たまりば

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2018年03月28日

4月14日、大人のための数学教室を開きます。


3月24日(土)、大人のための数学教室を開きました。
今回も「剰余の定理・因数定理の利用」です。

問題 整式 f(x)をx(x+1)で割ったときの余りが2x+1、x+2で割ったときの余りが7であるという。f(x)をx(x+1)(x+2)で割ったときの余りを求めよ。

とりあえず、問題の通りに整式 f(x)を表してみましょう。
f(x)=x(x+1)g(x)+2x+1 ・・・➀
と、まず表すことができます。
f(x)が何次式なのかわからなので、商も何次式かわからないまま、とりあえずg(x)と置きました。
また、こうも表すことができますね
f(x)=(x+2)h(x)+7 ・・・➁
さらに、この問題の答えとなる余りを含む式を立ててみましょう。
f(x)=x(x+1)(x+2)i(x)+ax2+bx+c ・・・➂
f(x)が何次式かわからないので、商であるi(x)が何次式であるかもわかりません。
しかし、x(x+1)(x+2)という3次式で割っていますので、余りはどんなに次数が高くても2次式です。
このax2+bx+cを求めれば良いのですね。

➀から明らかですが、剰余の定理より、f(0)=1 です。
これを➂に代入すると、
f(0)=c=1 ・・・➃
また同じく、f(-1)=-1ですから、
f(-1)=a-b+c=-1 ・・・➄
➁から明らかですが、剰余の定理より、f(-2)=7 です。
これを➂に代入すると、
f(-2)=4a-2b+c=7 ・・・➅

さて、a、b、cと文字が3種類、式が3本。
これは連立方程式として解けますね。
中学生の間は、連立方程式の計算過程は答案にしっかり残さないとテストで減点されますが、高校生は、連立1次方程式は解くことができて当然なので、答案にはその過程は残さなくても大丈夫です。
書いてもいいですが。
➃、➄、➅より
a=5、b=7、c=1
よって余りは、
5x2+7x+1


問題 f(x)をx2+6で割ったときの余りがx-5、x-1で割ったときの余りが3であるという。
f(x)を(x2+6)(x-1)で割ったときの余りを求めよ。

これを上の問題のように解いた場合、(x2+6)を因数分解すると、(x+√6i)(x-√6i)となりますから、虚数が入ってきて面倒くさいことになりそうです。
他にスマートな解き方はないでしょうか?

あります。ヽ(^。^)ノ

f(x)=(x2+6)g(x)+x-5 ・・・➀ とおく。
ここまでは一緒ですね。
ここで、その商であるg(x)=(x-1)h(x)+p とおきます。
g(x)はf(x)とは異なる整式ですから、余りは3ではありません。
とりあえず余りはpと置いておくなら、この式は何も問題ないですね。
何で f(x)ではない式をx-1で割るの?
意味なくない?
と思うかもしれませんが、しばしお待ちを。
これを➀に代入するのです。
f(x)=(x2+6){(x-1)h(x)+p}+x-5
➀のg(x)のところに先程の式をカポっと代入しているのがわかるでしょうか?
この式を部分的に展開して整理してみましょう。
f(x)=(x2+6)(x-1)h(x)+p(x2+6)+x-5
この、p(x2+6)+x-5 が、f(x)を(x2+6)(x-1)で割った余りです。
ここで問題より、f(x)をx-1で割った余りは3でした。
すなわち、剰余の定理より、f(1)=3 ですから、
f(1)=8p-5=3 となります。
これを解いて、
p=1
よって、
p(x2+6)+x-5
=x2+x+1
余りは、x2+x+1 です。

この解き方はスマートで、一番上の問題でも使えます。
とはいえ、自力でこの解き方を発想するのは難しいでしょう。
こういう解き方があるという知識を頭にインプットするのが何よりです。

さて、今回の授業は、その先、「高次方程式の解法」に進みました。
まだ基本です。
公式を使えば解けるものばかりです。
例題を解説し、問題を解くのは宿題としました。
2次方程式のときのように因数分解して解けば良いのですが、3次式の因数分解の公式や、複2次式の因数分解、2次方程式の解の公式を覚えていない場合、苦戦が予想されます。
頑張ってください。
ヽ(^。^)ノ

さて、次回の大人のための数学教室のお知らせです。
◎日時  4月14日(土)10:00~11:30
◎内容  数Ⅱ「因数定理・高次方程式」を続けます。p.34例題9の解説から。
◎場所  セギ英数教室
       三鷹市下連雀3-33-13
         三鷹第二ビル 305
       春の湯さんの斜め前のビルです。
◎用具   ノート・筆記用具
◎参加費 2,000円
       当日集めさせていただきます。
◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。
       今後、欠席の連絡は不要といたします。
       出席される方のみ、前日の午後9時までにご連絡ください。

  


  • Posted by セギ at 13:50Comments(0)大人のための講座

    2018年03月26日

    多摩湖自転車道を走ってきました。2018年3月。


    2018年3月25日(日)、自転車でお花見に行ってきました。
    よく晴れていましたが、水曜日に奥多摩では積雪があり、山道はまだ雪が残っているか泥んこでしょう。
    東京は平年より3日早くソメイヨシノが開花。
    となると、今日は山歩きよりも街でお花見しよう。
    ヽ(^。^)ノ

    のんびりと10:30出発。
    山に行くときとは違い、地図を持たず、記憶を頼りに出発しました。
    最悪、スマホで地図を見たら良いので、街だとこんなこともできて楽ちんです。
    山では、電波が通じなかったりスマホが壊れたら全て終わりなので、幾度歩いた山でも必ず地図を持ちます。
    とはいえ、地図を持たない街の旅は、毎年多摩湖自転車道の入り口まで迷っています。
    まともにたどりついたことは一度もありません。
    帰り道でよく確認したら良いのですが、帰り道も毎回迷っています。
    (^-^;

    そうは言っても、毎回、自転車道入り口に何となくたどり着くのですが、今回は、今までになく派手に迷いました。
    「桜橋」という交差点までは、去年までの記憶の通りだったのですが、そこから、後になって思えば、90度方向を間違えました。
    そして、玉川上水に沿った道をひた走り、小金井公園まで来てしまいました。
    玉川上水沿いの道は、車は通るけれどなかなか良い道で、他にも自転車が沢山通っていたので、つい後をついて走ってしまいました。
    (*^^)

    とはいえ、小金井公園は天の助けです。
    ようやく、現在地を把握できました。
    ここから挽回するぞーと、園内に入りました。
    今日は花見客で大にぎわいです。
    レジャーシートに座るお花見客が沢山います。
    芝生に個人テントもポツンポツンと張られています。
    小金井公園はテント設営禁止ではないようです。
    山でも使えるような、軽量で丈夫な本格テントでした。
    自転車で旅をしている人が泊っているのでしょうか?

    江戸東京たてもの園を右手に見ながら、小金井公園の外へ。
    さて、ここから、多摩湖自転車道にはどう行けば?
    感覚ではこちらが正しそうと思う方向に交差点を渡ると、再び玉川上水が。
    うわあ、どこで感覚がズレたんだろう?
    ( ;∀;)

    とはいえ、ここが玉川上水で、そこが小金井公園で、昼の12時に太陽があそこで輝いているのなら、太陽を背にこの道を行けば、必ず西武線に至るはず。
    多摩湖自転車道は、西武線と並走している道なのです。
    道路脇に自転車専用レーンのあるその道を「清瀬」を示す道路標識にちょっと怯えながらも直進していくと、道路のはるか向こうを西武線の電車が横断していきました。
    やったー。
    ヽ(^。^)ノ

    ようやく、多摩湖自転車道に合流。
    あとはよく知る自転車道をどんどん走っていくだけです。
    ソメイヨシノが満開でした。
    まだ5分咲きくらいと予想していたのですが、昨日今日の暖かさで満開となったようです。
    小平の昔の郵便局の建物の前を通り、小平駅前をつっきり、自転車道をどんどん行きます。
    ソメイヨシノの他にも、濃い赤の桜、ピンク色の桜と、色々な桜が楽しめます。
    この自転車道は、「歩行者優先」と至るところに書かれています。
    幅の広い舗装された歩道が並行して通っていますし、そこは比較的空いているのですが、歩道を歩かず、わざわざ自転車道を歩く歩行者が多いです。
    歩道があんなに空いているのに、なぜ歩行者は自転車道を歩くのだろう?
    私が歩行者ならば、こんなに自転車がビュンビュン走り抜ける自転車道なんか歩いていても落ち着かないので、空いている歩道を歩く。
    そもそも、なぜ自転車道なのに、歩行者優先なのだろう?
    と考えて、気がつきました。
    そうだ。
    全ての道路は歩行者優先なのです。
    横断歩道の前に歩行者が立てば、車は必ず止まらなければなりません。
    30km道路に何の用か入り込んできた車は、歩行者にクラクションを鳴らしてはいけません。
    自転車も歩行者にベルを鳴らしてはいけません。
    それが交通ルールです。
    だから、自転車道も歩行者優先なのですね。
    それが人に優しい交通ルールというものである。
    なるほど。
    互いに譲り合って、気持ちよく通行したいですね。

    道の両側の桜は延々と続きます。
    東村山中央公園も桜満開。
    お花見客を左手に見ながら、道路はいったん下り、そこから登りにさしかかりました。
    狭山公園の外周の登り坂です。
    ギアを変えて、頑張って登っていくと、多摩湖。12:50。
    幅の広い大きな橋から多摩湖が一望できました。
    対岸に西武ドームの白い姿が見え、その向こうに奥多摩の山々。
    大岳山、御前山、川乗山。
    奥に三頭山。雲取山。
    春霞で青く薄い影ですが、しっかり見えました。
    三頭山は、まだうっすら白いように見えるのは、霞のせいでしょうか。
    それとも、まだ少し雪が残っているのかな。

    先週の三頭山の遭難には、ただ驚きました。
    あの雪の日に、三頭山に登って遭難した、13人の登山者。
    ニュースで、「雪のない時期ならば小学生でも歩けるコースですが」と言っているアナウンサーがいましたが、あのコースは無雪期でも小学生は歩かないと思います。
    都民の森コースとどこかで情報が混線したのでしょう。
    「三頭山は雪のない時期ならば小学生でも歩く」という情報と。
    今回の遭難の起こったコース。
    小河内神社から麦山の浮橋(通称ドラム缶橋)を渡り、ヌカザス尾根を登るコース。
    痩せ尾根が多いです。
    道しるべは少ないです。
    道迷いしやすい箇所もあります。
    私も数年前に歩き、道に迷いました。
    雪がなくても私は迷う。
    そのときも、今日も。

    いやいや、自分のリカバー力を過信して遊んでいないで、気をつけないとダメですって。
    ( 一一)

    雪山を歩き慣れている人以外は積雪期に入ったらダメなコースなのですが、何であの天候で取りやめにできなかったんでしょう。
    スニーカーの人もいたとか。
    もう絶対無理なのに。
    そりゃ、凍傷で歩けなくなるでしょう。
    ( ;∀;)

    ニュースの情報を信じるならば、彼らはネットで知り合った人たちで、ほとんど初対面の人も多かったとか。
    パーティの体をなしていなかったのでしょう。
    山のパーティは、いざというときの決断を全てリーダーにゆだねます。
    リーダーが「行く」と言ったら行く。
    「戻る」と決めたら、戻る。
    話し合いは不要です。
    なぜそのような専制と独断が許されるかというと、話しあう間に事態が悪化する恐れがあるからでしょう。
    リーダーはパーティの中で最も経験と能力のある人が務めます。
    そして、リーダーは、そのパーティで最も弱い者が誰であるかを把握しています。
    最も弱い者の実力が、そのパーティの実力だから。
    誰か一人でも倒れたら、パーティはそこから先には進めないから。
    遭難したパーティは、発起人はいたようですが、発起人が最も実力があるとも言い切れず、リーダーシップが取れなかったようです。
    どんどん先に行く人たちを止めることができなかったと報道されていました。
    ああ、恐ろしい。
    死者が出なくて、本当に良かったですね。

    さて、奥多摩の眺望を楽しんだ後、橋を渡り切り、そこから狭山公園内に入りました。
    都立狭山公園。
    ここはまだ東京都なんだなあ。
    山道を歩けるよう、トレイルランニング・シューズを履いてきたのですが、公園内に舗装道路も整備されていて、自転車で中に入っていけました。
    ここのソメイヨシノはまだ5分咲き。
    でも、他の桜は満開でした。
    枝垂桜が華やかです。
    ここも、レジャーシートに座ってお花見をしている人が沢山。
    私もベンチの一つに座り、昼ご飯にしました。

    狭山公園のパンフレットをもらって見ると、橋を渡って西武遊園地を左に見ながらもう少し行けば、八国山緑地に行けるようです。
    八国山。
    となりのトトロ』のモデルになった場所ですね。
    尾根道は約2kmの歩きやすい道だとか。
    来年はそこまで足を伸ばそうかな。
    今から20年も前、狭山の自然が急速に失われる中で、残された雑木林をNPOが買い上げて「トトロの森」として残す取り組みが行われていました。
    トトロの森は、1号地、2号地と飛び地で存在していた記憶がありますが、あれはどうなったのでしょう。
    今、この辺りは都立や市立の広大な緑地となっています。
    トトロの森は、守られたのでしょうか。
    そういえば、『となりのトトロ』はまだ繰り返しテレビ放映されているけれど、
    「わすれものを、とどけにきました」
    というオープニングは放映されなくなりました。
    もうみんな、思い出したからでしょうか。
    それとも、思い出すことも、もうできなくなったからでしょうか。

    昼食後は、自転車をいったん置いて、雑木林を散策しました。
    すぐ隣りが駐車場ではありますが、そちら側を見なければ、山を歩いているような錯覚があります。
    歩きやすい、気持ちのよい道でした。

    さて、帰りましょう。14:30。
    一路、多摩湖自転車道を武蔵境へと戻ります。
    帰り道も両側に桜また桜。
    青空に桜。
    スピードはあまり出さず、桜を飽かず眺めました。
    多摩湖自転車道入り口。15:30。
    進行方向のまま、大きな交差点を渡り、直進。
    「浄水場西」の交差点を右折。
    「桜橋」交差点を直進。
    そのままどこまでもまっすぐ行くと、武蔵境駅でした。
    武蔵境駅は、中央線が高架になってからは、自転車を押して通り抜けできるのですね。
    こんなに簡単に武蔵境駅に帰り着いたのは初めてです。
    来年からは、もう迷うこともなさそうです。
    それも、ちょっとつまらないかな。
    (#^^#)

      


  • Posted by セギ at 16:13Comments(0)

    2018年03月21日

    学年末テスト結果集計出ました。2018年3月。




    学年末テスト結果集計出ました。

    数学 90点台 1人 80点台 2人 70点台 2人 60点台 1人 50点台 1人 40点台 1人
    英語 90点台 1人 70点台 1人 

    高校の数学は、2科目の平均点を結果としていますが、片方の科目で100点満点を獲得した人もいました。
    前回のテストから+23点の人、+14点も人も。
    学年末はテスト範囲が広く、得点しづらい範囲であることも多い中、大きな成果が出ています。
    さあ、次は新学期です。


    さて、着々と結果を出し続けるためにさらに精進しつつ、最近はなお、新学習指導要領とアクティブ・ラーニングのことを考えています。

    先日、学者の人がツイッターで、こういうのがアクティブ・ラーニングだと説明しているのを目にしました。

    「黒板に先生が文を書く。
    『正方形の右に正三角形が2つ並んでいる』
    これを表す図を描いてみましょう、はアクティブ。
    『隣りの人と絵を交換して、合っているかどうか確認してみよう』
    もアクティブ。
    『合っているかどうかわからなかったのはある?』
    黒板にその図を貼って、みんなで議論。十分アクティブ」

    ・・・・うわあ・・・。( 一一)

    何というか、過去のトラウマに襲われ引きずり込まれるような恐怖感があります。
    そうそう。これ。
    これが、アクティブ・ラーニングです。
    私が中学生の頃、毎日毎日、学校で受けていた授業です。

    ツイートはさらに続きました。
    「先ほどの問題。
    □△▽や◇▽▽について
    『間違っている』
    『よくわからない』
    に手を揚げる子は当然予想されて、
    『合っていると思います』
    という子と議論になる。
    それで『正方形とは何か』『正三角形とは何か』というまさに『定義とは何か』を学ぶことになる」

    ・・・うわあ。(T^T)
    いやだいやだ。

    「わあ、面白そう。そういう授業を私も受けたかったなあ」
    そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。
    でも、それは、今、大人として、上のような平易な課題を見るからではないでしょうか。
    正しい結論がすぐにわかりますから、議論に参加できそうで「面白そう」と感じるという側面はないでしょうか。
    知識も判断力も小学生に戻って、学校でその課題を与えられる幼い自分を想像してみてください。
    そのストレスの大きさを想像してほしいのです。
    正解がわからない議論に常に参加していくプレッシャー。
    何が最終目的なのかわからない課題を積極的に解決していかなければならないプレッシャー。
    子どもには、先生の意図や、この学習の真の目的は、見えないのです。
    謎解きの喜びと同じだけ、恐怖と困惑を伴う学習です。


    そもそも、子どもというのは案外保守的で、固定観念が強いものです。
    上の課題が与えられて、◇▽△という、先生が歓喜するような非凡な図を描く子は、ほぼいないと考えたほうが良いでしょう。
    賢い子は、「□△△」という平凡な正答の図を描くと思います。
    一方、「△□□」などの明らかに間違った図を描いてしまう子も多いかもしれません。
    そして、間違った図を描いた子の中で、自分の間違いにすぐに気がついた子は、間違ってしまった恥ずかしさから立ち直るのに時間が必要です。
    その精神状態で、後の議論に参加するのは難しいかもしれません。
    もっとまずいのは、間違った図を描いて、隣りの子にバツをつけられても、なぜ間違っているのか理解できない子が一定数いると予想されること。
    間違いを具体的に指摘されても、なぜ間違いなのか理解できない学力層の子が存在することです。

    「△□□」の図が間違っていることに本来議論の余地はないのですが、間違っている子が多ければ、それも議論しないわけにはいきません。
    しかし、それは、その授業で予定していた学びとは違うでしょう。
    先生はそれを上手く避け、議論をコントロールしなければなりません。
    予定していた学びとは異なる、つまらないミスによる間違いに関する議論は手短に行われるでしょう。
    間違った図を描いたのに、それのどこが間違っているのか理解できない子は、そこで授業に取り残されます。
    その先の議論に参加できません。
    その後の議論など耳に入らず、自分の間違った図をぼんやり見つめるだけかもしれないのです。
    そして、その子のノートには、△□□という謎の図が残されます。
    家庭で、保護者の方が、
    「今日は学校で何を勉強してきたの?」
    と尋ねても、
    「わからない」
    以外の応えは返ってこないかもしれません。
    ノートを見ても、謎の図しか残っていません。
    アクティブ・ラーニングには、そうなる危険性があります。

    興味深く議論の題材になるような非凡な図を生徒が描く可能性は低いです。
    賢い子たちは、□△△という、わかりやすい正解の図を描くでしょう。
    しかし、それでは、議論になりません。
    ですから、先生は、あらかじめ用意していた図を黒板に貼ることになるでしょう。
    ▽△ の図です。
    さて、これは正しい図でしょうか?
    「正方形の右に正三角形が2つ並んでいる」
    この図は、それを正しく示しているでしょうか?
    正しいと思う人と思わない人に分かれて、議論が始まります。

    この図を「間違っている」と考え、しかも積極的に議論に参加してくれる生徒は、この授業にとって貴重な存在です。
    この図を間違っていると思う生徒の学力評価が下がることはありません。
    むしろ、議論の途中で思考が深まり、劇的に考えが変わっていくなら、先生は特にその子を高く評価する可能性があります。
    しかし、秀才たるもの、最初からこんなことはわかっていることを周囲に示したい。
    最初から、正しい答えを選びたい。
    間違った判断は最初からしたくない。
    そんなこと、本当は誰も気にしていないのに、それを気にして立ち回り、疲れ果ててしまう子もいるでしょう。
    こうした学習が、秀才にとってストレスであるのは、そうした点です。

    繰り返しますが、大人にとっては、□も◇も正方形、△も▽も正三角形であることは自明の理です。
    正解がわかり、道筋がわかるから、この議論に参加するのは楽しいことに思えます。
    □も◇も正方形であることを理解することから、正方形の定義というものに考えが至り、さらには定義とは何かまで学習を深めていくのだ。
    凄いなあ。
    楽しいだろうなあ。
    アクティブだなあ。
    アクティブ・ラーニングっていいなあ。
    そんな授業、私も受けたかったなあ。
    そう思うかもしれません。

    しかし、高等数学で、イエス・ノーの課題を与えられ、意見を言えと要求される自分を想像してみてください。
    恐怖しませんか?
    それがアクティブ・ラーニングだ、新しい学習なのだと言われる自分を想像してみてください。
    トラウマになりそうじゃありませんか?
    小学生にとっては、上の課題はそういう可能性を含んでいないでしょうか?
    の課題から「定義とは何か」にまで学習を深めることができる子は、少数です。
    限られた少数の秀才の学力を飛躍的に伸ばすために、大多数の子を置き去りにする可能性があります。

    私は国立大学教育学部の附属中学校に通っていました。
    授業はこういう実験授業が大半でした。
    結局、日本の教育はこの40年、ここから一歩も先に進んでいないのかもしれません。
    私は、こうした授業でよく発言していましたし、そうした議論を当時は楽しんでいました。
    あれは、面白い授業でした。
    成績も良かったです。
    当時の深い学びが、今の自分につながっていると、言えば言えるのかもしれません。
    それでも、ある種ぞっとする感じがつきまとうのです。
    深い霧の中で目的も定まらず、ただ生き残るために全神経を張り詰めるサバイバルゲームを常に続けていたような。
    自分は闘いたくはないのに、常に闘いを強いられていたような。
    そして、その授業でほとんど意見を言うことはなく、
    「勉強がわからない」
    「学校がつまらない」
    と言っていたクラスメートたちの顔が浮かぶのです。

    この仕事をするようになって、やはり国立大学の附属中学に通う生徒の個別指導を受け持つ機会が幾度かありました。
    私の頃と同様に、そうした学校では実験授業が行われていました。
    アクティブ・ラーニングです。
    「学校の授業は、何をやっているのかわからない」
    「学校の授業は、勉強のできる何人かと先生が話しあっているだけ」
    同じような感想を異口同音に聞きました。
    そういう学校は、授業は難解でも、定期テストは、特別難しい問題が出題されるわけではありません。
    前半は易しい基本問題、後半にいくにしたがって、難度を増していきます。
    実験授業を行っている先生たちは有能ですから、テストもほれぼれするような構成になっていることが多いのです。
    しかし、私が個別指導をすることになった子たちは、そのテストの基本問題さえ正解できていませんでした。
    単なる1次方程式や連立方程式の計算問題が解けないのです。
    市内の公立中学に通っている数学が「2」の子だって、それくらいは正解するのに。
    国立の附属中学校は、私立の中高一貫校のように進度を速めた授業をしているわけでもありません。
    学年相当の普通のことを学んでいます。
    ただし、実験的な手法で。
    アクティブ・ラーニングで。
    学校の授業で何をやっているのかわからないので、家でも何を学習して良いのかわからず、テストに何が出題されるのか、わからないというのです。

    その子たちにも原因はあります。
    授業中、ぼんやりしていないで、とにかく議論に加わったら良いのです。
    授業中の発言をバカにされることはありません。
    あまりにも意味のない発言、議論を後退させるだけの発言は、スルーされる可能性はありますが、恥をかいてもいいから議論に参加したら良いのです。
    そして、家に帰ったら、コツコツと基礎的学習をしたら良いでしょう。
    学校は、普通の教科書に沿った普通の教科書準拠ワークを配布しています。
    それをコツコツ解いたら良いのです。
    学校で何をやっているかわからないから勉強しない、というのは言い訳です。
    学校の授業を口実に勉強しないでいるだけです。
    私が個別指導を担当した、学校の授業内容がわからず成績不振に悩んでいる子たちは、学習習慣が身についていない子ばかりでした。
    塾で基本を丁寧に教え、それについて復習するだけの宿題を出しても、解いてきませんでした。
    1週間後、塾に来る直前になって慌てて手をつけ、上手く解けず、もう忘れた、わからなくなったと言い訳することが多かったのです。
    宿題を解いてくるようにするまでが、まず第一関門。
    錆びついた巨大な機械に油を差し、動きだすようにするまでには、大変な時間と労力が必要でした。

    でも、その子たちだけを責めて、切り捨てるのは、いかがなものか。
    学習目標を明確に提示し、何を覚え何ができるようになれば良いかを示された授業で懇切丁寧に教えてもらえていれば、彼らはそれほどの学業不振にはならなかったでしょう。
    アクティブ・ラーニングは、両刃の剣です。

    学校が基礎を丁寧に教え込む役割を担ってくれなくなるならば、家庭と塾が渾身のフォローをしていきましょう。
    ゆとり教育の再来だけは避けなければ。
    そう思います。

    もう一つ言うならば。
    ◇が正方形に見えない子、▽を正三角形と認識できない子は、いつの時代にもいます。
    学校でのクラス全体の議論や、グループ・ディスカッションには参加できず、学校でどのよう結論が出されようとも、◇は正方形ではない、これはひし形だ、と心の中でずっと思っている子はいます。
    そうした子と、対話を繰り返すことで学習を深めることが可能なのが、個別指導です。
    とても時間はかかりますが。
    そして、それもアクティブ・ラーニングだとは、私も思うのです。

      


  • Posted by セギ at 13:24Comments(2)講師日記

    2018年03月19日

    あしがくぼ山の花道と丸山を歩いてきました。2018年3月。


    2018年3月18日(日)、埼玉県横瀬町芦ヶ久保の山を歩いてきました。
    三鷹から、国分寺・東村山・所沢・飯能と乗り換えて西武秩父線芦ヶ久保駅下車。9:13。
    これまで丸山は2回歩いているのですが、いつも冬の季節。
    前回は無人だった駅の改札に駅員さんが立ち、「おはようございます」と挨拶してくださるのも新鮮で、春だ、観光シーズンだ、と心浮き立ちました。
    駅には外トイレがあり、きれいで快適です。
    支度をして出発。9:20。

    駅前広場から階段を下り、押しボタン式信号で国道を横断。
    広い歩道を左に進み、警察署を通り過ぎると、右手に分岐があり、他の道しるべの下に小さく「あしがくぼ山の花道」の道しるべがありました。
    小さく可愛い道しるべにしたがって、緩い坂を登っていきます。
    駅の向こう側に少しずつ姿を現す武甲山の雄姿。
    手前が一段と深く削られて前衛峰のようになり、見る度に武甲山は迫力を増しています。
    舗装道路の途中から道しるべに従い山道へ。
    緩く下っていくと、園地に出ました。
    長い滑り台があります。
    中央は湿地帯で、木道が整備されていました。
    あれ?
    何か白い花が咲いている。
    木道を行ってみると、おや、ミズバショウ?
    それとも、よく似た栽培種でしょうか。
    自生しているものではなく、栽培しているのだとは思うのですが、きれいでした。
    思いがけないものを見たとほくほくして、鉄板の橋を渡り、園地の外周の登山道を行きました。
    木の根の段差や小さな沢など、案外険しい山道です。
    あしがくぼ山の花道は、本当に色々な花が咲くようだから、年を取ったらここが最終目的地でもいいなあと思っているのですが、それにしてはこの山道は険しい。
    ここが歩けるなら、まだ色々な山を歩けそうです。
    おかしいなと思いながら右手を見ると、園地の中にあずまやを発見。
    ・・・園地から楽に登れる遊歩道があるのではないか?
    私が気づかず、険しいほうを選んで歩いているだけ?
    確かに、この辺りは、あの背の低く可愛らしい「あしがくぼ山の花道」の道しるべはないのです。
    でも、私のようにこちらの道を歩いてしまう人が多いのでしょう、道はよく踏まれ、あまり味わいはない新しい道しるべなら立っています。(^-^;
    次回は、園地を突っ切る道を模索してみようと思います。

    山道を登りきると、公衆トイレがあり、再び、山の花道の小さな道しるべを発見。
    その通りに道路を左に歩いていくと、再び登山道が始まりました。
    物凄い段差の木段です。
    ここで再び考えます。
    年を取って山をあまり歩けなくなったら、あしがくぼ山の花道を最終目的地に・・・・。
    いやいや、このよじ登るほどの激しい段差の道が正規のコースでは、無理ですって。
    健康に留意し、丸山に登る途中で山の花道を楽しむことをずっと続けます。
    ヽ(^。^)ノ

    さて、再び道路に出て、山の花道の入り口に到達しました。
    駐車場もあり、ここには車で来ることもできるのです。
    そういう意味でなら年を取ってからでも来ることのできる場所なのですが、駅から徒歩でもっと楽なハイキングコースはないものなのだろうか?
    私が知らないだけで、あるのかもしれないなあ。
    入り口の案内図をスマホで撮影。
    園内には、案内図や道しるべはほとんどありませんでした。

    とはいえ、この案内図、正直よくわからないのです。
    略図ですから方角も道幅も本当の縮尺とは違うのは当然なのですが、描いた人の意図と読み手の感覚とが一致しないのでしょう。
    略地図は何かを強調してわかりやすくしようとしているはずなのですが、その強調されている何かのために、道の交差の仕方が現実と異なっています。
    何を強調したかったのだろう?
    何をわかりやすくしたかったのだろう?
    それがなぜ、こんなにも現実と異なり、わかりにくくなっているのだろう?
    前回は、ぐるぐると園内を2周くらいした記憶があります。
    前回の記憶をたどり、一直線にセツブンソウの咲く場所へ。
    今年は、セツブンソウを目当てに、来る時期を選んできました。
    去年は早く来過ぎて、何にも咲いていなかったのですが、今年は、咲いていましたー。
    ヽ(^。^)ノ
    上の画像がそれです。

    張られたロープの近くで咲く、フォトジェニックな一輪でした。
    セツブンソウは石灰岩を多く含む土地に咲く花です。
    昔、もう20年も前に三峰のセツブンソウ園地で見て以来です。
    可憐な花が斜面のそこかしこに。
    写真を撮るためでしょう、斜面に踏み込んだ足跡もあったので、もっとロープを厳重に張って、踏み込むことができないようにしたほうが良さそうだなとも感じました。

    これからの季節は、カタクリ、イカリソウ、シロバナノエンレイソウ。
    貴重な山の花々の咲く園。
    特にセツブンソウはわかりにくいところに咲くので、秘密の花園の趣がありました。
    来年はまた季節を変えて来ようと思います。

    さて、ここまでは順調だったのですが、山の花道から丸山へはどう行くのかわからなくなってしまいました。
    向こう側の道路には、どう出るんだっけ?
    ここで記憶の錯誤も起こりました。
    山の花道から日向山を経て丸山に行くと思い、いったん尾根に登り、日向山に向かってしまったのです。
    日向山は、最初に丸山を歩いたときに通りました。
    今回とは反対回りのコースを取ったときです。
    小さな山頂。
    昭和後期の民家の二階の物干し場みたいな展望台。
    そこから見える武甲山。
    記憶は強かったのですが、いざ山頂にたどりついてみると、その物干し場が私の予想とは反対側に設置されていて、あ、これは違うと気づきました。
    物干し場が、記憶の通りの位置にあったんです。
    反対回りに歩いているつもりなのに、見た記憶の通りの位置にあり、びっくりして足がすくみました。
    頭がグラッと揺れる感覚でした。
    まずいまずい。

    急な木段を下り直し、山の花道の尾根まで戻ってきました。
    ためしに、あずまやまで下り、右折すると、あっけなく向こう側の道路に出ました。
    ああ、この道だったのかあ。
    良かった。脱出成功です。
    その入り口にも略地図の看板があり、立ち止まって考え込んでる様子の数人のパーティがいました。
    「日向山には、この道で行けますか?」
    略地図を指さして質問されましたが、相変わらず、私にはこの略地図の意図がわかりませんでした。
    その人たちもよくわからない様子です。
    やっぱりわかりませんよね、この略地図。( ;∀;)
    仲間が増えて嬉しい。
    「この道をいくと、すぐにあずまやがありますから、そこを左に曲がって登り坂を尾根まで登って、武甲山を左手に見ながら歩いていくと、日向山です。途中に道しるべもあります」
    略地図はよくわからない。
    でも、もっと大きく地形把握をすれば、山の花道は脱出できます。
    巨大迷路、あしがくぼ山の花道。
    面白いです。
    絶対また来よう。

    さて、道路に出て、道を左にしばらく歩いていくと、三叉路に出ました。
    ここから「県民の森(山道)」との道しるべに従い、登山道に入りました。
    丸山は、県民の森の中にあるのですが、「丸山」という情報が後退し、「県民の森」という情報がプッシュされている傾向があり、初めてこの山を歩く人には結構難解な道しるべになっていると感じます。
    丸山を目指して歩いている人にとっては、道しるべから得られる情報が少ないのです。
    侵食されて深くえぐれた登山道を行きます。
    両側を土に囲まれた中を歩いていきました。
    だんだん植林帯の普通の道になってくると、右手から良い道が合流してきました。
    その道の方向には「芦ヶ久保駅」との道しるべが。
    また知らない道の登場です。
    この山は、本当に何通りも道があるんだなあ。

    さて、そこから、本日一番の急登の始まりでした。
    先に空しか見えないほどの坂道。
    しかし、そこを登りきると、さらなる坂が見えてきます。
    そんな急登が続きます。
    慌てず、一歩一歩登っていきました。
    いったん道路に出ます。
    道路を横切って、さらに急登の山道をいくと、今度は遊歩道に出ました。
    左手にはベンチやテーブルも設置されていました。
    そこから、また山道を行きます。
    急なところは少なくなり、気持ちの良い登山道をいくと、木段を降りて遊歩道へ。
    さきほどの遊歩道からも、同じところに至るのかもしれません。
    そこからは、最後の登りです。
    木段の急登を行くと、やがて、丸山の展望台が見えてきました。
    丸山展望台。12:45。
    セツブンソウを撮ったり眺めたり、日向山へと道を間違えたりで、今回のタイムは何の参考にもなりませんが。(''_'')

    展望台からの眺めは、やはり冬のほうが良かったです。
    春霞で遠くの山々はほとんど見えませんでした。
    でも、両神山の少し左側、前景に阻まれた先に細く白く見えている山頂部は、あれは八ヶ岳。
    それを見ただけで満足のいく、春の眺望でした。

    展望台の下のベンチで昼食。
    隣りのベンチをテーブルにして、5人パーティが昼食を始めました。
    ベンチをテーブルにするので、座るにはレジャーシートを周囲に敷きます。
    遅れて到着した人に、尋ねていました。
    「敷くものある?」
    「引き出物?」
    「・・・引き出物は山に持ってこない。重い」
    料理自慢の方がいらっしゃるようで、タッパをあれこれと開きながら、
    「これは〇〇のワイン煮で、これは、自家製の〇〇で」
    と料理の説明をしています。
    ご馳走だ、羨ましいなあ。
    そこへ別の人が、
    「これは、西友のおにぎりで」
    と冗談を言いました。
    「え?1000円のおにぎり?」
    と、またも聞き違い。
    明るい笑い声がこだまします。
    陽気な春の山頂でした。

    さて、ここからは急な下りなので、トレッキングポールを準備して、出発。
    来た道とは反対側の登山道を歩いていくと、すぐに分岐です。
    白石峠への道と別れ、道はほぼ直角に右折します。
    急な下りを行くと、登って来た山姿ではない人に尋ねられました。
    「この道は下っていくと、どこに行くんですか?」
    ・・・え?
    だって、あなたは、この道を来たんでしょう?
    謎の質問です。
    「この道は、いったん道路の大野峠というところに出て」
    「はい」
    「それから、もっと下っていくと、芦ヶ久保駅に行けます」
    「ああ、芦ヶ久保駅に行けるんですか」
    「はい」

    道はいったん緩くなり、展望地へ。
    ここはパラグライダーの出発地点。
    堂平山の天文台がよく見えました。
    さらに急な下り。
    木段に土嚢が入って歩きやすくなっていました。
    とっとこ下っていくと、道路に出て、大野峠に車が1台ありました。
    ああ、さきほどの人の車かな?
    それであの質問だったのでしょうか。

    道路を横切って、さらに急な下りを行きます。
    植林帯の中を谷底に降りていく、深い深い下り道です。
    最初に丸山に登ったときは反対回りに歩き、この道を登ってきたので自信を持って下れますが、この山を最初に歩いて、この谷底に降りていくのは勇気が要るかもしれません。
    大野峠付近を含め、その勇気を支えてくれるだけの道しるべがないんですよね。
    取り返しのつかない谷底に降りていく感があります。
    かなり深く降りてからようやく「赤谷・芦ヶ久保」の道しるべが登山道に落ちているのを見て、少し安心。
    地図をちゃんと読んで自力で判断する力が必要だなあ。
    いや、それは山を歩くのなら普通に必要な力なんですか・・・。

    谷底で小さな沢を2つ越え、地滑りで登山道が狭くなっている箇所を越えます。
    木橋を渡るとようやく道幅は広くなり、安心して歩けるようになってきました。
    道には細長く掘った跡が目立ちました。
    山芋かな?
    人が掘った跡かな。
    動物が掘った跡かな?

    赤谷。14:30。
    ここから舗装道路です。
    道なりに下っていくと国道に出て、右へ。
    進行方向右手に広い歩道が整備されていますので、交通量は多いけれど安心して歩いていける道です。
    足元の花が目をなごませてくれました。
    駅前の信号を渡り、階段を登って、芦ヶ久保駅。14:55。
    電車は行ったばかりでした。
    でも、ホームに上がって身支度など整えている間に時間はすぐに過ぎて、15:17発の電車で、帰途につきました。


      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)

    2018年03月16日

    アクティブ・ラーニングで思い出すのは、ゆとり教育。


    新学習指導要領とともに、近年盛んに言われているのが「アクティブ・ラーニング」です。
    21世紀型スキルを身につけるには、アクティブ・ラーニング。
    「自らが学ぶ力」を養うアクティブ・ラーニング。
    ・・・と、今のところ褒め上げられているアクティブ・ラーニングですが、さほど万能なものでもないのは、容易に想像がつくことです。

    アクティブ・ラーニング型学習とは具体的には何なのかと言えば、発見学習・課題解決学習・グループディスカッション・ディベート・グループワークなど。
    このように具体的な項目を目にすると、何だかこれは見た覚えがあるぞと思う方が多いと思います。
    どれも、「ゆとり教育」の頃に盛んに言われていたことですよね。
    (+_+)

    ゆとり教育というと、今となっては、
    「円周率が3だった」
    「台形の面積の公式を教えなかった」
    など、学習内容を減らし授業時間を減らしたことばかりが印象に残っているかもしれません。
    その結果、国際学力テストで日本は順位を落とし、子どもの学力低下が叫ばれるようになりました。
    同時に、ゆとり教育で育った世代の言動が何かおかしいとも言われるようになり、今やほぼ全否定されているのが「ゆとり教育」です。

    しかし、ゆとり教育というのは、教える内容をただ減らしただけのものではありませんでした。
    減らしたところにアクティブ・ラーニングを導入しようとしたのが真の姿です。
    そのことが忘れられているように思います。
    小学校で「総合」の時間が設けられ、教科の枠を越えた学習が推進されたり。
    ディベートの授業が行われたり。
    中学生が実際の企業や店舗で働く職業体験をするようになったり。
    修学旅行が観光地の物見遊山から、目的地の産業・歴史・文化を調べてその現場に行き、体験学習をするものになったり。
    これらはゆとり教育の時期に導入されたことです。

    「生きる力」を育てる「新学力観」に基づく教育を進める。
    ゆとり教育とは、そういう理想の教育でした。
    これらの例の中で何らかの成果を生んだものは今も教育活動として残っていますが、しかし、それは全面的な成功とばかりは言えないのが実情です。
    アクティブ・ラーニングを享受し、それによって学力を高めることができているのは、一部の生徒に限られているのではないでしょうか。


    国際学力テストは、多くの子どもが受験した学力テストの平均値で比較されています。
    日本は、ゆとり教育の時期に子どもの平均学力が大きく下がりました。
    これは、教える内容が減ったことだけが原因ではなく、アクティブ・ラーニングが、学力が中位以下の子どもを学習から疎外する可能性があることを示していると思います。

    例えば、ディベートの授業。
    優秀な子どもたちは、よく考えて自分の意見を述べ、相手の意見にも耳を傾け、ただ言い負かすのではなく、論点を整理し妥結点を探っていくことを実地に学んでいくでしょう。
    しかし、それほどの聡明さを持たない子どもは、パッと思いついただけの底の浅い印象や感想を大きな声ではきはきと発表し、何か意見を言った気になって満足するでしょう。
    自分の発言の底の浅さを主体的に把握するのは困難ですし、教師がそれを指摘したら何も発言できなくなる子が多いでしょう。
    さらには、そうしたことにどうしても加われず、クラスメートたちが「ディベートの授業」なるものでワアワア言っている中で黙ってうつむき、早くこんな時間終わらないかなあと思っている子たちもいるでしょう。
    ・・・・こんな授業で学力が伸びるのは、一部の生徒だけかもしれません。

    それよりも、もっと基礎的な知識を全員が習得することに力を入れたほうが良いのでないか。
    中位以下の子どもたちの学力は、アクティブ・ラーニングよりも、基礎知識を丁寧に教え込み、それを運用できるようにしていくほうが底上げされるのではないか。
    ゆとり教育への反省から、そういう取り組みが全国で行われ、評価もされてきました。
    日本国内の学力テストで例えば秋田県が毎回高い順位を示すのも、中位以下の子の学力が基礎訓練によって底上げされていることが大きいでしょう。

    ゆとり教育のはるか以前から行われていることを考えてもみても明らかです。
    例えば、夏休みの自由研究。
    素晴らしい発想力と緻密な作業の結合した高度な自由研究をする子もいます。
    一方、毎年毎年、何をやったらいいのかわからず、自由研究が夏休みに暗い影を落としてしまう子も多いです。
    「自由研究アイディア集」的な本から何か適当に選んで真似する子。
    ネットの丸写しでチャチャッと済ませてしまう子。
    書店やデパートで自由研究キットを購入する子。
    ・・・夏休みの自由研究って、日本の戦後教育の中でも最古のアクティブ・ラーニングの1つではないでしょうか。
    それがこのありさまです。
    夏休みの自由研究が深い学びにつながる子もいますが、あまり意味のあるものになっていない子も多いです。
    本人の能力や性格によって、同じ課題を与えられても、それが真の学習に結びつくこともあれば、時間の無駄になってしまうこともあります。
    アクティブ・ラーニングの成果は、本人の自発性と能力によるところが大きく、学力格差が広がりやすい学習法だとも言えます。

    アクティブ・ラーニングには長所も多いです。
    主体的な学習は何しろ楽しいです。
    発見の喜び、自主的に学ぶ喜びを知ることができれば、それは生涯の財産です。
    私が中学生のときに受けていた授業の多くは今でいうアクティブ・ラーニングでした。
    私たちは日々議論を重ね、学習を深めていました。
    しかし、創造的なことが好きな子にとっては喜びであることが、そうではない子にとっては苦痛で成果も上がらないことを、私は同時に知っていました。
    附属小学校から内部進学した子たちの中には、授業で何が話し合われているのかを上手く把握できない子たちがいました。
    成果の上がらないことに時間を取られ、その子に必要な基礎的学習の時間を削られる。
    そもそも、誰も彼もがそんなに創造的で主体的である必要はないのではないか。
    教わったことをしっかり身につけて、それを確実に運用できることだって、重要な能力ではないのか?
    アクティブ・ラーニングのマイナス面に気がついていないと、子どもの学力はまた大きく下がる可能性があります。

    ここで立ちはだかってくるのが、AIです。
    教わったことを確実に再生するだけなら、AIのほうが精度が高い。
    創造的なことができない奴は、21世紀的人材ではない。
    計算練習をしっかりやって、計算問題だけは正答できる子どもたちは、国際学力テストの順位は底上げするかもしれないが、応用問題は解けない。
    そんな学力の子どもでは、今世紀は生き抜けない。
    ・・・・うーん、それはそうかもしれない。
    (''Д'')

    しかし、基礎学力の乏しい子は、アクティブ・ラーニングの学習主体になれないかもしれません。
    アクティブ・ラーニングの周辺をうろうろして、勉強した気になるだけの可能性があります。
    それを有効な学習にしていくには、どうすれば良いのか。
    逆に、基礎学力しかなく、言われたことを言われた通りにやれるだけでは、確かに将来は不安です。
    今回の新学習指導要領は「ゆとり教育」の再来となるのか。
    それとも、何か新しい展開があるのか。
    結果が出るまであと10年はかかるでしょうが、またしても失敗だったという結論は避けたいです。

    塾としてやれることは、まずはとにかく基礎学力を確立すること。
    その上で、応用力を養成すること。
    自分で考えて自分で学習できる学力を鍛えること。
    知識のインプットがされていない子はアウトプットできないことは、ゆとり教育の失敗から学んでいることです。
    まずは確かなインプットを。
    そしてアウトプットできるスキルを。
    アクティブ・ラーニングから疎外されない学力を育てましょう。
    時代が変わっても、私にできることは、結局あまり変わらないのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 12:01Comments(0)講師日記

    2018年03月14日

    3月24日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    3月10日(土)の大人のための数学教室は出席者0人のため、中止となりました。
    次回は3月24日(土)となります。
    「みちのく未来基金」への寄付は、例年通り6000円を近日中に振り込みます。

    そんなわけで、今回は高校数学に関する雑感を。
    高校生、特に数学があまり得意ではない女子生徒のなかには、数学に関して「店じまい」を始めてしまう子がいます。
    数学はもう全くわからないし、入試にも使わないから、定期テストは赤点を取らなければいい、単位が取れればいいというふうに本人は判断しています。
    いえ、それほど明確に思い定めているわけではないにしろ、学習姿勢はそのようです。
    「その学習姿勢で、数学を入試に使うとか言いませんよね?それではセンター試験も無理ですが、それでいいですよね?」
    とひと言、念を押したほうがいいのかもしれませんが、それは事務的な確認というよりは説教でしょう。
    言われなくてももう無理だと本人が一番わかっていることです。

    具体的には、そうした生徒は、学校から渡されている教科書準拠問題集以外は決して解こうとしません。
    他の宿題を出しても解いてきません。
    学校の問題集も解いてこず、このままではノートを提出できなくなると窮状を訴えてきます。
    学校の問題集は学校にノートを提出しなければならないのです。
    そうなると、塾で学校の問題集を解く手伝いをしないわけにいかなくなります。

    個別指導塾に数学を教わりにくる生徒が最初に感じるメリットは、解説を読んでも意味がわからない学校の問題集を一緒に解いてくれることです。
    しかし、それだけでは数学の成績は上がりません。
    学校の問題集を教わりながら1回解いただけでは何も定着しなくて当然です。
    むしろ、成績は徐々に下がる心配すらあります。
    それをあの手この手でケアし、何とか対策し、定期テストで、他の科目と比べて極端に数学だけ低いわけではない状態に成績をキープするのが私の仕事になります。
    塾で教わっていない化学や物理は既にとんでもなく低い点数になっていますので、数学はまだしもまともな点数に見えます。
    しかしそれが砂上の楼閣であることは、少なくとも私と生徒は理解しています。

    中高一貫校や私立高校は、学校で定期的に業者の学力テストを受けます。
    学力テストは、高校1年や2年の場合、テストは3科目のみです。
    その成績データが返却され、保護者の方から、
    「国語や英語と比べて、数学の偏差値が低いのですが」
    と相談されたことがありました。
    上のような「店じまい」の始まっている生徒でした。

    ・・・・でしょうね。('_')
    文系なんでしょう。

    なんてことを言うのは、絶対にダメです。( ;∀;)
    しかし、では何と言えば良いのでしょう。
    この先は、教育問題というよりも、塾の営業トーク術の問題になってしまいます。
    この問題を本質的に解決するのは難しいです。
    数学の偏差値を国語や英語並みに上げるには、当然、そのための多大な努力が必要ですが、その努力をするつもりが、生徒本人にもうなかったのです。
    「店じまい」の状態でした。
    それは単純に生徒が悪いわけでもありません。
    理系科目は自分には向かないことが、本人にはもう見えていたのです。
    当然、志望は文系ですし、その方向で希望も見出していました。
    「国語や英語より数学の偏差値が低いのはなぜでしょう?」
    と質問なさる保護者の方よりも、生徒には、具体的な将来が見えていたのです。

    ところが、そういう説明をすると、保護者の方には当然の疑問が浮かんだようです。
    では、塾で数学を教わる意味はないのでは?
    私の営業トークが上手くないこともあり、英語は引き続き受講するが、数学の受講は止めます、ということになりました。
    去年のことです。

    そうなって数か月、それでも、定期テストの得点は以前と同様全科目記録してもらっていました。
    数学の受講を止めて以降、数学の成績は見る見る下がっていきました。
    たった2回の定期テストで、得点は40点下がり、ひと桁台になりました。
    数学が苦手な子が100点満点のテストでひと桁の点数を取るのは、高校数学ではそう珍しいことではありません。
    独りで勉強していると、そうなってしまうことがあります。

    成績をキープしているだけで、実は凄いことだった。
    塾に通っている成果だった。

    そんなことが後からわかってもあまり意味がないし、塾として誇れることでもありません。

    学校の問題集だけ勉強したい。
    そのために個別指導を受けにきている。
    学校の問題集をやってくれないなら、個別指導を受ける意味がない。
    それは数学が苦手な生徒の普通の感覚です。
    それを阻止するための攻防はなかなかしんどいものです。

    しかし、多くの反省から、去年あたりからようやく、それに関する光明が見えてきました。
    学校の問題集も扱うが、その他のことも扱い、バランスが保たれるようになったのです。

    今年の数学受講生は、全員、その場しのぎでない数学学習が可能となっています。
    その結果、生徒の学力が変容しています。
    入会当時は数学が苦手だった生徒が、学校の学力別で一番上のクラスに上がり、そのクラスに定着するようになりました。
    基本問題が解けるのは当然のこととして、初見の応用問題は白紙でも仕方ないだろうと思っていたのですが、それすら正解に肉薄しています。

    問題への自力でのアプローチが可能になったのです。
    それは、教えてはいるけれど、正直、定着することまで期待してはいなかったことです。
    問題解決に向けて、とにかく何かをやってみること。
    試行錯誤してみること。
    教えていることの第一章であり最終章でもあるそれを、数学が苦手な子は、決して実行してくれないのです。
    「わかりませーん。教えてください」
    と質問するばかりで、自分で考えることが少ないのです。
    ちょっとわからないと教わって済ます。
    でも、それで仕方ないのではないか?
    だって、数学が苦手なんだから。
    そのように半ば諦めていたことが、諦める必要のないことに変わりました。

    私が諦める必要がないのと同様に、生徒が諦める必要もありません。
    数学に関して「店じまい」をする必要がないのです。
    そうなってみて感じたことがあります。
    学習意欲のない生徒がいたのも本当。
    しかし、「店じまい」をさせていたことに、私の責任はなかったのか?
    もう少し数学の成績に対して今後の希望が持てていたら、「店じまい」など起こらなかったのではないか?
    入会当初は「店じまい」をしていた子に、もう一度お店を開かせることは、可能なことだったのではないか?
    この反省を今後も忘れずに研鑽を積んでいきたいと思います。

    今年。
    どうせ入試に使わないだろうとは、私も生徒も思っていません。
    最終的には入試に数学を使わないかもしれない。
    でも、それは数学ができないからではない。
    そうした学力が育っているのを感じます。

      


  • Posted by セギ at 14:50Comments(0)大人のための講座

    2018年03月12日

    木下沢林道から景信山を歩きました。2018年3月。


    2018年3月11日(日)、今週も奥高尾を歩きました。
    そろそろ春の花を探す山歩きをしたいのですが、今年の冬は寒かったですし積雪もあったので、春を告げる早春の花は来週が見頃と予想されます。
    今年こそ、セツブンソウを見たい。
    そういうわけで来週の予定は早々に決まったのですが、では今週はどうしましょう?
    こんなときは歩き慣れた奥高尾。
    コースを変えればまた楽しいのが奥高尾です。

    JR高尾駅北口に降り立ち、小仏行きのバス停へ。
    バス停の行列は一度折れ曲がり、道路にまであふれていました。
    バスは3台同時発車。
    途中、車窓からは梅まつりの提灯やテント、のぼりが見られました。
    それぞれの梅郷で梅まつりが開催されています。
    梅は五分咲きから七分咲きくらいでしょうか?
    満開にはあと数日かな?

    日影下車。8:45。
    バスの進行方向のまま、まずは道路を行きます。
    日影沢林道の登山口を通過し、そのまま道なりに直進します。
    中央線の高架下をくぐり、道しるべの通りに右折。
    坂道を登っていくと、線路を見下ろせるポイントにカメラの行列ができていました。
    撮りテツの皆さんです。
    私の前を行く登山者が撮りテツさんの1人に話しかけていました。
    あと5分ほどで臨時列車が通るとのこと。
    ほほお。
    撮りテツさんたち同士でのマナーがよくわからないので、少し心惹かれたけれど通過しました。

    さて、木下沢林道起点。
    木下沢は、現地ではこのように表記されていますが、地図上では「小下沢」と表記されています。
    例によって、地図を作る際に聴き取りに失敗したのでしょうか。
    ここも梅郷があり、五分咲き。
    空が曇っていたので、写真を撮っても暗く、梅が上手く写りませんでした。

    山支度を整え、木下沢林道を行きます。
    歩きにくいというほどではないものの、地面は濡れていました。
    数日前の大雨のせいでしょう。
    ここは、奥高尾主脈と北高尾山稜に挟まれた谷底なので、まだ春は遠いようです。

    旧キャンプ場。9:25。
    それまでよりも広い空間で、ここがそうだと勘でわかるのですが、キャンプ場の面影はありません。
    「景信山」と記された、見落としそうな道しるべが一応立っています。
    沢を木橋で渡り、左に細い沢を見ながら、登山道を登っていきます。
    この辺りは、大雪があると雪崩れや地滑りで地形が少し変わってしまいます。
    以前来たときとは、やはり少し印象が違うなあと感じながら、急登を進みました。
    今日は特に沢が増水しているようで、登山道が沢になっている箇所もありました。
    水に濡れずに足を置く場は一応ありました。
    一本調子の登りだったところが、途中から九十九折の登りに変わっていきます。
    もともとそんなに広い道ではないですが、地滑りでさらに細くなっている箇所もあり、慎重に歩いていきました。

    予想外の方向から男の人が突然ズザザッと滑るように降りてきて、びっくり。
    「あ、こっちが道ですか?」
    「・・・はい」
    作業道も派生しているので、そちらのほうに迷い込んでしまった人のようです。
    早めに気づいて軌道修正できて良かったですね。
    道が別れたら、より踏まれているほうが正規の登山道ですが、作業道もそれなりの説得力で登山道らしく見えるのです。
    男性は後ろを振り返りました。
    道の奥から、パリッとした登山姿の女性が、ダブルストックで頼りなげに歩いてきました。
    大丈夫かな?
    この道は、この先、ちょっと厄介な箇所があるのです。

    ジクザグに登っていくと、道はだんだん細くなり、斜面に向かって傾いてきました。
    やがて極端に道が細くなり、ほとんど岩と木の根だけになっている箇所が現れました。
    すれ違いは不可能なので、下山する人がその先で待ってくれていました。
    待たせているのは申し訳ないけれど、ここは慎重に。
    手で岩をつかみ、足場をしっかり選んでいけば大丈夫です。
    待っていてくれた人にお礼を言って、道は右に急カーブ。
    その先も、もう1か所、岩だけになっている細いところがあり、そこも慎重に通過。
    それを越えれば、あとは特に問題ありません。
    道はさらに湾曲し、通過した箇所を見渡せるのですが、後続の人たちが現れません。
    あのややこしいところで、しかも人とすれ違わねばならないことになっているのだろうか。
    そんなに難しいわけではないのだけれど、そんなに易しいわけでもない。
    微妙な難度の登山道です。

    ふいに、くしゃみが5連発。
    私は軽い花粉症なのかもしれませんが、花粉よりも寒暖差やハウスダストのほうが堪えるので、結局、単なる鼻炎なのだと思います。
    くしゃみをしながら植林帯の坂道を登っていきました。

    小仏からの東尾根登山道と合流し、道はさらに急になります。
    道は複線化していて、うっかりすると最後の分岐で景信山を迂回する道に入ってしまいますので、注意が必要です。
    以前と異なり、「景信山」を示す小さい白い道しるべが立っていました。
    平らな道ではなく、急な登りの右の道が、景信山への道です。

    急登が木段に変わると、もう山頂は近いです。
    まずは左手にトイレ。
    さらに木段を登っていくと、景信山山頂。10:40。
    春霞で、高層ビルの気配すら見えませんでした。
    空がモヤモヤしています。

    少し休んで、城山に向かいました。
    ここは先週も歩いた道。
    山頂直下の急坂をたったか下り、その先の急坂もとことこ下って、小仏峠から登り返します。
    相模湖の見えるベンチで昼食を取りました。
    相模湖は、茶色に濁っていました。
    これも大雨の影響でしょう。
    こんな色の相模湖を初めて見るなあと眺めながらおにぎりを頬張っていると、風向きがふいに変わり、その瞬間、目の前の数本の木からボフッと黄色い埃のようなものが噴き出されました。
    花粉だ!(''Д'')
    学校のグラウンドの土埃が舞ったような濃さで花粉が迫ってきました。
    押し寄せる黄色い埃をタオルで防御。
    ここのベンチは、今の時期は相模湖以上に凄い光景が見られるのですね。
    相模湖が茶色いのも、花粉が表面に浮いているせいじゃないの?
    と言いがかりをつけたくなるほどの花粉でした。

    さて出発。
    しばらく平坦な道が続きますが、その先は、分岐。
    左のまき道は、日影沢林道と合流する道で、小仏城山は迂回します。
    右の木段、その先の木の根の作る段差の道を行きました。
    段差を登りきると、城山の電波塔が見えてきます。
    すぐに小仏城山。11:45。
    本日も、みそ仕立てのなめこ汁のほうの茶店はお休み。
    しょうゆ仕立てのなめこ汁のほうの茶店、城山茶屋は営業中でした。
    茶店前のお花畑はクロッカスが満開。
    黄色いスイセンもきれいに咲いていました。
    ここは梅も何種類も植えてあり、春爛漫の頃に歩くととても華やかな場所です。
    4月中旬が見頃になるでしょうか。

    ここからよく整備されたウッドデッキと木段をどんどん降りていきました。
    丹沢も霞んで見えないほど眺望のない日なので、今日は一丁平の展望地も紅葉台もパスし、まき道を行きました。
    高尾山下。12:30。
    先週よりも観光客が多いのは、時間帯が違うせいもあるかなあ。

    トイレ前の分岐から6号路に入ります。
    まずはベンチでひと息いれて、そこから木段をどんどん下っていきました。
    木段からゆるい坂道へと道は続き、そこから大きく左に曲がって、まずは飛び石。
    水量はいつもより多いですが、ここの飛び石は背が高いので、問題なく通過できました。
    6号路琵琶滝コースは、崩落事故によりしばらく通行禁止になっていましたが、どこが崩落したのでしょう。
    きょろきょろ見回しながら歩いていきましたが、結局、わかりませんでした。
    歩きやすい道をどんどん下り、高尾山口。13:50。
    早い下山となりました。
    来週は、セツブンソウを見たい。
    と期待していると雨が降ったりするのが心配ですが。

    ところで大量の花粉を吸って、さすがに昨夜は、顔がヒリヒリし、目は痒く、鼻はバカみたいになりました。
    しかし、1夜明けた今日はいつもの軽い鼻炎モードに戻っていますので、やはり私は花粉症ではなさそうです。

      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)

    2018年03月07日

    それぞれの夢を心に宿して。



    今年は芸人さんが大学受験をしたのが話題になりました。
    テレビ番組の企画で東大受験を目指し、センター試験を受けた方もいました。
    結果は、
    国語148/200(現代文92古文35漢文21)
    英語76/200
    数学1A32/100
    数学ⅡB20/100
    地理B66/100
    日本史B51/100
    生物基礎30/50
    地学基礎25/50 だったとのこと。

    この数字をどう読むかは難しい問題です。
    その人の基準がどこにあるかによって見え方は違ってくると思うのです。
    「結局、国語しかできていない。本当に勉強したのか?」
    と言うことも可能です。
    特に英語と数学の得点は胸が痛いです。
    基礎を積み上げ、理解を深めないと、なかなか伸びないのがこの2科目です。

    あの番組を見ていた人の中には、合格が可能なのではないかと本気で思っていた人もいたかもしれません。
    「たった3か月で偏差値が30上がった!」という宣伝文句を見ることもそう珍しくない昨今です。
    それは本当に可能なのではないか?
    宣伝文句に煽られ、慣らされて、
    簡単なことのように感じてしまう人もいると思います。
    それは危険なことです。
    実際にはかなり珍しい事例ですから。
    だから話題になるのです。
    とはいえ、それは絶対に不可能なことでもない。
    そのはざまで、生徒本人も保護者の方も心が揺れてしまうのかもしれません。
    自分の子どももそれは簡単にできると信じたい気持ちになってしまうこともあるのでしょうか。

    最近、教育関係のネット記事など拾い読みしていて、1つ興味を引いたのが、学力の低い子たち向けの学習プログラムを提供する会社が業績を上げているという記事でした。
    教育関係というよりもビジネス記事です。
    その学習プログラムを導入した塾に通う生徒たちは、各自、パソコンで勉強します。
    アニメが多用され、クイズ形式で進行する学習プログラムには、パスワードを使って自宅の端末でもアクセスでき、繰り返し学習が可能。
    平均で1割の得点増加が見られ、評判は上々である、とのこと。

    ・・・・1割?
    学力の低い子で1割の得点増加?
    それは、例えば、定期テストで20点の子が、22点になったということですか?
    30点の子が、33点になったということですか?
    え?
    そんなことでいいんですか?
    それ、誤差の範囲ではないんですか?
    それで本当に「成績が上がった!」と喜んでもらえるんですか?
    思わず記事を二度見しましたが、やはり「1割」と書いてあるのです。
    普段ビジネス記事を書いている記者は、売り上げが1割上がることのような感覚でそれをとらえてしまったのでしょうか。

    一方で、「3か月で偏差値30上昇」が簡単なことのように言われ、一方で、学力の低い子の得点が1割上昇したことが凄い成果であるように言われる。
    この落差に、振り回されそうになります。

    現実は、それと似ているようで、でも、それぞれに異なると思うのです。

    今年、セギ英数教室は受験生が多く、まとまった結果を出しました。
    高校入試では2015年度入試以来の成果です。
    その間の数年に、受験生がいなかったわけではありません。
    高校受験をした子はその間もいました。
    合格しているのですが、それをこのブログに記すのはちょっと違うかなあと感じていました。
    年に1人ずつで、ぽつんとした印象になってしまうのを懸念してのことでもあります。
    でも、それだけではありませんでした。

    ある子は、中学2年の冬に入会しましたが、直前の定期テストの英語の得点は、ひと桁でした。
    公立中学の英語の定期テストで10点未満というのは深刻です。
    提出物や授業態度で加点があったのでしょう、成績は「2」でしたが、いつ「1」になってもおかしくありません。
    授業をしてみると、英語が全く読めないことがわかりました。
    単語の識別がほとんどできないのです。
    fatherとfamilyの区別がつかず、同じ単語に見えるようでした。
    「faしか同じじゃないよ。アルファベットは文字の種類が少ないから、どんな単語も多少は似ているよ。それを見分けるんだよ」
    と説明しても、
    「えー、同じだよー」
    と、にこにこ笑っていました。

    とにかく、教科書の重要例文・重要表現をどんなことをしてでも丸暗記すれば、穴埋め問題くらいはいくらか得点できるようになるだろうか。
    すぐに結果が表れないと辞めてしまう子もいますから、最初のテストの得点の動きは大切です。
    しかし、その学校の定期テストの問題を見て、私は青ざめました。
    リスニング問題を除く大問1はテスト範囲の文法問題、大問2はテスト範囲の重要表現、と穏当な出題でしたが、大問3以降は、都立入試問題と同じ形式の問題でした。
    初見の長文読解問題と英作文です。
    中学2年で、応用問題だらけの英語のテストです。
    テスト範囲が直接反映されている配点は20点程度。
    本当に英語力がないと太刀打ちできないテストでした・・・・。

    公立中学の英語問題は、テスト範囲の問題しか出題されない場合、問題自体がワークブックのように単調で簡単なことがあります。
    んなテストのための試験勉強しかしていない子は、中3になって突然、都立入試に向けての学力診断テストを学校で受けると、初見の英文を全く読めないため、普段の成績とはかけ離れて低い点数を取って慌てることになります。
    極端な話、学校の英語の成績は「5」なのに、初見の長文を読めない子もいます。
    その場合、学校の英語の成績は、その子の本当の英語力を表していません。
    変にふわふわと高い内申のため志望校が高くなってしまうと、それに見合った入試得点を取れないため、結局、他校の受験生に競り負けてしまいます。

    そういうことがありますから、学校の英語の定期テストに応用の長文読解問題があると、塾講師として、この学校の英語の先生は信頼できると感じます。
    学校のテストに応用問題が出るのだから、教科書を離れた問題も解いていくべきだよねという話を生徒にしやすいですし、生徒も納得してくれます。
    しかし、2割がリスニング、6割が応用問題で、しかも都立入試形式となると、学力の低い子は、どこから手をつけていいかわからない状態です。
    これは厳しい・・・。

    それからのことは、思い出すだけで胃酸が逆流してきそうです。
    週に1回塾に通うだけで英語力がつくわけがないのです。
    宿題の質、そして、宿題を解いている学習時間の質が学力を左右します。
    しかし、その子は独りで家庭学習ができる学力ではありませんでした。
    文法の基礎からやり直すといっても、中1の1学期の内容であるbe動詞と一般動詞の章で学習はほぼストップしました。
    文法問題を解くときに、文法を考えて答えていくという学習習慣がなかったのです。
    何となくそれらしい単語で( )を埋め、何となく英語っぽい順番で与えられた単語を並べていくだけなのでした。
    問題を解くスピードは速いのですが、それは考えていないからでした。
    常に当てずっぽうです。
    正答はほとんどありませんでした。

    適当に答えを埋めれば勉強した気分になれるので、文法の勉強はそれでも好きなようでしたが、長文読解問題は、中1向けの5行程度のものでも解いてきませんでした。
    全く読めないというのです。
    文法の宿題はやったのだから、長文の宿題はやらなくてもまあいいだろう、勉強はしている、と本人の中では辻褄が合ってしまう様子でした。
    当てずっぽうに解いているだけの勉強が英語の家庭学習の全てでは、英語力はつきません。
    ( ;∀;)

    一方、保護者の方は、わざわざ塾に通わせているのだから、効果があるのが当然と思っています。
    そして、それは塾という存在への信頼でもありますから、その信頼には応えたい。
    しかし、
    「目標は私立単願です。40点とるだけでいいのです」
    と言われてしまうと、それがどんなに大変なことかわかりますか、奇跡への挑戦ですよ、という気持ちにもなります。
    1割アップどころの話ではありません。
    得点を5倍にしろというのですから。

    勉強が苦手な子どものテストの得点が1割アップしただけで喜ぶ保護者は本当に実在するのでしょうか。
    10点が11点に。
    20点が22点に。
    30点が33点に。
    それで喜んでいただけるのでしょうか。
    私はそれで喜んでいただいたことはありません。
    そんなことでは喜べないほど現実は厳しく、保護者の方も追い込まれているのです。

    しかし、
    「40点とるだけでいいのです」
    と言っていただけたことはむしろ幸いだったと思います。
    それには家庭の協力が不可欠です。
    家庭学習の具体的な方法を私から提案できました。

    それ以降、保護者の方もその生徒も、本当に頑張りました。
    中3の2学期の定期テストでついに40点台を取り、無事に「2」をキープ。
    その子は、私立単願推薦をもらうことができ、高校に合格しました。
    内申に「1」があると、さすがに私立単願も難しいのです。
    私立単願が不可能となれば、一般入試に賭けなければなりません。
    入試で合格点が取れるようなら、そもそもこんな苦労はしないのです。


    偏差値が高いとはいえない私立高校の単願推薦合格です。
    しかし、私にとっては、今年の受験結果とはまた別の意味で誇らしい成果でした。
    ただ、その凄さ、その価値はなかなか伝わらないと思い、ここには書きませんでした。
    何しろ胃酸が逆流しそうな生々しい記憶でもあり、こうして時間が経過して、ようやくここに記しています。

    勉強が得意で、もっともっと勉強を得意になりたい人も大歓迎です。
    でも、勉強のやり方がわからず、結果が出せないでいる人も歓迎します。
    一番上に記した、芸人さんのセンター得点に、
    「何だこんな低い点。あったま悪いな」
    と笑う周囲の人たちに同調して作り笑いを浮かべはしても、あれは勉強した人の得点だ、勉強したけれど夢かなわなかった人の得点だと読み取ることのできる人。

    私と勉強しませんか?

      


  • Posted by セギ at 14:30Comments(0)講師日記

    2018年03月05日

    陣馬山一ノ尾根を歩きました。2018年3月。


    2018年3月4日(日)、陣馬山一ノ尾根から奥高尾を縦走しました。
    三鷹から高尾で中央線に乗り換えて、藤野駅下車。
    改札を抜けると右手にトイレがあります。
    改札前にはベンチもあり、山支度を整えて出発。9:10。
    まずは高尾方向に戻るように歩きだします。
    ほどなく踏切があり、それを渡ると、トンネルです。
    トンネル内には歩道がありますが、車が通るときにトンネル内に轟音が轟くのが結構怖いです。
    それでも、トンネル内は乾いているし凍結もしていなかったので無事に通過しました。
    トンネルを抜け、さらにてくてくと舗装道路を歩いていきます。
    藤野駅から和田行きのバスも出ていますが、歩いても駅から25分ほどで陣馬山登山口バス停に着きました。9:35。
    バス停の少し先、道しるべに従い右折。
    山支度を道路でするのは通行の邪魔になるので、ここの空き地で行ってくださいという掲示がありました。
    1年半前に来たときは、なかった掲示です。
    一ノ尾根、来る度人気が上がっているのを感じます。
    歩く人が多くなったので、こういう注意事項も掲示されるようになったのでしょう。

    すぐ先に次の道しるべがあり、「一ノ尾根」と示されている通りに左の道を選びます。
    ここから舗装された急坂が続きました。
    朝から暖かく、もうじんわり汗がにじみます。
    道なりにどんどん登っていきます。
    基本は直進ですが、直進すると舗装が尽きてしまうところで、舗装の通りに右へ。
    登山口の道しるべが見えてきました。9:50。

    一ノ尾根の登山道は整備された広い道です。
    日差しがよく通って明るく暖かい登山道でした。
    急なところもありますが、その先はまた平坦な道なので、そんなに苦しい思いをせずに歩いていけます。
    ほんの1週間前まで、登山道は凍結箇所が残り、軽アイゼン必携との情報でした。
    しかし、この1週間でめっきり春めいてきて、気温20度を越えた日もありましたから、さすがにもうアイゼンは不要と思い、持ってきませんでした。
    でも、一応心配だから、トレッキングポールは2本携行。
    一ノ尾根の道は穏やかで、そのポールもザックに差したまま、のんびり歩いていきました。
    要所要所にベンチがあり、見つける度に一応座って水分補給しました。
    むしろ、暑さ対策をしないといけない陽気でした。

    空が広くなってきて、最後の木段道。
    上の写真は、木段の途中で振り返って撮影したものです。
    生藤山が大きく見えます。
    早春の山の色。
    もうすぐ一斉に緑に変わりますね。

    陣馬山山頂。11:15。
    芝生にレジャーシートを敷いて座り、霞む富士山をのんびり眺めました。
    目を右に転じると、生藤山。
    その奥に、三頭山、雲取山、大岳山。
    陣馬山の山頂は広く、白馬のモニュメント付近が標高的には一番高いですが、この芝生のあたりが私は好きです。
    斜面を下ったところにぽつんと木が1本。
    黄色い花をつけていました。
    ええと、あの木は、何という木でしたっけ?
    アブラチャン?
    ダンコウバイ?

    風もそんなに冷たくなく、日差しはぽっかぽかです。
    昼寝をしている人が何人もいました。
    私も、のんびりお昼を食べ、コーヒーを飲み、薄れていく富士山を眺めました。

    トイレは、凍結防止のため冬期用の1か所のみ使用可能でした。
    でももう、それも解除されるでしょう。
    北斜面に雪は少し残っていますが、登山道に凍結箇所はありませんでした。
    出発。11:55。
    ちょっと長居し過ぎました。
    陣馬山は快適過ぎていけません。

    さて、白馬のモニュメントまで登り、そこからいつもの道を高尾山まで縦走します。
    最初の階段道は日当たりが良いのでもう泥も乾いていましたが、その先は陣馬山おなじみのドロドロ道でした。
    安全のため、ここでトレッキングポールを出し、なるべく登山道の端の乾いているところを歩いていきました。
    陣馬山から離れるとドロドロ箇所もほとんどなくなり、道は広く快適です。

    伐採地。
    陽当たりが良すぎて暑いくらいでした。
    相模湖方面の樹木がまた少し伐採されて減ったような。
    樹間から向こうの風景が透けて見えました。
    そのうち全部伐採して、展望地にするのでしょうか。
    ここはいつ歩いても暑く埃っぽくて、周りの樹木がいかに涼しい空気を保ってくれているのかを改めて感じる道です。

    まき道まき道と選んで、最後のひと登りだけは頑張って景信山。13:45。
    茶店は営業中でした。
    もう富士山は見えず、丹沢も青い影となっていました。

    登山道の整備も進み、ポールも使っているので、景信山からの急坂も楽々と下れました。
    小仏峠からは登り返し。
    階段道の急坂を登って、相模湖の見渡せるベンチでまた少し休憩しました。
    ここの植林こそ、ほんの数本伐採すれば相模湖と富士山の眺望が随分良くなるでしょう。
    でも、木を伐り過ぎると地滑りの危険もあるし、ムササビもつかまりどころがなくなるしなあ。
    あまり人が手を加え過ぎてはいけない、とぼんやり考えつつ、さて出発。

    木段、そして木の根の作る段差の急坂を登りきると、小仏城山。14:45。
    珍しくここの茶店はお休みでした。
    時間も遅いので、人もまばらです。
    ここからはよく整備された木段の下りです。
    この木段が整備される前は、この時期の奥高尾は泥んこ道ばかりで歩きにくく、藁など敷いてあっても焼け石に水で、関東ローム層、手ごわいなあと感じたものでしたっけ。

    高尾山下。15:25。
    山頂への石段は上らず、まき道から1号路へ。
    観光客がそれなりに増えてきましたが、それも歩くのに不都合なほどではなく、すいすいと降りていけました。
    「3号路・6号路、凍結のため転倒事故多発」との掲示が。
    それもこの陽気でそろそろ大丈夫でしょうか?
    リフトは16:00まで。
    茶店も閉店し、片付けが始まっています。
    来週の日曜日は高尾の火渡り祭り。
    ポスターが掲示されていました。
    来週の高尾は大賑わいとなりそうです。

    1号路を歩いて下り、高尾山口。16:35。
    駅への道を急ぎました。

      


  • Posted by セギ at 12:06Comments(0)

    2018年03月01日

    入試結果、出ました。


    2018年度入学試験結果が本日全て揃いましたので、ご報告いたします。

    ◎大学受験の部
    早稲田大学文学部合格
    中央大学文学部合格
    成蹊大学経済学部合格
    東洋大学経済学部合格
    デジタルハリウッド大学合格(推薦入試)

    ◎高校受験の部
    都立西高校合格
    都立南平高校合格
    女子美術大学付属高校合格(推薦入試)

    ◎中学受験の部
    恵泉女学院合格

    今年は受験生の人数も塾内で過去最大、合格実績も高いものとなりました。
    受験生の努力が結実しました。
    塾の歴史が長くなり、長期間通ってくれた生徒さんの合格には喜びもひとしおです。
    本当に良かった。
    皆さん合格おめでとうございます。


    今日から3月。
    また新しい出発です。
    セギ英数教室は、生徒を募集しています。

    大学受験英語は、受験科目の中でも最大の得点源として、ペーパーテストで高得点を取るための授業を行っています。
    英語4技能への移行を睨みつつも、現時点では、やはり筆記試験の得点力が入試を左右します。
    英語は常に得意科目でありたい。
    他の科目の少しの失敗は楽にカバーできる英語得点力を実現しています。

    数学は、得意な人は得点源としてのびのびと能力を伸ばし、また、苦手な人は、他の科目に迷惑をかけない得点を必ず確保することを目標に、演習中心の実戦的な授業を行っています。
    数学は苦手だが大学受験にどうしても必要な人、歓迎します。

    高校入試においては、数学・英語を含め、5教科の指導を行っています。
    こちらも入試問題の出題傾向に焦点を絞り、必要な知識を身につけた上での実戦的な入試対策を行っています。
    都立入試の数学・英語は得点源。
    さらに、他の各科目も最低でも85点は取る
    そうした形で入試の朝を迎えることを毎年の目標とし、成果を上げています。
    また、私立入試・都立自校作成校入試は、英語・数学ともに学校で学ぶ内容だけでは不足があります。
    早くから志望を定めている方には、定期テスト対策で内申を確保しつつ、学校のカリキュラムを離れて入試に向けた発展的な学習を計画的に指導しています。

    中学受験は、受験算数をメインとした指導を行っています。
    他科目の受講もご相談に応じます。
    当塾だけで入試対策をする方も、他の塾の補習の形で活用される方も歓迎です。

    受験生が卒業し、現在、授業コマに余裕があります。
    新規の生徒を募集しています。
    塾は3月が新学期。
    一般的にも、個別指導は、実力・実績のある講師から授業が埋まっていきます。
    新学期から通うのでは、指導経験のない新人アルバイト講師しか空きがないということにもなりかねません。
    今が塾選びの時期です。

    左のお問い合わせボタンから、ご連絡ください。
    まずは無料体験授業を受けてください。
    ご連絡、お待ちしております。



      


  • Posted by セギ at 12:07Comments(0)講師日記