たまりば

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2017年09月22日

2次方程式の解と係数。


2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
α+β=-b/a , αβ=c/a

これが「2次方程式の解と係数の関係」と呼ばれるものです。
非常に単純なことであるにも関わらず、全く理解できない子や、そのときは理解してもすぐ忘れてしまい活用できない子の多いところです。
何がいけないのだろうと考えるに、まず「α」「β」という文字遣いがいけないのでしょうか。
もっと親しみやすい文字だったら、もう少しとっつきやすいのかもしれません。

α(アルファ)やβ(ベータ)はギリシャ文字です。
数学では他にギリシャ文字のɤ(ガンマ)、ω(オメガ)、θ(シータ)、Σ(シグマ)などを良く使います。
「何でそんなの使うの!余計にわからなくなる」
と頭の硬いタイプの子は不平を言いいます。
でも、種類の異なる事柄を語る際には、アルファベットとは種類の異なる文字を使ったほうが、むしろわかりやすいと思います。

ギリシャ文字を使うのは、これが初めてのわけでもありません。
中学1年生から馴染んでいる円周率π(パイ)。
あれも、ギリシャ文字です。
なぜπにはあまり抵抗感を抱かないのでしょう。
こんな文字は使いたくないと怒りだす中学生は見たことがありません。
それは、πがあまりにも便利だから、その喜びに、他のことはどうでもよくなるからでしょうか。
×3.14の計算からこれで解法されるという喜びが、「πって見たことないけど何なの?」という違和感を凌駕するのでしょう。
結局、違和感や抵抗感は、本人の気持ちの問題なのでしょう。
それを数学嫌いの口実に使うのは、自分の将来を狭めるだけで、勿体ないです。

とは言え、テキストに突然ギリシャ文字が表れて、何の説明もなされないとなると、違和感があるのも事実。
仲間内の集まりと聞いていたのに突然知らない人が参加していて、誰も何にも説明してくれないような感じはするでしょうか。
だから、最初に出てきたときに、紹介してあげれば良いのでしょう。

ギリシャ文字のアルファとベータが今後は登場します
aやbなどの英文字を使っているところに、それとは種類の違う数量を表したいときに使います。
アルファは、上からひと続きで書きます。
ベータの書き順は、下からひと続きです。
お見知りおきを。

これくらいの紹介をするだけで、案外すんなり受け入れてもらえるものなのかもしれません。

さて、本題に戻って。
解と係数の関係に関する問題を少し解いてみましょう。

問題 2x2+bx+c=0の2つの解が1と3であるとき、b、cの値を求めなさい。

これの地道な解き方としては、x=1、x=3をそれぞれ代入して、2本の式を作り、連立方程式として解く方法があります。
x=1を代入すると、
2+b+c=0 ・・・・①
x=3を代入すると、
18+3b+c=0 ・・・②

②-①をすると
16+2b=0
   2b=-16
    b=-8 ・・・③
③を①に代入して
2-8+c=0 
     c=6
よって、b=-8、c=6

しかし、以下のように解くこともできます。
x=1,3 である2次方程式の1つは、
(x-1)(x-3)=0 である。
これを展開して、
x2-4x+3=0
全体を2倍して、
2x2-8x+6=0
これは 2x2+bx+c=0 と同じものだから、係数を比較して、
b=-8、c=6

はるかに簡単に同じ答えが出てきました。
x=1,3 が、なんで (x-1)(x-3)=0 になるのかわからないという質問をときどき受けるのですが、これは、2次方程式を解く作業を逆転させていると考えてください。
(x-1)(x-3)=0
と因数分解された2次方程式の解は、x=1,3 ですね。
その逆を行っています。

ここまでくると、一番上で説明した解と係数の関係もわかってきたかと思います。

証明してみましょう。
2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
(x-α)(x-β)=0 が成り立つ。
これを展開して、
x2-αx-βx+αβ=0
x2-(α+β)x+αβ=0 ・・・・①
ここで、ax2+bx+c=0 の全体を1/a倍すると、
x2+b/ax+c/a=0 ・・・②
①と②は同じものであるから、係数を比較して、
α+β=-b/a 、αβ=c/a
これが、解と係数の関係です。

こんなの何に使うのかというと。
忘れた頃に応用問題でガンガン使うことになります。
どうぞ、お見知りおきを。
  


  • Posted by セギ at 11:01Comments(0)算数・数学

    2017年09月13日

    2次関数。放物線と直線の交点。


    放物線と直線の交点に関する問題は、中3の「2乗に比例する関数」でまず学習します。
    放物線の式と直線の式とを連立して解けば、交点の座標を求めることができます。
    そんなに難しい内容ではないのですが、このことに対する理解は大きく3段階に分かれます。
    どうしてそのようにして求められるのか、深く理解している子。
    どうしてそのようにして求められるのかはあまり理解できないが、作業手順として覚えている子。
    作業手順もなかなか覚えられない子。

    作業手順として覚えているのなら正解は出せるのだからまだ良いのではないかという考え方もありますが、深い理解をしていない場合、この知識を座標平面上の図形などの応用問題に活かせないことが多いのです。
    応用問題を解く際に、
    「とにかく、今求められるものを求めてみよう。その値は絶対使うから」
    などと声をかけても、何を求められるのかわからず、ぼんやりしてしまう子は、作業手順だけを覚えてきた子です。

    「放物線と直線の式は問題に書いてあるでしょう?だから、交点の座標は求められるよね?」
    「え?そうなんですか?」
    「そうだよ」
    「え?どうやって求めるんですか?」
    「・・・・・」

    基本問題の作業手順として覚えただけなので、他の場面では使えないのでしょう。
    作業手順は、しばらく作業しないでいるとやり方を忘れてしまうのも欠点ですが、使い回しが効かないのが一番残念な点です。

    放物線も直線も、それぞれ、同じ性質を持った点の集合です。
    その性質とは、その点のx座標とy座標との関係が同じということです。
    その関係を表しているのが放物線や直線の式です。
    放物線y=2x2上の点は、どの点もそのx座標とy座標は、y=2x2という関係があります。
    直線y=-x+3上の点は、どの点もそのx座標とy座標は、y=-x+3という関係があります。
    だから、その放物線と直線との交点は、その2つの式の両方の関係を持っています。
    2本の式を連立して解けば両方の性質を持っているxとyが出てきます。
    交点の座標が求められるのは、そのためです。

    こうした説明が深く入っていく様子がないのが、作業手順を覚えることに流れてしまう子の特徴です。
    上の説明の何かがわからないということはない様子です。
    しかし、上の説明の内容の重要性が理解できない。
    深く入っていかない。
    他のことと結びつかないのです。

    ですから、
    「次の放物線と直線の交点を求めなさい」
    という基本問題ならば解けるのですが、応用問題の中でそのことを活かしていくことができないのです。
    頭の回転は速いのに、何でそうなってしまうのかなあと不思議に感じる子は多いです。
    小学生の頃から、「勉強することは作業手順を覚えること」という頭の働かせ方をしてきたのかなあと想像するのですが、確証はありません。


    問題 放物線 y=kx2+2x+5 と直線 y=-2x+3 の共有点の個数を求めよ。

    これは、高校数学Ⅰの2次関数の問題です。
    共有点とは、交点ないし接点ということです。
    上の放物線と直線の共通の性質を持っている点ということですから、2本の式を連立して解けばいいですね。
    どちらもy=  の形ですから、代入法を用いて、
    kx2+2x+5=-2x+3
    とします。
    これは2次方程式ですね。
    左辺に集めましょう。
    kx2+4x+2=0
    これの解が、放物線と直線の共有点のx座標です。
    ですから、解が2つあれば、共有点は2個あります。
    解が1つならば、共有点は1個です。
    解がないならば、共有点はありません。

    解の個数が、共有点の個数。
    だったら、判別式が使えますね。
    上の2次方程式の判別式をDとすると、
    D/4=4-k・2=4-2k
    4-2k>0とすると、
     -2k>-4
       k<2
    よって、
    k<2のとき、共有点2個
    k=2のとき、共有点1個
    k>2のとき、共有点はない。

    これが上の問題の解答となります。

    この問題、説明を聞いている間は理解できたはずなのに、時間が経つと、ふっとわからなくなる人がいます。
    「あれ?判別式って、放物線とx軸の共有点の個数を判別するものなのに、何で放物線と直線の共有点の個数も判別式でわかるんだろう?直線は斜めになっているのに・・・」

    ここでもう一度確認したいのは、判別式というのは「放物線とx軸との共有点の個数を判別するもの」という定義は誤りだということです。
    そのために使うことはできるけれど、そのためのものではありません。
    判別式は、2次方程式の解の個数を判別するものです。
    上の問題では、まず放物線の式と直線の式とを連立して2次方程式を作りました。
    その解の個数は、放物線と直線との式との共有点の個数を表します。
    だから、判別式を利用して共有点の個数を判別できるのです。

    この説明も、深く理解できる子もいれば、もうわからないから作業手順だけ覚えますという子もいます。
    作業手順だけ覚えていくには、この先の内容は複雑過ぎるので、何とか少しでも理解を深めてほしいところです。
    まだ理解できるはずのところで諦めてしまうと、この先は大変なんですよ。
    ( ;∀;)

      


  • Posted by セギ at 13:22Comments(0)算数・数学

    2017年09月01日

    判別式とは何か。


    画像は、数年前に訪れた朝日連峰に咲いていたトモエシオガマ。
    今年の夏は全く山に行けなかったですが、また何日もかかる大きな山を歩きたいなあ。

    さて、本日は判別式の話です
    判別式は、2次方程式の解の公式の√ の中身の部分です。
    すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の判別式Dは、
    D=b2-4ac
    bが偶数である場合は、もう1本の解の公式の√ の中身を使います。
    4/D=(-b')2-ac

    これらの判別式、何を判別するのかというと、この2次方程式の実数解の個数を判別します。
    2次方程式の解の公式を確認しましょう。
    x=-b±√b2-4ac /2a ですね。

    もしも、√ の中身が0であるなら、この解は、
    x=-b/2a±√0
     =-b/2a
    となってしまいます。
    すなわち、これが重解。
    解が1つの場合です。

    √ の中身が負の数の場合はどうでしょうか。
    2乗して負の数になる数は、実数の中には存在しません。
    例えば、√-2 などの数は、実数には存在しませんね。
    だから、この2次方程式の実数解はないということになります。

    √ の中身が正の数の場合は、普通に、解は2個存在します。

    このように、√ の中身が0か、0未満か、0より大きいかで、解の個数が判別できます。
    そこで、√ の中身の部分を判別式と呼んでいるのです。

    まとめると、
    D>0のとき、実数解2個
    D=0のとき、実数解1個
    D<0のとき、実数解はない

    実数解の個数なんて、方程式を解けばわかることなのに、こんなの何に使うんだろう。
    判別式を初めて学習し、解の個数を判別するだけの基本問題を解いているとき、高校生は、そんなふうに感じてしまうことがあるようです。
    ひどく無意味なことをやらされている気がするのでしょうね。
    しかし、基礎訓練に意味を求めても仕方ないのです。
    教えられたことを理解しているかどうかの確認をしているだけですから。

    判別式は、2次方程式を解いている間は、さほど意味をなさないものです。
    問題は、ここから。
    2次関数と2次方程式との関係をまず考えてみましょう。
    ax2+bx+c=0
    という2次方程式は、
    y=ax2+bx+c
    という2次関数のy=0のとき、と考えることができます。
    y=0とは、どんなときでしょうか。
    それは、座標平面で言うなら、x軸上にあるとき、ということです。
    すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
    2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標であるということができます。

    ここで、数学が苦手な高校生の反応は例によって、
    「言っていることが全くわからない」
    か、
    「言っていることが当たり前すぎて、何にも刺さらない。だから、何?」
    となりがちです。

    そして、このことの重大さが理解できず、何となく通り過ぎた先に、これが大切なことだと認識できなかったために理解できなくなる多くのことが立ちはだかるのです。

    もう一度書きます。
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
    2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標です。

    ここで、「え?」「え?」「え?」となってしまう人の中には、y=0の点はy軸上にあるという誤解をしている子もいます。
    こういう誤解はしつこく本人を苦しめるようで、そのときは理解しても、また何度でも混乱が起こります。
    一度間違えて覚えてしまったことはなかなか消えず、どちらが正しかったか、またわからなくなるようなのです。
    その度、そういう誤解をしているのではないかと察して補足説明をしてあげると、その先に進むことができます。

    「x軸との交点」とか「x座標」という言葉遣いがわかりづらくて苦手という子もいるようです。
    これらは一度きちんと定義されていますので、この用語を使うからこそ内容が正確に伝達できるものなのですが、その定義をきちんと覚えなかった子にとっては、難しい用語ばかり使われるのでわからない、となるようです。

    中学3年生に乗法公式の授業をしていたあるとき、その子が、
    「先生、この式もほぐすんですが?」
    と訊いてきたことがあります。
    「ほぐす?」
    「だから、ほら」
    「・・・・ほぐすって?」
    「ええと、どういうんでしたっけ」
    「・・・・展開するということですか?」
    「そうそう、それ」
    「・・・・ほぐすでは、伝わらないですよ」
    「えー。どうしてですか。感じが出ていませんか」
    「ニュアンスで数学を語っても、他人には伝わりませんよ」
    私は意地悪で理解しなかったのではなく、その子が何を言っているのか、本当にわからなかったのです。
    自分だけが理解できる表現で伝えても、他人には伝わりません。
    特に数学のように、緻密な内容を正確に伝えなければならないとき、自分だけが理解できる表現で伝えるのは無理があります。
    だから正確に定義された用語が必要となります。
    しかし、中高生は、まだ主観的な感覚から客観的な感覚へと脱却する途中にある子が多く、正確に定義された用語をむしろ嫌うのかもしれません。
    先人が正確に定義した用語よりも、自分の感覚で作った表現のほうが好ましいのでしょうか。

    これは英語の例になりますが、文法を学習していて、
    「これは知覚動詞だから、SVOCのCは原形不定詞か分詞になるでしょう。だから、この四択問題は、原形が正解なんですよ」
    といった説明をしていたところ、生徒が目を白黒させていたので、
    「うん?わからない?どこからわからない?」
    と質問しますと、
    「いや、時間をかければわかるんですけど、『チカクドウシ』と聞くと、他の字が頭の中に浮かぶんです」
    「・・・・どんな?」
    「地殻変動の地殻とか・・・」
    「・・・・今、地殻変動の話はしていないと思いますが」
    「わかっているけど、浮かぶんです」
    「・・・・・」

    英語が得意な子には「これは知覚動詞だから」まで説明すれば一瞬で通じることが、苦手な子には「知覚動詞」という用語がむしろ障壁になることがあるのかもしれません。
    用語の定義を覚えられない。
    頭の中で漢字変換すらできず、混乱する。
    それはわかるんですが、だからといって、書店などで売られている「こうすれば英文法がスラスラわかる」的な本に、
    「僕は、この動詞を『感じる動詞』と呼ぶことにしています」
    などと書いてあると、むしろ、あなたのくだらない造語を私に押し付けるのは勘弁してくれと思うのです。
    そんな使いまわしの効かない言葉を覚えるくらいなら、まっすぐ「知覚動詞」という言葉を覚えるほうが近道です。
    どの文法書にもその言葉は使ってあり、それで説明してあるのですから。
    それがわかるほうが有益でしょう。
    わかりやすく説明することとくだらない迎合とは別のことだと思うのです。
    とっつきにくく感じるからといって正しい用語を全て馴染みやすい別の言葉に言い換えていたら、定義がブレて、正しい知識の伝達ができなくなる可能性があります。
    「知覚動詞」と言うだけで、それが何を意味するか共通の認識が持てます。
    だから、正確な説明ができます。

    専門用語は無駄に使っているわけではなく、必要だから使っているということが、主観的な子たちにはなかなか理解できないことなのかもしれません。
    必要性がわからないから、覚える気がしないという側面もあるのでしょう。
    専門用語は使うけれど、意味がわかっていないようなら逐一定義に戻る。
    そうやって授業をしています。
    それも個別指導の良いところでしょう。

      


  • Posted by セギ at 14:13Comments(0)算数・数学

    2017年08月18日

    2次方程式と判別式。


    2次方程式の基本は中学3年生で学習します。
    平方完成による解き方。
    因数分解による解き方。
    そして解の公式。
    「ゆとり教育」の時代に除外されていた解の公式も、今では中学3年生できちんと学習します。
    高校で新出の内容というと、2本目の解の公式。
    ax2+bx+c=0
    のbが偶数の場合に使用される公式です。
    ax2+2b'x+c=0のとき、
    x=-b'+√b'2-ac
    という式です。
    普通の解の公式でも同じ解になるのですが、途中のルート内の計算が2桁×2桁などになりがちで煩雑な上、最終的には約分もしなければなりません。
    2本目の公式を覚えて利用できたほうが圧倒的に有利です。

    しかし、ここで、
    「覚えなくてもいいんでしょう?」
    と言い出す生徒が必ずいます。
    数学が苦手な子ほど、そういうことを言う傾向があります。
    公式を覚えるのが本当に苦手で苦痛で、1本目の公式でも解けるのなら、それしか覚えたくないのでしょう。
    そうして煩雑な計算をし、時間もかかり、計算ミスをして間違えます。
    ( 一一)

    一方、2本目の公式を使えば計算が楽だし速いと実感できる子は、私が強制しなくても、嬉々として覚え、使うのです。
    それを使わずに問題を解くことなど考えられないのでしょう。
    だって、とても便利なんですから。
    こうした1つ1つのことが積み重なって、計算力に差がついていきます。

    2本目の公式を覚えなさいと言われれば覚えるけれど、テストが終われば普通の解の公式も忘れてしまう子もいます。
    公式が頭の中に残らないようなのです。
    サラサラと流れる水のように入っては忘れていきます。
    数学の勉強をしていても、何も積み上がっていきません。
    そういう手応えのなさを講師が感じ始める最初も、2次方程式の解の公式であるような気がします。

    忘れたくて忘れているわけではないのはわかるのです。
    しかし、努力して覚えようとしている気配も感じません。
    覚えなくても、その場その場で必要ならばまた覚え直していけば何とかなると思っているのでしょうか。
    しかし、高校の数Ⅱで、覚えにくい公式がどれほど大量に出てくるか、教える側は知っていますので、2次関数の解の公式くらいで「覚えられない」と弱音を吐かれると困ってしまうのです。
    そんなふうでは、この先には絶望しかないのに。
    数学が本当に好きで、公式なんか一度見れば覚えられる人や、数学に対して特別な才能があり、テスト中でも公式を自力で再生できる人ならともかく、そうでないのなら石にかじりついても公式を覚えるという強い意志が必要です。
    そうでない限り、先には闇しか待っていないのです。
    足許を照らす光を自ら手放しているのですから。

    解の公式とあわせて理解したいのが、「判別式」です。
    判別式は、要するに解の公式の√ 内の部分です。
    ここが、正の数か、0か、負の数かで、2次方程式の実数解の個数を判別できます。
    「2次方程式」の単元だけでなく2次不等式でも、それ以降の単元でも、判別式はよく使うものです。
    数Ⅱの「軌跡と方程式」などでも使いますね。
    「判別式を使う」というテクニックが頭の中に知識として存在していないと、判別式を使う問題は自力では一切解けないという事態に立ち至ります。
    ですから、忘れるとまずいものの筆頭なのですが、これもなかなか定着しません。
    判別式が大切だという感覚すら定着しないことがあり、苦慮するところです。

    判別式はDで表します。
    Dは、discriminantのDです。
    意味は、そのまんま「判別式」です。

    discrimination 区別・差別
    discriminate 区別する・差別する
    といった単語が連想されますね。
    英語も一緒に覚えられて、お得です。
    ヽ(^。^)ノ

    数学のこういう文字使いに目覚めた中学生が、
    「センセイ、点PのPって、ポイントですか?」
    「あー、はい。そうですね」
    「おお、すげえっ。じゃあ、Lって、ラインですか?」
    「うん、そうですよ」
    「あー、やっぱりそうか。すげえっ」
    と、1つ1つに感動することがあり、微笑ましいものです。
    何でもいいから、何かをフックに数学に興味をもって勉強してください。
    (*^-^*)

      


  • Posted by セギ at 12:24Comments(0)算数・数学

    2017年08月02日

    2次関数の最大・最小。




    今回は、「2次関数」の佳境、係数に文字を含む2次関数の最大値・最小値についての学習です。
    しかし、これの解説には放物線を示しながらの解説が不可欠です。
    ブログではちょっと説明しきれないのを感じます。
    ここはぜひとも授業を受けて理解してほしい部分なのですが、できる限り説明してみます。

    問題 y=x2-2ax+a (0≦x≦2) の最大値・最小値を求めよ。

    解き方を全て書いていくのは難しいのですが、とにかく、与えられた式を平方完成します。
    y=(x-a)2-a2+a
    よって、頂点は(a,-a2+a)、軸はx=a。

    定義域は、0≦x≦2です。
    この定義域の間で、yの値の最大値はいくつで、最小値はいくつなのかというのが問題の意味です。

    え?そんなのx=0のときが最小値でx=2のときが最大値じゃないの?

    1次関数の感覚でそんなことをうっかり考えてしまいそうですが、これは2次関数。
    x2の係数が1ですから、下に凸の放物線です。
    0≦x≦2 という定義域が、放物線のどのあたりに位置しているかによって、どれが最小値でどれが最大値かが違ってきます。

    まず考えられるのが、0≦x≦2 が、放物線の頂点より右側の部分である場合。
    このときは、x=0で最小値、x=2で最大値となるでしょう。
    ところで、aがどんな値のときに、放物線の頂点より右側が定義域になるでしょうか?
    この放物線は、頂点が(a,-a2+a)、軸がx=a の放物線です。
    aの値によって、軸の位置も変わり、定義域との関係も変わってくるということです。
    ですから、aの値によって場合分けが必要だとわかります。

    放物線の頂点より右側に定義域があるときというのは、x=0が、x=aより右側にあるということです。
    すなわち、a<0のとき。
    このとき、x=2で最大値、x=0で最小値です。
    このx=2やx=0を2次関数の式に代入するとyの値が出ます。
    関数の値とは、yの値ということです。
    与式に代入しても、平方完成した式に代入しても同じ値が出ますので、代入しやすいほうを選びましょう。
    与式にx=2を代入して、
    y=4-4a+a=-3a+4
    与式にx=0を代入して、
    y=0-0+a=a
    よって、a<0のとき、
    x=2で最大値-3a+4
    x=0で最小値a

    さて、次は放物線のどんな位置に定義域が存在する場合を考えましょうか。
    頂点を含んで定義域が存在する場合を考えてみましょう。
    頂点のところが最小値になることはすぐ判断できます。
    しかし、最大値は?
    定義域の範囲が、放物線の軸を挟んで右側のほうが高く上がっている場合は、右側が最大値となりますが、左側のほうが高く上がっていたら、左側が最大値となりますね。
    そして、頂点を挟んで、左右がつりあっている場合は、その両方が最大値となるでしょう。
    だから、頂点を含んでいるというだけでなく、もっと細かく場合分けが必要となります、

    軸を挟んで、右側のほうが高く上がっている定義域というのは、軸x=aとの関係はどうなるのでしょうか?
    え?0<a<2 でいいんじゃないの?
    そう思うでしょうか?
    しかし、それでは上に挙げた3通りの場合は全部そうじゃないでしょうか?
    もっと細かい場合分けが必要となります。

    どうしたら良いのでしょうか?
    ここで、重要なのは、定義域0≦x≦2 の中央の値、1です。
    定義域の中央の値と軸との関係によって、右に傾いたり左に傾いたりします。
    すなわち、0≦a<1のときに、放物線は、軸の右側が高く上がっていきます。

    ここらへんで、「え?」「え?」となる人が多いところですので、実際に放物線を描いて確認することをお薦めします。
    この問題は、必ず放物線を描いて解くものです。
    描く放物線は、x軸もy軸も必要ありません。
    どこにx軸やy軸があるのかわからないのですし、問題を解くのに関係ないからでもあります。
    下に凸の放物線を点線で描き、そこに軸を描き、定義域の部分を実線で描き、x=0、a、1、2の位置を書き込んでいくだけで十分です。

    さて、a=1のとき、そこは放物線の軸と重なります。
    定義域は左右対称となり、最大値は両端の2か所となります。
    1<a≦2のときには、定義域の放物線は左側が高くなるでしょう。
    すなわち、
    0≦a<1のとき、x=2で最大値-3a+4、x=aで最小値-a2+a 
    a=1のとき、  x=0、2で最大値1、   x=aで最小値0
    1<a≦2のとき、x=0で最大値a、     x=aで最小値-a2+a

    a=1のときは、aが明確になった分、最大値・最小値も文字の残らない数字になることにも注意が必要です。

    最後に、定義域が軸よりも左側にある場合は、2<a ということですから、
    2<aのとき、x=0で最大値a、x=2で最小値-3a+4

    以上をまとめると、
    a<0のとき    x=2で最大値-3a+4  x=0で最小値a
    0≦a<1のとき x=2で最大値-3a+4   x=aで最小値-a2+a
    a=1のとき    x=0、2で最大値1     x=aで最小値0
    1<a≦2のとき x=0で最大値a        x=aで最小値-a2+a
    2<aのとき    x=0で最大値a       x=2で最小値-3a+4

    この問題の解き方は、
    ①まず放物線を5通り描く。
    ②その放物線ごとのaの値の範囲を決定する。
    ③それぞれの場合の最大値・最小値を計算する。

    最近の親切な問題は、その5通りに場合分けをしてくれているのですが、むしろそれで混乱する子もいます。
    自力で5通りに場合分けして、問題の場合分けと一致していることを確認したほうがしっかり理解しながら解けると思います。
    なお、「最大値のみ」「最小値のみ」の場合は、放物線は3通りになります。
    定義域の中央の値である「1」が関係するかどうかは、放物線が上に凸か下に凸か、と最大値か最小値かでそれぞれ異なってきますので、実際に放物線を描いて判断します。

    これだけの説明を丁寧に行って、もう大丈夫、さて演習しましょうとなったとき。
    ところが、私が説明したのとは違う解き方を始めてしまう生徒がいるのです。
    ( ;∀;)
    やはり、テキストの問題が親切すぎるので、結局、問題にあるaの値の範囲の場合分けを優先して解こうとして、xの定義域とaの変域とで混乱が起こり、どう放物線を描いていいかわからなくなってしまいます。
    まず自分で場合分けしましょう、と強調したつもりでも、伝わっていないことは多いです。

    「まず、放物線を5つ、最初に描いて場合分けしましょう。問題に書いてある場合分けは、その後で、確認のために使ってください」
    私がそう言うと、不審そうな顔をする子もいます。
    「だって、先生が、さっき、こういう順番で解いていたじゃないですか?」
    「え・・・・?いえ、私は先に放物線を描いて、それで自分で場合分けするように言ったんですよ」
    「え?さっきはそうじゃなかったですよ」
    「え・・・?」
    これには動揺します。
    どうして全く逆のことが記憶されてしまうのだろう?
    おそらく、私が説明している間、その子は、テキストに書いてある場合分けを見ているのでしょう。
    そうして、私がテキストの場合分けに沿って説明しているのだと思いこんでいるのだと思います。
    私が、
    「テキストの場合分けは見ないで、自分で場合分けするんですよ」
    と説明しているのを聞いていないか、あるいは、自分の思いこみに反するそうした情報は聞き流してしまうのかもしれません。

    何かを正確に伝えることは、本当に難しいです。


    例えば、中学生の場合でも、こんなことがあります。
    中学1年生にとって、1学期は、小学校時代の「算数」から中学の「数学」に移行する大切な時期です。
    しかし、本人たちには、その違いがよくわかりません。
    だから、小学校時代の意識のまま、数学の問題を解いてしまいます。
    これは小学生の答案だなと感じる最たるものは、問題を解くのに式を書いていないこと。
    解き方を思いつくと、式を書くのを忘れてしまうらしいのです。
    くしゃくしゃ筆算して、答えだけ書いています。
    式を書く解答欄がなければ式を書かなくていいと思っている子は多いです。
    どういう公式や定理を使って、どういう流れで解いたのか、それでは何も読み取れない。
    そんなのは、数学の答案ではありません。

    それを直すために、特に私立中学の数学の先生は、中学1年生に高圧的な答案指導をすることがあります。
    かなり強く言わないと、子どもは直さないですから。
    「こう書かないと、テストは全部バツ」
    「これを書いていなければ、0点」
    そういう指導になりがちです。
    「うちの学校の先生、すごくうるさい」
    と口を尖らせて言う子のノートを見ると、ごく当たり前の答案が書かれていて、
    「何もうるさくない。これが普通です。良い答案を指導してくれる先生ですね」
    と説明することはよくあることです。

    しかし、ときどき奇妙な答案の書かれたノートに出会います。
    例えば、式の値を求める問題。
    「x=5、y=-2であるとき、3x-4yの値を求めよ」
    この問題の答案の1行目で目が止まってしまいました。
    「xを5、yを-2に代入して」
    ・・・・・・え?('_')
    わかると言えばわかるのですが、何かモヤッとする日本語です。
    これ、「を」と「に」が逆ですよね。
    「xに5、yに-2を代入して」
    このほうが良いでしょう。

    これは、その数学の先生に国語力がないために起きていることなのか、この子が勘違いしているのか、どちらなのだろうと困惑してしまいます。
    普通に考えれば、その子のミスなのですが。
    いずれにしろ、
    「x=5、y=-2を代入して」
    と書けば、そういう混乱は回避できます。
    しかし、その子にそう助言しても、
    「学校の先生がこうでなければダメだと言った!」
    と強く主張し、直しません。

    また別の問題。
    それは、式による証明の問題でした。
    「連続する3つの偶数の和は6の倍数になることを説明しなさい」
    この問題の答案の書き出し。

    「整数をnとすると、2n-2、2n、2n+2とかける」
    ・・・・・え?
    「整数をnとすると」
    この書き出しに、まず「え?」と思ってしまいました。
    「整数をnとすると」ではなく、「nを整数とすると」のほうが適切です。
    そして、最後の「かける」にも違和感がありました。
    「かける」とは「書ける」ということなのだと思うのですが、なぜ、書くこと限定なんだ?
    何だか、微妙に気持ち悪いです。
    間違っているとは言えないのですが、違和感があるなあ。
    間違っているわけではないから、まあいいのですが。

    これの標準的な書き方は、
    「nを整数とすると、連続する3つの偶数は、2n-2、2n、2n+2と表される」
    となります。
    「学校の先生が、こう書いているの?」
    と尋ねると、その子は黙ってうなずきました。
    しかし、学校の先生が本当にそう書いているのか、疑問の余地があるのです。
    板書の見間違いや写し間違いを、していないでしょうか。
    あるいは、本人の国語力が、学校の先生の模範解答を歪めていないでしょうか。
    学校の先生は「表される」と板書したのに、その子の語彙の中にそのような表現がない。
    本人としては「表される」という言い回しに、むしろ違和感がある。
    そのため、本人の中での「正しい日本語」に勝手に変換し、「かける」と直してしまった。
    しかも、自分がそのように書き換えたことが記憶の中から消え、先生がそのように板書したという記憶として残っている。
    そういうことなのではないかという推測もできるのです。

    しかし、確証はありません。
    私立中学に入学したお子さんの数学の勉強を見ようとして、こういうことで困っている保護者の方もいらっしゃるのではないかと思います。
    学校の授業の細部を、保護者は確かめることができません。
    子どもの記憶とノートが、情報の全てであることは多いです。
    そうした中で、多くの子どもは、
    「絶対に、こうだった」
    と言い張ります。
    学校の先生から、
    「こう書かないと0点」
    というプレッシャーを受けていますので、これは違うんじゃないのと言われても、認めません。
    「その書き方じゃなくても大丈夫だよ」
    と教えても、いや、あの先生は、絶対そういうのは許さないんだと決めつけたりもします。
    子どもの勉強を見ようとして、こういう反発にあい、教えることができなくなってしまう。
    そんなことが、起きていないでしょうか。

    数学の答案の筋道というものを理解させようとして、学校の先生たちは、ある程度生徒たちに強要します。
    しかし、それが、場合によっては、微妙に奇妙な答案を定着させてしまう。
    学校の先生が生徒たちに伝えようとしていることの核心は、そういうことではないのです。
    表現方法は何通りもあります。
    ただ、どうしても答案に書かねばならないことがある。
    どういう公式や定理を使って、どのように解いているか。
    それがわかる答案であることが、数学の答案には必要です。
    細部の表現に右往左往し、かえって日本語として誤った書き方をしてしまっている中学1年生に、1日も早く本質を伝えたいのですが、これがなかなか難しいです。

    経験から言えば、とにかく、その子の数学的能力を高めなければなりません。
    本質が見えていないのは、数学というものがよくわかっていないからだと思うのです。
    数学の能力が高まれば、自然に、こういう課題からは解放されていきます。
    ついでに言えば、もうちょっと国語力がつくといいかなあ。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 22:34Comments(0)算数・数学

    2017年07月20日

    3元1次方程式と計算力。


    3元1次方程式とは、すなわち、x、y、zなど、3種類の文字を含む方程式のことです。
    3本を連立すれば、解くことができます。
    例えば、こんな問題です。

    2x -y +z=8 ・・・・① 
     x+3y+2z=5 ・・・・② 
    4x+2y-3z=-3 ・・・・③

    中学2年で連立方程式を習うときにも、その応用として少し演習するのですが、本格的には、高校数Ⅰ「2次関数」で、3点の座標から2次関数の式を求めるときに学習します。

    この3元1次連立方程式、2元1次連立方程式よりも文字が1つ増えるだけで、なぜか正答率がガクンと下がります。
    解き方は、そんなに難しくありません。
    3本の式を組み合わせて、どれかの文字を消した2本の式を作るのがまず目標です。
    例えば、zを消すと決めたら、上の例で言えば、
    ①×2-②より
     3x-5y=11 ・・・・④
    ①×3+③より
     10x-y=21 ・・・・⑤ 
    こうやって、まずはxとyだけの2本の連立方程式にします。
    ここからは、2元1次連立方程式の解き方と同じです。
    ④-⑤×5
       3x-5y=11
    -)50x-5y=105
    -47x   =-94
           x=2 ・・・⑥
    ⑥を⑤に代入して
    20-y=21
      -y=1
       y=-1 ・・・⑦
    x、yの値がわかったところで、最初の式のうちの1本を選んで代入し、zの値を求めましょう。
    ⑥、⑦を①に代入して、
    4+1+z=8
         z=3
    よって、
    x=2、y=-1、z=3

    手間はかかりますが、そんなに難しくはありませんよね。
    ヽ(^。^)ノ

    でも、数学の苦手な高校生の中には、3元1次連立方程式をほとんど正答できない子もいます。
    解き方がわからないわけではないのですが、途中でミスしてしまうのです。

    よくあるミスとしては、1本目の式でzを消し、2本目の式ではxを消してしまう子。
    できた2本の式を並べてみると、文字は1つも消えていないことになってしまいます。
    どうやったら楽に解けるか、変に迷っていつまでもいつまでも考えて、なかなか式を立てない子が、結局そんな式を立ててしまうことがあるのです。
    「zを消すのでいいんじゃないの?」
    とヒントを出しても、何か考え込んでいて、手が動かないのです。

    この問題、式全体を何倍かしなければならないので、どの文字を消すにしても、そんなに楽ではありません。
    しかし、どの係数の文字なら消しやすいか、考え過ぎてしまう子がいるのです。
    いったんzを消すことに決めて、式を2本作っても、そうやってできた2本の式の係数が揃うことはまずありません。
    それを見て、計算しづらいことにひるんでしまうようで、また最初から別の文字を消して解き直したりもします。
    あげく、単純な符号ミスで間違えたりします。

    どう解いたところでそんなに楽ではない。
    だから、こう解くと決めたら、あとは機械的に淡々と解いていったほうが速く正確です。
    間違える子は、数学の問題を解きながら、やたらと感情が動き、ひるんだり動揺したりして、途中で計算ミスをしてしまう様子です。
    冷静に解いていくことができないことが、エラーを招く原因なのだと思います。
    見ていても、ペン先がためらってくるくる回っていて、なかなか書き出さないのです。
    何でさっさと書いていかないのか不思議なのですが、本人の中にためらいや混乱があって、スッと書き出していくことができない様子です。
    不安なんだろうと思います。
    結局、正答する自信がないことが一番の原因なのかもしれません。

    突飛な省略をしたり、無理な暗算をしたりと、ミスしやすいようなやり方で計算しているから起こるミスについては指導します。
    自分が何をどうミスしやすいか自覚しなさいと注意もします。
    しかし、全て指導しても、それでも符号を見落とす、式を書き間違えるというミスが繰り返される子は、もうそれでいいやと開き直るのも1つの方法だと思います。
    ミスをしやすい自分とつきあっていく。
    ケアレスミスがあることを見込んで、テストの得点を予測していく。
    そのように気持ちを切り替えることも、あるいは必要かと思います。

    数学的なセンスを感じる子でケアレスミスの多い子に関しては、
    「まあ、いいんじゃない?次の問題を解こう」
    という指導をしていると、気がつくとケアレスミスも減っていることが多いです。
    その子がケアレスミスを気にしていても、私は気にしていないのが大きいのかもしれません。
    その子のマイナス要素より、伸びしろの大きさに私は目がいっています。
    ピグマリオン効果というものですかね。

    気にして、突ついていると悪化するのがケアレスミス。
    そういうこともあるのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 14:38Comments(0)算数・数学

    2017年07月13日

    2次関数の文章題


    画像はギンリョウソウ。
    今の時期、日陰の林床で見られる植物です。

    さて、今回は「2次関数の利用」。
    文章題です。
    文章題を解く際に、子どもは語彙の面でつまずくことがあります。
    例えば、こんな問題です。

    幅16cmのトタン板を折り曲げて、切り口が長方形のといを作る。切り口の面積が最大となるようにするには、といの深さを何cmにすればよいか。またそのときの面積も求めよ。

    この問題、高校数Ⅰの問題としては易しいのですが、解けない子は多いです。
    問題を熟読している様子なので、考えているのかなあと様子を見ていると、かなり時間が経ってから質問してきます。

    「・・・・・・といって、何ですか?」
    「とい?雨どいのことでしょう」
    「何ですか、それ?」
    「家の屋根の下につけてある、雨水を受けるものだよ。見たことない?」
    「ありませんね」

    高1でも、日本語の名詞の中で知らないものがたくさんあります。

    一応、といの件は理解して。
    それでも手が動きません。
    しばらくして、また質問。
    「トタン板って何ですか?」
    「金属の薄い板だね。鉄かな。錆びないように何かでメッキしてあるんだと思うよ」
    「何かって、何ですか?」
    「知らない。興味があるなら、自分で調べたらいいよ」
    「知らないと、わからないじゃないですか!」
    「トタン板の成分は、この問題を解くのに必要ないでしょう」
    「・・・・・・・・」

    現代の子どもがトタン板を知らないのは、仕方ないかもしれません。
    辞書で調べたら、鉄を亜鉛でメッキしてあるものだそうです。

    私も、トタン板とは何なのか、曖昧にしか理解していませんでした。
    でも、問題を解くのに不都合を感じません。
    そもそも、この問題、テキストでは、横に挿絵があるのです。
    言葉による説明だけでは、わかりにくいからでしょう。
    それでも、言葉でつまずく子がいます。
    知らない言葉があると混乱し、もう解けないと思ってしまうようです。
    自分の知らないことがたくさんあることを不安に思っていて、だから、そういう反応になってしまうのでしょうか。

    言葉の意味がわからないだけではないのでしょう。
    文章題は苦手だと思いこんでいる子の多くは、解法パターンを把握していません。
    文章題を解いていく方法はどれも同じです。

    ➀何をxとするかを決める。
    ➁xを用いて、何かの数量を表す式を立てる。
    ➂式を解く。
    ➃解が問題の答えとして適切かを確認して解答する。

    文章題が苦手な子は、この解法パターンを理解していません。
    毎回、
    「何をxとしますか?」
    と声をかけないと、全く手が動かない子は多いです。
    彼らは、では、何を考えて、どう解こうとして悩んでいるのでしょうか。
    おそらく、文章題を見ると小学生に戻ってしまい、小学生として答えを出す式をうんうん考えているのではないかと推測します。
    それは難しいでしょうね。
    上の問題を、小学生として解くのは、普通の小学生には無理だと思います。
    受験算数の訓練を積んでいれば、面積図を描いて強引に解く方法はあるでしょう。

    「何をxとしたらいいのかわからない」
    と言う子もいます。
    「求めたいものをxとするんですよ」
    「でも、そうじゃないときもあった」
    「うん。増減に関する方程式の問題は、例えば昨年の女子の生徒数をx人としますね。でも、あれは、読めばすぐ増減に関する問題だとわかりますから、区別できますよ。それ以外は求めたいものをxとするのでほとんど大丈夫ですよ」
    「でも、そうじゃないときもあった」
    「・・・・どんなとき?」
    「忘れた」
    「・・・・・・・」

    彼らは、数学に対してネガティブで、裏切られた記憶ばかりが濃く残り、標準的な解き方を信じることができないのかもしれないと思うことがあります。
    易しいことを難しくしているのは、自分の心かもしれません
    文章題だからどうせ難しいなんて思いこみは、捨ててしまいましょう。

    上の問題で言えば、求めるのはといの深さですから、深さをxcmとします。
    式はxではない数量を表す式を立てます。
    ここでxに頭がとらわれ、xを表す式を立てようとする子がいますが、それは小学校の算数。
    立てる式は、xそのものではない数量を表すのだということを理解しているだけで、問題はかなりほぐれてきます。
    この問題の中で、といの深さではない数量というと。
    1つはトタンの板の長さ。
    もう1つは、といの切り口の面積。

    どちらにするかは、センスの問題もあります。
    数学が嫌いな子に、この二択を選ばせると、「トタン板の長さ」と答える子は確かに多くて、がっかりしてしまうのも本当です。
    そちらのほうが求めやすそうだから選んでしまうのでしょうか。
    目先の求めやすさを選び、問題を解くにはどちらが有効かという判断ができないのだと思います。
    この問題では、切り口の面積も求めるのですから、面積を表す式を立てるという判断が妥当でしょう。
    といの切り口は長方形。
    その長方形の縦の長さはといの深さであるxcm。
    では横の長さは?
    トタン板の長さ16cmから、深さとして折り曲げたx㎝2個分を取り除いたものが、長方形の横の長さになります。
    したがって、横の長さは16-2x(cm)。

    よって、切り口の面積は、
    x(16-2x)。
    これが最大になれば良いのです。
    xの値によって、この式全体の値も変わっていきます。
    ですから、これは、2次関数の最大値に関する問題ですね。
    グラフの形や頂点を把握しましょう。
    平方完成が必要です。

    F(x)=x(16-2x) とします。
       =16x-2x2
       =-2x2+16x
    ここで平方完成をします。
       =-2(x2-8x)
       =-2(x-4)2+2・16
       =-2(x-4)2+32

    「何で平方完成するの?」
    と質問されることがあるんですが、最大値や最小値を求めるのには頂点の座標が必要だからです。
    しかし、それだけでなく、とりあえず2次関数を見たら平方完成して、軸や頂点の座標を把握してみるのは意味のあることです。
    それを習慣にしておけば何も問題はないのです。
    どんなときに平方完成したらいいかわからない、などと言わず、とりあえずどんなときも平方完成することをまず考えてみたら良いと思います。
    数学が苦手な子は、この「とりあえずやってみる」ができない子が多いように思います。

    上の式を2次関数としてとらえれば、
    頂点は(4,32)、上に凸の放物線だとわかります。
    すなわち、X=4のとき、最大値32です。

    この問題、何を求めるんでしたっけ?
    切り口の面積が最大となるときのといの深さと、そのときの面積でしたよね。
    0<2x<16
    0<x<8
    という問題の条件に、この頂点の数値は一致します。
    よって、といの深さは4cm、面積は32平方cmです。

    「え?」
    ここで固まってしまう高校生は多いです。
    平方完成しただけで、何でもう答えが出てしまうのか、わからない。
    何か物凄い飛躍がある。
    全然わからない。
    そういう表情で固まってしまうのです。

    「何で32が、といの切り口の面積になるの?」
    「この式は、といの切り口の面積を表す式だからだよ。その最大値が32なんだから、といの面積の最大値は32だね」
    「ちょっと、何言ってるかわからない」
    「・・・・・・・」

    この深い断絶をつなぐ言葉が、なかなか見つかりません。
    2次関数に関して普通のことが、彼らの頭の中で繋がっていないのを感じます。
    といの深さをxcmとしたこと。
    といの切り口の面積を表す式を立てたこと。
    そうした最初の前提と計算の結果とが上手く繋がらないようなのです。
    2次関数の最大値・最小値を求めなさいという計算問題ならば解けるのに、文章題になるとその考え方を利用できない子は多いです。
    最大値・最小値に関する問題は、今後の単元でも、忘れた頃に出てきます。
    その度、
    「これは、最大値を求めよと言っているんでしょう。だったら、2次関数として解くだけだよ」
    とヒントを出せば済む子と、答案を全て板書して詳しく解説しても理解した表情を見せない子がいます。


    文章題になると、理解できなくなる。
    それは小学生も同様です。
    何年か前の小6対象の全国学力調査の算数に出題された文章題。
    そこに、謎の言葉が登場しました。

    「親指と人差し指を直角に広げ、その両端を結んだ長さを、ひとあた、と言います」
    そのように、問題文中で説明されていました。
    挿絵もありました。
    「ひとあた」という見慣れない単位の意味を理解すれば、問題そのものは簡単でした。
    「割合」に関する易しい問題です。
    でも、言葉でつまずくタイプの子は、あの問題は解けなかったと思います。
    知らない言葉が出てくると、「習っていない」「習っていないことがテストに出た」「習っていないから、わからない」となってしまう子は、真面目な秀才の中にもいます。

    大人でも、「ひとあた」は、耳慣れない言葉です。
    使いやすい箸の長さは「ひとあた半」と説明されると、ああ、そう言えばそんなことを聞いたことがあると、ようやく思い出す言葉だと思います。

    でも、知らなくたって、いいんです。
    問題文の中で説明されているんですから。
    それなのに、問題の中でどれだけ説明されていても、自分が知らないことは解けない子がいます。

    受験算数ですと、「約束記号」の問題が苦手な子は、そういうタイプの子です。

    「大きいほうの数を小さいほうの数で割って、その商を3倍することを、記号◎を使って表すとします。例えば、2◎10=15 です。以下の問いに答えなさい」

    こういう問題、受験算数としては簡単なことが多く、得点源なのですが、わからない子は全くわからない様子です。
    問題の意味がわからないというのです。

    「だから、そういう意味の記号なんだね」
    「知らない。そんな記号、あるの?」
    「いや、このときだけの記号だよ」
    「知らない」
    「だから、この問題だけの記号だから、覚える必要なんかないし、知らなくていいんだよ」
    「何それ。そんなことして、いいの?」

    新しい情報を飲み込めない。
    頭が固い。
    頑固である。
    文章題が苦手な子の特徴の一つといっていいかもしれません。

    もう何度も書いてきたことですが、大人よりも子どものほうが、むしろ保守的で頑固です。
    視野が狭く、融通がききません。
    視野を広げ、より柔軟になるために、人は学ぶのでしょう。

    それでも、やはり子どもは柔軟です。
    子どもの持つ柔軟さとは、自分の知らないことに失敗し傷ついたときの、そこからの回復力を指すのではないでしょうか。
    自分の間違いに気づいてそれを受け入れる力は、子どもは圧倒的です。
    今日の自分の固定観念なんて、明日は踏みつけて生きていけるはずです。
    文章題が難しいなんてのも、くだらない固定観念かもしれませんよ。
      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)算数・数学

    2017年06月28日

    2次関数と平方完成。


    2次関数は、y=a(x-p)2+q の形にすることで、どのような放物線であるかが明らかになります。
    上のような形になっていれば、軸は直線x=p、頂点の座標は(p,q)と読み取れます。
    ですから、問題の中で、y=aX2+bx+c の形で示された場合は、とにかく上の形に直すことが必要となります。
    そのために行うのが平方完成です。

    例題 2次関数 y=x2+4x-5 のグラフの軸と頂点の座標を答えよ。

    この見た目では頂点の座標はわかりませんから、平方完成しましょう。
    平方完成で使用するのは、中3で学習した因数分解の公式です。
    a2+2ab+b2=(a+b)2
    a2-2ab+b2=(a-b)2
    ですね。
    ただし、平方完成は因数分解ではないので、定数項が( )からはみ出して構いません。
    y=x2+4x-5
     =(x2+4x+4)-4-5
     =(x+2)2-9
    これが平方完成です。
    軸は直線x=-2、頂点の座標は(-2,-9)です。

    無いものを勝手に足して、同じものを勝手に引いて、それで辻褄を合わせるやり方が理解できずに苦労する高校生が多いところです。
    等しいというのはそういうことだから何も問題はないよと言っても、「わからない」「わからない」「わからない」という反応ばかりの子もいます。
    授業が全く進まないことがあります。

    そういうこともあり、高校生に対しては、基本的には、塾では復習中心で授業を進めます。
    数Ⅰと数Aと、数学は2科目ありますので、週1回の授業では予習先行したくてもすぐに学校に追いつかれてしまうという事情も大きいです。
    しかし、何より、「わからない」「わからない」「わからない」とつぶやく生徒と1対1で対話していると、時間ばかりかかって先に進まないのです。
    初めて学ぶ内容に違和感が強く、抵抗感も大きいのでしょう。
    とにかく補助するから練習してみようと声をかけても、手を動かしてくれません。
    やりながらわかってくることがあるよと言っても、反応がありません。
    「どこがわからない?何が疑問?」
    と訊いても、黙り込む子も多いです。
    何がわからないのか、それすらわからない。
    違和感がありすぎて、フリーズしてしまう。
    そういうことかもしれないと想像しています。

    しかし、同じことでも、学校で一度授業を受けていると、「わからない」と言いながらも練習することには抵抗しません。
    やり方を間違えている場合は多いですが、とにかく手を動かしてくれます。
    「そこのやり方は、こうだよ」
    と説明すると、素直に聞いてくれます。
    「こうやると間違えないよ」
    と説明すると、熱心に聞いてくれます。
    「すげえ。わかりやすい!」
    と言ってくれることすらあります。
    予習をする場合と同じ説明をしているのですが。

    とにかく、新しい事柄に抵抗があるのでしょう。
    高校数学は、最初に教える者が損をする科目かもしれません。
    「学校の先生もこんなふうに教えてくれたらいいのに」
    と言ってもらえることもあります。
    ・・・・いや、そういうことではないよ。
    最初に教わるときにはあなたはパニックを起こしているんだよ。
    そう思いますが、まあそれは本人には言わず、にこにこしております。
    ヽ(^。^)ノ

    定理や公式の説明は学校の先生に任せて、塾では、それを使ってどう正確に解くか、どうスピーディに解くか、そのテクニックの伝授に時間をかけたい。
    そういう気持ちもあります。
    でも、数学が苦手な子ほど、予習をしてほしがります。( 一一)
    学校の授業がわからなくて不安だからという気持ちはわからなくはないんです。
    学校の授業がわかるようになると安心するのでしょう。
    しかし、その先、定着するかどうはまた別の問題です。
    「わかる」ことと「解ける」ことはイコールではありません。
    予習ばかりして定着を確認できない授業形態では、テスト前になってようやく復習をしようというとき、予想通り何にも身についていないことがわかって、もう打つ手なしという場合もあります。

    学校の授業がわからなくて不安なら、授業の前に数学の教科書を読み、例題を自分で解いてみるのがお勧めです。
    何がわからないのか自覚でき、そこを中心にしっかり授業を聞くことができます。
    しかし、授業に不安を感じながらも、そういうことはしない子が多いです。
    自分で予習もして、学校の授業も受けて、宿題もこなして、塾にも行くのでは、数学に時間をかけすぎで、無駄に感じるのかもしれません。
    どこかを重ねて、一石二鳥で済ませたいのでしょう。
    そう考えると、予習と塾を重ねるのが、一番無駄がない。
    そして、復習は、学校指定の問題集を提出用ノートに解くことで、一石二鳥。
    本人はそれを合理的ととらえているのでしょうか。
    しかし、それは、自ら可能性を封じるやり方です。
    小学校の算数ならそれで大丈夫なのですが、高校数学でそれをやってしまうと、多くの場合、数Ⅱや数Bはほとんど何もわからない状態に陥っていきます。
    予習は予習で自分でやる。
    学校の授業を聞く。
    塾で演習する。
    塾の宿題をやる。
    学校の指定問題集は解答解説を見ないで自力で解く。
    余裕があれば、市販の問題集も自分で購入して復習する。
    何も重ねないことで、幾度も復習でき、定着します。
    こういう学習サイクルが理想です。


    話を平方完成に戻しましょう。
    y=x2+4x-5
    説明としては、上に書いたように
     =(x2+4x+4)-4-5
    となりますが、この書き方は説明のための書き方で、実際に解く際には解きにくいように感じます。
    いや、これに慣れているし、これで解きやすい、ミスもしないというのならそれで良いのですが、4xから「2」という数字を導きだして、しかもそれを2乗した「4」を書かねばならないのは、頭の中でやることが多すぎるのでケアレスミスが出やすいのです。
    y=x2+4x-5
     =(x+2)2-4-5
     =(x+2)2-9
    と書いていくほうが頭が少し楽なように私は思います。
    4xの係数の「4」を2で割った「2」という数字が、因数分解の公式の(a+b)2のbになります。
    a2+2ab+b2
    の2abの部分が4xに当たり、そのうちにxはaにあたりますから、4は2bにあたります。
    だから、bは、4xの4を2で割れば導かれます。
    これはいつでもそうなので、xの係数を2で割ればいいだけと単純化したほうが楽なのです。
    そこで、
    y=(x+2)2
    まで、まず書いてしまいます。
    そして、次に、a2+2ab+b2 のb2の部分を引いて辻褄を合わせます。
    y=(x+2)2
    と既に書いてありますから、bは2で、b2=4と見た目ですぐにわかります。
    だから、
    y=(x+2)2-4
    まで、スムースに書いていくことができます。
    考える時間は不要。
    秒殺の作業です。
    後は、もともとある-5を書き加えます。
    y=(x+2)2-4-5
     =(x+2)2-9
    こうすれば、平方完成は特に考え込む必要のない作業です。

    例題 2次関数 y=3x2-3x+5 のグラフの頂点の座標を求めよ。

    x2の係数が1ではない場合はどうしましょうか?
    これは、まず文字項を3でくくります。
    このとき、定数項+5はほおっておきます。
    定数項はどうせ( )の外に出るものなので、最後に考えます。

    y=3x2-3x+5
     =3(x2-x)+5
     =3(x-1/2)2-3・1/4+5
     =3(x-1/2)2-3/4+20/4
     =3(x-1/2)2+17/4
    よって、頂点の座標は(1/2,17/4)

    まず3でくくって、3(x2-x)。
    xの係数が-1なので、bにあたる数は-1/2。
    b2にあたる数は1/4。
    しかし、( )の前に3がありますから、それをさらに3倍したものを引かねば辻褄が合いません。
    だから、-3・1/4をすることで辻褄をあわせます。
    後の+5と通分するので、慌てて計算する必要はありません。
    1つ1つ目に見える形で書いていくことでむしろ速く正確に解いていくことができます。

    やり方そのものを「わからない」「わからない」と言っていた子が、この段階になると、上のように丁寧に書かず、何なら与式の次は答えの式を書こうとする飛躍を始めるのも一つの傾向です。
    無理な飛躍をするからケアレスミスをするのですが、そこを改めない子は多いです。
    書くのが面倒くさいらしいのです。
    暗算するほうが面倒くさいし、時間も余計にかかるし、間違いも多いのですが。
    子どもの中には「暗算ができることが数学ができること」という不可解な神話にとらわれている子がいますが、暗算は最優先の課題ではありません。

    一方、暗算しても書いていくのと同じスピードがあり、正答できる子はそれでいいのです。
    数字や数式をわざわざ書かなくても脳裏に映像として見えている子はいます。
    見えているものは省略してもミスしません。
    精度の維持が最優先事項です。
    やり方に「絶対」はありません。


    例題 2次関数 y=-1/2x2+4x+2 のグラフの頂点の座標を求めよ。

    y=-1/2x2+4x+2
     =-1/2(x2-8x)+2
     =-1/2(x-4)2+8+2
     =-1/2(x-4)2+10
    よって頂点の座標は(4,10)

    -1/2でくくるところが難しいです。
    -1/2(x2+2x)などとしてしまうミスが目立つところです。
    ( )の中のxの係数が-8になるということがピンとこないのかもしれません。
    符号ミスも多いです。
    「何でそうなるんですか?」
    と質問するので、展開して戻してみなよと言うと、一瞬で理解し、
    「あっ」
    と驚く子は、まだ理解の速い子。
    「展開って何のことですか?」
    など、会話がなかなか先に進まず説明に時間がかかることもあります。
    一応は理解した後も、類題を解くとまた同じミスをしてしまうところでもあります。

    平方完成は、2次関数の全ての基本。
    符号ミスや指数の書き忘れにも注意しましょう。
    ヽ(^。^)ノ


      


  • Posted by セギ at 11:15Comments(0)算数・数学

    2017年06月07日

    2次関数の一般式。


    今回は2次関数の話です。
    y=a(x-p)2+q
    これが2次関数の一般式です。
    中学3年で学習する、y=ax2 という放物線をx軸方向にp、y軸方向にqだけ平行移動した放物線です。
    y=ax2の頂点は原点にあります。
    y=a(x-p)2+q の頂点は(p,q)です。
    頂点に注目することで平行移動のイメージは具体的になります。
    頂点の座標とy切片(y軸との交点のy座標)がわかれば、この放物線をイメージできますし、グラフを描くこともできます。
    どんな応用問題でも、2次関数を与えられたら、とにかくこの形に式を整理することで問題の形が見えてきます。

    しかし、数学が苦手な子は、これができないことが多いです。
    与えられた式をぼんやり眺めたまま、何をどうしたら良いのかわからず呆然としてしまうことが多いのです。
    「平方完成して」
    とアドバイスすると、
    「あ・・・」
    と思い出してその作業をする子はまだ軽症。
    「平方完成して」
    「平方完成って何ですか?」
    と訊いてくるようですと、かなり重症です。

    平方完成とは何か?
    与えられた式を( )2の形に直すことです。
    定数項がはみ出しても構いません。
    y=a(x-p)2+q
    は平方完成された形だということができます。

    昔、この説明をしていたとき、
    「y=a(x+p)2+qの式はないんですか?」
    という質問を受けたことがあります。
    そんな式は必要ないですよと説明したのですが、不評でした。
    「えー。わかりにくい!」
    「・・・・・?」
    どういうことなのか、そのときはよくわからなかったのですが、結局、根本の問題は正負の数に対する理解が不十分であることなのだと思います。
    y=a(x-p)2+q のとき、頂点の座標は(p,q)
    y=a(x+p)2+q のとき、頂点の座標は(-p,q)
    この2つの式は、結局、同じことを表しています。
    だから、2つ覚える必要はありません。
    要は、pのほうは式にするときに符号が反転するが、qのほうは符号はそのまま。
    そういうイメージですね。

    なぜ、pのほうだけ符号を逆にし、qの符号はそのままなのか。
    本当は、両方とも、符号は逆にしているのです。
    y=ax2をx軸方向にp、y軸方向にqだけ平行移動した式は、整理する前は、
    y-q=a(x-p)2
    それを移行して、
    y=a(x-p)2+q
    となっているのです。

    でも、x軸方向にp、y軸方向にqだけ平行移動するなら、
    y+q=a(x+p)2
    なんじゃないの?
    そういう疑問を抱く高校生も多いでしょう。
    直観的にはそういうイメージを抱いてしまうので、この公式がますます覚えられない。
    わかりにくい。
    そういう子もいます。

    ここで、移動前の、頂点が原点である2次関数を、
    Y=aX2
    と大文字で表してみましょう。
    本当は全く別の文字を用いても良いのですが、関数らしさがなくなってますますわかりにくくなるといけないので、大文字にはするけれど、YとXを用いています。
    この放物線上の任意の点の座標を(X,Y)と表します。
    そうして、(X,Y)が移動した放物線上の点を(x,y)とします。
    このxとyとの関係を表す式が、新しい放物線の式となるでしょう。
    このXとxとの関係は、X+p=xでしょう。
    そして、Y+q=yです。
    すなわち、移項すると、
    X=x-p
    Y=y-q
    です。
    これを最初の式、Y=aX2 に代入すると、
    y-q=a(x-p)2
    y=a(x-p)2+q
    上の一般式が導かれました。

    しかし、この説明、途中でついてこられなくなる生徒が多いのです。
    文字ばっかりでよくわからない。
    何のために代入しているの?
    そんなの、代入していいの?
    大体、任意の点って何ですか?
    その点のxとyの関係を表す式が放物線の式って、本当ですか?

    数学が苦手な高校生の反応はこのようなことが多いです。
    関数に対する理解が浅いと、抽象的な証明は理解できないのも無理からぬところがあります。
    そこで、具体的に移動前と移動後の関数のxとyの値を表にして、座標平面上に点を打っていき、放物線を描いて、確かにその通りになると確かめるのが今の授業の主流です。
    しかし、ここでも、何のためにそんなふうに具体的に表にしてグラフにしているのか理解できず、なめてかかり、「何だ中学生みたいだな。こんなの簡単だ」と思っていたら、突然授業がまとめに入り、一般式の形にされるとよくわからなくておろおろする生徒もいるかもしれません。

    ともかく、2次関数の一般式は、
    y=a(x-p)2+q
    その頂点の座標は(p,q)、軸の方程式はx=p

    2次関数の全てはここからです。

      


  • Posted by セギ at 13:57Comments(0)算数・数学

    2017年06月01日

    グラフに対する認識も小学生と中学生では大きく異なります。



    昔、大人のための数学教室で「1次関数」の復習をしていて、目から鱗が落ちる質問を受けたことがあります。
    1次関数のグラフを描くときは、そのグラフを通る2点を取って、それを直線で結べばいいんでしたよねと説明したときのことです。
    「本当に、それでいいんですか?何か、直線にならない気がするんですけど」
    「・・・・・え?」
    「yが途中で大きくなったり小さくなったりすると思うんですけど」
    「・・・・?」
    1次関数のグラフが直線であることに疑義を挟まれたことはそれまでなかったので、驚きました。
    「傾きがマイナスだと、直線になる気がしないんです」
    「・・・・・え?」

    なぜ傾きが負の数だと直線になる気がしないのか?
    例えば、y=-2x-3
    xとyの一覧表を作って確認しましょう。

    x -3 -2 -1  0   1  2   3
    y  3   1 -1 -3 -5 -7 -9 

    xが1ずつ大きくなると、yは2ずつ小さくなり、変化が一定であることがわかります。
    これらの点を座標平面上に取っていくと、全ての点は1つの直線上にあります。

    しかし、xが負の数であるときに、そのxに-2という負の数をかけてさらに-3をするときの値がどのように変化するか、頭の中だけでイメージするのは難しいかもしれません。
    xが大きくなるとyも大きくなるような気もするし、小さくなるような気もする。
    そのため、傾きが負の数の1次関数のグラフが直線になることがイメージできなかったようでした。 

    正負の数の計算について正確なイメージがないと、1次関数も正確にイメージできないのです。
    日頃、子どもからはこのように具体的な説明はなかなかないので、その場に立ち尽くしてしまうほどの衝撃がありました。
    1次関数のグラフを描くこと1つでも、そのように不安定な感覚と闘っている子どもがいるのだろうと思います。


    学校の数学教育が間違っているのかというと、そんなことはなく、中1の「比例」でも、中2の「1次関数」でも、初めて学習するときは、xとyがどのような値をとって変化するか、上のようにまずは表にして整理し、その表をもとにグラフに点を打ち込んでいき、それが直線になることを確認しています。
    「1次関数」は直線であることや、y=ax+bのaが正の数のときは右上がりのグラフ、aが負の数であるとき右下がりのグラフであることを実際の作業で確認するのです。

    ただ、そのような作業をしているときに、その作業の目的がよくわからない子は数学が苦手な子に多いかもしれません。
    符号ミスや計算ミスをしやすいため、自分の計算通りに点を打つと、グラフはジグザグの折れ線グラフになってしまいます。
    しかし、授業は、
    「はい。皆さん、直線になりましたね」
    と進行していきます。

    何のために何をやっているのかわからず、
    「点を打って結ぶだけだ。簡単なことをやっているなあ」
    とバカにしてかかる子もいるでしょう。
    しかし、
    「aが正の数のときは右上がりの直線、aが負の数のときは右下がりの直線になりますね」
    と、授業がまとめに入ると、何のことかわからずうろたえてしまうかもしれません。
    1つ1つの事象はわかるけれど、抽象化されると途端にわからなくなる子は、そういう反応になりがちです。

    あるいは、それすら「当たり前じゃん」と感じて聞き流す子もいるでしょう。
    大切なことを、大切であると認識できず、聞き流します。
    そうしてふっと気がつくと、1次関数が直線であるということに実感がありません。
    aの正負で直線の右上がり右下がりが決定することにも実感がありません。
    だから、aの正負によって場合分けして解かなければならない問題に対応できない。
    解説を聞いても、意味がわかりません。
    そういうことが起こります。


    中学校の関数の学習の冒頭に行う、上のように一覧表を作ってグラフを描いてみる作業の意味に気がつかない子が多いのは、小学校の算数から脱皮できていないことにも原因があるのかもしれません。
    関数のグラフは抽象化されたものなのですが、そのことがわかっていない子は多いと思います。
    小学校のグラフの学習は、「関数」ではなく「資料の整理」という単元から始まります。
    「1日の気温調べ」などの資料をグラフにし、点と点とを何の疑問もなく線分で結んでいくのです。
    それが折れ線グラフのルールだからです。

    ところが、小学校も高学年になると、そういう呼び方はしないものの「関数」の学習が始まります。
    「関係を表す式」「ともなって変わる量」といった名称の単元です。
    それは「資料の整理」とは別系統の単元ですが、グラフを使用するという点で、小学生には区別がつきません。
    5年生になって、「比例」の学習に入っても、作成した表の通りに点を打ち込んで、それを結んだだけのグラフを描いてしまいます。
    「原点と結んで」
    「グラフ用紙の最後まで直線を伸ばして」
    そう注意されれば、そんなものなのかと思ってその通りにするでしょうが、そうしなければならない理由を、小学生の大半はおそらく理解していないでしょう。

    6年生になると「反比例」の学習に入ります。
    そこでもやっぱり、点と点とを何の疑問もなく線分で結んで、カクカクした反比例のグラフを描いてしまう子は多いです。
    「もっとなめらかな曲線で結んで」
    と注意されると、素直な子は、ああそうなのかと直しますが、どうしてそうしなければならないのかを理解するのは、実は大変なことかもしれません。
    今までの折れ線グラフは、点と点とをカクカク線分で結んでいて正解だったのに、なぜ「反比例」のグラフはそれではダメなのでしょうか?
    そのことの意味を理解している小学生がどれだけいるでしょう。

    小学生が描いている「1日の気温調べ」などの折れ線グラフで用いているのは、測定値です。
    しかし、関数で描いているグラフは、測定値を結んだものではありません。
    あれは、座標平面上の点の集合です。
    共通の法則を満たす点の集合体としての直線または曲線です。

    しかし、そんなこと、小学生に話してわかる種類のことではないですし。
    中学生に話しても、わかる子もいればわからない子もいるでしょうし。

    こういう根本的なことを、言葉で説明されなくても概念のまま理解するのが子どもの能力の大きな特徴なのですが、もしも理解できなかった場合、その子には関数のグラフはどのように見えているのでしょう。
    意味のわからないことと、どのように折り合いをつけているのでしょう。

    「関数」が苦手な子が、表面上の作業手順だけは身につけたとしても、根本の理解に至らないままに終わる理由の一つにこういうことがあるのかもしれません。
      


  • Posted by セギ at 13:48Comments(0)算数・数学

    2017年05月17日

    関数は小学校から学んでいます。


    関数という単元は、本格的な内容に入ってしまえば、案外わかりやすいのに、最初の概念的なことがむしろ難解なのかもしれません。
    「変数xとyがあり、xが定まると、それにともなってyがただ1つに定まるとき、yをxの関数という」
    これがスパっと頭に入り、うんうん、そうだろうねと感じられたら何も問題ないのですが、そうはならない子は、いつまでもいつまでもこの件を引きずることになります。
    以前も書きましたが、こうした定義よりも、
    「関数なんか何の役に立つのかわからない」
    「やっていることの意味がわからない」
    「こんなの必要なくない?」
    という感情のほうが先に立って、関数の存在に否定的な子が関数が苦手な子に多いように思います。

    中学になって突然「関数」という単元が出てくるから、こうした拒絶反応があるのかというと、そうではなく、「関数」という言葉は使わなくても小学校から関数は学習しています。
    そして、この子は将来関数が苦手になりそうだなあという子は、小学生の頃の反応からある程度予想がついたりもします。

    関数は、小学校から学習しています。
    「ともなって変わる量」とか「数量の関係をあらわす式」といった単元がそうです。
    関数という言葉を使わないだけで、学んでいる内容は関数です。
    そして、4年生でも、5年生でも、6年生でも、同じようなことを繰り返し学習するわりに定着しない単元でもあります。
    △と〇の関係を表す式なんて立てても意味がない。

    答えの出ない式なんて意味がない。
    こんな式を立てなくても答えは出せる。
    使い途がない。
    子どもは、そんなふうに考えてしまうのかもしれません。

    小学生に、
    「今、学校は何をやっているの?」
    と質問して、答えが曖昧なときは、たいていこの単元です。
    「何かよくわかんないことをやってる」
    「ふうん。何という単元?」
    「何か、わかんない。本当に、全然わかんないことをやってる」
    こういうとき、わからないことに不安を抱いているのではなく、むしろ、そんな訳のわからないことをやらせる学校が悪い、あんなのは意味がないと言いたげな、変に自信満々な表情であることが多いのも、この単元の特徴です。
    教科書を持ってきていない子には、テキストの目次でどの単元を勉強しているのかを探させて、「数量の関係をあらわす式」を学習していることを確認し、ああ、やっぱりか、と思います。

    「この単元は、中学生になったら『関数』という名前になる単元で、大切な単元だよ。これが理解できると、中学でも数学が得意になれるよ。高校になると勉強することの半分以上は関数だよ。しっかり学習しようね」
    「えー」
    私は、いつも、これくらい強調します。

    小学生でも中学生でもそうですが、関数が役に立たないとか意味がないと思っている子は、関数の意味を理解できない自分に課題があるという考え方ができないのかもしれません。
    学び始めたばかりでは関数を何に使うのかよくわからないけれど、これはきっと重要なことで、いずれわかってくるだろうと理解を示すことができないのでしょう。
    すぐに全体を鮮明に理解できないと嫌気がさしてしまうのかもしれません。
    それでは、数学に限らず、いずれ全ての勉強に嫌気がさしてしまうでしょう。

    小学校も高学年になると、xやyを使うようになりますが、最初は、△や〇を使って式を作っていきます。
    4+△=〇 とか、
    3×△=〇 とか。
    問題文からそういう関係を読み取って、△と〇を使った式を立てることができて、その式を利用して具体的に数値を代入し、△が5のときの〇の値や、〇が9のときの△の値を求めることができれば、この単元は身についた、ということになります。

    以前、保護者の方から、それに関してこんな話をうかがいました。
    「〇から△を求める問題、うちの子に教えたら、移項のときは符号を変えることとか、全然わかっていなくて」
    「・・・・・あ、移項で符号を変えるのは、小学生には無理なんです。小学生は、負の数を習っていないんです」
    「ええっ、そうなんですか?でも数直線は勉強しているでしょう」
    「はい。ただ、小学生の数直線は、0で止まってしまうんです」
    「だったら、どうやって解くんですか」
    「逆算の式を立てるんです」

    小学生は、負の数を知りません。
    小学生は、方程式を知りません。

    大人が小学生に算数を教えることの難しさの1つは、小学生のこの限界とどう折り合いをつけていくか、ということかもしれません。
    そのときも説明したのですが、小学生に算数を教えるときは、まず大人が教科書を読んで、解き方を理解した上で、その通りに教えるのが、一番良い方法です。

    小学校の教科書を読むと、大人はつい思ってしまいます。
    なんでこんなまだるっこしい解き方をしているんだろう?
    しかし、それは、発達段階として必要なまだるっこしさです。
    「負の数」や「方程式」という概念は、多くの小学生にとって、抽象的で理解しづらいものです。
    該当学年より上の内容をきちんと段階を踏んで順番に学習していくことは、素質のある子どもに対してなら、周囲の大人の責任において好きにやったら良いことだと思いますが、普通の5年生の知識を持っている子どもにいきなり負の数や方程式を教えても、理解できないのは当たり前です。
    ここは、大人のほうが「小学生の解き方」を学び直したうえで教えたほうが効果的です。
    自分のやり方に子どものほうを合わせようとする大人は案外多く、残念なことです。
    まずは教科書や塾のテキストを見て、その通りに教えてあげることが子どもにとっては一番わかりやすいのです。

    個別指導塾でも、アルバイト講師などで、本人に中学受験の経験がなく、研修も受けていない人が、小学生を相手に方程式で受験算数を教えてしまうことがあります。
    ご家庭で勉強を見てあげる場合でも、数学が得意なお父さんが子どもから文章題を質問されて、無理に方程式で解いてしまうことがあります。
    わからなくて苦しまぎれにそうしている場合もあると思うのですが、そうではなく、そうしたほうが良いと思っているのだとしたら、被害をこうむるのは子どもであるという点で罪深いことだと思います。
    そこまでの基礎を踏まずに突然教わる「正負の数」や「方程式」は、定着しないからです。
    余計な混乱が起こるだけです。
    中学校では、「正負の数」「文字式」「1次方程式」を教えるだけで、1学期が終わります。
    それだけボリュームのある学習内容です。
    その間に「算数」から「数学」への大転換に適応することがこの時期の重要課題でもあります。
    ちゃちゃっと教わってすぐ文章題に利用できるような内容ではないのです。

    「関係を表す式」の学習に否定的な子どもには、これが中学・高校と学年が進むにつれて学習の中心となっていく「関数」という大切な考え方の基礎であるという観点を示すこと。
    解き方がわからず困っている子に、「方程式」や「負の数」のような、その子にはまだ必要ではない解き方を教えて混乱させないこと。
    将来の関数嫌いを作らないために、小学生の頃から注意して見守りたいですね。

      


  • Posted by セギ at 13:13Comments(0)算数・数学

    2017年05月14日

    十分条件と必要条件。



    本日は、十分条件と必要条件について。
    「pならばqである」という命題が真であるとき、pをqであるための十分条件、qをpであるための必要条件という。
    それだけのことなのですが、実際に問題を解いてみると、高校生の多くの答えは逆転していて、何だか全然わからないと愚痴を言います。
    1つには、まず、「十分条件」「必要条件」という言葉が似ていて覚えにくいからなのでしょう。
    どっちがどっちでも、同じような意味に感じるのだと思います。

    例えば、「犬であるならば動物である」という命題があるとします。
    「犬であること」は、「動物である」ための十分条件。
    「動物であること」は、「犬である」ための必要条件です。

    でも、
    「え?逆じゃね?逆のほうが正しいっぽくね?」
    そんな疑念が生じて、ごちゃごちゃになってしまう子がいます。

    私の記憶違いでなければ、私の頃の教育課程では、これは中学3年生のときに学習しました。
    そのときの先生の解説が明解で、今でもよく覚えています。
    使われた命題も、この「犬であるならば動物である」でした。

    集合で考えるならば、犬の集合は、動物の集合の部分集合です。
    ベン図で言えば、動物の集合の輪の中に犬の集合がすっぽり入っています。

    目の前にポチという名の生き物がいたとして、その生き物が犬であるならば、その生き物が動物であることは、言うまでもないことです。
    「犬である」という条件を満たせば、「動物である」ということは十分に満たす。
    「犬である」ことは、「動物である」ための十分条件です。

    一方、「動物である」ことは「犬である」ための必要条件。
    こちらのほうが、ちょっとわかりにくいのかもしれません。
    これは否定して考えるとわかります。

    もし、目の前のポチが動物ではないのなら。
    ポチが動物でないのなら、犬であるはずがない。
    動物であることは、犬であるために必要なこと。
    だから、「動物であること」は、「犬である」ための必要条件です。

    とはいえ、この解説、聞いたときは「ほおなるほど」と思っても、またすぐ忘れてしまうらしいです。
    そうして、また混乱し、わからないわからないと言い出す高校生が多いです。
    なので、もういいから、50音順で「十分条件」の「じ」のほうが「必要条件」の「ひ」より先に出てくるから、pのほうが「十分条件」とこじつけて覚えなさいと言っています。
    (^_^;)

    一応理解しても、またわからなくなる高校生が多いのは、「十分条件」「必要条件」の定義と、実際の問題との構造が違うせいもあるでしょうか。
    「pならばqである」という命題が真であるとき、pをqであるための十分条件、qをpであるための必要条件という。
    このように、定義ではpとqを逆にして説明しますが、実際の問題では、pとqの配置は固定されています。
    それで、わからなくなる子も多いです。

    例題
    以下の空欄に「十分」「必要」「必要十分」のいずれかの語句を補充せよ。
    xy≧0は、x≧0 かつ y≧0であるための(  )条件である。

    「xy≧0ならば、x≧0 かつ y≧0である」
    という命題の真偽をまず考えます。
    これは、偽です。(反例 x=-1 , y=-1)
    なので、xy≧0は、x≧0 かつ y=0であるためのの十分条件ではありません。
    次に、逆を考えます。
    「x≧0 かつ y≧0ならば、xy≧0である」
    これは、真です。
    なので、xy≧0は、x≧0 , y≧0であるための必要条件です。
    よって、例題の空所を埋める語句は「必要」となります。

    え、え、え?
    今のどういうこと?
    という声が聞こえてきそうです。(^_^;)

    これ、地図を読むような感覚なのかもしれないと思います。
    方向感覚が狂いやすい人は、この逆転が理解しづらいのかもしれません。
    でも、これは慣れることで習得できます。
    慣れてしまえば、単純作業です。


      


  • Posted by セギ at 12:51Comments(0)算数・数学

    2017年05月12日

    集合と要素の個数


    今回は、「集合」の話。
    「集合」は、私が子どもの頃は、中学1年生の最初に学ぶ内容でした。
    現在は、高校1年生で学ぶ内容になっています。
    数Ⅰでも数Aでも出てくるちょっと特殊な単元です。
    数Aの最初に少しだけ出てくるのは、「集合」の基本的なことを知っておかないと、数A「場合の数と確率」の考え方の中で理解できないことがあるからでしょう。
    数Ⅰでは「命題の真偽」「十分条件と必要条件」「対偶による証明」「背理法による証明」などとともに学習します。

    用語も時代によって改められてきました。
    例えば、A∪Bの、「∪」という記号。
    私が子どもの頃は、「むすび」と読みました。
    「むすび」の「む」の字の形が、∪の文字と似ているので、それで覚えましょうなんて覚え方がありました。
    現在、「A∪B」は、「AカップB」と読むか「AまたはB」と読みます。
    「カップ」と気取って読むと格好いいのですが、意味が伝わってこないので、結局、「∪」と「∩」の区別がつかなくなって混乱する子がいます。
    カップは、マグカップ、大きくてなみなみとたくさん入っているほうだよー、と印象づけて覚えれば何とかなるでしょう。
    「A∩B」は、「AキャップB」あるいは「AかつB」と読みます。
    昔、これは「まじわり」で、「交」という漢字の下の部分と同じ形、というイメージで覚えました。
    今は、キャップは「鉛筆などに使うキャップ。マグカップと比べると狭いほう」というイメージで覚えると良いでしょう。

    集合の基本を学んだ後に学ぶのが、ド・モルガンの法則。
    オーガスタス・ド・モルガン。
    19世紀のイギリスの数学者です。
    ネットで、 ̄(オーバーライン)を文字の上に描く方法がわからないので、かなり伝わりにくい話になりそうですが、できるだけ言葉で説明すれば、

    A∪Bの補集合、つまり「AまたはB」の否定は、
    Aの補集合とBの補集合の共通集合、つまり「AでなくかつBでない」と等しい。

    A∩Bの補集合、つまり「AかつB」の否定は、
    Aの補集合とBの補集合の和集合、つまり「AでないかまたはBでない」と等しい。

    わかりにくいので、言葉で説明すれば、
    全体集合をクラスの生徒全員とした場合、
    Aは「スマホを持っている」人の集合。
    Bは「パソコンを持っている」人の集合。
    とするならば、
    「スマホまたはパソコンを持っている、ということはない」という内容と、
    「スマホも持っていないしパソコンも持っていない」という内容は、等しい。

    「スマホを持っていてかつパソコンを持っている、ということはない」という内容は、
    「スマホを持っていないか、またはパソコンを持っていない」という内容に等しい。

    うん、それはそうですよね。

    個数の少ない簡単な集合なら、ド・モルガンの法則なんか使わなくても、そのままで解けるのですが、個数の多い集合の、その個数を求める問題になると、この法則を使わないと混乱が起こります。

    たとえば、こんな問題。

    U={x|xは100以下の自然数}を全体集合とする。その部分集合を、
    A={x|xは2の倍数} , B={x|xは3の倍数},
    とするとき、「Aの補集合またはBの補集合」の個数を求めよ。

    これをまずはこのままで解こうとすると、
    Aの集合の個数は、100÷2=50。
    すなわちn(A)=50。
    よって、Aの補集合の個数は、100-50=50。
    Bの集合の個数は、100÷3=33あまり1。
    すなわちn(B)=33。
    よって、Bの補集合の個数は、100-33=67。
    それでは、Aの補集合またはBの補集合の個数は?
    単純に50+67=117として良いかというと、全体集合の個数を上回っていることからもわかる通り、これは、Aの補集合とBの補集合の共通部分をダブって数えてしまっています。
    ここから、Aの補集合とBの補集合の共通部分を引かねばなりません。
    Aの補集合とBの補集合の共通部分とは、すなわち、2の倍数でも3の倍数でもない数です。
    2の倍数でも3の倍数でもない数?
    そんなのどうやって計算したら良いのでしょうか?
    試しに1から6までで考えてみましょう。
    1,2,3,4,5,6
    この中で、2の倍数でも3の倍数でもない数は、1と5の2つです。
    今後もこの周期で、2の倍数でも3の倍数でもない数があらわれるでしょう。
    6個に2個。
    100÷6=16あまり4
    16周期あまり4だとわかります。
    1周期に2個だから、
    2×16=32
    最後のあまり4の中にも2の倍数でも3の倍数でもない数が1個ありますから、
    32+1=33
    これで、2の倍数でも3の倍数でもない数は33個とわかりました。
    したがって、Aの補集合またはBの補集合の個数は、
    50+67-33=84
    84個が答えです。

    答えを出せないことはないけれど、面倒くさいです。

    これ、ド・モルガンの法則を使えば、簡単です。
    Aの補集合またはBの補集合は、A∩Bの補集合です。
    まず、A∩Bの個数を求めます。
    これは、100以下の自然数のうちの6の倍数の個数に等しいです。
    100÷6=16あまり4
    つまりn(A∩B)=16
    したがって、それの補集合の個数ですから、
    100-16=84
    答えは、84個です。
    簡単ですねー。ヽ(^。^)ノ

    そんなわけで、ド・モルガン万歳です。
    法則とか公式にアレルギーの強い高校生は、何を教わっても利用しようとせず、地道に解こうとして失敗します。
    法則・公式は使いましょう。
    特に、集合がA、B、Cの3つになったとき。
    n(A∪B∪C)=n(A)+n(B)+n(c)-n(A∩B)-n(B∩C)-n(C∩A)+n(A∩B∩C)
    の公式は、絶大な威力を持っています。
    これを使わず、ベン図にあれこれ書き込んで解こうとすると時間ばかりかかってミスしやすいので気をつけたいですね。




      


  • Posted by セギ at 13:58Comments(0)算数・数学

    2017年05月01日

    不等式の範囲に関する問題。


    さて、今日はこんな問題から。

    問題 次の連立不等式にあてはまるxの値のうち、整数のものが5個あるときの、aの値の範囲を求めよ。
    5x-4≦3x+10
    3x-2a≧3

    「方程式・不等式」の単元でも、関数の単元でも、xやyしか出てこない問題なら解く子が、他の文字、aやmやtが問題文に出てきた途端に、全く手をつけなくなることがあります。
    問題が何を言っているのか、わからないと言うのです。
    xやyに対する認識もふわふわしている場合、他の文字まで対応できないのかもしれません。

    しかし、上の問題の場合、とにかくやれることがありそうなのですが、それもやろうとしないのは残念です。
    無論、単純な計算問題ではありませんから思考力は問われますが、見ただけで諦めている様子の子が多いのです。
    子どもは、解き方の最後まで見通せないと、1行も答案を書きださないことがあるんですが、そんなことをやっていたら応用問題は解けるようになりません。
    とにかく、今できることは何かを考えましょう。
    1つ目の不等式は、aを含んでいないので、普通に解けることに気づくはずです。
    できることをまずやってみると、問題がほぐれてきます。

    5x-4≦3x+10
    2x≦14
    x≦7

    さて、次にどうしましょうか?
    下のほうの式も、解けるだけ解いてみたらどうでしょうか?
    3x-2a≧3
    3x≧2a+3
    x≧2/3a+1

    よって、xの範囲は、
    2/3a+1≦x≦7
    とわかります。

    最初の問題文に戻ると、xの整数値は5個あるとなっています。
    具体的には、3,4,5,6,7がその整数値でしょう。
    ということは。
    2/3a+1という上の左辺を1つの数ととらえたとき、その数が2であったら、xの整数値に2が含まれてしまいます。
    ですから、左辺は2よりは大きいことが必要です。
    また、左辺が3より大きくなってしまうと、xの整数値に3が含まれなくなってしまいます。

    ゆえに、上の不等式から、
    2<2/3a+1≦3
    という新しい不等式を導くことができます。
    これを解いて、
    1<2/3a≦2
    3/2<a≦3

    これが解答です。

    応用問題への姿勢は、子どもによって大きく違ってきますが、代表的なのは2つのタイプです。
    1つ目は、応用問題を見た途端に、もう解くことは諦めてしまう子。
    小学生からそういう傾向は表れます。
    文章題となると、もう全く解かないし、解かなくてもいいと思っている子がときどきいます。
    文章題を解かなくても、計算問題だけ解けば、小学校のカラーテストなら70点から80点くらいは取ることができます。
    あるいは、以前に何度も書きましたが、
    「今はかけ算を勉強しているんだから、かけときゃいいんでしょう?」
    という判断で式を立て、それで正解しているだけの子もいます。
    それで、そこそこ算数はできると満足しています。

    保護者の方も、その点数で「まあまあできているんじゃないの」と思ってしまい、中学受験を考えて塾に入れたりしますと、ここから悲劇が始まります。
    中学受験の受験算数は、入試に出る計算問題は2題程度です。
    あとは、全て文章題です。
    「1行問題」と呼ばれる易しい典型題さえ、そういう子にとっては、難解な応用問題です。
    だから、塾から出される宿題は、ほとんど解けません。
    また宿題をやっていないと怒られたって、わからないんだから解きようがない。
    なんで自分に解けと言うのか、意味がわからない。
    ちょうど反抗期と重なっていることもあり、大人の言うことには内心で全部反抗しています。
    結果、塾に3年通っても、線分図の描き方1つマスターできない子もいます。

    「わからない」と本人は言いますが、わかろうとしているかどうかは、かなり怪しいです。
    受験が近づくと、さすがに入試に落ちるのは嫌だと思うからなのか、以前は解かなかった問題を解くようになりますから。
    わかろうと努力すればわかることも、実はかなりあるということでしょう。
    意欲の問題が大きいのです。
    わかるのなら、最初からこれくらいの意欲で3年間学習すれば良かったのにね、と思うのですが、後悔先に立たずは子どもの常です。

    これは「カラーテストの点数が80点では中学受験は無理」というような単純な話ではありません。
    その80点の取り方の話です。
    問題を解く本人の姿勢の問題です。
    応用問題は、自分には解けないもの。
    そういう限界を決めていない子なら、今がどうであれ伸びていく可能性はあります。

    応用問題への態度としてよくある、もう1つのタイプ。
    これは、応用問題の典型題ならば解けるタイプです。
    応用問題も、教科書や参考書の例題として解説されているものは典型題です。
    典型題として認識し、解法パターンを記憶すれば、解けるようになる子は多いです。
    そういう子は、よく勉強し、努力もしているので、中学生ならば、定期テストの成績は良いことが多いです。

    しかし、入試問題はそのような典型題ばかりとは限りません。
    私立の学校では、学校の方針として、あえて典型題ばかりで入試問題を構成し、努力しているかどうかを評価する場合もありますが、見たことのないタイプの応用問題を入試に出す学校も多いです。
    本当はそれも典型題を2~3種類組み合わせた問題であり、全く新しい問題というわけではないのですが、子どもが「この問題は前に解いたことがある」と感じる種類の問題ではありません。
    高校入試でも、都立自校作成校の数学の問題は、後半は全てそのような問題になります。
    見たことのある問題、解いたことのある問題しか解けないタイプの秀才は、都立自校作成校の問題にはほとんど歯が立ちません。
    もっとも、都立自校作成校の数学の過去問は100点満点で30点から40点しか取れないとしても、合格の可能性がないわけではありません。
    他の受験生も大半がそんなものだからです。
    とにかく高い内申を取ることと、他の科目で取れる点を確実に取ることを実行できれば、数学が30点でも自校作成校に合格は可能です。

    しかし、それは数学的には敗北しているということです。
    上のよくある2パターンではなく、第3のパターンに進みたいですね。
    「初見の応用問題を自力で解くことができる」
    そういう、本物の学力を持ちたいものです。

    そのためには、普段から応用問題への姿勢を変えていく必要があります。
    解法をすぐ見て、解き方を覚えるのではなく、まずは考えてみたいです。
    自分で何とかしようとすることが大切です。
    上の問題で言えば、与えられた連立不等式のうち、1本はすぐ解けるのだから、とにかく解いてみること。
    2本目もどうなるかわからなくても、とりあえず解いてみること。
    解けないのかもしれなくても、試行錯誤をしてみること。
    やれることをとりあえずやってみると、その先のステージに進むことができ、そこから何ができるかを考えることができます。
    途中で詰まってその先に進めないことも多いかもしれません。
    でも、いつかは最後までたどりつけます。
    そういう姿勢で練習を繰り返すことで、初見の応用問題を解けるようになっていきます。

    解き方がわからないと、全く手が動かない。
    最後まで解ける見通しがないと、1行も答案を書かない。
    答案は白紙で、何もやった跡がない。
    解説を聞いて納得し、同じ問題は解けるようになるが、また別の応用問題には立ち往生。
    毎回、その繰り返し。
    それでは、入試問題を解けるようにはならないと思います。

    「だって、どうやるのか、本当に全くわからない」
    そういう声も聞くのですが、そういう子は、何かを考えている様子が見られないことが多いです。
    考えている様子はなく、ただ困っているようです。
    そして、私がしびれを切らして説明するのを待っています。
    そんなふうに見えてしまうことが多いのです。
    できることの選択肢が頭の中にザッと並び、それを取捨選択している気配が目の色にうかがえないのです。
    これは感覚的なものなのですが、目が意識の内側を向いているように見えるとき、この子は本当に考えているという手応えを得ることがあります。
    全く動きはないが、この子は考えている。
    分析と判断を、今、繰り返している。
    そういう表情というのは、確かにあります。
    考えているふりをしているときの表情とは本質的に異なるものです。
    「考えているふり」の表情を作っても、せいぜい1分しかもちませんし。
    人間、本気で考えている場合、5分なんてすぐに過ぎますし、本人の体感ではそんなのは30秒にもならないのですから。


    「何をどう考えていいのか、わからない」
    これももっともな話なのですが、まず「今、何ができるか」を考えることから始めてみましょう。
    応用問題を解ける人は完全に最終解答まで見通して問題を解いている。
    そのように誤解している子は多いですが、解き方を知っている問題を解くのでない限り、そんなことはほとんどありません。
    最後までは見通せないまま解きだしている場合が多いのです。
    とにかく、できることをやってみる。
    整理できることは整理する。
    どうゴールするかを考えるのではなく、とにかくスタートすることから始めてほしいと思います。
    上の問題で言えば、まず1つ目の不等式を解いてみることを発想できるかどうか、だと思うのです。



      


  • Posted by セギ at 12:56Comments(0)算数・数学

    2017年04月20日

    1次不等式の文章題。



    不等式。
    昔は中学2年生で学習する内容でしたが、「ゆとり教育」の時代に高校の学習内容に移り、新課程になってもそのまま高校数Ⅰの学習内容となっています。
    高校数学としては易しいと思うのですが、ケアレスミスのなくならない単元でもあります。
    例えば、こんな計算問題です。

    2-3x>2x-8
     -5x>-10
        x<2

    両辺を-5で割るので、不等号の向きが逆になります。
    負の数の絶対値の大小関係からそうなるのですが、何で逆になるのかよく理解できないまま「そういうものだ」と丸暗記して、結果、すぐ忘れてしまうミスが目立つところです。

    さらに難しいのは、文章題。
    苦手な人が多いです。
    たとえば、こんな問題です。

    ある商品をA店で購入すると、1個につき10%値引きしてくれます。同じ商品をB店で購入すると、最初の1ダースは定価ですが、それより多い個数については、1個につき17%値引きしてくれます。何個以上購入するとき、B店で購入するほうが安くなりますか。

    x個購入するとして、不等式を立てます。
    (A店での購入金額)>(B店での購入金額)
    という式になれば良いですね。
    しかし、ここで困るのは、1個あたりの定価がわからないこと。
    そういうときは、それも文字にしてみると関係がスッキリします。
    多分、その文字は2行目で消える。
    慣れてくるとそういうことも判断できますが、その判断ができなくても、とりあえずやってみることが大切です。

    1個あたりの定価をa円とします。
    A店では10%値引きしてくれるので、1個0.9a円となります。
    それをx個買うので、購入総額は、0.9ax円。
    いっぽうB店は、1ダースまでは定価です。
    たまに、ダースという単位を知らない高校生がいます。
    1ダースは12個です。
    ダースやカートンは普段使わない単位なので、仕方ない面もありますね。
    ダースは鉛筆で、カートンはタバコでしか使わないイメージが私にもあります。
    流通業界では、きっと今も高い頻度で使っているのだと思うのですが。

    とりあえず、1ダース分の購入金額は、12a円。
    全部でx個買うのですから、値引きされる個数は(x-12)個となります。
    17パーセント値引きされるので、1個の金額は0.83a円。
    よって、値引き分の購入金額は、0.83a(x-12)円。
    したがって、B店での購入総額は、12a+0.83a(x-12)円。
    これで不等式を立てることができます。
    0.9ax>12a+0.83a(x-12)   
    予想通り、全体をaで割れば、aを消すことができます。
    0.9x>12+0.83(x-12)
    あとは、これを解くだけです。
    全体を100倍して、
    90x>1200+83(x-12)
    90x>1200+83x-996
    7x>204
    x>204/7
    x>29+1/7
    よって、30個以上買えばB店のほうが安くなります。

    以前、この問題を解説していて、興味深い質問を受けたことがあります。
    x個買うのではなく、x個以上買うのだから、式で使う個数はx個と決めつけるわけにはいかないのではないかというのです。
    (x+1)個かもしれないし、(x+2)個かもしれないのに、x個と決めることはできない。
    でも、そうすると、左辺・右辺の値が場合によって変わる気がする。
    どうやって、不等式が立てられるんですか。
    その子は、そう言うのでした。

    「x個以上買う」のではなく、「x個買う」のです。
    不等式を解いた結果、xの範囲が不等式で表れて、何個以上買えばよいかわかるのですよ。
    そう説明しても、スッキリした顔はしていませんでした。

    その子の論はいわゆる「詭弁」でしょう。
    アキレスと亀に代表される、あれですね。
    数学よりも哲学の匂いがします。
    面白いなあと思いました。

    数学が苦手な子の多くは、なぜわからないのかを語る言葉を持ちません。
    だから、たまにこういう刺激を受けると、私はわくわくします。
    ただ、こうした詭弁に取り付かれてしまった子に正しい解き方を理解してもらうのは、まっさらな状態の子に教えるよりも数倍難しいのですが。

    これも昔、大人の方で、就職関係の試験に数学があるのに数学がとても苦手で、過去問を入手したけれど答しか載っていなくて解き方がわからないというご連絡をいただき、1回きりの個別指導をさせていただいたことがあります。
    その方は、計算問題ならば自力で解けるのですが、文章題で苦戦されていました。

    「8%の食塩水と14%の食塩水を混ぜて、12%の食塩水を300g作ります。8%の食塩水を何g混ぜれば良いですか」

    連立方程式で解いても良いのですが、xとyと、2種類も文字が出てくると、その計算方法から練習しないといけなくなります。
    xだけの1次方程式で解こうと私は判断し、説明を始めました。
    「求めたい8%の食塩水をxgとします。そうすると、14%の食塩水は、(300-x)gと表すことができますね」
    「えっ、何でですか?」
    「えっと・・・・・・」
    「300って、どこから出てきたんですか?」
    「ああ。混ぜたら300gと、問題に書いてあるので、それを使っています」
    「あっ。だったら、8%の食塩水も、(300-x)gじゃないんですか?」
    「あ。そのときは、14%の食塩水のほうをxgとしていますよね。今は、8%の食塩水をxgとしています」
    「え?」
    「どちらも、(300-x)gとしてしまうと、じゃあ、xは何なんだという話になりますよね?」
    「え?そうですか?」
    「うーん・・・・・」

    こういう対話をしているとき、私は、内心でワクワクしています。
    面白いなあ、と感じています。

    子どもの多くは、文章題が苦手です。
    立式できません。
    でも、何が頭の中で詰まっているのか、教えていてよくわからないことがあります。
    「何がわからない?何で困っている?」
    と問いかけても、子どもの多くは、黙り込んでしまいます。
    思っていることを口にして、バカにされないか。
    叱られないか。
    そういう迷いもあるかもしれませんが、何よりも、子どもは自分が思っていることを表現する力が足りません。
    多くの場合、何をどう考えているか説明する言葉を持っていないのです。

    自明の理のように感じられることのどこに誤解の要素があるのだろう。
    そのことを照らし出してくれるのは本当にありがたいです。

    また別の問題で、
    「ある商品の3割の値段と書いてありますから、定価×0.3となります」
    と説明しますと、
    「えっ。3割は、×0.7じゃないんですか」
    「あ。それは、3割引きの場合です。今は、ある商品の3割の値段となっていますから、×0.3なんです」
    「えっ。3割って、0.7のことじゃないんですか」
    「あー・・・・・・」
    「ああ、そうか。いつもいつも3割引きって計算しているから、もうそこが頭の中でつながってるんだ」
    「ああ、そうかもしれません」

    こういう1つ1つの誤解が、本当に面白くて、忘れがたい90分でした。
    私自身が、すごく勉強になったと感じました。

      


  • Posted by セギ at 14:18Comments(0)算数・数学

    2017年04月13日

    対称式の計算と、数学の成績がなかなか上がらない理由。


    対称式の計算について、まずは考えてみましょう。
    対称式とは、文字を入れ替えても値の変わらない式のことです。
    例えば、x+y。
    xとyを入れ替えても、値は変わません。
    x2+3xy+y2
    などもそうです。
    その中で、x+yとxyの2つを特に基本対称式と呼びます。
    この2つを利用した計算問題は、高校数学の各単元で繰り返し出てきます。

    問題 x+y=5、xy=3のとき、x2+y2の値を求めよ。

    x+y=5
    これをまずは2乗してみます。
    (x+y)2=25
    これを展開すると、
    x2+2xy+y2=25
    xy=3を代入して、
    x2+6+y2=25
    よって、
    x2+y2=19

    答案としては、
    x2+y2=(x+y)2-2xy
    として一気に代入して計算してOKです。

    そんなに難しくないはずなのですが、高校生の中に、これを、
    「わからない」
    「わからない」
    と言い続ける子がいます。

    勝手に(x+y)を2乗して、2xyを引くことで辻褄を合わせるやり方に納得がいかないのでしょうか。
    存在しないものを勝手に足して、その上で同じものを勝手に引いて、ほら解けた、というやり方が釈然としないのでしょうか。
    存在しないものは勝手に足してはいけない、そんなやり方はありえない、という思い込みが他の人より強いのかもしれません。

    もう1つのタイプは、理解できないことはないけれど、自分で実際に解くときにそのやり方を使える自信がない。
    存在しないものを思いつける気がしない。
    そうした未来への不安に襲われ、わかるんだけどわからない、となってしまう子でしょうか。
    説明したことがわからないのかと私は思い、もう1度説明するのですが、解決はつきません。

    結局、説明はわかっているんです。
    あとは精神的なもので、未来に自分で使えるかどうかなんて、今考えても仕方がないことに不安になって「わからない」と言われても、それは私もわかりません。
    とにかく練習してみましょう、練習して様子を見ましょう、手を動かしてみなければ何も始まりませんよと私は言うのですが、そういうタイプの子は、失敗するのが嫌いなのか、完全に出来ると確信してからでないと練習しようとしないのです。
    他人の前で間違えたくない、失敗したくないというプライドがあるのかもしれません。
    励ましたりなごませたり、いろいろと別のアプローチが必要となってきす。

    高校数学は、多くの子どもにとって気持ちの負担なのだと感じることは多いです。
    中学まではそれなりに理解できたのに、高校数学になって全くわからなくなる子がいます。

    1つには、練習量の問題があるのでしょう。
    数学が得意な子が5分で解く問題。
    しかし、計算の遅い子は、1問に15分くらいかかってしまいます。
    計算過程が複雑なので、計算力に不足のある子は、高校数学になるとかなりもたつくようになるのです。
    ノートを覗き込んで確認すると、何でこんな面倒なやり方をわざわざ選んでいるんだろうと首をひねらざるを得ない、遠回りで計算ミスをしやすいやり方を選んで計算している場合が多いです。
    約分、通分、計算の簡略化、( )をいつ開くか、全てにおいて、計算のセンスが少しずつ悪いのです。
    どうでも良いところをもたもた丁寧に書いていくのに、そこを省略したらミスをしやすいでしょうというところで暗算したりもします。
    遠回りでも正解ならまだ良いのですが、バランスの悪いやり方をしていますから、どこかで計算ミスをしてしまいます。
    それの直しに、また15分くらいかかります。
    結局、数学が得意な子が5分で解く問題に、合計30分かかります。
    1問に6倍の時間です。

    ということは。
    数学が得意な子が週に3時間勉強するとして、同じ量の勉強をするために、数学が苦手な子は6倍の18時間必要となります。
    1週間に18時間、数学を勉強する。
    理屈では可能ですが、現実には無理でしょう。
    他の科目の勉強もありますし、やりたいこともあります。
    でも、1週間に18時間勉強していかない限り、数学の得意な子との差は、どんどん開いていくばかりです。
    数学が得意な子が週に3時間勉強している学習量をそうしないとこなせないということなのですから。

    数学が苦手な子がどんどん数学がわからなくなっていくのは、このように端的に学習量が足りないことに原因があります。
    解いている問題数が、定着するには足りないのです。
    反復もほとんどできないですから、覚える量より忘れる量のほうが多いでしょう。
    数学がわからないのは、理解力がないからではなく、前提となる既習の知識を忘れてしまっているからという場合は少なくありません。

    計算力のない高校生は、学校から渡されている教科書準拠の問題集をテスト前に1回解くだけで精一杯で、余力がありません。
    学習量を増やすために、「塾は塾のテキストを宿題に出しますよ」と言っていると、テスト前になって、学校の問題集が終わっていない、テスト当日に提出しなければならないのに、と生徒に言われて頭を抱えてしまうことがあります。
    毎週の塾の宿題は締め切りがあるので、とにかくそれを優先した結果、定期テスト前が提出期限の学校の問題集は手つかずのまま放置されてしまうのです。
    学校の問題集と、塾のテキストと、復習用に自分で買った問題集と、3つくらい並行して解くのが当たり前でしょう、なんて言っても通用しません。

    18時間は無理でも、最善を目指しましょう。
    やっているうちに、少しずつ速くなります。
    少しずつ能率が上がります。
    計算のやり方で助言されたことを実行に移し、改善していくことも必要です。
    テクニック1つで激変することもありますからね。

    短い時間で効果的な学習。
    そんなことが良く言われますが、それは、現在既に能率の良い学習が可能な場合の話でしょう。
    不器用な子は、どうしても時間がかかります。
    現在の自分はどうにも不器用だと自覚したら、時間をたっぷり投じる覚悟をしましょう。
    耳ざわりの良い情報に惑わされて、人生を無駄にしないでください。
    時間をかけなければ結果はついてこないこともあると思います。

      


  • Posted by セギ at 14:54Comments(0)算数・数学

    2017年04月07日

    絶対値の難しさ


    絶対値は、中学1年の最初の単元、「正負の数」で学習する内容です。
    しかし、正しく把握している子はわずかです。
    「絶対値って何だっけ?」
    と質問したときに、多くの中学生はこう答えます。
    「数字の符号のないやつ」
    まあ、何も答えられないよりは、そんなことでも答えられるほうがずっといいのですが。

    絶対値の定義はこうです。
    「数直線上の原点からの距離をその数の絶対値という」
    距離は負の数ではないので、だから、絶対値は全て正の数です。

    この説明で覚醒し、目を輝かせる子もいるのですが、「数直線」と聞くとむしろ顔が曇る子も多いです。
    「数直線、嫌い」
    と言うのですが、何で数直線がそんなに嫌いなのかは謎です。

    1つには、小学校で学習する線分図と混同しているせいかもしれません。
    受験算数の線分図は洗練されたわかりやすいものですが、小学校の教科書に載っている「線分図もどき」は、わかりやすいことをむしろわかりにくくしているような印象があり、私もあまり好きではありません。
    あんな図を使わなくても解けますし。
    数量を線の長さで表すというのは1つの抽象化で、その仕組みが一度で理解できれば理解の助けになるでしょうが、そうでない場合、問題の数量関係を理解するためにさらにハードルを上げるだけの結果になりかちです。

    受験算数の線分図は、挿絵ではなく、あれが解き方そのものです。
    線分図を使わなければ解けない問題で線分図を使うことで、初めてその良さがわかるものです。
    そうでなければ、良さがわからないのは仕方ないことだと思います。

    しかし、数直線はそもそも線分図とは関係ありません。
    数直線は、むしろ、関数と関係の深いものです。
    数直線は、関数のx軸だけが描かれているものと考えることができます。

    高校生になると、その学校の学力レベルによっては、絶対値の学習は省略します。
    絶対値を含む方程式・不等式。
    絶対値を含む関数とそのグラフ。
    易しい内容だけを学習する高校は、それらは全て省略することがあります。
    どれだけかみくだいて説明しても、理解できる可能性は少ない。
    そういう判断だと思います。

    根本の単純な話で言えば、
    a<0のとき、0<-a 
    これが理解できないことが、絶対値の理解を阻む主な要因でしょう。
    こんな書き方もできます。
    a<0のとき、a<-a
    これに対し、
    「え?」「え?」「え?」
    と全員がなってしまうと予想される場合、この学習内容は省略しますよね・・・。
    -aは、負の符号がついているから、負の数だ。
    そんなことを言い張る高校生と30分話し合い、どうにも解決がつかなかったことが私にもあります。

    そういう混乱の芽は中1の頃からあります。
    a+b、a-b、abなどの値の正負から、aの正負、bの正負を判定していく問題があります。
    その中で、aが負の数だとわかると、「-a」とメモする中学生がときどきいます。
    「それは違うよ。aが負の数なら、-aは正の数になるんだよ」
    と説明しても、直さない子がいます。
    「でも、こう書いたほうがわかりやすい」
    「文字自体に符号が含まれているんだよ」
    「わかってる」
    「わかっていたら、そういう書き方はしないよ」
    「大丈夫」
    こんな会話を交わした子が何人かいましたが、どの子も、高校生になると数学がどんどんわからなくなっていきました。

    文字が数を表すことにそもそも違和感があり、その文字が符号を含んでいることには思い至らないのかもしれません。
    符号と計算記号との関係が理解できていないため、全ての数字が符号を含んでいるのだと理解できていない場合もあるでしょう。
    理由はいろいろ考えられますが、小学校の算数から中学の数学への移行がスムーズに行かなかったことが原因となっている子は多いです。
    素質のある子が思いがけない誤解をしている場合があります。
    中学数学の最初は特に丁寧に勉強を見てあげてください。
      


  • Posted by セギ at 14:39Comments(0)算数・数学

    2017年02月16日

    数学と男女差。


    以前、何となくテレビを眺めていましたら、ある脳科学者が、数学は男女別の教育が有効だという話をしていました。
    それを補足する形で、
    「男子は数学を知識で解き、女子は数学を計算で解く」
    と言うので、え、どういう意味だろう、もっと詳しく聞きたい、と思ったのですが、そういうことをより詳しく語るよりも、笑いに変えて終わるバラエティ番組でしたので、その件はそれっきりで終わってしまいました。

    うーん、どういうことだろう。
    それ以上の情報がないので、発言者の真意は謎のままですが、そこから色々と考えてしまいました。

    絶対にそうだと言えることではないですが、傾向としては、学校で習うものよりワンランク上の公式や裏ワザは、男子のほうが好きかもしれません。
    例えば、中学レベルの関数の、放物線と交わる直線の傾きを求めるための式。

    放物線 y=ax2 と直線との2つの交点のx座標がそれぞれp、qであるとき、その直線の傾きは、a(p+q) である。

    というものです。
    これの説明はそんなに難しいものではありません。

    放物線 y=ax2 と直線との交点をA、Bとします。
    Aのx座標がpならば、Aは放物線上の点でもあるのですから、y座標はap2です。
    同様に、Bのx座標がqならば、y座標はaq2です。
    直線の傾きの定義は、yの増加量/xの増加量 ですから、それに当てはめれは、この直線の傾きは、(aq2-ap)/(q-p)
    この分子を因数分解すると、
    aq2-ap2
    =a(q2-p2)
    =a(q+p)(q-p)
    これは、分母と約分できます。
    よって、傾きは、a(q+p)=a(p+q) となります。

    この公式は、学校では学習しませんが、学校の教科書やワークの発展問題にチラッと出てくることがあります。
    全員が理解する必要はない内容です。
    これを教えると喜んで使うのは秀才男子です。
    一方、秀才女子は、
    「それ、普通に解いてもいいんでしょう?」
    と訊いてくることがあります。
    「普通に解いてもいいけど、計算式が必要になるよね。この公式なら暗算で出るね」
    と説明しても、
    「でも、普通に解いてもいいんですよね?」
    という反応になりがちです。

    秀才だけの話ではなく、勉強が苦手な子たちにもこの傾向はあるように感じます。
    先日、小学生の男子に算数を教えていたときのことです。

    80×25×4を工夫して計算しなさい

    という問題で、その子は、800という答えだけを書いていました。
    「ん?どういうこと?」
    と問いかけると、その子は、
    「昔、とてもいい先生がいて、25×4は100だって教えてくれたんです」
    と応えました。
    「・・・・・はあ。で、『工夫して計算しなさい』と書いてある問題なのに途中式を書かないのは、なぜ?」
    「・・・・」
    「しかも、その答え、間違っています」
    「え・・・・」

    何よりまず与式を書き写しなさいと指示しながら、内心私が感じていたのは、25×4=100を先に計算するという工夫を教えただけで「とてもいい先生」と呼ばれるなんて羨ましいなあということでした。
    (^-^;
    いや、それは、順番が逆なんでしょう。
    「とてもいい先生」が教えてくれたことだから、その子の心に残ったのだと思います。
    一方、うちに入塾して以来、基礎訓練を繰り返し、あらゆることを改善して、テストの得点は倍増しているのですが、おそらく、この子は私を「とてもいい先生」とは思っていない。(笑)
    だからといって、あなたの言う「とてもいい先生」は、九九を正しく覚えることやノートの書き方は教えなかったんですかね、と嫌味を言うのは、あまりにも器が小さいですし。
    というよりも、こういう状況になると、何か自分の立場がおかしくて苦笑してしまいます。
    損な役回りだとしみじみ笑う。
    ヽ(^。^)ノ

    基礎学力にブレのある子は、計算の工夫を使い間違えたり、結局、暗算でミスをしたりすることが多いのですが、それでも、男の子は計算の工夫や裏ワザが好きなのかもしれません。
    一方、女の子は、中学受験生であっても、0.25=1/4と一発変換できず、25/100=5/20=1/4と約分することをやめられない子もいます。
    0.25=1/4、0.125=1/8 程度のことをいちいち計算するので、解き方はわかっているのに時間内に解けず、テストが終わってしまいます。
    困ったもんです。

    計算の工夫や発展的な公式が定着しないのは、男女差の問題ではなく、ただその子のキャパが限界に来ているのだろう、と考えることもできます。
    新しい公式を覚えて活用できなくなりつつある兆候です。
    発展的な公式や工夫に対して消極的な反応だった子は、中学までは数学も他の教科と同様によく出来ていても、高校数学に入ると新しい公式を消化しきれなくなる場合があるように感じます。
    問題を1題解くのに時間がかかるようになり、内容を理解しきれていないことからくる精神的な負担や動揺からか、つまらない計算ミスも増えます。
    計算ミスをすると、その直しにまた時間がかかるので、本人は数学の勉強に時間を割いているつもりでも、実際に解いている問題の数は少なく、演習不足に陥り、どんどん数学が苦手になっていきます。
    そうなってしまうのは、男子よりもやはり女子が多いかもしれません。

    もしかしたら、公式が覚えられないのではないのかもしれません。
    小中学校で学ぶ公式は、どうしてそれで求められるのか、すぐにその意味を把握することができるものが大半です。
    しかし、高校数学の公式は、パッと見ただけでは意味を把握しにくいものがほとんどです。
    証明を聞けばまあそうなのかもしれないとは思うものの、使うことに居心地の悪さや不安を感じるのが女子の傾向ということかもしれません。
    実感を伴わないものを使うことに対する居心地の悪さでしょうか。
    そんなものを使うくらいなら、地道に計算で解きたい。
    そういうことかもしれません。

    もう1つ例をあげれば、2次方程式の解の公式。
    これは、xの係数が偶数の場合の公式もあります。
    2次方程式 ax2+bx+c=0
    の解の公式は、普通のものは、
    x=(-b±√b2-4ac)/2a
    ですが、bが偶数のときは、1/2b=b'として、
    x=(-b'±√b'-ac)/a
    の公式を使うことができます。
    このほうが、最終的に約分をする手間も省けますし、扱う数字が小さいので計算自体も楽です。
    特に a=1のときは、解はいきなり分数ではなくなるので、計算過程は2行で終わります。

    ただ、解の公式を覚えたばかりで、それすらあやふやな子にこの2番目の公式を同時期に教えるのはむしろ混乱を招くのです。
    普通の解の公式に対しても気持ちがネガティブで、
    「学校でやったでしょう?」
    と確認しても、
    「あー、そんなのやった気がする。使わなくていいんでしょう?」
    などと言う子もいますから。
    解の公式を使わなければ解けない問題もあることがわかると、ため息をつきながらしぶしぶ練習を始める中学生は珍しくありません。
    だから、公立の中学校では2本目の公式は教えません。
    解の公式そのものが「ゆとり教育」の時代は指導内容から除外されていたのですし。
    まずは普通の解の公式をしっかり利用できるようになるだけで十分です。

    中学時代はそれでいいのですが、高校数学に入ると、この公式は2次方程式を解くとき以外にも部分的によく使います。
    解の公式のルートの部分、すなわち b2-4ac。
    判別式ですね。
    D=b2-4ac
    これは、「2次関数」でも「2次不等式」でも、ちょっと難しいと感じる問題ほどよく使う重要な式です。
    これも、先ほどのb'を用いて、
    D/4=b'2-ac
    とすることが可能で、こちらのほうが計算が楽です。

    高1で2次関数や判別式を学習する時点で、中3で解の公式を学習してからほぼ1年経っています。
    b'の式を覚えて使うことは可能です。
    もう混ざらないはずです。
    しかし、数学が苦手な子は、これを覚えないのです。
    特に女子は、中学時代は数学が得意だったはずの子も、なかなか覚えないし使わず、
    「使わなくてもいいでしょう?」
    と訊いてきます。
    「使います。学校の教科書に載っているでしょう?学校の授業でやったでしょう?複雑な計算になるほうの公式を使うと計算ミスをしやすいですよ」
    と助言しても、宿題はやはり使わないで解いてきて、計算ミスをしています。

    計算で解くからいいと言うけれど、計算力があるとは限りません。
    効率的な公式を使えないから計算で解く。
    計算力がないから間違える。
    そうなりがちです。

    計算ミスをしたときにスパッと思い切ることができないのも深刻な課題です。
    私がb'を使った式で解説しても納得せず、非効率なbを使った式のどこで自分が計算ミスをしたかにこだわり、ノートにごちゃごちゃ解き直します。
    しかし、結局、自分で計算ミスを見つけることができない子は多いです。
    仕方なく、煩雑になるほうの式で私が解いてみせるまで、その件は解決しません。
    無駄な時間が過ぎていきます。
    その子が遠回りな解き方をしたための計算ミスを直すことで90分の授業時間のほとんどが費やされてしまう場合、成績が上がる可能性はほぼ絶たれてしまいます。

    そして、そういう時間の使い方をしてしまう子は、やはり女子が多いです。

    公式が覚えられない。
    煩雑な計算をせざるを得ない。
    でも、計算ミスをする。
    ・・・・・それは、結局、女子のほうが男子と比べて数学ができないという話で終わってしまうのでは?

    いやいや、計算で解こうとする女子をいかに説得して公式を使わせるか、そこのところの指導技術が男子と女子とでは異なるべきだ。
    そういう話なのでしょう。
    数学が苦手な高校生の女子は、公式に対する意識を変えることが大切です。

    もう1つ言えば、解法テクニックを例題で理解すると、それが頭の中に知識として入り、別の問題でスパッと使える子は男子に多いように感じます。
    全体の傾向として、それはあるかもしれません。
    「チャート式数学」は、そういう意味で、男子に向いている問題集でしょう。
    あれは例題集・テクニック集ですから。
    女子は、もっと物語性のある参考書を読んで、何のために何をやっているのか、全体の構造を理解し納得したほうが良いのかもしれません。
    気持ちの上で納得し、公式や解法テクニックに対して親しい気持ちになることで解決のつくことがあるような気がします。

    しかし、ここまで述べたことは全て、個人差を無視した話です。
    うちの塾で今、最も数学のできる高校生は女の子です。
    定着していないだろうと私が勝手に推測していた解法テクニックを自ら次々繰り出して問題を解きます。
    私が、
    「さて、そろそろ終わりますよ」
    と声をかけると、
    「えっ。もう90分経ちましたか?」
    とびっくりして、半分夢を見ているような顔で顔を上げ、そして帰っていきます。
    自分が普通の2倍以上の問題を消化していることに気がついていないようです。
    彼女の様子を見ていると、無心という言葉を思い出したりします。
      


  • Posted by セギ at 14:25Comments(0)算数・数学

    2017年02月08日

    関数が苦手な子。


    中高一貫校は、中3でもう高校数学に入ります。
    一般的なスケジュールよりちょうど1年早い学校も多いですが、半年くらい早いカリキュラムの学校もあり、今は、数Ⅰの「2次関数」を勉強している子もいます。
    中3の「2乗に比例する関数」の放物線は、原点を通るものしか学習しませんが、高校数学の放物線は原点を通るとは限らず、座標平面上の色々なところに位置します。
    難しそうですが、原点を通る放物線からどのように平行移動したものであるかという発想で、その放物線の形を把握し、グラフを描いていくことができます。
    すなわち、
    y=a(x-p)2+q
    のグラフは、
    y=ax2
    のグラフをx軸方向にp、y軸方向にqだけ平行移動したものです。

    このことは、説明をしっかり聞けば理解できることですが、図や表を多用しますので、ここでは省略します。

    上のように、
    y=a(x-p)2+q
    の形に式を整理することを「平方完成する」と言います。

    ここで数学が苦手な子が陥りやすいのは、与えられた2次関数の式を平方完成することを忘れてしまうこと。
    大半の問題はとにかく平方完成してみないと何も始まらないのですが、その最初の一歩を忘れてしまうのです。

    高校数学の問題の中には、1行で終わるものも少なくありません。
    4行も5行もズラズラと書いてある中学の文章題に苦しんだタイプの子は、しかし、ここで気づくのです。
    1行しか書いていない問題のほうが怖い。
    何をどうしていいのか、全くわかりません。

    2次関数 y=2x2-ax+6 (-2≦x≦8) の最大値・最小値を求めよ。

    教科書や問題集の例題を常に見て、その通りになぞる形で類題を解いて、それでわかったつもりでいる子は、テストになって、たった1行のこの問題を見たときに、問題が何を要求しているのかわからず、呆然としてしまうことがあります。

    何をどうしたらいいのかわからない。
    そもそも、何を答えろと言われているのかわからない。
    関数の「最大値・最小値」って、何?


    「関数」に対するアレルギーの大きい子は多いです。
    中学生の頃から、「関数」についてモヤモヤしたものを抱いています。
    中1の「比例・反比例」も、中2の「1次関数」も、機械的な作業としてやり方だけ覚え、テスト前だけ何とか身につけてやり過ごし、結局、何だかよくわからなかったようです。
    問題が解けないわけではありません。
    宿題も、それなりに解いてきます。
    でも、わからないと言います。
    勉強がかなり進み、関数の利用に入った頃に訊いてきます。
    「関数って何?」
    「・・・・・・」

    「変数xとyがあるとする。xの値を決めると、yの値がただ1つに決まるとき、yをxの関数という」
    これが関数の定義です。
    しかし、こんな定義は、そういう子の前では無意味です。
    不快そうに顔をしかめてさらに訊いてきます。
    「そんなのどうでもいいから、関数って何?」

    そこで、一時期よく使われたブラックボックスの図を使って説明します。
    私自身も中学生のときに数学の先生から実際にその授業を受けました。
    70年代最新の教育技術だったようです。
    80年代に入り、『金八先生』でも、ブラックボックスの授業が行われた回がありました。
    国語教師である金八先生が、数学の先生の授業内容に口を出し、その先生の前で数学の授業をやってみせるという筋に、私は少し抵抗感がありましたけれど。
    金八先生の国語の授業は、教科書を読み聞かせては教師本人が感動して感想を述べるだけのものでしたので、
    「他人のことより、自分の授業の質を何とかしなさいよ」
    と感じていましたから。

    それはともかく、ブラックボックスの授業とは。
    ボードに箱の絵を描きます。
    あるいは、本当に黒い箱を用意すると、生徒はさらに興味を示します。
    例えば、この箱は、ある数を入れると、その数を2倍して3を足すという機能を持った箱。
    この箱の入口に、今、4という数字を入れると、出口から、11という数字がポロンと出てくる。
    この箱の機能が関数です。

    こういう実演型の授業は、ただ口で説明するだけ、ボードに書くだけでは興味を示さない子が、そこから関心を持ってくれる場合があります。
    私自身、数十年のときを経ても自分の受けた中学の関数の授業を覚えているということ1つとっても、印象の強さがわかります。
    とにかく、わかった気になるだけでも大切ですね。
    そこから全てが始まります。

    関数に関心を持たせるには、他にもいろいろ方法があります。
    英語で、関数は、function。
    それは、本来、「機能」という意味の英語です。
    「ほら、パソコンでFキーってあるよね。あれは、functionキー。機能キーというでしょう。あのfunctionだよ」
    こういう情報を、理解のとっかかりになるように付け加えます。
    自分の身近に、これから学ぶことが既に存在していたというのは、ちょっと印象に残りますよね。
    秀才ほど、そういう情報をつかんで、そこで記憶を深めるのが上手です。
    しかし、勉強の苦手な子がこういう場合にとる反応は主に2種類。

    ①また先生が知ってることだけしゃべってる、と思って聞き流すタイプ
    何でそういう見方をするのかわからないのですが、大人が知識を披露すると、知ってることをしゃべりたくて仕方ないんだなあと聞き流す子がいます。
    学校の先生でも、塾の講師でも、自分の知っていることをとにかくしゃべりたいタイプの人はむしろ少なく、生徒の知識の定着の助けになればと余談に関しても目的をもって話しているのですが、そういうことが理解できない子がたまにいます。
    大人に対して、うがった見方をしたいのかもしれません。
    授業の工夫を無にしてしまい、他の子が記憶しているのにその子だけ覚えていず、損をするタイプの子です。

    ②先生が言ったことをきっかけに思いついたことをしゃべりまくるタイプ
    「あ、Fキー、知ってる知ってる。あれがさあー」
    と、自分が経験したこと、知ってることをとにかくしゃべりまくる子。
    おしゃべりが好きな子に多いです。
    自分が話したいことをたくさん話して満足し、関数の話はどこかにふっとんで終わります。
    勉強が下手な子は、あらゆる場面で勉強が上手な子とちょっとずつ違うんです。

    話を戻して、関数についてのいろいろな説明を聞いて。
    それで理解できる子もいるのですが、わからない子はわからないままです。
    「関数って何?」

    質問がつたないので、よく伝わらないのですが、おそらく、そういう子は関数が何であるかを知りたいのではないのでしょう。
    「関数なんて、何の役に立つの?」
    質問の本当の形は、それかもしれません。
    自分が上手く理解できないものは役に立たないものであるとしたい心理も働いているのかもしれません。
    関数なんて無意味だから理解しなくて良いのだということにしてしまいたいのでしょうか。

    でも、それは間違っています。
    関数は数学の中でも実生活に直結している分野です。
    「関数は、役に立つものだよ。いろいろなことが関数で一発解決だよ」
    「嘘だ。関数なんか使わないよ」
    「使いますよ。エクセルは関数でしょう?」
    「何、それ」
    「・・・・・エクセルを知らないの?」

    うーむ。
    子どもの使うソフトではないかもしれませんね。


    「電卓だって、パソコンだって、広い意味で関数だよ」
    「は?何言ってんの?」
    だんだん機嫌が悪くなってきます。
    「そうして、予想通りのあなたの反応も、私の中では、関数だよ」
    「・・・・・腹立つー」


    さて、話がかなりそれましたが、「関数」にモヤモヤした違和感を抱いている子が理解できていないこと。
    それは、
    「yをxの関数という」
    ということ。
    すなわち、関数の最大値・最小値とは、yの値の最大値・最小値です。
    これ、わかっている人には、ごく当たり前のことなのですが、数学が苦手な子にくどいほどこのことを説明しても、なかなか定着しないのです。
    最大値・最小値に関する宿題を繰り返し出しても、
    「問題の意味がわからなかったー。関数の最大値って何ですかー?」
    と、翌週にこにこして白紙のノートを持ってきます。
    「・・・・せめて、平方完成をしてこようか?」
    「平方完成って何ですか?」
    「・・・・・うーん。とりあえず、そういう数学用語を覚えて、指示された内容を理解できるようになろうか?」

    数学が得意になるまでの道は長く険しいのです。

      


  • Posted by セギ at 13:47Comments(0)算数・数学

    2017年02月05日

    数学が苦手になる分岐点。


    今回も、「三平方の定理」の話から。
    三平方の定理そのものはそんなに難しくないのですが、実際の計算になると、平方根の計算に戸惑う子もいます。
    わからないのなら復習したら良いのですが、集団指導の場合は、そういうことに異様にプライドをぶつける子もいますね。

    例えば、こんな場面。
    三平方の定理を学習します。
    思ったよりも簡単です。
    久しぶりに数学でわかることが出てきた。
    そう思って機嫌よく解きだすと、しかし、平方根の計算が必要だということに気づきます。
    以前にやったことは身についていません。
    それでも苦心して何とか解いて、答えは、√32。
    それを見た先生に言われます。
    「平方根を整理して」
    ・・・・・何だよ、整理って。
    「a√bの形に整理して」
    「いいじゃん、これでも」
    「いや、これだと正解にはならないんだよ」
    「・・・・・なんでだよ!これでいいだろ!」
    そこで先生が、整理の必要性や整理の方法を説明しても、感情的になっていることもあって、もう耳に入りません。
    「わかんねえよ。だから数学なんか嫌いなんだよ」
    そうしてふてくされ、あとは寝たふり。
    机に突っ伏して、何もしようとしません。
    心の中では泣いているのかもしれません。

    やる気になったときに、早々に「もう取り返しはつかない」と感じるのは痛手です。
    本当は取り返しはつくのですが、しかし、それには忍耐が必要です。
    取り返すためには、かなりの年月努力しなければなりません。
    数学の場合、少し結果が見えてくるまででも半年から1年かかります。
    問題は、結果が出るまでの時間に耐えられるかどうかです。
    努力しているのに結果の出ない長い時間を耐えるのは、大人でも難しいのですから。

    「中2くらいから急に数学がわからなくなった」
    そう言って入塾する子は多いですが、本当に中2が分岐点だったのかというと、多くの場合は、それ以前に重大な分岐点を迎えています。
    しかも、本人が、それに気づいていない場合が大半です。

    小学校の算数の「割合」や「速さ」がわからなかったのに、ごまかしてやり過ごした。
    分数の四則混合計算ができないのに、小学校のテストにはそんなに出ないからあまり練習しなかった。
    実は九九で曖昧なところがある。
    こうした分岐点は、本人も保護者も把握している場合が多いです。

    むしろ、怖いのは中学入学時の数学です。
    中1の最初の数学で根本を理解できないまま、本人もそのことに気づかずやり過ごし、やがて学習に詰まってしまう場合があります。
    まずは「正負の数」、そして「文字式」。
    例えば、こんな問題です。

    2(4x-1)-6(5x-2)

    特に難しいものではありません。
    =8x-2-30x+12
    =-22x+10
    となりますね。

    しかし、中1の1学期に塾に通っていず、大人に途中式をきちんと見てもらった経験のない子の計算過程は、間違っているのではないのですが、微妙な違和感があることがあります。
    (8x-2)-(30x-12)
    と、まず、このように計算するのです。
    そして、その後、8xから30xを「ひく」のだから-22xで、-2から-12を「ひく」のだけど、それって、どうなるかというと、うーん、うーん、・・・・難しい。
    という計算過程を踏んでいます。
    つまり、
    2(4x-1)-6(5x-2)
    という式の真ん中の-符号を、「-6」という負の数と読んでいないのです。
    2(4x-1)と6(5x-2)との「ひき算」に見えているのです。
    中学生になっても、「プラス」「マイナス」という読み方が定着せず、「たす」「ひく」と言い続けている子にその可能性が高いです。
    中学生になったから恰好つけて「プラス」「マイナス」と英語で読んでいると誤解しているのかもしれません。
    読み方が変わったのには、重大な意味があるのです。

    2(4x-1)と6(5x-2)とのひき算ではありません。
    これは、2(4x-1)と-6(5x-2)とのたし算なのです。
    全てのひき算は、負の数のたし算として処理します。
    だから、「ひく」という言葉は使わないのです。
    そのように把握することによって、符号の決定はいちいち頭を通してうんうん考える必要のない、自動化した作業になります。

    どっちだっていいじゃないか、同じ答えが出るんだし、という感想もあるかもしれませんが、この把握ができていないと、計算に無駄な時間がかかる上に符号ミスが増えます。
    さらに、高校数学で、絶対値を含む方程式・不等式を解く際に、符号の処理を正しくできず、何を説明されても意味がわからない場合があります。

    中1の1学期の数学はさらに「方程式」という難関をくぐらなければなりません。
    以前にも書きましたが、方程式の発想は、小学校の文章題の発想とは異なります。
    小学校の文章題は、答えを求めるための式を立てます。
    しかし、方程式は、求めたいものをxとして、関係を表す式を立てます。
    式全体は、xではない他の数量を表しています。
    勘の良い子はこの違いを理解しますが、これが理解できず、方程式の文章題が全く解けない子が現れます。

    何とか式を立てることができる子も、その式の見た目が奇妙な場合があります。
    例えば、こんなふうです。
    3  ×  (   2   x   -   1   )  -  (   5   x   +   2   )  ×
    (   2   x    +   1   )   =   5   8   8
    6年生までマス目のノートを使っていた影響か、1つ1つの数字の間隔が空いていて1文字ずつが大きいため、方程式が2行にわたってしまう子がいます。
    右辺と左辺が明瞭でないため、この見た目では解くことができません。
    かけ算の記号を省略するのは「文字式」の単元の問題ならばできるのですが、自分で立てる方程式でも省略するということが理解できていず、×の記号だらけの式を書き、普通の方程式と見た目が違うために解けない子もいます。
    不器用な子は、大人から見ると非常にばかばかしいこうしたことで、数学の問題が解けなくなります。
    小学校の算数から中学の数学へとスムーズに移行できないのです。

    こうなった後に塾に来ても、答案の書き方にこうした妙な癖がつき、しかも、それを治すことができない子は多いのです。
    やっと治ったと安心していると、他の単元をしばらく学習した後に復習したらまた元に戻っている場合も少なくありません。
    むしろ、中1の最初の半年だけでも塾に通ってほしいです。
    ここが一番補助が必要なところです。

    中2で急に数学が出来なくなるわけではありません。
    その前に、兆候は必ず表れています。

      


  • Posted by セギ at 13:26Comments(0)算数・数学