どうすれば、テストの得点が上がるのか。
どうすればテストの得点を上げていくことができるでしょうか。
どうすれば、成績は上がるのか。
評判の良い塾に通えば、夢のように成績は上がるのか?
評判の良い授業動画を見れば、たちまち成績は上がるのか?
何にでも即効性を求める風潮があります。
また、誰でも必ず成績は上がり、東大にも合格できるといった風評のようなものがネットを中心に蔓延しています。
そのせいか、テストの点数を上げることを簡単なことのように思う保護者の方もいるかもしれませんが、実際はそんなに簡単なことではありません。
成績が上がるまでには、時間が必要です。
年単位の時間がかかることも珍しくありません。
本人が抱えている学習上の課題を1つ1つ解決していかなければならないからです。
そのため、何が課題であるのか、まずその現実を把握する必要があります。
その現実を、生徒本人に自覚してもらう必要もあります。
保護者の方が考えるよりもはるか手前に課題があり、それが学習に影響している場合が多いのです。
そもそも、生徒にやる気がない。
保護者の方が、
「だったら、やる気を出させてくださいよ」
と思う気持ちが切実なのはよくわかるのですが、それは、簡単なことではありません。
生徒自身の中に、できればやる気を出したい、でも、やる気が出なくて困っているという気持ちがあるのならまだ何とかなるかもしれません。
しかし、子どもは、どんなに幼くても、本人なりに判断をしています。
「勉強は、しない」
という強い判断を本人がしている場合があります。
「今は勉強なんか必要ない。受験前になったら、やる」
と本人が判断している場合、大人による説得はかなり難しいです。
客観的には愚かな判断でも、それは、本人の判断です。
本人の判断は、何よりも本人が一番に尊重します。
心は動きません。
せめてその点はクリアしていて、本人にも何とかしたいという気持ちがある場合でも、課題は山積しています。
かつてうちの塾の生徒で最も困難だったのが、学校で今何を勉強しているのかわからない、という場合でした。
「うちの先生は教科書を使わない。いつもプリントだから、わからない」
というのです。
プリント学習といっても学校の教科書に載っていない特殊なことをやっている場合は少なく、教科書と同じ単元をプリントで演習している場合がほとんどですが、そのことを理解していませんでした。
本人の理解力不足ということもありますが、中学生くらいですと勉強しない理由を無意識に探す傾向もありますから、
「学校の先生が悪いんだ。自分は悪くない」
とするのに好都合で、本人もつきつめて考えてみなかったのかもしれません。
じゃあ私がプリントを見るから塾に持ってきなさいと言っても毎回忘れてきました。
口頭で、学習内容を説明してもらっても、下手をすると大単元の名前さえ言い間違えるほどで、全てが曖昧でした。
保護者に連絡をして、その点から改善していきました。
先を見ることができない子も多いです。
「テスト範囲がまだ出ていないから、テスト勉強はできない」
と言う子もいました。
「でもね、テスト範囲の始まりは、前のテスト範囲の次からでしょう?そして、テスト範囲の終わりは、今やっているところか、その少し先くらいでしょう」
と説明すると、初めてそのことに気がついたという様子で、驚いていました。
そういうことを考えたことがなかったのでしょう。
テスト範囲が正式に発表されるテスト1週間前からしかテスト勉強はできない。
それは学校が悪いので自分の責任ではない。
本気でそう思っていたのです。
あるいはそのように言い訳している場合もあるでしょう。
定期テスト当日に提出するワークや準拠問題集などの課題に関してもそうです。
「学校はテストが近くなってから急に何十ページも宿題を出す。ひどい」
と言う子もいました。
しかし、テストの度にそうなのですから、学校で勉強したことは同じ週のうちに学校のワークを解いておけば、良い家庭学習になります。
まとめのページは残しておいてテスト前にやるとテスト対策になります。
学校の先生は当然そのつもりでそういう課題を出しているでしょう。
勉強のできる子の多くは、そのように学校の課題を活用しています。
なかには塾のハイレベルな課題を解くのに忙しく、学校の課題をテスト直前に丸々残してしまう秀才というのもいますが、あの人たちは、学校の課題は1時間か2時間で解いてしまえるので、真似しているとひどい目にあいます。
私立の中高一貫校は年間の進度とテスト範囲を書面にして配っていることも多いのですが、そうではない場合、次に何を学習するのか生徒は知らない、もちろん私にもわからないということもあります。
教科書の順番通りにやってくれれば良いけれど、そうとは限りません。
代数と幾何を分けていない学校の場合、今までずっと代数をやっていたのに、突然幾何に入ったということもありました。
そういう報告を受けて、
「うん、わかった。じゃあ幾何の問題集を出して」
と言うと、
「あ。持ってきていない・・・」
とその子は答えました。
「え?だって、学校は幾何の勉強に入ったんでしょう?」
「・・・」
英語の教科書を置いてきてしまう子もいました。
公立中学は「置き勉」推奨のこともあります。
しかし、それは普段の家庭学習で使うことはなさそうな重い教科書や資料集の話で、英語の教科書なんて薄いですし、毎日家庭で使うべきものなのに、学校に置いてきてしまうのです。
高校生になってもその習慣は消えませんでした。
「・・・教科書がないのに、どうやって予習をするんですか?」
私がそう問うと、呆然としていました。
宿題に出したテキストしか持ってこない子もいました。
塾は宿題の答えあわせしかしないわけではありません。
学校は今何をやっているのか。
それにあわせて塾の授業は何をやることになるのか。
そのために必要なテキストは何なのか。
それを考えて用意してきなさい。
そういう話をすると耳を塞いでしまう子もいました。
「そういうの、私は一番苦手だから。わからないから」
「・・・・・だったら、全部持ってきなさい。勝手に判断して教材を置いてきたらダメだよ。置いてくるのは、一種の判断でしょう?判断が苦手なら、何も判断しないほうがいい。全部持ってきなさい」
何を持ってきたら良いかの判断はできない。
何を置いてくるかの判断は勝手にしてしまう・・・。
子どもは、判断をしないわけではないのです。
間違った判断をしてしまうだけなのです。
個別指導ですから、生徒の通う学校もバラバラです。
その生徒の情報収集力がそのままテスト対策のクオリティになってしまうのが歯がゆいところです。
例えば、夏休みの課題だった問題集から十数ページがテスト範囲だと発表されます。
10日前くらいに急にそんなことを言われても対策できません。
しかし、それは本当に突然言われたことなのか?
実は前からわかっていたことなのではないか?
それを予測し準備していた子もいたのではないか?
いや、むしろそういう子のほうが多いということもあり得るのではないか?
次のテストも同じ問題集からまた出題されるのではないか?
だとしたら、どこが出るのか本当はもうわかっているのではないか?
そのように問いかけても、その子の表情はぼんやりしています。
本当にわからない様子です。
学校の宿題だけはいつもしっかり持ってくるのに、塾で渡した問題集やプリントは忘れてくる子というのもいました。
これは、かなり意図的な匂いがしました。
他に教材がないので、塾で学校の宿題を解くしかなくなります。
とにかく学校の宿題がわからない。
自力で解けない。
本人はそう言うのですが、そういうのは嘘とは言わないまでも大袈裟な表現である場合がほとんどで、大半は自力で解けるのです。
わからない問題も中にはあるでしょう。
そうした1問2問を質問したいというのはわかるのですが、塾で学校の宿題をやりたい、個別指導はそういうことをしてくれるはずという願望が本人にある場合、学校の宿題だけはしっかり持ってくる、塾のテキストや宿題は置いてくるということがしばらく続きました。
しかし、学校の宿題を塾でやったら、家では何をやるのでしょう。
おそらく何もしないでしょう。
私が教えながら解いたらスラスラと進むので、1週間の家庭学習は塾で学校の宿題を解いた90分だけ。
そんなことになってしまいます。
こういう形をとると、学校の宿題は今までになくスムーズにこなせるものですから、本人も、そして場合によっては保護者の方も、勘違いをしてしまうことがあります。
ああ、塾に行くと何もかも上手くいく。
これは、テストの点数も上がるはず。
・・・・・・上がるわけがないんです。
こんな勉強をしていたら、むしろ、確実に下がります。
そのように説明するのですが、それでも「学校の宿題がー」「宿題がー」と言い続ける場合は、実際にテストの結果が出るのを待つしかありません。
テストで悪い結果が出て、何が問題であるか向き合う気持ちになってくれたら、それからが本当の始まりです。
学校の宿題を自分で解けるように。
それが目標であるなら、地力をつけなければなりません。
そのためには、これまでの学習量の不足を改めなければなりません。
以前に未消化だった内容のせいで今の勉強がわからないのなら、そこに戻って復習しなればなりません。
しかし、本人にとっては塾の宿題も上手くこなせず、学校の宿題と塾の宿題と、結局宿題が2倍になって苦しいばかりとなります。
塾の宿題の答え合わせをしても、最初のうちは不正解や解いていない問題があまりにも多く、90分かけても宿題の解き直しが終わりません。
その間にも学校の授業は先に進み、わからないことはたまっていきます。
毎回、塾の宿題が負担だ。
しかも、学校の宿題を解くのに何の助けにもならない。
苦しい時期が続きます。
錆びた大型機械が動き出すには、まず動きだすために多くのエネルギーが必要です。
錆びていた時期が長いほど、動きだすための時間も長く必要となります。
とにかく、動くようにすること。
自力で走行できるようにすること。
自分で学習できるようにすること。
そのための苦しさに耐えることができるかどうか。
それが最初の課題です。
こうした課題の解決に、年単位の時間のかかる子もいますが、通塾期間が長くなるにつれて、徐々に解決していきます。
そうは言っても、高校生の場合、英語は、単語集や熟語集のテスト範囲を平気で捨てるので、その分の-20点は最初から確定していたり。
公立中学の生徒の場合、数学は、見たことのない「活用」の文章題が何問も出ていたり。
1つのことが解決すれば、また次の課題が見えてきます。
そんな中でも、焦らず、一歩ずつ前に進んでいきましょう。
うちの塾に中2から通っているある生徒は、その当時、father と family の見分けがつきませんでした。
「ああ・・・、似てますね。・・・って、fa だけじゃないの!」
と、突っ込む繰り返しでした。
英語に対する識字の感覚が驚くほど雑な子は、たまにいます。
英文字は26文字しかないので、雑に言えばどんな単語も他の何かと似ています。
その区別がつかなかったのでした。
能力的な問題の場合もありますが、本人の意識が低いだけの場合なら、改善可能です。
今、その子は、志望大学の過去問を、まがりなりにも自力で読んでいます。
何という成長だろう、と感じます。
即効性を期待するから、挫折感もすぐにやってきます。
前よりも良くなっていることが、必ずあるはずです。
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