たまりば

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2013年09月15日

問題が魔物に見える子


みなさま、三連休、いかがお過ごしですか。
セギ英数教室は、第5月曜日のある月のハッピーマンデーは、お休みをいただいております。
あるいは、夏期講習・冬期講習などの近づいている月の連休にも、事前に断ってお休みをいただくことがあります。
定期テスト前に迷惑をかけないよう配慮はしているのですが、最近、テスト時期が学校によって本当にバラバラで、常にテスト前なので、その辺は、苦慮しているところです。
ともあれ、この日曜日・月曜日は連休で、昨年同様に尾瀬に行くつもりでいたのですが、台風と見事にぶつかり、部屋でのんびりしております。

さて、今日は、英語の話。
入試問題でも、英検などでも、英語の4択問題は多いのですが、得点源となるこうした問題で、見事に外してしまう子は多いです。
機械的に選んでも確率として25%は正答するはずなのに、本人の正答率は、25%にいきません。
ほぼ全部といっていいほど誤答してしまいます。

例えば、こんな問題。
これを、中学3年生が解くとして。
Yoshihiko works at the hospital near his house. He ( ) people who cannot get out of their beds.
 1. translates  2.promises  3.assists  4.spells
本人の単語力にもよりますし、学んでいる教科書によっても若干のズレはありますが、普通の中3ですと、はっきり意味のわかる単語は、この中では1つもない場合もあるかもしれません。
教科書には、出てきていた気がする。
テスト前には、覚えたような気がする。
でも、今は、覚えていない。
そんな子のほうが普通です。
でも、この問題、正答率は、そんなに低くないはずです。
正答は、3.assists

これを正答できる生徒の考えは、たとえば、こんなふうです。
英語としては、初めて見るような気がするけど、この単語は、「アシスト」でしょう?
「アシストする」のアシストだよね。
「アシスタント」のアシストだよね。
「補助する」とか、そういう意味なんじゃないかなあ。
他の単語の意味はわからないけど、正答は、これだよ。

そういう判断をする子は、正答できます。

わりと難しい単語が並んでいる場合、正答だけが、期待される学力レベルの単語で、その意味がわかれば、他の単語の意味はわからなくても正答できることがあります。
ところが、そういう判断ができない子は多いです。
知らない単語は、読むこともできないと決めてかかって、目を通しません。
assistが、「アシスト」と読める単語であることを教えると、がく然として、あー、答えられたのに、と悔しがります。
ローマ字読みで良いからとにかく読んでみればよかったのに、それをしなかったんですね。
読んでみたら、もう案外日本語として普通に使っている英単語は多いのですが。

もっと重症な子になりますと、「アシスト」と読めるとわかっても、その意味がわからない子もいます。
「アシストするって、日本語として聞いたことがあるでしょう?」
「知りません」
「アシスタントって言うでしょう?」
「言いません」
そうなると、それは、その子の日本語の語彙が少ないのが根本の問題となってきます。

あるいは、間違えた問題のことに触れられるのが嫌いで、たたき返すように「知りません」「言いません」と言っているだけかもしれません。
その情報がその子の脳を通っていない可能性もあります。
間違えた問題について、あれこれ言われるのが嫌いなのでしょう。
プライドが傷ついてしまうらしいんです。
一刻も早く忘れたいと思っているのに、「アシストって言うでしょう」「もう、それは日本語でしょう」と言われるのが嫌で、「知りません」「言いません」とたたき返してしまいます。
しかし、間違えた問題の分析をし、原因を確認することができず、忘れたい、ごまかしたいという反応をする子は、また次も同じ間違いを繰り返します。
この問題が1問できなかったことよりも、もっと根深い問題を抱えています。

以上のように、さまざまな場合がありますが、正答の3.assistsが正答に見えなかった子は、では、何を選ぶのでしょうか。
どうも、1. translates(翻訳する) を選んでしまう子が、多いようです。
この間違い方も、いろいろ分析できます。

まず、transport(輸送する) という単語との混同があった場合。
「ベッドから出られない人々を輸送する」という表現はどうなのかな、大体、どういう仕事なのそれ?救急隊員なの?救急隊員をそのように表現するかなあ、と思うものの、気持ちはわかります。
ああ、惜しかったね、勉強はしているよね、と声をかけたくなるタイプです。

一番困ってしまうし、しかし、一番多いのは、
「何となく、translateが正解のような気がしたから」
という返答です。
・・・・・何となくって、何なんでしょうね?
「なんか、長くて、難しそうな単語だったから」
長い単語が正解に見えてしまう。
難しそうな単語が正解に見えてしまう。
混乱しているときは、そんな判断をしてしまうようです。
気持ちは、わからなくもありません。

最近、うちの塾生の1人が、こんなことを言いました。
「問題が、魔物に見える」
間違えて、間違えて、また間違えて。
どう選んでも間違いが続くと、もう訳がわからなくなる。
問題が、自分をだます魔物に見えてくる。
必ず落とし穴があるように見えてくる。
そういう意味かもしれません。
そういう感覚に陥っていると、一番長くて難しそうな単語が正解だろう、という誤った判断をしてしまうのかもしれません。

勉強というのは、いくら基礎でも学問なので、感覚で解いていたら、いずれ迷宮に入り込みます。
そうであるにも関わらず、特に英語は、いつまでも自分の感覚に頼ってしまう子がいます。
感覚に頼って4択を選び、単語を並べて文らしきものを作り、それで正答になると漠然と夢見ているような勉強をしている子がたくさんいます。
頭の良い人たちが、「感覚で解け」などと、誤解されやすい発言をすることも一因です。
これは良くないと、以前にも書きました。
頭の良い人たちの「感覚」は、本人は「感覚」のつもりでも、実は、「理屈」で解いています。
本人がそれを意識していないだけです。
30年間、勉強が苦手な子たちの「感覚」につきあっていると、「感覚に頼れ」なんて、言う気になれません。
「一番長い単語が正解」というのが、その子の「感覚」かもしれないんですから。

教えて教えて、さまざまな武器を持たせたのに、試験当日、それらの武器を全部放り出して、素手でわあっと突入していってしまう。
「感覚」に頼る子の試験の受け方は大体そんなふうで、結果を見て本人も傷つきますが、教えた側の落胆も大きいです。


勉強は、推理小説ではありませんから、
「一番犯人ではなさそうだった奴が、実は犯人だった」
なんてことは、ありませんよね。
一番「犯人」だと思われる奴が、まさしく「犯人」です。
一番正答らしいものが、正答です。
証拠がそろっているから、「犯人」です。
その証拠をそろえるには、しかし、こちらに知識が必要。
論理的な判断力が必要。
知識と判断力があれば、問題は魔物には見えません。

・・・・・ああ、出題者は、あの知識を確認するために、こう間違える可能性を予想して、こういう構造の問題を作ったのかあ、なるほど、と解いていくことができるようになります。
そして、そういう判断ができるようになるには、単語力と文法力をつけ、判断力を養うために、たくさん練習するしかないんですよね。

もっとも遠回りに見えることが、もっとも近道だと、やっぱり思うんですよ。

  


  • Posted by セギ at 15:56Comments(0)英語

    2013年09月02日

    生徒のお喋りについて


    夏期講習が終わり、セギ英数教室は、今日から通常授業です。

    みなさま、『あまちゃん』、見てますか。
    私は、見てません。
    だったらなんで訊くのという話なのですが、今日は、そんな話を。

    個別指導の弱点の1つは、お喋りな子が講師と無駄話をして、授業が進まない場合があることです。
    大手の個別指導塾ですと、うちの子は、あの講師のセンセイのことが気に入っているからと安心していると、実は無駄話を延々できるので気に入っているという、よろしくない状況もたまに発生します。
    そういうのは教務がきちっと管理しているというのですが、なかなか目が届かないのが実状です。

    私の場合も、お喋りが好きな生徒とは、毎時間が闘いです。
    「センセイ、『あまちゃん』、見てる?」
    「センセイ、『進撃の巨人』、見てる?」
    その度、「見てない」と会話を断ち切るために、実際に見ないのが一番です。

    でも、『あまちゃん』の脚本って、宮藤官九郎さんなんですってね。
    そして、舞台は「北三陸」で、今週、ついに2011年3月11日を迎えるそうですね。
    ああ、そういうところに収束していくドラマだったのか。
    ・・・・・見ても良かったかもしれません。
    (*^_^*)

    集団授業で生徒を静かにさせることは、そんなに難しいことではないのですが、個別指導で生徒を静かにさせるのは、案外難しいです。
    もちろん話さない子は、必要なこと以外は一切話さないです。
    90分間、目いっぱい勉強に集中して、帰っていきます。
    成績は、上昇しています。

    しかし、集中力がなく、ひっきりなしに喋る子もいます。
    とにかく何か喋っていないと間がもたないと誤解しているのかもしれません。
    「センセイ、『あまちゃん』、見てる?」
    「見てない。はい、宿題の答え合わせをするよー。ノートとテキストを開いて」
    「なんで見ないの?」
    「・・・・・宿題の答え合わせをするよ。ノートとテキストを開いて」
    そこで、ノートとテキストを開きながらも、口も開きます。
    「なんで、『あまちゃん』、見ないのー?」
    「答え合わせをするよ。はい、答えを読んで」
    「なんで、『あまちゃん』、見ないのー?」
    「・・・・・答えを読んでください」
    ここで、しぶしぶ、答え合わせの作業開始。
    答え合わせが終わって。
    「ねえ、なんで『あまちゃん』、見ないのー?」
    「見てる時間がない。それより、学校は、今、何をやっているの?」
    「面白いよ、『あまちゃん』」
    「学校は、今、何をやっているんですか」
    「見ようよ、『あまちゃん』」
    「学校は、今、何をやっているんですか」
    「学校なんて、まだ、同じところをやっているよ」
    「そうかあ。それなら、今日は少し予習を進めましょう。テキストの〇〇ページを開いて」
    「センセイ、テレビ見ないのー?」
    「テキストの、〇〇ページを開いて」
    「センセイ、なんでテレビ見ないのー?」
    「テキストの、〇〇ページを開いて」

    毎回、こういう闘いです。
    (^_^;)

    センセイ、もうそんなふうなら叱ってください、と保護者の方は思われるかもしれませんが、これがなかなか厄介です。
    ちょっと叱ったくらいでこのやりとりが治るものではありません。
    きちんと話して、善悪を理解させても、きちんと話をするのに10分、効果はその日だけ、といったところでしょう。
    悪いのはわかっていて、それでも喋りたいのですから。
    がつんと怒鳴れば静かになるでしょうが、表面だけ静かになっても、心の中であれやこれや不満をくすぶらせることになりますので、余計に学習事項が頭に入りにくくなります。
    目的は、黙らせることではなく、学習を進めることです。

    そうなると、話を広げない、ふくらませない。
    それが一番です。

    昔、大手の個別指導塾で働いていました頃、『エヴァンゲリオン』が大ブームを迎えていました。
    最初の放送があり、続く再放送があり、映画化された頃です。
    隣りのブースで、学生バイト講師が、生徒にうっかり、「どんな話なの?」と訊いたのが、運のつきでした。
    要約力のある子どもは少ないです。
    主な登場人物とストーリーをかいつまんで説明できる子など、ほとんどいません。
    でも、好きなことなので、夢中で喋ります。
    わかりにくい、くどくどした説明が延々30分以上。
    隣りで聞いていて、むしろ講師が気の毒に思えてきました。
    生徒に訊いたらダメなんですよ、それは。

    子どもは、子どもですから、他人に訊いていることは、本当は自分に訊いてほしいことです。
    「『あまちゃん』のどこが面白いの?」
    「テレビが好きなの?」
    「ドラマが好きなの?」
    そういうことを訊いてほしい、そういう会話をしたい、と思っているのでしょう。
    絶対に訊かないですよ、そういうことは。
    (*^_^*)

    90分間そればかりだと、さすがにまずいのですが、学習内容に集中していけば、そういう会話は減っていきます。
    要するに、助走が長い。
    勉強がつまらないから集中できず、余計な話をしてくる場合、その子にとって勉強が易し過ぎる可能性もあります。
    学年が上がれば、そんな無駄話をしている余裕はなくなりますので、長い目で見るしかありません。
    入会当初はこんな感じでしたが、今は余計なことは話さなくなり、学習に集中している子もいます。
    勉強が大変になってきたのに加えて、私が無駄話を全く好んでいないことに気がついたということかもしれせん。

    小学生の場合は、それでもまだ無邪気で、ただ何か喋っていたいだけなのですが、中学生になりますと、無駄話で時間をつぶし、勉強時間を減らしたいと企む子もいます。
    とにかく勉強以外の話なら何でもいいので、講師と議論をしたがる子もいれば、講師に悩みや愚痴を言う子もいます。

    子どもというのは、勉強せずに済ますためなら、いくらでも頭を使いますね。
    (^_^;)

    ある程度は話を聞いて、ガス抜きをしながら、何とか学習時間を確保できる方向で努力をしていくしかありません。

    そんなわけで、やっぱり。
    『あまちゃん』も、『進撃の巨人』も、私は、見ないぞー。
      


  • Posted by セギ at 15:08Comments(0)講師日記