たまりば

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2011年08月19日

その山小屋は



昔。
太平洋戦争の最中、徴兵を逃れるため、住所を転々とし、足跡を消して、ついには北アルプスの山深くにこもった人がいました。

誰も殺したくない。
誰にも殺されたくない。
戦争には、行きたくない。

それは、当時の日本で通用するはずのない願いに命をかけた逃亡だったと思います。

20代のクライマーだったその人は、命が惜しくてこうしているのではないと自分に言いきかせるように、「鳥も通わぬ」と呼ばれる北アルプス滝谷の垂壁をロープなしで登っていました。

この話を初めて知ったとき、私は、当時の日本にそういう考え方があり得たことに、ただ驚きました。
あきらめて戦争に行くのでもなく、国に逆らって獄死するのでもなく、逃げて生き延びる道があったのだということ。
そういうことをできた人がいたということ。

私が、いつも怖いと感じるのは、そういう時代になれば、私自身も、戦争は仕方ないと考えるようになってしまうのではないかということです。
そして、戦争に負ければ、戦争はいけないと、また思う。
戦争の時代に自分が何も言わなかったことを忘れて、戦争は良くない、と言う。

今の時代だからこそ、なおさら、不安になるのかもしれません。

だから、あの時代にそのように生きた人の存在は、私に不変を信じさせてくれます。
人は、そのように生きることもできる。

戦争が終わって。
日本は、国そのものが変わりましたから、その人は、処罰されることはなかったと思います。
けれど、戦地から帰ってこなかった多くの人を思えば、自分のしたことに胸を張る気持ちにもなれなかったでしょう。
もしかしたら、普通に戦争に行くよりも重いものを、その人は背負ってしまったのかもしれません。
その人が、その頃の苦悩について語っている文章を、私は読んだことがありません。
何も語れないほどの苦悩というものも、あるのだと思います。

わかっていることは、1つ。
数年後、その人は、北アルプス縦走路の山頂に、山小屋を建て始めます。
そこは、背後に滝谷が控える要地。
そこに小屋があれば、救える命がある。
ヘリコプターによる輸送などあり得なかった時代、その人は、太い柱の1本1本から全て、3100メートルの高みに担ぎ上げたそうです。

以来60年。
小屋は、改築・増築を繰り返しながら、今もそこにあり、クライマーと登山者の支えであり続けています。
80歳を過ぎてなお、ひと夏に1度、滝谷で亡くなった方々に手向ける花をザックに差して小屋に登っていたその人も、数年前に亡くなりました。
けれど、今も、その精神を深く敬愛する人々にとって、そこは特別な小屋です。

その人の、年をとってから生まれた息子さんも、もう40代。
小屋主として、誠実に山小屋の仕事を続けるその姿に、信頼を寄せる登山者は多いと聞きます。
私が大キレットを歩いた前日、滝谷ではクライマーが落石で怪我をし、ガスのため救助のヘリコプターが飛ばず、岩場でビバークしていました。
ガスが切れたひと時、小屋主は、窓から顔を出し、無線機で連絡を取っていました。
間をおかず、県警のヘリコプターが爆音を上げてやってくるのを、私は、テラスでぼう然と見上げていました。
小屋主が無表情にキャベツを刻む姿が、窓の奥に見えました。
その後、クライミングのギアをつけた県警の人たちが登って来ると、下降点まで案内し、指さして何か説明している。
そして、戻ってくると、今度は、窓に背中を向けて、夕食の肉を焼く。
救助と、泊まり客の世話と。
きっともう何年も、毎日がこのようであると感じさせるその姿に、私は、やはり不変というものを見た気がします。
出された夕食が、8年前に山の雑誌に紹介されていたものと寸分違わぬメニューであったことにまで、徹底した不変を感じました。
不変ということは、日々の積み重ねなのでしょう。

その小屋は、特別な小屋。
涸沢から楽に登れるコースもありますが、その小屋の話を聞いてから、私は、いつか自分に力がついたら、その小屋に泊まりたいと思っていました。
せめて、大キレットを独りで越える力か、GWに涸沢から独りで登る力がついたら、泊まりに行きたいと、ずっと憧れていました。
そうして、静かにテラスに座り、山を眺めたい。

今回、ようやく念願がかないました。



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