たまりば

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2017年01月06日

感動と発見のある授業。




そろそろ中学3年生は「三平方の定理」の学習をする時期です。
「三平方の定理」とは、直角三角形に関する定理。
直角三角形の斜辺の2乗は、残る2辺の2乗の和に等しい。
そういう定理です。
この定理は証明方法が100通り以上あることでも有名です。
大抵2つくらいは教科書や参考書に載っています。

以前も書きましたが、私が中学生のとき、教科書に載っているもの以外の三平方の定理の証明をレポートにまとめて提出という宿題が出て、それがもう本当に負担で嫌だったことを覚えています。
今だったら、そんなのはネットで調べてチャチャッと書きあげてしまうのでしょうが、当時は、図書館で調べるか自分で考えるしか方法がありませんでした。
学校の図書室の本は、早めに行動した子がもう借り出したのか、もともと蔵書にないのか、それらしい本は見当たりませんでした。
学校から徒歩10分の県立図書館まで行っても、やはりなし。
考えて考えて、途中まで教科書と同じでその後が少し違うだけ、という我ながら納得のいかないレポートを書いた記憶があります。
友人の友人のそのまた友人から回ってきた、レポートの下書きも目にしましたっけ。
家庭教師に書いてもらったというものでした。
先生の意図はわかるんですが、定理の証明ってそこらへんの中学生が自力で出来るものではないと思うんですよね。
(^_^;)

私が通った中学は、国立大学の付属中学校でした。
東京にも、その種の中学はいくつかあります。
混同されがちですが、今とても人気のある都立中高一貫校とは少し性質の異なる学校です。
都立中高一貫校は、保護者の経済力とは関係なく、学力優秀な子に高度な教育を与えるための学校です。
私立中学に流れがちな優秀な生徒を都立でも育成するということでしょう。
だから、1期生が東大に何人合格ということが話題になります。

国立大学の付属中学は、少し存在目的が異なります。
そこは、選抜された有能な先生たちの実験の場です。
同時に、教育学部の大学生たちの教育実習の場でもあります。
つまり、有能な先生たちの前衛的な授業と、教育実習生たちの下手くそな授業が行われる研修の場です。
授業に協力的で均質な生徒たちが対象でなければ、そうした実験や研修は成立しません。
実験が失敗し、生徒の学力に悪影響が出ても困ります。
だから、そういう学校は、強引な展開の授業にも耐えられ、自学自習も可能な、ある程度の学力を持つことが入学の条件になります。

私たちには、自分たちが「教育モルモット」であることの自覚は大なり小なりありました。
そのことが、自虐の種でありながら、自慢でもありましたっけ。
今思えば幼稚な自意識です。(^-^;

年に2回ほど行われる大きな研究授業の日には、県内から先生たちが集まり、教室の後ろだけでは入りきれず、廊下の窓からも授業を見学していました。
それは、保護者参観日や学校公開日とは異なる異様な空気の1日でした。
授業が終わった後、後ろで見学していた知らない先生から話しかけられたことがあります。
「今の授業、わかる?」
「・・・・・・はい」
「わかるの?」
その先生は首を横に振りながら、「生徒が優秀だからねえ」とつぶやいて、ため息をついて去っていきました。

自分自身も教える立場にたつようになり、自分が中学のときに受けていた授業が、通常の授業とは異なることがわかってきました。
私が受けていた授業は、何でも根本から生徒に発見させる授業でした。

単純な例を挙げれば、例えば数学の「単項式と多項式」。
普通の授業は、単項式はこういうもので多項式はこういうものと最初に先生が説明します。
そして、教科書の問題やプリントで単項式と多項式とを識別する練習問題を解きます。
生徒1人1人が説明されたことを理解し、練習問題を解けるようになることが大切。
それが授業の目的です。

実験的な授業はそうではありません。
いろいろな文字式が1つ1つ書かれたマジックシートを、まず先生が黒板に貼っていきます。
「さあ、これを分類してみよう」
先生の呼びかけに、多くの生徒から積極的な案が出されます。
その間も先生の的確な誘導があり、生徒たちは先生の意図を汲み取りながら、何を発見すれば良いのか常に考えていきます。
そして、結論に達します。

文字式には、1つの積の形のものと、積のまとまりがいくつか集まった和の形のものとがある。
生徒たちがその結論に達した上で、先生が生徒たちに告げます。
「積の形の文字式を単項式と言い、和の形の文字式を多項式と言います」
うーん、そうだったのかー。
生徒たちは、感動し納得して、授業終了。
そして、単項式と多項式との識別の練習問題は、家庭で学習。
これが、1つの授業の流れです。

感動と発見のある授業とは、こういうものなのでしょう。
私は、その素晴らしさを自分が中学生のときに体感しています。
ただ、これは、誰もができる授業ではないし、誰に対して行ってもよい授業でもないとも感じます。
「生徒が優秀だからねえ」
と嫌味のようなつぶやきとともに去った、かつての先生の気持ちが、今はわかります。

単項式と多項式との違いを発見するためだけに、1時間。
授業中に単項式と多項式との識別を練習する時間はとれないので、定着は家庭学習に頼りきり。
感動と発見のある授業は、時間がかかります。
あまり能率的ではありません。
しかも、先生に相当な教育技術と自信がないと、出来ない授業です。
生徒の間違った意見を上手く捨てていき、たどりつきたい結論を導く技術が必要になります。
「この先生の言うことには従おう。皆で面白い授業を作っていこう」
という共通の認識を生徒の多くが持っていることも必要です。
たった1人の「わからんちん」に繰り返し妨害されたら、それで成立しなくなる授業形態です。
自分のしゃべりたいことだけ自分のタイミングでしゃべりたい、他人の話を聞く気はない、というモンスターが存在する昨今の教育現場では、当時よりももっと難しいでしょう。

また、前提として、生徒は決して予習をしてはいけないのもこうした授業のルールです。
予習してきたら、発見も何もないですから。
しかし、今日、それはかなり難しいです。
先生たちがいくら予習するなと言っても、生徒たちは塾に行きます。
勝手に予習をしてしまいます。
そのため、現在のこうした実験的な授業は上に書いたようなシンプルなものではなく、普通の予習ではたちうちできない課題を生徒に解かせる方向に進んでいます。
本当に学ぶ必要があることは何なのか、さらに見えにくくなっています。
そうした学校に通っている生徒さんやその保護者の方から、
「学校の授業でやっていることが何なのか全くわからない」
と相談を受けることがあるのはそのためです。

こうした授業は、積極的に参加する生徒にとっては楽しいのですが、何の勉強をしているのか理解できない生徒が現れる可能性も高いのです。
結論が見えないまま進んでいく授業は、理解の遅い生徒には不安です。
他人の議論をただ聞いているだけ。
論点がよくわからず、皆が何を話しているのかわかりません。
だんだん頭がぼんやりして、考えごとをしてしまいます。
そして、気がついたらまとめが終わっていて、大事なことを聞き逃してしまいます。
そのまま、何をやっているのか理解できずに授業が終わります。
家で復習しようとしても、学校で何を勉強したのかわからないので、復習のしようがありません。
だから、わからない子は本当に何もわからず、学習内容が定着しません。

中学生の中には、
「教科書の何ページをやっていますよ」
と先生が明言しないと、黒板に書かれた問題が教科書の問題と同じであることすら気がつかない子がいます。
自分たちで議論し、発見する授業よりも、
「今、こういうことをやっているんですよ。これは、こうなんですよ。覚えなさいね」
と言われたほうがわかりやすい、と感じる生徒も多いのです。

高校生になっても、
「うちの数学の先生は、教科書じゃなくてプリントで授業をするから、全然わかんない」
と、毎回あせった顔で塾にやってくる子がいます。
学校の授業の様子を私に説明すればするほど、声が震えてうろたえていきます。
でも、プリントの実物を見せてもらうと、とてもわかりやすく、よく出来ているものであることが多いのです。
このプリントのこの問題は、教科書のここのところの問題で、問題集のここのところの問題だから、あなたの学校の数学の先生は標準的な授業をしているんだよ、大丈夫だよと、毎回、まずその生徒を安心させるところから授業を始めています。

わかりやすく面白い授業をしようと先生たちは工夫しているのですが、そんな工夫よりも教科書の内容を教科書の通りにやってくれるほうが余程わかりやすいという生徒は、案外多いのかもしれません。
そんな授業はつまらないけれど、でも、何をやっているのかわからないよりはずっといいのでしょう。
わからない授業に感動も発見もあるはすがないのです。
自分がわかることのほうが、どれだけ嬉しいか。
自分が自力で問題を解けることのほうがどれだけ感動的か。

私が中学生だった頃から、40年が経ちました。
生徒から、「学校の授業がわからない」と言われ、話を聞くと、私が体験した実験授業に近いものであることが今もあります。
学校教育とは、教育の大衆化、一般化を目的に始められたもの。
貴族やお金持ちだけでなく、全ての子どもに平等な教育をという理想から生まれたものが学校です。
カリスマではなく普通の能力を持つ教師が、普通の生徒たちに行って効果のある授業が、もっと研究されても良いように思います。

ただ、私が中学時代に受けた授業は、本当に面白かった。
日々、感動と発見があった。
それもまた事実なのです。






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