たまりば

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2012年01月24日

雪の夜に


昨夜、授業をしていたら、教室の、結露で曇った窓ガラスの向こうに、ボタン雪がふわふわ見えてきました。
予報通りとはいえ、かなりの降りでしたね。
中3の授業は、入試直前なので、夜8時からのコマの子には、延長補講をしています。
でも、さすがにこの雪では今日は早く帰ったほうがいいよと勧めたのですが、続けたい、もっとやりたい、というので、予定通り10時半まで補講を続けました。
外に出ると、雪は、やんでいましたが、車道も歩道もうっすらと積雪していました。

この雪道を踏みしめて帰ったことも、あの子の中で、いつか、懐かしい思い出になるでしょうか。
あのとき、自分は、本当に頑張ったな、と。

今は、まだ、全てが未来です。
でも、いずれ入試の日が現在になり、そして過去になる。
全てが過去になる前に、まだできることがあります。
今ならば、まだ間に合う。

残り少ない授業、今日も、意味のあるものになりますように。
  


  • Posted by セギ at 11:57Comments(4)講師日記

    2012年01月22日

    メンタルの弱さ


    テストになると緊張して実力を発揮できないというのが、私は、実は、実感としては、わからないんです。
    想像することは可能ですし、共感しようと思うのですが、ペーパーテストを解くだけなのに、なぜそんなに精神状態が悪くなるのか、実は、本当のところ、わかりません。
    実技テストや、壇上で何か話すとか歌うとかいうのなら、緊張するのはわかります。
    一発勝負ですし、失敗したら、恥ずかしいですし。
    でも、ペーパーテストは、皆と同じ方向を向いて、45分とか50分とか、たっぷり時間もある中で解くだけなのに、なぜそんなに緊張するのでしょう?
    間違えたら、消しゴムで消せばいいんですし。
    見直す時間もありますし。
    だから、入試でも何でも、私は、ペーパーテストで緊張した経験がないですし、実力が出せなかった記憶もありません。
    ダメだったときはありますが、実力通りにダメだっただけです。

    でも、事実、テスト本番で力を出せない子は、多いです。
    緊張で手が震える。
    お腹が痛くなる。
    肉体に反応が出てしまう子は、私が子どもの頃にもいました。
    緊張緩和に効果があるとかで、お父さんからもらったという梅仁丹を、ガシガシ噛んでいる子もいました。
    (^_^;)

    ただ、最近の傾向としては、本番で力を出せない子は、見た目は、それほどわかりやすくありません。
    本人も、緊張を実感していません。
    うわずっている、というと伝わりやすいのですが、それとも印象が違い、実際は、なんだかふわふわしています。
    そういう子の答案は、特にテスト前半で、つまらないミスを大量にしてしまいます。

    計算ミスは、結局、実力不足だ、と言ってしまうのは簡単なのですが、テストのときだけ、7+5=13としてしまい、しかも、正解を言われるまで、そのミスに気づかない精神状態に陥ってしまうのは、実力不足とは少し違うように思います。

    都立高校入試の第一問は、毎年、正負の数の計算です。
    どんなに数学ができなくても、これは解けるだろうという問題。
    でも、間違えるんです。
    -17-(-8)
    このレベルの問題で、間違えます。
    入試のときだけ。

    中学受験もまた同様。
    そこは、得点源でしょうという、単なる割合を求める問題。
    そこで、ありえない計算ミス。

    「多分、間違えると思うから、何度も見直してね。こういうところを見直してね」、と念を押しても、そういう子は、普段は案外強気で、「平気平気」「そんなミスしたことないし」と言ったりします。
    見栄を張っているだけで本人なりに自覚していたり、同じ注意を何度もされて反発しているだけならばいいのですが、どうも、本気で忘れているようなんです。
    自分が、模試や定期テストでそういうミスをしたことを、忘れてしまうんですね。
    嫌な記憶だから、消去してしまうのでしょうか。
    それくらい、ペーパーテストに対して、メンタルに問題が生じているのかもしれません。
    実力とはかけ離れて自己肯定感が強い今の子は、結局、本人の内面に矛盾が生じています。
    そして、テスト本番で、その矛盾が現れ、ふわふわした精神状態に陥ってしまうのかもしれません。


    接していた時間が長ければ長いほど、本番でも、支えられます。
    いざというときに、私の声が聞こえるでしょう。
    これまで、テストになると、勉強したことを全部忘れたかのようにふわふわ解いて、バツだらけの頼りない答案を持って帰ってきた子も、入試本番のときは、私が助言した通りに答案を完成してくれました。

    でも、今年は、期間があまりにも短い。
    どうか、私の声が届きますように。
    受験生が、落ち着いて、実力通りの結果を出せますように。
      


  • Posted by セギ at 18:53Comments(0)講師日記

    2012年01月20日

    雨に似ている


    It looks like rain.

    いえ。もう降っていますが。しかも雪が。
    雪が降っていると、街が静かになりますね。
    雪が、音を吸いこんでしまうようです。

    ところで、上の英文。
    「雨に似ている」と訳してしまう子は、でも、文法的な把握はできています。
    少し誘導すれば、正解に達することができます。

    「うん。雨に似ている、雨のように見える、というのは、つまり、どういうことかな」
    「あ。雨が降りそうだ、だ」
    「そうそう。正解」
    英語の表現の仕方って、そのまんまだよね、わかりやすいよねー、と話も弾みます。

    ところが、わからない子は、ヒントを出しても、わからない。
    いえ、私の誘導が悪いのでしょう。
    「雨に似ている・・・・?・・・・雪?」
    「いや、雪ではなくて」
    「みぞれ?」
    「いや、そういうことではなくて」
    「わかった、あられ?」
    うーむ。
    (^_^;)

    It looks like rain.

    でも、もっと深刻なのは、下のような訳。
    「私は、雨が好きです」

    it と I を見間違えている。
    把握できない単語は、無視する。
    こういう訳をする子は、間違いなく、文法が嫌いです。
    文法なんかわからなくても、英語はニュアンスで何とかなる。
    単語さえわかれば、何とかなる。
    そんなふうに思っていて、限界が来ている姿です。
    (>_<)
    そうなる前に、どうかご連絡を。


    助動詞も、中1は、can しか習わないので、canだけは、結構定着するのですが、他の助動詞は、基本的な意味さえ、なかなか定着しません。

    mustは、「〜しなければならない」。
    shouldは、「〜すべきだ」。
    had betterは、「〜したほうがいい」。

    意味の強弱を考えながら、個々の訳を覚えるのですが、なかなか覚えられない様子です。

    しかも、ここ数年、少し面倒なことが起きています。
    日本語をよく知る英語ネイティブの人たちが、日本語の訳は間違っていると、発言し始めたんです。
    日本語の意味の強弱でいえば、一番強いのは、「〜しなければならない」。
    次が、「〜すべきだ」。
    そして、「〜したほうがいい」。
    だけど、英語では、should より had better のほうが、意味が強いと言うんですね。

    さて、困った。
    なので、高校の文法の教科書は、今、そこのところの記述が、揺れています。
    should の訳を「〜したほうがいい」としている教科書もあれば、「〜べきだ、〜したほうがいい」と両方書いている教科書もあります。
    「〜べきだ」と、そのまま知らん顔している教科書もあります。
    困ります。

    次の日本語を英語に直せ。
    「あなたは、そこへ行ったほうがいい」

    この問題は、should と had better のどちらを使えと要求しているのかなあと、その子の持っている教科書をいちいち確認。
    そんなふうに訳の揺れているところは、確定するまで入試には出ないから、気にしなくていいんですけど、神経質な子は、そういうところにとらわれやすいですし。

    この混乱、しかし、何でこんなことになったんでしょうね。
    最初に訳すとき、取り違えてしまったのかなあ。
    それとも、had better の訳は、「~したほうがいい」で良いのだけど、英語のニュアンスでは、「~したほうがいい」というのは、かなり強制力が強い、ということなのかなあ。
    「私が~したほうがいいと言っているんだから、従うのが、当たり前でしょう」、というような?

    表現の強弱の認識というのは、一個人の感想を正しいと思ってはいけないし、また絶対の結論があるわけでもなく、言語学者が、常にフィールドワークを重ねながらその時代での結論を見つけていくしかないものなので、これの正解はないのだと思いますが。

    でも、そういうことを考えるのが楽しい、と思うと、英語を学ぶ楽しみが、さらに増しますね。
    (*^_^*)


    写真は、日曜日、熱海のみかん園でみかん狩りをしたときに撮影しました。
      


  • Posted by セギ at 13:02Comments(2)英語

    2012年01月18日

    雪山の遭難


    元旦と2日、北八ヶ岳で雪山歩きを楽しみ、帰りの電車でメールチェックをすると、友人から、また今年もお正月に雪山遭難があったよ、というメールが入っていました。
    しかし、個々の小さなニュースは、その日にテレビや新聞を見ていないと案外捕捉しにくいもので、私が見ることができたのは、スノーボーダーの遭難のニュースだけでした。
    遭難と言っても、スコップや食糧を持って山に入り、雪洞を掘って一夜を明かし、翌日に自力下山した人たちのことでしたが。

    「今回は、たまたまスコップや食糧を持っていたから良かったですが、コースを外れるのは、大変危険です」
    とか何とか、キャスターがコメントして、そのニュースはそれでおしまいでした。
    スコップや食糧というのは、たまたま持っているような種類のものではありませんよね。
    ゲレンデで遊ぶスノーボーダーは、財布と携帯とリフト券しか持ちません。
    スコップと、それを使って雪洞を掘る技術と、食糧を持って、コース以外のところに入ったスノーボーダー。
    それは、バックカントリーでしょう。
    あえてやっている人たちで、コースを外れるなという問題ではないように思います。

    あれは、本当に遭難だったんでしょうか。
    誰が救助要請したのでしょう。
    本人たちが救助要請したのなら、それは遭難ですが、家族や知人が心配して救助要請したのだとしたら、要請が早過ぎたんじゃないのかなあ。
    そこらへんの意志の疎通ができていなかったのは、問題なんでしょうけれど。
    どうもよくわからない、変な話でした。

    「無謀登山はやめましょう」と、遭難が起こる度に報道されますが、無謀かどうかの判断は、本人と専門家がすることで、傍目には無謀極まりなくても、実は勝ち目のあることだったりします。
    そこらへんの判断は、難しいです。

    救助要請ということで思い出すのは、もう10年も前、やはりお正月に起きた、槍ヶ岳の遭難。
    低気圧が停滞し、槍岳山荘冬期小屋に避難していたパーティが、携帯電話で救助要請し、全員ヘリコプターでピックアップされたことがありました。
    しかし、助かって良かったね、で済むわけはなく、その後、その行動に非難が集中しました。
    外が吹雪であれ何であれ、冬期小屋にいたのならば、安全は確保されていた。
    持っている食料と燃料で持ちこたえ、晴れ間を待って、自力下山する。
    雪山をやる以上、それが当然の態度ではないのか。
    安全な小屋の中にいて、携帯電話で救助要請とは、いったいどういうつもりなのか。
    そのパーティが未組織の個人登山者ではなく、山岳会だったことで、怒り心頭の方もいたようなのです。
    実際、同じ日、同じ槍ヶ岳の同じ状況で、自力下山した大学山岳部も存在したので、そのだらしさなさが際立った形になりました。

    集中砲火を受けて気の毒だなあ、と私は感じていたのですが、そうした中でのある発言に、私は、もっと衝撃を受けました。
    山に詳しく、発言力のある方の言葉でした。

    「仕方ないだろう。安全な山小屋の中で、彼らは、遭難していたのだから」

    それは、許しの言葉です。
    けれど、その言葉は、攻撃よりももっと深く、救助要請した人たちを打ちのめしたと思います。
    仕方ない、と言われてしまったら、もう二度と、対等な立場で接してもらえない。
    安全な山小屋の中でうろたえたメンタルの弱さを、攻撃するのではなく許されたら、もう本当に終わりです。
    きつい言われ方をされている間は、まだ救いがあります。
    優しくされたら、もう、本当に、終わりなのだ。
    非難の言葉よりも、その許しの言葉に、私も、心まで凍るようでした。
    雪山より怖いのは、諦められてしまうこと。
    許されてしまうことなのかもしれません。

    写真は、お正月に北八ヶ岳の天狗岳山頂で撮影したもの。
    硫黄岳のほうから縦走してきた登山者が見えました。
    写真だと、何だか結構凄いことになってますが、まだまだ、雪山としては、呑気なレベルなんです。
      


  • Posted by セギ at 15:21Comments(0)

    2012年01月13日

    期末テストの報告



    昨日は、大人のための数学教室の日だったのですが、お客様が1人もいらっしゃらず、わあ、最初に戻ったようだ、と1人ぽつんと教室におりました。
    レギュラーの皆様には、事前に、土曜日のほうにお申込みいただいていたのですが、もしもということがあるので、一応、教室を開いて、待ってみました。
    ゆっくりと、授業の下調べや、入試対策の予定作りができて、案外良い時間でした。
    (*^_^*)

    とはいえ、入試対策の授業は追い込みだし、12月・冬期講習分の学習指導レポートは、まだ発送が終わっていないし、このブログの更新も遅れ気味だし、何やら仕事が押せ押せです。
    山なんか行っているからいけないのですが、泊まりがけで山に行ける、2日続けての休みは、1年の中で、お正月に2回と、GWと、お盆休みだけですので、広い心でお受けとめいただけますと幸いです。

    仕事が押しているのに、また今度の日曜日は山に行きます。
    あ。
    これは、日帰り。
    ずっと前から約束していた山行なので、これも外せないんです。
    友達と、新年会みたいなものです。
    あー、またレポートの発送が遅くなるー。
    受験生から優先的に順次発送しております。
    もうしばらくお待ちください。
    (>_<)

    さて、これもご報告が遅れておりました、2学期末テストの結果。
    公立中学など、11月末までにテストが終わる期末テストの結果は、以前にご報告いたしました。
    平均18点アップ。(*^^)v
    やったー、と喜びつつ迎えた、12月10日前後にテストが行われる、後期日程。
    こちらは、高校生と、私立中学生がメインです。

    多少は予想しておりましたが、予想を越える出来事が起きました。
    まず、1人、数学で、39点アップ。
    やったー、凄いー、と思っていた、その後。
    冬期講習が始まってから見せてもらった、驚愕の結果。
    数学で、36点ダウン。
    ・・・・私は、声なき悲鳴をもらしました。

    原因は、分析可能です。
    テストの配点が、今回、大きく変わりました。
    それまでは、基本問題に70点ほど配点されていたのですが、今回は、基本問題は30点ほどで、大半が応用。
    それでも、答案はほとんど埋めてあったのですが、どれも、早い段階で計算ミスをしていたため、部分点があまりもらえていませんでした。
    しかも、問題数が多いため、解答欄が狭く、計算ミスを防ぐための丁寧な計算をするスペースがない。
    数学の解答用紙というのは、アホみたいに空白が多くないと、気持ちよく解けないのになー。

    出来て数年の中高一貫校は、先生がたも、まだいろいろと模索中の様子で、カリキュラムもテストも、揺れが大きく、生徒自身も、フォローする塾も、大変です。
    歴史のある学校なら、高校数学のテストの形式は、理系大学の付属高校でも、大学のない私立女子高でも、見事に同じで、盤石の安定感ですが、公立の中高一貫校は、ブレて、ブレて、今、本当に対策が難しい。

    と、思い切り言い訳しております。

    しかし、今は、模索の時期。
    中高一貫校は、今後、必ず飛躍する。
    それとともに、カリキュラムも、あと数年で安定するでしょう。
    1回1回のテストと格闘しながら、それを待ちたいと思います。

    そんなこんなで、後期日程の期末テスト、英語も含め、全体では、3.2点アップでした。
    学年末テスト、頑張りまーす。

    写真は、北八ヶ岳の帰りに必ず購入する駅弁「元気甲斐」。
    覚えている方もいらっしゃるでしょうか。
    テレビ番組から生まれた名物駅弁。
    伊丹十三さんや、その時代の有名シェフがプロデュースしたと記憶しています。
    当時の駅弁としては珍しかった、素朴な見た目。
    でも、二段の豪華さ。
    今も、お弁当屋、丸政の看板商品です。
    あずさに乗るホームに販売所があります。
    1300円。
      


  • Posted by セギ at 12:31Comments(0)講師日記

    2012年01月10日

    誰のための受験か



    いよいよ入試が近づいてくると、思い出すのは、自分自身のことです。
    私自身も、中学受験をしました。

    なぜ、受験することになったのか、理由はよくわかりません。
    私が受けたいと言ったからだ、と母は言うのですが、記憶がありません。
    私が覚えていないだけで、実際にはそう言ったのだとしても、それが本当に私の意志だったとは思えないんです。
    既に、小学5年の春にはそういう話になっていました。
    ということは、それより以前の話でしょう。
    おそらく、私は、母親の顔色を見て、そのようなことを言ったのだと思います。
    母は、私にそう言ってほしがっている。
    そのように察して、「中学を受験したい」と言ったのでしょう。

    小学受験は完全に親の意志で、そのことに異を唱える人はいませんが、中学受験も、8割は親の意志だと思います。
    本人が決めたような形になっていても、親が望まないことを、子どもは口にしませんから。
    親の無意識のレベルのことさえ、子どもは察知します。
    人生の全ての時間を親とともにいるのですから。
    親の怒りのツボも、何をすれば親が喜ぶかも、子どもは知っています。

    子どもを地元の公立に行かせたかったら、誘導することは、易しい。
    そのようなことを、子どもの前で、1度か2度、口にするだけでいいのです。

    中学を受験して、地元の公立ではなく、私立か国公立の中学に通うことが、自分の人生にどういう意味をもつのか、理解している小学生は、ほとんどいないと思います。
    それは、志望校に合格して、実際に通い始めても、まだわからないことです。
    地元の公立に通ったことがないのですから、差がわかりません。

    むしろ、中学受験のメリットをとうとうと語る子どもがいたら、気持ち悪いです。
    質の高い授業。
    広がる進路の可能性。
    優れた同級生たち。
    将来に及ぶ人脈。
    そんなことを口にする子ども、嫌ですよね。
    こいつ、勉強はできるだろうけれど、人間として、何かどこか間違っていないか?
    そんな心配をしてしまいます。

    そんなこと、受験勉強をしている小学生には理解できることではありません。
    合格した先に何があるのか、それは、わからない。
    でも、何となく、親が自分の中学受験を望んでいるのを感じる。
    受験をすると、お母さんが喜ぶ。
    合格したら、お母さんが、もっと喜ぶから。
    子どもの本心は、その程度のものではないでしょうか。

    中学受験をして良かったと、本当に思うのは、大人になってからです。
    それは、間違ってはいない選択。
    でも、子ども自身が行う選択ではありえません。

    それなのに、親は、自分の意志で子どもを受験させているという意識はないことが多いようです。
    私の母も、そうでした。
    私が受けたいと言うから、受けさせるのだ。
    そのように思い込んでいました。
    この意識のズレは、子どもには永遠の謎です。

    入試が近づいて。
    1月になると、親の気持ちも子どもの気持ちも張りつめてくるので、親子喧嘩が起こることは、そう珍しいことではありません。
    それまでの1年間、あるいは2年間。
    人によっては、3年、4年、遊びたいのを我慢して勉強してきた結果が出る。
    その緊張とストレスは、並みのものではありません。
    毎年、1月になると、
    「言い合いになってしまって、娘が興奮して大泣きして、ちょっと塾に行ける状態ではないので、今日は休ませていただきます」
    という電話をお母様からいただきます。

    私もやりました。
    私が勉強を始めず、ちょっとグズグズしていたというレベルのことから、あっという間に、もう受験をやめるのやめないのという大喧嘩。
    「あんたが受けたいって言ったんでしょう」
    という母の言葉。
    一番ショックを受けたのは、その言葉でした。
    今、それを言うのか。
    私だけに、責任を押しつけるのか。
    言質をとった気で、自分の責任は回避するのか。
    まあ、子どもは、そのような言葉づかいはしませんが、ギリギリで母親に突き放されたような気持ちでした。

    もっとも、そういう喧嘩は、親子喧嘩の常として、翌日には何もなかったこととして、受験手続は着々と進められました。
    そして合格発表の日。
    苔むした古い石段を上がったところにある中学に、母と合格発表を見に行きました。
    ワルツのリズムでないと上がれない、幅の広い歩きにくい石段でしたが、それにしてもというほどに、母の歩みは止まりがちでした。
    駆け上がって発表を身に行きたかった私は、お母さん、何をやっているんだろう、とイライラしました。

    そして、発表を見て。

    母は、帰り道に、私を連れて、いきなりカバン屋により、やけに高級な学生カバンを買い、その荷物を持って、実家に寄り、祖父母を相手に、一人でベラベラしゃべっていました。
    あんなに浮かれていた母を、私は、その後も、見たことがありません。

    だから、私は、「あなたが受験したいと言ったんでしょう」という母の言葉を許しました。
    やっぱり、母が、一番喜んでいたから。


    写真は、日曜日の蓼科山。
    山頂からの眺望。


      


  • Posted by セギ at 13:45Comments(0)講師日記

    2012年01月08日

    蓼科山に行ってきました


    1月8日、今日は、蓼科山に登ってきました。 
    すっきりとした姿が、諏訪富士の別名を持つ山。
    今日は、ありえないほどの無風快晴で、春山のようでした。
    防寒というより日焼け防止のために、目出帽とゴーグル。
    そのままの姿でコンビニや銀行に入ったら周囲がびっくりすること間違いない恰好で、サクサクと雪道を登りました。
    お正月よりも少し雪が増えて、歩き易い快適な雪道でした。

    雪道を歩きながら、終わったばかりの冬期講習のことを考えました。
    山道は、いつもそうですが、特に雪道は、歩くほど、心が静まるのを感じます。
    自分の登山靴が踏みしめる雪の音と、ストックのきしむ音だけが聞こえます。
    静寂は内省を促すというのは、本当なのでしょう。

    蓼科山は、大きな岩がゴロゴロと並ぶ広大な山頂。
    子どもが描く富士山のような、平らな山頂です。
    快晴の下、今日は、360度の大展望が開けていました。
    八ヶ岳は、赤岳・横岳・硫黄岳・天狗岳の稜線がくっきり。
    南アルプスの峰々。
    中央アルプスの雄姿。
    そして、北アルプスは、槍ヶ岳と穂高岳を結ぶ大キレットがくっきりと見えました。

    写真は、蓼科山の広大な山頂と、北アルプスです。
    肉眼では、もっとくっきり見えたのですが。
    でも、ぼんやりとわかるでしょうか。
    写真で、稜線が1度途切れているように見えるところが、大キレットです。

    早朝に登り始めたので、昼前に下山。
    天気が良いので、次々と人が登ってきます。
    雪山は、夏山以上に、ひと目で、その人の技量がわかります。
    アイゼンが曲がっている。
    アイゼンの紐が緩んでいる。
    というより、そもそも、今日の雪道は、アイゼンは必要ない。
    アイゼンの刃は、雪が凍っていないと効かないから。
    でも、アイゼンさえ着けていれば安心、という心のお守りとして、着けたければ着けたらいいのですが。
    アイゼンの刃を効かせながら歩くというのは、実はかなり難しくて、12本爪アイゼンを着けていたって、効いている歯は、2、3本だったりします。
    私も、ガイドさんとマンツーマンで雪山を歩いたときには、随分叱られました。

    雪山は、教本を読んだり、講習会に参加したりして、きちんと勉強したほうがいいと思います。
    知り合いに連れていってもらって何となく始めてしまうと、基礎が身につかないことが多いように感じます。
    うん。
    勉強もそうだな。
    と、遠回しな宣伝で終わる、山行記録でした。
    (*^_^*)
      


  • Posted by セギ at 21:04Comments(0)

    2012年01月03日

    北八ヶ岳の元旦


    皆様、明けましておめでとうございます。
    旧年中は、大変お世話になりました。
    本年も、よろしくお願いいたします。

    元旦から一泊で、北八ヶ岳に行ってきました。
    奥蓼科温泉渋の湯が、バスの終点。
    そこから、雪の山道を静かに歩く予定でしたが、今年は、雪が少なく、賽の河原は、一面の岩がごろごろとむき出しで、そこに中途半端に雪がついている状態でした。
    ルートを示す赤い旗は、まだとても高い位置にひるがえっていました。
    その旗が、ギリギリ雪面の上に出ている年だってあるのですが。
    大きな岩を、どっこいしょと1つ1つ乗り越えて、長い長い賽の河原を越すと、ようやく雪が深くなってきました。
    北八ヶ岳の森は、シラビソの森。
    天然のクリスマスツリーの中を、ときどき立ち止まって眺めながら歩いて、高見石小屋へ。

    高見石小屋は、古い木造の小屋です。
    二階のあかり取りの天窓の下、豆炭炬燵にあたり、暗くなるまで、小屋に置いてある古い山岳雑誌を読んだり、持ってきた文庫本を読んだり、他の泊まり客と少し話したりしました。
    元旦の高見石小屋は、本当に静かでした。
    大晦日の山小屋は、どこも、年越しを小屋で迎えるのが決まりの常連さんや、初日の出が見たい登山客で混雑することが多いのですが。
    高見石小屋も、大晦日は、40人ほど宿泊したそうです。
    元旦の泊まり客は10人ほど。
    どこからも少し遠いこの小屋は、縦走してきた人がほとんど。
    赤岳から稜線を越えて来た人もいて、夏の山小屋なら、大自慢大会が始まってもおかしくないのですが、皆さん、訊かれたら答えるだけで、謙虚で物静かでした。
    山は、上手くなればなるほど、自分に足りないところがわかって、他人に自慢するよりも、自分のことを考えることで一所懸命になるのかもしれません。
    60代の人も、20代の人も。
    男の人も、女の人も。
    概して無口な人が多いですが、質問すれば、言葉を選んで、静かに正確に教えてくれます。
    記憶にとどめる気もないことを質問して、コミュニケーションをとった気になっても仕方ない。
    冬の山小屋に来ると、そんなふうに感じます。
    私も、明日下山する人に、賽の河原の様子を訊かれて、あの状況をできるだけ正確に伝えなければならないと、考え考え話しました。
    雪山は、1日で状況が変わってしまうものだけれど、それでも。

    翌朝は、中山を越えて、中山峠から天狗岳へ。
    雲に覆われ、中山からは天狗岳が見えませんでしたが、中山峠まで行ってみると、風はそれほどでもなく、やはり雪が少なく、大きな岩が見えていて、ルートが明瞭でしたので、例年よりもむしろ楽な天狗岳登頂でした。
    雪の多い年は、雪庇を踏み抜く心配も少しありますが、岩が見えると、ほぼ夏道の通りに歩いていくだけです。
    山頂からの展望はゼロ。


    写真を撮っているうちに吹雪いてきて、自分の足跡も消えてしまいました。
    なので、早々に退散。
    黒百合ヒュッテまで下りてきて、やれやれと小屋前の寒暖計を見たら、マイナス10℃でした。
    それでも、稜線と比べると、ここはあったかいなあ、と休憩。
    稜線を2時間ほど歩いたので、ザックの中のスポーツドリンクが少し凍って、口の中でシャリシャリ音をたてました。
    ピッケル・アイゼンを片付けて、そこからは、また楽しく雪道を下り、渋の湯へ。
    入浴料800円。
    誰も入っていなかったので、浴室を撮影。
    たちまちレンズが曇って、ピンボケ気味ですが。
    誰も入っていない浴室は、雪山同様に冷えていましたが、木の蓋をとれば、熱い熱い温泉。
    生き返りました。

    さて、4日から、冬期講習後半が始まります。
    朝寝坊しないようにしなければ。


      


  • Posted by セギ at 14:25Comments(0)