たまりば

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2018年03月16日

アクティブ・ラーニングで思い出すのは、ゆとり教育。


新学習指導要領とともに、近年盛んに言われているのが「アクティブ・ラーニング」です。
21世紀型スキルを身につけるには、アクティブ・ラーニング。
「自らが学ぶ力」を養うアクティブ・ラーニング。
・・・と、今のところ褒め上げられているアクティブ・ラーニングですが、さほど万能なものでもないのは、容易に想像がつくことです。

アクティブ・ラーニング型学習とは具体的には何なのかと言えば、発見学習・課題解決学習・グループディスカッション・ディベート・グループワークなど。
このように具体的な項目を目にすると、何だかこれは見た覚えがあるぞと思う方が多いと思います。
どれも、「ゆとり教育」の頃に盛んに言われていたことですよね。
(+_+)

ゆとり教育というと、今となっては、
「円周率が3だった」
「台形の面積の公式を教えなかった」
など、学習内容を減らし授業時間を減らしたことばかりが印象に残っているかもしれません。
その結果、国際学力テストで日本は順位を落とし、子どもの学力低下が叫ばれるようになりました。
同時に、ゆとり教育で育った世代の言動が何かおかしいとも言われるようになり、今やほぼ全否定されているのが「ゆとり教育」です。

しかし、ゆとり教育というのは、教える内容をただ減らしただけのものではありませんでした。
減らしたところにアクティブ・ラーニングを導入しようとしたのが真の姿です。
そのことが忘れられているように思います。
小学校で「総合」の時間が設けられ、教科の枠を越えた学習が推進されたり。
ディベートの授業が行われたり。
中学生が実際の企業や店舗で働く職業体験をするようになったり。
修学旅行が観光地の物見遊山から、目的地の産業・歴史・文化を調べてその現場に行き、体験学習をするものになったり。
これらはゆとり教育の時期に導入されたことです。

「生きる力」を育てる「新学力観」に基づく教育を進める。
ゆとり教育とは、そういう理想の教育でした。
これらの例の中で何らかの成果を生んだものは今も教育活動として残っていますが、しかし、それは全面的な成功とばかりは言えないのが実情です。
アクティブ・ラーニングを享受し、それによって学力を高めることができているのは、一部の生徒に限られているのではないでしょうか。


国際学力テストは、多くの子どもが受験した学力テストの平均値で比較されています。
日本は、ゆとり教育の時期に子どもの平均学力が大きく下がりました。
これは、教える内容が減ったことだけが原因ではなく、アクティブ・ラーニングが、学力が中位以下の子どもを学習から疎外する可能性があることを示していると思います。

例えば、ディベートの授業。
優秀な子どもたちは、よく考えて自分の意見を述べ、相手の意見にも耳を傾け、ただ言い負かすのではなく、論点を整理し妥結点を探っていくことを実地に学んでいくでしょう。
しかし、それほどの聡明さを持たない子どもは、パッと思いついただけの底の浅い印象や感想を大きな声ではきはきと発表し、何か意見を言った気になって満足するでしょう。
自分の発言の底の浅さを主体的に把握するのは困難ですし、教師がそれを指摘したら何も発言できなくなる子が多いでしょう。
さらには、そうしたことにどうしても加われず、クラスメートたちが「ディベートの授業」なるものでワアワア言っている中で黙ってうつむき、早くこんな時間終わらないかなあと思っている子たちもいるでしょう。
・・・・こんな授業で学力が伸びるのは、一部の生徒だけかもしれません。

それよりも、もっと基礎的な知識を全員が習得することに力を入れたほうが良いのでないか。
中位以下の子どもたちの学力は、アクティブ・ラーニングよりも、基礎知識を丁寧に教え込み、それを運用できるようにしていくほうが底上げされるのではないか。
ゆとり教育への反省から、そういう取り組みが全国で行われ、評価もされてきました。
日本国内の学力テストで例えば秋田県が毎回高い順位を示すのも、中位以下の子の学力が基礎訓練によって底上げされていることが大きいでしょう。

ゆとり教育のはるか以前から行われていることを考えてもみても明らかです。
例えば、夏休みの自由研究。
素晴らしい発想力と緻密な作業の結合した高度な自由研究をする子もいます。
一方、毎年毎年、何をやったらいいのかわからず、自由研究が夏休みに暗い影を落としてしまう子も多いです。
「自由研究アイディア集」的な本から何か適当に選んで真似する子。
ネットの丸写しでチャチャッと済ませてしまう子。
書店やデパートで自由研究キットを購入する子。
・・・夏休みの自由研究って、日本の戦後教育の中でも最古のアクティブ・ラーニングの1つではないでしょうか。
それがこのありさまです。
夏休みの自由研究が深い学びにつながる子もいますが、あまり意味のあるものになっていない子も多いです。
本人の能力や性格によって、同じ課題を与えられても、それが真の学習に結びつくこともあれば、時間の無駄になってしまうこともあります。
アクティブ・ラーニングの成果は、本人の自発性と能力によるところが大きく、学力格差が広がりやすい学習法だとも言えます。

アクティブ・ラーニングには長所も多いです。
主体的な学習は何しろ楽しいです。
発見の喜び、自主的に学ぶ喜びを知ることができれば、それは生涯の財産です。
私が中学生のときに受けていた授業の多くは今でいうアクティブ・ラーニングでした。
私たちは日々議論を重ね、学習を深めていました。
しかし、創造的なことが好きな子にとっては喜びであることが、そうではない子にとっては苦痛で成果も上がらないことを、私は同時に知っていました。
附属小学校から内部進学した子たちの中には、授業で何が話し合われているのかを上手く把握できない子たちがいました。
成果の上がらないことに時間を取られ、その子に必要な基礎的学習の時間を削られる。
そもそも、誰も彼もがそんなに創造的で主体的である必要はないのではないか。
教わったことをしっかり身につけて、それを確実に運用できることだって、重要な能力ではないのか?
アクティブ・ラーニングのマイナス面に気がついていないと、子どもの学力はまた大きく下がる可能性があります。

ここで立ちはだかってくるのが、AIです。
教わったことを確実に再生するだけなら、AIのほうが精度が高い。
創造的なことができない奴は、21世紀的人材ではない。
計算練習をしっかりやって、計算問題だけは正答できる子どもたちは、国際学力テストの順位は底上げするかもしれないが、応用問題は解けない。
そんな学力の子どもでは、今世紀は生き抜けない。
・・・・うーん、それはそうかもしれない。
(''Д'')

しかし、基礎学力の乏しい子は、アクティブ・ラーニングの学習主体になれないかもしれません。
アクティブ・ラーニングの周辺をうろうろして、勉強した気になるだけの可能性があります。
それを有効な学習にしていくには、どうすれば良いのか。
逆に、基礎学力しかなく、言われたことを言われた通りにやれるだけでは、確かに将来は不安です。
今回の新学習指導要領は「ゆとり教育」の再来となるのか。
それとも、何か新しい展開があるのか。
結果が出るまであと10年はかかるでしょうが、またしても失敗だったという結論は避けたいです。

塾としてやれることは、まずはとにかく基礎学力を確立すること。
その上で、応用力を養成すること。
自分で考えて自分で学習できる学力を鍛えること。
知識のインプットがされていない子はアウトプットできないことは、ゆとり教育の失敗から学んでいることです。
まずは確かなインプットを。
そしてアウトプットできるスキルを。
アクティブ・ラーニングから疎外されない学力を育てましょう。
時代が変わっても、私にできることは、結局あまり変わらないのかもしれません。




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