たまりば

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2019年12月31日

高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。解と係数の関係。その2。


数Ⅱ「複素数」の「解と係数の関係」の続きです。

問題 2次方程式 x2-(a-1)x-2a=0 の解の差の平方が17のとき、aの値を求めよ。

こういうサラッと1行で終わる問題、怖いですね。
何の手がかりもないと感じるので、何をどう解いていいか、わからない。
高校数学、特に模試などで0点を取る人がいるのも、このように何をどうして良いのか全くわからない問題が並んでいるからでしょう。

しかし、中学までは、逆に、問題文が何行もある問題が苦手な人が多かったと思います。
文字を読むことそのものがあまり好きではない人は、ついつい問題文を読み飛ばし、大事な情報を読まないで解いたりして失敗することも多かったのではないでしょうか。
以前、下のような反比例の問題を生徒と解いていたときのことです。

問題 A町からB町まで行くのに、1時間に3km進むと4時間かかります。かかる時間は、1時間に進む道のりに反比例します。
(1) 1時間に進む道のり xkm と、かかる時間 y 時間との関係を式に表しなさい。

問題文に「反比例します」と書いてありますし、比例定数は3×4=12であることも明白です。
文章題としても、これくらいコンパクトな内容ならば、読み通すのも難しくありません。
それなのに、何分経っても考え込んでいて、手が動かない。
まさかと思いながらも、その子のテキストの大問の問題番号の横を指さして、
「ここ、読んだ?」
と訊くと、首を横に振りました。
(1)から読み、その上の問題文を読んでいなかったのでした。

大問の番号の横に書いてある文は、国語の場合などは特に、「以下の文章を読んで後の問いに答えなさい」といった、読んでも読まなくても変わりはないどうでもいいことしか書いてない場合があるのも事実です。
そのため、大問の横は読まない癖がついている子は案外多いようです。
大問の問題番号の横の文字は読まない。
(1) の後からしか読まない。
そんなことが習慣になっているのです。

「・・・いや、問題番号の横に、A町とかB町とか、3kmとか4時間とか、記号や数字が書いてあるのを目の端に感じたら、それは読みましょう。それは大事な情報ですよ。それを読まなかったら解けないですよ」
そう説明したのですが、問題文を読まない癖というのは、小学校の低学年から長い年月をかけて熟成されてしまった癖なので、1度そんな癖がついてしまったら、以後長くその子の足枷になる可能性があります。

読まないから解けない。
問題文を読めば、解ける。
その当たり前のことに気づいた子から順番に成績が上がっていきます。
読解力があれば、数学はできる。
国語ができれば、数学もできる。

しかし、それも万能ではありません。
勿論、基本的な読解力もない状態では、どの科目も成績が伸びていくのは難しいです。
しかし、国語ができれば、必ず数学もできると言えるか?
それが言えるのは、高校入学までではないでしょうか。
高校数学は、問題文の文字情報が極端に減っていきます。
読解力よりも、純粋に数学力が問われるようになっていきます。
少なくとも、今まではそうでした。
来年度から実施される予定の大学入試共通テストがそれをかき乱すのかどうかは、まだ、今のところよくわかりません。
文章がやたらと長いだけの粗悪な文章題が、純粋に数学が得意な子の進路を阻むことがなければ良いのですが。

「新傾向問題」と称する、数学なのにやたらと文章や図表による説明の長い問題は、急に世に出てきたものではありません。
そんな「新傾向問題」は、戦後の長い教育史の中で、度々現れては効果が疑問視されて潰れてきました。
都立高校入試も、20年ほど前は、そんな「新傾向」の文章題が出題されていたのです。
やたらと長い文章と図や表を読んで、方程式を立てたり、規則性を見抜いたり、確率を求めたりする問題でした。
今も、都立入試の大問2にその気配は少し残っていますが、悪問だった「新傾向」は大きく改訂され、文章は短くなり、質は高くなり、高校数学に確かにつながる数学力を試す良問となっています。

数学の「新傾向問題」は、実施されて数年を経ると、こんな問題では数学力は問えないという批判が沸点に達し、中止になる。
その繰り返しです。
子どもの読解力が心配なのはわかりますが、それは他の科目で問うことができますので、数学でやらなくても良いのです。


そんなこんなで、さて、もう一度上の問題を見直しましょう。
新傾向でも何でもない、従来からの問題です。

問題 2次方程式 x2-(a-1)x-2a=0 の解の差の平方が17のとき、aの値を求めよ。

「解の差の平方」のあたりは多少読解力が問われますが、その他の情報としては、これは2次方程式の問題であるらしい、というだけです。
問題文を読んでも、どう解くのかピンとこない。
そうした問題のほうが、高校数学らしい問題だと感じます。
読解力ではなく純粋に数学力の勝負になってくるのが高校数学といえるかもしれません。

問題集を解いていてこの問題を目にするのならば、ここは「解と係数の関係」のページだから、解と係数の関係を使うのだろうと考えることもできます。
しかし、こういう問題が実力テストや模試に出ている場合、何の単元の何に関する問題で何を利用したらいいかわからない高校生は多いと思います。
その結果、答案を1行も書き出せない・・・。
数学の答案は、1行目の書き出しが一番難しいですから。
発想の原点が書かれているのが1行目なのですから。

2次方程式が与えられて、解がどうのこうのと言われたら、とりあえず「判別式」か「解と係数の関係」が使えるのではないか?
そう発想できるように、頭の引き出しにいつも使える形で定理を入れておく必要があります。
結局、定理がすぐに使える状態で頭に入っているかどうかです。

では、解と係数の関係だろうと判断し、この問題を解いてみましょう。
この2次方程式の2つの解をα、βとします。
解と係数の関係より、
α+β=a-1 ・・・①
αβ=-2a ・・・②
また、「解の差の平方が17」なのですから、
(α-β)2=17 ・・・③
です。
このように、作れる式をまずは作れるだけ作ってみます。
文字が3通り、式が3本作れました。
この連立方程式は、解けますね。

解いてみましょう。
③より、
α2-2αβ+β2=17
(α+β)2-4αβ=17
これに①、②を代入して、
(a-1)2-4・(-2a)=17
a2-2a+1+8a=17
a2+6a-16=0
(a+8)(a-2)=0
a=-8、2
これが解答となります。


問題 2次方程式 4x2-2x+a=0 の解がsinθ、cosθであるとき、定数aの値を求めよ。

さて、三角比が登場しました。
三角比を見ると動揺が走り、ノートに直角三角形を描き出す人もいるかもしれませんが、この問題は、そのような三角比の最初の定義に戻る必要はないのです。
ここでは、単にsinθ、cosθというのはある数値なのだと理解しておけば大丈夫です。
その2つの数値が、与えられた2次方程式の2つの解です。
ところで、今回、x2の係数が4ですので、そこにも注意します。
解と係数の関係は、
2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
α+β=-b/a 、αβ=c/a です。
x2の係数の a=1 のときは、α+β=-b、αβ=c となりますが、この問題では a=4 であることに注意が必要です。

解と係数の関係より、
sinθ+cosθ=1/2 ・・・①
sinθ・cosθ=a/4 ・・・②
とりあえず、2本の式は立ちました。
ても、これだとわからない値がaを含めて3種類なのに、式は2本。
これでは、解けないですね。
もう1本、式が必要です。
ここで、三角比の相互関係の公式を思い出せれば、この問題は解けます。
sin2θ+cos2θ=1 という式がありました。(2は指数です)

よし、解きましょう。
①を2乗して、
(sinθ+cosθ)2=1/4
sin2θ+2sinθ・cosθ+cos2θ=1/4
sin2θ+cos2θ+2sinθ・cosθ=1/4
三角比の相互関係の公式より、
1+2sinθ・cosθ=1/4
2sinθ・cosθ=-3/4
②を代入して、
2・a/4=-3/4
2a=-3
a=-3/2
これで答えが出ました。

ああ、やはり、純粋に数学的な問題のほうが、良い問題が多いなあ・・・。
読めと言われれば新傾向の文章題でも何でも読みますが、どうせ読むのなら、香り高い文学作品とか、エッジの効いた評論とか、そういうものを読みたいです。
お正月は、そういうものを読んで過ごそうかなあ。
というわけで、皆さまも良いお年を。

  


  • Posted by セギ at 13:19Comments(0)算数・数学

    2019年12月25日

    高校英語。比較表現。AというよりむしろB。



    英語の比較表現。
    今回は、not so much A as B「AというよりむしろB」を見ていきましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    彼女は学者というよりはむしろテレビタレントだ。

    英語もこのレベルになると実用的です。
    英作文に活用したくなります。
    文法は、この構造の文を読み取れるためだけでなく、これを使うと文章表現が豊かになるので、ライティングに活用するために学ぶという意味もあります。

    まず構造的に見てみると、上の文は以下の文の否定文だということがわかります。
    She is as much a scholar as a TV personality.
    彼女は、テレビタレントであると同様に学者でもある。

    それの否定文なので、学者であることが否定され、上のように「学者というよりむしろテレビタレント」となるのです。
    何が否定されているのか、文の前半を見ることで意味が把握しやすくなります。

    こういうのは、丸暗記したほうがお得です。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    not so much A as B「AというよりむしろB」。
    幾度も唱えましょう。
    独りで自室で勉強しているのなら、節をつけて暗唱し、身振り手振りもつけて踊り、not so much A as B ダンスを完成させても良いかと思います。

    問題 以下の空所を埋めよ。
    Modern art is ( )( )( ) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye ( ) with capturing its soul.
    現代芸術は対象を目に映る通りに正確に描くことよりも、むしろその精神をつかむことに関心がある。

    実用に耐えうるを通りこして、難しい概念を英語で語られるようになって、もうついていけません・・・。
    そんな感想もあるかもしれませんが、とりあえず、この文は「AというよりむしろB」という構造だなと把握できれば、この問題は正解できます。
    Modern art is (not)(so)(much) concerned with portraying an object exactly as it appears to the eye (as) with capturing its soul.
    となります。

    こうした空所補充問題だけならば楽なのですが、文法問題はほぼ同じ意味を表すように書き換える問題が多く、それが厄介かもしれません。
    しかし、英語は言い換え表現が多いです。
    そういう練習をしなければ、英語を読めるようにも書けるようにもならないのです。
    無論、聞けるようにも話せるようにもなりません。
    そういう意味で、言い換え表現が沢山出題されるのですね。

    問題 以下の4つの文がほぼ同じ内容を表すように空所を補充せよ。
    She is not so much a scholar as a TV personality.
    She is a TV personality (  )(  ) a scholar.
    She is (  ) a TV personality (  ) a scholar.
    She is (  ) a scholar (  ) a TV personality.

    ふわあ・・・。
    目がチカチカしてきそうですが、ここで落ち着いて、じっくり1つ1つの文を見ていきましょう。
    1番上の文は、最初に学習したnot so much A as B「AというよりむしろB」です。
    それと同じ意味にするのですね。
    2番目の文は、よく見ると、「テレビタレント」と「学者」の語順が逆になっていることがわかります。
    これは肯定文です。
    彼女はテレビタレントなのです。学者であるよりも。
    ここで、ピンときます。
    B rather than A「AであるよりもB」を利用するのです。
    She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    これが、正解です。

    3番目の文も、「テレビタレント」が先にきています。
    だから、これも肯定文です。
    rather B than A「AであるよりもB」という形もあると思い出すことができれば、正解できます。
    She is (rather) a TV personality (than) a scholar.
    これには別解もあります。
    She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    これも、正解です。

    4番目は、1番目の文と同じく、「学者」が先に来ています。
    つまり、これは否定文になるのでしょう。
    学者であることを否定しないと、1番目の文と同じ意味になりませんから。
    She is (not) a scholar (but) a TV personality.
    かな?
    ・・・いいえ。
    それだと、少しニュアンスが異なります。
    「彼女は学者ではなく、テレビタレントだ」と言い切っています。
    1番目の文は、そこまで言い切ってはいないですよね。

    否定文は、否定語だけで作るものではありません。
    準否定表現もあります。
    ここで、less を思い出せたら、大したものです。
    正解は、
    She is (less) a scholar (than) a TV personality.
    これは、3番目の文の別解を逆方向から説明した文です。


    もう一度、正解をまとめましょう。

    She is not so much a scholar as a TV personality.
    =She is a TV personality (rather)(than) a scholar.
    =She is (more) a TV personality (than) a scholar.
    =She is (less) a scholar (than) a TV personality.

    この言い換え表現を全部理解しておくと、「AというよりむしろB」に関する問題は、ほぼ大丈夫でしょう。
    覚えにくいものは丸暗記。
    同時に構造を論理的に把握。
    そのあわせ技で、身につけてください。




      


  • Posted by セギ at 11:25Comments(0)英語

    2019年12月23日

    算数から高校数学へ。データの分析。アクティブラーニング的に。


    「データの分析」は、小学校から高校まで一貫して学習する数学の大きな単元です。

    計算ができるだけではダメ。
    未来を生きる子どもたちは、数値を分析し、読み取る力が必要だ。

    そうした意図のもと、小学生から「棒グラフ」「折れ線グラフ」「整理のしかた」「平均値・単位量あたり」「資料のちらばりと柱状グラフ」と学習を進めていきます。
    中学では、「度数分布表と柱状グラフ」「有効数字」「標本調査」。
    高校になると「四分位数と箱ひげ図」「分散と標準偏差」「相関係数」さらに「期待値」「確率偏差」と学習が進みます。

    この単元のそうした趣旨も理想もわかるのですが、実際に問題を目にすると、なかなか厄介だなと感じます。
    まずは、小6向けの内容で、アクティブラーニングの可能性を考えてみましょう。


    問題 AとBの2つのふくろには、以下の重さの10個ずつのミカンが入っています。
    Aのふくろ
    80g、85g、94g、95g、96g、96g、98g、99g、103g、110g
    Bのふくろ
    84g、87g、87g、88g、100g、100g、101g、102g、102g、103g

    2つのふくろのミカンは同じ値段です。あなたはどちらのふくろのミカンを買いますか。理由も答えなさい。


    ・・・鮮度や皮のつやはどうなんですか?
    産地は同じなんですか?
    私は、皮がむきやすそうなミカンが好きなので、実物を見て買いたいです。
    いや、ミカンはあまり好きじゃないから、どちらも買わない・・・。
    そもそも、こんなどうでもいいことで悩む時間が無駄だ。どうせ大差ないから、どっちだっていいよ。

    このように活発な意見が出る教室は、ある意味健全な教室です。
    ただ、そうした意見がいつまでも強い主張を繰り返し、その先に進まない場合は、授業は失敗です。
    こうした意見が出ても、では、鮮度や産地は同じとしよう、今回は真剣に考えて、どちらかを選ぶとしようという前提を周知徹底できるのがアクティブラーニングの基本。
    先生、ご苦労様です。

    学習の目的から外れた意見を除外することができたとして、しかし、アクティブラーニングで苦しいのは、生徒からその先の意見が全く出ないことです。
    あるいは、1つの正論が席巻し、それ以外の意見は出ないこと。

    小6「資料のまとめ方」の冒頭でこのアクティブラーニングを行った場合、生徒から出てくる答は、ただ1つに集まって終わる可能性があります。
    すなわち、ミカンの重さの合計で比べる。
    あるいは、平均値を求める。
    今回、ミカンはどちらも10個なので、合計でも平均でも同じことです。
    秀才たちは異口同音にそれを主張するでしょうし、それは、1つの正しい答です。
    正しい1つの意見が場を席巻し、はあそうですかと大多数は黙っている授業・・・。
    アクティブラーニングの1つの末路です。


    Aのふくろの合計は、956g。平均値95.6g。
    Bのふくろの合計は、954g。平均値95.4g。
    だから、合計や平均値が重いAのふくろのほうを買う。

    しかし、それは正解の1つに過ぎないのです。
    小6の学習目標は、実は平均値の活用ではありません。
    平均は、小5で既に学習済みです。

    では、小6の学習では何を目指すのか?
    それ以外の見方で、AのふくろとBのふくろを比べることが目標です。
    この単元は「資料の散らばり」に注目することが学習の目標なのです。
    アクティブラーニングは、生徒たちに話し合いをさせれば良いというものではなく、学習目標に沿った深い学びが得られるように、議論を誘導する必要があります。
    目標があるのです。
    「だったら、それをさっさと説明してくれ。覚えるから」
    という子に、それじゃ深い学びじゃないでしょう?というのが、アクティブラーニングなのです。
    簡単なことじゃないです。


    もう一度、AとBと2つのふくろのミカンの重さを見比べてみてください。
    実際に買うとしたら?

    私なら、Bを買います。
    なぜか?
    100g以上の大きいミカンが6個も入っていて、おいしそうだからです。

    ・・・え?
    そんな漠然とした主観的な答が、算数・数学で通用するの?
    そういうことを答えて良かったの?
    そんなのは、一番最初に除外された、つやはどうなのかとか産地はどこなのかと同じ種類のことじゃないの?

    違うのです。
    データの見方として、それは「あり」なのです。

    「平均値」は、データを分析するための1つの重要な観点です。
    しかし、平均値がそのデータの全てを説明するわけではありません。


    2つのふくろのみかんの重さを再度見てみましょう。

    Aのふくろ
    80g、85g、94g、95g、96g、96g、98g、99g、103g、110g
    Bのふくろ
    84g、87g、87g、88g、100g、100g、101g、102g、102g、103g

    平均値では、Aのふくろのほうが確かに重いです。
    しかし、10個を重い順、あるいは軽い順に並べた真ん中の値、すなわち「中央値(メディアン)」で見た場合。
    Aは96g。
    Bは100g。
    Bのふくろのほうが、中央値は大きいのです。

    なぜ、平均値と中央値にそのような差が生じるのか?
    それは、資料の散らばり具合によるものです。
    Aは、まず、最小値も最大値も大きい。
    最大値と最小値の差を「範囲(レンジ)」と言いますが、110-80=30(g) が、Aの範囲。
    103-84=19(g) が、Bの範囲です。

    ここで、散らばり具合をわかりやすくするために、度数分布表を作ってみます。

    Aのふくろは、
    階級(g)         度数
    80以上85未満    1
    85   90       1
    90   95       2
    95  100       4
    100 105       1
    105 110       1

    Bのふくろは、
    階級(g)         度数
    80以上85未満    1
    85   90       3
    90   95       0
    95  100       0
    100 105       6
    105 110       0

    ここから柱状グラフを描けば、さらに一目瞭然でしょう。
    Aは広い範囲で、きれいな山を描いて資料が分散されています。
    一方Bは、範囲が狭い上に、その中でも大きいものと小さいものに大きく割れているのが見てとれます。


    ここで、中学で学習する内容をちょっと補足します。
    資料の性質を示す値を「代表値」と呼びます。
    「平均値」も「中央値」も代表値です。
    さらに「最頻値(モード)」と呼ばれるものがあります。
    その資料の中で、最も多く出てくる値です。
    度数分布表にした場合には、その階級の真ん中の値「階級値」で考えます。
    Aのふくろの最頻値は、97.5g。
    Bのふくろの最頻値は、102.5g。
    Bのほうが大きいです。

    小学校の算数や中学の数学はここまでですが、高校数学になると、ここからさらに四分位数を求め、箱ひげ図を描きます。
    四分位数というのは、データを小さい順に並べたときに、4等分する位置にあるデータをQ1(第1四分位数)、Q2(第2四分位数=中央値)、Q3(第3四分位数)としていくものです。
    柱状グラフでも散らばり具合は一目瞭然ですが、柱状グラフは場所を取ります。
    もっと多数のデータを比較する場合には、スペースの問題で、柱状グラフを描けないこともあります。
    そのために、四分位数と箱ひげ図があります。
    それを見るだけで、データのおおよその傾向を読み取ることができるのです。

    Aのふくろは、
    Q1=94g、Q2=96g、Q3=99g
    Bのふくろは、
    Q1=87g、Q2=100g、Q3=102g

    ここで気づくのです。
    最小値と最大値の差、すなわち範囲だけを見たときは、Aのほうが範囲が広いデータです。
    しかし、Q3-Q1の値、すなわち「四分位範囲」を見てみると、
    Aのふくろは、99-94=5。
    Bのふくろは、102-87=15。
    Bのふくろのほうが、別の意味で散らばっているデータだということが読み取れます。
    さらにAの平均値95.6gと、Bの平均値95.4gを考慮に入れた場合、Aのふくろは平均値と中央値に大きな差はなく、バランスのとれた散らばりである一方、Bのふくろは、平均と中央値との差が大きく、バランスを欠いた散らばりであることが見てとれます。

    それらの値を箱と線分で表したのが、箱ひげ図です。
    箱ひげ図の形状から、柱状グラフの形状を推理することができます。
    狭いスペースで多くのデータの散らばりを比較できます。
    箱ひげ図についての詳細は、過去ページをご参照ください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e449491.html


    繰り返しになりますが、データの特徴を説明する数値を「代表値」といいます。
    ただ、「代表値」という用語は中学の数学で学ぶもので、小学生にその用語で説明することはありません。
    こんな用語を教えると、それを暗記することが大事なんだと勘違いして学習がブレる子が現れますから、用語は教えないほうが良さそうです。

    平均値の他に、中央値(メジアン)、最頻値(モード)。
    そうした代表値からデータをどう読み取るか。
    小6「資料のまとめ方」という単元の学習目標は、そうした用語は教えないけれど、データの散らばりとその整理の仕方、そしてそこから読み取れる特徴を考えることなのです。

    小6では、まずは数直線の上に、全てのデータを点として打ち込み、ちらばり具合を見ます。
    次に度数分布表を作ります。
    上にも描いた、〇〇g以上〇〇g未満が何個というものをまとめた階級別の表のことです。
    なお、小6では、「度数分布表」という用語は教えません。
    「階級」「階級値」といった用語も教えません。
    資料を整理した「表」と呼ぶだけです。
    相手は小学生。
    95g以上100g未満という階級に、100gは入るのか入らないのかの判断も誤るレベルです。
    わかっているつもりでも、ついうっかり。
    用語を覚えている余裕はないのです。
    難しい用語を教えると、それを覚えることに必死になって、学習のピントがずれてしまいますから。
    用語を教えず、度数分布表を作ることだけに専念してもらっても、ミスは起こります。
    表の個数の合計と本当の合計とが一致しないことがしばしば起こるのが小学生です。

    どのデータを入れ忘れたの?
    ちゃんと指差しながら順番に「正」の字を書いていった?
    え?階級ごとに個数をそれぞれ数えた?
    それは不正確になりがちだよー。
    え?それくらい、できる?
    そんな意地を張って、データの整理が不正確になるようなこと、大人はしないですよ。
    子どもっぽいなあ・・・。
    まあ、本当に子どもだからしょうがないけど。
    ・・・という学習レベルなのです。
    個々のデータの取り扱いの基本も、ここで学びます。

    さらに、小6では、柱状グラフを作ります。
    「柱状グラフ(ヒストグラム)」という用語だけは、教えます。

    さらに、中央値や最頻値も、概念として学びます。
    ただし、そうした用語は使いません。
    柱状グラフから、
    「もっとも個数が多いのは、何g以上何g未満の範囲ですか?」
    「重さの小さいみかんから順番に並べたときに、ちょうど真ん中の重さのみかんは何g以上何g未満の範囲に入りますか」
    といった問題を解くだけです。

    ・・・問われたことには答えられるけれど、一体何を学んでいるのか、目的がよくわからない・・・。
    あまりにも遠回りにものごとを問いかけるので、データの読み解き方を学んでいると気づかない場合もあるかもしれません。
    だから、学習の総まとめとして、冒頭の問題をアクティブラーニングするのは「あり」ではないかと思います。

    AのふくろとBのふくろと、どちらのふくろを買うか?
    大きいミカンが沢山入っているBのふくろが良いという「最頻値」を重視した意見。
    でも、最大のミカンはAのふくろに入っているから、Aのふくろのほうがいいんじゃないかという「最大値」を重視した意見。
    真ん中の値はBのほうが大きいからBにするという「中央値」を重視した意見。
    Bのふくろのほうが、一番大きいミカンと一番小さいミカンとの差が小さいから、家族で平等に食べらるんじゃないかという「範囲」を重視した意見。
    やっぱり平均が大きいほうがお得だからAにするという意見。

    根拠さえ明確で論理的であるなら、どの答も正解なのです。
    多様な解答、学んだことを活かした解答が多くの生徒から出たなら、学習は成功。
    これが、アクティブラーニング。


    こういう授業を想像し、面白そうだなあ、自分もこういう授業なら楽しく参加できたのに、と思う方もいらっしゃると思います。
    確かに、楽しい面もあります。
    字面だけの暗記事項ではなく、生きた知識が身につき、深い理解が得られます。
    でも、この授業に毎回積極的に参加していくのは、大変です。
    生徒にも先生にも強いストレスがかかる授業です。

    特に、冒頭のような予習的なアクティブラーニングを行う場合。
    これから学ぶことを生徒から引き出そうとするアクティブラーニングは、先生にとっても生徒にとっても難行苦行です。

    小5で「平均」について学習したのです。
    だから、そのことを思い出して、平均によって2つのデータを比較する。
    それが、ただ1つの正解。
    そう思っていると、それではない他の考え方はないかと要求される。
    一瞬、頭が真っ白になる子もいるでしょう。
    それまでの学習をきちんと身につけていればいるほど、それを否定されるのは、つらいでしょう。

    先生は言います。
    小5で学習した「平均」にこだわらず、もっと自由に考えてみなさい。

    ・・・はあ?
    習ったことに基づいて、正しい意見を言って、何が悪いの?
    自由って何?

    真面目に努力しているが頭の硬い子にとって、こんなストレスフルな問いかけはないでしょう。
    頭の硬い子が絶句してしまうかもしれません。
    その一方で、これから学習することになる「範囲」「中央値」「最頻値」という観点の意見を言えた子は称賛されるでしょう。
    これから学習する内容を使って意見を言える子は賞賛される・・・。
    自力でそれを発想したのなら凄いですが、本当に自力で発想したとは限りません。
    予習している子もいると思います。
    予習したことを、まるで自分の意見みたいに発表すると、うーんアクティブですね、と褒められる・・・。
    予習していながらしていないふりで、先生の意図に沿った意見を言った子が褒められる茶番劇・・・。
    そういうものになる可能性もあるのが、アクティブラーニングです。

    ただ、度数分布表やヒストグラムについて予習していても、あるいは皆が学習した上で総まとめとして上のアクティブラーニングを行うとしても、先生の望むような多様な意見を出せる子は少ないかもしれません。
    学習した通りの練習問題には答えられても、こうしたアクティブラーニングにその知識を活用するのは、本人の能力が高くないとなかなか難しいのです。
    ヒストグラムに関する練習問題で、繰り返し「真ん中の値はどれですか?」「最も多い値はどれですか?」と尋ねられていても、それが重要なことだと気づかない。
    データを読み取るときに、それを活用するのだと気づかない。
    子どもの頭は、ものごとを統合するのがまだ難しく、「それはそれ、これはこれ」になりがちです。
    勉強したことと、それを実際に活用することとが、なかなか結びつかないのです。
    勉強したことは勉強したこととして、問われたことには「勘」で答える。
    小学生には、そういう子が案外多いように感じます。

    カラーテストも「勘」で解き、それでそこそこの点数を取ってしまいます。
    それは、記号問題だから勘が通用し、記述式なら勘は通用しないというレベルのことではありません。
    小学生の場合、文章題の立式も勘で行い、それでそこそこ正解してしまう「成功体験」を低学年で積んでしまう子が多いのです。
    そのまま、高学年になり、勘では通用しない単元になっても、勘で解くことをやめられません。
    文章題は正解できなくなっても、「この単元はたまたま苦手なだけ」ということにしてしまいがちです。
    「単位量当たり」「速さ」「割合」といった単元がたまたま苦手なだけということに本人はしていますし、保護者もそのように位置づけてしまうかもしれません。
    しかし、それは、もしかしたら、そもそも物を考える習慣がない、考えて問題を解く習慣がないということを示している可能性があります。

    だからこそ、アクティブラーニングの必要性が叫ばれているのですが、これもまた難しい問題をはらんでいます。
    文章題すら「勘」で解く子たちは、アクティブラーニングも「勘」でこなそうとするでしょう。
    考えろと言われても、それが何をどうすることなのかわからない子が、教室に多い。
    そうした中で行うアクティブラーニング。
    深い学びを得られるのは、考えることを知っている子たちだけ。
    考えるということを知らない子たちは、置いてきぼりです。
    結果、何を学んでいるのかすら把握できない子も増えていきます。

    国立大学の附属中学などでは、もう何十年も前から、こうしたアクティブラーニングの授業を行っています。
    そこで勉強についていけなくなった子が、
    「授業で何をやっているのかわからない。勉強のできるヤツ何人かと先生が話し合っているだけ」
    と評するのは、そうした理由によるところが大きいと思います。

    繰り返しますが、アクティブラーニングは、上手くいけば、その効果は絶大なのです。
    ものを考えるということがどんなに楽しいことか。
    教科書に載っている無味乾燥に見えることが、どれほど生きた知識であるか。
    学校では教えてもらえないことの価値はわかります。
    でも、その前に、学校で教えてもらえることの価値も知ってほしい。

    「中央値」「最頻値」「最大値」「範囲」といった、学習内容としては無味乾燥なものが、実はみかんのふくろ1つ買うのでも使えるものだということ。
    算数・数学は実生活と関係のあるものなのだということ。
    私たちは、どのようにデータを見たらよいか、その観点を学んでいるのだということ。
    そういうことへの理解を深めるためのアクティブラーニング。
    学んだことが、実感と結びつく。
    そうした高い理想を、できるだけ多数の生徒が享受できることを願ってやみません。

    アクティブラーニングの授業が、来年度の小学校の新しい学習指導要領から、ついに本格始動します。

      


  • Posted by セギ at 12:16Comments(0)算数・数学

    2019年12月19日

    期末テストの結果が出ました。2019年2学期。


    2学期末テストの結果が出ました。

    数学
    90点台 1人 80点台 1人 70点台 1人 60点台 1人 50点台 2人
    英語
    90点台 1人 60点台 1人 40点台 1人

    この秋から入会した生徒が、今回のテストで、入会前の中間テストから+37点のジャンプアップをしました。
    大成功です。
    とはいえ、いつもそうなるとは限りません。
    場合によっては、入会後も停滞したり、入会前より一時的に下がってしまうこともあります。

    +37点の生徒には、最初から私が教材の選定をすることが可能でした。
    学校の問題集からの質問も受けますが、基本的にはどの問題を授業で扱うのかは、私が決めています。
    当然、定期テストに照準を定め、テストに出る問題を重点的に取り扱います。
    「テストに出る」というのは、その学校の過去問を集めて予想問題を用意してといった、ちまちました対策ではありません。
    大事なことがテストに出る。
    絶対に身につけるべきことがテストに出る。
    そういう観点で問題を選んでいます。
    その上で、出題傾向というものもありますから、短問形式はこういう内容が出ることが多いからそれは沢山練習して、後半の大きい問題はこの典型題か、もしくはこれだろうから重点演習して、というやり方をします。

    こんなに理解力のある子が、こんな得点のはずがない。
    絶対何かが起きている。
    何だろう?
    そのように手さぐりしながら、その子が取るべき本来の得点を取ってもらう。
    それが理想の授業の形です。

    しかし、それが上手くいかないこともあります。
    その教科を独りで勉強していくことに行き詰まりを感じて塾に通うことにしたにも関わらず、自分の学習スタイルがもう確固としてあり、それを崩すことができない子の場合です。

    これまで、なかなか成績が上昇しなかった子の一番の要因は、本人が学校の教材に拘泥していたことでした。
    塾の学習も全て学校の教材で勉強したがるのです。
    学校に進度を合わせて他の教材で演習するのではなく、学校の問題集や学校のプリントだけをやりたがるのでした。
    数学も英語も、学校の教材だけでかなりボリュームがあるのは事実です。
    学校は毎日の家庭学習が十分にできるような分量の教材を用意しています。

    高校生に対しては、塾の授業は塾用テキストで解説・演習し、塾から出す宿題は学校の問題集からにしています。
    テスト1週間前までに最低1回はテスト範囲の学校の教材が終わるようにスケジュールを組みます。
    そうすると、その中での応用問題・発展問題の質問を次の授業で受けざるを得ないこともあります。
    学校から解答解説は渡されていますので、基本問題はそれを見ればわかるのでしょう。
    解説を読んでも意味のわからない応用問題・発展問題のことを訊きたい。
    そのために個別指導に通っている。
    そういう思いがあるのもわかります。

    しかし、解答解説を読んでも意味がわからないような応用問題・発展問題は、定期テストには出ないのです。
    学校が生徒に渡す問題集には、無意味なほどの難問が多少は含まれています。
    学校の先生は、基本問題や典型題の質を評価して、その問題集を採択しています。
    応用問題・発展問題の質が高いからその教材を選んでいるわけではありません。
    しかし、応用問題にばかり目のいってしまう生徒もいます。
    応用問題さえ解けるようになれば・・・、と思ってしまうようなのです。

    その科目が苦手な生徒の傾向は、大きく2つに分かれます。
    1つは、自分は基本問題だけ解ければいい、B問題や練習問題は解けないと決めつけて、やろうとしないタイプ。
    もう1つは、とにかく応用がわからない、応用をやりたい、応用を教わりたい、というタイプ。
    レベルに合わない勉強をしてしまうという点で、どちらも伸び悩んでしまいます。

    前者は、本当に基本問題しか解けず、その中での失点もあるので、点数が伸びません。
    後者は、応用問題の解説を聞いて意味を理解することに勉強時間の大半を使ってしまうので、テストの結果は、基本問題で多くの取りこぼしを生んでしまいます。
    もっと、本人のレベルにあった学習をしましょう。
    本人がそのレベルの判断を誤っていると、成績が伸びません。
    その場合、その判断は塾講師がやったほうが良いのです。


    あるいは、学校の問題集を真面目に演習してはいるのですが、常に解答解説を見ながら解いてしまう子も、なかなか成績が伸びません。
    解答解説を見ながらスラスラ解いていると、自力で基本問題を解くことはできなくても、そのことに気づかないのです。
    その結果、解答解説を読んでも意味のわからない発展問題や章末問題ばかりを気にすることになりがちです。
    意味のわからない難問だけを塾で教えてほしい。
    真面目な子ほど、そう思ってしまうのです。
    質問されれば教えますが、発展問題は癖の強い難問であることが多いです。
    「こんな問題、定期テストに出るわけがない」
    と私は思いますし、その話をするのですが、真面目な子ほど、なぜか私のそうした言葉をあまり信用してくれません。
    学校の問題集に載っているんだから、テストに出るかもしれない。
    そういう思いが強いのかもしれません。
    その科目のテストの得点がふるわないということは、何が重要か、何がテストに出るかの判断がブレているということ。
    どこをどう勉強するべきかの判断を誤っているのですが、そこを指摘されてもなかなか認められない子は、真面目に勉強してきた子に多いです。

    返却されたテストを見れば、予想通り、質問を受けた問題はテストには出ていません。
    ああ良いテストだなあと納得する、基本問題・重要問題・典型題が並んでいます。
    そして、そうした問題でポロポロと点数を取りこぼしてしまうのが、真面目な子たちです。


    学校の教材にこだわる子は多いです。
    数学もそうですが、学校の英語の予習が負担になっている子たちも多いのです。
    学校の英語だけでも大変なので、他のことはやりたくない。
    学校の英語の予習を手伝ってほしい。
    学校の教科書や問題集の答えを教えてほしい。
    学校の英語の授業に関係のあることだけをやりたい。
    他のことはやりたくない。
    しかし、そういう要望につきあっていると、英語学習の中身が痩せていきます。
    予習といっても、結局、私が代わりに解いてあげて、答を教えてあげることになりがちです。
    自力で英文を読んでいく力、問題を解いていく力が失われていくばかりです。
    だから、定期テストに初見の長文からの出題があると、それは解けなくなっていきます。
    学校の問題集の答えを覚えるだけの勉強になり、問題の形式が少し変わると、もう対応できなくなっていくのです。

    もっと間口の広い英語学習をしましょう。
    定期テスト直前には学校の進度に合わせてテスト対策をするけれど、それ以外の時間はもっと間口を広くとり、英語力を根本的に鍛えましょう。
    そう話すと理解した顔はするのですが、実際にはコミュニケーション英語の教科書本文の予習をしたい。
    リーディングのサブテキストを全訳してほしい。
    英語表現の教科書の問題を予習したい。
    文法・語法の問題集を一緒に解いてほしい。
    というより、答えを教えてほしい。
    そういう痩せた勉強を望む子もいます。

    単語暗記の宿題を出しても、やってきません。
    長文読解の宿題を出しても、本気で解いてきません。
    本気でやらないから実力がつかず、学年相応の英語力になっていきません。
    学校の定期テストの成績は何とかキープしていても、校外実力テストや模試の英語の偏差値はいずれガクンと下がります。
    あるいは、そんな勉強では英検2級に受かるわけがないので、そのことは事前に伝え、今回は落ちるけれど、まずそのことを実感しなさいと送り出すと、予想通り落ちて、ショックを受けて、塾を辞めると言い出すこともあります。
    だから、今回は無理だって言ったのに・・・。
    許可しなければ良かったのかなあ。

    学力を鍛えるためには、学校の教材を私が代わりに解いてあげる授業ではダメなのです。
    それは当たり前のことなのですが、個別指導や家庭教師ならそういうことができるととらえている子は後を絶ちません。
    わからない問題を質問したい。
    わからないことを訊きたいから個別指導に通うのだ。
    気持ちはわかりますが、学習のピントのズレた内容に対応するだけでは成績は上がりません。

    個別指導を受ける強みは、学校の教材で授業してくれるかどうかの次元の話ではないのです。
    学習の本質をつかめば、学校の教科書も問題集も今までよりも効率的に自力で学習していけるようになります。
    自力で解けるのならば、家庭学習もあまり負担に感じなくなります。

    学習に対して視野が狭くなっていると、いずれその結果が表れてきます。
    学校の問題集を自力で解ける実力を鍛えること。
    テストにどんな問題が出るか、重要なところはどこか、自分で判断できる学力を鍛えること。
    そこに向かってさらに精進してまいります。

    今回、英語90点台の子は、学年トップの得点でした。
    普段、教科書の予習と本文の反訳トレーニングはしていますし、テスト前はテスト範囲の対策をしますが、授業時間の大半は、教科書の内容からは離れた学習をしています。
    近年、学校も英語で英語の学習をするスタイルが増え、リスニング力は強化されている一方、文法が曖昧な子が増えてきていると感じます。
    体系的な文法を、学校ですら学べないことがあります。
    にも拘わらず、定期テストには文法・語法の問題が大量に出題されています。
    英文法は、日本語で学んだほうがいい。
    結果、そのほうが英文も読めるようになっている。
    その子の答案を眺めながら、つくづくとそう感じました。


      


  • Posted by セギ at 11:49Comments(0)講師日記

    2019年12月16日

    北高尾山稜を歩きました。2019年12月。


    2019年12月15日(日)、北高尾山稜を歩きました。
    8時10分、支度をして、JR高尾駅北口から歩きだしました。
    ちょうど小仏行きのバスも来ていたので乗っていっても良かったのですが、北高尾山稜を歩くときは、何となく駅から歩きたい気持ちになります。
    距離もそんなに長くないですし。
    小仏行きのバスと同じコースをてくてく歩きます。
    北口からまずはまっすぐ歩き、コンビニの角を左折。
    さらにてくてく歩いていき、JRの高架下をくぐり、その次の交差点を右折。
    駒木野病院が見えてきて、その先、メゾンドプラムというアパートの前で右折。
    道はそのままJRの線路の上にかかる橋となり、そこから農道となっていきます。
    神社の前を左へ道なりに進むと、分岐のところに小さい道しるべが立っていました。
    「2019.8」と記されています。
    今年の8月に道しるべを立てたようです。
    ここは、右のほうが道が明るいので、何となく右に行きたくなって迷うところですが、正しい道は、左。
    薄暗いほうに入っていきます。
    樹木が迫るうっそうとした細い道をいくと、いったん高速道路にぐっと近づき、カーブしてまた遠のき、再び近づいて、橋脚を越えるとそこが登山口。
    小さな道しるべがあり、古いロープがついています。
    秋の台風のせいなのか、整備されたからなのか、登山口から斜めにゆったりと土が流れ、取り付きは前より歩きやすい感じがありました。
    そこから岩がちの登りになって、朝からちょっと険しいなと感じますが、険しいのはそこだけです。
    いったん登り切ると、手を使って歩くようなところはもうありません。
    むしろ、以前より歩きやすくなった気がするのですが、気のせいでしょうか?
    この登山口を開いた登山会の方か八王子市の方が、整備してくださったのかな。
    新しい道しるべも、そのときのものかもしれません。
    ありがとうございます。

    最後のほうは細い崖っぷちの道になり、用心して通過し、そこから登っていくと、地蔵のあるピーク。9:00。
    駅からここまで50分でした。
    ちょっと休憩し、さらに進みます。
    少し下って、また登って。
    台風の影響でもっと倒木が多いかと思いましたが、歩きにくいところはありませんでした。
    道が細いので、樹木が近く、風情があります。
    もう紅葉は終わっていました。
    高尾に冬が来たのを感じます。
    静かな道です。
    ときおり、トレイルランナーが追い抜いていきますが、それも単独行か2~3人で、30分に1組ほど。
    静かです。

    富士見台。10:15。
    ここも誰もいませんでした。
    樹間から、富士山の頭がくっきり見えました。
    上の画像がそれです。
    ここから、さらに道はよくなっていきました。
    ただ、アップダウンは多いです。
    ちょっと下って、しばらく平坦で、そこから急な登り。
    その繰り返しで高度を上げていきます。
    カエデの葉が道に散って、登山道が明るい。
    冬の日差しに透けて、木の枝に残る枯葉も美しい。

    板当峠。11:10。
    滝の沢林道との合流点です。
    そこを走ってくるランナーが、1人、また1人。
    この林道はどこから始まり、どこに通じているのだろう。
    ここに来る度思っていたのですが、今回、地図で調べてみたら、入り口も出口もどこにも通じずに終わっている林道でした。
    どおりで、舗装されていても車が走っているのを見たことがありません。
    登山道とは何か所か接点があるようです。

    また登山道へ。
    ピークを1つ1つ越えていきます。
    黒ドッケ。11:55。
    ここまで、小下沢林道へのエスケープルートには、逐一、「小下沢林道は崩落・消失のため通行不可」という掲示がかけられ、ロープが張られてありましたが、夕焼け小焼けへの道にはその表示はありませんでした。
    向こう側に降りていくことはできるようです。
    道しるべの下でちょっと休んで、また出発。

    下っていくと、道が湿った印象になり、大きな岩に枯葉が乗ったちょっと不安定なところを登っていきます。
    登り切ると、平坦な場所に出ました。
    枯葉が積もって、登山道が黄色く光っています。
    日差しが明るく、いつ来ても気持ちのよい場所です。
    高度が上がって、奥多摩の見晴らしも素晴らしい。
    道幅も広いところが増えてきました。
    ジグザグに登っては、また少し下る繰り返しです。
    ちょっと大きな倒木をまたいで、しばらく行くと、関場峠。13:05。
    左側を見下すと、落ち葉の積もった小下沢林道が見えました。
    勿論、下り口には固くロープが張られてあります。
    ここは、林道の終点。
    小下沢林道の完全復旧は、いつになるでしょう。
    それにしても、登山者が本当に少ない。
    林道閉鎖のため、北高尾山稜は歩けないと思っている人が多いのかもしれません。
    確かに、多くのエスケープルートが失われてしまいました。

    関場峠からは、さらにまた登っていきます。
    狭い尾根の登りが、緩急ありながら繰り返されます。
    植林帯を抜け、笹原の細い道を登っていくと、見晴らしのよい切株のある場所へ。
    今日は人が少ないので、ここではなく、山頂でお昼にしましょう。
    平らな道をさらに5分ほど行くと、堂所山山頂。13:45。
    思った通り、人の気配はありません。
    ベンチに座って、昼食。

    さて、ここから下山ですが、先はまだ長い。
    木の根の作る急な段差の道を降りていき、奥高尾縦走路に入りました。
    今までの道とは段違いに広く、穏やかです。
    できるだけまき道まき道と選んで歩いていき、景信山もまいて、山頂下の十字路。14:45。
    どんどん下って小仏峠を通過。
    そこから登り返してしばらく行くと、小仏のまき道は、今日も通行不可でした。
    ここのまき道を通れず、小仏城山に登り返すのが、きつかったです。
    木の根の段差の道を息を切らして登り、小仏城山。15:35。
    人の気配のするところまで戻ってきましたが、それでも2人ほどでした。
    あと1時間で日が暮れます。
    急がないと。

    そこからもまき道を歩いて、高尾山もまきました。16:10。
    トイレのところまで下りて来て、びっくり。
    わあ、観光客が結構います。
    薬王院の紅葉がまだかろうじて鑑賞に堪えるものだからでしょうか。
    それとも、高尾山からの夕焼けを見にきたのでしょうか。
    観光客をすり抜けるようにして、たったか下り、ケーブル山頂駅。16:40。
    何と、ケーブルカーは7分間隔で運行中でした。
    車両が登ってきたら客を乗せてすぐ下る、もっとも混雑しているときの運行形態です。
    さすがに整理券を配るほどの混雑ではありませんでしたが、改札前には行列ができていました。
    行列に並び、次のケーブルカーで無事に下山できました。
    この時期は、ケーブルカーの最終は、17:30。
    来週、高尾のダイヤモンド富士の時期は、延長運転がされるそうです。
    ただ、天気予報が今のところあまり良くないんですよね。
    大晦日から元旦は、夜間も運行。

    はあ、8時間以上歩いたので、さすがに疲れましたが、静かで良い道、良い景色でした。
    しみじみとした山歩きには、これからの季節が良いですね。

      


  • Posted by セギ at 13:34Comments(0)

    2019年12月11日

    勉強が苦手な子の1つの傾向。



    高校生と「分詞」の学習をしていたときのことです。
    まずは、中学の復習でもある、分詞の限定用法の学習をしました。
    名詞を修飾する用法です。
    現在分詞と過去分詞のどちらを用いるか、その使い分けが重要です。

    そこから先が高校の「分詞」の学習。
    分詞の叙述用法に進みました。
    SVCやSVOCのCに分詞を用いる用法です。
    ここでも現在分詞と過去分詞の使い分けが課題です。
    SVCの場合は、Sが動作主ならばCは現在分詞。
    Sが動作される側ならばCは過去分詞。
    SVOCの場合は、Oが動作主ならばCは現在分詞。
    Oが動作される側ならばCは過去分詞。
    「動作主」という言葉は厳密には古文で使用する用語ですが、便利なので私は英語の授業で使っています。
    文法が得意な子にとっては、明瞭でわかりやすいルールです。
    英語はこういう大きいルールが広く適用されるので学びやすいのです。

    しかし、その子は文法が苦手でした。
    説明を聞くだけで理解するのは難しいので、何度もルールを復唱してもらい、その後、練習問題を解きました。

    He kept (knock) on the door until I opened it.

    その子の答えは knocked でした。
    「・・・・え?何で?」
    文法を正確に復唱できるまで何度も練習したのに、何で?
    「door はノックされるから・・・・」
    「・・・・え?」
    限定用法の話はさっき終わり、叙述用法だよと言ったのに、何でその話に戻るんだろう?
    door は、直前・直後の名詞ではないから、分詞に修飾される名詞ではありません。
    「・・・・knock の直前の単語は kept だし、knock の直後の単語は on だよ。door は随分離れている。関係ないよ」
    「あ・・・」

    文法が苦手な子に英文法の授業をしていると、上のようなことが起こります。
    教えたことが上手く伝わっていきません。
    上の例は、相手が何をどう誤解したのか明確だったので改善の可能性がありましたが、普段はもっと不可解なミスも多いです。
    ミスの原因を生徒が言語化できない場合が多く、なぜそこを間違えるのか、教える側として理解しにくい場合がしばしばあります。
    こちらから一方的に解説するだけの授業では、途中で気が逸れて、聞いている顔で実は聞いていないということはあると思います。
    まだらにしか聞いていないので、関係のないことが本人の頭の中でつながってしまうのです。
    だから、今学んでいることは何であるか、本人に復唱してもらい、確認をしています。
    その上で、やはり、間違える・・・。
    どうしてそんなことが起こるのだろう・・・?


    もう一度その子の学校の教科書に戻り、文法を確認してから教科書の練習問題を解くと、それは全部正解できました。
    限定用法だけでなく、叙述用法も全て正解です。
    「教科書の問題は正解できるね」
    「これは、答を覚えているから・・・・」
    「え・・・・?答を覚えている?」
    「復習したっていう意味ですよ」
    「・・・・私は何回解いても、問題の答なんか覚えないけど?」
    「・・・・・?」
    「何でそんな意味のないことを覚えるの?」
    文法は覚えないのに、何で答を覚えるの?(''Д'')

    愕然として、私は悟りました。
    文法が苦手な子は、そういう勉強をしてしまうのか・・・・。

    なぜ英語が得意にならないのか、その一端が垣間見えた気がしたのです。
    いや、英語に限らず、なぜ勉強が得意にならないか。
    努力をしているのは伝わってくるのに、なぜ結果が出ないのか。
    その一端が見えた気がしました。
    理屈をどれだけ教わっても、それを復唱しても、問題を解く際にその理屈を活用できないのです。
    それはそれ、これはこれ。
    問題を解くときは、本人の中で別の解き方で解いてしまいます。
    多くは勘で解いたり、昔学習した別の文法を使ってしまったり。
    だから、最初に解くときは大半の問題を間違えてしまいます。
    それから正しい答を覚えます。
    目の前の1問1問の答を覚えること。
    それが、勉強。
    つまり、根幹のルールなどの抽象化したものを理解し活用することが苦手で、全て、個々の具体にしか対応できないのではないかと感じます。


    それは、小学生に受験算数を教えていても感じることです。
    集団指導塾に通い、受験算数だけうちの教室で補習をしている子には、その集団指導塾のテキストで復習することから学習を始めます。
    復習する様子を見ていると、受験算数が苦手な子も、テキストの基本問題は自力で解くことができるのです。
    しかし、テキストの基本問題とほとんど同じ構造の月例テストの問題は正解できません。
    ほとんど同じ構造で、難度も同じで、同じ考え方で解く問題なのに、なぜ解けないのだろう?
    月例テストなんて、8割は基本問題なのに。

    理由は明らかです。
    個々の問題の式と答を暗記しているだけで、理解していないのです。
    「式と答を覚えること」=「勉強」になっていて、それ以外の勉強ができないのです。


    受験算数の場合、自力で解き方を発見できるセンスのある子や、思考力のある子もいます。
    発達段階の個人差の大きい時期ですから。
    算数の問題を考えることが好きな子、自力で図を描いたり整理したりすることができる子たちです。
    そうした子たちには、補習というよりもっと自由に力を伸ばす授業をします。
    「〇〇算の解き方」を1つ1つ暗記する必要は、本当はないのです。
    線分図の描き方と面積図の描き方、そしてその活用の仕方を学べば、受験算数の解き方はそんなに幾通りもありません。
    相当算も食塩水も売買損益も差集め算もニュートン算も、根底にあるものは、全て同じです。
    思考力のある子は、そうした統合や抽象化が可能です。

    しかし、小学生の段階では、解き方の抽象化はできない子も多いです。
    その場合、「〇〇算の解き方」を1つ1つ覚えていくことから始めます。
    それでも、「解き方・考え方」を覚えるのなら、そのことで思考力を養っていくことができます。
    最終的には統合も可能です。
    しかし、子どもの中には、
    テキストの問題1の式は、4×5÷2=10 
    問題2の式は、5×10÷2=25 
    と、式と答を覚えているだけの子もいます。

    ・・・何の意味があるの?(''_'')

    そう思うのですが、本人にしてみると、覚えてしまうのだから仕方ない、ということのようです。
    小学生の柔らかい脳は、見たものをすぐに覚えてしまうことができますから。
    解き方を理解することと、問題の式と答を覚えてしまうこととの違いがわからないのかもしれません。

    では、式の暗記などできないくらいに基本問題を大量に解けば、その中から本人がエッセンスを抽出し、解き方を脳内に取り込むことができるのではないか?
    そうした発想から、宿題を大量に出す塾もあるのですが、算数が苦手な子たちは、問題を解くのが遅いです。
    問題文を読むのも、立式するのも、計算するのも時間がかかります。
    本当はもっと速く解けるけれど、沢山問題を解くと疲れるので、自らスピードを調節し、だらだら解くことが習慣化している子もいるかもしれません。
    スピードを上げたら、沢山問題を解かねばならない。
    沢山勉強させられて、損だ。
    そのような損得計算をしている子もいるように思います。
    そうして、メインテキストの基本問題だけをねっとりと時間をかけて解き、式と答を覚えてしまいます。


    私の教室で、英語が得意な子たちは、90分の授業時間の中で、問題のぎっしり詰まった40ページほどの文法テキストを1冊仕上げて帰っていきます。
    書きません。
    問題を見て、即答しています。
    さすがに40ページを全て解くわけではなく、その子の理解度を見ながら、とびとびに解きます。
    それでも、20ページほどは演習するでしょう。
    四択問題も。
    空所補充問題も。
    乱文整序問題も。

    一方、英語が苦手な子たちの演習スピードは、そういうわけにはいきません。
    書かずに即答という授業形態がまず無理で、解いた問題の答が手元に残らないと復習できないから不安だと言いますので、書いて解かねばなりません。
    最初にいろいろ説明しなければなりませんし、間違えているとさらに説明する時間も長くなります。
    その上で演習スピード自体も遅いので、90分の中で結局1ページしか解けないこともあります。
    そしてその1ページの問題の答えを覚えることが、その子にとっての復習なのだとしたら・・・・。
    20ページと1ページ。
    教室で20ページ解く子が、問題の答えを覚えているかといったら、覚えているはずがありません。
    いちいち答えを覚えていられるような量ではありません。
    余程印象的な問題が含まれていたら別でしょうが、翌週同じ問題を解いても、同じだと気づかず解き終わるかもしれません。
    学習した文法にしたがってサクサク解いているだけだからです。
    何度解いても正解ですが、それは答を覚えているからではないのです。

    受験算数が得意な子たちは、個々の問題の解き方をカチッと暗記しているわけではないので、図の描き方に無駄な要素もあります。
    例えば、水そうに直方体の重りを沈めていく問題。
    水面には波が立っているはずだからと、さざ波を立てた水槽の断面図を描いたりします。
    水面は、水槽のふちよりも薄く描き、濃淡のある図を描くこともあります。
    そのせいで、せっかく描いた図が役に立たないこともあります。
    私がさざ波を濃い直線に描き直すこともときに必要です。
    しかし、「これは一種の面積図なんですよ」と言うだけで、その子の脳が動き出します。
    それ以上の解き方を手取り足取り教える必要がないのです。
    算数・数学の問題を解く上では必要のないこだわりは、いつか本人が捨てるでしょう。
    思考力は本物で、これは誰にも奪えないし、本人も捨てようがない。


    個々の問題の答だけを故意に覚えようとしているわけではない。
    復習すると自然に答を覚えてしまうだけだ。

    苦手な勉強をそれでも一所懸命やっている子たちは、そのように言うかもしれません。
    それでも、「その勉強のやり方は変えなさい」と言わざるをえません。
    その勉強では、類題で正答できないのですから。
    個々の問題の答は覚えても、もっと重要なことを覚えていないのです。
    その問題を解く中で抽出し理解するべきことを把握できていません。
    答を覚えてしまうくらいに数少ない問題をねっとり見つめ続けることが本当に理解すべきことの把握につながっていないのです。

    有効なやり方は正反対のものでしょう。
    教科書の問題の答なんかいちいち覚えていないけれど、文法は覚えた。
    式も答も覚えていないけれど、解き方は理解した。
    だから、その問題は何度解いても正答できる。
    類題も正答できる。
    テストの問題も正答できる。
    入試問題も正答できる。
    勉強はそういうふうにやっていってほしいです。

    生徒たちに最も教えたいのは、そういう勉強のやり方です。

      


  • Posted by セギ at 12:39Comments(0)算数・数学英語

    2019年12月08日

    数A「不定方程式」のさまざまな解き方。アクティブラーニング的に。


    今回は、少し戻って、数Aの「不定方程式」について考えてみましょう。
    こんな問題です。

    問題 130x+31y=1 の整数解を求めよ。

    不定方程式は、具体的なxとyの値を1組見つければ、そこから解いていくことができます。
    基本の解き方は、このブログの過去ページ、「数A不定方程式」を参照してください。
    https://seghi.tamaliver.jp/e461561.html

    以降は、不定方程式の基本の解き方は理解していることを前提の説明となります。
    基本の考え方を丁寧に説明するわけではありませんので、根本が曖昧な場合は、上の該当ページから順次、不定方程式のページをご覧ください。

    さて、この方程式が成立するxとyの値を1組見つけましょう。
    簡単なものなら暗算で求めることができますが、上の方程式は係数が大きいので、暗算ではなかなか解にたどりつきません。
    こんなとき、どう求めたら良いでしょうか。

    ここで最もシンプルな解き方が、互除法を利用する解き方です。
    これは、全ての高校で学習する解き方です。

    130=31・4+6 より 6=130-31・4
    31=6・5+1   より 1=31-6・5

    これを利用して、上の方程式と同じ構造の式を1本作っていきます。
    1=31-6・5
    =31-(130-31・4)・5
    =31-130・5+31・20
    =130・(-5)+31・21

    130・(-5)+31・21=1 という式を得ることができました。

    与えられた方程式とこの式の辺々を引きます。

      130x    +31y =1
    -)130・(-5)+31・21=1
      130(x+5)+31(y-21)=0

    この先は、いつも通りの解き方です。
    130(x+5)=-31(y-21) 
    130と31は互いに素ですから、x+5は、31の倍数でなければ、この式は成立しません。
    x+5=31k(kは整数)
    よって、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)

    繰り返しますが、この答案を読んでいて、「え?なぜ?」と思う方は、基本の解き方が曖昧になっているかもしれません。
    該当ページに戻ってご確認ください。


    さて、解の値の1組を暗算で求められないときの解き方は、このように互助法を利用するのが一般的ですが、これしか求め方がないわけではありません。
    問題の解き方は1つではないのです。
    他の解き方を考えたり、他の人の解き方を見て、どうやって求めているのか論理の流れを理解したりするのも面白い勉強です。
    回り道な解き方には首を傾げたり。
    ハッとするようなスマートな解き方に感動し、自分もその解き方を以後取り入れたり。
    アクティブラーニングです。
    今回は、この問題の他の解き方の例をいくつか見ていきましょう。


    1つには、130という係数をもう少し小さくし、暗算しやすくする方法があります。
    もう一度、上の問題を確認しましょう。

    問題 130x+31y=1

    この130という係数が大き過ぎて、暗算に向きません。
    まずは、31に揃えることを考えてみます。
    130=31・4+6 ですから、
    (31・4+6)x+31y=1
    ここでいったん展開し、31でくくります。
    31・4x+6x+31y=1
    31(4x+y)+6x=1
    4x+y を1つの数とみなして、この方程式が成立する整数を考えます。
    31と6という係数ならば、その和が1になる数を見つけるのは比較的容易です。
    4x+y=1、x=-5 のとき、この方程式は成立します。
    そこで、x=-5を、4x+y=1に代入すると、
    x=-5、y=21
    これで、1組の整数解を見つけることができました。
    あとは普通の不定方程式の解き方と同じです。
      130x   +31y=1
    -)130・(-5)+31・21=1
      130(x+5)+31(y-21)=0
    130(x+5)=-31(y-21)
    130と31は互いに素だから、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)

    先程と同じ解になりました。


    最後に、飛び道具的に登場するのが、合同式による解法です。
    合同式は発展的内容で、高校によっては学習しないこともあります。
    中高一貫校でも、都立自校作成校でも、数Aを最初に学習する段階では、学習しない高校が増えてきました。
    しかし、理解できれば悪魔的に物事が簡単になるのが合同式です。
    合同式の考え方については、過去ページ
    https://seghi.tamaliver.jp/e460234.html
    を参考にしてください。

    基本の考え方は、ある自然数で割った余りが同じ数同士は合同である、ということ。
    これを利用して、上の問題を解きます。

    問題 130x+31y=1

    ここで、31y≡0 (mod31) です。

    31yは、31の倍数です。
    つまり、31yを31で割ったら、余りは0です。
    だから、他の、余りが0の数と合同です。
    それを上のように、31y≡0 (mod31) と書き表します。

    これを上の方程式に代入すると、
    130x≡1 (mod31) となります。

    「はあ?何?何?」となる人が多いかもしれません。
    31で割った余りに着目すると、左辺の余りは、31yの部分の余りは0なので、130xを31で割った余りだけを考えれば良いのです。
    一方右辺は、1なので、31で割った余りは1です。
    よって、
    130x≡1 (mod31) となります。

    ここで、130xをもう少し整理できないでしょうか?
    130xを31で割ってみましょう。
    130x=31・4x+6x です。
    31・4x は31の倍数で、この部分の余りは0ですから、余りとして着目されるのは6xの部分のみです。
    よって、
    130x≡6x (mod31) となります。
    右辺は変わらず1ですから、
    6x≡1 (mod31) です。

    ところで、合同式は、
    a≡b、のとき、a+c≡b+c、 a-c≡b-c、 ac≡bc (a、b、cは整数)
    という性質があることが証明されています。
    その証明は、式の変形と代入で証明するタイプのもので、実感を伴うものではありません。
    数学が嫌いな子は、その証明を見ても納得も感動もせず、嫌な顔をすることのほうが多いです。

    定理の証明がそういうものであるのは、高校数学では本当に多いです。
    小学校で学習する、三角形の面積の公式のように、証明がそのまま解き方の意味である、というものではありません。
    数学が好きな人は、証明の筋道を確認し、ああ、本当に証明されている、だから使っていいとなると、あっけらかんと使用します。
    しかし、数学が嫌いな人は、そういう証明の筋道を追うことが心の負担です。
    本当に証明されているのかどうか、読んでいてよくわからないのかもしれません。
    証明がよくわからないことに心の負担が増し、定理を丸暗記して使うことにも抵抗があり、その定理を上手く使用できないということがあるようです。

    解き方の丸暗記はやめよう、意味を理解しよう、と今まで頑張ってきたけれど、もう意味がわかりません。
    疲れました・・・。
    今までありがとうございました・・・。
    みたいな表情を浮かべる生徒に対し「待て、待て、待て。待ちなさい」と私は必死に声をかけることになります。
    大丈夫、ゆっくり見ていけばわかるから。
    必ずわかるから。
    わかって、納得できれば、そんな証明は忘れていいんだから。
    定理を証明しろという問題はテストには出ないから。
    こんな定理を自力で証明したのは数学者で、ある意味ちょっとどうかしている人たちだから、気にしなくていいのです。

    ここでは証明は省略します。
    興味のある方は、検索するか、高校数Aの教科書・参考書をご覧ください。

    戻りましょう。
    6x≡1
    これをxについて解きたいのですが、x≡1/6 というわけにはいきません。
    31で割った余りに着目しているのに、分数が出てきたらおかしなことになります。
    合同式の性質に、両辺を同じ数で割っても成立する、というものはないのです。
    そこで、31で割った余りが見やすいように、いったん5倍します。
    余りが見やすくなれば何でもいいのですが、今回は5倍が妥当でしょう。
    30x≡5
    30=31・1-1 ですから、30≡-1 です。
    よって、30x≡-x
    すなわち、-x≡5
    ここで、両辺に-1をかけて、
    x≡-5 (mod31)
    つまり、xは、31で割ると5不足する数なのです。
    よって、x=31k-5 (kは整数) と表すことができます。

    これを問題の不定方程式に代入します。
    130x+31y=1 に代入して、
    130(31k-5)+31y=1
    130・31k-130・5+31y=1
    yについて解きます。
    31y=-130・31k+650+1
    31y=-130・31k+651
    y=-130k+21

    よって、
    x=31k-5
    y=-130k+21 (kは整数)
      
    解説を加えながら解いていったので、かなり長くなりましたが、この合同式を利用した解き方は、答案としては一番短いのです。
    慣れれば、おそろしく簡単に解を求めることができるのが、合同式による解法です。
    発展的な内容になればなるほど、答案はシンプル。
    数学はかくも美しいのです。

      


  • Posted by セギ at 15:46Comments(0)算数・数学

    2019年12月04日

    高校英語。比較表現。クジラの公式。


    高校英語の「比較表現」。
    今回は、いきなり難度の高いクジラ構文を見てみます。
    クジラ構文、あるいは「クジラの公式」と呼ばれるもので、一番有名な例文にクジラが出てくることから、そう呼ばれています。

    A whale is no more a fish than a horse is.
    クジラが魚でないのは、馬が魚でないのと同じである。

    「クジラ構文」と言われてもピンとこなくても、この例文を見ると、ああ、あれか、と思い出す人が多いと思います。
    構造としては、
    A is no more B than C is D.
    AがBでないのは、CがDでないのと同じだ。
    となります。
    ただし、BとDが同一のものであるとき、Dは省略されます。
    上の文も、省略しなかったら、
    A whale is no more a fish than a horse is a fish.
    となりますが、英語は同じ言葉の使用を嫌いますので、最後の a fish は省略されます。

    構造の理解としては、否定語 no が一度使われていますので、これで否定文です。
    主語である a whale が否定されますので、「クジラは魚ではない」という情報をまず正確に受け止めることが必要です。
    とりあえず、クジラは魚ではない。
    それも普通の否定の仕方ではなく、もう全く魚ではない、と強く否定したい。
    どれくらい強く否定したいかというと、「馬が魚である」こと以上に。
    馬が魚であるわけがないので、それ以上に、クジラは魚ではないのだ。
    常識的に絶対違うこと以上に、それは違うのだ。
    そういう強い否定になります。
    だから直訳は、「CがDでない以上に、AはBではない」
    です。
    ニュアンスを正確に日本語に写し取るなら、
    「AがBでないのは、CがDでないのと同じだ」
    が最も妥当だということで、この訳し方が定着しています。

    構造を理解したら、とにかく覚えましょう。
    文の構造の「A is no more B than C is D.」か上のクジラの例文か、とにかくどちらかを暗記しましょう。
    覚えなければどうにもならないことが英語にはあります。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    The ability to write poetry made (  )(  ) money at that time (  ) it does now.
    今日と同じように、当時も詩を書く能力はお金にはならなかった。

    覚え方がbe動詞を使うものだったせいで、be動詞の文しかこの構文は作れないと思う人がいるのですが、実は一般動詞でも大丈夫なのです。
    「クジラ構文」ではない、「クジラの公式」だ、と言われる理由はそれかもしれません。
    ともかく、この問題は一般動詞の文ですが、クジラの公式が使えます。
    正解は、
    The ability to write poetry made (no)(more) money at that time (than) it does now.
    です。

    問題 以下の空所に適語を入れよ。
    A whale is (  ) a fish (  )(  )(  ) a horse is.

    クジラの公式で暗唱した文と同じ意味のようなのに、空所の位置が何だか違う・・・。
    ここで生きてくる知識は、no more = not ~any more だということ。
    したがって、正解は、
    A whale is (not) a fish (any)(more) than a horse is.

    このタイプの文もあわせて暗唱しておくと安全ではありますが、混同しやすいので、一番上の形だけしっかり覚えて、あとは他の文でも使える知識、no more = not ~any more で補うと、理屈で理解するのが好きな人には好評です。

    勿論、not と any more を文の中のどこに置くのかよくわからないと、この文は作れません。
    英語の基本の語順、どの単語がどの位置にくるかという文法の基礎を身につけておくと、こういうときに楽ができます。
    何でも土台がしっかりしていれば、大丈夫。


    さて、クジラの公式は、もう1つあります。
    A whale is no less a mammal than a horse is.
    クジラは馬と同様に哺乳類である。

    A is no less B than C is D.
    AがBであるのは、CがDであるのと同じだ。

    これも、B=Dのときは、Dは省略されます。
    省略せずに書けば、以下のようになります。
    A whale is no less a mammal than a horse is a mammal.

    less というのは little の比較級。
    little は準否定表現で、否定語の仲間です。
    当然、less も否定語の仲間となります。
    したがって、no less は否定語を2つ使っていますから、結果的に強い肯定を意味します。
    Aは絶対にBなのです。
    クジラは、もう絶対に哺乳類なのです。
    どれくらい哺乳類なのかというと、馬が哺乳類であるのと同じくらい確実に哺乳類なのです。

    no less を、not ~any less に書き換えることは不可能ではありませんが、あまり見られない形です。


    さて、no more とno less と2種類あるとなると、空所補充問題は、文意を読み取ってどちらであるかを判断する必要があります。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    高校生として、特に難しい単語はないはずなのですが、それでも、air pollution や、harm や、human being の意味がわからない、という人もいると思います。
    どれも、中3か高1の教科書やサイドリーターで一度は目にしているはずの単語なのですが、英単語が頭の中を素通りしてすぐに忘れてしまい、覚えられない人もいます。
    このあたりに1つ大きな壁があり、英語が苦手な人は、このレベルの単語を覚えていない場合が多いのです。
    そして、このレベルの英単語を覚えていないとなると、高校のコミュニケーション英語の定期テストで出題される初見の英文は読解できないですし、上のように、文意がわからないと解けないタイプの文法問題も解けなくなります。

    単語を覚えられない・・・・。
    そのように悩んでいる人は、悩んでいるわりに、単語暗記に関して、実際には何もしていない場合が多いのです。
    学校が毎週行ってくれる単語テストは、一夜漬け、あるいは当日の朝に覚える即席漬けを繰り返します。
    計画的に学校からもらった単語集を1冊覚えようと努力している人はほとんどいません。

    単語力は、簡単につくものではありません。
    1年以上の長期スパンで考えましょう。

    学校の単語集は自分で先取りし、できるだけ早く覚えて、何度も回転させると効果的です。
    紙の単語集だけでなく、準拠のCDや音源のダウンロードを利用しましょう。
    また、覚えた単語を定着させるという意味で、コミュニケーション英語の教科書本文を繰り返し音読するのも効果的です。
    コミュニケーション英語の本文の和訳を見ながらそれを英文に戻す「反訳トレーニング」は、英語の筋トレのようなもので、さらに効果絶大です。
    NHKのラジオ講座を聴くのも、とても良いことです。
    学校の長文問題集があるならそれを、なければ別に購入して、初見の長文を読む経験を積むことも欠かせません。

    そうしたことをこつこつ実践していると、1年後、信じられないような英語力がついています。
    気がつくと、読めなかった初見の長文が読めるようになっている。
    そのようにじわじわと効果が表れてきます。

    一方、上のような、やるといいと言われたことは一切実行しないのですが、「覚えやすい英単語集」といった情報にはすぐに反応し、購入する人がいます。
    購入しますが、持っているだけで安心するのか、使いません。
    覚えやすいといっても限度があります。
    持っているだけでその本の情報が脳に写し取られて、目が覚めたら単語力がついていた、ということにはならないのです。
    私も興味があるので、覚えやすい英単語集という情報に触れれば書店で手に取ってみますが、感想は「他の単語集と大差ない」という場合が大半です。
    やはり努力して暗記しなければ、この1冊は頭に入らない。
    そうした感想しかわいてきません。
    単語集は、学校から渡されているもので十分だと思います。
    学校のテスト範囲でもありますし。

    結局、反復と努力しかないのです。
    それしかないのだという現実を受け入れる精神的成長を遂げた人から、英単語を覚えられるようになります。
    いきなりパーフェクトを目指す必要はありません。
    学校の単語集の5割でも7割でも覚えることができれば、ゼロよりはましになります。
    努力が苦手な人は、完璧な結果を求めすぎるのかもしれません。
    全てかゼロか、ではないのです。
    半分覚えるだけで随分変わります。

    問題に戻りましょう。

    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    Air pollution does (  )(  ) harm to birds and animals (  ) it does to human being.

    air pollution は「大気汚染」、harm は「害する、傷つける」、human being は「人間」です。

    そうすると、(  )を除いた前半の内容は、「大気汚染は鳥や動物に害を与える」という内容です。
    後半は、「大気汚染は人間に害を与える」という内容。
    これは、肯定される内容か、否定される内容か?
    大気汚染は、鳥や動物に害を与えるでしょう。
    だから、これは肯定文。
    no less と二重に否定することで、強く肯定すれば良いとわかります。
    正解は、
    Air pollution does (no)(less) harm to birds and animals (than) it does to human being.


    問題 以下の空所に適語を補充せよ。
    A home without love is (  )(  ) a home (  ) a body without a soul is a person.

    この問題文は、単語は比較的易しいですね。
    前半は「愛のない家庭は家庭である」という内容。
    後半は、「魂のない肉体は人間である」という内容。
    今回は、B=Dではないので、Dにあたる内容も省略されず書かれています。

    内容から判断して、これは否定文でしょう。
    だから、正解は、
    A home without love is (no)(more) a home (than) a body without a soul is a person.
    となります。


    クジラの公式は、理解し、整理して覚えれば、そんなに難しくありません。
    比較表現の学習は、このように1つ1つの表現を正確に理解し、整理していきましょう。

      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)英語

    2019年12月01日

    高校数Ⅱ「式と証明」。複素数。解と係数の関係。


    今回は、「解と係数の関係」。
    これは、数Ⅰで学習済みの内容です。
    それに虚数解を加えたのが今回の学習内容です。

    解と係数の関係とは?
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
    α+β=-b/a 、αβ=c/a

    これが解と係数の関係です。
    説明しましょう。

    α、βを解に持つ2次方程式の1つは、
    (x-α)(x-β)=0 と表すことができます。
    これを展開すると、
    x2-αx-βx+αβ=0
    x2-(α+β)x+αβ=0 ・・・①
    となります。
    一方、ax2+bx+c=0 の両辺をaで割ると、
    x2+b/ax+c/a=0 ・・・②
    ①と②は同じ方程式ですから、係数を比較すると、
    α+β=-b/a 、αβ=c/a

    この説明では、α、βを解に持つ2次方程式の1つは、(x-α)(x-β)=0 と表すことができる。
    というところが少し難しいところかもしれません。

    (x-2)(x-3)=0
    という2次方程式を解けと言われたら、
    x=2、3
    という解になります。
    逆に、解がx=2、3 である2次方程式を復元するなら、
    (x-2)(x-3)=0は、その1つです。
    「1つ」というのは、x2の係数は1とは限りませんから、上の式の両辺を何倍かした方程式は全て、x=2、3 を解に持ちます。
    ですから、x=2、3 を解にもつ方程式は無数に存在するけれど、とにかく、(x-2)(x-3)=0 はその1つです。
    同じように、解がx=α、β である2次方程式の1つは、
    (x-α)(x-β)=0 です。
    ここがわかれば、その後は特に難しいことはないと思います。
    符号処理で少し混乱する人がいるかな?というくらいでしょう。


    (x-2)(x-3)=0
    のような、因数分解を用いた2次方程式の解法は、中3で学習する内容です。
    解くことはできても、なぜそれで解けるのか、本質を理解していない人は案外多いところです。
    本質を理解していない人は、例えば、
    x(x-2)=0
    のように少し目先が変わると、正解できません。
    x=0 という解を発見できず、x=2 のみ答えて不正解となってしまうことが多いのです。

    (x-2)(x-3)=0 
    これは、(x-2)と(x-3)との積が0だということです。
    かけ算の答えが0になるとき、少なくとも一方は0です。
    だから、x-2=0、または x-3=0
    よって、x=2、または x=3
    これが、因数分解による解き方の意味です。
    だから、
    x(x-2)=0 のときは、
    x=0 または、x-2=0 となり、
    x=0、または x=2 となります。


    2次方程式の解と係数に関する問題を実際に解いてみましょう。

    問題 2数 2+√5i 、2-√5i を解とするxの2次方程式を求めよ。

    もう一度確認しますが、α、βを解とするxの2次方程式の1つは、x2-(α+β)x+αβ=0 です。
    ですから、α+βとαβ、すなわち、2つの解の和と積を求めれば、2次方程式は楽に復元できます。
    上の問題で2数の和は、
    (2+√5i)+(2-√5i)=4
    2数の積は、(2+√5i)(2-√5i)=4-5i2=4-5・(-1)=4+5=9
    よって、求める2次方程式は、
    x2-4x+9=0です。


    問題 連立方程式 x+y=-4、xy=6 を解け。

    急に応用になって、え?どういうこと?と思いますね。
    この学習の流れでないならば、普通に代入法で解くことを思いつくでしょう。
    まずはそれでやってみましょう。

    x+y=-4 より y=-x-4
    これをxy=6 に代入して、
    x(-x-4)=6
    -x2-4x-6=0
    x2+4x+6=0
    解の公式を用いて、
    ;x=-2±√4-6
     =-2±√-2
     =-2±√2 i
    x=-2+√2 i をx+y=-4 に代入して、
    -2+√2 i +y=-4
    y=-4+2-√2 i
     =-2-√2 i
    また、x=-2-√2 i をx+y=-4 に代入して、
    -2-√2 i+y=-4
    y=-4+2+√2 i
     =-2+√2 i
    よって、(x、y)=(-2+√2i、-2-√2i)、(-2-√2i、-2+√2i)

    これで構わないわけですが、与えられたのがxとyの和と積であることを利用する解き方もあります。
    αとβが解である2次方程式の1つは、
    x2-(α+β)+αβ=0 でした。
    和と積がわかっていれば、その2数を解とする2次方程式はすぐに作れるということです。
    では、x と y の和と積がわかっている今回、その2数を解とする2次方程式はすぐに作れるんじゃないでしょうか。
    x と y が今回はαとβにあたるのです。
    だから、xやyとは違う文字の2次方程式にしましょう。
    t を用いてみます。
    t2-(x+y)t+xy=0 
    という式の解は、t=x、y 
    となる仕組みですね。
    よって、
    +4t+6=0
    t=-2±√4-6
     =-2±√2 i
    xとyはこの方程式の2つの解で、どちらがどちらであると特定できるものではありません。
    したがって、
    (x、y)=(-2+√2 i、-2-√2 i)、(-2-√2i、-2+√2i)

    どちらの解き方でも良いのですが、こちらのほうが早く解けます。
    いすれ高校でもアクティブラーニングが本格的に導入されます。
    教科書に載っている解き方を丸暗記して解くのではなく、何通りもの解き方を理解し、最善の解き方を判断していくことが重要です。



      


  • Posted by セギ at 17:44Comments(0)算数・数学