たまりば

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2020年02月16日

中学の英語のことを少し。



中学入学をひかえた小学6年生はワクワクの季節が近づいてきました。
一方、保護者の方は心配な季節。
上手く中学生の生活にシフトできるかしら。
勉強についていけるかしら。
うちの教室でも、早めに中学の予習をという要請の入る時期です。

ところで、今の小6は、果たして中学のことをどれくらい理解しているのでしょう?
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。

口は達者だし、かなり反抗期も入ってるし、まあしっかりしているから大丈夫、と思っていると、この情報社会で、意外にカヤの外にいるのが、最近の子どもの特徴です。
自分の知りたい情報しか得ようとしないので、勉強の情報があまり入ってこないのですね。
勉強のことを話せる友達がいないという子が、案外多いのです。
くだらないことは、話せるのですが。

お兄さんお姉さんがいれば、その動きを見ていて、中学生活というものが大体わかっているのですが、ひとりっ子ですと、上からの情報も皆無。
親は、そんなことは当然知っているだろうと思って説明しません。

中学に定期テストというものが存在することを知らない子に会ったことがあります。
「小学校だってテストはあるよ」
センセイは、小学校にテストがあることも知らないの?みたいな顔で言い返してくる子でした。
小学校のテストと同列で扱われても・・・。
テストの紙質にまずびっくりする、というようなことがないと良いのですが。

定期テストという名称は知っていても、その重要性をわかっていない子もいました。
定期テストで成績の大半が決まるということを、知らなかったのです。
科目ごとに5段階の数字でかっちり評価されるということを知りませんでした。
「授業態度が良ければ、大丈夫でしょ?」
と、どこかで聞き齧ったことを過大評価して言ったりします。
「提出物が20点分あるって、学校の先生は言ってたよ」
と、得意げに情報提供してくれる子もいました。
しかし、近年、授業態度の悪い子などほとんど存在しません。
提出物は、よほど意欲のない子や、物の管理が上手くできず教材やノートを紛失し、出したくても出せない子以外は全員が出します。
出すのが前提なのです。
しかし、学校のワークをテスト前に全部解いて提出するだけで物凄く努力している感覚のある子は、それで成績が上がる気がするようです。
冷静に考えましょう。
今の時代、授業態度の悪い子も、提出物を出さない子も、本当に少ないのです。

では、結局、何で評価が分かれるのか?
国・社・数・理・英の5教科は、定期テストの得点です。
提出物を出し、授業態度で特に悪いところがないのを前提として。
定期テストで90点以上取れば、大抵の場合「5」になります。
定期テストで80点以上取れば、大抵の場合「4」になります。
逆に、それより低くて「4」や「5」を望むのは、なかなか難しいのです。

なお、音楽・美術・保健体育・技術家庭の4教科については、ペーパーテストよりも、実技と授業態度が評価を大きく左右します。
こちらはむしろ、期末テストで満点を取ったところで「5」になる保証はありません。

さらに、そうやって決定した成績を高校受験で使用するということを知らない子は多いです。
「内申」というのは、各教科の「1」から「5」の評価から計算される数字です。
そのことを知らず、内申とは担任の先生がその子についての評価を文章で書くものだけだと思っているのです。
内申は、数値で出されるものがメインであることを知っておきましょう。
都立高校の多くは、入試得点1000点満点のうち、300点が内申点です。
国・社・数・理・英はそのまま、残る4教科は得点を2倍して、その合計65点満点を300点満点に換算したものが内申点です。

極端な例ですと、中学に英語の定期テストがあることを知らない子もいました。
小学校の外国語の授業では、簡単な英会話やゲームや歌ばかりやっていたので、「英語は遊びの時間なんだ」と思い込み、勉強だということがわかっていなかったのです。
それは、英語との幸福な出会いですが、その思い込みが強すぎると、中学の英語の授業の雰囲気についていくことができません。
中1の1学期の定期テストだけは易しいので何とか乗り切れても、その後、テストの度に得点が半減していきました。

今後、小学校で英語が教科となりテストも行われることで多少は改善されると思いますが、小学校の英語のテストは書くことがメインではないので、そのことで新たな誤解が生まれる可能性もあります。
本当は、小学生の頃から、アルファベットや簡単な単語をどしどしテストするようにしたほうがいいと思います。
中学1年生の教科書では、小学校で習っている単語は、もう知っているものとしてどんどん進むので、スペルを覚えなければならない単語の数が多いのです。
また、そこをスルーするので、中2になっても中3になっても、数字や曜日・月名を英語で正しく書けない子も多いです。
中学に入ってから何もかも一気に書くようになるので、そこで落ちこぼれてしまうのです。

英単語のスペル練習など、地道な作業をすると、
「こんなのは英語の勉強じゃない。思っていたのと違う」
と感じ、つらくなってしまう子は今も多いです。
国語の漢字練習や数学の計算練習に対しては、それなりに諦めの気持ちをもって取り組んでいても、英単語の練習は「つらい」「つまらない」という気持ちが先に立ってしまうようです。
本人の中で、「英語は楽しいもの」という意識が強すぎるのでしょう。
使用することが多い単語のスペルを正しく書けないことは、学年が上がるにつれて決定的な学力差となっていきます。
中学・高校の英語において、ペーパーテストの比重は相変わらず高いです。
書くことができないと、どうにもなりません。

確かに、今は、読んだり書いたりするだけの英語で済む時代ではありません。
リスニングもスピーキングも重要です。
しかし、それは、書くことを軽視して良いということではないのです。
テーマと語数を指定された英作文が、定期テストや入試に導入されています。
書く力も、昔よりもずっと高いレベルで問われているのです。

英語学習の準備としては、ローマ字の読み書きも、できないよりはできるほうが良いでしょう。
何となくでいいですので、文字と音との対応がわかっているほうが、読むように書くことが身についていきます。
そうではない場合、読み方がわからないまま、文字だけ覚えるような状態になることがあります。
読み方が全くわからないのに、スペルだけ何とか覚えようとする子に、かつて出会ったことがあります。
英語の成績は「1」に近い「2」でした。
それは、乱数表を覚えるようなもの。
そんなのは、さすがに無理でした。

とはいえ、正式にフォニックスを学習するのも敷居が高いです。
フォニックスというのは、英語の文字と発音との関係を学習する方法です。
アメリカの小学校などでは広く行われていますが、それは、そもそもその英単語を知っているネイティブの小学生だから可能な教育なのではないかと感じます。
日本の学校でも、中1にフォニックスを教えるところがあるのですが、生徒の多くは消化不良で終わるようです。
a という文字はどんなときに「ア」と読み、どんなときに「エイ」と読むか?
そういう細かいルールを列挙してあるのがフォニックスです。
フォニックスが難しすぎて、自分は英語のルールがわからない、英語は無理だと思ってしまうようなのです。
そうした悩みを抱えて、うちの教室に入ってきた子もいました。

最初のうちは、そんなの大体でいいんです。
大体この文字はこんな読み方をするみたい。
でも、そうじゃないときもある。
同じ文字に何通りか読み方があるようだ。
それでいいと思います。

漢字だって、色々な読み方があるじゃない?
単語ごとに、読み方とスペルを覚えていこう。
最初はそれでいいと思いますよ。
そう励まし、フォニックスよりも文法や読解・リスニングに力を入れたら、その子の英語への苦手意識は薄らいでいきました。
日本人は、最初はローマ字の読み方を知っておくくらいでちょうどいいんじゃないかと思います。

大体の読み方がわかるようになって、高校生になったら、もう一度フォニックスのテキストを読み返してみると、驚くと思います。
当たり前に感じることが書いてある。
でも、発音問題によく出てくることなのにルールがわからずずっとモヤモヤしてきたことも書いてある。
あれ?このテキスト、役に立つ?
そう思えるようになります。

発音記号も同様で、易しい英単語の読み方やスペルもおぼつかないうちから発音記号を覚えようとしても無理があります。
しかし、発音記号がわかれば、文字を見ただけでその単語の音がわかるのも事実。
高校生になっても発音記号が全く読めない子には、大体でいいから覚えたほうがいいよと促しています。



中学に入学すると直面することに、「カタカナ英語で発音しないと周囲から浮く」という問題があります。
周囲がカタカナ英語なので、自分もそれを真似し、同調しようとする、と言い換えても良いかもしれません。
そんな、20世紀の片田舎でも起こらなかったことが、この21世紀の東京で起こることなのか?
・・・起こっています。
公立中学の生徒の英語は、絶望的に発音が悪いことが多いのです。
英語の成績は「4」または「5」ですが、not は「ノット」、got は「ゴット」、didn't は「デドント」、written は「リトン」と、私が中学の頃だってそんな発音をする子はいなかったが?と驚くようなカタカナ英語の子が多いのです。

勿論、国語の教科書を音読するのにもかなりの努力が必要な学力の子が3分の1はいるだろうと想像されますから、まして英文となると、とにかく読むだけで精一杯で、発音など構っていられない、ということはあると思います。
しかし、やろうと思えばもっと良い発音が出来る子も、カタカナ英語に同調する空気があるのではないか?
そうでなければ、本来、私の世代よりもずっと耳が良く身体的な感覚の鋭敏な子たちが、あの発音で平気でいられるわけがありません。
しかも、リスニングはよくできるのです。
リスニングで聴く本物の英語と自分の発音との乖離に、気が付かないはずがないのです。
・・・考えられるのは、英語らしい発音をして周囲から浮き上がりたくない、という気持ちが強いのではないか、ということです。

ただ、勿論、公立中学に通う子は、ネイティブの英語に触れる機会が少ないことは否定できません。
学校にALTの先生が来たときに耳にする英語。
普段の授業で、授業中に流されるCDの英語。
それだけが、耳にする英語の全てである可能性はあります。
個人的に努力しなければ、模範となるきれいな英語を耳にする機会が少ないのです。
一方、私立の学校は、ネイティブの先生の英会話の授業があり、会話のテストのある学校も多いです。
またはインターネットでの個別指導を全員が学校で受講するなど、英会話については充実している学校が多いのです。

本物の英語に触れる機会が少ない。
それを打破する方法の1つが、NHKのラジオ講座ですが、公立中学の子は、ラジオ講座の存在すら知らない子が多いです。
私立に通う子は、ラジオ講座「基礎英語」もテスト範囲とする学校も多く、真面目な子は、毎日毎日、ネイティブの英語に触れています。
ラジオ講座を聴く習慣を確立できず、ラジオ講座のテスト範囲の分だけごっそり得点を失う私立の子も多いですが、それは自業自得の面があります。
公立の子たちが、ラジオ講座の存在を知らないために学習の機会を失っているのは、悲しい。
公立の秀才の発音が、私立に通う普通の学力の子と比べてひどく悪いのは、胸が痛いです。

光明もあります。
都立高校入試に、数年後、英語のスピーキングが導入される予定です。
入試に出るなら、正しい発音に向けて努力するのは当然のこと。
全員カタカナ英語で足並みを揃える空気は一掃される可能性はあると思います。

なお、公立中学出身の子も、それで終わりということはなく、高校進学後、秀才であればあるほど、発音は良くなっていきます。
うちの教室でも、高校生に対しては、単語暗記を目的としてCDによる例文暗唱を繰り返します。
それで発音やイントネーションが矯正され、劇的に発音が良くなる子は多いです。
あまりにもあっさりと変わるので、あのカタカナ英語は、仕方なくやっていたことだったんだろうなあと想像したりもします。




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