たまりば

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2011年03月31日

連立方程式 3




4月14日(木)午前10時から11時半まで、、大人のための数学講座を産業プラザ7階で開きます。
頭の体操に、お子さん・お孫さんの勉強をみるためのヒントに、ぜひおこしください。
予約は必要ありません。
当日、ぷらっとおこしください。
定員18名です。
参加費2000円。売上は、日本赤十字に寄付します。

何をやるのかというと、連立方程式。
中学2年の1学期に学習する内容です。
解き方は、加減法と代入法の2種類があります。
加減法については、先日説明しました。
本日は、代入法を説明したいと思います。

 y=3x-5    ・・・①
 2x+3y=-4 ・・・②
 
例によって、これは連立しているのだと思ってください。
①・②の番号は、解きやすくするために、後からつけたものです。
これを加減法で解くこともできますが、その場合、①の式を変形する必要があります。
加減法は、xやyを含むもの(項といいます)が、左側(左辺といいます)に集まっていないと、うまくいかないです。
①の式は、左辺には y しかない。右辺に x がある。
何か、今までと違う式です。
でも、この式は、むしろ、使いやすい。
②の式の y の代わりに、①の右辺 3x-5 をカボッと入れること、できますよね。
だって、 y と、 3x-5 は、等しいですから。
それが、代入するということ。

①を②に代入して

 2x+3(3x-5)=-4

これが代入法です。
この式、 x だけの式になりましたから、1次方程式です。
1本だけで、解いていくことのできる式です。

 2x+3(3x-5)=-4
  2x+9x-15=-4
    11x-15=-4
        11x=-4+15
        11x=11
          x=1 ・・・➂

さて、これを①の式に戻すと、 y もすぐ求められます。

➂を①に代入して

 y=3x1-5
 y=-2

よって、x=1 , y=-2


この代入法、連立方程式の解き方としては、加減法と同じくらい大切なものなのですが、なぜか人気がありません。
「私は、加減法しか覚えない」と宣言して、上のような式でも、わざわざ加減法で解けるように変形して、何があっても加減法で解く子がいます。
「代入法は、難しくないよ」と言っても、
「いいの!」と、キレ気味に応え、目も合わせず、ひたすら、加減法で解きます。
ひとつの問題に、2種類の解き方があるときは、1書類しか覚えたくない。
1つ覚えるだけでも、もう限界なんだよ。
そんな心の悲鳴が聞こえてきます。
その子と、数学との間に、深い亀裂が走ってているように感じます。

そういう場合、連立方程式が特別難しいからそうなるわけではなく、実は、もっと前、中学生になって、算数から数学になったときに、気持ちがついていけなくなっている可能性が考えられます。
能力ではありません。
気持ちがついていけなくなった。
何かが納得できていないのです。
算数と数学は、名前が違う通り、異なる構造をもっています。
そのことが、理解できていない場合が多いように思います。


写真は、山梨県大月市岩殿山。
高速道路で、大月に入ったときに、よく見える岩山です。





 


 



  


  • Posted by セギ at 11:12Comments(4)算数・数学

    2011年03月30日

    スポーツジムから学べること




    久しぶりにスポーツジムに行きました。
    武蔵境の駅前にあるジムです。もう10年以上通っています。
    平日のデイタイム限定の会員。
    会費は、ロッカー使用料込で、月額9150円。
    スポーツジムとしては、安いほうだと思いますが、まあ贅沢です。
    やめないといけないかなあ。
    まあ、それは、今後の生活と相談して。

    お金の問題もありますが、こんなときに、無駄に運動をして汗を流すというのも、何だかなあ、という気持ちがあります。
    この無駄な運動、発電に換えられたら、いいのに。

    運動は、そんなに得意ではありません。
    運動神経は、ごく普通です。
    ジムで何をするかというと、歩いたり、バイクをこいだり、エアロビクスをしたり。
    10年も通っていますと、エアロビクスの変遷というものを感じます。
    私が通い始めた頃は、まだ体操っぽいのが多かった。
    それが次第に、筋肉トレーニングっぽくなりました。
    ブート・キャンプみたいなのですね。懐かしいな。
    今は、ヒップホップなのか何なのか、とにかくダンスっぽいです。
    ステップが細かい。
    リズムチェンジが多い。
    本当に訓練をつんで、身体のできている、踊れる人にとっては、たいへんにカロリーを消費するダンスなのでしょうが、素人がやると、動きが小さいので、あまり汗をかきません。
    踊りが複雑になればなるほど、カロリー消費が少ない気がします。
    エアロビクスの本分を見失っていないか。
    などと、感じながら、それでも、通い続けています。

    二十歳そこそこと思われる若いインストラクターがやってみせる踊り。
    頭では理解できる。
    でも、身体はその通りには動きません。
    平日の午前中のクラスの参加者は、半分以上中高年なのに、なぜこんなにも高度なの?
    そりゃ、30代の奥様たちも参加しているけど。
    基準はそこか?
    私のことは、考えてくれないのか?
    踊れない人は、もっと簡単な初心者クラスに行けってこと?
    私、もう10年やっているんだよ。
    エアロビクスが変な進化を遂げて、迷惑しているんだよー。
    などと、心の中でつぶやきながら、それでも、必死に踊ります。

    なぜやめないのか。
    1つには、こういう経験は、自分には必要なことだと感じるからです。
    できない子の気持ちがわからなくなったら、この仕事は終わりです。
    他の人ができることを自分ができないとき、どんな気持ちになるか。
    骨身にしみる悔しさを、忘れてはいけません。

    もう1つ。
    難しいふりつけも、翌週、同じものをやると、少しできるようになるんです。
    練習すれば、できるようになる。
    そのことも実感できます。
    最初、その若いインストラクターは、毎週毎週ふりつけを変えたので、私は毎週踊れず、暗い気持ちで帰るばかりでしたが、さすがに中高年のことも考えてくれた様子で、今は、3週、同じふりつけをやってくれます。
    少しは、上達します。
    それが、うれしい。

    さらにもう1つ。
    その若いインストラクターの成長ぶりが、見ていて頼もしい。
    「できなかったら、最初の簡単なステップでいいんですよー。リズムは同じですからー」
    なんてことを、彼女は、初めのうちは、言っていました。
    私は、心の中で、見捨てないでくれよ、と思っていました。
    できなかったら、できなくてもいいよ、なんて、そんなふうに言わないでくれ。
    できるようになりたくて、来ているのだから。
    実際、私もふくめ、簡単なステップで済まそうとする人は、いないんです。
    間違えても、複雑なふりつけを選び続けます。
    できなくても後退しない中高年たちの姿に、彼女も思うところがあった様子です。
    そういうことは、言わなくなりました。
    すばらしい。
    そうだ。私も、そういう声のかけかたを、してはいけない。
    できるようになりたくて来ている子に、中途半端な指導はするな。

    そういうことを、たくさん、学べます。


    写真は、東京都神津島。2006年春撮影。
















      


  • Posted by セギ at 15:45Comments(2)講師日記

    2011年03月29日

    話さない生徒




    久しぶりに、美容室に行ってきました。去年の夏以来ですから、半年ぶりです。あんまり余計なことにお金を使いたくないけれど、身だしなみにも気をつかわないといけない仕事。美容室には、もう少し頻繁に行ったほうがいいかもしれません。

    東京の客は、髪を洗ってもらうとき、「かゆいところありませんか」と問われても、「ないです」と答える。
    大阪の客は、どこがかゆいか伝えることが多い。
    先日、そんな実験をテレビで見て、なるほどなあと思いました。
    もちろん、私も、かゆいところを伝えたことがありません。
    これからも、たぶん、伝えないと思います。
    そんなものは、後で自分でかきむしればいい。
    いや、違うかな。

    髪型のイメージは、正確に伝えないといけない。
    これをきちんと説明するのはこちらの責任なので、一生懸命しゃべりますが、切ってもらっている間は、黙って雑誌を読んでいることが多いです。
    例によって人見知り。
    もう長く通っている美容室なので、美容師さんもほとんど話しかけてきません。
    私のカルテには、「話さない客」と書いてあるかもしれません。

    昔、個別指導塾で教えていた頃、ひと言も話さない小学6年生の男の子を教えたことがあります。
    大手の集団指導塾に通っていて、算数の宿題の、わからないところだけ教えてほしい。
    そういう依頼の、体験授業でした。
    テキストは、応用問題のページの、しかも後ろのほうの超応用問題にばかりチェックが入っていました。
    解けと言われれば解きますが、他の塾のテキストですから、こちらで教材研究や準備はできず、その場で、ホワイトボードに向かって、全力で解いていくだけです。
    何をやっているかは語りながら解きますが、自然、言葉は少なくなりました。
    「・・・という答えになったけど、あってますか?計算ミスとか、ありませんか」
    私が質問すると、彼は、カバンから解答集を取り出しました。
    持っているのなら、見せてくれと言いたいところですが、まあ最初の授業なので、私の力を試したい気持ちもあったのでしよう。
    幸い、答えはあっていました。
    それを確認すると、彼は、私が書いた図や途中式を黙ってじっと見ていました。
    「何か、わからないところ、ありますか」
    そう訊いても、彼は、黙ってじっと見ています。
    やがて、ああそうか、わかった、という顔になり、ノートに書きだしました。
    ノートを取り終わった彼に、
    「・・・で、次は、どれですか」
    私が訊くと、次の問題を指さします。
    私は、ホワイトボードに向かって解き始めました。

    こんな授業でいいんだろうか。
    というより、これは、そもそも授業なのか?
    私なりに疑問はありましたが、そのまま、彼は入会し、私を講師として指名し、そんな授業が続きました。
    ふた月ほどして、彼のお母さんと会う機会がありました。
    笑顔でお礼を言われました。
    「スピーディーな授業で、息子は、先生のこと、とても気に入っております」
    「・・・はあ」
    「おかげで、塾の成績も上がって」
    「・・・そうですか」
    スピーディーも何も、ただ私が解いているだけで、解説も余談も何もないですから、そりゃ、速いですが。
    しかし、このスタイルが気に入っている様子らしいので、もう変えることもできない。
    そのまま、約1年、口数の少ない授業が続きました。
    彼の譲歩としては、最初から、私に解答集を渡してくれるようになったことくらいです。
    無言は、変わりません。
    それでも、表情をみれば、おおよそのことはわかります。
    無言でホワイトボードを見ている彼の表情は、コンピュータが砂時計を表示して沈黙している状態を連想させました。
    理解できると、目に光が宿る。ぱっと顔が輝きます。
    書いているノートを見ていても、彼の理解の程度はわかりました。
    私の式を彼なりに少し書き変えていることがあり、そこは、私が、わかりやすいよう、くどいほど丁寧に解いたところである場合が多く、彼の省略の仕方は理にかなったものでした。
    間違えているときは、私は、そこを指さします。
    彼は、手を止めて考え込み、理解できると消しゴムで消して、正しく直しました。
    図は、決して省略しません。
    私の描いた図を完璧に模写していました。

    ほとんどの授業では、生徒のほうがよくしゃべります。
    小5・小6は、反抗期まっただ中。
    「算数うぜー」
    「学校うぜー」
    「塾うぜー」
    「親うぜー」
    といったおしゃべりの洪水をかきわけながら、
    「まあまあ、そう言わずに、これ解いてみましょう」
    と、何とか解かせ、何とか解き方を理解させ、身につけてもらい、よし、今日も頑張ったね、という授業のほうが、あの頃は、むしろ多かったかもしれません。
    そんな中で、週に1度ある、沈黙の授業。
    何も語っていないのに、私のテクニックは、確実に彼に伝わっていると感じました。

    彼は、通っていた塾内でクラスを上げ、上位クラスでも頭角をあらわし、志望校に合格しました。

    あのやり方が正しかったのかどうか、今もわかりません。
    他のやり方があったのかもしれません。
    他の講師ならば、他のやり方をしたでしょう。
    彼がそれを受け入れたかどうか、それで成績が上がったかどうか、今となっては、わかるはずもありません。

    ただ、お望みならば、私は、そんな授業もやります。


    写真は、神津島のウラシマソウ。2006年春撮影。













      


  • Posted by セギ at 18:40Comments(1)講師日記

    2011年03月28日

    連立方程式 2



    さて、連立方程式の続きです。

     x+y=14
     x-y=-2

    昨日、みたか身の丈起業塾の同期生から教えてもらったソフト、まだ調べているところで、いまだ、2行にまたがる { は付けられませんが、これは連立方程式なのだとして、さて、どう解くか。

    連立方程式には、2種類の解き方があります。
    加減法と代入法です。
    これは、加減法で解いてみます。

    まず、


     x+y=14・・・・・・①
     x-y=-2・・・・・②

    と、式に番号を付けます。
    これは、必要な作業なんですが、数学の苦手な中学生の多くは、何しろ、手を動かしません。
    この、番号をつける作業さえ、ほおっておくと、やりません。
    「え?教科書の説明だから、ついているだけじゃないの?」
    なんて言います。
    解くときは、いつも、番号をつけるんだよー。
    間違えないための作業なんだぞー。
    「え?こんなの間違えないし」
    じゃあ、やってみなさいよ、と言うと、間違えるんです。
    これくらい簡単なら、正解できるかもれませんが、数問解くのを黙って見ています。
    ちょっと複雑になると、できなくなります。
    そうして、不機嫌になる。
    「数学、うぜー」とシャーペンを投げ出す。

    学ぶことは、真似ることから始まる。
    勉強のできる子は、教わったことをそっくり再生します。
    そして、自分の中に入れておく。
    そうやってたくさんの引き出しが自分の中にあるから、応用問題もその組み合わせで解ける。
    自分の考えがもてるのは、知識がたくさんあるからです。
    現代数学の最先端に到達するまでは、どうやったって先人の真似です。
    オリジナルの発想で数学の問題を解くのは、数学者になってからでしょう。

    教わることにいちいち心が逆らうので、勉強ができなくなっている子。
    その構造だけは、早く本人に理解させたい。
    真似をしないから、勉強がわからないんだよ。
    君の頭が悪いわけではない。
    学習に向かう姿勢が少し違うんだ。
    そして、自分が損をしているんだよ。


    またも、話がそれました。
    連立方程式を解きましょう。

    加減法とは、①と②を足したり引いたりすることで、どちらかの文字を消す方法です。

     ①+②

       x+y=14
    +) x-y=-2
       2x   =12
        x   =6・・・・➂

     ➂を①に代入して 
      6+y=14
          y=14-6
         y=8

     よって、
       x=6 , y=8


    さらさらっと流しましたが、この途中のどこかの意味がわらない、何でそうなるの?という場合、そこから説明いたします。
    どうぞ、大人のための数学講座においでください。
    4月14日(木)午前10 : 00~11 : 30です。



    写真は、山梨県大月市高川山のワンコ。
    毎日、麓から山頂に登ってくるということで有名な犬です。
    少し距離をとって、登山客を静かに出迎え、食べ物をもらえると静かに食べ、
    もらえないと静かにその人から離れる、たいへんマナーのいい犬。
    今も、山頂にいるだろうか。
    2007年春撮影。






      


  • Posted by セギ at 13:07Comments(0)算数・数学

    2011年03月27日

    連立方程式 1



    さて、4月14日(木)午前10時より、三鷹産業プラザ7階702で、大人のための数学講座を開きます。
    シニアの方の頭の体操と、お子さんの数学の勉強をみたいお母さんのための講座です。
    予約は必要ありません。お気軽におこしください。
    内容は、連立方程式です。

    ところで、連立方程式とは何か。
    たとえば、こんなのが、連立方程式です。

     x+y=14
     x-y=-2

    この2本の方程式、 { という記号でくくらないと連立したことにならないんですが、パソコン上で、2行にまたがって { をつけるには、どうしたらいいのかわかりません。
    パソコンは、連立方程式より難しい。
    なので、今は、省略。

    で、話を戻しますと、これの x と y の値を求めることが、連立方程式を解く、ということです。

    方程式というのは歴史が古く、エジプト文明の象形文字でパピルスに書かれた方程式が残っているそうです。
    もちろん、 x  や y も、象形文字で書いてあります。

    そう考えると、いや、そう考えなくてもそうですが、わからないものを、必ず x とおく必要は、本当はないですよね。
    〇でも☐ でも、AでもBでも、何でもいい。
    数字の代わりに、何か記号を置けばいいんです。
    「代数」とは、そういうことです。

    なぜ方程式に x という文字が使われるようになったのかというと、使い始めたのは、デカルトだといわれています。
    デカルトは、なぜ x を使ったのか。
    フランス語には、 x という文字を使うものが多く、印刷屋が、 x という活字をたくさん持っていたからだといわれています。

    ああ、本当に、何でもよかったんですね。(*^_^*)

    おっと。
    こんなことを書いているだけで、時間が過ぎてしまいました。
    これから、チラシをポスティングしてきます。
    セギ英数教室。
    従業員は私1人。
    何でも、自分でやります。

    上の方程式の解き方は、また明日。

    連立方程式の解き方は、2種類。
    加減法と、代入法があります。
    この連立方程式は、加減法で解くのが楽です。


    写真は、栃木県 足利行道山に咲いていた、カタクリ。2006年春撮影。











      


  • Posted by セギ at 13:59Comments(4)算数・数学

    2011年03月25日

    水が戻ってきました



    今日行ってみたら、スーパーに、沢山の水がありました。
    少し安心する眺めです。
    いざとなったら買えばいい。
    今は、買いませんが。
    「えびの高原」の水というと、九州の霧島山からきています。

    山歩きが好きで、これまで、日本のいろいろな山を歩きました。
    えびの高原は、霧島山の韓国岳(からくにだけ)の登山口。
    韓国岳から見えた高千穂峰は、何も知らない人が見ても、「あの山は何という山?」と尋ねずにいられない特別な印象の山でした。

    そうか。
    あそこから、はるばる届けられた水か。

    九州からのトラック輸送となると、やはり、少し高くなるのは仕方ないのかな。
    あるいは、もともとがこういう価格設定の、おいしい水なのかな。
    それとも・・・。

    今、このときに、流通の仕組みや、需要と供給、価格決定の仕組みを説明したら、子どもたちは、普段よりも真剣に聞いてくれるでしょうか。
    物がなくて嫌だとか、買い占めをする人がいて困るとか、そういうことだけでなく、流通の仕組み、価格設定の仕組み、そういう基本を説明するのは、どうでしょうか。
    表層の事実だけ大人の口マネをして、実は何も理解できていない子どもよりも、仕組みがわかっていて、だからどうなのかを自分で判断できる子のほうが、いいですよね。

    なぜ、品不足なのか。
    「買い占めする人がいるから」
    なぜ、買い占めする人がいると、品不足になるのか。
    子どもの多くは、もうここらへんから、自力では答えられないと思います。








      


  • Posted by セギ at 13:45Comments(6)講師日記

    2011年03月24日

    やっぱり原発のこと






    数年前、頼まれて、小学生に中学受験のための社会を教えていた。

    その子の持っていたカラフルな塾のテキストは、子どもよりもむしろ大人が読んで面白いものだった。カラー写真が多く、読み物記事も沢山入っている。わかりやすく説明してくれているので、ああ、そういうことだったのか、と大人のほうが面白く読める。
    子どもは、勉強するために与えられたテキストというだけで、つまらなく思えてしまうのだろう、面白いなんて決して言わないが。

    エネルギー問題は、環境問題とからめて、大きな単元の1つだ。
    中学受験生は、日本地図に描かれた点の集まりを見て、どういう種類の発電所の分布図か、見分けることができなければならない。
    海岸部にいくつか点が打たれてあるのが、原子力発電所分布図。
    都市部も含め、日本中にたくさん点が打たれてあるのが、火力発電所分布図。
    山岳地帯に点在しているのが、水力発電所分布図。

    それぞれの発電方法の長所と短所も記述できなければならない。

    ◎原子力発電
     長所 大量の発電ができ、二酸化炭素放出量が少ない。
     短所 放射線がもれるおそれがある。
    ◎火力発電
     長所 都市部周辺にも立地が可能。
     短所 二酸化炭素放出量が多い。
    ◎水力発電
     長所 二酸化炭素の放出量が少ない。
     短所 建設場所が限られ、多くの費用がかかる。
    ◎風力発電
     長所 二酸化炭素の放出量が少ない。
     短所 安定した電力の供給ができないおそれがある。

    小学生がこれを記述するのだ。
    「人生に必要なものはすべて幼稚園の砂場で学んだ」(ロバート・フルガム)という本があるが、「人生に必要なものはすべて中学受験で学んだ」と言ってもいいかもしれない。

    原子力発電所の短所。
    放射線がもれるおそれがある。

    そうだ。
    私たちは、知っていた。
    子どもにも、教えていた。
    今、それが現実になっただけなのだ。
    私たちは、この危険を知っていた。

    私が教えていた小学生は、頭はいいのだが、妙にトンチンカンなところのある子だった。
    あるとき、短答問題の練習をしていた。

    問 日本で、原子力発電所の多い地域はどこか。

    正解は、北陸だ。
    しかし、彼女は、こう答えた。
    「広島」

    生徒が間違えても、傷つけるような表情をしてはならない。
    なので、無表情が仕事として身についている私だが、そのときは、あまりのことに驚いて、「なんで?」と叫んでしまった。
    「広島に、原発があるわけないよ」
    「え?なんで?」
    彼女は、私の驚き方に、逆に驚いていた。

    広島に、原発があるわけない。
    でも、それは、私の勝手な思い込みだ。
    実際、広島に原発はないが、その理由は、私の憶測だ。本当のところは知らない。
    だた、思うだけだ。
    広島の人は、原子力の「平和利用」なんて、信じないのではないか。
    広島に原発誘致は、不可能だろう。
    実際は、三角州は立地に適さないとか何とか、そんな理由があるのかもしれないが。

    そんなことを思い出すと、また、私は、自分の本心に気づく。
    私は、原子力発電の安全性を信じていなかった。
    危険なものだと知っていた。
    でも、突然爆発するようなものだとも思っていなかった。
    じわじわと危険が広がるが、でも、最終的にはどうにかなるもの。
    そんなふうに思っていたのではないか。

    水道に、放射性物質が混じっている。
    乳児は飲用を控えるように。
    昨日流れたこのニュースは、衝撃的だった。
    三鷹の水道が、利根川からのものだということさえ、私は知らなかったから。
    野菜を洗っても、米をといでも、放射線が混じるんだなあ。
    お風呂に入れば、皮膚にまとわりついてくるんだなあ。
    微量だけれど。
    大人の健康に影響するのではないらしいけれど。

    自分に問う。
    これは、想像していた範囲のことか?
    いや、これは少し違う。
    ここまでは、想像できていなかった。

    原子力発電の短所  放射線がもれるおそれがある。

    この1行を教えたとき、私は、その本当の意味に気づいていなかった。



    写真は、南アルプス農鳥岳 大門沢の吊り橋。






      


  • Posted by セギ at 12:55Comments(2)講師日記

    2011年03月23日

    英語を学ぶということ



    勤務していた塾で、新中1英語準備講座というのを長年やってきましたが、高3を教えるときよりも気をつかいますし、ある意味難しいです。

    中学受験の勉強に忙しく、英語は初めての子もいます。
    中学受験はしなかったけれど、英会話教室に通っていた子もいます。
    中学受験はしなかったし、英会話教室にも通っていなかった子もいます。

    まるでレベルが違います。
    個別指導なら、一人ひとりに合わせればよいので問題ないですが、集団指導の場合、かなり厄介です。
    けれど、実際に中学生活が始まれば、問題は薄らいでいきます。
    中1の秋頃には、レベルもそろってきます。

    でも、消えない問題もあります。
    3つのグループのうち、一番厄介なのは誰か。
    実は、英会話教室に通っていた子たちです。

    勉強が上手な子は、問題ありません。そのまま、中学のペーパーテストでも高得点を取り、発音がいいので、英語の先生にほめられ、ALTの先生ともちょっと会話が弾んだりします。
    ますます英語が好きになります。

    でも、どこにでも、不器用な子はいます。

    英会話教室は楽しい。
    英語のあいさつ。英語の歌。英語のゲーム。英語のクイズ。英語のリズム体操。
    とても楽しい。
    ああいうのが、英語。
    楽しいのが、英語。
    小学校の「総合」の時間の英語も楽しかった。
    クイズやゲームがいっぱいあった。
    ああいうのが英語。
    中学の英語は、楽しくない。
    あれは、英語じゃない。

    手を使って書くのが好きではない子は、練習をしない理由を作り上げます。
    スペルなんて、どうでもいい。
    文法なんて、細かいことは、どうでもいい。
    英語は、話せなければ、意味がない。
    学校の英語なんて、意味がない。
    練習する必要はない。


    中1のときは、皆が英検5級を受けるのを余裕で眺めていた。
    自分は、小学校のときに3級を取ったから。
    周りがすごいね、とほめてくれる。
    自分はすごいんだ。
    英語が得意なんだ。
    学校の英語の成績は「3」だけど、そんなの関係ない。

    中2になって、準2級を受けたら、落ちちゃった。
    中1から英語を勉強し始めた素人が合格しているのに。
    なぜだろう。
    中3になって、英語で定評のある大学の付属高校を受けたいと担任に言ったら、考え直せと言われた。
    塾の先生に相談したら、すごくレベルの低い高校を勧められた。
    なぜだろう。
    自分は英語が好きなのに。
    英語が得意なのに。

    中3の夏や秋になって、親子でこうした相談にくる方がときどきあります。
    お母さんは、涙声で言います。
    「小学校2年生から英会話教室に通わせたのに」
    私には、かける言葉がありません。

    そういう子が英語が好きだというのは、本当は、嘘です。
    その子は、楽しそうなことが好きなだけで、英語が好きなわけではありません。
    本当に英語が好きな子は、無味乾燥な英語の長文を読んでいても楽しい。
    全く興味のもてない哲学的な話の英語のCDを聴いているだけでもうれしい。
    英語に触れているだけで、幸せなんです。
    英語が好きだから、細部まで理解したい。
    スペルも正確に覚えたい。
    文法も知りたい。
    英語の細部がいとおしい。

    最初は、楽しそうだから、で構いませんが、そのうちに、楽しくなくても、苦しくても、続けていくのが、好きだということですよね。

    でも、それを言っても仕方ありません。
    あなたは、本当は英語なんか好きじゃないのよ、と宣告しても、事態は変わりません。
    その子のプライドに見合うだけの英語力をつけてあげること。
    解決方法は、それしかありません。
    とても、難しいことですが。

    小学生の中には、英語が主要科目であることを知らない子がいます。
    入試科目に英語があることを知りません。
    中学で英語のテストがあることさえ知らない子もいました。
    英語のテスト?
    何をテストするの?
    英語って、遊びじゃないの?
    小学校の「総合」の英語は、遊びだよ。
    そんな調子でした。
    そして、中学英語が遊びではないとわかると、英語が嫌いになっていきます。

    小学校で英語が必修になっても、入試英語との落差が埋まらない限り、事態は変わらないかもしれません。

    中学受験をした子は、それまで英語の勉強をしていなくても、実はあまり問題がないんです。
    「先生、英語って簡単じゃね?」
    そんなふうに言います。
    「まあねえ。でも、じきに、泣くほど難しくなるよ」
    「…泣くほどか」
    難しいことは、難しいから、面白い。
    それを知っている子は、もう、一生大丈夫なんです。


    写真は、奥高尾に咲くチゴユリ。2009年春に撮影。






      


  • Posted by セギ at 11:25Comments(0)英語

    2011年03月22日

    基数と序数



    もう何年も前になりますが、ひとケタのたし算ができない、小学2年生を教えたことがあります。

    8+6

    の答えが、日によって13になったり12になったりする子は、高学年でもいますが、

    3+6

    がうまく解けないとなると、それは、保護者も心配します。
    その子は、お医者さんのひとり娘でした。
    保護者面談にやってきた、きれいなお母さんは、悲しそうにしています。
    少し前の言い方で言えば、「勝ち組」。
    だけど、子どもの成績が悪いと、医者の奥さんは、つらいことが沢山あるような気がします。
    「母親の血筋ね」なんて嫌味を言う親戚がいたら、最悪です。
    私は、そういうことを聞く立場ではないし、お母さんも、そんな話はしませんでしたが。

    小学2年生の本人は、お母さんに比べると、あっけらかんとしていました。
    「パパがねえ、おまえの頭は、膜が張ってるのかって言うんだよー」
    笑顔で言うので、それは冗談なのでしょうし、冗談だということが子どもにも伝わっているようでした。
    お父さんは、娘の算数の出来について、それほど深刻に感じてはいないのかもしれません。

    しばらく一緒に問題を解いていて、気づきました。
    彼女は、個数を数えることがうまくできませんでした。
    プリントに描かれた、お花の数。
    3つくらいまでなら、ぱっと見てわかるようでしたが、7つくらい並んでいると、「いくつあるでしょう?」という問いに答えられないのです。
    「1・2・3・4…」と一緒に声に出すと、ついてきますが、
    「ほら、7つだね」と言っても、無表情です。
    別の問題を一人で解いてもらうと、答えがズレています。

    とうてい無理だろうと思いながら、次に、ひとケタのたし算の問題を解いてもらいました。
    一応正解もありました。
    答えが少しズレているだけの惜しいものもありました。
    でも、ときおり出てくる、奇妙な答え。
    私は、それだけ眺めていました。

    3+5=4

    4+9=6

    答案をしばらく眺めて、私は、「ああっ」と声をあげました。

    「これは、序数だ!」

    3番目の人と5番目の人とを足したら、何番目になるでしょう?
    8番目?
    なんでそんなに遅くなるの?
    3番目と5番目をたしたら、4番目くらいじゃないの?
    違うの?

    厳密にいえば、彼女の認識は、序数ですらなく、数字は、ただ、順番に出てくる記号。
    個数と対応していないのでした。
    算数の時間は、常に、

    Λ+Θ=Ω で、Λ+Θ=Σ ではないぞ!

    と言われているようなものです。
    大人の言っていることは、全く理解不能な作業の連続だったのかもしれません。
    世の中に何とか合わせようと、かなり近いところまで真似ているので、むしろわかりにくくなっていましたが。

    しかし、私たちは、3+5=8であると、当然のように言いますが、常に本当にその個数をイメージしてそう答えているわけではありません。
    確かめたときに、確かに8だった。
    昔、やったとき、8だった。
    だから、今も8である。
    それは、もう確かめる必要のないことだから、常に使おう。
    私たちは、3+5=8を、暗記して使っているのです。
    彼女との違いは、意味がわかっているということだけ。


    どこかで学びそこねたものは、そこからやり直すしかない。
    3枚。4個。5本。
    現物を見せながら、繰り返し、繰り返し、数字と個数は対応することが、理解できるまで。

    ヘレン・ケラーの「ウオーター」のように劇的ではありませんでしたが、薄紙をはぐように、彼女は、たし算ができるようになっていきました。


    写真は、小金井市 江戸東京たてもの園。  


  • Posted by セギ at 10:15Comments(2)算数・数学

    2011年03月21日

    小数の計算2



    小学生の計算力を見るには、小数のわり算がわかりやすいです。
    もちろん、筆算の必要な、複雑なもの。
    初めての壁なのかもしれません。

    131.5÷1.7

    商は、十分の一の位までもとめ、あまりも答えなさい。

    小数点の移動の仕方は、意味がわかっていないと、やはり、時間が経つとまた忘れます。
    これは、前回話したのと同じ。

    最大の問題は、商の最初の数字がなかなか立てられないこと。
    スパンと一度で「7」が立つと気持ちいいですが、「9」から立て始めて、消して、「8」を立てて、消して、それで不安になって、「6」を立ててしまう不器用な子、案外多いですね。

    ここで必要なのは、17×1ケタのかけ算の暗算をする能力。
    その技を伝達しなければなりません。

    次に、正確にひき算をする能力。
    くり下がりのあるひき算。
    ミスをしやすいところです。

    そして、もう一度、次のケタの商を立てる。
    この作業を忘れていて、1回で終わらせてしまう子もいます。
    この後、どうしたらいいのか、わからなくなってしまっています。

    連続作業が理解できていたとして、では、どこで、やめたらいいのか。
    十分の一の位ってどこ?

    それもクリアできても、最後に、あまりの小数点はどこだ?という問題が登場します。

    いやはや、小数のわり算は、1問解くだけで、消耗しますね。
    複合競技ですね。

    根気のない子は、このあたりから算数が嫌になります。

    算数は、もっと簡単なものなのに。
    何で、こんな頭を使わせるの?
    ものを考えると、頭が重くなってくるから、嫌なんだよ。
    算数のくせに、何で、こんなに難しいの?

    何年か前、小学生の女の子の、大体こんなふうな自己主張を聞いて、私は、目が開かれる思いがしました。


    1960年にノーベル物理学賞を受賞したドン・グレイザーは、小学3年生のときに、学習障害児の施設に移るべきであると学校から助言されました。
    ドンの両親は、断固として譲りませんでした。
    そして、4年生で、ドンは、わり算の筆算の達人であることが明らかになりました。
    ドンは、低学年の、バカげた明白な問題のどれにも、わざわざ答える気になれなかったと、後に語ったそうです。
    けれど、わり算の筆算は、少し難しく、答えは明らかではなく、過程が魅力的でした。
    だから、ドンは、解き始めた。

    小学生諸君。
    ここからが、算数なのだよ。

    (*^_^*)

    写真は、千葉県、鋸山近くの大仏と梅。


      


  • Posted by セギ at 11:36Comments(2)算数・数学

    2011年03月20日

    小数の計算



    私の実感では、中学受験生の半分が、6年生になっても、小数の計算がうまくできません。
    そんなふうだから、きちんと計算できる受験しない子に出会うとむしろ驚きます。
    少数のたし算の場合、たとえば、

    12+1.3=2.5 になってしまいます。

    ケタがズレているんですね。

    習ったばかりのときは、できるんです。
    学校のテストも、そこそこ得点できたはずです。
    ところが、少数のかけ算を習うと、あれは、右寄せで筆算しますから、それに慣れてしまう。
    で、久しぶりに少数のたし算をやると、たいていの子が、この計算になってしまいます。
    ケタに対する意識が低いのと、意味を考えずに単純作業として計算しているから、こういう計算になるのでしょう。
    そうした分析は簡単です。

    では、どうすれば、そうならないか。
    計算の意味がわかれば、そうならないですよね。
    でも、それが、とても難しい。
    この先は、子どもによって違ってきます。

    今は、空気を読むのに精いっぱいの子が増えてきました。
    説明を聞くよりも、その説明に対してトンチンカンな反応をしないことに意識が集中していて、内容は聞いていない様子が見えることがあります。
    理解できていないことを悟られまいと必死の子もいます。
    そんな子たちは、説明が終わると、とりあえず、ほっとしています。
    何一つ、頭に入っていません。

    また、空気を読まない子もいます。
    他人の話を1分以上は聞き続けることができない様子です。
    大人の話を聞き流すのが習慣化している様子の子もいます。
    説明は、聞いていません。

    若い頃、自分の説明は、我ながらわかりやすいから、子どもたちはよく聞いてくれるし、よくわかってくれていいなあと思っていたことがありました。
    それなりに結果も出るので、よけいにそう思っていたのかもしれません。
    そういう気持ちでいるから、子どもの表情の奥にあるものに気がつきませんでした。
    今は、自分の説明が子どもに届かない可能性をいつも考えています。
    相手の表情の奥を見る。
    相手があっての説明だ。
    少数のたし算だけでも、子どもに説明するのは実はたいへんなことだし、子どもがそれを受け入れ、意味を理解して習得するのは、もっとたいへんなことです。

    それでも、必ず、意味を伝える。
    意味がわかれば、面白いのだから。
    どんな子に、どんなふうに伝えるか。
    それは、企業秘密。
    (*^_^*)


    写真は、茨城県 袋田の滝。




      


  • Posted by セギ at 12:56Comments(0)算数・数学

    2011年03月14日

    品不足



    スーパーもコンビニも、米・パン・麺類が売り切れ。
    電池・水は、言わずもがなです。
    ここは、被災地ではないのに、計画停電への不安が買いだめに走らせるのでしょうか。
    テレビ画面が大き過ぎて、リアル過ぎて、余計に不安になっているのかも。
    うちの地デジは小さいから、平気です。(^-^)
    うちは、お米が切れているのですが、まあ何とかなるでしょう。
    山で食べるアルファ米なら3袋あるし。

    避難所に暮らす方が、テレビのインタビューで、「最初は、白いご飯だけのおにぎりだったのが、だんだん、ゴマがついたり、海苔がついたり、パンや果物もついたりしている」と、笑顔でおっしゃっていました。
    それだって、1日1回なのかもしれないのに、明るく。

    写真は、スーパーで本日購入したお好み焼き粉。
    これで、3日は大丈夫だ。o(^-^)o
      


  • Posted by セギ at 22:41Comments(0)講師日記

    2011年03月13日

    激甚災害



    マグニチュード9.0に修正。
    政府は激甚災害に指定。

    テレビは、全国に、そして全世界に、被害を伝えています。
    インターネットでそれを見て、世界から応援が集まっている。
    大切なことなのだけれど、見続けるのは、正直つらい。
    何度も泣いてしまう。
    だからといって、DVDを見ようなんて気には、とてもなれない。

    今朝は、ラジオをつけました。
    ラジオを聞きながら山歩きをするうちにファンになって、山に行かない日も聴くようになった番組です。
    報道特別番組になっているかと思いながらスイッチを入れると、内容はやや特別ですが、いつもの番組でした。
    自分の体験した地震を、自分の視点で語る。
    局のライブラリーが地震でぐちゃぐちゃで、リクエストに応えられないので、スタッフの手持ちのCDをかける、と笑わせていました。
    少し懐かしい、わかりやすく、励まされる曲が何曲も流れました。
    聴きながら、自分がどれだけ緊張していたか、わかりました。
    まだ、先は長い。
    48時間しか過ぎていない。
    まだまだこれからです。

    ラジオは、災害にもっとも強いメディアであると言われています。
    そこに関わる人たちが、それを自覚し、正確で前向きな情報を発信しているように思います。
    単4電池1本で聴くことができるラジオは、そこで働く人たちの経験値も含め、やはり圧倒的に豊かで強いメディアだと感じました。

    このブログは、私の塾のことを説明するブログなのですが、すみません、今は、このことしか書けません。

    写真は、三鷹陸橋からの、夕焼けと富士山。
    今年1月に撮影。
    普通の幸せな風景。
      


  • Posted by セギ at 15:16Comments(4)講師日記

    2011年03月12日

    昨日、部屋に帰ったら



    昨日の午後、起業支援センターで揺れを感じ、机の下に隠れたり、また出て作業を続けたりしていました。
    夕方、携帯が一時的につながり、気象サイトで地震の規模の大きさを知り、驚いて三鷹の街に出ましたが、街は、いつも通りの穏やかな夕方の商店街。
    買い物も普通にできました。
    アパートに帰って、ぐちゃぐちゃの部屋を見て、やっと、私の小規模な被害の現実に直面しました。

    先月まで、進学塾で働いていました。
    その資料の整理がまたできず、床に積み上げてある状態だったのですが、見事にぐちゃぐちゃになりました。
    本棚は、地震に備えた補強をしてあったので、一番上段の本が数冊床に落ちた程度。
    落ちた本が当たったのか、テレビがついていました。
    あるいは、地震のときに、自動的につくようになっているのか。
    地デジのやることは、よくわからない。

    とにかく、床を片付けていると、何かの拍子に、今度は、テレビが消えてしまいました。
    何かコードが抜けた気配。
    これと格闘すること30分。
    そうするうちに日が暮れて、お湯でもわかそうと思ったら、ガスが出ない。
    壊れているのではなく、地震を感じて、自動的に止まった様子です。
    どうすれば、復旧するのか。インターネットで検索。
    東京ガスのサイトは、アクセスが集中しているのでしょう、うまくつながりませんでした。
    いろいろ試して、東邦ガスというところのサイトが、ガスのマイコンメーターはどんな形状のもので、どのあたりに置いてあるものかから説明してくれていました。
    もちろん、操作方法も明快。
    私でも、何とかガスを復旧することができました。
    私の小さな被害は、これで解決。
    落ち着いて、テレビを見て、息をのみました。

    私は、新潟市出身です。
    四歳のときに、新潟地震にあいました。
    覚えていらっしゃる方もいるでしょうか。
    黒い地下水が吹き上がり、石油タンクが炎上した、あの地震です。

    今、このときにも、ザックに荷物を詰め、現金をかき集め、被災地に向かっているボランティアがいる。
    私が動かない理由は何だろう。
    災害の現場で、自分が役に立つと思えない。
    役に立たなくても、行く意味が、本当はあるようにも思います。

      


  • Posted by セギ at 11:34Comments(0)講師日記