たまりば

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2015年02月13日

何となく英語ができない子。



錯誤は、学習の過程で起こりやすいものです。

例えば、先日、ある生徒に「5文型」の指導をしていたときのこと。

This meat doesn't look fresh.

という英文を分析せよという問題がありました。

正解はSVCです。
SVCとSVOの見分け方は、S(主語)とイコールの関係になっているのが、C(補語)。
参考書などには大抵そのように書いてありますし、その子も、学校の授業でそう教わったのでした。
S=C。 S‡O。
わかりやすい判断の仕方です。
でも、その子の答えは、「SVO」でした。

理由を訊くと、
「だって、This meat は、freshじゃないんだから、イコールじゃあない。S=C、じゃない。だから、SVO」
「・・・・・・・肯定文が否定文になった途端に文型が変わってどうするの。文型の分析というのは、そういうものじゃないよ」

錯誤を起こしやすい原因の1つは、文法学習であるのに、英文の意味に頼り過ぎてしまうことにあるのかもしれません。
なんでも意味から判断しようとしているので、このような錯誤が起こりやすいのでしょう。
文法が嫌いで、文法なんか必要ない、英語は意味がわかれば何とかなると思っているのでしょうか。
いや、むしろ、とにかく文法がわからないので、意味から判断しようとしているのかもしれません。

CとOの識別は、品詞からも判断できます。
Cになるのは、名詞・代名詞または形容詞。
あるいは、それと同じ働きをする句や節。
Oになるのは、名詞・代名詞。
あるいは、それと同じ働きをする句や節。

ですから、動詞の後ろに形容詞がある場合、それはCです。
後ろが名詞の場合は、さらに識別の必要がありますが。

しかし、文法が苦手な子は、このような話が嫌いで、なかなか理解しようとしてくれません。
「形容詞」とか「名詞」という言葉を聞いた瞬間に電源オフ。
そんな子が多いです。

彼らは、名詞と形容詞の区別がつきません。
freshの意味を訊くと「新鮮」と答えてしまいます。
「新鮮な」と正しい形で覚えていることがほとんどありません。
文法が苦手な子の多くは、単語の意味をほとんど名詞の形で覚えています。
動詞も名詞の形で覚えています。
例えば、understndは「理解」。

英語なんて単語の意味がわかれば何とかなると、そういう子は言いがちです。
しかし、文が複雑になるにつれて、品詞や文法を把握していない子たちは、文意を読み取れなくなっていきます。
個々の単語の意味をすべて名詞として理解しているのですからそうなります。
そういう子にとっては、文は名詞の羅列です。
それでは、文全体として何を言っているのかは、わからなくて当たり前です。

別の子の例。
この子は、「現在完了」を勉強していました。

I haven't done my homework yet.

この英文は、「完了」「経験」「継続」「結果」のうちのどの用法か。
この問いに、彼女は、「継続」と答えました。
「私は、まだ宿題をやっていない」
やっていないのだから、完了していない。
きっと今もやっている。
だから、「継続」。
そういう判断でした。
ここにも、文法と文意の混同が見られました。
文意だけで判断すると、否定文になった途端、分析できなくなってしまいます。

「already やyet を使っている現在完了の文は、完了の用法だよ」
「そうなのお?」
素っ頓狂に大声を出して驚いてみせるのですが、その話をするのは、もう何度目がわからないのです。
ちょっとしたことで簡単に分析できるのに、それを覚えようとしません。
意味から判断しようとします。
幾度間違えても。

意味から判断する子は、和訳は得意なのかというと、そうではありません。

My grandmother sends me a postcard every month.
「私の祖母は、毎月私に絵手紙を送る」

この和訳を見たとき、「絵手紙」という言葉に、虚をつかれました。
絵手紙?
postcard が、絵手紙?

「postcardって、葉書という意味だけど?」
「え?」
「絵葉書という意味さえないよ。単なる葉書だよ?」
「えー?これ、間違いになりますか?」
「この単語の分だけ減点されますね」
「えー?」

「祖母」だから「絵手紙」という推量なのでしょうか。
確かに、絵手紙を趣味とする人は、若い人よりは中高年が多いでしょう。
確認すると、本人のおばあさんが絵手紙が趣味だというわけではありませんでした。
なのに、一般論で、そういう推量をしてしまう。
それが、正しいと思ってしまう。
かなり面倒くさい誤読の仕方です。

こうした、わかるようでわからない混線が多いほど、和訳は奇妙なことになっていきます。

When I saw the picture , I couldn't help thinking of her.
「その写真は彼女であると、私は思わずにいられなかった」

これも、不可解な混線を感じる和訳です。
正しい訳は、「その写真を見ると、私は彼女のことを思わずにいられなかった」です。

今、一応「写真」と訳しましたが、これは、「絵」である可能性もあります。
そして、それは彼女の写真や肖像画であるとは限りません。
何かの風景画かもしれません。
別の人物の写真かもしれません。
とにかくそれを見ると、彼女のことを思わずにいられないのです。
しかし、そういう可能性を全て排除して、いきなり the picture を「彼女の写真」と思い込んでしまうと、これが長文の中の一文であった場合、その前後の読み取りに錯誤や混乱が起こる可能性があります。

何かを頭の中で推測してしまい、それを和訳に反映させてしまう。
前の「絵手紙」も、そういうことでしょう。
これは、英語に限らず、国語の問題を読んでいてもやってしまう可能性のあることです。

なぜ、書いていないことを読み取ってしまうのでしょう。
「行間を読め」と言う人がいますが、行間なんか勝手に読んだらダメです。
書いてないことは、読み取ってはいけません。
必要なことは、全部書いてありますから。
書き方が遠回しだったり高度な修辞が用いられていたりして、読み取りが難しい場合があるだけで、読解とは、基本、書いてあることしか読まないことです。
勝手に行間を読むから妙な和訳になり、誤読につながってしまいます。

1つ1つのズレは小さいけれど、積もり積もって本来の英文とは全く違うストーリーが頭の中で組み立てられてしまう子がいます。
英文解釈の苦手な子に多いです。
単語の意味が全部わかっていても解釈が歪んでしまうのですから、意味のわからない単語もあってそこは推測しながら全体の意味を読み取るとなると、さらにおかしな誤読が始まってしまいます。
これをただすのは、英語力の問題だけではないので、厄介で時間がかかります。
繰り返し繰り返し、何をどのように誤読しているか、本人とともに誰かが伴走し、指摘していかなればなりません。
本人は、誤読を認めたがらないものですからね。




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