たまりば

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2019年02月28日

高校英語。現在形はどのように使うか。


高校の「英語表現」の学習は、英文法を基本から学ぶ形式が普通ですが、その授業に上手く慣れることができない高校生もいます。
文法ばかりやっている授業の仕組みそのものを呑み込めず、最初の定期テストで大失敗することがあるのです。
「こんな問題が出ると思わなかった」
と本人は言うのですが、テスト問題を見ると、特に違和感はありません。
普通の文法問題です。

文法が嫌いな子は、テストに文法問題が出題されることを上手く予測できないのかもしれません。
十代はまだ主観が強いですから、自分が嫌いなものを軽視する傾向があります。
あるいは、文法学習の最初で学ぶ「5文型」に何の意味があるのかよくわからないということもあるでしょう。
続く「時制」の学習は、現在形や過去形など、一見、中学で学習済みの内容ですので、単なる復習と勘違いしてしまう可能性もあります。
「時制」と言われても、こんなのはただの復習だと思って無視する。
重要なことを無視した結果、テストに何が出るのかよくわからない。
新生活に慣れるのだけでも精一杯の高1の1学期に学習することもあって、時制に関する問題が苦手なままになってしまう人は多いです。

時制の使い分けに関する問題は、センター試験にも毎年出題されてきましたし、私立大学の入試も同様です。
高校でもそれに備え、定期テストに多く出題されます。
しかし、上で述べたように時制を学ぶことそのものが腑に落ちない様子の子もいて、学習が進みません。

英語を学ぶ日本人としては、「時制なんてどうでもいいじゃん、通じれば」と思うかもしれません。
それも一理あります。
ブロークンでも伝えることが大切。

しかし、逆に外国人がブロークンな日本語を使っているとき、どう感じるでしょう?
一応わかるから、それで十分。
外国語を細部まで習得するのは、本当に難しいことだから。
でも、正しい日本語を使う外国人を見ると「この人、凄いな」と思いますよね。

同じことは、私たちが英語を使う場合も言えるでしょう。
伝えることが最優先。
でも、文法的に正しいほうがより良いでしょう。


時制は、とにかく覚えて、使い分けを練習すればマスターできます。
定期テストに出るのは、主に使い分けです。

現在形を用いるのは、
①現在の状態
②現在の習慣
③確定的未来
④不変の真理
⑤時・条件を表す副詞節は未来のことを現在形で表す

と、このように、学校の文法のテキストや参考書をきちんと読んで、理解して、どの時制がどんな意味を持っているかを覚えます。
理屈で理解した上で、覚えることが大切です。
例文だけ暗記しても、その例文がどういう文法事項の例文なのか理解していなければ無意味です。
例文がそのままテストに出るとは限りません。
類題という形で出る学校のほうが多いでしょう。
知識が整理されていないと、類題を類題と判断する知識がありませんから、なぜその問題がテストに出ているのか意味がわからないのです。
何の知識を問われている問題なのかわからないまま、感覚で解くだけになります。
日本で生まれ育ち日本に住む日本人が、英語の文法問題を感覚で解いて正解できると思うのは、あまりにも楽観的過ぎます。
これは現在形っぽい。
こういう現在形の文を見た気がする。
そんな不確かな記憶で問題を解いて、不正解になって、ますます文法が嫌いになる。
そんな悪循環に陥っている高校生は多いです。


いや、自分は真面目に文法を勉強している。
でも、まぎらわしくて、何回解いても、やっぱり間違えてしまう。
どうにかしたい。
そういう人は、どの内容が出題されやすいのかに焦点を絞って学習することをお薦めします。

例えば、現在形の問題として、上の①から⑤までのどれが一番出題されるかといえば、圧倒的に⑤です。
時・条件を表す副詞節は未来のことを現在形で表します。

I'll go on a picnic if it (   ) sunny tomorrow.
①be ②is ③will be ④will have been


正解は、②の現在形です。
この if 節は、「~ならば」という、時を表す副詞節です。
「明日晴れたら」という節は、「行く」という動詞を修飾しています。
名詞以外のものを修飾するのが副詞節です。
時・条件を表す副詞節は、未来のことも現在形で表します。

何でそんな面倒なことをわざわざ?
未来のことなら未来形にしておけばいいのに?
しかし、そうすると、名詞節と見分けがつかなくなることがあるのです。

Tell me if he comes. 彼が来たら私に教えて。
Tell me if he will come. 彼が来るかどうかを私に教えて。

上の文の if 節は、副詞節。
それに対し、下の文は、if 節なのに will を用いていますから、副詞節ではありません。
では何なのか?
これは、間接疑問文。
すなわち、名詞節です。
動詞 tell の目的語となっている節です。

副詞節を現在形にしないと、上の2つの文の見分けがつかなくなってしまうのです。
時・条件を表す副詞節を現在形にするのは、必要があってやっていることなのです。

しかし、この文法事項は、多くのテキストで最後に説明されています。
注釈的なところで細かい字で説明されているテキストもあります。
そのせいか、ここはあまり重要ではないと誤解する人がいます。

文法事項の出題頻度を、テキストに出てくる順番や字の大小で判断するのは誤りです。
現在の状態を現在形で表すのは、さすがに誰でもわかりますから、定期テストに出たとしてもそれはサービス問題です。
まして入試にそんな問題が出るわけがありません。
しかし、基本さえわかっていればそれで大丈夫、という勉強をしてしまう人は多いと思います。
そういう人は、後半の内容は些末なことに思え、無視することがあります。
覚えなくてもいいと思ってしまうようなのです。
その辺の意識を変えましょう。

次に出題頻度の高いのが、④不変の真理。
「地球は太陽の周りを回っている」とか、「血液は体内を巡っている」とか、誰が見ても正しいと認められていることは現在形で表します。
ことわざなども、これに分類されます。

Our teacher told us that water (   ) of hydrogen and oxygen.
①has consisted ②consisted ③consists ④is consisted
私たちの先生は、私たちに、水は水素と酸素から成ると教えた。

主節が told と過去形なのだから、that 説も時制の一致で過去形。
だから、②が正解?
いいえ。
三人称単数現在の③が正解です。
不変の真理は、that 説でも常に現在形なのです。


次に出題頻度が高いのが、③確定的未来 です。
未来のことではあるけれど、非常に確実なこと、既に決定していることは、現在形で表します。
we eat out this evening. というように。
本人がもうこれは絶対に確実だと思うのならば現在形で未来のことを語るのですが、そういう本人の気持ちの在り方は推し量りようがないので、テストでは、公のスケジュールなどの出題が多いです。

未来のことは、will や be going to ~でしか表せないわけではありません。
さまざまな時制で未来のことを表すことができます。

①現在形         確定的未来
②現在進行形      近い未来の予定
③will , be going to ~ 単純未来・意志未来
④未来進行形      不確実な未来の予定

①から④へと、だんだん不確実になっていくのがわかります。
勿論、これは若干の例外もありますが、まずはこのような大きな傾向をつかむとわかりやすくなります。

実際の問題を解きながら、考えてみましょう。

Tomorrow (   ) St.Valentine's Day. 明日はバレンタインデーだ。
①be ②is ③will be ④was

答えは②。
明日がバレンタインデーなのは確定的未来です。
変更はありえない、公的スケジュールとでもいうものです。
こうしたものは、現在形で語られます。


繰り返しますが、現在形の用法でよく出題されるのは、①~⑤のうち、⑤、④、③の頻度です。
これを「重箱の隅をつついている」と呼ぶかどうかは本人の価値観の問題もありますが、この程度ならば重箱の隅ではないと私は感じます。
入試問題の重箱の隅のつつき方は、こんなものではないですから。
この程度のことは、文法の基本の骨組と思って良いのではないでしょうか。
しかし、文法が嫌いな子は、①と②がわかれば、もう大体OKという判断をしてしまいます。
他は些末なことだから、テストに出ないと思い、覚えません。
テストによく出るところを、テストに出ないと勝手に判断して、覚えない。
それでは、文法問題が得意にならないです。

そういう自分の学習上の弱点を理解しましょう。
力を入れて覚え練習すべきところを無視してしまうから、テストで得点できないのです。
逆に言えば、力を入れて覚え練習すべきところを練習すれば、テストは、覚えたところがそのまま出ます。

高校の英文法のテキストは左側が解説、右側が問題の見開きの構造になっているものが多いです。
まんべんなく問題にしてありますから、現在形の問題では、上の①~⑤が平等に練習問題になっています。
それで5問中3問くらい正解すると、もうそこそこ理解したつもりになっていないでしょうか。
間違えた2問は、大したことではない気持ちになってしまう。
しかし、実際に定期テストに出るのは、自分の間違えた問題ばかり・・・。
文法が苦手な人が得点できない原因は、それです。

でも、何がテストに出るのか、自分ではわからない・・・。
そう思う人は塾に来てほしいのですが、いや、それは・・・と思うのなら、最低限、学校の文法テキストに載っていることは全部基本事項で、全部大事という見方をするようにしてください。
欄外に小さい文字で書かれていることも。
下のほうにまとめてある慣用表現も。

学校で一緒に渡されている文法参考書があると思います。
授業では全く使わないので、学校のロッカーの中や家の本棚の隅で眠っている、あのぶ厚い参考書です。
あのぶ厚い参考書の中から、特に大切で、これだけは覚えてほしいという基本の内容だけが文法テキストの限られたスペースにまとめてあるのです。
だから、テキストに載っていることは、全部基本事項で、重要事項です。
テキストに載っていることの中から、さらに重要なこととそうでないこととを心の中で分けてしまうと、重要なことの大部分がこぼれ落ちてしまうのです。
テキストに載っていることは、全部重要です。
テキストは、参考書を簡略化し、特に重要なことだけを何とか狭いスペースにまとめてあるのです。

文法テキストに対する見方をこのように変えるだけで、得点は目に見えて違ってくると思います。


  


  • Posted by セギ at 16:46Comments(0)英語

    2019年02月27日

    春期講習のお知らせ。2019年。


    2019年度春期講習のご案内です。
    詳細は、授業時に書面をお渡しいたします。
    お申込み受付は、3月1日(金)からとなります。
    申込書またはメールでお申込みください。
    なお、この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    外部生の募集もいたします。
    外部生の申込受付は、3月8日(金)からとなります。
    以下は、春期講習募集要項です。

    ◎期日
    3月25日(月)~4月6日(土) 
    ただし、日曜日は休校となります。

    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    ◎形式 
    完全1対1の個別指導となります。

    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数

    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎空きコマ状況  3月21日現在
    3月25日(月)
    18:20~19:50 , 20:00~21:30

    3月26日(火)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    3月27日(水)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    3月28日(木)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    3月29日(金)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    3月30日(土)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    4月1日(月)
    13:20~14:50 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    4月2日(火)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    4月3日(水)
    11:40~13:10,13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    4月4日(木)
    13:20~14:50 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    4月5日(金)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    4月6日(土)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30


      


  • 2019年02月25日

    御岳山から日ノ出山を縦走し、吉野梅郷を歩きました。2019年2月。



    2019年2月24日(日)、奥多摩の御岳山から日ノ出山を縦走しました。
    いつものようにホリデー快速おくたま3号に乗車。
    すると、梅まつり開催中の日向和田に停車するというアナウンスがありました。
    ホリデー快速では、いつもは停車しない駅です。
    梅まつり?
    吉野梅郷の梅は、数年前、プラムポックスのため全伐採されました。
    木から木へと感染する梅の病気です。
    人や他の動植物には影響ないのですが、梅や桃の木に対しては、効果のある治療法が発見されていません。
    感染が確認されたら、感染の可能性のある広い範囲を全伐採するしか成す術がありません。
    2009年、国内で初感染が発見されたのが、吉野梅郷の梅の木でした。
    梅の公園は部分伐採をしても歯止めとならず、ついに全伐採されました。

    ・・・しかし、あれから何年経ったのだろう?
    私が最後に梅の公園に行ったのは、いつのことだったろう?
    自分のブログの昔のページを辿っていって、発見しました。
    最後は、2015年1月。
    一昨年くらいのつもりでいたけれど、もう4年前でした。
    梅の木が1本もない冬枯れの梅の公園で、自分のスマホに保存してあったかつての満開の梅の公園の風景を眺めたのでした。

    https://seghi.tamaliver.jp/e401349.html

    ウィルスの潜伏期間は3年。
    そうか。
    新たな苗の植樹が許可されていてもおかしくありません。

    今日は、日ノ出山からつるつる温泉に下山し、のんびりする予定でしたが、吉野梅郷に降りることにしました。

    御岳駅下車。
    改札を出て信号を渡り、左に行くと、ほどなくバス停です。
    臨時バスが既に待機していて、すぐに乗車できました。

    終点ケーブル駅下車。
    ここからの舗装道路の坂道がかなり急で、その日の体調によっては、朝から苦闘を強いられます。
    今日は足取りが軽い。
    たったか歩いて、片道ならSuicaで精算できるのでさっと改札を抜けると、ケーブルカーがもう待機していました。
    あと2分で発車とのこと。
    全てがタイミングよくスルスルと進み、山頂駅。9:21。

    山頂駅を出たところにはいくつもベンチが並び、その1つで支度し、さて出発です。
    よく整備された道をまずは御嶽神社へと歩いていきました。
    神社が近づき、宿坊の並ぶ辺りは道も舗装されています。
    歩きやすいのですが、かなり急な上り坂です。
    本日の核心は、この急登。
    御嶽神社に来る度、そう思います。

    神社も人が少なく、気持ちよく階段を登り、参拝しました。9:50。
    さて、前に来たとき、日ノ出山に縦走しようとして道に迷ったことがあったから、今回は注意しよう。
    登ってきた階段をそのまま下り、お土産屋さんやお食事処の並ぶ短い通りのつきあたりに、道しるべ。
    この道しるべに従って右折。
    これで間違いありません。

    あとは舗装道路の緩い下り坂。
    舗装が終わっても、平坦で歩きやすい道が続きました。
    今年の冬は暖かく、雪も少なかったので、凍結箇所も全くありませんでした。
    道の端に雪が残っているということすらありません。
    どんどん歩いていくと、道は岩がちになり、木段が増えてきます。
    山頂までケーブルカーで楽をしたので、体力は十分で、木段登りも快調です。
    あっという間に、日ノ出山。10:35。

    日ノ出山は、晴れ晴れと空が広がっていると感じる山頂です。
    広い空に、太くにじんだ飛行機雲が何本も残っていました。
    明日は天気下り坂かな。
    山の向こうにチラッと富士山の白い山頂が見えました。
    都心方面は霞んでいますが、この山頂は、いつ来ても気持ちよく、長居してしまいます。
    ベンチに座って、早めの昼食。

    さて、出発。11:00。
    吉野梅郷の道しるべを確認して、大きな段差の道を下っていきました。
    山頂直下の段差を下りきると、あとは林の中ののどかな道が続きます。
    途中、道が2又に別れました。
    右の道を選ぶと、尾根から一段下がったまき道が延々と続きました。
    この道は記憶にない道です。
    いつもは左の尾根道を選択していたのかもしれません。
    それとも、これはこの4年で新しくできたまき道なのでしょうか。
    伐採が進み、露出感の強いところは多少ありますが、道幅はそこそこありますので、快適に歩いていけました。
    尾根道と合流。
    やがて、電波塔と建物が見えてきました。
    これも、以前の記憶にはないものです。
    建物のほうに入っていく左の道と、それを避ける右の道と。
    その両方がすぐに合流して、舗装道路になり、林道と合流。
    ここが、梅野木峠でした。11:50。

    梅野木峠は記憶にあり、ちょっと安心しました。
    登山道入口のベンチで休憩。
    さらに進みます。
    小型のキャタピラカーなら通れるような、段差のない広い下り道が続きます。
    S字カーブを繰り返し、どんどん下っていくと、三室山への分岐。
    ここは登山道から少し離れたところに山頂があります。
    少し先に二俣尾駅への道との分岐もありました。

    緩く広い下り道をどんどん行くと、琴平神社。
    小さな祠のような神社です。
    さらに下っていくと、もう1本、二俣尾との分岐。
    道しるべに従い、吉野梅郷を目指します。
    ここから、道は細くなり、段差が大きくなりました。

    道が錯綜して少しわかりにく箇所もありました。
    1つの選択肢は、木に点々と赤テープが巻いてある、ちょっと急な下り道。
    もう1つの選択肢は、右へ曲がっていくほぼ水平の細い道で、踏み跡は明瞭ですが下山方向とは少し違うように感じます。
    道しるべはない。
    さて、どうしよう?
    赤テープに惹かれて、急な下り道を行きましたが、しばらく下っていくと、右から細い道が合流してきました。
    先程の道なのでしょう。
    あちらの道が正規のコースだったんだなあ。
    時間短縮にはなったけれど、あえて急な下りを行く必要はなかったのですね。

    その先は道も広くなり、大きな段差もなくなりました。
    建物の屋根も見えてきて、ゴルフ場らしきフェンスの脇の木段を降りていき、小さな鳥居をくぐると、舗装道路。12:55。

    すぐに住宅街となり、道なりに歩いていくと、右手に梅の公園が見えてきました。
    パラパラと観光客が公園内を歩いているのが見えました。
    私も園内に入り、遊歩道を登っていきました。
    斜面に、梅の苗木が点々と植えられています。
    もう花をつけている若木もあります。
    白梅。
    紅梅。
    昔の通り、難しい名前の札の付けられたそれぞれの梅の木。
    どれもまだ本当に若い木です。

    遊歩道に看板が立っていました。
    上の画像がそれです。

    「かつては見事な梅が咲き誇った梅の公園。
    梅まつりには、毎年多くの観光客が訪れました。
    2016年秋に再植樹が認められ、梅の里復活へ歩みを進めるなか、
    吉野梅郷を愛する人々の手により多くの梅が植えられました。
    いつの日か、この美しい光景が再び観られることを願って・・・。」

    私のスマホにも今も保存されている、梅の花が煙るようだった公園の全景。
    八重咲きの珍しく華やかな梅の花々。

    そこに戻る歩みがもう始まっていました。
    何年かすれば、きっとこの公園は元に戻る。
    むしろ全伐採されていた時期のことが幻だったようにいつかなるのでしょう。

    公園内を出て、駅への道の街路樹の梅もまだ若木でした。
    でも、私は良いものを見たと感じました。
    今日はこちらのコースを選んで良かった。
    咲き誇る梅の大木をこの町で見ることはまだありません。
    それでも多くの催しとともに開かれる吉野梅郷の梅まつりは、これからひと月ほど続きます。
    2月24日は、その初日。
    梅まつりのポスターでそれを確認し、日向和田駅へと歩き始めました。


      


  • Posted by セギ at 11:56Comments(0)

    2019年02月20日

    数A「整数の性質」。不定方程式。定数項が大きい場合。


    今回も「不定方程式」の学習の続きです。
    例えば、こんな問題。

    例 41x+17y=30 の整数解を求めよ。

    x や y の係数も大きいですし、定数項30もそこそこ大きいですね。
    でも、解き方の基本は今までと同じです。
    不定方程式を解くには、まずxyの整数解を1組見つけます。
    暗算で見つけられれば、それでOK。
    しかし、このようにxyの係数が大きいと、さすがに暗算で見つけるのは難しくなります。
    そこで互除法を利用します。
    41と17に互除法を用いて、
    41÷17=2あまり7 より 7=41-17・2
    17÷7=2あまり3  より 3=17-7・2

    目標は、x、yの整数解を1組見つけること。
    すなわち、41◇+17△=30
    という形の式を1本作ることです。
    そこに向かって、互除法で得られた式をどんどん代入していきます。
    あまりが1になるまで計算しなくても、あまりが30の約数になるまで互除法をやれば、そこから変形していくことができます。
    3ならば、10倍すれば30ですから、今回は、そこから始めましょう。

    3=17-7・2
     =17-(41-17・2)・2
     =17-41・2+17・4
     =41・(-2)+17・5
    よって、
    41・(-2)+17・5=3

    この式の両辺を10倍します。
    41・(-20)+17・50=30 ・・・・②

    かけ算のまとまりのところ、例えば41・(-2)のところは、-2のほうだけ10倍すれば、全体を10倍したことになります。
    41と-2と両方を10倍し、410・(-20)としてしまうと、結果としてその部分は100倍したことになってしまうので、注意が必要です。
    これは、中学生が方程式を整理するときによくやってしまうミスですが、高校生になっても、なぜそれではダメなのか実のところわかっていない人もいます。
    こういうことをしてはダメなんだというルールとして覚えようとして覚えきれず、ミスを繰り返す。
    「数理の根本がよくわかっていないのではないか?」
    数学の先生にそう指摘されてしまうのは、こういう点だったりします。
    本当にわからない人は、ここで解決しておきたいですね。

    わからなくなる度に、実際に計算し、実感をもって確認しておくと良いでしょう。
    上の式で、かけ算のまとまりところを両方10すると、
    410・(-20)+170・50
    =-8200+8500
    =300
    となります。
    やはり、もともとの右辺である3を100倍した結果になってしまい、10倍にはなりません。

    ところが、ここで、0を多く含む計算の正しいやり方を小学生のときに習得できなかったのか、
    410・(-20)=-820
    としてしまう人もいます。
    違うと指摘されれば気づくのですが、自分では、1桁小さくしてしまっていることに気づかないようです。
    このあたりがあやふやであることも、等式の両辺を10倍するやり方を根本で飲み込めなくなっている原因の1つでしょう。
    かける数とかけられる数をそれぞれ10倍すれば、全体としては100倍になることが、やはり未定着なのだと思います。
    小学校の算数のどこかがあやふやであることは、中学・高校と進むにつれて大きな困難を伴います。
    算数は大事です。


    不定方程式の計算に戻りましょう。

    与式を①として、①-②をすると。
    41(x+20)+17(y-50)=0
    移項して、
    41(x+20)=-17(y-50)
    41と17は互いに素だから。
    x+20=17k (kは整数)
    y-50=-41k
    よって、答えは、
    x=17k-20
    y=-41k+50 (kは整数)

    後半の計算過程は、ご理解いただけたでしょうか?
    そのときはわかるけれど、時間が経つと、またわからなくなる。
    不定方程式の計算は、わかって、わからなくなって、またわかっての繰り返しとなる人が多いです。

    作業手順だけ覚えようとすると、忘れるのも早いのです。
    必ず計算の意味に戻れるようにしておいてください。


      


  • Posted by セギ at 10:33Comments(0)算数・数学

    2019年02月17日

    受験後、燃え尽きないために。


    「燃え尽き症候群」といった言葉は聞いたことがあると思います。
    長年個別指導をしていますと、それなのかなと感じる生徒に出会うことは日常茶飯事です。

    無論、それには個別指導の特性も影響しているのでしょう。
    中学受験を経験した子が、中学に入学後、家でほとんど勉強しなくなり、それを心配した保護者の方がお子さんを個別指導塾に連れてくるというパターンが多いのです。
    中高一貫校の指導上の特色から、集団指導塾、特に高校受験塾に通ってもカリキュラムが合いません。
    中高一貫校に通っていて、学習上、困った事態に至った場合、まずは個別指導塾を考えるでしょう。

    中高一貫校に通っているということは、以前は、中学受験の勉強をしています。
    だから、基礎学力はある場合が多いです。
    それで学習上困った事態に至っている原因の第一は、家庭学習をほとんどしないことです。
    だから、個別指導をしていると、中高一貫校の生徒は家庭学習の習慣がない子が多いようにすら感じます。

    一方、中学受験をしない子は、小学生でも中学生でも高校生でも、個別指導を受けに来る子の場合、家庭学習の習慣のある子が大半です。
    今よりもさらに高い学力をつけるべく、個別指導を受けに来ます。
    受験学年ではなくても意欲的で、宿題もきちんとやってきます。

    今の個別指導塾を開く前は、集団指導塾に勤めていたこともありました。
    中学・高校・大学受験のための集団指導塾です。
    高校受験クラスは、学力別にクラス分けを行っていました。
    全員が近隣の公立中学に通う生徒でした。
    上位クラスの子は、意欲があり、家庭学習の習慣もある子ばかりでした。
    一方、下位クラスの子は、家庭学習の習慣がなく、宿題をやってこない子がほとんどでした。
    そのように明瞭に学習意欲が別れていました。

    意欲がないから下位クラスになるとは限りません。
    下位クラスになったから、学習意欲がなくなったのかもしれません。
    大半が宿題をやってこないから、自分もやらない、それで安心という空気も生まれます。

    少人数クラスでしたから、クラスが荒れているということはなく、授業は成立しました。
    しかし、塾でしか勉強しないのですから、成績が上がる可能性は低いのです。
    学校の授業ではわからなかったことが、塾でわかるようになる。
    ただ、その後、宿題の問題演習で復習することがありませんから、テストの得点にはなかなか結びつきません。
    わかるだけじゃなくて、できるようになろう。
    そう呼びかけても、やはり宿題をやらないままの子は多かったのです。
    家でどう過ごすかは、もう既にルーティンが出来上がっています。
    それまで通りの日常の中に、家で勉強する時間は存在しません。
    勉強したほうがいいんだろうなあとは思いつつも、日々は何もせずに過ぎていきます。
    でも、別に、友達も勉強していないし。
    そうした停滞感が下位クラスを支配しているのは否定できませんでした。


    一方、個別指導に来る中高一貫校に通う学習意欲の低い子たちは、存在そのものが矛盾を抱えています。
    彼らは、中学を受験し、合格したのです。
    受験勉強をした経験者です。
    努力をしてきた子たちです。
    中高一貫校に合格したのに、なぜそんなにも学習意欲が低いのか?
    今通っている中高一貫校に、無試験で入学できる大学は存在しないというのに。
    あるいは、あっても、行きたい大学ではないだろうに。
    自分が大学受験をすることになるのは、わかっているはずなのに。
    それなのに、何でそんなに勉強しないでいられるのだろう?

    大学受験まで6年間あるのだから、まあ中学生の間はのんびり遊んでいてもいいのでは?
    保護者の方がそのように考え、そのように本人に言っているのなら、個別指導など受けに来ないでしょう。
    中学に通い始めたら、全く勉強しないので、学校の授業についていけなくなった。
    保護者の方が心配になって塾に連れて来た。
    そういう場合が多いです。

    数学の場合、中1の1学期でもうついていけなくなることがあります。
    中高一貫校は、6年間で学習すべき学習内容を5年で消化します。
    しかし、高校数学は、そんなに時間短縮はできません。
    圧縮するのは中学数学です。
    中1で、普通の中1・中2の内容を終わらせます。
    学校によっては、中1の3学期には中3の内容に入るところもあります。
    だから、授業スピードがとにかく速いです。

    公立中学ならば、中1の1学期と言えば、「正負の数」「文字式」の単元が終わり、「方程式」の途中まで進んでいれば進度は順調です。
    一方、中高一貫校の場合、数学の授業がそもそも代数と幾何に分かれているため、それぞれの授業時間は半減しているというのに、代数の1学期の進度は、「正負の数」「文字式」「1次方程式」「連立方程式」が終わり、「関数」に入っています。
    幾何は独自テキストの学校も多く、味も素っ気もない体裁のテキストに、公理やら定理やらがズラズラと並んでいます。
    中1の1学期で「図形の移動」「平面図形の求積」「空間図形の求積」「平行と合同」「三角形」まで終わっている・・・。
    恐ろしいスピードで授業が進んでいます。

    学校側も、その進度で授業を進めるリスクは理解しているのです。
    入試に合格した子たちとはいえ、算数・数学が得意な子ばかりではありません。
    受験算数はあまり得意ではないまま、他の科目でカバーして何とか合格した子もいるでしょう。
    それはわかっているので、数学は学力別のクラス編成を行っている学校がほとんどです。
    下位クラスの生徒たちには応用問題の演習を減らし、基本の解説を重視してはいるようです。
    授業中に小テストが多く実施され、基準の得点を満たさない生徒には放課後の補習と追試を行っている学校もあります。

    しかし、学校側がどれほどフォローしても、家庭学習の習慣のない子がこの進度の授業についていくのは難しいです。
    そうした生徒に個別指導を始めると、代数は方程式の基本も理解していないことがありました。
    3x-8=5x+7
    といったレベルの1次方程式の計算も、解き方がわからないのです。
    むしろ公立の中学に通っている子でこの問題を解けない子を探すほうが難しいというのに。
    方程式の計算問題ならばどうにか解ける子も、文章題になると、受験算数の解き方で何がごちゃごちゃ解いてしまうこともありました。
    そういう子は、式を立てず、暗算し、筆算し、答えだけを書きます。
    しかも、その答えが間違っています・・・。
    「式を書いて」
    と言っても、式を書く意味が理解できないのか、表情のない目で私を見返してきたりしました。
    「その答え、間違っていますよ」
    と言うと、目に少し表情が現れます。
    そうした子に、いきなり方程式を利用した解き方を説明しても理解してもらえません。
    もう中学生なのに、受験算数の解き方でいったん教え、どうして答えがそれではないのかを説明した上で、方程式で解く方法を教える。
    そういう二度手間が必要でした。
    方程式で解けばどれほど簡単であるか、本人が理解できるまで説明しないと、いつまでもいつまでも受験算数の解き方で中学の数学を解こうとするのです。
    「受験算数で解くより、方程式のほうが簡単でしょう?」
    と説明しても、
    「いや、自分はそうは思わない」
    と言って、正解が出せないのに受験算数でなおも解こうとする子もいました。
    もう新しいことは習得したくない。
    今まで身につけたことだけでやっていきたい。
    そういうことだったのかもしれません。

    幾何はもっと惨状を極めている場合がありました。
    学校の授業で何をやっているのか、全くわからないと言うのです。
    面積や体積を求める問題だけは意味がわかるけれど、他は、何のために何をやっているのか、本当に何もわからない。
    テストにどういう問題が出るのかわからないから、勉強の仕方がわからない。
    そう言う子もいました。
    これは、学校の独自テキストも影響しているのでしょう。
    教科書会社が作っている教科書ならば、全国一律の安心感があります。
    それが例え中高一貫校向けの難度の高い教科書であっても。
    学校の独自テキストは、自分の学校だけ特別なことをやっているという誤解を生徒に与えます。
    凄く凄く特別なので、学校の授業がわからない以上、もう勉強のしようがないと本人が誤解していることがあります。

    いや、実は、それほど特別ではないんです。
    教えていることは、公立の中学と順番は同じです。
    幾何の学習を基礎の基礎から行うのなら、自ずと学習する順番があります。
    突飛な順番で学習することはできません。

    確かに独自の表現もあります。
    「公理」という言葉は、今、普通の中学高校の教科書で見ることはありません。
    三角形の合同条件を「3辺相等」「2辺夾角相等」「2角夾辺相等」と表現をするのは、今は私立の学校だけです。
    易しいことを難しい言葉遣いで教えてわからなくする呪いでもかけているのか?
    そうも思いますが、最初からその言葉で教わればそのほうがわかりやすいという子もいます。

    普通の順番で、ただし進度は速く、応用問題を多めに勉強しているのが中高一貫校の幾何です。
    幾何は、何のために何をやっているのか、そもそもわかりにくい。
    直線ℓと直線mが垂直、直線ℓと直線nが垂直であるとき、直線mと直線nは平行であるかどうか、なんてところから学習が始まると、「意味不明・・・」と思うのもわからなくはないのです。
    あさっての方向から学習が始まった違和感をぬぐいがたいのは幾何という学習の特徴なのですが、それを学校の独自テキストや独自カリキュラムのせいと誤解している子が多いのです。

    とはいえ、そうした疑問は、個別指導で教われば解決することです。
    彼らに欠けるのは、何よりも学習習慣です。
    家庭学習をする習慣がありません。
    週1回の塾に来る直前に慌てて宿題を数問解いて、やった形跡を残してお茶を濁そうとします。
    これをどうにかするのは、理解は遅いけれど意欲のある子を指導し、問題を解けるようにすることよりも難しいのです。
    困難を極め、時間がかかります。


    彼らには、同情できる面もあるのです。
    中学に合格すれば、高校受験・大学受験の苦労はなくなる。
    勉強・勉強と追い込まれることなく、楽しい学園生活を満喫できる。
    そう思っていた子が多かったのではないでしょうか。

    楽ができると思っていたのに、むしろ勉強は大変になった。
    勉強しなさいと親は言うが、何を言っているのか?
    苦しい思いをして中学受験をしたのは何のためか?
    中学・高校で楽ができるから。
    そうだったんじゃないの?

    ・・・中学・高校で楽ができる。
    保護者の方に実際にそう言われたのでしょうか?
    何となく自分でそう思い込んでしまったのでしょうか?
    小学生のうちに勉強でこんなに苦労するのだから、後は楽になる。
    そう思いたい気持ちは、わからなくはありません。

    しかし、大多数の中学受験生は、中高一貫校に入学後、さらに大学受験をするのです。
    大学進学実績で定評のある中高一貫校だから受験したのです。
    あるいは、大学までエスカレーターで進める中学を第一志望とはしたものの、そこには合格できなかった。
    志望校を変更せざるを得なかった。
    結果、また、大学は受験しなければならない。
    そういうこともあるでしょう。

    保護者の方は、すぐに気持ちを切り替えて、大学受験のためにも、この中高一貫校に通うことは意味がある、と考えるでしょう。
    けれど、子どもはそうはいかないのかもしれません。
    3年も受験勉強で苦労したのです。
    小学生のときの3年は、長いです。

    それまで生きていた人生の中の何分の1であるかが「時間」というものの実感を生むとする説があります。
    子どもの頃は、1日が長く、1年もとてつもなく長かった記憶があります。
    年をとればとるほど、年月の過ぎるのがあまりにも早い。
    その実感は、例えば、40歳の人にとって、この1年は、人生の40分の1に過ぎない、といった時間感覚から来ているというのです。
    その考えでいくと、小学生のときの3年間は、3/12=1/4。
    人生の1/4を受験勉強してきたのです。
    それは、40歳の人にとって10年にあたります。
    小学生は、体感としては、大人の感じる10年間、受験勉強をしてきたのです。
    燃え尽きてしまう子が多くても不思議はありません。
    中学に合格したらもう勉強しなくていいはずだと思ってしまう子がいてもおかしくありません。
    少なくとも、まさか受験勉強していた頃よりも、中学入学後のほうが勉強しなければならないとは予想していなかったでしょう。

    実際は、中学受験のための受験勉強なんて、中学や高校の勉強と比べれば、易しいのです。
    特に今は、詰め込み型の受験塾は子どもを潰してしまうからと敬遠される傾向があり、宿題も少ない塾が多いです。
    昔と比べると、受験勉強が「ぬるくなった」感は否めません。
    それですら、小学生にとっては、辛く苦しい受験勉強です。

    繰り返しますが、中高一貫校に入学すると、最初の2年間で中学の学習内容を終え、中3からは高校の学習内容に入ります。
    その「中学の学習内容」も、発展的なテキストで難しい内容を2年間で習得します。
    想像を絶するボリュームと難度の学習内容を課せられるという覚悟が必要です。
    中学に合格すれば楽になる?
    ・・・いえ、公立中学に通ったほうが勉強は楽だと思います。
    基本を丁寧に学習できますから。

    中学に合格すれば楽になる。
    このことを、大人と子どもは別の意味にとらえています。
    大人は、「大学進学の可能性が高まる」「将来の可能性が広がる」といった意味で、「楽になる」と言います。
    しかし、子どもは、中学に合格すればもう今みたいに勉強しなくてもいいと誤解してしまうことがあります。
    そして、大人は、子どものその誤解に気づいていて、あえてその誤解を解かないこともあります。
    中学に合格したら、より大変な勉強が始まる。
    そんなことがわかったら、中学受験のモチベーションを維持できないと考えてしまうからかもしれません。
    小学生の今でさえ勉強が嫌いな様子の子に、中学受験のモチベーションを維持させるには、「中学に入れば、勉強しなくて済む」といった誤解をそのままにしておくほうがいいのではないか・・・。
    そう思ってしまう気持ちもわかります。
    しかし、それはまずいです。

    体感では10年に及ぶ長い受験勉強に耐え、合格したのです。
    もう勉強はしたくない。
    そのために頑張ったのだから。
    中学に入った後まで勉強しろと言われても、意味がわからない。
    中学の勉強がこんなに難しいなんて聞いていなかった。
    合格さえすれば、中学の勉強はもっと簡単だと思っていた。
    いや、そんな理屈をこねるつもりもない。
    ただ、もう勉強はしたくない。
    勉強はしたくない・・・。
    大学受験が近づいたら、また考えるかもしれないけれど、今は勉強はしたくない・・・。

    そんな様子の子を何人も何人も見てきました。

    中学受験をしても、勉強は楽になりません。
    むしろ、より難しく、より大変になります。
    せめて、保護者の方は、それを知っていてください。
    「中学さえ受かれば」
    と言葉にしなくても、保護者の方が内心でそう思っていれば、子どもは必ずそれを察します。
    中学入学後に「勉強しなさい」という親に、不信感を抱きます。
    より難しく、より大変で、より深く面白いことを学ぶために、中学を受験するのです。
    楽をするために中学を受けるわけではありません。
    そのことを理解していないと、入学後の現実に耐えられないと思います。

      


  • Posted by セギ at 16:03Comments(0)講師日記

    2019年02月13日

    算数・数学の文章題が読み解けない子。


    国語が苦手なために、算数・数学の文章題を上手く解くことができない子の話は、以前にも書きました。
    例えば、こういう文章題が読めないのでした。

    問題 ある数を2乗するところを誤って2倍したため、計算の結果は19小さくなりました。ある数を求めなさい。

    この問題の何が読み取れないのか?
    「計算の結果」とは、2乗したもののことか2倍したもののことか、わからないと本人は言うのです。
    誤って2倍したほうが計算の結果です。
    誤って2倍したのだから、その誤った計算を実際にやっているのでしょう?
    そう説明しても、
    「そうかな?どこに書いてあるの?」
    と首をひねり、自分はこの文からはそんなことは読み取れない、と言うのです。

    それに関して、以前は、文章の読み方の癖として、目立つ動詞や名詞しか目に入っていないからなのではないか、という解釈をしました。
    目につく単語を拾い読みするほうが速く読み取れるので、それが習慣になり、語句の関係が複雑な文は読解できなくなっているのではないか?
    助詞・助動詞の働きが理解できず、語句の関係をつかめないので、正確な読解ができないのではないかと考えたのです。
    その見方は必ずしも間違っていないと今も思っているのですが、最近、また新たな発見がありました。

    別の、やはり国語が苦手な子が、以下の文章題を読み取れなかったのです

    問題 色紙でつるを600羽折りました。赤い色紙のつるは全体の30%にあたります。赤いつるは何羽でしょう。

    「割合」に関する文章題の中では、比較的易しい問題です。
    600羽の30%なのだから、
    600×0.3=180 で、答えは180羽ですね。

    上の問題、
    「600羽の30%なんだよ」
    と私が解説すると、その子は、スラスラと式を立てることができるのです。
    だから、割合の3用法は理解できています。
    もとにする量×割合=比べられる量
    そういう公式は理解しています。
    しかし、文章から、その関係を読み解けないのです。

    私が小学生に算数の「割合」を教えるようになった最初の頃から、文章中の何が「もとにする量」で何が「くらべられる量」なのか判断できない子は存在しました。
    むしろ、小学生の過半数はそうではないかとも思います。
    そうした場合に「もとにする量の、割合」という文章の構造を教えると理解できるようになる子は多いです。
    文章中の割合を表す数値はどれであるかは、さすがに9割以上の子が識別できます。
    むきだしの小数・分数、または%や何割何分何厘といった単位のついている数値が割合。
    それでほぼ判断がつきますから。
    上の文章題で言えば、「30%」が割合です。
    その数字の前にひらがなの「の」があります。
    助詞の「の」ですが、そんなことは説明しなくて大丈夫です。
    その「の」の前に書いてあるものが「もとにする量」。
    上の文章題で言えば、「全体」がもとにする量です。
    全体の30%。
    もとにする量の、割合。
    文章題からそれを発見すること。
    「割合」と「もとにする量」を発見できれば、そうでない数字が「くらべられる量」です。
    「割合」が本当に苦手で、文章題で得点できる可能性がほとんどない子に対しては、この教え方は効果的です。

    ☐cmの1割5分は7cmです。

    といった、1行の基本問題ならば、自力で立式できるようになります。
    1割5分が「割合」。
    「の」の前にあるのが☐だから、☐は「もとにする量」。
    もとにする量を求めるのだから、式は、比べられる量÷割合。
    だから、式は、7÷0.15 です。

    しかし、上の問題は、そのやり方では解けない子がいます。
    もう一度、上の問題を確認しましょう。

    問題 色紙でつるを600羽折りました。赤い色紙のつるは全体の30%にあたります。赤いつるは何羽でしょう。

    「全体の30%」という表現から、30%が「割合」。
    その前に「の」があるから、そのさらに前の「全体」が「もとにする量」。
    そこまでは読み取れるのです。
    しかし、全体が何羽であるかを読み取れないので、式が立てられないのです。
    全体が600羽であることを、この短い文章から読み取れないようです。
    どういうことなのでしょう?


    また別の問題。

    問題 定員55人のバスに、140%の人が乗っています。このバスに乗っているのは何人でしょう?

    この文章題は「もとにする量の、割合」という構造が崩れています。
    140%が割合ということは識別できます。
    しかし、その前に「の」がない。
    だから、もとにする量が何であるかを読み取れない子がいます。
    したがって、求めるものが「もとにする量」なのか「くらべられる量」なのかを識別できません。
    ふーむ・・・。

    「もとにする量の、割合」という構造になっていないのは事実だけれど、どう見ても「定員55人」が「もとにする量」なんだけれど、やっぱり、わかりませんか?
    その子の返事は、「わからない」でした。
    ふーむ・・・。


    また別の問題。
    問題 めぐみさんの学校では、今日は18人休みました。これは学校全体の4%にあたるそうです。今日出席しているのは何人でしょう。

    この問題は少し複雑で、小学生にとっては応用問題です。
    18人が4%にあたるのですから、「もとにする量」である学校全体の人数は、
    18÷0.04=450 (人)
    そのうち18人が休んでいるのだから、今日出席しているのは、
    450-18=432 (人)
    いきなり答えが出ず、2段階で計算していかなければならない問題は、難しいです。
    そのように解くということを発想できない小学生が多いですから。
    小学生の多くは、算数の問題は1本の式で答えが出るものと思い込んでいるのです。
    だから、答えを出す式を立てようとウンウンうなったあげくに、ギブアップとなってしまいます。

    応用問題ですから、解けなくても良いと思って出題してはいるのですが、それでも、4パーセントが「割合」で、「学校全体」が「もとにする量」で、18人が「くらべられる量」というところまでは分析してほしい。
    そこまではできるはずだから、と思うのですが、なかなかうまくいきません。
    「学校全体」が「もとにする量」までは何とか分析できるのですが、18人が何なのかわからないのです。

    ふーむ・・・。


    これらの問題を、なぜ子どもは読み解けないのか?
    共通することは何なのでしょう。

    問題1 ある数を2乗するところを誤って2倍したため、計算の結果は19小さくなりました。ある数を求めなさい。
    問題2 色紙でつるを600羽折りました。赤い色紙のつるは全体の30%にあたります。赤いつるは何羽でしょう。
    問題3 定員55人のバスに、140%の人が乗っています。このバスに乗っているのは何人でしょう?
    問題4 めぐみさんの学校では、今日は18人休みました。これは学校全体の4%にあたるそうです。今日出席しているのは何人でしょう。

    上のように別紙に問題を書き取って、じっと眺めているうちに、私はあることに気づきました。
    これらの文章題は、全て、途中が読点、あるいは句点で、問題文が区切られています。
    彼らは、読点、あるいは句点を越えた内容の関係性を把握できないのではないか?
    読点の度、句点の度に、意味がリセットされて、その先はまた白紙のところから読むため、意味をつかめないのではないか?

    問題1は「誤って2倍したため」という表現の後に読点があるので、本人の中でそこでリセットされてしまい、「計算の結果」が何の計算の結果なのかを読み取れないのではないでしょうか。
    つまり、問題1をこのように書き変えれば、読み取れるのです。
    「ある数を2乗するところを誤って2倍したため、誤って2倍した計算の結果は2乗したものよりも19小さくなりました。ある数を求めなさい」

    同様に、
    問題2 色紙でつるを600羽折りました。赤い色紙のつるは、折った600羽全体の30%にあたります。赤いつるは何羽でしょう。
    問題3 定員55人のバスに、定員55人の140%の人が乗っています。このバスに乗っているのは何人でしょう?
    問題4 めぐみさんの学校では、今日は18人休みました。今日休んだ18人は学校全体の4%にあたるそうです。今日出席しているのは何人でしょう。

    このように問題を自分で書き直した際の私自身の感想は、
    わかりやすいのかもしれないけれど、下手くそな文だな・・・。
    くどいなあ。文章の呼吸というものが何もない・・・。

    でも、ここまでくどくどと書かないと意味を取れない子が存在するのです。
    すなわち、文章の呼吸を読み取れない子が存在します。


    高校の国語教育改革が取沙汰されています。
    高校の国語は、契約書や資料などを含む実用的な文章の読み取りに重点を置くものに変わり、文学作品の読解は選択科目になってしまうとのこと。
    それに関して、例のAIによる大学受験や読解テストで有名になった学者が、現在、高校国語の全ての教科書で採択されている『山月記』などは教える意味がないといった発言をし、批判を浴びています。

    現代の子どもの多くが、上のように読点や句点を越えた読み取りすらできない現状では、確かに、文学の鑑賞などよりも、基本的な文章が読み取れる学習のほうを強化すべきかもしれません。
    教科書を読めない子どもたちがいることはどうにかしないといけません。

    しかし、それで文学作品を教えることを否定するのはどうなのでしょう?
    文学を理解することが、高い能力を持つ者だけの教養や贅沢になってしまうのは気持ち悪いという以上に、契約書や資料の読み取りに夢中になれる子どもなど果たして存在するのかという懸念があります。
    文章を読むことがますます嫌いにならないでしょうか?
    文字を読むことそのものが好きな私ですら、契約書を読み通すのは、ある種の苦行です。
    つまらないです。
    その中から面白さを探せ、それが勉強だなどと言われたら、さすがにちゃぶ台をひっくり返しますよ。
    つまらないものは、どうしたってつまらないです。
    必要だから読みますが、面白くはないです。
    どこまでいっても、面白くなりようがないです。
    無味乾燥な文章なのですから。
    つまらないことを勉強するのは嫌です。
    文学作品の読解は、文字を読むことが嫌いな子どもが、1つの作品との出会いで劇的に文章を読むことが好きになる、わずかな可能性を担っていると思うんです。


    それにしても、なぜ、句読点を越えると意味がリセットされるような読み取りをする子どもが存在するのでしょう。
    デジタル世代だから?
    そんな乱暴な論を振り回している場合ではないので、その子に質問してみました。
    「子どもの頃、読み聞かせとか、してもらった?」
    その子の答えは、こうでした。
    「してもらった!すごくしてもらった。だから絵本は好きなんだけど、他の本は好きじゃないんだよね」
    「・・・・・・」

    子どもを本好きにさせるのは容易なことではないと改めて思います。

      


  • Posted by セギ at 12:12Comments(0)算数・数学

    2019年02月11日

    付加疑問文と否定疑問文。



    前回、間接疑問文の話をしました。
    今回は、まず、付加疑問文の解説から。
    Tom cooks well , dosen't he ?
    トムは、料理が上手ですよね?

    このように、平叙文(肯定文・否定文)や命令文の後に付け加える簡単な疑問形の文を付加疑問と呼びます。
    イントネーションは2通りあり、上昇調で言うときは、相手に賛同を求めたい気持ちが強く、下降調のときは、自分の言うことに自信があり確認する気持ちが強いとされています。

    付加疑問は、中2で学習する教科書が多いですか、チラッとしか出てこないためか、学習したのかしていないのか、よく覚えていない子もいます。
    「不定詞」のようには大きな単元の扱いになっていないからでしょう。
    中3で間接疑問文を学習したのにあわせ、「いろいろな疑問文」としてまとめて復習しておくと良いですね。

    付加疑問の作り方は、そんなに難しくありません。
    上の文のように、肯定文の後に続く付加疑問は、否定形で訊きます。
    主語は、代名詞に直します。

    では、以後は空所補充問題として、基本を確認していきましょう。

    That is unfair , (  )(  )?
    「それは公平ではないよね」

    一番上の文は、一般動詞の文でしたが、これは、be 動詞の文です。
    これは、be 動詞の疑問文の作り方で付加疑問を作れば良いですね。

    That is unfair , isn't it ?

    では、助動詞を含む文は、どうしましょうか。

    We must answer the letter , (  )(  )?
    「私たちは、その手紙に返事を書かなければなりませんよね」

    これも、助動詞を含むの文の疑問文の作り方で大丈夫です。
    正解は、
    We must answer the letter , mustn't we?

    簡単ですね。ヽ(^。^)ノ
    では、前の文が否定文ならば、どうでしょうか。

    I'm not wrong , (  )(  ) ?
    「私は間違っていませんよね」

    前の文が否定文ならば、疑問は肯定形になります。
    正解は、
    I'm not wrong , am I ?

    一般動詞の文は場合は、

    You don't know his address , (  )(  ) ?
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね」

    正解は、
    You don't know his address , do you ?

    助動詞の文の場合は、

    You won't tell anyone , (  )(  ) ?
    「あなたは誰にも言いませんよね」

    正解は、
    You won't tell anyone , will you ?

    簡単、簡単。ヽ(^。^)ノ

    では、この空所は?
    There is no need to hurry , (  )(  ) ?
    「急ぐ必要はありませんよね」

    no を含む文も、否定文です。
    付加疑問は肯定形になります。
    There is no need to hurry , is there ?

    The accident victim could hardly walk , (  )(  ) ?
    「その事故の被害者は、ほとんど歩けませんでしたね」

    少し難しい内容ですが、hardly , scarcely という副詞は「ほとんど~ない」という意味で、文を否定の意味に変える、準否定表現です。
    一種の否定文ですから、付加疑問は、肯定形になります。

    The accident victim could hardly walk , could he ?

    seldom , rarely は、「めったに~ない」という意味で、やはり準否定表現です。
    名詞に前につける few , little が使用されている場合も同様です。
    There are a few girls. は、「女の子が数人いる」。
    There are few girls. は、「女の子はほとんどいない」。
    a の有無で意味が大きく異なります。


    ところで、命令文の後に付加疑問をつけることがあります。
    これは、定型なので、そのまま覚えてしまうのがお勧めです。

    Take a seat , will you ?
    Take a seat , won't you ?
    「座りませんか」

    これは、どちらでも正解です。
    ただし、will you を下降調で言うと、命令口調。
    won't you は、will you より丁寧というニュアンスの違いはあります。
    とりあえず、「命令文 , will you ?」という形で覚えておけば、大丈夫です。

    Let's go together , shall we ?

    これも、「Let's ~ , shall we ? 」の形で覚えておけば、大丈夫です。

    覚えておけば、大丈夫。
    しかし、こういう覚えておけば大丈夫なことを、絶対に覚えない中学生もいます。
    付加疑問に「命令文+~」の形があることが、何回練習しても身につきません。
    前半の簡単な付加疑問に正解できると、もうそれで良しとしてしまうようです。
    何でも基本的なことが正答できるようになれば、まあ大丈夫、自分は理解している、という感覚なのかもしれません。
    例外的なことは、例外的なことだから、関係ない。
    そういう判断なのでしょうか。

    ・・・でも、入試って、例外的なところが出るんですよね。( 一一)
    だから、そこに力を入れて覚えたほうが、得点は向上します。
    英語の受験勉強の力点は、例外的なところに置きましょう。


    さて、会話補充文などで出題されるのが、付加疑問文、あるいは否定疑問文に対する答え方。

    You don't know his address , do you ?
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね」

    そう問われて、いや、自分は彼の住所を知っているというとき、どう答えるのでしょうか。

    正解は、
    Yes , I do. I know his adress. です。

    英語はシンプルで、「知っているか?」と問われても、「知らないよね?」と問われても、答えは同じです。
    知っているのなら、Yes. 知らないのなら、No. です。

    相手の言うとおり、自分は彼の住所を知らないのならば、
    No , I don't. I don't know his adress.
    となります。

    ここで、「英語と日本語は、Yes. と No. が逆で」という説明を聞いて、それでピンとくるのならそれで良いのですが、そのような説明ではますます混乱して訳がわからなくなる子もいます。
    日本語で否定形で問われても、正しく「はい」「いいえ」が答えられない子が増えています。
    「あなたは、彼の住所を知りませんよね?」
    と日本語で問われて、知らないときに、
    「はい。知りません」
    と答えられないのです。
    「はい」か「いいえ」か瞬時に判断できず、「知りません」しか答えられない子は多いです。
    意味は伝わりますから、まあそれで良いですし。
    これは、現代の子どもの言語能力の1つの表れかもしれません。
    機能語、日本語で言えば助詞や助動詞の働きをほとんど意識できず、名詞や動詞を拾って文の意味を取っているだけの子は、相手が肯定形で訊いているか否定形で訊いているかを認識する力が弱いのだと思います。

    日本語の受け答えが正しくできないときに、日本語と対比して英語の否定疑問への答え方を解説されても、ますます混乱します。
    英語の話は、英語だけにとどめて理解しましょう。
    とにかく、相手の疑問文をなぞるように文末まで正確に答えるときに肯定文になるのなら、そのときの返事は Yes.
    相手の疑問文をなぞるように文末まで正確に答えるときに否定文になるのなら、そのときの返事は、No.


    これは、付加疑問に限らず、独立した否定疑問文のときも同じです。

    Aren't you a member of the tennis club ?
    あなたは、テニス部のメンバーではありませんか?

    この日本語に日本語で「いいえ。私はテニス部のメンバーです」と答えるかどうかは、大人でも難しいかもしれません。
    「はい。私はテニス部のメンバーです」で、いいんじゃないの?
    何で、そこで「いいえ」なの?
    と、日本語の問題として混乱するのです。
    これは、相手のイントネーションによっては、「ありませんか」が否定語として耳に響いてこないことも一因でしょう。
    ただ、確認をとっているだけのイントネーションというのもありますよね。

    「あなたは、田中さんではありませんか?」
    久しぶりに会った人に道で声をかけたら、「いいえ」と答えられた。
    ああ、田中さんではないのかと受けとめるのが普通でしょう。
    そういう意味では、日本語も英語も、反応は同じとなります。

    このような混乱もありますから、日本語と英語は逆に答えるのだよという解説では理解しづらいのです。
    日本語にいちいち直す必要はありません。
    とにかく、テニス部のメンバーならば、
    Yes , I am. です。
    テニス部のメンバーでないのならば、
    No , I'm not. です。

    そして、日本語に訳せと言われたときだけ、否定文の後に続く間接疑問や否定疑問文の答えは、
    Yes. は「いいえ」、 No. は「はい」と訳しておけば、丸くおさまる。
    そのへんは、機械的な処理で良いと思います。
    「訳せ」という形で否定疑問文が出題されることは少ないですし。


    実際によく出題されるのは、こういう形式です。

    A: You are late. What's up ? Didn't you get on the 8:00 a.m. bus ?
    B:(  ),(  )(  ). But the bus was stuck in a traffic jam.

    空所に入るのは、Yes , I did. か、No , I didn't. か?
    バスには乗ったのだけれど、交通渋滞に巻き込まれたと言っているのですから、答えは、Yes , I did. です。

    文脈から判断して、否定疑問文に正確に答える。
    そういう出題に対応できれば、大丈夫です。



      


  • Posted by セギ at 13:28Comments(0)英語

    2019年02月07日

    数A「整数の性質」不定方程式。互除法の利用。



    今回も「不定方程式」の学習です。
    前回は、比較的係数の小さい不定方程式を解きました。
    不定方程式は、具体的な x と y の整数解を1組見つけることができれば解いていくことができるのでした。
    係数の小さい不定方程式なら、頭の中でちょちょっと代入して、暗算で求めることができました。

    しかし、暗算ではなかなか見つけられない場合もあります。
    そんなときは、「互除法」を利用して整数解を1組求めます。

    問題 43x+13y=1 の整数解を全て求めよ。

    これは暗算では整数解をなかなか見つけられそうにないです。
    こんなときは、互除法を利用します。

    43と13に互除法を用いてみましょう。
    43÷13=3あまり4
    これを後で利用しやすいように変形しておきます。
    4=43-13・3
    これは、余り=もとの数-割る数×商 という変形です。

    この変形で苦労する高校生がときどきいます。
    形だけ真似ることはできても、よく意味がわからないようなのです。
    おそらく、小学生の頃から、加減乗除の関係の理解が完全ではなかったのだと思います。
    小学4年生でわり算の筆算を学習したとき、検算もあわせて学習しますが、なぜそれで検算できるのか、実は理解できなかったのかもしれません。
    検算しろと言われたから、公式通りに代入して検算した形にした。
    でも、本当は、なぜそれで検算になるのか、意味はわからなかった。
    あるいは、意味など考えなかった。

    ☐を使った式の変形などでも、かなり苦労する小学生がいます。
    例えば、
    ☐-3=5
    などの☐を求める式を上手く立てることができないのです。

    中学生になって方程式を解くときにも、加減乗除が理解しきれていないことは影響したはずです。
    移項をするとき、なぜ符号が変わるのかわからないまま、「そういうものだ」と作業手順だけ覚えて済ませてしまったのかもしれません。
    あるいは、意味が理解できなかったわけではないけれど、作業手順だけを頭に残してきた。
    手順だけを覚え、作業の意味を忘れてしまう繰り返しの中で、算数・数学の根幹への理解が痩せていってしまったのかもしれません。
    いちいち意味を確かめながら作業していたら時間がかかるので、作業は自動化しがちです。
    自動化の中で、意味は無用のものだから記憶から消去してしまった。
    そして、意味がわからなくなった。
    数学が苦手な子の典型の1つです。

    中学受験の受験算数では、しつこいくらい「逆算」の計算問題が出題されます。
    上の、☐を使った計算です。
    中学生になったら使うことのない逆算を、なぜそんなにしつこく問うのかといえば、加減乗除の関係を正しく理解できている子を入学させたいからでしょう。
    表面的には逆算を使用することは中学入学以後はないけれど、加減乗除の関係が定着している子でないと、その上に何を積み上げていっても不安定です。
    不安定な基礎の上に無理に数学を積み上げていっても、やがて何も積み上がらなくなってしまう。
    中学側は、数理の基礎を理解している子を入学させたいのでしょう。

    小学校でもっと、☐を使った計算を沢山やれば良いのに、と思わないでもありません。
    しかし、それをやると、過半数の子は上手く解くことができないかもしれません。
    小学校で、過半数が解けない問題を扱えば、授業が成立しないでしょう。
    小学校は、皆が解ける問題を勉強する場所。
    勉強に関して絶望させない場所です。
    ☐を使った計算は、深追いできないでしょうか。

    その一方、高校数学には絶望が存在する。
    わからな過ぎて、授業中に涙を流す高校生が存在します。
    本質的には小学校の算数が身についていないのですから、無理ないのです。
    目の前のことがわからないのではない。
    そのはるか手前でつまずいているのです。
    そのことに自覚的になるだけでも、高校数学を攻略する道が見えてくると思います。


    不定方程式に話を戻します。
    43と13に互除法を用いて、
    43÷13=3あまり4 より 4=43-13・3
    13÷4=3あまり1 より 1=13-4・3

    ここで、余りが1となりました。
    与えられた不定方程式の右辺と一致しました。
    ここから、変形しておいた式を代入して、復元作業をしていきます。
    1=13-4・3
     =13-(43-13・3)・3
     =13-43・3+13・3・3
     =13-43・3+13・9
     =43・(-3)+13・10

    すなわち、
    43・(-3)+13・10=1 ・・・②

    43x+13y=1と同じ形になりました。(*'▽')
    つまり、x=-3、y=10 は、この方程式の整数解の1つです。
    これが互除法を利用した整数解の1組の求め方です。
    途中、何をどう代入しているのかわからなくなる人。
    わかるつもりなんだけど、自分でやってみると、この通りにならない人。
    そういう人が多く出るところです。
    1人でできるようになるまでは、補助があると良いですね。
    目標は、与えられた式、43x+13y=1 と同じ構造にすること。
    そこへ向かって、道筋を誤らないようにします。
    慣れないうちは、符号ミスが出やすいですし、計算しないでおくべきところをすぐに計算してしまって、訳がわからない見た目になったりしがちです。


    後は、前回解いた問題と同じ解き方です。
    与えられた不定方程式・・・① から、今求めた式②を引きます。
      43x    +13y  =1
    -)43・(-3)+13・10=1
      43(x+3)+13(y-10)=0

    移項すると、
    43(x+3)=-13(y-10) ・・・③
    43と13は互いに素だから、
    x+3=13k (kは整数)
    これを③に代入すると、
    43・13k=-13(y-10)
    13(y-10)=-43・13k
    y-10=-43k
    y=-43k+10
    よって、答えは、
    x=13k-3, y=-43k+10 (kは整数)

    これで、係数が大きい不定方程式も解けます。
    途中でわからないところがある人は、前回の、不定方程式の基本のところに戻って見直してみてください。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 12:03Comments(0)算数・数学

    2019年02月04日

    南高尾を歩き、高尾薬王院の豆まきを見物しました。2019年2月。


    2019年2月3日(日)、南高尾を歩きました。
    今日は節分。
    高尾山では豆まきが行われます。
    混雑しているかなあ?
    時間をずらせば大丈夫かな。
    というわけで、とりあえず高尾山口駅8:50。
    駅前の様子は、冬の高尾としては人が多いですが、春・秋の観光シーズンと比較すれば少ない気もします。
    駅前で支度をして、橋を渡り、交差点から信号を渡って、住宅街の坂道を登っていきました。
    すぐに登山口。
    住宅の脇を通る細い道が草戸山への登山口です。
    登山道に雪が残り、ちょうど下山してきた人が難渋しているのが見えました。
    木曜日の夜の雪が、残っているのです。
    この暖かさで、もう全て融けたと思っていたのですが。

    下りてきた方に、
    「ずっと上まで凍結していますか?」
    と尋ねると、
    「いや、ここだけ」
    とのこと。
    それならばと安心し、歩きだしました。

    なるほど、その凍結箇所を越えると、もう土は乾いていて歩きやすく快適でした。
    薄暗い樹林帯の坂道を登り、尾根に上がると、そこからは小さなピークを1つ1つ越えていきます。
    ピークに立つ度、展望を確認。
    今日は都心方面は春霞で、スカイツリーは見えません。
    こちらから回るほうが登り基調になるので、夏は避けたいですが、冬になると1度は歩きたくなるコースです。
    1か所ある急な下りも、ロープが張られてあるので、難なく通過できました。

    見晴らしの良い草戸峠。9:55。
    ベンチが横に並んでいます。
    そこから少し下り、その後、最後の登りを行くと、草戸山。10:15。
    山頂は、人が少なく、空いていました。
    あずまやの横のいつものベンチで休憩。

    さてここからは、木段の急な登りが繰り返されてます。
    まずは登り、登った分だけ下ります。
    その後は段差の大きい木段が待っていました。
    登りきると、少し平坦な道。
    また段差の大きい木段。
    また平坦な道をしばらく行くと、木段。
    一気に高度をかせいでいきます。
    途中に城山湖を見下せるあずまやもあるので、休憩しながら自分のペースでゆっくり登っていきました。

    道は広く、よく整備され、犬を散歩させている人も多く見かける場所です。
    大型犬が多いです。
    「八犬伝」の八房みたいに大きい犬ともすれ違いました。
    のしのし歩いて、山が似合うなあ。

    峰ノ薬師への道を左に分けて、しばらく行くと、三沢峠。10:45。
    いくつもの道が集まり、テーブルやベンチも設置されている休憩適地です。
    ここでも休憩していると、チェーンソーを持ちヘルメットを被った3人が通り過ぎていきました。

    さて、ここからは南高尾山稜のまき道。
    しばらく行くと、チェーンソーの音が聞こえてきました。
    先ほどの人たちが、登山道に斜めに立つ枯れ木を伐っているところでした。
    ふわあ。
    興味深く、しばらく見とれていました。
    「あ、通ってください。まだまだ時間がかかるから」
    そう言われ、チェーンソーも止められたので、会釈して通り過ぎましたが、木が倒れるまで見たかった気もします。
    後ろ髪引かれる思いで先に進みました。

    崖っぷちの細めの道。
    落葉樹の林の中の気持ちの良い道。
    ところどころ、ベンチとザック掛けがまた新しく作られていました。

    見晴台。11:25。
    冬晴れの日とは違い、南アルプスまでは見られませんでしたが、富士山の白いてっぺんはよく見えていました。
    その富士山の真上に、細い葉巻のような雲。
    あれは吊るし雲?
    天気下り坂かな?
    丹沢は中腹まで雪に覆われていました。
    木曜日の雨は夜に降ったこともあり、あまり降らなかった印象でしたが、山は案外積雪しています。
    でも、この暖かさでは、丹沢の雪はグチャグチャで、下の凍結箇所がむき出しかなあ。
    新雪の雪道歩きは大好きなのですが、凍結は苦手です。

    見晴台で昼食休憩し、さて出発。11:55。
    しばらく良い道が続きますが、この先の中沢山付近のまき道が気になります。
    秋に歩いたときにかなり細くなっていたので、万が一にも凍結していたら怖いです。
    しかし、行ってみると、秋とは違い、崖から崩れてきた土は取り払われ、道が狭くなったところには土嚢が入れられ、歩き易くなっていました。
    さすが高尾は整備が早い。

    細いまき道を通過すれば、あとは登りを頑張るのみです。
    岩がちな登りを越えていくと、雪が残っている箇所がありました。
    道がたまたまそこだけ尾根の北面につけられていると、ちゃんと雪が残っています。
    自然は、ある意味、わかりやすいです。

    大洞山。12:20。
    眺望ゼロですが、南高尾一番の高さの山頂です。
    テーブルとベンチがあり、休憩。

    その先、しばらく降りていくと、道が明確に右折する箇所があり、そこで積雪していました。
    でも、雪は融けかけて柔らかく、滑らず歩いていけました。

    木の根の作る段差を下り、細いまき道を行くと、大垂水峠。12:50。
    甲州街道を渡る横断歩道にもわずかに雪が残っていました。
    山に挟まれた谷底の地形なので、雪が残りやすいのですね。
    横断歩道を渡り、階段から下った方向のまましばらく甲州街道を進み、右手の木段を登りました。
    最初は整備された印象の木段が、鉄柵につかまらないと上手く登れない壊れかけた段差になり、そこを頑張って登っていくと沢に出ました。

    しばらくは平坦な沢沿いの道。
    そこからジクザグに斜面を登っていきます。
    登りきると、今度は斜面につけられた細い道をつたっていきます。
    道しるべの下まで来て、ほっとひと息。
    ここから大変な急登が始まりますから、息を整えます。

    後から5人ほどのパーティが追い付いてきて、やはりここで休憩を始めました。
    「私、ズボンの下にタイツまで履いてきたので、暑くて暑くて」
    「ああ、自分も」
    「冬の山だから寒いと思ったんだけど」
    そうした会話を聞き、脱げない厚着は後悔しますよねと深く共感。

    入試のときも、寒いだろうと厚手の保温下着など着ていくと、暖房が暑くて頭がぼおっとして集中できなくなる可能性があります。
    暑かったら脱げるような重ね着のほうが良いですよね。
    暑いと特に登りに弱くなります。
    私に追いついてくるスピードがあったこのパーティ、以後は姿を見ませんでした。
    暑さにバテてしまったかな?

    さて急登の始まりです。
    木段の登りがまずはずっと続きます。
    前方に空が見えているので、そこがてっぺんなのかと思わせて、まだまだそれは序の口。
    そこからしばらく道は平坦になり、歩きやすくなるのですが、その先、再び急登。
    その先は、さらに角度を上げた急登。
    ここは、下るときにもストレスを感じるほどの急坂ですから、上るのも大変です。
    この季節だからいいけど、暑い季節にはこの坂は、私は絶対無理。
    そう思いながら登っていくと、ようやく奥高尾縦走路との合流点のデッキが見えてきました。

    はあ。着いた。
    小仏城山に寄り道する気力もありません。
    そのまま、高尾方向に向かって歩きだし、一丁平展望台で休憩しました。13:55。
    この辺りも尾根道なのに雪が残っていました。
    踏み固められた黒い雪です。
    表面が融けて柔らかいので、落ち着いて足を置いていけば大丈夫でした。

    こんなに雪があるならばと少し期待し、紅葉台のまき道を歩きましたが、今日もシモバシラの氷花は見られず。
    この陽気では無理でしょうか。
    気温は10℃以上。
    3月中旬の陽気とのこと。

    紅葉台との合流点、高尾山の真下のベンチでまた休憩。14:25。
    高尾山もまいて、1号路を下っていきました。
    薬王院。14:50。
    本殿に人が集まっていました。
    ・・・あれ?
    まだ豆まきは終わっていないのでしょうか。

    本殿の舞台では、高尾のご当地キャラが2体、活動中でした。
    確か、背中に天狗のお面を背負っているほうが、ムッちゃん。
    目つきの悪い太ったムササビがムサ尾。
    豆まきを待つ人たちの退屈を慰めるべく、懸命に愛嬌を振りまいています。
    頑張ってるなあ。
    最前列には、ご当地キャラのおっかけらしい人たちが数名並んでいました。
    ずっとスマホで撮影し、2体に話しかけています。
    全てのキャラに、こういう熱量の高いファンがついているんですね。

    本殿からは読経が聞こえていました。
    あれが終われば豆まきが始まるのかな?
    おそらく午後3時から?
    豆まきの混雑を避ける予定でいましたが、ちょうど来合わせたので、いっそ豆まきを見物することにしました。

    予想通り、3時から豆まきが始まりました。
    私はかぶっていた帽子で豆をダイレクトキャッチ。
    ムッちゃんがサイドスローで不器用に豆を投げつけてきます。
    大豆でサイドスローは痛い。(笑)
    そんなこともあって、テンションが上がります。
    豆まきの豆を受け取るのは初めての経験でしたが、面白いです。

    やがて奥から、他の人たちも登壇。
    文楽の人形みたいなものを持つ人。・・・誰?
    芸者さんのような姿の人たち。・・・誰?
    一拍遅れて、関取登場。・・・誰?
    最近大相撲を見ていないので、誰なのかわかりません。
    芸能人はいなかったと思います。
    それもあって、ほどよい混雑で済んでいたのかもしれません。
    ふらっと来た私も前から4列目くらいで豆をキャッチ。
    年の数以上の豆をゲットしました。ヽ(^。^)ノ

    豆まき終了。
    後から登壇した人たちはまた奥に引っ込んでいきましたが、ムッちゃんとムサ尾は残留。
    警察による通行規制が敷かれ、集まった人たちはしばらくそこに停止させられていた中で、人々の退屈を慰めるべく最後まで愛嬌を振りまいていました。
    一番暑くて、一番辛くて、一番早く退席の必要があるのはこの2体だろうに、偉いなあ。

    警察官の誘導で、いつもとは違う石段の少ないルートでゆっくりと薬王院を離れました。
    1号路に出ると、人はバラバラに散り、案外混雑していません。
    春・秋の観光シーズンは、1号路が人で埋まり、押すな押すなの大混雑になることもあります。
    それに比べると普段通りの何でもない人数でした。
    ケーブル駅、リフト駅を過ぎると、人はさらに少なくなり、前後にかろうじて人が見える程度でした。
    久しぶりに1号路を歩いて下山しました。15:55。

      


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