たまりば

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2020年04月05日

「これだけで大丈夫」という勉強法は危ない。

「これだけで大丈夫」という勉強法は危ない。

以前勤めていた塾が、英語講師のアルバイトを新たに募集したことがありました。
私は人事に口をはさむ立場ではなかったのですが、筆記試験の採点はしましたし、意見をきかれることもありました。

その日、面接を終えて戻ってきた副学院長が、少し困った顔で私に言いました。
「はりきっている人でねえ、古いノートを机の上に広げて、自分が教わった塾の英語の先生がすばらしい人で、大学受験なんて中学の文法だけで十分なんだ、と独特の授業をしたと言うんだよね。そういう授業を自分もしたい、と言うんだけど」
私は、面接の前に行われた英語の筆記試験の採点をしていました。
筆記試験は、高校1年生対象の学力テスト問題でした。
その応募者の得点は、60点台。
この人を採用するか、どうか。

「どう思う?」
と訊かれて、私は、採点した答案を副学院長に渡しました。
「中学の文法だけで十分、というより、中学の英語しか理解していないです。高校レベルの問題は、すべて間違えています」

その人は、不採用になりました。
大学入試は、確かに、文法問題の出題割合は低いです。
中学の英文法だけで、あとは色々な受験テクニックを駆使して、長文の大意を何とか読み取れば、大学入試でギリギリ合格点を取ることは可能かもしれません。
しかし、中学の文法だけで大学に入っても、それは、高校生の学力がないまま大学生になるという意味でしかありません。
私は、その子と一度も顔をあわせませんでしたが、不採用という事実から、何かを理解してくれていたら良いと思います。


これだけやれば大丈夫、といった勉強法は、ときに魅力的に映ります。
国語や英語の読解問題で、本文を読まないで解く方法を教える講師さえいます。
でも、それは、文章を読む能力がないまま大人になるということです。
そんなことをすばらしいことと信じて、それ以上の勉強をすることをやめてしまったら、そこで行き止まりです。

洪水のように押し寄せてくる、甘い情報。
自分だけが楽な方法を知らず、損をしているような気がしてくる。
それを、はっきりと、否定できること。
そんなのは、嘘だ、と見切れること。

「効率の良い効果的な勉強」と、「楽な勉強」は違います。
楽なほうに流れたら、目先の合格だけは手に入ることがあるとしても、その先がありません。
生徒に身につけてほしいのは、本物の学力であり、無限に伸びていける勉強法です。


英語だけの話ではありません。
数学にも、そういうことは起こります。

文系の高校3年生で、センター試験対策として数ⅠAの授業を受けている生徒がいました。
数Ⅰ「2次関数」のなかの、2次方程式の解の正負に関する問題を解いていたときのことです。
「f(x)=ax2+2ax+10 がx軸と正の位置で2か所交わっているとき、aの値の範囲を求めよ」といった問題でした。
数Ⅰならば、判別式・軸の方程式・f(0)の値の正負、の3つの要素で解きます。
しかし、数Ⅱでは、同じ問題を、判別式・解と係数との関係、で解くことも可能です。
センター試験の数ⅠAとは言うけれど、数Ⅱの解き方で解いてもいいんですよと話すと、その子は不可解な反応をしました。
「数Ⅱは勉強していない」
というのです。
学習したけれどわからなかった、というのではないのです。
そもそも、高校の授業で、数ⅡBは学習しなかった。
文系選択の子は、高校2年の数学でも、数ⅡBの内容を教わらず、数ⅠAの復習をしていたというのです。

・・・え?
それは、許されているの?
数ⅡBの単位は、高校卒業に必須の単位じゃありませんでしたか? 
彼女は首を横に振りました。
そういうことは、よくわからない。
でも、数ⅡBはやっていない。
去年は、数ⅠAの復習をしていた、というのです。

・・・数ⅡBという名称の授業は書類上は存在し、単位を取得しているが、そこで学んだ内容は、数ⅠAの復習だった。
どうも、そういうことのようなのでした。

私立のカリキュラムは、数Ⅱや数Bではなく、「幾何」「代数」、あるいは、中学の頃から「数学α」「数学β」などと称していて、そもそも、文科省の正規の科目名と対応していないことが多いです。
しかし、書類上は、文科省の指定する教科名になっているでしょう。
私立は、中学3年の段階で高校1年の数学内容に入っているのは普通のこと。
その一方で、高校2年になっても、高校2年の数学を教えない学校がある・・・。

文系選択の子に、数ⅡBを教えない。
その代わり、英語など、その子の大学受験に必要な技能を伸ばせるだけ伸ばすというカリキュラムで、進学実績を上げる。
そういうカリキュラムの組み方は、合理的なのかもしれません。
生徒側も、大歓迎でしょう。
しかし、結局、数ⅡBの、とにかく計算・計算・公式・公式・計算・計算という経験を経ていず、数ⅠAがマックスに難しいという体感でしたから、その子は学力の天井が低い、という印象は否定しがたかったのです。


そもそも、数ⅡBの内容は文系の子にも本当は必要です。
大学まで視線を伸ばすと、それを感じます。
文系の多くの学科で、統計学は必修です。
現在、多くの高校で数B「確率偏差」を選択しないため、標準正規分布の読み取り方を大学で初めて教わる子が多いと思いますが、それでも、数ⅡBで「数列」や「積分法」を学習していれば、理解しやすいはずです。

数B「確率偏差」が必修ではなく選択単元になっていることも、世の中の流れから考えれば少しおかしなことです。
今年度からの小学校の新課程では、「データの分析」は以前よりも学習量の多い単元になっています。
以前は教えなった「度数分布表」という用語も、「代表値」としての「中央値」「最頻値」という用語も、中学から小6の学習内容に下りてきました。
分布を数直線上に点で表すことも、以前はそのやり方に名前はなかったのに、「ドットプロット」という用語が教科書に登場しています。
覚えることが多くて大変・・・。
さらに言えば「データの活用」として、「PPDACサイクル」なんてことも小6で教えるようになりました。

PPDACサイクル。

Problem(問題の発見)
Plan(計画の立案)
Data(データの収集)
Analysis(データの分析)
Conclusion(結論)

・・・こんなことを小6に教えようとしているのです。
結局、子どもが相手ですから、扱われているのは「忘れものを減らす方法を考える」といった課題で、一番多い忘れものは何なのか、何曜日に忘れものが多いのか、などの分析をさせた後、結論としては「前日に準備をする」が模範解答という、大人が見ると何だそれという学習ではありますが。
それは、データを分析しないと得られない結論なの?
コントの台本みたいだけど、大丈夫なの?
そう言いたい気持ちも少しあります。


内容はともかく、データの分析と活用に関して、昔よりも学習のボリュームが増え、より大事な単元として扱われるようになってきているのです。
これから、中学・高校の新課程でも、同じ方向の修正がされ、確率偏差や標準正規分布が必修になる日も近いでしょう。
データが読めないと国際競争で勝てない。
数学教育は、国家的重要事です。

そのように言われている一方、現場は、真逆の反応をしつつあるようにも感じます。
文系の子は、数ⅡBを高校で教わっても消化不良で終わっている子が多いのが実情です。
だから、文系の子に数ⅡBを教えない高校を一方的に責めるわけにもいきません。
数学があまり得意ではない生徒は、高校生になると、数学に関して「店じまい」を始めてしまいます。
数学はもう全くわからないし、大学入試にも使わないから、定期テストは赤点を取らなければいい、単位が取れればいいと本人は判断しているようです。
いえ、それほど明確に思い定めているわけではないにしろ、学習姿勢はそのようです。
そうした子の多い文系クラスで、大半が理解できないような内容の授業を行えば、定期テストの結果も悪く、数学のせいでその子の内申が低くなります。
大学の推薦入試もAO入試も、内申が重視されます。
数学の成績がその子の足を引っ張ってはいけない・・・。
数学が苦手な子には、できるだけ数学の授業を学校では受けさせないほうが、内申が上がります。
高校3年の文系クラスでも、センター試験対策を目的とした「数学演習」といった授業を選択できる高校が以前は多かったのですが、そういうもののない高校が増えてきました。
文系の子に学校の正規科目として数学を選択させると、それでその子の内申が下がるから選択させない、勉強させない、という考え方もあるのでしょうか。
それは、うがった見方に過ぎるかもしれませんが。

しかし、今後、ますます大学入試を内申重視にすると、当然、そういう弊害が起こってきます。
内申を高くするための科目選択、という視点が生まれてきます。
苦手なことだから補強するのではなく、苦手なことは、徹底して避ける。
そういうやり方が肯定される可能性があります。

数年前に評判になったビリギャルで有名な塾も、生徒に数学は選択させず、文系でしかも入試科目数の少ない私立大学を狙わせる、という戦略をとっていたと聞きます。
有名大学でも、学科によっては、英語と小論文だけで合格できるところもあります。
戦略としては理解できますが、それでいいのか?とも感じます。

大学、あるいは実社会は、昔よりも数学的能力を重視し、数学のできる人材を求めています。
文科省の定める教育課程もその方向です。
しかし、高校の実態は、数学が苦手な生徒には数学を学ばせない傾向が生まれつつある・・・。
このひずみ、このままにしておいて大丈夫なんでしょうか?

得意なことでの一点突破が利口なやり方。
これだけで大丈夫。
英語は中学英語で大丈夫。
数学は、必要ない。

それは、本当に合理的なことなんでしょうか。
近視眼的で不合理なことをやらかしているだけのようにも感じるのです。

英語も数学も、本当に得意になれたら、それが一番です。
本当に得意になれたら、受験も、その先も、可能性が広がります。
目先の「これだけで大丈夫」に飛びつく前に、その先に何があるか、考えてほしい。
その選択の先に何が待っているか、考えてほしい。
そう思うのです。




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