たまりば

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2018年02月23日

AIの有効性と読解力のない子どもたちの話。


少し前に「リーディングスキルテスト」のことをこのブログでも話題にしました。
そのときは、公表された問題から、能動態と受動態の区別のつかない子が目立つし、それは実感として私もわかるということを書いたのですが、このほど、そのテストの主催者からさらに詳しい情報が公開されました。

寡聞にして知らなかったのですが、このリーディングスキルテストの責任者である新井紀子さんは数学者で、「東ロボくん」という東大入試を受験するAIプロジェクトの指導者だった人でした。
「東ロボくん」は、東大合格を目指すと言われていましたが、プロジェクトの真の目的は、AIは東大には合格できないことを証明することだったそうです。
AIには、そのような能力はない。
数学者だからこそ、そのことは予見できていた、というのは説得力のある話です。

AIは、徹頭徹尾、数学の塊。
数学的な情報に変換できないものは、入力も出力もできません。
AIが本質的に「ものごとの意味を理解する」ことはありません。
だから、東大に合格することなどありえない。

AIが特に苦手としている科目は英語だそうです。
AIは、英文の意味を理解しません。
「東ロボくん」には1500億の英文を入力したそうですが、それでも意味など理解しようがありません。
その1500億のデータから、次にくる可能性の最も高い単語を特定していくだけで、意味を汲み取ってはいません。
言い換えれば、AIは、自動翻訳機の役割を果たすことはできても、AI単独で国際会議に出席することはできない。
英語で商談を成立させ、契約を取ることはできない。
人間に求められる英語力がそのようなものである以上、AIが人間を凌ぐことはあり得ないのです。

ところが、「東ロボくん」は、東大に合格することは無理ではあっても、年月を重ねるうちに偏差値が上がっていきました。
ついには、MARCH・関関同立のうちのいくつかの入試で合格点を取るに至ったそうです。
現役高校3年生の学力上位数%に達することは不可能。
しかし、学力上位20%に入ることは可能となりました。
これは極めて危険なことです。

学力上位者は、AIにはできない仕事を今後も続け、収入も今よりさらに上がる可能性があります。
一方、AIと似たような判断・行動の傾向を持つ人は、処理スピードや正確さではAIに勝てませんから、大学を卒業しても、AIの下で最低時給で働くことになりかねません。

いますね・・・・、AIみたいな人。
この場合の「AIみたいな人」は、褒め言葉ではなく悪口で、「AIみたいなおバカさん」ということなのですが。
ものの考え方が一本調子というか。
そうした人たちは、500万円にものぼる奨学金を借りて大学を卒業しても、その借金を返せる職にはつけないことになってしまいます。
大学に進学することは、それだけのリスクを負うことになってしまう・・・・。

この状況を危惧した新井紀子さんは、AIに学力で負けてしまう子の負け方に着目したそうです。
なぜ彼らは入試問題で誤答するのか。
なぜAIよりも正答率が低いのか。
それを調べ、誤答のパターンが奇妙であることに気付きます。
あれ?
この子たち、問題文の意味が理解できていないのでは?
そういう誤答をする子が多いことに気づいたそうです。
それが「リーディングスキルテスト」プロジェクトのそもそもの始まりでした。

リーディングスキルテスト。
教科書に実際にある文を読解し、簡単な正誤問題や選択問題に答えるテストです。
現在、4万人以上の試験データが集まっているとのこと。
子どもだけでなく、大人でも、誤答する人は多いらしいです。
例えば、こんな問題が公開されています。

アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

セルロースは(  )と形が違う。

①デンプン ②アミラーゼ ③グルコース ④酵素

この解答は、このページの一番最後に記します。


こうした問題で誤読をする人は、目立つ単語を目で拾っているだけで、その単語と単語の結びつきや関係、それがどう機能しているかを読みとっていないのではないか?

新井紀子さんのその解説に、私は「ああっ!」と思いました。
私は英語や数学を教えていて、確かにそういうタイプの子に出会っています。
前回のブログにも書きましたが、英語の長文を読むのに、知っているいくつかの単語だけで「妄想誤読」をしてしまう子。
あるいは、英語教科書本文の和訳をする際、その前までの文脈と、次の英文の目立つ単語からストーリーを類推するのか、大意は一致しているものの、該当の英文の訳ではないものをスラスラと口にする子。
そういう子は、物語の和訳は比較的得意なのですが、自然科学系の説明文になると類推できず、行き詰まります。
算数・数学の文章題では、問題文中の数字を適当に組み合わせて、かけたり割ったりすれば答えが出ると漠然と期待しているような奇妙な式を立てる子。
そもそも問題文を読まず、図やグラフだけ眺めて解いている子。
私は、彼らは基本ものぐさで、問題文を精読する習慣がないのだと思っていましたし、確かにその傾向もあるのですが、もしかしたら、彼らの中には、単語を拾う以外の読解がそもそもできない子もいるのではないか?
学校の国語の定期テストの得点の上下の変動が激しい子は怪しいです。
本人は、
「今回のテスト範囲の文章とは相性が悪かった」
と言うのですが、実は、単語を拾っているだけなのではないか?
だから当たり外れが大きいのではないか?


リーディングスキルテストの結果によれば、こうした教科書の文章を読解できない子どもは、全体の半分近くにのぼるそうです。
AIは、意味を理解しません。
しかし、教科書の文章を読解できない子どもたちも、意味を理解できていない。
それでは、AIに職を奪われ、AIの下で働くことになりかねません。

偏差値では評価できない能力を持つ子には生きる道があります。
いわゆる「人間力」でしょう。
AIで代替できない能力を持つ子は、生きていけます。
しかし、学力的弱者のまま、皆と同じように高校に入り、偏差値のあまり高くない大学に入り、AIと似たような思考パターン・行動傾向しか持てず、AIができないことはその子もできない状態で社会に出てしまう子の将来は暗い・・・。
ともかく、教科書の文章は理解できなくては。
新井紀子さんは、今後の自身の研究生活を、教科書の文章を読めない子たちの救済に捧げる覚悟とのことです。
詳しくは、新井紀子著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)をご覧ください。


個人的には、子どもに教える仕事はAIでは代替できないものだと思っているので、私は、AIに対する関心もこれまで低かったかもしれません。
「AIによるラーニング・プログラム」といったパンフレットが塾に届いたりもするのですが、内容を読むと、まだまだ導入には時期尚早と感じます。
「生徒の誤答を分析し、理解できていないところまでさかのぼります」
とパンフレットには書いてありますが、数学の場合、生徒の誤答の原因の第一は計算ミスです。
誤答する度に、小学校の「2桁のかけ算」や「分数の計算」、中1の「正負の数」に戻って、計算練習をするんでしょうか。
計算ミスの原因が、計算の仕組みを理解できていないせいならばそれで良いでしょうが、人間の計算精度の低さというのは、そういうことだけが原因ではないのです。
特に、女子生徒は、表情に出さなくても、数学の問題を解きながら全く関係ないことを考えていたりします。
友達とごだごたもめていたり、出がけにお母さんと口論したり、彼氏とトラブっていたり。
そういうことのいちいちで心の中に大波が立っているのに、無表情で数学の問題を解いています。
計算なんか合うわけがないんです。( ;∀;)
そして、そういうことを現時点のAIラーニング・プログラムが理解できるとは思えないんです。
心の中に大波が立っている女子生徒に、
「あなたは中1の正負の数の計算を復習しましょう」
なんて指示を出してご覧なさい。
泣き出すか、怒りだしますよ。
怖い怖い怖い。( ; ゜Д゜)

そういうときは、相談に乗れるようなら相談に乗るし、あるいは、あえて知らない顔で問題難度を調節しながら数学の授業をし、「今日は無理だなあ。そんな日もある。また次回」と判断する人間の講師のほうが有効だと思います。

また、数学は、基本は理解しているが応用問題は全く解けない子が多く存在します。
基本問題ならば解けます。
しかし、基本と基本を組み合わせることはできない。
それに対し、現時点のAIに、どの程度の対応力があるのでしょう。
基本は理解しているが応用問題が解けない子どもは、どこに遡って学習をするのでしょう?
AIの言う通りにしていたら、わかりきっている基本問題しか練習できずに勉強が終わってしまう可能性がありそうなのです。
AIによるラーニングプログラムには無限の可能性があるとは思うものの、現時点ではまだ人間の講師の判断のほうが重要で、それなら今と変わらないのです。
過去50年の全ての入試問題が入力され、分析されて、類題学習がいくらでもできるようなプログラムが開発されたら、それはもう私自身が一番ウキウキして導入すると思いますが。

新しい教育機器の活用ということで言えば、私は国立大学教育学部の附属中学に通っていましたから、実験的な教育として、当時の最先端のLL教室での英語の授業を週1回受けていました。
ヘッドホンから英語のリスニング問題が流れ、正答と思う手元のボタンを押します。
生徒の解答はブースにいる英語の先生のもとに集約されます。
正答率や解答分布などが瞬時に分析できるシステムだったのだと思います。
そういう英語学習を目新しく格好いいと、当時の私が思わなかったわけではありません。
だから当時の授業を今も記憶しているのでしょう。

しかし、それで私は英語が好きになったのか?
そのLL授業の成果で私は英語が得意になったのか?
それは違うと思います。
どんなに形が目新しくても、ヘッドホンから流れてくるのは、心弾む曲でもなければ、好きなラジオパーソナリティーの軽妙なおしゃべりでもないのです。
どこまでいっても面白くなりようがない内容の会話や1人語りが英語でされているだけでした。
トムやメアリーがショッピングモールで何を買ったかレベルの話に延々とつきあわされるんです。
面白いわけがないです。
それが英語で語られ、英語を聴き取るということそのものが楽しみでない限り、LL教室なんかちっとも楽しくなかったのです。

さらに言えば、LL教室ではない、普段の英語の授業のほうが、その先生は素晴らしかったのです。
フリップを高く掲げ、英文の転換練習を繰り返す授業でした。
主語を変え、目的語を変え、動詞を変え。
肯定文を疑問文にし、否定文にし。
そうした転換練習を繰り返します。
どの生徒も1時間の授業で2~3回は指名され、答えていました。
その授業スピード。
全ての生徒に指名していく目配り。
あの授業は職人技でした。

定期テストの範囲だったので毎日聴いていたNHKラジオ講座「基礎英語」も、私には面白かったです。
nameという単語が初めて出てきたとき、ラジオ講座の先生は「私は中学生で初めてこの単語を見たとき、ナメーと読んで、英語と日本語は似ているなあと嬉しくなりました」と真面目な声で話していたのを今も覚えています。
この先生、何を言っているの?
ラジオをまじまじと見つめてしまい、以後ずっと、真面目な声でときどき変なことを言う講師のファンでした。

これも結局は人間力で、ガジェットの魅力よりもコンテンツだったなあと思うのです。
今、AIプログラムを導入すれば、端末を使うのがとりあえず楽しい子どもたちの学習意欲は一時的に上昇するでしょう。
しかし、それはどの程度持続するものなのか?
そもそも、我々大人がウキウキするほど、彼らは端末にウキウキしてくれるのでしょうか?
AIに興味津々なのは、自分が子どもの頃にそんなものが存在しなかった大人たちであって、子どもは案外冷静な反応を示すかもしれません。
結局、何で学ぶかではなく、何を学ぶかだと思うのです。

さて、最後にリーディングスキルテストの解答を。
正解は、①デンプン です。
正解されましたか?ヽ(^。^)ノ



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