たまりば

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2013年06月20日

スマホ・デビューしました。



6月18日(火)、携帯をスマホに機種変更しました。
本当は、そんなのまだまだ先のつもりだったのですが、使っていたガラケーの調子が悪くなりました。
電波状態は常に悪いし、電池切れは早いし、画面はときどき変だし。
仕事に関わることなので、このままではまずい。
先日、教室を開いて2年経ち、教室の賃貸契約を更新したばかりで、今は、金銭的に厳しい時期です。
この上、携帯まで壊れるか、と頭を抱えました。
でも、今は、本当に切り換え時期なんですね。
びっくりするほど費用が安くて、驚きました。

NHKで、『趣味Do楽・なるほど便利!くらしで使えるスマホ&タブレット』という番組が、4月・5月に放映されました。
電源の入れ方と切り方からスマホの使い方を教えてくれる番組で、全部見て、録画保存もしておいたので、それで少しスマホとの心理的距離は縮まっていました。
とはいえ、やっぱり、初めて持つと抵抗が大きいです。
悪戦苦闘し、「疲れた。息抜きに携帯をいじりたい」と思い、その度、もう自分にはこのスマホしかないと気づく。
その喪失感は、なかなかのものです。
何がわからなかいかって、自分が何がわからないのかも、わからない。
だから、質問のしようがない。
買った初日の夕方には、ネットもメールもつながらなくなりました。
私は何をしてしまったのだろう。
(@_@;)

しかし、こういうとき、生徒の気持ちを実感できます。

このところ、もう1か月も、仮定法の理解に悪戦苦闘している高校生がいます。
いや、悪戦苦闘しているのは私だけで、本人は、そんなもん理解する必要はないと決めてかかっているような印象すらあります。

「私にもっとお金があったら、その車を買うことができたのだが」
こうした仮定法の例文にアレルギーがあるのは、理解できます。
言ってることは、「たら・れば」の本当にくだらないことばかりです。
言っても仕方がないだろう、そんなことは。
だから、仮定法なんか、必要ない。
自分は、覚えない。
そんなことばかり言う子です。

しかし、仮定法的な発言内容をくだらないと思うことと、仮定法を理解しようとしないことは、違うことです。
生徒に対しては、「それは違うよ」と言えるのですが、スマホを前にした自分は、もしかしたら似たような反応をしているかもしれません。

携帯でゲームなんかしないし、映画を見たり音楽を聴いたりもしない。
楽しいアプリがありますよ、と言われても、どうせ使わない。
だから、スマホを覚える必要はない。

感情的に抵抗感があると、理解や習得は著しく遅れます。
必要性を実感し、何としても身につけようと思えば、複雑なこともきっと理解できるのに。
生徒が文法を理解しない原因の大半は、これだと思います。

理解しにくいものを目にする。
自分には、理解できないかもしれない。
不安になる。
プライドが傷つきそうになる。
だから、感情的な防御をします。
「そんなものは、必要ない」

スマホも仮定法も必要なものですし、理解しようと思えば、理解できますよね。
自分の中の変な劣等感に負けないことだ。

習得の第一の壁が自分の中の劣等感や感情的な防御だとすれば、第二の壁は、「何がわからないのかわからないので、質問もできない」ということだろうと思います。
「何か質問はありますか?」
と訊かれても、何を質問していいのか、わからない。

生徒の中にもいます。
「わかった?何かわからないことはある?」
「全部わからない」
「なにー?」
仮定法が理解できない子とは、度々こんな会話を交わしてきました。
「最初からもう1度説明しようか?」
「いや、いい」
「なにー?」

ふざけているのかと思うこともあるけれど、案外本音なんでしょう。
とにかく本当にわからないし、もう1度説明を聞いたってきっとわからないから、聞く気がしない。

ところが、私がスマホの習得に悪戦苦闘中のまさに今週、その子から画期的な質問が飛び出しました。
「仮定法過去と仮定法過去完了と違うっていうけど、同じじゃね?どっちも、hadを使う」
「・・・・・・・え?」

私は驚いて、テキストの例文に目を落としました。

仮定法過去の例文。
If I had a lot of money, I could buy that car.

仮定法過去完了の例文。
If she had been there, she would have helped you. 

「・・・・・仮定法過去のhadは、『持っている』という意味の一般動詞で、仮定法過去完了のhadは、完了形を作る助動詞のhadだよ」
「全然わからない。一般動詞とか、助動詞とか、何だよそれ」
「ああ・・・・・・」

そうだ。
私が、Wi-Fi とか Bluetooth とか言われても、全然わからないのと同じだなあ。
1つ1つの言葉の意味をそのとき教えてもらっても、それでもやっぱり、何だかわからない。
それが、何に必要な何であるのか、何だが腑に落ちない。
どう説明してもらえればわかるようになるのかも、よくわからない。
自分はそういうのを説明するのが上手いと思っている人が、したり顔で説明してくれたところで、多分、説明のピントはズレているでしょう。
私の知りたいことは、それではない、と叫びたい気持ちになる。
でも、じゃあ何がわからないのか、と言われると、やっぱり、それがわからない。

教えることの究極の課題がここにあります。

さて、スマホを購入した翌日、またもドコモショップに行き、30分待って、ようやく質問できました。
対応してくれたのは、若い男性。
「あのー、昨日、ここでスマホを買ったんですが」
「ありがとうございます」
「えーと、省電力モード、ですか?そういうのにしたら、ネットもメールもつながらなくなったんです」
「はあ」
と、ここからは、私は、スマホで実際に操作しながら、
「それで、こうやって、『設定』のところを見たら、『モバイルネットワーク設定』のところの『モバイルデータ通信』のチェックが入っていなくて、それでチェックを入れようとしたら、追加の料金がかかる的なこういう画面になったんですけど、料金的には大丈夫なもんなんでしょうか」
「・・・・・あ、それは、携帯で言う『パケホーダイ』のようなものにご加入いただいているはずですから、大丈夫と思いますが」
と、店員さん、パンフレットを開いてくれました。
おお、確かに、昨日加入したものだ。
「あ、大丈夫なんですね」
「はい。大丈夫です」
「ええと、それと、私、ツイッターをやっているんですが」
「はい」
「こっちの地球儀みたいなアイコンのほうからツイッターに入れますけど、あの、アプリというのもあるじゃないですか?この2つは、何が違うんですか?」
「ああ、はい。こちらのほうは、つまりインターネットそのもので、パソコンと同じなんです。アプリというのは、インターネット画面を携帯用の画面に変換するものなんです」
「・・・・・・ああ!」
私は、アプリについての説明で、これよりわかりやすいものを、今まで聞いたことがありません。

実はツイッターはわりとどうでもよく、もう1つ、一刻も早く入りたいサイトがありました。
インターネット画面から自分の記事を読んだり書いたりはできますが、友達の記事を読んだりコメントを入れたりができませんでした。
友達が待っているのに、入れない。
苦労していたのですが、それが私の頭の中で劇的につながりました。
アプリだ。
アプリを探してインストールすれば、きっと入れる。
もう、店内で「ウォーター」と叫びたいくらいでした。

幾度も頭を下げ、お礼を言って去る私に、店員さんも、プラス1回頭を下げて応えてくれました。
教わる者と教える者との幸福なひとときでした。
私も、このような時間をもっともっと生徒と共有できないだろうかと考える帰り道でした。

さて、本日でスマホは3日目。
少しずつ慣れてきていますが、まだ、メールを打つにも少しストレスがあり、文面が短くぶっきらぼうになりがちです。
しばし、お許しいただけますと幸いです。



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