苦手な単元の原因は、思いがけないところにある。
数学「データの分析」が苦手という生徒に授業をしたときのことです。
小学校でも学習する度数分布表から復習すると、意外なことがわかりました。
度数分布表とは、階級ごとの度数を一覧表にしたものです。
例えば、あるクラス全員の身長を度数分布表にした場合、
階級 度数(人)
170㎝以上175㎝未満 2
165㎝以上170㎝未満 5
160㎝以上165㎝未満 11
155㎝以上160㎝未満 9
150㎝以上155㎝未満 7
145㎝以上150㎝未満 3
元のデータが破棄されているなどの理由で、個々の本当の数値から平均を求められない場合は、この度数分布表から平均を求めることがあります。
その際に使用されるのが、「階級値」です。
例えば、一番上の階級に分類された2人の本当の身長が、172.7㎝と174.3㎝だったのだとしても、その数値は使わず、階級のど真ん中の数値の人が2人いる、として計算します。
階級のど真ん中の値。
それが階級値です。
階級値を使って求めた平均は、本当の平均とは少し違う値にはなりますが、そんなに大きな差が出るわけでもないので、通用している平均値の求め方です。
しかし、その生徒に、上の度数分布表から平均を求めてもらうと、誤答していました。
「階級値」が違っていたのです。
例えば、170㎝以上175㎝未満の階級の階級値は、170㎝と175㎝の真ん中の値、すなわち172.5㎝です。
しかし、その子は、172㎝としていました。
なぜ?
その子は、170㎝と174㎝の平均を出して、172㎝としていたのです。
「175㎝未満なんだから、175㎝は入っていないから」
というのが、その子の考えでした。
これは、特別に勉強ができない子の話ではなく、案外多くの子がやってしまうミスです。
175㎝未満ですから、確かに、175㎝という数値はそこに含めません。
しかし、175を含めないのなら、その隣りの数は、174でしょうか?
違いますよね。
175の隣の数は、174.9999・・・です。
それは、ほぼ175㎝です。
ですから、その階級のど真ん中の値は、172㎝ではなく、172.5㎝のほうが、より正確なのです。
こういうミスの原因は、その子の頭の中で、実数を、ぎっしり詰まった数直線として理解していないことにあるのだと思います。
中学生になっても、高校生になっても、その子の頭の中では、数字というのは、自然数のことなのでしょう。
1,2,3,4,5,・・・
という並びでしか数を把握していない。
175を除外したら、その隣りの数は、174になってしまうのです。
こういう誤解は、理科の学習の中でもひょこっと顔を出してしまうことがあります。
うちの塾では、都立入試対策として、中学3年生には5教科を教えます。
その理科の授業でのこと。
地学「気象」、特に、湿度のところがよくわからない、という生徒がいました。
確かに、苦手とする子が多いところです。
しかし、その子が湿度の問題で正答できない理由は、理解不足というのとは違っていました。
例えば、こんな問題。
ある部屋の空気は、気温が20℃で、1㎥中に水蒸気を12.8gふくんでいる。ただし、気温と飽和水蒸気量との関係は下の表のようであるとする。
気温(℃) 飽和水蒸気量(g/㎥)
11 10.0
12 10.7
13 11.4
14 12.1
15 12.8
16 13.6
17 14.5
18 15.4
19 16.3
20 17.3
(1) この空気は、1㎥あたりあと何gの水蒸気をふくむことができるか。
(2) この空気の湿度は何%か。四捨五入して整数で答えなさい。
(3) この空気の露点は何℃か。
(4) この空気の湿度を11℃まで下げると、1㎥あたり何gが水滴となって出てくるか。
(5) 実際にふくまれる水蒸気量はそのままで、気温が下がると、湿度はどうなるか。
その生徒は、(1) は正解できました。
問題文によれば、今の気温は20℃ですから、空気は、1㎥あたり17.3gの水蒸気を含むことができます。
今の水蒸気量は12.8gですから、
17.3-12.8=4.5
答は、4.5gです。
しかし、(2) で調子がおかしくなり始めました。
答を、76% としていました。
正解に近いのですが、ちょっと違う数でした。
「どうやって解きましたか。式は?」
「13÷17」
「・・・?」
・・・13÷17?
正しい式は、12.8÷17.3 です。
湿度は、飽和水蒸気量に対して、今どれだけの水蒸気が含まれているか、その割合を表すものです。
くらべられる量÷もとにする量
という、おなじみの割合の式を使います。
12.8÷17.3=0.739・・・
単位は%で、整数で答えるのですから、小数第3位を四捨五入して、0.74
すなわち、74%が正解です。
では、上の生徒は何を間違えたのか?
与えられた数値を、あらかじめ整数値にしていたのです。
12.8を四捨五入して13
17.3を四捨五入して17
その計算の結果、76%という、似ているけれど違う答が出たのです。
理科のこうした問題は、計算の最終結果を概数にするものであって、計算前に概数にするものではありません。
特に表記はなくても、示されている値は有効数字なのでしょうから、四捨五入していい値ではないのです。
12.8÷17.3
と、問題に提示されている数値をそのまま利用し、その結果を四捨五入します。
その子は、計算前に四捨五入していました。
そのように、13÷17 という式を立ててしまう子は、ミスの原因がつかみにくいのです。
集団指導の中では、ただの計算ミスなんだろうと、本人も先生も思ってしまうかもしれません。
あるいは、我の強い子になると、
「自分の答は別解だろう。だって、問題に整数で答えろ、とあるんだから」
と思ってしまうこともあり得ます。
(3) この空気の露点は何℃か。
ここで、また誤答。
その子の答は、14℃ でした。
問題文には、ある部屋の空気は、1㎥中に水蒸気を12.8gふくんでいるとあります。
表を読むと、気温15℃のときの飽和水蒸気量が、12.8g です。
これより気温が下がった瞬間から、その部屋の空気は、その水蒸気を含めなくなり、水滴が現れます。
それが露点です。
ですから、露点は、15℃です。
では、その子は、なぜ14℃と答えたのか?
気温が15℃ちょうどなら、ぎりぎり12.8gの水蒸気を含むことができます。
だから、まだ、水滴は現れない。
14℃になったら、現れる。
だから、露点は14℃だ・・・。
そう考えたのです。
いや、違います。
15℃より少しでも下がれば、水滴は現れます。
つまり、14.9999・・・℃で、水滴は現れます。
それは、ほぼ15℃です。
だから、露点は15℃です。
それを「ごまかしだ!」と思う気持ちはわかりますが、しかし、14.9999・・・℃に近いのは、14℃ではありません。
それはむしろ随分遠くにある数字です。
15℃のほうが、近いです。
やはり、その子の頭の中に、実数の数直線が存在しなかったのです。
頭の中にあるのは、順番に並んだ自然数だけ。
線ではなく、点で数を把握をしているのでした。
15の前の数は、14。
その間に無数の数があることをイメージできていないのです。
きつい言い方をすれば、小学校の低学年の数の感覚です。
そこから進歩していないのです。
「データの分析」という単元が苦手なのではない。
数に対する感覚が更新されていない。
「気象」という単元が苦手なのではない。
数に対する感覚が更新されていない。
特に、個別指導を受け始めた当初は、こういう、本人も保護者の方も気がついていなかった根本の問題が一気に噴出しますので、ダメージが大きいことがあります。
まさか、そんなことがわかっていなかったなんて・・・。
そんな気持ちになりますが、こうしたことは、理解し改善できれば、問題はありません。
原因や改善点が明確なのは、むしろ安堵すべきことです。
あとは、それを直せるか、直せないかが、次の課題です。
幾度解説し、指摘しても、時間が経つとまた同じミスが復活する子もいます。
いつの間にか、間違った概念がその子の頭の中に再構築されているのです。
それほどに、子どもの間違った概念を突き崩すのは容易ではありません。
何度でも、何度でも。
大切なことは、諦めないことです。
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