たまりば

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2017年09月01日

判別式とは何か。


画像は、数年前に訪れた朝日連峰に咲いていたトモエシオガマ。
今年の夏は全く山に行けなかったですが、また何日もかかる大きな山を歩きたいなあ。

さて、本日は判別式の話です
判別式は、2次方程式の解の公式の√ の中身の部分です。
すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の判別式Dは、
D=b2-4ac
bが偶数である場合は、もう1本の解の公式の√ の中身を使います。
4/D=(-b')2-ac

これらの判別式、何を判別するのかというと、この2次方程式の実数解の個数を判別します。
2次方程式の解の公式を確認しましょう。
x=-b±√b2-4ac /2a ですね。

もしも、√ の中身が0であるなら、この解は、
x=-b/2a±√0
 =-b/2a
となってしまいます。
すなわち、これが重解。
解が1つの場合です。

√ の中身が負の数の場合はどうでしょうか。
2乗して負の数になる数は、実数の中には存在しません。
例えば、√-2 などの数は、実数には存在しませんね。
だから、この2次方程式の実数解はないということになります。

√ の中身が正の数の場合は、普通に、解は2個存在します。

このように、√ の中身が0か、0未満か、0より大きいかで、解の個数が判別できます。
そこで、√ の中身の部分を判別式と呼んでいるのです。

まとめると、
D>0のとき、実数解2個
D=0のとき、実数解1個
D<0のとき、実数解はない

実数解の個数なんて、方程式を解けばわかることなのに、こんなの何に使うんだろう。
判別式を初めて学習し、解の個数を判別するだけの基本問題を解いているとき、高校生は、そんなふうに感じてしまうことがあるようです。
ひどく無意味なことをやらされている気がするのでしょうね。
しかし、基礎訓練に意味を求めても仕方ないのです。
教えられたことを理解しているかどうかの確認をしているだけですから。

判別式は、2次方程式を解いている間は、さほど意味をなさないものです。
問題は、ここから。
2次関数と2次方程式との関係をまず考えてみましょう。
ax2+bx+c=0
という2次方程式は、
y=ax2+bx+c
という2次関数のy=0のとき、と考えることができます。
y=0とは、どんなときでしょうか。
それは、座標平面で言うなら、x軸上にあるとき、ということです。
すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標であるということができます。

ここで、数学が苦手な高校生の反応は例によって、
「言っていることが全くわからない」
か、
「言っていることが当たり前すぎて、何にも刺さらない。だから、何?」
となりがちです。

そして、このことの重大さが理解できず、何となく通り過ぎた先に、これが大切なことだと認識できなかったために理解できなくなる多くのことが立ちはだかるのです。

もう一度書きます。
2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標です。

ここで、「え?」「え?」「え?」となってしまう人の中には、y=0の点はy軸上にあるという誤解をしている子もいます。
こういう誤解はしつこく本人を苦しめるようで、そのときは理解しても、また何度でも混乱が起こります。
一度間違えて覚えてしまったことはなかなか消えず、どちらが正しかったか、またわからなくなるようなのです。
その度、そういう誤解をしているのではないかと察して補足説明をしてあげると、その先に進むことができます。

「x軸との交点」とか「x座標」という言葉遣いがわかりづらくて苦手という子もいるようです。
これらは一度きちんと定義されていますので、この用語を使うからこそ内容が正確に伝達できるものなのですが、その定義をきちんと覚えなかった子にとっては、難しい用語ばかり使われるのでわからない、となるようです。

中学3年生に乗法公式の授業をしていたあるとき、その子が、
「先生、この式もほぐすんですが?」
と訊いてきたことがあります。
「ほぐす?」
「だから、ほら」
「・・・・ほぐすって?」
「ええと、どういうんでしたっけ」
「・・・・展開するということですか?」
「そうそう、それ」
「・・・・ほぐすでは、伝わらないですよ」
「えー。どうしてですか。感じが出ていませんか」
「ニュアンスで数学を語っても、他人には伝わりませんよ」
私は意地悪で理解しなかったのではなく、その子が何を言っているのか、本当にわからなかったのです。
自分だけが理解できる表現で伝えても、他人には伝わりません。
特に数学のように、緻密な内容を正確に伝えなければならないとき、自分だけが理解できる表現で伝えるのは無理があります。
だから正確に定義された用語が必要となります。
しかし、中高生は、まだ主観的な感覚から客観的な感覚へと脱却する途中にある子が多く、正確に定義された用語をむしろ嫌うのかもしれません。
先人が正確に定義した用語よりも、自分の感覚で作った表現のほうが好ましいのでしょうか。

これは英語の例になりますが、文法を学習していて、
「これは知覚動詞だから、SVOCのCは原形不定詞か分詞になるでしょう。だから、この四択問題は、原形が正解なんですよ」
といった説明をしていたところ、生徒が目を白黒させていたので、
「うん?わからない?どこからわからない?」
と質問しますと、
「いや、時間をかければわかるんですけど、『チカクドウシ』と聞くと、他の字が頭の中に浮かぶんです」
「・・・・どんな?」
「地殻変動の地殻とか・・・」
「・・・・今、地殻変動の話はしていないと思いますが」
「わかっているけど、浮かぶんです」
「・・・・・」

英語が得意な子には「これは知覚動詞だから」まで説明すれば一瞬で通じることが、苦手な子には「知覚動詞」という用語がむしろ障壁になることがあるのかもしれません。
用語の定義を覚えられない。
頭の中で漢字変換すらできず、混乱する。
それはわかるんですが、だからといって、書店などで売られている「こうすれば英文法がスラスラわかる」的な本に、
「僕は、この動詞を『感じる動詞』と呼ぶことにしています」
などと書いてあると、むしろ、あなたのくだらない造語を私に押し付けるのは勘弁してくれと思うのです。
そんな使いまわしの効かない言葉を覚えるくらいなら、まっすぐ「知覚動詞」という言葉を覚えるほうが近道です。
どの文法書にもその言葉は使ってあり、それで説明してあるのですから。
それがわかるほうが有益でしょう。
わかりやすく説明することとくだらない迎合とは別のことだと思うのです。
とっつきにくく感じるからといって正しい用語を全て馴染みやすい別の言葉に言い換えていたら、定義がブレて、正しい知識の伝達ができなくなる可能性があります。
「知覚動詞」と言うだけで、それが何を意味するか共通の認識が持てます。
だから、正確な説明ができます。

専門用語は無駄に使っているわけではなく、必要だから使っているということが、主観的な子たちにはなかなか理解できないことなのかもしれません。
必要性がわからないから、覚える気がしないという側面もあるのでしょう。
専門用語は使うけれど、意味がわかっていないようなら逐一定義に戻る。
そうやって授業をしています。
それも個別指導の良いところでしょう。




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