たまりば

  地域と私・始めの一歩塾 地域と私・始めの一歩塾  三鷹市 三鷹市

お知らせ

2019年09月15日

高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その3。いろいろな問題。


さて、今回は、不等式の証明に関する少し難しい問題をいくつか解いてみましょう。

問題 不等式 x2-6xy+10y2≧4y-4 を証明せよ。

x と y と文字が2つあり、両方とも2次で、しかも、xy の項もあるので、文字ごとに別々に平方完成することはできない問題です。
さて、どのように解くか?
これは、まず x を優先し、xを含んでいる項で平方完成してしまいましょう。
いえ、y を優先しても別に構いません。
とにかく、どちらかの文字をまず優先するという考え方で処理していきます。

左辺-右辺
=x2-6xy+10y2-4y+4
x2 と-6xyを優先して平方完成します。
=(x2-6xy+9y2)+y2-4y+4
=(x-3y)2+y2-4y+4
後半の3つの項も平方完成できますね。
=(x-3y)2+(y-2)2≧0
よって、
x2-6xy+10y2≧4y-4
等号成立は、x-3y=0 かつ y-2=0
すなわち、x=6、y=2のとき。


問題 不等式 (a2+b2)(x2+y2)≧(ax+by)2 を証明せよ。

文字が4種類もあるわりに、これは単純に解いていけそうな予感がします。
左辺-右辺
=(a2+b2)(x2+y2)-(ax+by)2
=a2x2+a2y2+b2x2+b2y2-a2x2-2abxy-b2y2
=a2y2+b2x2-2abxy
=a2y2-2abxy+b2x2
=(ay-bx)2≧0
よって、
(a2+b2)(x2+y2)≧(ax+by)2
等号成立は、ay-bx=0 すなわち、ay=bx のとき。

同様に、
(a2+b2+c2)(x2+y2+z2)≧(ax+by+cz)2
も証明可能です。
これらは、コーシー・シュワルツの不等式と呼ばれているものです。


問題 x>0のとき、x+16/(x+2)の最小値を求めよ。

急に最小値と言われても、2次関数ではなさそうなのに、どういうことだろう?
このように問題の目先が変わると、何をどうして良いか全くわからなくなる人もいると思います。
「どういうふうに考えるんですか?」
と相談されることが多いのです。
分子と分母にxがある場合、相加平均・相乗平均が使える可能性があるよね?と問いかけると、
「だから、そういうことをどう発想するんですか?」
と問われます。

最小値・最大値という文字を見たら、まず2次関数かな?と考える。
そうでなかったら、あれ?では不等式かな?と発想する。
何もないところからいきなりその発想をもてないということは理解できます。
ならば、発想のストックを自分の中にもっておくことをお薦めします。

では、不等式をどう使うのでしょう?
最小値というのは、とりうる値の中で最小の数。
x+16/(x+2) はいくつ以上なのだろうと考えると、あ、これは不等式なんだなと気づくと思います。

後半の分母が x+2 なので、前半も x+2 にしてみます。
それなら、相加平均・相乗平均の定理が使えるでしょう。

相加平均・相乗平均の関係より、
x+2+16/(x+2)≧2√(x+2)・16/(x+2)
右辺の√ は、式の最後までかかります。
x+2+16/(x+2)≧2√16
x+2+16/(x+2)≧8
x+16/(x+2)≧6
よって最小値は6とわかりました。
ところで、このときのxはいくつでしょう。
それも求めましょう。
相加平均・相乗平均の関係より、
等号成立は、x+2=16/(x+2) のとき。
よって、
(x+2)2=16
x+2=±4
x=-2±4
x=-6、2
x>0より 
x=2
よって、
x=2のとき最小値6

これが最終解答となります。


問題 x>0、y>0 のとき、(3x+2y)(3/x+2/y) の最小値を求めよ。

これも、相加平均・相乗平均を利用するんだろうなあと、一度上のような問題を解くと、発想のヒントが見えてくると思います。
問題を解く経験を積む。
発想の源は、経験であることが多いのです。

とりあえず、与式を展開してみましょう。
(3x+2y)(3/x+2/y)
=9+6x/y+6y/x+4
=13+6x/y+6y/x
ここで、相加平均・相乗平均の関係より、
x/y+y/x≧2√x/y・y/x
x/y+y/x≧2
よって、
13+6x/y+6y/x≧13+6・2
13+6x/y+6y/x≧25
等号成立は、x/y=y/x のとき。
x>0、y>0 より
x2=y2 すなわちx=yのとき。
よって、
x=yのとき、最小値25

これが最終解答です。
相加平均・相乗平均を利用したときの等号成立のところが何だか飛躍しているようでよくわからない人いるでしうか。
これは、相加平均・相乗平均の定理を使っているだけなのです。
a+b≧2√ab
等号成立は、a=bのとき。
この定理を利用して、等号成立のときを判断しているだけです。
その都度計算しているわけではないのです。
前に学習したことをスルッと使われて解説されると、よくわからない・・・。
そういうことは、直前で学習したことでもすぐに起こります。
モヤモヤしたら、定理に戻って確認しましょう。

また、すぐ上の問題では、
x/y=y/x のとき、
x>0、y>0 より
x2=y2 すなわちx=y
というところがわからない、という人もいるかと思います。
両辺が分数の式のとき、互いの分母×分子は等しいということを知らない人は高校生になっても多いです。
三角比の正弦定理の式も、それを用いて整理すれば簡単になります。

a/b=c/d のとき、ad=bc
分数の基本に戻って考えましょう。
通分・約分するときの基本の考え方ですが、分母・分子に同じ数をかけても、分数全体の大きさは変わりません。
だから、a/b=ak/bk は常に成立しています。
この式の、左辺の分子×右辺の分子は、abk。
右辺の分子×左辺の分子も、abk。
よって、両辺が分数の式は、たすきにかけたような形に簡単に整理できるのです。
それで上の x/y=y/x も、x2=y2 と変形できるのです。


それで思い出したのですが、最近、別の塾で「比」を学習した小学生が、こんな解き方をしました。
2/15 : 1/5=15 : 10=3 : 2

・・・うん?
何をしたの?
「x攻撃すると、簡単なんだよ」
と、その子は、知らないなら教えてあげるというような、謎の上から目線で教えてくれました。
しかし、この問題の正解は、2 : 3 です。
その子は、左の項の分母と右の項の分子をかけて、15×1=15。
左の項の分子と右の項の分母をかけて、2×5=10。
だから、15 : 10=3 : 2 としてしまったのでした。
それは、逆です。
そういうやり方をするのなら、左の項の分子と右の項の分母の積が先、左の項の分母と右の項の分子の積が後。
比は、順番が大切。
逆に書いたら、それは誤答。
「xにかける」のは一見簡単そうですが、どちらを先に書くのか曖昧になったら、そのやり方は失敗します。

2/15 : 1/5=2/15 : 3/15=2 : 3
という普通の解き方でなぜいけないのか?
この解き方のほうが、どういう解き方をしているのか、その意味も明確で、間違える可能性も少なく、解く手間も上の解き方と同じです。

ところが、小学生は、このような「x攻撃~」的な解き方が好きです。
その解き方は間違える可能性が高いから普通に通分しなさいと助言したのですが、「嫌だ」の一言で却下されました。
比なんて、どんなに気をつけても順番を逆に書いてしまうことが多い単元。
それにさらにこんな不確定要素が加わったら、この先、まともに正解が出る気がしません・・・。
この先の受験算数は、ほとんど全て比を使います。
「速さと比」「割合と比」「面積と比」「つるかめ算と比」「平均と比」と、比ばかりなのに・・・。
算数が苦手な子には理解しづらいところで、ただでも大変なのに、x攻撃をやめさせるという余計な負担が1つ増えました。
ただ今、その方向に向けて努力中です。

x攻撃。
この解き方を教える際に、ただし順番には注意することという指示があったのかもしれません。
しかし、「順番に注意」といった細則はすぐに頭から抜け落ちていくのが子どもです。
算数が苦手な子どもたちのために、楽しい解き方を教えてやろう。
それは善意から出たものでしょうが、その子は、分数比を簡単な整数の比に直す作業の正答率は常に五分五分のリスクを一生かかえる可能性があります。
この解き方は、リスクが高いです。

それと混同されやすく、誤解される可能性がありますが、両辺が分数の式を分母と分子の積の形に直すのは、どっちが先でも後でも、必ず等式が成立します。
一見、上のx攻撃と似ていますが、誤用のリスクはありません。
誤用のリスクのある解き方は、算数・数学が苦手な子に教えないほうがいい。
意味がわかる基本の解き方を丁寧に実践することのほうが、結局、子どものためになる。
これは不文律とすべきだと、改めて感じました。


  


  • Posted by セギ at 13:24Comments(0)算数・数学

    2019年09月11日

    高校英語。分詞 その3。感情を表す分詞。



    さて分詞の話も3回目。
    今回は、感情を表す分詞の使い分けです。
    それは、中学生の頃に受動態の学習の中で既に登場している事柄です。
    感情表現は、受動態で語られます。
    I am interested in the book.
    私はその本に興味がある。
    interested くらいに使用頻度が高いと、分詞というより形容詞として固定化されて認識されているものですが、もともとは分詞です。
    interest という動詞は「興味をもたせる」という意味の動詞。
    その過去分詞が、interested 。
    現在分詞は、interesting 。
    動詞原形の意味が「興味をもたせる」なので、人が主語のときは、「興味をもっている」=「興味をもたせられている」という意味となり、受動態が使用されます。
    The book is interesting.
    その本は面白い。
    物が主語のときは、「面白い」=「その物が興味を持たせている」という意味となり、現在分詞が使用されます。

    こういうことは、一度しっかり理解すれば何でもないことのような気がするのですが、何度説明を聞いても聞き流す、すぐ忘れる、混乱する、を繰り返す中学生・高校生も多いです。
    数学の解き方は丸暗記するのに、英語は暗記しない・・・。
    英語・数学の両方を教えていると、「やり方が逆だよ」と感じることは多いです。

    数学は、どうしてそれで解けるのか理解していないのに丸暗記だけしても仕方ありません。
    小学生からずっとそれをやっていると、高校数学はほとんどわからなくなります。
    内容を理解せず解き方だけ丸暗記していては高校数学は解き方の丸暗記もできない状態に追い込まれます。
    理解していないことの上に理解できないことが乗っかっていく。
    わかるわけがありません。
    解き方だけ暗記しようとしても、似たような公式、似たような見た目の典型題が多過ぎて、覚えきれません。
    本質を理解していれば、数学で覚えるべきことは限定され、それに基づいて多様な問題を解いていくことができます。

    一方、英語は、暗記するべきことは暗記しなかったらどうしようもありません。

    ついでに言えば、英語を理解するとは、その英文の意味を理解することではありません。
    自力で英文を読むことはできないのに、他人が英語を訳してくれると安心し納得して、英語がわかった気になる傾向がある人は、要注意です。
    それは英語を勉強したことにはなりません。
    塾でも、私に全文を訳してくれと頼んでくる子はいます。
    あるいは、全文を訳してくれないからわからない、と愚痴を言う子もかつていました。
    全文を訳してもらって、その英文の意味がわかると、英語がわかったような気がするのかもしれません。
    しかし、それは、その英文の意味がわかっただけで、英語がわかるようになったわけではないのです。

    一方で、同じ子が、負担の大きい単語暗記には消極的です。
    受け身で楽な「勉強のようなこと」が本当に好きなのだなと哀しくなります。

    また、
    「どうしたら、リスニングが得意になりますか?」
    と質問する子が、1週間で何時間英語を耳にしているかといったら、学校で英語に触れる時間以外は0分というのはよくある話です。
    ラジオ講座など、無料で英語聴き放題の手段を教えても、利用しないのです。

    その子たちの望んでいる英語学習と、本当の英語学習との乖離が大きい。
    英語が得意にならない根本理由は、そこにあると思います。


    というわけで、「かわいそうなゾウの話」のストーリーを覚えても、マララさんの演説の内容を覚えても、それは英語学習ではない。
    一方、感情表現の分詞の使い分けを理解し、暗記することは、英語学習です。

    ところが、ここはしっかり区別して使い分けを正確に覚えなければというところで、逐一、逆に逆に覚えてしまう子もいます。
    そうした子は、宿題などで間違った練習を沢山してくる傾向があります。
    間違った練習が間違った知識を定着させ、幾度修正しても直らない。
    どちらがどうだったか、一生混乱することになります。
    もう何度も書きましたが、そういうのは誰にでもあり、私も熊のアクセントが「く」にあるのか「ま」にあるのか、いまだに混乱します。
    テレビで熊が出てくる度に、1つの番組内でも2種類のアクセントで発音されるので、混乱はさらに助長されます。
    幾度修正しても、間違って使用していた時期が長いために、どちらが正しいのかすぐにわからなくなる。
    私に限らず、そういう人が「熊」のアクセントでは多いのだろうと思います。

    そのようになってしまったら、もう直らない。
    だから、そうならないように、学習した最初にしっかり区別し、宿題をやる前にもう一度復習して、正しい練習をして定着を図ることが大切です。
    授業を受けて1週間経って、次の授業の直前になって慌ててやっつけ仕事で宿題をし、曖昧な記憶で間違った練習をしてくる子は、英語がなかなか得意にはならないです。
    マイナスの練習を沢山してくるのですから。
    宿題をやる前に、一度軽く復習。
    それだけで、文法事項は定着が違ってきます。


    分詞に戻って、再度正確な知識を確認しましょう。
    人が主語のときは、使われる分詞は過去分詞。
    物が主語のとき、使われる分詞は現在分詞。
    どれか1つの分詞で、それをしっかり理解していると安全です。
    interested と interesting でもいいですし、excited と exciting でもいいですね。
    I was excited.
    The game is exciting.
    どちらかの記憶が深く、ゆるぎなくなっていれば、それで正しく識別できます。
    人が主語のときは過去分詞。
    物が主語のときは現在分詞。

    このように形容詞として固定化している分詞で使い分けを確認したら、分詞の限定用法でも同じルールで使い分けることを覚えておいてください。
    There were a lot of excited supporters.
    たくさんの興奮したサポーターがいた。
    It was an exciting game.
    それは、わくわくする試合だった。

    人を修飾するときは、過去分詞。
    物を修飾するとき、現在分詞。

    感情表現の分詞は、このように使い分けます。
      


  • Posted by セギ at 13:04Comments(0)英語

    2019年09月08日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その2。相加平均と相乗平均。


    今回は、相加平均と相乗平均の話です。
    言葉がまず少し難しい印象ですね。
    相加平均は、小学生の頃からお馴染みのいわゆる「平均」です。
    加は、加法の加。
    つまり、たし算の平均が相加平均。
    n個の数の和をnで割ったものです。
    一方、相乗平均は、n個の数の積のn乗根となります。
    乗は、乗法の乗。
    つまり、かけ算の平均が相乗平均です。
    ただ、まだ「指数関数・対数関数」の単元を学習していませんので、この「n乗根」というのが厄介です。
    今回の学習内容では、そこまで話を拡大する必要がありませんので、2つの数の積の平方根に限って話を進めましょう。


    2つの数に限定して説明すると、
    相加平均は、2数aとbとの和を2で割ったもの。つまり(a+b)/2。
    相乗平均は、2数aとbの積の平方根。つまり、√ab です。

    a≧0、b≧0のとき
    (a+b)/2≧√ab
    等号はa=bのとき成り立つ。

    これが、相加平均≧相乗平均の定理です。
    証明もそんなに難しくありません。
    左辺-右辺をやってみましょう。
    左辺-右辺≧0 となれば、左辺≧右辺 を証明できますね。

    (a+b)/2-√ab
    これをまず通分します。
    =(a+b-2√ab)/2
    中3で学習した因数分解の公式が使えそうです。
    =(√a2+√b2-2√ab)/2
    =(√a-√b)2/2≧0
    よって左辺≧右辺となり、(a+b)/2≧√ab です。
    等号は√a-√b=0、すなわち a=b のとき成り立つ。

    相加平均≧相乗平均 の定理は、分数のままだと使いにくいので、両辺を2倍して、
    a+b≧2√ab
    の形で利用することが多いです。
    では、実際に利用してみましょう。

    問題 a≧0、b≧0とする。
    (a+1/a)(b+1/b)≧4 を証明せよ。

    左辺の( )内がそれぞれ和の形になっています。
    文字の並びからして相乗平均したら右辺のように文字が消えて数字だけが残りそうです。
    これは、相加平均≧相乗平均 の定理が使えるでしょう。

    相加平均≧相乗平均 より
    a+1/a≧2√a・1/a
    a+1/a≧2 ・・・①
    同様に、
    b+1/b≧2 ・・・②
    ①×②をすると
    (a+1/a)(b+1/b)≧4
    等号はa=1/a かつ b=1/b すなわち、a=b=1のとき成り立つ。

    見た目は似ているようでも、全ての問題で相加平均≧相乗平均を使うわけではありません。

    問題 a≧0、b≧0のとき、√2(a+b)≧√a+√b を証明せよ。

    左辺全体に√ がかかっているものとして読んでください。

    ;これも、相加平均≧相乗平均 を使うのだろうかと悩む高校生がときどきいますが、試しに使ってみると、すぐに式がグチャグチャになってきて行き詰まることがわかると思います。
    相加はあっても相乗がなさそうな式には、この定理は使えないのです。

    とはいえ、それが見抜けないと言う人もいます。
    そういう人は、あれこれ悩む前に、可能性を感じるのならやってみたら良いと思います。
    手は動かさないのに、「どんなときに使うの?どうやって見分けるの?」と質問する高校生は多いのですが、手を動かし、試行錯誤すれば、見分けがつくようになります。
    そうなる前に説明だけ聞いて見分けようとしても、その説明が長くしかも細かくて何を言っているのかわからないということが起こりがちです。
    しかも、見分け方だけ聞くとなぜか安心するようなのが、見ていて恐ろしい。
    見分け方だけ聞いても、実際にそれで見分けられるようには、なかなかならないです。
    選択肢の1つとして、常に相加平均・相乗平均のことを頭においてください。
    そのほうが良いです。

    さて、相加平均・相乗平均の定理を使わないのなら、どうやって解くのか?
    上の式はa≧0、b≧0ですので、左辺も右辺も正の数であることがわかっています。
    ならば、それぞれ2乗しても大小関係は変わりません。
    だから、それぞれ2乗してみましょう。
    √2(a+b)と√a+√bの2乗の差は、
    2(a+b)-(√a+√b)2
    =2(a+b)-(a+2√ab+b)
    =2a+2b-a-2√ab-b
    =a-2√ab+b
    =(√a-√b)2≧0
    よって√2(a+b)≧√a+√b
    等号は√a-√b=0 すなわちa=b のとき成り立つ。

    今までのところを整理しますと、不等式を証明するには、左辺-右辺≧0 を示すのが基本ですが、そのためには、
    ①平方完成する
    ②相加平均≧相乗平均 を利用する
    ③全体を2乗する
    などのテクニックがあります。
    これらのうちのどのテクニックを使うかは、その問題ごとに自分で判断します。
    判断がつかないうちは試行錯誤してみましょう。
    数学の問題を解いていて一番楽しい時間は、この試行錯誤の時間だと思うのです。
    一番意味のある時間でもあると思います。
      


  • Posted by セギ at 13:30Comments(0)算数・数学

    2019年09月04日

    高校英語。分詞 その2。前置修飾と後置修飾。


    分詞の限定用法の話を続けます。
    現在分詞と過去分詞との使い分けは、前回お話しました。
    今回は、前置修飾と後置修飾の話です。

    限定用法とは名詞を修飾する用法です。
    名詞を修飾するには、前から修飾する場合と後ろから修飾する場合があります。
    それが前置修飾と後置修飾です。

    まずは、分詞以外の語句で確認してみます。

    Someone is in that old house.
    誰かが、あの古い家の中にいる。
    この old が形容詞で、house を修飾しています。

    Someone is in that burning house.
    誰かが、あの燃えている家の中にいる。
    この burning が現在分詞で、house を修飾しています。

    形容詞と分詞が全く同じ位置にあるのがわかると思います。
    これが、前置修飾です。

    次に後置修飾を確認します。

    The boy playing soccer is my brother.
    サッカーをしているその男の子は、私の弟です。
    playing soccer という語句が、boy を修飾しています。
    The boy in the park is my brother.
    公園にいるその男の子は、私の弟です。
    in the park という語句が、boy を修飾しています。

    形容詞句と分詞句が全く同じ位置にあるのがわかると思います。

    分詞だけが特別な位置にあるのではないのです。
    名詞を修飾する語句は、1語の単独で名詞を修飾するならば名詞の直前に置きます。
    2語以上の意味のまとまり(句と呼びます)となって名詞を修飾するときは、名詞の直後に置きます。
    それは、分詞でも他の形容詞句でも変わらないのですが、そもそも、他の形容詞句の正しい位置がわからないという人は、かなり苦労する様子です。
    The boy in the park is my brother.
    という上の文でも、乱文整序問題になるとこの語順にできず、
    The boy is my brother in the park .
    という文を作ってしまう人は多いと思います。
    英語を習い始めた最初の頃に何となく学び取った、「場所を表す語句は文の後ろのほうに」というルールにこだわり過ぎてバージョンアップできないと、そうなってしまいます。
    最初の頃に学習した英語で出てきていたのは形容詞句ではなく副詞句で、だから動詞や目的語など、SVOCを全部言い終えた後に述べていたものでした。
    副詞句というのは、名詞以外のものを修飾する語句です。
    具体的には、動詞、形容詞、副詞、文全体などを修飾するのが副詞。
    2語以上のまとまりならば、副詞句です。

    The boy is my brother in the park .
    という文だと、これは直前の brother を修飾している形容詞句となり、「その男の子は、公園にいる私の弟です」という意味になります。
    公園にいない別の弟がいるのか?
    いや、いつも公園にいるホームレス中学生なのか?
    と、さまざまな疑問が浮かぶ、不自然な文となります。

    英語がよくわからなくてモヤモヤしている人で、こうい説明が一度腑に落ちると、そこからグッと成績が向上していく人がいます。
    それまで、とにかく例文を丸暗記して、その英文の意味を覚えて、の繰り返しで、そうすることでそのうち何となく英語の仕組みがわかってくるだろうといった学習をさせられてきたけれど、それが肌に合わなかった人ほど、そうなります。
    英語が想像以上にロジカルで、全部理屈で成り立っているとわかったときに、今までの霧が晴れて、すっきりするらしいのです。
    全部理屈なら、その理屈を理解すれば、あとは単語・熟語を覚えるだけ。
    何をやれば良いか目標も明確になり、やればやるだけ成果も上がります。

    一方、丸暗記は苦手だが、理屈はもっと嫌いで、どんな説明も聞き流すタイプの子は、幾度説明を聞いても文法的説明は頭に残らない様子です。
    難しくて理解できないが理解したいというのであれば、いくらでも噛み砕いて何度でも説明するのですが、理解しても聞き流すというタイプの子のほうが多いように感じます。
    名詞・形容詞・副詞とはそれぞれ何なのか。
    それは根幹の理解につながることなのですが、そこに興味を抱けない。
    聞き流す。
    でも、英語は得意になりたいと漠然と思っている。
    そういう子にどのようなアプローチが有効なのか。
    難しい課題です。


    分詞の前置修飾と後置修飾に話を戻します。
    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    Look at that singing bird.
    これは、前置修飾。
    Look at the bird singing on the tree.
    これは、後置修飾。

    上の文は、bird という名詞を修飾している語は、that と singing の2つですが、それぞれ単独です。
    that bird ですし、 singing bird です。
    一方、下の文をそのように単語ごとにバラバラにすると、奇妙なことになります。
    siging bird で、 on bird で tree bird ?
    いや、そんなことはないでしょう。
    それじゃ意味がとれない。
    siging on the tree な bird 、です。
    意味のまとまりとは、バラバラにそれぞれで名詞を修飾しているわけではない、ということです。
    より詳しく説明するなら、on the bird は、まずsinging という分詞を修飾し、そこで分詞句となり、その丸ごとで bird を修飾しているのです。
    しかし、これを説明すると余計にわからなくなる人もいます。
    国語でも、修飾・被修飾が全く理解できず、ほとんどトラウマという人もいて、そういう人にこの説明を始めると途中で顔が曇るのでよくわかります。

    「木の上で歌っている鳥を見て」
    国語で、これを文節に分割すると、
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    となります。
    中1の初めに学ぶとき、文節は間に「~ね」をいれて区切ることができるところ、と曖昧な説明をするしかないのですが、厳密には、1つの文節には1つの自立語しか入らないというルールがあります。
    1つの文節は、1つの自立語のみか、1つの自立語+付属語で成り立っています。
    自立語・付属語、さらに品詞というものを学習するのが中2なので、中1ではこの説明をできないのがネックとなり、間に「~ね」を入れるという、わかるようなわからないような説明しかできず、「歌っている」を1文節とするか2文節とするか判断できないということも起こります。
    英語も日本語も、学習の初めは、説明してもわからないから説明できないことが多く、それが曖昧さを生むのです。
    ようやく説明できるようになったときに改めてきちんと説明されているはずですが、その時期にはもう文法に対して嫌悪や諦めが生じていて、まともに説明を聞いていない・・・。
    だから、ますます文法が理解できない。
    そういうことが起こりやすいです。

    それはともかく。
    木の / 上で / 歌って / いる / 鳥を / 見て。
    この修飾関係を見てみましょう。
    「木の」は「上で」にかかります。
    そして、「木の上で」という意味のまとまり(連文節または大文節)を作ります。
    「歌って」は「いる」にかかり、そして「歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    さらに、「木の上で」は「歌っている」にかかります。
    そして、「木の上で歌っている」という意味のまとまりを作ります。
    その大きな意味のまとまりが「鳥を」という文節を修飾します。
    修飾語は、このようにどんどんまとまっていくのですが、そのことを理解し、その修飾関係を正確に図示できる子は、少ないです。
    国語の修飾・被修飾が上手く理解できないのだから、外国語の理解はさらに難しいかなあ・・・。
    しかし、英語の修飾関係のほうがルールがシンプルなので理解しやすく、その理解をもとに、国語の理解が深まっていくという見方もできます。
    比較することでわかりやすくなる、ということもありますし。
    日本語も、英語も、意味のまとまりになって修飾していくんだよー。
    というくらいの理解で次に進みましょうか。


    単独ならば、前置修飾。
    2語以上の意味のまとまりは、後置修飾。
    このわかりやすい文法ルールに対し、しかし、新たな波が到来しています。
    英語の本場、アメリカで、このルールが崩れ始めているというのです。

    例えば、
    Look at that smoking man.
    という言い方はしない、というのです。
    「タバコを吸っているあの男性を見て」
    smoking は単独で man という名詞を修飾しているのだから、前置修飾で何が悪いの?
    文法的には正しいでしょう?
    そう思うのですが、なぜか、そのような表現だと「年柄年中タバコを吸っている人」という印象になるからダメだ、今、たまたまタバコを吸っているのだから、
    Look at that man smoking.
    が正しい、という説が流布され始めました。

    うわー、黒船来航だ。
    whom は古い、もう使われていない、今は全部 who だ、という黒船。
    仮定法過去の be 動詞は、必ず were というのはもう古く、 was のほうが普通という黒船。
    英語を長年教えていますと、これまでにも度々黒船は来航してきましたが、今度のもかなり厄介な印象です。

    ネイティブの英語の使い方が変われば、それに応じて英語を学ぶ側も変えていかなければならないのは、それは仕方ないのです。
    しかし、whom のときにも感じたのですが、それは、日常会話としての英語が乱れてきている証拠では?
    言語感覚の雑な人が使う英語が過半数になったということだけなのでは?
    という印象もなくはないのです。

    私は、上のほうで、こう書きました。

    2語以上の意味のまとまりは、後ろから名詞を修飾。
    それはわかったけれど、どれが単独の分詞で、どれが2語以上の意味のまとまりなのか、わからない。
    そういう話もよく聞きます。
    わからないので、結局、全部後置修飾にする。
    英語が苦手な子の中には、そのようにして切り抜けている子も多いです。

    これは、日本人の中学生・高校生の話ですが、ネイティブも実はそうなのではないか?
    使い分けができないので、全部後置修飾にしているだけなのでは?

    これで連想するのは、日本語の「らぬき言葉」です。
    「見れる」「知れる」といったらぬき言葉を使う人が多くなったので、もうそれは許容範囲となりました。
    助動詞「れる」と「られる」の使い分けができない人が多くなり、そこから、「見られる」と「見れる」とでは意味が違うというニュアンスの後付けもされるようになり、やがて許容されていったという経緯がありました。
    英語も同じだと思います。

    言語は生き物。
    今、その言葉を使っている人の過半数がその用い方をするようになれば、それが正しい言葉です。
    だから、昔の用法にこだわることが正しいわけではありません。
    ただ、用心しなければならないのは、日本に伝わってくる、その「新しいアメリカ英語」が、本当に正しいのかどうかということ。
    らぬき言葉も許容されているというレベルの話ならば、「れる」と「られる」とは使い分けられたほうがいい。
    そこの見極めが難しいところです。

    先日、ぼんやりテレビを見ていましたら、こんな映像が流れました。
    「最近腹が立ったこと」といったエピソードを映像化したものでした。
    「出身、どこ?私、中野」
    「私、府中」
    「え?宇宙?」
    「違う。府中」
    「・・・何それ?どこにあるの?(笑)」

    ・・・いや、中野に住んでいて府中を知らないのは、本人が無知なだけです。
    それを勝ち誇ったように笑う。
    知識の幅の狭い人が、その狭い知見で上からものを言い、人をバカにしてかかる。
    そういうことが言語の世界でも起こることがあるので、用心が必要なのです。
    「アメリカじゃ、今はこれが正しいんだぜー」
    本当に?

    whom の件は、 who も許容範囲としつつ、やはり whom と who は正確に使い分ける英語教育が続いています。
    仮定法の件は、was も許容されていますが、were は、今も生きています。
    今回の件は、どんな結末になるでしょうか。



      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)英語

    2019年09月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。不等式の証明その1。


    今回は、「不等式の証明」に入ります。
    「左辺と右辺が文字ばっかりじゃ、大小なんてわからないんじゃないの?」
    以前、そういう鋭い質問を受けたことがあります。
    文字の値によって大小なんて違ってくるんじゃないの?
    そんなものをどうしたら証明できるの?

    勿論、個々の文字の値が何であるかによって大小が異なる場合がほとんどです。
    証明できるものはごく一部です。
    だから、練習する問題は、証明できるものだけなのです。
    では、どんな場合に証明できるのか?

    まず、左辺-右辺≧0 を証明できれば、左辺≧右辺 です。
    では、どんなときに左辺-右辺は0以上になるのか?
    左辺-右辺を何かの2乗の形にできるなら、それは0以上の数でしょう。
    実数の場合、2乗すれば必ず0以上の数になります。
    不等式は、これを用いて証明することが多いです。

    問題 x4+y4≧x3y+xy3 を証明せよ。

    左辺-右辺
    =(x4+y4)-(x3y+xy3)
    =x4+y4-x3y-xy3
    項の順番を変えてみましょう。
    =x4-x3y-xy3+y4
    ここで、共通因数で括ります。
    =x3(x-y)-y3(x-y)
    ( )の中身が共通因数となりましたので、さらに因数分解できます。
    =(x-y)(x3-y3)
    後半の(  )は、さらに因数分解できます。
    3乗の公式を使います。
    =(x-y)(x-y)(x2+xy+y2)
    =(x-y)2(x2+xy+y2)

    さて、ここまで因数分解して、前半の(x-y)2は、2乗ですから、必ず0以上になります。
    後半の x2+xy+y2 は、どうでしょうか。
    ここは、平方完成してみます。

    平方完成を覚えているでしょうか?
    数Ⅰの「2次関数」でやりました。
    頂点の座標を求めるために式を変形する方法です。
    因数分解と異なり、定数項が(  )の外にはみ出しても、別に構わないのでした。
    今回はxについての文字式と考えて平方完成しますので、yはxの係数として扱います。
    x2+yx+y2
    =(x+1/2y)2-1/4y2+y2
    =(x+1/2y)2+3/4y2≧0
    この式は、前半も後半も2乗の形になっています。
    だから、どちらも0以上の数だとわかります。
    0以上の数同士を足しても、0以上です。
    よって、この式は、0以上です。
    元の式に戻りましょう。
    (x-y)2(x2+xy+y2)
    =(x-y)2{(x+1/2y)2+3/4y2}
    これは、0以上の数と0以上の数の積であることがわかります。
    よって、全体も0以上です。
    左辺-右辺≧0
    左辺≧右辺
    これで証明できました。

    さて、≧のように、等号が含まれている不等式の場合、どんなときに等号が成り立つかを書き添えるのが慣例です。
    (x-y)2{(x+1/2y)2+3/4y2}=0
    は、どんなときに成立するでしょうか。
    前半の( )または後半の{ }の中身が0ならば、積は0です。
    よって、x-y=0 または、x+1/2y=0かつy=0
    となります。
    これを整理すると、
    前半は、x=y です。
    「または」の後のほうは、y=0をx+1/2y=0に代入すると、
    x=0となり、よってx=y=0です。
    これは、前半のx=yの1例と考えることができます。
    よって、等号は、x=y のときに成り立ちます。

    以上が不等式の解き方の基本です。
    因数分解や平方完成を忘れてしまっていると上手くできないかもしれません。
    数学は、積み上げ科目。
    1つの単元が終われば、そのときに使った解法や公式は全て忘れる。
    そういう勉強をしていると段々苦しくなるのは、こういうことがあるからです。

    ただ、1回学習したくらいでは身につかないのも事実です。
    因数分解ばかりしていると、平方完成のやり方を忘れる。
    平方完成ばかりしていると、因数分解のやり方を忘れる。
    また戻って練習して、できるようになって、また忘れて、また練習しての繰り返し。
    それでいいと思います。
    もう無理だ、と諦めてしまう前に、まだできることがあります。






      


  • Posted by セギ at 11:15Comments(0)算数・数学

    2019年08月29日

    高校英語。分詞 その1。現在分詞と過去分詞。


    分詞の学習。
    まずは中学の復習でもある、限定用法から。
    限定用法は、制限用法とも呼ばれ、中学時代は「分詞の形容詞的用法」と呼ばれていたものです。
    すなわち、名詞を修飾する用法です。

    ここで問題となるのは、用いる分詞は現在分詞か、過去分詞かという点。
    さらに、名詞の直前に置く前置修飾なのか、直後に置く後置修飾なのかという点。
    中学時代もそこがスッキリせず、結論として「分詞は嫌い」となってしまった人は多いのではないでしょうか。

    まずは基本を。
    分詞というのは、動詞が分詞化したものです。
    現在分詞は、動詞の原形に ing をつけたもの。
    見た目は動名詞と同じですが、使い方が違うので、現在分詞と動名詞は区別します。
    過去分詞は、中学時代から現在完了や受動態でおなじみの、あの過去分詞です。
    規則動詞は過去形と同じ形。
    不規則動詞は不規則に変化するので、1つずつ覚えます。
    中学時代に、不規則動詞を覚えなかった人は、今度こそちゃんと覚えましょう。
    毎日暗唱しているうちにだんだん慣れて、自然に使えるようになりますから。

    現在分詞と過去分詞との使い分けは。
    修飾される名詞がその分詞の示す動作を行う主体のときは現在分詞。
    動作される側のときは過去分詞を用います。

    問題、次の空所を埋めよ。
    (1) The girl (   ) a picture over ther is my sister.
    むこうで写真を撮っている女の子は、私の妹です。
    (2) The picture (   ) by my sister won the contest.
    私の妹が撮ったその写真が、コンテストで優勝した。

    (1)では、the girl が写真を撮っています。
    修飾される名詞がその動作をしているので、現在分詞を用います。
    The girl (taking) a picture over ther is my sister.

    (2)では、the picture は、撮られるもの、つまり動作される側です。
    修飾される名詞がその動作をされる場合、過去分詞を用います。
    The picture (taken) by my sister won the contest.

    文法的にとらえることをせず、日本語訳との1対1の対応にこだわる人は、これを、「~ている」のときは現在分詞、「~された」のときは過去分詞と覚えてしまいます。
    すると、以下のような問題で、正答できなくなります。

    The languages (  ) in Canada are English and French.
    カナダで話されている言語は、英語とフランス語です。

    あ、「話されている」は「~ている」だ。
    だから、現在分詞だ。
    The languages (speaking) in Canada are English and French.

    ・・・いいえ。これは間違いです。
    languages は、話されるもの。
    だから過去分詞を用います。
    The languages (spoken) in Canada are English and French.
    が正解です。

    和訳に頼って日本語と英語を無理に1対1対応にするのではなく、文法的に把握したほうが簡単で精度も高いのです。


    現在分詞と過去分詞の使い分け。
    中学生の間は、上の説明で全てですが、高校生になると、文法知識が少し増える分、さらに深い説明が可能です。
    上の話は、実は他動詞に限ってのことなのです。

    自動詞と他動詞。
    この区別がよくわからない人もいると思いますので、説明しましょう。

    自動詞と他動詞の話は、文法学習の最初のほうの「5文型」で学習していることなのですが、高校に入学した途端に文法ばかりゴリゴリ学習することの意味がよくわからないこともあって、気持ちの上で全く受け付けず、そこが曖昧に終わってしまう人は多いです。
    5文型と品詞の種類、そして自動詞・他動詞は、理解しておかないと、その後の文法学習に大きな禍根を残します。

    他動詞は、目的語をとる動詞。
    自動詞は、目的語をとらない動詞です。

    ですから、同じ動詞が、この文の中では自動詞、この文では他動詞、ということもあります。
    しかし、動詞によっては、常に自動詞であるもの、常に他動詞であるものもあります。
    例えば、discuss は常に他動詞です。
    後ろに目的語がきます。
    We discussed the poblem.  のように。
    こうした他動詞は、辞書を引いて日本語訳をよく見ると、「~を議論する」と、「~を」がついているのですが、そこまで細かく見ている人は少ないと思います。
    それどころか、「議論する」という覚え方すらせず、「議論」と、まるで名詞のように覚える人が多いのです。
    そうした人は英語が苦手な人の中に極めて多いのが実状です。
    「何で英文が読めるようにならないんだろう・・・」
    そういう相談をもちかけられることがありますが、そんな覚え方をしているのも一因でしょう。
    動詞なのに名詞のように覚える・・・。
    品詞に対する感覚が欠如しているのだと思いますが、その覚え方だと、discuss が動詞であるか名詞であるかすら記憶することができず、英文は全て名詞の羅列に見えて意味がとれず、自分で英文を作ることもできない、・・・と悪いことしか先に待っていません。
    必ず、動詞は動詞、名詞は名詞として覚える必要があります。
    さらに言えば、「~を議論する」のように「~を」つけて覚えておくと、それが他動詞の証拠となります。

    また、自動詞に「目的語のようなもの」をつけたいときには、間に前置詞が入ることを知っていると、それも自動詞と他動詞を明確に区別する基準となります。
    例えば「~に到着する」という言い方。
    I arrived at Tokyo yesterday.
    I got to Tokyo yesterday.
    I reached Tokyo yesterday.
    同じ「~に到着する」でも、arrive は、at または in が必要です。
    get は、to が必要。
    しかし、reach は、前置詞は必要ありません。
    前置詞がないほうが、他動詞です。

    自動詞ならば、後ろにつく前置詞こみで暗記しましょう。
    あるいは、幾度も幾度も音読や暗唱をすることで、自然にその前置詞が口をついて出るようにしておきましょう。
    教科書本文などの全文暗唱が、苦役のように見えて効果的なのは、こうした前置詞を繰り返し繰り返し暗唱する中で当たり前に使えるようになるからです。
    なお、こうした全文暗唱は、日本語訳を見ながらやるものです。
    歌詞やセリフを覚えるわけではありませんので、ただの丸暗記をする必要はありません。
    日本語を見て、文法・語法を考えながら正しい英語を復元する練習をすることが効果につながります。
    その話を幾度しても、単なる丸暗記、しかも前置詞を省略した丸暗記をしてくる子もいて、頭の痛いところではありますが。
    お経みたいな抑揚のある妙な丸暗記をしてくるが、前置詞や冠詞の大半が抜けている・・・。
    何のために何を覚えているのか、意味を考えたことがなく、言われたからやっているだけなのかもしれません。

    英語が苦手な人でも、
    I go to school at 8:00.
    のように、go の後には to がくることは覚えていると思います。
    なぜ、覚えているのでしょう?
    それは、その形の文を沢山練習したからです。
    沢山見たり聞いたり読んだり書いたりしたので、覚えているのです。
    discuss の後ろに前置詞がくるかどうかを覚えていないのは、その英文にまだあまり多く触れていないからです。
    沢山見たり聞いたり読んだり書いたりすれば、覚えます。
    あるいは、意識して、「discuss には、前置詞は不要」と覚えれば、覚えられます。
    覚え方は、そのように沢山練習して自然に覚えるか、意識して覚えるかの2択です。


    かなり話が逸れましたが、自動詞と他動詞の違いはご理解いただけたと思います。
    分詞の限定用法の話に戻りますと、上の文で扱った動詞は、実は全て他動詞でした。
    修飾される名詞と他動詞が分詞となったものとの関係で、現在分詞か過去分詞かを判断していました。
    自動詞となると、また別の観点が必要です。
    自動詞の場合、その動作が進行中であれば現在分詞、完了していれば過去分詞という使い分けとなります。

    (3) He picked up a (  ) leaf.
    彼は落ち葉を拾いあげた。
    (4) Some of the (  ) professors are still working as part-time teachers.
    退職した教授の中には、今も非常勤講師として働いている人もいる。

    leaf は落ちるものだから、現在分詞の falling でしょうか。
    ・・・いいえ、正解は、
    (3) He picked up a (fallen) leaf.
    落ちるという動作が既に完了しているのが落ち葉だからです。

    professors は退職しているのだから、retiring でしょうか。
    いいえ。
    (4) Some of the (retired) professors are still working as part-time teachers.
    が正解です。
    もう既に退職しているからです。

    こうした自動詞は、しかし数は少ないので、出てきたらその都度覚えるので大丈夫でしょう。

      


  • Posted by セギ at 10:48Comments(0)英語

    2019年08月25日

    数Ⅱ「式と証明」。等式の証明その2。



    今回も「等式の証明」です。

    問題 a/b=c/d のとき、(a2+c2)/(b2+d2)=ac/bd であることを証明せよ。

    前回の問題よりも複雑になってきました。
    このように与えられた式が分数のときは、どう証明すれば良いのでしょうか。
    例えばaについて解いても、その結果は分数になり、しかも文字が3種類残るので、左辺=右辺を示すことは難しそうだと見通せます。
    こんなとき、別の文字に置き換えるというテクニックがあります。

    a/b=c/d=k とおく。
    すなわち、a=bk、c=dk。
    これを代入して、
    左辺=(b2k2+d2k2)/(b2+d2
       =k2(b2+d2)/(b2+d2
       =k2
    右辺=bk・dk/bd
       =k2
    よって、左辺=右辺

    このテクニックは、とても便利ですので、覚えておきたいものです。
    もう1つ問題を解いてみましょう。


    問題 x/3=y/4=z/2‡0 のとき、(x-y)2/(y2+z2) の値を求めよ。

    これも、与えられた式が分数です。
    ということで、これもkを使ってみましょう。
    x/3=y/4=z/2=k とおくと、
    x=3k、y=4k、z=2k。
    これを代入して、
    与式=(3k-4k)2/(16k2+4k2
       =k2/20k2
       =1/20
    わあ、約分でkが消えて、式の値が出てきましたー。
    やはり便利です。
    このテクニックは、忘れた頃にまた別の単元で使うことがあります。

    こうしたテクニックを覚えておきましょうと話すと、
    「でも、数学は暗記科目じゃないし、解き方の暗記じゃダメだと言っていたくせに」
    という反論もあるかと思います。
    勿論、意味もわからず丸暗記しているのではダメです。
    意味を理解した上で、でも暗記もしましょうということなのです。

    意味がわからないのに暗記だけする。
    小学生の頃から、算数・数学はそのような勉強をしてしまう子は多いです。

    例えばこんな問題の場合。

    問題 5/3dLで2/3㎡の壁を塗れるペンキがあります。2dLでは、何㎡の壁を塗ることができますか。

    かけ算なのか、わり算なのか、問題文を見てもわからない・・・。
    この問題は2段階の計算が必要だということもわからず、一度で答えが出ると思い込んでしまう子も多いです。
    この問題は、まず、1dLあたりの面積を求めます。
    2/3÷5/3=2/3×3/5=2/5(㎡)
    だから、2dLでは、
    2/5×2=4/5
    答は、4/5㎡ です。

    このように単位量あたりの問題の数値が分数になると、かけ算なのかわり算なのか、式の立て方が全くわからない場合。
    こうした問題は、わかりにくかったら整数に直して考えてみましょう。
    「4dLで2㎡の壁を塗れるペンキがあります。3dLでは、何㎡の壁を塗れますか」
    1dLあたりの面積を求めるには、
    2÷4
    これがピンとくるようなら、それは整数でも分数でも同じなのだから、単位量あたりを求めるにはわり算だと判断できます。
    ただ、整数に置き換えても、この式が立てられない子もいます。
    わり算は、大きい数を小さい数でわるものと丸暗記している子たちです。
    その子たちは、2÷4 の式を立てることができません。
    小学生の段階で既に、算数は意味を考えて解くものではなく、解き方を暗記して解くものになっている子は案外多いです。
    単位量あたりの学習をするのが、5年生。
    それに分数のかけ算・わり算が加わるのが、6年生。
    それまでに、もう何年も、算数は解き方を暗記するだけになっているのです。

    丸暗記ではなく、意味を考えて解きましょう。
    そういう子に、そのように声をかけても、ほとんど定着しません。
    そのようなアプローチをしたことがないからでしょうか。
    意味を考えて解くということが、よくわからないようなのです。
    いえ。
    それは話が逆で、意味を考えて解くことができないから解き方を丸暗記し、算数がわかっているふりを長い間続けてきたと見るべきなのかもしれません。
    教科書に載っている、2本の半直線に目盛りをつけたもので説明すると、それが整数の間は何とか理解できるのですが、分数になると目が泳ぎ始める子は多いです。
    その半直線の示す、2倍、3倍ということは理解できても、3/2倍、4/5倍といったことが、そもそも理解できない気配も感じます。
    しかし、学校のテストは明日。
    そんなとき、まずいとは知りつつも、私もこんな教え方をしてしまうことがあります。

    まず、2dLで、8㎡の壁をぬるペンキは、1dLでは何㎡の壁を塗れるかという問題を考えてみて。
    それは、8÷2だよね?
    それはわかるよね?
    8÷2をよく見て。
    2は、2dLの2だね。
    1dLあたりの量を求めるとき、dLのついている数字で割っているね。
    単位あたり量を求めるときには、その単位のついている数字で、割るんだよ。
    1dLあたりの量を求めるなら、dLという単位のついている数字で、割るんだよ。
    もしも、1㎡あたりの量を求めるなら、㎡という単位のついている数字で、割るんだよ。
    そうすると、単位量あたりが出るよ。
    それは、いつでも必ずそうなるよ。

    意味を幾度説明しても理解できなかった子が、この説明で見違えるように正答できるようになります。
    わり算は、大きい数÷小さい数。
    そうした、誤った丸暗記からもバージョンアップできます。
    しかし、これもまた新たな丸暗記に過ぎないのかもしれません。
    暗記の魔力は本当に恐ろしい。
    低学年から丸暗記で算数をこなしてきた子は、理解を促してもほとんど進歩しない一方、単なる解き方だけを教えた途端に異様なほど定着するのです。

    今は仕方ない。
    また、復習のときに。
    忸怩たる思いが胸をよぎります。
    あるいは、幾度復習しても、小学生の間は理解できないかもしれません。
    この解き方の意味を理解するのは、もしかしたら大人になってからかもしれません。
    でも、正しい解き方を知っていたら、いつか、必ず理解できる日がきます。


    こんな問題もあります。

    問題 厚さ2㎝の板を用いて、ふたのない直方体の容器を作った。容器の外側の縦が28㎝、横が32㎝、高さが18㎝のとき、この容器の容積は何㎤か。

    この問題で、こういう式を立てた子がいました。
    26×30×17

    厚さが2㎝であることに気づいていないだけだと思い、
    「板の厚さは2㎝だよ」
    と助言しても、その子は、
    「え?容器のときは、縦と横は-2、高さは-1するんだよ」
    と、逆に私に説明しました。
    「・・・それは、板の厚さが1㎝のときでしょう?」
    「え?」
    その後、正しい内のりの長さの求め方を説明しても、理解してもらうまでに長い時間が必要でした。
    この問題には、実際は挿し絵がついていましたので、それを用いながら説明すれば簡単に理解してもらえそうなものでしたが、図の内のりのここからここまでがと差し示して説明しても、しきりに首をひねり、理解できないようなのでした。
    つまり、学校の教科書やテストでは、容器の内のりを自分で求める問題でも、板の厚さは1㎝と決まりきっている場合がほとんどですので、その解き方だけを丸暗記していたのです。
    だから、板の厚さが2㎝になると、もう正しい式を立てられないのです。
    板の厚さが2㎝だから、容器の内のりの縦と横は-4、深さは-2をすることが、理解できなかったのです。
    なぜ引くのか、その根本を理解せず、ただ解き方だけ暗記していたのでした。


    解き方の丸暗記は、文章題だけに限りません。
    計算も丸暗記で処理し、本質を理解していないことは多いです。
    そのため、やり方を間違って暗記している場合は、繰り返し同じことを同じように間違えてしまいます。

    例えば 1/3(9x-2)+1/2(8x-4)

    文字式の計算です。
    そんなに難しくないはずなのですが、間違える子は、ほぼ同じようにこう間違えてしまいます。
    =3x-2+4x-4
    何をどう間違えているのか?
    前半で言えば、1/3と( )の中の9xだけをかけて、-2はそのままにしてしまうのです。
    1/3が( )内の各項に平等にかかっていくことが理解できていない様子です。
    後半も同様です。

    また別の問題。

    2(3x-4)3(2x+7)
     5      2
    ちょっと見にくいですが、5や2が分母である分数だと思ってください。
    これは、分母が異なるので、通分が必要です。
    そこでは、こういうミスをしてしまう子がいます。
    =4(6x-8)-15(10x+35)

    まず、分母を払うために、全体を10倍したのだろうと想像されます。
    これが方程式ならば、左辺と右辺の両方を10倍しても関係は変わりませんが、今回は文字式ですので、全体を10倍することはできません。
    しかし、やり方を丸暗記し、なぜそれをやっていいのか理解していない子は、文字式でも同じことをしてしまいます。
    また、上の答案の場合、前半の分母の5を10にするために、分子の2を×2して4にしたのと同時に、( )の中にも、全て×2をしています。
    後半も同様に、逐一×5をした様子です。

    何でさっきの問題では、( )の中の片方しかかけないという不平等なことをやっておきながら、今度は必要もないところに逐一×2をするのだろう?
    それは、やはり、どういう性質を利用してそれをやっているのか、本質を理解せず、ただ解き方を暗記しているためだろうと思うのです。

    通分ではこのミスはしない子も、例えば方程式の「割合」に関する文章題で作った式を整理するときに、同じ性質のミスをしがちです。
    割合に関する文章題では、下のような形の式になることは多いです。
    (x-1/10)(x-2/10)=7
    これを整理するとき、
    (10x-1)(10x-2)=70
    としてしまうミスは、中学の数学の成績が「4」の子の中にも見られます。
    ( )を1つずつ10倍したということは、全体を100倍したということだから、右辺は700だよと教えても、きょとんとしてしまいます。
    何でそうなるのか、わからない様子なのです。
    説明すると、そのときは理解した表情にはなるのですが、ひと月もすれば、また同じミスをしてしまいます。
    計算上そんなことはあり得ない、ということを感覚的に把握できるほどの深い理解に至らないのです。
    こういう計算はしてもいい、これはしてはいけないと1つ1つ暗記するしかなく、覚えきれずに失敗するのでしょう。
    何かが理解できていないのです。
    しかし、それは言葉で説明してもなかなか伝わりません。
    わかった顔はしますが、忘れた頃にまた同じミスが復活します。

    数に対する正しい感覚がどうして形成されないのか。
    逆に、上のようなミスは決してしない子の、数に対する感覚は、どのように養われたものなのか。
    小学生時代に何をすれば、上のようなミスはしない子になるのか。
    あるいは、中学や高校からでも、どのような学習をすれば、数理の本質を理解できるようになるのか。
    難しい課題です。



      


  • Posted by セギ at 15:08Comments(0)算数・数学

    2019年08月22日

     高校英語。不定詞。too~to・・・構文など。


    不定詞を用いたさまざまな用法とその言い換え表現について今回は整理しましょう。

    問題 以下の文がほぼ同じ意味になるように空所を埋めよ。
    (1)This curry is so spicy that I can't eat it.
      This curry is (  ) spicy for me (  ) eat .
    (2)He was so kind that he carried my baggage.
    He was kind (  )(  ) carry my baggage.
    He was so kind (  )(  ) carry my baggage.
    He had the (  ) to carry my baggage.

    (1)は、so~that・・・構文とtoo~to・・・構文と呼ばれるもので、中学で学習する内容ですが、このあたりのことをあまり覚えていない人もいるかもしれません。
    教科書の1つのLessonまるごとで学習する文法事項として、独立した例文付きでしっかり解説されている場合は少なく、リーディング教材の中にサラッと出てくるので、あまり印象に残らないようなのです。
    現行の中学の教科書では、例えばサンシャインでは、『かわいそうなゾウ』の話が中3のリーディング教材になっていて、その中で出てきます。
    そのゾウはとても賢かったので、毒入りの餌を食べませんでした。
    といった文に用いられています。
    ・・・そこで、この構文を使う?
    ちょっと引いてしまいます。
    それはあまりにもセンシティブな内容なので、私は冷静に教えることができません。
    と、動揺のあまり少しふざけてしまいます。
    ちなみに、敗戦後、民主主義を学んだ子どもたちが、日本でもう一度ゾウを見たいと運動を起こした後日談のほうが私はさらに好きです。


    ともあれ、中学で学習した印象が薄いまま、高校の文法学習では、その2つの他にも似たような文がごちゃごちゃと出てくるので、何だか混乱して上手く空所を補充できない・・・。
    そんなことにならないよう、一度きちんと整理して理解すると、ここは容易に得点源になります。
    文法問題は、何を問われているのかわからないまま、何となく感覚や勘に頼って空所を埋めて勉強した気になってしまう人が多いです。
    英語が苦手な人にそういう人が本当に多いのです。
    それをやっている限りは文法問題はいつまでも得点源になりません。
    何の文法事項を問う、どういう問題であるか、出題意図を把握しながら解きましょう。

    もう一度問題を見直してみます。
    (1)This curry is so spicy that I can't eat it.
    so ~that ・・・は、「あまりに~なので、・・・・」と前から順番に意味を取っていけば良い文です。
    このカレーはあまりにも辛いので、私は食べることができない。
    やや硬い訳ですが、そういう意味です。
    正確な文法分析はまた別ですが、この that は、「だから」「なので」といった順接の働きをしているととらえると、わかりやすいです。
    それとほぼ同じ意味にするのですから、下の文は、
    This curry is (too) spicy for me (to) eat .
    となります。
    直訳は、「このカレーは私にとって食べるには辛すぎる」となります。
    その直訳でも別に構わないですが、この文もまた前から順番に意味をとって、「このカレーはあまりにも辛いので、私は食べることができない」と訳して良いのです。

    それがわかっていれば、この問題は簡単です。


    that は順接で「~だから」という意味と書いて、ふと思い出したのですが、先日、数学の授業中、ある高校生が、こんな話をしてくれました。
    中3のときに通っていた受験塾で、数学の証明問題の答案に「ゆえに」と書いたら、他の生徒にも講師の先生にも、何だそれと笑われたというのです。
    その子は、その受験塾に中3の1年間だけ通った子で、中3で入ってきていきなりトップクラスだったので、他の生徒にあまりよく思われていなかったのかもしれません。

    それにしても、証明問題に「ゆえに」を使っただけで古いと笑う高校受験塾・・・。
    無教養だなあ・・・。
    講師も本当に若い人か、学生アルバイトだったのかもしれません。
    若さというのは、とてつもないアドバンテージですが、そこに自信を持ち過ぎると、古いことを何でも否定してあざ笑う妙な言動になってしまいます。

    「ゆえに」という言い方を教えたのは私ではありません。
    その子は、数学に関する本や数学者の人生を描いた本を読むのが好きで、そこで覚えた言い回しのようです。
    つまり、受験のためだけに数学を勉強している子たちとは、数学的教養の質が違うのです。
    数学の口語とはかけ離れた言い回しをむしろ楽しんでいたのでしょう。
    それが、受験塾で笑われて、びっくりしてしまった・・・。
    高校に入って、数学的にちょっと不振が続いてうちの教室で数学を学習することになりましたが、基本を丁寧にやったらたちまち成績が上がりました。
    指導する側としては、ええと、私は何かしたかなあという印象で、むしろ手応えがありません。
    やはり、蓄積されていたもともとの素養が違うのでしょう。

    私も「ゆえに」は使うことがあります。
    え?
    「ゆえに」ってもう古いの?
    使わないの?
    とその話を聞いて驚き、現在発行されている数学の問題集の解答解説を色々とめくってみました。
    現在は、「よって」の使用頻度が最も高いですが、「ゆえに」も現役でした。
    「ゆえに」を笑った子たちは、高校進学後、学校の数学の問題集の解答解説に「ゆえに」を見つける度に、今も爆笑しているのでしょうか。
    おのれの不明を恥じるが良い。
    若さとは、そういう恥ずかしい側面もあります。
    それは可能性と表裏一体のものです。

    「よって」は良くて、「ゆえに」は古いという感覚は、私にはよくわかりません。
    どちらも書き言葉で、日常会話で使うことはまずありません。
    そもそも数学は、言葉遣いが古いとか新しいとか、そういう次元のことは問題にしていません。
    例えば、私立中学・高校では、古めかしい言葉遣いで教わったその学校の卒業生がまた次の数学の先生になって引き継いでいるからか、三角形の合同条件はいまだに「三辺相等」といった言い回しを用いることが多いです。
    さすがに古くないか?
    と私ですら思うこともありますが、内容が正しければ、古いとか新しいとかは、どうでも良いのです。
    その学校で学ぶ子たちの数学力が跳び抜けたものであるならば、その教え方で正解でしょう。

    21世紀のこの時代に、校内での挨拶が全て「ごきげんよう」である女子校も、まだいくつも存在します。
    自分の身の回りのことだけが常識だと思ってはいけない。
    全ての挨拶が「ごきげんよう」であることは、新しいとか古いとか、そういうことでないのです。
    そういうのは、上品というのですよ。

    数学の答案に使う言葉は、「よって」でも「ゆえに」でも、順接なら何でも良いです。
    「したがって」も多いですね。
    「だから」は、くだけた印象があるからか、模範答案で見ることはまだほとんどありませんが、使用しても大丈夫でしょう。
    「なので」を接続詞として単独で用いるのは、国語の答案ではアウトですが、数学なら、許容されるかもしれません。
    随分柔らかい言葉遣いの数学の答案だなあという印象はあるでしょうが。
    「~なので」と、付属語として使用するのは、もう普通のことですね。


    話が大幅に逸れました。
    (2)を解きましょう。

    (2)He was so kind that he carried my baggage.
    He was kind (  )(  ) carry my baggage.
    He was so kind (  )(  ) carry my baggage.
    He had the (  ) to carry my baggage.

    一番上の文は、so ~that ・・・構文ですが、that 節は、肯定文です。
    「あまりに~なので、・・・・」と、後半は肯定的な内容になっています。
    直訳は、「彼はあまりにも親切なので、私の鞄を運んでくれた」。
    ちょっと不自然ですね。
    「彼は、親切にも、私の鞄を運んでくれた」と訳したほうが自然でしょう。
    さて、that 節が肯定文の場合は、too ~to・・・構文に書き換えできません。
    too~to・・・構文は、否定語は一切使っていませんが、否定的な意味になっているからです。
    He was too kind to carry my baggage.
    としたら、「彼は、私の鞄を運ぶには親切過ぎる」という意味になってしまいます。
    じゃあ、結局、運んでくれなかったの?
    え?どういうこと?
    これでは、意味が通りませんね。
    so ~that・・・のthat節が肯定文のときは、enough to 構文に書き換えます。
    He was kind (enough)(to) carry my baggage.
    直訳は、「彼は私の鞄を運んでくれるほど十分に親切だった」となります。
    つまり、「彼は親切にも私の鞄を運んでくれた」のです。

    enough は副詞で、kind という形容詞を修飾しています。
    形容詞や副詞を修飾するとき、enough は、その形容詞や副詞の直後にきます。
    だから、kind enough という語順になります。
    これを覚えられない人も多いようです。
    enough は、形容詞として用いられることもあり、そのときは、enough money のように名詞の直前に置かれますから、それと混同しやすいのでしょう。
    名詞・形容詞・副詞といった文法用語に対して拒否感が強いと、こういう説明が一切頭に入らないので、ますます苦労するようです。
    文法用語を覚えることは苦役ではなく、自分の役に立つことなので、頭から否定しないで、ゆっくりでいいですから覚えましょう。

    so~that・・・構文から enough to 構文への書き換えは理解できたとして、その後の2つの文は何でしょう?
    こういうこまごまとした内容があるから、高校の英文法は厄介ですね。
    正解は、
    He was so kind (as)(to) carry my baggage.
    He had the (kindness) to carry my baggage.

    so as to ~は、in order to ~と同じく、「~するために」という意味で用いられます。
    しかし、これは、それと似ているけれどso~ as to ・・・という別の用法です。
    意味は「あまりに~なので・・・」。
    同じようなものばかりで、覚えきれない・・・。
    さすがに、このあたりになると、そうした愚痴にも耳を傾ける気持ちになりますが、何かこんなのがあったなあと記憶の隅に置いておけば、こうした穴埋め問題で、思いだして使うことができます。
    頑張りましょう。

      


  • Posted by セギ at 13:41Comments(0)英語

    2019年08月13日

    数Ⅰ「1次不等式」、1次不等式の文章題。


    さて、お盆休みは、文章題を。
    こんな問題です。

    問題 
    25人以上50人以下の団体で目的地に向かうとする。
    電車賃は目的地まで1人420円で団体割引はない。
    バスは1人480円だが、1万円の団体券で25人まで乗ることができる。
    電車で行ったほうが料金が安いのは、人数が何人以上何人以下のときか?

    中学生・高校生に方程式・不等式の文章題を教えていて苦慮するのは、何年経っても最初の1行を書き出せない人がいることです。
    「求める人数をx人とする」
    これさえ書いてしまえば、その次は、ではこのxを用いて問題文の中のどんな数量を表す式を立てようかと、次の段階に進むことができます。
    この書き出しを発想できず、文章題を見た途端に意識が小学生に戻り、どうやって人数を求める式を立てよう、うーん、うーん、うーん、わかんない・・・と考え込んでしまう人は多いです。
    結局、中学の3年間、方程式の文章題の学習になる度にそれを繰り返す人は多いです。
    そのまま高校生になり、たまに出てくるこうした文章題に歯が立たない。
    そうなりがちです。

    xを用いて式を表すことは発想できても、xを定義しない人も多いです。
    文字を用いるのなら、その文字が何であるかを定義する必要があります。
    どんな文字を用いても良いけれど、その文字が何であるかを定義する。
    それは数学の答案の根本ルールの1つです。
    「えー。面倒くさい。そんなの、わかるじゃん」
    と言う人は、その式が間違っていたときに、何をxとしたのか質問されて、すぐに答えられるでしょうか。
    もう一度問題を読み直し、もう一度解き直さないと、xが何であるかわからないのではないでしょうか。
    自分でも、自分の思考の跡をたどれないのです。
    数日後には自分でも思考の跡をたどれないような答案を、他人が見てわかるわけがありません。
    数学の答案は、どのように解いたのかを相手に明瞭に説明するものです。
    それは、何か月経っても、自分の答案を見直したときに、何をどう解いたのかすぐにわかるということでもあります。
    数学答案の根本のルールはそれです。
    どう書いたら良いかわからない・・・。
    そんな質問もよく受けますが、細部の書き方にこれでなければならないという定型があるわけではありません。
    後で意味がわかるように書けば良いだけです。

    問題に戻りましょう。

    求める人数をx人とする。(25≦x≦50、xは自然数)

    とxに関する定義を書いたら、次は不等式の立式です。
    xを求めることに集中し過ぎるあまり、xの値を表す式を立てようとして苦慮する人もいますが、方程式でも不等式でも、式が表す数量は、xを表すものではありません。
    何か他の数量を表すものです。
    「え?式は関係を表すもので、何かの数量を表すものではないのでは?」
    という質問を受けることがありますが、そのように思っていると式は立てにくいです。
    関係を表す・・・というのは、間違っていませんが漠然としています。
    どうやってどんな関係を表すのか、よくわかりません。
    式が何かの数量を表すことを明確に意識していると、立式は楽になります。

    この問題では、勿論、バスを使った場合の料金の全額と、電車を使った場合の料金の全額とを比較して立式しましょう。
    まずはバス料金のほうから。
    25人分の団体料金が10000円。
    それ以外の人は、普通に1人480円を払います。
    その人数は、(x-25)人。
    よって、バス料金の全額は、
    10000+480(x-25)
    と表すことができます。
    一方、電車料金は、常に1人420円ですから、
    420x円
    電車で行くほうが安くなるのですから、不等式は、
    10000+480(x-25)>420x
    これを解きましょう。
    10000+480x-12000>420x
                  60x>2000
                    x>100/3
                    x>33+1/3 ・・・①

    ああ、じゃあ、答えは、34人以上50人以下だ。

    ・・・本当に、それで良いでしょうか?
    ここで、発想の飛躍が必要となります。
    人数分いなくても、団体券を2枚買うことも可能なのです。
    え?そんなのずるくない?
    そんなことしたらダメなんじゃない?
    ・・・いいえ、別に構わないです。
    座席指定券を買い占めて、座る人もいないのに席を確保するということではありません。
    料金は50人分を払うというだけのことです。
    そもそも、そういうモラルの話をしているのでもありません。
    これは、どちらが安いのか、という単純な計算です。
    ただ、何というか、善良な人というかお人好しというか、そういう人はこの発想がなく、この不等式の問題を間違えてしまうことがあるようです。

    団体券を2枚買うことにすれば、バス料金は20000円。
    電車賃は変わらず、420x円。
    ですから、不等式は、
    20000>420x
        x<20000/420
        x<47+13/21 ・・・②

    ①、②より、
    33+1/3<x<47+13/21
    ここで、25≦x≦50、xは自然数だから、
    求める人数は、34人以上47人以下。

    これで最終解答となります。

    気をつけたいのは、答案の最後を、34≦x≦47 で終えてしまう人もいることです。
    勝手に自分でxを使ったのに、それでは終われません。

    どんな文字を使ってもいいが、正確に定義する。
    使った文字は、最終解答には残さない。
    これを守るだけで、答案を見る先生に「お。答案の書き方がわかっているね」と思われます。
      


  • Posted by セギ at 14:53Comments(0)算数・数学

    2019年08月04日

    高校数Ⅱ「式と証明」。等式の証明。その1。


    本日の学習内容は、「等式の証明」です。
    「等式の証明」は、その次の「不等式の証明」と比べればはるかに易しいです。
    ただ、
    「何のためにこんなことを証明しなければならないのかわからない」
    と言う子もいます。
    何のためにと言われても、これは基礎訓練ですから、証明する内容に大した意味はありません。
    この等式が何かを表しているわけではありません。
    このやり方を利用して、大切な公式や定理も証明できますから、まずその基礎訓練をしましょうということです。
    やってみましょう。

    問題 (a2-b2)(c2-d2)=(ac+bd)2-(ad+bc)2  を証明せよ。

    等式の証明は色々な方法があります。
    ①左辺を変形し、右辺と等しいことを示す。
    ②右辺を変形し、左辺と等しいことを示す。
    ③左辺、右辺をそれぞれ変形し、左辺=右辺であることを示す。
    今までの3つは、同じようなことですね。
    さらに、
    ④左辺-右辺=0であることを示す。
    ⑤左辺÷右辺=1であることを示す。
    といった方法があります。
    問題によってどの方法で示すのが楽であるかを判断します。
    上の問題は単純な構造のものですので、③のやり方で大丈夫そうですね。
    ④や⑤で解くことも勿論可能ですが、これらはもっと発展的な問題のときに利用する方法ですので、無理して使う必要はないでしょう。

    では、解いてみましょう。
    左辺=(a2-b2)(c2-d2)
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    右辺=(ac+bd)2-(ad+bc)2
       =a2c2+2abcd+b2d2-(a2d2+2abcd+b2c2)
       =a2c2+2abcd+b2d2-a2d2-2abcd-b2c2
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    よって左辺=右辺となり、等式が成り立つ。

    考え方は難しくないので、これは計算力の問題となります。
    高校2年ともなりますと、計算力は個人個人で大きな隔たりがあります。
    高校1年生までの数学を完璧にマスターしている子もいます。
    高校受験のための勉強は一所懸命やったので中学数学はマスターしているけれど、高校の数Ⅰ・数Aの内容が定着していない子もいます。
    中高一貫校の子や、高校受験の勉強をしてもよく理解できなかった子の中には、中学数学の内容が定着していない子もいます。

    (a+b)2=a2+2ab+b2
    という乗法公式を覚えていないため、上手く展開できない子。
    何度覚え直しても、(a+b)2=a2+b2 というふうにいつの間にか間違えている子もいます。
    中3で学習するこの乗法公式は、普通に展開しても答えが出そうということもあって、本気で暗記しない子がいます。
    次に因数分解の学習をしたときに、この公式は必要だとようやく気づいても、もう変な癖がついてしまっていて、後の祭りということがあります。
    一度間違って覚えてしまったことの訂正は、本当に難しい。
    こんな公式の1つくらい、覚えても覚えなくても大したことないと思っていたら、その後、延々と使い続けることになり、足枷となる。
    数学にはそういうことが多いです。

    また、
    (ab)2=a2b2
    などの指数法則を理解していないため、上手く展開できない子。
    やり方をその都度暗記しようと努めていても、どうしてそうなるのか根本のところで理解できていない様子の子もいます。
    ・・・いや、見たまま、そうなるでしょう?
    数学が得意な高校生にはそういう数理の感覚があるので、このあたりの断絶は大きいです。

    指数の理解の深さ浅さは、高校数学の理解に強い影響を与えます。
    中1の頃から、指数を含む計算は半分以上不正解で、でも、こういう難しいのは自分はまあいいやと思ってきたら、高校数学になって問題が指数まみれになり、にっちもさっちもいかない・・・。

    指数は特にそうですが、それ以外にも、中3の数学・高1の数学を経てきたとは思えない理解度と計算力で高2の問題を解いているように見える子がいます。
    学力が中2の「連立方程式」くらいで止まっている・・・。
    数学が苦手な子は、そういう子が珍しくないのです。
    その先で学習したことは、定期テストを切り抜けるために一夜漬けで何とかやり過ごしたけれど、身についていない。
    忘れてしまっているのです。

    高校数Ⅱで新しく教わる内容が理解できないわけではないのです。
    でも、そのはるか手前の基本となる知識が抜けている子は多いです。
    そのため、自分で問題を解こうとすると正答を出すことができません。
    一方、数Ⅱの問題集の解答解説は、この程度のことは省略し始めるので、間違えても、何をどう間違えたのかも判断できなくなります。

    夏休みなど、比較的時間に余裕があるときに、総復習できると良いですね。
    学校が出してくれる課題だけでなく、中3の薄い問題集を1冊復習。
    その後、学校の数ⅠAの問題集をもう一度解き直すと、当時よりも理解できることに気づくと思います。
    忘れてしまったのなら、反復し、思い出してください。

      


  • Posted by セギ at 16:04Comments(0)算数・数学

    2019年07月26日

    高校数Ⅱ「式と証明」。分数式の計算。



    今回は「分数式の加法・減法」。
    例えば、こんな問題です。

    x-3         x-1
    x2-6x+8  -  x2-2x-8

    分数をこのブログに書き込んでいくのは難しいのですが、大体の感じはつかめていただけたかと思います。

    計算の基本は、数の計算と同じです。
    分数は、分母が等しくなければ引き算できません。
    すなわち、通分が必要となります。
    このまま、(x2-6x+8)(x2-2x-8)という分母にすることでも通分はできます。
    しかし、それは、普通の分数の計算で、例えば分母が6と8だったときに、それを通分するのに48としてしまうようなものです。
    後の計算が煩雑になる悪手です。
    互いの共通因数を考えて通分しましょう。
    それにはまず、分母をそれぞれ因数分解してみます。
    x2-6x+8=(x-2)(x-4)
    x2-2x-8=(x+2)(x-4)
    (x-4)が共通因数であることがわかります。
    よって、通分した後の分母は、(x-2)(x+2)(x-4)
    このように通分するのですから、それぞれの分子は、それまでの分母にはなかった因数をそれぞれにかけて、
    (分子)=(x-3)(x+2)-(x-1)(x-2)
    この後、分子の計算を行います。
    (分子)=x2-x-6-(x2-3x+2)
        =x2-x-6-x2+3x-2
        =2x-8

    これで、分子は2x-8、分母は(x-2)(x+2)(x-4)
    というところまで整理できました。
    普通の分数の計算でもそうですが、計算後は、約分できるかどうかを確認します。
    分子は2(x-4)と整理できます。
    分母の(x-4)と約分できることがわかります。
    よって、解答は、2/(x-2)(x+2)

    単純な計算ばかりなので、前回の多項式の除法とこの分数式の計算は、数Ⅱの学習内容の中では理解しやすいところです。
    ここが最後のオアシスだったと後になって降り返る人も少なくありません。
    しかし、そのオアシスさえ、計算ミスを繰り返して得点には至らない人も多いのです。
    理解できることと、実際に得点できることとは別のことです。
    途中で一度でも書き間違いや符号ミス・計算ミスをしたら、正解には至りません。

    ミスをなくすには、どうしたら良いか。

    ミスは、学力的に安定した状態ではないために起きている場合があります。
    試しに中学数学の計算問題を解き直してみてください。
    心の中でやってみて判断するだけではダメです。
    実際に中学時代の正負の数の計算、文字式の計算、方程式などをそれぞれ20題ほど解いてみてください。
    簡単過ぎる問題ではなく、多少は複雑な計算過程が必要な問題が妥当です。
    そういう問題は全くミスしないのに、高校の数学の問題を解くとケアレスミスが多いという場合は、高校数学の理解が不十分である可能性が高いです。
    高校数学の基本問題を中心に反復し、基礎力を鍛えれば、基本問題での妙なケアレスミス・計算ミスは減っていくでしょう。

    一方、中学時代の計算問題を解いてもやはりミスがあるという場合は、どういうミスをしているのか分析し、過剰書きにしてみてください。
    符号ミス。
    指数の書き洩らし。
    数字の書き間違い。
    問題の写し間違い。
    ひき算ミス。
    たし算ミス。
    「正」の字を書いて、どのミスが多いのか確認すると良いと思います。
    自分のミスを可視化することで、意識し、改善できるかもしれません。

    ただ、おそらくは、どのミスも同じように分散し、多様なミスが多発している場合が一番多いのではないかと思います。
    特にどこが苦手というのではなく、全般的にミスをしやすい。
    それを直視するのはつらいことかもしれませんが、そうであるなら、ミスを含み込んで得点を読んでいきましょう。
    テストの8割の問題を解けるようになっておけば、ミスを含み込んで、6割は得点できる。
    そのようにミスを織り込み済みの得点の読み方をしたほうが、気持ちが安定します。
    そうすることで、むしろ、ミスは減ると思います。

    英語のスペルミスや時制ミスはほとんどないし、古文の助動詞や助詞の紛らわしいのも識別できるし、日本史や世界史の人名や国名も正確に覚えられるけれど、数学は基本問題でもケアレスミスをするので正解できないなあ・・・。
    高校生になれば、そういうことがはっきりと見えてくる人もいます。
    まあ、何というか、数学と相性が悪い。
    数学の正確さとそりが合わない。
    そういうこともあると思います。

    「数学が世の中の役に立っていることを否定するつもりはない。でも、自分が数学を勉強しなければならない意味はわからない」
    昔、極端な文系秀才の生徒からこのように言われて、さすがに言っていることの筋が通っていると感心したことがあります。
    後は、教育システムの問題です。
    数学に関しては、高校卒業に必要な単位のために最低限の勉強をする。
    受験には使わない。
    そういうやり方もあると思います。

    では、どの段階で文系・理系の判断をするのか?
    極端な文系秀才ならば判断しやすいでしょうが、普通の高校1年は自分が文系か理系かの判断はつかない場合がほとんどです。
    高校1年までは、「数学と歴史が得意。国語と理科が苦手」といった判断に窮する傾向の子のほうがむしろ多いです。
    しかし、高校2年で学習する科目は専門性が高まります。
    「得意なつもりでいたけど、ここまでやるとなると、何かもう訳がわからない。無理だな」
    という判断もあるでしょうし、
    「皆は苦手だ嫌いだと言うけど、自分はこの科目好きだな。何か急に面白くなってきた。これを大学で勉強するためなら、受験に必要な他の科目も頑張れる気がする」
    という判断もあると思います。
    高校2年まで数学をやることでようやく判断がつく人が多いと思います。
    この話をすると、さすがは秀才。それもすぐに理解してくれました。

    理系秀才にとって、古文・漢文の授業もまた、
    「古典を貶める気持ちはないが、自分が古文・漢文を学ぶ意味はわからない。自分が原文を読めるようになる必要はないし、読めるようにはならないと思う。内容だけなら知りたいが、それなら現代語訳で十分だ」
    とも言えます。
    高校2年生まで同じ教育課程であるのは、壮大な無駄のような気もする一方、しかし、全ての子どもに平等な機会を与えるという点では、文系・理系の判断は遅いほうが良いでしょう。
    以前も書きましたが、効率だけを考えたあげく、例えば12歳で学力テストを行い、学力が基準に満たない者にはそれ以上の教育は与えず、基準を満たした者はその能力にあわせ、選抜して専門科目のみ教育する、などという仕組みが素晴らしい社会を生むとは到底思えません。
    そんなのは、悪夢でしかありません。
    自分には必要なさそうな数学や古文も勉強するのは、義務じゃなくて、権利です。
    数Ⅱ・Bに対するあまりの違和感に、これはもうダメだと感じる人も、少し距離をおいて、これを学ぶのも自分の権利と考えて楽しんでくれれば、少し光が見えてくるのではないかと思います。

    話は分数式の計算に戻って。


    2x-5    2x2+9x-28
    x-4  -  x2+2x-24

    さて、これも、上の問題と同じように計算していくこともできるのですが、それぞれの分子と分母を見比べて、分子の係数や次数が分母より大きい場合、もっと整理してからのほうが計算が楽にできます。
    普通の分数の計算で言えば、仮分数を帯分数に直して計算するような感覚です。
    ここで、前回学習した(多項式)÷(多項式)の計算が活きてきます。

    (2x-5)÷(x-4)=2あまり3
    (2x2+9x-28)÷(x2+2x-24)=2あまり(5x+20)

    よって上の分数式は、


          3          5x+20
    2 + x-4  -2 - x2+2x-24 

    と整理されます。

    普通の分数の仮分数を帯分数に直すのと全く同じことをやっています。
    そうすることで、整数は整数同士で、分数は分数同士で引けばよいので、かなりスッキリします。
    その後の計算方法は上の問題と同じです。
    分子の次数が抑えられて、計算しやすくなります。

      


  • Posted by セギ at 22:54Comments(0)算数・数学

    2019年07月24日

    高校英語。不定詞の副詞的用法。


    不定詞には3用法があることは、中学2年で最初に不定詞を学習したときにまず習ったことと思います
    しかし、中学のときは、SVOCといった文の要素についての学習をあまりしないこともあって、急に3用法と言われても、文の構造からの把握よりも意味からの把握になりがちです。
    名詞的用法は、「~すること」と訳す不定詞。
    形容詞的用法は、「~する〇〇」「~するための〇〇」「~するべき〇〇」と訳して、名詞を修飾する不定詞。
    副詞的用法は、「~するために」と訳して、動作の目的を表す不定詞。

    意味に頼って判断する結果、「~するための〇〇」という形容詞的用法と、「~するために」という副詞的用法の区別がつかない子も出てきます。

    高校に入りますと、SVOCという文の要素からこれらの3用法を見直すので、もう少しわかりやすくなります。
    名詞は、文の中で、S、O、Cとなります。
    その役割を果たしているのが、名詞的用法の不定詞です。

    形容詞は、名詞を修飾します。
    文の中ではM(修飾語)です。
    文の中でCとなることもでき、不定詞についてもそのように分析している文法書もありますが、その話になると、では名詞的用法とどう識別するのかという難しい問題になります。
    それは大学入試にも高校の定期テストにも出題されるような問題ではないので、文法が好きで、そこを突き詰めたいという人以外は、あまり深追いしなくて良いと思います。
    名詞を修飾していれば、形容詞的用法。
    その把握で大丈夫です。

    副詞は、名詞以外を修飾します。
    具体的には、動詞、形容詞、副詞、そして文全体。
    文の中ではMです。
    それ以外にはなりません。
    名詞以外の語句を修飾するのが、副詞的用法の不定詞です。


    ところで、副詞的用法は、さらに6通りに分類されます。
    ①動作の目的。
    I went to the library to read books.
    私は本を読むために図書館に行った。
    中2で最初に学習する副詞的用法の不定詞です。
    to read books は、動詞 went を修飾しています。
    動詞を修飾するのは、副詞的用法です。
    副詞的用法は意味が多様なので、すぐにこの用法であるとわかるように、in order to ~、so as to ~という形を用いることもあります。

    ②感情の原因。
    I was surprised to hear the news.
    私はその知らせを聞いて驚いた。
    「驚いた」「喜んだ」「悲しんだ」といった感情が語られ、その後ろに不定詞がついている場合、それは感情の原因です。
    文の構造がそのように単純なので、これは比較的理解しやすいと思います。
    中3で学習している内容ですが、教科書のLesson丸ごとではなく、1ページ分だけ使われる文法事項として扱われることが多いので、あまり記憶に残らない人もいるようです。

    ③判断の根拠。
    He must be stupid to do such a thing.
    そんなことをするなんて、彼は愚かに違いない。
    「賢い」「親切だ」「無礼だ」「愚かだ」「頭がおかしい」といった人物評価を示す形容詞の後に続く不定詞は、そうした人物評価の根拠を示す不定詞です。
    これも文の構造は単純なので、覚えておきさえすれば大丈夫ですが、このあたりからは高校新出の文法事項ということもあり、何1つ覚えていない人もいます。
    一度にわっと色々な文法事項が出てきて覚えきれない。
    定期テスト前に一夜漬けで覚えただけなので、もう忘れてしまった。
    そういう人が多いのですが、高校1年で学習したことは、高校2年の英語表現では演習中に当たり前に使う知識ばかりです。
    いちいち学校の授業で復習したり整理してくれたりすることは、もうありません。
    一夜漬けをして覚えたらすぐ忘れていると、高校2年になって英語で行き詰まります。

    ④結果。
    He woke up to find that the window was broken.
    彼は目覚めて、窓が割れていることに気づいた。
    目覚めたその結果、窓が割れていることがわかった、という意味です。
    He lived to be eighty.
    彼は80歳まで生きた。
    彼は生きて、その結果、80歳になった、ということは、80歳まで生きたということです。

    She disappeared from the town , never to be seen again.
    彼女はその町から消えて、2度と姿を見られることはなかった。
    「never to ~」の用法として、結果の不定詞の中でも別に覚えておくと良いです。
    テストによく出ます。
    空所補充問題で、never のところが抜けている場合、この知識がなければ答えられません。
    「~してその結果2度と・・・なかった」という意味です。

    I run to the store only to find it closed.
    私はその店へと走ったが、閉まっているとわかっただけだった。
    「only to ~」の用法として、これも結果の不定詞の中でも別に覚えておきましょう。
    テストによく出ます。
    「~してその結果、ただ・・・しただけだった」という意味です。

    結果の不定詞は、前から順番に訳していくことになり、他の副詞的用法とは意味の順番が逆であることから強い違和感を抱き、毛嫌いして覚えない、という人もいます。
    このあたりをちゃんと身につけているかどうかで勉強しているかどうかを判断できるので、定期テストにはよく出ます。
    例によって、出るとわかりきっているのに勉強しない人が多いところです。

    ⑤形容詞を修飾する用法。
    This book is easy to read.
    この本は読みやすい。
    特に違和感のない用法だと思います。
    easy は形容詞で、形容詞を修飾するのは副詞なので、これは副詞的用法である、という程度のことです。

    ⑥仮定
    To hear him speak , you would take him for an American.
    彼が話すのを聞けば、あなたは彼をアメリカ人と思うだろう。

    高校で最初に「不定詞」を学習するときには、「仮定法」はまだ学習していないので、この用法は除外されていることも多いです。
    仮定法の中で、if 節を使わない仮定法として、この不定詞を学習します。

    副詞的用法には6つの意味がある。
    それを知っておき、整理しておくだけで、このあたりのことはかなりスッキリすると思います。

    分類し整理することは、知識を定着させるコツです。
    繰り返し見直して、頭に入れてください。

      


  • Posted by セギ at 23:44Comments(0)英語

    2019年07月20日

    期末テスト結果出ました。2019年1学期末。


    2019年1学期末テストの結果が出ました。
    高校生は、コミュニケーション英語と英語表現の平均を英語として、数学2科目の平均を数学として記してあります。

    数学 80点台 2人  60点台 1人  40点台 2人
    英語 80点台 1人  50点台 2人  40点台 1人 30点台 1人

    定期テスト得点は、上がったら下がる、下がったら上がるを繰り返す子が大半です。
    上がると気が緩んで次は下がる、下がると危機感を抱いて次は上がる。
    そうした中で、数回の推移が上昇基調であるか下降基調であるかを見通すと、その子が伸びているのか下っているのかを判断できます。
    上がったときの最高点が、上昇し続けているか。
    下がったときの最低点が、下降し続けているか。

    前回の中間テストで大幅に上昇した子が、予期した通りに下がりました。
    次は、頑張りましょう。

    特に高校生の場合、英語も数学もそれぞれ2科目ありますので、週1回90分の個別指導では全てをカバーしきれない場合もあります。
    英語で言えば、文法がわからない、独りでは勉強できないという場合、英語表現の学習に当面集中し、コミュニケーション英語は自力で学習してもらうこともあります。
    全訳プリントも、穴埋め式の重要表現をまとめたプリントも、教科書準拠ワークも解答付きで学校からもらっている場合は、あとは本人がそれで勉強するだけです。
    勉強のやり方は説明してありますし、入塾した頃には、それらを使ってどのように勉強するのか、手取り足取り練習してもいます。
    あとは、それを自分で継続するだけ。
    塾では独りではできない勉強をしたほうが合理的と思いますし、本人も「大丈夫」と安請け合いします。
    しかし、蓋を開けてみるとほとんど勉強していないことがあり、私は天を仰ぐことになります。
    「今回は、同じ日に世界史があったから」
    ( 一一)
    何で一夜漬けすることが前提なんでしょう。

    「塾に行くことにしたから大丈夫」
    と本人が思っている場合、塾の宿題しかしなくなる、果ては塾の宿題もしなくなる、塾でしか勉強しなくなるという、勉強嫌いな小学生みたいな学習姿勢になることがあります。
    塾に行かないほうがまだ危機感を維持できて、自分でそれなりに勉強するのでは?
    塾講師である私がそれを言うのは矛盾ですが、そう言わざるを得ない子もいないわけではありません。

    学習意欲が低く、学習習慣がほとんどない子の多くは、基礎学力や思考力が低い子ではありません。
    小学生の頃は、家で勉強しなくても学校の勉強は楽にこなしていただろうと思われる子たちです。
    勉強ができないわけではないのに、何でそんなに勉強しないのだろう・・・。

    特に中高一貫校の子の中には、公立・私立を問わず、勉強ができないわけではないのに勉強しない子がいます。
    中学受験が終わった後、伸び切ったゴムみたいになり、もう勉強しなくなる子たちです。
    保護者の方も、まあ受験勉強は頑張っていたし、多少無理もさせたから、少し休むのも良いだろうと思ってしまいます。
    すると、そのまま休む休む。
    頭は悪くないので、テスト前だけちょこちょこっと勉強するのでも、良い成績とは言いませんが、それなりの点数はとります。
    中高一貫校は進度も速くレベルも高いから、こんな成績でも仕方ないのかなと、本人も保護者も思ってしまうこともあります。
    全力を出してもいないのに、まあこのくらいで・・・と思ってしまいます。

    ただ、まあこのくらいで・・・のレベルは、年々下がっていきます。
    勉強していませんし、しても一夜漬けですから、積み上げ科目である英語や数学はジリジリ下がっていきます。
    中1の頃は、70点くらいで、まあこのくらいで・・・。
    中2の頃は、60点くらいで、まあこのくらいで・・・。
    中3の頃は、50点くらいで、まあこのくらいで・・・。
    高1の頃は、40点くらいで、まあこのくらいで・・・。
    高2の頃は、30点くらいで、まあこのくらいで・・・。
    もっとこれよりも一気に下がっていく子もいますが、遅かれ早かれ30点台が見えてきます。

    なぜ、こんなに学習意欲が低いのだろう?
    なぜ、モチベーションが低いのだろう?
    どうしたら、モチベーションは高まるのだろう?
    どうしたら、やる気になってくれるのだろう?

    日々、そうしたことを考えていたところ、先日、興味深いネット記事を読みました。
    教育関係のネット記事ではなく、ビジネス関連の記事でした。
    「いちいちモチベーションという概念にふりまわされている人は生産性が低い」という内容でした。
    目からウロコが落ちました。

    生産性が低く、仕事のできない人の特徴は、
    ①自発的に動かない。
    ②当事者意識に欠けている。
    ③危機感がない。
    の3つなのだそうです。

    うわあ・・・。
    それは、成績不振の生徒に対して丸ごとあてはまることです。
    自発的に勉強しない。
    自分の人生だし自分の成績だという当事者意識に欠けている。
    このままいくとどうなるという危機感がない。

    では、そうした人のモチベーションをどう上げるか?
    あるいは、そういう本人がどうやって自分のモチベーションを上げるのか?
    答えは明快。
    そもそも、モチベーションという概念をいちいちもちだしてくる人は行動できない。
    モチベーションがむしろ言い訳になり、そこでワンクッションある人は、行動できない。

    朝ごはんを食べることは、モチベーションの問題ではないから、誰にでもできます。
    朝起きて顔を洗って身支度を整えることも。
    定刻に家を出ることも。
    昼ごはんを食べることも。
    家に帰ってとりあえずテレビをつけることも。
    着替えてベッドに寝転んでスマホをいじることも。
    モチベーションの問題ではないから、毎日行うことができる。
    それは、「習慣」。
    モチベーションがなくても、習慣になっていれば、それはできる、というのです。

    一方、そうしたことをモチベーションの問題にしてしまったら、そのいちいちでやるかやらないかを判断することになり、多大な精神力が必要となる。
    いちいちやるかやらないかを判断していたら、できない。
    やりたいかやりたくないかを考えていたら、できない。
    だから、やるべきことをモチベーションの問題にしないこと。
    生活習慣とすること。

    勉強することを生活習慣とすること。
    勉強したくないなあとか、モチベーションが上がらないなあとか考えないこと。
    考えそうになったら、
    「はいはい。それはモチベーションの問題じゃない。習慣習慣。考えない。考えない」
    と自分に言い聞かせ、とにかくいつもの時間になったらいつも通りに勉強する。
    半年も経てば、それは習慣になり、今日は勉強したいとかしたくないとか、そんなことは関係なくなる。
    勉強する時間が毎日の生活習慣の中にある。
    それが大事。

    そう考えますと、中学受験というのは罪深い側面もあります。
    受験勉強をしている3年間だけ、小学生としてはありえないほどの時間を使って勉強します。
    学校から帰ったら、毎日5時間、6時間。
    その反動で、中学入学後は全く勉強しなくなるという事態が起こり得ます。
    それに対して、親が強く言えない。
    受験期に無理をさせ過ぎたという後ろめたさがあると、特に言いづらいかもしれません。
    受験をしていなかったら、「もう中学生なんだから、しっかり勉強しないと」という当たり前の忠告ができます。
    「高校入試があるんだから」と言えます。
    それが言えないのです。
    学習習慣が消え去っていくのを手をこまねいて見ていることになります。

    勿論、保護者の方は危機感を抱いているのですが、中学受験のときほどには、子どもは親の言う通りには動かなくなります。
    「受験勉強のときだけだと思っていたのに、中学に入ったら入ったで、また勉強しろと言っている」
    口にはしなくても、そんな目で見返されると、ついひるむということもあると思います。
    あるいは、ひるまず「勉強しなさい」と言っても、もう言うことを聞いてくれない・・・。
    6年先の大学入試について何を言っても、子どもに当事者意識を持たせるのは難しいこともあります。

    中学受験をしていなかったら・・・。
    公立中学に通い高校受験をしたのであれば、少なくとも学習習慣は身についたのではないか?
    中高一貫校の中で成績が悪くても「みんな勉強ができるから」と言い訳できるけれど、地元の公立中学で自分が劣等生というのはあり得ない。
    勉強は普通にするでしょう。
    5教科「5」はマストだよね。
    そういう気持ちになっていたかもしれません。

    しかし、中学受験をしたのだし、その結果中高一貫校に通っているのですから、そのことについて今更どうこう言っても意味がありません。

    中高一貫校には良い面も多いのです。
    大学受験について学校側が強く意識していますから、全体の流れに乗っていればそれなりに何とかなります。
    中1の最初から大学受験に向けたカリキュラムが組まれ、どの程度頑張ればどの大学に入れるのか、そうした数値的なデータもそろっています。
    土曜日も授業。
    7限もあり。
    繰り返される小テスト。
    単元テスト。
    追試。
    放課後の補講。
    学校の夏期講習。
    山のような宿題。
    それをこなしていれば何とかなるのは、将来の目標を持って学習できていない子にはありがたいシステムです。
    高2までで高校の学習内容が終わるので、高3は受験勉強に集中できるのも強みです。

    全く学習習慣のない子も、高2になって周囲がざわつけば、意識もちょっと変わります。
    ずっと先だと思っていた大学入試はすぐそこ。
    中学受験のときには、もっと早くから準備していましたよね?
    そんな話が案外心に響くことがあります。

    さあ、ここから。
    そう思います。
      


  • Posted by セギ at 12:47Comments(0)講師日記

    2019年07月17日

    小学算数。EXテストの衝撃。


    先日、小学生が教室にEXテスト(エクストラ・テスト)を持ってきてくれました。
    「こんなテストを、前にも受けたことある?」
    と質問しましたところ、去年も何回かこのテストを学校で受けたとのことでした。

    しかし、こうした口頭の情報は、不確かになりがちです。
    私の質問の意図を子どもは正確に把握できない可能性があるからです。
    普通のカラーテストと混同しているかな?
    それとも、本当に去年も何回かEXテストは受けたのかな?
    謎のままです。
    他の学校の小学生に尋ねると、受験生もそうでない子も、
    「知らない」「受けてない」
    という返答ばかりでした。

    それは中3でもまだそうで、例えば、
    「都立高校入試の模試に似ている学力テストを学校で受けましたか?」
    と質問しても、その子は、それがどのテストを指す何であるかを正確に把握できないことが多いです。
    質問の意図がわからないし、都立高校入試の模試というのをまだ受けたことがないので、それに似ているものと言われてもわからない。
    結局、国が実施する学力調査と誤解してしまう子もいましたし、何を訊かれているのかわからないからか、
    「ない」
    と適当に答える子もこれまで何人も見てきました。
    あった、と答えて、では点数は?とさらに問われるのが嫌なので、テストの存在をなるべく隠そうとする気持ちもあるのかもしれません。
    点数を見せたくないという防衛心が働くのか、こちらが訊かない限りどんなテストのことも言わないのです。
    実物を示して、
    「これをもう受けた?」
    と訊かない限り、明確な答えは得られない。
    しかし、私の手元に実物があるわけではないので、質問もあやふやにならざるを得ず、返答はさらにあやふやになるということが繰り返されます。
    とはいえ、中3が学校で受ける模試に似たテストのことは、私が知らなくてもどうということはないので、近年は質問もしないのですが。
    秋以降、校外で受ける本当の模試の結果を見せてもらえれば問題はありません。


    話を戻しますと、EXテストの見た目は、いつものカラーテストとよく似ていました。
    両面カラー印刷で、カラフルです。
    紙の大きさもいつもと同じです。
    違うのは、テストの質。
    思考力・判断力・表現力を見るEXテスト。
    難度が高いです。

    何だろうこのテストは?
    ネットで検索すると、学校教材のサイトに簡単にいきつくことができました。
    小学校1年生から6年生までのテストがあること、国語と算数があることまでは把握できました。
    理科や社会があるのかどうかはわかりません。
    いつ頃から作られているテストであるのかもわかりませんが、今年初めて作られたテストではないようです。

    個人のブログや悩み相談サイトを見ると。
    小1の子がEXテストで0点を取ってきたとか、同じ子が、小2では15点だったとか。
    中学受験生なんだけれどEXテストでもあまり良い点が取れないとか。
    そうした情報が得られました。
    当然ですが、テストそのものがネットにアップされているようなことはありません。
    それは絶対やったらダメなことですね。

    今回、たった1枚、実際に目にした小6算数のEXテスト。
    それだけで把握できることには限りがありますが、並んでいる問題は、中学受験の受験算数の易しい典型題でした。

    受験算数としては基本問題ですが、その基本問題を解けない中学受験生が多いのが現実です。
    そうした子も、受験勉強を始める前は、学校の普通のカラーテストは満点連発だったのかもしれません。
    「算数は簡単だ」という間違った感覚を抱いていた可能性もあります。
    いや、むしろ、保護者の方が、満点連続のカラーテストを見て、この子は算数は得意だと誤解していた可能性のほうが高いかもしれません。
    「間違った感覚」というのは、カラーテストは、基本中の基本が身についているかどうかを検査するものだからです。
    計算の手順が身についているかどうか。
    公式をそのままあてはめる問題を解けるかどうか。
    非常に簡単であるため、内容を理解していなくても作業手順を覚え込むことだけで、満点が取れます。
    思考力はほとんど必要ありません。
    満点連続のカラーテストを見た保護者の方は、まさか自分の子どもの思考力が弱いとは想像もしないと思います。
    だって、現実にテストは満点なんですから。

    多くの子が、学力的に余裕を持って受けることができるのがカラーテストです。
    それが悪いということではありません。
    小学生のうちから、その子の学力的限界をそんなに突きつけなくてもいいでしょう。
    そんなことをしたら、学ぶこと自体が嫌になってしまいかねません。
    本人は「わーい、満点だー」と喜んでいればいい。
    満点のテストを見た大人も、「わあ。また満点だ。頑張ってるねえ」と褒めたらいい。
    しかし、だから、この子は数学的才能があるとか、中学に入っても数学は大丈夫とか、中学受験をしても大丈夫とか、そんなことの判断材料にはならないことを、大人は知っておいて良いと思います。

    学校の算数の問題はよくできるので、中学受験をしても大丈夫なのではないか?
    そうした誤解から起こる悲劇は、枚挙にいとまがありません。
    中学受験の受験算数は、思考力がないと対応できません。
    それ以前は、パッと見てパッと解き方がわかる問題しか解いたことがないのです。
    筋道立ててじっくり考えるということをしたことがないので、どうしたらいいのかわからない。
    パッと見てわからない問題は、その子には解けない問題です。
    結果的に、受験算数は基本問題を解くのも悪戦苦闘となります。
    それまでもじっくりとものを考えてきた子以外はそうなりがちです。

    とはいえ、今は教育技術が進歩していますから、わからないことをわかるように教えることが可能です。
    筋道立てて考えることも、一歩ずつ教えることができます。
    わからないこともねばって、1つずつ解けるようになっていく。
    じっくり考えていく。
    そういう子は、受験勉強の後半でジリジリと学力を上げていきます。

    ところが、「パッと見てパッと解き方がわかる頭のいい自分」というセルフイメージへの固執の強い子もいます。
    じっくりねばって考えるとはどういうことなのわからないだけでなく、そんなことはやりたくないと思っている子もいます。
    自分が上手くできないことは嫌い。
    苦労して考えてやっと答えがわかるなんてダサい。
    パッと見てもわからない問題を解かされると、劣等感を覚える・・・。
    自分の限界を思い知らされるようで、つらい・・・。
    勉強しているように見えても、テキストに載っている問題の解き方を丸暗記しているだけで深い理解はなく、受験算数の問題の周囲を無意味にぐるぐる回っているような状態で、問題の核心に向かってアクセスできないまま入試を迎える。
    そういう子も多いです。
    つまりは能力よりも精神力の問題になりがちですが、まだ小学生ですから、そんなに強い精神力を求めるほうがどうかしています。
    入試のような人生の一大事に直面する時期ではまだなかった。
    時期を選ぶべきだった。
    成長過程において、中学受験が向いている子もいれば、そうではない子もいる。
    誰もが中学受験をすることが有利なわけではない。
    そういうことだと思うのです。

    思考力が弱いというのは、生涯そうであるというような決定事項ではありません。
    思考力も鍛えれば強くなります。
    パッと見てパッと問題の構造をつかむ瞬発力のようなもののある子は、つまり、頭の回転は速いのです。
    ただ、深く思考したことがない。
    ものごとを筋道たててじっくり考えるということをしたことがない。
    それを要求されて応える精神力もない。
    やってもできなかったという形になるのが嫌なので、勉強しない方向に自分を誘導しがちです。
    逃げ道を探すことに頭を使ってしまう・・・。
    才能の無駄遣いをしてしまう子も多いです。

    数学で大きな結果を出している塾や学校は、「じっくり考えることのできる者が最上位」というヒエラルキーが確立されています。
    じっくり考えることでしか解けない問題を考える。
    それを解いた人が称賛される。
    そうした空気の作り方に成功しています。
    大人がそれを強制してもなかなか従わない子も、自分と同年齢の子たちがじっくり考え、そのヒエラルキーに従っている環境にいると、それに従い始めます。
    考える者が最も優れた者であり、称賛される。
    パッと思いついただけのことを言っても正答できないので、誰もが考え始めます。

    EXテスト。
    今の小学校では、思考力をちょっと試し、それを成績つけの参考にすることはあっても、それ以上の活用は難しいと思います。
    問題解説をしたところで、理解でき、類題が解けるようになる子は半分にも満たないでしょう。
    来年度からの、新しい学習指導要領の下では、どうなるのか?
    これは、そのためのテストなのか?

    蓋を開けてみなければわからないことが、まだ多いです。

      


  • Posted by セギ at 11:40Comments(0)算数・数学

    2019年07月14日

    高校英語。不定詞その4。原形不定詞。


    不定詞の学習。
    今回はこんな問題から。

    問題 (  )内の正しいものを選べ。
    (1) I heard you (1.play 2.to play 3.played) that song on the flute.
    (2) I saw her (1.to try 2.trying 3.tried) to remove a stain from the carpet.
    (3) I had him (1.translate 2.to translate 3.translating 4.translated) the letter.
    (4) He was made (1.do 2.to do 3.doing 4.done) it against his will.
    (5) He had his salary (1.raise 2.to raise 3.raising 4.raised) last month.

    この問題をざっと眺めて、「全て知覚動詞と使役動詞の文だ」とわかる人は、勉強している人です。
    そのことに気づくことができず、この問題がどういう問題なのかを把握できないまま勘で解いてしまうと、もうグチャグチャになってしまうのがこのあたりのところです。
    あるとき、生徒に、
    「この文の動詞は知覚動詞ですよね?」
    と問いかけたら、ポカンとしていたので、「知覚動詞」と板書すると、
    「ああ!」
    と声を上げたことがあります。
    「違うチカクをイメージしていました」
    と言うのです。
    その子は、「地殻動詞」だと思ったらしく、どういうことだろうと悩んでしまったらしいのです。

    その子はそのとき高3で、知覚動詞を初めて習ったわけでもなかったのですが、「チカクドウシ」と言われても正しく漢字変換できないほど、この動詞のことが意識にありませんでした。
    それでは、この問題がどういう文法問題であるかを把握するのは難しいと思います。

    文法用語は、別に覚えなくても大丈夫なものも多いですが、覚えておけば容易にカテゴライズできるのでむしろ楽なものも多いのです。
    知覚動詞と使役動詞は、その中でも、覚えておくととても楽になる知識です。
    そのグループはこう対処すれば良い、というしっかりとしたルールがあります。

    知覚動詞は、一般動詞の中で、五感を使った動詞を指します。
    see , hear , feel , notice , taste , smell などがそうです。
    これらを動詞として使った文の中で、SVCは特に問題ないと思います。
    You look happy.
    楽しそうだね。
    など、中学2年で学習する内容です。

    (1)は、SVOCで、Vが知覚動詞の文です。
    このとき、Cには原形不定詞を用いるというルールがあります。
    例えば、
    I heard someone shout in the distance.
    私は、誰かが遠くで叫ぶのを聞いた。
    この shout がC(補語)で、原形不定詞です。

    原形不定詞は、動詞の原形と同じ形をしています。
    to 不定詞の to のないものです。
    じゃあ、それは動詞なんじゃないの?
    そのような疑問を抱かれることもあるかと思いますが、動詞はC(補語)にはなりません。
    その文の中でV(述語動詞)の働きをしているものを動詞と呼びます。
    一方、Cになるのは、形容詞か名詞、またはその働きをする語句です。
    だから、この文の shout はVでないのです。
    Vでないものは、動詞ではありません。
    そのような文法的な分析から、このshout は原形不定詞とされます。

    こういうことを「意味がわからない。どうでもいい」と思うか「面白い。うふふ」と思うかが、文法好きかどうかの違いかもしれません。
    興味がなかったら、「原形不定詞というのは、要するに動詞の原形のことだな」と思っても、別に構いません。
    要は正しく使えるかどうかです。
    この観点から、上の問題の(1)を見てみましょう。

    (1) I heard you (1.play 2.to play 3.played) that song on the flute.

    知覚動詞を用いた、SVOCの文です。
    正解は、原形不定詞の 1.play です。

    ところで、この問題、4択ではなく3択問題になっています。
    なぜか、playing という選択肢が外されている。
    どうしてでしょう?

    実は、playing でも、正解となってしまうので、あえて除外してあるのです。
    I heard you play that song on the flute.
    I heard you playing that song on the flute.
    このどちらも正しい英語です。
    上の文は、「私はあなたがあの曲をフルートで演奏するのを聞いた」という意味。
    下の文は、「私はあなたがあの曲をフルートで演奏しているのを聞いた」という意味。
    え?どう違うの?

    Cに原形不定詞を用いた場合は、動作の一部始終を知覚したことを表します。
    上の文では、あなたがあの曲を演奏し始めてから演奏し終わるまで、一曲全部聞いたことを表します。
    Cに現在分詞を用いた場合は、一瞬だけ知覚したことを表します。
    上の文では、通りかかったときに、あなたがあの曲を演奏しているのをちょっと聞いたことを表します。

    この知識があると、(2)の問題も簡単ですね。

    (2) I saw her (1.to try 2.trying 3.tried) to remove a stain from the carpet.

    正解は、現在分詞の 2.trying です。
    I saw her trying to remove a stain from the carpet.
    私は、彼女がカーペットの染みを取ろうとしているのを見た。

    こういう文を見たときに、
    「あれ?trying to~という言い方はないんじゃないの?」
    という謎ルールを持ち出し、そんなルールはないですよと説明しても納得しない高校生もいます。
    try という動詞は、to 不定詞と動名詞の両方をとりますが、意味が異なります。
    try+to 不定詞は、「~しようとする」。
    try+動名詞は、「試しに~してみる」。
    不定詞と動名詞の使い分けのところでも説明しました。
    その知識と混線して、「trying to~という言い方はない」という謎ルールになってしまうようです。
    try という単語自体は、文の中の働きによって、to try にも trying にもなります。
    to try to~もあれば、trying to~もあります。
    to try~ing もあれば、trying ~ing もあります。
    try の後ろがどうなるかで意味が変わるという文法事項なのですが、その前後関係を混線してしまう様子です。
    「とうもろこし」が「トウモコロシ」になってしまう音韻転変と似たようなことが、その子の頭の中で起きているのだろうと想像されます。

    英語初学者が自らの頭の中で作りだす「謎ルール」は他にも色々あります。
    ~ing は連続して使ってはいけないとか。
    to は1つの文の中で2回使ってはいけないとか。
    そんなルールはありません。
    中2で不定詞を学習した最初の頃、「to+動詞の原形」ということがどうしても理解できず、「動詞+to」 を不定詞と思いこんでしまう子もいます。
    want to~、like to~、という覚え方も良くないのでしょうが、それだけでもないようです。
    副詞的用法や形容詞的用法になっても、語順の混乱がなくなりません。
    中1の頃によく見るgo to school などの動詞と to との位置関係から脱却できず、to は動詞の後ろにくるものという思い込みが強くて、不定詞を含む乱文整序問題ではほとんど正答できない子もいます。
    文法が嫌いなわりに「謎ルール」を自ら作り出す子は多いです。
    人はルールを見出さずにいられないのかもしれません。
    ならば、正しいルールを見出したいですね。


    (3) I had him (1.translate 2.to translate 3.translating 4.translated) the letter.

    この文の動詞 have は使役動詞です。
    使役動詞は3つしかないので、それを覚えるだけです。
    make は、主語が、目下の人を使役して「~させる」という意味です。
    have は、主語が、対等または目上の人に「~してもらう」という意味です。
    let は、主語が、目下の人がやりたがっていることを「~させてやる。~することを許す」という意味です。
    使い分けも明瞭ですね。

    使役動詞もSVOCの文のVになり、このときのCは原形不定詞となります。
    したがって、(3)の答えは、1.translate です。
    文の意味は、「私は彼にその手紙を翻訳してもらった」となります。
    使役動詞は、Cに現在分詞をとることはありません。


    (4) He was made (1.do 2.to do 3.doing 4.done) it against his will.

    あ、これも使役動詞だ。
    じゃあ、答えは原形不定詞かな?
    ところが、そうではないのです。
    上の文は、よく見ると受動態の文ですね。
    使役動詞 make は、上のように受動態を作ることができる動詞です。
    他の使役動詞には、このような受動態はありません。
    そして、使役動詞 make の受動態は、能動態で原形不定詞だったところがto 不定詞になるというルールがあります。
    したがって、正解は、2.to do です。
    He was made to do it against his will.
    「彼は、意志に反してそれをやらされた」という意味になります。

    使役動詞 make の他に、知覚動詞もこのような受動態を作ることができます。
    The man was seen to go into the house.
    「その男は、その家に入るのを見られた」という意味です。

    受動態のときは to 不定詞。
    例によって、些末な文法事項として無視する人が多いですが、テストに出やすいのはこういうところです。
    見るからにテストに出そう。
    テストに出るとわかりきっている。
    そういうところを無視せず、丁寧に学習しましょう。

    make の受動態の作り方はわかったけれど、他の使役動詞はどうやって受動態を作ったら良いのでしょうか?
    let の場合は、そのままでは受動態は作れませんので、同じ意味の別の動詞に変えます。
    使役動詞ではないけれど、意味は使役動詞に近い動詞があるのです。
    let に意味が近いのは、allow 。
    それを利用します。
    例えば、let を用いた能動態の文は、
    My mother let me go abroad.
    allow を用いると、
    My mother allowed me to go abroad.
    使役動詞ではないので、SVOCのCは to 不定詞をとります。
    これを受動態にすると、
    I was allowed to go abroad by my mother.

    使役動詞 have の場合はどうしましょうか?
    ここで(3)の文を振り返ってみましょう。
    (3) I had him translate the letter.

    この文の本来のOである him を主語に変えた受動態の文を作ることはできません。
    日本語でも、そのような意味あいの受け身の文を作ることはできないですね。
    「彼は私のためにその手紙を翻訳してくれた」
    それは、能動態の文です。
    しかし、Oを the letter に変えた文なら、作ることができます。
    I had the letter translated by him.
    私は彼にその手紙を翻訳してもらった。
    これも使役動詞 have を用いたSVOCの文ですが、Cは原形不定詞ではなく、過去分詞となります。
    OとCの関係から、Cが過去分詞になる例は、他の動詞でもありますね。
    we found the road blocked by heavy snow.
    [道路は大雪でふさがれていた」
    知覚動詞でも、この構造の文は作れます。
    She heard her name called from behind.
    「彼女は背後から自分の名前が呼ばれるのを聞いた」
    OがCされる関係のときは、Cは過去分詞を用います。
    これが、(5)の問題です。

    (5) He had his salary (1.raise 2.to raise 3.raising 4.raised) last month.

    答えは、4.raised です。
    給料は上げられるものだからです。
    「彼は、先月給料を上げてもらった」という意味です。

    このhave は、「受け身・被害のhave」と呼ばれるもので、意味内容によって、主語にとって良い意味のこともあれば被害のこともあります。
    I had my bag stolen.
    という文のときに「私はカバンを盗んでもらった」とは訳しません。
    これは被害だから「私はカバンを盗まれた」と訳します。
    しかし、(5)の文を「彼は給料を上げられた」とは訳しません。
    給料を上げられたことが不満であるかのようなニュアンスになってしまうからです。
    けれどそれは日本語の都合で、英語としては、OとCとの関係からCが過去分詞になっているだけです。

    さて、ここまでのところをまとめると。
    知覚動詞のSVOCの文のCは、原形不定詞・現在分詞・過去分詞のどれかになる。
    OとCとの関係から選択する。
    ただし、受動態の文の場合は、to 不定詞・現在分詞のどちらかになる。

    使役動詞のSVOCの文のCは、make , let の場合は原形不定詞。
    ただし、make の文の受動態は to 不定詞になる。
    have の場合は、原形不定詞・過去分詞のどちらかになる。
    OとCとの関係から選択する。

    多少複雑ですが、テストに非常に出やすいところですので、しっかり身につけておくと得点源になります。
    範囲は無限と感じられる熟語問題よりは、分析可能なこうした問題のほうがはるかに易しいです。
    センター試験にも、英検にも、TOEICにも、必ず出題されています。

      


  • Posted by セギ at 14:55Comments(0)英語

    2019年07月10日

    数Ⅱ「式と証明」。多項式の除法。


    今回は「多項式の除法」です。
    中学数学でやっているような気がするのに、意外に一度もやっていないのが、多項式の除法です。

    問題 (x3+3x2-5)÷(x-2) を計算し、商と余りを求めよ。

    これは筆算していくことができます。
    やり方・考え方は数字のわり算の筆算と同じです。

    例えば、764÷6を筆算してみましょう。

    6 )764

    の7と6を見比べて、7の上に「1」という商が立つと判断します。
    その後、1と6をかけたものを7の下に書いていき、そして7からそれを引きます。
       1
    6 )764
       6  
       1

    これと同じことをやっていきます。

    x-2 )x3+3x2   -5

    x3とxを見比べて、x3の上に「x2」という商が立つと判断します。
    そのx2と「割る数」であるx-2とをかけたものを元の式に下に書いていきます。

        x2
    x-2 )x3+3x2   -5
         x3-2x2

    そして、元の式から、今書いたものを引いていきます。

        x2
    x-2 )x3+3x2   -5
         x3-2x2
            5x2

    次に、引き算の結果である「5x2」とx-2を見比べで、商を立てます。
    「5x」という商が立ちます。
    その5xとx-2をかけたものを下に書いていきます。
    そして、上の行から下の行を引きます。

        x2+5x
    x-2 )x3+3x2     -5
         x3-2x2
            5x2
            5x2-10x
                10x -5

    次に、引き算の結果である「10x」とx-2を見比べて、商を立てます。
    「10」という商が立ちます。
    その10とx-2とをかけたものを下に書き、上の行から下の行を引きます。

        x2+5x  +10
    x-2 )x3+3x2     -5
         x3-2x2
            5x2
            5x2-10x
                10x -5
                10x-20
                    15

    よって、商は x2+5x+10、余りは15です。

    「本当にこんなやり方で割ったことになるの?」
    「何でそれで答えが出るのか、意味がわからない」
    という感想の多いところです。

    そこで、ちょっと検算をしてみましょう。
    わり算は、(割る数)×(商)+(余り)=(もとの数)
    で検算することができるのでした。

    (x-2)(x2+5x+10)+15
    =x3+5x2+10x-2x2-10x-20+15
    =x3+3x2-5

    はい。
    もとの式に戻りました。

    やり方は理解できても、最初のうちはなかなか正答できない高校生が多いです。
    ミスしやすい箇所としては、多項式の書き写し間違い。(特に指数と符号)
    上の式の-5-(-20)のような箇所の符号ミス。

    符号ミスは、中学生になって負の数の計算をするようになると同時に始まります。
    答えが負の数になる問題は決して正答できないというくらいに符号を書き忘れる子もいます。
    これを「ケアレスミス」ととらえ、本人が注意すれば解決すると思うのは、しかし、誤りだと思います。
    そもそも、俗にケアレスミスと呼ばれるものが多い子ほど、ケアレスミスの意味を「ちょっとしたミス」などととらえています。
    ケアレスミスは不注意なミスという意味だよと教えると、嫌な顔をします。
    不注意と指摘されることにも傷ついてしまうようです。
    しかし、問題はもっと深刻で、符号ミスは単なる不注意なミスではないと思ったほうが良いと思います。

    小学校では必要なかった負の符号が中学数学では必要になるのに、そのことが知識として身についていない。
    そうとらえたほうが現実に即していると思います。
    つまりは、本人の脳内の根本のところで知識がバージョンアップされていず、いつまでもいつまでも、ついつい気がつくと負の数など存在しないような感覚で数学を解いてしまっているのだと思うのです。
    バージョンアップは、簡単にできる人もいますが、非常に時間のかかる人もいます。

    傍で見ていると、何でそんなに安易に負の符号を書きもらすのか、意味がわからない・・・。
    ぼんやりしているから、そんなことになるのではないか?
    ・・・ついついそう思ってしまいがちですが、本人もミスなどしたくないから一所懸命やっているはずです。
    それで書きもらすとなると、符号に関するバージョンアップがされていないと見るほうが自然です。
    それは、本人が自覚すれば治るというものではなく、脳内でアップデートされない限り同じミスが繰り返されます。

    では、どうすればアップデートされるのか?
    それは脳次第であるところが歯がゆいところです。
    人間の脳は自力ではコントロールできません。
    何で覚える必要があることを覚えられないの?
    何でアップデートできないの?
    そういうこととの闘いです。
    ただ、「数学なんか嫌い」「数学なんかやっても意味ない」と思っている人のアップデートは当然遅いです。
    せめて、自ら数学から遠ざかることだけは避けたいところです。
    結局、練習を重ねることで、脳がアップデートの必要を感じるのを待つしかありません。

    上の多項式の除法でいえば、引き算であるところをたし算してしまうミスも多いです。
    商を立てた後、例えば3x2の下に-2x2という項を書くところまでは上手くできるのですが、下の項に負の符号がついていると、そのままたし算してしまうミスは多いです。
    指摘してもピンとこない様子で、正しい筆算をしてみせるとようやく理解するということがあります。
    これが繰り返されるのは、もはやケアレスミスというものではなく、そこが明らかに理解不足の弱点となっているのです。
    ケアレスミスじゃないぞー。
    明らかな理解不足だぞー。
    そのミス、何度目だー。
    ・・・そのような指摘をするまでもなく、ほぼ全問どこかでひっかかって誤答しますので、さすがに本人の顔色が悪くなってくるところではあります。
    やり方はわかっているのに、幾度解き直しても正解に至らない。
    解き直す度に違う答えは出るけど、正解でないのはなぜ・・・?
    解答が間違っているんじゃないの?
    数Ⅱに入ると、そういうことが本当に増えてくると思います。
    練習不足なんです。
    数Ⅱの問題を正確に解ける計算力が身についていないのです。
    一度でパッとできるようになる人もいます。
    でも、沢山練習する必要のある人もいます。
    そんなのは、スポーツでも何でも普通のことです。

    こういう話をすると、何だ才能の話かと諦めてしまう人もいると思います。
    これは、努力の話です。
    例えば、目の前でやられると非常に煩わしいペン回し。
    小学校高学年から中学生の頃、特に男子の大半は、あれに夢中になります。
    数回で器用にできるようになる人もいますが、なかなか上手くできなかった不器用な人もきっといたはずです。
    なのに、諦めない。
    学校の授業中、延々とペン回しの練習をしましたよね。
    そして、ついに習得しました。
    努力の成果です。
    努力って、実は誰でもできるのですよ。
    努力の方向性はともかく。


    さて、もう1問。

    問題 (a3+2abc+b3-c3)÷(a+b-c) をaに着目して行い、商と余りを求めよ。

    最初の問題との違いは、文字が1種類ではないこと。
    「aに着目して」ということは、aについての文字式とみなし、他の文字は係数や定数項として扱いなさい、という意味です。
    これは、筆算として書くときから順番を意識し、他の文字はaの係数や定数項であるとわかるようにしておくことで解きやすくなります。
    aについて降べきの順に整理して書いてみましょう。

    a+(b-c) )a3     +2bca+(b3-c3)

    a3とaを見比べると、まずa2という商が立ちます。
    その商と「割る数」であるa+(b-c)をかけていきます。

           a2
    a+(b-c) )a3        +2bca+(b3-c3)
             a3+(b-c)a2 

    上の行から下の行を引きます。
    上から次に使う項も下ろしておきます。

           a2
    a+(b-c) )a3        +2bca+(b3-c3)
             a3+(b-c)a2
              -(b-c)a2+2bca

    ここでは、2次の項はもともと存在しなかったところから(b-c)a2を引くので、
    0-(b-c)a2
    =-(b-c)a2
    となることに注意が必要です。
    上からおろしてくる項は、あえて書けば、
    2bca-0
    =2bca
    となりますので、符号は変わりません。
    0から引くことと、0を引くこととは大違いですね。

    次に-(b-c)a2とaを見比べて、-(b-c)aという商が立ちます。

           a2-(b-c)a
    a+(b-c) )a3        +2bca+(b3-c3)
             a3+(b-c)a2
              -(b-c)a2+2bca
              -(b-c)a2-(b-c)2a

    例によって、上の行から下の行を引くのですが、ちょっと複雑で引きにくいですね。
    こういうときは、ノートの横の空欄などを利用して、そこの部分だけ計算すると良いでしょう。
    係数だけのひき算をすれば良いですね。
    すなわち、
    2bc+(b-c)2
    =2bc+b2-2bc+c2
    =b2+c2

    上から定数項も下ろしてくると、

           a2-(b-c)a
    a+(b-c) )a3        +2bca+(b3-c3)
             a3+(b-c)a2 
              -(b-c)a2+2bca
              -(b-c)a2-(b-c)2a
                      (b2+c2)a+(b3-c3)

    次の商は、(b2+c2) ですね。

           a2-(b-c)a +(b2+c2)
    a+(b-c) )a3        +2bca   +(b3-c3)
             a3+(b-c)a2 
              -(b-c)a2+2bca
              -(b-c)a2-(b2+c2)a+(b3-c3)
                      (b2+c2)a+(b-c)(b2+c2)

    最後の定数項のひき算も複雑ですね。
    ノートの空いているスペースで計算しましょう。
    (b3-c3)-(b-c)(b2+c2)
    =b3-c3-(b3+bc2-b2C-c3)
    =b3-c3-b3-bc2+b2C+c3
    =-bc2+b2c

    これが余りとなります、
    よって、商は  a2-(b-c)a+(b2+c2)
    となりますが、整理したほうが見た目がきれいですね。
    ( )を外しておきましょう。
    従って、商 a2+b2+c2-ab+ca
        余り -bc2+b2c
    となります。

    この筆算は複雑ですが、この先、「分数式の計算」や「因数定理」を学習する際にまた利用しますので、必ず身につけておきましょう。
    とはいえ、ネットでは罫線を上手く引けないので、物凄く見にくいと思います。
    全体の板書が上の画像です。

      


  • Posted by セギ at 12:58Comments(0)算数・数学

    2019年07月06日

    ケアレスミスと数学不安症。


    例えば、都立高校の数学の入試問題で、大問3「関数」、大問4「平面図形」、大問5「空間図形」のそれぞれ一番最後の小問は難しいから解けないので、各5点×3=15点は失点するとして、残る85点は取れる。
    そういう得点の読み方をすることがあります。
    あるいは、定期テストは基本問題だけで80点は取れる。
    これに共通しているのは、「基本問題を解くだけで十分な得点」という夢物語です。

    「夢物語」とあえていうのは、現実はそんなに甘くはないからです。
    基本問題をきっちり得点できる学力の人は、応用問題も解けます。
    基本問題しか解けない人は、基本問題もある程度は失点します。
    それは避けられません。

    しかし、基本が身についていないのに、やたらと応用応用という子には、私も冒頭のような説明をすることがあります。
    定期テストで、公式を代入するだけの基本問題や、出題されるとわかりきっている典型題をポロポロ失点しているのに、最後の応用問題がわからなかったことをやたらと残念がる子もいるからです。
    実際の得点は30点台、40点台なのに、最後の応用問題がわからなかったことを、テストが終わると強調するのです。
    テストが返ってきたら反省が大切なのですが、反省ポイントがズレていては、次回も似たような結果になってしまいます。
    正しい反省を促さなければなりません。
    最後の7点の応用問題が解けなくても、他の問題で正答していたら93点です。
    あなたの現実の点とは50点以上差がありますよ。
    その50点は、どこで失っていますか?
    そういう話をします。

    基礎を固めないうちは、応用問題の解説を聞いても、その問題の解き方を「わかったような気がする」だけで、類題を自力で解けるようにはなりません。
    まして、タイプの異なる応用問題には全く対応できません。
    出るとわかっている典型題なら解説もしますし、練習もします。
    しかし、何でこんな応用問題を出すのか出題意図もよくわからない、ただただ難しいだけの問題を解説するのは時間が惜しい。
    今は、そんな勉強をする時期ではない。
    そのことをわかってもらう必要があります。

    1つ考えられるのは、そういう子の心の中では、「わかる問題」と「解ける問題」との混同があるのではないかということです。
    公式を見て代入すれば解ける問題は、本人の中では「わかる問題」=「解ける問題」。
    解説を聞けば理解できる典型題は、本人の中では「わかる問題」=「解ける問題」。
    だから、そういう問題は、本人の中ではOKになっているのではないか?
    学校でテスト解説を聞いてもよくわからなかった、あるいは解説してもらえなかった最後の応用問題だけは、「わからない問題」。
    だから、とても気にかかる。
    とても残念である。
    そういう気持ちなのではないかと思うのです。

    「わかる問題」と「解ける問題」は違います。
    公式を見て代入すれば解ける問題なのは事実でも、その公式を覚えていないし、代入して解く練習もそんなにしていない場合、テストではもたもたし、代入ミスをしがちです。
    それは「解ける問題」にはなっていないということです。

    「わかる」だけではダメで、「解ける」ようにしなければ。
    基本問題だけでも全部解ければ、定期テストは80点ですよ。
    今、目指すのは、まずはそこですよ。
    基本に目を向けてもらうため、そのように言います。


    ただ、私は、基本問題だけ解ける子が実際に80点を取れるとは思っていません。
    その状態では、80点は無理だとわかっています。
    定期テストなら、基本問題だけで配点は80点になる。
    それは事実です。
    しかし、基本問題しか解けない子は、基本問題を全て正答することはできません。
    学力的に余裕がない子は、ミスをします。
    現状が40点ならば、まずは50点、そして60点と順番に上を目指しましょう。
    60点を越えたら、より発展的な学習も行いましょう。


    学校の定期テスト前日に、数学の授業を振替設定することがあります。
    そんなとき、テスト範囲の演習はひと通り終わっていますので、前日に行うのは最終調整です。
    しかし、単なる確認と調整のために解いている基本問題を計算ミスでぽろぽろ失点する生徒もいます。
    テストに必ず出る、易しい問題で失点します。
    解き方はわかっているのに、計算ミスを繰り返し、正答できないのです。
    計算ミスをすればするほど目に見えて動揺していきます。
    そして、さらにミスを重ね、続く簡単な問題もやはり正答できなくなっていきます。
    目の前で見る見る精神的に崩れていく・・・。
    テスト当日だけではないんだ。
    前日で、既にこういう精神状態なのか・・・。


    『しくじり先生』というバラエティ番組があります。
    ゲスト出演する「先生」役が自身の失敗を語る番組です。
    以前、その番組にG・G・佐藤選手が先生役で出演しました。
    北京オリンピックでエラーを繰り返し、日本代表チームが銅メダルすら取れなかった原因の1つと言われている野球選手です。
    日本代表になるほどのプロ野球選手が、ゴロをトンネル。
    さらに、簡単なフライを落球すること2回。
    なぜそのようなことが起こったのかを本人自らが分析し語っていました。

    G・G・佐藤選手は、1つ目のトンネルの後、もうどんな球も取れる気がしない精神状態に陥ったそうです。
    だから、球が飛んでこないことをひたすら願った。
    オリンピックという大舞台。
    自分のエラーのせいでチームが負けてしまうことに怯えた。
    しかし、怯えるほどにそれは明確なイメージになった。
    あんなゴロもトンネルしてしまった自分は、フライなんか取れるわけがないと思ってしまった。
    そして、実際、もう取れなかった。
    プロ野球選手が・・・・・。

    本番に弱い人の精神状態が赤裸々に語られ、しかも、その精神状態のときに技術的にはどのように失敗するのかVTRを見ながら具体的な説明がありました。
    バラエティ番組のはずなのに、ホラーかと思うほど怖い内容でした。

    1つ目のフライは、緊張で手がガチガチに硬まっていた。
    しかも慌てているため、グローブを出すのが早かった。
    そのため、グローブの土手に当たって球を弾いてしまった。
    さらに、サングラスを帽子の上にかけたまま、目にかけるのをずっと忘れていた。
    球をよく目視できていないのに、そのことにすら気がつかなかった。

    2つ目のフライは、大事に行き過ぎて両手で取ろうとした。
    片手のほうが可動域が広く操作しやすいのに、両手で取ろうとして、結局、球をこぼした。
    普段とは違うことをそのときだけやってしまったのです。
    子どもの頃からフライなんかいくらでも取ってきたプロ野球選手が。


    生徒の数学の答案を見ても、テストのときだけ不可解な答案を書く子がいます。
    普段したことがない計算の工夫をして間違えたり。
    普段は、単なる移項すらいちいち丁寧に書いているのに、テストのときだけ左辺と右辺をひっくり返しながら部分的に移項もして、結果、符号ミスをしたり。
    テストでそういうことをしたいのなら普段から練習しておけば良いのに、なぜか普段は丁寧なやり方を変えない子がテストのときだけそんなことをします。
    あるいは、テスト中だけその解き方が正しいのだとなぜか思い込んで、間違ったやり方をしていたり。
    テストのときだけなぜか普段と違うことをしてしまうのです。
    後で冷静になれば何でそんなことをしていたのか本人も理解できないような考えにとりつかれてしまうようです。
    理解不足だった問題をやっぱり間違えているというような、ある意味で安定感のあるものとは印象の異なる、不安定な数学の答案を見ることがあります。


    「数学不安症」という言葉があります。
    1950年代に確認され、近年、アメリカのスタンフォード大学で、数学の問題を見ると脳の恐怖中枢の活動が高まる人が存在することが実証されました。
    イギリスでは全人口の4分の1が数学不安症であると推測されているそうです。
    理解できない数学の問題を見るとき、ヘビを見たときに感じるような恐怖や不安を感じる。
    不安ばかりでなく、実際に身体に痛みを覚える人もいます。
    数学の問題を見ると頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりします。
    他の科目ではそのようなことはないのに、なぜ数学だけそのような不安症が出るのでしょうか?

    正解・不正解があまりにも明確で、到達度に関して数値目標が明示されやすいこと。
    子どもの頃から計算スピードや到達度に関して具体的に強い期待をされ、要求されること。
    そうしたことが他の科目とは異なる点ではないかと分析されています。

    確かに、私がこれまでに見てきた、テスト前日で異様に動揺してしまう子は、本人や保護者が漠然と期待している実力と、本当の実力との乖離の激しい子たちでした。
    子どもの頃から強く期待され要求され、特に計算ミス・ケアレスミスについては強めに指摘されてきたのかもしれません。
    お子さんの小学校の算数を見るお母さんは、計算ミス・ケアレスミスに厳しくなりがちです。
    解けない文章題のことを問題視して叱るお母様は少ないと思うのですが、計算ミス・ケアレスミスは問題視する傾向があると思います。
    ここは得点できるのに、と思ってしまう。
    ついつい、そこを強めに指摘してしまう・・・。

    しかし、毎度毎度計算ミスのことを強めに指摘されてきた小学生が計算ミスをしなくなるかというと、そうでもないのです。
    字が雑で、勉強に対する心構えも甘くて、それでミスばかりしているような小学生ならば、中学・高校と本人が成長するにつれて意識が高まり、計算ミスをしなくなることが期待できます。
    しかし、小学生の頃から、字は丁寧だし、ノートの取り方もしっかりしているのに、なぜか計算ミス・ケアレスミスが多いという子の場合、中学・高校と進むにつれて、指摘されればされるほど、むしろミスは増えていくように感じます。
    学年が上がるにつれて、本人が余裕をもって解くことができる問題は減っていきます。
    期待に応えてテストで高い得点を取ることは、年々難しくなっていきます。
    親からの期待。
    本人のプライド。
    そうしたものが混沌としている中で、
    「失敗してはいけない」
    となったとき、むしろミスをする土壌が出来上がってしまうのでしょう。

    ここで複雑なのは、計算ミスの多い子が、それを直視し、それを自分の課題としてとらえているかというと、むしろそれは本人の中で表面化していないことが多いのです。
    自分がミスをしやすい人間であると認めることは、非常に自己評価を下げる・・・。
    そういう気持ちがあるのかもしれません。
    前述のように、計算ミスをしやすく、基本問題で得点することも心もとない子が、応用問題にこだわるのを見ると、そのように感じます。
    子どもの頃から繰り返し注意されてきたケアレスミスのことを、本人は表面的には自覚していないように見えるのです。
    自分は他人よりはミスが少ないほうだとすら思っているように感じられます。
    そして、応用問題が解けなかったことばかり、強く意識しています。

    ただ、無意識のレベルでは、自分がミスをしやすいことはわかっていると思うのです。
    その影のような不安が、さらにミスを誘い込んでいるのかもしれません。
    テストのときに、気持ちが不安定になり、さらにミスをしやすくなるのです。
    ケアレスミスは、本人が不注意に問題を解いているから起きているとは限りません。
    真剣に解いていても、計算過程で1つ指数を書き洩らしたら、もう正解には至りません。
    心が不安定であるため、正確さ・完璧さを保つことができないのです。
    問題が、本人にとって心の負担になっているほど難しい。
    実は根本のところがあまり理解できていない。
    しかし、それを認められない。
    周囲も認めてくれない・・・。

    計算ミスは、計算ミスだけが課題なのではありません。
    本人の現在の実力と、頭の中で本人が思っている理想の実力との乖離。
    そのことからくる、勉強のやり方のまずさ。
    尽きない不安。
    そこに課題があると感じます。

    多様なミスを多発している人は、ケアレスミスを除外して、「本当は何点取れた」=「自分は何点の実力」と評価する傾向があります。
    保護者の方がそのような得点の読み方をしていることもあると思います。
    だから、実際の得点と自己評価とがいつまでも一致しません。
    本来やるべき、基本問題を何も見ないで自力で解く練習を、ろくにしないでテストを受けています。
    応用問題ばかり気にしています。
    しかし、本当は基本問題を解けないことに、常に影のような不安がさしています。
    そのような状態でテストを受けて、良い結果が出るはずがありません。

    特に高校生で数学の得点が低い場合、理由は明らかに勉強不足なのです。
    学校の問題集をノートに解くことがテスト勉強の全てになっていることは、繰り返しここで書いてきました。
    基本問題すら公式や解答解説を見ながら解いているので、練習になっていません。
    そして、問題集の発展問題や章末の演習問題を何とかノートに解くことに非常に多くの時間を使っています。

    「学校の問題集のB問題の難しいもの、発展問題、章末の演習問題は、3分考えてわからなかったら、赤ペンで解答解説をノートに丸写しして提出しなさい。意味を考える必要はない。式は解説を見ても、計算だけは自分でやろうと思う必要もない。丸写しをしなさい。その代わり、例題とA問題を解答解説を見ないでもう一度解きなさい」
    高校生の場合は、たったそれだけの指示で、テストの得点が目に見えて改善していくことがあります。
    60点までなら、それで上がります。
    60点取れる力がついてから、B問題、発展問題、章末演習問題に目を向けても遅くはありません。

    それでは間にあわなくなるのでは・・・?

    ・・・何に?
    基本も身に着かない今の勉強をしていて、では何に間に合うのでしょう?

    しかし、数学不安症的な子は、このような指示に従うことができない子が多いです。
    やはり、不安なのでしょう。
    それでは、間に合わなくなる・・・。
    あるいは、そんなことをしたら学校の先生に叱られるか目をつけられると思っている子もいます。
    定期テストで30点台の子が応用問題を赤ペンで丸写ししたノートを提出することを問題視する高校の数学の先生なんていません。
    その代わりに例題やA問題をもう1度解いているならなおさらです。
    しかし、そこでも障壁となるのは、実態と乖離した高い理想自己なのかもしれません。
    そうして、解答解説を読んでも意味のわからない発展問題・章末演習問題に時間をかけ、公式を上手く使えない不安定な状態でテストを受け、指数の書き洩らしや符号ミスを多発し、基本問題が8割を占めるテストで惨敗します。
    そして、テストの後は、ケアレスミスした問題は得点できた問題として加算し、捕らぬ狸の皮算用を繰り返します。

    そんなことをしているから、内心の不安が消えない。

    誰にも彼にも基本・基本・基本という教え方には私は懐疑的です。
    小学生や中学生には、その子の現在の学力で理解できる限界まで応用問題を解かせます。
    「同じ問題集を全問3回解き直し」
    といった、写経のような学習方法は、生徒よりも先に私がうんざりしてしまいます。
    解ける問題を3回解いても意味がありません。
    特に公立中学の教科書準拠ワークの基本問題は簡単過ぎて、基本問題を3回解いても定期テストには対応できません。
    そのレベルで良いと思っていると、定期テストの問題は解けません。

    しかし、高校生は違います。
    高校生は、学校の問題集の基本問題を何も見ないで自力で解く学力に至っていない子が多いのです。
    高校数学の基本問題は、彼らにとって基本問題ではありません。
    しかも、そのことに気づいていない。
    あるいは、認められない。
    それでは、不安が消えないでしょう。

    まず自分の不安の正体を見つめましょう。


      


  • Posted by セギ at 13:35Comments(0)算数・数学

    2019年07月03日

    高校英語。不定詞その3。完了形の不定詞とseemなど。


    さて、今回は、こんな問題から。

    問題 以下の2文がほぼ同じ意味となるよう、空所を埋めよ。
    It seems that he was ill.
    He seems (  )(  )(  ) ill.

    こういう問題を目にしたとき、問題文には不定詞が全く出てこないこともあって、不定詞の文法問題であることすら気づかないということがあります。
    テスト範囲が限定されていない模試や入試では、不定詞という発想すら湧いてこないので解けない人がいます。

    学校の文法テキストの問題だけ繰り返し解いていても、何が典型題なのか気づかないということがあると思います。
    他の文法問題集もあわせて解くことで、
    「あれ、この問題、学校のテキストでも見た」
    「同じような問題を以前も解いた」
    という感覚が養われていきます。
    単語も何もかも同じ問題である場合、たまたまどこかの大学の過去問が別の問題集でも採用されているだけということもありますが、単語は違うものが使われ、文意は異なるのに、構造が同じ問題が他の問題集にも載っていることは多いです。
    結局、それが英文法の典型題です。
    典型題を把握すると、文法問題は何が出題されるのか大体わかるようになりますので、安心して解いていくことができるようになります。
    そのためにも、感覚で解くのをやめて、文法的にこれはどういう問題なのかを分析して解いていくことが大切です。

    さて、それでは上の問題は、文法的にはどういう問題なのでしょう。
    そもそも、空所がないほうの文は、どういう文なのでしょうか。

    これは、「It seems that ~.の文」として理解するのが一番簡単です。
    この it は、特に何かを意味するものではありません。
    seem の他、appear , look , happen などの動詞の主語として用いられます。
    It seems that ~.で「~のようだ。~らしい」という意味になります。

    It seems that he was ill.
    彼は病気だったようだ。
    過去に病気だったように現在見えるということです。
    病み上がりのように見えるのでしょう。
    顔色がまだ悪いとか、入院していたという話を聞いたとか、何かそういう情報があるのだと思います。
    とはいえ、現在病気であるように見えるということではなく、過去に病気だったように現在見えるのです。

    これを、he を主語に変えたのが、空所のあるほうの文です。
    まず、最も単純に書き換えてみると。
    He seems that he was ill.
    意味内容が伝わらないことはないと思いますが、he が2回も使われていて、何だか不自然ですね。
    he は一度でいいでしょう。

    He seems that was ill.
    これでいいでしょうか?
    いいえ、このように that 節の主語を省略することは、英語では認められていません。
    これは間違いです。
    that が接続詞なのか従属節の主語なのか見分けがつかないですし。
    えー、じゃあどうしよう?

    ここで登場するのが、to 不定詞です。
    to 不定詞は、that 節の代わりをすることができるのです。
    文の主語が不定詞の意味上の主語と一致する場合、主語を明示しなくても済むのも、この場合大変都合の良いことです。

    それでは、答えは、
    He seems (to)(be)(  ) ill.

    ・・・あれ?
    (  )が1つ余る・・・。
    何が違うのだろう?

    ここで時制について考えましょう。
    It seems that he was ill.
    という空所のないほうの文は、文全体の動詞 seems は現在形ですが、that 節の動詞 was は過去形です。
    時制がズレているのです。
    「時制の一致」という言葉を聞いたことがあると思いますが、それは主節が過去形のときに that 節もその時制にあわせていくことを指します。
    一方、主節の時制が現在で that 節の時制が過去なのはよくあることで、何も問題ありません。
    「~のように見える」のは現在だけれど、彼が病気だったのは過去のことです。
    だから、日本語では「彼は病気だったようだ」となります。

    しかし、上の答案では、
    He seems to be ill.
    不定詞の時制は、このままでは文全体の動詞の時制と一致してしまいます。
    彼は、現在病気であるように、現在見えるという意味になります。
    「彼は病気のようだ」と訳すことになってしまいます。

    不定詞の時制は、このままでは文全体の動詞の時制と一致してしまう・・・。
    では、時制をズラす方法はないのでしょうか?

    そこで登場するのが、完了形の不定詞です。
    形は、「to have +過去分詞」。
    助動詞のところでも出てきましたが、「have+過去分詞」という現在完了の形を使うことで時制を1つ古くするのは、英語の基本ルールです。
    またこのルールだと気づくことで、英語全体の構造も見えてきます。

    したがって正解は、
    He seems (to)(have)(been) ill.
    となります。

    「to have +過去分詞」の完了形の不定詞は、単に「不定詞の過去形」というわけではありません。
    絶対的に過去のことを表すわけではないのです。
    これは相対的なことで、文全体の動詞の時制よりも1つ古い時制になるのです。
    主節が現在形なら、「to have +過去分詞」は過去を表します。
    主節が過去形なら、「to have +過去分詞」は、過去よりもさらに過去の大過去を表します。

    整理しますと、主節と that の両方が現在ならば、
    It seems that he is ill.
    =He seems to be ill.
    彼は病気のようだ。
    現在病気であるように現在見えるのです。

    主節が現在で、that 節が過去ならば、
    It seems that he was ill.
    =He seems to have been ill.
    彼は病気だったようだ。
    過去に病気だったように現在見えるのです。

    主節が過去で that 節も過去なのは、時制の一致で、時間的なズレはありません。
    It seemed that he was ill.
    =He seemed to be ill.
    彼は病気のようだった。
    過去のそのときに彼は病気であるように、そのときに見えたのです。
    そのときに具合が悪そうに見えたのでしょう。
    あるいは、そういう話をそのときに聞いたのかもしれません。

    主節が過去で、that 節が過去完了の場合は、時がズレています。
    It seemed that he had been ill.
    =He seemed to have been ill.
    彼は病気だったようだった。
    「~のように見えた」のは過去で、彼が病気だったのは、さらにその前の大過去となります。
    見えたときの段階では彼は病み上がりで、もう回復していたのでしょう。
    大過去に病気だったように、過去のそのとき見えたのです。

    こういうことを「英語はスッキリしているなあ」ととらえる人は文法好きな人。
    「ごちゃごちゃしていてよくわからない」と思う人は、あまり文法が好きではない人。
    大雑把にはそのように言えるかもしれません。
    文法好きにとっては、どこがごちゃごちゃしているんだろう、こんなに機械的ならむしろありがたい、と感じるところです。
    それぞれの訳を見たらわかりますが、日本語だって同じ程度には機械的で、同じ程度にはごちゃごちゃしています。

    「訳し分けがわからない」
    という人もいますが、それは、むしろ日本語能力の問題が大きいと思います。
    「彼は病気だったようだった」
    と聞いて、そのように見えたのは過去で、病気だったのはそれより古い過去と把握できるかどうか。
    日本語のネイティブでもそれを瞬間で判断するのは難しいということはあると思います。
    ただ、訳しなさい、という問題は減少傾向にあり、今後はさらに減っていくと予想されますので、そんなに心配する必要はありません。
    英語として時がズレているか一致しているかを正確に把握することに集中しましょう。
    むしろ日本語よりも英語のほうが時制の把握は楽かもしれません。


    以前も書いたことがありますが、中学生で英語の過去形や未来の文が全くわからないという子を教えたことがありました。
    練習しても、確かに、使い分けの基準が全くわかっていない様子が見られました。
    「ほら、この文は、yesterday と書いてあるから過去形でしょう?」
    と説明しても、
    「yesterday と書いてあったら過去形なの?」
    と訊き返してくるのでした。
    うん?
    これは変だな、と感じました。
    「日本語でも、『行く』が『行った』になるじゃない?過去形という言い方はしないけれど、過去の助動詞を使うと、文は過去の意味になるよね」
    「え?何それ?」
    「・・・」

    そこで、日本語の過去・現在・未来の文を並べて板書しました。

    現在の文ならば、
    「私は毎週金曜日に塾に行く」
    過去の文ならば、
    「私は昨日塾に行った」
    未来の文ならば、
    「私は明日塾に行くだろう」

    日本語も文末が変っているでしょう?
    日本語にも過去形や現在形、未来形があるんですよ。
    そのように説明すると、その子は、驚愕していました。

    日本語に過去・現在・未来の区別があることに気づいていなかったのです。
    英語だけが、過去だ未来だとこだわるから変だ、英語は変だ、よくわからない、とずっと思っていたようなのです。

    日本語の文法なんて勉強する意味あるの?
    話せるから別に平気じゃん。

    そのように言う人がいますが、日本語に時制があることすら勉強しないと気づかない場合もあります。
    日本語があまりにも自明のものとなっていて、日本語にルールがあることすら気づいていない。
    特に、日本語の助動詞・助詞の学習は、今の子どもには必須のことと感じます。

    日本語にも時制があることに気づいてから、その子は英語への抵抗が少しずつなくなっていき、普通に英語の出来る子へと成長していきました。

      


  • Posted by セギ at 13:49Comments(0)英語

    2019年07月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。二項定理の利用。



    前回と同じく「二項定理」の学習です。
    二項定理は、例えば、(a+b)5などを展開していく際に用いる定理ですが、全て展開しなくても、必要な項の係数だけを求めることもできます。
    例えば、こんな問題です。

    例題 (x+2)6 を展開したときの、x3の係数を求めよ。

    全て展開していくのだとしたら、二項定理を用いて、以下のようになります。
    (x+2)6
    =6C0x6+6C1x5・2+6C2x4・22+6C3x3・23+6C4x2・24+6C5x・25+6C6・26
    =X6+12x5+30x4+160x3+240x2+192x+64

    前回も解説した通り、xの6乗の項は、6個の(x+2)から全てxを選んでかけている項です。
    それは1通りしかありませんので、係数は1です。
    xの5乗の項は、6個の(x+2)から5個のxと1個の2を選んでかけている項です。
    それは、xxxxx2を並べる順列と同じ個数だけ同類項があります。
    同じものを含む順列の考え方を用いて、6C1=6。
    係数としては、2も係数となりますので、6×2=12となります。
    xの4乗の項は、6個の(x+2)から4個のxと2個の2を選んでかけている項。
    それは、xxxx2・2を並べる順列と同じ個数だけあります。
    同じものを含む順列の考え方を用いて、6C2=15。
    2・2も係数となりますので、15×4=60。
    この辺で法則が見えてきたと思います。

    例えば、6C2の「6」は、(x+2)6の「6」です。
    6C2の「2」は、(x+2)の2を「2個」選んでいることを示します。
    それはxを6-2=4(個)選んでいるということでもあります。
    では、問題のx3の係数はどう求めることができるでしょうか。
    x3ということは、6個の(x+2)から、xを3個選んだということ。
    それは、2のほうを6-3=3(個)選んだということです。
    すなわちx・x・x・2・2・2の並べ方だけ、同類項が存在します。
    6C3=(6・5・4)÷(3・2・1)=20。
    2の3乗も係数となりますから、20×23=160。
    答えは、160となります。

    二項定理は、2項のうちの前の項、(x+2)で言えばxの項を初めは6回かける項、次はxを5回2を1回かける項というように、前の項を1個ずつ減らし、後の項を1個ずつ増やしていく形をとっています。
    最後は、全て後の項、(x+2)で言えば2を6回かけて終わります。
    二項定理の一般項は、nやrやn-rといった文字を用いるためか、それで混乱する高校生がいるのですが、全体の流れを把握することで一般項の意味を理解しましょう。

    二項定理を利用する際、前の項の指数を1つずつ減らすと頭ではわかっているのに、途中から前の項の指数を逆に1ずつ増やしてしまうミスをする人は案外多いです。
    また、単純に指数を「書きもらす」「書き間違える」「計算を間違える」を繰り返す人も多いです。
    指数を1つ書きもらしたら、それ以降の計算は全て無駄になります。
    指数の書きもらしは、高校生に極めて多いミスの1つです。


    もう少し解いてみましょう。

    例題 (2x-3y)7 を展開したときのx4y3の係数を求めよ。

    基本の解き方は同じですが、xの項もyの項もそれぞれ1以外の係数がついているのに注意する必要があります。
    それらも全て項全体の係数に含まれていきます。
    x4y3の項ですから、7個の( )から、xを4回yを3回選んでかけた項ということでしょう。
    すなわち、その項の出てくる回数は、7C3。
    さらに、単純にx4y3ではなく、(2x)4・(-3y)3ということなのですから、xの係数である2の4乗、yの係数である(-3)の3乗も係数となります。
    7C3・24・(-3)3
    =(7・6・5)÷(3・2・1)×16×(-27)
    =-15120

    これが答えです。


    さて、ここからは応用です。
    考えてみましょう。

    例題(3x2+x)8 を展開したときの x10の係数を求めよ。

    この問題が今までのもとは違うのは、( )内のどちらの項にもxが含まれていることです。
    どんなときにx10になるのでしょうか?
    3x2の項を5回かけた場合?
    でも、そのとき、もう一方のxの項も3回かけますから、xの指数は合計で13になり、問題の指示とはことなる項になってしまいます。

    こうした問題では、まず、どちらの項を何回ずつかけたらx10の項になるのかを求める必要があります。

    3x2をp回、xをq回かけた項がxの10乗の項であるとします。
    全体で8乗、すなわち、8個の同じ( )から、どちらかの項を1つずつ選んでかけていくと個々の項が出てくるのですから、
    p+q=8・・・① となります。
    また、x10という結果になることを踏まえると、指数法則から、
    2p+q=10・・・② となります。
    (3x2)p・xqという項がx10の項となることから、その指数部分だけを見て②の式を立てています。
    指数法則の理解が曖昧だと、ここは少し難しいところかもしれません。
    指数法則の基本を振り返ってみましょう。
    22×23は、2の何乗でしょうか?
    22×23=(2・2)×(2・2・2)=25 です。
    すなわち、積の場合は、指数同士をたすことになります。
    また、(22)3は、2の何乗でしょうか?
    (22)3=(2・2)×(2・2)×(2・2)=26 です。
    すなわち、累乗の場合は、指数の積となります。
    したがって、上の式のは、
    (3x2)p・xq=3p・x2p・xq ですので、xの次数は、2p+qとなります。
    ①・②を連立して解くと、
    p=2、q=6
    よって、3x2を2回、xを6回かけた項がxの10乗の項であるとわかります。
    あとは、二項定理にあてはめて、係数は、
    8C6・32・16
    =(8・7)÷(2・1)×9
    =4・7・9
    =252
    これが答えです。

    さらにこのような問題はどうでしょうか。

    例題 (x2+1/x)10 を展開したときのx11の係数を求めよ。

    後の項は分母にxがある分数です。
    前の項との積は、約分されてxの次数が減ってしまいます。
    x2をp回、1/xをq回かけるとすると、
    p+q=10 ・・・① であるのは上の問題と変わりませんが、
    xの指数はたし算ではなくなります。
    約分されて減りますから、
    2p-q=11 ・・・② となります。
    (x2)p・(1/x)q を計算すると、分子はx2p、分母はxq ですから、分母にあるだけのxを約分することになります。
    約分の結果、xの次数は 2p-q となります。
    それが10だというのが、②の式です。
    ①、②を連立して、
    3p=21、すなわちp=7、q=3 です。
    x2を7回、1/xを3回かけた項がxの11乗となることがわかりました。
    二項定理より、
    10C3=(10・9・8)÷(3・2・1)=10・3・4=120
    係数は120です。

    二項定理だけでなく、指数法則の理解が必要なので、こうした問題は易しい教科書や問題集からは除外されていることがあります。
    使っている指数法則自体は中学校で学んでいる内容なのですが、pだのqだのと抽象化されると「全くわからない」と言う高校生は多いです。
    しかし、この先数Ⅱ「指数関数」を学習した後に受験勉強で解き直すと、少しは理解しやすくなるかもしれません。
    いずれにせよ、大学入試はこのレベルです。
    センター試験は基本問題ばかりとは言いますが、計算ドリルみたいな問題は出題されませんので、最低でもこのレベルとなります。

      


  • Posted by セギ at 11:53Comments(0)算数・数学

    2019年06月29日

    高校英語。不定詞その2。動名詞と不定詞の両方をとる動詞。


    不定詞と動名詞の使い分け。
    今回はこんな問題から。

    問題 ( )内の正しいものを選べ。
    (1) Don't forget (1. to post 2.posting ) this letter on yuor way to school.
    (2) I remember (1.to see 2.seeeing ) him when he was a little boy.
    (3) I tried (1.to talk 2.talking ) to her, but I couldn't.
    (4) My bike needs (1.to repair 2.repairing).

    これも、よく勉強している人なら中学生でも正答できると思います。
    不定詞のみを目的語にとる動詞と、動名詞のみを目的語にとる動詞があることを前回確認しました。
    それ以外は、不定詞と動名詞と両方を目的語にとる動詞です。
    とはいえ、動詞によって不定詞と動名詞とどちらかが好まれたりしますが、そういう曖昧なものは入試問題に出されることはほとんどありません。
    試験に出るのは、使い分けが明瞭な場合です。
    つまり、どちらを目的語にとるかによって意味が明確に変わるものがあるのです。

    それは、前回まとめた、不定詞と動名詞の基本的な意味の違いに由来します。
    不定詞は、時間的に未来を指向し、動名詞は、時間的に中立であるか過去を指向する。
    この観点で見分ければ、上の(1)~(3)は正解できます。

    (1)の forget は、「忘れる」という意味の動詞です。
    forget +to 不定詞で、「これから~することを忘れる」という意味になります。
    forget +動名詞は、「過去に~したことを忘れる」という意味です。
    だから、全体の文意を把握して、どちらが適切かを判断します。
    (1)は、「この手紙を学校に行く途中で、忘れずに投函して」という意味でしょう。
    投函するのは、未来のこと。
    だから、答えは 1.to post です。

    (2)のremember は「覚えている」という意味の動詞です。
    remember+to 不定詞 で、「これから~することを覚えている」。
    remember+動名詞 で、「過去に~したことを覚えている」。
    (2)の文は、「私は、彼が子どもだったときに会ったのを覚えている」という内容です。
    会ったのは過去のことですから、答えは 2.seeing です。

    (3) の try は、「挑戦する」という、何だか立派な訳で覚えている人もいるのですが、もう少し気軽な訳を知っておいたほうが使い回しが効きます。
    try+to 不定詞 で、「~しようとする」。
    try+動名詞で、「試しに~する」。
    未来と過去というよりも、実現されたのか、されなかったのか、としたほうがわかりやすいでしょうか。
    不定詞のほうは、~しようとするだけで、実現しない可能性があります。
    未来のことは不定なのです。
    いえ、だから不定詞というわけではないですが、それでこじつけると覚えやすいですね。
    動名詞のほうは、実際にやっています。
    過去は常に事実です。
    (3) の文は、「私は彼女に話しかけようとしたが、できなかった」という意味です。
    できなかったのですから、事実としては話しかけていません。
    しようとしただけです。
    だから、答えは、1. to talk です。

    ここまでは、1つの観点で判断できましたが、(4) はちょっと傾向が異なります。
    これは、前回述べた不定詞と動名詞の使い分けの原則の3つ目に由来します。
    すなわち、不定詞の意味上の主語は明記しない限りはその文の主語と一致するが、動名詞の意味上の主語は必ずしも文の主語と一致しないのです。
    この観点から、もう一度(4) の英文を見てみましょう。

    (4) My bike needs (1.to repair 2.repairing).

    主語は「私の自転車」です。
    私の自転車は、repair 「修理する」という動作を行うでしょうか?
    自転車が使われていない間に自らを修理する・・・。
    うーん、便利で未来的。
    ・・・しかし、そんな自転車はまだ開発されていません。
    自転車は、修理するのではなく、修理されるものです。
    ですから、この文の主語が自転車である限り、不定詞はこのままでは用いることができません。
    答えは、2. repairing となります。
    この文は、「この自転車は修理が必要だ」という意味です。
    もしも不定詞を用いるのならば、不定詞の受動態を使います。
    My bike needs to be repaired.
    私の自転車は、修理される必要がある。
    これなら意味が通ります。


    今回は、to不定詞と動名詞の使い分けにしぼっていますが、実際の問題は、4択問題が普通です。
    to 不定詞、動名詞(または現在分詞)、原形不定詞、過去分詞。
    この4択の使い分け問題が、センター試験の定番です。
    英検やTOEICでも必ず出題される問題です。

    出るとわかりきっているのに苦手とする人が多いのは、勘で解いてしまっているからです。
    使い分けの根拠は文法です。
    英語ネイティブではない日本人は、これを感覚で解くことはできません。
    「こんな英語は見た覚えがない」
    と、狭い知見で判断する人は、上の(4)は正答できないと思います。
    need to という言い方のほうをむしろ沢山見たことがあると感じるでしょう。
    しかし、それは、主語が人間のときです。
    need ~ing の用法をまだ学習していなかったから知らないだけなのです。
    自分はまだ英語を学び始めたところで、知らない用法が沢山あるから、感覚で英語を解くのは無理。
    そのことを自覚して、1つ1つ確実に知識を身につけていけば、このような文法問題は、むしろ得点源になります。
      


  • Posted by セギ at 12:53Comments(0)英語