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2021年03月25日

学年末テストの結果が出ました。2021年3月。

学年末テストの結果が出ました。2021年3月。


学年末テストの結果が出ました。

数学 80点台 2名 70点台 1名 60点台 2名 40点台 1名
英語 80点台 1名 70点台 1名 50点台 1名 40点台 1名

数Ⅱと数Bなど、2科目ある場合は、その平均で表示しています。

上がったら、次は下がる。
下がったら、次は上がる。
その原則通りに得点が推移している人が多いです。
下がっても、その前よりも下がらなければいい。
上がったときに、その前よりも上がっているといい。
折れ線グラフが全体として上昇志向であれば、成績は順調に上がっています。
おおむねその傾向となっています。


さて、新学期は塾選びの季節。
とはいえ、どこの塾を選ぶ、というより、そもそも塾の使い方が下手、という人もいます。
せっかく塾に通っても、効果が得られない使い方をしてしまうのです。

まずは、10年以上前の話から。
当時の私は、集団指導塾で働いていました。
中学2年のクラス担任をしていたときのことです。

夏休み前の個人面談で、1人のお母様とこんな会話を交わしたことがありました。
将来の希望をお母様に尋ねると、国立大学か、有名私立大学に行かせたいとおっしゃるのです。
「東大とは言いませんが、学芸大か、あとは、東工大が、今は、就職率が高いそうですね」
「・・・・そのようですね」
「それが無理でも、せめてMARCHくらいは・・・」
「・・・はあ」
「だから、高校は、都立の自校作成校か、大学の付属高校に入ってほしいんですけど」
「・・・はい」

しかし、その子のその時点での成績は、そんなことはとても望めませんでした。
「3」の中にいくつか「4」もある状態。
しかし、夢はかなえてあげたい。
それには、成績を「4」と「5」だけにしないといけない、と私が忙しく頭をめぐらせていますと、お母様は言います。
「それで、まだ中2ですので、休みはゆっくりさせてあげたいと思いますので、夏期講習は、参加できません」
「・・・・?」

「それで」の使い方、おかしくない?

この瞬間、この子の都立自校作成校入学の可能性は消えた、くらいの絶望感を私は抱いたのですが、お母様には私の絶望は伝わっていなかったように思います。
あるいは、私の絶望は伝わっても、それは、塾としての経営戦略とか営業ノルマに関する絶望と受け取られたかもしれません。
私の働いていた塾には、そのようなものはなかったのですが。
子どもに勉強を教えることがただただ好きなプロ講師が集まって、できるだけ安い授業料で、自分の理想とする授業を行う。
そういう塾でした。
しかし、それは、実際に生徒を通わせているお母さま方にすら、あまり伝わっていなかったのかもしれません。

そのとき、そのお母様は、塾の営業戦略に私は勝ったわ、みたいな笑みすら浮かべていました。
おそろしいことに、さらに、
「夏期講習で学習した内容は、新学期に補習してくださいね」
と笑顔でさらりと要求したのです。

勝負は、このお母様の勝ちだったのか?
・・・いいえ。

他の子が長期休暇の間に努力して身につけたことを、新学期に多少補習しても、遅れは取り戻せません。
物理的に無理でした。
「この問題を解いてきなさい。解いてきたら、答えあわせをしてあげる」
と助言するのが精一杯。
もちろん、本人は、そんなのは解いてきませんでした。
他の子が新学期の予習をし、先に進んでいるのに、その子だけその単元の基本がわからず、つまずいていました。
学校では、最初から学習するから、それで何とかなるだろう。
何とかなってほしい。
それでも理解しないようなら、定期テスト前に、他の子と一緒に補習をしよう。
それが塾としての判断でした。
しかし、生徒本人の中で、
「何だか、周囲と比べて、自分だけ遅れている」
という意識が生まれてしまったのは、大きかったと思います。
成績は「3」と「4」でも自分は勉強は得意だという意識のあった子でしたが、だんだんと勉強が苦手な意識が心の大部分を占めるようになっていきました。


塾には、まあ通わせる。
でも、夏期講習とか、冬期講習とか、そんなのは無駄な出費。
自分は、そうした無駄な出費はできるだけ抑えて、対費用効果抜群のやり方で、上手く塾を利用する。
そんな考え方もあるのかもしれません。

そうした考え方で、教育の機会を逃していく。
対費用効果の証明のために、子どもに人体実験をする。
それで、大丈夫なんでしょうか。
塾側に言い訳の余地を与えてしまうだけでもかなり危険な気がするのです。
「あの生徒は、講習に参加しないからね。成績が上がらないのは、まあ仕方ないよね」
そう思わせてしまったら、対費用効果激減です。

講習会に参加しない子に、講習会に参加している子と同じだけの学習効果を期待するのは、難しいです。
そのための講習会ですから。

とはいえ、塾と保護者が、費用に関して常に敵対的関係にあるとは限りません。
意味のあるお金なら払うでしょう。
そもそも、意味があると思うから、塾に通わせているのですし。
それなのに、なぜ、こんなことが起こってしまったのでしょうか?

これは、別のお母様でしたが、
「休み中の講習は、どうせ復習でしょう」
と言われたこともありました。
いや、復習も予習も、両方やるのが、休み中の講習です。
・・・というか、それ以前に、「どうせ復習」とはどういう意味だったのでしょう。

・・・何だろう?
あの頃、私は見た目が若く見えたからでしょうか、お母様たちの言葉には遠慮がなかった気がします。
それだけ、本音が聞けたのでもありますが。

「どうせ復習」という言葉は、重要なヒントだと思います。
夏期講習や冬期講習を、復習中心であまり意味のないものととらえているお母様がいらっしゃるのだということ。
それは、「復習するために塾に通わせるのは、意味がない」ということでしょうか。
復習なら家でできる、と思ってしまうのでしょう。
あるいは、お母様としては講習会に参加させても良いのだが、子どもが行きたがらない。
「どうせ復習だから、講習会は参加しない」と子どもが言い出す・・・。

復習軽視。
予習のために塾に行く。

確かに、生徒には、そういう意識の子が多いです。
塾に一番に期待することは、予習。
とにかく、学校の授業がよくわかるように、予習をしたい。
だから、学校の授業がない夏休みや冬休みに、塾に通う意味はない・・・。
個別指導の場合は、予習が少したまると、学期中の普通の授業日も休んでしまう子もいます。

塾では、勿論、予習をします。
しかし、予習だけが重要なわけではありません。
成績を上げるために重要なのは、むしろ復習です。

予習・予習と言っている子に、成績の良い子はそんなにいないのです。
その教科が苦手だから、学校の授業がわかるように予習をしてほしがるのだろうと思いますが、そんなことで成績が上がるわけではありません。
「わかる」だけではダメだからです。
問題を自力で正解できるようにならなければ、成績は上がりません。
決め手は、復習。
復習のやり方がすべてと言っても過言ではありません。
そして、成績のふるわない子は、復習が下手です。
復習することの価値も意味も気づいていない場合もあります。
「わかった」と思った瞬間に、それでOKと思ってしまうからでしょう。
それだけでは問題が解けないことに気づいていないのです。

復習のやり方を教わるために塾に通うのです。
塾の最大の機能です。

むしろ、予習は、1人でもできるのです。
教科書を一度読んでみる。
読んでみて、わかるようなら、大丈夫です。
わからないようなら、何がわからないのか、チェックしておく。
予習の段階で、そんなに何もかもわかる必要はありません。
授業で理解できればよいのですから。

英語なら、教科書本文の音声を、まずは本文を見ないで聴いてみる。
聴くだけで内容をどこまで理解できるか、確認する。
その後、本文を読む。
わからない単語があれば、下線を引くか、書きだしておく。
文意の取れない部分があれば、それも下線を引く。
その先、単語の意味を調べておくかどうかは、それは、学校の先生の指示に従えばよいでしょう。

数学なら、例題を解いてみる。
解けるようなら、大丈夫。
時間がなければ、例題や解説を読んでおくだけでも大丈夫。
もしわからないのならば、学校の授業で、そこを重点的に聞けばよいのです。

こうした予習は、1人でできます。
しかし、復習は、1人ではできない子が多いのです。
何をどう復習すれば成績が上がるのか、わかっていない。
予習予習と予習に追われて、復習の機会がないまま、気がつくとテスト2週間前という子も多いです。

そもそも、復習することの価値がわかっていなかったら、家でも、復習しません。
自分が一度理解したことは、もう永久に自分の頭の中にある、と誤解している子もいます。
だから復習を軽視します。
脳はすべての記憶を簡単に消去していくということを、理解していないのです。
脳のその働きに抗うために、繰り返し繰り返し復習する必要があるということが、わかっていません。
だから、実際に問題を解こうとすると解けないことに、本人が一番驚くのです。

予習のときは、目がキラキラしている。
新しいことを教わるのは好き。
でも、復習にはあまり興味がない。
復習は、同じことの繰り返しなので、つまらない。
そして、定期テストでぱっとしない点をとっても、何が原因なのか、よくわからない・・・。

・・・いや、復習しないからですよ。
成績の悪い子は、予習の習慣がないのではなく、復習の習慣がないのです。
効果的な復習法を身につけていないのです。


自分で個別指導塾を経営するようになって。
講習会への勧誘はやはり行っていません。
そうすると、やはり、春休み・夏休み・冬休みの長い休暇をまるまる休む生徒が現れました。
その子は、確実にその期間に学力が下がりました。
新学期になって、下がったところからのフォローで、ようやく前の状態に戻して、定期テスト。
その繰り返しでは、成績は、現状を維持するのがやっとでした。
最善の努力をしましたが、それはあまり伝わっていなかったと思います。
結果、現状維持では効果が表れないと感じたからでしょうか、退会、という例もありました。

退会して、別の塾に入り、そこでは営業ノルマのもと教務の社員が生徒宅に電話攻勢を仕掛けるので、長い休みをそのまま休むなど不可能で、その結果、継続して学習することになり、成績が上がった。
そうであるならば、それで良かったと思います。

現在は、私が特に勧誘しなくても、長期の休みは普段より高い頻度で塾に通ってくれる生徒のほうが多くなり、その子たちの成績は着実に上がっています。

ところで、近年、また世間の空気が変わってきたように感じます。
そもそも塾に通わない生徒が現れてきたように思います。
またしても、「対費用効果」的な言説で、それを勧める人もいます。

塾の代わりに、どうやって勉強するのか?
1つのやり方として、通信型の機器を使った通信教育を受けるということがあるようです。
費用も塾に通うよりも安いですし。

タイプは色々で、授業動画が有料で提供されるもの。
タブレットを購入し、タッチペンで問題を解いていくと採点されるもの。
その融合タイプ。

学習したいのに学習の機会に恵まれない子どもにとっては、ありがたいものだと思います。
塾が遠い。
経済的に、通塾は難しい。
でも、勉強したい気持ちが強い。
通信添削の費用なら、何とか払える。
そうした子たちへの何よりの贈り物です。

しかし、そこで課題となるのが、「予習優先」の子どもの意識です。
授業動画で予習するのは好き。
予習をして、学校の授業がわかるようになりたい。
学校の授業がわかれば、それでもう自分は大丈夫な気がする・・・。

繰り返しますが、復習に力を入れないと、テストの得点は上がりません。
学習の根本姿勢が間違っています。
どうすれば成績が上がるのかわかっていない子どもに、いつ、どの時期に学習するかを任せてしまう通信教育で、大丈夫でしょうか。

まだ始まったばかりのサービスなので、どうなるか、結果が出るのは数年後です。
人体実験の段階です。
失敗したら、取り返しがつきません。
あれ?受験に失敗した。
なぜだろう?で済む話ではないのです。


一方、その子にあった学力の問題を解く「個別学習」の効果は、理解できます。
学校でも、今後、順次採用されていく学習形態だと思います。
パソコンあるいはタブレットを使用して、個々にそれぞれの問題を解きます。
同じ単元を学習しているようでも、本人の学力にあわせて、あるいは復習に戻ったりもして、各自がそれぞれの問題を解いていくやり方です。

三鷹市でも生徒全員にタブレットが配布され、そうした学習が始まっています。
しかし、生徒は、そうした授業を「自習」と呼んでいます。
「学校は今何をやっているの?」
塾の授業の初めにそう尋ねると、「自習」とか「ただの復習」と答えるのです。
教室に先生がいるのなら、それは自習ではないのですが、生徒の感覚では「自習」なのでしょう。
教わっている、授業を受けている、という感覚がないからでしょうか。
自分が問題を解くことよりも、新しいことを授業で教わるのが、勉強。
そういう意識が強いので、各自で問題を解くことは、彼らにとって授業とはカウントされないのかもしれません。
タブレット学習を、子どもは「自習」「ただの復習」と思っている。
それで大丈夫でしょうか?

個別学習のシステムそのものへの懸念もあります。
どの道、定期テストのレベルは定まっています。
入試問題のレベルも。
そのレベルへと学力を押し上げていくには、多少難しい問題を、傍らで補助しながら一緒に解くことが効果的です。
自分のレベルに問題を合わせていては、進歩は遅い。
問題のレベルに自分を高めるのです。
それが必要ですから。

模試問題や入試過去問を解いたとき、最初は40点台だった子を、入試直前には80点取れるようにして送り出す。
そのような指導をしている立場からすると、「個別学習」は、自分のレベルに合っていてわかるし解けるから本人はそんなに嫌がらないだろうけれど、入試に間にあうものなのだろうか、という疑問があります。
うちの塾の受験生には、その子の学力レベルではなく、志望校の入試レベルの問題を「押し付けて」います。
私が傍らに張り付いて、その入試レベルの問題が解けるように本人の学力を押し上げていきます。
今は、物理的には2メートルの距離がありますが、気持ちはその子に張りついているのです。
明確な目標設定と、そこへの最短距離の提示。
それが個別指導の強みです。
機械的な個別学習に、それが可能なのでしょうか?


何でも使いようです。
授業動画やタブレット学習が悪いということではありません。
ただ、使い方を誤っていないか?
そこが課題です。


昨秋、東京外語大を受験する生徒と、英語の過去問を解いていたときのこと。
ある英文の内容が目をひきました。
「近頃の新しいシステム、新しいデバイスは、人間をダメにする。あんなものを使っていたら、記憶力がにぶるだけだ」
そのような批判の言葉から、その文章は始まりました。

しかし、その言葉の主は、ソクラテス。
古代ギリシアの哲学者です。
近頃の新しいデバイスとは、文字のことでした。

新しいデバイスをただ批判するのもおかしなことだ。
この逸話はそれを雄弁に物語っています。
何より、彼が否定した文字によってソクラテスの言葉は現代に伝えられているのですから。

授業動画やタブレット学習がすべて悪いとは思いません。
どのように活用するかです。
復習の重要性を理解せず、目指さねばならない到達点も見えていない子が、そのような学習を1人でやっていて、大丈夫なのか。
その結果が表れるのは、数年先です。




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