではないでしょうか。
    以前、下のような反比例の問題を生徒と解いていたときのことです。

    問題 A町からB町まで行くのに、1時間に3km進むと4時間かかります。かかる時間は、1時間に進む道のりに反比例します。
    (1) 1時間に進む道のり xkm と、かかる時間 y 時間との関係を式に表しなさい。

    問題文に「反比例します」と書いてありますし、比例定数は3×4=12であることも明白です。
    文章題としても、これくらいコンパクトな内容ならば、読み通すのも難しくありません。
    それなのに、何分経っても考え込んでいて、手が動かない。
    まさかと思いながらも、その子のテキストの大問の問題番号の横を指さして、
    「ここ、読んだ?」
    と訊くと、首を横に振りました。
    (1)から読み、その上の問題文を読んでいなかったのでした。

    大問のところに書いてある文は、国語の場合などは特に、「以下の文章を読んで後の問いに答えなさい」といった、読んでも読まなくても変わりはないことしか書いてない場合があるのも事実です。
    そのため、大問のところの文字は読まない癖がついている子は案外多いようです。
    大問の問題番号の付近の文字は読まない。
    (1) の後からしか読まない。
    そんなことが習慣になっているのです。

    「・・・いや、問題番号の横に、A町とかB町とか、3kmとか4時間とか、記号や数字が書いてあるのを目の端に感じたら、それは読みましょう。それは大事な情報ですよ。それを読まなかったら解けないですよ」
    そう説明したのですが、問題文を読まない癖というのは、小学校の低学年から長い年月をかけて熟成されてしまった癖なので、1度そんな癖がついてしまったら、以後長くその子の足枷になる可能性があります。

    読まないから解けない。
    問題文を読めば、解ける。
    その当たり前のことに気づいた子から順番に成績が上がっていきます。
    読解力があれば、数学はできる。
    国語ができれば、数学もできる。

    しかし、それも万能ではありません。
    勿論、基本的な読解力もない状態では、どの科目も成績が伸びていくのは難しいです。
    しかし、国語ができれば、必ず数学もできると言えるか?
    それが言えるのは、高校入学までではないでしょうか。
    高校数学は、問題文の文字情報が極端に減っていきます。
    読解力よりも、純粋に数学力が問われるようになっていきます。
    少なくとも、今まではそうでした。
    来年度から実施される予定の大学入試共通テストがそれをかき乱すのかどうかは、まだ、今のところよくわかりません。
    文章がやたらと長いだけの粗悪な文章題が、純粋に数学が得意な子の進路を阻むことがなければ良いのですが。

    「新傾向問題」と称する、数学なのにやたらと文章や図表による説明の長い問題は、急に世に出てきたものではありません。
    そんな「新傾向問題」は、戦後の長い教育史の中で、度々現れては効果が疑問視されて潰れてきました。
    都立高校入試も、20年ほど前は、そんな「新傾向」の文章題が出題されていたのです。
    やたらと長い文章と図や表を読んで、方程式を立てたり、規則性を見抜いたり、確率を求めたりする問題でした。
    今も、都立入試の大問2にその気配は少し残っていますが、悪問だった「新傾向」は大きく改訂され、文章は短くなり、質は高くなり、高校数学に確かにつながる数学力を試す良問となっています。

    数学の「新傾向問題」は、実施されて数年を経ると、こんな問題では数学力は問えないという批判が沸点に達し、中止になる。
    その繰り返しです。
    子どもの読解力が心配なのはわかりますが、それは他の科目で問うことができますので、数学でやらなくても良いのです。


    そんなこんなで、さて、もう一度上の問題を見直しましょう。
    新傾向でも何でもない、従来からの問題です。

    問題 2次方程式 x2-(a-1)x-2a=0 の解の差の平方が17のとき、aの値を求めよ。

    「解の差の平方」のあたりは多少読解力が問われますが、その他の情報としては、これは2次方程式の問題であるらしい、というだけです。
    問題文を読んでも、どう解くのかピンとこない。
    そうした問題のほうが、高校数学らしい問題だと感じます。
    読解力ではなく純粋に数学力の勝負になってくるのが高校数学といえるかもしれません。

    問題集を解いていてこの問題を目にするのならば、ここは「解と係数の関係」のページだから、解と係数の関係を使うのだろうと考えることもできます。
    しかし、こういう問題が実力テストや模試に出ている場合、何の単元の何に関する問題で何を利用したらいいかわからない高校生は多いと思います。
    その結果、答案を1行も書き出せない・・・。
    数学の答案は、1行目の書き出しが一番難しいですから。
    発想の原点が書かれているのが1行目なのですから。

    2次方程式が与えられて、解がどうのこうのと言われたら、とりあえず「判別式」か「解と係数の関係」が使えるのではないか?
    そう発想できるように、頭の引き出しにいつも使える形で定理を入れておく必要があります。
    結局、定理がすぐに使える状態で頭に入っているかどうかです。

    では、解と係数の関係だろうと判断し、この問題を解いてみましょう。
    この2次方程式の2つの解をα、βとします。
    解と係数の関係より、
    α+β=a-1 ・・・①
    αβ=-2a ・・・②
    また、「解の差の平方が17」なのですから、
    (α-β)2=17 ・・・③
    です。
    このように、作れる式をまずは作れるだけ作ってみます。
    文字が3通り、式が3本作れました。
    この連立方程式は、解けますね。

    解いてみましょう。
    ③より、
    α2-2αβ+β2=17
    (α+β)2-4αβ=17
    これに①、②を代入して、
    (a-1)2-4・(-2a)=17
    a2-2a+1+8a=17
    a2+6a-16=0
    (a+8)(a-2)=0
    a=-8、2
    これが解答となります。


    問題 2次方程式 4x2-2x+a=0 の解がsinθ、cosθであるとき、定数aの値を求めよ。

    さて、三角比が登場しました。
    三角比を見ると動揺が走り、ノートに直角三角形を描き出す人もいるかもしれませんが、この問題は、そのような三角比の最初の定義に戻る必要はないのです。
    ここでは、単にsinθ、cosθというのはある数値なのだと理解しておけば大丈夫です。
    その2つの数値が、与えられた2次方程式の2つの解です。
    ところで、今回、x2の係数が4ですので、そこにも注意します。
    解と係数の関係は、
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
    α+β=-b/a 、αβ=c/a です。
    x2の係数の a=1 のときは、α+β=-b、αβ=c となりますが、この問題では a=4 であることに注意が必要です。

    解と係数の関係より、
    sinθ+cosθ=1/2 ・・・①
    sinθ・cosθ=a/4 ・・・②
    とりあえず、2本の式は立ちました。
    ても、これだとわからない値がaを含めて3種類なのに、式は2本。
    これでは、解けないですね。
    もう1本、式が必要です。
    ここで、三角比の相互関係の公式を思い出せれば、この問題は解けます。
    sin2θ+cos2θ=1 という式がありました。(2は指数です)

    よし、解きましょう。
    ①を2乗して、
    (sinθ+cosθ)2=1/4
    sin2θ+2sinθ・cosθ+cos2θ=1/4
    sin2θ+cos2θ+2sinθ・cosθ=1/4
    三角比の相互関係の公式より、
    1+2sinθ・cosθ=1/4
    2sinθ・cosθ=-3/4
    ②を代入して、
    2・a/4=-3/4
    2a=-3
    a=-3/2
    これで答えが出ました。

    ああ、やはり、純粋に数学的な問題のほうが、良い問題が多いなあ・・・。
    読めと言われれば新傾向の文章題でも何でも読みますが、どうせ読むのなら、香り高い文学作品とか、エッジの効いた評論とか、そういうものを読みたいです。
    お正月は、そういうものを読んで過ごそうかなあ。
    というわけで、皆さまも良いお年を。

      


  • Posted by セギ at 13:19Comments(0)算数・数学

    2019年12月25日

    高校英語。比較表現。AというよりむしろB。



    英語の比較表現。
    今回は、not so much A as B「AというよりむしろB」を見ていきましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    彼女は学者というよりはむしろテレビタレントだ。

    英語もこのレベルになると実用的です。
    英作文に活用したくなります。
    文法は、この構造の文を読み取れるためだけでなく、これを使うと文章表現が豊かになるので、ライティングに活用するために学ぶという意味もあります。

    まず構造的に見てみると、上の文は以下の文の否定文だということがわかります。
    She is as much a scholar as a TV personality.
    彼女は、テレビタレントであると同様に学者でもある。

    それの否定文なので、学者であることが否定され、上のように「学者というよりむしろテレビタレント」となるのです。
    何が否定されているのか、文の前半を見ることで意味が把握しやすくなります。

    こういうのは、丸暗記したほうがお得です。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    幾度も唱えましょう。
    独りで自室で勉強しているのなら、節をつけて暗唱し、身振り手振りもつけて踊り、not so much A as B ダンスを完成させても良いかと思います。

    問題 以下の空所を埋めよ。
    Modern art is ( )( )( ) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye ( ) with capturing its soul.
    現代芸術は対象を目に映る通りに正確に描くことよりも、むしろその精神をつかむことに関心がある。

    実用に耐えうるを通りこして、難しい概念を英語で語られるようになって、もうついていけません・・・。
    そんな感想もあるかもしれませんが、とりあえず、この文は「AというよりむしろB」という構造だなと把握できれば、この問題は正解できます。
    Modern art is (not)(so)(much) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye (as) with capturing its soul.
    となります。

    こうした空所補充問題だけならば楽なのですが、文法問題はほぼ同じ意味を表すように書き換える問題が多く、それが厄介かもしれません。
    しかし、英語は言い換え表現が多いです。
    そういう練習をしなければ、英語を読めるようにも書けるようにもならないのです。
    無論、聞けるようにも話せるようにもなりません。
    そういう意味で、言い換え表現が沢山出題されるのですね。

    問題 以下の4つの文がほぼ同じ内容を表すように空所を補充せよ。
    She is not so much a scholar as a TV personality.
    She is a TV personality (  )(  ) a scholar.
    She is (  ) a TV personality (  ) a scholar.
    She is (  ) a scholar (  ) a TV personality.

    ふわあ・・・。
    目がチカチカしてきそうですが、ここで落ち着いて、じっくり1つ1つの文を見ていきましょう。
    1番上の文は、最初に学習したnot so much A as B「AというよりむしろB」です。
    それと同じ意味にするのですね。
    2番目の文は、よく見ると、「テレビタレント」と「学者」の語順が逆になっていることがわかります。
    これは肯定文です。
    彼女はテレビタレントなのです。学者であるよりも。
    ここで、ピンときます。
    B rather than A「AであるよりもB」を利用するのです。
    She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    これが、正解です。

    3番目の文も、「テレビタレント」が先にきています。
    だから、これも肯定文です。
    rather B than A「AであるよりもB」という形もあると思い出すことができれば、正解できます。
    She is (rather) a TV personality (than) a scholar.
    これには別解もあります。
    She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    これも、正解です。

    4番目は、1番目の文と同じく、「学者」が先に来ています。
    つまり、これは否定文になるのでしょう。
    学者であることを否定しないと、1番目の文と同じ意味になりませんから。
    She is (not) a scholar (but) a TV personality.
    かな?
    ・・・いいえ。
    それだと、少しニュアンスが異なります。
    「彼女は学者ではなく、テレビタレントだ」と言い切っています。
    1番目の文は、そこまで言い切ってはいないですよね。

    否定文は、否定語だけで作るものではありません。
    準否定表現もあります。
    ここで、less を思い出せたら、大したものです。
    正解は、
    She is (less) a scholar (than) a TV personality.
    これは、3番目の文の別解を逆方向から説明した文です。


    もう一度、正解をまとめましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    =She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    =She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    =She is (less) a scholar (than) a TV personality.

    この言い換え表現を全部理解しておくと、「AというよりむしろB」に関する問題は、ほぼ大丈夫でしょう。
    覚えにくいものは丸暗記。
    同時に構造を論理的に把握。
    そのあわせ技で、身につけてください。




      


  • Posted by セギ at 11:25Comments(0)英語

    2019年12月23日

    算数から高校数学へ。データの分析。アクティブラーニング的に。


    「データの分析」は、小学校から高校まで一貫して学習する数学の大きな単元です。

    計算ができるだけではダメ。
    未来を生きる子どもたちは、数値を分析し、読み取る力が必要だ。

    そうした意図のもと、小学生から「棒グラフ」「折れ線グラフ」「整理のしかた」「平均値・単位量あたり」「資料のちらばりと柱状グラフ」と学習を進めていきます。
    中学では、「度数分布表と柱状グラフ」「有効数字」「標本調査」。
    高校になると「四分位数と箱ひげ図」「分散と標準偏差」「相関係数」さらに「期待値」「確率偏差」と学習が進みます。

    この単元のそうした趣旨も理想もわかるのですが、実際に問題を目にすると、なかなか厄介だなと感じます。
    まずは、小6向けの内容で、アクティブラーニングの可能性を考えてみましょう。


    問題 AとBの2つのふくろには、以下の重さの10個ずつのミカンが入っています。
    Aのふくろ
    80g、85g、94g、95g、96g、96g、98g、99g、103g、110g
    Bのふくろ
    84g、87g、87g、88g、100g、100g、101g、102g、102g、103g

    2つのふくろのミカンは同じ値段です。あなたはどちらのふくろのミカンを買いますか。理由も答えなさい。


    ・・・鮮度や皮のつやはどうなんですか?
    産地は同じなんですか?
    私は、皮がむきやすそうなミカンが好きなので、実物を見て買いたいです。
    いや、ミカンはあまり好きじゃないから、どちらも買わない・・・。
    そもそも、こんなどうでもいいことで悩む時間が無駄だ。どうせ大差ないから、どっちだっていいよ。

    このように活発な意見が出る教室は、ある意味健全な教室です。
    ただ、そうした意見がいつまでも強い主張を繰り返し、その先に進まない場合は、授業は失敗です。
    こうした意見が出ても、では、鮮度や産地は同じとしよう、今回は真剣に考えて、どちらかを選ぶとしようという前提を周知徹底できるのがアクティブラーニングの基本。
    先生、ご苦労様です。

    学習の目的から外れた意見を除外することができたとして、しかし、アクティブラーニングで苦しいのは、生徒からその先の意見が全く出ないことです。
    あるいは、1つの正論が席巻し、それ以外の意見は出ないこと。

    小6「資料のまとめ方」の冒頭でこのアクティブラーニングを行った場合、生徒から出てくる答は、ただ1つに集まって終わる可能性があります。
    すなわち、ミカンの重さの合計で比べる。
    あるいは、平均値を求める。
    今回、ミカンはどちらも10個なので、合計でも平均でも同じことです。
    秀才たちは異口同音にそれを主張するでしょうし、それは、1つの正しい答です。
    正しい1つの意見が場を席巻し、はあそうですかと大多数は黙っている授業・・・。
    アクティブラーニングの1つの末路です。


    Aのふくろの合計は、956g。平均値95.6g。
    Bのふくろの合計は、954g。平均値95.4g。
    だから、合計や平均値が重いAのふくろのほうを買う。

    しかし、それは正解の1つに過ぎないのです。
    小6の学習目標は、実は平均値の活用ではありません。
    平均は、小5で既に学習済みです。

    では、小6の学習では何を目指すのか?
    それ以外の見方で、AのふくろとBのふくろを比べることが目標です。
    この単元は「資料の散らばり」に注目することが学習の目標なのです。
    アクティブラーニングは、生徒たちに話し合いをさせれば良いというものではなく、学習目標に沿った深い学びが得られるように、議論を誘導する必要があります。
    目標があるのです。
    「だったら、それをさっさと説明してくれ。覚えるから」
    という子に、それじゃ深い学びじゃないでしょう?というのが、アクティブラーニングなのです。
    簡単なことじゃないです。


    もう一度、AとBと2つのふくろのミカンの重さを見比べてみてください。
    実際に買うとしたら?

    私なら、Bを買います。
    なぜか?
    100g以上の大きいミカンが6個も入っていて、おいしそうだからです。

    ・・・え?
    そんな漠然とした主観的な答が、算数・数学で通用するの?
    そういうことを答えて良かったの?
    そんなのは、一番最初に除外された、つやはどうなのかとか産地はどこなのかと同じ種類のことじゃないの?

    違うのです。
    データの見方として、それは「あり」なのです。

    「平均値」は、データを分析するための1つの重要な観点です。
    しかし、平均値がそのデータの全てを説明するわけではありません。


    2つのふくろのみかんの重さを再度見てみましょう。

    Aのふくろ
    80g、85g、94g、95g、96g、96g、98g、99g、103g、110g
    Bのふくろ
    84g、87g、87g、88g、100g、100g、101g、102g、102g、103g

    平均値では、Aのふくろのほうが確かに重いです。
    しかし、10個を重い順、あるいは軽い順に並べた真ん中の値、すなわち「中央値(メディアン)」で見た場合。
    Aは96g。
    Bは100g。
    Bのふくろのほうが、中央値は大きいのです。

    なぜ、平均値と中央値にそのような差が生じるのか?
    それは、資料の散らばり具合によるものです。
    Aは、まず、最小値も最大値も大きい。
    最大値と最小値の差を「範囲(レンジ)」と言いますが、110-80=30(g) が、Aの範囲。
    103-84=19(g) が、Bの範囲です。

    ここで、散らばり具合をわかりやすくするために、度数分布表を作ってみます。

    Aのふくろは、
    階級(g)         度数
    80以上85未満    1
    85   90       1
    90   95       2
    95  100       4
    100 105       1
    105 110       1

    Bのふくろは、
    階級(g)         度数
    80以上85未満    1
    85   90       3
    90   95       0
    95  100       0
    100 105       6
    105 110       0

    ここから柱状グラフを描けば、さらに一目瞭然でしょう。
    Aは広い範囲で、きれいな山を描いて資料が分散されています。
    一方Bは、範囲が狭い上に、その中でも大きいものと小さいものに大きく割れているのが見てとれます。


    ここで、中学で学習する内容をちょっと補足します。
    資料の性質を示す値を「代表値」と呼びます。
    「平均値」も「中央値」も代表値です。
    さらに「最頻値(モード)」と呼ばれるものがあります。
    その資料の中で、最も多く出てくる値です。
    度数分布表にした場合には、その階級の真ん中の値「階級値」で考えます。
    Aのふくろの最頻値は、97.5g。
    Bのふくろの最頻値は、102.5g。
    Bのほうが大きいです。

    小学校の算数や中学の数学はここまでですが、高校数学になると、ここからさらに四分位数を求め、箱ひげ図を描きます。
    四分位数というのは、データを小さい順に並べたときに、4等分する位置にあるデータをQ1(第1四分位数)、Q2(第2四分位数=中央値)、Q3(第3四分位数)としていくものです。
    柱状グラフでも散らばり具合は一目瞭然ですが、柱状グラフは場所を取ります。
    もっと多数のデータを比較する場合には、スペースの問題で、柱状グラフを描けないこともあります。
    そのために、四分位数と箱ひげ図があります。
    それを見るだけで、データのおおよその傾向を読み取ることができるのです。

    Aのふくろは、
    Q1=94g、Q2=96g、Q3=99g
    Bのふくろは、
    Q1=87g、Q2=100g、Q3=102g

    ここで気づくのです。
    最小値と最大値の差、すなわち範囲だけを見たときは、Aのほうが範囲が広いデータです。
    しかし、Q3-Q1の値、すなわち「四分位範囲」を見てみると、
    Aのふくろは、99-94=5。
    Bのふくろは、102-87=15。
    Bのふくろのほうが、別の意味で散らばっているデータだということが読み取れます。
    さらにAの平均値95.6gと、Bの平均値95.4gを考慮に入れた場合、Aのふくろは平均値と中央値に大きな差はなく、バランスのとれた散らばりである一方、Bのふくろは、平均と中央値との差が大きく、バランスを欠いた散らばりであることが見てとれます。

    それらの値を箱と線分で表したのが、箱ひげ図です。
    箱ひげ図の形状から、柱状グラフの形状を推理することができます。
    狭いスペースで多くのデータの散らばりを比較できます。
    箱ひげ図についての詳細は、過去ページをご参照ください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e449491.html


    繰り返しになりますが、データの特徴を説明する数値を「代表値」といいます。
    ただ、「代表値」という用語は中学の数学で学ぶもので、小学生にその用語で説明することはありません。
    こんな用語を教えると、それを暗記することが大事なんだと勘違いして学習がブレる子が現れますから、用語は教えないほうが良さそうです。

    平均値の他に、中央値(メジアン)、最頻値(モード)。
    そうした代表値からデータをどう読み取るか。
    小6「資料のまとめ方」という単元の学習目標は、そうした用語は教えないけれど、データの散らばりとその整理の仕方、そしてそこから読み取れる特徴を考えることなのです。

    小6では、まずは数直線の上に、全てのデータを点として打ち込み、ちらばり具合を見ます。
    次に度数分布表を作ります。
    上にも描いた、〇〇g以上〇〇g未満が何個というものをまとめた階級別の表のことです。
    なお、小6では、「度数分布表」という用語は教えません。
    「階級」「階級値」といった用語も教えません。
    資料を整理した「表」と呼ぶだけです。
    相手は小学生。
    95g以上100g未満という階級に、100gは入るのか入らないのかの判断も誤るレベルです。
    わかっているつもりでも、ついうっかり。
    用語を覚えている余裕はないのです。
    難しい用語を教えると、それを覚えることに必死になって、学習のピントがずれてしまいますから。
    用語を教えず、度数分布表を作ることだけに専念してもらっても、ミスは起こります。
    表の個数の合計と本当の合計とが一致しないことがしばしば起こるのが小学生です。

    どのデータを入れ忘れたの?
    ちゃんと指差しながら順番に「正」の字を書いていった?
    え?階級ごとに個数をそれぞれ数えた?
    それは不正確になりがちだよー。
    え?それくらい、できる?
    そんな意地を張って、データの整理が不正確になるようなこと、大人はしないですよ。
    子どもっぽいなあ・・・。
    まあ、本当に子どもだからしょうがないけど。
    ・・・という学習レベルなのです。
    個々のデータの取り扱いの基本も、ここで学びます。

    さらに、小6では、柱状グラフを作ります。
    「柱状グラフ(ヒストグラム)」という用語だけは、教えます。

    さらに、中央値や最頻値も、概念として学びます。
    ただし、そうした用語は使いません。
    柱状グラフから、
    「もっとも個数が多いのは、何g以上何g未満の範囲ですか?」
    「重さの小さいみかんから順番に並べたときに、ちょうど真ん中の重さのみかんは何g以上何g未満の範囲に入りますか」
    といった問題を解くだけです。

    ・・・問われたことには答えられるけれど、一体何を学んでいるのか、目的がよくわからない・・・。
    あまりにも遠回りにものごとを問いかけるので、データの読み解き方を学んでいると気づかない場合もあるかもしれません。
    だから、学習の総まとめとして、冒頭の問題をアクティブラーニングするのは「あり」ではないかと思います。

    AのふくろとBのふくろと、どちらのふくろを買うか?
    大きいミカンが沢山入っているBのふくろが良いという「最頻値」を重視した意見。
    でも、最大のミカンはAのふくろに入っているから、Aのふくろのほうがいいんじゃないかという「最大値」を重視した意見。
    真ん中の値はBのほうが大きいからBにするという「中央値」を重視した意見。
    Bのふくろのほうが、一番大きいミカンと一番小さいミカンとの差が小さいから、家族で平等に食べらるんじゃないかという「範囲」を重視した意見。
    やっぱり平均が大きいほうがお得だからAにするという意見。

    根拠さえ明確で論理的であるなら、どの答も正解なのです。
    多様な解答、学んだことを活かした解答が多くの生徒から出たなら、学習は成功。
    これが、アクティブラーニング。


    こういう授業を想像し、面白そうだなあ、自分もこういう授業なら楽しく参加できたのに、と思う方もいらっしゃると思います。
    確かに、楽しい面もあります。
    字面だけの暗記事項ではなく、生きた知識が身につき、深い理解が得られます。
    でも、この授業に毎回積極的に参加していくのは、大変です。
    生徒にも先生にも強いストレスがかかる授業です。

    特に、冒頭のような予習的なアクティブラーニングを行う場合。
    これから学ぶことを生徒から引き出そうとするアクティブラーニングは、先生にとっても生徒にとっても難行苦行です。

    小5で「平均」について学習したのです。
    だから、そのことを思い出して、平均によって2つのデータを比較する。
    それが、ただ1つの正解。
    そう思っていると、それではない他の考え方はないかと要求される。
    一瞬、頭が真っ白になる子もいるでしょう。
    それまでの学習をきちんと身につけていればいるほど、それを否定されるのは、つらいでしょう。

    先生は言います。
    小5で学習した「平均」にこだわらず、もっと自由に考えてみなさい。

    ・・・はあ?
    習ったことに基づいて、正しい意見を言って、何が悪いの?
    自由って何?

    真面目に努力しているが頭の硬い子にとって、こんなストレスフルな問いかけはないでしょう。
    頭の硬い子は絶句してしまうかもしれません。
    その一方で、これから学習することになる「範囲」「中央値」「最頻値」という観点の意見を言えた子は称賛されるでしょう。
    これから学習する内容を使って意見を言える子は賞賛される・・・。
    自力でそれを発想したのなら凄いですが、本当に自力で発想したとは限りません。
    予習している子もいると思います。
    予習したことを、まるで自分の意見みたいに発表すると、うーんアクティブですね、と褒められる・・・。
    予習していながらしていないふりで、先生の意図に沿った意見を言った子が褒められる茶番劇・・・。
    そういうものになる可能性もあるのが、アクティブラーニングです。

    ただ、度数分布表やヒストグラムについて予習していても、あるいは皆が学習した上で総まとめとして上のアクティブラーニングを行うとしても、先生の望むような多様な意見を出せる子は少ないかもしれません。
    学習した通りの練習問題には答えられても、こうしたアクティブラーニングにその知識を活用するのは、本人の能力が高くないとなかなか難しいのです。
    ヒストグラムに関する練習問題で、繰り返し「真ん中の値はどれですか?」「最も多い値はどれですか?」と尋ねられていても、それが重要なことだと気づかない。
    データを読み取るときに、それを活用するのだと気づかない。
    子どもの頭は、ものごとを統合するのがまだ難しく、「それはそれ、これはこれ」になりがちです。
    勉強したことと、それを実際に活用することとが、なかなか結びつかないのです。
    勉強したことは勉強したこととして、問われたことには「勘」で答える。
    小学生には、そういう子が案外多いように感じます。

    カラーテストも「勘」で解き、それでそこそこの点数を取ってしまいます。
    それは、記号問題だから勘が通用し、記述式なら勘は通用しないというレベルのことではありません。
    小学生の場合、文章題の立式も勘で行い、それでそこそこ正解してしまう「成功体験」を低学年で積んでしまう子が多いのです。
    そのまま、高学年になり、勘では通用しない単元になっても、勘で解くことをやめられません。
    文章題は正解できなくなっても、「この単元はたまたま苦手なだけ」ということにしてしまいがちです。
    「単位量当たり」「速さ」「割合」といった単元がたまたま苦手なだけということに本人はしていますし、保護者もそのように位置づけてしまうかもしれません。
    しかし、それは、もしかしたら、そもそも物を考える習慣がない、考えて問題を解く習慣がないということを示している可能性があります。

    だからこそ、アクティブラーニングの必要性が叫ばれているのですが、これもまた難しい問題をはらんでいます。
    文章題すら「勘」で解く子たちは、アクティブラーニングも「勘」でこなそうとするでしょう。
    考えろと言われても、それが何をどうすることなのかわからない子が、教室に多い。
    そうした中で行うアクティブラーニング。
    深い学びを得られるのは、考えることを知っている子たちだけ。
    考えるということを知らない子たちは、置いてきぼりです。
    結果、何を学んでいるのかすら把握できない子も増えていきます。

    国立大学の附属中学などでは、もう何十年も前から、こうしたアクティブラーニングの授業を行っています。
    そこで勉強についていけなくなった子が、
    「授業で何をやっているのかわからない。勉強のできる人何人かと先生が話し合っているだけ」
    と評するのは、そうした理由によるところが大きいと思います。

    繰り返しますが、アクティブラーニングは、上手くいけば、その効果は絶大なのです。
    ものを考えるということがどんなに楽しいことか。
    教科書に載っている無味乾燥に見えることが、どれほど生きた知識であるか。
    学校では教えてもらえないことの価値を声高に叫ぶ意味はわかります。
    でも、その前に、学校で教えてもらえることの価値をまず知ってほしい。

    「中央値」「最頻値」「最大値」「範囲」といった、学習内容としては無味乾燥なものが、実はみかんのふくろ1つ買うのでも使えるものだということ。
    算数・数学は実生活と関係のあるものなのだということ。
    私たちは、どのようにデータを見たらよいか、その観点を学んでいるのだということ。
    そういうことへの理解を深めるためのアクティブラーニング。
    学んだことが、実感と結びつく。
    そうした高い理想を、できるだけ多数の生徒が享受できることを願ってやみません。

    アクティブラーニングの授業が、来年度の小学校の新しい学習指導要領から、ついに本格始動します。

      


  • Posted by セギ at 12:16Comments(0)算数・数学