たまりば

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2020年04月29日

高校英語。関係代名詞。目的格の関係代名詞 whom。


さて、関係代名詞。今回は目的格です。

前回説明したのは、主格の関係代名詞でした。

I have an aunt. She lives in New York.
この文を関係代名詞で1文にすると、
I have an aunt who lives in New York.

この関係代名詞 who は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
こういう関係代名詞を主格の関係代名詞といいます。
2つ目の文、すなわち関係代名詞節の中でどんな働きをしているか、で分類します。
主節の中の何を修飾しているか、ということと混乱する人がいるので要注意です。

I will show you the pen which was given to me by my uncle.

この文もそうですね。
この関係代名詞 which は、2つ目の文の中で、主語の働きをしています。
繰り返しますが、1つ目の文、すなわち主節の中でどんな働きをしているかは関係ないのです。
主節の中で先行詞が主語だろうと補語だろうと目的語だろうとどうでもよいのです。
関係代名詞節の中で主語の働きをしている関係代名詞が主格。
関係代名詞節の中で目的語の働きをしている関係代名詞が目的格の関係代名詞です。

今回は、その、目的格の関係代名詞について説明します。

She is the girl. Tom invited her to the party.

この2文を1文にして、「彼女は、トムがパーティーに招待した女の子です」という文を作りたい場合。
1つ目の文の the girl と、2つ目の文の her が同一人物です。
関係代名詞に変化する単語 her は2つ目の文の先頭ではないので、文をつなげにくいです。
でも原則は主格のときと同じです。
修飾される名詞である先行詞がきたら、すぐに関係代名詞です。
だから、2つ目の文の her を、whom という関係代名詞にして、先行詞の直後に置きます。
その後、2つ目の文を主語から普通に続けていきます。
her はもう whom に形を変えて先頭にいったので、飛ばします。

She is the girl whom Tom invited to the party.

できました。


ところで、whom って何?

今までの関係代名詞は、疑問詞と同じ形をしていたのに、何か、whom って見慣れない・・・。
そういう感想を抱く人がいるかと思いますが、実は whom も疑問詞の1つで、書き言葉としては今も使われることがあります。
By whom was this book written ?
「この本は、誰によって書かれたのですか」
直訳がやや固くなりましたが、英語的にもやや固い表現です。
しかし、「誰によって?」という疑問が文頭から明確に伝わるという点で、論理的な文章としては有効です。
語句の関係が明瞭だということは、読みとりやすいということです。
who was this book written by ?
も正しい文ですが、最後の by を聞くまで、疑問の中身が何であるか不明瞭です。

勿論、こんなことを受動態で質問するからややこしいので、話し言葉ならば、
who wrote this book ?
と能動態で質問するでしょう。
けれど、もっと込み入った内容の論説文の場合、by whom 、 for whom 、with whom などは、有効な表現です。
そして、勿論、関係代名詞 whom も書き言葉として現役です。


ところが、ゆとり教育の時代に、中学の英語教科書から関係代名詞 whom が消えました。
新課程になった後も、復活していません。

理由は色々考えられますが、最も大きい理由は、目的格の関係代名詞は省略可能だということ。
She is the girl Tom invited to the party.
と、whom を省略することが可能なのです。
話し言葉では、むしろ省略される場合がほとんどです。
girl と Tom の間に少しポーズをとって区切れば、十分意味が伝わります。
アメリカの口語英語を基準としている中学英語教科書は、そういうわけで whom の存在を消してしまったようです。

日常で省略されることが多くなると、何が起こるか?
ネイティブでも、who と whom の使い分けができない人が増えてきています。
たまに使うときに、whom と言うべきところを誤って who と言ってしまうのです。
間違う人が多くなると、それも正しい表現として認められていくのが言語です。
現在では、目的格でも who を用いることが許容されています。
高校の「英語表現」の教科書では、目的格の関係代名詞は、whom の他に who が明記されています。


こうした情報をどう読み取るか?
「じゃあ、何でも who でいいんだ!who しか覚えない」
と決めてかかって良いのでしょうか?
いいえ。
whom も身につけておいたほうが良いでしょう。
なぜなら、書き言葉として、whom は現役の関係代名詞だからです。
また、「前置詞+関係代名詞」という内容をこの先に学習しますが、それはさすがに who での代用を認められていません。
前置詞の後ろに主格の who をもってくる感覚は、ネイティブにはないのです。
ですから、結局、whom は学習しなければならない関係代名詞です。
どうせ学習しなければならないのなら、基本の用法から正確に身につけておくに越したことはありません。
現実問題として、何でも who でいいと覚えていたのに、高校の英語表現のテストの四択問題で、選択肢に who がない、ということはあり得ることです。

「どちらでもいいのなら、片方しか覚えない」という学習姿勢は、英語には不向きです。
覚えていないもう片方を相手が使う可能性があるからです。

関係代名詞に限らず話を広ければ、英語は同じ表現の繰り返しを嫌いますから、1つの文章の中で同じことを常に言い換えていきます。
1つの表現しか覚えないという姿勢では、英文を読めないのです。
英語長文を読んでいて、
「何でいちいち言い換えるの?だから途中で意味がわからなくなるんだよ」
と愚痴を言う子もいますが、1つのことを1通りの表現でしか表せない言語は、文化的に痩せた言語です。
類義語・類語表現の多さは、言語的な豊かさの証です。
自分1人の学びやすさのために英語が存在するわけではない。
つくづくとそれを悟るのも、外国語を学ぶ意味の1つであるように思います。


さて、whom の基本的な用法に話を戻しましょう。
The boy could speak Japanese a little. I met him in the park.
この2文を「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」という文にするには、どうすればよいでしょう。

2つの文で同一人物なのは、The boy と him です。
これが先行詞と関係代名詞になります。
先行詞と関係代名詞になる語との距離がさらに開きました。
これも、先行詞がきたら関係代名詞、という基本ルールでつなげば大丈夫です。
したがって、主節は途中で分断されます。

The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.

The boy という先行詞がきたら、すぐに whom。
その後、2つ目の文、すなわち関係代名詞節を先頭から書いていきます。
ここで変な倒置を考える人がいるのですが、必要ありません。
主語から普通に述べていき、ただし、whom に変わった him は省略し、さらにその後ろを普通に述べていきます。
関係代名詞節が全部終わったら、主節に戻り、これも普通に順番通りに述べていきます。
ルールは極めてシンプルです。
勿論、この whom も目的格ですから省略可能です。


上のように2つの英文が与えられて、関係代名詞を使って1文にしなさい、という問題なら正答できる人が、日本文を英文に直す問題では難渋することがあります。
「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
この日本語を英語に直す問題のとき。
多くの場合、まず、
I met a boy in the park
と書いてしまい、その後に何も続けられなくなってしまうのです。

前回の主格の関係代名詞のときも書きましたが、日本語を英語に直すときは、日本語の主語・述語を把握しましょう。
「私が公園で会った少年は、少し日本語を話すことができた」
この文の主語と述語は何でしょうか?
国語の文法の学習でも主語と述語を見つけることが苦手な人がいますが、そういう人は、まず主語を探してしまうようです。
しかも、主語は必ず文頭にあるという間違った思い込みをしています。

日本語で主語と述語を探すときは、まず述語を探します。
倒置法などの特殊な場合を除き、述語は、文末にあります。
一方、主語は、文頭にあるとは限らないのです。
上の文の述語は、1文節で正確に答えるなら「できた」ですが、今は英文を作るための主・述の確認なので、意味がとれるよう「話すことができた」とざっくり把握しましょう。
話すことができたのは誰なのか?
その「誰」にあたるのが、この文の主語です。
話すことができたのは、「私」ではなく、「少年」です。
英語は、主語から書き出します。
だから、英文の書き出しは、The boy です。
The boy
どんな少年なのか?
私が公園で会った少年。
この修飾関係が見えたら、もう大丈夫。
名詞を修飾する2語以上の語句は、名詞の直後に置かれます。
修飾語句の中にも主語と述語が存在するのが感じ取れますから、これは関係代名詞節で修飾するのだと予想が立ちます。
The boy I met in the park
そのように分析すると、ここまで英文を作ることができます。
これで、文の主語とその修飾語句が作れました。
で、そのボーイがどうしたのか?
「少し日本語を話した」
なるほど、では、その部分を作ってみましょう。
The boy I met in the park could speak Japanese a little.
で、問題を読み直し、「関係代名詞を用いて」と、もし書いてあれば、これは先行詞が人間で目的格の関係代名詞 whom だなと判断し、
The boy whom I met in the park could speak Japanese a little.
これで正解です。
ヽ(^。^)ノ

そんな手間はかけられない、と言う子もいます。
しかし、最初はこうやってしっかり分析して書くようにすると、そのうち、パッと読んだときに日本語の構造が見えてくるようになります。
そうなれば、こんな手順を踏まなくても、スラスラと正しい英文を書けるようになります。
日本語の構造を正しく把握できるようにもなります。
良いことづくめです。




  


  • Posted by セギ at 11:56Comments(0)英語

    2020年04月26日

    平方根について。




    「平方根」は、中学3年生で初めて学習します。
    そして、ほぼ毎年、平方根が全く呑み込めない子が現れます。

    x2=aであるとき、xをaの平方根という。

    この定義は、確かにわかりにくいです。
    字面を目で追っても意味が伝わってこない。
    それは私も共感できるのです。
    だから、まずは具体例で説明します。

    6を2乗すると36になります。
    そして、-6も2乗すると36になります。
    言い方を少し変えると、2乗すると36になる数は、6と-6です。

    ここが実は重要で、上のように言い方を逆にしただけで、理解できなくなる子がいます。
    日本語の助詞の働きを読み取ったり聞き取ったりできない子が一定数いるのかもしれません。
    単語の羅列でしか言葉を理解していないので、語句と語句の関係を把握するのが苦手な様子です。
    だから、ちょっと語順を変えて、原因と結果が逆になっている文になると理解しづらく、眉を寄せたり、頭を抱えたりします。
    「6を2乗すると36になる」
    は理解できるのですが、
    「2乗すると36になる数は、6と-6」
    はすんなりとは飲み込めないのです。
    かなり苦しそうです。

    それでも、何とか理解するのを待ちます。
    2乗すると36になる数は、6と-6。
    36の平方根は、6と-6。
    2乗するとaになる数が、aの平方根。
    4の平方根は、±2。
    9の平方根は、±3。
    ここまで丁寧に説明すると、新しい学習内容にちょっと抵抗を示しながらでも、一応理解できるという子が多いです。


    では、2の平方根は?
    △×△=2 となるときの△にあたる数です。
    え?
    そんな数ある?
    1.5くらい?
    1.4くらい?
    はい。
    大体1.4くらいの数です。
    1.4×1.4=1.96
    1.41×1.41=1.9881
    1.414×1.414=1.999396
    どんどん2に近づいてはくるのですが、しかし、小数で表している限り、どこまでいっても2乗して正確に2なることはありません。
    2乗して2になる数は、小数で表すことはできないのです。
    これを√ という記号を用いて表すことにします。
    2乗してaになる数を±√a と表す。
    つまり、aの平方根が±√a です。
    2の平方根は、±√2 。
    √2 を2乗すると2になるということ。
    -√2 も2乗すると2になります。
    新しい記号である√ に、かなりの抵抗があり、話はさらに難しくなってきました。

    √2を2乗すると2。
    -√2を2乗すると2。
    つまり、2の平方根は±√2。
    前後をあえて逆にして、その行ったり来たりが本人の頭の中で上手くいっているか確認します。
    何とか大丈夫そうです。


    ここでようやく問題練習に入りますが、それでも、大きくつまずく子もいます。
    問題を解き始めると、理解していたはずのことが一気に崩れ、混乱が起こるのです。

    問題 √36 を整数に直しなさい。

    √36=6 です。
    わかっている者にとっては、これの何が難しいのか、むしろそれが逆にわからないくらいにシンプルな問題なのですが、これがわからない子は案外多いのです。
    √36 というのは、36の平方根のうち、正の数ということ。
    2乗して36になる数のうちの正のほうの数は、6です。
    そう説明しても、意味がその子に伝わっている様子が見られません。

    では、答えは何だと思う?
    何を誤解しているのか確認しようとして問うと、そういうのは別にないと言うのです。
    ただ、わからない。
    √36 という書き方がわからない。
    何を言っているのかわからない。
    そう言うのです。

    √4=2 です。
    -√9=-3 です。
    いくつかの具体例から共通のルールを本人が見つけることがあるかもしれないと、ボードにありったけ書いていっても、やはりわからないというのです。

    本来、√36なんて書き方はしなくてもいいのです。
    36の平方根は±6だから。
    整数になるのだから、√ を使わなくてもいいのです。
    この問題は、整理する前の形をあえて書いているだけですよ。
    そう説明しても、表情に変化はなく、目に光は宿りません。

    授業が膠着状態に入り、生徒から、ようやく自分の考えが述べられることもあります。
    「√36は、2乗したら36なんだから、36だと思う」
    「・・・・え?いや、√36 は、2乗したら36になるので、まだ36にはなってないんですよ。2乗する前の段階、1乗の段階だから、6なんです」
    「ちょっと何言ってるかわからない」
    ( ;∀;)

    平方根が理解できないのは、数学的なことが理解できないというよりも、本人の国語力・言語能力に負うところが大きいと思います。
    説明が理解できない。
    説明されている言葉が理解できない。
    平方根の壁は、言葉の壁だと感じます。


    もっとわかりやすく説明する方法はないだろうかと、数学に関する本を書店で探したことがあります。
    「平方根が子どもにとってわかりにくいのは、それが身近にあるものだと知らないからです」
    なんて書いてあったりします。
    だから、数学の授業の初めに、平方根を使った実例を説明すればいいと言うのです。
    ほほお?
    興味をもって読み進めると、その実例は、コピー用紙などの紙の規格。
    A4、B5といった規格は、どのサイズも縦と横の比が√2:1になっているという話が説明されていました。

    いやいやいや。(-_-)

    中学生でA4・B5の紙のサイズの話をして通じる子は、平方根の話も1度で通じると思います。
    そういう話を目を輝かせて聴く子は、そういうエピソードがなくても平方根は理解できるのです。
    「A4とか知らない」
    平方根が理解できない子の多くは、その一言でおしまいです。

    一般に、理解の遅い子は、世の中のことや身の回りのことへの関心が薄い傾向があります。
    音楽・アニメ・ゲームなどのサブカルチャーやスポーツなど、特定のことには興味があるのだと思いますが、現実のものごとへの関心は低く、興味を持って耳を傾けてくれることはあまり期待できないのです。

    ルーズリーフを使っている子に、
    「その袋にB5って書いてあるでしょう?それが紙の規格なんですよ。ノートの片面のサイズがB5です」
    そう説明すれば目を輝かせるかというと、
    「袋なんか見ない」
    それで話は終わってしまいます。

    そこで、紙の規格について1から説明したところで、それは本人にとって関心のあるエピソードではありません。
    平方根の説明だけでもわからないのに、紙の規格という謎の知識が加わって、さらに負担が増すのです。
    紙の規格が身近な知識になるのはコピーを取る必要が生じる大学生以降で、中学生にとってはほとんど関係ないことですから、知らないのは責められないです。
    中学生に紙の規格の話をするのは徒労感が強いです。
    平方根を教えるには、平方根で教えるしかないのです。
    だから、毎年、理解したとは到底思えない状態で初回の授業が終わります。

    それでは、平方根はマスターできないままで終わるのか?
    案外そうでもないのが不思議なところです。

    1週間後の授業では、あれほどの混乱が嘘のように収まっていることが多いのです。
    学校の授業で理解したのでしょうか?
    いえ、学校の授業がわからなかったから、塾で平方根について質問し、その説明も理解できなかったのです。
    でも、1週間後、理解できているように見えるのです。
    家で教わった?
    友達に教わった?
    そんな気配もありません。
    理解の遅い子は、私に忖度しません。
    「平方根がわかるようになったね」
    と褒めたとき、それが学校の授業のおかげや友達のおかげであるなら、
    「学校の授業でわかった」
    「友達に教わった」
    と言います。
    なぜか、そこははっきりさせておくべきだと感じる子が多いようです。
    褒められて、ただ黙っているのは、なぜ理解できるようになったのか、自分でもよくわからないからだろうと思います。

    1つ考えられること。
    これは、脳の働きなのではないか。
    脳というのは不思議なもので、睡眠をとると情報が整理され安定するらしいのです。
    だから、勉強したら、その後よく寝ることが大切。
    その場では咀嚼できなかった多くの情報。
    しかし、一晩寝たら、何がわからなかったのか不思議なくらいに理解し、安定する。
    そういうことなのではないか?
    結局、平方根を理解するために必要なことは、説明を聞くだけ聞いたらよく寝ることかもしれません。

    そんなわけで、紙の規格の話は、平方根がわからない中学生にはあまり効果がないのですが、この話自体は大人には興味深い点もあると思いますので、ここで説明します。

    紙には規格があります。
    一番大きいサイズがA0。
    縦と横の辺の比が√2:1の、約1㎡の紙です。
    これを半分に切ったサイズがA1。これも辺の比は、√2:1です。
    さらに半分に切ったのがA2。これも辺の比は、√2:1。
    このように、半分、半分、半分と切り分けていっても、どれも辺の比は、√2:1となります。
    つまり、全て相似な長方形の紙となるのです。

    これは、他の比ではうまくいかないのです。
    例えば、縦と横の比を3:2としてみましょう。
    半分に切ったとき、縦と横の比は、1.5:2=3:4。
    縦長に向きを直すと4:3。
    もう3:2にはなりません。
    1回切っただけで、もう元の紙と相似な長方形ではなくなるのです。
    √2:1の場合。
    半分に切ったとき、縦と横の比は、√2/ 2:1=√2:2=1:√2。
    縦長に向きを直すと、無事に√2:1の相似の長方形になります。
    √2だからこそできる技です。
    こりゃ凄いですね。ヽ(^。^)ノ

    A版の他にもう1つB版という規格があります。
    全く別の規格なのかというと関係性があります。
    A4の対角線の長さが、B4の長いほうの辺の長さなのです。

    A4の辺の長さを仮に√2、1としてみましょう。
    対角線の長さは、三平方の定理により、√3 と計算できます。
    その√3が、B4の長いほうの辺の長さなのです。
    ということは、A4とB4の辺の比は、√2:√3。
    すなわち相似比が√2:√3 ということです。
    面積比は、相似比の2乗ですから、2:3。
    B4は、A4の1.5倍の大きさの紙であることがわかります。
    うーん。いろんなことが美しい。
    それも、平方根があるからこそです。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 11:55Comments(0)算数・数学

    2020年04月23日

    高校英語。関係代名詞。まずは中学の復習から。


    さて、今回は関係代名詞。
    まずは、中学の復習をしてみましょう。

    問題 以下の英文の空所を補充せよ。
    (1) I have an uncle (  ) lives in New York.
    (2) My brother has a car (  ) runs very fast.

    これは易しいですね。
    (1) I have an uncle (who) lives in New York.
    (2) My brother has a car (which) runs very fast.

    です。
    この who や which を関係代名詞といいます。
    高校生なら、この問題はおそらく正解できたと思います。
    一応、基本の構造を確認しましょう。

    I have an uncle. He lives in New York.
    私には叔父がいます。彼はニューヨークに住んでいます。

    この2文を、後ろの文が前の文を修飾するようにして1文にしたのが、関係代名詞を用いた文です。
    「私には、ニューヨークに住む叔父がいます」という文を作ったのです。
    このときに使うのが、関係代名詞です。

    I have an uncle who lives in New York.

    修飾される「叔父」という名詞を書いたらすぐに2個目の文を続けます。
    しかし、そのまま続けてもつながりませんから、he を who という関係代名詞に変えます。
    関係代名詞は、he という代名詞の働きもしますし、前の名詞を修飾するという働きを示しながら2文をつなぐ働きもできるのです。

    My brother has a car. It runs very fast.
    私の兄は車をもっています。それはとても速く走ります。
    これも同じ構造ですね。
    2つ目の文が、1つ目の文の a car を修飾する文、すなわち「私の兄はとても速く走る車を持っている」という文を作りたいときに、関係代名詞を使います。

    My brother has a car which runs very fast.


    修飾される名詞を「先行詞」。関係代名詞から始まるS・Vのある意味のまとまりを「関係代名詞節」と言います。


    しかし、ここから少しレベルが上がると、「なぜ?」と逆に問いたいほどに関係代名詞がわからなくなる子は多いです。
    例えば、こんな問題。

    問題 以下の日本語を関係代名詞を用いて英語に直せ。
    「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」

    よくある誤答。

    My sister is talking to a man who is Mr.Tanaka.

    一応、意味は通じる英語ですが、これは、指定された日本語の英訳ではありません。
    この英文を日本語に訳すなら、
    「私の姉は、田中さんという男性に話しかけています」
    となります。

    どっちだっていいじゃない、大体同じ意味なんだから。
    そう思う気持ちもわかるのですが、この誤答は、誤答の中でも特に、
    「ああ、この子は、思ったよりも英語がわかっていないんだなあ」
    と採点する先生を少しがっかりさせてしまうものです。
    日本語の順番通りに英語に直しているだけ。
    「私の姉」と文頭に書いてあると、「My sister」と書いてしまうのをやめられないのかなあ。
    そのような意味で、がっかりさせてしまうのです。

    「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」
    この日本語を分析しましょう。
    主語は「私の姉」ではありません。
    この文の主語は、「男性は」です。
    日本語は、「何がどうする」「何がどんなだ」「何が何だ」という主に3つの文型に分類できます。
    上の文は、そのうちの「何が何だ」にあたる文です。
    主語は、「男性は」。
    述語は、「田中さんです」。
    そして、「私の姉に話しかけている」は、「男性は」を修飾する修飾語です。
    ですから、この文の骨組みの部分だけを作れば、
    The man is Mr.Tanaka.
    となります。
    その主語の man がどんな man であるかを説明しているのが「私の姉に話しかけている」の部分です。

    ですから、正解は、

    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    英語的に分析しましょう。
    「私の姉に話しかけている」という修飾語は、「男性」にかかります。
    修飾語が2語以上の意味のまとまりであるとき、修飾される名詞の直後に修飾語を置くのは英語の原則。
    だから、上のように、man の直後に who is talking to my sister がきます。

    英語の原則通りの、普通の文です。
    しかし、この英文を作れない。
    あるいは、この英文の意味を取れない。
    関係代名詞が苦手な子の第一関門がここです。

    先行詞が来たら、すぐに関係代名詞。
    主節を一旦停止して、関係代名詞節。
    授業で繰り返し繰り返しその話をして、補助しながら英文を作って、練習して練習して、これで大丈夫と私は思っていても、翌週、その子の解いてきた宿題の答えは、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    と、また別の誤答していて、天を仰ぐこともあります。

    なぜ、これほどに定着しないのだろう?
    どんな誤解があるのだろう?

    英語が苦手な子は、本来の文法事項をさらに簡略化した独自のルールを作ってしまうのではないか?
    そう勘繰りたくなるほど、雑なことをやってしまう子がいます。
    全部1つのパターンで問題を解いてしまうのです。
    説明したルールの複雑なところを省略して、勝手に簡略化したルールで解いてしまいます。
    上の例で言えば、「先行詞の直後に関係代名詞節」という正しいルールを教えても、それは忘れてしまい、1文を全部書いたら続けて第2文、というような、単純なルールにすりかえてしまうのです。

    小学生の頃には勉強ができたのに、学年が上がるにつれてどんどん出来なくなっていく子の多くはこういう子です。
    中学生になっても、高校生になっても、小学生のような解き方をしていないでしょうか。
    頭を使わない、とても単純な、ぱっと見て判断する解き方です。
    他の解き方ができない。
    他の解き方を知らない。
    「考えて取り組む」ということが実感としてよくわかっていないのではないかと思うのです。

    難しいことを理解することができず、本当に苦労している・・・。
    それなら仕方ないのですが、そんなふうには見えない子が、じっくりとものを考えたり判断したりということができず、凡庸な成績で低迷してしまうことがあります。
    関係代名詞のルールなんてそんなに難しいものではないのですが、そういう子にとっては、それですら複雑過ぎて不愉快らしいのです。
    でも、スポーツでもゲームでも、もっと複雑なルールのものは沢山あります。
    スポーツやゲームの複雑なルールは受け入れるのに、勉強の難しさ、英語の難しさは受け入れない・・・。

    サッカーをするのに「手を使わなきゃ何でもいいんだろ?」なんて把握をしたらバカにされます。
    同じことを勉強でやってしまっていないでしょうか。
    勉強は、自分が思うよりもずっと複雑なものだ、と認識を改めれば成績の上がる子は多いと思います。


    関係代名詞に話を戻しましょう。

    先行詞がきたら、関係代名詞。
    これがルールです。
    そのため、主語を修飾する関係代名詞節が挿入されれば、主節をいったん分断することになります。

    The man is Mr.Tanaka. He is talking to my sister.

    この2文を、関係代名詞でつないで1文にするなら、
    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.
    とするのが基本です。
    先行詞は、the man ですから、それを書いたら直後に関係代名詞節を書いていきます。
    関係代名詞節を全部書き終わったら、主節に戻ります。

    「え?先行詞って何?」
    「・・・だから、修飾される名詞のことですよ」
    「え?修飾って何?」
    「・・・」

    修飾というのは、その名詞をより詳しく説明することです。
    「男」とは、どんな男なのか?
    「男」だけでは漠然としています。
    向こうを歩いている男ではなく、あそこに立っている男でもなく、私の姉に話しかけている男のことですよ。
    これでより詳しくなり、誰のことか限定されました。
    この働きを修飾、といいます。

    こういう説明がなぜか頭に残らない子も多いです。
    不定詞の学習のときも、分詞の学習のときも、同じ説明をしたのに、また同じ質問をするなあ・・・と不可解に感じることがあります。

    一体何がこんなにわからないのだろう?

    しかし、本人が、日本語でも修飾語を使うことがないようでは、無理もないのかもしれません。
    文は、主語と述語だけ。
    いや、主語すらないことも多い。
    修飾節を含む文など、口にしたことも書いたこともない。
    それなのに、母国語でもない英語で、こんなにきちんとした修飾節を含む文を作らなければならない。
    これは厄介かもしれません。
    本人の日本語能力を越える英文は作れない。
    そういう根本の原因もあると思います。

    しかし、それで諦めるわけにはいきません。
    英語で複文を作ることにより、日本語で複文を作れるようになるといいと思います。
    こういう文の構造を知ることにより、日本語の能力も高まる。
    外国語を学ぶのには、そういう効果もあるはずです。


    ところで、先ほどの2つ目の誤答、
    The man is Mr.Tanaka who is talking to my sister.
    では、なぜダメなのか?

    Mr.Tanaka のような人名や地名などを「固有名詞」といいます。
    英語では文中でも大文字で始める名詞です。
    固有名詞には、修飾節はつきません。
    日本語に訳してみるとわかります。
    「その男性は、私の姉に話しかけている田中さんです」
    違和感があります。
    別の田中さんも存在するような気がします。
    作りたかったのは、「私の姉に話しかけている男性は田中さんです」という文だったはずです。
    これでは、意味が違ってきます。

    実は、
    The man is Mr.Tanaka , who is talking to my sister.
    という英文は、存在します。
    間にカンマ (,) が入っています。
    これは、非制限用法と呼ばれるもので、高校で学習する内容です。
    「その男性は田中さんで、私の姉に話しかけています」という意味です。
    それもまた、別の意味の文ですね。


    The man who is talking to my sister is Mr.Tanaka.

    自分で作るのではなく、この英文がポンと出てきたときに、意味がわからない、構造が読み取れない、と悩む子もいます。
    どこで切れるのかわからない、というのです。
    「英語は意味のまとまりごとに把握しろ」
    と言われても、その「意味のまとまり」がわからない・・・。
    そういう場合、慣れるまでは、動詞に注目し、構造がよくわからない文のときには、2つ目の動詞の前で切るのが1つの作戦です。
    2つの文が1つの文になっているのですから、動詞は2個あります。
    上の文は、2つとも is ですね。
    2個目の is の前で文をいったん切って、意味を考えてみます。

    The man who is talking to my sister
    私の姉に話しかけている男性

    それがどうしたのかな?

    is Mr.Tanaka.
    は、田中さんです。

    というように区切ると、意味が見えてきます。

    一般動詞の文の場合は、動詞の前に頻度の副詞が入っていることなどもありますが、それは自分で微調整しましょう。
    基本は2個目の動詞の前で区切って考えてみる。
    それで随分スッキリすると思います。

    なお、意味を理解するだけなら、
    The man who is talking to my sister
    まで読んで、あるいは聞いて、
    「男性が私の姉に話しかけているんだな」
    次に、
    is Mr.Tanaka.
    を読んで、あるいは聞いて、
    「その人が、田中さんなんだな」
    という把握で大丈夫です。
    文頭から意味を取る、英語を英語のまま理解する、意味のまとまりごとに英語を理解する、というのはそういうことです。


    関係代名詞は、文法でちょろっと出てくるだけのものではありません。
    高校のコミュニケーション英語では、関係代名詞が1語も出てこないページを探すのが逆に難しいくらい頻繁に使われます。
    ここを理解しておかないと、ちょっとやばいぞ。
    そのような緊張感で取り組みたいところです。
      


  • Posted by セギ at 12:22Comments(0)英語

    2020年04月20日

    2桁×2桁を暗算する方法。



    2桁×2桁のかけ算を暗算でできたらいいのになあと思ったことがあるでしょうか。

    ただ、暗算というのは、本人が思うよりもずっと時間がかかるのです。
    頭を使ってものを考えているとき、時間の流れはとても速いのです。
    だから、暗算すればほとんど時間がかからないような錯覚を本人は抱いていても、客観的に見ていると、何をいつまでもぼんやりしているのだろうと不可解なほどの時間が流れています。
    しかも、計算ミスする子の多くは、暗算で失敗する子たちです。
    答案を見ると、わざと1行とばしに計算過程を書いているの?という書き方の子が、数学で基本問題を失点する子には多いのです。
    「数学のテストはいつも時間が足りない」
    と本人は言うのですが、時間が足りない原因の1つは無理な暗算に時間がかかっていることです。
    明らかに、書いたほうが速い。
    比較的丁寧に書いている私は、無理な暗算をしているその子と同じ問題を解いても半分の時間で解き終わります。

    全ての暗算をやめろと言っているわけではありません。
    無駄な行は書かなくていい、と常々話しています。

    例えば、中学数学の初期の頃は、教科書も参考書も、こんなふうに計算過程を書いてあります。

    -1+4-2+5
    =-1-2+4+5
    =-(1+2)+(4+5)
    =-3+9
    =6

    これは解説のために丁寧に書いているので、本来、2行目と3行目は不要です。

    -1+4-2+5
    =-3+9
    =6

    これで十分安全に計算していけます。
    教科書は、解き方を説明しているので、実際の答案がそうでなければならないということではないのです。
    実際に計算するなら、上のように3行で書いていくのが、安全で無理がありません。

    しかし、暗算に固執する子は、
    -1+4-2+5
    =6
    と書きたがります。

    それが瞬時になされ、精度も極めて高いのなら、私も文句は言いません。
    けれど、私が上のように3行書いている間に、うんうんうなって暗算して、結局、私より答を書くのが遅くなり、しかもしばしば計算ミスをするのなら、暗算はしないでほしい。
    しっかり書いていくことでスピードと精度を保ちましょう。


    方程式も同様です。
    例えば、

    5x+2=2x-7
    5x-2x=-7-2
      3x=-9
       x=-3

    教科書に書いてあるこの模範解答のうち、2行目は不要です。
    移項しながら計算することくらいは、無理なくできます。

    5x+2=2x-7
      3x=-9
       x=-3

    これで十分安全に計算できます。

    ところが、これも暗算したがる子は、
    5x+2=2x-7
       x=3
    などと誤答してしまいます。
    移項して、たし算して、それからわり算してと、いくつもの作業を一度に行うために、結局、符号にまで意識が回らないのです。
    よくあるミスです。


    暗算撲滅、全部筆算しろ、と言っているのではありません。
    ある程度の暗算は必要です。
    分数の約分をするときにもわり算の筆算が必要という計算力の子もいます。
    それでは困ってしまいます。
    42÷2の商が、筆算しないとわからない。
    42÷3を、筆算しないとできない。
    そもそも、42が3で割り切れることに気づかない。
    それでは、困ります。

    目安としては、×1桁、÷1桁の計算は、暗算でできること。
    2桁+2桁、2桁-2桁の計算は、暗算でできること。
    それくらいの計算力があり、あとは頭を使うよりも手を使って式を書いていけば、それなりにスピードと精度を保って計算できます。


    そんなわけで、暗算に対しては消極的、というより懐疑的な私ですが、今は時間のあるときです。
    頭の体操のつもりで、ちょっと2桁×2桁の暗算の練習でもしてみましょうか?
    実際に使うかどうかは、また別の話として。


    まずはその仕組みから。
    十の位がa、一の位がbである整数と、十の位がx、一の位がyである整数をかけるとします。
    文字式で表すと、(10a+b)(10x+y) と表すことができます。
    これを展開すると、
    100ax+10ay+10bx+by
    となります。
    これを筆算のように書いてみると、

      ab
    x xy
    axby
     ay
     bx

    と表すことができます。
    ここで、3行目の ax や by は、実際に計算した積のことであり、文字そのものではありません。

    例えば、36×27 は、

      36
    × 27
     642  ・・・2×3=6 の横に、6×7=42 を書いたもの。
     21   ・・・3×7=21 を書いたもの。
     12   ・・・2×6=12 を書いたもの。
     972

    となります。

    この構造をしっかり理解していると暗算が可能です。
      36
    × 27

    まずは6×7=42 の2が一の位にくることは確定です。

      36
    × 27
       2

    次に、先ほどの6×7=42 の4と、互いの十の位と一の位とをたすきにかけた答えの一の位の数とを足したものが、答えの十の位となります。
    上の例で言えば、3×7=21の1と、6×2=12の2です。
    4+1+2=7
    これて、十の位は7だとわかります。

      36
    × 27
      72

    先程の十の位を出すためのたし算に繰り上がりの数があったら忘れずにメモをしておきますが、今回はありませんでした。
    次は、互いの十の位どうしをかけた数3×2=6の6と、互いの十の位と一の位とをたすきにかけた答えの十の位を足します。
    6+2+1=9
    これは2桁になったらそのまま、千の位から書いていきます。
    今回は、百の位におさまりましたね。
    先程の繰り上がりがあったら、それもたします。


      36
    × 27
     972

    これが答えです。

    慣れないうちは大変ですが、慣れれば機械的作業ですから、暗算が可能です。
    こんな苦労をするくらいなら普通の筆算のほうがいいと私は思いますが。
    ただ、この方式で筆算する、という手もあります。

      36
    × 27
     642
     21
     12 
     972

    まずはかけ算に集中し、最後にまとめてたし算するので、途中の繰り上がりに頭を使わなくて済みます。
    日本式の筆算は、繰り上がりを意識しながら、かけ算とたし算を同時にこなさなくてはならず、そこでミスする子が多いのです。

    とはいえ、周囲が普通の筆算をしているのに1人だけこの方式でかけ算するというのは、もしも混乱したときに補助してくれる人が存在しません。
    リスクが高いです。
    間違えたときに、何を間違えたのか指摘したり補助したりしてくれる先生も友達もいないことを覚悟しなくてはなりません。


    ずっと前にこのブログに書きましたが、アメリカ式のひき算と日本式のひき算との間で苦労していた子に授業したことがあります。
    アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんとの間に生まれた子でした。
    小学校の途中まではアメリカに住んでいて、アメリカ式のひき算を学習したのですが、途中から日本で暮らすようになりました。
    インターナショナルスクールに通えば問題なかったのでしょうが、両親の強い希望で日本の公立学校に転入したため、日本式のひき算を途中からやらねばならなくなりました。

    ところで、アメリカ式のひき算とはどのようなものか?
    アメリカ式とはいっても、アメリカ全土で同じようにやっているのかどうかは未確認なのですが、その子がやろうとしている計算は、日本のひき算とは異なるものでした。
    例えば、14-7 の計算。
    日本では、まず一の位の計算をする際、4から7は引けないので、十の位から10を下ろして、14-7=7 とします。
    その計算をさらに詳しく語るならば、下ろしてきた10から7を引いて、10-7=3。
    その3と、もともと一の位にあった4をたして、3+4=7 です。

    ところが、その子の引き算は、
    4から7が引けないことを確認したら、まず7-4=3 をします。
    日本では禁じ手である、下から上をひく計算をするのです。
    これで、ひけない分、つまり不足分が3であることがわかります。
    その不足分は、十の位から10を下ろしてきて引きます。
    10-3=7 です。
    したがって、14-7=7 です。
    日本は、引いてから足します。
    アメリカ、引いて、さらに引くのです。

    それぞれ理屈は正しいので、どちらかのやり方を貫き通せば何も問題ないのですが、その子はアメリカではアメリカ式、しかし、日本に帰ってからは日本式で教えられ、ごちゃごちゃになってしまったようです。
    14-7=13
    といった誤答が多く見られました。
    いったん癖になってしまうと、こういう基本的なことはなかなか治りません。
    長期に渡る丹念な指導が必要でした。

    多少複雑でも、1つのやり方で通したほうが、結局は合理的。
    結論はそうなってしまうかもしれません。
    上で説明した、2桁×2桁の暗算も、そんなやり方もできる、ということにとどめておいたほうがいいのだろうと思います。

      


  • Posted by セギ at 15:39Comments(0)算数・数学

    2020年04月17日

    伝わる人には伝わり過ぎて。


    もう15年も前のことになります。
    その頃、私は大手の個別指導塾で働いていました。
    当時の私立は、高校から生徒を入学させるところもまだ多く、その塾は、私立高校が第一志望の子も沢山在籍していました。
    今と同じく、私立高校は2月中旬には入試が終わります。
    しかし、中3の学年末テストは、都立の入試が終わった、さらにその後です。

    すると、どういうことが起こったか?
    私立高校に合格した子たちが、
    「学年末テストのテスト対策をしてください」
    と個別指導塾にやってくるのでした。

    中3の学年末テストのテスト対策・・・?
    テスト範囲が、2学期の期末テスト後の学習内容から今学習しているところまでと狭いならば対策もありますが、中学3年間の総復習、という広すぎる範囲のことが多いのです。
    受験勉強の成果そのままに、実力で受けたらよいテストでした。
    「いや・・・。それ、必要かなあ?」
    そのように言うと、対策をしてほしい子たちは、異口同音に言いました。
    「学校の先生が、3学期の成績を高校に送ることになっていると言っている。だから、対策をしてください」
    「・・・・・」

    そんなのは、嘘なのでした。
    高校の先生の立場に立ってみたらわかります。
    入試で、もう合格・不合格を決めたのです。
    その後、中3の3学期の成績を中学校から送りつけられても、迷惑なだけです。
    そんなデータに何の意味があるの?
    その成績を見て、どうしろと?
    成績が悪かった生徒を不合格にしろとでも?
    そんなこと、できるわけがありません。
    クラス分けなどの資料にする?
    内申と入試得点という良いデータがもう揃っているのに?

    また、中学にしても、生徒の進学先別に振り分けて3学期の成績を送るなどという煩瑣な事務作業を、卒業式の準備などで忙しい時期に、誰がやるんでしょう?
    できるわけがないのです。
    そのデータに意味があるなら、どんなに忙しくてもやるでしょうが、どこからどう考えても無意味なのです。

    例えば、高校合格後、警察に補導された。
    そのような事実が高校に知られたら、合格取り消しもあり得るかもしれません。
    しかし、3学期の成績が悪いくらいのことで、合格取り消しなどありません。
    高校側にそんな無意味なデータを送ることもあり得ません。

    では、なぜ、その当時、多くの中学の先生たちが異口同音に中3の生徒たちにそのような脅しをかけたのか?
    「3学期の成績を高校に送ることになっている」
    と、ありもしないことを口にしたのか?
    それは、高校に合格すればこっちのものと学年末テストを真面目に受けず白紙答案を出したり、学校を欠席してどこかに遊びに行ったり、ふざけて授業妨害をする生徒が存在したからでしょう。
    先生たちにとっては、80年代の荒れた中学校の記憶がまだ生々しく残っていた時期だったのかもしれません。
    そこまで表立った反抗はしなくても、高校に合格して以後は、それまで内申を気にして小さくなっていた分を取り返すかのように態度の悪くなる生徒がいたとも推測できます。
    そういう子たちの手綱を何とか放さず、無事に卒業させなくてはなりません。
    嘘の脅しでも何でもして、とにかく中学を卒業するまで、穏当に勉強し、穏当に生活していってほしい。
    そういう意味で、私は、中学の先生たちの嘘を責める気持ちにはなりませんでした。

    「学年末テストの対策をしてほしい」と塾にやってくる子は、毎年存在しました。
    そのような子たちには、共通点がありました。
    とにかく生真面目です。
    良い子なのです。
    学年末テストの範囲が「中学の総復習」の場合、範囲が広すぎてポイントをしぼった勉強はできません。
    結果、今までの定期テストよりも20点ほど得点が下がってしまったりすると、私にそのテストを見せて涙目になっていました。

    私は、その子に語りかけました。
    大丈夫。
    3学期の成績なんて高校に送られませんよ。
    それは、先生たちが、行動が心配な子たちを牽制するために言ったのです。
    あなたは、そんな脅しを受けなくても、学年末テストで手を抜いたりしないのにね。
    中学の良い思い出をかみしめて、先生方に感謝して卒業していくのにね・・・。

    一方、中学の先生たちが嘘をついてでも言動を抑え込みたかった子たちは、脅しが効くどころか、そもそも先生の話なんか聞いてもいなかった子も多かったのではないでしょうか。
    とりあえず、入試が終わった直後の学年末テストの勉強なんか、絶対にしなかったでしょう。
    いや、それはしなくても良かったのですが。

    脅しをかけたい相手は、脅しの言葉など真に受けない。
    一方、脅しをかける必要などない生真面目な子たちが、脅しの言葉を過剰に受け止め、必要以上に怯えてしまう・・・。


    この頃の世情をかいま見るとき、こんな15年前のことを思い出しています。


    行動変容、という言葉を考えています。

    このブログの過去ページにもそのまま載せてありますが、3月上旬の私は、衛生面への配慮は今見ても大丈夫なものだったと思うものの、「4月になったら山に行ってみようか」と、やはりどこか気楽なことを書いています。
    これほどのことになると予想していなかったのは、私も同じです。
    山なんて、もう当分行けないでしょう。
    高尾山の登山口には、登山自粛を呼びかける掲示がかかっているそうです。


    うちは個人でやっている完全1対1の個別指導で、いわば「会いに行ける家庭教師」ですから、「3密」の1密もありません。
    規模が小さ過ぎて、休業要請の対象でもありません。
    逆に言えば、勝手に自粛しても、支援金はもらえません。
    自力で何とかやっていかなければ。
    一方、万が一これで感染者が出たら塾は終わります。
    全ての意味で。
    決して失敗できない闘いの中にいると感じています。
    リスクは極めて低いと判断してのことであり、無謀な闘いではありません。
    繰り返す除菌と手洗いと換気。
    それが生徒を守り、塾を守り、私を守ります。

    営業する以上、最大限の注意を払っています。
    そんな中、大きめの長机の対角線上に私と生徒が位置して授業をしている際、私が端によけて距離を取ろうとすればするほど、生徒は、空いた机のスペースの真ん中をのびのび使うという事態が発生しました。

    以前は、私が生徒のノートを覗き込もうと近づけば近づくほど、生徒のほうがどんどん端に逃げていき、最終的に2人で机の端っこで向かい合い、
    「これ、バカバカしいと思いませんか?なぜ、2人でこんな隅っこに寄っているの?」
    と諭す、ということも起こりがちだったのです。

    ところが、距離を保とうと私が端に引っ込むと、生徒はのびのびと机の真ん中にノートやテキストを開き始めたのです。
    あんなに端に寄りたがっていた子が。
    ノートを机の隅に押しやって書いていた子が。
    しかも、ノートがその子の左手、テキストが右手って、それ、位置が逆でしょう?
    その分だけ、身体が机の中央にきていますよ?
    なぜにそれほど机の真ん中を使いたいの?
    押さば引け、引かば押せ?
    ・・・柔道?
    柔道なの?

    これでは、ソーシャル・ディスタンスを保てない。
    そんなわけで、私と生徒との間に机を2つ置くことにしました。
    つまり、私と生徒との間を長机2つで隔て、さらに、生徒側には「それ以上は中央に寄ってはいけない」という印の椅子をもう1つおいてブロックしています。
    ブロックのための椅子をどけて、机の真ん中に移動しようとする子には、
    「ダメです。自分の椅子を端にさらに10cm移動してください。ソーシャル・ディスタンスを保ちましょう」
    と、さらに端に寄ることを要求すると、ようやく事の次第を理解してくれる子もいます。

    ソーシャル・ディスタンスは2m。
    しかし、子どものパーソナル・スペースは、半径30cmから50cm程度なのでしょう。
    私がそれ以上近づくと遠ざかっていた子も、50cmの距離が保たれるなら、机の中央によってくる。
    勉強に夢中になると、距離なんかその程度で良くなってしまうのが子どもです。
    「おしゃべりに夢中」や「遊びに夢中」のときは、もっと寄ってしまうでしょう。
    これでは、学校再開は当分無理だと感じます。


    私個人の話に戻れば、もう20年も続けていたスポーツジムも、先日退会しました。
    3月からエアロビクスクラスがなくなっていたので、休会手続きをとっていました。
    4月第1週に、1クラス限定30名で再開していましたが、たとえ30名でも、その呼気と汗と密室であることなどを考えると、行く気にはなれませんでした。
    そして、1週間後、そのジムは休業に入りました。
    3月分も4月分も、使用料は5月分・6月分に先送りにするという話はそれで良いけれど、では、いつ再開できるのか?
    再開したとして、私は30名参加のエアロビクスに参加するのか?
    そんな無責任なことが、できるのか?
    私が感染したら、どこまで広がるかわからないのに。
    これは、退会以外の選択肢がありませんでした。
    20年通い続けたジムでしたが。
    コロナが収束したら、また通う?
    その頃、もうジムはなくなっているかもしれません。
    好きなインストラクターは、仕事を続けられず辞めてしまっているかもしれません。
    それくらいのことだよ?
    それでもいいの?
    そう自問し、でも仕方ないと決断しました。
    その決断は、全て我が身に跳ね返ることでもあると自覚しながら。


    遊びに出かけられないからと、スーパーや商店街に家族で出かけ、人口密度を高めてしまう人たち。
    買い物は1人で行くのが、お互いのためです。
    ドライブならば大丈夫だろうと、観光地に車で出かけ、途中でトイレに行きたくなって、無防備にトイレの行列に並んでしまう人たち。
    混雑している観光地で飲食してしまう人たち。
    コロナのないところに行きたいと、ウィルスをその地に持ち込んでしまう人たち。
    それをやったら何が起こるか、一歩先を考えたら、変えられる行動があると思います。

    その一方で、家から一歩も出られなくなってしまう人もいます。

    行動変容が必要な人たちには届かず、もう必要のない人がさらに生真面目に怯えてしまう・・・。
    生真面目な人たちは、テレビやネットから少し距離をとったほうがいいかもしれません。
    根拠の不確かな話に怯えてしまうだけです。
    「3学期の成績を高校に送ることになっている」みたいな話は、いい加減なことをやっている人たちに向けてのもので、生真面目な人たちに向けてのものではないのです。


    さらには、そもそも、これ以上の行動変容などできるはずもなく、全てわかったうえで、生活のために今まで通りの行動を続けている人たちも大勢います。
    大げさに言えば命がけの注意を払って、日々を生きている人も多いはずです。
    電車がどんなに怖くても、電車に乗って出勤しないわけにはいかない人のほうが、まだ大多数です。

    わかっていることは、これはゴールデンウイークで終わるような種類のものではないということ。
    5月も6月も、この状態はおそらく続くのだということ。

      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)講師日記

    2020年04月15日

    NHKラジオ講座「英会話タイムトライアル」はスピーキングに効きます。


    4月も休校が決まって、勉強の遅れが気になっている中学生・高校生は多いと思います。
    英語の勉強をどうしよう?
    どうせ学校の授業がないんだから、先に進めなくても仕方ないでしょう、と遊んでいると、英語や数学のような積み上げ科目は、ブランクの分だけ、以前よりも学力が落ちてしまいます。
    例年でも、ゴールデンウィーク明けや夏休み明けに、「うん?何だこの子?どうしたの?」と驚くほどに基礎力の落ちてしまった子に出会うことがあります。
    計算すること自体が上手くいかない。
    手が上手く動かない。
    英語を書くこと自体が久しぶり過ぎて、手が動かない。
    基本単語のスペルすら忘れてしまった。
    そんなことが起こりがちです。
    何とか自力で勉強を続けていきましょう。

    勉強する手段は色々ありますが、低価格ということで言えば、NHKラジオ講座が抜群のコストパフォーマンスであり、内容も信頼できます。
    なかでも、スピーキング練習に効果があるのが、「英会話タイムトライアル」です。
    NHKラジオ第2放送。
    周波数は関東ならば693。
    その他の地域でも、NHKラジオは各地域で強い電波を発していますから、受信状態はかなり良いと思います。
    それでも聞き取りにくいときは、NHK語学番組はデジタルサービスもあり、スマホやパソコンでも聞けます。
    それぞれの講座テキストの巻末に案内が乗っていますし、ネットで検索してもすぐ出てきます。
    講座ごとにCDも発売されています。
    書店にはNHKテキストとCDのコーナーがあります。
    今まであまり興味がなかったから、そんなコーナーがあることすら知らなかったという方は、そのコーナーの大きさとテキストの種類の多さに驚くかもしれません。

    「英会話タイムトライアル」の放送時間は、月曜日から金曜日まで、毎朝8:30~8:40。
    昼の12:15~12:25と、夜23:00~23:10にも再放送があります。
    土曜日の朝7:00~7:50に、5日分まとめて再放送もあります。

    どれもオンタイムで聞くのは難しいという場合、ポータブルラジオレコーダーを購入すれば、自動予約録音ができて便利です。
    録音を保存できますし、数週間ため込んでも大丈夫です。
    いえ、大丈夫と思うとどんどんため込んでしまい、苦労するのですが。
    私も一時期3か月遅れになってしまったことがあります。
    3か月遅れても、コツコツと続けていけば、いつかは追いつくのですが。

    「英会話タイムトライアル」は、初級者向けといっても中3程度の英語力がないと難しく感じるでしょう。
    全くの初心者向けの番組ではありません。
    目安としては、過去・未来・現在完了などの時制の区別、さらに基本的な助動詞などの英語の基礎力がついているのが最低限のレベルとなります。
    「何だ、そんなの基礎レベルじゃないか」となめてかかると、いざ挑戦してみたら絶句することがあるかもしれません。
    英語での日常会話に何ら不都合のない人以外は、チャレンジする価値のある番組です。
    例えば、こんな英語がすぐに口から出てくるかどうか。
    「洗濯洗剤の買い置きはどこにありますか」
    「ここは無料のWi-Fiはありますか」
    「この舞台の昼の部の最前列の席は空いていますか」
    「そのレストランは明日の夜、生演奏があるみたいですよ」

    実用英語なのですが、文法的にも正確で、きれいな英語です。
    教科書で学んだ英語とかけ離れていて、学校の勉強にあまり役に立たないのでは・・という懸念がないのです。
    講師は日本語が上手な英語ネイティブの人です。
    英語訛りの日本語に、逆に信頼感を抱きます。

    何よりも、とにかく英語で何かを伝えようとする姿勢をトレーニングできます。
    こんな機会でもないと、英語でのアウトプットは全くしない、という人は多いと思います。
    とにかく英語を口に出して言ってみる。
    そういう機会を日常的に設けることのできる番組です。
    しっかり学習し、テキストで復習、という本格的な学習の仕方も勿論良いと思います。
    あるいは、テキストを購入せず、何も見ないでどこまでできるか挑戦するのでも良いと思います。
    挑戦し、上手くできなくても、気にしない。
    覚えられなかった表現もある。
    でも、覚えた表現もある。
    また明日、やってみよう。
    そういう気軽な番組です。


    中学生の間は、中1ならば「基礎英語1」、中2ならば「基礎英語2」、中3ならば「基礎英語3」と、学年別のラジオ講座があります。
    高校1年生になってもラジオ講座を聞き続けたい。
    何を聞こう?と思っている人には「ラジオ英会話」が順当な番組でしょう。
    月曜日から金曜日まで毎日新しい番組が放送されています。
    こちらは、テキストを購入して、番組をしっかり聴いたほうが良い番組です。
    できるなら、その後、テキストの本文を暗唱してください。
    日本語訳を見て本文の英文が言えるか確かめてください。
    次に日本語訳を見て、本文を書いてみてください。
    暗唱は、ただの丸暗記ではなく、文法事項、語順、前置詞、冠詞を強く意識しながら行うことをお勧めします。
    番組を聴いたうえでその作業を行うことで、合計40分から50分。
    これを毎日やると、めきめきと英語力がつきます。
    学校が休みの今こそ、お勧めの勉強法です。

    高校2年になったら。
    「高校生からはじめる現代英語」という番組がお勧めです。
    以前も書きましたが、これは週に2回しか番組がありません。
    英語の新聞記事を高校生向けに易しく書き直したものを教材に、現代英語を学ぶ講座です。
    毎週、1本目は、英文の解説が中心で、普通の英語講座です。
    この番組、2本目の「反訳トレーニング」が絶品なのです。
    学んだ英文を使って、日本語訳から逆に英語を復元するのが反訳トレーニングです。

    なお、番組では、口頭で言ってみる反訳トレーニングで終わっていますが、「書く」も加えることをお勧めします。
    日本語訳を見て、英文を書いてみるのです。
    ペーパーテスト対策として、これは外せないことです。
    上の「ラジオ英会話」の学習の仕方でも書きましたが、番組を聴く+反訳トレーニングで、合計40分から50分。
    私は、昔、中1の「基礎英語」からそれをやっていました。
    ごく易しいものから少しずつレベルが上がったので、そんなに苦しくなかったのです。
    英語の語順が日本語とは根本的に違うこと。
    前置詞や冠詞に細心の注意を払わなければならないこと。
    そうしたことをその練習で学び続けました。

    しかし、途中からこれを始めると、最初はかなり苦痛を伴うかもしれません。
    上手く覚えられない、苦しい、と諦めてしまうことも多いと思いますが、苦しいから効果があります。
    筋トレと同じです。
    楽な運動をいくらやっても、筋肉はつきません。
    それと同時に、完璧を目指さないことも重要です。
    日本語訳を見て書いてみたら、間違いだらけで嫌になり、もうやめた、とならないことです。
    最初は間違いだらけでも、続けていけば、間違いは減っていきます。
    完璧じゃないと嫌だからと自分へのテストや力試しをしないでいると、学校のテストや模試や入試で嫌な目にあうのです。
    そのほうが本当に嫌です。

    繰り返しになりますが、お経を唱えるように意味もわからず丸暗記するような暗唱では、効果は半減します。
    文法、英語特有の語順、前置詞や冠詞に注意を払いながらしっかり暗唱し、日本語から英文を復元します。
    そういう頭の働かせ方をして英文を見るのだ、という姿勢もあわせて学ぶ反訳トレーニングをしてください。
    週に2回では物足りない、という人は、前述の「英会話タイムトライアル」もあわせて挑戦すると充実すると思います。

    さらに、もう1つ良いのが、「世界へ発信!ニュースで英語術」という番組。
    これは、月曜日から金曜日まで、毎日5分の番組です。
    テキストはありません。
    本当に聴くだけの番組です。
    実際の英語ニュースを教材として英語を聴き取る力を養う番組です。
    「高校生からはじめる現代英語」が新聞記事の英語ならば、こちらは音声による英語ニュースを扱っています。
    タイトルの印象では、何かを発信するみたいですが、リスナーは何も発信しません。
    ただ聴くだけです。
    リスニング強化に役立ちます。
    講師のクリアーな英語とわかりやすい日本語訳の後、本物の英語ニュースを聴くのが番組の流れです。
    記者やアナウンサーの話す英語は、一般人の英語と比べれば明瞭ですが、それでも、英語講座や教科書のお手本CDの英語ばかり聴いている耳にはかなり早口でそこそこ聞き取りにくい英語が流れます。
    耳が鍛えられます。


    高校3年生になったら「実践ビジネス英語」が最適です。
    ビジネス英語と言っても、ビジネスの話はほとんど出てきません。
    アメリカの会社で働く同僚たちが、社会問題について延々と喋っているのが番組内容です。
    重要語句の解説も主に英語です。
    テキストを読めばわかるような無駄な日本語訳や文法解説の時間はありません。
    これはテキストを購入し、しっかり聴いて、しっかり学び、できれば反訳トレーニングもしたいです。
    英検1級合格者や通訳の人たちも、学び続けるために聴いている番組です。

    以上、学年別にお勧め番組をまとめました。
    本人の英語力にしたがって、1学年上の内容に挑戦するのも良いですし、逆に1学年下の内容で基礎力アップを図るのも良いでしょう。
    ただ、安住はせず、常に上を目指しましょう。
    高校3年生で、偏差値の高い大学の英文科を目指しているのに、聴いているのは「ラジオ英会話」というのは、やっていることがちぐはぐです。
    易しいから気持ちが楽なので聴き続けたいというのは、大人なら良いですが、入試までの時間が限られている受験生がやることではありません。
    常に難しいことに挑戦しましょう。
    自分の今の能力をちょっと超えていることに挑戦すると、力がつきます。

    時間のある今こそ。

      


  • Posted by セギ at 11:58Comments(0)英語

    2020年04月12日

    高校数Ⅱ「式と証明」。高次方程式と ω。



    今回も「因数定理・高次方程式」に関する問題です。

    問題 方程式 x4-3x3+ax2+bx-4=0 がx=1、2を解にもつとき、定数a、bの値と他の解を求めよ。

    中3の「2次方程式」の頃から、このタイプの問題はよく出題されていますね。
    その頃と解き方も同じです。
    x=1、2が解なのですから、もとの方程式にx=1とx=2を代入できます。
    やってみましょう。

    x=1 を代入して、
    1-3+a+b-4=0
    整理しましょう。
    a+b=6 ・・・➀
    x=2を代入して、
    16-24+4x+2b-4=0
    整理すると、
    4a+2b=12
    両辺を2で割って、
    2a+b=6 ・・・➁
    文字はaとbの2種類。式は2本。
    これは連立方程式として解けます。
    ➁-➀
     a=0 ・・・➂
    ➂を➀に代入して
    b=6

    ここで問題を見直します。
    何を求めるんでしたっけ?
    他の解も求めるのですね。

    では、a、bの値をもとの方程式に代入します。
    x4-3x3+6x-4=0
    この4次方程式を解きます。
    x=1、2は既にわかっていますので、それを利用して組立除法をしましょう。

    1 -3   0   6 -4  |1
       1  -2 -2  4
    1 -2 -2 4  0   |2
       2   0 -4
    1  0 -2   0

    よって、与式は、
    (x-1)(x-2)(x2-2)=0 と因数分解できます。
    x2-2=0 の場合、
      x2=2
       x=±√2 です。
    したがって、この問題の解答は、a=0、b=6、他の解 x=±√2 となります。


    問題 実数係数の方程式x3+ax2+bx+6=0がx=1+√2 i を解にもつとき、定数a、bの値と他の解を求めよ。

    あれ?文字が2つなのに、与えられた解が1つしかない?
    しかも、解が複素数なので、計算がごちゃごちゃしそうです。
    ここで登場するのが、「共役な複素数」です。
    複素数を最初に学習したときに出てきた言葉でした。
    複素数a+√b i と共役な複素数は、a-√b i です。
    これは定義ですので、「なぜ?」という質問は不要です。
    「共役の複素数」と呼ぶと決めただけのことなので、それ以上の理由はありません。
    と説明すると不審そうな顔をする高校生もいるのですが、それはおそらく「共役」という言葉が耳慣れず、その言葉の意味を説明してほしくて質問しているのかもしれません。
    どのへんが共役なのかというと、
    x=a+√b i が解である方程式は、x=a-√b i も解なのです。

    これを本格的に証明しようとすると、いろいろと面倒くさいことになるのですが、感覚的には理解しやすいことだと思います。
    2次方程式の解の公式を思い出してください。
    x=-b±√b2-4ac /2
    この解の公式を眺めていると、ルートの前の符号が+と-の2つの解が同時に得られますね。
    共役な2つの解が同時に得られるのです。
    証明せよと言われない限り、そういう把握で十分です。

    上の問題に戻りましょう。
    x=1+√2 i が解のとき、それと共役なx=1-√2 i も解です。
    したがって、上の方程式の左辺は、
    {x-(1+√2i)}{x-(1-√2i)}(x+p)
    と因数分解できます。
    前半の2つの{ }を展開して1つの( )にまとめてみましょう。
    複素数ではない、簡単な式に整理できるんです。
    {x-(1+√2i)}{x-(1-√2i)}
    =x2-(1+√2i+1-√2i)x+(1+√2i)(1-√2i)
    =x2-2x+1-√22i2
    =x2-2x+1+2
    =x2-2x+3
    よって、上の方程式の左辺は、
    (x2-2x+3)(x+p)
    となります。
    展開しましょう。
    x3+px2-2x2-2px+3x+3p
    xについて降べきの順に整理しましょう。
    =x3+(p-2)x2+(-2p+3)x+3p
    これがもとの方程式の左辺と等しいのですから、
    x3+ax2+bx+6=x3+(p-2)x2+(-2p+3)x+3p
    係数を比較して、
    a=p-2 ・・・➀
    b=-2p+3 ・・・➁
    6=3p ・・・➂
    という3本の式が得られます。
    文字が3種類、式が3本。
    連立方程式として解くことができます。
    ➂より p=2
    これを➀に代入して、a=0
    ➁に代入して、b=-1
    他の解も求めなければなりませんが、今回は、もとの式に代入して組立除法で解き直す必要はありません。
    もとの方程式の左辺は、途中で p を用いた因数分解をしてありましたので、
    (x2-2x+3)(x+p)=0
    ということです。
    では、解の1つはx=-p、すなわち、x=-2です。
    忘れてはいけないのは、最初に見つけた共役な複素数もxの解であること。
    よって、この問題の解答は、
    a=0、b=-1、他の解x=1-√2i、-2 となります。


    問題 x3=1の虚数解の一つをωとするとき、ω12+ω6+1、ω10+ω5+1の値を求めよ。

    これも高次方程式に関する問題の一種です。
    しかし、高校生には非常に評判が悪いのが、このωに関する問題です。
    あまりにも唐突に出てきて、違和感が強すぎる。
    意味がわからない、ということのようです。
    そもそも、読み方すらわからない、という声さえ聞きます。

    ωは「オメガ」と読みます。
    ギリシャ文字です。
    数学にギリシャ文字が出てくることに違和感があり迷惑でたまらないという高校生もたまにいるのですが、数学の発祥はギリシャですから、まあそう嫌がらずに。
    普段使わない文字なので、その違和感は理解できますが。
    覚えることが1つ加わって、ハードルが高くなってしまうのは事実です。
    書き慣れていないので、書きにくいですし。
    ωは小文字で、大文字はΩです。
    Ωは、「オームの法則」で有名な、電気抵抗の単位を表す記号です。
    この説明をすると、高校生の顔が微妙に和らいだりします。
    Ωは許容範囲なのでしょう。
    要するに、慣れの問題なのだと思います。

    さて、x3=1 の虚数解の1つがωです。
    すなわち、ωは1の3乗根、あるいは立方根という言い方もします。
    ωという文字で表していますが、i を用いて表すことも可能です。
    試しに、3次方程式として、普通に解いてみましょう。

    x3=1
    x3-1=0
    因数分解の公式を使えます。
    (x-1)(x2+x+1)=0
    x2+x+1=0 のとき、
    x=-1±√1-4 /2
    x=-1±√3i /2
    共役な2つの複素数の解が得られました。

    え?それのどっちがωなの?
    と高校生に質問されることがあるんですが、結論としては「それはどっちでもいい」となります。
    ここも高校生には理解しづらいところのようです。
    どっちでもいいわけないだろうと思うらしいのです。
    でも、本当にどっちでもいいのです。
    この問題は、ωの値を求めることではないのですから。
    上の問題では、x3=1の複素数の解の1つをωとする、としてあるだけです。
    どちらと限定していません。
    それは、どちらでも同じ結果が得られるからです。

    ω=-1+√3i /2 としてみましょう。
    ω2=(-1+√3i /2)2
      =1-2√3i+√32i2 /4
      =1-2√3i-3 /4
      =-2-2√3i /4
      =-1-√3i /2
    お?
    ω2は、ωと共役の複素数、-1-√3i /2 となりました

    今度は、ω=-1-√3i /2 としてみましょう。
    ω2=(-1-√3i /2)2
      =1+2√3i+√32i2 /4
      =1+2√3i-3 /4
      =-2+2√3i /4
      =-1+√3i /2
    あ。
    やはり、ω2は、ωと共役の複素数、-1+√3i /2 となりました。
    つまり、ωが1の3乗根ならば、ω2も1の3乗根なのですね。

    なぜω2にそんなこだわって説明しているか?
    上のx3=1に戻って考えましょう。
    x3-1=0
    (x-1)(x2+x+1)=0
    でした。
    x-1=0 のとき、x=1。
    これは、整数解です。
    もう1つの( )の中身、すなわち、X2+x+1=0 が成り立つときのxが、x3=1の虚数解ωです。
    すなわち、x=ωを代入すると、
    ω2+ω+1=0
    そして、問題を解くときによく使うのが、この ω2+ω+1=0 なんです。
    しかも、ωがどちらの虚数解でも、結果に影響しないのです。

    ここまでのところをまとめますと、ωは1の3乗根ですから、
    ω3=1 です。
    そして、
    ω2+ω+1=0
    この2つのことを使って、問題を解いていきます。
    上の問題で求めよと言われたのは、まず、ω12+ω6+1の値でした。
    ω3=1ですから、
    ω12+ω6+1
    =(ω3)4+(ω3)2+1
    =1+1+1
    =3

    次のω10+ω5+1は?
    ω10+ω5+1
    =(ω3)3・ω+ω3・ω2+1
    =ω+ω2+1
    =0

    ωがどちらの虚数解であるかは、やはり何も影響しないです。
    ωに関する問題は、知識を利用するだけなので、わかってみれば得点源です
    もしも
    忘れたら、x3=1 を自分で解き直せば、ω2+ω+1=0の式は復元できます。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 13:54Comments(0)算数・数学

    2020年04月08日

    高校英語。比較表現。ラテン語系の比較級。


    ラテン語は、イタリア語・フランス語・スペイン語などの祖。
    英語にも強い影響を与えた言語です。
    ・・・と言われても、ラテン語を知らないので何がどう影響しているのかピンとこない、というのが普通の感想だと思いますが、その中で、非常に具体的にラテン語の影響だとわかるのが、ラテン語由来の比較級です。
    そもそも、比較級しか知らない。
    この語の原級や最上級を見たことがない。
    そういう形容詞について、今回は学習します。

    特徴は、語尾が or であること。
    具体的には、senior(年上の) junior(年下の) superior(優れた) inferior(劣った) major(大きいほうの) minor(小さいほうの) prior(前の) posterior(後の) などです。

    これらの比較級は、than を用いず、to を用います。

    問題 以下の英文がほぼ同じ意味になるように、(  )に適語を補充せよ。
    He is five years older than I.
    He is five years (  ) to me.
    He is five years (  )(  ).

    真ん中の文は易しいですね。
    (  )の後ろが to なので、
    He is five years (senior) to me.
    だとわかります。

    3番目の文は、何でしょうか?
    これは、少しだけ発展的な内容です。
    senior は、「~よりも年上の人」という名詞の働きもします。
    だから、3番目の文は、
    He is five years (my)(senior).
    が正解です。

    ところで、
    He is five years older than I.
    彼は私より5歳年上だ。
    という文のように、2つのものや人を比較した際に、その差がどれだけなのかを表したいときは、比較級の前にその差を言います。
    あるいは、
    He is older than I by five years.
    のように、文末に by を用いて差を表すこともできます。


    問題 以下の英文がほぼ同じ意味になるように、(  )に適語を補充せよ。
    Most people think cultured pearls are worse than nutural pearls.
    Most people think cultured pearls are (  )(  ) nutural pearls.

    ・・・単語が難しいので、わからない・・・。
    そんなふうに諦めないでください。
    これは、意味がわからなくても文法的に処理できる問題です。
    何だかよくわからないけれど、cultured pearls と nutural pearls を比べていることはわかると思います。
    そして、cultured pearls のほうが悪いようです。
    下の文を見ると、上の文の worse than のところが、(  )(  )になっているだけ。
    ならば、解答は、
    Most people think cultured pearls are (inferior)(to) nutural pearls.
    意味は、「たいていの人は、養殖真珠は天然真珠より劣ると思っている」。
    そう言われて見直せば、pearls って、パールのことかー、真珠かー、と気づくと思います。
    頑張って読めば実は日本語として知っている英単語は案外多いです。

    ・・・いや、pearls を「パール」とは読めないよー。
    ピールって何だろう・・・とずっと思ってたー。

    そういう人もいるかもしれません。
    その場合でも、pearls という単語は前と後ろと2回出てきて、ただ、後ろのほうは nutural pearls となっていることに注目しましょう。
    nutural は、「ナチュラル」ですから、「自然な」という意味であるとわかります。
    では、cultured は、ナチュラルでない、自然でない、という意味合いのものだろうと推測できます。
    「自然でないピール」と「自然なピール」を比べている文なんだな、という程度の把握でも、問題を解くことはできます。

    とはいえ、こういう「少ない語彙でもどうにか得点する方法」といった授業をしますと、多くの場合、生徒はこちらの予想を上回っていて、nutural も「ナチュラル」とは読めないし意味もわからない、と言うのです。
    英語が苦手というのは、究極そういうことだなと感じ入る瞬間です。
    アルファベットで書かれている文字を読むことそのものに強い抵抗があり、読めないのです。
    いくら何でもこの程度の語彙は・・・というこちらの前提を覆し、中学で学習した英単語も覚えていないことが多いのです。

    英語の入試長文問題の隅々の単語の意味が全部わかる、というレベルになるのは難しいことですが、わからなくても何とかなるのは1行に1単語がせいぜいです。
    あるいは、その段落の中で、もっとも平易に内容をズバリ書いてある文の意味くらいは読み取れないと、何が書いてあるのか把握できません。
    単語を覚えましょう。
    学校が長い休みに入っている今が良いチャンスです。
    1日1時間を英単語を暗記することに使っても、まだ1日は長く、他の勉強も十分できます。

    英単語を覚えられない・・・という人は、実際には、1日1時間を英単語の暗記に使ったりはしていないはずです。
    5分も時間を割いていないのに、「覚えられなーい」と言っていないでしょうか。
    時間を使って暗記する努力をしていないのですから、そりゃあ、覚えられないです。
    暗記には、時間が必要なのです。
    ちゃんと時間を取って、暗記して、本当に暗記できたか自分にテストをしましょう。
    そして、覚えていなかった単語をまた覚え直して、またテストをしましょう。
    完璧に覚えられなくても諦めないことも大切です。
    「覚えられない」という人は、全てかゼロかの答をすぐに出そうとしがちです。
    結果が出ないとすぐに嫌気がさして、やめてしまいます。
    半分しか覚えられなかったとしても、それでもゼロよりましです。
    大切なのは、継続することです。
    単語集は、同じ1冊を、3周、4周、5周と繰り返すことによって、ようやく8割程度は覚えられたかな?となるものです。
    1周で100%覚えるなんて、そもそも無理なことなのです。


    話を戻します。
    形容詞だけでなく、動詞にも、このようにラテン語系のものがあります。
    prefer (~のほうが好き) という動詞です。
    I prefer white wine to red.
    私は赤ワインよりも白ワインのほうが好きだ。
    このように、やはり to を用います。

    prefer の形容詞形 preferable も to を用います。
    White wine is preferable to red with fish.
    魚には、赤ワインよりも白ワインのほうが好ましい。

    prefer を用いた文は、中学英語の like A better than B に書き換え可能です。
    I like white wine better than red.

    この文を日本語に訳すときに、どちらのほうが好きなのかを逆にしてしまう人が多いので、注意が必要です。
    英語の順番のまま日本語に訳してしまうからでしょう。
    「私は、白ワインより赤ワインのほうが好きだ」と訳してしまうのです。
    英語と日本語は順番が違う、と繰り返し繰り返し説明を受けているはずですが、ふっと気を緩めると、やはり日本語と同じ順番にしてしまうようです。
    英語は事実をまずズバリと言う直截な言語です。
    I like white wine. とまず言い切っているのですから、好きなのは、白ワインです。
    I prefer white wine. にしても、そうです。
    好きなことをまず、ズバリと言います。
    その後、何と比べてより好きなのかを説明します。


      


  • Posted by セギ at 12:09Comments(0)英語

    2020年04月05日

    「これだけで大丈夫」という勉強法は危ない。


    以前勤めていた塾が、英語講師のアルバイトを新たに募集したことがありました。
    私は人事に口をはさむ立場ではなかったのですが、筆記試験の採点はしましたし、意見をきかれることもありました。

    その日、面接を終えて戻ってきた副学院長が、少し困った顔で私に言いました。
    「はりきっている人でねえ、古いノートを机の上に広げて、自分が教わった塾の英語の先生がすばらしい人で、大学受験なんて中学の文法だけで十分なんだ、と独特の授業をしたと言うんだよね。そういう授業を自分もしたい、と言うんだけど」
    私は、面接の前に行われた英語の筆記試験の採点をしていました。
    筆記試験は、高校1年生対象の学力テスト問題でした。
    その応募者の得点は、60点台。
    この人を採用するか、どうか。

    「どう思う?」
    と訊かれて、私は、採点した答案を副学院長に渡しました。
    「中学の文法だけで十分、というより、中学の英語しか理解していないです。高校レベルの問題は、すべて間違えています」

    その人は、不採用になりました。
    大学入試は、確かに、文法問題の出題割合は低いです。
    中学の英文法だけで、あとは色々な受験テクニックを駆使して、長文の大意を何とか読み取れば、大学入試でギリギリ合格点を取ることは可能かもしれません。
    しかし、中学の文法だけで大学に入っても、それは、高校生の学力がないまま大学生になるという意味でしかありません。
    私は、その子と一度も顔をあわせませんでしたが、不採用という事実から、何かを理解してくれていたら良いと思います。


    これだけやれば大丈夫、といった勉強法は、ときに魅力的に映ります。
    国語や英語の読解問題で、本文を読まないで解く方法を教える講師さえいます。
    でも、それは、文章を読む能力がないまま大人になるということです。
    そんなことをすばらしいことと信じて、それ以上の勉強をすることをやめてしまったら、そこで行き止まりです。

    洪水のように押し寄せてくる、甘い情報。
    自分だけが楽な方法を知らず、損をしているような気がしてくる。
    それを、はっきりと、否定できること。
    そんなのは、嘘だ、と見切れること。

    「効率の良い効果的な勉強」と、「楽な勉強」は違います。
    楽なほうに流れたら、目先の合格だけは手に入ることがあるとしても、その先がありません。
    生徒に身につけてほしいのは、本物の学力であり、無限に伸びていける勉強法です。


    英語だけの話ではありません。
    数学にも、そういうことは起こります。

    文系の高校3年生で、センター試験対策として数ⅠAの授業を受けている生徒がいました。
    数Ⅰ「2次関数」のなかの、2次方程式の解の正負に関する問題を解いていたときのことです。
    「f(x)=ax2+2ax+10 がx軸と正の位置で2か所交わっているとき、aの値の範囲を求めよ」といった問題でした。
    数Ⅰならば、判別式・軸の方程式・f(0)の値の正負、の3つの要素で解きます。
    しかし、数Ⅱでは、同じ問題を、判別式・解と係数との関係、で解くことも可能です。
    センター試験の数ⅠAとは言うけれど、数Ⅱの解き方で解いてもいいんですよと話すと、その子は不可解な反応をしました。
    「数Ⅱは勉強していない」
    というのです。
    学習したけれどわからなかった、というのではないのです。
    そもそも、高校の授業で、数ⅡBは学習しなかった。
    文系選択の子は、高校2年の数学でも、数ⅡBの内容を教わらず、数ⅠAの復習をしていたというのです。

    ・・・え?
    それは、許されているの?
    数ⅡBの単位は、高校卒業に必須の単位じゃありませんでしたか? 
    彼女は首を横に振りました。
    そういうことは、よくわからない。
    でも、数ⅡBはやっていない。
    去年は、数ⅠAの復習をしていた、というのです。

    ・・・数ⅡBという名称の授業は書類上は存在し、単位を取得しているが、そこで学んだ内容は、数ⅠAの復習だった。
    どうも、そういうことのようなのでした。

    私立のカリキュラムは、数Ⅱや数Bではなく、「幾何」「代数」、あるいは、中学の頃から「数学α」「数学β」などと称していて、そもそも、文科省の正規の科目名と対応していないことが多いです。
    しかし、書類上は、文科省の指定する教科名になっているでしょう。
    私立は、中学3年の段階で高校1年の数学内容に入っているのは普通のこと。
    その一方で、高校2年になっても、高校2年の数学を教えない学校がある・・・。

    文系選択の子に、数ⅡBを教えない。
    その代わり、英語など、その子の大学受験に必要な技能を伸ばせるだけ伸ばすというカリキュラムで、進学実績を上げる。
    そういうカリキュラムの組み方は、合理的なのかもしれません。
    生徒側も、大歓迎でしょう。
    しかし、結局、数ⅡBの、とにかく計算・計算・公式・公式・計算・計算という経験を経ていず、数ⅠAがマックスに難しいという体感でしたから、その子は学力の天井が低い、という印象は否定しがたかったのです。


    そもそも、数ⅡBの内容は文系の子にも本当は必要です。
    大学まで視線を伸ばすと、それを感じます。
    文系の多くの学科で、統計学は必修です。
    現在、多くの高校で数B「確率偏差」を選択しないため、標準正規分布の読み取り方を大学で初めて教わる子が多いと思いますが、それでも、数ⅡBで「数列」や「積分法」を学習していれば、理解しやすいはずです。

    数B「確率偏差」が必修ではなく選択単元になっていることも、世の中の流れから考えれば少しおかしなことです。
    今年度からの小学校の新課程では、「データの分析」は以前よりも学習量の多い単元になっています。
    以前は教えなった「度数分布表」という用語も、「代表値」としての「中央値」「最頻値」という用語も、中学から小6の学習内容に下りてきました。
    分布を数直線上に点で表すことも、以前はそのやり方に名前はなかったのに、「ドットプロット」という用語が教科書に登場しています。
    覚えることが多くて大変・・・。
    さらに言えば「データの活用」として、「PPDACサイクル」なんてことも小6で教えるようになりました。

    PPDACサイクル。

    Problem(問題の発見)
    Plan(計画の立案)
    Data(データの収集)
    Analysis(データの分析)
    Conclusion(結論)

    ・・・こんなことを小6に教えようとしているのです。
    結局、子どもが相手ですから、扱われているのは「忘れものを減らす方法を考える」といった課題で、一番多い忘れものは何なのか、何曜日に忘れものが多いのか、などの分析をさせた後、結論としては「前日に準備をする」が模範解答という、大人が見ると何だそれという学習ではありますが。
    それは、データを分析しないと得られない結論なの?
    コントの台本みたいだけど、大丈夫なの?
    そう言いたい気持ちも少しあります。


    内容はともかく、データの分析と活用に関して、昔よりも学習のボリュームが増え、より大事な単元として扱われるようになってきているのです。
    これから、中学・高校の新課程でも、同じ方向の修正がされ、確率偏差や標準正規分布が必修になる日も近いでしょう。
    データが読めないと国際競争で勝てない。
    数学教育は、国家的重要事です。

    そのように言われている一方、現場は、真逆の反応をしつつあるようにも感じます。
    文系の子は、数ⅡBを高校で教わっても消化不良で終わっている子が多いのが実情です。
    だから、文系の子に数ⅡBを教えない高校を一方的に責めるわけにもいきません。
    数学があまり得意ではない生徒は、高校生になると、数学に関して「店じまい」を始めてしまいます。
    数学はもう全くわからないし、大学入試にも使わないから、定期テストは赤点を取らなければいい、単位が取れればいいと本人は判断しているようです。
    いえ、それほど明確に思い定めているわけではないにしろ、学習姿勢はそのようです。
    そうした子の多い文系クラスで、大半が理解できないような内容の授業を行えば、定期テストの結果も悪く、数学のせいでその子の内申が低くなります。
    大学の推薦入試もAO入試も、内申が重視されます。
    数学の成績がその子の足を引っ張ってはいけない・・・。
    数学が苦手な子には、できるだけ数学の授業を学校では受けさせないほうが、内申が上がります。
    高校3年の文系クラスでも、センター試験対策を目的とした「数学演習」といった授業を選択できる高校が以前は多かったのですが、そういうもののない高校が増えてきました。
    文系の子に学校の正規科目として数学を選択させると、それでその子の内申が下がるから選択させない、勉強させない、という考え方もあるのでしょうか。
    それは、うがった見方に過ぎるかもしれませんが。

    しかし、今後、ますます大学入試を内申重視にすると、当然、そういう弊害が起こってきます。
    内申を高くするための科目選択、という視点が生まれてきます。
    苦手なことだから補強するのではなく、苦手なことは、徹底して避ける。
    そういうやり方が肯定される可能性があります。

    数年前に評判になったビリギャルで有名な塾も、生徒に数学は選択させず、文系でしかも入試科目数の少ない私立大学を狙わせる、という戦略をとっていたと聞きます。
    有名大学でも、学科によっては、英語と小論文だけで合格できるところもあります。
    戦略としては理解できますが、それでいいのか?とも感じます。

    大学、あるいは実社会は、昔よりも数学的能力を重視し、数学のできる人材を求めています。
    文科省の定める教育課程もその方向です。
    しかし、高校の実態は、数学が苦手な生徒には数学を学ばせない傾向が生まれつつある・・・。
    このひずみ、このままにしておいて大丈夫なんでしょうか?

    得意なことでの一点突破が利口なやり方。
    これだけで大丈夫。
    英語は中学英語で大丈夫。
    数学は、必要ない。

    それは、本当に合理的なことなんでしょうか。
    近視眼的で不合理なことをやらかしているだけのようにも感じるのです。

    英語も数学も、本当に得意になれたら、それが一番です。
    本当に得意になれたら、受験も、その先も、可能性が広がります。
    目先の「これだけで大丈夫」に飛びつく前に、その先に何があるか、考えてほしい。
    その選択の先に何が待っているか、考えてほしい。
    そう思うのです。

      


  • Posted by セギ at 14:36Comments(0)講師日記算数・数学英語