たまりば

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2012年07月31日

2012年夏、富士山に登ってきました


7月28日(土)は、夕方で仕事が終わったので、夜から富士山に行ってきました。
新宿から高速バスで、一気に河口湖口五合目へ。
夜10時から歩き始めました。

今年の富士山は、残雪が多く、7月半ばの段階では、吉田口・須走口の下山路が残雪のため閉鎖されていて、往路を下らなければならないとか、お鉢めぐりも、剣ヶ峰下の雪が多くて、通れないという話でした。
とはいえ、梅雨も明け、夏本番。
重機を使い、ガシガシ除雪してくださったそうで、下山路の雪も消え、お鉢巡りも開通。
日本で一番高い山なのに、まるで高尾山のように初心者の多い夏の富士山、今年も始まりです。
(*^_^*)

バスの便が良いし、何しろ楽なので、いつも河口湖口から登ります。
夜10時でも五合目のレストハウスは開いていて、明るい。
50円払って、トイレへ。
五合目から上は、トイレは1回200円です。
富士山に行くなら、小銭をたくさんご用意を。
(*^_^*)

本当は、最低1時間、できれば2時間、五合目にとどまり、高度順応したほうが良いのですが、夜10時到着のバスではその余裕はないので、その分、意識してゆっくりゆっくり六合目へと歩き始めました。
毎回思うのですが、いくら道が緩いからといって、そして歩き始めで元気があるからと言って、六合目までの道を、初心者はなぜあんなに急いで歩くのだろう。

街を歩くとき、若者は、道をタラタラ歩いています。
横に広がってタラタラ歩くから、正直邪魔である、というくらいに。
富士山でこそ、その牛歩を維持したらいいのになあ。
妙に張り切って、ザッザ、ザッザと靴音も高く歩いていきますね。

六合目から七合目、傾斜が急になっても、スピードを緩めず、力の限り、息を切らして歩いてしまう。
七合目から八合目、岩場が始まった頃には、頭痛や吐き気と闘いながらの悪戦苦闘。
毎年おなじみ、八合目付近では、仲間の誰かが高山病で倒れてしまい、進退きわまっているグループの姿が。
登山道脇にうずくまって苦しそうな人の姿も。
もう、完全に横たわって寝ている人も。
(^_^;)

富士山は、ゆっくり登れば、つらい山ではありません。
コツは、息切れしないこと。
息切れしないスピードで歩き続ければ、とても楽な山です。

でも、せっかく富士山に来たのだから、苦しんで登りたいのかもしれません。
苦しい思いをしながら、必死に登る富士山が好きなのか?
若者は、山に何かを求めているのかもしれません。
自分探しとかかな。
(*^_^*)


なぜ山に登るのか。
「そこに山があるからだ」

1人歩きしているこの言葉は、実は、エベレストに登る理由を問われた登山家が、
Because it is there.
と答えたものだということをご存知の方も多いと思います。
まだ誰も登ったことのない世界最高峰がそこにあり、そこに登れるだろう技術を持った自分がいる。
そんなもん、登りに行くの、当たり前だ。
そこに、世界最高の処女峰があるのだから。
 
そういう、わかりやすい話を、禅問答みたいに解釈したいのは、我々が日本人だからでしょうか。

そんなどうでもいいことを考えながら、ゆっくりゆっくり歩いていきました。

しかし、年々、人が増える。
1回登ったら飽きるのかと思ったら、若い人の中に結構リピーターがいる様子です。
去年登って楽しかったから、今年は別の友達を誘ってきた。
そんな感じの人を多く見かけました。
去年高山病で登れなかったから、今年はリベンジに来た。
そんな人も多く見かけました。

去年は、登山道で中国語を聞くことが多かったのですが、今年は、英語をたくさん聞きました。
諸外国の人たちが、日本の安全を確認し、また観光に来るようになったようです。
クリアーな聴き取り易い英語。
英語を母国語としない人同士が、富士山で知り合って、会話している様子でした。
どこから来たのか。
どこへ行くのか。
どこの国に行ったことがあるが。
どこの国が面白かったか。

そんな話をぼんやり聞きながら、見上げると、満天の星。
星が多すぎて、もう何が何だかわからない、光の帯です。

山頂は満杯で、山頂直下でご来光を迎えました。
天気を見て登るせいもあるので、私、ご来光率は、100%です。
いつ見ても、ご来光はいいですね。

下山は、砂ぼこりとの闘い。
口元はバンダナで覆い、帽子にサングラス。
小石まじりの砂の道をザクザク下りて、五合目に戻りました。

ところで、夏の富士山の登り方、詳しくは、昨年登ったときにブログに書きましたので、興味のある方は、リンクを張っておきましたので、ご覧ください。
http://seghi.tamaliver.jp/e178562.html

バスを待つ間に、登山ツアーの大型バスが次つぎと到着し、集合しては、出発して行きました。
仕切るのは、富士山の現地ガイドさんたち。
それぞれの小屋に所属するガイドさんたちは、昼、五合目でツアー客を迎え、一緒に小屋まで登り、そこで仮眠。
夜、小屋を出発し、山頂でご来光。
そのまま五合目に下山し、ツアー客をお見送り。
すぐに次のツアー客を迎えて、一緒に小屋まで登る。
これを夏中繰り返すと聞いたことがあります。

おそるべき体力だ。
なので、私も、疲れたとか言っている場合ではありません。
夏期講習、頑張ります。
(*^_^*)
  


  • Posted by セギ at 22:52Comments(2)

    2012年07月26日

    国語教科書の小説


    中学の国語の教科書は、随筆や説明文は、時代ごとにどんどん変わっていくのですが、柱となる小説教材の中には、何十年も掲載され続けているものがあります。
    今でも中1の教科書に載っている『少年の日の思い出』なんて、私自身が中1のときにも学習しました。

    友達のチョウを盗んでしまいました。
    それを告白しました。
    でも、許してもらえませんでした。

    そりゃ、そうだろう。

    正直に言えば、あの小説には、そんな感想しかないのですが、私が中2のときに教科書に載っていた小説『サーカスの馬』は、今も記憶に鮮明です。
    あの小説は、登場する馬の背骨が曲がっている描写に差し障りがあり、教科書に載ることがなくなったと聞いています。
    惜しいことです。

    勉強もできず、運動もできず、友達もいない、まるで良いところのない、無気力で孤独な少年。
    その少年が、いつも眺めていた、裏庭につながれているサーカスの馬。
    この馬も、自分と同じでダメな奴だから、こんなふうにつながれているのだと、唯一共感できた存在。
    そして、ラスト、一気に視点が逆転する、その爽快感。

    でも、それに図式的に感動するのは、少なくとも勉強はできる子であり、本当に勉強ができず、運動もできず、友達もいない子ではないのかもしれません。
    今の時代、小説を読むことは、勉強のできない子には難しい作業になりつつあります。
    心から共感できる小説が存在しても、それを読む力がない。


    もう何年も前になりますが、テレビのバラエティ番組で、タレントに中学レベルの5教科のペーパーテストを解かせて、その誤答を楽しむというものがあり、私もときどき見ていました。
    その中でも突出して勉強のできない芸人さんが1人いて、驚愕するような誤答を連発していました。
    芸人としても、大人から一目おかれるエッジの効いた笑いを提供するようなタイプではなく、失礼ですが、ぱっとしない芸人さんに見えました。

    おそらく、そんな感じのまま、半年、1年、経っていたと思います。
    その芸人さんが、別のテレビ局の「1か月1万円生活」という企画に参加したのを、これもまた、私は、見ていました。
    すいません。あの頃、私は、テレビばかり見ていました。
    深夜疲れ果てて帰り、そのままでは眠れないので、録画しておいた笑える番組を少し見て、心を休め、どうにか眠りにつくような日々でした。


    あの番組をオンタイムで見た人とは、あのときの爽快感を共有できると思います。
    1か月を1万円で過ごす。
    そのやりくりさえ、やっぱりできない。
    先を考えて行動しない。
    あー、やっぱりダメだよね。
    そう思って見ていたら、その芸人さんが、突然、モリを手に海に飛び込み、素潜りで魚を獲り始めたんです。

    その斬新さ。
    圧倒されました。

    最初からそういう展開の企画であるとか、海辺に育っていれば、あれくらいは出来る程度のものだとか、そういうのは、いいんです。
    初めて見たとき、本当にワクワクしましたから。

    ある視点から見たら、どうにもならないように見えた存在。
    しかし、視点を変えた瞬間、ヒーローに変わる。

    いや、本当は、最初から、その人はヒーローだったんです。
    勉強ができない子に、勇気をくれる。
    「勉強なんかできなくてもいい」というよりも、むしろ、「頑張れば、勉強もできるようになるかもしれない」と言えるくらいの勇気をくれる。
    見ていると気持ちが明るくなる。
    そんな存在。

    これは、『サーカスの馬』だ。
    テレビのバラエティなのに、ここにはブンガクがある。
    私はそう感じ、私自身も励まされるように思いました。

    しばらくして、その芸人さんが、子どもたちのカリスマであると知りました。
    小学生向けの学年雑誌に連載を持っていて、圧倒的な人気がある。
    特に、勉強があまりできない小学校高学年の男子にとって、とても大切な人だと言うのです。
    親がうっかり「濱口」なんて呼び捨てにしたら、「濱口さん、と言え」と怒られるとか。
    (*^_^*)


    だから、思うんです。
    君たちの感動を、でも、何十年も前に、小説に書いている人がいる。
    文章の読み方を教科書で学んだら、その先に、すごく面白い文章が待っている。
    国語の勉強は、国語の教科書を読むためにあるんじゃなくて、その先の、自分の読みたい文章を自由に読むためにある。
    易しい言葉で書いてあるライトノベルだけじゃなくて、歯ごたえのある文章で書いてあるものの中に、とてつもなく面白いものがあるのだから。
      


  • Posted by セギ at 23:39Comments(3)講師日記

    2012年07月24日

    期末テストの結果がまとまりました


    セギ英数教室、中学生・高校生の期末テスト結果、集計出ました。

    数学 90点以上、4人(高2が1人、高1が1人、中1が2人)
        80点以上、2人(高1が1人、中1が1人)

    英語 90点以上、2人(中2が1人、中1が1人)
        80点以上、1人(中1)

    いずれも、該当科目を受講している人の成績です。

    さて、終業式に成績表が渡され、結果をご覧になってがく然とされている保護者の方も多いと思います。
    テストの点数が悪いならば、仕方ないですが、テストの点数から期待したような成績ではない場合もあると思います。

    テストの点数が良いわりに、5段階の成績が良くない場合、何かが起きています。
    ワークなどの提出物を出していない。
    授業中に無駄話が多く、学校の先生から度々注意を受けている。
    このようなことがある子は、テストの点数から考えられる成績よりも、1段階、ないし2段階下がります。
    いくら勉強しても、そこを改善しない限り、どうにもなりません。
    お子さんと、その点をよく話しあってください。
    本人が気づいて直さない限り、成績は、上がりません。
    高校入試の内申に使うのは、定期テストの得点ではありません。
    5段階の数値です。

    夏休みが明ければ、夏休みの課題を提出しなければなりません。
    これを提出しなかったら、2学期の成績も、また同じことですよー。
    宿題頑張りましょう。

    1人では宿題をこなせない方、どうぞ、個別指導を受けにきてください。
    まだ、空きはあります。
    お問合せ、お待ちしております。
    (*^_^*)

      


  • Posted by セギ at 21:23Comments(0)算数・数学

    2012年07月18日

    夏の高校見学


    中3の夏休みの宿題の1つに、「高校の説明会・見学会に行くこと」というのがあります。
    最低、2つの高校に行くこと。
    そしてレポートを書くこと。
    そういう中学校、多いですね。

    進路に無関心な生徒もいるので、そういう宿題が出されるのでしょう。
    しかし、2校と言われたら、2校だけ行けばいい。
    なかには、何校も行く生徒がいて、ちょっと気になります。

    以前勤めていた塾では、
    「学校の宿題だから」
    と言い訳し、塾の夏期講習をさぼって、何校もの説明会に行ってしまう子が、毎年いました。
    (^_^;)

    本人の第1志望校の説明会と夏期講習がかぶって、どうしても半日、そこに行きたいというのを止めるつもりはありません。
    でも、学校名を聞くと、そこ、本当に志望校なの?と訊きたい場合もありました。
    友達の志望校につきあって行くのは、単なる遊びです。
    勉強をさぼってやることではありません。

    でも、こういう話、中学生には、なかなか通じないことの1つ。
    学校の宿題だから。
    友達のためだから。
    この2つが揃ったら、まず説得不可能です。

    中1の頃から不動の志望校があり、そこに向けて努力を続けていた子は、友達の志望校につきあって、ふらふら夏期講習をさぼるようなことはしません。
    自分の第1志望校の見学も、夏期講習とかぶらないようにして済ませる子が大半でした。

    友達づきあいは避けられないのなら、自分の第1志望校と、友達の第1志望校の、2校で、宿題はおしまいです。
    塾をさぼって、何校も高校の説明会や見学会に参加。
    やはり、学習姿勢に甘さのある子が、そういうことをやる傾向があります。
    勉強しないで済む理由を、無意識に探してしまうんでしょうか。
    (^_^;)

    さらに、ここで、血も涙もない発言をしてしまうと、夏休み前や夏休み中に見学に行った高校をそのまま受験するのは、特に優秀な生徒と、お兄さんやお姉さんに高校受験経験があり、現実を知っている生徒に限られます。
    多くの場合、秋以降になって、本当に志望校を決定するときに、
    「そんな高校、どこにあるの?」
    と、あわてて見学に行き、そして、受験を決めます。
    夏休みに見学に行く高校は、総じてレベルが高すぎ、実際には受験しないことが多いんです。
    まだ、自分の学力というものを、現実的に把握できていないので、そうなるのは仕方ありません。
    夏に高校を見学するのは、漠然と学習意欲を増すためで、現実的な判断をする時期ではありませんし。
    だから、実際に受験するわけではない高校を見学するのも、それはそれでいいのですが、勉強をさぼって何校も見学しても仕方ない。

    いくつも高校を見に行く子が、受験に熱心な子というわけではない。
    少なくとも、保護者の方は、その点をご理解ください。
    やめさせることは出来ないとしても。
    今回は、辛口のお話でした。

      


  • Posted by セギ at 22:25Comments(2)講師日記

    2012年07月16日

    2012年7月 奥多摩鷹ノ巣山を歩きました。


    昨日、7月15日(日)、奥多摩の鷹ノ巣山に行きました。
    朝から猛暑を予感させる暑さの中、ホリデー快速1号で奥多摩駅へ。
    電車の中は、登山客で満員でした。

    奥多摩駅前から、「東日原」行きのバスに乗ります。
    バス待ち大行列が折れ曲がって駅の入口をふさぐほど、駅前はごった返していました。
    臨時増発バスの3台目にようやく乗車できて、ひと安心。
    途中の川苔山登山口「川乗橋」で、半分以上の乗客は下り、全員が座れるようになって、バスは終点「東日原」に到着。
    午前10:05。
    バス停にトイレが出来ていて、助かりました。
    奥多摩駅では、トイレも大行列で、並べるような雰囲気ではありませんでしたから。
    トイレに並んだせいで、仲間とはぐれてバスに乗りそこなった人を何人も目撃。
    山歩き日和の奥多摩は、いつもなかなかに過激です。

    休日、バスは東日原が終点。
    そこから、バス停1つ分ほど、さらに歩きます。
    左手に稲村岩がにょきっと立っているのが見えてきます。
    「鷹ノ巣山登山口」の小さな表示を見落とさず、左に曲がって、石段を下りると、暗い細い道。
    沢の音が聞こえてきます。
    鷹ノ巣山の登山道の始まりです。

    しっかりした作りの橋を渡ると、沢音がさらに強くなり、最初の徒渉。
    と思ったら、木橋が作られていました。
    2年前の夏は、石を渡って沢を越えたのですが。

    今回は、水量が豊富で、沢が明瞭でしたので、登山道もわかりやすかったですが、沢が枯れているときは、沢が登山道に見えてしまうせいもあり、少し迷いやすいところです。
    沢を何度も渡るので、方向感覚が狂いがちで、そっちのほうにいったら、鷹ノ巣山に行けないじゃないかと思ってしまうこともあります。
    昔の登山日記を読み返し、「沢を3度渡る。沢を3度渡る」とおまじないを繰り返していましたが、木橋が増え、沢が明瞭だったので、何も迷うことはなく、沢の部分を終えました。

    稲村岩到着11:05。
    そこは分岐になっていて、左に進むと稲村岩のてっぺんに上がれますが、岩登りの経験のない人は、危険なのでやめたほうがいいと思います。
    寄り道する気力も体力もなく、私は、鷹ノ巣山に続く右の一般登山道へ。
    ここから急登が続きます。

    都心ほどではないとはいえ、山も暑い日でした。
    半分凍らせた3Lのスポーツドリンク。全部凍らせたゼリー飲料。塩飴。はちみつ梅。
    いろんなものに助けられながら、それでも、バテ気味。
    足が前に進みません。
    行けども行けども、ヒルメシクイのタワが見えてこない。

    疲れ果て、座り込んで、見上げたブナの木。
    上の写真がそれです。
    後ろで音がして、驚いて振り返ると、やはり驚いた顔のシカと目が合いました。
    一瞬のことで、シカは、すぐに跳び去りました。
    休日の登山道に入りこんだらダメだよー、シカ。

    やっとヒルメシクイのタワに到着。午後1:25。これはひどい。
    例年より、1時間半も遅い到着でした。
    ざっと20人ほどの人が、昼食休憩中でした。
    もうこのまま、登頂はあきらめて、下山するのかもしれません。
    そんな時刻になっていました。

    ザックから、ヘッドランプを出して、点灯チェック。
    予備電池も確かめて、山頂に向かって歩き始めました。

    山頂到着午後1:50。
    いつも7月に来るので、富士山が見えたことはありません。
    でも、近くの山々と広い空が見え、満足。
    今度は、雪の季節に来よう。

    手早く昼食をとって、下山しようと思いましたが、おにぎりが喉を通りません。
    噛んでも噛んでも、喉に下りていきません。
    まあ、大丈夫。
    「おにぎりを食べられないなら、ゼリーを飲んだらいいじゃありませんか。おほほほほー」
    頭の中で、マリー・アントワネットが笑っています。

    しかし、これは個人差があります。
    日頃からエアコン漬けで、汗腺が衰えている人は、十分に汗をかくことができませんから、熱中症で倒れる可能性が高いです。
    山での自分の体調とその結果を知っているから、この程度なら予定通り行けると判断できます。
    そうではない場合は、安全策をとって、早めに下山したほうがいいです。
    東日原に戻る他、水根に下る道も整備されていますので、エスケープルートとして有効だと思います。

    石尾根を下山。
    昔の登山地図では「お花畑」と書いてあります。
    ヤナギランがたくさん咲いていたそうです。
    でも、全部、シカが食べ尽くしたみたいです。
    今は、マルバダケブキがたくさん咲いています。
    フキの形の丸い葉の、巨大な植物。
    黄色い花が咲きます。
    毒があるので、シカが食べないから、この花ばかりが繁茂しています。
    少し異様な光景。
    今は、どこの山もシカの食害が深刻です。

    夜型なので、午後のほうが調子が出ます。
    石尾根の広い道をとっとこ下りました。
    よく整備されて広い道なので、歩きやすいです。
    でも、麓近くになると、登山道は深くえぐれてドロドロに。
    足をとられて、とても歩ける状態ではないので、申し訳ないけれど、登山道の右手の尾根を下りました。
    既に踏み跡は明瞭で、そこが新しい登山道になっているようにも見えます。
    こうして、登山道は広がり、山は荒れていくのだ。
    申し訳ありません。

    さらにとっとこ歩いて、林道に出たのが、午後5:00。
    奥多摩もえぎの湯には、午後5:55到着。
    混雑していて、整理券が配られていました。
    荷物を整理したり、空のレンズ雲を眺めたり、日暮どきの山の風情を楽しんだり。
    30分待って、ようやく中に入れました。

    出る頃には、すっかり日が暮れて、橋の下には、キャンプに来ている人たちの灯りが並んでいました。

    夏の奥多摩は、体力が必要ですが、トレーニングには最適ですね。

    で、これを書いている今日は、筋肉痛です。

    (^_^;)
      


  • Posted by セギ at 19:57Comments(0)

    2012年07月13日

    広い視野で


    30年前も今も変わらないことですが。
    英語の授業をしていて、たとえば、appoximatelyという単語が出てきたとき、「およそ」という意味だよと説明しますと、
    「えっ。『およそ』は、about ですよ!」
    と、急に怒った声で言い出す生徒が、ときにいます。
    私の間違いを指摘して怒っているのかなと感じるほど、口調がきつく、戸惑います。

    でも、この2つの単語は、本当に、どちらも「およそ」という意味です。
    そう説明しても、納得がいかない様子で、
    「なんで、2つもあるんですか!」
    と、まだ怒っています。

    どこの国の言語も、同じ意味を表す言葉は、いくつもあります。
    英語は歴史のある豊かな言語ですから、同義語や類義語が多いのは当然です。
    文学作品を書くにはそれは不可欠ですし、文学というほどの文章ではなくても、同じ単語ばかり繰り返してはワンパターンですので、著者は、1つの文章の中で、言い換えを重ねます。
    それは、日本語も英語も同じこと。

    生徒のこういう怒りに接する度、いつも上のように説明します。
    その頃には、生徒の怒りも少ししずまっています。

    もう1つ例を。
    例えば、私が、 help という単語を「助ける」と訳して、全文を解説しますと、
    「help は、『手伝う』ですよ!」
    と、やはり怒った声を出す生徒がいます。

    help という語のもつ概念には、「助ける」も「手伝う」もある。
    その2つは、同じ概念。
    日本語として自然なほうをその都度選んで訳していけばいい。

    しかし、これは、あまり上手く伝わらないことが多いです。
    「概念」という言葉が、難し過ぎるのでしょうか。
    「イメージのかたまり」などと言い換えてもみますが、それでもあまり伝わりません。
    そういう観点で、言葉をとらえたことがないのかもしれません。

    基本動詞ほどそうです。
    take の概念。
    make の概念。
    get の概念。
    そういうものをわかっていたほうが、これらの動詞を含む熟語も覚えやすくなります。
    でも、それは、案外難しいことで、どうしても、日本語と英語の1対1の対応で把握しようとする子もいます。

    遠く離れた国の2つの言語が、1対1で対応しているわけがないのに。
    視野が狭いと、そうなってしまうのかもしれません。
    すぐに怒った声を出してしまうのも、少し、それと関係があるかな。
    それは、自戒をこめてですが。


    家で、のんびりしているとき、ツイッターを見ます。
    テレビを見ながら、ツイッターで「#テレビ局名」で検索し、見ている番組に関するツイートとテレビの両方を見ることがあります。
    私自身は、自分のブログのリンクを張る以外には一切ツイートしませんが、暇なとき、他人のツイートを読むのは、面白いです。
    そこに、「拡散希望」とする不可解な情報が繰り返し流れ出したのが、先週末でした。
    あっという間に火の手が上がり、私自身、日曜日には、テレビ局名ではなく、「いじめ」で検索してツイッターを見るようになりました。
    根拠の不確かなものも含めて、さまざまな情報。
    不快なツイートも繰り返し流れ、不愉快なのだけれど、目をそらせない。
    そんな状態だったときに、ある1つのツイートに、画面から溢れるほどのリツイートが起こりました。
    1つの文章のことを、かいつまんで説明したツイートでした。
    少し間を置いて、また繰り返し繰り返し、無数のリツイートが起こりました。
    ご存知の方も多いと思います。
    「さかなクン」が6年ほど前に新聞に書いた、エッセイ。
    私が以前に勤めていた塾でも、長い間、廊下に貼り出してありました。
    その画面を見て、私は少し安堵して、ツイッター画面を消して、眠りにつきました。

    まだ読んでいない方は、読んでみてください。
    何も特別なことが書いてあるわけではありません。
    今、苦しんでいる人の解決になるとも思いません。
    でも、良い文章だと思います。
    http://www.asahi.com/edu/ijime/sakanakun.html
      


  • Posted by セギ at 16:33Comments(0)講師日記

    2012年07月10日

    「間違え」は間違いですね



    私自身、うっかり変な言葉を使ってしまうので、これは自戒をこめての話です。
    「全然平気」なんて、全然使っちゃいますしねー。
    って、ダメでしょう、それでは。
    (^_^;)

    ネットで、「禿同」など目にすると、ちょっと笑ってしまいますし。

    わかって使っているのだから、まあいいじゃないの。

    でも、本気で間違えているのを見ると、ちょっと気になることがあります。
    テレビのテロップに「全然」が「全々」と出たりすると、気になります。
    「できることから少しづつ」というのも、最近、ちょっと気になります。
    「できることから少しずつ」が、正しいです。
    (^_^;)

    もう1つ、最近ときどき目にするのが、「間違え」という名詞。
    「自分の間違えに気づく」という使い方をときどき目にします。
    これ、正しくは、「間違い」だと思います。

    もとになる動詞が2種類あるところからきている誤解かもしれません。
    五段活用動詞「間違う」と、下一段活用動詞「間違える」。
    その名詞形は、五段活用動詞「間違う」から派生した「間違い」が正しい。

    しかし、最近、「間違う」よりも、「間違える」を使う人のほうが多いように思いますから、それで、「間違え」が名詞形だと誤解している人も増えてきているのでしょうか。

    ところで、「間違う」と「間違える」は、使い方はどう違うのでしょう。
    「間違う」は自動詞だけれど、他動詞としても使える。
    「間違える」は、他動詞。

    ニュアンスの違いは何なんだろう。
    「あなたは、間違っている」
    というのと、
    「あなたは、間違えている」
    というのとは、何が違うだろう。

    「あなたは、間違っている」というのは、「あなた」を否定しているニュアンスが強いかな。
    「あなたは、間違えている」だと、「あなた」は今、何かを間違えているだけであって、あなたを否定しているわけではないという感じがあるかなー。

    あるいは、「間違えている」という表現自体、昔はなかったもので、違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
    こういうニュアンスの違いがあるので、「間違っている」よりは「間違えている」という表現を私も選んでしまいます。

    たとえ日本語ネイティブでも、こういう細かいところになると、やはり難しいです。
    難しくて、面白い。


    中学生に英語を教えていると、例外的な場合を教えるときに、ものすごく嫌な顔をされる場合があります。
    たとえば、不規則動詞の過去形。
    これを覚えないで、何でも ed を付けて済ます子、います。
    「こうやっておけば、大体、〇になるでしょう?」
    なりませんよ。
    よく使う動詞には、不規則動詞が多いんですから。
    (^_^;)

    覚えることが増えると、やる気がなくなるようで、英語について文句を言い始めます。
    何でこんなに難しいんだ。
    もう、英語なんか嫌いだ。

    英語は、歴史のある言語。
    例外があったり、複雑なルールがあるのは、当たり前。
    言語の中では、まだ単純なほう。
    覚えやすい言語です。

    私が外国人だったら、日本語を学ぶことは、早々に諦めるかもしれません。
    あまりにも複雑だ。
    全ての動詞をいちいち活用して使わなければならない。
    しかも、活用の種類は何種類もある。
    そんな言語、覚えられません。
    (^_^;)

    日本人に生まれて良かった。
    勉強しなくても、日本語が使える。


    だからといって、私の言葉遣いが正確かというと、そんなことはないんですが。

    最近、よく宣伝している映画『グスコーブドリの伝記』が気になっています。
    もう大昔の話だけれど、『銀河鉄道の夜』は、素晴らしかった。
    映画館で見た、数少ない映画の1つです。
    面白いのなら映画館に見に行きたいので、ネットで評判や感想を検索すると、今のところ評価は真っ二つ。
    褒めている人は、「映像がきれい」「感動して泣けた」という評価が大半。
    けなしている人は、「声優に人気俳優を使うな」「原作を改悪するな」という意見が大半。
    人気俳優の件はともかく、ストーリーに改悪がなされていると聞くと、さて、どうなのかなあ、と悩みます。
    どこがどう改悪されているのだろう。
    原作のファンからは、そういう反応は当然出るものだし。
    家族離散と自己犠牲というテーマは、原作と共通らしいけれど?

    そんなふうな内容のメールを、先日、遠くに住む友人に送りました。
    私はいつも長いメールを送るのですが、彼女の返信は、常に、おそろしく短い。
    今回は、たった1行でした。

    ×家族離散→〇一家離散

    (^_^;)

    しかし、私は、彼女のこういう反応がほしくて無駄に長いメールを送り続けているような気がします。
    私の長いメールをきちんと読んでくれている感じがあるのです。
      


  • Posted by セギ at 15:50Comments(4)英語

    2012年07月05日

    志望校と個別面談


    本日は、志望校の話。
    公立中学校は、期末テストも終わり、そろそろ個別面談の予定が組まれている頃と思います。
    去年もこのブログに書いたのですが、そこでの学校の先生との会話の内容を誤解されている保護者の方がときにいらっしゃいますので、もう1度。

    私がまだ大手の個別指導塾に勤めていた頃の、ある年の夏。
    中3の受験生の保護者から、学校の夏休みの宿題をみてほしい、という依頼がありました。
    9月初めの、夏休み課題テストの範囲なので、とにかく宿題を徹底的に教えてほしいというのです。
    しかし、中3受験生ですから、夏休み課題テストよりももっと重要なテストが秋にいくつも控えています。
    2学期の中間テストと期末テストで得点アップできるよう、2学期の予習をすることも重要ですし、9月から本格的に始まる校外模試の対策として、より実践的な演習も始めなければならない時期です。
    夏期講習は、学校の宿題だけの限られた勉強をしている場合ではありません。

    生徒本人から話をきくと、三者面談での学校の担任の先生の言葉を誤解しているのではないか、と思われるふしがありました。
    その子は、1学期の成績から考えれば、志望校が高すぎるのでした。
    しかし、学校の担任の先生は、「そこは無理だから、受けるな」とはなかなか言えません。
    1学期の内申で換算すると、5科の入試で平均90点以上取れれば合格するね、という言い方をした様子です。
    あるいは、内申を1学期より合計で10上げた場合は、入試で平均80点以上取ると合格するね、という言い方。
    その子の学力では、入試当日で平均90点を取ることも、内申を10上げることも、正直言って、あまり現実的ではありませんでした。

    担任の先生は、要するに、言外に「無理だ」と言ったのです。
    データで、それを示しました。
    また聞きですが、私には、そう聞こえました。

    けれど、本人と保護者は、そうは思わなかった。
    「合格するには、どうしたらいいでしょう」と担任の先生に尋ねたそうです。
    担任の先生は、困ったと思います。
    2学期は、学習内容も難しくなるから、定期テストで得点を上げるのは難しいですね。
    そう答えたというのです。
    これは、もう相当はっきりと無理だと言っている、と私には聞こえました。
    ところが、それでも、本人と保護者の耳には届かなかった。
    「では、どうしたら、いいのでしょう?」
    担任の先生は、本当に困ったと思います。
    とりあえず、夏休みの宿題を頑張って、課題テストで良い点を取ることを目標としてみましょう。
    そう言ったそうです。

    それを受けての、個別指導塾通い。
    内容は、学校の宿題限定。
    とにかく、これだけを徹底的にやってほしい。

    学校の夏休みの宿題は、一応、受験勉強らしい内容でしたから、全く無駄ということはなかったのですが、他の受験生は、学校の宿題もやりますし、塾の勉強もします。
    秋には、さらに学力差が開く可能性のほうが高いのでした。
    冷静に学校の先生の話を分析していれば、そういう方向にはならなかったと思います。

    入試まで、まだ7か月あります。
    伸びしろのある子は、これから、爆発的に伸びます。
    その伸びしろも含めて、プロは、判断しています。
    学校の先生の話と、塾の進路指導担当者の話を、どのように分析するか。
    子どもはともかく、周りの大人は、それを知っていたほうが良いように思います。
     

      


  • Posted by セギ at 14:55Comments(0)講師日記

    2012年07月01日

    夏期講習にご参加ください


    さて本日は、夏期講習の話。

    上のお子さんに受験経験があるお母様は、普段は塾に通わせているお子さんの夏期講習を欠席させることは、まず考えることはないのですが、ときどきふっと、お子さんの要望に負けてか、夏期講習を完全欠席させてしまうお母様がいらっしゃって、塾としては、ぞっとします。

    セギ英数教室も、ひと夏みっちりと夏期講習を行いますが、それとは別の一般論として、これをお読みください。
    もう塾をやめるつもりならばいい。
    でも、今、通わせている塾に、9月以降もそのままお子さんを通わせたい場合、夏期講習を欠席するのは、まずいです。

    以前に勤めていた塾でも、どれだけ勧めても、どうしても夏期講習に参加しない生徒が出てしまうことがありました。
    印象に残っている子でいえば、1人は、小6の男子。
    「秋にピアノの発表会があるので、その練習に集中したい」
    という謎の理由を1度聞いたきり、電話にも出てもらえず、ひと夏、その子は、塾に現れませんでした。
    その子が塾で習っていたのは、算数。
    当時、私が勤めていた塾では、学年とは関係なく個人のペースでどんどん勉強を進めていくコースがあり、その子もそのコースに通っていました。
    どちらかといえば算数は苦手で、学校の進度と追いつ追われつというペースの子でした。
    6年生の1学期といえば、分数の四則計算を習う大切な時期。
    しかし、学校で通りいっぺん学んでも、身につかないのが分数計算です。
    保護者の中には、ご自分の経験から、分数計算くらい自然に身につくと思っていらっしゃる方がいらっしゃいますが、授業が減り、練習量が減っている現代の小学生は、そんな基本的なことすら、学校の練習だけでは身につきません。
    9月に再び塾に現れた彼は、1学期には何とか定着したはずの分数のたし算とかけ算の区別がつかなくなっていました。
    分数のかけ算なのに、通分する。
    分数のたし算なのに、約分する。

    そのとき、そのコースに通う6年生男子が彼1人だったのも、よくなかったのかもしれません。
    そして、5年生の男子は、3人。
    彼らは、ひと夏みっちりそのコースで予習を進め、分数計算まで進んでいました。
    自分たちが出来ることが出来ない6年生に、彼らは注目します。
    それほど悪気はないんですが、やっているのは、同じテキストです。
    「あれ、俺より遅れてる」
    なんてことを言ってしまうのを止めることはできませんでした。

    6年生としては、5年生なんかに遅れをとりたくない。
    慌てて、必死に先に進もうとします。
    でも、あせればあせるほど、計算ミスが増え、混乱は増すばかり。
    計算は、そのときの精神状態が大きく左右します。
    あせればあせるほど、間違えてしまいます。

    結局、9月いっぱいで、その6年生男子は、退会してしまいました。
    あれから、どうなったのか。
    心残りのある生徒です。

    退会するつもりの塾なら、それでも構わないでしょう。
    でも、続けるつもりの塾だったのに、9月になってお子さんの足が向かなくなる不幸は、避けたいです。


    もう1人は、中学生男子。
    私がその子に教えていたのは、英語でした。
    夏は、田舎にも帰るし、部活もあるし、旅行も行くから、夏期講習は受けられない。
    日程的に受けられないのは仕方ないのですから、補講してください。
    お母様からそういう要望つきでの、夏期講習欠席。

    塾長からその話を聞いたときには、耳を疑いました。
    集団指導塾ですから、夏期講習は、全部で20回ほど授業があります。
    その全部を欠席して、その補講?
    そんな時間、どこで作れるの?

    夏は、時間に余裕があるから、じっくりと復習と予習ができます。
    それを欠席してしまったら、もう、それの補講をする時間は、生徒の側も、講師も側も、作れません。
    もちろん、夏期講習を欠席したといっても、塾の生徒なのですから、2学期の授業の中で、ついていけない様子ならフォローします。
    しかし、根本的な解決にはなりません。

    夏期講習の英語といえば、中1は、名詞・代名詞の複数形や人称代名詞や三単現の予習をみっちりとやる時期。
    急に複雑になる英語への心構えも、ここで養います。
    中2は、1学期に駆け足で学んだ過去形・過去進行形・未来形などの時制を徹底マスターし、さらに不定詞の3用法を予習します。
    英語のわからない子は、まず不定詞がわからない。
    それほどに、中学生にとっては、難度の高い単元です。
    さらに、助動詞や、接続詞など、教科書ではパラパラと出てくる知識をしっかり整理し、強固なものとしたい。

    しかし、彼は、中1の夏も、中2の夏も、全て欠席しました。
    その度、目に見えて、英語が苦手になっていきました。
    多少勉強ができる子でしたので、プライドがあり、表面だけは、わかっているふりをします。
    しかし、練習量の足りない単なる知識など、語学において、何ほどの役にもたちません。
    「あなたの英語は、夏期講習の分の、大きな穴が空いている。テキストを解いてくれば見てあげるから頑張りなさい」
    私は、繰り返し彼に言いましたが、理解できていたのかどうか。
    普段の宿題もそれなりにボリュームがありましたから、それに加えて夏期講習の授業分と宿題分の大量の課題をこなすことなど、忙しい2学期にはできません。
    日々の忙しさに流され、1ページも進まない様子でした。

    受験学年でなくても、夏休みは重要です。
    どうか、充実した夏を過ごしてください。
      


  • Posted by セギ at 21:17Comments(0)塾選び