たまりば

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2011年09月01日

去年の防災の日に



去年の9月1日、私は、常念岳から蝶ヶ岳へとテントを担いで縦走していました。
山を歩くときは、よくAMラジオを聴きます。
その日は、どの局も、防災特番を1日中やっていました。朝、常念小屋のごつごつしたテント場での行動開始から、夜、下山した徳沢の居心地の良い草地のテント場まで、ほぼ1日中、防災特別番組を延々聞き続けた記憶があります。
そういえば、午後に、民主党の新しい代表を選ぶ、演説と投票の報道番組も少し入りましたっけ。長塀尾根の長い長い下り、クマザサの増えてきたあたりで、その番組を聴いた記憶もあります。でも、それ以外は、1日中、ずっと防災特番でした。

午前中は、たとえば、都会で大地震があった場合、地域の人とのつながりの濃い下町で暮らすのと、耐震構造に優れた高層マンションで暮らすのと、どちらか安全なのかといったことを考えていく番組でした。これには、正解はなく、こういう話題で議論をすることに意味があるという実践を学校などで行っている人をゲストに、その実践の様子を聞くことがメインでした。
私は、常念岳の岩場を上ったり下ったりしながら、目の前の眺望と不思議と違和感なく、ラジオの内容に聴きいっていました。
常念岳の岩場を下り終わり、樹林帯に入ったあたりで、ラジオ番組は変わり、津波に関する番組が始まりました。
たぶんチリ地震だったと思うのですが、津波の被害を受けた人と電話がつながっていて、キャスターは、その人と直接電話でやりとりしていました。
あるいは、長い体験文を読み上げる。
近所の人に声をかけ、また、高齢の家族を助けながら、ギリギリのところで津波を逃れた経験談が続きました。

津波。

そのときの私の心の内にあった「津波」のイメージは、今思えばバカな話ですが、ハワイでサーフィンをしている写真のような、しぶきをあげる高い波の、幼稚なイメージだったと思います。
それは、高波であって、津波ではありません。
でも、そんなことにも気がついていませんでした。
私は、実際の津波の映像を見たことがありませんでした。

蝶ヶ岳に向かう、晴れ晴れとした稜線に出た頃。
ラジオドラマが何話もまとめて放送されていました。
老人介護施設の臨時職員の青年を主人公としたドラマで、その施設に、津波がくるのだったと思います。
このドラマの途中で、私は、蝶ヶ岳ヒュッテに着き、ラジオをいったん消したので、そのドラマがどうなったのか、結末を聴くことはありませんでした。
津波のことを軽く考えている主人公が、その後、どうなったのか。

「ピーターと狼」の寓話のように、地震の度に出される空振りの津波注意報・津波警報で、津波のことを軽く考えるようになってしまう。
本当の津波を見たことがないので、なおさらに。
もちろん、高い防波堤を建設してあったため、大丈夫だと信じている人が多かったのですが。

テレビやインターネットに投稿された、一般の人からの多くの津波映像。
そこに録音されている撮影者たちの声は、津波が町を飲み込んでいくまでは、比較的のんびりとしていることが多かったように思います。
私だけではなかったのかもしれません。
「津波」という言葉は、もちろん知っていた。
だけど、それがどういうものであるか、本当は、知らなかった。
水の力があれほどのものであると、わかっていなかった。

津波の経験者は、1年前に、ラジオで、切迫した声で語っていました。
けれど、私は、それを何1つ理解できていませんでした。
津波を知らなかったから。
津波そのものがどのようなものであるか、説明を聞いたことも、映像を見たことも、1度もなかったから。
しかし、津波の経験を語る人は、まさか、聴く人がそのような状態であるとは思いもせず、相手が津波を知っていることを前提に体験を語ります。
体験の風化は、それを語れる人が減るからではなく、受け取る側と語る側との認識に大きなズレがあるから起こるのかもしれません。
「早く逃げなさい」と注意しても、伝わらない。
津波が、最初はどのように静かに迫ってくるか、そして、何が起こるかを知っていれば、注意されなくても、逃げるでしょう。

1年前のあの日、ラジオ各局は、1日中、防災特番を組んでいました。
ラジオは、災害にもっとも強いメディアであるという信念をもって。
でも、決定的に何かが欠けていたのかもしれません。
それは、私に知識が欠けていたからか。
それとも、訴える側が、聴く側の知識不足の根本を理解できていなかったからか。

今日、9月1日、ラジオは、普通の番組を流しています。
あの日は、本当に二度とない特別な日だったのかもしれません。

写真は、常念小屋のテント場から眺めた、朝陽に輝く槍ヶ岳と大キレット。
  


  • Posted by セギ at 14:54Comments(2)講師日記