たまりば

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2019年07月06日

ケアレスミスと数学不安症。

ケアレスミスと数学不安症。

例えば、都立高校の数学の入試問題で、大問3「関数」、大問4「平面図形」、大問5「空間図形」のそれぞれ一番最後の小問は難しいから解けないので、各5点×3=15点は失点するとして、残る85点は取れる。
そういう得点の読み方をすることがあります。
あるいは、定期テストは基本問題だけで80点は取れる。
これに共通しているのは、「基本問題を解くだけで十分な得点」という夢物語です。

「夢物語」とあえていうのは、現実はそんなに甘くはないからです。
基本問題をきっちり得点できる学力の人は、応用問題も解けます。
基本問題しか解けない人は、基本問題もある程度は失点します。
それは避けられません。

しかし、基本が身についていないのに、やたらと応用応用という子には、私も冒頭のような説明をすることがあります。
定期テストで、公式を代入するだけの基本問題や、出題されるとわかりきっている典型題をポロポロ失点しているのに、最後の応用問題がわからなかったことをやたらと残念がる子もいるからです。
実際の得点は30点台、40点台なのに、最後の応用問題がわからなかったことを、テストが終わると強調するのです。
テストが返ってきたら反省が大切なのですが、反省ポイントがズレていては、次回も似たような結果になってしまいます。
正しい反省を促さなければなりません。
最後の7点の応用問題が解けなくても、他の問題で正答していたら93点です。
あなたの現実の点とは50点以上差がありますよ。
その50点は、どこで失っていますか?
そういう話をします。

基礎を固めないうちは、応用問題の解説を聞いても、その問題の解き方を「わかったような気がする」だけで、類題を自力で解けるようにはなりません。
まして、タイプの異なる応用問題には全く対応できません。
出るとわかっている典型題なら解説もしますし、練習もします。
しかし、何でこんな応用問題を出すのか出題意図もよくわからない、ただただ難しいだけの問題を解説するのは時間が惜しい。
今は、そんな勉強をする時期ではない。
そのことをわかってもらう必要があります。

1つ考えられるのは、そういう子の心の中では、「わかる問題」と「解ける問題」との混同があるのではないかということです。
公式を見て代入すれば解ける問題は、本人の中では「わかる問題」=「解ける問題」。
解説を聞けば理解できる典型題は、本人の中では「わかる問題」=「解ける問題」。
だから、そういう問題は、本人の中ではOKになっているのではないか?
学校でテスト解説を聞いてもよくわからなかった、あるいは解説してもらえなかった最後の応用問題だけは、「わからない問題」。
だから、とても気にかかる。
とても残念である。
そういう気持ちなのではないかと思うのです。

「わかる問題」と「解ける問題」は違います。
公式を見て代入すれば解ける問題なのは事実でも、その公式を覚えていないし、代入して解く練習もそんなにしていない場合、テストではもたもたし、代入ミスをしがちです。
それは「解ける問題」にはなっていないということです。

「わかる」だけではダメで、「解ける」ようにしなければ。
基本問題だけでも全部解ければ、定期テストは80点ですよ。
今、目指すのは、まずはそこですよ。
基本に目を向けてもらうため、そのように言います。


ただ、私は、基本問題だけ解ける子が実際に80点を取れるとは思っていません。
その状態では、80点は無理だとわかっています。
定期テストなら、基本問題だけで配点は80点になる。
それは事実です。
しかし、基本問題しか解けない子は、基本問題を全て正答することはできません。
学力的に余裕がない子は、ミスをします。
現状が40点ならば、まずは50点、そして60点と順番に上を目指しましょう。
60点を越えたら、より発展的な学習も行いましょう。


学校の定期テスト前日に、数学の授業を振替設定することがあります。
そんなとき、テスト範囲の演習はひと通り終わっていますので、前日に行うのは最終調整です。
しかし、単なる確認と調整のために解いている基本問題を計算ミスでぽろぽろ失点する生徒もいます。
テストに必ず出る、易しい問題で失点します。
解き方はわかっているのに、計算ミスを繰り返し、正答できないのです。
計算ミスをすればするほど目に見えて動揺していきます。
そして、さらにミスを重ね、続く簡単な問題もやはり正答できなくなっていきます。
目の前で見る見る精神的に崩れていく・・・。
テスト当日だけではないんだ。
前日で、既にこういう精神状態なのか・・・。


『しくじり先生』というバラエティ番組があります。
ゲスト出演する「先生」役が自身の失敗を語る番組です。
以前、その番組にG・G・佐藤選手が先生役で出演しました。
北京オリンピックでエラーを繰り返し、日本代表チームが銅メダルすら取れなかった原因の1つと言われている野球選手です。
日本代表になるほどのプロ野球選手が、ゴロをトンネル。
さらに、簡単なフライを落球すること2回。
なぜそのようなことが起こったのかを本人自らが分析し語っていました。

G・G・佐藤選手は、1つ目のトンネルの後、もうどんな球も取れる気がしない精神状態に陥ったそうです。
だから、球が飛んでこないことをひたすら願った。
オリンピックという大舞台。
自分のエラーのせいでチームが負けてしまうことに怯えた。
しかし、怯えるほどにそれは明確なイメージになった。
あんなゴロもトンネルしてしまった自分は、フライなんか取れるわけがないと思ってしまった。
そして、実際、もう取れなかった。
プロ野球選手が・・・・・。

本番に弱い人の精神状態が赤裸々に語られ、しかも、その精神状態のときに技術的にはどのように失敗するのかVTRを見ながら具体的な説明がありました。
バラエティ番組のはずなのに、ホラーかと思うほど怖い内容でした。

1つ目のフライは、緊張で手がガチガチに硬まっていた。
しかも慌てているため、グローブを出すのが早かった。
そのため、グローブの土手に当たって球を弾いてしまった。
さらに、サングラスを帽子の上にかけたまま、目にかけるのをずっと忘れていた。
球をよく目視できていないのに、そのことにすら気がつかなかった。

2つ目のフライは、大事に行き過ぎて両手で取ろうとした。
片手のほうが可動域が広く操作しやすいのに、両手で取ろうとして、結局、球をこぼした。
普段とは違うことをそのときだけやってしまったのです。
子どもの頃からフライなんかいくらでも取ってきたプロ野球選手が。


生徒の数学の答案を見ても、テストのときだけ不可解な答案を書く子がいます。
普段したことがない計算の工夫をして間違えたり。
普段は、単なる移項すらいちいち丁寧に書いているのに、テストのときだけ左辺と右辺をひっくり返しながら部分的に移項もして、結果、符号ミスをしたり。
テストでそういうことをしたいのなら普段から練習しておけば良いのに、なぜか普段は丁寧なやり方を変えない子がテストのときだけそんなことをします。
あるいは、テスト中だけその解き方が正しいのだとなぜか思い込んで、間違ったやり方をしていたり。
テストのときだけなぜか普段と違うことをしてしまうのです。
後で冷静になれば何でそんなことをしていたのか本人も理解できないような考えにとりつかれてしまうようです。
理解不足だった問題をやっぱり間違えているというような、ある意味で安定感のあるものとは印象の異なる、不安定な数学の答案を見ることがあります。


「数学不安症」という言葉があります。
1950年代に確認され、近年、アメリカのスタンフォード大学で、数学の問題を見ると脳の恐怖中枢の活動が高まる人が存在することが実証されました。
イギリスでは全人口の4分の1が数学不安症であると推測されているそうです。
理解できない数学の問題を見るとき、ヘビを見たときに感じるような恐怖や不安を感じる。
不安ばかりでなく、実際に身体に痛みを覚える人もいます。
数学の問題を見ると頭が痛くなったり、お腹が痛くなったりします。
他の科目ではそのようなことはないのに、なぜ数学だけそのような不安症が出るのでしょうか?

正解・不正解があまりにも明確で、到達度に関して数値目標が明示されやすいこと。
子どもの頃から計算スピードや到達度に関して具体的に強い期待をされ、要求されること。
そうしたことが他の科目とは異なる点ではないかと分析されています。

確かに、私がこれまでに見てきた、テスト前日で異様に動揺してしまう子は、本人や保護者が漠然と期待している実力と、本当の実力との乖離の激しい子たちでした。
子どもの頃から強く期待され要求され、特に計算ミス・ケアレスミスについては強めに指摘されてきたのかもしれません。
お子さんの小学校の算数を見るお母さんは、計算ミス・ケアレスミスに厳しくなりがちです。
解けない文章題のことを問題視して叱るお母様は少ないと思うのですが、計算ミス・ケアレスミスは問題視する傾向があると思います。
ここは得点できるのに、と思ってしまう。
ついつい、そこを強めに指摘してしまう・・・。

しかし、毎度毎度計算ミスのことを強めに指摘されてきた小学生が計算ミスをしなくなるかというと、そうでもないのです。
字が雑で、勉強に対する心構えも甘くて、それでミスばかりしているような小学生ならば、中学・高校と本人が成長するにつれて意識が高まり、計算ミスをしなくなることが期待できます。
しかし、小学生の頃から、字は丁寧だし、ノートの取り方もしっかりしているのに、なぜか計算ミス・ケアレスミスが多いという子の場合、中学・高校と進むにつれて、指摘されればされるほど、むしろミスは増えていくように感じます。
学年が上がるにつれて、本人が余裕をもって解くことができる問題は減っていきます。
期待に応えてテストで高い得点を取ることは、年々難しくなっていきます。
親からの期待。
本人のプライド。
そうしたものが混沌としている中で、
「失敗してはいけない」
となったとき、むしろミスをする土壌が出来上がってしまうのでしょう。

ここで複雑なのは、計算ミスの多い子が、それを直視し、それを自分の課題としてとらえているかというと、むしろそれは本人の中で表面化していないことが多いのです。
自分がミスをしやすい人間であると認めることは、非常に自己評価を下げる・・・。
そういう気持ちがあるのかもしれません。
前述のように、計算ミスをしやすく、基本問題で得点することも心もとない子が、応用問題にこだわるのを見ると、そのように感じます。
子どもの頃から繰り返し注意されてきたケアレスミスのことを、本人は表面的には自覚していないように見えるのです。
自分は他人よりはミスが少ないほうだとすら思っているように感じられます。
そして、応用問題が解けなかったことばかり、強く意識しています。

ただ、無意識のレベルでは、自分がミスをしやすいことはわかっていると思うのです。
その影のような不安が、さらにミスを誘い込んでいるのかもしれません。
テストのときに、気持ちが不安定になり、さらにミスをしやすくなるのです。
ケアレスミスは、本人が不注意に問題を解いているから起きているとは限りません。
真剣に解いていても、計算過程で1つ指数を書き洩らしたら、もう正解には至りません。
心が不安定であるため、正確さ・完璧さを保つことができないのです。
問題が、本人にとって心の負担になっているほど難しい。
実は根本のところがあまり理解できていない。
しかし、それを認められない。
周囲も認めてくれない・・・。

計算ミスは、計算ミスだけが課題なのではありません。
本人の現在の実力と、頭の中で本人が思っている理想の実力との乖離。
そのことからくる、勉強のやり方のまずさ。
尽きない不安。
そこに課題があると感じます。

多様なミスを多発している人は、ケアレスミスを除外して、「本当は何点取れた」=「自分は何点の実力」と評価する傾向があります。
保護者の方がそのような得点の読み方をしていることもあると思います。
だから、実際の得点と自己評価とがいつまでも一致しません。
本来やるべき、基本問題を何も見ないで自力で解く練習を、ろくにしないでテストを受けています。
応用問題ばかり気にしています。
しかし、本当は基本問題を解けないことに、常に影のような不安がさしています。
そのような状態でテストを受けて、良い結果が出るはずがありません。

特に高校生で数学の得点が低い場合、理由は明らかに勉強不足なのです。
学校の問題集をノートに解くことがテスト勉強の全てになっていることは、繰り返しここで書いてきました。
基本問題すら公式や解答解説を見ながら解いているので、練習になっていません。
そして、問題集の発展問題や章末の演習問題を何とかノートに解くことに非常に多くの時間を使っています。

「学校の問題集のB問題の難しいもの、発展問題、章末の演習問題は、3分考えてわからなかったら、赤ペンで解答解説をノートに丸写しして提出しなさい。意味を考える必要はない。式は解説を見ても、計算だけは自分でやろうと思う必要もない。丸写しをしなさい。その代わり、例題とA問題を解答解説を見ないでもう一度解きなさい」
高校生の場合は、たったそれだけの指示で、テストの得点が目に見えて改善していくことがあります。
60点までなら、それで上がります。
60点取れる力がついてから、B問題、発展問題、章末演習問題に目を向けても遅くはありません。

それでは間にあわなくなるのでは・・・?

・・・何に?
基本も身に着かない今の勉強をしていて、では何に間に合うのでしょう?

しかし、数学不安症的な子は、このような指示に従うことができない子が多いです。
やはり、不安なのでしょう。
それでは、間に合わなくなる・・・。
あるいは、そんなことをしたら学校の先生に叱られるか目をつけられると思っている子もいます。
定期テストで30点台の子が応用問題を赤ペンで丸写ししたノートを提出することを問題視する高校の数学の先生なんていません。
その代わりに例題やA問題をもう1度解いているならなおさらです。
しかし、そこでも障壁となるのは、実態と乖離した高い理想自己なのかもしれません。
そうして、解答解説を読んでも意味のわからない発展問題・章末演習問題に時間をかけ、公式を上手く使えない不安定な状態でテストを受け、指数の書き洩らしや符号ミスを多発し、基本問題が8割を占めるテストで惨敗します。
そして、テストの後は、ケアレスミスした問題は得点できた問題として加算し、捕らぬ狸の皮算用を繰り返します。

そんなことをしているから、内心の不安が消えない。

誰にも彼にも基本・基本・基本という教え方には私は懐疑的です。
小学生や中学生には、その子の現在の学力で理解できる限界まで応用問題を解かせます。
「同じ問題集を全問3回解き直し」
といった、写経のような学習方法は、生徒よりも先に私がうんざりしてしまいます。
解ける問題を3回解いても意味がありません。
特に公立中学の教科書準拠ワークの基本問題は簡単過ぎて、基本問題を3回解いても定期テストには対応できません。
そのレベルで良いと思っていると、定期テストの問題は解けません。

しかし、高校生は違います。
高校生は、学校の問題集の基本問題を何も見ないで自力で解く学力に至っていない子が多いのです。
高校数学の基本問題は、彼らにとって基本問題ではありません。
しかも、そのことに気づいていない。
あるいは、認められない。
それでは、不安が消えないでしょう。

まず自分の不安の正体を見つめましょう。





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