たまりば

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2012年09月27日

子どもに見せたいテレビ番組?


集団指導塾で、小6に社会科を教えていたことがあります。
中学受験のための「受験社会」という科目です。
内容的には、中学の社会と同じくらいのレベルです。
小学校で習うよりは細かいところまで学習します。

ちょうどその頃、テレビで「ためになる授業」的な番組が流行り出した頃で、ときどき子どもたちからこんな愚痴を聞かされました。
「親が、池上彰の番組を見ろってうるさいんだけど、全然面白くない」
「あー ・・・・・」

「ためになる授業」的な番組は、日々のニュースを見ていてもわからない「そもそも〇〇とは何なのか」を解説してくれるので、大人はわかりやすいと感じます。
しかし、それは大人が小中学校の社会の教科書を読んだときに「案外面白いな、これ」と感じるのと同じ感覚のように思います。
今の小中学校の教科書やテキストは、フルカラーで資料も豊富、コラムも充実していますから、大人が読むとすっきり明快で興味深く面白いです。
でも、子どもが読んだ場合、それはやっぱりただの教科書。
教科書であるというだけで、もうつまらない。
子どもの感覚で池上彰氏の番組を見た場合、それは図や表そして映像データが豊富な、しかし、結局のところ普通の授業なのかもしれません。
興味のない子にとって、面白いわけではないようです。
面白そうにしていなかったら、もうそれ以上は意味がありませんよね。
テレビを消して、勉強しましょう。

子どもにあの種の番組を薦める前に、子どもの教科書を読んでみてください。
面白いです。
漠然とテレビ番組を見せるより、次のテスト範囲について子どもと一緒に教科書やテキストを読んで、面白いね、興味深いね、と話しあったほうが、子どもには良い影響があると思います。
ついでに、重要事項はこれとこれだから覚えてと具体的に覚えてみせて、テスト範囲の問題集を開いて、これをこう解いてとやってみせたら、子どもは社会科の勉強の仕方がよくわかり興味も湧くと思います。

あの種の番組は、それをきっかけに勉強に興味を持って自分でバリバリ勉強するようになったら効果があるんですが、誰かが補助していかなければ、そうはならないです。

出演しているタレントの中にも、いますよね。
「学校でこういう授業をしてくれたら、私も勉強したのにー」
なんてお世辞コメントを口にするタレント。
でも、失礼だがどんな授業を受けても、この子は勉強しなかったんじゃないかなあ、と感じます。
(^_^;)
面白い授業を受けた。
興味深く聞いた。
でも、それで終わりです。
1時間も経てば内容は忘れてしまうでしょう。
知的な興味を少し刺激されて満足しただけで、本当に知識が増えるわけではないんです。


学校の先生の授業がつまらない。
その先生のことが嫌いだから、その科目は勉強しない。
中学生になると、そんなことを気楽に言ってしまう子が多くて、いつも苦労します。
正直、私には勉強しない言い訳に聞こえます。
でも、それを言っても、子どもには通じません。

子どもの言う通りよ。
学校の先生の努力が足りないのよ。
教育サービスなんだから、面白い授業をする義務が教師にはあるでしょう。
うちの子が勉強しないのは、つまらない授業をする先生のせいです。

そう考えている保護者の方も、一部にはいらっしゃるかもしれません。
学校の先生にそれを主張していくのは構わないと思います。
でも、子どもの前で口にすることではありません。
子どもに良い影響を与えるとは到底思えないからです。

集団指導塾にいた頃、私は生徒たちにときどき話していました。
「学校の先生が嫌いだっだから、その科目は勉強しなかったなんて、40過ぎて言っていたら、みっともないですよ。他人からはバカだと思われますよ。そして、40過ぎて言っていたらバカなのなら、本当は中学生のときに言っていてもバカなんですよ。
嫌いな先生の顔や名前なんて、30過ぎたら思い出しもしません。余程の実害を受けたのでない限り忘れてしまいます。嫌いな先生というのは長い人生で考えれば、結局自分とは関係のない人なんですよ。でも、その科目を勉強しなかったら、あなたたちの人生は曲がるかもしれませんよ。アホらしいでしょう」


で、結論。
池上彰氏の番組は、面白いと思う人だけが、見ましょう。
(*^_^*)
  


  • Posted by セギ at 15:23Comments(0)講師日記

    2012年09月24日

    尾瀬を歩きました 2012年9月




    9月22日(土)セギ英数教室は祝日休校。
    なので、土日と連休でしたので、尾瀬を歩いてきました。

    2年に1度くらいは尾瀬に行くのですが、たいてい、夜行バスで鳩待峠に入り、早朝から至仏山に登り、そのまま尾瀬笠ヶ岳から湯ノ小屋温泉へと縦走するコースを選んでいました。
    至仏山はいつもそこそこの人手ですが、そこから見下ろす尾瀬ヶ原の木道は、人、人、人の大行列。
    上から眺めていると、とても尾瀬ヶ原を歩く気にはなれません。
    一方、至仏山から尾瀬笠ヶ岳への分岐を曲がれば、湯ノ小屋温泉への縦走路は、そんなピーク時の尾瀬でも、1日、誰にも会わないこともある静かな道です。

    でも、昨年、尾瀬は登山客が減ったと聞きます。
    やはり、原発事故の影響が大きいのでしょう。
    放射能雲は、2011年3月15日、関越道に沿うように南下し、大量に放射線を含む雨を群馬の山々に落としました。
    昨年の山岳雑誌に載っていた、山岳地域の放射線量を色分けした地図を見たとき、こんなに明らかなものなのかと私も驚きました。
    ただ、山岳地域は、もともと放射線量が高い。
    多くは天然のものでしょうし、数日、山で遊んだくらいで、人体に影響が出るような放射線量とも思えません。
    放射線量は、そこで一生暮らす人にとって切実な問題で、観光客が自分の心配をするようなレベルのことではない。
    今はもう東京と同じくらいの放射線量だという情報も入っています。
    風評被害のほうがやはり大きいのだと思います。

    今年は、新宿から朝7時20分発の高速バスで大清水に向かいました。
    高速道路は、連休で渋滞し、バスは約1時間遅れて12時30分に大清水に到着。
    そこからは、一ノ瀬休憩所までは、砂利道の林道です。
    「尾瀬」と書かれた大きな看板の下に、「東京電力」の文字。
    うーん・・・・・。
    とりあえず、イメージが悪い。
    尾瀬に行く気がしなくなるのは、あるいは、このせいではないのかというくらい。
    これも一種の風評被害でしょうか。

    尾瀬の土地の7割は、東京電力が所有していると聞きます。
    あの事故があって、現在はどうなっているのか、どうなる予定であるのかは、わかりません。
    帰ったら、調べてみようと思いました。
    太平洋戦争後の尾瀬のダム開発は、植物学者の武田久吉氏や、長蔵小屋の平野長蔵氏らが、反対運動を起こし、尾瀬の自然は守られました。
    その後も、東京電力は土地を所有し、観光開発の一方、尾瀬の自然保護にお金を出すという形をとってきました。
    それも、あの事故があってからは、「頼んでもいないのに尾瀬の保護を理由に電気料金に上乗せしやがって」と罵声が飛ぶようなことになってしまいました。

    三平橋を過ぎると、登山道です。
    尾瀬の登山道は、木道、木段の、よく整備された道ばかり。
    そう思って安心して歩いていたら、何だが木道が荒れています。
    真ん中で腐り折れてしまっている木道。
    踏むとシーソーみたいに動く木道。
    抜けおちている木段。
    荒れているので通行注意を呼びかける掲示はありましたが、本当に荒れているなあ。

    尾瀬の木道が、なぜこんなに荒れているんだろう?
    東京電力にお金がなくなったから?

    いや、そんなことは、ないでしょう。
    考え過ぎ、考え過ぎ。
    尾瀬は、広い。
    大清水は、マイナーな入山口。
    ここまで手がまわっていないだけで、事故の影響ではないのだと思います。
    注意して歩けば、別に問題はありません。

    三平峠からはゆるい下りになり、尾瀬沼ヒュッテ到着午後3時10分。
    ここで手続きをして、尾瀬沼キャンプ場にテントを張りました。
    下の写真のように、テン場は、ウッドデッキになっていて、1つのデッキに1つのテントを張るきまり。
    なので、テン場は予約制です。
    ネットで簡単に予約できて、便利でした。
    1晩800円。
    今回、高速バスの往復料金が、7000円。
    それ以外には、お金を使う必要がありませんでした。
    何とも割安な、1泊2日の山旅です。

    尾瀬の湿原を守るために、尾瀬では、土の上を歩くことはまれです。
    木道と木段を歩くのが尾瀬を歩くということ。
    尾瀬にテントを張るということも、そういうことなのだな。
    これ、テント泊としては、きわめて便利です。
    整地も要らない。
    ペグも要らない。
    地面からの冷えがしんしんと滲みてくる、ということがないので、秋のテント泊にしては暖かかったですし。



    さて、テントも張り終えて、夕食。
    水場から水を汲んできて、登山者におなじみ、マルタイの棒ラーメンを煮て、食べ残した昼ご飯のおにぎりとともに、食べました。
    頑張って担いできた缶チューハイが、おいしい。
    単独行ということもあり、食事に手間をかけることは、ほとんどありません。
    何泊もするわけではないので、栄養面も、あまり考えないです。
    野菜も肉も、あれば嬉しいですが、それだけザックが重くなります。

    食後は、コーヒーを飲んで、のんびり。
    尾瀬は、今も、携帯が通じません。
    ラジオは、NHKのみ。
    民放局は、私の小型ラジオでは、雑音が大き過ぎて、ダメでした。
    でも、山にはNHKがよく似合う。
    気象情報を頻繁に伝えてくれるのも嬉しいです。
    ラジオを低くかけながら、暮れゆく林を眺め、コーヒーを飲む。
    オオカメノキが、赤い実をつけている。
    後で、写真に撮ろう。

    さらにラジオを聴きながら、就寝。
    雨が降り出しました。
    各地の大雨洪水警報もラジオから流れます。
    しかし、尾瀬は、それほどではなく、静かな雨でした。
    テントを打つ雨の音を聞きながら、眠りにつきました。

    翌朝。5時起床。
    強い雨の音に、二度寝。
    (^_^;)
    晴れたら、燧ケ岳に登るつもりでしたが、中止しました。

    燧ケ岳は、初めて尾瀬に行ったときに歩きました。
    山歩きを始めて、1年目でした。
    金曜の夜行列車に乗って、ほぼ徹夜で、早朝から登り始め、へろへろで下山。
    頂上は、ガスで何も見えませんでした。
    山小屋で一泊し、翌日は、尾瀬が原を散策する予定だったのですが、私は何を思ったか、もう一度、燧ケ岳に登りました。
    ガスで何も見えなかったことが、納得できなかったんでしょうか。
    2日続けて、同じ山に登る。
    今では、信じられないことだ。
    バカじゃないの?
    でも、2回目の燧ケ岳は快晴で、素晴らしい眺望でした。
    帰り道は、もう電車で座っていることさえ苦痛なほどグダグダに疲れていましたけど。
    体力もなかったですね。

    雨の音を聞きながら、テントの中で過ごしていても良かったのですが、それでは家にいるのと変わらないので、ゆっくり朝ごはんを食べて、尾瀬沼の周りを散策。
    オゼトリカブトとエゾリンドウの濃い紫の花が縁どる木道を歩いていきました。
    やはり、尾瀬のメインストリート。
    木道も、よく整備されて、歩き易いです。
    紅葉の始まりの尾瀬。
    金色に輝く草もみじ。
    写真に撮ったら、あまり良い色に映っていなかったのが、残念です。
    肉眼では、もっときれいでした。


    夏が来れば思い出す
    はるかな尾瀬
    遠い空

       作詞 江間章子

    夏でもないのに、やはり思い出すのは、この歌。
    2005年、山と渓谷社から発売された「尾瀬ブック」という本に、栗田和彦という方が寄稿をされています。
    少し長くなりますが、引用します。


    江間章子さんに作詞を依頼したのは、『ラジオ歌謡』の担当者。当時は、尾瀬の地名はあまり知られていなかったため、その担当者が尾瀬とはどんなところなのかと、江間さんに尋ねたという。
    「『そこは、一般のひとには、なんの関係もない場所だと思います。ただ湖沼学とか、地質学の学者にとって、そして植物学でもまれに見る貴重な地域のようです。そのへんに地図がありませんか』
    彼は席を離れて、日本地図を持って来た。
    『尾瀬がありました・・・・』
    ありがとうございました、と彼から言われた気もする。それは「尾瀬」を識ったゆえの『有難う』であったか、私が締切日までに詩を書いたことへの『有難う』であったか」(「夏の思い出 その思いのゆくえ」江間章子)
    (中略)
    ところが、一般には知られていない尾瀬を歌ったこの歌は、敗戦から間もなく、貧しい生活を強いられていた人々の心に広く染み込んだ。『ラジオ歌謡』では、毎年暮れにその年に評判のよかった歌を10曲ほど再放送するのが恒例だったが、『夏の思い出』も選ばれている。
    『夏の思い出』は、尾瀬を世間に知らしめた歌であると同時に、戦争で傷ついた日本人の心を慰めた歌でもあったのだ。
    (中略)
    尾瀬を有名にした江間さんは、その後、尾瀬の自然が破壊される状況を悲しみ、創作活動のかたわら、環境保護運動にも尽力されてきた。
    それでも2000年の朝日新聞社からのインタビューでは、「夏の思い出を書いてよかったのかどうか、複雑な思いでいっぱいです」と話している。


    江間章子さんは、2005年に、91歳で亡くなっています。
    生きていらっしゃったら、2011年3月以降の、今の尾瀬のことを、どう思うのだろう。

    でも、取り返しのつかないことは、尾瀬には起きていない。
    尾瀬は、今も、尾瀬だ。
    私は、そうも思うのですが。


    尾瀬は、日帰りで入山する人が多いので、雨の日は、人影が少ない。
    常に、木道の遠くに人の姿が見えていて、不安にならない静けさが気持ちいい。
    良い尾瀬でした。

    11時30分、重いザックを再び担いで下山。
    古い木道・木段は濡れるとぬめっと滑り易いので、ゆっくり歩いていきました。
    午後2時、大清水到着。
    午後3時発の高速バスに乗ると、雨は小降りになり、午後5時過ぎ、高速道路からは、大きな二重の虹が見えました。
      


  • Posted by セギ at 14:43Comments(0)

    2012年09月20日

    子どものサバイバル


    先日、「子どもの嘘」というブログを書きました。
    子どもは嘘をつきますけれど、子どもの嘘をそんなに深刻にとらえる必要はないと思いますよ、という内容です。
    すると、知人から、
    「大丈夫?何か保護者ともめてるの?」
    というメールが来て、おいおいおい、と苦笑してしまいました。

    子どもが嘘をついたのつかないので保護者と今もめていたら、むしろ、あんなことをブログに書けません。
    トラブルがおさまるどころか、火に油を注いでしまうでしょう。
    クレームを受けたはらいせに、そのことをブログに書くような塾は、ダメでしょう。
    (^_^;)

    保護者の方に、複眼をもっていただきたいと思って、あのブログを書きました。
    家庭にいるときの子どもと、学校や塾にいるときの子どもは、多分違う顔をしている。
    成長するということは、そういうこと。
    それぞれの場所での、それぞれの顔があるものです。

    幸い、現在のところトラブルはありませんが、だからこそ書けることとして、今のうちに書いてしまえば、以前勤めていた個別指導塾では、やはりその種のトラブルはありました。
    それまで集団指導塾で気ままにやっていた子が、成績が上がらないからと、個別指導塾に移ってくると、塾と保護者との連絡の緊密さに、息苦しくなってしまうことがあるんです。

    集団指導塾では、多くの場合、授業態度がどうなのか、宿題を毎回やってきているのかどうなのか、そのことを保護者にその日のうちに伝えるシステムがありません。
    塾で行うテスト結果を伝えるシステムならあるのですが、では、なぜその成績なのか、なぜそれは改善されないのか、それを保護者にすぐ伝え、すぐ考えてもらうシステムがないことが多いです。

    なので、生徒の中には、ただ何となく塾に通い、ぼんやり授業を聞き、家に帰っても宿題をやらない子がいます。
    当然、成績は上がりません。
    だから、塾の月例テストでも、学校の定期テストでも、悪い結果が出てしまいます。
    テストの結果を見ると、保護者は、
    「塾に通わせているのに、何で成績が上がらないのかしら」
    と思います。
    それで塾に相談します。
    このとき、電話を受ける「担任」は、講師ではなく、「教務」と呼ばれる社員である場合が多く、毎回の授業と生徒の実態を正確に把握しているわけではありません。
    ここから先は、その教務の危機管理能力と営業力勝負になってきます。

    教育的な見地から言えば、不毛です。

    何回塾と相談しても、結局成績が上がらないので、ついに親がしびれを切らし、集団指導塾から個別指導塾に移ります。

    自分のためだけの授業。
    それはさすがに聞かないわけにいかない。
    ぼんやりしていると、「聞いてるか?」とすぐ問いかけられます。
    自分のためだけに出される宿題。
    新鮮で嬉しくて、だから勉強するようになり、成績が上がっていく。

    そうなる場合が多いのですが、そうならない場合もあります。

    家庭学習の習慣がない子は、自分のためだけに出された宿題も、やはりできないんです。
    自分と1対1で会話してくれる個別指導塾のセンセイの存在は嬉しい。
    だから、宿題も、「やってくるー」と安請け合い。
    しかし、塾の宿題をやるような生活習慣はありません。
    学校から帰ったらやることは、大体決まっています。
    いつもと同じような時間の使い方をしていたら、塾の宿題をやる時間はないんです。

    結局やれなかった宿題。
    まあ何とかなるだろう、と個別指導塾に行くと、たいてい「連絡帳」という存在があります。
    「宿題をやってきていません」
    必ず書かれてしまいます。
    連絡帳は、保護者に見せて、サインをもらわないといけない。
    ・・・・・やばい。

    帰って、連絡帳を見せて、怒られて、しぶしぶ宿題をします。
    でも、そんなの、本当は、やりたくありません。
    またその次の週は、さぼってしまう。
    連絡帳に書かれる。
    親に怒られる。

    連絡帳には「ケアレスミスが多いです」「問題文をしっかり読む習慣がありません」等、その子特有の失点原因も書かれていることが多いです。
    それも、親に怒られる。
    だんだん、嫌になってきます。

    集団指導塾に通っていた頃は、自由があったのになあ。
    夜も友達に会えて、一緒にふざけて、面白かったなあ。
    親と塾講師の連絡が緊密過ぎて、全部ばれてしまって、自由がない。
    めんどくせー。

    その後の生徒の行動は、もうその子の性格次第で、連絡帳を親に見せなくなる子もいますし、連絡帳を自分で書き換えた子を見たこともあります。

    もう1つ。
    親が講師の書くことにダイレクトに反応し、いちいち怒ってくることに、うんざりした子どもがとる行動があります。
    親と講師の仲が悪くなるようにしむけること。
    一番特徴的なのが、親の怒りのツボを刺激する、講師の一言を、親に伝えるという行動。
    この講師を罰したい、排除したいという気持ちが子どものなかに働くと起こる行動です。
    もちろん、その一言が本当に許せなかった、という場合もあり、一概には言えませんが。

    ともあれ、親がその一言を聞いて激怒し、子どもの思惑通り、わあっとクレームになる。
    若くて、厳しい指導をしたい熱血学生バイトが、結局それでクレームを受け、講師を替えられてしまうことがときどきありました。
    その火消し役の後釜に回ることが多かった私は、教務から多少事情を耳打ちされましたが、その講師が一方的に悪いとは思えない場合もしばしばありました。
    真面目に一所懸命勉強している子に、講師がいきなりひどいことを言うわけがない。
    講師が言った言葉は事実その通りなのだとしても、それまでの経緯で、生徒がその講師を相当に怒らせています。
    若く真面目な講師ほど、真面目にやらない子のことが、本当に嫌いですから。
    もちろん、客商売ですので、腹が立つからと言って、何でも言っていいわけではないのですが。

    一方、子どもを責めても意味がありません。
    自由に動きまわれない。
    今までのように思う通りにさぼったり遊んだりできない。
    自分のテリトリーを侵されている。
    そうなってしまった原因を排除したいのは、気持ちとしてはよくわかります。

    それは、本能です。
    一種のサバイバルです。
    特に性格の悪い子がそれをする、とも思いません。
    これは、子どもが悪いわけではなく、ふりまわされる大人が悪い。
    集団指導塾よりも、個別指導塾のほうが、子どもと講師、講師と親との関係が近いために、トラブルになる可能性も高いのです。

    でも、実は、この危機の後は、子どもは真面目に勉強し始めることが多いんです。
    子どもなりに、いろいろと内面で葛藤があってのことなのだと思います。
    それで成績が上がり始めれば、子どもにとっても、それは嬉しいこと。

      


  • Posted by セギ at 16:08Comments(0)塾選び

    2012年09月17日

    丹沢表尾根を歩きました 2012年


    9月16日(日)、丹沢表尾根を歩きました。
    この連休は、沖縄と九州を台風が通過し、その影響で関東も何だか不安定な天気です。
    ある気象会社の情報では、丹沢は、晴れ一時雨。
    もう1つの気象会社の情報では、1日中曇り。
    全然違うじゃないか、どっちが当たるんだと思いながら、小田急秦野駅下車。
    北口からヤビツ峠行きのバスに乗り、終点ヤビツ峠で下車。
    神奈中バスもICカードが使えました。
    一緒に下りた若者たちが、開口一番、「雨、もう降ってんじゃん」
    全くである。
    (^_^;)

    秦野駅もヤビツ峠も、奥多摩ほどの混雑はなく、トイレも大きいので、行列もありませんでした。
    ぽつぽつと降り出した雨の中、アスファルトの林道を歩きだしました。9時45分。
    20分ほどで舗装道路と別れ、登山道へ。
    よく整備された歩きやすい登山道でした。
    だんだん激しくなる雨の中、木の枝にレジャーシートをかぶせて、雨やどりをしている人。
    急いで雨具を着こむ人。
    この暑さでは、雨具を着ても内側から蒸れてしまうので、私は雨具は着ないで歩き続けました。
    気温の低い山や風の強い山でこれをやると危険ですので、真似しないでください。
    (^_^;)
    結局、二ノ塔の手前で雨は止みましたが、そのままガスはとれず、上の写真のような視界がずっと続きました。
    雨の登山道は幽玄な雰囲気で、嫌いではありません。
    でも、滑るので歩きにくい。
    下山は大倉尾根を下るつもりですが、滑ると厄介だなあと考えながら、歩き続けました。

    二ノ塔到着。11時10分。
    三ノ塔到着。11時30分。
    富士山がドカンと大きく見える場所なんですが、富士山方面は真っ白。
    でも、秦野の町がきれいに見下ろせました。
    町はもう明るく晴れている様子でした。

    三ノ塔を過ぎると、登山道は険しくなってきました。
    がれ場の下りと、やせ尾根が続きます。
    痩せすぎて、登山道が崩落し、桟道を渡してあるところもあります。
    でも、随所に鎖やロープがあり、整備は十分過ぎるほどです。
    烏尾山到着。12時50分。
    道は岩がちになり、行者ヶ岳からの岩場の下り。
    そして、鎖場。
    銀色の太い鎖がかかっています。
    ステップは豊富で、特に危険な鎖場ではないですが、慣れていない人は、少しもたつくところです。
    男子2人女子3人の若いグループが、異様にもたついていて、鎖場で渋滞を起こしていました。
    山ガール渋滞である。(^_^;)

    その先、危険個所は特にないのですが、疲れも出てきて、登りがきつく感じられるようになってきました。
    表尾根は、とにかく長い。
    新大日到着。午後1時10分。
    丹沢特有の、テーブルなんだかベンチなんだか、微妙な高さのものによいしょと座って休憩。

    最近、行動食で欠かさず山に持ってくるのが、「そのまんまレモン」。
    レモンの皮の砂糖漬けみたいなお菓子です。
    お腹はふくれませんし、大したカロリーも摂れませんが、何しろ暑いので、こういう行動食が嬉しいです。
    今日も、この分では、山頂でおにぎりが喉を通らないかもしれません。

    さて、出発。
    音量を小さくし、耳元でずっとかけているラジオは、中国の反日デモを現場から生々しく実況。
    何だそれ、とめまいがするような気持ちで歩き続け、ようやく塔ノ岳山頂へ。午後1時55分。
    ここもガスって、何にも見えませんでした。
    山頂に立つ山小屋さえ、ぼんやりとしか見えない状態。
    それでも、登山客はたくさんいて、階段上のベンチに座って、食事をしていました。
    野外劇場の客席みたいな雰囲気のベンチの並び方です。
    舞台方向は、富士山ですね。
    本日は、休演。

    帰りの水量に不安を感じ、尊仏山荘に寄って、ミネラルウオーターを購入。
    富士のバナジウム天然水。500mL400円。
    「飲み終わったら、容器は引き取りますよ」
    と、小屋の人は、親切に声をかけてくれました。
    嬉しい。
    ペットボトルは軽いし、ザックに余裕があったので、持ち帰りました。
    尊仏山荘は、2001年5月、丹沢主脈を縦走したときに、泊まりました。
    夕食はカレー、朝食はおでん。
    個室をもらえて、のんびりできた、良い記憶があります。

    さて、午後2時10分出発。下りは、大倉尾根。
    大倉尾根は、下りが急だった記憶があるので、雨で濡れて滑りやすいかなあ、トレッキングポールを持ってくれば良かったなあ、と思いながら下り始めて、気がつきました。
    ものすごく整備されています。
    ほとんど全ての道が階段状に整備されていました。

    昔からそうだったかなあ?
    無雪期に丹沢塔ノ岳に登るのは、7年ぶりなので、記憶が曖昧です。
    でも、ここまで整備されたのは、ここ数年のことだと思います。
    ともあれ、非常に歩きやすく、濡れていてもとっとこ下ることが出来ました。
    登るのは、大変でしょう。
    技術は要らないけど、体力勝負です。

    丹沢は、高校や大学の山岳部の子たちが、よくトレーニングに来るところです。
    一列に下りてくる彼らの敏捷さは、見ていて気持ちがいいですね。
    道をゆずってもらったことに対する挨拶もしっかりしています。
    今日だけで、3グループ遭遇しました。

    一方、山ガールたちは、広がって歩くので、厄介です。
    彼女たちは、自分たちのほうが私より遅いということが実感できないのか、後ろに私の姿を認めても、道をゆずらないことがあります。
    わかりますけどね。(^_^;)
    でも、以前はいなかった私が、気がついたら後ろにいるということは、私のほうが速いということなのだよ。
    そもそも、他人に道をゆずるということが念頭にないのかもしれません。
    学校でも、家庭でも、それは教わらないものね。

    大倉到着。午後4時50分。
    バス停にはもうバスが来ていて、すぐに乗り込みました。
    渋沢駅から小田急に乗り、鶴巻温泉下車。
    鶴巻温泉の日帰り入浴施設「弘法の里湯」は、駅から徒歩5分と便利なので、丹沢の帰りにときどき立ち寄ります。
    2004年にもらったスタンプカードに、これで7つスタンプがたまりました。
    10個たまると、1回無料です。
    というより、スタンプに日付が残り、山の記録になっているのが、何だか嬉しいです。
    2時間1000円。
    特筆すべきは、シャンプーやボディソープを水で薄めていないこと。
    日帰り温泉施設のシャンプーやボディソープは、たいてい、本当に薄いです。
    だから、客は、それこそ湯水のように使う。
    なので、ますます薄くなる。
    いたちごっこです。
    弘法の里湯のボディーソープは濃く、よく泡立ちます。
    快適です。
    お湯は、ナトリウム泉でしょう。しょっぱいお湯で、さっぱりしています。
    露天も広く、屋根がついているので、お湯がきれいで、雰囲気もいいです。

    入浴後、外へ出ると、もう日が暮れていました。
    駅前のコンビニで発泡酒を購入。
    駅の長いベンチで、発泡酒を飲みました。
    隣りに座った、やはり山帰りの人たちは、おにぎりをつまみにビールで乾杯。
    虫の音が聞こえる、静かな駅のホーム。
    発泡酒を飲み干した頃に、ちょうど小田急の新宿行急行がホームに入ってきました。
      


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    2012年09月13日

    ノートに残らない勉強


    大手個別指導塾で働いていた頃からそうですが、小6や中3受験生の理科・社会の勉強を面倒見ることがあります。
    国語や算数は、とにかく問題を解いていれば、一応勉強している形にはなりますし、それである程度の成果が出るのも事実です。
    ノートがいっぱい埋まって、目に見える形で勉強した結果が残るのも何だか嬉しい。

    でも、理科や社会は、問題を解くだけでは結果が出ない科目です。
    ノートに残らない勉強に時間をかけなければならない科目です。
    しかし、そのことがわかっていない子が多いため、なかなか成績が上がりません。

    知識が頭に入っていないのに、問題だけ解き散らかして、「わからない」「わからない」と言いますが、それはわからないでしょう。
    解説を聞いて、「あ、わかった、わかった」と言っても、類題を1人で解いたら、また間違えるでしょう。

    覚えるべきことは、覚えなくちゃ、ダメです。
    でも、現代の子どもは、小学校で何かを暗記した経験が少ないせいか、ものを覚えるのが本当に苦手です。
    それは、この間終わった「ゆとり教育」の弊害の1つなのかもしれません。
    昨年までの中学の社会や理科の教科書は、読み物としては面白かったけど、内容はスカスカでしたから。
    知識なんてパソコンでいくらでも引き出すことができるから、全て頭に入れておく必要はない。
    大切なのは、集めた情報をどう分析するか、その能力なんだよ、という教育でした。

    でも、基礎知識がない人が、情報を集めたところで、正しい判断なんかできませんよね。
    子どもたちが学ぶ必要があるのは、情報を読むための基礎知識。
    それくらいは、頭に入れておかないと、というレベルの内容。
    それを覚えられない子が、大量に現れてしまったんです。

    「これは、大切だから、覚えて」と言うと、
    「ええっ!覚えるんですかああああ?」と、論外のことを言われた、みたいな顔をする子がいるんですが、あれは、何なんでしょうね。
    覚えるだけの詰め込み教育に批判的なのかなあ、なんてつい深読みしてしまうことがあるのですが、おそらく、それほど深い話ではなく、単に、覚えるのが面倒くさくて嫌なだけなんでしょう。
    (^_^;)

    実際、彼らは、暗記の仕方というものを、びっくりするほど知らないので、ここは、やはり、詰め込み教育世代の保護者の出番です。
    暗記の仕方を、お子さんに教えてあげてください。
    テスト範囲の重要事項、お子さんの目の前で、暗記してみせてあげてください。
    こうやって覚える。
    こうやって自分にテストを繰り返す。
    それを説明し、やって見せないと、漫然とテキストを眺めているだけなのに、暗記しているつもりでいる子、多いです。
    九九の頃は、ご家庭でも、結構熱心につきあったと思います。
    でも、小学校高学年、あるいは中学生になると、「勉強の中身までは」と保護者の方が距離をとってしまわれることがあります。
    子どもたちは、見た目が大きくなっているだけで、心はまだまだ幼いので、手取り足取りの勉強が、本当は必要です。
    自立してほしいと願うなら、まずは、やり方を示し、それから自立を促さないと、何もないところからいきなり独りで出来るようにはなりません。

    忙しくて、そんな暇はない、という保護者の方。
    どうぞ、個別指導塾へ。
    (*^_^*)
      


  • Posted by セギ at 23:09Comments(2)講師日記

    2012年09月10日

    川苔山を歩きました 2012年




    9月9日(日)、久しぶりの休日、奥多摩の川苔山を歩いてきました。
    川苔山は、好きな山で、年に1度は必ず行きますが、たいていは晩秋から早春の時期を選びます。
    日が短い時期であり、雪が積もっていることも多いので、いつも、鳩ノ巣駅から山頂に向かうまき道を登ります。
    でも、この山を一番最初に歩いたときは、川乗橋から歩きました。
    もう12年も前の話。
    以後、このコースはとらなかったのですが、夏だし、久しぶりに滝コースを歩こうかなあと、今回は、川乗橋から。

    ホリデー快速奥多摩1号に乗車。
    晴れた日のホリデー快速は、例によって登山客で満員です。
    でも、今回は、途中の御嶽で、たくさん人が下りました。
    そうだ、レンゲショウマの季節ですね。
    去年見た、御嶽山のレンゲショウマの群落、きれいだったなあ、と思い出しながら、終点奥多摩駅下車。
    相変わらずごった返す駅前から「東日原」行のバスに乗り、「川乗橋」で下車しました。
    すぐ右手、門の閉まっている林道へ。午前9時50分。

    バス停から、アスファルトの林道歩きが始まります。
    沢音を聞きながら、緩やかな登りを30分。
    いい加減、林道は飽きたぞ、というころ、ようやく登山道です。
    トイレが1つありました。
    ペーパーもついている、きれいなトイレでした。
    奥多摩駅では、例によってトイレに入れませんでしたので、有難かったです。
    個室1つしかないし、冬期や増水期は、閉鎖されるそうですが。

    そこからは、登山道。
    「滑落事故多発注意」の標識がありました。
    沢沿いの崖っぷちですから、滑落したら、ちょっとやばいですね。
    道幅は十分ありますが、歩き慣れていない人には、ちょっと嫌な感じの登山道です。
    川苔谷をずっと歩いていきますので、橋が多い。
    上の画像の橋です。
    幅は、1m程度はあると思います。
    造りもしっかりしています。
    でも、欄干がないんですよね。(^_^;)
    下の画像は、中央奥にその橋がかかっています。
    こんな感じで、川面からは2~3mの高さにかかっています。
    橋板の隙間からは、石に砕け白く泡立つ沢の流れが見えます。
    そこそこの高度感。

    安全ですよ。
    山には、もっと危険なところが、たくさんあります。
    でも、生来の用心深さから、こういう橋にも、「危険」センサーが働きます。
    怖いな。嫌だな。慎重に行こう。
    それは、別に悪いことではありませんよね。

    生徒たちもそうです。
    計算ミスをする子ほど、用心せず、計算をなめている。
    雑な筆算。
    読めない字。
    斜めにズレている位取り。
    なぜ、慎重にきちんとできないんだ?
    慎重にやれば、間違えないのに。

    山歩きをする人も同じで、平気平気と雑に歩いて、簡単に捻挫や骨折をする人がいますが、それすら、何だか本人にとっては「武勇伝」になってしまっています。
    一般登山道で怪我をするなんて、武勇伝ではありません。
    恥ずかしいことです。
    人には言えない種類のことだ。
    計算ミスと同じだ。
    ぷんぷん。

    と、何に怒っているのか混乱しながら、慎重に橋を渡りました。
    1つならまだいいんですが、たくさんあって嫌だったなと、12年前の記憶がよぎり、数えていきました。全部で8つ。
    登山道が崩れて、桟道としてかかっている、あまり高度感のないものは除きました。
    しかも、最後の沢は、橋が落ちていて、飛び石伝いに越えなければなりませんでした。
    やれやれ。




    しばらく急登が続き、百尋の滝に到着。午前11時20分。
    想像よりずっと大きく、高いところから落ちてくる滝は、水面で広がり、涼しい眺めでした。
    そういえば、12年前は、落盤があって、ここには入ることは出来なかったなあ。
    金網が張ってあった記憶があります。
    なので、初めて見る百尋の滝でした。

    登り返して、登山道に戻り、そこからは、岩がちの急登が20分ほど続きました。
    ここが一番苦しいところかもしれません。
    道はそこから緩くなり、普通の登山道の感じになってきます。
    道は、やがて自然に下っていき、橋のかかっていない小さな沢を1つ越えます。
    沢を渡るに際し、道標がないので、「うん?」と考えこみました。
    赤テープはありますし、信用できるテープでしたが。
    沢登りをする人が入ってくる山ですと、信用できない残置テープやリボンが残っている山もあります。
    何にせよ、自分で地図を見て地形を確認するのが一番だと思います。
    この時期は、夏草が繁茂し、登山道も不明瞭になりがちなので、特に慎重に。

    さて、沢を越え、しばらく行くと、分岐。12時10分。
    ここには、道標が立っていました。
    どちらからでも川苔山には至るそうですか、距離の短さにひかれ、左をとりました。
    急だったら嫌だなと思いましたが、もうそれほど急なところはありませんでした。
    山腹の道を川苔山へ向かっていくのが体感できます。
    そして、最後の尾根に乗り、ひと頑張りで、茶屋跡の分岐。午後1時ちょうど。
    そこから5分で、山頂です。
    雲が増えていて、雲取山も富士山も見えませんでしたが、近くの山並みはよく見えて、爽快感がありました。

    さて、出発は、午後1時20分。
    時間も多少余裕があるし、体力も残っていましたので、奥多摩駅に下山することにしました。
    冬期ですと、無理に温泉に入る必要もないので、鳩ノ巣駅に下山することが多いですが、やはり夏期は、電車に乗る前に温泉に入りたい。
    下山してから、また電車に乗って奥多摩駅に戻るのは面倒だ。
    なので、直接、奥多摩駅に下山するコースをとりました。
    こっちのほうが道が荒れているし、時間は長いし、実は、よほど面倒かもしれませんが。
    (^_^;)

    山頂から、小屋跡の分岐まで戻り、右へ。
    鳩ノ巣駅への道を歩いていくと、途中で、「大ダワ」への道標があります。
    道標の下には「悪路・通行注意」の文字。
    大ダワへの道、すなわち鋸尾根は、気が向くと使う道です。
    言うほど悪路ではないんですが、道が細いのと、急な下りが多いのと、「こんなに急に下って、そこでいきなり右に曲がるか?」というようなバランスをとりにくい個所がいくつかあります。
    下りが苦手な人は、トレッキングポールがあると良いと思います。
    そうじゃないと、立って歩けない箇所も多いかもしれません。
    晩秋から冬に歩くときは、高度感・露出感もかなりあるのですが、今回は、夏草が茂り、それはあまり感じませんでした。
    大ダワからは登り返し。
    いつになく、きつい。
    秋から冬にはあまり感じないんですが、夏は、体力の消耗が激しいです。
    コブタカ山到着。午後3時。
    さらに登って、本仁田山。午後3時20分。
    少し下ると、花折戸尾根への道標に「すべるよ」と落書きされてありました。
    余計なことを。(^_^;)
    ここまできて、鳩ノ巣駅に戻る花折戸尾根をとる必要もないので、奥多摩駅へと下りる大休場尾根へ。
    こちらも滑りますよ。
    急な下りが最後の最後まで続きます。
    ここを立って歩けないと、大変に時間のかかるところです。
    尾根のまっすぐな下りから始まり、岩場の段差の激しい下り。
    やがて杉の樹林帯に入ると、九十九折の下り。
    人工的に作ってある下りくらい、もう少し緩やかでもいいのに、最後まで急です。
    歩いて歩いて、やっとアスファルト道へ。午後4時40分。
    今回、スポーツドリンクを3リットル持ってきましたが、この時点で全て飲み干してしまいました。
    しばらく歩いて、飲み物の自動販売機を発見。
    まさにオアシスでした。
    500mLのスポーツドリンクがどこに消えたのかという具合に身体に染み込み、そこからは元気が出て、橋を渡り、ジブリ映画に出てくるような工場を左手に眺め、そして奥多摩駅へ。
    午後5時10分。
    もえきの湯は、今回は、入浴制限もなく、比較的すいていました。
    帰り道、スーパーで発泡酒を購入し、駅へ。
    電車も空いていて、楽な帰り道でした。
      


  • Posted by セギ at 13:50Comments(0)

    2012年09月05日

    子どもの嘘


    例えば、テストをすると。
    どんなに小さなテストでも、後になって
    「採点ミスがあった。点数を直してくれ」
    と言ってくる子がいます。
    本当に採点ミスの場合もないわけではありませんが、しかし、採点ミスというのは、そんなに頻繁に起こるものではありません。
    あの子は、なぜか、毎回毎回、採点ミスがあったと後になって言ってくる。
    そんな情報が、講師の間で交わされるようになります。

    やってるね。
    うん、多分、やってるね。
    記号問題なら、答を書き直すのは、簡単だからね。
    なんで、そんなくだらないことをするのかね。
    テストの点数が悪いと、家でひどく叱られるのかねえ。

    しかし、こういう場合、
    「採点ミス?おまえ、書き直したろ?」
    なんて問いただしても、むしろ、事態が悪化することのほうが多いです。
    素直に認めて反省することは、あまり期待できません。
    しまいに保護者が出てきて、
    「うちの子を疑うとは、どういうことですか!」
    なんてことになると、もうぐちゃぐちゃです。

    だから、テストを返すときに言います。
    「テスト用紙は、全て、コピーを取ってあります」
    実際には、疑わしい子の答案だけ、コピーを取ってあります。
    いえ、本当はコピーをとっていないこともあります。
    (^_^;)
    いずれにしろ、以後、採点ミスがあった、直してくれ、という話は、ピタリと止みます。
    ごまかすことができなくなれば、それ以上のずるい行動に出るわけではないんです。
    子どもの嘘は、その程度です。

    コピーを取るようなことまではしたくないし、生徒や保護者との間に、ある程度の信頼関係がある場合は、もう少し雑な方法もとれます。
    あの講師の授業はいい、あの講師に教わると成績が上がる、という評判が既にある場合です。
    「私は、採点ミスは、受け付けません。採点ミスをされてしまう君に運がないんだ。入試本番もそうです。諦めてください」
    そんな言い方も可能です。
    え、そんなむちゃくちゃな、と思う人もいるかもしれませんが、信頼関係があれば、通用します。
    当たり前ですが、採点ミスなど、実はめったにないのですから。
    ずるいやり方を考えるストレスがないからか、テストを返された生徒の顔は、案外明るいです。
    「あー、採点ミスされた」というぼやきが、3か月に1度聞こえてくる程度でした。
    申し訳ない。
    (^_^;)

    何も手を打たないと、テストの点数を増やそうとする子は、必ず現れます。
    私の感覚では、5人に1人くらいの頻度で現れますし、その子が点数を増やしてもらえると、次からは、他の子も追随します。
    信頼関係が影響するのだろうかと考えたこともあるのですが、生徒に人気があり、尊敬されている先生が、採点ミスに関しては、生徒が大行列を作っていることもあります。
    あまり関係ないようです。
    ただ、怖い先生のところには、あまり行かないみたいですね。
    恐怖心が嘘をつかせないということはあるんでしょう。

    学校の定期テストでも、子どもたちは同じ行動をとります。
    多くの教科で、何だか毎回毎回、採点ミスで得点を書き直されている跡がある。
    お子さんの答案にそういう傾向を発見したら、気をつけてください。
    けれど、そのことを叱っても、あまり意味はありません。
    むしろ、そんな行動をとるようになってしまっている原因を考えていただけたらと思います。


    宿題に関しても、子どもは嘘をつくことがあります。
    結局、サボってやってこなかっただけの話。
    「センセー、ごめん。やってこられなかった」
    で済んでしまうことなのに、嘘をついて、話がどんどん陰気な方向に進んでしまう子がいます。
    例えば、プリントの宿題の場合。
    「プリントを家に置いてきた」
    「プリントをなくした」
    「お祖母ちゃんが、プリントを、ゴミと間違えて捨てた」
    「弟が、落書きして、破って捨てた」
    次から次へと、新しい言い訳をします。

    こういう言い訳、実は本当のこともあります。
    本当のときは、言葉や表情にリアリティがあります。
    嘘と思われるかもしれない悔しさや戸惑い。
    そういうものが感じられます。
    嘘をつく場合、嘘と思われないように真顔で変にスムーズに語るので、逆に違和感があります。
    でも、それは長年の経験からくる勘のようなものです。
    そんな不確かなことを根拠に話を進めると、やはり最悪の場合、保護者から、
    「うちの子が嘘をついていると言うんですかっ!」
    と怒られることになりますので、物証のないことを迂闊に言うのは、はばかられます。
    なので、言い訳をありのまま保護者に伝え、丸投げすることが多いです。
    とりあえず、本人は、こう言ってますので、不審な点がある場合は、ご家庭で解決してください、という扱い。
    嘘であるかどうかはともかく、次は宿題をやってきてもらえるように、私は、私で、考えよう。

    そもそも、嘘かどうか、こちらは、そんなのは、どうでもいい。
    とにかく宿題をやってきてもらいたいだけです。
    やらないと、成績は上がらない。
    授業を受けるだけでみるみる成績が上がる魔法の塾なんか、ないんですから。

    嘘つく暇に、宿題やってくれー。


    保護者の中には、自分の子どもが嘘をついているとされることに過敏な方がいます。

    うちの子は、嘘はつかない。
    少なくとも、私には、嘘はつかない。

    そういう家庭の場合、話がややこしくなりがちです。

    「嘘をついてはいけない」
    そういう教育方針の家庭の場合、子どもの多くは、嘘をつかないようになるわけではなく、嘘の整合性にこだわり、バレない嘘をつくようになる可能性のほうが高いと感じます。
    「証拠なんかないだろう」
    そういう嘘をつくようになります。
    そして、親が、その子の嘘を支えます。
    うちの子は、嘘をつかない。
    その確信が、その子に嘘を突き通させてしまいます。

    子どもは、嘘をつきますよね。
    子どもは、大人に愛されなければ生きていけないのですから。
    嘘をついて、大人に迎合しなければならない場合もあります。
    そんなのは、子どもの責任ではありません。
    小学校の高学年にもなれば、いちいち大人に言うわけにはいかないことも生じてきます。
    小さな嘘をつくからと言って、それが高じて犯罪を犯すとか、他人を傷つけて平気になるとか、そんなことはないんですから。
    子どもの嘘に対して、「あー、はいはい」くらいの気持ちで、大人がどんと構えていないと、逆に子どもが可哀そうです。


    『となりのトトロ』の中で、好きなシーンがあります。
    名前は忘れてしまいましたが(寛太でしたっけ?)、五月たちが引っ越してきた家の、大家だか地主だか管理人だかの孫息子の少年。
    五月が雨に降られ、メイをかかえて困っているときに、傘を貸してくれます。
    で、本人は濡れて帰るのですが、本当のことを母親には言わず、「傘をなくした」と言います。
    母親は、母親で、「どうせ、振りまわして壊したんだよ」とまともに相手をしません。
    「ちがわい」と抗議する少年。
    そこへ、五月が、傘を持ってお礼に来ます。
    「あらまあ。嫌だよ、こんなボロ傘」
    と、事情を理解しても、まだ息子の行動を多少けなしている母親。
    もちろん照れているわけですが。

    母親に本当のことを言わない息子。
    息子の言葉を信じない母親。
    でも、この二人の親子関係は、きわめて健全だと感じます。
    子どもの嘘なんて、こんな扱いでいいんじゃないんでしょうか。
    そうして、こういう許容範囲の広い家庭に育った子は、テストの点数をごまかすようなつまらない嘘は、つかないような気がするんです。
      


  • Posted by セギ at 23:08Comments(2)講師日記

    2012年09月01日

    「この空の花」


    さて、本日、夏期講習も無事終了いたしました。
    この夏期講習の成果は、2学期の成績に結実します。
    歩みを止めることなく、中間テストに向かってまい進しましょう。

    そんなこんなで終わった今年の夏。
    お盆休みは、大気が不安定で、様子を見ているうちに山に行かずに終わってしまいました。
    休みらしい行動といえば、珍しく、映画を見に行きました。

    大林宣彦監督『この空の花 長岡花火物語』。

    この映画は、新潟県長岡市が企画し、大林宣彦氏に監督を依頼した映画。
    宣伝費はゼロだそうです。
    しかし、ネットで少しずつ評判が広がり、名画座などで単館上映が続いています。
    私は、ポレポレ東中野で見てきました。

    あの大林監督が、何かとんでもない怪作を撮ったらしい。
    昔の自作の良さをなぞるような作風で安定してもおかしくない年齢なのに、とにかく斬新で妙な映画を撮ったらしい。
    何もかもが、ぶっ飛んでいる。
    そう聞くと、それは見に行かねば。

    しかし、私がそんなに忠実な大林映画のファンかというと、そうではありません。
    『転校生』『時をかける少女』までは、ちゃんと見ていたのですが、『さびしんぼう』で、なんだこりゃ?と思い、『廃市』で、寝てしまいそうになり、『異人たちとの夏』は、もう映画館には行かなかった私は、何十年かぶりでの大林映画との邂逅でした。
    でも、若い頃に大林映画に触れているというのは、この場合、有利に働いたと思います。
    大林映画の「文法」に慣れているので、違和感は最小限で済みました。

    『この空の花』で、大林映画に初めて触れる人にとっては、この映画は、大変な映画ではないでしょうか。
    頭がオーバーヒートしますよ。

    恐ろしい早口と説明口調で、登場人物が次々と語る詳細で膨大な情報。
    「模擬原子爆弾」という耳慣れない言葉に、「え?」と思う間もなく、収束焼夷弾の詳細な仕組みが図解で語られ、長岡空襲の被害の具体的なデータが洪水のように押し寄せてくるかと思うと、話は時空を軽々と飛び越え、戊辰戦争の米百俵の話から、山本五十六、第五福竜丸、堀口大學と次々と飛び、うかうかしていると、日露戦争の話になったかと思ったら、やっぱり太平洋戦争の話で、ソ連に抑留されて、アムール川に花火が上がる。

    ちょっと、待って。

    無差別じゅうたん爆撃攻撃目標順位表?

    もっとよく見せて。

    堀口大學の詩?

    もっとよく読ませて。

    で、この稚拙な劇中劇は、どう解釈したらいいのかわからないけど、しかし、これをリアルな映像でやられると、ありがちな戦争映画になるので、これでいいのかなあ???

    私が混乱している間も、映画は一瞬もとどまらず、爆発的な情報を与え続けてきます。

    ニュース解説の番組ではないので、全て、映画のストーリーの中で登場人物たちによって早口で語られますし、そんな固い会話を早口でしている中でも、登場人物たちは、それぞれ何か妙なことをしでかしていますし、その後ろを謎の一輪車集団が旗を立てて通り過ぎていったりもします。
    映画を楽しむというよりも、映画からあふれ出す情報と、自分の情報解析能力との闘いです。
    長岡の歴史と、登場人物それぞれの個人史が、ごちゃごちゃに語られますので、時系列がめちゃくちゃですし。
    しかし、見る者が「頭の中で整理したい」「理解したい」と思う時点で、これは明らかに監督の勝ちですね。
    (*^_^*)


    「飛行機からは、人間が見えなかったんでしょう。見えていたら、あんなことはできなかったでしょう」
    かつての敵の非人間的な行動を責めても、それは未来につながらない。
    かつての敵の心に届く言葉は、どんな言葉か。
    高度に政治的であり、優れて知的であるということは、結局は、相手の人間性を信じ、相手の気持ちを想像することではないかと、映画を見て考えました。

    平和運動を、正義で行うことはできない。
    正義は、必ず別の正義とぶつかる。
    平和運動は、「正気」で行う。
    正気で考えたら、戦争なんかする気にならない。

    大林宣彦監督は、先日出演したラジオ番組で、そのように語っていました。

    そうですよね。
    相手が間違っているとか、自分のほうが絶対に正しいとか、そういうことではない。
    大切なことは、それではない。
    そう思います。

      


  • Posted by セギ at 20:49Comments(0)講師日記