たまりば

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2017年03月26日

学年末テスト結果集計出ました。2017年3月。


学年末テストの結果が出ました。
以下の通りです。

数学
90点台 1人  80点台 2人 70点台 1人 50点台 1人 50点未満 2人
英語 
90点台 3人 80点台 1人 70点台 1人 60点台 1人 50点台 1人 50点未満1人


中学・高校の数学のテスト勉強は、どこに力点を置くべきかが子どもの学力によって異なり、そこの対応が難しいところです。

公立中学に通う子に多いのが、基本問題しか解かない子です。
学校から配られている教科書準拠ワークの「基本問題」「A問題」などのページはそれなりにやりますが「B問題」のページは解けなくてもいいと思っている様子です
「わからない」
「難しい」
と本人は言うのですが、公立中学のワークの「B問題」は、大抵の場合、最後の別枠の1問だけは本当に応用問題でも、他は「標準問題」です。
わからないことはないし、難しいこともなく、解けないと後で困るものばかりです。
一般都立の入試問題も、そのくらいのレベルですから。
勿論、定期テストもそのレベルの問題が多く出ます。
しかし、本人はそのことに対して無自覚です。

小学校からその傾向は表れているのかもしれません。
カラーテストの表の面さえ解ければ良い。
裏の面は応用問題だから、自分は解けなくて良い。
そう思い込んでいないでしょうか?

勿論、現時点でそういう学力の子もいます。
とにかく基本問題だけはきちんと解けるようになろう。
当面そういう学習目標の子もいます。
でも、「あなたは裏の面も解けなくちゃ」という学力の子が、裏は応用だから自分は関係ないと思い込んでいることがあります。
応用と言ったって、受験算数のような問題が出ているわけではありません。
少し難しいだけで、学校で学習する内容の枠内の問題です。

何でこうなるのだろうと不思議に思います。
自己評価が低いのでしょうか。
あるいは、意識が低いのでしょうか。
難しいことをやらずに済ますほうが楽だからでしょうか。
素質があるのに勿体ない。
そういう子は案外多いです。

ただ、そういう子の成績は上げやすいのです。
集団指導塾に通っている間は、面倒くさがって宿題をきちんと解かなかったり、
「わからなかった」
と言い訳して済ませていた子も、個別指導ではそうはいきません。
その子の学力は手応えですぐにわかってしまいます。
「わからなかった」
と本人が主張しても、本当にわからない問題か、考えればわかるのにわからないと決めつけて解いてこなかったかは、講師は判断できます。
本人がしぶるのを叱ったり励ましたりしながら、できるだけその子が自分の手を使って解くようにしていけば、だんだんと頭の中に道筋はできてきます。
本人が勝手な判断で「自分には関係のないもの」と思い込んでいたレベルの問題を解くようになれば、当然学力が上がります。
「難しい問題ばかり解かされて嫌だなあ」
と最初は思っていたとしても、実際にテストの得点が上がれば、これで良いのだと本人も納得するようになります。


一方、私立や都立の中高一貫校に通う子の中には、逆に「応用問題さえ解ければ」と思い込んでいる子がいます。
しかし、本人に足りないのはむしろ基礎力です。
こういう場合、成績を上げるのはそう簡単ではありません。

数学の定期テストは前半が基本問題、後半が少し難しい問題というわかりやすい構成になっている場合がほとんどです。
その中でも、本当の応用問題は最後の1問だけという構成のテストは多いです。
本人は過度に応用問題にこだわるのですが、実際のテスト結果を見ると前半でぽろぽろ失点しています。
計算ミスもありますが、それ以上に、基本的な公式や解法が身についていないのを感じる答案です。

テスト対策をしている間、
「定期テストというのは、そんなに難しいものではないよ。問題の難易度は普通だから、基本をしっかりやろう」
と言っても納得せず、
「うちの学校のテストは難しい。応用問題が出る」
と主張します。
「応用問題は最後の1問だけだよね。あれは、今は解けなくてもいいよ。あれを解こうとする時間があったら、見直しをしよう」
そう助言しても、なかなか納得してくれません。
応用問題さえ解けるようになれば自分の成績は上がると思い込み、諦めがつかない様子です。

「80点台を取れるようになったら、応用問題をやろう。でも、今はまだ50点も取れないのに、最後の応用問題を気にすることに何の意味があるの?」
「だって、テスト当日にノートを提出しなければならないから」
学校の教科書準拠問題集からテスト範囲が指定されていて、テスト当日にノートを提出しなければならないことを気にしている様子です。
「解けない応用問題は解答を赤ペンで書き写せばいいよ。そういうふうに学校で言われているでしょう」
だって、テストに出るから」
「問題集と同じ問題は出ていませんよ。テストの応用問題は本当に応用問題じゃないですか」
「だって、最後の問題は、1問7点ですよ」
「・・・・あなたは基本問題で何点失っているの?」
「・・・・・・」
こんな会話を続けていると、相手の生徒は傷つくし、私も気が滅入ります。
ろくなことがないのですが、ここまで言わないと諦めてくれないほどに、「応用問題さえ解ければ」という幻想に取り付かれている子もいます。

学校側としては、数人でも有名大学の理系に進学する子がいますので、その子たちを伸ばすためにかなり高度な課題も出すのだと思います。
これは全員が取り組むべき課題かなあ?と思われる内容も含んでいます。
一方、定期テストの問題は生徒全体の学力にあわせた標準的なレベルのもので、基礎をしっかり固めておけば80点は楽に取れる内容です。

学校の先生も、生徒によっては発展問題・応用問題を解くのは無理だとわかっているので、ノートを点検する際に、応用問題を自力で解いていないからといって平常点を下げるようなことはしません。
しかし、そういうことをわかっていない生徒が多いです。
丸が多いノートのほうがいいのだと誤解して、解答を見ながら解いたのに全部赤丸をつけてしまう場合もあります。
それは解答を丸写ししたノートと見た目が同じなのでむしろ印象が悪いよと助言しても、それすらなかなか納得しない子もいます。

教わって解いた応用問題や、解答解説を見ながら解いた応用問題は、その類題を何題も解くことで定着します。
しかし、そうしたことに時間をかけられるのは、基礎が身についている子に限っての話です。
公式通りに当てはめれば解ける基本問題でも自力で解けるかどうかわからない学力の子は、テスト前に本当に公式を覚えているか確認しなければなりません。

特に、家庭学習では教科書や問題集の解答解説を見ながら問題を解くことが常態化している子は危険です。
本人はスラスラ解いているつもりでも、公式や解法を見ながら解いているだけなので、解答解説がないと基本問題も解けない可能性があります。
そのことを自覚してもらい、何も見ないで基本問題を解けるように練習するのがその子に対するテスト対策です。

一方、本人は「そういう勉強は自分でもできる」と思っています。
その子の勉強方法では、教科書の例題や問題集の解答解説を見ながら単なる代入をしているだけで、学習が空洞化しているのですが。
真面目に時間をかけて勉強しているはずなのに、学習した内容が頭にとどまっていないのです。

しかし、わからないときに教科書の例題を参考にしたり、いっそ解答解説を見て確認したりというのは、勉強法として悪いわけではありません。
勉強が得意な子も、それはやっています。
勉強が得意な子の勉強法と表面上は似ているということが、この問題が解決しない原因なのかもしれません。

勉強が得意な子は、自分が例題を参考にしたことや解答解説を見たことを自覚しています。
それは「自力で解けなかった問題」です。
当然、問題にチェックを入れます。
解けなくて悔しかった記憶とともに、その問題の解法は鮮明に記憶に残ります。
だから、次に類題を解くときに、
「あ、これはあの問題だ」
と気づいて、今度は自力で正答することができます。

基本問題が解けない子は、解答解説を見ながら解いたことに無自覚です。
「自力で解けなかった」
と思っていません。
だから、基本問題はチェックしません。
チェックを入れるのは、難しい応用問題ばかり。
解答解説を読んでもわからない問題だけが「自力で解けなかった問題」という判断をしている様子です。
そして、テスト本番で、基本問題も解けないことに自分で驚き、動揺してしまいます。

不本意な点数の答案が返ってきてからの反省も的外れです。
わかっていたのに、度忘れしたー。
うっかりしてたー。
やっぱり、うちの学校のテストは難しい・・・。
・・・・と、分析もそんなふうに間違っていることが多いです。

基本問題を自力で解けますか?
解答解説を見て理解できることと、自力で解けることとは違うんですよ。

このつらい現実を認めて、やり方を変えることができた子は、成績に変化が見えています。

  


  • Posted by セギ at 11:13Comments(0)講師日記

    2017年03月22日

    南高尾山稜を歩きました。2017年3月。

     
    2017年3月19日(日)、南高尾山稜を歩きました。
    週半ばに冷たい雨が降り、檜原村や奥多摩では麓にもうっすらと雪が積もったと聞いていました。
    あれから暖かくなったとはいえ、山道で凍結箇所や泥濘に悩まされるのは嫌だなあ。
    そういう山に行きたい日もあるのですが、今週はもっと楽をしたい気分です。
    そんなときは奥高尾が一番。

    というわけで、高尾駅北口から小仏行きのバスに乗車。
    高尾温泉のラッピングバスを含む3台のバスが同時発車しました。
    春の観光シーズンが来ましたね。
    日影下車。8:50。
    支度をして出発です。

    日影林道は毎月歩いているような錯覚がありますが、よく考えたら秋から来ていませんでした。
    半年ぶりに沢沿いの道は、かなり舗装が進んでいました。
    え?
    通行禁止のときもあったんですか?
    全然知らなかった。
    今は休工中だそうです。

    暖かくよく晴れた日でしたが、まだこのくらいの気温ならバテることはなく、小仏城山到着。10:20。
    空いているトイレに入ろうとすると、若い女の子に声をかけられました。
    「そこ、鍵がかからないんです」
    「鍵ですか?」
    試しに鍵の突起部分を押しながら回してみると、しかし、特に問題なく動きます。
    「・・・・あれ?」
    声をかけてくれた子は不思議そうにしていました。

    以前も、ここのトイレで同じやりとりがあったことを思い出しました。
    若い子は、たてつけの悪い戸に慣れていないのかもしれません。
    鍵が固まって動かないときは、突起を抑えて鍵を回すと動きだすことがあります。
    上手く鍵穴に入らないときは、隙間から覗き込みながらドアを少し押したり引いたりするなどの調節をすると上手く入ることが多いです。
    山のトイレは、風雨にさらされ、寒暖の差も激しいですから、そんなにたてつけはよくないので、工夫して入りましょう。
    ヽ(^。^)ノ

    さて、昼にはまだ早い時間帯ですが、ベンチはほぼ埋まる盛況でした。
    早咲きの梅の花もちらほら。
    ここから高尾山までの尾根道は桜の名所。
    今から楽しみです。

    さて、今日は南高尾山稜を歩きます。
    ちょっと休憩し、高尾方面に向かって木段を降りてすぐの分岐を右へ。
    大垂水へと降りていきます。
    急坂ですが木段が整備され、足止めも多く埋められて、昔と比べると本当に歩きやすくなったなあと、毎回同じ感想を抱きながら、たったか降りて行きました。
    下りるだけ下りきると、その先は斜面をトラバースする細い道。
    そこから、斜面をジグザグに下っていくと浅い沢沿いの道に出ます。
    すぐに沢と別れ、鉄柵に頼って急な下りを慎重に行くと甲州街道です。

    甲州街道を渡る歩道橋は、そのまま南高尾の登山道につながっています。
    このあたりでトレイルランナーと多くすれ違いました。
    登山者も多いです。
    南高尾も賑やかになったなあ。
    数年前までは、スミレや桜の季節ですら、こんなに人はいなかったように記憶しています。

    大洞山。11:35。
    ここのテーブルとベンチが無人だったのは、逆に驚きました。
    何事もタイミングというものでしょうか。

    ここからは緩やかに登ったり下ったり。
    まき道は崖っぷちで少し細いところもあり、慎重に通過しました。
    段差の大きいところは木段が整備され、新たに鎖がつけられていました。
    ここも来る度に少しずつ変わっていますね。
    ベンチなどが多く整備され、休憩できる場所が増えているのも感じます。

    見晴台。12:20。
    幸いベンチがちょうど1つ空いていたので、ここで昼食。
    冬は陽だまりが気持ち良い場所ですが、この陽気ではちょっと暑かったです。
    これからの季節は、ここではなく、木陰の場所で昼食をとるのがいいかなあ。
    でも、眺望は間違いなくここが一番です。
    春霞で丹沢もぼやけていましたが、沢筋や山頂付近は積雪しているのが見えました。
    やはり数日前の雪が残っているのだなあ。

    さて出発。
    この先もベンチが増えているのを確認しながら、歩きやすい道をどんどん行き、三沢峠。13:05。
    おや、ここも新しく丸太型のベンチが設置されています。
    そこに座って、ちょっと休憩。
    今日はここから、いつもとは違う、梅ノ木平への道を歩いてみることにしました。

    「車両侵入禁止」の看板が道の真ん中に立っています。
    林道レベルの幅広な道でした。
    平坦で、ゆったりと下っていくことができました。
    尾根道ではないので展望はありませんが、歩きやすい道でした。
    足許には早咲きのスミレが。

    やがて道は沢に沿って進むようになりました。
    未舗装ですが途中からは車の侵入もOKな林道となりました。
    でも、車は全く通りませんでした。
    どんどん歩いていくと老人ホームがあり、そこからは舗装道路でした。
    道なりにさらに歩いていくと、高尾の有名な料理屋さんに出ました。
    ははあ。ここに出るのかあ。
    山支度では前を通るのでも気がひけるわあと思いながら通り過ぎると、その先は分岐ごとに道しるべがありました。
    その通りに歩いていくと、甲州街道に。

    しかし、ここは高速道路の入り口でもありました。
    歩行者がどう進めば良いかは明確で危険もないのですが、交通量が多いので若干ストレスがあります。
    歩道を渡って、地下道を通って、高速道路と別れてからは、甲州街道を淡々と行きます。
    道の両側にしっかりした歩道がありますので、ここも危険はありません。
    でも、やっぱり、いつもの草戸山から高尾山口に降りていく道のほうがいいなあ。
    1回歩くと、こういうことがわかりますね。

      


  • Posted by セギ at 11:17Comments(0)

    2017年03月20日

    4月8日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    前回の授業料合計6000円を、みちのく未来基金に寄付させていただきました。
    銀行振り込みをしたことをみちのく未来基金に連絡するメールに、「あの日、小学6年生だった子どもたちが、この春、大学に進学するのですね」とほんの1行書いたのですが、そのことに触れた真摯な返信を事務局からいただきました。
    大手企業がサポートする大規模な財団法人でありながら、何年経っても事務的にならず暖かい。
    今年も約100人がみちのく未来基金から奨学金を受けて希望の大学に進むとのことです。

    さて、3月18日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回も「n進法」の続きです。
    例えば2進法ならば、「2の0乗の位」「2の1乗の位」「2の2乗の位」というように、1桁上がるごとに2の指数が上がっていくのだということを前回確認しました。
    では、小数はどのように扱われるのでしょうか?

    まず10進法で考えるのならば、小数は、小学生の頃からやっているように、小数第1位は「10分の1の位」、小数第2位は「100分の1の位」、小数第3位は「1000分の1の位」です。
    それは、「10分の1の位」「10の2乗分の1の位」「10の3乗分の1の位」と書き表すこともできます。
    1つ下の位から見て、1つ上の位はそれを10倍した数の桁、という関係が成立しているのが10進法です。

    2進法も同じように考えます。
    小数第1位は、「2分の1の位」、小数第2位は「2の2乗分の1の位」、小数第3位は「2の3乗分の位」です。
    そうすることで、1つ下の桁から見て1つ上の桁の数は2倍の関係が成立しています。
    ちなみに、2分の1は、指数では「2の-1乗」、2の2乗分の1は、指数では「2の-2乗」と表します。
    ところで、「2の2乗」を「にのじじょう」と読む人は多く、数学学会が公式に訂正しても、こういうことはなかなか改善されないのですが、「2の-2乗」を「にのマイナスじじょう」と読む人はさすがにそれよりは減ってきます。
    高校の数学の先生は「にじょう」と正しく読む人が多いことも関係しているかもしれません。
    「2乗」のときだけ「じじょう」と読むのは、本来、不自然なことです。
    数字は「いち、に、さん」と読みます。
    「いち、じ、さん」ではありません。
    「2乗」だけ「じじょう」と特別扱いの読み方をすることには理由がありません。
    しかし、自分が信じてきたことを否定されると拒絶反応が強い人もいます。

    「じじょう」は「自乗」という意味なんだ!
    という説を展開する人がいます。
    しかし、「2乗」だけそんな特別扱いをすることには理由がありません。

    「にじょう」なんて読み方はまぬけっぽいだろ!
    という人もいます。
    しかし、そういう主観は、数学とは関係ありません。

    ただ、読み方なんか究極どうでも良いので、生徒が「じじょう」と読むのを訂正はしないのですが、私が「にじょう」と読むのを生徒が「このセンセイ、読み方を間違えている」と感じているのではないかなあと考えてしまうことはあります。
    こういうことは多勢に無勢かもしれません。

    おっと話が逸れました。
    マイナスの指数の話でした。
    2分の1は、「2の-1乗」、2の2乗分の1は「2の-2乗」、2の3乗分の1は、「2の-3乗」。
    指数はこのように表記されます。
    これは、n進法の桁の仕組みと整合しています。
    指数がこのように負の数に拡張されることは、n進法を理解していると容易に納得できることです。
    指数の拡張は、詳しくは数Ⅱの「指数関数」で学習します。

    では、n進法に戻って、実際に問題を問いてみましょう。

    問題 10進数0.375を6進法で表せ。

    6進法の小数第1位は、6分の1の位。
    6進法の小数第2位は、6の2乗分の1の位。
    ですから、
    0.375=a/6+b/62+c/63+・・・・
    と表すことができます。
    この両辺を6倍すると、
    2.25=a+b/6+c/62+d/63+・・・・・
    b/6以下は、全て分母のほうが分子より大きい真分数ですから、両辺を比較すると、
    2=aであることがわかります。
    両辺から2=aを引いて、
    0.25=b/6+c/62+d/63+・・・・
    この両辺を6倍すると、
    1.5=b+c/6+d/62+e/63・・・・
    1=bであることがわかります。
    両辺から1=bを引いて、
    0.5=c/6+d/62+e/63+・・・・
    この両辺を6倍すると、
    3=c+d/6+e/62・・・・・
    3=cであり、d以降は0であることがわかります。
    よって、10進数0.375は、6進法では、2.13です。
    上のように、6倍して整数になったものを次の桁の数字と確定していきますので、それを利用した筆算が可能です。
    整数になったものを取り除きながら、次々と×6をしていく方法です。

    さて、春期講習を挟みますので、次回の数学教室は3週間後の4月8日(土)です。
    10進数の分数をn進法で表すやり方を学習します。
    あと1ページで数Aの学習内容は終了。
    ペースが良ければ、次回、数Ⅱのテキストをお配りします。

    ◎日時  4月8日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p116「分数の小数表示と記数法」から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。






      


  • Posted by セギ at 12:39Comments(0)大人のための講座

    2017年03月17日

    消しゴムやシャーペンの使い方。




    もうすぐ新年度。
    教科書もテキストも新しくなり、気分も一新されます。
    高等部に進学する子たちの高校数学の予習も始まりました。

    高校数学の最初の学習内容は、「式の計算」。
    まずは、「降べきの順」というルールについて。
    次数の高い項から順番に項を書いていくということで、中学生の頃から数学の教科書や問題集は降べきの順で書いてあります。
    例えば、 5x2+2x-3 といった形ですね。
    そうやって何年もかけて無意識に訴えかけていますので、大体は問題ありません。

    ところが、中学生の中に、なぜか降べきの順に逆らって書く子がいます。
    問題に 5x2+2x-3 と書いてあるのに、わざわざ -3+2x+5x2 と書き直すんです。
    なぜそのように書き直すのか尋ねても、明確な理由を語りません。

    「次数の高い項から書いていったほうがいいよ」
    「でも、これでも、いいんでしょう?」
    「中学生の間は、それでもいいけど」
    「・・・・・これでもいいんなら、いいでしょう?」
    「いいんだけど、なぜ、わざわざ順番を換えて、そう書くの?問題の通りに順番に書いていったら、そうはならないよね?」
    「・・・・・でも、これでも、いいんでしょう?」
    「・・・・・いいけどねえ・・・・・」
    と、歯切れの悪い会話を交わすことがあります。
    本人の中で、「昇べきの順」のほうが気持ちがいいというルールがあるのなら、それは仕方ないのですが、その「本人ルール」が私には読み取れないこともあります。
    いつもそのように書くわけではないからです。
    そのときどきで順番はバラバラです。

    ・・・・目についたものから書いているだけなのではないか?
    ルールをもって整理しながら書いていくということが、出来ないのではないか?
    「ルールをもって順番に」ということが、理解できていないのではないか?
    それは、分析力に関わっていくことなので、心配になります。

    あるいは。
    うっかり書き始めて、消すのが面倒くさいだけなのではないか?
    消しゴムを使うのが面倒くさいのではないか?
    そんなふうに思えてくることもあります。

    消しゴムの使い方1つとっても、個別指導をしていますと心配なことがあるんです。
    「この消しゴム、消えない」
    と文句を言う子どもがいます。
    消し方が汚く、元の文字が残っていて、その上に新しく書いても、何を書いたのかよくわかりません。
    玩具みたいな消しゴムを使っている場合は、それは消えないでしょうと思いますが、普通の消しゴムを使っていても、そんなことがあります。
    「貸して」
    と受け取って、試しに消してみますと、別に何の問題もない消しゴムです。
    本人の消し方が悪いんです。
    力の入れ方や、丁寧に消すやり方が身についていないのでしょう。

    「消しゴム」を使わない勉強方法というのは、あります。
    間違えた答案を消して直すのではなく、きちんとバツをつけて、横か下に赤で正答を書き込むという勉強方法です。
    間違えた答案をすぐ消して書き直し、赤で堂々と丸をつけて、正答したと自分でも思い込む不可解な子どももいますから、その勉強方法を小中学校の先生が生徒に義務づけるのは理解できます。
    でも、書き間違いには消しゴムを使います。
    そんなのをいちいち残していたら、答案が汚ならしくて、読み取れないですから。
    そんなときに、消しゴムをきれいに使えない子がいます。

    なぜ、消しゴムを正しく使えないか。
    それは、教わっていないからなんでしょう。
    手取り足取り教わらないと、消しゴムの正しい使い方が身につかない子はいます。
    大人がやっているのを観察して、見よう見真似で正しい方法を身につけていくということができないようです。
    あるいは、消し方を自分なりに少しずつ工夫し、改善していくということもできないのでしょう。
    教わらない限り、消しゴムを使ってきれいに消す方法が身につかないのです。

    学習能力の根本は、自分で観察し、考え、工夫していくところにあると思うのですが、教わらないと自分では改善できない子は一定数います。
    自分で改善しなければならないという発想そのものがないようにも感じます。
    そして、自分の技能の低さを無視し、消しゴムのせいにします。

    シャーペンもそうですね。
    芯を折りまくる生徒は多いです。
    バキバキボキボキ、90分間に5回や10回は芯を折っている子がいます。
    あげく、シャーペンを詰まらせて、その修理のために授業停止。
    (^_^;)

    「このシャーペン、芯がすぐ折れる」
    と生徒は言います。
    本当にそう思うのなら、シャーペンの先端をよく観察したほうが良いです。
    ペン先に微かな凹凸がある場合、それにひっかかって芯が折れやすいということはあると思います。

    芯が粗悪品ということも、ないわけではありません。
    以前は、100円ショップで購入した芯は、折れやすかったかもしれません。
    かなり当たり外れがある印象は、私も持っていました。
    でも、最近は、そうでもないような気がします。

    多くの場合、芯がすぐ折れるのは、ペンや芯のせいではなく、本人のせいです。
    芯を出し過ぎているんです。
    出し過ぎた芯で、シャーペンを斜めに持って、高い筆圧で書いたら、それは折れます。
    力学的に考えたらわかることです。

    自分が何をしているために、どういう結果になっているか。
    シャーペン1つのことでも、少し考えて、少し工夫したら、わかること。
    どうして何年も何年も、そのことに気づかず、芯を折り続けているのか。
    家電ですら学習能力を持つ昨今、そんなことでどうするのか?
    どうしてもどうしても芯を折ることを改善できないのなら、芯の折れないシャーペンも発売されていますよ。
    (*^_^*)

    消しゴムを使うと、よく消えない。
    シャーペンを使うと、すぐ折れる。
    勉強自体よくわからないのに、勉強の周辺にもストレスがいっぱい。
    これは、学習意欲に影響します。
    同時に、目の前の課題を解決できないという点において、学習能力が多少表れていると見ることもできます。

    シャーペンの芯くらいいいじゃないか、好きなだけ折らせておけば、というのも1つの見解かもしれませんが、何しろ個別指導をしていますで、折れた芯が私の顔に当たることがあります。
    さすがに ┐(´д`)┌ヤレヤレ という気持ちになります。
    私は眼鏡をかけているから良いですが、他人の目に芯が入る危険もあります。
    芯を折っている子は、そういうことに気づかないという点も、私は心配しています。

    そういうわけで、自衛の意味もあり、シャーペンの芯をよく折る子には、その指導も行っています。
    面白いもので、シャーペンの使い方に改善が見られ、芯を折らなくなる子は、成績も上がっていきます。
    細かいことではあるけれど、私が何のために何を言っているのか理解でき、改善できるということは、学習面の他のことも改善可能だからでしょうか。
    技術の伝達が可能だということかもしれません。

    一方、助言や注意がいちいち耳に逆らう様子の子もいます。
    ありのままの自分が最高に素晴らしいことを褒めてほしい。
    褒めて伸ばしてほしい。
    そういう願望の子どもや保護者の方は最近減ってきました。
    褒めるだけでは限界があることが広く知られるようになってきました。
    それでも、自分のやり方を直させられることに不満を感じる子も中にはいます。
    しかし、その子がスポーツをやっている場合、スポーツになぞらえて説明すると案外理解してくれます。
    フォームが悪ければ直すでしょう。
    我流の間違ったフォームでどれだけ練習したって、結果なんか出ないでしょう。
    逆に、ちょっと直すだけで大きく変わってくることはあるでしょう。
    こう言うと、反発せず、耳を澄まして聞いてくれたりします。
    腑に落ちる経験があるのだと思います。


    私が何か言うまでもなく、成績の良い子は、勉強するための正しい形が小学生でも身についています。
    どこをどう直せばさらに良い結果が出るようになるか。
    その助言が欲しくて個別指導塾に来ています。

    そうした内面だけでなく、見た目も勉強するにふさわしい良い形を身につけている子が多いです。
    「姿勢が良い」といっても、変に緊張した姿勢の良さではなく、何時間でも楽にそのままでいられる座り方をしています。
    勉強道具は使いやすい大きめのペンケースに必要なものが入っています。
    シャーペンの使い方も、消しゴムの使い方も、無駄な動きがなく、安定しています。
    使い終わった消しゴムを放り投げるように置いて、机から落として、身をかがめてそれを拾って、といったくだらないストレスとも無縁です。
    勉強をたくさんする毎日なので、文房具は友達。
    大切に使って失くしませんし、新しい文房具にも興味があり、新製品を私に見せてくれたりします。
    (*^_^*)

      


  • Posted by セギ at 14:26Comments(0)講師日記

    2017年03月13日

    高尾のハナネコノメを見に行ってきました。2017年3月。


    2017年3月12日(日)、今年も山スカートひらりの春がやってきましたー。
    私はどちらかと言えば、〽高尾の春よー と歌いたいほうではありますが。
    今の1フレーズは替え歌です。
    ヽ(^。^)ノ

    春を告げる、スプリングエフェメラル。
    春の妖精と呼ばれる早春の花たち。
    その中でも、数年前に京王電鉄のポスターに取り上げられて以来、高尾はハナネコノメが有名です。


    ごく普通のところに咲いているのですが、この花がどこに咲いているかの知識を持っていないと、多分気づかない。
    そういう花です。
    有名な場所が2か所。
    他にもう1つ、私の秘密の場所。
    「秘密の場所」と思っている人は私の他にも大勢いるとは思うのですが、それでも、やはり私の秘密の場所です。

    そんなわけで、今年も、どういうコースを歩いたのかは秘密です。


      


  • Posted by セギ at 10:50Comments(0)

    2017年03月09日

    3月18日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    3月4日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    数Aの最後の学習内容、「n進法」に入りました。

    n進法は、容易に理解できる小学生もいれば、高校生でも、全く理解できないと首を傾げる子もいる単元です。
    理解できない子は、10進法の仕組みを明確には理解できていないのかもしれません。
    10進法の仕組みは、子どもの頃から慣れ親しみ過ぎて自明の理のようになっていて、むしろ意識しにくいということはあると思います。
    しかし、n進法を学ぶことで10進法の仕組みが照射され、それが絶対のものではないことに気づかされます。
    そのとき、頭の中が一瞬揺れるような快感があるはずなんです。

    数が10集まったら上の桁に上げることは、絶対のことではない。
    n進法を学ぶ最大の意義は、このことに気づくことではないでしょうか。

    当たり前だと思っていることは、実は当たり前ではない。
    そういうルールを皆で守っているだけで、自明の理のわけではない。

    そのことに気づくもう1つの単元というと、受験算数などで出題される「約束記号」があります。
    しかし、これも、理解できない子は不思議なほどに理解できません。
    先日も約束記号の問題で大混乱する生徒がいました。

    問題 A◎B=A+A×B-B とする。3◎19を計算しなさい。

    何も難しくないはずなんです。
    問題に書いてある通りに代入して、
    3+3×19-19=41
    と解答するだけです。

    ところが、この問題、理解できない子は全く理解できません。
    小学生にはちょっと難しいかなあ・・・。
    というレベルの話ではありません。
    中学生でも、高校生でも、この種類の問題に全く対応できない子がいます。
    「問題が何を言っているのか、わからない」
    異口同音にそう言います。

    この問題のときだけ、◎に計算記号の意味をもたせる。
    そのことが理解できないのかもしれません。
    そんなことは、していいはずがない。
    あり得ない。
    だから、全く理解できない。
    そういうことなのかなあと想像するのですが、想像の域を出ません。

    このことが理解できない子は、たいていうろたえています。
    どこがわからないのか問い返しても、絶句している場合が大半です。
    解き方や正解を教えても、理解できない様子です。
    説明の仕方を変えても、類題を解いても、理解が進みません。
    「割合」がわからないとか、「速さ」がわからないという場合は、何がどうわかりにくいのか教える側が推測できる余地があるのですが、約束記号がわからない場合は、違う種類の断絶がそこにある気がします。
    大袈裟に言ってしまえば、世界観が違うのかもしれないというほどの断絶がそこにあります。

    +、-、×、÷なんて計算記号は、単なる記号で、絶対のものではありません。
    そう決めて、その通りに使っているだけです。
    だから、今だけ◎に計算記号の意味あいをもたせても何も悪くありません。
    勿論、それはその問題だけの約束で、一般には通用しません。
    小学生でも一瞬でそうしたことがわかり、パッと顔の輝く子がいます。
    当たり前だと思っていたことは、何1つ当たり前ではない。
    頭の中がグラッと揺れる快感がそこにあります。
    数学を学ぶ快感の1つだと思います。

    n進法も、そのような単元です。
    小学生でも理解できる一方、高校生でも理解できない子がいます。
    思い込みにしばられ、何1つ理解できないようなのです。

    例えば、2進法とは何か。
    便宜上10進法と同じ数字を使う場合、使える数字は、0と1の2種類だけです。
    これで全ての数量を表します。
    10進法の2にあたる数は、2進法では10と表します。
    10進法の3にあたる数は、2進法では11です。
    10進法の4にあたる数は、2進法では、100です。
    10進法の5にあたる数は、2進法では、101です。
    10進法の6にあたる数は、2進法では、110です。
    10進法の7にあたる数は、2進法では、111です。
    10進法の8にあたる数は、2進法では、1000です。
    それぞれの桁で2つ数がたまると、上の桁に上げていくということです。

    それは、10進法で、それぞれの桁で10数がたまると上の桁に上げていくということと対応しています。
    10進法では、1が10集まると、「10」と上の桁に上げます。
    10が10集まると、「100」と上の桁に上げます。
    同じように、2進法では、1が2集まると「10」と上の桁に上げます。
    2が2集まると「100」と上の桁に上げます。

    10進法では、各桁を「一の位」「十の位」「百の位」と通常呼びますが、それは指数を用いて「1の位」「10の位」「10の2乗の位」「10の3乗の位」と呼ぶこともできます。
    同じように、2進法では、「1の位」「2の位」「2の2乗の位」「2の3乗の位」となります。
    さらに言えば「一の位」は10進法では「10の0乗の位」、2進法では「2の0乗の位」とみなすことができます。
    10の0乗も、2の0乗も1です。
    n進法と連動させると、この指数法則の理由が明確になってきますね。

    しかし、こうした説明自体を10進法を基盤として行わざるを得ないという皮肉もあり、理解できない子は全く理解できないということが起こります。
    「10進法は、0から9までの10個の数字を使うでしょう?同じように、2進法では、0と1の2個の数字を使うんだよ」
    と説明すると、
    「10進法で使う数字は10個じゃない!」
    と言い張る子がいます。
    9の次は、10だし、次は11だし、12だし、数字は無限にあるんだから、10進法じゃない。
    そう言うのです。
    気持ちはわかる。
    でも、そういうことじゃないんだよ。
    しかし、本人にとって桁のからくりは子どもの頃から頭に沁み込み過ぎて自明の理になり、意識できないものになっています。
    n進法の説明を理解するには、10進法に対して客観的な視点が必要なのですが、それは、n進法を理解したときに補強される客観性でもあります。
    堂々巡りなのかもしれません。

    しかし、わかれば物凄く面白いのがn進法。
    次回もn進法の学習は続きます。

    さて、今回、出席3名様からいただきました授業料合計6000円は、「みちのく未来基金」に寄付させていただきます。
    実際に手続きが済みましたら、またご報告いたします。


    ◎日時  3月18日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p113「n進法」の続きから。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。







      


  • Posted by セギ at 13:28Comments(0)大人のための講座

    2017年03月06日

    藤野駅から日連アルプスを歩きました。2017年3月。


    2017年3月5日(日)、藤野駅近くの低山、日連アルプスを歩いてきました。
    日連は「ひづれ」と読むそうです。
    コースタイムでも4時間足らずのご当地アルプスです。

    支度をして、藤野駅出発、8:40。
    2週間前に歩いたのとは反対側の金剛山を目指します。
    駅前の階段を下りて直進してすぐの県道を左へ。
    歩道があまり整備されていないわりに交通量が多く、ちょっとストレスを感じながら歩いていき、道なりに日連大橋を渡ります。
    橋は広い歩道が整備されていました。
    橋の左手にはスーパー、少し行くと右手にコンビニ、さらに行くと追分のバス停があり、その先の分岐を道なりに右方向に行きます。
    歩道の整備されていない道を車の行き来に注意しながらしばらく行くと、金剛山のバス停が見えてきました。
    その手前の赤い鳥居が登山口です。9:05。

    赤い鳥居をくぐると後は明瞭な踏み跡のある登山道でした。
    小さな沢をしっかりした木橋で渡り、植林帯をジグザグに登っていきます。
    やがて道は直登になり、ひと登りで金剛山。9:30。
    金剛山神社の小さな祠があり、説明書きがありました。
    火伏せの神様なんだなあ。
    木立に囲まれ、展望はあまり良くないですが、ベンチがあり、休憩適地でした。

    さて、縦走路に戻り、道しるべを確認して、次は「峰への分岐」を目指します。
    5分とかからず分岐に到着。
    ここで、縦走路からいったん外れ、分岐を左へ。
    1分で「峰」に到着。
    木立が切れて、左手に展望が広がりました。

    さらに道しるべの通りに2分ほど先に進むと八坂山。9:40。
    ここからは「富士山が見える」とガイドブックにあり、楽しみにしていたのですが、なるほど見えることは見えても、てっぺんの平らな部分がちょっと見えるだけでした。
    「うわー、富士山なんか1cmくらいしか見えないよ」
    と独り言。
    その1cmとは、何を基準とした、どういう縮尺の1㎝ですか!
    自分のつぶやきに自分で突っ込みを入れつつ、そこにあった低いベンチに座ってちょっと休憩。
    下に見える町と山々とのバランスが良く、低山らしい眺めで、寄り道した価値はありました。

    分岐まで来た道を戻り、縦走路を先に進みます。
    少し道は細いですが、気持ちの良い尾根道が続きました。
    しばらく行くと、杉峠。
    ここにもしっかり道しるべがありました。
    小さい道しるべですが要所要所にあり、最近整備された印象です。

    ここを右折。
    またも縦走路と別れ、今度は鉢岡山へ寄り道です。
    しばらく行くと右に民家があり、車道が突き当たってきます
    そのまま直進し、舗装されていない、車がギリギリ1台通れる林道を行きます。
    林道をどんどん行くと、左に駐車スペースがあり、そこからは道は少し細くなり山道らしくなってきます。
    送電鉄塔の横を通っていくと、右手に骨組みだけの2階建ての廃屋があり、その少し先の左には白い乗用車が廃棄されていました。
    何がどうなるとこんなところに車を廃棄することになるんだろうと首を傾げながらしばらく行くと、展望台でした。
    丹沢方面の展望が広がりました。
    上の画像がそれです。

    この先、登山道には細い丸太が横たえられていて、これは侵入禁止という意味なのかなとも思いましたが、その先の踏み跡も明瞭でしたので、とりあえず行ってみることにしました。
    道はときどき細くなり、笹竹などの丈が高く、少し不安になりましたが、踏み跡は途切れることはありませんでした。
    登っていくと、鉢岡山山頂。10:30。
    ここが本当の山頂なのでした。
    杭の形の山頂標識が斜めに傾いていて、電波塔がどーんと立っている山頂です。
    笹竹が育ちすぎて、展望はありません。
    先程の展望台までで十分だったかなあと感じながら、来た道を戻りました。

    戻っていくと、本日1人目の登山者と遭遇。
    「良いお天気ですねえ」
    と挨拶を交わしました。
    今日は、結局、その人1人としか出会いませんでした。
    静かな山です。

    杉峠まで戻りました。10:50。
    ここからまた縦走路を行きます。
    春めいたぽかぽか陽気の明るい日差しの下、尾根道をのんびりと歩いていき、日連山。11:10。
    展望もなく、ベンチもなく、狭い山頂でした。
    ベンチがあったらここで早めのお昼にしようかと思いましたが、どうもそういう雰囲気の場所ではないので、先に進みました。

    さらに5分歩いて、宝山。11:15。
    日連山と同じ雰囲気です。
    カラスが木の枝にとまっています。
    これは、山の中でお昼ご飯を食べるのは、今日は諦めよう。
    昼前に下山しそうですし。

    さて、ここからの下りが、このコース唯一の難所でした。
    最初は木段の下りですが、だんだん傾斜がきつくなり、やがて、ローブの張ってある下りとなりました。
    トラロープの他、新しい白く太いロープで整備されていますので、落ち着いて足場を選び、ロープに頼り切らないようにして降りれば大丈夫でした。
    難所はそこだけで、それもほんの短い距離でした。

    一昨年の4月に九鬼山から猿橋駅近くの御前山へと縦走したときは、こんな道が延々と続いてすっかり心が折れたなあ。
    そんなことを思い出しながら下りていくと、今までより広めの登山道に出て、そこも道しるべの通りに左に進んでいきます。
    崖っぷちの道がしばらく続きます。
    ときどき道が細くなるので、私はこういうところのほうが苦手だなあ。
    でも、そうした道もすぐに終わり、舗装道路にポンと出ました。
    ここも登山口を示す新しい小さな道しるべが立っていました。
    舗装道路を左に進み、車がときどき通るのに気をつけていくと、日連神社が見えてきます。
    ガイドブックの通りに、その手前で道が二股に別れるところで右に下り、細い舗装道路をとことこ歩いていくと、県道に出て、そこは左へ。
    日連橋を渡り、少し先の三叉路では右の舗装道路をゆるく登っていくと、朝歩いた県道に出ました。
    日連大橋を渡って、藤野駅へ。12:25。

    一泊の山でもあるまいに、お昼どきに下山とは。
    春期講習と新学期準備の仕事がたまっているので、これは早めに帰って仕事をしろということでしょうか。
    2週間前の金剛山とあわせて両方一度で歩くと良いのかもしれませんか、そうなると今度はコースタイムは8時間近くなり、日没との闘いになりそうですね。

      


  • Posted by セギ at 12:32Comments(0)