中学数学。1次方程式の利用。中級。速さに関する問題。
画像は、井の頭公園の、ニリンソウです。
さて、まずは、こんな問題から。
1次方程式の問題です。
問題1
午前8時に、3㎞離れた学校へ兄が出かけ、兄が出発してから6分後に妹が走って同じ道を追いかけた。兄が歩く速さが分速80m、妹が走る速さが分速120mであるとき、妹が兄に追いつく時刻を求めなさい。
基本が身についている人にとっては、何とか立式できるレベルの問題です。
公立中学で使う普通の教科書にも載っている問題です。
まず、何を x とおくか。
「時刻を x とおく」とうっかり書いてしまうことがあるかもしれませんが、時刻と時間は違うのです。
、
時刻と時間。
小学校の低学年で学習している内容ですが、こういう根本の概念ほど、言葉で説明しようとするとむしろ難しいことがあります。
「今の時刻は、午後12時58分と」いうのが、時刻。
「家から学校まで30分かかる」というのが時間。
10歳未満の子どものほうが、むしろ、こうした概念を概念のまますっと理解できるのですが、そのときに学び損ねると、一生わからない・・・ということも起こります。
いくら言葉を重ねて説明しても、わからないものはわからないようなのです・・・。
それはともかく。
時刻を x とするのは、不可能ではないです。
その場合、上の問題ならば、「午前8時 x 分とする」ことになるのですが、この処理は案外厄介なので、時間を x で表したほうがスッキリすると思います。
すなわち、答案の1行目は、
「兄が x 分歩くとする」
しかし、この1行目を書き忘れる人は多いです。
あるとき、テスト直しノートを提出させる熱心な学校の先生に教わっている中学生がいました。
しかし、返却されたノートには、「?」「何で?」「どういう意味?」などの赤ペンの文字が入っていて、評価は「B」でした。
しっかり直したつもりなのに、なぜ「A」ではないのか?
テスト直しノートをどう直していいかわからない・・・。
そういう悩みを聞いて、そのテスト直しノートを見てみると、何を x とするのか書いていませんでした。
そのことに気づかず、次のテスト直しでは、もっと詳しく説明しなければいけないと思ったのか、変な方向に詳しく、文章題を線分図に表してみたり、カラフルに色ペンを使ったりしていました。
何を x とするかは必ず書きなさいと、方程式の利用の学習の間、毎回、毎回、助言したのに、何で身につかないのだろう・・・。
そして、学校の先生も、テスト直しノートに赤ペンで書き込むなら、
「何が x?」
と端的に書いたほうが伝わるのに・・・。
中学一年生は、本当に、まだ小学生の尻尾が残っている子が多く、「〇〇をxとする」といった日本語が数学の答案に必要だということが、どうしても信じられないようなのです。
だから、注意されても、すぐ忘れます。
数学は、式と答だけ書けばいいんだ、という小学生の「尻尾」が生えたままなのです。
また余談にそれてしまいました・・・。
そろそろ、問1の方程式を立てましょう。
もう一度、問題を見てください。
問題1
午前8時に、3㎞離れた学校へ兄が出かけ、兄が出発してから6分後に妹が走って同じ道を追いかけた。兄が歩く速さが分速80m、妹が走る速さが分速120mであるとき、妹が兄に追いつく時刻を求めなさい。
兄がx分歩くとする。
そうすると、妹は遅れて出発していますから、妹の時間は、(X-6)分です。
速さは問題文に書いてあるし、時間はxを使って表せます。
これは、方程式は、道のりを表すものを作ればいいですね。
追いつくまでの兄の道のりと妹の道のりは等しいです。
速さ×時間=道のり ですから、
80x=120(x-6)
これを解いて、x=18
さて、ここから時刻に直す必要があります。
兄が出発した時刻が午前8時。
そこから18分歩いたのですから、
解答は、午前8時18分です。
問題2
弟は分速73mで歩いて、家から1.7㎞離れた駅に向かって出発した。弟が出発してから15分後に姉が自転車に乗って同じ道を分速292mで弟を追いかけた。姉は弟に駅まであと何mのところで追いつくか答えなさい。
さて、方程式の文章題は、基本は求めたいものを x としますが、この問題、「駅まであと x mのところで追いつくとする」としてしまうと、式が難しくなりそうな嫌な予感がします。
方程式は、わり算の式よりも、かけ算の式を立てたほうが簡単です。
どうしてもわり算、すなわち分数の式しか立てられないこともあるけれど、今回はそうではなさそう。
そういう判断ができると、この問題は楽に解けます
これも、やはり、「姉が x 分走るとする」のほうが、速さ×時間=道のり の、簡単な式を立てられそうです。
姉が x 分走るとする。
そうすると、弟は姉よりも前に出発していますから、弟の時間は(15+x)分。
弟の道のり=姉の道のり ですから。
292x=75(15+x)
これを解いて、
x=5
姉が5分走ったことがわかりました。
では、姉の道のりは、
292×5=1460
駅までは1.7㎞=1700mですから、残りの道のりは、
1700-1460=240
答えは、240mです。
問題3
9㎞離れたところへ行くのに、はしめは時速5㎞で歩き、途中から時速3㎞で歩いたら、2時間かかった。時速5㎞で歩いた道のりを求めなさい。
よし、これは、前半の歩いた道のりを x とするので大丈夫でしょう。
方程式は、時間を表す式を立てましょう。
時速5kmで歩いた道のりを x ㎞とする。
道のりは全部で9㎞ですから、時速3㎞で歩いた道のりは、(9-x)㎞ と表すことができます。
前半の時間は、x / 5 時間。
後半の時間は、(9-x) / 3 時間。
その合計が2時間なのだから、
x / 5 +(9-x) / 3=2
これを解いて、
x=15 / 2
解答は、15 / 2㎞。
問題4
AとBが5㎞離れた場所にいる。Aは午前9時に、Bは午前9時2分に互いに向かって走り出した。Aが分速250m、Bが分速200mで走るとき、2人が出会う時刻を求めなさい。
Aが出発したのが午前9時でわかりやすいので、Aの走る時間をx分としましょう。
Bは出発が2分遅かったので、走る時間は(x-2)分となります。
今回、2人の道のりは異なります。
しかし、2人で協力して5㎞走ったのですから、2人の道のりの和が5㎞=5000mです。
Aの走る時間を x 分とする。
250x+200(x-2)=5000
これを解いて、
x=12
解答は、午前9時12分 です。
さて、ここまで逐一ヒントを出しながら、生徒と一緒に立式し、上の問題1から4まで解いたときのことです。
生徒から、言われました。
「・・・わからない」
「うん?何がわからない?」
「解いたのを見ればわかるけど、自分では式が立てられない・・・」
・・・なるほど。
「どういうところがわからない?」
ここで、長い長い沈黙がありました。
でも、何か言ってくれないと、何がどうわからないのか、私もわからないので、何か喋り出すまで、辛抱強く待ちました。
ついに、その子は口を開きました。
「・・・式の形が・・・」
「うん?」
「・・・式の形が同じじゃない」
「・・・?」
式を見直してみましょう。
問題1は、
80x=120(x-6)
問題2は、
73(15+x)=292x
問題3は、
x / 5 +(9-x) / 3=2
問題4は、
250x+200(x-2)=5000
「・・・特にどこが違うと思う?」
そう問いかけてみました。
「たすだったり、引くだったりするのが、・・・」
「たすだったり、引くだったり?どこのところが?」
「・・・x-6だったり、15+xだったり、9-xだったりするのが、わからない・・・」
「・・・」
・・・問題によって、たすだったり引くだったりするのは、当たり前じゃないの?
同じ問題じゃないんだから・・・。
心の中でそう思い、そして気づきました。
そうか。
この子は、全部たし算ならたし算、ひき算ならひき算であってほしいのか・・・。
式の形が、いつも全部同じであってほしいのか・・・。
その式の形さえ覚えれば良いという勉強がしたいのか・・・。
気持ちはわかるのです。
しかし、そういうパターン把握で方程式の文章題をこなせると夢を見ている間は、方程式の文章題は自分で解けるようにはならないのです。
文章を読んで、意味を理解して、構造を把握して、その都度関係をつかんで、式を立てる。
そういう「まっとうな解き方」が実は正解への最短距離なのですが、なぜか、それだけは絶対にしない、そんなことは許容しないという子たちがいます。
おそらく、小学生の頃から、算数の文章題を意味を読み取って式を立てることは、一切してこなかったのだと思います。
すべてパータン把握でこなしてきた。
小学校では、それでそこそこ大丈夫だった。
ときどき、「単位量あたり」とか、「割合」とか「速さ」とか、上手くいかない単元もあったけれど、そういうのは終わってしまえば、もう過去のこと。
これからも、自分はこのやり方でいく。
だって、このやり方しかわからない。
パターンがあるはずだ。
それを教えて!
ある種、背筋が寒くなるのは、こういうときです。
気持ちはわかるのですが、文章題に取り組む姿勢が、根本的に間違っているのです。
問題文を読んで、読解して、構造を把握するから、立式できるのです。
ただ、それを身につけるには、時間がかかります。
何年も何年もかかります。
だから、小学校の簡単な算数から、文章題で少しずつ練習して能力を伸ばしてきたはずなのに、小学校の頃はあまりにも簡単だったから、文章を読まずに式を立ててきた子が、今の時代、ますます増えているように感じます。
文章題にある程度対応できる子と、全く対応できない子に、はっきりと分かれます。
簡単な文章だった小学生時代に読み方を身につけなかったので、中学の数学になると、文章の構造をもう読み取れない・・・。
でも、今からでも遅くないのです。
文章を読んで、意味を理解することは、学問の基本です。
文章を読み取る必要があるのだと、本人が理解してくれれば、そこから先に進めます。
怖いのは、文章を読み取る方向に本人の気持ちが一切向かない場合です。
何かパターンがあるはずだ。
絶対あるはずだ。
そういう抜け道があるはずだ。
この先生は、それがわかっていないだけだ。
どこかに、抜け道があるんだ・・・。
いつまでもそう考えて、文章と向き合えないのです。
私は、「文章が読めない」ことは単なる事実で、そのことにそれ以外のどんな評価も下さないけれど、「抜け道があるはずだ」といつまでも思っていることは、愚かなことだと思います。
いつもx+□の形のたし算ならいいのに!
そうなら簡単なのに!
それはそうですが、中学の数学は、そんなに簡単ではないのです。
「速さ」の文章題ならば、何でもx+□にすればいい、とはなりません。
それでも、パターンがないわけではありませんが、上のような考え方をする中学生が想像するのよりもずっと複雑なパターン把握が必要となります。
問題1や2のように、時間差で追いかけていく問題ならば、道のり=道のり の式を立てることになるでしょう。
しかし、それも、どちらの時間をxとおくかで、もう片方の時間はたし算にもひき算にもなります。
問題3のように、途中で速さを変えてある距離を進んでいく問題では、分数+分数=時間 の形の見た目の式になることが多いでしょう。
問題4のように、ある距離を互いに反対方向から進んで出会う問題は、二人の道のりの和が全体の道のりとなる式を立てるでしょう。
そういうパターンなら、あります。
でも、それは、文章を読解できるからこそのパターン把握です。
しかも、速さの3公式をマスターしていることが前提です。
問題を読まずに式を立てる方法は、ないのです。
どうか、1日も早く、目を覚まして。
いつも、そのように願って、授業をしています。
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