たまりば

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2014年03月30日

個別指導の利用法


春期講習中の春の嵐の日曜日、3月分の指導レポートを何とか書きあげて、ほっとしております。
明日発送いたしますので、数日しても未着の場合、お問合せください。

さて、本日は、個別指導の利用法について。
個別指導は、その子に必要な指導が可能という点で大変能率の良い授業形態なのですが、それゆえに、目的が明確でないと授業が迷走する場合もないわけではありません。

何年か前、大手の個別指導塾に勤めていた頃のことです。
高校2年生の男子が、入塾してきました。
ある程度の偏差値の私立高校生です。
しかし、内部進学できる大学は偏差値は高くなく、附属高校の生徒の大半は、外部受験をします。
つまり、通塾の目的は、大学受験に合格すること。

かなり明確なように見えて、高校1年か2年くらいですと、この目的だけでは、ブレが生じがちです。
大学合格が目的なのは良いのですが、それでは当面、塾で何をどう学習するのかが明確ではないのです。

私はその子の英語を担当することになりました。
塾には高校英文法の通年テキストがありましたので、それを渡しました。
普段は文法の学習をし、テスト前は、学校の英語Ⅱ(リーダー)の対策もするのが、標準的なカリキュラムでした。
体験授業でもそれでOKでしたし、特にそれ以外の要望もなかったので、文法テキストで、学校の進度に合わせて学習を始めました。
かなり英語が苦手なことは、教えてすぐにわかりました。
中学英語も怪しいのです。
学校の進度に合わせた内容だけではなく、さかのぼって、テキストの最初から復習し、それも宿題に加えるようにしました。

しかし、2回目の授業で、その子は言いました。
「宿題の答え合わせは家でやってきますから、解答をください」
「そう?」
答え合わせを家でやってきて、わからないところだけ質問するというのは、高校生ならばあって良いことです。
教務にも確認し、許可を得て、その子に解答を渡しました。

次の授業で、その子は、塾の文法テキストを持ってきませんでした。
「忘れてきました」
「え。宿題は?」
「あ。やりましたよ。答え合わせもしました」
「ああ。じゃあ、ノートを見せて」
「持ってきてませんよ」
「え」
「必要でしたか?」
「・・・・・・・・」

その日は、次にやる予定だったページを急いでコピーして渡し、授業を続けました。
何が理解できていないか確認し今後の授業の指針にしたいから、テキストと宿題をやったノートは必ず持ってきて見せてね、と告げました。

しかし、その次の週も、その子は、テキストもノートも持ってきませんでした。
訊けば、「やった」というのですが、証拠は何もありません。
そして、妙なことを言い出しました。
「解答があるんで、あれは自分で勉強できるから、他のことをやりたいんですけど」
「・・・・・・他のこと?どんなことを?」
「学校の教科書を持ってきたんで、それをやってもらえませんか」
「はあ・・・・・・・」

学校の文法の教科書は、左側が解説、右側に練習問題が並ぶ、よく見るタイプのものでした。
それで授業をしろと言われたらできないわけでもなく、解説をし、問題をその子に解いてもらいました。
しかし、ほとんど答えられません。
その文法事項はわかっても、英語は積み上げ教科なので、それ以前のことがわからず、まして単語力がないとなると、何も書けません。
結局、大半は私が答えを教えることになりました。
教えてもらえるとなると、その子は、とにかく早く正答だけ教えてほしいという様子を態度に見せるようになりました。
最初は考えるふりもしていましたが、私が解説している間やヒントを出している間は、うつむいて、ぼんやりしています。
仕方なく私が答を言うと、
「あ、もう1回言ってください」
そう言って、教科書に答えを書きこんでいきます。

予習の手間を省きたかったのかもしれません。
自分で考えたり調べたりするのが面倒なので、答えだけ教えてほしいのでしょう。

そんな調子で、90分で、1か月分くらいの予習が進みました。
授業の終わりに私は言いました。
「今日やったところの文法練習を塾のテキストでやってね。それを宿題にするから、必ずノートに解いて、持って来て」
「わかりましたー」
上機嫌で帰っていきました。

その翌週。
やはり、テキストもノートも、持ってきませんでした。
「えーと・・・・・。じゃあ、今日は、何をやればいいんだろう」
「実はですねー」
その子は、嬉しそうに、通信添削の課題をカバンから取り出しました。
「これ、やってるんですけど、全然わかんないんですよ。ここで、教わりながら解きたいんですけど」
「はあ・・・・・・」
本人の実力で解けるレベルの問題ではなく、これも、教わりながら解くというより、私が解き、その答えを本人が解答欄に書くというだけの作業になりました。
解説しても、聞いているふりだけです。
私が答えを言うと、それだけは、ウキウキと書きとめるのです。

その翌週は、学校の英語Ⅱの予習。
そして、また学校の教科書で英文法の予習。
添削課題。

本人は上機嫌ですが、全て、私が解き、それをその子が書き写しているだけでした。

そして、テスト前。
学力は何1つ伸びていませんから、テスト対策用の課題を本人に解かせると全く解けません。
解けないとむっとして機嫌が悪くなっていきました。
「こういうのじゃなくて、もっと他のことがやりたい」
「どんなことを?」
「テストに何が出るのかだけ、教えてもらえませんか」
「だから、こういうことが出るんだけど」
「・・・・・・・・」

そして、テストの結果は、惨憺たるものだったようです。
ようだというのは、本人が、結果を教えてくれなかったのです。
テストの点数は報告してもらわないと困るんだよと言っても、得点一覧表に書こうとしません。
「かなり悪かったのかな?」
と訊くと、それには素直にうなずきました。
私は、説得しようとしました。
「今までのような授業のやり方は、変えたほうがいいよね」
「じゃあ、何をやるんですか?」
「最初に戻って、塾のテキストと、それを解いた宿題のノートを持ってきてほしいんだけど」
「・・・・・・・わかりました」

理解してくれたのかと思ったのですが、翌週はまたしれっとして、通信添削課題を持ってきました。
締め切りが近いから、これだけやりたい、と笑顔で言うのです。
塾のテキストとノートは、無論、持ってきません。

教務に相談したのですが、私の報告を聞くだけ聞いて、「わかった」というだけでした。
何も変わりません。
講師の私は、保護者と直接連絡をとる方法がありません。
高校生の男子ですから、保護者と連絡をとっても、あまり効果はなかったかもしれません。

授業料が高いのに、何て無駄なことをしているんだろう。
こんなことやっていても、絶対、成績なんか上がらないのに。
でも、仕方ないのかなあ。
本人が悪いんだから。
私は、私にできることはやったよー。
私の立場で言えることは、言ったよー。
心の中で、そんな言い訳をしていました。

本人が、そういう授業を望んでいる。
そういう意味では、オンデマンドでした。
だから、講師の考え方によっては、こういう授業のあり方に疑問を感じません。
でも、私は、効果のない授業をするのは嫌でした。
嫌でしたが、組織の一員として、勝手なこともできないのでした。
クレームもきていないのにあれこれ騒ぎ立てては「我の強い、使いにくい講師」と思われてしまうという弱みが、私にはありました。

2か月ほどして、その子は嬉しそうに、通信添削のテキストを持ってきました。
巻末の成績優秀者一覧に、自分の名前が載ったというのです。
「へえ・・・・・・」
ほとんど全部私が解いたのですから、それは載るでしょうが、そのことに、何の意味があるのでしょう。
その子も、それは自覚していたのかもしれません。
こんな言葉をつけ加えました。
「でも、満点じゃなかったですね」
「・・・・・・・・・」

その子には、その後も、同じような授業を続けました。
本人の望む通りの授業をしているので、結果は出なくても、クレームはないのです。
その子が高校3年生になるとき、予備校に行くからと退会してくれたときは、正直ほっとしました。
嫌な思い出です。
あんなことは、あってはならないこと。
でも、個別指導では起こり得ることです。

講師と生徒、そして教務との力関係が微妙なことも一因でしょう。
生徒が主導権を握ると、こんなことになってしまう可能性があるのです。
苦手な科目だから教わりに来ているのに、それでも主導権を握ろうとする子はいます。
苦手科目は、本人は、俯瞰で見ることはできません。
結局、自分でやるべき予習の手間の省ける授業を望んでしまったりします。
解き方を教わるのではなく、答えを教わって、それで満足してしまいます。
それで、勉強した気になってしまいます。

そういう意味で、どんな課題でどう勉強するかは、プロに任せたほうがいいと思います。
いったん任せて、それで効果がなかったら、講師を替える、塾を変える。
その権利は、生徒にあります。

現在、私は、通信添削を個別指導で教えることは、特別な例外を除いて行いません。
学校の教科書の問題の答えを教えるような形の授業も行いません。
そういうことを、もしやってあげたら、生徒はとても喜ぶのですが、学力は下がっていくばかりです。
私が教える時間はできるだけ短く、生徒が演習する時間をできるだけ長く。
1人では解くことができない問題を解けるように補助を加えながら、やがてそれも1人で解けるように。
問題を自力で解く力が身につくように。

そのために、個別指導は存在します。
  


  • Posted by セギ at 16:48Comments(0)塾選び

    2012年10月22日

    成功体験をこじらせている子


    毎週日曜日は模擬試験の会場責任者の仕事が入り、11月半ばまで休日なしです。
    次に山に行くときは、低山も紅葉が真っ盛りでしょう。
    それを見るのを楽しみに、頑張ります。

    さて本題。
    小学生から高校生までを長年教えてまいりますと、子どもの成長過程では、小学校から中学校に上がる際の段差がとにかくきつい、と感じます。

    私が子どもの頃は、小学生でも、3年生からは5段階相対評価で成績がつきましたから、親も本人も、露骨なくらい学力を把握できました。
    この子は、4教科全部「5」をとっているから、中学受験をさせてみようか、みたいな話にもなった一方、成績表に「1」と「2」しか並んでいないということもありました。
    自分なんかどうせダメだと、小学生のうちから強い劣等感を抱いてしまう子どもが多かったのは事実だと思います。
    自暴自棄になってしまう可能性もあるので、現在、小学校が、よくわからない観点別の絶対評価になっているのは、一概に悪いと言い切れるものではありません。

    子どもに自信をもってもらいたい。
    成功体験を与えたい。
    ほめて伸ばしたい。
    小学生のお母さんは、特に、そういう思いが強いのかもしれません。

    先日、小学校低学年向けの塾についてのテレビ番組を見て、「何だこれは?」と思ったのですが、その塾は、間違えても、そのことを問題にしないのだそうです。
    解き直して、正解できたら、丸。
    だから、みんな満点。
    みんな花丸。

    小学校というところも、ある程度はそうであって、子どもに自信をつけさせたい、という教育方針の先生は多いように感じます。
    カラーテストの点数でどうのこうのと評価されるということは、公立の小学校では、あまりないですよね。
    授業中の発言も、よく考えた深い意見を発表した子も、表面的で内容のない意見を言った子も、みんな平等です。
    発言することが大切だ。

    小学生は、まあ、それで仕方ないのかなあ・・・・・・。
    運動会の徒競走で順位をつけず、みんなで手をつないでゴールし、「みんな1等賞」みたいなもんかなあ。
    しかし、それは、本当に1等賞をとれる子にとっては、苦々しい話です。

    「みんな満点」も、勉強で本当に満点がとれる子には、奇異に感じられます。
    間違えているやつが、自分と同じ満点をもらって浮かれているのを見たら、多少は腹が立つかもしれません。
    違うじゃん。
    あいつ、間違えたじゃん。
    でも、そういうことを考えては、いけないのかなあ。
    秀才は、子どもの頃から「勉強だけ出来てもダメなんだよ」と言われることが多いので、成功体験どころか、満点をとって落ち込むようなことさえあります。

    とはいえ、そういう能力があり、プライドも人一倍高い子には、そういう子のための塾がありますから、問題はないんですが。
    真剣勝負のテストが毎週、毎月、繰り返される塾。
    テストによってあからさまに順位が定まり、クラスが決まります。
    スポーツや芸術分野の教室もそうで、本当に能力のある子には、別コースが用意されます。
    だから、「できる子」の心配をする必要はない。
    できない子にやる気を出させることが大切なのだ。


    ただ、現実世界は、「みんな満点」「みんな花丸」ではありません。
    小学校の間は通用していたことが、中学になると途端に通用しなくなります。
    「みんな満点」の価値観に首までどっぷり浸かっている子どもが、そこから抜け出せず、おいてきぼりをくらうことがあるんです。

    本人は、ハキハキしていて、性格も明るく感じられることが多いです。
    少なくとも、これまで傷ついてこなかったのですから。
    小学校時代は、「授業中、よく発言しています」と褒められていたのかもしれません。
    でも、残念なことに、その子の発言の多くは、ピントがズレています。
    小学生の頃は、それでも、発言しただけで褒めてもらえました。
    1つの大切な意見として、認めてもらえました。
    その子の「成功体験」です。
    褒めてもらえるのだから、直す必要があるなんて思ったことがありません。

    ところが、同じ調子で中学の授業で一生懸命発言しても、進度が気になっている中学の先生に顔をしかめられることがあります。
    授業が停滞するだけの、あまり意味のない発言をしているのですから、そうなります。
    でも、本人は、そのことが理解できません。
    テストの記述問題も、一生懸命答を書くのですが、今まで低いレベルで許されてきたので、日本語としておかしいことが多く、内容も薄いため、得点は期待できません。

    数学や英語を勉強していても、そうです。
    計算ミスやスペルミス。
    それがなければ正解できた問題。
    理解は、していたのです。
    本人にとっては、今まで通り褒めてもらってもおかしくない出来です。
    しかし、中学の定期テストは、はっきり点数化され、度数分布表にされ、学年内のおおよその順位もわかる形で返却されます。
    高校入試がひかえていますから、解き直して正解できたら「みんな満点」なんてことは言っていられません。

    でも、小学生の頃は、間違えても解き直せば花丸がもらえたので、気をつけて問題を解く習慣がありません。
    何か発言すれば、その積極性だけで、発言内容とは関係なく褒めてもらえたので、深く考えた経験もありません。
    それで褒めてもらえたのだから、それで良いのだと思っていました。
    なのに、中学生になった途端、通用しなくなります。

    この段差が越えられない子が、かなりいます。
    これまで、低いレベルで褒められてきたので、それが「合格ライン」と思ってきたのに、急に要求されるレベルが高くなっても、何が何だかわかりません。

    ついでに言えば、この段差を越えられない保護者も多いのです。
    現実の競争社会。
    褒めるだけでは、勝ち抜けません。
    勝たなくてもいい。負けてもいい。
    楽しく生きていってくれれば、それでいい。
    私は、この子の在り方を常に全面的に認める。
    そこまで思い切れたら問題ないのですが、やっぱり偏差値の高い高校に入ってほしい。
    有名大学に入ってほしい。
    望む職業について、社会で活躍してほしい。
    それが願いである場合、下手をすると、親子でおいてきぼりをくらいます。

    褒めるだけでは、子どもは、伸びません。
    出来てもいないことを、出来た出来たと褒めると、子どもはたかをくくってしまいます。
    低いレベルで褒めてもらえるなら、それ以上に自分を高める必要がありませんから。
    そうした、成功体験をこじらせてしまっている子は、中学生になり、悪い成績をとっても、自分をかばってしまいます。
    「でも、僕は、僕なりに頑張った」
    「僕は、理解はしていた」
    周囲が誰も褒めなくなったので、自分で自分を褒めています。
    いたいたしい光景です。

    褒めてやるのは簡単です。
    褒め殺して、情でからめとっていくことは不可能ではありません。
    でも、そんなことをしたら、成績は上がりません。
    子どもの将来をつぶします。

    頑張れ。
    本当に出来るようになったら、褒めるから。
    私の主観で褒めるのではなく、学校のテストの点数や模試の偏差値で、はっきり形が出たことを称賛するのだから。
    実力というものは、他人のあやふやな褒め言葉にすがるものではなく、実績を出して証明していくものなのだから。

    本当に満点をとってから、「満点」を喜びましょう。
      


  • Posted by セギ at 13:41Comments(0)塾選び

    2012年09月20日

    子どものサバイバル


    先日、「子どもの嘘」というブログを書きました。
    子どもは嘘をつきますけれど、子どもの嘘をそんなに深刻にとらえる必要はないと思いますよ、という内容です。
    すると、知人から、
    「大丈夫?何か保護者ともめてるの?」
    というメールが来て、おいおいおい、と苦笑してしまいました。

    子どもが嘘をついたのつかないので保護者と今もめていたら、むしろ、あんなことをブログに書けません。
    トラブルがおさまるどころか、火に油を注いでしまうでしょう。
    クレームを受けたはらいせに、そのことをブログに書くような塾は、ダメでしょう。
    (^_^;)

    保護者の方に、複眼をもっていただきたいと思って、あのブログを書きました。
    家庭にいるときの子どもと、学校や塾にいるときの子どもは、多分違う顔をしている。
    成長するということは、そういうこと。
    それぞれの場所での、それぞれの顔があるものです。

    幸い、現在のところトラブルはありませんが、だからこそ書けることとして、今のうちに書いてしまえば、以前勤めていた個別指導塾では、やはりその種のトラブルはありました。
    それまで集団指導塾で気ままにやっていた子が、成績が上がらないからと、個別指導塾に移ってくると、塾と保護者との連絡の緊密さに、息苦しくなってしまうことがあるんです。

    集団指導塾では、多くの場合、授業態度がどうなのか、宿題を毎回やってきているのかどうなのか、そのことを保護者にその日のうちに伝えるシステムがありません。
    塾で行うテスト結果を伝えるシステムならあるのですが、では、なぜその成績なのか、なぜそれは改善されないのか、それを保護者にすぐ伝え、すぐ考えてもらうシステムがないことが多いです。

    なので、生徒の中には、ただ何となく塾に通い、ぼんやり授業を聞き、家に帰っても宿題をやらない子がいます。
    当然、成績は上がりません。
    だから、塾の月例テストでも、学校の定期テストでも、悪い結果が出てしまいます。
    テストの結果を見ると、保護者は、
    「塾に通わせているのに、何で成績が上がらないのかしら」
    と思います。
    それで塾に相談します。
    このとき、電話を受ける「担任」は、講師ではなく、「教務」と呼ばれる社員である場合が多く、毎回の授業と生徒の実態を正確に把握しているわけではありません。
    ここから先は、その教務の危機管理能力と営業力勝負になってきます。

    教育的な見地から言えば、不毛です。

    何回塾と相談しても、結局成績が上がらないので、ついに親がしびれを切らし、集団指導塾から個別指導塾に移ります。

    自分のためだけの授業。
    それはさすがに聞かないわけにいかない。
    ぼんやりしていると、「聞いてるか?」とすぐ問いかけられます。
    自分のためだけに出される宿題。
    新鮮で嬉しくて、だから勉強するようになり、成績が上がっていく。

    そうなる場合が多いのですが、そうならない場合もあります。

    家庭学習の習慣がない子は、自分のためだけに出された宿題も、やはりできないんです。
    自分と1対1で会話してくれる個別指導塾のセンセイの存在は嬉しい。
    だから、宿題も、「やってくるー」と安請け合い。
    しかし、塾の宿題をやるような生活習慣はありません。
    学校から帰ったらやることは、大体決まっています。
    いつもと同じような時間の使い方をしていたら、塾の宿題をやる時間はないんです。

    結局やれなかった宿題。
    まあ何とかなるだろう、と個別指導塾に行くと、たいてい「連絡帳」という存在があります。
    「宿題をやってきていません」
    必ず書かれてしまいます。
    連絡帳は、保護者に見せて、サインをもらわないといけない。
    ・・・・・やばい。

    帰って、連絡帳を見せて、怒られて、しぶしぶ宿題をします。
    でも、そんなの、本当は、やりたくありません。
    またその次の週は、さぼってしまう。
    連絡帳に書かれる。
    親に怒られる。

    連絡帳には「ケアレスミスが多いです」「問題文をしっかり読む習慣がありません」等、その子特有の失点原因も書かれていることが多いです。
    それも、親に怒られる。
    だんだん、嫌になってきます。

    集団指導塾に通っていた頃は、自由があったのになあ。
    夜も友達に会えて、一緒にふざけて、面白かったなあ。
    親と塾講師の連絡が緊密過ぎて、全部ばれてしまって、自由がない。
    めんどくせー。

    その後の生徒の行動は、もうその子の性格次第で、連絡帳を親に見せなくなる子もいますし、連絡帳を自分で書き換えた子を見たこともあります。

    もう1つ。
    親が講師の書くことにダイレクトに反応し、いちいち怒ってくることに、うんざりした子どもがとる行動があります。
    親と講師の仲が悪くなるようにしむけること。
    一番特徴的なのが、親の怒りのツボを刺激する、講師の一言を、親に伝えるという行動。
    この講師を罰したい、排除したいという気持ちが子どものなかに働くと起こる行動です。
    もちろん、その一言が本当に許せなかった、という場合もあり、一概には言えませんが。

    ともあれ、親がその一言を聞いて激怒し、子どもの思惑通り、わあっとクレームになる。
    若くて、厳しい指導をしたい熱血学生バイトが、結局それでクレームを受け、講師を替えられてしまうことがときどきありました。
    その火消し役の後釜に回ることが多かった私は、教務から多少事情を耳打ちされましたが、その講師が一方的に悪いとは思えない場合もしばしばありました。
    真面目に一所懸命勉強している子に、講師がいきなりひどいことを言うわけがない。
    講師が言った言葉は事実その通りなのだとしても、それまでの経緯で、生徒がその講師を相当に怒らせています。
    若く真面目な講師ほど、真面目にやらない子のことが、本当に嫌いですから。
    もちろん、客商売ですので、腹が立つからと言って、何でも言っていいわけではないのですが。

    一方、子どもを責めても意味がありません。
    自由に動きまわれない。
    今までのように思う通りにさぼったり遊んだりできない。
    自分のテリトリーを侵されている。
    そうなってしまった原因を排除したいのは、気持ちとしてはよくわかります。

    それは、本能です。
    一種のサバイバルです。
    特に性格の悪い子がそれをする、とも思いません。
    これは、子どもが悪いわけではなく、ふりまわされる大人が悪い。
    集団指導塾よりも、個別指導塾のほうが、子どもと講師、講師と親との関係が近いために、トラブルになる可能性も高いのです。

    でも、実は、この危機の後は、子どもは真面目に勉強し始めることが多いんです。
    子どもなりに、いろいろと内面で葛藤があってのことなのだと思います。
    それで成績が上がり始めれば、子どもにとっても、それは嬉しいこと。

      


  • Posted by セギ at 16:08Comments(0)塾選び

    2012年07月01日

    夏期講習にご参加ください


    さて本日は、夏期講習の話。

    上のお子さんに受験経験があるお母様は、普段は塾に通わせているお子さんの夏期講習を欠席させることは、まず考えることはないのですが、ときどきふっと、お子さんの要望に負けてか、夏期講習を完全欠席させてしまうお母様がいらっしゃって、塾としては、ぞっとします。

    セギ英数教室も、ひと夏みっちりと夏期講習を行いますが、それとは別の一般論として、これをお読みください。
    もう塾をやめるつもりならばいい。
    でも、今、通わせている塾に、9月以降もそのままお子さんを通わせたい場合、夏期講習を欠席するのは、まずいです。

    以前に勤めていた塾でも、どれだけ勧めても、どうしても夏期講習に参加しない生徒が出てしまうことがありました。
    印象に残っている子でいえば、1人は、小6の男子。
    「秋にピアノの発表会があるので、その練習に集中したい」
    という謎の理由を1度聞いたきり、電話にも出てもらえず、ひと夏、その子は、塾に現れませんでした。
    その子が塾で習っていたのは、算数。
    当時、私が勤めていた塾では、学年とは関係なく個人のペースでどんどん勉強を進めていくコースがあり、その子もそのコースに通っていました。
    どちらかといえば算数は苦手で、学校の進度と追いつ追われつというペースの子でした。
    6年生の1学期といえば、分数の四則計算を習う大切な時期。
    しかし、学校で通りいっぺん学んでも、身につかないのが分数計算です。
    保護者の中には、ご自分の経験から、分数計算くらい自然に身につくと思っていらっしゃる方がいらっしゃいますが、授業が減り、練習量が減っている現代の小学生は、そんな基本的なことすら、学校の練習だけでは身につきません。
    9月に再び塾に現れた彼は、1学期には何とか定着したはずの分数のたし算とかけ算の区別がつかなくなっていました。
    分数のかけ算なのに、通分する。
    分数のたし算なのに、約分する。

    そのとき、そのコースに通う6年生男子が彼1人だったのも、よくなかったのかもしれません。
    そして、5年生の男子は、3人。
    彼らは、ひと夏みっちりそのコースで予習を進め、分数計算まで進んでいました。
    自分たちが出来ることが出来ない6年生に、彼らは注目します。
    それほど悪気はないんですが、やっているのは、同じテキストです。
    「あれ、俺より遅れてる」
    なんてことを言ってしまうのを止めることはできませんでした。

    6年生としては、5年生なんかに遅れをとりたくない。
    慌てて、必死に先に進もうとします。
    でも、あせればあせるほど、計算ミスが増え、混乱は増すばかり。
    計算は、そのときの精神状態が大きく左右します。
    あせればあせるほど、間違えてしまいます。

    結局、9月いっぱいで、その6年生男子は、退会してしまいました。
    あれから、どうなったのか。
    心残りのある生徒です。

    退会するつもりの塾なら、それでも構わないでしょう。
    でも、続けるつもりの塾だったのに、9月になってお子さんの足が向かなくなる不幸は、避けたいです。


    もう1人は、中学生男子。
    私がその子に教えていたのは、英語でした。
    夏は、田舎にも帰るし、部活もあるし、旅行も行くから、夏期講習は受けられない。
    日程的に受けられないのは仕方ないのですから、補講してください。
    お母様からそういう要望つきでの、夏期講習欠席。

    塾長からその話を聞いたときには、耳を疑いました。
    集団指導塾ですから、夏期講習は、全部で20回ほど授業があります。
    その全部を欠席して、その補講?
    そんな時間、どこで作れるの?

    夏は、時間に余裕があるから、じっくりと復習と予習ができます。
    それを欠席してしまったら、もう、それの補講をする時間は、生徒の側も、講師も側も、作れません。
    もちろん、夏期講習を欠席したといっても、塾の生徒なのですから、2学期の授業の中で、ついていけない様子ならフォローします。
    しかし、根本的な解決にはなりません。

    夏期講習の英語といえば、中1は、名詞・代名詞の複数形や人称代名詞や三単現の予習をみっちりとやる時期。
    急に複雑になる英語への心構えも、ここで養います。
    中2は、1学期に駆け足で学んだ過去形・過去進行形・未来形などの時制を徹底マスターし、さらに不定詞の3用法を予習します。
    英語のわからない子は、まず不定詞がわからない。
    それほどに、中学生にとっては、難度の高い単元です。
    さらに、助動詞や、接続詞など、教科書ではパラパラと出てくる知識をしっかり整理し、強固なものとしたい。

    しかし、彼は、中1の夏も、中2の夏も、全て欠席しました。
    その度、目に見えて、英語が苦手になっていきました。
    多少勉強ができる子でしたので、プライドがあり、表面だけは、わかっているふりをします。
    しかし、練習量の足りない単なる知識など、語学において、何ほどの役にもたちません。
    「あなたの英語は、夏期講習の分の、大きな穴が空いている。テキストを解いてくれば見てあげるから頑張りなさい」
    私は、繰り返し彼に言いましたが、理解できていたのかどうか。
    普段の宿題もそれなりにボリュームがありましたから、それに加えて夏期講習の授業分と宿題分の大量の課題をこなすことなど、忙しい2学期にはできません。
    日々の忙しさに流され、1ページも進まない様子でした。

    受験学年でなくても、夏休みは重要です。
    どうか、充実した夏を過ごしてください。
      


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    2012年05月26日

    どんな講師が成績を上げるか


    個別指導を受けるとして、どんな講師が成績を上げるのか。
    今日は、そういう話をしてみたいと思います。

    個別指導というと、大半は、学生バイトです。
    その中から選ぶのだとして。

    まずは、学生バイト全体の良い点から。

    若い分だけ、生徒との距離が近い。
    良い兄貴分、姉貴分として、面倒を見る。
    生徒も、そういう人に教わったほうが学習意欲が増す。
    能力的にも、現役学生のほうが、頭が冴えている。

    これ、学生講師の良い点として、必ずしも間違った情報ではありません。
    特に、中学生になっても反抗期が抜けず、学校の先生とソリが合わない子の中に、こういう学生バイトに個別指導を受けて成績の伸びる子がいます。

    しかし、学生バイトにも欠点があります。
    学生バイトの欠点。
    仕事に対して責任感が低い。
    初めのうちは新鮮で、一生懸命教えるが、じきに飽きて、手を抜くようになる。
    自分の立場を自覚できていないので、生徒と無駄話をする時間が長い。
    子どもにおだてられると、すぐに流され、子どもに都合よくあしらわれる。
    入試情報などをよく研究していないので、どの問題が大切か、どれが入試に出るか、定期テストに出るか、わかっていない。
    生徒が取ってくるテストの点数は、自分の責任だと思っていない。
    生徒の成績が上がれば自分の手柄、成績が上がらないのは生徒が悪い、と平気で考える。
    そもそも、生徒に教えるほどの学力がない。

    これ、全部の学生バイトに当てはまるわけではありませんよ、もちろん。
    頑張っている子は、頑張っている。
    ただ、しょせんはアルバイトだということも、保護者の方は知っておいたほうが良いと思います。

    長年、学生バイトたちと働いた経験から、わかったこと。

    どんな学生講師が人気があるか。
    どんな学生講師が実力があるか。

    例外はありますが、全体の傾向として。
    教え方が上手く、生徒の学力が確実に上がる学生講師は、それほど偏差値の高い大学の学生ではありませんでした。
    学生ながら、週に3回はみっちり授業が入っているなんて子の多くは、中堅大学の学生でした。
    隣りで聞いていても、生徒の心をつかむことも含めて、なかなか上手い授業をします。
    偏差値的には、50台後半。高くても、60台前半。
    それくらいのほうが、勉強がわからない生徒に、親身になれるのかもしれません。
    特に、小学生・中学生には、このタイプの学生講師が結果を出していました。
    あるいは、高校生でも、勉強があまり好きではないタイプの子に、熱心に教え、結果を出していました。
    自分もわからなかったこと。
    でも、友達に教わったり、塾の先生に教わったり、あるいは、自分で何とか考えて、わかるようになったこと。
    それを惜しげもなく、生徒に伝授します。

    一方、生まれながらの秀才のまま有名大学に進学しました、といった印象の学生の場合、隣りのブースで聞いていても、びっくりするほど説明がわかりづらく、中学生を相手に、自分が習いたての大学での知識も混ぜたりする場合が結構ありました。
    人にもよりますが、教え方が上手くない場合は多かったです。
    生徒がどこでつまずくか、わかっていないのでしょう。
    自分は、そんなところではつまずかないからでしょうか。
    説明が通りいっぺんで、のっぺりしていて、何が大切か、さっぱりわからない。
    しかも、生徒が理解しないと、不機嫌になる。
    若さゆえの脆弱なプライドは、他人を否定することで成り立つ場合があります。
    生徒が、悪いんだ。
    ボクは、悪くないもん。
    ・・・・結局、子どもなんです。

    中学受験の受験算数は、テキスト通りの定番の解き方が、結局は、生徒にとって一番わかりやすいです。
    家に帰って、親が勉強を見る場合も、テキスト通りならばやりやすい。
    なのに、本人の勝手な判断で、方程式で教えて、めちゃくちゃにしてしまうのは、きまって偏差値の高い大学の学生でした。
    テキストにまとめられている、長年の間に工夫された解き方よりも、自分の思いついた方法のほうが優れていると思ってしまう。
    若さゆえの愚かさは、どんな秀才にもつきまといます。

    しかし、彼らには、本来、能力があります。
    だから、彼らが、本気で講師という仕事に打ち込み、全力であたり、指導技術を高めることを目標にしたら、それは恐ろしい。
    プロ講師の怖さはそこです。
    ただ、幸か不幸か、学生たちは、講師を本業にしたいとは思っていません。
    学生時代だけの、アルバイトなんです。
    なので、スキルを磨くことがありません。

    ただ、やっぱり、需要はあるので、彼らには、ちょぼちょぼと仕事は入り続けていました。
    凄い結果を出したという話は、さっぱり聞かないんだけど、隅っこのほうで少し働いている。
    そんな感じの学生が多かったです。
    もちろん、例外はあるので、決めつけるわけにはいきませんが。

    それに、今は、少し事情が変わってきました。
    ゆとり教育と少子化の弊害で、現在の偏差値50台後半は、昔と比べて、かなり学力が低い。
    高校入試も大学入試も、推薦入試やAO入試で済ませてしまい、受験勉強をろくにやっていない学生も多いです。
    最低でも偏差値60は越していないと、子どもを伸ばすのは難しいかもしれません。
    ただ、あまり突き抜けてしまうと、やはり、教える技術が低い場合があるのは、現在も同じでしょう。
    教育能力は、共感する能力。
    講師にふさわしい能力の学生の幅がさらに狭くなってしまいました。
    ですから、講師選びは、慎重に。

    第一印象や先入観で決めてしまわず、お子さんに本当に合っている講師を選んでください。
    そして、1度決めたら、待ちましょう。
    勉強には、タイムラグがあります。
    結果が出るのは、早くても、3か月後。
    とにかく、半年待ちましょう。
    半年待って、結果が出なかったら、講師を替える。塾を替える。
    何らかのアクションを起こしてください。
    その前に、「今度成績が上がらなかったら、講師の先生を替えるか、塾をやめようね」
    と、お子さんに、あらかじめ伝えておく必要があります。
    その講師のことが本当に好きなら、講師のために頑張る場合もありますから。

    当然ながら、半年待っても大丈夫なほど、アクション開始はお早めに。
    受験学年になってから、そんなことで無駄な時間を費やさなくても済むようにしたいですね。
      


  • Posted by セギ at 14:25Comments(2)塾選び

    2012年03月22日

    通信添削は有効か


    本日体験授業のお問い合わせをいただいたのですが、返信しようとすると、
    Undelivered Mail Reterned to Sender
    と出てしまい、返信メールを送ることができません。
    他の方へのメールは通常通りに送ることができます。
    システムの不具合で、その方のアドレスが誤って表示されているのではないかと思います。
    お手数ですが、再度、お問合せ画面から、お問合せください。
    その際、本文中に、メールアドレスと電話番号をご記入いただけますと、もしもまた返信できない場合にもご連絡の手段を確保できます。
    よろしくお願いいたします。

    さて、今日は、通信添削の話。
    去年まで働いていた、集団指導の塾の中学生たちの中には、通信添削もやっているという子が多くいました。
    一種の流行りという印象でした。
    子どもにねだられれば、出してしまう程度の金額なのが、通信添削。
    しかし、現実には、あまり役に立っている印象はありませんでした。
    課題を出さず、ため込んでいる子が大半。
    出すとしても、きちんと予習をしてからではなく、やっつけ仕事のようにぱっと課題を解いて出すだけ。
    添削された答案が返ってきたら、見ることは見るけれど、それで復習するわけではありません。
    やらないか、やりっぱなし。
    どんな精選された良問ばかりの添削課題だろうと、その学習姿勢では、効果は期待できません。

    なぜ、それでもやるのかと生徒たちに訊くと、何人かの生徒がこう答えました。
    「付録の教材がいい」
    へえ・・・・・。

    どんなにいい教材なんだろう。
    中学生が言う、良い教材とは、どんなものだろう。
    非常に興味があり、見せてもらって、びっくりしました。
    彼らの言う、良い教材とは、実技4教科のポイントを整理したテキストだったんです。

    実技4教科。
    音楽・美術・体育・技術家庭。
    それの参考書が欲しくて、それで通信添削?
    通信添削の費用を考えると、その1冊の値段の高さにぞっとします。
    実技教科の成績の大半は、提出物の出来や、授業中に行われる実技テストによって決まります。
    ペーパーテストだけ頑張っても、良い成績は取れません。
    参考書は不要だと思います。

    でも、中学生は、その実技4教科のテスト対策テキストを持っている友達がうらやましくて、それで自分も通信添削をやりたいと、親にねだっていたんです。
    その他にも、ちょっと心惹かれる薄いテキストが何種類か。
    昔なら、「中一時代」「中1コース」などの学年別の学習雑誌の付録についていたようなものです。
    はあ・・・・・。
    いろいろな意味で、ズレている。
    でも、それが子どもというものでしょう。

    東京に住む生徒が、通信添削を受けなければならない理由はありません。
    近くに勉強を教えてくれる場所がいくらでもある、この都会で。
    勉強は、対面で教わるのがもっとも効果的です。
    目の前で、肉声で、直接教わることに勝るものは、ありません。
    講師は、目の前の生徒の目の動き、声の調子、微かな表情の変化から、常に、その生徒の理解を確認しています。
    紙を郵送して教わる。
    その情報量の少なさ。
    もどかしさ。

    それでも、近くに良い塾のない地方の生徒にとっては、通信添削は命綱。
    衛星予備校に通うのだって、家からバスに乗って、それから電車に乗って、と時間のかかる生徒にとっては、全国レベルの課題を、全国の仲間と競いあえる数少ない場です。
    そして、そういう一種の逆境から、物凄い才能が立ちあがってくる。
    通信添削の本質は、そういうものだと思います。

    ある英語教科書を出版しているのは通信添削会社で、準拠ワークのようなものは一切市販されず、そこの通信添削課題が唯一の準拠教材という場合がありますが、他の問題集を使っても勉強できますし、個別指導なら、準拠教材を講師に手作りしてもらえますよ。

    そんなわけで、一般的には、東京に住む中学生がやることに、あまり意味を感じないのが、通信添削。
    子どもがやりたいと言ったら、よくよく確認したほうがいいと思います。
    何のためにやりたいのか。
    教材が欲しいというのなら、何の科目のどんな教材が欲しいのか。
    それは、本当に必要なものなのか。
    書店で見つけることは、無理なのか。
    そこも、よく確認してください。

    通信添削のお金と、安いけれどあまり効果を感じない塾の費用を合わせたら、ちょっと高いけれど効果のある個別指導を受けることができるんですから。
    と、最後のは、宣伝でした。
    (*^_^*)
      


  • Posted by セギ at 00:02Comments(2)塾選び

    2012年03月17日

    塾選びの季節



    春休みが近づきました。
    塾選びの季節です。

    たとえば、中学生なら、どんな塾がいいか。
    国公立・私立中学に合格し、高校受験はしない場合、個別指導がお薦めです。
    集団指導塾の国公立・私立内部進学コースですと、複数の学校をまとめて1クラスにして指導している場合があります。
    学校の進度には、必ずしも合っていません。
    中高一貫校の標準進度で授業を進めていることが多いです。
    しかし、国公立・私立の英語の授業は、本当に多種多様です。

    文科省認定の「ニュークラウン」「サンシャイン」などの教科書を使うけれど、文法演習のレベルが高い学校があります。
    高校からの入学生を受け入れている私立の学校には、このタイプが多く、学習内容は、単元としては普通の公立中学と同じ進度です。
    ただし、内容は、発展的なものを含みます。
    私立高校受験レベルの勉強を学校でやると思えば良いでしょうか。
    高度なテキストで理解を深め、練習する必要があります。

    「プログレス」「トレジャー」などの、文科省認定ではない教科書を使う学校もあります。
    教科書準拠ワークなどは市販されていないため、1人では勉強するのが難しいです。
    「プログレス」「トレジャー」の指導経験のあるプロ講師に教わり、適切な教材も用意してもらうのが安心です。

    教科書を使わず、先生のプリントだけで授業を進める学校もあります。
    そういうとき、多くの場合、何を学んでいるのか生徒に伝わっていません。
    生徒は、文法体系を理解していないからです。
    「何か、先生が勝手にプリントを作っていて、よくわからない」
    たいてい、こういう言い方をします。
    これも、1人では、演習不足になりがちです。
    プリントを見て、学校の先生の意図やプリントの原典を読み取ることができ、同じ範囲の演習課題をどんどん与えることができるプロ講師がついていると安心です。

    意外に怖いのが、帰国子女を多く受け入れている私立中学。
    英語は、むろん学力別クラス編成ですが、上位クラスの英語の授業は、英語の日常会話に不自由はない生徒が半分以上いて、ふざけ散らしていて、訳がわからないということがあります。
    学力が高いがゆえに、帰国子女ではないのに上位クラスに入ってしまうと、大混乱が起こります。
    早く帰国子女に学習意欲を起こさせないといけないからでしょう、授業は、中1中2の文法など、あっという間に終わらせて、中1で現在完了に入ったりします。
    誰か大人が支えないと、基礎から崩れていきます。

    授業では扱わないけれど、NHK「基礎英語」がテスト範囲に加わる学校も多いです。
    ほおっておくと、中学生はラジオの英語講座なんか聞きません。
    毎月のテキストも買い忘れます。
    聞いても、聞き流しているだけで、何を勉強していいのか、わからない子も多いです。
    テストの度、「基礎英語」の分だけ、がっつり失点します。
    集団指導で、このいちいちの面倒を見るのは、無理があります。

    国公立・私立中学の英語は、個別指導がお薦めです。

    一方。
    高校受験をするのであれば、学校の進度にこだわらない塾のほうが良いと思います。
    定期テスト前には、テスト対策もしますが、基本は、先取り学習。
    目標は、学校の予習復習ではなく、高校受験です。
    しかし、先に進み過ぎるだけでは、何も身についていないことが多いので、常に定着をチェック。
    早く学んだこと、そして速く学んだことは、さっさと忘れてしまうのも人間。
    先取りと復習を組み合わせ、本物の学力を構築する。
    そうした集団指導塾のほうが、秀才には、向いています。

    その場合、学力によってクラスを分けるタイプの塾のほうが、競争力が増します。
    1学年で1つのクラスでは、学力差がどうしても出てしまいます。
    理解の遅い生徒のほうに講師は時間も手間暇もかけます。
    高度な学習もできなくなります。
    学力は、できるだけ均質であるほうが良いのです。
    最低でも、2クラス。
    できれば、3クラス以上ある集団指導塾がいいです。
    この場合、あからさまに学力別クラス編成であることが、絶対に必要です。
    勝ち抜いて上のクラスにいることは、プライドにつながり、ますます学習意欲が増します。

    ただ、そうした塾で、一番下のクラスに入ってしまったら。
    クラスの雰囲気がどんよりしているのは、否定できません。
    学習意欲が低く、宿題をやってこない子が多いので、やらないのが当たり前になっていきます。
    意欲は、伝染します。
    そこで、自分だけ意欲をもつと、浮いてしまいますし。
    浮いてしまうことは、中学生にとって、最も恐ろしいことの1つ。
    身を守るために、本人も、どんよりしていきます。
    勉強したくても、成績を上げたくても、授業のレベルが低いので、教わる内容にも、限界があります。
    負けたまま終わるのが嫌だからと、無理をしてそのまま塾にとどまる意地っぱりな子もいますが、一度落ちたら、その同じ塾で上がっていくことは、非常に難しいです。
    塾を変え、学習環境を変えて、巻き返しましょう。

    そのとき、本当にやる気があるなら、個別指導をおすすめします。
      


  • Posted by セギ at 15:22Comments(0)塾選び

    2012年02月24日

    中学のことを案外知らない子どもたち


    都立入試も終わり、合格発表まで、また長いインターバルとなりました。
    休む間もなく、期末テスト期間に突入です。
    頑張ります。

    さて、もうすぐ3月。
    中学入学をひかえた小学6年生はワクワクの季節。
    口は達者だし、かなり反抗期入ってるし、まあしっかりしてるから大丈夫、と思っていると、この情報社会で、意外にカヤの外にいる子が多いのが、最近の子どもの特徴です。
    勉強のことを話せる友達がいないという子は、案外多いです。
    くだらないことは、話せるんですけれど。

    お兄さん、お姉さんがいれば、その動きを見ていて、中学生活というものが大体わかっているのですが、ひとりっ子ですと、上からの情報も皆無。
    親は、そんなこと、当然知っているだろうと思って、説明しないことが多いですし。

    中学に定期テストというものが存在することを知らない子は、かなりの割合で存在します。
    たとえ知っていても、その重要性はわかっていません。
    定期テストで、成績がほぼ決まるということを、知りません。
    成績も、科目ごとに数字でかっちり評価されるということを知りません。
    「授業態度が良ければ、大丈夫でしょ」なんて言います。
    それは、あんまり加点はないんだけどなー。
    授業態度が悪ければ、成績がワンランクダウンすることは、よくありますが。
    「提出物が20点分あるって、学校の先生は言ってたよ」
    なんて、得意げに情報提供してくれる子もいるのですが、提出物は、よほど意欲のない子以外は、全員出すので、点差は開かない。
    出すのが当たり前なのですが、学校のワークをテスト前に全部解くだけでも、ものすごく努力している感覚のある子は、それで成績が上がる気がするようです。
    冷静に考えよう。

    さらに、そうやって決定した成績を、高校受験で使用するということを知りません。
    すべてにおいて、小学校のカラーテストや、「あゆみ」と同じ感覚でいます。
    甘いな。(^_^;)

    極端な例ですと、中学に英語のテストがあることを知らない子もいます。
    前にも話しましたが、小学校の英語が、簡単な英会話やゲームや歌ばかりやっているせいで、「英語って遊びなんだ」と思い込んで、勉強だということがわかっていないんです。
    英語との幸福な出会いであるという側面もありますが、その思い込みが強すぎて、英語を真面目に勉強することができません。
    中1の中間テストだけは易しいので何とか乗り切れても、その後、テストの度に見事に得点が半減していきます。
    つまずくと厄介なのが英語。

    以前勤めていた塾での、中学準備講座でのこと。
    英会話スクールに通っているし、英検4級に受かっているというので、経験者クラスに入れたら、アルファベットを四線のどこに書くかのルールを知らず、線を無視して全部ど真ん中に書いていた子がいて、授業の途中で、初心者クラスに移動させたこともあります。
    そうではなくても、小学生は、大文字しか書けない子が大半。
    でも、使用頻度の高いのは、小文字。
    それは、すぐに覚えなければならないことです。
    小文字も書けないまま中学に入るのは、「学校で教わるから大丈夫」と思って、ひらがなも書けない状態で小学校に入学させるのと同じくらい危険です。
    物覚えの悪い子は、小文字26文字は、そんなに一度には覚えられないです。
    周りの皆が既に覚えていることに委縮し、焦ります。
    あげくに、bとdとの混乱が中3になっても続きます。(>_<)

    本当は、ローマ字の読み書きもできると良いですね。
    何となくでいいですので、文字と音との対応がわかっているほうが、読むように書くことが身についていきます。
    そうじゃないと、読み方がわからないまま、文字だけ覚えるような状態になります。
    乱数表を覚えるようなもの。
    そんなの無理です。

    数学は、最初は易しいのですが、結局、小学校で計算力がつかないままだった子、特に分数が苦手で、何でも小数に直して計算してしまうため、実は通分や約分がよくできないままだった子は、すぐに壁に突き当たります。
    また、不器用な子は、算数から数学への意識の切り替えができず、せっかく正しい解法と答案の書き方を学校で教わっても、それはそれとして、くちゃくちゃと筆算し、答えだけぽつんと書いて、くちゃくちゃの筆算はすぐ消すといった小学生のままのことをやりがちです。
    これは、習慣化する前に、大人が側について、「違う」「違う」「違うよ」と言い続けないと、直りません。
    学校の先生が板書することも、教科書に書いてあることも、わかりやすいようにそう書いてあるだけだと勘違いして、自分もそう書くのだということが理解できていない子は多いです。
    私立の生徒の場合、
    「中学の数学の先生、絶対こう書けってうるさい。ちょっとでも違ったら、テストは×にするって言う」
    と、厳しく監督してもらえているのがわかる場合が多く、うるさいどころか、きわめて普通の答案作りを要求してくださっているので、私は内心、学校の先生バンザイ、と思っているのですが、公立の場合、そこまで厳しくするのは無理なのか、言っても生徒が聞かないのか、大半はぐちゃぐちゃです。
    この答案では、中学3年間は何とか乗り切れても、高校数学は無理だろう。
    中1の最初から、それが見えてしまう場合があります。
    先のない勉強はしないでほしい。

    そんなこんなで、中学に入学する前に、準備講座を受講することをお薦めします。

    セギ英数教室の中学準備講座は、完全個別指導。
    準備講座期間中は、90分の中で、英語・数学の2科目を受講できます。
    90分、4,000円。
    お好きな回数だけ学べます。
    期間は、3月1日から4月7日まで。
    お問合せ、お待ちしております。
      


  • Posted by セギ at 11:53Comments(0)塾選び

    2011年11月16日

    絶対に伸びる子


    どの子も伸びる可能性があります。

    しかし、いつまでに、どれくらい、ということになりますと、本人の性格、生活習慣、といった要素が複雑にからんできて、なかなか先が読めない場合があります。
    そうした中で、この子は、絶対伸びる、飛躍的に伸びる、受験の朝まで伸び続ける、と確信が持てるのはどんな場合かというと、いくつかの条件がそろっている場合です。

    今日は、その理想の条件が全てそろっている場合のお話を。

    中3の夏まで部活ばっかりやっていて勉強してこなかったので成績が悪い男子というのは毎年多いです。
    都立で言うと国立高校とか国分寺高校に入りたい、あるいは大学付属の有名私立高校に入りたいと言われると、こちらも、うーん、もう中3の夏ですよ、今からですか?という気持ちになります。
    でも、小金井北高校や、昔で言えば三鷹高校に行きたいという場合、本人のそれまでの成績にもよりますが、それは実現可能な目標として見えてきます。
    なぜ男子限定なんだ、男女差別なのかというと、女子でも、部活動で、人間関係のつまらないゴタゴタにうんざりしてきたようなタイプの子なら大丈夫です。
    しかし、
    「あの2年は、先輩に会ったら3回ずつ『おはようございます』を言うルールなのに、2回しか言わなかった。生意気だ」
    みたいなことを本気で言っている子は、伸びることは伸びるけれど、今回お話するタイプの子とは少し違うかなあ、と感じます。
    客観性に乏しく感情的になりやすい子は、勉強しているときにもそれが表れて、ブレーキがかかる可能性があるからです。
    常にその子の感情に気を遣って指導しなければなりません。
    最短最速で最高の伸び、とはいきません。

    部活、特に運動部で、仲良しサークル的なものではなく、コーチや監督に怒鳴られ、厳しい練習が当たり前だった子は、勉強も、厳しいのが当たり前とわかっています。
    これだけの質の、これだけの分量の練習を、毎日毎日こなせばこうなる、ということを体感しています。
    努力の大切さ、練習の大切さが、わかっています。
    本気の努力をしたこともないくせに、「努力しても自分はどうせダメだ」みたいな面倒なことを言いません。
    サボらず勉強してくれます。
    仲間と競いあい、自分の得点を声に出し、勝った、負けたと言い合うことにも慣れています。
    あいつが毎日5時間勉強するなら、俺は、毎日6時間勉強する。
    そんなことにも慣れています。

    もう1つ。
    絶対に必要なこと、ではありませんが。
    学校の先生に、勉強のことでけなされ、傷つけられた過去がある。
    あるいは、前に通っていた塾の先生に傷つけられた過去がある。
    内容にもよりますが、そういうのは、本人の受け止め方によっては、自分を伸ばすきっかけになります。
    だから、その先生はあえて悪役を引き受けてくれたのだろう、と私は判断することにしています。
    どういうつもりで言ったのかは、本人に訊かないとわからない。
    だったら、良い方向に解釈しておけばいい。
    誰かが悪者になって、本当のことを言わないと、何も変わらない。
    その悪役をあえて引き受けてくれたのだろう。
    短期間で、飛躍的に伸ばすには、荒療治が必要なことがあります。
    その荒療治を既にその人がやってくれていて、後は、フォローするだけ。
    有難い、と心の中で手を合わせます。
    もっとも、これは、子どもの性格によるので、
    「わかったよ。俺は、どうせダメだから、もう2度と勉強しない」
    と思ってしまう子には、言わないほうがいいことですが。

    否定された。
    悔しい。
    何とかして、あいつを見返したい。
    自分がダメではないことを証明したい。

    そういう方向にものを考えることのできる子は、既にモチベーションはマックスですので、質の高い課題を与えれば、どんどんこなし、伸びていきます。
    実は、そういうふうにものを考えることのできる子は、中3にして案外戦略的で、表面は感情的になっていません。
    時間がかかることも、努力が必要なこともわかっているので、いちいち感情的になってはいられない。
    いい顔つきをしているな、と感じます。

    これだけの条件がそろっていれば、奇跡が起きます。
    いえ、それは、奇跡ではなく、伸びるのが当たり前です。

    努力の大切さを既に実感している。
    努力し続けた経験がある。
    他人と競いあうことができる。
    悔しさを自分で良い方向に導く心の力がある。

    この条件をそなえている子、実は、かなりの確率で存在します。
    もう何十人と出会ってきました。
    こうした子に出会うと、私の頭の上では勝利の鐘が鳴ります。
    この子は、絶対に伸びる。

    こうした子、今年も生徒にいます。
    私は見るたび目を細めてしまいます。

    とはいえ、セギ英数教室の基本コンセプトは、こういう生徒が対象ではないんです。

    このような飛躍的な伸びはないだろうし、心の力も、弱いのかもしれない。
    ガサガサした感じは嫌いだし、競いあうのも苦手。
    でも、本当は、勉強ができるようになりたい。
    そのことだけは、嘘ではない。

    そういう子を、内気な秀才に変容させる。
    条件なんかそろわなくても。
    時間は、かかりますが。

    写真は、去年撮影した、丹沢大山北尾根の黄葉。
    北尾根は、交通の便が悪く、道も多少不明瞭で、山地図ではなく、地形図を読むことができる人以外は、入らないほうがいいですが、それだけに、素晴らしい紅葉が見られました。
      


  • Posted by セギ at 16:41Comments(0)塾選び

    2011年09月14日

    学校の先生の言葉



    もう何年も前、大手の個別指導塾に勤めていた頃の話。
    夏期講習で、小6の女の子を担当することになりました。
    私立の小学校に通っている子で、中学は内部進学が決定していました。
    その子に、中1レベルの数学を教える仕事でした。

    小6女子に、中1数学を教える?
    なんで?

    何だかよくわからないまま、塾の指定したテキストで、「正負の数」を教えました。
    ブラスとマイナスの符号がつくだけで、計算自体は、ひとケタ、あるいはふたケタの整数の計算が主ですから、小6で勉強していることよりむしろ易しいくらいの単元で、本人は楽しんで勉強していました。
    でも、なぜこの子が、小6で中1の数学を夏休みに勉強しなければならないのか、私には理由がわかりませんでした。
    特に算数が得意な子ではない。
    特に算数が好きな子でもない。
    中1数学の予習は、2月か3月、小学校の卒業が近づいてからやればいいことです。
    それより前にやっても、継続しなければ忘れてしまいますし。

    夏期講習というのは、生徒も講師も普段より人数が多く、ゴタゴタしていますし、一方、教務は正社員ですので、交替で夏休みをとりますから、なかなか落ち着いて教務と話をすることができない期間です。
    それでもようやく、彼女の担当教務と話をする機会があり、なぜ、小6の夏休みに中1の数学の予習をするのかを訊いてみました。
    「それは、お母さんからの要望だよ。学校の先生が、夏前の個人面談で、夏休みは、中学入学の準備のための勉強をしましょう、と言ったんだって」

    中学入学の準備のための勉強・・・?

    受験をしない小6の子が、夏休みに行う、中学入学の準備のための勉強というのは、中1の正負の数の予習ではなく、もっと根本的に、中学に入って困らないように、分数の四則計算を自在にこなせるようにしておくこととか、方程式の文章題でよく使う、割合や速さの単元を復習しておくこととか、中学の図形分野の知識がすんなり頭に入るように、面積・体積の公式をしっかり身につけておくくこととか、そういうことではないのかなあ。
    学校の先生は、そのつもりで言ったと思うけどなあ。

    なので、それを私が説明しますと、教務は、そんなことはわかっていてしらばっくれたのか、それとも、そのとき初めて気がついて、あっ、と思ったからなのか、急に不機嫌になり、もう返事をしてくれなくなりました。

    勉強は進んでいましたし、指導内容の変更の指示も出ないので、その先も、私は、その小6の女の子に、中1数学の正負の数を教え続けました。
    保護者からの依頼内容がそういうものであった以上、仕方ないのかもしれません。
    保護者が、学校の先生の言葉をそのように受け取り、そのように依頼してきたとき、それは違うんじゃないですかとは、塾として、なかなか言いにくいことですし。
    だけど、やっぱり、何かおかしい。
    本人も保護者も納得しているのだから、どこからも文句は出ないのだけれど。
    仕事とは、そういう面もあるものだけれども。

    これは、学校の先生の言い方が悪いとばかりも言えないことで、学校の先生だって、そんなに意味のあることばかりしゃべり続けることはできませんから、ときどき、ものすごく適当なアドバイスをして、言った本人も覚えていなかったりするのですが、保護者によっては、それを、大切に受け止めてしまいます。

    学校にクレームがつくことが多くなった昨今では、学校の先生の言うことは、オブラートでくるまれ、ますます遠回しになっていますし。

    また別の年の夏。
    中3の受験生から、学校の夏休みの宿題を教えてほしい、という依頼がありました。
    9月初めの、夏休み課題テストの範囲なので、とにかく宿題を徹底的に教えてほしいというのです。
    しかし、中3受験生ですから、夏休み課題テストよりももっと重要なテストが秋にいくつも控えています。
    2学期の中間テストと期末テストで何とか得点アップできるよう、2学期の予習をすることも重要ですし、9月から本格的に始まる校外模試の対策として、より実践的な演習も始めなければならない時期です。
    学校の宿題だけの限られた勉強をしている場合ではありません。

    これも、本人から話をきくと、三者面談での学校の担任の先生の言葉を誤解しているのではないか、と思われるふしがありました。
    その子は、1学期の成績から考えれば、志望校が高すぎるのでした。
    しかし、学校の担任の先生は、「そこは無理だから、受けるな」とはなかなか言えません。
    1学期の内申で換算すると、5科の入試で平均90点以上取れれば合格するね、という言い方しかできません。
    あるいは、内申を1学期より10上げた場合は、入試で平均80点以上取ると合格するね、という言い方。
    その子の学力では、入試当日で平均90点を取ることも、内申を10上げることも、正直言って、あまり現実的ではありませんでした。
    担任の先生は、要するに、言外に「無理だ」と言った。
    データで、それを示した。
    また聞きですが、私には、そう聞こえました。
    けれど、本人と保護者は、そうは思わなかった。
    「合格するには、どうしたらいいでしょう」と尋ねました。
    担任の先生は、困ったと思います。
    2学期は、学習内容も難しくなるから、定期テストで得点を上げるのは難しいですね。
    そう答えたというのです。
    これは、もう相当はっきりと無理だと言っている、と私には聞こえました。
    ところが、それでも、本人と保護者の耳には届かなかった。
    「では、どうしたら、いいのでしょう?」
    担任の先生は、本当に困ったと思います。
    とりあえず、夏休みの宿題を頑張って、課題テストで良い点を取ることを目標としてみましょう。
    そう言ったそうです。

    それを受けての、個別指導塾通い。
    内容は、学校の宿題限定。
    とにかく、これだけを徹底的にやってほしい。

    学校の夏休みの宿題は、一応、受験勉強らしい内容でしたから、全く無駄ということはなかったのですが、他の受験生は、学校の宿題もやりますし、塾の勉強もします。
    秋には、さらに学力差が開く可能性のほうが高いのでした。

    誰が悪いのか。
    何が悪いのか。
    今も後悔が残ります。

    カリスマ性を発揮し、それまでおつきあいのなかった生徒を1度で引き付け、誤解に気付かせ、私が信じる通りの指導ができるようにすれば、後悔はないのです。

    私が悪かったんだ。
    もっと頑張らないと。


    写真は、奥多摩御嶽山に咲く、ツリフネソウ。
      


  • Posted by セギ at 18:00Comments(0)塾選び

    2011年07月21日

    まだ2年生だから

     





    海の日連休は、富士山で遊び、その後は、台風の影響で天気がぐずついて、何となく停滞しておりましたが、今朝、また1件、お問合せをいただき、活力がみなぎった感じです。
    これも、富士山のご利益でしょうか。
    (*^_^*)

    さあ、夏期講習までラストスパート、つなげていくぞー、という気持ちで、午前中はポスティングをしてきました。
    今日は、三鷹陸橋の西から。
    kisaragi先生に教えていただいた、陸橋前の豆腐屋さんで、おからドーナツも購入。
    おからドーナツは大好きで、高尾山に行ったときにも帰りはほぼ必ず、するさしのおぼろ豆腐とおからドーナツを買って帰ります。
    1つ80円。
    薄いビニール袋1枚に、するっと包んでくれました。
    簡易包装は、賛成だー。

    帰ったらそれをおやつに食べるのを楽しみに、さくさくとポスティングしてきました。

    さて、本題。
    中学1年生か2年生くらいは、まだまだ個人差の大きい時期で、特に男の子は、まだ小学生に見える子もいますし、親としても、ついのんびりして、まだ中2だから、塾なんて早い、と思ってしまう場合があります。
    特に、ご両親が、公立中学で部活と勉強を両立させ、しっかり勉強してレベルの高い公立高校に合格し、大学進学も結果を出した方の場合ですと、自分の子も、同じ道を行かせれば大丈夫、と考えてしまう場合があります。
    お父様が地方出身の場合は特に、そういう家庭の方針になることがあります。
    しかし、お父様が通ったのは、公立中学といっても秀才はたくさん存在したわけですし、私立よりも公立高校のほうがレベルが高かった場合も多いです。
    東京の教育事情は、少し違います。
    秀才の大半が、中学からは、私立か国公立の学校に行ってしまいます。
    もちろん、全員いなくなるわけでは、ありません。
    少数の秀才は、公立中学に残ります。
    でも、多くは、別の中学に通う。
    そうすると、繰り上がりのような形で、公立の中学で、そこそこ勉強ができているような感覚に陥る場合があるのですが、そのとき、忘れてはならないことがあります。
    将来の、大学受験のライバルたちは、今、目の前にいないだけで、消えたわけではない。
    高度なカリキュラムの中学で、さらに才能を磨いている。
    中学・高校と別の進路をたどる彼らと、大学受験で競いあうときに、果たして勝負ができるのか?
    まして、大学入試は、全国の秀才が東京に集まってきます。

    以前勤めていた塾では、夏の前の面談で、こんな会話を交わすことがよくありました。
    将来の希望をお母様に尋ねると、国立大学か、有名私立大学に行かせたいとおっしゃるんです。
    「東大とは言いませんが、学芸大か、あとは、東工大が、今は、就職率が高いそうですね」
    「・・・・そのようですね」
    「それが無理でも、せめてMARCHくらいは・・・」
    「・・・・そうなると、高校は、私立の付属か、都立上位校に行きたいですね」
    しかし、その子のその時点での成績は、そんなことはとても望めません。
    「3」の中にいくつか「4」もあるので、案外良い成績のような誤解をしがちですが、絶対評価の場合、それは、あまり良い成績ではありません。
    しかし、夢はかなえてあげたい。
    それには、成績を「4」と「5」だけにしないといけないから、と私が忙しく頭をめぐらせていますと、お母様は言います。
    「それで、まだ中2ですので、夏はゆっくりさせてあげたいと思いますので、夏期講習は、参加できません」
    「・・・・」
    この瞬間、この子の都立上位校入学の可能性は、ほぼ消えた、くらいの絶望感を私はいだくのですが、お母様には通じないことが多かったように思います。
    塾の営業戦略に、私は勝ったわ、みたいな笑みすら浮かべていたり。
    そういうことではないのにー。
    (^_^;)

    まだまだ幼い中学生に、ひと夏自分の責任で過ごさせたら、勉強しません。
    学校の宿題すら、こなせない可能性があります。
    「2学期に補習してくださいね」とついでにさらりと要求される場合もありました。
    しかし、他の子が夏の間に努力して身につけたことを、2学期で多少補習しても、遅れは取り戻せません。

    「どうせ復習でしょう」と言われたこともあります。
    身についていないことを復習することの価値がわからなかったら、家でも、復習しないのに。
    お母様は絶対やらせるつもりでも、毎日毎日の格闘で、子どもがねばり勝ちするのは目に見えています。
    勉強しないための努力は惜しまない。
    そういう不可解なところが子どもにはありますから。
    確実に、夏前よりも、地力が落ちます。
    2学期になって、夏の間に後退したことを、どこまでカバーできるか。

    中3の夏。
    本来は素質のある子が、ようやく部活を終えて、塾に入ってくることがあります。
    もしも中1から来てくれていたら、私立でも、都立上位校でも、望むところに行かせてあげたのに、と歯ぎしりしたいことがあります。

    本物の秀才を育てるには、時間がかかります。

    どうか、早めに塾に来てください。

    写真は、富士山。
    最高峰剣ヶ峰から振り返った、富士浅間神社奥宮周辺。






















      


  • Posted by セギ at 16:32Comments(4)塾選び

    2011年07月12日

    後ろが重い



    10年くらい前からでしょうか。
    公立中学生が持ってきてくれる定期テストの得点分布図に、「フタコブラクダ」の傾向が表れ始めました。
    80点台を取る子が多く、そこに1つのピーク。
    30点台を取る子も多く、そこにも1つのピーク。
    学年平均点は57点、と言われても、現実にそんな点を取っている子は、ほとんどいないのです。
    普通の子がいない。
    勉強ができる子と、できない子しかいない。

    それは、本来、普通の能力を発揮できる子が、学力不振に陥っているということを意味していました。

    少人数制授業など、さまざまな取り組みがなされ、近年の得点分布図は、そこまで露骨なフタコブラクダであることは少なくなりました。
    けれど、依然として下が重い。
    50点台から20点台まで、同じくらいの人数が分布して、きれいなピラミッドには、なっていません。

    繰り返しますが、それは、本来、普通の能力を発揮できる子が、学力不振に陥っているということを意味します。
    多くの子が、本人の持っている本来の能力と、現実の得点にギャップがあります。
    「やればできるのに」という状態です。

    でも、「あなたは、やればできるのよ」と何度言いきかせても、おそらく、本人は、聞き流すだけです。
    そういう言葉を信じないから、今があるのだと思います。

    ちょっと頑張ってみたんだけど、やっぱりできなかった経験。
    彼らが努力できずにいる原因の1つは、そういう本人の経験なのかもしれません。
    大人の目から見たら、努力のうちにも入っていないようなことでも、努力をした経験がほとんどない子にとっては、必死の努力が無駄になった記憶として残っています。

    テストの前の晩に、1時間勉強したのに、点数が悪かった。

    大人から見たら、「当たり前だろ、1時間くらい、勉強したうちに入るか」と思うことでも、本人は、ひどく傷ついて、もう勉強しない、どうせやっても無駄だ、と思い込んでいたりします。

    努力した経験が乏しく、メンタルが弱い。
    そういう子に、「勉強しなさい」「努力しなさい」と言うだけでは、何も事態は変わりません。

    学習環境を変えましょう。

    このままではまずいと、どんな子でも、心の底では思っています。

    セギ英数教室は、夏期講習受講生を募集しています。

    画像は、山梨県三つ峠山、八十八大師。



































      


  • Posted by セギ at 01:13Comments(0)塾選び

    2011年06月30日

    見直しができない



    多くの小・中学生の傾向として、自分の解いた答案の見直しができない、ということがあげられます。
    雑な解き方をする子ほどその傾向があります。
    自分がいい加減にグチャグチャと解いたものなんか、もう見たくないのでしょうか。
    字が汚いから、自分でも読みにくいし。
    「見直しはいいの?」と声をかけても、「いい」と応えて、机に突っ伏して寝てしまいます。

    「間違えてるけど?」と声をかけても、「別にいい」と返事をするようであると事態は深刻で、そのままでは成績は上がりません。
    そういう場合、生活習慣か、精神面か、何かに課題があり、簡単に改善できないことが多いです。

    でも、多くの場合、「間違えてるけど?」と言われれば、見直しを始めます。
    間違えているのなら、直したいんです。
    だけど、自分で解いたものの中から、ミスを見つけ出すというのは、子どもには難しいことです。
    「見直しても、ミスが見つからない」
    そんなことになりがちです。

    大人が自分のミスに気づくのは、やはり経験値がものを言うのでしょう。
    つまらないミスばかり繰り返していては社会的評価が低くなるとわかっている。
    何より、自分のやっていることに責任がありますから、他人に迷惑をかけないために、ミスはできない。
    だから、自分でミスを発見したい。
    同じミスは2度としたくない。
    大人もミスはしますが、それが表に出ないように必死です。
    自分のミスしやすいパターンを把握し、そこは特に用心します。
    要するに、本気です。
    当たり前ですが、子どもは、その必死さ、本気さが足りません。

    もう1つ。
    子どもは、まだ、「自分はミスをしやすい」ということを認められるほど精神的に成熟していないのかもしれません。
    自分が何をどのようにミスするかを振り返るという作業ができません。
    何回間違えても、間違えたことを忘れ、なかったことにします。

    子どもに勉強を任せていると、本人の性格がよほどしっかりしている場合をのぞき、このように、自分のミスに気づけず、見直しもできないまま、受験を迎えます。
    自信がなく不安なくせに、我が強い。
    そのようにアンバランスなところが学力に出たまま、試練の門をくぐらなければなりません。

    子どもには、大人の助けが必要です。
    勉強のやり方も、テストの受け方も、本当のところは、実は知らない子が多いんです。

    セギ英数教室は、夏期講習受講生を募集しています。
    必ず成績の上がる勉強を体験してください。
      


  • Posted by セギ at 23:36Comments(0)塾選び

    2011年06月18日

    わかりやすい授業


    「あの先生の授業は、わかりやすくて、面白い」。
    それは、かなりの賛辞なので、私も言われると非常に嬉しいです。

    わかりやすくて面白い授業。
    私は、個人的に、そういう授業をする講師を「パフォーマー」と呼んでいます。
    ただ、実際のところ、上手なパフォーマーに教わったからといって、必ず成績が上がるというわけではありません。
    授業は、わかりやすかった。
    よく理解できた気がする。
    満足して、家に帰り、問題集を開いてみる。
    でも、類題を自力で解くことができない。
    あれ?何でだろう。
    翌日、塾で質問する。
    やっぱり、わかりやすい説明だ。
    ああ。そういうことかあ。
    納得。嬉しい。
    で、家に帰って、別の類題を解く。
    やっぱり、解けない。そんなことが、案外あります。

    それは、そうですよね。
    たとえば、自転車。
    実際の乗り方を見せてもらい、乗るコツを教えてもらっても、それだけでは自分が乗れるようになりません。
    練習が必要です。
    トレーナーの補助を受けながら、練習する時間。
    その時間が、必要です。
    むしろ、一番貴重な時間ではないでしょうか。

    家に帰って類題が解けないことが自覚できる子は、実は、かなり意識の高い子で、中には、授業を受けただけで満足して、家で復習しない子もいます。
    すばらしい授業を聞いた。
    もう今日は、十分に勉強した。
    頭が良くなった気がする。
    満足満足。
    ・・・で、寝てしまう。
    このタイプの子、多いです。

    「塾の授業、どう?」
    とお子さんに訊いて、
    「うん。わかりやすいよ」
    という応えが返ってきたとき、
    とりあえず、第一段階はクリア、くらいの受け止め方のほうがいいかもしれません。
    最初はそれでよしとして、その後、成績の推移を見てください。
    もちろん、目先の数点にこだわって、いちいちカリカリしても始まりません。
    上がる前には下がります。
    成績はジクザグに推移することが多いです。
    一度下がり、その後、今までとったことのない高い偏差値に到達し、また下がる。
    その繰り返しで、長期的には上向きであること。
    その傾向が見えているとき、その塾に通う意味があると思います。

    上手なパフォーマーであるだけでなく、優れたトレーナーであること。
    生徒の成績が、実際に目に見えて上がること。
    「わかる」のではなく、「できる」ようになること。

    私の目標です。

    写真は、那須三本槍岳で撮影した、オオカメノキ。
    ムシカリの別名でご存じの方も多いかもしれません。
    初夏の山でよく見る、さわやかな白い花です。

















      


  • Posted by セギ at 14:15Comments(0)塾選び

    2011年06月13日

    テストの点を覚えていない


    進学塾というところは、生徒の成績が、現在どのようで、それがどのように推移しているか把握していなければ、指導できませんから、中学生・高校生には、定期テストの度に点数を、そして学期末ごとに、成績表の数字を報告してもらいます。

    データの正確さでは、やはり保護者に電話でうかがうのが一番で、電話口では、「今ちょっとわからないですけど」とおっしゃる方も、お子さんに成績データを持たせてくださいます。
    何の用件であっても、保護者の方と良く接触し、お話をうかがうことは大切なので、良い方法です。
    大手進学塾の教務ですと、1日に〇〇件の保護者と電話連絡をとる、というのがノルマになっていたり、それを業務日報に記録しなくてはならなかったりします。

    ただ、生徒に用紙を渡して成績を記入してもらう形式も、そこから見えてくることがあります。
    正確に記録できる子とできない子がはっきりわかれる。
    「忘れた」と言って、書かない子がいるんです。

    返ってきたばかりの定期テストの点数を忘れた?face08

    「大体でもいいよ。42点か43点か思い出せないというのなら、45点にしておいていいんだよ」
    あえて低めの点数を例に出して安心させようとしても、手が動きません。
    「70点台だったか、それとも40点台だったか、くらいは、覚えているよね?」
    「覚えてない」

    悪い点を書きたくなくて、忘れたふりをしている場合もあります。

    忘れたふりをするのも、問題はあるのですが、それは、こちらから家に電話すれば済む話ですし、悪い点数を報告すると塾に怒られる、恥ずかしい、と本人が思い込んでいる図式を崩し、一緒にその点数を何とかしていくんだという方向にもっていくのは塾の責任です。

    でも、本当に問題を感じるのは、その子が、事実、忘れてしまっている場合です。

    さほど努力もしなかったテストの結果など、記憶には残らないのか。
    嫌なこと、覚えていたくないことを、記憶から消去し、リセットしてしまう心のあり方なのか。

    いずれにしろ、自分の点数を覚えていない子の成績は、上がりにくいです。
    まず、自分の点数を記憶させるところから、始めなくてはいけません。


    写真は、先週、那須三本槍岳の山頂から風景。





























      


  • Posted by セギ at 21:35Comments(0)塾選び

    2011年05月16日

    ピンクとオレンジのペン



    中間テスト前ですので、勉強の仕方の話を。

    やけにきれいなノートを作って、それで「勉強した」と満足してしまうのは、成績不振の女の子にときどきみられる傾向です。

    ノート作りが目的になってしまっているのですが、そうではなく、作ったノートで重要事項を覚えなければ、テストで正解できません。
    ノートを作るのが悪いのではなく、作ったノートをどう活用するか、です。
    普段の予習・復習と合わせて、1つの単元が終わるごとに、暗記するためのノートを作っていくのも、いいと思います。
    私も、中学生の頃は、そうしていました。
    バス通学でしたので、テスト前は、バスの中でそのノートを開いて、暗記していました。
    今でも、電車の中で、そういうノートを開いて見ている子を見ますと、ああ、頑張ってるな、と感じます。

    ただ、ノート作りは、案外時間がかかります。
    普段のノートとは別に、暗記するためのノートをまた1冊作るというのは、作業的に無駄に感じることもあります。
    ノートを作ることで復習にはなりますが、それだけで暗記できるわけではありませんから。
    また、暗記の時間も必要。
    問題練習する時間も必要。
    だけど、勉強時間は、限られている。
    そういう場合、授業用ノートを、そのまま、暗記するためのノートにしてしまうという方法があります。
    最初から、まとめノートを作るつもりで、書いていく。
    学校の授業での先生の板書も、塾の先生に教わったプラスアルファの重要事項も、自分で参考書を見て理解したことも、1冊のノートに集約させていく。
    教科ごとに、さらに細かいノウハウがありますが、そうやって普段からノートを作っていく。
    秀才男子は、こういうノートを作っている場合が多いです。
    他人が見ると、あまりにも書き込みが多くて、何だかよくわからない場合が結構ありますが、本人がわかっているなら、何も問題ないですね。

    また、最近は、学校の先生の作るプリントがとても親切でわかりやすいことが多くなりました。
    重要事項が書き込み式になっているので、そのプリントを見直せば、テスト前に暗記すべきことがよくわかる。
    これならば、新たにノートに書き起こす必要はないので、そのプリントをノートに貼っていけばいいわけです。
    プリントで、学校の先生が空欄にしてくれていた部分、すなわち重要事項には、色つきのペンで書き込みます。
    問題は、その色づかい。
    学校の先生がチョークで使った通りの色でノートに書いている子もいます。
    でも、赤や青や緑は、ノートには使わないほうがいいんです。
    学校の先生が、プリント提出の際に色使いまでくどくど言うのでない限りは。
    使う色は、ピンク、またはオレンジ。
    なぜ、その色なのか。
    赤シートをかけたとき、その色ならば、消えるからです。
    秀才の女の子は、ピンクやオレンジのペンを、濃淡いろいろ、何本も持っていることが多い。
    重要度に合わせ、どのペンを使用するか、本人の中で使い分けがあるんです。
    そして、覚えるときは、赤シートをかけて覚える。
    漫然と眺めても、覚えられるわけがありません。
    赤シートをかけて、本当に覚えているか、常にチェックする。
    常に、自分を試す。
    その繰り返しで暗記する。
    学校の先生からもらったプリントは、提出するのでない限り、すぐノートに貼ってしまい、いったん、鉛筆で書きこんだものも、暗記の必要があると感じたら、すべて、ピンクかオレンジのペンで書き直しています。
    ペンケースの中に、小さなハサミとスティックのりを入れてあって、そんな作業も授業中にしてしまう子も多いようです。

    テスト前にいかに能率的に勉強するか。
    常に、それを考えて、普段から準備しています。
    有名私立の女子校に通う子は、部活の先輩や友達からこの勉強の仕方を教わっていて、私からは指導の必要がない場合が多いです。

    これらは、何も特別な方法ではなく、勉強の上手な子が、よくやっている方法です。

    けれど、公立中学の生徒は、このことを知らない子が多いんです。
    受験勉強の上手い子の多くが、中学入学とともに他の学校へ行ってしまって、こういう勉強のやり方を友達から教わる機会が少ないのかもしれません。
    こういうやり方は、友達や先輩から教わるのが、一番素直に、真似しようという気になれます。
    大人の言うことには、何となく心が逆らう年頃。
    一方、友達や先輩の言うことなら、根拠のない不確かなことでも、丸ごと信じる年頃ですから。
    その時代に、良い勉強方法を友達に教われない、そういう情報が友達から得られないというのは、1つの不運かもしれません。

    しかし、得られないものは仕方ない。
    セギ英数教室に入会のお子さんには、ノート作りから、細かく指導いたします。
    中学生の場合は、定期テストに備え、理科・社会のノート作りも助言します。


    さて、今週の木曜日、中学受験生のお子さんをお持ちの保護者の方を対象に、中学受験算数講座を開きます。
    今回のテーマは、「数列」です。

    日時   5月19日(木)午前10時から11時30分
    場所   三鷹産業プラザ7階 702会議室
    参加費  2000円 当日集めさせていただきます。
    持ち物  ノート、筆記用具。


    また、金曜日は、中学レベル数学を実際に解いて楽しむ「大人のための数学教室」を開講します。
    1次関数の2回目です。
    前回の復習から入りますので、初めての方でも大丈夫です。

    日時   5月20(金)午前10時から11時30分
    場所   三鷹産業プラザ地下1階 ビジネスコミュニティサロン内セミナールーム
    参加費  2000円 当日集めさせていただきます。
    持ち物  ノート、筆記用具、定規(ペンケースに入る短いもので大丈夫です)


    写真は、昨日歩いた陣馬山。
    5月の快晴の下、こいのぼりが薫風に泳ぐ、さわやかな山頂でした。

















      


  • Posted by セギ at 15:29Comments(0)塾選び

    2011年05月14日

    テスト勉強の仕方



    テスト勉強の話の続きです。

    テスト勉強のやり方を知らない公立中学生が本当に増えたなあという話。

    2月まで勤めていた塾でのことです。
    明日は理科のテストというので、授業は中止し、自習に切り替えていた日のことでした。
    数学も英語も、テスト前日は、最終チェックと微調整をすればいいだけなので、テスト前は、案外やることがありません。
    生徒も、理科や社会の勉強をやりたがります。
    ある女の子が、ノートに、それはそれは精密な細胞の図を描いていました。
    教科書に描いてある、動物細胞と植物細胞の図です。

    「それ、何にするの?」ときくと、
    「明日の1時間目は自習だから、これを見て、覚える」と言います。
    覚えるのなら、今、教科書を見て、直接覚えたらいいと思うのですが、彼女は、とにかく、図を描くのに夢中でした。

    覚えるためのノートを作らないと覚えられないという人は、います。
    しかし、それは、少なくとも、テスト1週間前に完成させておくものです。
    それを見て暗記するのに、また時間がかかりますから。
    テスト前日に精密な図を描いているのは、学習の方向性に少し疑問を感じます。
    教科書から直接覚えることはできますし、コピーしてノートに貼るのもいいですよね。
    覚えることが最優先。
    きれいなノートを作ることが目的なのではありません。

    他の子が、理科のプリントが欲しい、と言いだしたこともあったので、一問一答形式のプリントをその子にも渡しました。
    幸い、そのプリントを受け入れてくれたのですが、今度は、手が動きません。
    テスト範囲の重要事項や用語をまとめた、簡単なプリントです。
    なのに、1問も解けない様子でした。
    しばらくして、解答を渡すと、彼女は、プリントに解答を丁寧に写し始めました。
    きれいな字で、丁寧に、丁寧に。
    そして、全てに赤丸をつけて、プリント作業終了。

    やはり、学習の方向性が、何か違う、と感じます。

    暗記する。
    問題を解いてみる。
    間違えたところをチェックして、覚えなおす。
    問題を解いてみる。

    こういう、誰もが知っている勉強方法を、その子は、知らない様子でした。
    あるいは、知っているのかもしれません。
    でも、この勉強方法は、慣れていないと、とても苦しい。

    なかなか覚えられない自分。
    問題を解けば、間違いだらけの自分。
    ダメな自分。

    そういうものと向き合う作業になります。
    それは、どんな秀才だって、そうでしょう。
    訓練しているから、そういう作業が速くスムーズになっているだけです。
    でも、その子は、それを知らない。
    そういう作業に、立ち向かえない。
    逃げてしまって、頭を使わない作業ばかりしてしまう。
    ほとんど頭を使っていない作業を「勉強している」と称してしまう。
    そういうことなのかもしれません。

    面倒くさがって、ノートをとらない子もいますが、このように、やけにきれいなノートを作り、何か作業はしているけれど、勉強のやり方に悪癖があり、こじらせている子もいます。
    ほおっておいたら、このままです。
    マンツーマンの指導が必要な子は、こういう子です。

    写真は、十枚山で見た、アセビ。
    もう終わりかけの様子でしたが、山頂付近に大きな木がありました。  


  • Posted by セギ at 13:57Comments(0)塾選び

    2011年04月20日

    アルバイト学生講師はダメなのか



    久しぶりに塾選びの話を。

    大手の個別指導塾は、特別料金を払う場合は別として、大学生のアルバイト講師が担当する場合が多くなります。

    学生講師は全てダメなのかというと、そんなことはない、と私は思います。
    勉強を教えるのは、経験も重要ですが、才能も必要です。
    人に説明するのが抜群に上手い人は、学生の中にもいます。
    本人が大手予備校に通った経験があり、トップ講師の授業をそっくり再現できる場合もあります。
    特に高校生の場合、これはお得です。

    何しろ若いですから、生徒を受け持つことが新鮮です。
    「先生」と呼ばれることが嬉しくて、プライベートの時間をたっぷり使ってプリントを作ったり、教材研究をしたり。
    子どものほうも、若くてかっこいいお兄さんやきれいなお姉さんに勉強を教われば、モチベーションが上がります。
    全く勉強しなかった子が、家で塾の宿題をやっている!なんてことも、あり得ます。
    いいことずくめですね。
    (*^_^*)

    じゃあ、それで決まりか?

    いいえ。安心はできません。
    上手くいっている間はいいですが、油断できないのが、アルバイト学生です。
    生徒と仲良くなり過ぎて、あっという間に馴れ合いになり、授業の半分は無駄話。
    これは、生徒にも原因があるんです。
    話を聞いてくれる相手がいれば、際限なく不満を口にしたくなる年齢です。
    若い先生は、強く叱れない。うなずいて、何でもニコニコ聞く。
    そりゃ、生徒は、エンドレスでしゃべります。
    話をさえぎったら、生徒はむっとして、じゃあ講師を替える、なんて可能性がありますから、生徒主導に陥る場合があるんです。

    また、学生講師の側にも問題が生じることがあります。
    若いうちは増長しやすいですから、慣れてくると、下調べもしないで授業をする可能性があります。
    最初のうちは、プライベートの時間も費やしていたのに、慣れてくると、「こんなことをしていたら、時給300円にもならないな」と考え始める。
    大学の勉強、就職活動、他のバイト、恋愛関係、いろんなことが、ダイレクトに仕事に影響するのも若さの特徴。
    仕方ありません。二十歳そこそこの子どもなんですから。
    自分が二十歳のときを思い出してみれば、それは、まあ、そうなっても仕方ないなあ。
    正社員である教務が監督しているとはいえ、講師が多くなればなるほど、全てには目が届かないのが実情です。
    塾任せにしないで、保護者が常に様子をうかがっていないと、危ないです。
    これは、どの個別指導塾がいいとか悪いとか、そんな風評とは関係がなく、どの講師に当たったか、の問題です。
    同じ講師でも、突然、崩れだすこともあるんです。

    こういうタイプの塾の場合、教務は、販売・営業職から転職した人が多く、しゃべりのプロですから、お母様たちは、何となく任せて安心な気分になります。
    しかし、よく考えたら、その教務は、営業職、すなわちしゃべりのプロで、人あたりはいいですが、逆に言えば、教育のプロではない、ということなのかもしれません。
    仕事ですから、情報収集は怠りません。だから、受験知識はありますが、子どもの心がわかっているとは限りません。
    どうすれば、子どもが伸びるのか、わかっているとは限らないんです。
    「とにかく勉強させればいいんだ。勉強時間と成績は比例する」と考えているだけかもしれません。
    教務全員が素人とも限らないので、保護者の方が、これも、よく見極めたほうがいいと思います。

    入会する前に、アルバイトや正社員募集のサイトを見てみるのも1つの方法です。
    「新1年生大募集。未経験でも安心。20代が中心の明るく楽しい職場です」
    と書いてあり、居酒屋のバイト募集とノリが同じでゾッとする場合もあります。
    (-_-;)
    時給も安く、こんなことで、いい先生が集まるの?と不安を感じるかもしれません。
    塾側の事情も知った上で、有効に利用してください。

    勉強嫌いな子が勉強を始める起爆剤になりうる。
    でも、頼りすぎると危険。
    常に様子を見て、停滞を感じたら、講師を替える。塾を替える。
    そうやって利用するのが、個別指導塾だと私は思います。  


  • Posted by セギ at 16:34Comments(0)塾選び

    2011年04月13日

    小さな集団指導塾



    2月まで私の勤めていた小さな集団指導塾は、生徒が年々減って、もう今年度からは、各学年1クラスしかありませんが、この春卒業していった中3までは、2クラスありました。
    そういう名称ではありませんでしたが、便宜上、上のクラス・下のクラスとしますと、上のクラスは、都立上位校・私立有名校に合格することが可能な授業を提供するクラスでした。
    立派な進学塾です。face16


    保護者の方はもちろん、生徒も、案外、東京の受験事情を知りません。
    なので、知っている人にとっては退屈な、東京の高校入試の基礎知識を少し。

    都立高校の入試の多くは、5教科の共通問題を使用して行われます。
    各教科100点。500点満点。
    全受験生の平均点は、例年300点前後です。
    そういうレベルの問題ですので、優秀な生徒は満点がとれます。
    これでは、優秀な生徒は、ほとんど差がつかず、ケアレスミスが1問あるかないかで合否が決まってしまう。
    なので、旧学区につき1校から2校、国数英の3教科のみ、各学校で独自に入試問題を作ります。
    これを「都立自校作成校」と呼びます。
    日比谷・戸山・青山・新宿・西・大泉・富士・白鴎・両国・墨田川・八王子東・立川・武蔵・国分寺・国立。
    これらの高校が、自校作成校です。
    なお、大学入試において進学実績の顕著な向上を目指して東京都が指定し支援している、「進学指導重点校」というのがあります。
    これは、日比谷・戸山・西・八王子東・青山・立川・国立。
    かぶっていますね。
    これらが、憧れの進学校です。
    「自作」という略称もありますが、「都立上位校」という呼び方も定着しており、私も、こちらの呼び方をよく使います。
    入試問題は、ボリュームがあり、レベルも高い。
    これらの学校を志望する子は、すべり止めとして、中堅私立の特進クラスを併願推薦として抑え、さらに、有名私立を一般受験して、ここもすべり止めとして抑えたうえで、万全の態勢で都立入試に臨むのが最善です。
    もちろん、家庭の考え方で、有名私立に合格したら、そこの大学に内部進学できる可能性は極めて高いですので、入試はここで終了し、都立は受けない、という選択はよくありますが、最終志望が国立大学である場合、都立上位校のほうを選ぶことが多いです。
    受かってから考えたらいいことですしね。face16
    贅沢な悩みです。

    都立上位校・私立有名校が志望校である場合、中学校の授業の予習復習だけでは、受験対策になりません。
    高い入試レベルに合わせた、高度な内容を学ぶ必要があります。
    学校では教わらないことを、たくさん。
    特に私立は、中学校では習わない学習事項も多く出題します。
    英語でいえば、不定詞の完了形・不定詞の受動態・使役動詞・知覚動詞・感嘆文・仮定法などなど、高校で学習する文法事項が入試問題に出題されます。長文読解問題の中に出てくる単語も難しく、1文ずつが長いので、そのレベルの長文に読み慣れていないと時間切れになります。
    数学でいえば、円と相似と三平方の定理の融合問題・五心・不等式の応用などなど、学校では習わない単元からの出題があり、知っておけば便利な解法テクニックや定理もたくさんあります。
    それを教えてくれる塾に行くことが必要になります。

    学校の成績がいいから都立上位校・私立有名校に入れるのではなく、そのための勉強をしているから学校の成績もよく、都立上位校・私立有名校に入れるんです。

    こういう受験が望みである場合、1クラスしかない小さな集団指導塾に通うなら、そこのレベルをよく確かめる必要があります。
    公立中学校の予習復習と定期テスト対策が目的の、いわゆる補習塾である可能性があるからです。
    補習塾でトップの秀才で、学校の定期テストでいくら良い点を取れても、私立の入試問題や自校作成校問題を解いたら、30点くらいしか取れないです。
    問題のレベルは、それほどに違います。
    いくら頭が良くても、習っていないことは、わからないです。
    もちろん、塾長に認められ、無償で補習をしてもらい、都立上位校に合格という黄金パターンは存在しますが、それくらいの突出した才能がないと、そのパターンにならないということでもあります。

    個別指導塾なら安全かというとそんなこともなく、担当講師がアルバイト学生の場合、東京の高校入試レベルを知らない可能性があります。
    ほおっておくと、低いレベルの授業と教材を与えられてしまいます。
    チェックが必要です。

    今、お母さんたちは、案外孤独で、情報交換の場が少なく、口コミもそれほど広がっていないように思います。
    PTAの役員などを精力的にこなし、驚異的ネットワークを持つ方もいる一方で、地域とほとんど無縁な生活をしているお母さんたちが大多数であるように感じます。
    だから、いい塾の情報が入ってこない。
    特に、学年をまたいだ縦のネットワークが脆弱で、「優秀なので近所で有名な誰々ちゃん」が通ってどこどこの高校に合格した塾、といった具体的な情報がなかなか入ってこないようです。
    口コミの情報が得られない方は、できるだけ多くの塾に実際に出向き、廊下に貼りだしてある高校合格実績を見て、その塾の授業レベルを把握し、体験授業を受けてみるのが一番です。

    小さな塾に、いい塾はたくさんあります。
    自分のお子さんの学力と志望に合った塾を探してください。



    写真は、先週の深大寺の枝垂桜。
    今頃は、見ごろになっているでしょう。

      


  • Posted by セギ at 16:21Comments(0)塾選び

    2011年04月12日

    勉強しない子



    セギ英数教室の「大人のための数学講座」、早くも明後日となりました。
    4月14日(木)午前10時から90分間です。
    場所は、三鷹産業プラザ7階。702会議室です。
    内容は、連立方程式の文章題。
    参加費2000円。
    売上は、全額、日本赤十字社に寄付いたします。
    義援金、なかなか被災者にいきわたらないそうですが。


    で、本日は、家庭学習の話。

    公立の中学生は、全員、高校受験をひかえていますが、あまり勉強しない子、いますね。
    やればできるのに、と周りの大人は思い、それを口にするのですが、本人は、勉強する気配なし。
    とにかく部活に夢中。
    あるいは、相変わらずゲームに夢中。
    少し難しいことができるようになったので、パソコンに夢中。
    中学生になると、趣味がはっきりしてきます。
    勉強している暇なんかありません。(^_^;)
    親は、中学生になったら、少しは自覚して勉強するのではと期待していた。
    結果、小学校の頃よりも、もっと勉強しなくなった。


    小学生のときに家庭学習の習慣がなかった子は、そのまま家庭学習の習慣のない中学生になります。
    変わりません。
    それは、もう。

    昔から言われていることですが、中学受験をしない、一般の子どもに必要な家庭学習の時間は、

    小学1年生で、30分。
       2年生で、40分。
       3年生で、50分。
       4年生以上で、60分。

    これが、1つの目安です。

    やや少なめな感じがしますが、毎日毎日これを続けられたら、小学生の間は十分です。
    実際の子どもの多くは、この習慣がないんですから。
    受験生ではないのなら、土日は家庭学習もお休みで構わないと思いますが、それ以外は、毎日毎日、家で勉強する習慣は、小学生のうちにつけておきたい。
    中学生になって急に、本人が自発的に家庭学習をバリバリやり始めるわけありません。
    家庭での生活の中に、勉強する時間というものが存在しなかったのですから、それは、存在しないままでしょう。

    子ども部屋は、気を散らせる要素がたくさんありますし、本人が孤独を感じて勉強がつらくなるので、リビングかダイニングで勉強させるほうがいいんです。
    家族は、そのとき、近くにいるほうがいいです。
    勉強をきっちり見てあげるのもいいですし、そばで家事をしていてもいいです。
    家族もまた、何か目的をもって隣りで勉強しているというのなら、最高です。
    子どもの頃から、大人が家で勉強しているのが当たり前の光景である家庭の子は、勉強します。
    勉強が、子どもだけに課せられた苦役ではなく、生涯の知的な楽しみであることを、子どもに伝えられるといいですよね。




    しかしながら、本人がもう4年生くらいになっていて、家庭学習の習慣は全く身についていない場合、ここで、急にお母さんが、
    「今日から、毎日60分勉強するのよ。勉強しなかったら、おこづかいなしにするよ!」
    と宣言したとしても、実行は難しいと思います。
    家庭内がごたごたして、暗くなるだけですし、子どもにそれをうやむやにされてしまったら、次の作戦の実行がさらに難しくなります。

    習慣がないのなら、4年生でも、30分からでしょう。
    それだって、1年生のときに習慣化させるのとは比較にならないほど困難です。
    1週間のタイムスケジュールを、現実のまま、ありのまま書き出してみます。
    理想のスケジュールではなく、現実のスケジュールです。
    それを子どもに見せて、どこの時間を勉強時間に変えることができるか、話しあってください。
    それから、教材の用意。
    学校の宿題だけでは、毎日30分はもちません。
    市販の教科書準拠ワークなどを、お子さんと本屋に行って、選んでください。
    国算理社の4教科、ここは奮発していいと思います。
    全部で5000円くらい。これで1年間使えますから。
    算数は見向きもしないかもしれないけれど、理科のワークは珍しくて、子どもが食いつく、ということはあります。
    理科や社会の勉強の仕方がわからないフワフワした中学生にならないために、小学生の頃から、理科も社会も家庭で勉強しましょう。

    書店で売っている小学生向けの問題集の大半は「受験用」と書いてあります。
    毎日の予習復習から受験まで、なんて書き方のもあります。
    何となく、良さそうですよね。
    でも、それは、避けてください。それは、中学受験用です。
    その教材は、子どもの独学は無理なんです。
    教科書準拠。毎日の予習復習のみの教材がいいです。
    理解できる範囲の問題を解かないと、すぐ嫌になりますから。
    多くは、望まない。
    現在、5分も家庭学習をしていないところからの脱却だけが目的です。
    すぐに結果が出ることも望まない。
    中学生になって、学習習慣がないことに困らないため。
    目的は、高校受験。
    それくらいの長い目で、根気よく。


    それでも、どうにもならないとき、塾があります。
    少なくとも、塾のある日は、塾で勉強している。
    塾の宿題もあるから、その分も、家で勉強するかもしれない。
    この場合、塾の宿題は、かなりの確率でさぼりそうですが。(^_^;)


    写真は、高尾山のふもとのカタクリ。
    ただ、これは、栽培でしょう。
    高尾は、一部地域をのぞき、カタクリは自生しないと聞きます。

      


  • Posted by セギ at 14:04Comments(2)塾選び