たまりば

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2014年02月16日

小仏城山まで歩いてきました。2014年2月。


2014年2月16日(日)、高尾山に行ってきました。
朝、ちょっと支度に手間取って、いつもの電車に乗れず、8:11の中央快速高尾行きに乗車。
わずか5分ほどの違いでも、8:05のは特快なので、高尾到着は随分違ってくるなあ、と思っていたら、さらに、西八王子駅前で、信号機に異常。
安全確認がとれるまで、電車は停止。
9:20、ようやく高尾駅に到着し、ここでさらに驚愕。
京王線は、高尾駅で折り返し運転。
高尾山口駅まで行かないというのです。

高尾駅北口へ出ると、小仏行きのバスは待っている人もちらほらいましたが、いったいいつ来るのか?
陣馬高原行きのバスは、もちろん運休です。
そんなわけで、高尾山口駅へ向け、歩き始めました。

歩道は、人1人分の道が出来ていました。
そこを登山者の行列が高尾山口へと向かいます。
道路は、グシャグシャ。
あまり車が来ないので、歩道の行列のペースが嫌な人は、道路に出て歩いていました。
小型トラックがやってきて、駐車場に入れるための誘導の人も店から出てきたところで、向こうから、もう1台、乗用車が。
それに気づかない登山者がいて、トラックの人たちが怒鳴りました。
「おい!危ないぞ!山なんか行ってんじゃねえよ!」

道路に出ていた登山者が、明らかに悪いです。
各地で道路が寸断されて、トラックの運転者さんは、気がたっていたのだと思います。
15日(土)の夜は、三鷹のコンビニでさえ、パンやお弁当が届いていなくて、棚はガランとしていました。
物流が滞り、危険な地域もあります。
雪に閉じ込められた地域に、16日朝、ようやく自衛隊が到達し始めました。
甲府の友達に打ったメールの返事は、まだありません。
でも、それは、今は、不要不急のメールの返信なんかしている場合ではないからで、きっと、大丈夫。
雪に関しては、私よりも知識のある人だから。

高速道路や国道で、多くの車が立ち往生しているようです。
車の中の人たちに、やはり立ち往生しているトラックが、積み荷のパンを配っている様子が、ツイッターで拡散されていました。
こういうことのほうに目を向けていよう。

こんな日でも、山に行きます。
それは、東日本大震災のときに、考えて考えて、結論を得たこと。
自粛して、良い結果が出ることは、何もない。
普通に生活しながら、雪に閉じ込められた人たちの無事を願います。

9:55、高尾山口駅に着きました。
参道の商店も、全てお休み。
でも、朝から雪かきをしてくださっている方がたくさんいて、路面が出ていました。

今日は、久しぶりに稲荷山コース。
湿って重い雪でしたが、凍結はしていませんでした。
うん。これなら、アイゼンは要りません。
つぼ足で歩く練習にちょうど良い感じの雪質でした。

雪の日の高尾山。
いつも高尾山に来るような人が、やっぱり雪の日も高尾山に来ます。
それが、例年の雪の日の高尾山なのですが、今回、少し違う印象の人たちも混じっていました。
ウエアや装備からもう違うのですが、何より、身体つきや足運びが、ただ者ではない印象の若い男性たち。
普段なら、週末は南八ヶ岳にいるような人たちです。
中央本線は、高尾から先、運転見合せ。
遠出は無理なので、高尾山に遊びに来たのかもしれません。
道を塞いでは申し訳ないので、常に後ろを振り返り、殺気を感じる度に道を譲りました。

高尾山頂。11:40。
大きな富士山がくっきり見えました。
さて、そこから奥高尾へ。
バスもないので、どこかから、折り返します。
この時間では、景信山までは行けないなあ。

一丁平。12:40。
雪が重いので、なかなか道がはかどりません。
スノーシューで遊んでいる人もいました。

小仏城山。13:30。
当然ながら、売店も今日はお休み。
たくさんあるベンチやテーブルは全て雪に埋まり、売店だけ、姿が見えていました。
小仏城山の謎の木造も雪の中。
上の写真がそれです。

さて、もう時間なので、小仏城山から折り返すことにしました。
帰り道も、アイゼンはつけず、ひたすら、歩く練習。
下り坂だと、靴をスキーのようにして滑って下りる人がいるのですが、そういう人によって段差は埋められ、雪面は磨かれ、かなり迷惑です。
私は、そういうことも含めて歩く練習をしているから、まあいいのですが、カップルの男性のほうがそんなことをして、その後を、女の子が、怖そうによたよた歩いているのを見ると、あーあ、この男、近いうちに振られるかもね、と思います。
その男のせいで自分の足元が滑りやすくなっていることに、彼女が気がつかないわけがないですから。
彼女のために、かかとを蹴り込んで、足場を作ってあげたほうが、モテますよね。
上手いところを見せようと思っているのかなあ。
本当に上手い人は、そんな歩き方はしないのですが。
上手い人は、普通に歩いています。
滑り易い雪の下り坂を普通に歩く。
凄みがあります。

下山。16:00。
アイゼンもゲーターもつけなかったので、何か脱いだり片付けたりする必要はなく、そのままスタスタ高尾山口駅に向かう自分にちょっと満足して、午後から動き始めたという京王線に乗りました。
  


  • Posted by セギ at 22:21Comments(0)

    2014年02月13日

    子どもの遠慮



    少し前のことになりますが、高校生の1人が仏頂面で塾に来て、いきなり、
    「今日で辞める」
    と言い出したことがありました。
    話を聞くと、出がけにお母様に、
    「塾だって、ただじゃないんだから」
    と言われたらしいのです。
    「金のことを言われるなら、辞める」
    と頑なに言い張り、話を聞くにも時間がかかりました。

    辞めると言い出した理由はそれだけではなく、学校で嫌なことがあり、それに加えてそんなことを言われたので、一気に感情的になってしまったようでした。

    お母様は、もちろん、塾費用が高いからもう辞めてほしくてそんなことを言ったわけではありません。
    「費用がかかるのはいいから、その分、しっかり勉強してほしい」
    そういうことのはずです。
    その高校生にそれがわからないわけでもないのです。
    でも、「じゃあ辞める」という反応になる。
    そういうことは、その子に限らず、あると思います。

    子どもは、自分でお金を稼げません。
    だから、親にお金のことを言われると、つらい。
    「お金がかかっている分だけ、しっかり頑張ろう」
    という気持ちになることは、ほとんどありません。
    それを期待してそんなことを口にするのなら、やめたほうがいいです。

    親にお金のことを言われると、子どもは、気持ちが暗くなるだけです。
    やる気がなくなっていくことのほうがむしろ多いと思います。
    親としては、せっかく塾に通わせているのに、意欲がないようだから、ついお金のことを言いたくなるのかもしれません。
    お金のことなら子どもにもわかるだろうと、思ってしまうのかもしれません。
    けれど、子どもは、お金のことを言われた、としか感じません。
    この行き違いこそが、不毛です。

    以前勤めていた個別指導塾は、かなり費用の高いところでした。
    金銭感覚が一桁違う家庭の子どもが多かったですが、やはり費用が高いことを子どもに言う家庭もあったようです。
    「1分100円だって言われた」
    「はあ」
    「だから、センセイ、ちゃんと授業やってよね」
    「・・・・・・・はあ。ところで、今日も宿題を解いてきていませんね」
    「私が宿題をやっている時間は、お金かかってないんだから、いいでしょう!」
    「・・・・・・・へえ」

    親にお金のことでプレッシャーをかけられて、素直に反省し、頑張ろうと思う子どもは、ほとんどいません。
    やる気をなくすか、講師に矛先を向けるかです。


    うちは、子どもに、お金のことを言ったことはない。
    そう思う保護者の方も多いと思います。
    しかし、親が忘れている何気ない一言を、子どもは、ずっと覚えています。
    何も言っていないはずなのに、子どもは、塾費用のことを気にしていることがあります。
    親が何気なく言った、「あら高いわね」程度のことを、子どもは重大事としていつまでもいつまでも気にしているのかもしれません。

    1つには、子どもは、お金のことを実はあまりわかっていないからでしょう。
    普通、親の年収なんて知りません。
    年収を知ったところで、いくらあれば家族が暮らせるのか、そうした金銭感覚もありません。
    塾費用が家計に与える負担がどの程度か、本当のところは、子どもにはわからないのです。
    わからないから、余計にびくびくしてしまいます。

    子どものことですから、楽しく過ごすために使われるお金のことは気にしていません。
    家族での外食。
    家族旅行。
    そうしたものに使われているお金は、気にならないようです。
    親も、そうしたことに使うお金のことで、子どもの前で暗い顔をしたことはないからでしょう。
    また、新しいゲーム機が欲しい、パソコンが欲しい、携帯が欲しい、なんてことは、親に平気でねだります。
    (^_^;)

    でも、塾の費用は節約したほうが親が喜ぶんじゃないかと漠然と考えている子どもがときどきいるようなんです。
    塾費用を節約すれば、パソコンを買ってもらえるんじゃないかという計算をしている可能性すらあります。
    そして、個別指導の場合、子どもさえその気になれば、節約は可能です。

    どうやって塾費用を節約するのかというと。
    学校の定期テストが終わると、休むんです。
    祝日も、休みます。
    他にも何か理由をつけては、月に1回くらいは休みます。
    事前連絡欠席は、振替可能です。
    そうしてたまった未消化の授業を夏期講習や冬期講習に充当する。

    一見合理的で賢い個別指導の使い方のようでいて、こういう授業の取り方をして成績の上がった子を、私は見たことがありません。
    学年が上がるにつれ、確実に成績は停滞し、下降していきます。
    理由は明白です。
    端的に授業数を確保できていません。
    まとまった復習をする時間がありません。
    応用力をつける演習をする時間もありません。
    他の子と比べ、地力がだんだん落ちてしまいます。
    本人だけが、それに気づきません。

    月に1回は欠席があるようですと、普段の授業は、学校の進度に合わせた予習復習で精一杯です。
    つまりは学校の補習をしているだけです。
    夏期講習・冬期講習の2~3回の授業は、次の学期の予習で精一杯。
    そうして少しためた予習も、新学期が始まれば、たちまち休まれてしまい、消化されてしまいます。

    中学1年、2年の間は、一見、それで上手くいくこともあります。
    学校の授業が先に進んでしまった場合、こちらも少し無理をして復習を速め、予習を速めます。
    何とか辻褄をあわせます。
    そうすると、「なんだ、大丈夫じゃん」ということになる。
    生徒、また休む。
    この繰り返しです。

    勉強に関して、それなりに自覚があるように見える子に、案外この傾向があります。
    お母様は、一応、子どもに訊きます。
    「大丈夫なの?」
    「大丈夫」
    それで、任せてしまいます。

    勉強がそれで大丈夫かどうかなんて、中学生に判断させたらダメです。
    15年も生きていない子どもに、何でそんな大切なことを判断させるんでしょう。
    大丈夫なわけがありせん。

    塾費用の節約は、しかし、親の希望でもあるのだろうかと、私は少し前まで思っていました。
    でも、最近、保護者の方と面談して、どうもそうではないようだ、と気づきました。
    保護者は、塾費用を節約しろなんて、子どもには一言も言っていないのです。
    子どもが、勝手に判断して、節約していたのでした。

    なんのために?

    親が遠い昔、「塾の費用、高いわね」とつぶやいた、その一言のために、なのではないでしょうか?

    子どもにお金のことを言うのは、かなり危険です。
    言うときは、本気で。
    子どもに塾をやめさせたいときに、言ってください。

    間違った刷り込みが子どもにされている場合、親が繰り返し訂正しない限り、塾がいくら勧めても、もう必要な授業を取ってくれません。
    どうか、繰り返し繰り返し、必要な授業はとるように子どもを説得してください。
      


  • Posted by セギ at 14:53Comments(0)講師日記

    2014年02月06日

    やっぱり国語力です




    先日、ある中学生が、授業中に、
    「こんな問題解いて、何になるんだよ」
    とお決まりのセリフを口にしました。
    それで思い出し私は、
    「そういえば、ツイッターで、そんなのが、拡散されてたね。
    生徒『こんな問題を解いて、将来何の役に立つんだ』
    先生『こんな問題を解けないおまえが、将来、何の役に立つんだ』
    ってね」
    と言いますと、その子も、
    「あー、いっぱい回ってきてた。やめて。胸が痛い」
    と笑っていました。

    こういう言葉遊びがわかる子は、かなり国語力が高い子です。
    ですから、本気になれば学力は伸びます。
    こつこつ学習することが性格的に向いているかというと、また別の問題になりますので、その点は、常時説得中です。
    (^_^;)

    しかし、この話、かなり毒が強いので、他人の話をニュアンスや真意まで含めて理解することがあまり上手くない子どもにしてはダメです。
    (*^_^*)


    閑話休題。
    今回は、国語力の話。

    算数も、高学年になると、国語力がかなり影響してきます。
    例えば、「倍数・約数」の問題。

    「たて6cm、横8cmの長方形の紙をすきまなく並べて、できるだけ小さい正方形を作ります。長方形の紙は何枚必要ですか」
    「たて72cm、横90cmの長方形の紙を切って、同じ大きさでできるだけ大きい正方形を作ります。紙にあまりが出ないようにするには、正方形の1辺を何cmにすればよいですか」
    この2題、どちらが最小公倍数の問題で、どちらが最大公約数の問題なのか、わからない子は、もう一生わからないのではないかという勢いでわからない様子です。

    いちいち、
    「これ、倍数?約数?」
    と質問してくるので、
    「訊いたらダメ。そんなことを訊いているうちは、自分で解けない」
    と突き放すのですが、そうなると、勘で適当に解いたりします。
    おっと待った、と止めなければなりません。

    ただ、この問題、小学生向けの文章題を読むのが久しぶりな大人も、一瞬「う?」となる要素がないわけではありません。

    最初の問題は、公倍数の問題です。
    長方形の紙を並べていきます。
    ですから、もちろん、その長方形よりは大きい正方形を作るのですが、無限に何通りでも作れる正方形の中で、できるだけ小さい正方形はどんな大きさのものなのかを考えなければなりません。
    大きい正方形なんだけれど、小さい正方形。

    一方、後の問題は、公約数の問題です。
    長方形の紙を切っていきます。
    ですから、もちろん、その長方形よりは小さい正方形を作るのですが、作れる正方形の中でできるだけ大きい正方形は、どんな大きさのものなのか。
    小さい正方形なんだけれど、大きい正方形。
    「大きい」「小さい」の形容詞に一瞬目が迷うことはあると思います。

    でも、大人が迷うのは、一瞬だけ。
    文章で表現されていることを具体的にイメージする力が大人にはありますので、こういう問題は、ちゃんと読めば楽に解けます。
    この問題を自力で解けない子は、結局、文章で書かれたことを情景としてイメージする力が弱いのだと思います。
    どういう状況で何を要求されているか、文章から読み取れないのです。

    抜け道はあります。
    小さ目の数字が問題文に出ていたら、公倍数。
    2ケタ以上の大き目の数字が問題文に出ていたら、公約数。
    これでかなりの確率で正答できるよー。

    でも、普通は、教えません。
    もう、この子は、これ以上はどうにもならないだろうと、私が内心諦めている場合以外は、そんな姑息なやり方は、教えません。
    その子の将来を考えたら、文章を読む力が足りないことが、算数を解く上でどんなに不自由なことか、この問題を解けないことで理解させたいです。
    そのほうが未来があります。

    文章題が得意になりたかったら、本を読みましょう。
    (*^_^*)
      


  • Posted by セギ at 00:04Comments(0)算数・数学