たまりば

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2020年05月08日

イコールの意味に気づいていますか。

イコールの意味に気づいていますか。

例えば、こんな計算問題を小学生が解くとき。

25+(15-3)×2+18÷3-2

四則計算の問題です。
計算の順序は理解できているのに、答案が以下のようになってしまう子がいます。

25+(15-3)×2+18÷3-2=12×2=24+25=49+6=55-2=53

答 53

大人が見るとかなり異様な式なのですが、その異様さが、小学生にはわからないようなのです。
25+(15-3)×2+18÷3-2
という式の、どこを先に計算するかというと、まずは( )の中です。
( )の中は、12。
その12×2を次に計算します。
だから、
25+(15-3)×2+18÷3-2=12×2
と書いてしまうのです。
12×2の計算の結果は、24。
その24と、最初の25をたします。
だから、
25+(15-3)×2+18÷3-2=12×2=24+25=49
と書いているのです。
その次にやるのはわり算。
18÷3=6
だから、49+6。
この調子で、最終解答が出るまで式は続いています。

「・・・イコールという記号は、その記号の左側と右側が等しいという意味です。等しくないものをイコールで結んだらダメなんですよ」
そのように声をかけるのですが、こうした式を書いてしまう小学生は、大抵きょとんとした顔をします。
このセンセイ、何を言っているんだろう?という顔です。
算数のカラーテストでは90点以上の子でも、こんな計算過程の子はいます。
そして、私が直しなさいと言えば、その場では直しますが、しばらく経って四則計算をすると、また同じことをやってしまいます。

25+(15-3)×2+18÷3-2
12×2=24
25+24=49
18÷3=6
49+6=55
55-2=53
答 53

小学生が上のような書き方をしているのなら、目くじらを立てることはありません。
それがわかりやすいのなら、それでもいいのです。
しかし、
25+(15-3)×2+18÷3-2=12×2=24+25=49
は、見ていて気持ち悪い。
こんな間違った式を見ていたくない。
やめてくれ。
頼むからやめてくれ、と思います。
その気持ち悪さが、小学生には伝わりません。

なぜ、このような式を書いてしまうのでしょう?
もしかしたら、彼らは、=(イコール)という記号の意味を理解していないのではないかと思うのです。
イコールは、日本語では「等号」と呼ばれる記号です。
左辺と右辺の値が等しいことを表す記号です。
25+(15-3)×2+18÷3-2と、12×2は等しくありません。
12×2と、24+25は、等しくありません。
それを等号で結ぶことはできません。
彼らは、それを理解していないのだと思うのです。

彼らにとって、=(イコール)の意味は、「さあ計算しまーす」程度の意味なのではないかと想像します。
12×2を計算しまーす。
24+25を計算しまーす。
その程度の意味で等号をとらえているのではないかと思います。
=を「は」と読むことも多少は影響しているのでしょうか。
等号の左側と右側が等しいとか等しくないとか、そんなことはどうでもいいらしいのです。
計算過程を書いているだけなので、文句を言う人の気持ちがむしろわからない。
そんなふうなのではないかと想像します。


しかし、中学生になれば、多くの子が以下のように答案を書いていくようになります。

25+(15-3)×2+18÷3-2
=25+12×2+6-2
=25+24+6-2
=53

まだ計算しない部分も含め、式を全部書いていきます。
イコールの前後は常に等しい。
気持ちのよい式です。
また、この式のほうが見やすく、計算しやすいのです。
次は何をすればよいか、いちいち最初の式に戻って考えずに済みます。
計算過程を横に横に書いていかず、下に下に書いていることも案外重要です。
目が左右に散って書き写し間違うのを避けることができます。
上下を見比べるだけで済むので、確かめも簡単です。
式として正しく、かつ合理的です。

しかし、小学生にとっては、計算しない部分を書いていくことは、むしろ不合理に思えるのかもしれせん。
多くの小学生は、手を使って字を書くことに何かとてつもない精神的負担があるのか、余計な文字は1文字でも書くのを惜しみます。
計算しない部分をあえて書いていくことなど、ありえないのかもしれません。
「計算しない部分も書いていけば、等しくなるでしょう?等しいときだけイコールで結ぶんですよ」
と、ルールを説明しても、そのルールを厳密に守る気持ちにはなかなかなれないようです。
そんなくだらないルールを守っていたら、余計な文字を書かねばならない。
そんな無駄なことはできない。
彼らは、そう思っているのかもしれません。

そもそも、=は、等しいという意味だなんて、そんなの聞いたことがない。
=は、計算しますよー、という意味だよ。
だって、=は、イコールなんて読まないもん。
計算の結果「は」いくつなのかを書いていくだけの記号だもん。
そんな気持ちでいるのだろうかと想像します。

想像の域を出ないのは、こうした間違いをおかす小学生が、なぜそうするのかを語ることは皆無だからです。
何か一言でもそのように計算式を書いている理由を語ってほしいと思うこともありますが、彼らはただ黙りこみ、言われたときには直し、しかし、次のときにはまた同じ間違いをおかします。
わかっているけれど、忘れてしまうのか。
納得できていないから、また同じ間違いをおかすのか。


繰り返しますが、中学生になると、一応は、下に下に式を書いていけるようになる子が大半です。
教科書にそう書いてあるし、学校の先生もそうしろと命じるので、中学の数学はそう書くものなのだと何となく理解するからでしょうか。
小学校の算数と中学の数学はスタイルが違う。
中学の数学は、こう書くものなのだ。
そのように理解しているのかもしれません。

書き方が直ったのは良いのですが、上のような「単なるスタイルの問題」として理解していると、その先がやや不安です。
なぜなら等号の本質を理解していない中学生が陥りやすい誤りがあるのです。

順をおって説明します。
中学生は、中1の初めにまず「正負の数」を学習します。
その中で、正負の数の四則演算を学びます。

次の単元は、「文字式」です。
1/2a+2/3+3/4a+5/6
などの、係数や定数項が分数の式の計算も学習します。

1/2a+2/3+3/4a+5/6
=2/4a+3/4a+4/6+5/6
=5/4a+9/6
=5/4a+3/2

と、通分して計算していくことは、大抵の中1は出来るようになります。

続いて、「方程式」の単元に進みます。
ここで、まず等式の性質について学び、その後、それによって方程式を解く方法を学びます。
係数が分数の方程式は、全体を何倍かして解きます。

1/2x=3/4x-8
両辺を4倍して、
 2x=3x-32
-x=-32
 x=32

これも、自力で解けるようになる子が大半です。

順調に学習が進んでいるように見えます。
しかし、この学習の後、夏休みなどに1学期の復習をすると、先ほどの文字式の問題を以下のように解く子が現れます。

1/2a+2/3+3/4a+5/6
=6a+8+9a+10
=15a+18

式全体を12倍して、分母を払ってしまうのです。

「いや。文字式は、全体を何倍かしたらダメです。勝手に12倍したら、12倍した値になるじゃありませんか。それは、等しくない。そんなときには、=は使えない」
そのように説明しても、小学生の頃、四則計算のときに等しくないものをイコールで結んだときのようにきょとんとした顔をするだけの子は多いのです。

文字式と方程式の区別がつかない。
どんなときに全体を何倍かして良くて、どんなときにはダメなのか、わからない。
数学が苦手な子に共通のこの悩みは、中学3年になっても尾を引くことが多いです。

原因の多くは、等号の本質を理解していないことにあります。
等号がわかっていないのです。
だから、文字式と方程式の区別がつきません。

文字式は、与えられた式に=がついていません。
その式を計算していくときには、自分で=をつけてその先を続けます。
勝手に何倍かして、その式の値を変えることはできません。
一方、方程式は、真ん中に=があって、最初から左辺と右辺があります。
それは関係を表す式だから、両辺を何倍かしても、関係は変わりません。

文字式と方程式は、見た目だけではっきり区別がつくのです。

そのように説明しても、
「わからない・・・」
と首を横に振る子もいます。
小学生の頃、横に=をつけて、式を横に横に書いていたことがここでネックになっているのかもしれません。
文字式と方程式との見た目の違いがよくわからないようなのです。


違いの本質は、等号にあり。
等しくないものに=を使ってはいけない。
左辺と右辺を平等に何倍かするのなら等号は成立するが、勝手に等号の後だけ何倍かしてはいけない。
そうした説明が理解しきれない子は、中2になっても中3になっても、文字式の計算のときに、全体を何倍かしてしまうのです。


「等号の意味」のように、ものごとの基本中の基本で本質的な概念は、小学生の頃に言語化されないまま数理の体系として頭の奥まで染みていくのが理想です。
算数・数学が得意な子は、説明されなくても、それを理解しています。
言語化されないまま、数理の体系が頭の中で形成されていくのです。
しかし、ただ「やり方」だけ暗記し、意味や本質を理解しない子も一定数います。

なぜ、意味や本質が理解できないのか?
数理の体系が頭の中に構築される子と、何が違うのか?
学び方のどこに差があるのか?
全てその子の頭の中で起こっていることなので、外からは見えにくいのです。
カラーテストは良い点が続き、表面的には何も問題はないように見える子が、数理の体系を全く理解していないということがあり得るのです。

意味や本質をそもそも理解できない子も、いるかもしれません。
しかし、理解しようとしない子も多いのではないかと思います。
意味や本質の理解は、彼らにとっては「容量」的に重いのです。
「脳のメモリ」をやたらと喰ってしまいます。
容量を軽くするには、やり方だけ覚えること。
そのほうが脳に負担がかからない。
そのような判断を無意識にしているのではないでしょうか。
やり方だけ覚え、テストが終われば消去してしまえばいい。
それが要領の良い学習だと、本人が、というよりその子の脳が、誤解している・・・。
そうではない学習ができないほどそれは習慣化し、ぱっと覚えるがすぐに忘れ、深い理解はない。
何もかもが軽い・・・。

概念のレベルのことは、本人の脳が本質に向かって動きださないと、深い理解に至らないのです。

では、どうしたらよいのか?
こんなときにいつも思い出すのは、ヘレン・ケラーを教えたサリバン先生のことです。
サリバン先生は、ヘレンにまず指で文字を作ることを教えました。
目が見えず耳が聞こえなくても、指で作られた文字を触って理解することができます。
自ら指文字を作り、意思を伝えることも。
しかし、ヘレンは、指文字が物を指し示すことを理解しませんでした。
ものには全て名前があることも、この世には言葉があることも知らなかったので、教えられる指文字は、ただそれをなぞるだけのゲームに過ぎませんでした。

では、永久にそのままだったのか?
そうではなかったことを、私たちは知っています。
「ウォーター」の意味を突然理解したヘレンの奇跡。
それは、ヘレンに繰り返し繰り返し指文字を教え続けたサリバン先生が起こした奇跡です。

脳は、本人の望む通りには動きません。
でも、繰り返し繰り返し同じ情報を与え続けたときに、本人の意思とは関係なく、脳が本質に向かって思考し始めることはあると思います。

イコールは、等号の前と後ろが等しいという意味です。
表面をなぞるだけでは当たり前すぎて何も伝わってこないこの情報が、いつか脳の奥深くに到達し、その子の中に数理の体系を生み出すことを、私は夢見ます。





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