たまりば

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2015年05月19日

伸びる子の考え方

さて、中間テストシーズンです。

中学生の中には、勉強に対する意識の低い子も多いです。
例えば、テスト当日の朝に提出するワーク。
学校から、解答も一緒に渡されている場合が大半ですが、結局、答えを丸写しで提出する子、いますよね。
「自分で解こうとしてもわからないから」
というのが本人の言い分。
ある意味説得力のあるこの言い分、しかし、たいていは嘘です。
ワークは、そんなに難しいものではありませんから。
正確には「解けない問題もある」程度のことを、誇張して言っているだけです。
(^-^;


うちの塾に通うある女子生徒は、とにかくミスが多いです。
しかもミスが多様で、「こういうところでミスしやすい」という傾向がありません。
全方向でミスをします。
足し算ミス、引き算ミス、九九の誤用、約分ミス、符号ミス、問題の写し間違い、項を1つ書き忘れる、文字を1つ書き忘れる、数字の書き間違い。
枚挙にいとまがありません。
数学指導をする場合、学年が上がるにつれてそういうことが課題となってしまうことが多いです。
解ける問題も途中でミスをしますから、得点は期待できず、絶望感が深くなっていきます。

計算力というよりも精神力の問題なのかもしれません。
数学の問題を解いている間も、常に動揺しているのではないか?
余計なことを考えているのではないか?
特に十代の女の子は、大人が外から見ているよりもずっと感情の波が大きく、多感で、言ってみればいつも動揺しています。
それでは計算なんか合うわけがありません。
「わからない」と感じると心が揺れ、「わかった♡」と思うとまた心が揺れ。
いちいち人間的、感情的に反応していたら、正しい計算はできません。
機械のように冷静に。
機械のように正確に。
そのようでなければ、複雑な計算はこなせません。

しかし、そう話しても、冷静であることを本人が是としません。
機械のようになるのは嫌なんだそうです。

人間であることを辞めろなんて誰も言っていない。
数学の問題を解く間だけ冷静になりなさいと言っているだけだよと説明しても拒絶します。
繊細・多感であり、他人への共感性が高いことと、数学の問題を冷静に解くことは両立するのに、どうもそういうことが上手く伝わりません。
相変わらず日々心が揺れ、数学の答案は、ひどいときには毎行ミスをしています。

これは、もうどうにもならないのではないか?
ともすると、私のほうが先に諦めてしまいそうになります。

相変わらずのミスの多さに、私が眉間にしわを寄せて授業をしていた先日のこと。
学校から新しい問題集が配られ、ゴールデンウィークにそこから課題が出たけれど、いつもと違って解答が配られないという報告がありました。
「解答が配られない?何で?」
「さあ・・・・・?」
「解答を丸写しする人が多いから、学校の先生が方針を変えた?」
「私は写してませんよ」
「知ってますよ。あなたは、そういうことはしないです。でも、丸写しする人もいるでしょう?」
「あー、・・・・。それは、まあ」
「あなたは解答を写さないね。必ず自分で解くね」
「だってそれは・・・・・。答えをただ書き写している時間は、無駄な時間だと思うから。間違えても、自分で解いたほうが無駄な時間じゃないから」
「・・・・・・」

大人に言われたからではなく、中学生の本人が自分でそう判断しているのです。

この子は、大丈夫じゃないか。

むしろ、私は何を不満に思い、何に不安を感じているのだろう。
こういう考え方のできる子は、大丈夫じゃないか。
いずれ、冷静に問題を解けるようになるのではないか。
少なくとも私が諦めるのはおかしい。

ふっと、未来に光が差すように感じました。

  


  • Posted by セギ at 14:01Comments(0)講師日記