たまりば

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お知らせ

2018年03月21日

学年末テスト結果集計出ました。2018年3月。




学年末テスト結果集計出ました。

数学 90点台 1人 80点台 2人 70点台 2人 60点台 1人 50点台 1人 40点台 1人
英語 90点台 1人 70点台 1人 

高校の数学は、2科目の平均点を結果としていますが、片方の科目で100点満点を獲得した人もいました。
前回のテストから+23点の人、+14点も人も。
学年末はテスト範囲が広く、得点しづらい範囲であることも多い中、大きな成果が出ています。
さあ、次は新学期です。


さて、着々と結果を出し続けるためにさらに精進しつつ、最近はなお、新学習指導要領とアクティブ・ラーニングのことを考えています。

先日、学者の人がツイッターで、こういうのがアクティブ・ラーニングだと説明しているのを目にしました。

「黒板に先生が文を書く。
『正方形の右に正三角形が2つ並んでいる』
これを表す図を描いてみましょう、はアクティブ。
『隣りの人と絵を交換して、合っているかどうか確認してみよう』
もアクティブ。
『合っているかどうかわからなかったのはある?』
黒板にその図を貼って、みんなで議論。十分アクティブ」

・・・・うわあ・・・。( 一一)

何というか、過去のトラウマに襲われ引きずり込まれるような恐怖感があります。
そうそう。これ。
これが、アクティブ・ラーニングです。
私が中学生の頃、毎日毎日、学校で受けていた授業です。

ツイートはさらに続きました。
「先ほどの問題。
□△▽や◇▽▽について
『間違っている』
『よくわからない』
に手を揚げる子は当然予想されて、
『合っていると思います』
という子と議論になる。
それで『正方形とは何か』『正三角形とは何か』というまさに『定義とは何か』を学ぶことになる」

・・・うわあ。(T^T)
いやだいやだ。

「わあ、面白そう。そういう授業を私も受けたかったなあ」
そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、それは、今、大人として、上のような平易な課題を見るからではないでしょうか。
正しい結論がすぐにわかりますから、議論に参加できそうで「面白そう」と感じるという側面はないでしょうか。
知識も判断力も小学生に戻って、学校でその課題を与えられる幼い自分を想像してみてください。
そのストレスの大きさを想像してほしいのです。
正解がわからない議論に常に参加していくプレッシャー。
何が最終目的なのかわからない課題を積極的に解決していかなければならないプレッシャー。
子どもには、先生の意図や、この学習の真の目的は、見えないのです。
謎解きの喜びと同じだけ、恐怖と困惑を伴う学習です。


そもそも、子どもというのは案外保守的で、固定観念が強いものです。
上の課題が与えられて、◇▽△という、先生が歓喜するような非凡な図を描く子は、ほぼいないと考えたほうが良いでしょう。
賢い子は、「□△△」という平凡な正答の図を描くと思います。
一方、「△□□」などの明らかに間違った図を描いてしまう子も多いかもしれません。
そして、間違った図を描いた子の中で、自分の間違いにすぐに気がついた子は、間違ってしまった恥ずかしさから立ち直るのに時間が必要です。
その精神状態で、後の議論に参加するのは難しいかもしれません。
もっとまずいのは、間違った図を描いて、隣りの子にバツをつけられても、なぜ間違っているのか理解できない子が一定数いると予想されること。
間違いを具体的に指摘されても、なぜ間違いなのか理解できない学力層の子が存在することです。

「△□□」の図が間違っていることに本来議論の余地はないのですが、間違っている子が多ければ、それも議論しないわけにはいきません。
しかし、それは、その授業で予定していた学びとは違うでしょう。
先生はそれを上手く避け、議論をコントロールしなければなりません。
予定していた学びとは異なる、つまらないミスによる間違いに関する議論は手短に行われるでしょう。
間違った図を描いたのに、それのどこが間違っているのか理解できない子は、そこで授業に取り残されます。
その先の議論に参加できません。
その後の議論など耳に入らず、自分の間違った図をぼんやり見つめるだけかもしれないのです。
そして、その子のノートには、△□□という謎の図が残されます。
家庭で、保護者の方が、
「今日は学校で何を勉強してきたの?」
と尋ねても、
「わからない」
以外の応えは返ってこないかもしれません。
ノートを見ても、謎の図しか残っていません。
アクティブ・ラーニングには、そうなる危険性があります。

興味深く議論の題材になるような非凡な図を生徒が描く可能性は低いです。
賢い子たちは、□△△という、わかりやすい正解の図を描くでしょう。
しかし、それでは、議論になりません。
ですから、先生は、あらかじめ用意していた図を黒板に貼ることになるでしょう。
▽△ の図です。
さて、これは正しい図でしょうか?
「正方形の右に正三角形が2つ並んでいる」
この図は、それを正しく示しているでしょうか?
正しいと思う人と思わない人に分かれて、議論が始まります。

この図を「間違っている」と考え、しかも積極的に議論に参加してくれる生徒は、この授業にとって貴重な存在です。
この図を間違っていると思う生徒の学力評価が下がることはありません。
むしろ、議論の途中で思考が深まり、劇的に考えが変わっていくなら、先生は特にその子を高く評価する可能性があります。
しかし、秀才たるもの、最初からこんなことはわかっていることを周囲に示したい。
最初から、正しい答えを選びたい。
間違った判断は最初からしたくない。
そんなこと、本当は誰も気にしていないのに、それを気にして立ち回り、疲れ果ててしまう子もいるでしょう。
こうした学習が、秀才にとってストレスであるのは、そうした点です。

繰り返しますが、大人にとっては、□も◇も正方形、△も▽も正三角形であることは自明の理です。
正解がわかり、道筋がわかるから、この議論に参加するのは楽しいことに思えます。
□も◇も正方形であることを理解することから、正方形の定義というものに考えが至り、さらには定義とは何かまで学習を深めていくのだ。
凄いなあ。
楽しいだろうなあ。
アクティブだなあ。
アクティブ・ラーニングっていいなあ。
そんな授業、私も受けたかったなあ。
そう思うかもしれません。

しかし、高等数学で、イエス・ノーの課題を与えられ、意見を言えと要求される自分を想像してみてください。
恐怖しませんか?
それがアクティブ・ラーニングだ、新しい学習なのだと言われる自分を想像してみてください。
トラウマになりそうじゃありませんか?
小学生にとっては、上の課題はそういう可能性を含んでいないでしょうか?
の課題から「定義とは何か」にまで学習を深めることができる子は、少数です。
限られた少数の秀才の学力を飛躍的に伸ばすために、大多数の子を置き去りにする可能性があります。

私は国立大学教育学部の附属中学校に通っていました。
授業はこういう実験授業が大半でした。
結局、日本の教育はこの40年、ここから一歩も先に進んでいないのかもしれません。
私は、こうした授業でよく発言していましたし、そうした議論を当時は楽しんでいました。
あれは、面白い授業でした。
成績も良かったです。
当時の深い学びが、今の自分につながっていると、言えば言えるのかもしれません。
それでも、ある種ぞっとする感じがつきまとうのです。
深い霧の中で目的も定まらず、ただ生き残るために全神経を張り詰めるサバイバルゲームを常に続けていたような。
自分は闘いたくはないのに、常に闘いを強いられていたような。
そして、その授業でほとんど意見を言うことはなく、
「勉強がわからない」
「学校がつまらない」
と言っていたクラスメートたちの顔が浮かぶのです。

この仕事をするようになって、やはり国立大学の附属中学に通う生徒の個別指導を受け持つ機会が幾度かありました。
私の頃と同様に、そうした学校では実験授業が行われていました。
アクティブ・ラーニングです。
「学校の授業は、何をやっているのかわからない」
「学校の授業は、勉強のできる何人かと先生が話しあっているだけ」
同じような感想を異口同音に聞きました。
そういう学校は、授業は難解でも、定期テストは、特別難しい問題が出題されるわけではありません。
前半は易しい基本問題、後半にいくにしたがって、難度を増していきます。
実験授業を行っている先生たちは有能ですから、テストもほれぼれするような構成になっていることが多いのです。
しかし、私が個別指導をすることになった子たちは、そのテストの基本問題さえ正解できていませんでした。
単なる1次方程式や連立方程式の計算問題が解けないのです。
市内の公立中学に通っている数学が「2」の子だって、それくらいは正解するのに。
国立の附属中学校は、私立の中高一貫校のように進度を速めた授業をしているわけでもありません。
学年相当の普通のことを学んでいます。
ただし、実験的な手法で。
アクティブ・ラーニングで。
学校の授業で何をやっているのかわからないので、家でも何を学習して良いのかわからず、テストに何が出題されるのか、わからないというのです。

その子たちにも原因はあります。
授業中、ぼんやりしていないで、とにかく議論に加わったら良いのです。
授業中の発言をバカにされることはありません。
あまりにも意味のない発言、議論を後退させるだけの発言は、スルーされる可能性はありますが、恥をかいてもいいから議論に参加したら良いのです。
そして、家に帰ったら、コツコツと基礎的学習をしたら良いでしょう。
学校は、普通の教科書に沿った普通の教科書準拠ワークを配布しています。
それをコツコツ解いたら良いのです。
学校で何をやっているかわからないから勉強しない、というのは言い訳です。
学校の授業を口実に勉強しないでいるだけです。
私が個別指導を担当した、学校の授業内容がわからず成績不振に悩んでいる子たちは、学習習慣が身についていない子ばかりでした。
塾で基本を丁寧に教え、それについて復習するだけの宿題を出しても、解いてきませんでした。
1週間後、塾に来る直前になって慌てて手をつけ、上手く解けず、もう忘れた、わからなくなったと言い訳することが多かったのです。
宿題を解いてくるようにするまでが、まず第一関門。
錆びついた巨大な機械に油を差し、動きだすようにするまでには、大変な時間と労力が必要でした。

でも、その子たちだけを責めて、切り捨てるのは、いかがなものか。
学習目標を明確に提示し、何を覚え何ができるようになれば良いかを示された授業で懇切丁寧に教えてもらえていれば、彼らはそれほどの学業不振にはならなかったでしょう。
アクティブ・ラーニングは、両刃の剣です。

学校が基礎を丁寧に教え込む役割を担ってくれなくなるならば、家庭と塾が渾身のフォローをしていきましょう。
ゆとり教育の再来だけは避けなければ。
そう思います。

もう一つ言うならば。
◇が正方形に見えない子、▽を正三角形と認識できない子は、いつの時代にもいます。
学校でのクラス全体の議論や、グループ・ディスカッションには参加できず、学校でどのよう結論が出されようとも、◇は正方形ではない、これはひし形だ、と心の中でずっと思っている子はいます。
そうした子と、対話を繰り返すことで学習を深めることが可能なのが、個別指導です。
とても時間はかかりますが。
そして、それもアクティブ・ラーニングだとは、私も思うのです。

  


  • Posted by セギ at 13:24Comments(2)講師日記

    2018年03月19日

    あしがくぼ山の花道と丸山を歩いてきました。2018年3月。


    2018年3月18日(日)、埼玉県横瀬町芦ヶ久保の山を歩いてきました。
    三鷹から、国分寺・東村山・所沢・飯能と乗り換えて西武秩父線芦ヶ久保駅下車。9:13。
    これまで丸山は2回歩いているのですが、いつも冬の季節。
    前回は無人だった駅の改札に駅員さんが立ち、「おはようございます」と挨拶してくださるのも新鮮で、春だ、観光シーズンだ、と心浮き立ちました。
    駅には外トイレがあり、きれいで快適です。
    支度をして出発。9:20。

    駅前広場から階段を下り、押しボタン式信号で国道を横断。
    広い歩道を左に進み、警察署を通り過ぎると、右手に分岐があり、他の道しるべの下に小さく「あしがくぼ山の花道」の道しるべがありました。
    小さく可愛い道しるべにしたがって、緩い坂を登っていきます。
    駅の向こう側に少しずつ姿を現す武甲山の雄姿。
    手前が一段と深く削られて前衛峰のようになり、見る度に武甲山は迫力を増しています。
    舗装道路の途中から道しるべに従い山道へ。
    緩く下っていくと、園地に出ました。
    長い滑り台があります。
    中央は湿地帯で、木道が整備されていました。
    あれ?
    何か白い花が咲いている。
    木道を行ってみると、おや、ミズバショウ?
    それとも、よく似た栽培種でしょうか。
    自生しているものではなく、栽培しているのだとは思うのですが、きれいでした。
    思いがけないものを見たとほくほくして、鉄板の橋を渡り、園地の外周の登山道を行きました。
    木の根の段差や小さな沢など、案外険しい山道です。
    あしがくぼ山の花道は、本当に色々な花が咲くようだから、年を取ったらここが最終目的地でもいいなあと思っているのですが、それにしてはこの山道は険しい。
    ここが歩けるなら、まだ色々な山を歩けそうです。
    おかしいなと思いながら右手を見ると、園地の中にあずまやを発見。
    ・・・園地から楽に登れる遊歩道があるのではないか?
    私が気づかず、険しいほうを選んで歩いているだけ?
    確かに、この辺りは、あの背の低く可愛らしい「あしがくぼ山の花道」の道しるべはないのです。
    でも、私のようにこちらの道を歩いてしまう人が多いのでしょう、道はよく踏まれ、あまり味わいはない新しい道しるべなら立っています。(^-^;
    次回は、園地を突っ切る道を模索してみようと思います。

    山道を登りきると、公衆トイレがあり、再び、山の花道の小さな道しるべを発見。
    その通りに道路を左に歩いていくと、再び登山道が始まりました。
    物凄い段差の木段です。
    ここで再び考えます。
    年を取って山をあまり歩けなくなったら、あしがくぼ山の花道を最終目的地に・・・・。
    いやいや、このよじ登るほどの激しい段差の道が正規のコースでは、無理ですって。
    健康に留意し、丸山に登る途中で山の花道を楽しむことをずっと続けます。
    ヽ(^。^)ノ

    さて、再び道路に出て、山の花道の入り口に到達しました。
    駐車場もあり、ここには車で来ることもできるのです。
    そういう意味でなら年を取ってからでも来ることのできる場所なのですが、駅から徒歩でもっと楽なハイキングコースはないものなのだろうか?
    私が知らないだけで、あるのかもしれないなあ。
    入り口の案内図をスマホで撮影。
    園内には、案内図や道しるべはほとんどありませんでした。

    とはいえ、この案内図、正直よくわからないのです。
    略図ですから方角も道幅も本当の縮尺とは違うのは当然なのですが、描いた人の意図と読み手の感覚とが一致しないのでしょう。
    略地図は何かを強調してわかりやすくしようとしているはずなのですが、その強調されている何かのために、道の交差の仕方が現実と異なっています。
    何を強調したかったのだろう?
    何をわかりやすくしたかったのだろう?
    それがなぜ、こんなにも現実と異なり、わかりにくくなっているのだろう?
    前回は、ぐるぐると園内を2周くらいした記憶があります。
    前回の記憶をたどり、一直線にセツブンソウの咲く場所へ。
    今年は、セツブンソウを目当てに、来る時期を選んできました。
    去年は早く来過ぎて、何にも咲いていなかったのですが、今年は、咲いていましたー。
    ヽ(^。^)ノ
    上の画像がそれです。

    張られたロープの近くで咲く、フォトジェニックな一輪でした。
    セツブンソウは石灰岩を多く含む土地に咲く花です。
    昔、もう20年も前に三峰のセツブンソウ園地で見て以来です。
    可憐な花が斜面のそこかしこに。
    写真を撮るためでしょう、斜面に踏み込んだ足跡もあったので、もっとロープを厳重に張って、踏み込むことができないようにしたほうが良さそうだなとも感じました。

    これからの季節は、カタクリ、イカリソウ、シロバナノエンレイソウ。
    貴重な山の花々の咲く園。
    特にセツブンソウはわかりにくいところに咲くので、秘密の花園の趣がありました。
    来年はまた季節を変えて来ようと思います。

    さて、ここまでは順調だったのですが、山の花道から丸山へはどう行くのかわからなくなってしまいました。
    向こう側の道路には、どう出るんだっけ?
    ここで記憶の錯誤も起こりました。
    山の花道から日向山を経て丸山に行くと思い、いったん尾根に登り、日向山に向かってしまったのです。
    日向山は、最初に丸山を歩いたときに通りました。
    今回とは反対回りのコースを取ったときです。
    小さな山頂。
    昭和後期の民家の二階の物干し場みたいな展望台。
    そこから見える武甲山。
    記憶は強かったのですが、いざ山頂にたどりついてみると、その物干し場が私の予想とは反対側に設置されていて、あ、これは違うと気づきました。
    物干し場が、記憶の通りの位置にあったんです。
    反対回りに歩いているつもりなのに、見た記憶の通りの位置にあり、びっくりして足がすくみました。
    頭がグラッと揺れる感覚でした。
    まずいまずい。

    急な木段を下り直し、山の花道の尾根まで戻ってきました。
    ためしに、あずまやまで下り、右折すると、あっけなく向こう側の道路に出ました。
    ああ、この道だったのかあ。
    良かった。脱出成功です。
    その入り口にも略地図の看板があり、立ち止まって考え込んでる様子の数人のパーティがいました。
    「日向山には、この道で行けますか?」
    略地図を指さして質問されましたが、相変わらず、私にはこの略地図の意図がわかりませんでした。
    その人たちもよくわからない様子です。
    やっぱりわかりませんよね、この略地図。( ;∀;)
    仲間が増えて嬉しい。
    「この道をいくと、すぐにあずまやがありますから、そこを左に曲がって登り坂を尾根まで登って、武甲山を左手に見ながら歩いていくと、日向山です。途中に道しるべもあります」
    略地図はよくわからない。
    でも、もっと大きく地形把握をすれば、山の花道は脱出できます。
    巨大迷路、あしがくぼ山の花道。
    面白いです。
    絶対また来よう。

    さて、道路に出て、道を左にしばらく歩いていくと、三叉路に出ました。
    ここから「県民の森(山道)」との道しるべに従い、登山道に入りました。
    丸山は、県民の森の中にあるのですが、「丸山」という情報が後退し、「県民の森」という情報がプッシュされている傾向があり、初めてこの山を歩く人には結構難解な道しるべになっていると感じます。
    丸山を目指して歩いている人にとっては、道しるべから得られる情報が少ないのです。
    侵食されて深くえぐれた登山道を行きます。
    両側を土に囲まれた中を歩いていきました。
    だんだん植林帯の普通の道になってくると、右手から良い道が合流してきました。
    その道の方向には「芦ヶ久保駅」との道しるべが。
    また知らない道の登場です。
    この山は、本当に何通りも道があるんだなあ。

    さて、そこから、本日一番の急登の始まりでした。
    先に空しか見えないほどの坂道。
    しかし、そこを登りきると、さらなる坂が見えてきます。
    そんな急登が続きます。
    慌てず、一歩一歩登っていきました。
    いったん道路に出ます。
    道路を横切って、さらに急登の山道をいくと、今度は遊歩道に出ました。
    左手にはベンチやテーブルも設置されていました。
    そこから、また山道を行きます。
    急なところは少なくなり、気持ちの良い登山道をいくと、木段を降りて遊歩道へ。
    さきほどの遊歩道からも、同じところに至るのかもしれません。
    そこからは、最後の登りです。
    木段の急登を行くと、やがて、丸山の展望台が見えてきました。
    丸山展望台。12:45。
    セツブンソウを撮ったり眺めたり、日向山へと道を間違えたりで、今回のタイムは何の参考にもなりませんが。(''_'')

    展望台からの眺めは、やはり冬のほうが良かったです。
    春霞で遠くの山々はほとんど見えませんでした。
    でも、両神山の少し左側、前景に阻まれた先に細く白く見えている山頂部は、あれは八ヶ岳。
    それを見ただけで満足のいく、春の眺望でした。

    展望台の下のベンチで昼食。
    隣りのベンチをテーブルにして、5人パーティが昼食を始めました。
    ベンチをテーブルにするので、座るにはレジャーシートを周囲に敷きます。
    遅れて到着した人に、尋ねていました。
    「敷くものある?」
    「引き出物?」
    「・・・引き出物は山に持ってこない。重い」
    料理自慢の方がいらっしゃるようで、タッパをあれこれと開きながら、
    「これは〇〇のワイン煮で、これは、自家製の〇〇で」
    と料理の説明をしています。
    ご馳走だ、羨ましいなあ。
    そこへ別の人が、
    「これは、西友のおにぎりで」
    と冗談を言いました。
    「え?1000円のおにぎり?」
    と、またも聞き違い。
    明るい笑い声がこだまします。
    陽気な春の山頂でした。

    さて、ここからは急な下りなので、トレッキングポールを準備して、出発。
    来た道とは反対側の登山道を歩いていくと、すぐに分岐です。
    白石峠への道と別れ、道はほぼ直角に右折します。
    急な下りを行くと、登って来た山姿ではない人に尋ねられました。
    「この道は下っていくと、どこに行くんですか?」
    ・・・え?
    だって、あなたは、この道を来たんでしょう?
    謎の質問です。
    「この道は、いったん道路の大野峠というところに出て」
    「はい」
    「それから、もっと下っていくと、芦ヶ久保駅に行けます」
    「ああ、芦ヶ久保駅に行けるんですか」
    「はい」

    道はいったん緩くなり、展望地へ。
    ここはパラグライダーの出発地点。
    堂平山の天文台がよく見えました。
    さらに急な下り。
    木段に土嚢が入って歩きやすくなっていました。
    とっとこ下っていくと、道路に出て、大野峠に車が1台ありました。
    ああ、さきほどの人の車かな?
    それであの質問だったのでしょうか。

    道路を横切って、さらに急な下りを行きます。
    植林帯の中を谷底に降りていく、深い深い下り道です。
    最初に丸山に登ったときは反対回りに歩き、この道を登ってきたので自信を持って下れますが、この山を最初に歩いて、この谷底に降りていくのは勇気が要るかもしれません。
    大野峠付近を含め、その勇気を支えてくれるだけの道しるべがないんですよね。
    取り返しのつかない谷底に降りていく感があります。
    かなり深く降りてからようやく「赤谷・芦ヶ久保」の道しるべが登山道に落ちているのを見て、少し安心。
    地図をちゃんと読んで自力で判断する力が必要だなあ。
    いや、それは山を歩くのなら普通に必要な力なんですか・・・。

    谷底で小さな沢を2つ越え、地滑りで登山道が狭くなっている箇所を越えます。
    木橋を渡るとようやく道幅は広くなり、安心して歩けるようになってきました。
    道には細長く掘った跡が目立ちました。
    山芋かな?
    人が掘った跡かな。
    動物が掘った跡かな?

    赤谷。14:30。
    ここから舗装道路です。
    道なりに下っていくと国道に出て、右へ。
    進行方向右手に広い歩道が整備されていますので、交通量は多いけれど安心して歩いていける道です。
    足元の花が目をなごませてくれました。
    駅前の信号を渡り、階段を登って、芦ヶ久保駅。14:55。
    電車は行ったばかりでした。
    でも、ホームに上がって身支度など整えている間に時間はすぐに過ぎて、15:17発の電車で、帰途につきました。


      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)

    2018年03月16日

    アクティブ・ラーニングで思い出すのは、ゆとり教育。


    新学習指導要領とともに、近年盛んに言われているのが「アクティブ・ラーニング」です。
    21世紀型スキルを身につけるには、アクティブ・ラーニング。
    「自らが学ぶ力」を養うアクティブ・ラーニング。
    ・・・と、今のところ褒め上げられているアクティブ・ラーニングですが、さほど万能なものでもないのは、容易に想像がつくことです。

    アクティブ・ラーニング型学習とは具体的には何なのかと言えば、発見学習・課題解決学習・グループディスカッション・ディベート・グループワークなど。
    このように具体的な項目を目にすると、何だかこれは見た覚えがあるぞと思う方が多いと思います。
    どれも、「ゆとり教育」の頃に盛んに言われていたことですよね。
    (+_+)

    ゆとり教育というと、今となっては、
    「円周率が3だった」
    「台形の面積の公式を教えなかった」
    など、学習内容を減らし授業時間を減らしたことばかりが印象に残っているかもしれません。
    その結果、国際学力テストで日本は順位を落とし、子どもの学力低下が叫ばれるようになりました。
    同時に、ゆとり教育で育った世代の言動が何かおかしいとも言われるようになり、今やほぼ全否定されているのが「ゆとり教育」です。

    しかし、ゆとり教育というのは、教える内容をただ減らしただけのものではありませんでした。
    減らしたところにアクティブ・ラーニングを導入しようとしたのが真の姿です。
    そのことが忘れられているように思います。
    小学校で「総合」の時間が設けられ、教科の枠を越えた学習が推進されたり。
    ディベートの授業が行われたり。
    中学生が実際の企業や店舗で働く職業体験をするようになったり。
    修学旅行が観光地の物見遊山から、目的地の産業・歴史・文化を調べてその現場に行き、体験学習をするものになったり。
    これらはゆとり教育の時期に導入されたことです。

    「生きる力」を育てる「新学力観」に基づく教育を進める。
    ゆとり教育とは、そういう理想の教育でした。
    これらの例の中で何らかの成果を生んだものは今も教育活動として残っていますが、しかし、それは全面的な成功とばかりは言えないのが実情です。
    アクティブ・ラーニングを享受し、それによって学力を高めることができているのは、一部の生徒に限られているのではないでしょうか。


    国際学力テストは、多くの子どもが受験した学力テストの平均値で比較されています。
    日本は、ゆとり教育の時期に子どもの平均学力が大きく下がりました。
    これは、教える内容が減ったことだけが原因ではなく、アクティブ・ラーニングが、学力が中位以下の子どもを学習から疎外する可能性があることを示していると思います。

    例えば、ディベートの授業。
    優秀な子どもたちは、よく考えて自分の意見を述べ、相手の意見にも耳を傾け、ただ言い負かすのではなく、論点を整理し妥結点を探っていくことを実地に学んでいくでしょう。
    しかし、それほどの聡明さを持たない子どもは、パッと思いついただけの底の浅い印象や感想を大きな声ではきはきと発表し、何か意見を言った気になって満足するでしょう。
    自分の発言の底の浅さを主体的に把握するのは困難ですし、教師がそれを指摘したら何も発言できなくなる子が多いでしょう。
    さらには、そうしたことにどうしても加われず、クラスメートたちが「ディベートの授業」なるものでワアワア言っている中で黙ってうつむき、早くこんな時間終わらないかなあと思っている子たちもいるでしょう。
    ・・・・こんな授業で学力が伸びるのは、一部の生徒だけかもしれません。

    それよりも、もっと基礎的な知識を全員が習得することに力を入れたほうが良いのでないか。
    中位以下の子どもたちの学力は、アクティブ・ラーニングよりも、基礎知識を丁寧に教え込み、それを運用できるようにしていくほうが底上げされるのではないか。
    ゆとり教育への反省から、そういう取り組みが全国で行われ、評価もされてきました。
    日本国内の学力テストで例えば秋田県が毎回高い順位を示すのも、中位以下の子の学力が基礎訓練によって底上げされていることが大きいでしょう。

    ゆとり教育のはるか以前から行われていることを考えてもみても明らかです。
    例えば、夏休みの自由研究。
    素晴らしい発想力と緻密な作業の結合した高度な自由研究をする子もいます。
    一方、毎年毎年、何をやったらいいのかわからず、自由研究が夏休みに暗い影を落としてしまう子も多いです。
    「自由研究アイディア集」的な本から何か適当に選んで真似する子。
    ネットの丸写しでチャチャッと済ませてしまう子。
    書店やデパートで自由研究キットを購入する子。
    ・・・夏休みの自由研究って、日本の戦後教育の中でも最古のアクティブ・ラーニングの1つではないでしょうか。
    それがこのありさまです。
    夏休みの自由研究が深い学びにつながる子もいますが、あまり意味のあるものになっていない子も多いです。
    本人の能力や性格によって、同じ課題を与えられても、それが真の学習に結びつくこともあれば、時間の無駄になってしまうこともあります。
    アクティブ・ラーニングの成果は、本人の自発性と能力によるところが大きく、学力格差が広がりやすい学習法だとも言えます。

    アクティブ・ラーニングには長所も多いです。
    主体的な学習は何しろ楽しいです。
    発見の喜び、自主的に学ぶ喜びを知ることができれば、それは生涯の財産です。
    私が中学生のときに受けていた授業の多くは今でいうアクティブ・ラーニングでした。
    私たちは日々議論を重ね、学習を深めていました。
    しかし、創造的なことが好きな子にとっては喜びであることが、そうではない子にとっては苦痛で成果も上がらないことを、私は同時に知っていました。
    附属小学校から内部進学した子たちの中には、授業で何が話し合われているのかを上手く把握できない子たちがいました。
    成果の上がらないことに時間を取られ、その子に必要な基礎的学習の時間を削られる。
    そもそも、誰も彼もがそんなに創造的で主体的である必要はないのではないか。
    教わったことをしっかり身につけて、それを確実に運用できることだって、重要な能力ではないのか?
    アクティブ・ラーニングのマイナス面に気がついていないと、子どもの学力はまた大きく下がる可能性があります。

    ここで立ちはだかってくるのが、AIです。
    教わったことを確実に再生するだけなら、AIのほうが精度が高い。
    創造的なことができない奴は、21世紀的人材ではない。
    計算練習をしっかりやって、計算問題だけは正答できる子どもたちは、国際学力テストの順位は底上げするかもしれないが、応用問題は解けない。
    そんな学力の子どもでは、今世紀は生き抜けない。
    ・・・・うーん、それはそうかもしれない。
    (''Д'')

    しかし、基礎学力の乏しい子は、アクティブ・ラーニングの学習主体になれないかもしれません。
    アクティブ・ラーニングの周辺をうろうろして、勉強した気になるだけの可能性があります。
    それを有効な学習にしていくには、どうすれば良いのか。
    逆に、基礎学力しかなく、言われたことを言われた通りにやれるだけでは、確かに将来は不安です。
    今回の新学習指導要領は「ゆとり教育」の再来となるのか。
    それとも、何か新しい展開があるのか。
    結果が出るまであと10年はかかるでしょうが、またしても失敗だったという結論は避けたいです。

    塾としてやれることは、まずはとにかく基礎学力を確立すること。
    その上で、応用力を養成すること。
    自分で考えて自分で学習できる学力を鍛えること。
    知識のインプットがされていない子はアウトプットできないことは、ゆとり教育の失敗から学んでいることです。
    まずは確かなインプットを。
    そしてアウトプットできるスキルを。
    アクティブ・ラーニングから疎外されない学力を育てましょう。
    時代が変わっても、私にできることは、結局あまり変わらないのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 12:01Comments(0)講師日記

    2018年03月14日

    3月24日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    3月10日(土)の大人のための数学教室は出席者0人のため、中止となりました。
    次回は3月24日(土)となります。
    「みちのく未来基金」への寄付は、例年通り6000円を近日中に振り込みます。

    そんなわけで、今回は高校数学に関する雑感を。
    高校生、特に数学があまり得意ではない女子生徒のなかには、数学に関して「店じまい」を始めてしまう子がいます。
    数学はもう全くわからないし、入試にも使わないから、定期テストは赤点を取らなければいい、単位が取れればいいというふうに本人は判断しています。
    いえ、それほど明確に思い定めているわけではないにしろ、学習姿勢はそのようです。
    「その学習姿勢で、数学を入試に使うとか言いませんよね?それではセンター試験も無理ですが、それでいいですよね?」
    とひと言、念を押したほうがいいのかもしれませんが、それは事務的な確認というよりは説教でしょう。
    言われなくてももう無理だと本人が一番わかっていることです。

    具体的には、そうした生徒は、学校から渡されている教科書準拠問題集以外は決して解こうとしません。
    他の宿題を出しても解いてきません。
    学校の問題集も解いてこず、このままではノートを提出できなくなると窮状を訴えてきます。
    学校の問題集は学校にノートを提出しなければならないのです。
    そうなると、塾で学校の問題集を解く手伝いをしないわけにいかなくなります。

    個別指導塾に数学を教わりにくる生徒が最初に感じるメリットは、解説を読んでも意味がわからない学校の問題集を一緒に解いてくれることです。
    しかし、それだけでは数学の成績は上がりません。
    学校の問題集を教わりながら1回解いただけでは何も定着しなくて当然です。
    むしろ、成績は徐々に下がる心配すらあります。
    それをあの手この手でケアし、何とか対策し、定期テストで、他の科目と比べて極端に数学だけ低いわけではない状態に成績をキープするのが私の仕事になります。
    塾で教わっていない化学や物理は既にとんでもなく低い点数になっていますので、数学はまだしもまともな点数に見えます。
    しかしそれが砂上の楼閣であることは、少なくとも私と生徒は理解しています。

    中高一貫校や私立高校は、学校で定期的に業者の学力テストを受けます。
    学力テストは、高校1年や2年の場合、テストは3科目のみです。
    その成績データが返却され、保護者の方から、
    「国語や英語と比べて、数学の偏差値が低いのですが」
    と相談されたことがありました。
    上のような「店じまい」の始まっている生徒でした。

    ・・・・でしょうね。('_')
    文系なんでしょう。

    なんてことを言うのは、絶対にダメです。( ;∀;)
    しかし、では何と言えば良いのでしょう。
    この先は、教育問題というよりも、塾の営業トーク術の問題になってしまいます。
    この問題を本質的に解決するのは難しいです。
    数学の偏差値を国語や英語並みに上げるには、当然、そのための多大な努力が必要ですが、その努力をするつもりが、生徒本人にもうなかったのです。
    「店じまい」の状態でした。
    それは単純に生徒が悪いわけでもありません。
    理系科目は自分には向かないことが、本人にはもう見えていたのです。
    当然、志望は文系ですし、その方向で希望も見出していました。
    「国語や英語より数学の偏差値が低いのはなぜでしょう?」
    と質問なさる保護者の方よりも、生徒には、具体的な将来が見えていたのです。

    ところが、そういう説明をすると、保護者の方には当然の疑問が浮かんだようです。
    では、塾で数学を教わる意味はないのでは?
    私の営業トークが上手くないこともあり、英語は引き続き受講するが、数学の受講は止めます、ということになりました。
    去年のことです。

    そうなって数か月、それでも、定期テストの得点は以前と同様全科目記録してもらっていました。
    数学の受講を止めて以降、数学の成績は見る見る下がっていきました。
    たった2回の定期テストで、得点は40点下がり、ひと桁台になりました。
    数学が苦手な子が100点満点のテストでひと桁の点数を取るのは、高校数学ではそう珍しいことではありません。
    独りで勉強していると、そうなってしまうことがあります。

    成績をキープしているだけで、実は凄いことだった。
    塾に通っている成果だった。

    そんなことが後からわかってもあまり意味がないし、塾として誇れることでもありません。

    学校の問題集だけ勉強したい。
    そのために個別指導を受けにきている。
    学校の問題集をやってくれないなら、個別指導を受ける意味がない。
    それは数学が苦手な生徒の普通の感覚です。
    それを阻止するための攻防はなかなかしんどいものです。

    しかし、多くの反省から、去年あたりからようやく、それに関する光明が見えてきました。
    学校の問題集も扱うが、その他のことも扱い、バランスが保たれるようになったのです。

    今年の数学受講生は、全員、その場しのぎでない数学学習が可能となっています。
    その結果、生徒の学力が変容しています。
    入会当時は数学が苦手だった生徒が、学校の学力別で一番上のクラスに上がり、そのクラスに定着するようになりました。
    基本問題が解けるのは当然のこととして、初見の応用問題は白紙でも仕方ないだろうと思っていたのですが、それすら正解に肉薄しています。

    問題への自力でのアプローチが可能になったのです。
    それは、教えてはいるけれど、正直、定着することまで期待してはいなかったことです。
    問題解決に向けて、とにかく何かをやってみること。
    試行錯誤してみること。
    教えていることの第一章であり最終章でもあるそれを、数学が苦手な子は、決して実行してくれないのです。
    「わかりませーん。教えてください」
    と質問するばかりで、自分で考えることが少ないのです。
    ちょっとわからないと教わって済ます。
    でも、それで仕方ないのではないか?
    だって、数学が苦手なんだから。
    そのように半ば諦めていたことが、諦める必要のないことに変わりました。

    私が諦める必要がないのと同様に、生徒が諦める必要もありません。
    数学に関して「店じまい」をする必要がないのです。
    そうなってみて感じたことがあります。
    学習意欲のない生徒がいたのも本当。
    しかし、「店じまい」をさせていたことに、私の責任はなかったのか?
    もう少し数学の成績に対して今後の希望が持てていたら、「店じまい」など起こらなかったのではないか?
    入会当初は「店じまい」をしていた子に、もう一度お店を開かせることは、可能なことだったのではないか?
    この反省を今後も忘れずに研鑽を積んでいきたいと思います。

    今年。
    どうせ入試に使わないだろうとは、私も生徒も思っていません。
    最終的には入試に数学を使わないかもしれない。
    でも、それは数学ができないからではない。
    そうした学力が育っているのを感じます。

      


  • Posted by セギ at 14:50Comments(0)大人のための講座

    2018年03月12日

    木下沢林道から景信山を歩きました。2018年3月。


    2018年3月11日(日)、今週も奥高尾を歩きました。
    そろそろ春の花を探す山歩きをしたいのですが、今年の冬は寒かったですし積雪もあったので、春を告げる早春の花は来週が見頃と予想されます。
    今年こそ、セツブンソウを見たい。
    そういうわけで来週の予定は早々に決まったのですが、では今週はどうしましょう?
    こんなときは歩き慣れた奥高尾。
    コースを変えればまた楽しいのが奥高尾です。

    JR高尾駅北口に降り立ち、小仏行きのバス停へ。
    バス停の行列は一度折れ曲がり、道路にまであふれていました。
    バスは3台同時発車。
    途中、車窓からは梅まつりの提灯やテント、のぼりが見られました。
    それぞれの梅郷で梅まつりが開催されています。
    梅は五分咲きから七分咲きくらいでしょうか?
    満開にはあと数日かな?

    日影下車。8:45。
    バスの進行方向のまま、まずは道路を行きます。
    日影沢林道の登山口を通過し、そのまま道なりに直進します。
    中央線の高架下をくぐり、道しるべの通りに右折。
    坂道を登っていくと、線路を見下ろせるポイントにカメラの行列ができていました。
    撮りテツの皆さんです。
    私の前を行く登山者が撮りテツさんの1人に話しかけていました。
    あと5分ほどで臨時列車が通るとのこと。
    ほほお。
    撮りテツさんたち同士でのマナーがよくわからないので、少し心惹かれたけれど通過しました。

    さて、木下沢林道起点。
    木下沢は、現地ではこのように表記されていますが、地図上では「小下沢」と表記されています。
    例によって、地図を作る際に聴き取りに失敗したのでしょうか。
    ここも梅郷があり、五分咲き。
    空が曇っていたので、写真を撮っても暗く、梅が上手く写りませんでした。

    山支度を整え、木下沢林道を行きます。
    歩きにくいというほどではないものの、地面は濡れていました。
    数日前の大雨のせいでしょう。
    ここは、奥高尾主脈と北高尾山稜に挟まれた谷底なので、まだ春は遠いようです。

    旧キャンプ場。9:25。
    それまでよりも広い空間で、ここがそうだと勘でわかるのですが、キャンプ場の面影はありません。
    「景信山」と記された、見落としそうな道しるべが一応立っています。
    沢を木橋で渡り、左に細い沢を見ながら、登山道を登っていきます。
    この辺りは、大雪があると雪崩れや地滑りで地形が少し変わってしまいます。
    以前来たときとは、やはり少し印象が違うなあと感じながら、急登を進みました。
    今日は特に沢が増水しているようで、登山道が沢になっている箇所もありました。
    水に濡れずに足を置く場は一応ありました。
    一本調子の登りだったところが、途中から九十九折の登りに変わっていきます。
    もともとそんなに広い道ではないですが、地滑りでさらに細くなっている箇所もあり、慎重に歩いていきました。

    予想外の方向から男の人が突然ズザザッと滑るように降りてきて、びっくり。
    「あ、こっちが道ですか?」
    「・・・はい」
    作業道も派生しているので、そちらのほうに迷い込んでしまった人のようです。
    早めに気づいて軌道修正できて良かったですね。
    道が別れたら、より踏まれているほうが正規の登山道ですが、作業道もそれなりの説得力で登山道らしく見えるのです。
    男性は後ろを振り返りました。
    道の奥から、パリッとした登山姿の女性が、ダブルストックで頼りなげに歩いてきました。
    大丈夫かな?
    この道は、この先、ちょっと厄介な箇所があるのです。

    ジクザグに登っていくと、道はだんだん細くなり、斜面に向かって傾いてきました。
    やがて極端に道が細くなり、ほとんど岩と木の根だけになっている箇所が現れました。
    すれ違いは不可能なので、下山する人がその先で待ってくれていました。
    待たせているのは申し訳ないけれど、ここは慎重に。
    手で岩をつかみ、足場をしっかり選んでいけば大丈夫です。
    待っていてくれた人にお礼を言って、道は右に急カーブ。
    その先も、もう1か所、岩だけになっている細いところがあり、そこも慎重に通過。
    それを越えれば、あとは特に問題ありません。
    道はさらに湾曲し、通過した箇所を見渡せるのですが、後続の人たちが現れません。
    あのややこしいところで、しかも人とすれ違わねばならないことになっているのだろうか。
    そんなに難しいわけではないのだけれど、そんなに易しいわけでもない。
    微妙な難度の登山道です。

    ふいに、くしゃみが5連発。
    私は軽い花粉症なのかもしれませんが、花粉よりも寒暖差やハウスダストのほうが堪えるので、結局、単なる鼻炎なのだと思います。
    くしゃみをしながら植林帯の坂道を登っていきました。

    小仏からの東尾根登山道と合流し、道はさらに急になります。
    道は複線化していて、うっかりすると最後の分岐で景信山を迂回する道に入ってしまいますので、注意が必要です。
    以前と異なり、「景信山」を示す小さい白い道しるべが立っていました。
    平らな道ではなく、急な登りの右の道が、景信山への道です。

    急登が木段に変わると、もう山頂は近いです。
    まずは左手にトイレ。
    さらに木段を登っていくと、景信山山頂。10:40。
    春霞で、高層ビルの気配すら見えませんでした。
    空がモヤモヤしています。

    少し休んで、城山に向かいました。
    ここは先週も歩いた道。
    山頂直下の急坂をたったか下り、その先の急坂もとことこ下って、小仏峠から登り返します。
    相模湖の見えるベンチで昼食を取りました。
    相模湖は、茶色に濁っていました。
    これも大雨の影響でしょう。
    こんな色の相模湖を初めて見るなあと眺めながらおにぎりを頬張っていると、風向きがふいに変わり、その瞬間、目の前の数本の木からボフッと黄色い埃のようなものが噴き出されました。
    花粉だ!(''Д'')
    学校のグラウンドの土埃が舞ったような濃さで花粉が迫ってきました。
    押し寄せる黄色い埃をタオルで防御。
    ここのベンチは、今の時期は相模湖以上に凄い光景が見られるのですね。
    相模湖が茶色いのも、花粉が表面に浮いているせいじゃないの?
    と言いがかりをつけたくなるほどの花粉でした。

    さて出発。
    しばらく平坦な道が続きますが、その先は、分岐。
    左のまき道は、日影沢林道と合流する道で、小仏城山は迂回します。
    右の木段、その先の木の根の作る段差の道を行きました。
    段差を登りきると、城山の電波塔が見えてきます。
    すぐに小仏城山。11:45。
    本日も、みそ仕立てのなめこ汁のほうの茶店はお休み。
    しょうゆ仕立てのなめこ汁のほうの茶店、城山茶屋は営業中でした。
    茶店前のお花畑はクロッカスが満開。
    黄色いスイセンもきれいに咲いていました。
    ここは梅も何種類も植えてあり、春爛漫の頃に歩くととても華やかな場所です。
    4月中旬が見頃になるでしょうか。

    ここからよく整備されたウッドデッキと木段をどんどん降りていきました。
    丹沢も霞んで見えないほど眺望のない日なので、今日は一丁平の展望地も紅葉台もパスし、まき道を行きました。
    高尾山下。12:30。
    先週よりも観光客が多いのは、時間帯が違うせいもあるかなあ。

    トイレ前の分岐から6号路に入ります。
    まずはベンチでひと息いれて、そこから木段をどんどん下っていきました。
    木段からゆるい坂道へと道は続き、そこから大きく左に曲がって、まずは飛び石。
    水量はいつもより多いですが、ここの飛び石は背が高いので、問題なく通過できました。
    6号路琵琶滝コースは、崩落事故によりしばらく通行禁止になっていましたが、どこが崩落したのでしょう。
    きょろきょろ見回しながら歩いていきましたが、結局、わかりませんでした。
    歩きやすい道をどんどん下り、高尾山口。13:50。
    早い下山となりました。
    来週は、セツブンソウを見たい。
    と期待していると雨が降ったりするのが心配ですが。

    ところで大量の花粉を吸って、さすがに昨夜は、顔がヒリヒリし、目は痒く、鼻はバカみたいになりました。
    しかし、1夜明けた今日はいつもの軽い鼻炎モードに戻っていますので、やはり私は花粉症ではなさそうです。

      


  • Posted by セギ at 13:18Comments(0)

    2018年03月07日

    それぞれの夢を心に宿して。



    今年は芸人さんが大学受験をしたのが話題になりました。
    テレビ番組の企画で東大受験を目指し、センター試験を受けた方もいました。
    結果は、
    国語148/200(現代文92古文35漢文21)
    英語76/200
    数学1A32/100
    数学ⅡB20/100
    地理B66/100
    日本史B51/100
    生物基礎30/50
    地学基礎25/50 だったとのこと。

    この数字をどう読むかは難しい問題です。
    その人の基準がどこにあるかによって見え方は違ってくると思うのです。
    「結局、国語しかできていない。本当に勉強したのか?」
    と言うことも可能です。
    特に英語と数学の得点は胸が痛いです。
    基礎を積み上げ、理解を深めないと、なかなか伸びないのがこの2科目です。

    あの番組を見ていた人の中には、合格が可能なのではないかと本気で思っていた人もいたかもしれません。
    「たった3か月で偏差値が30上がった!」という宣伝文句を見ることもそう珍しくない昨今です。
    それは本当に可能なのではないか?
    宣伝文句に煽られ、慣らされて、
    簡単なことのように感じてしまう人もいると思います。
    それは危険なことです。
    実際にはかなり珍しい事例ですから。
    だから話題になるのです。
    とはいえ、それは絶対に不可能なことでもない。
    そのはざまで、生徒本人も保護者の方も心が揺れてしまうのかもしれません。
    自分の子どももそれは簡単にできると信じたい気持ちになってしまうこともあるのでしょうか。

    最近、教育関係のネット記事など拾い読みしていて、1つ興味を引いたのが、学力の低い子たち向けの学習プログラムを提供する会社が業績を上げているという記事でした。
    教育関係というよりもビジネス記事です。
    その学習プログラムを導入した塾に通う生徒たちは、各自、パソコンで勉強します。
    アニメが多用され、クイズ形式で進行する学習プログラムには、パスワードを使って自宅の端末でもアクセスでき、繰り返し学習が可能。
    平均で1割の得点増加が見られ、評判は上々である、とのこと。

    ・・・・1割?
    学力の低い子で1割の得点増加?
    それは、例えば、定期テストで20点の子が、22点になったということですか?
    30点の子が、33点になったということですか?
    え?
    そんなことでいいんですか?
    それ、誤差の範囲ではないんですか?
    それで本当に「成績が上がった!」と喜んでもらえるんですか?
    思わず記事を二度見しましたが、やはり「1割」と書いてあるのです。
    普段ビジネス記事を書いている記者は、売り上げが1割上がることのような感覚でそれをとらえてしまったのでしょうか。

    一方で、「3か月で偏差値30上昇」が簡単なことのように言われ、一方で、学力の低い子の得点が1割上昇したことが凄い成果であるように言われる。
    この落差に、振り回されそうになります。

    現実は、それと似ているようで、でも、それぞれに異なると思うのです。

    今年、セギ英数教室は受験生が多く、まとまった結果を出しました。
    高校入試では2015年度入試以来の成果です。
    その間の数年に、受験生がいなかったわけではありません。
    高校受験をした子はその間もいました。
    合格しているのですが、それをこのブログに記すのはちょっと違うかなあと感じていました。
    年に1人ずつで、ぽつんとした印象になってしまうのを懸念してのことでもあります。
    でも、それだけではありませんでした。

    ある子は、中学2年の冬に入会しましたが、直前の定期テストの英語の得点は、ひと桁でした。
    公立中学の英語の定期テストで10点未満というのは深刻です。
    提出物や授業態度で加点があったのでしょう、成績は「2」でしたが、いつ「1」になってもおかしくありません。
    授業をしてみると、英語が全く読めないことがわかりました。
    単語の識別がほとんどできないのです。
    fatherとfamilyの区別がつかず、同じ単語に見えるようでした。
    「faしか同じじゃないよ。アルファベットは文字の種類が少ないから、どんな単語も多少は似ているよ。それを見分けるんだよ」
    と説明しても、
    「えー、同じだよー」
    と、にこにこ笑っていました。

    とにかく、教科書の重要例文・重要表現をどんなことをしてでも丸暗記すれば、穴埋め問題くらいはいくらか得点できるようになるだろうか。
    すぐに結果が表れないと辞めてしまう子もいますから、最初のテストの得点の動きは大切です。
    しかし、その学校の定期テストの問題を見て、私は青ざめました。
    リスニング問題を除く大問1はテスト範囲の文法問題、大問2はテスト範囲の重要表現、と穏当な出題でしたが、大問3以降は、都立入試問題と同じ形式の問題でした。
    初見の長文読解問題と英作文です。
    中学2年で、応用問題だらけの英語のテストです。
    テスト範囲が直接反映されている配点は20点程度。
    本当に英語力がないと太刀打ちできないテストでした・・・・。

    公立中学の英語問題は、テスト範囲の問題しか出題されない場合、問題自体がワークブックのように単調で簡単なことがあります。
    んなテストのための試験勉強しかしていない子は、中3になって突然、都立入試に向けての学力診断テストを学校で受けると、初見の英文を全く読めないため、普段の成績とはかけ離れて低い点数を取って慌てることになります。
    極端な話、学校の英語の成績は「5」なのに、初見の長文を読めない子もいます。
    その場合、学校の英語の成績は、その子の本当の英語力を表していません。
    変にふわふわと高い内申のため志望校が高くなってしまうと、それに見合った入試得点を取れないため、結局、他校の受験生に競り負けてしまいます。

    そういうことがありますから、学校の英語の定期テストに応用の長文読解問題があると、塾講師として、この学校の英語の先生は信頼できると感じます。
    学校のテストに応用問題が出るのだから、教科書を離れた問題も解いていくべきだよねという話を生徒にしやすいですし、生徒も納得してくれます。
    しかし、2割がリスニング、6割が応用問題で、しかも都立入試形式となると、学力の低い子は、どこから手をつけていいかわからない状態です。
    これは厳しい・・・。

    それからのことは、思い出すだけで胃酸が逆流してきそうです。
    週に1回塾に通うだけで英語力がつくわけがないのです。
    宿題の質、そして、宿題を解いている学習時間の質が学力を左右します。
    しかし、その子は独りで家庭学習ができる学力ではありませんでした。
    文法の基礎からやり直すといっても、中1の1学期の内容であるbe動詞と一般動詞の章で学習はほぼストップしました。
    文法問題を解くときに、文法を考えて答えていくという学習習慣がなかったのです。
    何となくそれらしい単語で( )を埋め、何となく英語っぽい順番で与えられた単語を並べていくだけなのでした。
    問題を解くスピードは速いのですが、それは考えていないからでした。
    常に当てずっぽうです。
    正答はほとんどありませんでした。

    適当に答えを埋めれば勉強した気分になれるので、文法の勉強はそれでも好きなようでしたが、長文読解問題は、中1向けの5行程度のものでも解いてきませんでした。
    全く読めないというのです。
    文法の宿題はやったのだから、長文の宿題はやらなくてもまあいいだろう、勉強はしている、と本人の中では辻褄が合ってしまう様子でした。
    当てずっぽうに解いているだけの勉強が英語の家庭学習の全てでは、英語力はつきません。
    ( ;∀;)

    一方、保護者の方は、わざわざ塾に通わせているのだから、効果があるのが当然と思っています。
    そして、それは塾という存在への信頼でもありますから、その信頼には応えたい。
    しかし、
    「目標は私立単願です。40点とるだけでいいのです」
    と言われてしまうと、それがどんなに大変なことかわかりますか、奇跡への挑戦ですよ、という気持ちにもなります。
    1割アップどころの話ではありません。
    得点を5倍にしろというのですから。

    勉強が苦手な子どものテストの得点が1割アップしただけで喜ぶ保護者は本当に実在するのでしょうか。
    10点が11点に。
    20点が22点に。
    30点が33点に。
    それで喜んでいただけるのでしょうか。
    私はそれで喜んでいただいたことはありません。
    そんなことでは喜べないほど現実は厳しく、保護者の方も追い込まれているのです。

    しかし、
    「40点とるだけでいいのです」
    と言っていただけたことはむしろ幸いだったと思います。
    それには家庭の協力が不可欠です。
    家庭学習の具体的な方法を私から提案できました。

    それ以降、保護者の方もその生徒も、本当に頑張りました。
    中3の2学期の定期テストでついに40点台を取り、無事に「2」をキープ。
    その子は、私立単願推薦をもらうことができ、高校に合格しました。
    内申に「1」があると、さすがに私立単願も難しいのです。
    私立単願が不可能となれば、一般入試に賭けなければなりません。
    入試で合格点が取れるようなら、そもそもこんな苦労はしないのです。


    偏差値が高いとはいえない私立高校の単願推薦合格です。
    しかし、私にとっては、今年の受験結果とはまた別の意味で誇らしい成果でした。
    ただ、その凄さ、その価値はなかなか伝わらないと思い、ここには書きませんでした。
    何しろ胃酸が逆流しそうな生々しい記憶でもあり、こうして時間が経過して、ようやくここに記しています。

    勉強が得意で、もっともっと勉強を得意になりたい人も大歓迎です。
    でも、勉強のやり方がわからず、結果が出せないでいる人も歓迎します。
    一番上に記した、芸人さんのセンター得点に、
    「何だこんな低い点。あったま悪いな」
    と笑う周囲の人たちに同調して作り笑いを浮かべはしても、あれは勉強した人の得点だ、勉強したけれど夢かなわなかった人の得点だと読み取ることのできる人。

    私と勉強しませんか?

      


  • Posted by セギ at 14:30Comments(0)講師日記

    2018年03月05日

    陣馬山一ノ尾根を歩きました。2018年3月。


    2018年3月4日(日)、陣馬山一ノ尾根から奥高尾を縦走しました。
    三鷹から高尾で中央線に乗り換えて、藤野駅下車。
    改札を抜けると右手にトイレがあります。
    改札前にはベンチもあり、山支度を整えて出発。9:10。
    まずは高尾方向に戻るように歩きだします。
    ほどなく踏切があり、それを渡ると、トンネルです。
    トンネル内には歩道がありますが、車が通るときにトンネル内に轟音が轟くのが結構怖いです。
    それでも、トンネル内は乾いているし凍結もしていなかったので無事に通過しました。
    トンネルを抜け、さらにてくてくと舗装道路を歩いていきます。
    藤野駅から和田行きのバスも出ていますが、歩いても駅から25分ほどで陣馬山登山口バス停に着きました。9:35。
    バス停の少し先、道しるべに従い右折。
    山支度を道路でするのは通行の邪魔になるので、ここの空き地で行ってくださいという掲示がありました。
    1年半前に来たときは、なかった掲示です。
    一ノ尾根、来る度人気が上がっているのを感じます。
    歩く人が多くなったので、こういう注意事項も掲示されるようになったのでしょう。

    すぐ先に次の道しるべがあり、「一ノ尾根」と示されている通りに左の道を選びます。
    ここから舗装された急坂が続きました。
    朝から暖かく、もうじんわり汗がにじみます。
    道なりにどんどん登っていきます。
    基本は直進ですが、直進すると舗装が尽きてしまうところで、舗装の通りに右へ。
    登山口の道しるべが見えてきました。9:50。

    一ノ尾根の登山道は整備された広い道です。
    日差しがよく通って明るく暖かい登山道でした。
    急なところもありますが、その先はまた平坦な道なので、そんなに苦しい思いをせずに歩いていけます。
    ほんの1週間前まで、登山道は凍結箇所が残り、軽アイゼン必携との情報でした。
    しかし、この1週間でめっきり春めいてきて、気温20度を越えた日もありましたから、さすがにもうアイゼンは不要と思い、持ってきませんでした。
    でも、一応心配だから、トレッキングポールは2本携行。
    一ノ尾根の道は穏やかで、そのポールもザックに差したまま、のんびり歩いていきました。
    要所要所にベンチがあり、見つける度に一応座って水分補給しました。
    むしろ、暑さ対策をしないといけない陽気でした。

    空が広くなってきて、最後の木段道。
    上の写真は、木段の途中で振り返って撮影したものです。
    生藤山が大きく見えます。
    早春の山の色。
    もうすぐ一斉に緑に変わりますね。

    陣馬山山頂。11:15。
    芝生にレジャーシートを敷いて座り、霞む富士山をのんびり眺めました。
    目を右に転じると、生藤山。
    その奥に、三頭山、雲取山、大岳山。
    陣馬山の山頂は広く、白馬のモニュメント付近が標高的には一番高いですが、この芝生のあたりが私は好きです。
    斜面を下ったところにぽつんと木が1本。
    黄色い花をつけていました。
    ええと、あの木は、何という木でしたっけ?
    アブラチャン?
    ダンコウバイ?

    風もそんなに冷たくなく、日差しはぽっかぽかです。
    昼寝をしている人が何人もいました。
    私も、のんびりお昼を食べ、コーヒーを飲み、薄れていく富士山を眺めました。

    トイレは、凍結防止のため冬期用の1か所のみ使用可能でした。
    でももう、それも解除されるでしょう。
    北斜面に雪は少し残っていますが、登山道に凍結箇所はありませんでした。
    出発。11:55。
    ちょっと長居し過ぎました。
    陣馬山は快適過ぎていけません。

    さて、白馬のモニュメントまで登り、そこからいつもの道を高尾山まで縦走します。
    最初の階段道は日当たりが良いのでもう泥も乾いていましたが、その先は陣馬山おなじみのドロドロ道でした。
    安全のため、ここでトレッキングポールを出し、なるべく登山道の端の乾いているところを歩いていきました。
    陣馬山から離れるとドロドロ箇所もほとんどなくなり、道は広く快適です。

    伐採地。
    陽当たりが良すぎて暑いくらいでした。
    相模湖方面の樹木がまた少し伐採されて減ったような。
    樹間から向こうの風景が透けて見えました。
    そのうち全部伐採して、展望地にするのでしょうか。
    ここはいつ歩いても暑く埃っぽくて、周りの樹木がいかに涼しい空気を保ってくれているのかを改めて感じる道です。

    まき道まき道と選んで、最後のひと登りだけは頑張って景信山。13:45。
    茶店は営業中でした。
    もう富士山は見えず、丹沢も青い影となっていました。

    登山道の整備も進み、ポールも使っているので、景信山からの急坂も楽々と下れました。
    小仏峠からは登り返し。
    階段道の急坂を登って、相模湖の見渡せるベンチでまた少し休憩しました。
    ここの植林こそ、ほんの数本伐採すれば相模湖と富士山の眺望が随分良くなるでしょう。
    でも、木を伐り過ぎると地滑りの危険もあるし、ムササビもつかまりどころがなくなるしなあ。
    あまり人が手を加え過ぎてはいけない、とぼんやり考えつつ、さて出発。

    木段、そして木の根の作る段差の急坂を登りきると、小仏城山。14:45。
    珍しくここの茶店はお休みでした。
    時間も遅いので、人もまばらです。
    ここからはよく整備された木段の下りです。
    この木段が整備される前は、この時期の奥高尾は泥んこ道ばかりで歩きにくく、藁など敷いてあっても焼け石に水で、関東ローム層、手ごわいなあと感じたものでしたっけ。

    高尾山下。15:25。
    山頂への石段は上らず、まき道から1号路へ。
    観光客がそれなりに増えてきましたが、それも歩くのに不都合なほどではなく、すいすいと降りていけました。
    「3号路・6号路、凍結のため転倒事故多発」との掲示が。
    それもこの陽気でそろそろ大丈夫でしょうか?
    リフトは16:00まで。
    茶店も閉店し、片付けが始まっています。
    来週の日曜日は高尾の火渡り祭り。
    ポスターが掲示されていました。
    来週の高尾は大賑わいとなりそうです。

    1号路を歩いて下り、高尾山口。16:35。
    駅への道を急ぎました。

      


  • Posted by セギ at 12:06Comments(0)

    2018年03月01日

    入試結果、出ました。


    2018年度入学試験結果が本日全て揃いましたので、ご報告いたします。

    ◎大学受験の部
    早稲田大学文学部合格
    中央大学文学部合格
    成蹊大学経済学部合格
    東洋大学経済学部合格
    デジタルハリウッド大学合格(推薦入試)

    ◎高校受験の部
    都立西高校合格
    都立南平高校合格
    女子美術大学付属高校合格(推薦入試)

    ◎中学受験の部
    恵泉女学院合格

    今年は受験生の人数も塾内で過去最大、合格実績も高いものとなりました。
    受験生の努力が結実しました。
    塾の歴史が長くなり、長期間通ってくれた生徒さんの合格には喜びもひとしおです。
    本当に良かった。
    皆さん合格おめでとうございます。


    今日から3月。
    また新しい出発です。
    セギ英数教室は、生徒を募集しています。

    大学受験英語は、受験科目の中でも最大の得点源として、ペーパーテストで高得点を取るための授業を行っています。
    英語4技能への移行を睨みつつも、現時点では、やはり筆記試験の得点力が入試を左右します。
    英語は常に得意科目でありたい。
    他の科目の少しの失敗は楽にカバーできる英語得点力を実現しています。

    数学は、得意な人は得点源としてのびのびと能力を伸ばし、また、苦手な人は、他の科目に迷惑をかけない得点を必ず確保することを目標に、演習中心の実戦的な授業を行っています。
    数学は苦手だが大学受験にどうしても必要な人、歓迎します。

    高校入試においては、数学・英語を含め、5教科の指導を行っています。
    こちらも入試問題の出題傾向に焦点を絞り、必要な知識を身につけた上での実戦的な入試対策を行っています。
    都立入試の数学・英語は得点源。
    さらに、他の各科目も最低でも85点は取る
    そうした形で入試の朝を迎えることを毎年の目標とし、成果を上げています。
    また、私立入試・都立自校作成校入試は、英語・数学ともに学校で学ぶ内容だけでは不足があります。
    早くから志望を定めている方には、定期テスト対策で内申を確保しつつ、学校のカリキュラムを離れて入試に向けた発展的な学習を計画的に指導しています。

    中学受験は、受験算数をメインとした指導を行っています。
    他科目の受講もご相談に応じます。
    当塾だけで入試対策をする方も、他の塾の補習の形で活用される方も歓迎です。

    受験生が卒業し、現在、授業コマに余裕があります。
    新規の生徒を募集しています。
    塾は3月が新学期。
    一般的にも、個別指導は、実力・実績のある講師から授業が埋まっていきます。
    新学期から通うのでは、指導経験のない新人アルバイト講師しか空きがないということにもなりかねません。
    今が塾選びの時期です。

    左のお問い合わせボタンから、ご連絡ください。
    まずは無料体験授業を受けてください。
    ご連絡、お待ちしております。



      


  • Posted by セギ at 12:07Comments(0)講師日記

    2018年02月25日

    3月10日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    今年も3月11日が近づいてきました。
    あれから7年。
    セギ英数教室は東日本大震災の年に開校しました。
    このブログも、地震の混乱の頃から始まっています。
    塾の歩みは、あの日からの歩み。
    次回にいただく受講料は「みちのく未来基金」に寄付させていただきます。

    さて、2月24日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回も引き続き「剰余の定理」「因数定理」の学習です。

    問題 f(x)=4x3-3x2+ax+b がx2-2x-3 で割り切れるように定数a、bの値を定めよ。

    割り切れるということは、
    f(x)=(x2-2x-3)(   )
    という形に因数分解できるということです。
    最初の( )をさらに因数分解すると、
    f(x)=(x-3)(x+1)(  )
    という形になるということ。
    これは因数定理が使えますね。
    f(3)=0 になるのですから、
    f(3)=4・33-3・32+3a+b=0
    これを整理して、
    108-27+3a+b=0
    3a+b=-81 ・・・①
    また、f(-1)=0 でもありますから、
    f(-1)=4・(-1)3-3・(-1)2-a+b=0
    これを整理して、
    -4-3-a+b=0 
    -a+b=7 ・・・②

    あとは、aとbの連立方程式として解きます。
    中学2年で学習した内容ですね。
    ①-②
    4a=-88
     a=-22
    これを②に代入して、
    22+b=7
         b=-15
    よって、a=-22、b=-15 となります。

    問題 整式 f(x)をx-1でわると-1余り、x-4で割ると5余るという。f(x)を(x-1)(x-4)で割ったときの余りを求めよ。

    これは上の問題と異なり、整式 f(x)が何字式なのかわかりません。
    だから、(x-1)(x-4)で割った商が何次式であるかもわかりません。
    なので g(x)と表します。
    fの次だから g で、この文字の使い方にそれ以上の意味はありません。
    何でもいいんですよ。

    f(x)=(x-1)(x-4) g(x)+ax+b とおく。
    (x-1)(x-4)は2次式なので、余りは1次式となります。
    それを ax+b とおいています。
    ここで剰余の定理が利用できます。
    x-1で割ると余りが-1なのですから、f(1)=-1です。
    すなわち、
    f(1)=a+b=-1 ・・・①
    同様に、
    f(4)=4a+b=5 ・・・②
    ②-①
    a=6
     a=2
    これを①に代入して、
    2+b=-1
      b=-3
    余りをax+bと表したのでした。
    よって、余りは、2x-3 となります。


    問題 x9-12 を x2-4 で割ったときの余りを求めよ。
    これもg(x)を用いて、
    x9-12=(x2-4)g(x)+ax+b と表すことができます。
    割る式を因数分解して、
    x9-12=(x+2)(x-2)g(x)+ax+b
    剰余の定理を用いましょう。
    x=-2を代入すると、
    (-2)9-12=-2a+b
    左辺と右辺を取り換えながら、式を整理すると、
    -2a+b=-512-12
    -2a+b=-524 ・・・①
    また、x=2を代入すると、
    29-12=2a+b
    2a+b=500 ・・・②
    ①+②
    2b=-24
     b=-12
    これを②に代入して、
    2a-12=500
        2a=512
         a=256
    よって、余りは、256x-12


    問題 x6 を(x-1)2 で割ったときの余りを求めよ。

    今まで通り、まずはg(x)を用いて式を表してみましょう。
    x6=(x-1)2g(x)+ax+b ・・・① とおく。
    剰余の定理を用います。
    x=1を代入して、
    1=a+b ・・・②
    さて、ここまでは順調なのですが、割る式が(x-1)2なので、剰余の定理で代入できる値はx=1しかありません。
    あれ?
    このまま、もう何も動かない?
    ( ;∀;)

    ここで「同じ値を2回代入するぞ方式(仮)」とでも呼ぶべきテクニックを使います。
    勿論、同じ式に同じ値を代入しても同じ結果しか得られません。
    だから、式自体に変化を与えます。
    まずは、②を変形します。
    a+b=1
    b=1-a
    この値を①に代入します。
    x6=(x-1)2g(x)+ax+1-a
    x6=(x-1)2g(x)+a(x-1)+1
    x6-1=(x-1)2g(x)+a(x-1)
    ・・・お?
    この式、両辺を x-1 で割ることができるのでは?
    そうすれば、式自体が変質し、もう一度同じ値を代入したときに違う結果が得られそうです。
    まず左辺を因数分解してみましょう。
    (x3+1)(x3-1)=(x-1)2g(x)+a(x-1)
    (x3+1)(x-1)(x2+x+1)=(x-1)2g(x)+a(x-1)
    やはり、両辺をx-1で割ることができます。
    やってみましょう。
    (x3+1)(x2+x+1)=(x-1)g(x)+a
    これにx=1を代入します。
    (1+1)(1+1+1)=a
    よって、a=2・3=6 です。
    これを②に代入して、
    b=1-6=-5
    よって、余りは、6x-5です。

    ほとんど手品のようなこの解き方。
    「ないわー」
    「そんなの絶対思いつかない」
    と、高校生には大不評です。
    こういうテクニックがあるということを、まずは覚えてください。
    文字を減らし、次数を変えれば、同じ値を代入しても結果は同じではないのです。

    とはいえ、実際の模試や入試問題でこの問題がポコッと出題されたときに、このテクニックを使えるかどうかは微妙です。

    x6を(x-1)2で割った余りを求める。
    実際に筆算で割っていけばいいんじゃないの?
    何にも発想できないときには、その解き方、私も賛成です。
    何もしないのが一番良くない。
    とにかく何かをしてみましょう。
    x6をx2-2x+1で筆算しても、結果は勿論、余りが6x-5と出てきます。

    さて、次回の大人のための数学教室のお知らせです。
    ◎日時  3月10日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「因数定理・高次方程式」を続けます。p.33例題7(2)の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします




      


  • Posted by セギ at 16:39Comments(0)大人のための講座

    2018年02月23日

    AIの有効性と読解力のない子どもたちの話。


    少し前に「リーディングスキルテスト」のことをこのブログでも話題にしました。
    そのときは、公表された問題から、能動態と受動態の区別のつかない子が目立つし、それは実感として私もわかるということを書いたのですが、このほど、そのテストの主催者からさらに詳しい情報が公開されました。

    寡聞にして知らなかったのですが、このリーディングスキルテストの責任者である新井紀子さんは数学者で、「東ロボくん」という東大入試を受験するAIプロジェクトの指導者だった人でした。
    「東ロボくん」は、東大合格を目指すと言われていましたが、プロジェクトの真の目的は、AIは東大には合格できないことを証明することだったそうです。
    AIには、そのような能力はない。
    数学者だからこそ、そのことは予見できていた、というのは説得力のある話です。

    AIは、徹頭徹尾、数学の塊。
    数学的な情報に変換できないものは、入力も出力もできません。
    AIが本質的に「ものごとの意味を理解する」ことはありません。
    だから、東大に合格することなどありえない。

    AIが特に苦手としている科目は英語だそうです。
    AIは、英文の意味を理解しません。
    「東ロボくん」には1500億の英文を入力したそうですが、それでも意味など理解しようがありません。
    その1500億のデータから、次にくる可能性の最も高い単語を特定していくだけで、意味を汲み取ってはいません。
    言い換えれば、AIは、自動翻訳機の役割を果たすことはできても、AI単独で国際会議に出席することはできない。
    英語で商談を成立させ、契約を取ることはできない。
    人間に求められる英語力がそのようなものである以上、AIが人間を凌ぐことはあり得ないのです。

    ところが、「東ロボくん」は、東大に合格することは無理ではあっても、年月を重ねるうちに偏差値が上がっていきました。
    ついには、MARCH・関関同立のうちのいくつかの入試で合格点を取るに至ったそうです。
    現役高校3年生の学力上位数%に達することは不可能。
    しかし、学力上位20%に入ることは可能となりました。
    これは極めて危険なことです。

    学力上位者は、AIにはできない仕事を今後も続け、収入も今よりさらに上がる可能性があります。
    一方、AIと似たような判断・行動の傾向を持つ人は、処理スピードや正確さではAIに勝てませんから、大学を卒業しても、AIの下で最低時給で働くことになりかねません。

    いますね・・・・、AIみたいな人。
    この場合の「AIみたいな人」は、褒め言葉ではなく悪口で、「AIみたいなおバカさん」ということなのですが。
    ものの考え方が一本調子というか。
    そうした人たちは、500万円にものぼる奨学金を借りて大学を卒業しても、その借金を返せる職にはつけないことになってしまいます。
    大学に進学することは、それだけのリスクを負うことになってしまう・・・・。

    この状況を危惧した新井紀子さんは、AIに学力で負けてしまう子の負け方に着目したそうです。
    なぜ彼らは入試問題で誤答するのか。
    なぜAIよりも正答率が低いのか。
    それを調べ、誤答のパターンが奇妙であることに気付きます。
    あれ?
    この子たち、問題文の意味が理解できていないのでは?
    そういう誤答をする子が多いことに気づいたそうです。
    それが「リーディングスキルテスト」プロジェクトのそもそもの始まりでした。

    リーディングスキルテスト。
    教科書に実際にある文を読解し、簡単な正誤問題や選択問題に答えるテストです。
    現在、4万人以上の試験データが集まっているとのこと。
    子どもだけでなく、大人でも、誤答する人は多いらしいです。
    例えば、こんな問題が公開されています。

    アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

    この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

    セルロースは(  )と形が違う。

    ①デンプン ②アミラーゼ ③グルコース ④酵素

    この解答は、このページの一番最後に記します。


    こうした問題で誤読をする人は、目立つ単語を目で拾っているだけで、その単語と単語の結びつきや関係、それがどう機能しているかを読みとっていないのではないか?

    新井紀子さんのその解説に、私は「ああっ!」と思いました。
    私は英語や数学を教えていて、確かにそういうタイプの子に出会っています。
    前回のブログにも書きましたが、英語の長文を読むのに、知っているいくつかの単語だけで「妄想誤読」をしてしまう子。
    あるいは、英語教科書本文の和訳をする際、その前までの文脈と、次の英文の目立つ単語からストーリーを類推するのか、大意は一致しているものの、該当の英文の訳ではないものをスラスラと口にする子。
    そういう子は、物語の和訳は比較的得意なのですが、自然科学系の説明文になると類推できず、行き詰まります。
    算数・数学の文章題では、問題文中の数字を適当に組み合わせて、かけたり割ったりすれば答えが出ると漠然と期待しているような奇妙な式を立てる子。
    そもそも問題文を読まず、図やグラフだけ眺めて解いている子。
    私は、彼らは基本ものぐさで、問題文を精読する習慣がないのだと思っていましたし、確かにその傾向もあるのですが、もしかしたら、彼らの中には、単語を拾う以外の読解がそもそもできない子もいるのではないか?
    学校の国語の定期テストの得点の上下の変動が激しい子は怪しいです。
    本人は、
    「今回のテスト範囲の文章とは相性が悪かった」
    と言うのですが、実は、単語を拾っているだけなのではないか?
    だから当たり外れが大きいのではないか?


    リーディングスキルテストの結果によれば、こうした教科書の文章を読解できない子どもは、全体の半分近くにのぼるそうです。
    AIは、意味を理解しません。
    しかし、教科書の文章を読解できない子どもたちも、意味を理解できていない。
    それでは、AIに職を奪われ、AIの下で働くことになりかねません。

    偏差値では評価できない能力を持つ子には生きる道があります。
    いわゆる「人間力」でしょう。
    AIで代替できない能力を持つ子は、生きていけます。
    しかし、学力的弱者のまま、皆と同じように高校に入り、偏差値のあまり高くない大学に入り、AIと似たような思考パターン・行動傾向しか持てず、AIができないことはその子もできない状態で社会に出てしまう子の将来は暗い・・・。
    ともかく、教科書の文章は理解できなくては。
    新井紀子さんは、今後の自身の研究生活を、教科書の文章を読めない子たちの救済に捧げる覚悟とのことです。
    詳しくは、新井紀子著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)をご覧ください。


    個人的には、子どもに教える仕事はAIでは代替できないものだと思っているので、私は、AIに対する関心もこれまで低かったかもしれません。
    「AIによるラーニング・プログラム」といったパンフレットが塾に届いたりもするのですが、内容を読むと、まだまだ導入には時期尚早と感じます。
    「生徒の誤答を分析し、理解できていないところまでさかのぼります」
    とパンフレットには書いてありますが、数学の場合、生徒の誤答の原因の第一は計算ミスです。
    誤答する度に、小学校の「2桁のかけ算」や「分数の計算」、中1の「正負の数」に戻って、計算練習をするんでしょうか。
    計算ミスの原因が、計算の仕組みを理解できていないせいならばそれで良いでしょうが、人間の計算精度の低さというのは、そういうことだけが原因ではないのです。
    特に、女子生徒は、表情に出さなくても、数学の問題を解きながら全く関係ないことを考えていたりします。
    友達とごだごたもめていたり、出がけにお母さんと口論したり、彼氏とトラブっていたり。
    そういうことのいちいちで心の中に大波が立っているのに、無表情で数学の問題を解いています。
    計算なんか合うわけがないんです。( ;∀;)
    そして、そういうことを現時点のAIラーニング・プログラムが理解できるとは思えないんです。
    心の中に大波が立っている女子生徒に、
    「あなたは中1の正負の数の計算を復習しましょう」
    なんて指示を出してご覧なさい。
    泣き出すか、怒りだしますよ。
    怖い怖い怖い。( ; ゜Д゜)

    そういうときは、相談に乗れるようなら相談に乗るし、あるいは、あえて知らない顔で問題難度を調節しながら数学の授業をし、「今日は無理だなあ。そんな日もある。また次回」と判断する人間の講師のほうが有効だと思います。

    また、数学は、基本は理解しているが応用問題は全く解けない子が多く存在します。
    基本問題ならば解けます。
    しかし、基本と基本を組み合わせることはできない。
    それに対し、現時点のAIに、どの程度の対応力があるのでしょう。
    基本は理解しているが応用問題が解けない子どもは、どこに遡って学習をするのでしょう?
    AIの言う通りにしていたら、わかりきっている基本問題しか練習できずに勉強が終わってしまう可能性がありそうなのです。
    AIによるラーニングプログラムには無限の可能性があるとは思うものの、現時点ではまだ人間の講師の判断のほうが重要で、それなら今と変わらないのです。
    過去50年の全ての入試問題が入力され、分析されて、類題学習がいくらでもできるようなプログラムが開発されたら、それはもう私自身が一番ウキウキして導入すると思いますが。

    新しい教育機器の活用ということで言えば、私は国立大学教育学部の附属中学に通っていましたから、実験的な教育として、当時の最先端のLL教室での英語の授業を週1回受けていました。
    ヘッドホンから英語のリスニング問題が流れ、正答と思う手元のボタンを押します。
    生徒の解答はブースにいる英語の先生のもとに集約されます。
    正答率や解答分布などが瞬時に分析できるシステムだったのだと思います。
    そういう英語学習を目新しく格好いいと、当時の私が思わなかったわけではありません。
    だから当時の授業を今も記憶しているのでしょう。

    しかし、それで私は英語が好きになったのか?
    そのLL授業の成果で私は英語が得意になったのか?
    それは違うと思います。
    どんなに形が目新しくても、ヘッドホンから流れてくるのは、心弾む曲でもなければ、好きなラジオパーソナリティーの軽妙なおしゃべりでもないのです。
    どこまでいっても面白くなりようがない内容の会話や1人語りが英語でされているだけでした。
    トムやメアリーがショッピングモールで何を買ったかレベルの話に延々とつきあわされるんです。
    面白いわけがないです。
    それが英語で語られ、英語を聴き取るということそのものが楽しみでない限り、LL教室なんかちっとも楽しくなかったのです。

    さらに言えば、LL教室ではない、普段の英語の授業のほうが、その先生は素晴らしかったのです。
    フリップを高く掲げ、英文の転換練習を繰り返す授業でした。
    主語を変え、目的語を変え、動詞を変え。
    肯定文を疑問文にし、否定文にし。
    そうした転換練習を繰り返します。
    どの生徒も1時間の授業で2~3回は指名され、答えていました。
    その授業スピード。
    全ての生徒に指名していく目配り。
    あの授業は職人技でした。

    定期テストの範囲だったので毎日聴いていたNHKラジオ講座「基礎英語」も、私には面白かったです。
    nameという単語が初めて出てきたとき、ラジオ講座の先生は「私は中学生で初めてこの単語を見たとき、ナメーと読んで、英語と日本語は似ているなあと嬉しくなりました」と真面目な声で話していたのを今も覚えています。
    この先生、何を言っているの?
    ラジオをまじまじと見つめてしまい、以後ずっと、真面目な声でときどき変なことを言う講師のファンでした。

    これも結局は人間力で、ガジェットの魅力よりもコンテンツだったなあと思うのです。
    今、AIプログラムを導入すれば、端末を使うのがとりあえず楽しい子どもたちの学習意欲は一時的に上昇するでしょう。
    しかし、それはどの程度持続するものなのか?
    そもそも、我々大人がウキウキするほど、彼らは端末にウキウキしてくれるのでしょうか?
    AIに興味津々なのは、自分が子どもの頃にそんなものが存在しなかった大人たちであって、子どもは案外冷静な反応を示すかもしれません。
    結局、何で学ぶかではなく、何を学ぶかだと思うのです。

    さて、最後にリーディングスキルテストの解答を。
    正解は、①デンプン です。
    正解されましたか?ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 13:01Comments(0)講師日記

    2018年02月21日

    大学入試民間試験導入の最新情報と、英語長文を読む力。


    2020年度から大学入学共通テストが始まります。
    そこで導入される英語の民間試験について、国立大学協会がガイドライン案をまとめたとの報道がありました。
    公表は4月頃になるとのことです。

    英語は「読む・聴く・話す・書く」の4技能を測定するため、民間試験に移行することが決まっています。
    今回まとめられたガイドライン案は、この大きな変化を考慮し、2023年度までは、センターが作る「リーディング」「リスニング」テストを全受験生に課すというもの。
    つまり2023年度までは、これまでのセンター試験の「英語」「リスニング」とそんなに違わない共通テストをやはり全員受けるということですか。
    ガイドラインに強制力はないとはいえ、概ねそういうことになりそうです。

    その間、民間試験の扱いはどうなるのかというと、1割弱の加点とのこと。
    すなわち、センターの作る英語の問題が200点満点であるなら、例えば、英検2級合格は+15点の加点、英検準1級合格ならば+20点の加点。
    全体で220点満点になったイメージですね。

    2024年以降はまた違ってくるのでしょうが、スコアを入試にそのまま使用するのではなく、その級に合格すれば加点という形ならば、対策はやりやすそうです。
    受験までの1年間の間に受けた英検2級のスコアを入試の英語得点とするということになると、指導法がこれまでとは変わってきます。

    これまで、英検はとにかく受かれば良いという指導をせざるを得ませんでした。
    多くの生徒が単語力が伴わないのに英検を受けるので、大問1の語彙に関する短問は、50%程度の正答率でも仕方ないのです。
    それ以降の読解問題は、75%は正答しましょう。
    リスニングも75%の正答率が目標です。
    英作文?
    何をどう書いていいかわからないという子が多く、一番不安を感じるようですが、書き方のひな型がありますから大丈夫です。
    合格点は取れます。
    実際、この2年間の受験生は全員、リーディングのスコアよりもライティングのスコアのほうが高かったです。
    案ずるより生むが易しです。

    合格することだけが目標なので、そんな指導でした。
    しかし、スコアがそのまま入試に使用されるとなると、それでは話が済まなくなります。
    英語は得点源ですから、他の科目の凹みの分も英語でガサッと得点したいです。
    これまでのセンター試験では、200点満点のうち最低でも180点を目標としてきました。
    できれば190点を取りましょう。
    取れますよ。
    個々の大学入試問題と比べたら本当に易しいですから。
    そのためには、まず単語力を抜本的に鍛えていきますよー。
    それが終わったら、この課題。
    次はこれ。
    それから、これ。
    そういう指導をしてきました。
    これからは、それを英検2級でもやるんだなあ。
    最短でも結果が表れるまで半年はかかるので、準備も前倒しだなあ。
    なかなか大変だ。
    そう考えていました。

    とはいえ、大学受験のための英検受検なら、生徒のモチベーションが違ってくるから大丈夫なのかもしれません。
    今、高校生で英検2級を受ける子は、どこにモチベーションがあるのか、ちょっとよくわかないことがあるのです。
    英検2級を何に使うという目的もなく、ただ受けるからでしょうか。
    「友達がこの前合格したから、自分もそろそろ」
    「英検2級くらいは、もう受かるかと思って」
    ・・・・受かりませんよ、そんなモチベーションでは。( ;∀;)

    まだ受験学年ではないので学習に対して腰が座っていませんから、単語力を根本から変えていく訓練に耐えられそうにありません。
    だから、英検2級にふさわしい単語力がないのを承知の上で、ギリギリ合格する指導を今は行っています。
    そう考えたら、今の英検指導のほうが多くの困難を抱えながら善戦しているのかもしれません。


    単語力さえあれば英文は読み進めていくことができます。
    知っている単語ならばリスニングも聞き取れます。
    大元は単語力です。

    英検の最大の得点源は、リスニングと長文読解。
    しかし、長文読解問題が苦手な人は多いです。
    大半の人は、単語力不足に悩んでいます。
    単語がわからないので、英文を読んでも意味がわかりません。
    1行に1個や2個のわからない単語があっても読み進めることができますが、1行に5個も6個もわからない単語がある文章は、どんなテクニックを使っても読めません。
    そして、文法力。
    わからない単語があっても、その単語の位置から品詞を特定し、見切る力。
    文の構造を把握して大づかみにしていく力。
    ちまちました例外的な文法事項は、文法問題のために覚えるものですが、そうではなく、英文の構造把握のための文法力が読解には必要です。

    単語力がない子が妙な読解テクニックにかぶれて、おかしな読み方をすることがあります。
    いわゆる「類推読み」というもので、極端な話、本文を読まないで問題を解くというところまでいってしまうこともあります。
    単語の意味がわからな過ぎてどうしようもないのはわかるのですが、そういうときには、歯をくいしばって単語力をつける努力をしてほしいです。
    そのほうが、結果的には早道ですから。
    しかし、楽そうな道に逸れてしまう子は多いです。

    以前、こんな誤読がありました。
    乳幼児を持つ親が自分の住んでいる郡の保健所に問い合わせたメールに対する、保健所からの返信を読む問題でした。
    検診はどこで受けられるのか、予防接種は保健所で受けることは可能かといった問い合わせへの返信です。
    ところが、その子はそのメールを、誰かが田舎のデパートにクレームをつけたものへの返信として読んでいたのです。
    「郡」という単語を「田舎」と誤読。
    「部署」を「デパート」と誤読。
    「述べる」を「クレームをつける」と誤読。
    そして、その誤読した3つの単語だけで、文章の大意を類推。
    そのようにして、似ても似つかない内容のものを勝手に頭の中に作り上げて個々の設問を解いていました。
    勿論、全問不正解でした。
    ( ;∀;)

    誤読した3つの単語だけでストーリーを作り上げてしまっては、類推読みを通り越して妄想の域ではないかと思います。
    単語力がないとそのようなことが起こります。
    勿論、英文の隅々までわかるほどには学習は進まない場合もあります。
    だから、意味のわからない単語をある程度カバーする読解テクニックは存在します。

    例えば、主語が人で、意味のわからない動詞があり、その後にthat節が続いている場合、
    「この動詞の意味がわからないから、文の意味がわからない」
    と嘆く受験生に、
    「人が主語で目的語がthat節なら、そんな動詞は大体『言う』か『思う』のバリエーションです。何か意味が添えられているのは確かですが、意味の強弱の範疇のものですよ
    と説明すると、目から鱗が落ちたように驚きます。
    「主張する」も「説明する」も「証明する」も「反論する」も、「言う」ことのバリエーション。
    その単語の意味がわかるに越したことはありませんが、わからなくても何とかなります。
    全体の流れを読んでいく妨げにはなりません。
    こういう類推読みなら有効です。
    しかし、それには、少なくともその前後の内容は理解できていることが必要です。


    真面目すぎる子の中には、1つのわからない単語にとらわれて英文を読み進めることができなくなる子がいます。
    「妄想誤読」も厄介ですが、たった1語にこだわるのも困ったことです。
    特に受験生は、緊張で視野が狭くなってしまうのか、後ろに脚注があることに気づかず、単語の意味がわからなくてパニックを起こすことがあります。
    また、脚注はないのに変に難しい単語や言い回しが使用されている場合、その意味を文章中で説明してくれていることが多いです。
    それが設問の内容だったりもします。
    しかし、パニックを起こして、そのことも判断できなくなってしまうことがあります。

    妄想的な読み方はしない。
    1語の意味にこだわらない。
    こうしたほど良さやバランスを習得するためには、やはり、必要な単語力は身につけた上でたくさんの長文を読み、場数を踏む必要があります。


    単語力も文法力もそれなりにあるのに、妙な誤答を繰り返す子も、ときどきいます。
    たとえば、こんなふうでした。

    I am Akira. I am fifteen. I live in New York. There are five people in my family; my father,my mother,my brother,my sister and me.

    これは中2向けの長文です。
    全てがクリアで、間違うはずがないように見えます。

    問1 How many people live with Akira?

    その子の答えは、 No one dose. でした。

    Five people do.
    と答えるケアレスミスなら、まだわかります。
    なぜ、誰も一緒に住んでいないと誤解したのでしょうか。
    答えの英文は、文法的に正確で、英語力がそれなりのものであるのを感じさせるのに。

    「これは、4人ですよ。お父さんとお母さんとお兄さんとお姉さんの4人と一緒に住んでいます」
    「そうなんですか?」
    と、彼は、心から驚いた顔をしていました。
    「1人で住んでいるんじゃないんですか」
    「なんでそう思うの?」
    「1人でニューヨークに留学しているんじゃないんですか」
    「そんなこと、どこにも書いてないよ」
    「だって、アキラは、日本人だから。日本人がニューヨークにいるんだから、留学でしょう」
    「・・・あなたは、何時代の人なの?」

    誤読しやすい人は、思い込みが強いのだと思います。
    「行間を読め」とよく言いますが、英語でも日本語でも、書いていないことを読んではいけません。
    行間なんか読んだらダメです。
    書いてあることから当然推定できることだけを答えるのが、読解です。

    厳密に言えば、彼がニューヨークで家族と一緒に住んでいると、この英文には書かれていません。
    けれど、独り暮らしならば、この書き方はしないでしょう。
    その場合は、家族は4人いるけれど日本に住んでいて、アキラはニューヨークに住んでいる、という説明があるはずです。
    そして、アキラは、ニューヨークでホームステイをしていますという、ありがちな展開になっているはず。
    それがないのだから、アキラは家族とニューヨークに住んでいるのでしょう。

    段落を変えていないことからも、それはうかがえます。
    1つの段落には1つの内容を書くのが文章のルールです。
    だから、1つの段落の中で語られる家族は「ニューヨークに住んでいる」という情報の中にくくられます。

    英語の長文を読むには、まず単語力が必要です。
    そして文法力。
    わからない単語があっても、その単語の位置から品詞を特定し、見切る力。
    文の構造を把握して大づかみにしていく力。

    でも、それだけではダメで、もう1つの力が必要なのかもしれません。
    書いてあることを正確に読み取る力。
    書いていないことを勝手に読んだりはしない力。
    誤読しない力。
    変な行間を読まない力が必要です。
    それには、多くの英文を読み、誤読の癖があるならそれを客観的に指摘されて自覚しないと直せないでしょう。
    演習量の確保は不可欠です。

      


  • Posted by セギ at 12:18Comments(0)英語

    2018年02月19日

    伊予ヶ岳と富山を歩いてきました。2018年2月。


    2018年2月18日(日)、千葉県の山、伊予ヶ岳と富山を歩いてきました。

    今年は、大学受験生3人、高校受験生3人、中学受験生1人の合計7人の受験生が在籍し、未曾有の忙しさでした。
    今週の都立高校入試を前に、全ての受験生が卒業します。
    うちの塾は、受験の際にいったん全員が卒業し、その後、新生活が落ち着いて再び通塾を希望される人はまた通い始めるシステムをとっています。
    一挙に7人が卒業するこの春、入試の結果はまだ出揃っていないけれど、とりあえず自分への慰労会を行おう。
    というわけで、今回は、春の房総、楽ちん山歩きです。

    新宿7:50発の特急新宿さざなみ1号・館山行きに乗車。
    新宿始発ですので、自由席でも楽に座ることができました。
    この電車一本で、目的の岩井駅に着きます。
    電車はスカイツリーと別れを告げ、東京から千葉へ。
    五井駅の先で車窓から富士山が見え始めました。
    まだ海は見えないのですが、風景から海が近いことは感じられます。
    そして、浜金谷駅の手前でついに東京湾が見え始め、その向こうに富士山。
    千葉で見る富士山もまた良いものですね。
    意外に大きく見えます。

    岩井駅。9:51。
    改札を抜けるとすぐ、駅前に黄色い小型バスが停まっていました。
    これが「トミー号」。
    どこで下りても200円のコミュニティバスです。
    休日には、このバスが伊予ヶ岳の登山口「天神郷」に停車してくれます。
    「伊予ヶ岳に行くのはこのバスですか」
    そう尋ねて乗車したのが良かったです。
    「次は〇〇です」
    という放送もアナウンスも全くなかったのですが、バスは天神郷ですっと停車。
    「伊予ヶ岳でしたね?こちらです」
    と運転手さんが教えてくれました。

    天神郷。10:26。
    そこは平群天神社(へぐりてんじんじゃ)の前でした。
    ガイドブックの通り、バス停から大鳥居をくぐり、まずは神社で安全登山を祈りました。
    神社の左に舗装された細い道があり、それが登山道の始まりです。
    最初の道しるべまでが遠いので、この道で良かったのかなと思うのですが、1本道しるべが現われると、その後は道しるべが随所に立っていました。
    道は半舗装から、やがて山道に変わります。
    よく整備されたハイキング道でした。
    この季節なのに、山は緑。
    照葉樹に覆われ、樹木の下にはシダ類が繁茂しています。
    空は快晴。
    風もなく、暖かい。
    気持ち良く展望台へ。11:00。
    あずまやもありますが、木段を少し上がった先は見晴らしのよい展望台でベンチとテーブルが置かれてありました。
    ひと息ついて、さて、伊予ヶ岳の山頂を目指します。
    「ハイキング道はここまで。この先、非常に危険です」
    といった掲示がありました。
    鎖場の始まりです。
    鎖場といっても、かかっているのは太いロープでした。
    道はジグザグに曲がりながら山頂に続いているのですが、そのジグザグが全て鎖場でした。
    ホールド・足場は豊富ですが、なかなかの傾斜です。
    ジグが鎖場。
    ザグも鎖場。
    次のジグも鎖場。
    次のザグも鎖場。
    その連続で、ついに頂上まで鎖場は続いていました。(+_+)
    今日は、慰労ハイキングだったんだけどなー。
    伊予ヶ岳って、こんなに険しかったかなー。
    山頂までの10分間、ずっと鎖場でした。

    帰って自分の登山記録を読み返したところ、伊予ヶ岳に前回登ったのは2004年。
    そのときの感想は「山頂付近は岩場。そんなに難しいところではなかったが、もたついた」
    とありました。
    もたついてるんじゃん、自分!
    だったら素直に「難しかった」と書きなさい。(^-^;

    ともかく、山頂。11:10。
    突端は鎖で覆われ、独りだけが立つことができます。
    順番を待って、突端へ。
    群青色の東京湾。
    その向こうに富士山と伊豆の山々。
    間近に、これから行く富山(とみさん)。
    晴れ晴れとした眺望でした。

    さて、この山頂は南峰です。
    伊予ヶ岳は双耳峰。
    一応北峰も往復してきました。
    途中の見晴らしの良い場所、そして北峰の山頂から、南峰の突端の様子がよく見えます。

    往復して再び南峰。11:30。
    下山は同じ鎖場を下る以外に道がありません。
    下りようとすると、小学生くらいの女の子が、がんがん近づいてくるので道を譲りました。
    活発な子のようで、こういう子に煽られながら鎖場を降りるのは厄介です。
    後から来た、その子のお父さんと妹さんにも道を譲りました。
    この妹。
    活発なお姉さんと多分1歳違いくらいの小学生で、もしかしたら双子かもしれないですが、こちらは大変臆病な様子でした。
    鎖場手前の坂を立って降りられず、お尻をついてズルズルと下山。
    お父さんがフォローしますが、鎖場ではロープにしがみつき、なかなか足を次の場所に移せません。
    その間も、活発な姉は、ガンガン先に行ってしまいます。
    これから登るために途中で待機していた人が、お父さんに、
    「あの子、前向きに降りて、1回転して落ちましたよ。下にいた人が受け止めてくれたけど。怪我していないか後で見てあげて」
    と話しかけていましたが、お父さんは、
    「あ、そうですか」
    のみ。
    あれ?
    ありがとうもすみませんもないのですね。
    私も、女の子に、
    「落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だよー」
    と声をかけたのですが、返事はなかったです。
    止めても先に行ってしまう子と、なかなか降りられない子と、2人を1度に見るので、お父さんもパニックを起こしていたのかもしれません。
    そんなわけで、鎖場、大渋滞発生。(^-^;
    渋滞に業を煮やした人が、ロープを使わずに降りてきたりしますが、渋滞の発生源が小学生の女の子だとわかると、文句も言えず、そこで棒立ちです。
    その子を脅かすことになりそうで、ロープを使わずに抜き去ることもできません。
    結局、鎖場の下りに30分かかってしまいました。
    とはいえ、その間、ホールドの様子やロープの様子などをよく観察できたので、落ち着いて下ることができたから、私としてはまあ良かったと思います。
    あのとき、あの活発な女の子に道を譲らなかったら、1回転した子が私のところに落ちてきたかもしれないので、むしろ、私は運が良かったのでしょう。

    そんなわけで、展望台まで戻ってきました。12:00。
    来た道をさらに少し戻ると、分岐の道しるべがあり、その通りに「富山」を目指します。
    落ち葉が少し積もっていて柔らかく、今までの道よりも歩く人は少ないのかもしれませんが、やはりよく整備されているハイキング道でした。
    道しるべの通りにどんどん降りていくと、再び舗装された道に。
    さらに下りていくと、県道89号に突き当たりました。
    この道は、どっちに曲がるのかな?
    感覚的には右のようなのですが、ここ、左でした。
    道路の向かい側に道しるべがありました。
    ちょっと見えにくいのが難点です。

    そこから100メートルでV字に戻るように右の登り坂へ。
    坂道を登っていくと、平らな農道に出ました。
    舗装はされていますが、車はほとんど通りません。
    前方に目指す富山。
    振り返れば、下りてきた伊予ヶ岳の岩峰。
    足許には水仙、タンポポ、オオイヌノフグリ。
    春の里道は、長さを感じませんでした。

    再び車道に突き当たります。
    ここもよく周囲を確かめると、道路の向かい側に道しるべがありました。
    その通りに左折し、10m先をV字に右へ。
    その坂道が、富山への登山道の始まりでした。
    富山への登山道は山頂近くまで舗装されています。
    車も上がれる広い登山道でした。
    分岐のあずまや。13:20。
    ここで道は南峰と北峰に分かれます。

    2004年に来たとき、南峰は荒れていて眺望もなくがっかりした記憶があったので、まずはがっかりな南峰を片付けましょう。
    舗装はそこで終わり、土の道はクッションが効いて歩きやすかったのですが、そこかしこに「スズメバチ注意」の看板がありました。
    今は冬だからいいですが、この道、夏から秋に行くべきではなさそうです。
    そして最後の石段を登ってたどりついた南峰の地蔵堂は、移転は終わっているのか廃屋になっていました。
    それでも一応手を合わせ、その先に続く踏み跡をたどると狭い山頂です。
    展望台があるのですが、育った樹木が眺望を塞ぎ、ここも廃墟の様相でした。

    来た道を戻ります。
    観光地によくある「愛の鐘」を一応カンと鳴らし、あずまやに戻りました。
    さて、北峰。
    木材に似せた人工物で土止めされた階段道が山頂まで続いていました。
    山頂は、階段の右手。
    山頂標識と三角点があるだけで、狭く、眺望も良くありません。
    しかし、山頂の左手に、平らな園地が整備されていました。
    展望台も設置されています。
    そこに登ると、素晴らしい眺望が広がりました。
    うねる房総の山々。
    その向こうに青く輝く東京湾。

    園地には、大きな石碑がありました。
    皇太子様ご夫妻の登山記念碑でした。
    平成11年とのこと。
    ああ、だから「愛の鐘」もあったのかなあ。
    園地にはベンチやテーブルも並んでいました。
    その1つに座って遅い昼食。13:40。

    さて、下山。
    まずはあずまやに戻ります。
    そこから南峰へ少し行くと分岐があり、「伏姫籠窟」の道しるべに従って山道を進んでいきました。
    道はすぐに木段に変わり、段差の大きい木段が延々と続きます。
    木段の下りは疲れるけれど、これが整備される前は急坂が延々と続いたのでしょうから、それを思えば有難い。
    どんどん下っていくと、舗装された道に出ました。
    舗装された下り道をさらに進みます。
    基本は道なりに直進ですが、わかりにくいところには道しるべがありました。

    伏姫籠窟。14:35。
    立派な門構えです。
    門前にはトイレ。
    観光名所ですが、入場無料です。

    さて、伏姫とは誰か?
    滝沢馬琴『南総里見八犬伝』のヒロインです。
    私の世代ですと、NHKが放送した人形劇『新八犬伝』を覚えている方が多いと思います。
    月曜から金曜まで、毎日15分放送されていた人形劇です。
    人形製作は辻村ジュサブロー。
    ちょっと怖いくらいに精巧で豪華な人形でした。
    進行は坂本九さん。
    黒子の服を着て、ときどき顔も出しましたね。
    夕方6時台の放送で視聴率は20%を越えていたそうですから、いかに人気があったかがわかります。
    私もほぼ毎日見ていました。

    ここで『南総里見八犬伝』のあらすじを。
    時は室町時代後期。
    安房の里見義実は、滝田城主を討った逆臣の妻の助命を一度は約束しながら、家臣に諫められ、言を翻す。
    逆臣の妻、玉梓は「里見の子孫を畜生道に落とす」と呪詛の言葉を残し斬首された。
    時は下り、里見領の飢饉に乗じて隣国が攻め寄せる。
    落城を前に、里見義実は飼い犬の八房に、敵景連の首を取ってきたら娘の伏姫を与えると戯言を口にする。
    八房は約束通り首を取って戻り、伏姫を背に乗せて富山へ消えた。
    富山で伏姫は読経の日々を過ごし、八房が負っていた呪詛は消えたが、伏姫奪還のため富山に入った里見義実と家臣金碗大輔の前で伏姫は割腹する。
    その傷口は白い光を放ち、伏姫の数珠は空中高く飛んだ。
    「仁義礼智忠信孝悌」の仁義八行の文字が記された八つの大玉は、光りながら八方に飛散。
    金碗大輔は責任を感じ自決を試みたが、義実に諫められ、僧侶となり関八州に散った八つの玉を探す旅に出る。

    時は下り。
    仁義八行の玉を持って生まれついた八人の若者たちは、数奇な運命にもてあそばれながら、一人また一人と出会い、互いが義兄弟であることを知っていく。
    物語は関八州を離れ、甲斐へ、越後へ、京都へと広がっていく。
    その頃、関東管領扇谷定正は里見討伐を画策していた。
    里見家存亡の危機に、八犬士が集結。
    ここに物語はクライマックスを迎える・・・・・。


    滝沢馬琴のこの壮大な物語は『ドラゴンボール』を始め、今も多くの小説・マンガ・ゲームに影響を与えています。
    物語の枠組みの大きさ。
    いくらでも展開を広げられる豊富な登場人物。
    因縁の奇譚の面白さ。
    わくわくが止まりません。

    それにしても、『南総里見八犬伝』はフィクションなのですが、何で伏姫が籠った洞窟が実在するのでしょう。
    洞窟が先か、物語が先か。
    誰が何の目的でこの洞窟を掘ったのか。
    虚構と現実を楽々と越えていくこの洞窟の意味するものは何なのか。
    門を抜け、木段を登り、解説板を熟読し、洞窟をつくづくと眺め、中を覗き込み、なかなか立ち去れませんでした。
    物語の聖地巡礼なんてやったことがなかったけれど、やる人の気持ちが少しわかりました。
    ヽ(^。^)ノ

    さて、伏姫籠窟からは、先ほどまでの進行方向そのまま、舗装された道を下っていきました。
    富山中学校の前の三叉路を左折。
    道は国道285号線に突き当たりました。
    そこを右へ。
    あとは、ひたすら直進です。
    内房線の踏切を越えてすぐ、細い道を右に入ると、ほどなく岩井駅でした。15:30。
    駅の少し手前に、伏姫と八房の銅像がありました。
    八房がちょっと小さいかなあ。
    神犬八房は、もっと巨大なほうがいいなあ。
    でも、室町時代の日本にそんな大型犬がいるわけがないので、まあこれで良いのかな。
    観光シーズンではないので、駅前の店は全部お休みでした。
    ビールを買う場所もありません。
    ソフトドリンクの自販機ならありました。
    早めにホームに上がり、ベンチに座ってのんびり過ごしました。
    特急新宿さざなみ4号。16:14発。
    帰りも座れました。
    だんだんと陽が暮れて、車窓から大きな夕陽が見えました。
    新宿着。18:07。
    速いなあ。
    房総、近いなあ。

    特急だもの。
    ヽ(^。^)ノ

      


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    2018年02月15日

    春期講習のお知らせ。2018年。


    2018年度春期講習のご案内です。
    詳細は、2月最終週の授業で書面をお渡しいたします。
    お申込み受付は、3月1日(木)からとなります。
    申込書またはメールでお申込みください。
    なお、この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    今回は外部生の募集もいたします。
    外部生徒の申込受付は、3月8日(水)からとなります。

    以下は、春期講習募集要項です。

    ◎期日
    3月26日(土)~4月7日(土) 
    ただし、日曜日は休校となります。

    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    ◎形式
    完全1対1の個別指導となります。

    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数

    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎空きコマ状況 3月21日現在
    3月26日(月)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 ,
    3月27日(火)
    16:40~18:10 , 20:00~21:30
    3月28日(水)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30
    3月29日(木)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 20:00~21:30
    3月30日(金)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 16:40~18:10
    3月31日(土)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 ,
    4月2日(月)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 20:00~21:30
    4月3日(火)
    20:00~21:30
    4月4日(水)
    13:20~14:50 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30
    4月5日(木)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30
    4月6日(金)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10
    4月7日(土)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 

      


  • Posted by セギ at 13:01Comments(0)大人のための講座

    2018年02月14日

    2月24日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    2月10日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回学習したのは「因数定理」です。

    整式f(x)が、x-aで割り切れるための条件は、f(a)=0である。

    これが因数定理です。
    「x-aで割り切れる」ということは「x-aを因数にもつ」ということ。
    f(x)=(x-a)(   )
    という形に因数分解できるということです。

    前回、剰余の定理を学習しました。
    整式f(x)をx-aで割った余りは、f(a)である、というのが剰余の定理でした。
    それならば、f(a)=0のとき、余りは0です。
    したがって、f(a)は、x-aで割り切れます。
    これが因数定理です。
    3次以上の方程式を解くという学習目標に一歩ずつ近づいてきましたね。


    問題 f(x)=x3-7x+a が x-3 で割り切れるようにaの値を定めよ。

    x=3 を代入すれば良いですね。
    因数定理より、
    f(3)=33-7・3+a=0
    27-21+a=0
          a=-6


    問題 整式x3+6x2+13x+8がx+1を因数にもつかどうかを判定せよ。

    f(x)=x3+6x2+13x+8 とする。
    f(-1)=(-1)3+6・(-1)2+13・(-1)+8
        =-1+6-13+8
        =0
    よって、因数にもつ。


    さて、ここまで勉強して。
    では、3次以上の式を因数分解するには、因数定理を利用すれば良いですね。
    式の値が0になるxの値を見つければよいのです。
    その数をaとすれば、その整式はx-aを因数にもつ。
    すなわち、それで因数分解できます。


    問題 x3-6x2+11x-6 を因数分解せよ。

    xにどんな値を代入すれば、この式は0になるのか。
    試しに+1や-1を代入して、地道に解いていきます。
    丁寧に答案を書いていっても勿論良いですが、面倒くさいので、そのあたりは答案に残さなくて大丈夫です。
    こういう問題は、考え方の過程を問われるタイプの問題ではないのです。
    答えがあっていれば良いのです。
    x=1 とすると、
    与式は、1-6+11-6=0
    やった、もう見つかったー。ヽ(^。^)ノ

    x=1を代入すると0になるということは、与式はx-1を因数にもつ、すなわちx-1で割り切れるということです。
    因数分解するには、x-1で割り切ったときの商が必要ですね。
    その商がもう一つの( )の中身になります。
    そこで、前回学習した組立除法を用います。
    真面目に筆算しても答えは出ますが、組立除法は簡単に答えが出ます。


    1 -6  11 -6   |1
        1 -5  6
    1 -5   6  0

    よって、商はx2-5x+6
    すなわち、
    x3-6x2+11x-6
    =(x-1)(x2-5x+6)

    さて、後ろのほうの( )はさらに因数分解できそうです。
    これは中学3年生の学習内容の因数分解です。
    かけて6、たして-5になる数字を探すと、-2と-3ですから、
    =(x-1)(x-2)(x-3)

    これで因数分解できました。ヽ(^。^)ノ


    ところで、+1や-1なら簡単に見つかって楽勝ですが、問題によってはそうではない場合もあります。
    地道にやるにしても、何か目安はないものでしょうか?
    あります。
    整式f(x)で、f(a)=0となる有理数aの候補は、
    ±(定数項の約数)÷(最高次の係数の約数)
    に限られていることがわかっています。
    上の問題では、定数項は-6。
    したがってその約数は、符号を抜くと、1、2、3、6。
    最高次の係数は、1。
    よって、aの候補は、±1、±2、±3、±6だったことがわかります。
    実際のaは、上の答案の通り、1、2、3でした。
    +1や-1を試してダメだったときには、この考え方を使って、aの候補をさぐっていきます。

    ここで課題となるのが計算力です。
    高校生は、このあたりの解き方が理解できないわけではないのです。
    あるいは、理解できないまでも、作業手順としては飲み込みやすい内容です。
    しかし、計算力が足りない場合があります。
    例えば-1がaだったのに、代入して符号ミスし、
    「あれ?0にならないから、これは違うんだ」
    と思ってしまい、後は延々と探し続けるということが起こりやすいのです。
    負の数のかけ算やたし算になると、計算精度が下がる。
    これは、大きな課題です。

    計算のやり方が中学1年で教わったやり方と違っているために精度が下がっている人もいます。
    上の問題で言えば、
    1-6+11-6
    =12-12
    というように、正の数どうし、負の数どうしを先に足し、最後に異符号の計算をするのが定石です。
    そのほうが間違えにくいからです。
    ところが、中学1年の学習をしてからもう何年も経っている高校生は、その定石を忘れていることがあります。
    1-6+11-6
    =-5+11-6
    =+6-6
    =0
    と、1つずつ足している子は案外多いです。
    それでも答えは同じですが、足したり引いたりを繰り返している過程で計算ミスをしやすいのです。
    計算ミスの多い人は、計算ミスをしやすい方法で計算しています。
    それを直すだけで、精度は上がります。
    あとは、完全な暗算にこだわる必要はないので、少しメモを取って、目に見える形にするのも楽に速く計算する方法です。
    もう絶対に暗算しなくてはいけない、暗算ができないなんて恥ずかしい、といった謎の脅迫観念にとらわれて、メモもとらずにうんうんうなって暗算したあげくに誤答する人がいます。
    時間もかかるしミスも多いし、この子は何の苦役を選んでいるんだろうと不思議に思うのですが、メモを取ろうという助言を聞いてくれないことがあります。
    効率の良いやり方を選択し、しっかり正答しましょう。


    問題 2x3-5x2+7x-6 を因数分解せよ。

    これは、xに+1や-1を代入しても0になりません。
    定数項は-6、最高次の係数は2。
    +2、-2もダメ。
    +3を試してみますが、やはりダメ。
    -3でもダメ。
    まさかと思いながら、3/2を代入してみます。
    2・(3/2)3-5・(3/2)2+7・3/2-6
    =2・27/8-5・9/4+21/2-6
    =54/8-90/8+84/8-48/8
    =138/8-138/8
    =0
    うわあ、3/2だったー。((+_+))

    それでは組立除法を。


    2   -5   7  -6    | 3/2
         3  -3   6
    2   -2   4   0

    2x3-5x2+7x-6
    =(x-3/2)(2x2-2x+4)

    最初の( )を2倍し、後ろの( )は1/2倍することで整理しましょう。
    =(2x-3)(x2-x+2)
    後ろの( )は、一見因数分解できそうですが、よく見るともうできないですね。
    これが解答となります。

    こういう問題になると、
    「どうやってもaが見つからない」
    と投げ出してしまう高校生がいます。
    涙ぐんでしまう高校生もいます。
    数学があまりにもわからな過ぎてメンタル崩壊。( ;∀;)

    そんな大げさに考えないで。
    aの候補には限りがあります。
    符号ミスや計算ミスをしないように落ち着いて1つ1つ調べていけば、必ず見つかります。


    さて、次回の大人のための数学教室のお知らせです。
    ◎日時  2月24日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「因数定理・高次方程式」を続けます。p.32の初めから。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします







      


  • Posted by セギ at 13:54Comments(0)大人のための講座

    2018年02月12日

    丹沢 鍋割山から塔ノ岳を縦走しました。2018年2月。


    2018年2月11日(日)、丹沢の鍋割山から塔ノ岳を歩いてきました。
    新宿で小田急に乗り換えて、渋沢駅下車。7:42。
    駅北口から大倉行きのバス発車。7:50。
    バスは立っている人はなく、座席がほぼ埋まった状態でした。
    雪の時期の丹沢としては、人が少ない気がします。
    前夜の雨は朝には上がりよく晴れるという予報でしたが、天気は曇り。
    人が少ないのは、連休の中日で、日帰りの山歩きに来る人が少ないことと、この天気のせいでしょうか。
    私も、月曜日を休みにしたので、一泊で雲取山に行きたいなあと雲取山荘に予約の電話を入れたのですが、水が完全に凍結して食事を提供できない、勿論、宿泊者に水を提供することもできないと言われました。
    いつもなら、冬でも小屋では食事は提供されますし、お水やお湯も分けてもらえます。
    今年は、我が家の給湯器すら午前中は凍結している日がありました。
    山は当然、もっと冷え込んでいる。
    そのことを考えなかったなあ。
    今年は雪が多そうだ、くらいのことしか考えなかったことを反省しました。
    2日分の飲み水、煮炊きの水、食料とコンロと燃料を持って雲取山。
    テントや寝袋が不要な分、まだ軽いともいえるのですが、膝や腰に不安がありますのでやめておきました。
    でも、日帰りでどこかに行きたい。
    そういうわけで、丹沢に来ました。ヽ(^。^)ノ

    大倉。
    トイレを済ませ、支度をし、登山届を出して、出発。8:10。
    舗装道路の雪は全部融けていました。
    空は曇っていますが、暖かい。
    空気がキンと冷えて肌に痛い感じがありません。
    舗装道路が終わり、未舗装の道に入っても、やはり雪はありません。
    二俣までの林道は、舗装された道と未舗装の道の繰り返し。
    林道も雪は全くありませんでした。

    二俣。9:30。
    少したわんでいる木橋で沢を渡ります。
    身体のバランスの悪い日は怖いと感じるところですが、今日はまあまあ大丈夫。
    そこから登山口までも軽快に歩いていけました。
    登山口、10:10。
    鍋割山荘へ歩荷する水が2リットルのペットボトルに入れられて、たくさん置いてありました。
    今年は腰に自信がないので、歩荷はできません。
    ごめんなさい。
    私より少し前に着いた人は、置いてあったペットボトルを5本、ザックに詰めていました。
    す、凄いな。

    さて登山口には雪が残っていましたが、岩盤のように固くなった雪の1枚板の上に泥が載って真っ黒になっています。
    泥道かなと思うと雪で、あまりぬかるまない。
    むしろ歩きやすいです。
    去年よりも登山口は整理されてわかりやすい印象でした。
    不要な木橋が1つ取り除かれたかな?
    特に難しいところはなく、後沢乗越から尾根に乗りました。
    風があるかと予想していたのですが、ほぼ無風。
    暑いので、雪山用のグローブを脱ぎ、いつもの軍手に変えました。
    のような雪も尾根にはなく、道は乾いていました。

    いつもの冬の鍋割山は、足の速い人が次から次へと後ろからやってくるので、道を譲るのに時間がかかるのですが、今日は空いていました。
    前後に人はいますが、ペットボトル5本歩荷の人を含め、スピードを出している人はいないので、自分のペースで立ち止まらず歩いていけるので楽でした。
    丹沢の尾根には、遭難したときすぐに連絡できるように番号を掲示した看板が立っています。
    去年までは黒い看板でしたが、黄色を赤で縁取りした看板に変わっていました。
    番号は変わりません。
    鍋割尾根は、山頂が「鍋割尾根11」です。
    1つ1つ、番号が増えていくのを心の支えに登っていきます。

    尾根の急登が一段落すると、平らな気持ちの良い道。
    それから木段の道。
    また平らな気持ちのよい道。
    晴れていればそろそろ鍋割山が見えてきそうですが、ガスがかかって、ぼんやりしています。
    また登り道。
    そして、見覚えのある、両側を樹木に囲まれた狭い木段の道。
    そこを抜けると視界が開け、鍋割山頂でした。11:30。
    登る途中でも休憩して行動食を食べてきましたが、ベンチの1つに座って、ちょっと長めの休憩。
    隣りに座る人たちは、鍋割山荘の鍋焼きうどんを食べていました。
    「これなら毎日でも食べられる」
    「ほんと旨いなあ」
    熱烈ファンですね。(^-^
    山頂標識に近いベンチなので、多くの人がやってきては写真を撮って去っていきます。
    「わあ、富士山がきれいだ」
    「空が青いなあ」
    ガスっているときに鍋割山頂で必ず聞く山ギャグを今年も聞いて、さて休憩終了です。

    山頂付近はさすがに雪が多かったのですが、融けかけてグチャグチャの雪でした。
    塔ノ岳への道は、雪の残っているところと土が見えているところが交替で現れました。
    木段の下りの雪がシャーベット状になっているところで尻もちをついてしまいました。
    うわあ、滑る。
    でも、すぐ土が出てくるし、雪はシャーベットだし、アイゼンは着けられないなあ。
    慎重に慎重に。

    丹沢特有の、テーブルだかイスだかわからない高さのものが尾根上にぽつんと1つだけ置かれています。
    見晴らしの良い場所です。
    ちょっと座って休憩。
    ガスが切れて、相模湾が見えていました。
    だんだん晴れてきて、太陽の光が雪に反射してまぶしい。
    サングラスをかけました。

    少し雪が深くなってきて、いつも印象的な急な下りのところはしっかりした雪で上手く降りられて安心しました。
    金冷シ13:00。
    ここから大倉尾根と合流。
    陽当たりが良いので、ほぼ木段が出ていました。
    残る雪は、シャーベット状。
    最後の急登をいきます。
    木段が空に通じているような晴れ晴れとした登りです。
    塔ノ岳山頂。13:30。
    ベンチの1つに座って休憩。

    青空が見えていましたが、富士山は雲の中。
    しかし、ふっと山頂だけ、あるいは裾野だけ見えます。
    「もう少しなんだがなあ」
    というつぶやきが後ろから聞こえました。
    本当に。
    上の写真は、山頂から、大倉尾根方向を振り返って撮ったものです。

    さて下山。
    シャーベットの雪にヒヤヒヤしながらそろそろと下り、木段はトントン下りました。
    金冷シから大倉尾根へ。
    まずは歩きやすい木段が続きます。
    そこから、痩せ尾根が崩れたせいで何年経っても工事現場みたいな階段を登り、見晴らしの良い道に入ると、先行者が立ち止まって写真を撮っていました。
    何だろうと右手を見ると、富士山です。
    下山になって、ようやく富士山を見ることができました。

    傾斜の緩い2本の木道のところでアイゼンを外している集団が。
    その先の広い斜面のところは、もうほとんど雪がありませんでした。
    これなら、去年より雪が少ないくらいです。
    雪の丹沢を堪能したいのだったら、先週までだっだのでしょう。
    広い斜面を踏み跡通りに蛇行して下りていくと、花立山荘。14:00。
    秦野の市街を見晴らしながら長い木段を降りていきます。
    歩荷の人が登ってきました。
    自分の頭より高く積んだ荷物を担いでいます。
    凄いなあ。

    長い木段の次は、岩がちな下り。
    ときどき雪が残っていましたが、例の板のような真っ黒な雪でしたし、そこを踏まずに歩くことも可能でした。
    再び木段。
    広めの木段が続きます。
    ここは日当たりがあまりよくないので、凍結に苦労する年もあるのですが、今年は雪がほとんどありませんでした。
    気温が高いのですね。
    木段の整備がこのあたりはさらに進んだ様子で、苦労なく堀山の家まで下りてきました。
    予想外の気温の高さに汗をかき、持ってきた水が尽きました。
    堀山の家でスポーツドリンクを購入。350円。
    やはり山で買うドリンク類は高い。
    歩荷の費用が含まれているから、仕方ないのです。うん。
    干し杏を1つサービスでいただき、表のベンチで食べました。
    酸っぱさが疲れを取ってくれるなあ。
    小屋には「アイゼンの方は、緑色のじゅうたんの上を歩いてください」と掲示されています。
    アイゼンを脱いでお入りくださいという指示が普通で、それも当然なのですが、ここでアイゼン脱いだり履いたりの手間は大変です。
    凍結の時期にはありがたいことですね。

    さて、堀山の家の脇の細い道を下ります。
    少し雪がついていましたが、真っ黒の板雪でした。
    それもすぐに尽き、ここからは平らで歩きやすい道が続きました。
    雪は融け、ドロドロ道ですが、凍結よりはずっとましです。
    どこに足を置いても滑るんですけど、と泣きたくなるような凍結箇所は今日は一つもなくて助かったなあ。
    平らな道をどんどん歩き、そこからは木段の下り。
    昔は石がゴロゴロしている急な下りで歩きにくかったところでしたが、全て木段が整備され、本当に歩きやすくなりました。
    とはいえ、これだけ木段が多いと、大倉尾根に登るのはきつそうです。
    こんなに木段が整備されてから大倉尾根を登ったことは一度もありません。
    夏も冬も下りに利用しています。

    木段を降り切って、見晴茶屋。15:55。
    小屋前のデッキは座り込んで休憩している人が大勢いました。
    重い登山靴で急な木段を降りるのは疲れますよね。

    さて、そこで木段は終わり、道は再び平らに。
    どんどん下り、麓の山道らしくなってきた道をいきます。
    大倉山の家。16:10。
    小屋の中にいた方に、「お帰りなさい」と挨拶されました。
    もう麓だー。
    大きな石がゴロゴロしている道が始まりました。
    これはあえて石を置いているんでしょうね。
    雪のない今は歩きにくいけれど、雪が降り始めのときは、この石が滑り止めになるのだろうなあ。
    いったん石ゴロゴロの道が終わり、歩きやすい道の後、また石ゴロゴロ。
    でも、それが終われば、後はもう歩きやすい麓の道。
    そして、舗装道路です。
    緩い下りをたったか下って。大倉。16:30。
    トイレ前の水道にタワシが備え付けてあり、ストックと靴を洗うことができました。
    そうしている間に、渋沢駅行きのバスが入ってきました。
    16:38、バス出発。

    さて、渋沢駅について、急行新宿行き。17:10。
    急行だし、もうこのまま帰ろうかなあという気持ちにもなりましたが、汗もかいたので、鶴巻温泉で下車しました。
    改札を抜け、横断歩道を渡って、看板の示す通りに「弘法の湯」へ。
    昔はこの看板がなかったので、最初に行ったときは道に迷ってうろうろしましたが、今は初めての人でも簡単にたどりつけるでしょう。
    駅から徒歩3分。
    弘法の湯の提灯が見えてきました。
    通路の途中に靴洗い場。
    今日は大倉で洗ってきたから大丈夫です。
    中に入ると広い玄関からすぐにザック置き場がありました。
    貴重品とお風呂セットをザックから出して、靴を靴箱にしまい、券売機で入浴券を購入。
    休日なので2時間1000円。
    ここはナトリウム泉なので、お湯がさっぱりしていて、本当に気持ちいい。
    途中下車が面倒なのですが、入ってみると、来て良かったと毎回思うのです。
    とはいえ、私が好きな温泉は、大体歩行時間の長い山の麓です。
    奥多摩温泉もえぎの湯も。
    温泉センター数馬の湯も。
    武甲温泉も。
    山歩きのきつさと麓の温泉の気持ち良さが単純に比例しているだけかもしれません。

    さて、お風呂上がり、日はとっぷりと暮れていました。
    駅前のコンビニで発泡酒を購入。
    改札を抜けると次の急行まで10分。ちょうどいい。
    ベンチに座って発泡酒を飲みました。

      


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    2018年02月07日

    データの分析。相関表と共分散。



    今回も「データの分析」の学習の続きです。
    まずは、相関表の読み取りから。
    上の板書の左上の図が相関表というものです。
    難しそうですが、実はとても簡単で、小学校4年生で学習する内容です。
    例えば「衛生検査」の表。
    「ハンカチを持っている・持っていない」
    「爪を切っている・切っていない」
    そういう2種類の分類を縦横に組み合わせた表をご覧になったことがあると思います。
    あれが相関表です。

    上の図は、そういう相関表をもっと無味乾燥にしたものですが、読み取り方は同じです。
    例えば、上の図で、x=2で、y=1の人は、0人。
    x=2で、y=2の人は、1人。
    xやyの値は、データそのものかもしれませんし、度数分布表の各階級を代表する階級値かもしれません。
    上の相関表で赤字で書いてあるのは、それぞれの度数です。
    外側の青字で書いてあるのは、その合計です。

    xの合計は、横の数字をたしていくとわかります。
    つまり、x=2の度数は、0+1+4+3で、合計で8人。
    x=1の度数は、16人。
    yの合計は、縦にたしていきます。
    y=1の度数は、7人。
    y=2の度数は、9人。
    さらに、青字を横に全部たすと、32人。
    青字を縦に全部たしても、32人。
    このデータの度数は全部で32人であることがわかります。
    簡単ですね。
    ヽ(^o^)丿

    さて、ここからこのデータの分析に入ります。
    まずは、平均を求めましょう。
    xの平均は、xの総合計を度数で割れば出ます。
    xの総合計は、相関表の外側に青字で書いた度数の小計を使って求めることができます。
    x=2の人が8人。つまりこの階級の合計は、2×8=16
    x=1の人が16人。合計は、1×16=16
    x=0の人が8人。合計は、0×8=0
    ゆえに、総合計は、16+16+0=32
    度数の合計も32ですから、平均は、
    32÷32=1となります。
    xの平均は1です。

    yも同様に計算できます。
    1/32(1×7+2×9+3×9+4×7)=2.5
    yの平均は、2.5です。

    さて、次に分散を求めましょう。
    前回学習した内容です。
    分散とは、偏差(そのデータと平均との差)を2乗したものの平均のことでした。
    相関表の場合、これも外側に書いた青字の数字が役に立ちます。
    x=0の偏差の2乗は、(0-1)2。
    それが8人いるのですから、合計で、8(0-1)2となります。
    x=1は16人なので、
    16(1-1)2
    x=2は8人。
    8(2-1)2
    となります。
    それらを全てたして、度数全体の32人で割れば、xの分散となります。
    すなわち、
    S2x=1/32{8(0-1)2+16(1-1)2+8(2-1)2}
    一見複雑な式ですが、0になって消えるところもあるので、計算は案外楽で答えは、0.5。

    yの分散も同様に、
    S2y=1/32{7(0-2.5)2+9(2-2.5)2+9(3-2.5)2+7(4-2.5)2}=1.125

    では次に、前回学習した共分散を求めてみましょう。
    共分散は、データに正の相関があるか、負の相関があるかを知るための数値でした。
    求め方は、(xの偏差)×(yの偏差)の平均。
    順番に求めていきましょう。

    まず、x=0で、y=1の度数は3人。
    その分の(xの偏差)×(yの偏差)の合計は、
    3(0-1)(1-2.5)
    x=0で、y=2の度数は4人。
    すなわち、4(0-1)(2-2.5)
    x=0で、y=3の度数は1人。
    すなわち、1(0-1)(3-2.5)
    x=0で、y=4の度数は0人。
    すなわち、0(0-1)(4-2.5)

    こうして見てみると、これらは、(0-1)が共通因数ですね。
    だから、こんなふうにくくることができます。
    (0-1){3(1-2.5)+4(2-2.5)+1(3-2.5)+0(4-2.5)}
    つまりは、xの偏差ごとに、yの偏差を分けてたしていくイメージです。

    xの偏差が1-1=0となる2列目は、0に何をかけても0なので、もうさすがに書くのは省略しましょう。
    xの偏差が2-1となる、一番上の列は、
    (2-1){0(1-2.5)+1(2-2.5)+4(3-2.5)+3(4-2.5)}
    これと、さきほどのxの偏差が0-1だった3列目とをたして、32で割れば、共分散となります。
    式は複雑そうに見えますが、意味がわかれば楽勝です。
    板書の通り、共分散は、12と出ました。
    ヽ(^o^)丿

      


  • Posted by セギ at 10:47Comments(0)算数・数学

    2018年02月05日

    雪の三頭山を歩きました。2018年2月。


    2018年2月4日(日)、奥多摩の三頭山を歩いてきました。
    ホリデー快速あきかわ3号で終点武蔵五日市駅下車。8:48。
    雪の季節なので、バスの乗客は少ないだろうと思ったのですが、いつものように駅前に行列ができていました。
    係員さんが、
    「払沢の滝行きのバスは、10時発です。数馬行きのバスに乗車し、本宿役場前で下りて歩いてください」
    とアナウンスしていました。
    そういえば、払沢の滝が12年ぶりに完全氷結したとニュースで見ました。
    行列の大半の人は山支度ではない服装の人たちでした。
    バスは2台で発車。
    本宿役場前で半分ほどの人は下車しましたが、それでも、バス内は山支度ではない人が目立ちます。
    数少ない山支度の人たちが浅間尾根登山口でどっと降りてしまい、さらに不安になりました。
    うわあ、三頭山に行く人、いないのかなあ?

    2月28日まで、休日のバスは数馬止まりです。
    都民の森へ行くバスがありません。
    この時期の三頭山が不人気なのは、それも大きな原因でしょうか。
    数馬からの登山道もあるので、今日はそこを歩く予定です。

    終点、数馬下車。
    はて、どちら行けばいいんだろう?
    山姿ではないのですが、自信をもって歩きだした人たちがいたので、とりあえず、その人たちについて緩い登り坂の道路を歩いていきました。
    しばらく行くと、右手に、九頭竜神社の石段。
    先行者はそこを上がっていきました。
    地図で見ると、九頭竜神社から登山道が伸びているようにも見えたので、石段を上がってみましたが、そこは狭く、その先に伸びるトレースもありません。
    とりあえず、本日の安全登山をお願いして、石段を下りました。

    どこかに登山口があったはずなのですが、見つけることができないまま、ずっと道路を登っていきました。
    登山地図によれば、登山道はこの先でも道路と交差するので、そこがチャンスです。
    車はほとんど通らないし、凍結もしていないので、道路を歩いていてもそれほどストレスはありませんでした。
    しばらく歩いて、左手に「三頭山」の道しるべを発見。
    道路とはV字を描いて戻る印象の道でした。
    そして、入り口から雪。
    サクサクの新雪のような雪でした。
    トレースも明瞭です。
    やったあ。ヽ(^。^)ノ

    山の麓の雪道は融けては凍結を繰り返してツルンツルンになっていることが多く、私はそういう道が一番苦手なのですが、三頭山への道は、もうかなり高度が上がっていることもあり、歩きやすい雪道から始まりました。
    むしろ、最初の登山口を見つけていたら、凍結に難渋したのかもしれません。
    圧雪になっていない、ほど良いトレースを追いかけてしばらく行くと、沢。
    板が三枚渡してある橋がかかっていました。
    陽当たりが良いので凍結していないし、緩い登りなのでアイゼンをつけていなくても不安は感じませんでしたが、ここを下るのはちょっと嫌かなあ。
    橋は、さらに二か所ありました。
    帰りは道路を歩こう。

    再び道路と合流。
    都民の森の少し手前、道路がUの字型にカーブを描いているところに合流しました。
    緩い登り坂の道路をとことこ歩いていくと、左手に道路から一段下がって何か建物があります。
    近づいてみると、そこに「三頭山」の道しるべがありました。
    ここから、再び登山道です。
    ここも明瞭なトレース。
    崖っぷちの道ではありますが道幅があり、雪が路肩の役割を果たしてくれるのであまり怖さを感じません。
    何より雪質が歩きやすいのです。
    ほぼ新雪の印象です。
    どんどん登っていくと、さらに広い登山道に合流しました。
    ここは除雪され、踏み固められた雪道でした。
    これは、都民の森の森林館から伸びているウッドチップの遊歩道ですね。
    ようやく馴染みのあるゾーンに入ってきて、ひと安心しました。

    しばらく歩いていくと、三頭ノ大滝。11:30。
    ウッドデッキ部分と吊り橋には雪はありませんでした。
    ここも除雪したのでしょう。
    観光客が来ていました。
    車で来て、このあたりまで散歩するのでしょうか。
    だから、雪用の靴でない人でも歩き易いように除雪してあるのだと思います。

    三頭ノ大滝は、上部は凍結していましたが、一番下のところは水が音を立てて流れていました。
    その場で眺める分には迫力のある眺めなのですが、写真に撮ると散漫な印象になってしまいます。
    橋から滝が少し遠いのでしょう。
    望遠レンズが必要ですね。

    さて、三頭山を目指します。
    雪のない季節は、ここは沢沿いの石段の道です。
    今日は石段は全部雪に隠れ、サクサクと歩きやすい雪道が続きました。
    沢を登りつめると、次は山腹を巻いて登っていきます。
    下りてくる人とすれ違うようになりましたが、それもごくたまにでした。
    1日で、すれ違った登山者はちょうど10人。
    雪の時期の三頭山は、人の少ない静かな山でした。

    雪質は1日で変わりますから、こんなに歩きやすい雪が明日も続いている保証はありません。
    雪が融ければ、その下の凍結部分が露出するでしょう。
    そうなった時期の山が一番歩きにくいし怖いです。
    雪質に関しては、このブログを鵜呑みにしないでくださいね。

    登り詰めると、ムシカリ峠に突き当りました。
    左手の大沢山方面にも細いトレースがついていました。
    大沢山から槇寄山へと歩く人がいるのかなあ。
    西原峠から、仲の平バス停に降りれば、道路を歩かなくて済みます。
    でも、今日はもう遅い。
    こんなに歩きやすくても、雪道歩きはやはり普段よりも時間がかかります。
    日没の心配もあるし、予定にないことはやめておきましょう。
    とにかく三頭山を目指します。

    木段の急登が続きます。
    雪はついていますが、木段であることは明瞭な積雪量でした。
    風で雪が飛ばされているのかもしれません。

    三頭山山頂。13:05。
    下りてきた人と木段ですれ違いましたが、山頂部にはもう誰もいませんでした。
    三頭山の山頂を独り占め。
    こんなことは、初めてです。
    富士山は、雲がかかり、大きい裾野だけが見えました。
    反対側の雲取山・大岳山方面はくっきり。
    上の画像がそれです。

    雪山を歩くときは長時間の休憩をすると身体が冷えてしまいますので、1時間に1回、行動食を食べ、ポットに詰めてきた熱いカフェオレを小さいカップに一杯飲んで、またすぐに歩きます。
    山頂ではミニアンパンを1つ食べ、さて下山。
    山腹を巻いていく道の途中で、後ろから若い女性2人が追いついてきました。
    登る途中では出会わなかったから、反対回りから来たのかなあ。
    あるいは奥多摩湖のほうから登ってきたのかもしれません。
    急カーブのちょっとスペースのあるところで道を譲りました。

    下り道はやはり楽です。
    どんどん降りて行き、森林館の前の石段を下ると、その先はもう雪はありませんでした。
    都民の森駐車場。14:30。
    さて、ここから数馬まで道路を約4km歩こう。
    今からなら16:06発のバスに間に合うでしょう。
    とはいえ、歩行者はどこから道路に出たらいいんだろう?
    歩行者用の出口はどこだ?
    とりあえず、バス停のほうに歩いていくと、駐車場の係員の方に呼び止められました。
    「今日は、バスは出てないよ」
    「はい。道路にはどうやって出るんですか?」
    「え?ああ、温泉センターの送迎車が来ているから、乗りな」
    「ええっ?」

    温泉センター数馬の湯の送迎車?

    係員さんは、私に送迎車を指さし、ドライバーの方には、
    「待って。もう一人いくよ」
    と大声で止めてくれました。
    走っていくと、本当に、温泉センターの無料送迎車でした。
    中には先客が2人。
    山腹で道を譲った、山女子2人でした。

    「お二人が、送迎車を呼んだんですか?」
    「そう。私たちも教えられて」
    「わあ、ありがとうございます」
    「いえ、それはドライバーさんに」
    それもそうなのですが、1人では、電話をしても、多分、送迎車は来てくれません。
    早く降りていった二人は、15分から20分は車を待っていたと思います。
    それに便乗できて、こんな幸運、ちょっとないです。
    4kmの道路歩きをしなくて済んだんです。
    数馬からさらに温泉センターまでバス停2つ分歩く気にはなれず、温泉に入るのももう諦めていたのに。

    送迎車は、でも、いつも出ているわけではないと思います。
    都民の森~数馬のバスがない冬期の休日であること。
    道路が凍結していないこと。
    天候が安定していること。
    人手があること。
    そうしたことが重なっていた幸運でしょう。
    お風呂上がりに数馬の湯を出る際に、受付で電話を取っている方が、「今はちょっと無理なんですよ」と説明していましたし。
    それでも、道路を歩きながら向かうから、都合がついたら途中で車で拾ってほしいと電話口の相手は頼んでいるようでした。
    送迎車ありきで登山計画を立てるのは危険だと思います。

    温泉センター数馬の湯。14:45。
    一応お風呂グッズを持ってきて良かった。
    靴箱用の百円玉も、今回はちゃんと準備してきました.
    温泉は、春や秋の観光シーズンと比べると空いていました。
    いつもより時間も少し早いので、そのせいもあったかもしれません。
    自分が本来乗るはずだった次のバスまでかなり時間があり、久しぶりに露天のほうに入ってみたり、いつもの内風呂を堪能したり。
    数馬の湯は脱衣所が広く、設計も良いので助かります。
    脱衣所の中央に島のような一段高い場所が設置されていて、そこに座るもよし、荷物を整理するもよしとなっています。
    その島に一時的に荷物を置いて着替えなどができるので、ロッカー前が押し合いへしあいになりません。
    したがって作業能率が良く、着替えをすっと終えて人が出ていくので、混雑しないのです。
    脱衣所を出ると、長い廊下にずっとベンチが設置されているのも嬉しいです。
    自販機でビールを購入。
    ベンチに座ってのんびり飲みました。
    売店で手作りコンニャクも購入。

    16:08、数馬の湯のすぐ前のバス停に、バスが2台やってきました。
    どちらも空いていました。
    観光客は、もう少し早いバスで帰ったのでしょうか。
    人里、浅間尾根登山口、上川乗。
    登山口の度に、2人、3人と登山者が乗車してきました。
    浅間尾根も、笹尾根も、今日は快適な登山日和だったでしょう。
    このバスは、武蔵五日市駅で、ホリデー快速と接続します。
    とことん運の良い1日でした。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 12:24Comments(0)

    2018年02月01日

    データの分析。共分散と相関係数。


    今回も、「データの分析」の学習です。
    今回のメインは「散布図と共分散」。

    散布図は、簡単です。
    2種類のデータに相関関係があるかどうかを見たいときに描くグラフです。

    例えば、定期テストの国語の得点と数学の得点。
    国語の得点が高い子ほど、数学も得点が高い。
    もしそういう傾向があるのならば、それは「正の相関関係がある」と言います。
    逆に、国語の得点が高い子ほど、数学の得点は低い。
    そういう傾向があるならば、それは「負の相関関係がある」と言います。

    1人1人の国語の得点をx、数学の得点をyとして、座標平面上に点を打っていきます。
    それが「散布図」です。
    データの1つ1つが点として打ち込まれます。
    夜空の星のように。
    それが天の川のように帯になって集まり、全体に右上がりの傾向が見られたら、
    「正の相関関係がある」
    点の集合が全体に右下がりの傾向が見られたら、
    「負の相関関係がある」
    と言います。
    バラバラに散っているならば、
    「相関関係はない」
    となります。

    ここまでは易しいですね。
    (*'▽')

    で、例によって、この関係を数値で表そうとする人が現れるのです。
    ・・・・・余計なことを。(笑)
    高校生からも、
    「もう散布図でいいじゃないですか」
    と言われてしまうところです。
    私もそう思います。
    でも、数値にしたいのです。
    数学ですから。
    学問ですから。

    上の画像の、私の板書をご覧ください。
    座標平面を、xの平均とyの平均とで区切り、4つの部分に分割してあります。
    4つの部分のうち、原点に近い左下の部分は、xの値もyの値も平均より小さいデータが集まるところです。
    すなわち、偏差(そのデータの値-平均)は、どちらも負の数。
    左上の部分は、xの偏差は負の数。yの偏差は正の数。
    右下の部分は、xの偏差は正の数。yの偏差は負の数。
    右上の部分は、どちらの偏差も正の数。

    ここで、正の相関関係かあるとき、散布図では、上の画像で赤の斜線で塗った、左下と右上の部分に点が多く打たれているはずです。
    負の相関関係があるとき、散布図では、上の画像で青の斜線で塗った、左上と右下の部分に点が多く打たれているでしょう。
    この赤の部分に共通点はないか?
    青い部分に共通点はないか?

    あるんです。
    それぞれの偏差は正だったり負だったりバラバラですが、偏差の積は?
    正×正=正
    負×負=正
    赤くぬられた左下と右上は、偏差の積はどちらも正の数になります。
    正×負=負
    負×正=負
    青く塗られた左上と右下は、偏差の積はどちらも負の数になります。

    すなわち、xとyの偏差の積によって、相関関係を示すことができます。
    (xの偏差)×(yの偏差)>0 ならば、正の相関関係
    (xの偏差)×(yの偏差)<0 ならば、負の相関関係
    となります。

    全体の傾向を見たいのですから、偏差の積の平均を出せばよいのです。
    すなわち、全てのデータの偏差の積を足して、データの個数で割ります。
    これによって、そのデータの全体の偏差の積が正の数であるか、負の数であるかがわかります。
    それは、このデータ全体の傾向が、正の相関関係であるか、負の相関関係であるかを示す数値となるでしょう。
    この数値を「共分散」と言います。
    共分散を求める公式は、上の画像に書いた通りです。
    共分散が正の数ならば、正の相関関係がある。
    共分散が負の数ならば、負の相関関係がある。
    共分散が0に近づくほど、相関関係が弱い。
    ということが言えます。

    とはいえ、これがまた高校生には不評です。
    ( ;∀;)
    でも、おそらく言葉の意味の理解が追い付かないことが主な原因だと思います。
    聞いたこともない単語が多すぎるのでしょう。
    「共分散とは、偏差の積の平均」
    単語のいちいちが何をどうすることか、頭の中を時間をかけて通さないと、よく意味がわからない。
    そういうことだと思います。
    時間はかかってもいいです。
    じっくり理解を深めてください。


      


  • Posted by セギ at 12:49Comments(0)算数・数学

    2018年01月28日

    2月10日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    1月27日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    本日は新しい学習内容です。
    ここでは、3次式以上の方程式、すなわち「高次方程式」を解くことが目標です。
    そのためには、高次方程式を因数分解することが必要です。

    2次方程式は、因数分解すれば解けましたよね?
    x2-x-2=0 
    という2次方程式は、
    (x-2)(x+1)=0
    と因数分解できるので、
    x=2,-1 
    という解を得ることができます。
    同様に、例えば、ある3次式が、
    (x-1)(x-2)(x+4)=0
    と因数分解されれば、その解は、
    x=1,2,-4
    です。
    あるいは、
    (x+1)(x2+5x+20)=0
    という形まで因数分解できれば、最初の( )からx=-1、後の( )は解の公式で解いてさらに2つの解を得ることができるでしょう。
    目標は、そういうことができるようになることです。
    では、どうすれば、3次以上の式を因数分解できるのでしょうか?
    そこに向かって学習は進んでいきます。

    多項式を余りなく因数分解したい。
    ( )( )という形にくくりたい。
    そのために、まずは3次式÷1次式の余りの性質について考えていきます。

    まずは「剰余の定理」。
    (x)=ax3+bx2+cx+d を x-α で割った商が px2+qx+rで、あまりがRだとします。
    つまり、
    f(x)=(x-α)(px2+qx+r)+R
    と書き表すことができます。
    これは、小学校で勉強する、わり算の検算の式です。
    もとの数=割る数×商+余り
    という式ですね。

    さて、ここに、x=αを代入してみましょう。
    すると、最初の( )内が(α-α)=0となります。
    0に何をかけても0ですので、
    (α-α)(pα2+qα+r)=0 となります。
    したがって、( )( )の部分は消えてしまい、
    f(α)=R 
    となります。
    多項式f(x)をx-αで割った余りは、f(α)、すなわち、もとの式にx=αを代入した数となる。
    これが剰余の定理です。

    問題 f(x)=3x2-6x2+3x を x-3 で割った余りを求めよ。

    x-3で割るのですから、x=3を代入すれば良いですね。
    x=3か、x=-3か、符号がわからなくなったら、x-3=0 となるときのxの値というところまで戻って考えれば、混乱を避けられます。
    x(3)=3・33-6・32+3・3
       =81-54+9
       =36
    余りは、36です。

    ところで、これでは余りしか求められませんが、商と余りと両方を求める方法はないでしょうか?
    勿論、真面目に筆算すれば良いのですが、もっと簡単な方法はないでしょうか?
    あるんです。
    それが組立除法です。
    ヽ(^。^)ノ

    まず、上の板書を見てください。
    読みにくいからと無視すると、この先の話は何もわからないので、我慢してご覧ください。
    ax3+bx2+cx+dをx-αで割った商がpx2+qx+r、あまりがRだったときの筆算を書いたものです。
    筆算するとき、まず ax3÷x を考えて商を立てます。
    今、その商が px2 と立ちました。
    ということは、aとpは、同じ数でしょう。
    すなわち、p=aが成り立ちます。
    次に、筆算では、立てた px2 という商と -α をかけたものを筆算で書き込み、bx2 との差を下に書いていきます。
    その係数は b-(-αp)=b+αp です。
    次の商で qx が立ったということは、q=b+αp が成り立ちます。
    同様に、r=c+αq 、R=d+αr が成り立ちます
    すなわち、筆算しなくても、p=aですし、そこから芋づる式に、q、r、Rを求めていくことができます。
    それを図式化したのが、組み立て除法です。

    やり方自体は簡単なのですが、理解するまでに相当すったもんだするのが、この「組立除法」です。
    上の画像の後半は、その組立除法のやり方を示しています。
    まず、与えられた多項式の係数だけを書いていきます。
    ない次数の項があったら、忘れずに0も入れていきます。
    の横に、x-α で割る場合は、αを記入します。
    符号がわからなくなったらx-α=0となるときのxの値だと思い出してください。

     a  b  c  d   |α

    その下に1行分のスペースを開けて、下線を引いておきます。
    その下線の下に、まずは、aをそのまま下ろします。
    次に、bの下に、αaの値を記入します。
    bとαaの和を下線の下に記入します。それがqです。
    そのqとαの積をcの下に記入します。
    その値とcとの和を下線の下に記入します。それがrです。
    そのrとαとの積をdの下に記入します。
    その値とdとの和を下線の下に記入します。それがRです。
    下線の下に書かれた数値が、p、q、r、Rとなります。

    具体的な問題でやってみましょう。

    問題 x3-4x2+6x-7 をx-1 で割ったときの商と余りを求めよ。

    まず、与式の係数を書いていきましょう。

     1  -4  6  -7   |1

    次に、上の説明した通りの計算をしていきます。

     1 -4  6  -7    |1
        1 -3   3
     1 -3  3  -4


    よって、商は、x2-3x+3 、余りは-4です。

    いったん理解すれば、計算方法自体は簡単なのですが、こうやって書いていて、理解してもらえる自信がありません。
    やはり、実際に授業を受けてもらい、補助しながら演習しないと組立除法の伝授は難しいです。
    何でもない前提でつまずいてしまい、わからないと感じるのではないかと予想されます。
    というわけで、次回以降も、必要になった段階で授業中に組立除法の説明をしていきます。


    さて、次回の大人のための数学教室のお知らせです。
    ◎日時  2月10日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「因数定理」を続けます。p.31の問題5から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします




      


  • Posted by セギ at 13:47Comments(0)大人のための講座

    2018年01月26日

    英語のライティングは英語で発想しましょう。


    英語の4分野の能力、リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング。
    英検2級の出題内容が2016年度から変わっています。
    従来の大問3の乱文整序問題がなくなり、代わって英作文が出題されるようになりました。
    与えられたテーマに沿って、80語から100語の英文を書きます。
    2016年度第1回日曜日実施問題のテーマは、オフィス・カジュアルについて。
    第2回日曜日実施問題のテーマは、化学物質を使わない農業について。

    何だか難しそうですが、実際の試験はもっと親切で、色々説明してくれています。
    例えば、第1回の問題では、
    「今日、従業員にジーパンやTシャツのようなカジュアルな服装を許可する会社もあります。
    そうした会社の数は将来増えると思いますか」
    これならイエスかノーかですから、意見が書きやすいですね。
    試験問題は、そう思う理由を2つ書きなさいとも指示されています。
    しかも、参考となるポイントも3つあげられてまいす。
    ビジネス・カルチャー
    快適さ
    ファッション
    このポイントは使っても使わなくても構いません。

    「英作文が苦手」と言う人は多く、あまりにも苦手なので2015年のうちに無理をして英検2級を取った生徒もいました。
    大学に内部進学するのに、英検2級取得が必須なためです。
    中学3年で英検2級を取得するほうが余程大変なんですが、「英作文が出題される」というのはそれほどショックだったのかもしれません。

    しかし、「英作文が苦手」と言う人が、本当にそんなに英作文が苦手なのかというと、どうもそうではない場合も多いように思います。
    学年相応に書く能力があるのに、英作文が苦手だと言う人もいるのです。
    自分の読む英語と比べて自分の書く英語が幼稚で見劣りがするため苦手意識にとらわれているのでしょうか。

    リーディング能力と比べてライティング能力が劣るのは普通のことです。
    母国語に関してもそうです。
    難解な論文も一応は読み通せるが、書く文章はそれより何段階も劣ったものになるのは仕方ないです。
    名文を書こうとしても仕方ない。
    わかりやすい文を書けば良いのです。
    そういうことを理解していることが客観性ということだよ、と思うのです。

    しかし、中学生や高校生はまだなかなか自分の能力について客観性を持てません。
    満点でなければならないという固定観念にとらわれている子もいます。
    だから、何を書いても△がついて返ってくるテスト答案にショックを受けてしまうのでしょう。
    そして苦手意識を持ってしまう。
    そういう場合があります。
    英作文で満点を取ることを目標として委縮し、結局何も書けないのはつまらないことです。
    英作文問題は、満点でなくても構わないんです。
    まず、そこから意識を変えられるといいなあと思います。

    英作文の何が△になってしまうのかというと、大きくは「文法上の誤りやスペルミス」と「内容」に別れます。
    文法上の誤りやスペルミスが多いほど減点されるのは当然で、それは英語力の問題ですから改善したいです。
    中学生や高校生に特に多いのは冠詞の欠落。
    可算名詞は単数形でむき出して使うことはありません。
    必ず冠詞か所有格か指示形容詞がつきます。
    平たく言えば、aやtheやmyやthisなどがつくか、そうでなければ複数形で使用します。
    これは単純な「和文英訳」問題でもミスの多いところです。

    もう少し根深いミスもあります。
    中学生や、英語があまり得意ではない高校生は、英作文の宿題を解くときに、辞書を引いて英文を書いてくることがあります。
    しかし、品詞に対する意識が希薄なので形容詞や副詞を名詞のように主語として使っていたり、接続詞を使わず文と文をつないでいたり、主語がなかったりします。
    何が書いてあるのか全くわからない奇妙な語順の英文を書いてきます。
    「これ、日本語から英語にしたでしょう?しかも、辞書を引きましたね?」
    と指摘すると、本人は努力してそうしたので、そこを非難されるとびっくりしてしまう様子です。
    品詞によって単語を使い分ける文法知識がないと、辞書を引いても正しい英作文はできません。
    日本語の語順・表現のまま英語に直しても、意味は通じません。
    英文として読み解くことが困難な、暗号のようになってしまい、
    「これ、何が言いたかったの?日本語で説明してくれる?」
    と私は質問せざるを得ないのですが、そう質問されると生徒はぶ然とし、なかなか答えてくれなかったりします。
    嫌味で言ってるわけじゃない。
    本当に意味がわからないから訊いているんだよー。
    ( ;∀;)

    例えば「環境問題」を語るのに、「環境問題」を英語で何と言うか、ど忘れした。
    そういうことなら辞書を引いて解決したら良いのですが、日本語の言い回しを辞書を引いて繋げただけの作文は、異形のものです。
    読むほうもつらい。
    本人の努力のわりに報われません。
    そうしたことを繰り返したあげくの挫折感から英作文が嫌いになってしまうのは、勿体ないし、哀しいです。
    もっと平易な、自分が自力で書くことのできる範囲の英語で十分なのです。
    そこから少しずつ書く能力を高めていったら良いのですから。
    お手本となるのは、中学の英語の教科書です。
    あんなに語彙が少なく、文法も易しいのに、環境問題も、戦争の災禍も、異文化コミュニケーションも、もう何でも説明しています。
    あの英文が書けたら、英検2級の英作文は満点でしょう。
    目指すところはあそこです。
    そんなに難しい単語は必要ないのです。
    中学2年・3年の英語の教科書は、だから捨てないで取っておいたほうがいいです。
    勿論、高校の教科書も。

    子どもは、親に「部屋を片付けなさい」と命じられると、真っ先に勉強関係のものを捨てる傾向がありますが、教科書だけはとっておいたほうが良いのです。
    なかには毎年春になると昨年度の教科書・教材を全部捨てる暴挙に出る子どももいますが、受験が終わるまで、教材は捨てるものではありません。
    都立入試のための社会科の勉強をしたいのに、地理の教科書や資料集・地図帳を捨ててしまって持っていない生徒、たまにいます。
    理科の復習をしたいのに、中1・中2の理科の教科書や参考書を捨ててしまって、どう復習していいのかわからなくなってしまう子もいます。
    慌てて受験用のものを買い直すのですが、ざっくりとしか説明していないので、細かいところが何だかよくわからず、モヤモヤとした受験勉強をしている子は多いです。
    わからないところを振り返りたくても、振り返る教材がないのです。
    中学入学の際に、小学生の頃の教科書や教材を捨てるのは、わかります。
    高校入学の際に、中学英語の教科書以外を捨てるのもわかります。
    でも、その途中で教材を捨てるのは、後で困るだけです。
    大学入学の際も、英語の文法参考書・単語集は取っておきましょう。
    大学に入っても、英語はありますから。
    他にも、進む学部学科によって、少し取っておいたほうがよい教材はあると思います。
    子どもに任せておくと本当に何でも捨てますから、部屋の大掃除も助言は必要です。

    話がそれました。
    英作文について。

    英作文への誤った思いこみや姿勢が直り、自力で英文を書くようになった子にも、さらなる困難はあります。
    これは国語の作文でも言えることです。
    そもそも、書くことがない。
    意見がない。
    何も思い浮かばない。
    そういう子も多いです。
    これが「内容」に関する課題です。

    そうした子のためにも英検2級の出題形式は有難いです。
    イエスかノーなら誰でも判断できますし、そう判断した理由も何かあるでしょう。
    そして、もし作文の課題がそういう形式ではなかったら、自分でそういう形式に直したらいい。
    これは、入試の小論文対策などでも、よく言われることです。
    漠然とした課題をイエスかノーかで答えられる問題にする。
    その内容について、イエスかノーかを明示する。
    その理由を述べる。
    それで十分合格点の作文を書くことができます。

    英検2級の英作文課題は、従来からある英検準1級の問題の指定語数が少ないだけです。
    もっと練習したいのに、まだ出題形式が変更されて2年なので、過去問の数が少ないなあと嘆く人は、英検準1級の過去問を買って、指定語数だけ変えて解いて、模範解答を参考にすると良いと思います。
    2級に合格したら次は準1級ですから、無駄になる買い物ではないですし。
    さらにもっと本気で対策したい人は、NHKのラジオ講座「ビジネス英語」はこうした話題を常に扱っていますから勉強になると思います。
    新しいものの考え方を、それをどう英語で表現するかも含めて書いてあるので、テキストを読むだけでも面白いです。


    今はパターンが変わりましたが、以前、子ども向けの英会話教室のラジオCMで、子どもが自分の作った3行の英文を発表する形式のものがよく流れていました。
    将来の夢を語るものが大半でした。
    例えば、
    「私は、将来ツアーコンダクターになりたいです。
    世界中を見てまわりたいです
    いつか、あなたは私の案内で外国を旅行するかもしれませんよ」
    そんな内容のものか幾通りも放送されていました。

    この3行の英作文、何通りもパターンがあったのにほとんど同じ構造なのが気になりました。
    3つ目の英文の変に気の利いた言い回しが、何種類か聞くとむしろテンプレート丸出しでした。
    ひな型に押し込めるだけの幼児英語教育であることを宣伝しているようで、逆効果じゃないのかなあ。
    聞く度にそう感じていました。

    ただ、ひな型が必要な子が多いのも事実です。
    英検2級の英作文も、この2年でたちまち対策がシステム化し、どのように書くかテンプレートが完成しています。
    これもまた大学受験の小論文と同じ流れです。
    受験産業とはそういうもの。
    何も書けない子を、型通りに何か書かせるようにして、受験会場へと背中を押すもの。
    だって、ほおっておくと、日本語を英語に写したままの意味不明の呪文を書いてしまうものなあ・・・。
    1つ目の理由と2つ目の理由と、自由気ままに混ぜこぜで書くからなあ・・・。
    合格点の英作文を書かせるには、書き出しを固定し、ひな形に押し込めるのが手っ取り早いものなあ・・・。
    そうやってテンプレートを教えると、作文の書けない生徒は喜ぶし安心するものなあ。
    ここから始めて、あとは自分の努力で肉づけしていこうね。
    自分の中にない英語は、どうやっても書けないからね。
    語彙を増やし、表現を豊かにするのは、受験のための対策ではなく、一生の勉強だから。
    何か苦いものを感じながらも、そのように思います。


    英作文に関しては、以前、こんなこともありました。
    あるとき、生徒の定期テスト答案を見ると、
    使役動詞を用いてひと続きの内容の3文を書きなさい」
    という出題がされていました。
    その子の答案は、文法ミスを直して復元すると、このような感じのものでした。

    My parents don't let me use their computer.
    Because it made me play video games for many hours.
    So I am careful not to use it.

    おお。使役動詞を2個も使っている。
    でも、採点した先生の評価は低かったのです。
    第2文、第3文は得点がなく、ほとんど直されていました。

    Because I can play video games with it for many hours.
    So I decide not to use it.

    先生の添削では、むしろ使役動詞は使われていません。
    生徒が書いた、
    「コンピュータが私にテレビゲームをさせた」
    「コンピュータを使わないように気をつけます」
    という表現が全て直されているのが興味深いです。

    1つには、それは英語的な発想ではない。
    論理構造がおかしい。
    無生物主語は英語によくあるとは言え、こんな言い方はしないでしょう。
    日本語としても、そういう表現は大人をイラッとさせる気がします。

    コンピュータが私にテレビゲームをさせた、じゃありませんよ。
    あなたが勝手に長時間やったんです。
    コンピュータは強制していません。
    それをコンピュータのせいにする自分の甘さを直視できていますか?
    コンピュータを使わないように気をつけます、じゃありませんよ。
    そのもってまわった言い方は、およそ英語的ではないですよ。

    そうした先生の怒りや心配が添削された英作文から感じられて、私には興味深かったのですが、その生徒に学校の先生の気持ちが伝わったかどうかは微妙です。
    本人の感想は、
    「テレビゲームって、ビデオゲームって言うんですね」
    でした。

    そこっ?(''Д'')


      


  • Posted by セギ at 12:46Comments(0)英語