たまりば

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2019年10月07日

叱るよりも、支えること。


もう何年も前のことになりますが、高校生に学校の英語のサイドリーダーの読解を授業でやってほしいと頼まれたことがありました。
授業をするには、そのサイドリーダーの本文が必要です。
しかし、サイドリーダーは、学校販売のみで、個人が書店やネットで入手するのは難しい場合がほとんどです。
本文が私の手元にないのでは授業がしづらい。
授業前に下調べをすることもできません。
重要表現をまとめたり、重要文の暗唱のためのプリントを作ることもできません。

「サイドリーダーをコピーして持ってきてください。1度に全部コピーしてきてくれると嬉しいけれど、まずは第1章だけでもいいよ」
そのように、その高校生に話しました。
しかし、翌週、その子はコピーするのを忘れてきていました。

その翌週も、その子はコピーを持ってきませんでした。
それだけでなく、
「コピーがなくても良くないですか?」
と言い出しました。
なぜコピーが必要なのか、最初に説明したのですが、一度では理解できなかったようです。
もう一度、
「1冊しかサイドリーダーがないんだから、私が逆さに英文を読まないといけないでしょう。中学の教科書のような、字が大きくて簡単な内容なら平気だけれど、この字の小ささで、この内容を逆さに読むのは無理ですよ」
と私が説明すると、その子はがっかりした顔をしました。
このセンセイはそんなこともできないのかと、少し笑っているようにも見える表情でした。
そこで、サイドリーダーを私が読みやすい向き、つまり生徒には逆さに向けて、
「ずっとこれで授業しますが、これで大丈夫ですか?」
と尋ねると、
「大丈夫」
と言うのです。
私が逆さで読めない英文を、その子が逆さで読めるわけがなかったのですが。
それでは自分の勉強にはならないということに気づかないのでした。
「私の手元にコピーがなかったら、重要表現をまとめたプリントや予想問題を作ることもできないですよ」
と説明しても、
「どこがテストに出るのか、口で説明してくれればいい」
と言い出すので、頭を抱えました。
教材研究の時間を私に1秒もくれる気がない。
その必要性を想像できないようでした。
結局、私のほうにサイドリーダーを向けたまま全訳し、ここの表現は重要だねと次々指摘しました。
5分ほどで、その子はギブアップしました。

コピーがなければサイドリーダーの授業は無理です、来週はコピーを持ってきてねと頼んだ、その翌週。
ようやく、その子は、コピーを持ってきました。
「すっごく大変だった」
と愚痴をこぼしながら手渡してくれたコピーは、1ページ目は曲がって左端が大きく欠け、2ページ目はぼやけて文字が見えませんでした。

生徒が持ってくるコピーは、多少曲がっていようが、汚れていようが、必要な部分が読み取れれば良いのです。
しかし、英文の左端が大きく欠けているコピーとか、ぼやけて文字が判読できないコピーは、さすがに使用に耐えるものではありませんでした。

なぜそのようなことが起きたのか?
その子は、家庭用プリンタでコピーしてきたのでした。
家庭用プリンタは、コピー機としての性能は低いです。
業務用のものと比べると解像度が低いので、文字がぼけやすいのです。
1枚の書類をコピーするのはまだ楽ですが、本をコピーする場合には、手でしっかり本を押さえ、光が通り過ぎる間、その状態をキープする必要があります。
しかし、その子は、本をガラス面に置くと手を離し、プリンターの蓋をしてコピーボタンを押したのでしょう。
手を離した瞬間に本は位置がズレ、浮き上がって文字はぼけ、使い物にならないコピーになったようです。

初めてコピーをとるときは、高校生でもそんなふうなことがあります。
「コピーもろくに取れないのかっ」
などと叱る必要はなく、やり方を知らないだけです。
ただ、出来上がった失敗コピーを見て、これは取り直しだとなぜ判断できなかったのか?
コピーするという作業が目的にすり替わってしまい、文字を読み取れるコピーでなければ意味がないということが理解できなかったようでした。

「これ、家のプリンタでコピーしたの?これじゃ読めないですよ。家のプリンタは上手くコピーできないでしょう?」
「すごく難しかった」
「コンビニのコピー機でコピーしたほうがいいですよ。来週までに取り直してきてください」
そう頼むと、しかし、その子の顔は曇りました。
「・・・お金が勿体ない」
「家のプリンタも紙代とインク代がかかるんですよ。特にインクは高い。1枚あたりにすれば、コンビニのコピーと大差ない金額になります」
「え?そうなんですか」
「お母さんに話して、コピー代を、お小遣いと別にもらいなさい。何なら、私からお母さんにメールするよ」
「いや、それはいい。お金が勿体ないと言ったのがわかったら、怒られる」
しかし、顔は曇ったままです。
「うん?あとは何が問題?」
「コンビニのコピーのやり方がわからない」
「・・・じゃあ、お母さんに頼んで、一緒にコンビニに行ってコピーの取り方を教えてもらうといいよ」
「・・・」
もはや、それは嫌だという反応もなくなったのは、失敗しているという実感が自分でもあったからでしょうか。

その翌週。
B4版の美しいコピーの束を、その子は持ってきました。
ただ、1枚目を見た瞬間に、異常に気づきました。
文字が原本よりも大きく、その一方、上下左右に余白がなく、ページいっぱいに文字が広がっていたのです。
本文のみを最大限に大きくする拡大コピーがされていたのでした。
「お母さんが、凄く難しかったと言っていた」
「・・・」
余白がないように拡大コピーしたので、ページを示す数字はカットされていました。
ページ数の記載がないコピーが40枚ほど。
うっかり落として、紙をバラまいてしまったら終わりです。
恐ろしいものを受け取ってしまいました。


それにしても、なぜお母様は、拡大コピーをしたのでしょうか。
余白なく、しかし本文は確実に入るよう拡大コピーするには、拡大率をあれこれ考え、数枚は試して、ようやく出来たと思うのです。
拡大コピーなど頼んでいないのに、何でそんなことになったのでしょう?

推測するに、
「こんなに小さな字のサイドリーダーを逆さに読むことはできない」
「このコピーは、字がぼやけていて読めない」
と私が言ったという情報が、少し曲がった形でお母様に伝えられたのではないかと思うのです。
そう言えば、塾のブログも何だか字が大きかったような気がする。
もう1つ。
お母さんに頼んで、一緒にコンビニに行ってコピーしなさいと私が言ったことが、お母様には理解しかねることだったのではないかと思うのです。
何で私がやらなければならないのだろう?
なぜ、子どもがやるのではダメなのだろう?
何かとても難しいことを要求されて、だから私の助けが必要なのかしら?
切れ切れの情報を統合した結果、お母様の判断は、
「字が小さくて読めないからセンセイが困っていて、だから拡大コピーが必要なのだろう」
というものになったのでしょうか。

字が小さ過ぎて読めないっ。

いやいや、本当にそんなことなら例のルーペを買います。
逆さに読むのでなければ、小さい字でも読めるのです。
そんなことよりも、ページ数の情報のほうが、コピーには重要です。

そのお母様は、自分がコンビニでコピーを取らねばならない理由を、自分の子どもに原因があることと考えれられず、外部に理由を求めた。
高校生である自分の子どもがコピーを取れないことなど想像もしなかったので、私の老眼を疑うほうに発想がいってしまったのだと思うのです。


こんなのは笑い話ですが、このような「伝言ゲームの失敗」は、塾ではときどきあります。
大きな理由の1つは、保護者が見ているお子さんと、私が見ているその子とは、見え方がかなり違うということ。
家庭内ではしっかりしていても、外の世界で起こることには上手く対応できない子もいます。
「もう中学生だから、もう高校生だから、大丈夫」
と保護者の方は思っていても、新しいことへの対応力に乏しい子もいます。
そこに、子どもの口から語られるあやふやな情報が加わると、こうした「伝言ゲーム」が起こります。

家庭内では、子どもは生まれ育った安全な空間の中でルーティンで生活していますので、それなりにしっかりしているように見えるのかもしれません。
親に対して一人前の口をきくこともあるでしょう。
しかし、未経験のこと・新しいことに上手く対応できない。
それだけでなく、当然その年齢ならばできるだろうと期待されていることを上手くできない傾向がある。
そういう子が今は多いです。
そのことに親は気づかない、ということがあるのかもしれません。
その子が不器用であることよりも、その子の不器用さを保護者が気づいていないことのほうが根深い課題であると感じることがあります。
必要なサポートがされないからです。

忘れ物が多い。
何が宿題に出されたのか忘れてしまう。
メモをしても、そのメモを後で見ることを忘れてしまう。
メモを失くしてしまう。
学校の定期テスト日程を把握していない。
テスト範囲を把握していない。

失くし物も多い。
塾で渡したプリントを、翌週には失くしてしまう。
しばらく使っていなかった冊子テキストは、ほぼ100%失くしてしまっている。
学校のワークや問題集の解答集を失くしてしまうこともあり、学校の宿題を提出したい気持ちはあっても、解答がないので丸つけして提出することができない。
解答集だけでなく、ワークや問題集本体も、失くしてしまうことがある。
学校の机の中かロッカーか、散らかった自分の部屋のどこかにはある。
でも、どこにあるかはわからない・・・。

定期テストが終われば、問題用紙を学校の机かカバンの中に突っ込んでしまい、そのまま失くしてしまう。
「テストを持ってきてね」
と頼んでも、答案用紙が返却された頃には問題用紙を失くしているので、セットで塾に持ってくることができない。


コピー取りが上手くできなかったその子も、そういう傾向がありました。
塾に持ってくる物の把握を上手くできませんでした。
持ってくるものリストを作ってあげても、それを見てチェックすることも忘れてしまうので、結局リストも役に立ちません。
教材不足の中で授業を成立させるのに苦慮しなければならない日も多くありました。
宿題を解いたノートと、宿題に使ったテキストだけを持ってきて、あとは全部忘れてくるのです。
宿題をやったときは、宿題のことだけで頭がいっぱいになってしまうようでした。
他の教材を全部忘れてきているので、宿題の答えあわせが終わると、では授業は何をするの?という状態になってしまうのでした。
あるいは、その日、自分が勉強したい学校の教材だけを持ってくることもありました。
宿題はやってきたの?と尋ねると、そう言えばそんなものがあった、と驚いた顔をしていました。

また、定期テスト前はテスト対策を2週ほどします。
そうすると記憶がリセットされてしまうのか、テストの翌週は、筆記用具しか持ってこなかったこともありました。
塾に何を持ってくればいいのか、わからなくなってしまったようでした。
そうしたことが繰り返されていました。
高校生です。

コミュニケーションがとりづらい。
私の要求していることが上手く伝わらない。
スケジュールの管理・物の管理が上手くできない。
不器用で、色々なことにつまずき、それが学習に影響している・・・。


もう1つ驚いたことがありました。
私は、ひと月ごとにまとめて授業の内容をメールで報告しています。
その指導レポートの送り先として登録されていたメールアドレスは2つあり、お母様のアドレスと、もう1つはその子本人のアドレスだったことが、レポートを送り始めて数か月後にわかったのです。
勉強のことで参考にするのは本人なので、本人が読むのが良いと思ったというのでした。

お母様が、その子のことをそんなにも信用し、大人のように扱っていることに、私は心底驚きました。
小学生ができることをできないでいる高校生を、大人と同じように扱っている・・・。
テスト範囲を把握できないことも、持ち物を管理できないことも、その子の自覚に任され、家庭内で補助されていないのではないか?
その一方、学校の成績が良くないことだけは問題視されているとしたら・・・。

ちょっとだらしない性格傾向はあるけれど、能力の問題ではないと思われているのではないか?
テスト範囲がわからなくても、教材の管理ができなくても、それは大きな問題ではないとされているのではないか?
ただ、その性格は直したほうが良いので、ときどき、両親が叱る。
部屋が散らかっていること。
テストの点数が低いこと。
叱って直させたいと思っているが、根本の解決には至らない・・・。
そうなのだとしたら・・・。

テスト日程やテスト範囲が把握できない。
教材の管理が上手くできない。
この2点は成績に大きく影響します。
過保護になってはいけないと、物や情報の管理を子どもに任せ、失くすに任せていては、そのままです。
そのように信頼しているのなら、子どもの成績についても子どもの自覚に任せたほうがいいです。
それはできず、口を出す。
口を出すが、助けない。
ときどき、わっと叱る。
叱るわりに、その子の課題が見えていない・・・。
むしろ、課題があることなど認めたくないから、その子を一人前の大人のように扱っているということはないのだろうか。


他人ごととして読むと「その子は発達障害なのかしら?」という疑問が浮かぶかもしれません。
しかし、実際に発達障害と診断されていたり、グレーゾーンとされている子の指導もしてきましたが、彼らは、情報や持ち物の管理はしっかりしていました。
この子のどこがグレーゾーンなのだろう?と、むしろ疑問に思うことのほうが多かったのです。
高知能であることも多く、望む大学に進学していきました。
ご両親が専門家と連絡をとり、勉強し工夫して子育てをされてきたからだと思います。

むしろ、そのような診断をされていない子に、上のような状態の子が多いと感じます。
物や情報の管理ができないのは、本人がだらしないから。
勉強ができないのは、努力が足りないから。
性格的にだらしないだけで、やればできるはずだ。
叱れば直るはずだ。
とされてしまうこともあると思います。

グレーゾーンの一歩定型側は、グレーゾーンとどこが違うのでしょう?
全てはグラデーションで、線引きなど本当はできないのではないでしょうか。

ただ、他人ごととしては「発達障害の傾向があるのかしら?」で済むことも、保護者にとっては決して認められない場合もあると思います。
実際、そのような診断は受けていないのだから認められるわけがない。
事実として違う。
それだけでなく、わが子のことと考えると、そのような「レッテル」は受け入れられない。
その一言で勉強ができない理由を説明されてはたまらない。
他人のこととしてなら偏見なく受け入れられるけれど、わが子のこととしては、受け入れられない。
うちの子は、グレーゾーンではない。
ただ、だらしないところがあるだけ。
幼いところがあるだけ。
努力が足りないだけ。
それは直さなければならない。
本人にもっと自覚してもらわなければ。
・・・そういう考えになってしまう親を誰が責められるでしょうか。

そもそも必要なのは診断ではありませんでした。
グレーゾーンかそうでないかなど、その方面の専門家ではない私にとっては、何の意味もないのです。
ただ、課題は確実に存在し、それは、本人だけで解決できることではないように感じました。
叱ればきちんとできるようになるわけではないと思いました。
どうすれば教材を失くさないようになるのか。
どうすればテスト範囲などの情報を正確に得て、私に正確に伝えられるようになるのか。
どうすれば、必要なコピーを取って私に渡し、塾の授業をスムーズに受けられるようになるのか。

しかし、私もまたその子にとっては、ただ注意ばかりするだけの嫌な大人の1人なのかもしれませんでした。
その子が学校や家庭内で教材を失してくるのを、私は傍観することしかできません。
サイドリーダーのコピーを渡してくれるまでにひと月かかり、定期テストはおそらく目前。
詳しい日程はよくわからないし、テスト範囲もわからない。
学校の問題集はまたも解答集を失くしている。
テスト当日におそらく提出しなければならないだろう宿題のページもどこかわからない・・・。
それがテスト範囲そのものであるのは、他の高校の例から考えて確実なのですが、それがわからない・・・。
「とにかく解答集を探しなさい。それから、友達に、宿題のページを教えてもらいなさい。見つかったら、解答集は必ず問題集に挟み込んでおくんだよ。使ったら挟む、使ったら挟む。離しておいたら絶対なくなるから」
そのように助言しても、実際にその子がどこまで実行できるのか、傍にいて気にしてあげることはできませんでした。
1週間後、まだ解答集が見つからないこと、テスト範囲もわからないこと、テストはどうやら来週であることを確認し、注意するだけでした。
お父さんかお母さんが、その子と一緒にその子の部屋を片付けて、必要な教材を見つけてくれないかなあ・・・。
その子が友達に電話してテスト範囲やテスト日程を確認するのを傍にいてサポートしてくれないかなあ・・・。
そうした作業が確実に終了するまで、傍にいて面倒をみてくれないかなあ・・・。
たまにわっと叱るより、必要なのはそれだと思うなあ・・・。

そう思うなら、それを伝えればいい。
より具体的に解決策を提案してはどうだろう?

私は指導レポートに、上の件の他、物の管理の仕方の具体例をいくつか提示し、メールで送信しました。

その後、大きな変化が表れました。
ただし、私が提案したことは一切実行されませんでした。
しかし、教材を失くしてくること、忘れてくることは、ほとんどなくなりました。
また、テスト日程とテスト範囲だけは、変な例えですが「歯を食いしばるようにして」正確に私に連絡してくれるようになったのです。
そこが雑な間は、成績が上がるわけがない。
逆に言えば、そこが正確になったとき、それでも成績が上がらない理由は、後は、何があるのか?
そう反問されている、と感じるほどでした。
そう。
そこから先は、私の仕事でした。

なぜかはわかりません。
けれど、あのメールを境に、確実な支援がその子に入ったと感じました。
その子の意識も変わりました。
そして、成績は少しずつ上昇していきました。

想像するに、その指導レポートの提案のあまりの具体性に、お母様は違和感を抱いたのではないか?
そして、今度は、私の老眼を疑う方向には向かわなかったのではないか?
高校生の子どもに対し、まるで小学生にするようにあれをしてくれ、これをしてくれと、親にやけに具体的に要求するメールの意図は何なのか?
何か起きているのではないか?
ようやく、その違和感が伝わったのではないかと思います。

このセンセイ、目だけでなく、言うこともピントがズレてない?
そんなふうに思われる危険性もあったかもしれません。
良い感情はもたれなかったようにも思います。
けれど、成績は少しずつ上昇していきました。

  


  • Posted by セギ at 14:29Comments(0)講師日記