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2018年01月22日

日和田山を歩いてきました。2018年1月。


2018年1月21日(日)、埼玉県の日和田山を歩いてきました。
三鷹から、国分寺、東村山、所沢、飯能と乗り継いで、高麗駅下車。
この乗り継ぎ、大仕事のように見えますが、接続が良いので、1時間半ほどで到着します。
電車料金も、実は奥多摩に行くより安いです。
奥武蔵の山々は、冬の低山歩きにもってこいです。

改札を出ると広場があり、赤い2本のトーテムポールが目を引きます。
トイレは改札を出た左側にありました。
個室が10個ほどもあります。
さすが人気のある山の登山口の駅です。
今は登山客が少ない季節なので、ガラガラに空いていました。

日和田山は、高麗駅の裏側にあります。
ガイドブックには、反時計回りに登山コースが描かれています。
しかし、私の記憶では、時計回りに歩いたような気がするのです。
どちらでも行けるということでしょうか。
とりあえず、記憶を頼って、広場から「巾着田」の看板の示す通りに階段を下りて行きました。
「巾着田」の看板はときどきあるのですが、「日和田山」を示す道しるべがありません。
日和田山は初心者向けの山。
人気のあるお散歩山です。
道しるべがないはずがないのに、おかしいなあ。
やはり、反時計回りが正解だったのでしょうか。

駅の裏側、国道299号線を越えて、左折。
しかし、この道は車の往来が激しいのに舗道がありません。
こんなにストレスのかかる道を歩いたかなあ?
しばらく行くと、道はより広い道路と突き当たり、そこを右折。
するとすぐに、今歩いてきた道と平行な歩道が見えてきました。
農道のような印象の、歩きやすい舗装道路です。
ああ、ここを歩くべきだったんだー。

駅からことごとく道を間違えているものの、日和田山はずっと見えているので、大体の方向はあっています。
鹿台橋を渡って、すぐに左折。
しばらく行くと、やっと「日和田山」の道しるべがありました。
その通りに左折。
その坂道の突当りは、もう見るからに登山口でした。9:50。

日和田山は、以前は岩登りの練習でよく来たのですが、この7年ほどは来ていません。
久しぶりに来ると、まるで別の山のような印象でした。
登山口の斜面の樹木は切り開かれ、道幅の広い遊歩道が整備されていました。
しばらく登っていくと、分岐。
男坂と女坂の分岐でした。
分岐から眺める限りでは、女坂は来た道と同様の広い遊歩道のようです。
ここは男坂を行こうかな。
もう1つ、「男岩・女岩」への道しるべがあるのに驚きました。
男岩・女岩は、アルパインクライミングのゲレンデです。
ゲレンデとは、練習用の岩場。
岩登りをする人にしか用のない場所であり、道しるべなどないのが普通です。
ハイキング客が紛れ込むのを防ぐ狙いがあるのでしょうか。
岩場への道しるべなんて、初めて見ました。
浦島太郎の気分です。

さて、男坂へ。
男坂は岩がちの道。
というより、岩だらけでした。
こんなに岩ばっかりだったかなあ。
滑らない岩質で、ホールドはもちやすく、足の置き場も豊富です。
特に危険個所もないので、鎖もついていません。
登山道の岩場を歩くのも久しぶりで、ウキウキと登っていくと、二の鳥居。10:15。

上の画像がそれです。
麓の巾着田がよく見えました。
上の画像は鳥居を入れたため全体に狭い印象ですが、もう少し高い位置に立つこともでき、そこからはもっと広々とした眺望を楽しめました。
段差を利用したベンチも設置され、休憩適地です。
空気の澄んだ日は、スカイツリーや富士山も見えるようです。
女坂を登ってくる人たちともここで合流。
3歳くらいの女の子の手をひいたお父さんの姿も見られました。

ここはまだ山頂ではありません。
金刀比羅神社の裏から登山道は続き、ひと登りすると、山頂。10:30。
ここは二ノ鳥居とは反対側の眺望が開けていました。
ベンチもあります。
ここも休憩適地です。

山頂から北西に、縦走路が伸びています。
まずは山頂直下の急な下り。
そこから幅広い緩やかな登山道が続いていました。
しばらく歩いていくと、舗装道路に出て、高指山。10:50。
電波塔と付随施設の立つ山でした。
山頂まで入れるのかどうかよくわからなかったので、そのまま通過。
舗装道路をなお北西に歩いていきます。
途中、トイレと売店があり、ロウバイが咲いていました。
良い匂いです。

売店の直後で舗装道路と別れ、再び登山道へ。
登山道の道幅は相変わらず広く、向こうから来る人に道を譲らなくてもすれ違うことができます。
登り坂を行くと物見山。11:15。
ここは細長い印象の山頂で、やはりベンチが整備され、煮炊きをしている人などで賑わっていました。
この辺りは、歩いた記憶があるなあ。
昔歩いたときと、印象が変わっていないのでしょう。

さらに先に進みます。
下っていくと、登山道は舗装された林道と再び合流。
このまま林道歩きかな?
と思うと、すぐに分岐。
右側は急坂の登山道。
道しるべはどちらも「北向き地蔵」でした。
急坂のほうも落ち葉がよく踏まれています。
こちらを歩く人が多い様子です。
少し登ると、道はまた緩やかになり、左下に林道を見ながらの歩きやすい道が続きました。

左に小高いピークが見えてきました。
話し声がします。
人がいる様子です。
一応ピークに立ってみると、そこにもいくつかベンチがあり、昼食をとっている人たちがいました。
そのピークを降りると林道に合流し、そこが北向き地蔵でした。11:45。
ピークを巻く道もあります。
ここは、鎌北湖への分岐。
桜の季節には、鎌北湖へ下りていってみるのも良さそうです。
今は寒々しい光景だろうなあと想像し、やめておきました。

ここからは林道歩きかな?
キョロキョロと辺りを見回すと、林道の向かい側に、細い登山道が続いていました。
道しるべは知らない地名が表示されていて、これは持ってきている登山地図を開かないとダメかなと思いましたが、手書きで「ユガテ」と付け加えられてました。
一応、登山地図も開いて確認。
この方向で大丈夫のようです。

しかし、こんな道を、歩いたかなあ。
もっと林道が多かった印象があるなあ。
そもそも、私が日和田からユガテを縦走したのは、何年前だったろう。
このブログを始める前なのは確実です。
登山記録を読み返したのですが、日和田山を縦走した記録は、抜け落ちていました。
あの頃は忙しくて、まとめて記録していたので、抜け落ちてしまったようです。

2008年頃は日和田の岩場に一番多く通った時期で、「日和田の仙人に会った」という記述もあります。
今となっては、日和田の仙人とは誰のことだったのかもよく覚えていないのですが。
裸足で男岩に来ていたのだけは覚えています。
それぞれの岩場に、その岩場を発見し守ってきた管理人、または仙人がいるのです。

あの頃は、男岩にきて、練習して、帰る。
その繰り返しでした。
日和田の山頂に行くことすら滅多にありませんでした。
日和田からユガテへと縦走したのは、その少し後のことだったと思います。
2009年か2010年のことでしょう。

ユガテへの道は、今までの道とは違い、山腹を行く細い道でした。
どんどん道が細くなり、山腹を下っていきます。
少し不安になるのですが、たまに向こうから来る人がいますし、道はよく踏まれているので、作業道に迷い込んだというのではなさそうでした。
山腹の道は、シダが繁茂し、ときおり小さな沢も流れていました。
花の季節には、良い花と出会えそうです。
道はやがて登り返し、両側を柵に囲まれた竹林を過ぎると柑橘類の畑に出ました。
そして、畑の左手に、小さな広場が。
ここがユガテ。12:30。

ユガテは、2軒の農家が建ち、畑が広がり、庭木や果樹も多く、四季折々の風景が広がる別天地。
ガイドブックにはそのような記述があります。
昔、これを読んで、実際にユガテに行ったとき、全くそのような様子はなかったのでがっかりした記憶があります。
農家はあるけれど、そんな感じじゃないなあ。
これなら、外秩父七峰縦走で通り過ぎる農家の様子のほうが余程別天地なのにと思った記憶があります。
しかし、今日のユガテは、ガイドブックの記述通りでした。
小さな広場にはベンチが並び、見上げると空が開けていて、雲がゆっくりと動いていきます。
今は冬枯れているけれど、春にはここは桃や梅や桜が咲くでしょう。
どれほどきれいだろう。
夏はひまわり畑になるようです。
細かく区画されている畑もあるのは、今は地主の方が耕作するだけでなく、土地を借りてプチ農業を楽しんでいる人たちがいるのでしょうか。

10年ほど前、私はユガテに来たつもりで、別のところにいたようです。
おそらく、林道上のどこかの「ユガテ」と地名上だけは表示されているどこかにいたのでしょう。
休憩する場所さえないなあと思った記憶はあるのです。
10年前、目的地に到達していなかったことに、今気づくとは。
(''Д'')

山腹の道をずっと一人で歩いて心細くもあったのですが、ベンチで食事をしていると、私が来たのと同じ方向から、次々と登山者が現れ、ベンチで食事を始めました。
やはり、私が歩いてきたのは正規の登山道だったようです。
安心して思い返してみれば、変化に富んだ良い道でした。
やはり、ユガテは小さな別天地でした。

さて、出発。
あとは下山するだけです。
昔、下山した道は、大半は沢沿いの舗装道路だったと記憶しています。
寒々しく暗い道でした。
今回、来た道と反対に歩きだすと、道しるべがあり、小さな地図看板が立っていました。
近年整備された新しい登山道のようです。
舗装道路はいっさい通らず、吾野神社へと直接降りていく道です。
地元の有志の方が整備したのかなあ。
有難いことです。

まずは、広く歩きやすい下り道。
そこから、道は細くなり、幾度かピークを登り返しました。
ピークごとに小さなベンチが設置されています。
急な下りにはロープがつけられていました。
日差しも明るい。
暖かく優しい道でした。

途中までは「福徳寺」の道しるべの通りにいきます。
最後に「福徳寺」の道しるべとは別れ「吾野神社」の道しるべに従い、下っていきました。
車の音が聞こえ始め、木の間から、道路が見えてきました。
ジクザグに下っていくと、吾野神社。
安全登山のお礼を言い、石段を下ります。
さて、ここから駅はどう行くんだろう?
石段を下りきると、国道299号線。
車に向けての大きな青い掲示に「東吾野駅」と書いてありました。
そちらを目指し、右に歩いていくと、信号があり、道路を渡ってそのまま直進。
突当りに小さな道しるべがあり、その通りに左折すると、東吾野駅が見えてきました。
東吾野駅。13:55。
駅前にトイレ。
スイカで改札を抜け、14:15、飯能行きの電車がやってきました。




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