たまりば

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2018年04月19日

セギ英数教室、生徒を募集しています。



現在の成績は、問いません。
未来の秀才を求めています。
小さな個別指導塾ですが、1人1人の成績を確実に上げることを目標に、実績を上げています。
担当は、受験指導30年のベテラン。
「上手な授業」を行う
パフォーマーよりも、受け持った生徒の成績を本当に上げることが目的の「学習トレーナー」でありたいと常に思っています。
必要な時期に必要な学習内容を提示します。

◎時間   1回の授業は90分です。
2018年4月現在、募集しておりますのは、以下の7コマです。
月曜日 16:40~18:10
火曜日 20:00~21:30
水曜日 16:40~18:10
木曜日 16:40~18:10
金曜日 16:40~18:10
土曜日 15:00~16:30
土曜日 16:40~18:10

◎形態   1対1の完全個別指導です。
 
◎指導科目 
 小学生  中高一貫校受験 算数・国語
       私立受験算数
       一般算数
        小学英語
 中学生  中高一貫校 数学
       中高一貫校 英語
       高校受験 数学
       高校受験 英語
 高校生  大学受験 数学
       大学受験 英語
       内部進学向けの数学・英語も承っております。
       英検など各種英語検定対策も承ります。

◎費用 
 週1回 受講で、月額20,000円
 週2回 受講で、月額36,000円
 (内訳 90分1コマ4,000円、諸経費・教材費月額4,000円)
  他に入会金を10,000円いただきます。

◎入会までの流れ
 まず、無料体験授業を受けてください。
 左の「お問い合わせ」ボタンからご連絡ください。
 以下の内容をご記入いただけますと、以後のやりとりがスムーズです。
①お子様の学校名
②学年
③性別
④ご希望の通塾曜日・時間帯
⑤ご希望の体験授業日時
⑥希望科目
⑦体験授業の希望内容
(例 「1次関数」 など)
◎場所   三鷹市下連雀3-33-13
        三鷹第二ビル305
       三鷹駅南口から徒歩5分。
       春の湯の斜め前のビルです。



  


  • Posted by セギ at 12:34Comments(0)

    2018年04月18日

    自宅では勉強しない主義?


    数年前、高校3年生の女子生徒が、とにかく授業を増やしたい、空いているコマに全部入りたいと言い出したことがありました。
    そのとき、コマは全て埋まっていましたので、そもそも無理な話ではあったのですが、違和感もあり、よくよく話を聞いてみると、『ビリギャル』に影響を受けてのこととわかり、さらに複雑な気持ちになってしまいました。

    学年ビリのビリギャルが、偏差値30上昇して有名大学に合格した話。
    そういえばそんなのがあったなあ、と思い出される方も多いと思います。
    の舞台となった塾は、講師を何人も抱えている個別指導塾のようです。
    システムの詳細はわかりませんが、自習ブースが沢山あり、そこで勉強して疑問点があると講師に質問したり、自習の前後に、あるいは途中に講師と学習内容を打ち合わせたり確認したりする様子です。
    つきっきりの完全1対1の個別指導ではないようでした。
    その自習が「授業」ということで、1コマあたりの授業料が設定されているのですが、年間200万円払うと通い放題なんだとか。
    彼女は、その「通い放題」に憧れたようなのです。
    「また、ビリギャルですか」
    ため息をついた私に、彼女は言いました。
    「ビリギャルはお母さんが200万円出してくれたんだよ。いいなあ。うちなんか・・・」
    「あの本を読んだ最終的な感想が、それですか?」
    「別に、それだけじゃないけどさ・・・。家だと勉強できないんだよ」

    ビルギャルの本に影響を受けて、自分も頑張ればできるようになると思ってくれるのは良い影響です。
    しかし、200万円で塾に通い放題なら自分も勉強ができるようになると思うようでは、がっかりしてしまいます。
    200万円出してくれたお母さんは、良いお母さん。
    あれは、そういう話なんでしょうか?

    その子は、私の提示する英単語暗記1週間分を塾に来る30分前に慌ててやっていました。
    当然、ほとんど暗記できず、
    「無理だ」
    を連発していました。
    家で勉強できないなら、確かにそういう結果になるのです。
    しかし、なぜ家で勉強できないのでしょう?


    今年、高校3年生の女子生徒が、コマを20:00からのに変更したい、空いていないかと問いあわせてきました。
    20:00からのコマは、部活のある中高生に人気の時間帯で、そのコマからほぼ埋まっていきますから、そのときは空いていませんでした。
    それにしても、高校3年生ならもう部活もないので、むしろ夕方明るいうちのコマに変更しても良いと思うし、今までの高校3年生はその方向で時間帯を変更することが多かったのです。
    なぜ夜遅くのコマに変更したいのかと問うと、学校が8時まで自習可能なので、できるだけ学校に残って自習し、その後で塾のほうが都合が良いというのでした。

    学校が夜8時まで自習可能・・・・。
    生徒がそんな時間まで学校に残っているということは、学校の先生たちもそんな時間まで残っているということ。
    学校の先生たちの労働条件はどうなっているのだろうと心配になってしまうのですが、それはともかく、ここでも、自分の家で勉強できず外で勉強する今の高校生の一端が見えたような気がしました。
    そういえば、「自分の部屋では勉強するな」とアドバイスをしている受験マンガもあります。

    図書館などに行って勉強する習慣というのは、私が高校生の頃からありましたから、そのこと自体は特別新しいことではありません。
    私も気分を変えて図書館に行くことはありましたが、そうやって外で勉強するのはイベント感が強く、たまにやることで、普段は自分の部屋で勉強していました。
    中学生くらいまではリビングで勉強したりもしましたが、高校生になると、自室で集中したい。
    正直、私は自分の部屋で勉強するのが一番集中できます。
    外で勉強するのは、どうしても時間が限定されます。
    自分の部屋で集中できるなら、時間は無尽蔵です。
    受験のために毎日5時間勉強するのだとしたら、学校の図書室や自習室で2時間プラス自分の部屋で3時間くらいが良いバランスと感じます。
    自分の部屋では勉強できないとなると、学習時間の総量がどうしても減ってしまう懸念があります。
    外だけで毎日5時間は確保しづらいです。
    それに、自分の部屋はいろいろと便利です。
    わからない問題があったとき、これはあの参考書に類題が載っていた気がすると、すぐに手を伸ばして調べられます。
    自分の部屋以外で勉強するときは、手元には持ち運べる分の勉強道具しかありません。
    重い辞書の変わりに電子辞書を使うようになったりと、勉強道具はかなり軽量化されたけれど、良い参考書は今も重いし、使う参考書は1冊ではありません。
    自室は誘惑が多いとはいうけれど、誘惑にそんなに毎度毎度負けないでしょう?
    目標があるとき、人間は、そんなに負けないです。

    とはいえ、そういう精神論で済む話でもないのでしょう。
    どうも、近年の高校生は自室では勉強に集中できないらしいのです。
    どういうことだろう?

    それで思い出したことがあります。
    数年前、高校生の男子生徒に授業をしていたときのこと。
    定期テスト直前の授業だったのですが、英語のテスト範囲をその子は把握していませんでした。
    人なつっこい性格で、学校でも人気のある子だろうと想像されましたし、数学は抜群にできたのですが、そういう雑なところもある子でした。
    テスト範囲がわからない?
    どうするの?
    と問いかけると、その子は、ちょっと待ってと言って、メールを打ち始めました。
    そして数分後、テスト範囲の詳細を記した返信が届いたのです。
    ともかくテスト範囲がわかったので、その範囲の勉強を始めました。
    「コミュニケーション英語」の本文の和訳で、学校の先生はここをどう訳していたの?と私が問いかけると。
    その子はまたメールを送り、数分して、該当部分の授業ノートを撮影した画像が届きました。
    女の子のきれいな文字で記されたノートでした。
    こうしたことが日常で行われているのだとしたら、これは・・・。

    テスト前ですから、その女の子も、勉強していたはずなのです。
    それでも、その男子生徒からのメールに最優先で応じていました。
    その時間、彼女は自分の勉強を放棄しています。
    これは、ちょっと問題だぞ・・・。
    そういうことはやめなさいと注意し、以後、私の前でそれをすることはなかったのですが、何が問題であるのか、その男子は問題の根本を理解したかどうか・・・。
    「えー?邪魔なら、無視すればいいじゃん」
    要求するほうは、その程度の気軽さなのです。

    そのことと考えあわせると、例の「200万円通い放題」をうらやましがる女の子から、そういえば以前こんな話を聞いたことがあったのも思い出しました。
    毎朝、Twitterで「おはよう」とフォロワー全員に挨拶するのに20分かかるというのです。
    Twitterって、朝の挨拶が必要なツールでしたっけ?
    インターネットの利用の仕方は、世代によって全く異なります。
    身近な友人や知り合いよりも、顔も名前も知らないネット上のつながりのほうが優しくて切実で他に変え難いところもあると、わからないわけでもないのです。
    でも、それは幻想でもあります。
    青い鳥の寓話を待つまでもなく、幸せは身近なところにあるよー。
    本当にあなたを心配している人は、あなたの近くにいるよー。
    そのことも含めて、ネットにのめり込む子は心配になります。
    しかも、その子がやっているのはTwitterだけではありませんでした。
    LineはLineで、現実の顔見知りと、もっと頻繁な、ほぼ1日中のコミュニケーションが必要とのこと。
    つまり、1日中、スマホに触わっているのが日常なのでした。
    塾での授業中も、机の上にスマホを置き、返信まではしないものの、誰かから連絡が入る度に確認することはやめられない様子でした。

    本人にも自覚はあり、勉強に集中するためにTwitterはやめるLineをやめるとアカウントを消すのですが、ひと月も経つと復活しているのでした。
    一種の依存症だったのかもしれません。
    スマホの習慣性の怖さ、それで失われる時間の長さについては近年よく言われるようになりましたが、他人事でなく、ごく身近に迫っている課題となっています。
    顔も名前も知らないTwitterのフォロワーに朝の挨拶をするのに毎日失われる20分。
    それは、本当に必要な人間関係なのだろうか・・・・。
    それが本当に必要な人間関係の人もいると思います。
    世界とのつながりがそれしかない人もいるでしょう。
    それが命綱の人もいると思います。
    それは大切な人間関係かもしれません。
    しかし、彼女は果たしてそうなのだろうか・・・。

    スマホのことをあわせて考えてみると、高校生が自分の部屋で集中して勉強できないのは、つい勉強以外のことをしてしまうというだけのことではなさそうです。
    何より、スマホが集中の妨げになっているのかもしれません。
    勉強を始める。
    数分で友達からLineに連絡が入る。
    スマホを手に持つ。
    友達に返信する。
    それだけでは済まず、つい、Twitterやインスタグラムなどひと通り見て回る。
    勉強しなくちゃと思い、再び勉強をする。
    友達からLineに連絡が入る。
    その返信をする。
    つい、Twitterやインスタグラムをひと通り見て回る。
    あまり時間が経っていないので大きな変化はない。
    物足りないので、ついでに動画を見てしまったり、ゲームをしたり。
    ひと通りやって、勉強しなくちゃと思い、再び勉強をする。
    友達からLineに連絡が入る・・・。
    この無限ループにはまって、自分の部屋では勉強できなくなっている高校生はいないでしょうか?
    いや、これは大人もそうかも・・・。

    学校の自習室や塾の最大の利点は、そこがスマホ禁止だからでしょうか。
    スマホの電源を切り連絡を絶つ大義名分があるから。
    人間関係を壊さずにスマホから離れることが可能です。
    実際、テスト前の貴重な時間に、テスト範囲がどうのノートがどうのと問い合わせを受け続けて自分の勉強ができない、お人好しで真面目な女の子は、スマホから避難せざるを得ない状況があると思います。
    問い合わせではなくても「勉強してる?」といったどうでもいいLineの会話にもつきあわなければならないでしょう。
    勉強しているのにいちいち集中を削がれる。
    これはかなり問題です。

    賢い子は、そのあたりも上手にさばいているかもしれません。
    でも、上手くさばけない子も、いるでしょう。

    それを早めに察した保護者の方は、高校生にもスマホは与えず、インターネットに接続できない設定にしたガラケーしか持たせない場合も目にするようになりました。
    インターネットは、タブレットやパソコンを親の管理下で使用。
    自室には持ち込ませない。

    親の独断でそれを行うと反発される場合も多いでしょうが、お人好しの高校生で、友達に何かと重宝され、見方によれば善意を「搾取」されている子は、もしかしたら、自分からは言い出せないだけで、スマホを手放すことを望んでいるかもしれません。
    「親に取り上げられた」
    と友達に言い訳できるのなら、むしろそのほうがいい。
    そのほうが自宅での自分の時間を有効に使えます。

    一方、人間関係としてそれで大丈夫なのか、不安もあります。
    1日中Lineでつながっているというのは、凄まじい相互依存です。
    それは、相手への依存なのかスマホへの依存なのか、既に判然としませんが、一方的に断ち切った場合、その後の人間関係に影響しないわけがありません。
    高校3年生になって、既にこの人間関係はあと1年。
    お互い、自分の進路のことで頭がいっぱいで、つまらないゴタゴタには関心が薄くなっている。
    人間関係が切れたら切れたで、それまでのこと。
    そう思いきれる時期でないと難しい決断かもしれません。

    スマホを長時間使用する子の成績は全体に低く、スマホの使用をやめればそうした子の成績は上がっていくという調査結果も出ています。
    スマホのせいで睡眠不足になるといった要因よりも、学習時間の質がスマホのせいで悪化しているのが何より大きいというのです。
    スマホがある限り集中して勉強できないのですから、それも自然なこと。
    塾などのために夜は音信不通になるのが常態の子のほうが、依存症になりにくいとはいえるかもしれません。
    とはいえ、便利なはずなのに、生きにくい時代だなあ・・・。

      


  • Posted by セギ at 14:36Comments(0)講師日記

    2018年04月15日

    4月28日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    4月14日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回は、「高次方程式の解法」です。

    問題 x3+3x2-4=0 を解け。

    2次方程式は、(x-△)(x-☐)=0 の形にくくると解けるのでした。
    (  )(  )でくくる、すなわち因数分解すれば良いのです。
    高次方程式もその仕組みは同じです。
    どうすれば、そのように因数分解できるのか?
    上の問題は、共通因数でくくれるわけでも、公式を利用できるわけでもなさそうです。
    そんなとき、使うのが因数定理です。
    f(a)=0 となるaを見つけたら、
    f(x)=(x-a)(   )
    という形に因数分解できるのでした。

    そのようになるaを探しましょう。
    それは、暗算でも、ちょっとメモを取りながらでも構いません。
    上の問題では、a=1 だとすぐ気づきますね。
    x=1 を代入すると、
    1+3-4=0 です。
    (x-1) という因数を持つことがわかりましたが、もう一方の( )には何が入るでしょうか。
    それは、x3+3x2-4 をx-1 で割った商が入ります。
    実際にわり算の筆算をしても良いのですが、手間がかかります。
    ここで役立つのが組立除法です。
    やってみましょう。

    1 3 0 -4   | 1
      1 4  4
    1 4 4  0

    よって、商は x2+4x+4 です。

    これで因数分解できました。
    x3+3x2-4=0
    (x-1)(x2+4x+4)=0

    後半の( )は、公式を利用して、さらに因数分解できます。
    (x-1)(x+2)2=0
    よって、x=1、-2  です。

    問題 x4-5x3+10x2-16=0 を解け。

    xに代入してこの式の値が0になる数を探します。
    x=1 のとき、1-5+10-16 は0ではないからダメですね。
    x=-1 のとき、1+5+10-16=0
    あ、これだ。ヽ(^。^)ノ
    組立除法をしましょう。

    1-5 10   0  -16  | -1
     -1  6 -16   16
    1-6 16 -16    0

    よって、
    (x+1)(x3-6x2+16x-16)=0
    次に、後半の( )をさらに因数分解しましょう。
    xに代入して0になる値を探します。
    1も-1もダメですね。
    ではx=2 は?
    8-24+32-16=0
    おおっ。これだ。ヽ(^。^)ノ

    1 -6  16  -16  | 2
       2  -8   16
    1 -4   8    0

    よって、
    (x+1)(x-2)(x2-4x+8)=0

    最後の( )はもう実数では因数分解できないですね。
    では、2次方程式の解の公式で解きましょう。
    xの1次の係数が-4と偶数なので、2本目のほうの公式が使えます。
    x2-4x+8=0
           x=2±√4-8
           x=2±√4 i
           x=2±2 i
    よって、この方程式の解は、
    x=-1、2、2±2 i  です。

    問題 2x3-7x2+2=0
    さて、この方程式でxに代入して0になる値は?
    1も-1もダメ。
    2も-2もダメ。
    えー?何か計算ミスしたかなあ?とやり直すけれど、やはりダメ。
    それで諦めてしまう高校生が多い問題です。
    0になる値の見つけ方は、±(定数項)/(最高次の項の係数) でした。
    つまり、探すのは整数だけではなく、分数もあり得るのです。
    x=-1/2 を代入してみましょう。
    2/8-7/4+2
    =1/4-7/4+8/4
    =0
    わあ、0になった。ヽ(^。^)ノ

    では、組立除法を。

    2 -7  0   2  | -1/2
      -1  4  -2
    2 -8  4   0

    よって、
    2x3-7x2+2=0
    (x+1/2)(2x2-8x+4)=0
    後半の( )を2で割り、前半の( )に2をかけることで整えます。
    (2x+1)(x2-4x+2)=0

    このように因数分解した結果を見ると、なぜ、±(定数項)/(最高次の項の係数)なのか、漠然と感じとれるのではないかと思います。
    最高次の係数の2が大きく影響するのがわかりますね。
    因数分解したときに、どこかの( )は、(2x+△)という形になるでしょう。
    そのときのxの解は分母が2の分数の可能性が高いでしょう。

    さて、後半の( )は、解の公式で解きましょう。
    x2-4x+2=0
           x=2±√4-2
           x=2±√2
    よって、この方程式の解は、 
    x=-1/2, 2±√2 です。


    問題 (x+1)(x+2)(x+3)=5・6・7 を解け。

    この問題、左辺の( )は1ずつ増えているし、右辺の整数も1ずつ増えています。
    あ、これはx=4 が解だなと気づきます。
    x+1が5にあたり、x+2が6にあたり、x+3が7にあたるのですね。

    だからといって、それだけ解答欄に書いておしまい、として良いのでしょうか?
    これは3次方程式です。
    3次方程式は、重解の場合もありますが、基本的には解は3つあります。
    残る2つの解を求めずに終わるわけにはいきません。

    これは、やはり、展開して整理しましょう。
    (x2+3x+2)(x+3)=210
    x3+3x2+3x2+9x+2x+6=210
    x3+6x2+11x-204=0

    さて、これが0になるxの値を見つけないといけないのですが、今回はx=4が解の1つであることは既に見つけてありますので、随分楽です。
    いきなり組立除法できます。

    1  6  11 -204  | 4
       4  40   204
    1 10  51     0

    よって、
    (x-4)(x2+10x+51)=0
    x2+10x+51=0 のとき
            x=-5±√25-51
            x=-5±√26 i
    よって、この方程式の解は、
    x=4, -5±√26 i  となります。


    さて、次回の大人のための数学教室のお知らせです。
    前回もここに書きましたが、欠席の連絡は不要ですので、よろしくお願いいたします。
    出席される場合のみ、ご連絡ください。

    ◎日時  4月28日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「因数定理・高次方程式」を続けます。p.35例題11の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。





      


  • Posted by セギ at 14:27Comments(0)大人のための講座

    2018年04月13日

    約数の個数に関する問題。



    数A「場合の数」の問題の1パターンとして、約数の個数に関する問題があります。
    これは、数A「整数の性質」でも、再度出てくる問題なので、どちらかで1回学習するという学校も多いと思います。
    例えば、こんな問題です。

    例題
    400の正の約数の個数を求めなさい。

    約数というのは、その整数を割り切ることのできる整数のことです。
    この問題は、「倍数・約数」の学習を終えれば小学生でも解けます。
    400でしたら、全部書いていってもそんなに手間のかかることではありません。

    約数の勉強を初めて行う小学生がよくやってしまうのが、小さい約数から順に書いていって、だんだんわからなくなって大きい約数を書きもらしてしまうこと。
    大きいほうの約数は、とびとびに出てくるので、考えていくのがだんだん面倒になって、もれてしまうのです。

    でも、これには解決策があります。
    400÷2=200
    のように「2」という約数
    を見つけたら、商である200も、400の約数です。
    だから、割る数と商とをセットで見つけていきます。
    すなわち、
    1と400
    2と200
    4と100
    5と80
    8と50
    10と40
    16と25
    20と20  あ、ここでつながった。
    だから、正の約数は、全部で15個です。
    こうすれば、書きもらしがありません。

    中学生や高校生に向けて言うのならば、400÷2=200 の2も200も400の因数です。
    400=2×200 と書いたほうがわかりやすいでしょうか。
    積の形で表される2も200も、400の約数です。
    しかし、この説明を当たり前のことと受け止める子もいれば、わり算がかけ算に書き換えられたことに驚いて、何がどうなったのかわからず混乱する子もいます。
    その子にとっては、わり算とかけ算は全く無関係のもので、頭の中でつながっていないようなのです。

    わり算とかけ算とは表裏一体のもの。
    こうしたことは、小学校の算数のどこかの単元でしっかり学習するというよりも、計算をしている間に本人が気づいているはずの概念なのですが、わり算とかけ算との関係について全く気付かず、中学生になり高校生になってしまう子も存在します。
    計算をしている間に、そうしたことに頭をめぐらせるということが一切なかったのかもしれません。
    計算しろと言われたら、ただ機械的にその作業をするのみで、その作業を通じて何かを考えることがないのでしょう。
    思考力の欠如とは、そういうことなのかもしれません。
    しかし、逆に、気づかない子にとっては「何でそんなことに気がつくと?」ということなのかもしれません。

    こうした数学的な規範は、誰に教わったということもなく、漠然と理解していることが多いです。
    十進法の仕組みなどもそうですね。
    十進法は、説明しようとすると、言葉遣いも難しくなる複雑な概念です。
    2進法や3進法が上手く理解できない子は、十進法を本質的には理解できていない可能性があります。
    一方、小学生でも理解している子は理解していて、だから小学生でも2進法や3進法の問題を解くことはできます。
    他にも、例えば、たし算とひき算との関係。
    かけ算とわり算との関係。
    たし算とかけ算との関係。

    こうしたことに気づかないまま中学生・高校生になると、数学でやっていいことと悪いことの判断が自力ではできず、思考の幅が狭くなるのかもしれません。
    方程式の計算を学ぶときも、なぜそれで計算できるのかを上手く理解できないまま、ただやり方だけ覚えて使うようになります。
    本来、自然に気づくはずのこと。
    自力で考えをめぐらせるはずのこと。
    それに気づかない子に「考えろっ」と命じて考えるようになるとは思えません。
    思考力を育てるというのは並大抵のことではないと思う日々です。


    話を400の約数に戻して。
    約数を全部書きだす問題ならば、小さいもの順になるように、両端からそれぞれのセットを書いていきます。
    書いていく段階では、約数の個数が何個あるのかわかりません。
    だから、解答欄の思い切り両端から書いていき、結局、真ん中に空白が出来たりします。
    それは仕方ないですよね。
    正解するためには、こうしたほうが、小さいものから順番に見つけていくよりも速く正確ですから。

    でも、小学生の中には、そういうことが気になって不機嫌になる子もいます。
    「あーあ、こんなに空いた!」
    と腹を立てて、ぐしゃぐしゃと消して、また1から書き直したりします。
    そして、結局、書きもらしてしまいます。
    ( ;∀;)

    重要なことは何であるか。
    優先事項は何か。
    そういう判断が少しズレてしまう子はそうなってしまいます。

    答案に隙間が出来るのがどうしても嫌なら、まずメモをとって、それを解答欄に書き写せば良いのですが、それはそれで面倒だから嫌だと拒絶します。
    結果、約数を全て書きだしていく基本問題ですら正答できるかどうかわからない、薄氷を踏むようなことになる子がいます。

    きれいな答案を書くことが最優先な子は、もう仕方ないので、小さい順に約数を書いていきましょう。
    しかし、いつでも商を意識して、
    400÷20=20
    と、約数と商が一致、あるいはその間に他の約数はないと確認したら、その先は、これまで出た約数で割った商を順番に書いていくように指導します。
    すなわち、
    1,2,4,5,8,10,16,20まで来たら、
    次は、16で割った商の25。
    次は、10で割った商の40。
    次は、8で割った商の50。
    というふうに逆流するように考えて書いていけば、もれなく書いていけるでしょう。
    同じ計算を2回することにはなりますが、折衷案として有効です。

    とはいえ、どんなやり方でも、400の約数16は、書きもらしやすいものです。
    25のほうが思いつきやすいので、16をとばしてしまった自分の答案を見直して、
    あれ?25がないのは何でだ?
    あ、400÷25=16かー。
    16があったー。
    と気がついて修正できれば上出来です。

    このように、人間のやることにはどうしてもミスがつきまといます。
    高校数学の「場合の数」は、「全て書きだしていく」のは万策尽きたときに行うことで、計算できるものなら計算で求めたいです。
    では、約数の個数は、どうやったら計算で求められるのか。
    それが高校数Aで学習する「約数の個数の求め方」です。

    400=1・400
    400=2・200
    と、かけ算の形にしてみると、約数というのはその数の因数なのだと気づきます。
    ならば、素因数分解をしてみれば、何かわかるのではないか?
    というわけで、400を素因数分解してみると、
    400=24・52
    (全角の数字の後ろに書いた半角の数字は指数です)

    これらの素因数を使ったり使わなかったりする組み合わせで、全ての約数は表されるのではないか?
    2や5を1回も使わない場合、それは「1」とします。
    実は、2の0乗や5の0乗が1なのですが、それは、数Ⅱ「指数関数」の学習をする際に、また詳しく勉強します。
    2や5を1回も使わない場合が、20・50=1×1=1。
    2を1回、5は0回使うのなら、2・50=2×1=2
    2を2回、5は0回使うのなら、22・50=4×1=4
    このようにして、縦に5を使用する回数、横に2を使用する回数を書いた表を作り、その縦横の積として、400の約数が全て表されます。
    ということは、表のマス目の数だけ約数があるということです。
    縦は、5の0乗、5の1乗、5の2乗の3列。
    横は、2の0乗、2の1乗、2の2乗、2の3乗、2の4乗の5行。
    したがって、3×5=15(個) の約数があることがわかります。
    すなわち、素因数分解したときの各素因数の指数に+1をしたもの同士をかけたら良いのですね。
    5は2乗なので、2+1の3。
    2は4乗なので、4+1の5。
    その3と5をかけます。
    +1をするのは、0乗の分があるからです。
    こうやって計算で求めたら、数えもらしの心配がありません。
    これが約数の個数を計算で求める方法です。
    400の正の約数の個数は、3×5=15で15個です。
    ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 12:32Comments(0)算数・数学

    2018年04月11日

    英語教育改革はどこまで有効か。


    中学生の好きな科目第1位は、保健体育。
    嫌いな科目第1位は、英語。
    ある通信教育会社の調査結果だそうです。

    嫌いな科目第1位は、数学ではないのですね。
    数学は、案外固定ファンがいるからかなあ。ヽ(^。^)ノ
    などと吞気なことを言っている場合ではなさそうです。
    英語という科目が、中学生にそんなに嫌われていたとは。

    昨年の都立入試の社会科で、日本・中国・韓国の世界競争力順位、英語力のアジア内順位、海外への留学者数を比較して記述をする問題がありました。
    2005年と2011年のデータを比較すると、
    ◎世界競争力の順位
    日本は19位から26位へ。
    中国は29位から19位へ。
    韓国は27位から22位へ。
    ◎英語力のアジア内順位
    日本は28位から28位へと変わらず。
    中国は15位から14位へ。
    韓国は20位から7位へ。
    ◎海外への留学者数
    日本は64,273人から35,731人へ。
    中国は403,527人から650,632人へ。
    韓国は100,800人から127,832人へ。

    2011年のデータではもう古いのかもしれませんが、最新のデータがそれほど改善されている期待も持てないのが現状でしょうか。
    こうしたことを踏まえ、今、英語教育に大ナタが振るわれようとしています。

    とはいえ、このデータを示されてさえ、
    「国がグローバル人材育成戦略を発表した理由を述べよ」
    という記述問題で、
    「日本人は、中国・韓国人よりも英語能力が高く、国際的に活躍している」
    という記述をしてしまう子もいて、ちょっと待て、英語教育より日本語で書かれたデータを正確に読める教育のほうがまず必要だ、と焦ってしまうのですが。
    このデータのどこをどう読むとそういう記述になるの?( ;∀;)


    ともあれ、なぜ中学生は英語が嫌いなのでしょうか?
    小学生では、「外国語活動」は好きな科目・活動の第3位なのだそうです。
    ちなみに、小学生の好きな科目第1位は体育で、これは小学生も中学生も変わりません。

    理由は想像できます。
    小学生の「外国語活動」は、昨年度までは評価の対象ではありませんでした。
    英語で楽しくゲームをしたり会話をしたり歌ったり踊ったりする授業で、特に評価はされません。
    書いたり覚えたり、それをテストされたりすることはなく、「勉強らしさ」がない。
    だから好きなのでしょう。
    しかし、中学に入り、英語は「主要5科目」に位置付けられ、ペーパーテストがあり、評価されます。
    そうすると途端に英語が嫌いな子が激増する・・・。

    英語が小学校高学年で正式科目となり、評価もされる今後は、小学生も英語が嫌いになるかもしれません。
    とりあえず、単語のスペルや簡単な文を覚えることが課せられ、そのペーパーテストが実施されるようになれば、英語が好きな小学生は今よりも減るだろうと予想されます。


    今回の英語の教育改革の目玉は「読む・聴く・話す・書く」の4領域で英語力を測定するという新しい基準が打ち出されたことです。
    それで大学入試も大きく変わると言われています。
    今までのような英語教育は全否定されている風潮すらあります。

    しかし、蓋を開けてみれば、2023年度まではセンター試験に変わる共通テストは相変わらず必須で、民間試験の活用は英語の得点の1割程度に抑える方向とのこと。
    さらに、東大は民間試験を利用しないことを発表しました。
    「聴く」に関しては、もう既に20年以上前からセンター試験には「リスニング」が課せられていますから、教育システムに組み込まれています。
    「読む」「書く」は筆記試験主体の英語教育にとってはむしろ得意とするところ。
    問題は「話す」の領域が今後の入試にどう影響していくのか、です。

    これはさすがにネイティブの講師のいる英会話教室の指導が効果的ではないか?
    そういう大宣伝がなされている現状がありますが、大学入試における民間試験の活用が1割未満で、しかも4領域のうち「話す」はその4分の1ですから、「話す」能力が大学入試で問われる比率は、2.5%未満。
    うん
    結局、英語教育改革は、今の小学生は気にしなければならないけれど、中学生・高校生は、あまりそれに踊らされて先走り、読むことを軽視したりすると、むしろ不利になるかもしれません。

    英語の授業の評価基準に「話すこと」がどの程度影響するのかは、推薦入試を目指している人にとっては大切でしょう。
    話す能力が具体的にどのようにテストされ、それがどの程度のウエイトを占めるか。
    高校英語教科書は、今年度から前倒しで新指導要領を踏まえた内容に修正されています。
    とりあえず、新しい「英語表現」の教科書は、過度に文法を強調することを避けるよう文科省から指導されているため、文法事項がまとめられていず散漫で、ゾッとするほど勉強しにくい構成になっています。
    進学校の英語の先生たちがこの教科書をどう扱うか、注目されます。
    今の大学入試は文法事項の重箱の隅をつつく問題は減りつつあり、実用的な英文や現代の評論を速読する能力を問われるものになっています。
    それにあわせ、高校も読解に必要な英文法を教えるようになってきました。
    日常会話レベルではない内容の英文を読み通すには、文法的把握をするほうが速く楽に読めるからです。
    まして、知らない単語がかなり含まれている英文を読むような場合は。
    高校英語の科目の名称が、今の「コミュニケーション英語」「英語表現」と変わったときも、リスニングと英作文で構成される「英語表現」の教科書を真面目にやっていたのは偏差値のそんなに高くない高校が多く、進学校は「英語表現」という名称の「英文法」の授業を行っていました。
    科目を細分化し、週に1回、「英語表現」の教科書を使ったリスニングと英作文の授業を行い、英文法の授業も独立して行う高校も多かったです。
    読むためにも話すためにも文法は必要だからです。
    入試問題を解くためにも。
    結局、今回も、浮わつかずに文法をしっかり教える高校が進学実績を伸ばすでしょう。
    「話すこと」を学習に加えるのに異論はないのですが。


    以前にもこのブログで書いたことですが、昔、勤めていた集団指導塾では3月に新中1英語準備講座を行っていました。
    10人ほどのクラスでしたが、それでも参加者の英語力はバラバラでした。
    中学受験の勉強に忙しく、英語は小学校の授業で少しやっただけの子。
    中学受験はしなかったけれど、英会話教室に通っていた子。
    中学受験はしなかったし、英会話教室にも通っていなかった子。
    既に身についている能力と、教わったことをすぐに習得できる能力とが、バラバラなのでした。

    当時、小学校の英語は書くことは全くやりませんでしたので、新中1準備講座は、とにかく英語を書いてみることが中心でした。
    まず、アルファベットの大文字を書いてもらいます。
    大文字を正しく書けない学力の子が、存在します。
    次に、アルファベットの小文字を書いてもらいます。
    中学受験生の中にも、小文字があやふやな子は存在しました。
    しかし、彼らは、覚える勉強には慣れていますので、翌週には身につけてきます。
    厄介だったのは、英会話教室に通っていて、英語には得意意識があるのに、小文字を書けない子が一定数いたことでした。
    しかも、そういう子は、書けない文字は翌週も書けないままであることが多かったのです。

    さらに単語のスペルの学習に進みます。
    CDから流れる単語を聴き取って、そのスペルを書く学習でした。
    「トマト」や「ピアノ」ならば、正しく書くことができても、「椅子」や「鳥」は正しく書くことができるようにならない子が存在しました。
    幾度練習しても、スペルを覚えることができないのです。

    中学受験生には、
    「スペルは、本当は規則があるんだけど、その規則自体が複雑だし例外も多いので、今のうちは、1つ1つの単語のスペルをいちいち覚えたほうが早いよ。漢字を覚えるようなつもりで覚えよう」
    と声をかけると、私の言いたいことをすぐ理解してくれて、子どもには不規則に感じるだろうスペルもどんどん書けるようになりました。
    一方、英会話教室に通っていた子たちの表情は、このあたりから暗くなっていきました。
    さらに授業が進み、「これは〇〇です」の文の練習になると、中学受験生は、もう英語学習の流れをつかんだ様子で、楽々と問題を解いていくようになります。
    しかし、英会話教室に通っていた子たちの中には、何がどうなっても冠詞aを書くことが身につかなかったり、「これ」と「あれ」の使い分けができず、確認テストで0点を取る子が現われ始めます・・・・。

    そして、新学期。
    学力によって、クラスは2つに分かれます。
    中学受験生は、全員、上位クラスに入りました。
    英会話教室に通っていた子は、上のクラスに入る子もいますが、下のクラスに分けざるを得ない子もいます。
    そして、下のクラスに分けられた子の中には、塾を退会したいと言い出す子が現れます・・・・。
    結局、無理に上のクラスに置くことで退会を思いとどまってもらうしか引き留める方法がありませんでした。

    勉強が上手な子が英会話教室に通っていたのなら、問題ないのです。
    そのまま、中学のペーパーテストでも高得点を取り、発音がいいので英語の先生にほめられ、ALTの先生とも会話が弾みます。
    ますます英語が好きになります。

    でも、どこにでも、不器用な子はいます。

    英会話教室は楽しいのです。
    英語のあいさつ。英語の歌。英語のクイズ。英語のリズム体操。
    デジタルデバイスも沢山触われる。
    英語の動画。
    英語のゲーム。
    とても楽しい。
    ああいうのが、英語。
    楽しいのが、英語。
    小学校の英語の時間も楽しかった。
    クイズやゲームがいっぱいあった。
    ああいうのが英語。
    中学の英語は楽しくない・・・。

    中学校の英語も、勿論、授業中に音読したり聴いたり話したりということは盛り込まれています。
    しかし、テストは筆記試験とリスニングです。
    リスニングの割合は多くて2割。
    8割は筆記試験です。
    単語のスペルが覚えられないようでは、中学の定期テストで良い点は取れません。

    一方、中学校の英語の授業で話すことに力を入れて、「Show and Tell」の授業などをやることもあるのですが、全員にスピーチ原稿を書かせ、その発表会を行っていたら、たちまち1か月経ってしまいます。
    2か月進度に動きのなかった学校もあります。
    結果、学習進度が大幅に遅れ、中3の12月なのに教科書は半分も進んでいなかった学校も昨年度ありました。
    やり方にも問題があるのでしょうが、あれもこれもと「4領域」を詰め込まれても、学校の授業時間数には限りがあります。
    これでは、筆記試験が主体の現在の高校受験で良い結果が出せなくなるかもしれません。
    「話すこと」に踊らされず、それはそれとして、読解と筆記試験の学習をコツコツと深めていく子が高い成績を維持することは変わらないと思います。

    学校の5段階評定に「話すこと」のテストが大きく影響するようになればまた別なのです。
    しかし、実技系4教科のように、英語もペーパーテストよりも実技点のほうが大きく影響するようになるとは想像しにくい。
    「話すこと」の実技テストが加わるとしても、そこで点差が大きく開くとは思えないのです。
    現在の英検の1次試験に合格する子の大半は、2次試験に合格します。
    「話すこと」の評価基準が低いからでしょう。
    あるいは、「読む」「聴く」「書く」がそこそこ出来る子は、少し練習すれば「話す」テストに合格する実力は育っているということでもあります。
    リスニングも、余程不得意な子を除いて、点差の開かない分野です。
    全体に易しいですから。
    結局、点差が開くのはペーパーテストで、勝負どころはそことなってしまいます。

    都立高校の英語入試に「スピーキング」が加えられるという情報はありますが、具体的な話はまだ一切見えてきません。
    どのように形で試験するのか、これから議論するという段階です。
    試験的実施すら何年先の話になるのか見当もつきません。
    5年後もまだ完全実施には至っていないかもしれません。
    今の小学生は気にしたほう良いですが、今の中学生・高校生は「4領域」という情報に惑わされて勉強の方向を間違えると、むしろ英語の成績が下がる結果になりかねません。
    今まで通り、英語を読んだり書いたり聴いたりする勉強をコツコツ続けることに加えて、スピーキングも視野に入れていく勉強をしていく必要があると思います。

    時代は変わりました。
    子ども向け英会話教室も、お遊び教室ではなくなっています。
    英検に合格できる英会話教室であることが1つの指標になった感があります。
    英検3級ですらライティングのある時代です。
    英会話教室も、「聴く」「話す」だけでなく、「読む」「書く」の学習に力を入れるようになりました。
    一方、学習塾も、「読む」「聴く」「書く」だけでなく、「話す」学習の強化を行っています。
    うちの塾も、毎回90分の中の一部として、英検の模擬面接を本人の実力にあわせて行っていきます。
    英検受検時には、ライティング対策に時間をかけています。


    いつから英語を学ぶのか。
    どこで学ぶのか。
    正解は1つではないと思います。

    ただ1つ言えることがあります。
    勉強が好きな子は、英語教育がどう変わろうと今も昔もあまり問題がないのです。
    「先生、英語って簡単じゃね?」
    そんなふうに言います。
    「まあねえ。でも、じきに、泣くほど難しくなるよ」
    「・・・・泣くほどか」
    そう言って、笑っています。

    難しいことは、難しいから、面白い。
    勉強は、勉強すること自体が面白い。
    それを知っている子は、もう、一生大丈夫なんです。
      


  • Posted by セギ at 14:18Comments(0)英語

    2018年04月09日

    生藤山から奥高尾を縦走しました。2018年4月。


    2018年4月8日(日)、生藤山と奥高尾を歩いてきました。
    今回のコースは、18年ぶりです。
    三鷹発8:04、高尾で乗り換えて、藤野着。9:02。
    陣馬山一ノ尾根を歩くときのいつもの電車です。
    改札を出るとすぐに階段を下りて、バス停へ。
    相模湖行きのバスの右奥に和田行きのバス停がありました。
    既に大行列。
    相模湖行きのバスが出発すると、和田行きのバスが入ってきました。
    1台では到底乗り切れず、待機していた「回送」と表示されていたバスがバス停に入ってきました。
    私は2台目に座れてラッキーでしたが、2台目もすぐに満員。
    1台目にも追加で客をぎゅうぎゅうに乗せてもまだ乗り切れず、バス停に残ってしまった人たちがいました。
    あれから、バスは増発されたのでしょうか。
    こんなに混雑するとは、バス会社も予想していなかったのでしょう。
    桜の季節だし晴天だしで、お花見登山客でぎゅうぎゅう満員のバスは出発。
    陣場山一ノ尾根に登るときは歩いていくトンネルをバスで通過。
    その先も徒歩でいくときと同じ道です。
    バスは速いなあ。

    鎌沢入口下車。9:35。
    私の他にも大勢の登山客が下りました。
    ここは人気の登山口のようです。
    支度をして出発。9:40。
    生藤山へと登っていく林道につながる橋の工事中で、車は通れなくなっていました。
    歩行者用の何だか足許がふわふわする臨時の橋を渡って、まずは林道歩き。
    舗装された坂道を登っていきます。
    通りかかった近隣の方に、
    「行ってらっしゃい」
    と笑顔で挨拶され、足が弾みます。
    足許には、スミレ・ムラサキケマン・ミヤマキケマン・西洋タンポポ・オオイヌノフグリ・ヒメオドリコソウ。
    道の脇にはヤマブキ。
    見上げれば桜。
    花盛りの春の里山の道です。
    民家の庭先の花も色とりどり。
    目に染みるほど白いユキヤナギ。
    赤紫色のモクレン。
    鮮やかなピンク色のミツバツツジ。
    お茶畑が広がり、何だかいい匂いがします。
    お茶畑と桜の木と、後ろに里山。
    舗装されていて歩きやすいとはいえ大変な急坂が続きましたが、花を見て写真を撮りながらの道なのでさほど苦になりません。

    鎌沢休憩所。10:15。
    あずまやが1つとトイレが1つ。
    トイレは男女共有で1つなので、あまりここをあてにしないほうが良さそうです。
    トイレット・ペーパーもないので、紙のご用意も。
    巨木を形どったトイレは、でも面白く、雰囲気の良い休憩所でした。

    さらに登っていくと、ほどなく山道が始まりました。
    若い竹林から木漏れ日が差す明るい登山道を行きます。
    歩きやすい山道が続きました。
    初心者でも安心して歩ける、楽しい山道です。
    道の両脇ににょきにょき飛び出している、奇妙な形のミミガタテンナンショウ。
    木陰にそっと咲く、ヒトリシズカ。
    少し急登があると、また緩い登りになり、あまり息も切れずに甘水草分岐。11:05。

    ここは、桜並木があるのですが、桜の木が病気になり、花が咲かなくなったとの看板がありました。
    けれど、看板は古いものなのか、桜はつぼみをつけていました。
    病気は治ってきているのかな。
    頑張れ、桜。
    このあたりの桜は、来週が見頃でしょうか。

    三国山。11:25。
    まだお昼前なので、山頂はそれほど混雑していず、ベンチの1つに座ることができました。
    富士山は、山頂の一部に雲をまとい、ぼんやり見えました。
    桜は5分咲き。
    見頃はこれからの様子です。

    さて、ここから陣馬山へと縦走します。
    まずは生藤山。
    岩がちの登りを登っていくと、ほどなく山頂です。11:35。
    狭い山頂を越えて、本日一番の難所の急な下り。
    靴底がすり減ってきていて、砂地でグリップが効かないので余計怖さがまします。
    ここ、単純な岩場ならば、大した傾斜ではないのですが、砂の急傾斜でホールドが少ないのが難度を増しているんです。

    何とか通過し、そこからは歩きやすい気持ちの良い道がしばらく続きました。
    茅丸はまき道で通過。
    連行峰の分岐のベンチでちょっと休憩。
    そこから、道は少し険しくなってきます。
    鎖場などはないのですが、何となく急な下りが増えてきます。
    滑りやすい土や砂地のS字の下り。
    落ち葉の積もった木段の道。
    落ち葉の底に木の枝があり、乗ったら「石車」ならぬ「枝車」となってツルンと転んでしまうんです。
    落ち葉が多いのは、昨日までの強風の影響なのでしょう。
    岩がちな下りもときどき現れます。
    生藤山の人気と比べて、この辺りを歩く人が少ない理由は、この道の何となく険しいこの感じにあるのでしょうか。
    山の神からは再び登り坂も増えてきますが、登って下りて、また登って。
    気持ちも疲れてきます。

    醍醐丸。13:05。
    眺望はないけれどベンチがあるので、ここでいったん昼食にしました。
    おにぎりを1個食べ、さて出発。
    再び、岩がちな道を降りたり、また登り坂を上がったりを繰り返しますが、下に林道が見えてきて、この道の終わりを予感します。
    最後はジクザグの緩い下りから林道へ。
    林道を右に歩いていくと、和田峠。13:45。
    ここは林道なので、自転車やバイクの人が大勢休憩していました。
    茶店でひと息ついて、陣馬山へと木段を登っていきます。
    いったん木段を登り切り、春の里山の眺望を堪能し、また木段。
    少し平坦な道を行き、また木段。
    途中に「首都圏自然歩道改修工事」の看板が出ていました。
    平成30年3月下旬までとありましたから、もう終わっている工事なのでしょう。
    なるほど、木段がところどころ新しいものに変わっています。
    その看板、専門用語で書いてあるのが興味深かったです。
    土居木階段 35.0段。
    ・・・・どう読むのでしょう。「どきょぼく」?
    路面板 52.0段 
    デッキ状階段 19.0段
    擬木丸太ステップ 27.0段

    普段、「木段」と呼んでいるものそれぞれに、専門用語があるのだなあ。
    どれがどれに当たるのだろう。
    有効数字が小数第1位までなのが、ぞくぞくしますね。
    などと考えているうちに、陣馬山の広い山頂に到達しました。14:10。
    陣馬山の桜は種類によって満開。
    木段周辺の桜は、まだこれからの様子でした。
    富士山はまだ薄く見えていました。
    奥多摩の大岳山はくっきり。
    歩いてきた生藤山もくっきり。
    あそこから歩いてきたんだなあ。
    朝、鎌沢で下りて、何て遠回りをしてここまで来たのだろう。
    売店でコーラを購入し、また1つおにぎりを食べました。
    元気が出て、さて、ここから奥高尾の歩き慣れた道の縦走です。
    時間も遅いので、巻いて巻いていきます。
    明王峠。15:00。
    ここの桜はまだ5分咲き。

    景信山は巻きました。
    景信山の直下は眺望が開けます。
    若葉と桜に淡くこんもりとした山々の姿。
    明日などないように咲く桜の巨木から、はらはらと舞い落ちる花びら。
    思わず足が止まってしまう眺めでした。
    城山も巻いて、下から尾根道の桜を見上げました。
    城山付近の桜は満開の様子です。
    ようやく尾根道に戻ると、一丁平の桜も満開。
    ここは下り道から眺める桜並木が圧巻です。
    さすがに体力が尽き、紅葉台も巻きましたが、ミツバツツジが満開なのを下から見上げました。
    高尾山下。17:20。
    ここからも、ケーブル駅までが意外に長いのです。
    薬王院はもう閉まっていて、夜間通路を行きました。
    売店ももう大半は閉まっていました。
    男坂をたったか降りて、ケーブル駅へ。
    18:00発のケーブルに間に合いました。
    ケーブルの最終は、18:30です。

      


  • Posted by セギ at 12:27Comments(0)

    2018年04月04日

    場合の数と確率。順列について。



    初夏を思わせる陽気が続いていますので、涼を呼ぶ雪景色を。

    さて、今回は、高校数Aレベルの「場合の数と確率」の話です。

    問題 0,1,2,3,4,5の6個の数字を一度ずつ用いて4桁の数を作る。
    (1) 4桁の数は何個できるか。

    この問題は、0を含んでいるので注意が必要です。
    4桁の数の千の位には0を用いることができません。
    千の位が0の数は、4桁の数ではないからです。
    それは3桁の数となってしまいます。
    したがって、千の位に置くことができる数字の候補は、0を除く5通り。
    その先は、樹形図をイメージしながら式を立てていきます。
    千の位の5通りの候補それぞれに対して、百の位に置くことができる数字の候補は、千の位に使った数字を除きますが、0は用いていいので、同じく5通り。
    十の位は、既に使った2個の数字を除いて、4通り。
    一の位は、既に使った3個の数字を除いて、3通り。
    したがって、式は、5×5×4×3となります。

    これを順列の記号Pを用いて表すならば、
    最初の千の位の選び方として5P1。
    残る3桁の選び方として、5P3。
    よって、5P1・5P3となります。

    上の5×5×4×3ならばよく理解できる子が、5P1・5P3という式を見た途端にうろたえて、「わからない」「わからない」「わからない」とつぶやき始めることがあります。
    それが、「場合の数」の学習の恐ろしさの第一段階。
    同じことを別の表し方をしただけなので、わからないことは何1つないはずなのですが、一度わからないと思い込んでしまうと、何もかもわからないと感じ始めるようなのです。

    5P1とは、「5つのものから1つを選んで並べる順列」という意味です。
    半角の数字は、実際はもっと小さく、Pの下半分の位置に書きます。
    5P1は、千の位の数字の選び方を表しています。
    次に、そのそれぞれに対して、残る5個の数字の中から百の位の数、十の位の数、一の位の数の3個を並べていきます。
    「5つのものから3つを選んで並べる順列」となります。
    それが、5P3です。
    5P3=5×4×3 となります。

    ところで、「場合の数」の学習では、このようにかけ算をやたらと繰り返すようになり、「×」の記号を書くことが鬱陶しくなってきます。
    もともと、文字xと紛らわしかったので、そろそろ何とかしたい。
    中学の数学では、「÷」の記号が消えました。
    わり算は分数で表すようになりました。
    高校数学になると、「×」の記号が消えます。
    「×」の代わりに、「・」と書くようになります。
    したがって、5×5×4×3は5・5・4・3と書きます。
    書き易くて便利です。
    リズミカルに書いていけます。

    次の問題。
    (2)4桁の偶数は何個できるか。

    さらに難度が上がりました。
    この問題は、まず「偶数」という条件を考えます。
    偶数というのは、どういう数のことだろう?
    その性質を考えるのがコツです。
    一の位が偶数であればその数全体は偶数です。
    他の位の数は奇数でも偶数でも構わないのです。
    そういう知識が頭の引き出しに入っていて、すぐに活用できれば大丈夫です。
    この問題をスラスラ解ける子は、自力で解き方を発想しているというわけではありません。
    一度解いた問題の解法を記憶しているのです。
    それは、解き方を丸暗記している、というのとは少し違います。
    考え方が頭の中にストックされているのです。
    思考力といっても、ゼロから何かを生み出すことは不可能です。
    素晴らしい定理を発見した天才数学者は、その定理の前提となる知識は身に付けていたから偉大な定理を発見できました。
    知識ゼロの素人の思い付きが素晴らしい定理の発見につながったわけではありません。
    知識は発見の泉。
    知識のない状態で思考力は育ちません。

    「どうやったら数学ができるようになるの?」
    と根本的な問いかけをされることがたまにありますが、そういう質問をする子の頭の中には、数学的な考え方があまりストックされていないのかもしれません。
    「偶数」という条件が問題にあるときに、偶数とはどのような性質のものであるかを考えるための素材が頭の中にないのです。
    そうした考えるための素材を頭の中にストックするには、本人の意志が必要です。
    頭の中に残りかけた数学的知識を定期的に「ゴミ箱」に移し、消去を繰り返していないでしょうか。
    そうしないと頭がスッキリしない?
    他のことが記憶できない?
    ・・・・人間の脳はそんなに容量の小さなものではないから、数学の知識は画面トップに散らばっていても大丈夫です。

    必要のない知識を、脳はこまめに消去してしまいます。
    それは本人の意志に反して脳が勝手にやっています。
    ただし、脳に対して「それは消したらダメな記憶だよ」と指令を出すことはできます。
    反復すれば良いのです。
    反復すると、脳は「これはまた使用する記憶らしい」と判断し、保存するようになります。
    「覚えられない 」「もう無理」と本人が思っていて、反復もしないのであれば、脳はきれいさっぱり記憶を消していきます。
    脳に「違う」「残せ」と指令を出し続けましょう。
    o(^o^)o

    問題に戻りましょう。
    さて、一の位が偶数となると、その候補は、0、2、4の3通り。
    ここで、一の位に0を使った場合と、2か4を使った場合とではその後の計算が違ってくることが予想できれば、もうほとんど正解したようなものです。
    一の位に0を使ってしまえば、もう千の位のことを心配する必要がありません。
    一方、一の位が2か4である場合、千の位に0は使えないことを気にしなくてはなりません。
    ここで場合分けをして計算をします

    〔1〕一の位が0の場合
    残る5個の数から、千の位、百の位、十の位の数を決めていくだけです。
    したがって、式は、5P3=5・4・3 となります。
    〔2〕一の位が2か4の場合
    一の位の候補は2通り。
    そのそれぞれに対して、千の位は、0と、一の位に選んだ数を除いて、候補は4通り。
    百の位は、0を使ってもいいので、一の位と千の位に使った数を除いて、候補は4通り。
    十の位は3通り。
    したがって式は、2・4・4・3
    Pを用いた式を書くのなら、
    2P1・4P1・4P2
    となりますが、無理にPを使う必要はないので、なぜその式なのか適宜言葉で説明していきながら答案を完成させれば大丈夫です。

    生徒の中には、一の位の次に千の位を決めることが理解できず、
    「そんなことしていいの?」
    と質問する子がいます。
    あるいは、そんなことは絶対に許されないと思うのか、何があっても一の位は最後に決めようとして混乱する子もいます。
    かけ算なんだから、どこからかけても一緒だよ。
    どの桁から決めていっても構わないんだよ。
    そうした説明がピンとくる子と、全く理解できない子とがいます。
    頭が硬いのかなあ・・・・。
    なぜ千の位から数字を決めなければならないと思うのだろう。
    そのことに何の根拠もないことに気づくと、思考の自由度が増します。
    あるいは、そういうことをしていいのか悪いのか、そういう「数学的規範」というものが本人の中にないため、いつも不安で、かえって不可解なルールに縛られてしまうのかもしれません。

    解答としては、〔1〕〔2〕は同時には起こらないので、和の法則が適用されます。
    5・4・3+2・4・4・3
    =60+96
    =156
    答えは156個となります。
      


  • Posted by セギ at 14:19Comments(0)算数・数学

    2018年04月02日

    筑波山を歩いてきました。2018年4月。


    2018年4月1日、筑波山を歩いてきました。
    三鷹8:00、秋葉原8:28。
    秋葉原からつくばまで電車1本で行けます。
    つくばエクスプレスです。
    私が最後に筑波山に行ったのは2002年。
    その頃は、土浦駅まで電車に乗り、そこから筑波までバスに乗り、筑波からまたバスを乗り換えて筑波山神社まで行くというかなり面倒なことをしなければなりませんでした。
    今は電車でつくばまで行けます。
    便利になりましたねー。
    とはいえ、つくばエクスプレスには初めて乗るので、どこから乗るのかわからず、うろうろと駅で迷いました。
    JRではないので、いったん改札を出るのはわかっていたのですが、その後の案内掲示が初めての者にはわかりにくーい。
    矢印の意図が読み取れないのです。
    矢印がUターンしていたり、半ターンしていたり。
    一体どうしろと?
    それでも何とか地下深く、さらに深い、つくばエクスプレス秋葉原駅ホームへと降り立ちました。
    ホームには大きな荷物をコロコロ転がしているリクルート・スーツ姿の人が何人も。
    つくば研究都市で新人研修に参加するのでしょうか。


    さて、秋葉原8:45、終点つくば9:38。
    エスカレーターで地上に上がり、ロータリーで1番線バスを待ちました。
    シャトルバス「筑波山神社・つつじヶ丘行き」です。
    ICカードが使えましたが、電車・バス料金がセットになり、お土産物の割引もある「筑波登山切符」というのもあるようです。
    バス出発。10:00。
    つくばは研究学園都市として整備された街なので、車窓からの眺めも人工的です。
    新しいビル。
    広い道路。
    広い公園。
    桜満開の並木道。
    やがて郊外に出て、桜の向こうに筑波山が見えてきました。
    若葉が芽吹き、山腹に桜が咲いています。
    日本むかし話の絵本に出てくる春の里山のような景色です。
    淡い緑の中にこんもりと桜色。
    明るくのどかな眺めでした。

    筑波神社入口。10:40。
    観光客の後ろをついて、大きな大きな朱色の鳥居をくぐり、まずは筑波神社へ。
    境内ではガマの油売りの口上が行われていました。
    本殿に参拝し、左へ行くとトイレがあります。
    あとは、ケーブル駅の道しるべのとおりに進みました。
    ケーブル駅前から登山道が始まりました。10:55。

    16年ぶりの筑波山ですが、その年までは毎年来ていました。
    バスを乗り換える不便で遠い筑波山に私はなぜ毎年来ていたのだろう。
    どこが良かったのだろう。
    今となっては、登山道の見覚えもなく、なぜこのような観光化された山に遠路はるばる来ていたのか見当がつきません。

    木の根のつくる段差の多い道をゆっくりゆっくり上り、最初のベンチで休憩。
    気温が上がってきて、早くも汗だくです。
    そこから、傾斜はさらに急になり、木段の他に段差の大きい露岩も多く現れました。
    ふう。これは疲れる。
    きつい登りなのですが、周囲は観光客が多数。
    ジャージやデニムならましなほうで、え、その服で山に来ますか?という何かヒラヒラした服に手提げカバンの人が下ってきます。
    ケーブルで上り、歩いて下山ということなのでしょう。
    しかし、ヒラヒラの服で下るには筑波山の山道はちょっと手強く、皆さん難渋している様子でした。

    岩の段差が大きかったり小さかったりするところを上るので、歩くリズムが崩れがちで息が切れます。
    はあ、参ったなあ、と立ち止まり、ふと右の草地を見るとカタクリ。
    え、こんなに?というほど無造作に沢山咲いていました。
    その中に、キクザキイチゲも混じっています。
    うわあ、凄い。
    夢中で写真を取るうちに呼吸も戻り、さて再び急登を行きます。

    傾斜が少し緩んで、男女川。
    つくばねの峰より落つる男女川。
    源流はちょろちょろ落つる男女川。
    手を洗うと冷たくて気持ちよく、また元気が出ました。

    延々と続く登りに立ち止まる人が多く、ついに渋滞が発生しましたが、それに助けられた面もあり、ゆっくりと御幸ケ原に到着。12:20。
    ここは大きな広場になっていて、電波塔が立ち、売店・食堂・トイレなどが並んでます。
    ああ、ここの記憶は鮮明です。
    ここでもガマの油売りの口上が行われていました。

    筑波山は男体山と女体山の双耳峰です。
    御幸ケ原から男体山へは、さらに木段と岩がちの道を15分。
    狭い山頂には小さな奥院が立っていました。
    狭すぎてレジャーシートを広げるスペースなどはなく、少し下ったベンチで昼食。
    はあ暑かった。
    おにぎり1個がなかなか喉を通りません。

    さて、御幸ケ原に戻り、そこから女体山へと縦走します。
    途中にカタクリ園地。
    ここも柵からはみ出すほどにカタクリが咲いていました。
    岩がちの道を登っていくと、ガマ石。
    巨大な蛙に似た姿の岩です。
    ああ、これも見覚えがある。
    その先はすぐ女体山への登りでした。

    女体山。13:30。
    山頂は柵のない岩場でした。
    なかなかの露出感と高度感です。
    春霞で遠望は全く効きませんが、これから降りていくつつじヶ丘の駐車場がよく見えました。
    随分遠いなあ。

    さて下山。
    岩場を降りて、道しるべの通りに右に降りて行くと、岩場の急な下りが始まりました。
    そんなに難度は高くなく、鎖も張られていませんが、傾斜はなかなか急です。
    岩場をガンガン下ります。
    ああ、この道、記憶にあります。
    そうだ、この道だ。

    思い出しました。
    私が遠路はるばる筑波山まで毎年春に来ていたのは、カタクリが咲いていることと、この岩場の下りが面白かったからです。
    ああ、そうだった。

    急な岩場の下りなのですが、相変わらず前後には観光客がいます。
    女体山はロープウェイで登れますので、それで登ってきて、歩いて下ろうという観光客が多いようです。
    いや、この岩場、観光客は危ないでしょう。
    手提げ鞄にスニーカーでこの道は、怖いでしょう。

    しかし、人は、危ない場所は用心して歩くので、案外大丈夫なようでした。
    ただ、その後、少し平坦な道で気を抜くとやばいのです。
    徒然草の「高名の木登り」の話のようなものですね。
    私の少し前を歩いていた手提げ袋を下げた老人の足がもつれ、派手に転倒したのです。
    うわっ。
    ちょうど登ってきた若い登山客が駆け寄りました。
    「大丈夫ですか?」
    「大丈夫、大丈夫」
    老人は起き上がりました。
    「足、大丈夫ですか?くじいてないですか?スプレーありますよ」
    「いや、大丈夫」
    親切な若い子です。
    いや、老人が転んでいるのをほおっておけるものではありませんが。

    岩下りは延々と続きました。
    その間に奇岩があり、この辺りは奇岩巡りとなっています。
    大仏岩。
    屏風岩。
    胎内巡り。
    弁慶七戻り岩。
    上の画像は弁慶七戻り岩です。
    今にも上の岩が落ちてきそうな奇岩です。
    岩場が終わり、道はかなり歩きやすくなってきました。
    石畳のような石が敷かれた道が続きます。
    前を行く、紙袋を提げた高齢の女性
    に挨拶して追い抜きました。
    石畳みも終わり、土の道になり、歩きやすいので、その女性も私のすぐ後ろをそんなに遅れず、数メートル後ろをついてきていました。
    背後でズザザっという音がして、振り返ると、その人は転倒し、なお止まらず、横転していました。
    うわあっ。
    これも、ちょうど私とすれ違ったばかりの若い登山客が、
    「大丈夫ですかっ!」
    と駆け寄りました。
    「大丈夫」
    「怪我はないですか?」
    「うん。たちくらみがしたの。しばらく座っていくから大丈夫」
    私だけでなく、若い登山客もその場に留まり、座っているその人の様子を見ていました。
    「本当に大丈夫ですから、先に行ってください」
    とその人が言うまで。
    若い子、偉い。

    やっぱり、ロープウェイで登ったら、ロープウェイで降りたほうがいいですね。
    2人も目撃ということは、この山は、1日で何人転倒しているかわからないです。
    高尾山なら1号路があるので観光客でも歩いて下山できるのですが、筑波山には歩きやすい下山道はないのですね。

    とことこ降りて行くと、駐車場。
    バス停はどこだろう?
    2002年当時は、つつじヶ丘には駐車場はあっても公共交通機関はなく、ここへ下山することはできなかったのですが、今はシャトルバスの終点となっています。
    直進していくと、ロープウェイ駅の前にバス停がありました。
    15:00バス発車。
    ここから一気につくば駅へ。

    桜やカタクリがきれいな山。
    登山道が面白い山。
    この山の良さを思い出しました。
    また来たいと思う山でした。
      


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