たまりば

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2018年02月19日

伊予ヶ岳と富山を歩いてきました。2018年2月。


2018年2月18日(日)、千葉県の山、伊予ヶ岳と富山を歩いてきました。

今年は、大学受験生3人、高校受験生3人、中学受験生1人の合計7人の受験生が在籍し、未曾有の忙しさでした。
今週の都立高校入試を前に、全ての受験生が卒業します。
うちの塾は、受験の際にいったん全員が卒業し、その後、新生活が落ち着いて再び通塾を希望される人はまた通い始めるシステムをとっています。
一挙に7人が卒業するこの春、入試の結果はまだ出揃っていないけれど、とりあえず自分への慰労会を行おう。
というわけで、今回は、春の房総、楽ちん山歩きです。

新宿7:50発の特急新宿さざなみ1号・館山行きに乗車。
新宿始発ですので、自由席でも楽に座ることができました。
この電車一本で、目的の岩井駅に着きます。
電車はスカイツリーと別れを告げ、東京から千葉へ。
五井駅の先で車窓から富士山が見え始めました。
まだ海は見えないのですが、風景から海が近いことは感じられます。
そして、浜金谷駅の手前でついに東京湾が見え始め、その向こうに富士山。
千葉で見る富士山もまた良いものですね。
意外に大きく見えます。

岩井駅。9:51。
改札を抜けるとすぐ、駅前に黄色い小型バスが停まっていました。
これが「トミー号」。
どこで下りても200円のコミュニティバスです。
休日には、このバスが伊予ヶ岳の登山口「天神郷」に停車してくれます。
「伊予ヶ岳に行くのはこのバスですか」
そう尋ねて乗車したのが良かったです。
「次は〇〇です」
という放送もアナウンスも全くなかったのですが、バスは天神郷ですっと停車。
「伊予ヶ岳でしたね?こちらです」
と運転手さんが教えてくれました。

天神郷。10:26。
そこは平群天神社(へぐりてんじんじゃ)の前でした。
ガイドブックの通り、バス停から大鳥居をくぐり、まずは神社で安全登山を祈りました。
神社の左に舗装された細い道があり、それが登山道の始まりです。
最初の道しるべまでが遠いので、この道で良かったのかなと思うのですが、1本道しるべが現われると、その後は道しるべが随所に立っていました。
道は半舗装から、やがて山道に変わります。
よく整備されたハイキング道でした。
この季節なのに、山は緑。
照葉樹に覆われ、樹木の下にはシダ類が繁茂しています。
空は快晴。
風もなく、暖かい。
気持ち良く展望台へ。11:00。
あずまやもありますが、木段を少し上がった先は見晴らしのよい展望台でベンチとテーブルが置かれてありました。
ひと息ついて、さて、伊予ヶ岳の山頂を目指します。
「ハイキング道はここまで。この先、非常に危険です」
といった掲示がありました。
鎖場の始まりです。
鎖場といっても、かかっているのは太いロープでした。
道はジグザグに曲がりながら山頂に続いているのですが、そのジグザグが全て鎖場でした。
ホールド・足場は豊富ですが、なかなかの傾斜です。
ジグが鎖場。
ザグも鎖場。
次のジグも鎖場。
次のザグも鎖場。
その連続で、ついに頂上まで鎖場は続いていました。(+_+)
今日は、慰労ハイキングだったんだけどなー。
伊予ヶ岳って、こんなに険しかったかなー。
山頂までの10分間、ずっと鎖場でした。

帰って自分の登山記録を読み返したところ、伊予ヶ岳に前回登ったのは2004年。
そのときの感想は「山頂付近は岩場。そんなに難しいところではなかったが、もたついた」
とありました。
もたついてるんじゃん、自分!
だったら素直に「難しかった」と書きなさい。(^-^;

ともかく、山頂。11:10。
突端は鎖で覆われ、独りだけが立つことができます。
順番を待って、突端へ。
群青色の東京湾。
その向こうに富士山と伊豆の山々。
間近に、これから行く富山(とみさん)。
晴れ晴れとした眺望でした。

さて、この山頂は南峰です。
伊予ヶ岳は双耳峰。
一応北峰も往復してきました。
途中の見晴らしの良い場所、そして北峰の山頂から、南峰の突端の様子がよく見えます。

往復して再び南峰。11:30。
下山は同じ鎖場を下る以外に道がありません。
下りようとすると、小学生くらいの女の子が、がんがん近づいてくるので道を譲りました。
活発な子のようで、こういう子に煽られながら鎖場を降りるのは厄介です。
後から来た、その子のお父さんと妹さんにも道を譲りました。
この妹。
活発なお姉さんと多分1歳違いくらいの小学生で、もしかしたら双子かもしれないですが、こちらは大変臆病な様子でした。
鎖場手前の坂を立って降りられず、お尻をついてズルズルと下山。
お父さんがフォローしますが、鎖場ではロープにしがみつき、なかなか足を次の場所に移せません。
その間も、活発な姉は、ガンガン先に行ってしまいます。
これから登るために途中で待機していた人が、お父さんに、
「あの子、前向きに降りて、1回転して落ちましたよ。下にいた人が受け止めてくれたけど。怪我していないか後で見てあげて」
と話しかけていましたが、お父さんは、
「あ、そうですか」
のみ。
あれ?
ありがとうもすみませんもないのですね。
私も、女の子に、
「落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だよー」
と声をかけたのですが、返事はなかったです。
止めても先に行ってしまう子と、なかなか降りられない子と、2人を1度に見るので、お父さんもパニックを起こしていたのかもしれません。
そんなわけで、鎖場、大渋滞発生。(^-^;
渋滞に業を煮やした人が、ロープを使わずに降りてきたりしますが、渋滞の発生源が小学生の女の子だとわかると、文句も言えず、そこで棒立ちです。
その子を脅かすことになりそうで、ロープを使わずに抜き去ることもできません。
結局、鎖場の下りに30分かかってしまいました。
とはいえ、その間、ホールドの様子やロープの様子などをよく観察できたので、落ち着いて下ることができたから、私としてはまあ良かったと思います。
あのとき、あの活発な女の子に道を譲らなかったら、1回転した子が私のところに落ちてきたかもしれないので、むしろ、私は運が良かったのでしょう。

そんなわけで、展望台まで戻ってきました。12:00。
来た道をさらに少し戻ると、分岐の道しるべがあり、その通りに「富山」を目指します。
落ち葉が少し積もっていて柔らかく、今までの道よりも歩く人は少ないのかもしれませんが、やはりよく整備されているハイキング道でした。
道しるべの通りにどんどん降りていくと、再び舗装された道に。
さらに下りていくと、県道89号に突き当たりました。
この道は、どっちに曲がるのかな?
感覚的には右のようなのですが、ここ、左でした。
道路の向かい側に道しるべがありました。
ちょっと見えにくいのが難点です。

そこから100メートルでV字に戻るように右の登り坂へ。
坂道を登っていくと、平らな農道に出ました。
舗装はされていますが、車はほとんど通りません。
前方に目指す富山。
振り返れば、下りてきた伊予ヶ岳の岩峰。
足許には水仙、タンポポ、オオイヌノフグリ。
春の里道は、長さを感じませんでした。

再び車道に突き当たります。
ここもよく周囲を確かめると、道路の向かい側に道しるべがありました。
その通りに左折し、10m先をV字に右へ。
その坂道が、富山への登山道の始まりでした。
富山への登山道は山頂近くまで舗装されています。
車も上がれる広い登山道でした。
分岐のあずまや。13:20。
ここで道は南峰と北峰に分かれます。

2004年に来たとき、南峰は荒れていて眺望もなくがっかりした記憶があったので、まずはがっかりな南峰を片付けましょう。
舗装はそこで終わり、土の道はクッションが効いて歩きやすかったのですが、そこかしこに「スズメバチ注意」の看板がありました。
今は冬だからいいですが、この道、夏から秋に行くべきではなさそうです。
そして最後の石段を登ってたどりついた南峰の地蔵堂は、移転は終わっているのか廃屋になっていました。
それでも一応手を合わせ、その先に続く踏み跡をたどると狭い山頂です。
展望台があるのですが、育った樹木が眺望を塞ぎ、ここも廃墟の様相でした。

来た道を戻ります。
観光地によくある「愛の鐘」を一応カンと鳴らし、あずまやに戻りました。
さて、北峰。
木材に似せた人工物で土止めされた階段道が山頂まで続いていました。
山頂は、階段の右手。
山頂標識と三角点があるだけで、狭く、眺望も良くありません。
しかし、山頂の左手に、平らな園地が整備されていました。
展望台も設置されています。
そこに登ると、素晴らしい眺望が広がりました。
うねる房総の山々。
その向こうに青く輝く東京湾。

園地には、大きな石碑がありました。
皇太子様ご夫妻の登山記念碑でした。
平成11年とのこと。
ああ、だから「愛の鐘」もあったのかなあ。
園地にはベンチやテーブルも並んでいました。
その1つに座って遅い昼食。13:40。

さて、下山。
まずはあずまやに戻ります。
そこから南峰へ少し行くと分岐があり、「伏姫籠窟」の道しるべに従って山道を進んでいきました。
道はすぐに木段に変わり、段差の大きい木段が延々と続きます。
木段の下りは疲れるけれど、これが整備される前は急坂が延々と続いたのでしょうから、それを思えば有難い。
どんどん下っていくと、舗装された道に出ました。
舗装された下り道をさらに進みます。
基本は道なりに直進ですが、わかりにくいところには道しるべがありました。

伏姫籠窟。14:35。
立派な門構えです。
門前にはトイレ。
観光名所ですが、入場無料です。

さて、伏姫とは誰か?
滝沢馬琴『南総里見八犬伝』のヒロインです。
私の世代ですと、NHKが放送した人形劇『新八犬伝』を覚えている方が多いと思います。
月曜から金曜まで、毎日15分放送されていた人形劇です。
人形製作は辻村ジュサブロー。
ちょっと怖いくらいに精巧で豪華な人形でした。
進行は坂本九さん。
黒子の服を着て、ときどき顔も出しましたね。
夕方6時台の放送で視聴率は20%を越えていたそうですから、いかに人気があったかがわかります。
私もほぼ毎日見ていました。

ここで『南総里見八犬伝』のあらすじを。
時は室町時代後期。
安房の里見義実は、滝田城主を討った逆臣の妻の助命を一度は約束しながら、家臣に諫められ、言を翻す。
逆臣の妻、玉梓は「里見の子孫を畜生道に落とす」と呪詛の言葉を残し斬首された。
時は下り、里見領の飢饉に乗じて隣国が攻め寄せる。
落城を前に、里見義実は飼い犬の八房に、敵景連の首を取ってきたら娘の伏姫を与えると戯言を口にする。
八房は約束通り首を取って戻り、伏姫を背に乗せて富山へ消えた。
富山で伏姫は読経の日々を過ごし、八房が負っていた呪詛は消えたが、伏姫奪還のため富山に入った里見義実と家臣金碗大輔の前で伏姫は割腹する。
その傷口は白い光を放ち、伏姫の数珠は空中高く飛んだ。
「仁義礼智忠信孝悌」の仁義八行の文字が記された八つの大玉は、光りながら八方に飛散。
金碗大輔は責任を感じ自決を試みたが、義実に諫められ、僧侶となり関八州に散った八つの玉を探す旅に出る。

時は下り。
仁義八行の玉を持って生まれついた八人の若者たちは、数奇な運命にもてあそばれながら、一人また一人と出会い、互いが義兄弟であることを知っていく。
物語は関八州を離れ、甲斐へ、越後へ、京都へと広がっていく。
その頃、関東管領扇谷定正は里見討伐を画策していた。
里見家存亡の危機に、八犬士が集結。
ここに物語はクライマックスを迎える・・・・・。


滝沢馬琴のこの壮大な物語は『ドラゴンボール』を始め、今も多くの小説・マンガ・ゲームに影響を与えています。
物語の枠組みの大きさ。
いくらでも展開を広げられる豊富な登場人物。
因縁の奇譚の面白さ。
わくわくが止まりません。

それにしても、『南総里見八犬伝』はフィクションなのですが、何で伏姫が籠った洞窟が実在するのでしょう。
洞窟が先か、物語が先か。
誰が何の目的でこの洞窟を掘ったのか。
虚構と現実を楽々と越えていくこの洞窟の意味するものは何なのか。
門を抜け、木段を登り、解説板を熟読し、洞窟をつくづくと眺め、中を覗き込み、なかなか立ち去れませんでした。
物語の聖地巡礼なんてやったことがなかったけれど、やる人の気持ちが少しわかりました。
ヽ(^。^)ノ

さて、伏姫籠窟からは、先ほどまでの進行方向そのまま、舗装された道を下っていきました。
富山中学校の前の三叉路を左折。
道は国道285号線に突き当たりました。
そこを右へ。
あとは、ひたすら直進です。
内房線の踏切を越えてすぐ、細い道を右に入ると、ほどなく岩井駅でした。15:30。
駅の少し手前に、伏姫と八房の銅像がありました。
八房がちょっと小さいかなあ。
神犬八房は、もっと巨大なほうがいいなあ。
でも、室町時代の日本にそんな大型犬がいるわけがないので、まあこれで良いのかな。
観光シーズンではないので、駅前の店は全部お休みでした。
ビールを買う場所もありません。
ソフトドリンクの自販機ならありました。
早めにホームに上がり、ベンチに座ってのんびり過ごしました。
特急新宿さざなみ4号。16:14発。
帰りも座れました。
だんだんと陽が暮れて、車窓から大きな夕陽が見えました。
新宿着。18:07。
速いなあ。
房総、近いなあ。

特急だもの。
ヽ(^。^)ノ




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