たまりば

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2014年01月23日

女の子の「自分ルール」



「うちの子は、ノートのとり方をわかっていないので、指導してください」
という依頼を受けることがときどきあります。
見ると、本当に、これはダメだなあと思うのですが、いったんついた悪い癖というのは、なかなか抜けず、ノート指導は難しいことの1つです。

少し前、どうすれば成績が上がるかというテーマのテレビ番組があり、私も興味を持って見ました。
ノートのとり方について、面白い実験がありました。
2つのグループに、同じ世界史の授業を受けてもらいます。
講義中心の、ごく普通の、言ってみればつまらなそうな授業です。
1つのグループは、その授業を受けながら、先生が余談として話したことでも何でも、とにかく書けるだけのことを全部ノートに書くよう指示しました。
もう1つのグループには、特に何も指示せず、従って、先生が板書したことを、ただ、そのまま書くだけの、普通のノートになっていました。
時間をおいて、その授業内容についてテストをすると、最初のグループのほうが圧倒的に得点が高いという結果が出ました。
この結果は、納得です。
板書を写すのはもちろん、その他、書くべきと思うことは不必要なくらい書いて、ようやく、後で、見直して意味のわかるノートになっている場合が大半ですから。

うちの塾生にも、例えば数学の重要な公式やその証明などは、板書しながら解説し、「まとめノート」に書いてもらっているのですが、中には、板書したことすら全部は書かない子がいます。

ある生徒と、おうぎ形の面積や円錐の表面積の学習をしたときのこと。
宿題を見ると、教えたはずの公式を忘れて、手をつけていない問題が目立ちました。
「え?公式、教えたよね?ノート見てみようか」
わかりやすいように、覚え方なども含めて板書にまとめたはずなのに、後でノートを見ると、公式がポツンと書いてあるだけでした。
「このノートに、何の意味があるの?公式だけなら、テキストに載っているじゃない?」
「あ・・・・・・」
聞いたばかりの解説はよく理解でき、だから、重要な公式以外は、ノートに書く必要はないと思ってしまった様子です。
結果、時間が経てば、ノートを見直しても、わかりにくい公式が書いてあるだけ。
それではノートに意味がなく、使いこなせないということが、そのとき、ようやく実感できた様子でした。
こんなふうに、「ノートに書きなさい」と言っても、板書通りのことすら書かない子も多いです。
自分なりに工夫しなさい、と言われると、省略するほうに工夫してしまうんです。

宿題や授業中に問題を解くときに使う演習ノートの書き方も、かなり問題のある子が多いのですが、特に、女子生徒は、何回注意しても直らない場合があります。
反抗心でそうしているのではなく、女の子は、自分の中にルールのある子が多いんです。
男子のノートは、汚くて雑なだけで、他意はないのですが、女子のノートには、本人だけが絶対だと思っている「自分ルール」があります。

代表的な例で言えば、極端に小さくて、薄い字。
シャーペンの芯は、2Hより固いものを使います。
しかも、小さく小さく文字を書きます。
それがきれいで良いノートだと本人は思っています。
あるとき、そういうノートを書く子のお母さまから、
「私も注意しているんですが、あの字の小ささは、自信のなさだと思うんですよ」
と言われ、ああ、それもあるなあ、さすがによく見ていらっしゃると納得しました。
そうなると、自信がつかない限りノートは改善されないので、ノート指導は、単にノートだけのことではない、もっと根本的なことになってきます。

字が小さくて薄いのは、それだけでは成績に影響することはないのですが、そういう子が付随してやってしまうことが多いルールがあります。
筆算を、今書いているところより下のスペースで行い、消してしまうんです。
その子にとっては、筆算なんて汚らしい落書きに等しいのでしょう。
必ず、消してしまいます。
消すことを前提に書いている筆算は、さらに薄く、雑です。
計算ミスが当然増えます。
だから、そういうノートを書く子は、計算ミスが多いです。
これは、改善したいことです。

しかし、筆算を残すとなったら、きっちり筆算スペースを確保して残したいと、そういう子は考えるようです。
余計な囲いをしたり、線を引いたり。
筆算スペースなんて、ノートの右端の余白を柔軟に使えばいいのにと私は思うのですが、本人にとっては、そうではないのでしょう。
ノートの中央に線を引いて、右側は筆算、左側に式と答えというルールを本人が作ったりします。
でも、筆算にはそれほどのスペースは必要ありません。
ノートの右側の大半が余っていることに、だんだん不満をもつようです。
結局、そのルールは自然消滅し、ふりだしに戻ります。
「おーい。筆算は、消したらダメです」
「だって、筆算を書く場所がない」
あー、もうどうでもいいじゃないの、そんなことは。
何が目的なんだ、このノートは?
見た目のきれいさが目的なのー?
算数・数学が得意になりたくて勉強しているんじゃないのー?
一進一退の繰り返しとなります。

ノートに字をびっしり詰め込んでしまう子もいます。
使う芯はBより濃いのも、なぜかそういう子の共通点。
これは、女子だけでなく、男子にもたまにいます。
ノートが全行、字で真っ黒にびっしり埋まったら、嬉しいらしいんです。
「ノートは、テトリスじゃないよ」
毎回注意しますが、本人はそうすることが楽しいようで、この癖がなかなか治りません。
問題番号だけで1行使い、式はその下の行から書いて見やすくするのがノートとしては常識的ですが、そんな余白は本人にとっては存在を許すべきではないものらしく、番号のすぐ横にみっしり答えを書いていきます。
答え合わせのときに、どこからが何番の答えなのか本人にもよくわからず、手間どっていますが、そんなことは関係ないようです。
ノートが真っ黒になることだけが目標。

・・・・・・他人には、意味がわかりません。

途中式をノートに書くことも実は不本意のようで、ノートには、問題番号と答えだけを書いてみっしり埋めたいのが本音らしいです。

ますます、意味がわかりません。

そういう変わった美意識の一方、そのようなノートを成立させるために、テキストには途中の計算がぐちゃぐちゃに書きこまれ、呆れるような汚さになっています。
ぐちゃぐちゃの計算ではミスが多く、みっしり書き込んだノートは余白がなく、直すことすら上手くいきません。

これ、ある男子小学生も同じ症状だったのですが、あるときお母様がその子に怒ったことで、一気に解消しました。

何て貧乏くさいノートの使い方なの!
勉強に関することでお金を惜しむ習慣は、うちにはないのよ!
ノートは、余白をたっぷりとりなさい。

そう言って、新しいノートを数十冊まとめ買いし、どんとその子の机に重ねたそうです。
劇的に直りました。

これは、新しい視点でした。
子どもは、親の言葉を聞きかじって、おかしな遠慮をすることがあります。
自分のお小遣いや食費やレジャーに遣われるお金に関しては遠慮がないのに、学費や文房具代は、親にそんなに負担をかけちゃいけないとか、親に言っても多分嫌な顔をされるとか、まだ起きてもいないことを先回りして思い込み、ケチケチする子がいます。
親は教育費を惜しむつもりはないのに、子どもには、それが伝わっていません。
新しいノートを買ってもらうことに対する遠慮から、ケチケチ使います。
ノートの購入を経済的な負担だと思うはずがないのに。
紙の消費は文化のバロメーターだよ。
でも、本人は、そういうことをわかっていません。
いや、うちの親は違うから。
そう思い込んでいたりします。
美意識の他に、お金の問題が、良いノートを書くことの邪魔になっています。

お小遣いと文房具代が合算されているシステムの子の場合も、そうなりがちです。
お小遣いを少し多めに渡すから、必要な文房具などは、そこから自分で買いなさい、というシステムです。
子どもにしたら、ノートを買うと、お小遣いが減るので、買いたくない。
明らかに、このシステムは、学習の障壁となります。
いろいろと事情があるのだと思いますし、そのことはいずれ別に書きたいと思いますが。

背景にいろいろと事情もあるのですが、それでもやはり、1番の難関は、女の子の「私はこうしたい」という頑固な自分ルール。
根気よく注意しながら、本人の成長を待つしかありません。
  


  • Posted by セギ at 15:21Comments(0)講師日記

    2014年01月20日

    南高尾山稜を歩いてきました。2014年1月


    もう1週間前の話になりましたが、2014年1月12日(日)、高尾に行ってきました。
    今回は、久しぶりに、南高尾山稜です。
    いつものように、8:05三鷹発の中央特快に乗って、高尾駅へ。
    そこから、京王線に乗り換えて、高尾山口下車。
    改札を出ると、三鷹でも寒かったこの日、高尾はさらに空気がきんと冷えていました。
    清滝駅で切符を買って、エコーリフトへ。
    リフトへの階段は、いつもきつい。
    これなら、山道を歩いたほうが楽なんじゃないかと思ってしまうほどの急な階段を登って、さて入口。
    ザックを前に背負い直して、切符を切ってもらって、結構忙しい。
    「ベルトに立ったら、歩かないでくださいね」
    と係員さんに注意されて、さて乗車。
    約6分の空中散歩です。
    乗っているときから、下りるときのタイミングを考えて実はちょっと緊張していました。
    リフト、下りるの苦手なんです。(^_^;)
    実際に転んだことは1回もないのですが、足がもつれて転んだら大惨事だなあと思ってしまいます。

    今回も実際に転ぶことはなく、無事、リフトを下りて、1号路を歩き始めました。9:10。
    まずは薬王院で、遅い初詣。
    ちょうど講話の時間のようで、本殿の外にも、お話が聞こえてきました。
    「新しく入ってきた方のために、席を詰めてくださいね。施しをしたくても自分にはお金がないとおっしゃる方がいますが、こうして、自分の持っている席を譲ることも、施しです。施しは、誰にでもできるのですよ」
    お坊さんがお坊さんらしい話をされるのを聞くのは気持ちいい。
    耳新しい話ではなくとも、何か納得する。
    ふっとリセットされる感覚があります。
    朝の冷たい空気とあいまって、すがすがしい気持ちになり、さらに山頂へ。
    と思ったら奥ノ院のおみくじ売り場が空いていたので、ちょっと寄り道しました。

    山頂を目指す途中でも、ちょっと寄り道し、シモバシラの氷花の咲くポイントを確認。
    ちょっと小さ目でした。
    時期が早いのかな。遅いのかな。
    なんだかんだで、山頂到着。10:00。
    山頂からは、大きな富士山と丹沢山塊がくっきり見えました。

    さて、奥高尾へ。
    毎日よく晴れていますし、空気も乾燥していますから、予想しない人が多いのですが、奥高尾の主脈の道は、冬は常にドロドロです。
    朝、霜が降り、それが日中は融けて、どろんこ道になります。
    むしろを敷くなど、歩きやすいように整備もしてくださっていますが、全部ではありません。
    歩き慣れていないと、かなり苦戦する道です。
    奥高尾の冬の道は、天候に関係なく毎日どろどろです。
    観光の延長で一丁平あたりまで来てしまう人も多いのですが、ほとんど立ち往生しかねないほどのどろんどろんぶりです。
    泥を避けて植生保護の柵の外を歩いたりすると、踏まれたところは草1本生えなくなってしまうのですし。
    あまりのどろどろぶりに、私は、持ってきていたストックを出しました。

    小仏城山。10:50。
    ここから、大垂水峠を目指します。
    まずは急な下り。
    一気に下っていくところですが、この道は、1年以上歩いていなかったので、おや、随分整備されたなあという印象でした。
    そして、登ってくる人と出会いました。
    「どちらに行かれるのですか?」
    と訊かれて、虚をつかれた感じになり、言葉が出てきませんでした。。
    えーと、南高尾山稜の顕著なピークって何ていう名前だっけ。
    大洞山の名前がとっさに出てこなくて、あわあわしてしまいました。
    「大垂水峠のほう?」
    相手は、さらに訊いてきました。
    「はい、そうです。そこからさらに先へ」
    「峠からバスに乗るんですか?」
    「いえ。歩道橋を渡って、また山道が続いています」
    「どんな道なんですか?」
    「え?南向きの、普通の良い道です」
    会話していて、不思議だったのは、そういうあなたは、どこから登ってきたのだ?ということ。
    その道は、大垂水峠への1本道。
    そこから登ってきた人が、私に、どこへ行くのかを訊く。
    事情がよくわからず、へどもどしてしまいました。
    自分が歩いてきた道の様子を訊かれるのはよくあることですし、比較的上手く答えられるのですが、相手が歩いてきたはずの道のことを訊かれると、頭が真っ白になります。
    きっと、何か互いに誤解があるんだな。
    きちんと地図を出して、互いに確認すれば良かったのかもしれません。

    急な下り、ちょっと細い斜面の道、ジグザグの下り、沢沿いの道を行き、大垂水峠。11:30。
    甲州街道を歩道橋で渡り、さらに山道を行きます。
    高尾とは土の質が違うのか、南向きの斜面で霜が降りないせいなのか、道は歩きやすく、ストックはまた畳んでザックにしまいました。
    大洞山。12:00。

    南高尾山稜の道は、もともと歩きやすい道ですが、道標やベンチなどがさらに整備されていました。
    見晴台。12:30。
    上の写真はそこで撮ったものです。
    ベンチなどは以前のままですが、ベンチの背後に、ザックをかけるフックのようなものが木の枝で作られて並べられていました。
    崖っぷちには低い柵も。
    高尾の整備はどんどん広がっていきます。
    南高尾山稜は、歩きやすいので、以前より人気が出てきたのかなあ。
    そんなふうに思いながら昼食を食べていると、2人連れの方がいらっしゃいました。
    挨拶をして隣りに座った女性の方のザックに、私は目が釘付けになりました。
    形はキスリングです。
    ザックの左右にとても大きなポケットがついている形です。
    でも、本物のキスリングは帆布ですが、そのザックはナイロン製。
    淡い水色で、テカテカな光沢の質感。
    1970年代のものと推定されます。
    中学の学校登山で友達が持っていたようなザックです。
    私は、これと同じナイロン素材の黄色いリュックサックを持っていたのを思い出しました。
    すっかり忘れていた記憶です。
    随分懐かしいものを持っている人だなあ。
    80年代になって、濃い色合いのデイパックがタウンユースとして流行する前は、リュックサックはこういうタイプがよく売られていました。
    「いつも山を歩かれるんですか?私は、今日、初めて連れてきてもらったんですよ」
    と気さくに話す方でした。
    ずっと捨てずに取っておいたザックなのでしょう。
    物持ちいいな。
    懐かしくて、感動しているのですが、流行遅れを指摘するような印象になってしまいそうで、口にせず、ただザックを見つめました。

    山の道具にも流行があります。
    特にザックの形は、それを購入した年代がひと目でわかります。
    流行りの色もあります。
    長年使い慣れた、日帰り用のザックのファスナーが去年壊れてしまい、新しいザックを買いました。
    笑っちゃうくらい最新の形と流行りの色で、山を始めたばかりみたいです。
    初心に戻って頑張ろう。
    (*^_^*)

    三沢峠。13:30。
    ここからは、観光客もたくさん歩いている、広くてのんびりした道です。
    急な下り坂が続くのですが、全部階段が整備されてあります。
    草戸山。13:50。

    ここからは、さっきまでの観光気分が嘘のような、本日一番の山道の始まりです。
    下って登って、また下って。
    落葉の頃は、道が滑りやすくて歩きにくいのですが、もう落ち葉も乾いて、歩きやすく良い感じの乾いた道が続きました。
    冬の南高尾は、主脈より歩きやすくていいですね。
    いくつかピークを越えて、高尾山口。15:00。
    駅前にはバケツと、たわしが用意されていて、靴とストックの先を洗わせてもらい、電車に乗り込みました。
      


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    2014年01月16日

    都立推薦入試の利用法


    さて、入試シーズンです。
    都立高校の推薦入試が近づいてまいりました。
    都立の推薦入試は、大学受験の指定校推薦などとは全く別の種類のものです。
    ほぼ誰でも推薦をもらって受けることができるので、たいていの子が受験します。
    ただし、合格することはほとんどありません。
    というのも、募集定員が少ないのに、誰でも受けられるため応募が多く、とても倍率が高いんです。
    ですから、その後の一般入試なら合格する学力の子も、同じ高校の推薦入試は、受かりません。
    合格するのは、高校を2~3ランク下げて受けている子です。
    推薦入試で確実に合格することを狙っている子たちだけです。

    なので、毎年、中3の子が推薦入試を受けると言う度に、私は言います。
    「あー。合格しませんよ。落ちますよ。あなただから落ちると言っているんじゃないんですよ。みんな落ちますよ。一般入試なら受かる子も、推薦入試は落ちるんですよ。だから、作文とか自己プレゼンテーションとか、そんなことの準備に受験勉強の大切な時間を割いたらダメですよ。そんなもんがどれだけ良くたって、合格は内申で決まるんです。不合格でも、落ち込まないようにね。それで勉強が手につかなくなったりしないようにしてください」

    それでなくてもナーバスな受験生に何てことを、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、中学3年生は、まだまだ未熟なので、推薦入試で合格することをちゃっかり夢見ていることが多いです。
    そして、甘い夢を見れば見るほど、不合格の現実に落ち込みます。
    そんなにも明確に何かから拒絶されるのは、それが人生で初めてですから、ものすごく傷つくようです。

    ・・・・・・受かるはずのない試験を受けて、落ちて、傷つかれてもなあ。
    それで数日うじうじ悩んで勉強が手につかないんだからなあ。
    そんなことより、合格の可能性の高い一般入試に向けて、さあ、勉強しようよ。

    そんな気持ちから、あらかじめ、落ちるよ、落ちるからね、と言っておきます。
    ある程度覚悟していた不合格は、軽く傷つくだけで済みます。
    本番の一般入試で同じ思いをしたくないと気が引き締まる子もいて、そういう意味では、推薦入試の不合格は良い刺激とも思っています。


    本当に推薦入試で都立に合格したい場合は、先ほども書きましたが、受ける高校のランクを2~3ランク下げる必要があります。
    ときどき知識不足から勘違いをして、推薦入試で合格した都立を滑り止めにして、別の都立を一般入試で受けられると思っている子がいるのですが、推薦入試に合格したら、もうその高校に行かなければいけません。
    入学を辞退したいといっても、話は通りません。
    一般入試を受けたいといっても、中学は受験のための書類を作ってくれません。
    これは、絶対のルールです。
    この話をしたとき、我の強い女の子が、
    「なんでだよ!いいじゃん。何が悪いんだよ!」
    と教室で叫び出し、びっくりしたことがあります。
    自分の見つけた上手いやり方を大人が寄ってたかって邪魔するように感じて、怒りの塊になってしまったのかもしれません。
    その子は、まだ推薦に合格もしていなかったのですが。
    やはり受験前は、いろいろと感情が揺さぶられてしまうようです。


    2~3ランク下げて、都立の推薦入試に合格する。
    これは、その子の性格によっては、良い方法です。
    以前に勤めていた塾での話ですが、やはり、相当思い切ってランクを下げて、都立の推薦入試に合格した女の子がいました。
    もっと上の高校に一般入試で受かるのに、もったいないねと講師間では話していたのですが、本人は、それで全く構わなかったようです。
    それから3年後、高校3年生になったその子が、大学に合格したと報告にきました。
    MARCHのうちの1校に、指定校推薦で合格したのでした。
    そうなると今度は、
    「え、あの子が?学力的には、あの子の学力じゃ、一般入試じゃ、ちょっと無理だよね?」
    ということになり、講師たちは、またびっくりしました。

    都立高校は、かなりランクの低い高校でも、そういうプラチナチケットの1枚や2枚は保有しています。
    ある程度の内申を要求されますので、使われずに終わることすらある指定校推薦枠。
    しかし、高校のランクを下げればその中で高い成績を維持できます。
    それを使っての、指定校推薦枠での大学合格。
    戦略としては、なかなかのものです。

    ただ、これは、誰にでもできることではないと思います。
    一般的にはやめたほうが良さそうです。
    というのも、多くの子は、入った高校の学力に簡単に下がってしまうんです。
    2ランク下げたのだから、校内順位は10番以内で当然。
    そう思っているはずなのに、結果は、真ん中程度の成績。
    下手をすると、平均点以下の科目も出てきてしまいます。
    子どもは、環境に染まりやすいんでしょう。
    高校の3年間、それだけを目指してコツコツ努力できる精神力のある子はなかなかいません。
    高校生活は、いろいろと楽しいことがありますから。
    ガツガツ勉強する雰囲気ではない高校で、1人だけガツガツ勉強するって大変です。

    それが可能なのは、私の主観も交えていえば、生真面目で融通の利かないタイプの女の子のようです。
    小学生の頃は、「学校から帰ったらすぐ宿題をする」というルールを厳密に守ってしまうような子。
    「夕方からお出かけするから、今日は、宿題はあとでやりなさい」
    とママに言われても、涙目になって、宿題が終わるまで机から離れないような子。
    中学3年生のときには、入試が終われば誰も勉強なんかしたくないはずなのに、
    「3学期の期末テストの対策をしてくれませんか」
    と塾に来ちゃうような子。
    「え?3学期の期末テスト対策って、そんなの実力でやりなさいよ」
    と講師に断られ、結局、自分の思うような点が取れず、悔し涙を流してしまうような子。

    強弱はありますが、ある程度そのような性格傾向の子でないと、3年間はもたない可能性が高いです。
    その高校の学力に合わせて沈んでしまうと、学力の低い高校では、教わることにも限りがあり、一般入試を受けるには学力が足りないというリスクばかりが高まってしまいます。

    また、大学に合格したといっても、推薦入試で受かった子と、一般入試で受かった子とでは、学力に大差があるのが現実です。
    学内での成績、あるいは就職に、やっぱり少し問題が生じてしまうことがあるようです。
    上手い抜け道なんてないのかもしれません。

    都立の推薦入試。
    自分の本当に行きたい高校で入試を受ける雰囲気だけ味わってくればいいよ。
    合格しなくて、いいんだよ。
    それより、受験勉強頑張ろう。
    そう思う日々です。
      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)講師日記

    2014年01月09日

    鳳凰三山を歩いてきました。2014年1月。


    皆様、遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
    冬期講習が終わり、ようやくブログを更新いたします。

    2014年のお正月は、南アルプスの鳳凰三山を歩いてきました。
    1月2日、今回は、あずさ1号に乗車。
    甲府着、8:28。
    そこからは、タクシーで夜叉神峠へ。
    夏期はバス便がありますが、冬はそれもなく、タクシーで行くしかありません。
    道路は凍結箇所もなく、まずは順調に夜叉神峠登山口へ。
    支度して、歩き始めました。9:30。

    元旦の天気図が今1つだったので、出発を2日にして正解だったようです。
    雪山なのに、春山のようにポッカポカの陽気でした。
    雪山用のジャケットも要らず、冬用の山シャツ1枚で快適に歩くことができました。
    トレースは広くなだらかで、楽しい雪道です。

    夜叉神峠小屋。10:50。
    最初の展望地です。
    うおおおお。
    北岳が、ドーンと見えました。

    鳳凰三山を夏に歩いたのは、もう10年以上前になります。
    夜叉神峠はヤナギランの咲き乱れていました。
    ヤナギランの向こうに南アルプス。
    冬は、山がもっとくっきり見えます。
    この景色を見るために、ここまでを日帰りで歩く人も多いというのも頷けます。

    夜叉神峠小屋から、いったん下り。
    崖っぷちの道をしばらく行き、そこからは急な登り。
    本日一番の登りでした。
    何とか登りきって、杖立峠。12:40。

    道はまたゆるくなり、山火事跡。
    大木は焼けてしまったので、見晴らしの良いところです。
    振り返ると、富士山がくっきり。
    雪の縞模様がよく見えました。
    今年の富士山は、まだ積雪が少ない様子です。

    ゆるやかに登って、苺平。14:00。
    ザックをおろして、温かいカフェオレを飲み、ブルボンのガトーレーズンを食べました。
    やわらかい生地でクリームとレーズンをはさんであります。
    1袋89kcal。
    湿っていて食べやすく、ガツンと高カロリー。
    雪山での好きな行動食の1つです。

    さて、そこからは下り道。
    思ったよりも早く、林の下に小屋が見えてきました。
    南御室小屋。15:00。

    手続きをして、2階に案内されました。
    梯子が急で、本日一番の核心がこの梯子。
    山小屋の梯子って、怖いですよね。
    よく誰も怪我をしないなあ。
    まあ、私も落ちたことはないですが。
    (^_^;)

    担いできた缶チューハイとチーズを持って1階に下り、1人で飲み始めました。
    ああ、静かな良いお正月だ。
    と思ったら、20人ほどの団体さんが入ってきて、小屋はにわかに活気づきました。
    それもまた楽し。

    テーブルがいくつもないので、新たに下りてきた知らない人と相席で飲みました。
    話題は、コンビニでその朝に買えるおいしい行動食やキャンプ泊のおかず。
    最近、すぐ食べられるパックでも、レトルトでも、おいしいものが増えましたね。

    雪山の小屋で知り合う人は、面白い話を持っている人が多いです。
    その中でも、今回聞いた話は、どう解釈していいかわからない不思議な話でした。

    何年か前。
    その人は、4月に、残雪期の尾瀬を歩いたそうです。
    そこで、60歳くらいの男性と会って、話をしました。
    その男性は、雪山には絶対にチョコレートが必要だと力説し、彼女が持っていないと言うと、
    「それはダメだ。持っていきなさい」
    と、ザックからハーシーの板チョコを5枚出して、彼女の手に押し付けたそうです。
    「こんなにいいです」
    と断っても、
    「いや、まだ5枚あるから。チョコレートは、持っていないとダメだから」
    とその男性は言い張り、どうにも断れず、彼女はそのチョコレートを受け取って、これから至仏山に登るという男性と別れたそうです。

    尾瀬から帰った翌日、彼女のもとに、警察から電話がかかってきました。
    男性がいまだ下山せず、家族から捜索願いが出されたというのです。
    同じ時期に尾瀬に入り登山届を出していた彼女にも、警察から事情を訊く連絡が入ったのでした。
    服装などからチョコレートをくれたあの男性だとわかり、彼女は知る限りのことを説明しました。

    生きていれば、まだ雪山をさまよっている男性。
    もらった5枚のチョコレート。
    そのチョコレートがあれば。
    彼女は悲鳴を上げそうになったそうです。

    心配で心配で、数日後、彼女から警察に連絡すると、その男性が見つかったと教えられました。
    やはり、雪山をさまよい、チョコレートをちびちび食べて生き延びていたとのことでした。

    チョコレートを他人にあげてしまったことを後悔したろうか。
    でも、自分の持っているものをそんなふうに他人にあげてしまう人だから、生きて戻ることを許されたのだろうか。
    それにしても、なんで10枚も板チョコを持っているんだ?

    この話、どう解釈したらいいんでしょう。
    とりあえず、「雪山にはチョコレート」という話では、ないと思うのですが。
    (^_^;)

    夕食は、17:30。
    ビーフシチューと、鹿肉のから揚げ。
    山で撃った鹿だそうです。
    鹿は高山植物を食べつくすので、個体数の調節のため、撃って食べることに、私も賛成。
    おいしくいただきました。

    冬期講習の疲れと、歩き疲れで、消灯を待たず、20:00就寝。

    朝食は、6:00。
    伊達巻、かまぼこ、豆、昆布巻き。
    お節料理が嬉しい山小屋の朝食です。
    支度をして小屋を出て、アイゼンをきっちり締めて、歩き出しました。7:00。
    まずは小屋の左手裏からの急登。
    登りきると、砂払岳。8:15。
    稜線は、風が強いので、雪が吹き飛ばされ、ほとんど夏道が出ていました。
    砂払岳は岩がちの道。
    アイゼンがギシギシきしみます。
    凍結している可能性もあるので、アイゼンの刃が岩にはじかれないよう慎重に歩を進めました。

    左手は、白峰三山。
    北岳。間ノ岳。農鳥岳。
    北岳バットレスの陰影がくっきりと見えます。
    雪がついていても、ゴツゴツとした岩肌。
    夏、あそこを登攀したのは、もう何年前だろう。
    白峰三山を縦走したのは、さらにその前だなあ。
    歩いたことのある山を別の山から眺めるのは、いつも感慨深いです。

    振り返れば、富士山。
    雲海の上に浮かんでいました。
    高い山から見ると、ますます高い。
    自分が高く上がってさらに、その高さがわかる。
    富士山は、いつ見ても新鮮です。

    薬師岳小屋の前を通り、薬師が岳へ。
    そこからさらにトレースは続き、観音岳へ。9:15。
    無風快晴の素晴らしい稜線歩きです。
    天気が良いといっても、ここまで良いのは珍しい。

    観音岳の先には、地蔵岳。
    視線の先には、甲斐駒の雄姿が見えていました。
    上の画像がそれです。
    右手には、八ヶ岳も見えました。
    遠くには、北八ヶ岳を歩いたときにも見えた、中央アルプス。
    飽きず眺めました。

    さて、下山。往路を一気に戻ります。
    薬師小屋。10:00。
    南御室小屋。11:00。
    苺平。11:40。
    杖立峠。13:00。

    そこからは、2日間よく晴れたせいで、南向きの斜面は雪が融けてきていました。
    凍結箇所がむき出しになって、逆にちょっと歩きにくい急な下りをとことこ歩き、夜叉神峠小屋。14:00。
    トレースも広くなり、登山口。14:50。
    余裕を持って、15:30に予約しておいたタクシーを待ちながら、あれこれと支度をしていると、早めにきてくれて、甲府駅近くの温泉まで、一気に下山。

    お天気に恵まれた素晴らしい雪山歩きでした。
      


  • Posted by セギ at 13:26Comments(0)