手段と目的が転倒する人。

セギ

2023年11月12日 15:47


少し前の画像ですが、都立野川公園のヒガンバナ。
今年は花が少なかったかもしれません。

さて、本題。
学校の問題集を解くのは、生徒に任せていますが、そうすると、数学の問題集をため込む生徒がいないわけではありません。
「学校の進度にあわせてこつこつ解いておくと楽ですよ」
と話すと、
「範囲がまだ発表されていないから」
という反応が返ってくることがあります。
定期テスト当日の朝に、テスト範囲の問題集を解いたノートを提出という学校は多いです。
テスト範囲は、年度の最初に一覧表にしてある学校もありますが、テスト1週間前に発表という学校もあります。
「でも、テスト範囲は、前のテスト範囲の後から、学校の授業が進むまでなんですから、毎日の復習も兼ねてやっておくといいんですよ」
「偶数番号の問題だけのときもあるので」

・・・え?

「・・・それは、ノート提出するのは偶数番号だけなのに、奇数番号まで解いてしまったら、損だということですか?」

まだ子どもなので仕方ないのですが、そういうことを言っているから、数学の力が群を抜いて伸びていくという感じにならないのです。
そこそこできる、でとどまってしまうんです。
奇数番号まで解いたほうが、勉強になる。
むしろ、そのほうが得なのです。

学校の問題集は、学習の手段なのですが、それがノート提出という目的になってしまうと、上のようなことが起こります。

とはいえ、子どものそうした考え方を非難ばかりもできません。
大人でも、目的と手段が転倒してしまう人はいます。


授業に使うので、私はコンビニでコピーを取ることが多いです。
ある日も、コピーを取りに行ったところ、先客の男性がいました。
その人は、何か書籍のコピーを取ろうとしていました。
該当ページを開いて、コピー機の鏡面に乗せると、それから、コピー機の蓋をして、コピーを開始していました。
傍で見てもそれとわかるほど、手を離した途端に、書籍は鏡面から浮き上がり、そして、蓋をした瞬間に本の位置はズレていました。
出来上がったコピーはピンボケで位置のズレた、ろくでもない仕上がりになったと思います。
ところが、その人は、機械から吐き出されたコピーの仕上がりは確認せず、本をめくって、次のページのコピーを始めました。
また同じように、書面と鏡面の間に空間ができてピンボケになり、位置もズレただろうコピーを取り続けたのです。
うわあ・・・。
使えないコピーをせっせと取っている・・・。

「コピーを取る」
という作業が、目的化していて、コピーを取るという手段を通じて何がしたいのかが置き去りにされたのだと思うのです。
コピーをとることだけが目的。
仕上がりに興味はない・・・。
読めないコピー、使えないコピーを何枚取っても、意味はないのに。

もう1つ考えられることは、
「コピー機は蓋をするものだ」
という思い込みがあったのかもしれません。
それは、固定観念、といえるかもしれません。
蓋をしないとコピーが開始されないと誤解している人もいるのでしょう。
蓋などしなくてもコピーはできます。
勿論、薄い書類をコピーするときは、蓋をしたほうがきれいにコピーできますが、書籍をコピーする場合、コピー機の蓋はせず、書籍をしっかり鏡面に押し付けてコピーを取るほうが、文字をきれいにコピーできます。
書籍が閉じた状態に戻ろうとすると、鏡面から浮き上がるので、コピーはピンボケになってしまうのです。
蓋で上から押しつければ大丈夫?
それでは、書籍の位置がズレてしまう可能性が高いです。

コピー機の放つ光は目にあまり良くないですが、別にあれは放射線が出ているわけではありません。
強い光なので、直視はしないほうがいいというだけです。
すぐに閉じようとしがちな製本の書籍をコピーするときは、自分の手で書籍を鏡面に押さえつけて、目を背けてコピーする。
そうすれば、きれいなコピーが取れます。

しかし、コピーの取り方に誤解のある人は、その男性だけではありません。
以前、うちの生徒にも、そういう高校生がいました。
受験校の過去問、いわゆる「赤本」は、すべて塾で買うとなると高価です。
都立高校の過去問や、大学入試共通テストの過去問は、使いまわしが効きますので、塾の費用で購入しますが、個々の過去問は生徒に購入してもらい、それを貸していただいて、コピーを取って授業をしています。

ある年、その生徒は、赤本を自分で購入するのは嫌だったようで、高校の進路指導室の赤本を借りて利用することにしたのでした。
1年古いものだったりするけれど、それで構わない。
そう考える生徒でした。
それは、本人の判断なので、別に構いません。

高校の進路指導室の赤本は、そんなに長期の貸し出しはできません。
その子が学校から借りて、それを私が又借りして、1週間後の次の授業に返すとなると、貸出期限は切れてしまう・・・。
そういうわけで、過去問は、その生徒がコピーして持ってきてくれることになりました。

不安がなかったわけではありません。
高校生がコピーをきちんと取れるかなあ・・・。

え?
高校生なら、取れるでしょう?

そう思う方も多いと思います。
きれいにコピーを取れる高校生もいるとは思います。
しかし、その子は、取れないタイプでした。
手段と目的が転倒するタイプだったのです。
大人でもそういう人がいるのですから、仕方ないです。

持ってきてくれたコピーは、もともと解像度の低い家庭用コピー機で取ったものでした。
その上、案の定、赤本を開いて鏡面に乗せた後、蓋をしてコピーした様子で、すべてピンボケでした。
小さい文字はほぼ読み取れませんでした。
ときどき本がズレて、問題が途中で切れて読めなくなっているページもありました。
なげやりになったのか、ページが折れた状態でコピーされているものもありました。

とにかく「コピーを取ればいい」。
それが目的になり、そのコピーを何に使うのかを考えていない。
そういうコピーでした。

どうすれば使えるコピーを取れるのか、それを考えない。
そういう発想がない。
自分が取ったコピーを確認することもなく、ただコピーをするだけ。
言われた通りにコピーを持ってくれば、それでいいと思ってしまう・・・。
役に立たない数十枚のコピーを見たときの私の衝撃は、大きかったです。
その子の学力がなかなか伸びない根本の原因が、形になって表れているようでした。

何のために何をやっているのか。
これをやれば、どういう効果があるか。
そういうことを考えながら勉強すれば、役に立たないコピーを取り続けるような無駄なことにはならない。
必ず結果が表れると思うのです。
少なくとも、学校から出されている宿題や、学校が設定してくれている単語テストを、一番無駄な方法で浪費してしまうようなことは避けられると思います。

今年。
生徒にコピーを取ってきてもらうことには、上のような経験から用心が働き、どうしてもコピーを取ってきてもらわなければならないときには、あれこれと細かく注意をしがちです。
その注意が細かすぎて、受け止めきれなかったのか、頼んだコピーをなかなか取ってきてくれない子がいました。
もうギリギリの時期でもあり、保護者の方にメールで頼んだところ、数日後に、レターパックが届きました。

そこに入っていたコピーは、
指数も、指数の指数も、クリアに読み取れる、完璧な解像度。
各大学の問題と解答解説が個々にクリップで止められ、入試日の一覧表も添付されていました。
それは、オフィスワークの経験のある人の、プロの仕事でした。

久しぶりに「大人の仕事」を見て、身が引き締まりました。
私自身の仕事は、「大人の仕事」になっているか?
役に立たないコピーを取り続けるような仕事をしていないか?
と、我が身を省みずにいられないほどの、「仕事」を見た気がしました。

大丈夫。
効果は上がっている。
テストの得点は上がっている。
過去問の得点も上がっている。
ともすれば、役にたたないコピーを取り続けるような勉強をしてしまう子をカバーして、それでも結果を出してもいる。
でも、さらに、今以上の結果を。

そうした思いを強くしました。


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