たまりば

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2020年01月12日

つるかめ算と連立方程式。




小学校で学ぶ算数と、中学から学び始める数学は、違う構造をもっています。
例えば、代数の分野でいうと、文章題を解く場合、小学校の算数は、答えを求めるための式をたてます。
子どもたちは、問題を最後まで見通して、答えを求める式をたてなければなりません。
言い換えれば、最後まで見通すことができない子は、文章題の式をたてることをあきらめてしまいます。

ニュートンは、こういっています。
「算数では、与えられた量から求める量へと進んでいって問題が解けるのに比べて、代数は、逆の方向に進む。つまり、あたかもそれをよく知っているかのように、求める量から出発して、すでにわかっている量へ進んでいく」
連立方程式の文章題を例にとって考えてみます。

問題 ある展覧会の入場料は、大人1人250円、子ども1人100円である。ある日の入場者の総数は170人で、入場料の合計が27200円であった。この日の大人と子どもの入場者数をそれぞれ求めなさい。

小学校で学ぶ普通の算数では、この問題は解けません。
最後まで見通し、大人と子どもの人数を求める式をたてることが、この問題の構造では難しいからです。

しかし、中学で学ぶ数学ならば、これは、解けます。

求めたいものを x や y にすれば、式はたちます。
文章の流れにそって式をたてるだけ。
いわば、日本語で書かれた文章を方程式に翻訳する作業です。

大人の人数を x 人、子どもの人数を y 人とする。

 x+y=170          ・・・①
 250x+100y=27200  ・・・②

加減法で解きましょう。
①の式を100倍すれば、y を消すことができます。

①×100-②

   100x+100y=17000
 -)250x+100y=27200
 -150x      =-10200
           x=68 ・・・③

③を①に代入して

 68+y=170
     y=102

よって、x=68 , y=102

  大人68人、子ども102人


ところで、この問題、ふつうの小学生は解けませんが、これを方程式を使わずに解くのが、「受験算数」と呼ばれる私立中学を受験するための特別な算数です。
いわゆる特殊算。
その中で、これは、「つるかめ算」と呼ばれるものです。

「池に鶴と亀がいて、足の合計は何本、頭の合計は何個。鶴は何羽、亀は何匹いるか」というのが、江戸時代からのこの問題の古典的構造なので、「つるかめ算」と呼ばれています。

問題をもう一度確認しましょう。

問題 ある展覧会の入場料は、大人1人250円、子ども1人100円である。ある日の入場者の総数は170人で、入場料の合計が27200円であった。この日の大人と子どもの入場者数をそれぞれ求めなさい。

大人と子ども、どちらに揃えても、最終的には同じ答えが出ますが、今回は子どもに揃えてみましょう。
入場者を全員子どもだったと仮定します。
入場者の総数は170人ですから、入場料の合計は、
100×170=17000 (円)
現実の合計とは差があります。
現実との合計料金の差は、
27200-17000=10200 (円)
その差は何で生まれたものかというと、全員を子どもと仮定したからです。
大人と子どもの1人分の料金の差は、
250-100=150 (円)
ですから、子ども1人を大人1人に置き換えると、合計料金は150円ずつ増えて、現実に近づいていきます。
では、何人分を大人に置き換えたら、現実の合計料金と同じになるでしょう。
10200÷150=68 (人)
つまり、大人は68人。
では、子どもは、
170-68=102 (人)

この解き方が、つるかめ算です。

このように式だけで解いていく方法の他に、つるかめ算は面積図を用いて解く方法があり、今はそれで教えるのが主流です。
考え方の根本は、式だけで解いても面積図で解いても同じです。

なぜ小学生にこのような解き方を教えるのかというと、まだ定まっていないものをxやyとして方程式を立てるということが、子どもには理解しづらいことだからです。
大人が「え?こんなことが理解できないの?」と思うようなことが、子どもには理解できないことがあります。
発達段階の過程で、理解できないこともあるのです。
子どもは、身長・体重はそれなりに増え、口のきき方も大人と対等になっていたりしますが、頭の中はまだ混沌としています。
非常に主観的で、論理性に欠けます。
客観的なこと・論理的なこと・抽象的なことは受けいれられず、具体的なこと・即物的なことしかわかりません。
意味不明で幻想的なことのほうにリアリティを感じたりもします。

方程式は、もう少し成長しなければ、理解できないのです。
中学生になれば誰でも理解できるのかというとそうでもなく、本人の発達段階によっては、中学生でも、解き方の丸暗記はできるとしても、なぜそれで解けるのかは理解できない場合もあります。
なぜそれで解けるのか理解できないので、文章題を読み取って自力で立式し計算することはできません。
「文章題が苦手」という漠然としたことではなく、理解できないんだから仕方ない、ということもあると思います。



写真は、東京都神津島。2006年春撮影。

  


  • Posted by セギ at 13:47Comments(1)算数・数学