たまりば

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お知らせ

2018年07月18日

時制に関する問題が苦手。高校生の場合。


時制の識別の話の続きを。
前回は中学生の話でしたが、今回は、高校生の話を。
現行の教育課程では、中学で学ぶ時制は以下のものだけです。
現在形・現在進行形・過去形・過去進行形・未来の文・現在完了形。
未来は時制ではない、「未来時制」「未来形」というものはないという説がありますが、初学者にとっては正直そんなのどうでもいいので、私は「未来時制」という言い方は避けますが時制を学ぶ際に未来も加えます。
ともあれ、上の6つの時制を中学の3年間でゆっくりと学ぶのですが、時制は、まだあと6つあります。
高校1年でその6つをほぼ同時に学ぶので、混乱する子が多いようです。
以下、例文とともに整理してみます。

◎現在形・・・主に現在の習慣・現在の状態を表す。  
She lives in Tokyo.
彼女は東京に住んでいる。

◎過去形・・・主に過去の動作・状態を表す。
She lived in Tokyo five years ago.
彼女は5年前東京に住んでいた。

◎未来の文・・・未来の動作・状態を表す。
She will live in Tokyo next year.
彼女は来年東京に住んでいるだろう。

◎現在進行形・・・現在行っている動作を表す。
She is playing the piano now.
彼女は今ピアノを弾いている。

◎過去進行形・・・過去のある時点で行っていた動作を表す。
She was playing the piano at that time.
彼女はそのときピアノを弾いていた。

◎未来進行形・・・未来のある時点で行っている動作を表す。
She will be playing the piano at this time tomorrow.
彼女は明日の今頃ピアノを弾いているだろう。

◎現在完了形・・・現在の時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
She has lived in Tokyo for five years.
彼女は5年間東京に住んでいる。

◎過去完了形・・・過去のある時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
She had lived in Tokyo for five years before she went to New York.
彼女はニューヨークに行くまで5年間東京に住んでいた。

◎未来完了形・・・未来のある時点までの完了・継続・経験・結果を表す。
She will have lived in Tokyo for five years by the time she finishes high school.
彼女は高校を卒業するまでで5年間東京に住んだことになる。

◎現在完了進行形・・・現在のある時点までの動作の継続を表す。
She has been playing the piano for five hours.
彼女は5時間ピアノを弾いている。

◎過去完了進行形・・・過去のある時点までの動作の継続を表す。
She had been playing the piano for five hours befor I visited her.
彼女は、私が訪れるまで5時間ピアノを弾いていた。

◎未来完了進行形・・・未来のある時点までの動作の継続を表す。
She will have been playing the piano for five hours till 15:00.
彼女は15時までで5時間ピアノを弾いたことになる。

これらがいきなりドバッと出てきます。
未来完了進行形など、日常会話ではほとんど使わない時制もあります。
書き言葉ですね。
しかし、文法的には存在します。

高校生になると、さすがに少し精神的成長が見られ、できればこれを覚えたいという意欲を見せる子が多いですが、意欲があっても識別できないことがあります。
特に勘違いしやすいのが、過去形・現在完了形・過去完了形。
中学3年生で現在完了形を学んだときは、過去形と混ざってわからなくなる子はそんなにいなかったのですが、過去完了形を学ぶと、この3つの区別がつかなくなり、結果、全て過去完了形を選んでしまう子がいます。

問題 次の空所に最も適切なものは以下のどれか。

He (    ) in Osaka since he was a child.

1.lived  2. has lived   3.had lived  4.had been living

正解は2の現在完了ですが、これを過去完了の3と誤答してしまう子は多いです。
過去完了を習いたてなので、何でも過去完了に思えてしまうということもあるでしょう。
こういう四択問題を理屈で解いたことがなく、全て根拠のない感覚で解いている子もいるでしょう。
しかし、一応理屈を考えて、それでも間違えてしまう子もいます。

過去完了は、「過去のある時点までの完了・経験・継続・結果」です。
視点は過去のある時点にあり、そこからさらに過去を振り返っての完了・経験・継続・結果ということです。
上の例文の、
She had lived in Tokyo for five years before she went to New York.
彼女はニューヨークに行くまで5年間東京に住んでいた。

で言えば、視点は、「彼女がニューヨークに行った」という過去のときです。
その過去のある時点までで5年間東京に住んでいたという継続の用法です。
こうしたときに用いるのが、過去完了です。

The train had already left when we got to the station.
私たちがその駅に着いたとき、その列車は既に出発してしまっていた。

これも過去完了です。
「私たちがその駅についたとき」というのが、過去の視点。
そのときには、既に列車は出発してしまっていたという完了の用法です。

それに対し、上の問題文は、

He has lived in Osaka since he was a child.
彼は子どものときから大阪に住んでいる。

この視点は現在です。
現在から見て、過去からずっと現在まで大阪に住んでいるという継続の用法です。
しかし、このsince節を「視点」と間違えてしまうのです。
このsince節は、「視点」ではなく「起点」です。
どこの時点に立って過去を振り返っているかの視点ではなく、その状態の起きた始まりを示しているのです。
ここを混線してしまう人が多く、何を見ても、過去完了を選んでしまうようです。

「じゃあ、sinceがあったら現在完了?」
と訊く子がいます。
sinceが入っていても過去完了のこともあります。
また、基準となる過去のある時点を明示するため、過去完了の文は1文が長くなりがちです。
「じゃあ、長いと過去完了?」
と訊く生徒もいます。
「そうとは言い切れないです」
「whenとかbeforeがあれば、過去完了?」
「・・・そういう安易な見分け方は、本当にやめよう」
「えー・・・・・」

現在完了と過去完了の見分け方の基準は、視点が現在なのか過去なのか、です。
それが、時制の定義にのっとった根本的な見分け方です。 
しかし、それだけは絶対に受け入れられないというように、他の安易な見分け方を延々と探そうとする子がいます。
それをやっている間は、時制の見分けはできません。
whenやbeforeがあれば必ず過去完了であれば本当に楽なのですが、決してそうではないのです。
ただ、1文が長く、before節がついているときに、これは過去完了の文なのではないかと予測しながら読んでいくのならOKなのですが。


昔、大手の個別指導塾で講師をしていた頃。
都立自校作成校に通う高校3年生の数学を担当したことがありました。
もともと秀才ですので、英語もそこそこ出来ていて、それは高い基準での話だと思うのですが、あるとき、雑談でこんなことを言いました。
「僕、最近、やっと英語がわかってきたんですよ」
「え?」
「学校の参考書ですよ。1回も読んだことがなかったんだけど、あれを読んでみたら、知りたかったことが全部書いてあった」
「・・・・・え?」
「いや、マジで」


現在形と現在進行形の使い分け。
過去形と過去進行形の使い分け。
過去形と現在完了形の使い分け。
現在完了形と過去完了形の使い分け。
時制の見分けは苦労するところですが、こうしたことは、実は、文法の参考書に詳しく書いてあります。
疑問に思ったら、参考書を開いて、その部分だけを調べてみるのをお薦めします。
多くの高校は、教科書やワークブックとともに、文法の参考書を一斉購入していると思います。
学校の授業で使わないので埃をかぶっている、厚い英文法の本、手元にありませんか?
例文がズラズラ並んでいて、ちょっと読む気にならないぶ厚い本です。
実は、あれが物凄く役に立つ本で、よくある疑問には全て答えてくれます。
教科書の例文と短い説明ではよくわからなかったことが全部書いてあります。

そんなの学校からもらっていないという人は、大きめの書店に行き、高校参考書コーナーで何冊か見比べて購入すると良いでしょう。
参考書や問題集は、他人の勧めで購入するものではなく、必ず自分で見て、自分が使い易いものを購入しましょう。
字体やレイアウトも重要です。
良い参考書としてネットや通信教育の付録冊子で勧められているものを買っても、買ったことに満足して終わるだけになりかねません。
開くだけで気持ちの沈むような参考書は、結局開かないです。
他人の勧める良い参考書は、英文法が好きで、英語の成績も良く、より詳しく知りたい人が読むものかもしれません。
いわゆる、文法の重箱の隅が載っている本です。
文法の基本を学ぶのなら、易しい文法の本で十分です。
カラフルで、字も大きめで、易しい基本を説明している本を自分で選んでみると良いと思います。
ただし、目次と索引はしっかりしているものを。
「第一章 5文型」「第二章 時制」「第三章 態」といったように、目次に硬い言葉が並んでいるもののほうが調べものには向いています。
巻末に索引がついていることも重要です。
何かを調べるときには、索引を用いるからです。
柔らかい言葉で書いてある読み物的な文法の本は、調べものの役には立ちません。

宝物は、手元にあります。
良い参考書も単語集も。
そして、ラジオをつければ、良質なリスニング教材が無尽蔵に流れてきます。
使わない手はありません。


  


  • Posted by セギ at 12:43Comments(0)英語

    2018年07月16日

    確率の乗法定理。



    今回も「場合の数と確率」の続きです。
    確率の乗法定理について学習しましょう。

    まずは、条件付き確率の公式。
    PA(B)=P(A∩B)/P(A)
    これの右辺と左辺を入れ替えると、
    P(A∩B)/P(A)=PA(B)
    両辺にP(A)をかけると、
    P(A∩B)=P(A)・PA(B)
    これで出来上がり。
    これが確率の乗法定理です。

    何だか難しそうですが、乗法定理というのは、要するに、確率と確率をかけても良いということです。
    例えば、こんな問題。

    例題 3本の当たりくじを含む8本のくじがある。このくじをa、bの2人がこの順に1本ずつ引く。ただし、くじはもとにもどさないものとする。このとき、aが外れ、bが当たる確率を求めよ。

    8本のうち3本が当たりですから、外れは5本です。
    aが外れる確率は、5/8 となります。
    その後、bが引きますが、そのとき、くじはもう7本しか残っていません。
    そのうち、当たりは3本です。
    だから、bが当たる確率は、3/7です。
    したがって、aが外れ、bが当たる確率は、
    5/8・3/7=15/56
    これが答えとなります。
    確率×確率で解いていけるということです。
    簡単ですね。ヽ(^。^)ノ

    では、こんな問題はどうでしょう。

    例題 12本のくじの中に当たりくじが3本ある。a、bの2人がこの順番にこのくじを引くとき、bが当たる確率を求めよ。引いたくじは元に戻さないものとする。

    これは、場合分けをして求めなければなりません。
    すなわち、aが当たりbも当たる場合と、aが外れbが当たる場合とです。
    この2つは確率が異なるので、それぞれを求めて最後に足す必要があります。

    まず、aが当たる確率は、3/12。
    この後、bが当たる確率は、くじは全部で11本、当たりくじは2本ですから、2/11。
    したがって、aが当たりbも当たる確率は、3/12×2/11=6/132となります。

    次に、aが外れbが当たる場合。
    aが外れる確率は、9/12。
    その後、くじは全部11本、当たりくじは3本ですから、bが当たる確率は、3/11。
    したがって、aが外れbが当たる確率は、9/12×3/11=27/132。

    aが当たりbも当たる場合と、aが外れbが当たる場合は、互いに排反ですから、この確率は単純に足すことができます。
    よって、bが当たる確率は、6/132+27/132=33/132=3/12=1/4。

    ところで、aが当たる確率は、3/12=1/4ですから、aが当たる確率もbが当たる確率も等しいとわかります。

    実は、くじに当たる確率は、引く順番と関係なく等しいのです。
    先に引いたほうが有利とか、後に引いたほうが有利ということはないのです。
    え?本当に?と感じますよね。

    ただし、これは少し説明が必要です。
    aがくじを引く前の段階では、aが当たる確率も、bが当たる確率も等しいということです。
    でも、aがくじを引いてその結果がわかった瞬間から、bの当たる確率は変わってきます。
    aが当たった後では、bが当たる確率は低くなりますし、aが外れた後なら、bが当たる確率は高まります。
    このときのbが当たる確率こそが、前回学習した「条件付き確率」。
    まだaがくじを引いていない最初の段階でbの当たる確率とは違うのですね。

    考え方がわかったところで、単純な計算上の工夫を。
    確率を最終的に足さなければならないことがわかっている問題では、計算の途中では約分をしないことをお薦めします。
    上の問題で言えば、6/132も27/132も約分できますが、その段階では約分しません。
    これを、6/132=1/22、27/132=9/44とすぐに約分し、足すときになって、
    1/22+9/44=2/44+9/44
    と、また通分するのは無駄なことだからです。
    上の問題くらいシンプルならば良いのですが、もっと何通りもに場合分けして、それを最終的に足していくことも多いです。
    そのいちいちで約分し、最終的に足すときにはまた通分する人がときどきいます。
    時間の無駄であるだけでなく、約分の途中、通分の途中で計算ミスを犯すリスクが高まります。

    実際には、そう注意しても、約分が癖になっていて、ついやってしまう人がいます。
    計算ミスをしやすい人ほど、リスクの高い方法で計算してしまう癖があると、こういうときに感じます。
    作業が増えるだけ計算ミスは増えるということを頭の隅において、気づいたときだけでも約分をやめてみてください。
    随分計算しやすくなり、また速く計算できるので、びっくりすると思います。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 13:41Comments(0)算数・数学

    2018年07月12日

    時制に関する問題が苦手な子。中学生の場合。



    初級英語は、be動詞の文、一般動詞の文、名詞の複数形、人称代名詞などを学んだ後、時制の学習に集中していきます。

    現在形・三単現・現在進行形・過去形。
    1つの時制を学ぶたびに、それまでの時制と混ぜて問題が出されますので、その見分けが重要になります。

    現在の習慣や現在の状態を表す文は、現在形で表します。
    文末に書いてある「時」の表現としては、every day とか、on Sundays とか。

    今行っている動作を表すのが、現在進行形。
    文末には now がついていることが多いです。
    前後から判断して、現在行っている動作であるときは、nowがついていなくても現在進行形ということはあります。
    それは他の時制でも同様です。
    文脈判断ということですね。

    過去のことならば、過去形。
    文末に yesterday や、last week など、過去を表す言葉がついていることが多いです。

    以前は、この説明で十分でした。
    もちろん、テスト本番になるとうっかりして、三単現のsをつけ忘れたり、過去形の否定文なのに、動詞にedをつけてしまったりと、ミスはいくらでもあるものですが。

    5年ほど前からでしょうか。
    練習しているときに、何だか思うように定着しないなあ、と感じることがあるのです。
    しかし、何回かやると、正解を出すので、わかっているようでもあります。
    時制ミスをしてしまうのは、ケアレスミスなのだろうと。

    しかし、違いました。
    もっと、根本がわかっていない子がいるのです。
    時間には、「過去」と「現在」と「未来」がある。
    そうした時間軸を意識していない子どもがいるのでした。

    初めて遭遇した子は、中学受験をして私立中学に通っている子でした。
    当然、ある程度の学力はありました。
    数学を教えている限りは、さほど違和感は覚えませんでした。
    お母様の話では、小学生の頃から国語が苦手で、だから英語も苦手なのかもしれないということでした。
    だからといって、何で現在形と現在進行形と過去形でこんなに混乱しているのだろう?
    時制の使い分けの問題では、正答率は5割以下でした。

    「yesterday と書いてあるじゃない。この文は過去形でしょう?」
    秀才に対して、単なるケアレスミスを指摘するような感覚で説明しても、話が通じませんでした。
    「yesterday と書いてあったら、過去形なの?」
    「・・・・」
    この反応は、ちょっとおかしいな?
    見分け方のコツを説明すれば済むようなことでないのかもしれないと感じました。
    「過去の動作や状態を述べている文は過去形にするんですよ」
    「え?」
    「日本語でも、そうでしょう?過去形という言い方はしないけれど、過去の文には~た、~だ、をつけるでしょう?」
    「え?」
    「現在本を読んでいるのなら、『読んでいる』でしょう?過去に読んだのなら『読んだ』でしょう?難しく言うと、過去を表す助動詞『た』『だ』をつけることで、日本語の文は過去形になるんだね」
    「え?」
    「・・・知らなかった?」
    「え?何それ?何それ?」
    「・・・・・・」

    その子が、時間をどのように把握していたのかはわかりません。
    昨日と今日は違う日だということことくらいは勿論わかっていたでしょう。
    ただ、日本語が、過去と現在と未来とを分けて語っているということが意識できなかったのだと思います。
    「現在」のことを言うときと、「過去」のことを言うときとでは、日本語でも表現が変わるということに、気がついていなかったのです。
    無意識に日本語を使っていますから、自分が時制を区別して言い分けていることに自覚がなかったのです。
    だから、英語がやたらに現在進行形だの過去形だのと時制を区別するのが理解できなかったのでしょう。
    時制の区別は日本語でも普通のことだと理解できず、区別する基準がわからなかったようなのです。

    驚愕しました。

    能力的には、特に問題はなく、むしろ優秀な部類の子でした。
    しかし、国語が苦手というのは、既にこういう状態のことなのでした。
    現在のことを言うときと、過去のことを言うときとでは、日本語の表現はこう変わる、英語もそうだ、と改めて説明しなければ理解できない子がいます。

    国語の授業で日本語の文法をやるのが意味わかんない、とそういう子は言います。
    日本語は話せるから文法なんか別にいいのにと思っているようです。
    しかし、彼女たちは、本当に日本語をわかっているのでしょうか?
    日常会話は可能でしょうが、本当に、日本語の仕組みを理解しているのでしょうか?
    口語文法に時間をかけるのは、以前は、文語文法を理解する準備のためという意味あいが大きかったと思います。
    今は、本気で口語文法を教えないとちょっとまずい時代のようです。
    勉強が必要な子ほど、口語文法を毛嫌いするのではありますが。


    言語に対する意識が希薄なのが前提ですが、時間に対する意識が希薄だという問題もあるのかもしれません。
    数年前、『君の名は。』というアニメが評判になりました。
    何回も同じ映画を見に行く若者が多かったようですが、自分の好きなシーンを何度でも見るためという普通の目的の他に、意味がよくわからなかったからもう一度見に行ったというつぶやきをTwitterでいくつか見ました。
    地上波で放送されたときには、「これでやっと意味がわかる」や、「1回で意味のわからない人に向けてネタバレ覚悟で説明すると」といったツイートも目にしました。

    あの映画、1回では意味がわからない子がいるのですね。
    時間のからくりがわからないのでしょうか。
    主人公2人の実際の年齢差が理解できないようなのです。
    それは理解力の問題なのか。
    時間に対する認識が薄いせいなのか・・・・。

    現代の若者が全員アホだという話ではありません。
    少し古くなるけれど『時をかける少女』というアニメは、今も熱くひっそりと現代の若者に支持されています。
    時間のからくりで言えば『君の名は。』よりも『時をかける少女』のほうが難しい。
    何より、あの抒情を感じとるにはセンスが必要だと思います。
    時間に抵触する物語に不可欠な、あの抒情。
    抒情という点では『君の名は。』は、ちょっとダサいかなあ。
    ともあれ、『時をかける少女』を理解し推す若者たちがいる限り、若者との共通言語は存在すると感じます。

    時間ということ。
    過去・現在・未来ということ。
    それぞれの時制に応じて表現は変わるということ。
    時間に対する思いが強ければ、時を表す表現が異なることにも気づくのではないでしょうか。
    それとも、それとこれとは別でしょうか。

    情報伝達という意味でも、それが過去のことなのか現在起きていることなのかを区別して語らなければ、正確な情報は伝わりません。
    時制の区別は、必要なことです。
    テストで点差をつけるために文法の隅をつついているというのとは次元の異なることです。

    時間というものへの意識。
    言葉に対する意識。

    過去と現在と未来とは、日本語でも言い分ける。
    英語も、過去と現在と未来とでは、語り方が異なる。
    それを理解していないのに、識別のためのちょっとしたコツである文末の時の表現を丸暗記しようとして覚えきれず、訳がわからなくなっている子はいないでしょうか。

    あまりにも時制の識別ができない子に対しては、そもそも時制ということが本当に理解できているかを確認したほうがいいかもしれません。
    「こんなの、引っ掛け問題だよ!」
    と認識の甘い発言をする子も含めて。
    引っ掛けでも何でもない。
    時制は、言語のど真ん中の問題です。
    引っ掛けだ、と過小評価するから、いつまでもいつまでも時制ミスがなくならないのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 12:21Comments(0)英語

    2018年07月11日

    条件付き確率。


    本日は「条件付き確率」です。
    教科書やテキストの説明を読むだけだと何だか難しく感じるのが、この「条件付き確率」です。
    例えば、こんな問題です。

    例題 あるコンサートの入場者のうち、40%が高校生で、前売りを買って入場した高校生は全体の35%だった。入場者の中から任意の1人の高校生を選びだしたとき、その人が前売りを買っている確率を求めよ。

    わかりにくいので、まず人数を具体的に設定して考えてみましょう。
    あるコンサートの入場者は100人だったとします。
    入場者の40%が高校生なのですから、その人数は、
    100×0.4=40(人)となります。
    また、前売りを買って入場した高校生の人数は、
    100×0.35=35(人)です。
    つまり、高校生40人のうち、前売りを買った人は35人。
    よって、任意の1人の高校生が前売りを買っている確率は、
    35/40=7/8
    となります。

    高校生を選びだしたときに、分母、すなわち「全体の場合の数」が変わるんです。
    「高校生である」という条件が付いたので、分母が変わります。
    これが「条件付き確率」です。
    そんなに難しくはありません。

    しかし、上のようにいちいち100人に例えて計算するのは煩わしいですね。
    公式を作っておきたいです。

    ここで、「集合」の復習。
    集合の要素の個数の表し方は、nを用いるのでした。
    ある有限集合Aの要素の個数は、n(A)と表します。
    上の例で言えば、全体集合の個数は、n(U)=100。
    高校生の集合をAとすると個数は、n(A)=40。
    前売りを買っている人の集合をBとすると、その個数は、n(B)。
    高校生で前売りを買っている人の集合の個数は、n(A∩B)=35。
    この条件付き確率は、n(A∩B)/n(A)=35/40 となります。

    ところで、分数の性質として、分母・分子を同じ数で割っても、値は変わりません。
    分子を全体集合の個数n(U)で割ると、その式は、
    n(A∩B)/n(U) となり、これはA∩Bの確率を表す式ですね。
    だから、n(A∩B)/n(u)=P(A∩B)となります。
    確率はPで表すのでしたね。
    n(A)を全体集合の個数n(U)で割ると、その式は、
    n(A)/n(U)=P(A)となり、これは、Aの確率。
    よって、条件付き確率は、P(A∩B)/P(A)で求めることができます。
    本来、個数で処理するはずのところを確率で代用できるのです。
    これが条件付き確率の公式です。
    PA(B)=P(A∩B)/P(A) と表記します。
    PA(B)のAという文字は、本当はもっと小さく、Pの下半分のサイズで書きます。

    この公式を利用すると、上の例題は、
    高校生である確率、P(A)=0.4
    前売りを買った高校生である確率、P(A∩B)=0.35
    よって、この条件付き確率は、
    PA(B)=0.35/0.4=35/40=7/8
    公式で簡単に求めることができます。

    さて、この条件付き確率は、この形の公式よりも、これを変形したもののほうが使い途があります。
    PA(B)=P(A∩B)/P(A)
    両辺をひっくり返すと、
    P(A∩B)/P(A)=PA(B)
    両辺にP(A)をかけると、
    P(A∩B)=P(A)・PA(B)
    このように変形した公式を「確率の乗法定理」といいます。
    大変使いやすい定理です。

    例題 黒玉が4個、白玉が7個入っている袋がある。この袋から玉を元に戻さずに1個ずつ2回取り出すとき、2個とも白玉である確率を求めよ。

    1回目に白玉が出るという事象をA。
    2回目に白玉が出るという事象をBとします。
    1回目に白玉が出る確率は、全部で11個の玉のうち、白玉が7個ですから、
    P(A)=7/11 となります。
    次に、2回目も白玉が出るのは、1回目に白玉が出ているという条件があっての確率、すなわち条件付き確率PA(B)となります。
    1回目に玉を1個取り出していますから、袋の中の全体の玉の数は10個。
    そのうち白玉は、1つ減っていますから、6個。
    したがって、PA(B)=6/10。
    よって、2個とも白玉である確率は、
    P(A∩B)=P(A)・PA(B)=7/11・6/10=21/55
    となります。
    PA(B)といった記号が難しそうに見えるだけで、実感としては何も問題なく、使いやすい公式です。
    確率×確率で計算していけると、今までよりもシンプルに解いていける問題が増えてきます。

      


  • Posted by セギ at 12:53Comments(0)算数・数学

    2018年07月09日

    7月21日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    7月7日(土)の大人のための数学教室は、出席者0人のため、延期となりました。
    次回は、7月21日(土)に開催いたします。

    さて、授業が進みませんでしたので、今回も数学に関するちょっとした雑感などを。
    いつも自転車で出勤しているのですが、夕方に教室に向かうとき、駅方向からかなりのスピードで走り抜ける自転車に遭遇することがあります。
    チャイルドシートをつけた電動自転車が多いです。
    乗っているのは勿論、子育て世代のお母さんたち。
    夕方は1分でも貴重。
    子どもを保育園にお迎えに行き、買い物をして、夕飯を作ってと、夕方は忙しい。
    頑張って。
    心の中で応援するのですが、ここで疑問が1つ。
    お母さんたちの自転車は、なぜか右側通行をしていることが多いのです。
    もともとちょっと大きめな上にチャイルドシートでさらにかさばっている電動自転車がフルスピードで右側通行しています。

    現行の交通法規では、自転車は左側通行です。
    わざわざ子どもを乗せて衝突の危険のある逆走を故意に行うとは考えにくいので、おそらくそれを知らないのでしょう。
    歩行者の感覚で右側を走ってしまうのだと思います。
    もしかしたら、昔、自転車も右側通行だと教わった世代なのかもしれません。
    育った地域によっては右側通行が推奨されていた可能性があります。

    知らないのだから仕方ない。
    しかし、ここで1つ疑問に思うのですが、最近、道路には、自転車レーンが表示されているところがあります。
    アスファルト道路に白く自転車に乗っている人の姿が描かれ、進行方向も示されています。
    明らかに左側通行を示しています。
    それを見たときに、違和感を覚えないのでしょうか。
    常に右側通行で走っているので、いつも逆さまに見ているから、それが自転車に乗っている人を示すマークであることに気づかないのでしょうか。
    道路に描かれたマークなど目に入らないほど忙しい。
    そういうことなのでしょうか。
    また、左側を走ってくる、すなわち自分と正面衝突する可能性の高い自転車のほうが多いことには気づかないのでしょうか。
    相手のほうが間違っていると、その都度思っているのでしょうか。
    「自転車なのに左側通行する人がいて迷惑だわ」
    本人はむしろそのように感じているのでしょうか。

    これ、実は本当にそのように感じるらしいです。
    これを「確証バイアス」と呼ぶとのことです。
    自分が正しいと思っていることを証明する情報は目に入ってくるが、それを反証する情報は目に入らない。
    意識してのことではなく、本当に目に入らず、無視するそうなのです。
    道路に記された自転車マークは目に入らない。
    実際には左側通行をする自転車のほうが多いことにも気づかない。
    自分と同じように右側通行をするママさん自転車のことは目に入る。
    やはり私たちは正しいのだと確信する。
    そういうことのようです。

    現実問題としては、右側通行よりも「自転車スマホ」のほうが怖いです。
    さらに、夜の「無灯自転車」が十字路をすっと横切っていくときの恐怖といったらありません。
    1秒前まで見えなかった自転車が目の前を横切っていくのですから。
    そういうのと比べると、右側通行自転車は、まだましです。
    だから、責めているわけではなく、ただ不思議なのです。
    自分が間違っていても、間違っていると気づかないことがある。
    それは、自分自身の課題かもしれません。
    恐ろしい。

    数学の授業をしていて、計算ミスをしている生徒に、
    「そこ、間違っているんじゃない?」
    と柔らかく問いかけても、
    「間違ってません!」
    と即答する子が、かつていました。
    その子に、間違っていることを納得させるのには、他の子よりも時間がかかりました。
    計算ミスの箇所を指さしても、なかなかピンとこない様子でした。
    正しい答えを私が言ってもまだ「え?」と疑い深い顔をし、そこでようやく考え始め、1分ほども考えて、ようやく気づくのでした。

    滅多にミスをしない子なら、そのように自信家なのもわからなくはないのです。
    しかし、その子は、むしろ普通よりもミスが多く、計算ミスの他にも、毎週のように何かしら忘れ物をしてくるので、授業がスケジュール通りにいかないこともある子でした。
    計算ミスが多いこと。
    忘れ物が多いこと。
    そうしたことを自覚していてもおかしくないのですが、本人は全く認めず、それを指摘するときょとんとした顔をします。
    ありもしないことを不当に指摘された、と感じるようなのです。
    単にすっとぼけているだけなのか?
    本当は気づいているのだが、認めたくなくて、知らない顔をしているのか?

    これがどうも、本当に気づいていないようなのでした。
    計算ミスが多いことも。
    忘れ物が多いことも。
    そして、自覚がないので対策も立てませんから、ミスが減ることもないのでした。

    これも確証バイアスの一種なのかもしれません。
    自分がミスした事実は意識しないのです。
    ミスをしてもすぐに忘れます。
    一方、他人のミスは目につきます。
    他人はミスが多いなあと感じる。
    他人と比べれば自分はそんなにミスをするほうではない。
    本当にそう思っているようでした。

    しかし、それは事実とは異なります。
    学校で、家庭で、それを指摘されることはあるのでしょう。
    自分の思う真実と、複数の他人が指摘する事実とが明らかに異なるのです。
    信念が脅かされます。
    「間違ってません!」
    という叩き返すような断定は、どうもそういうところから発していたようです。

    計算ミスを防ぐには、計算ミスをしやすい事実を認め、どこで計算ミスをしやすいかを自覚し、対策しなければなりません。
    符号ミスをする。
    0と6をいい加減に書いて見間違う。
    かけ算やわり算をまっすぐに書いていくことができず、桁がズレる。
    特定の九九を間違える。
    書き間違う。
    無理な暗算をする。
    そうした、自分がミスをする傾向と原因を把握し、意識し、そこに差し掛かったらスピードを落として慎重に事を運び、また、そこを重点的に見直すことが必要となります。
    1度はミスをしても、2度と同じミスをしない。
    自分が何をミスしたかを記憶していることが、それを助けます。
    そうやって慎重にやっていても、睡眠不足だったり、疲れがたまっていたり、他に気になることがあって精神的に安定していなかったりすると、ミスは出ます。
    人はミスをするものです。
    それすらも認められない間は、ミスは減りません。

    「間違ってません!」
    と断言する子は、もう高校生でしたので、冷静な会話が可能でした。
    定期テストの答案を見た後、改めて、私は問いかけました。
    「あなたは普通よりも計算ミスが多いし忘れ物が多いと私は思う。あなたはどう思う?」
    その子は、顔を歪めて否定しようとしましたが、その後、黙ってしまいました。
    「計算ミスが多いことを自覚しないと、その対策もできないよ」
    「そんなことを認めたら・・・・」
    「うん?認めたらどうなるの・・・・?」
    返事はありませんでした。
    でも、私の指摘はそのとき、その子に届いたのだと思います。
    認めることはできないけれど、その事実が自分の外側に存在することは自覚したのだと思います。
    それ以降、計算ミスを指摘すると、静かに見直すようになりました。
    忘れ物は目に見えて減りました。



    次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  7月21日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.44例題5の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。




      


  • Posted by セギ at 14:08Comments(0)大人のための講座

    2018年07月06日

    人称代名詞はなぜ覚えにくいのか。


    英語の人称代名詞とは、I  my  me  mine というお馴染みのもののことです。
    厳密に言えば、四番目の形mineは、所有代名詞と呼ばれるもので、人称代名詞とは分けて取り扱うのですが、初学者にとっては正直そんなのどうでもいい。
    英語を学び始めて半年以内には、この人称代名詞の学習が始まります。
    そして、英語学習の最初のつまずきがこの人称代名詞である子は多いです。

    集団指導塾で中学生に英語を教えていたときは、
    「これは暗記しよう。テストに出るよ」
    と言ったところで、暗記してくるのは一部の秀才だけですから、授業時間内で暗記をしました。
    黒板に人称代名詞の一覧表を描き、皆で一度唱和します。
    次に「I」だけ消して、また全員で唱和します。
    次に「my」を消して、また全員で唱和します。
    これを延々と続けて、最後のtheirsが消える頃には、完全に暗唱している子が大半でした。

    しかし、それだけではすぐに忘れてしまいますので、次の授業でも、同じことを繰り返します。
    一度に「I  my」まで消してしまうなど、消すスピードは速くなります。

    その次の授業では、「I  my  me  mine」の全てを1度に消します。
    それでも、大半の子は、暗唱できました。
    そうして、順番通りの暗唱はできるようなっていきます。
    暗記ものが苦手な子の中には、暗記のやり方を知らないだけの子もいます。
    こうした授業は、ものを覚えるというのはこういうふうにやるのだよというデモンストレーションにもなり、賢い子は、同じやり方を他の科目でも活用し、暗記が得意になっていきました。

    通常、それで暗記は大丈夫なのですが、このペースについていくことのできない子もいました。
    多くの子は、機会を作って無理やり覚えさせれば覚えます。
    しかし、他の子と同じペースでは覚えられない子も存在しました。
    途中からは口を開いて何か言っているふりでごまかしていました。
    算数の九九を覚えるのにとても苦労する子がいるように、こうした機械的な暗記が苦手で、他の子と同じペースでは覚えられない子は存在します。

    その場で覚えられなかったのなら、家に帰って自分で練習すればカバーできます。
    しかし、そうした子の多くは、学校で英語学習を始める頃には、もう勉強に対して諦めの気持ちが生まれています。
    やってもどうせできないと思うのか、努力しません。
    「自分はもの覚えが悪いから、他人の倍の努力をしてそれを補う」
    そういう気持ちに本人がなっていれば大丈夫なのですが、思春期の自我でこの境地に至るのは難しいのかもしれません。
    そんなことを認められる人は、強靭な精神の持ち主で、実は自分に自信のある人なのでしょう。
    努力してきた自分に自信があるから、そういうことを認められるのだと思います。
    普通は、覚えられない自分を認められず、他人の倍の努力でそれを補うことなどできず、諦めてしまいます。

    小学校の高学年から中学生のあたりですと、反抗期に入っている子もいて、これも学習の障壁になることがあります。
    どうせ暗記しなければならないものなら皆と一緒にちゃちゃっと覚えられればラッキーなはずです。
    しかし、そう考えて積極的に暗唱に参加するのは、もう精神的に成長している子たちです。
    反抗期真っ盛りで、機会があれば周囲の大人全てに反抗してしまう子は、言われた通りに大きな声で暗唱するなど幼稚なことに思うのか、暗唱に参加しないことがあります。

    つまらない反抗心から暗記の機会を逸し、中3になっても高校生になっても人称代名詞が今一つわからない、何となく苦手という子。
    そうした子に個別指導で何人か遭遇しました。
    能力的に暗記が難しいタイプではありませんでした。
    私と出会ったときにはもう成長していましたので、
    「アホらしい。覚えるべきことは、覚えなければどうしようもないよ。ほら、やるよ」
    とホワイトボードに一覧表を書いて、暗唱しながら1つずつ消す作業をすると、そのときにはよく覚えてくれました。
    いつになってもいいから、どうしても覚えておかなければならないことは曖昧にせずに覚えるしかありません。
    算数の九九も。
    人称代名詞一覧表も。

    個別指導の場合は、他の人と比べてもの覚えがいいとか悪いとか、授業についていけないとか、そういうことはありません。
    本人のペースで、何度でも覚えるまで練習できます。
    「センセイ、待って。まだ、そこを消さないで」
    「え?マジで?」
    本当に覚えられないんだなあと驚くことは確かにあります。
    he の行にさしかかったあたりから、頭を抱えてひどく苦しそうな子もいます。
    しかし、最終的に人称代名詞を覚えきれずに終わってしまう子はいません。

    主格 所有格 目的格 所有代名詞
    I      my       me      mine
    you  your     you     yours
    he    his       him     his
    she  her       her      hers
    it     its        it          -

    we   our       us       ours
    you  your     you     your
    they their     them   theirs

    「主格」「所有格」といった文法用語は難しいので、一応用語として教えますが、その下に「~が」の形、「~の」の形、「~を、~に」の形、「~のもの」の形と説明も加えます。
    大抵の子は、それで用法も理解します。

    heの行とsheの行を見比べるとわかるのですが、人称代名詞は規則的に変化するものではないので、丸暗記するしかありません。
    なぜ、heの行は、所有格と所有代名詞が同じ形で、sheの行は、所有格と目的格が同じ形なのか、理由を考えてもわかりません。
    そういうのは、英語学とか言語学的には面白い題材だと思いますが、それを知ったところで暗記の助けになるわけではなさそうです。

    言語は長年の間に変遷を繰り返しています。
    英語のルールは言語としてかなりシンプルなほうですが、それでも不規則な部分はあります。
    しかし、英語が嫌いな子は、そういうところが英語は嫌だと言います。
    英語は難しくて嫌だ、覚えにくくて嫌だと言います。

    いや、日本語のほうが難しいですよ。
    日本語に比べたら、英語はシンプルなほうです。
    そう言っても納得しない子には、こんな話をします。

    日本語では、「1本」「2本」「3本」のそれぞれ、「本」の発音が違うんだけど、何で?
    何で同じ「本」が「ポン」だったり「ホン」だったり「ボン」だったりするの?
    しかも、物を数えるときの単位は、「本」だけじゃないよね?
    「枚」とか「個」とか「人」とか「匹」とか「頭」とか、いちいち数詞が違うのは何で?
    何でそんなものを全部覚えないといけないの?
    日本語、おかしくない?
    難し過ぎない?
    私が外国人なら、日本語は覚えられない。
    無理だよ、こんな言語。

    素直は子は頷き、そうでもない子は、
    「いや、日本語のほうが簡単だね」
    と特に根拠や実例はないままさらに言い募りますが、とりあえず、それを中休みにして、人称代名詞の暗唱に向けてまた努力できたりします。

    もっと言えば、日本人の若い世代には「1本」「2本」「3本」の読み分けができない子が増えてきているとか。
    そのうちに、全て「いちほん」「にほん」「さんほん」でも許容されるようになるのかもしれません。
    そのように使う人が多くなれば、それが正しくなるのが言語です。
    「2桁」を「ふたけた」と読める子どもはとうに少なくなっていますし。
    「にけた」は「みけた」と似ていてまぎらわしいから、「ふたけた」と読むほうが伝わりやすいということがピンとこないのだと思います。
    ついでに言えば、「2乗」は「じじょう」ではなく「にじょう」と読むのが正しいですが、それは若い世代には逆にかなり普及してきているように感じます。
    「2」をわざわざ「じ」と読む感覚が若い子にはないからでしょうか。
    つまりは、若い子にとっては「2」は全て「に」で、他の読み方を覚える気はないのかもしれません。

    話が逸れました。
    さて、人称代名詞の一覧表を覚えるところまでは最終的には誰でも到達できます。
    こうした機械的な暗記よりも、実際の例文に即して覚えていったほうが良いという考えもあるのですが、そういう英語教育を受けた子が、一人称複数のusを知らないということがたまにあります。
    himだけ知らない、theirを知らないといった不可解なことも起こります。
    いったん一覧表で網羅しないと、頭の中を整理できない子はいます。
    まずは機械的な暗記。
    それから一覧表の活用です。

    活用。
    一覧表を暗記しても、実際には人称代名詞を使い分けられない子がいます。
    どうしてなのでしょうか?

    問題 Tom paints pictures very well. I like (  ) picturs.
    空所に入る適切な語は以下のどれか。
    1. her  2.his  3.him  4.hers

    勿論、答えは2ですが、この問題は中学生にとっては案外難しいのか、正答率はそれほど高くありません。
    1としてしまう誤答もありますが、気になるのは、3という誤答が多いこと。

    あるいは、このような問題を間違える子もいます。

    問題 (  ) mother speaks English.
    1.I  2.My  3.Me  4.Mine

    この答えを1と誤答してしまう子がいます。

    こういうミスは、どこから生じているのでしょうか。
    どうも、空所の位置だけで判断しているようなのです。

    文の先頭なら主格。
    文の後半なら目的格。
    そのような位置把握だけで解いているのではないでしょうか?
    herのときは、所有格と目的格が同じなので、目的格のつもりでherを選んだのに所有格として正解した経験などがあると、さらに混乱が起こるようです。
    自分は同じように判断しているのに、正解のときと不正解のときがある。
    問題がおかしいんじゃないか?
    自我の強い主観的な子は、そんなふうに思うこともあるようです。

    文の主語として使うのが主格。「~が」の形。
    動詞の後ろに置くのが目的格。「~に、~を」の形。
    ただし、名詞の前は、所有格。「誰々の」の形。
    動詞の後ろであることよりも、文頭かどうかよりも、これは優先されること。
    そう何度も説明し、この種類の問題を沢山解くと、やっと定着していきます。
    つまりは、中1の段階で、少なくとも「名詞とは何か」「動詞とは何か」くらいは理解していないと、人称代名詞に関する問題は解けないのです。
    文法的な把握ができず、漠然と( )の位置だけから解こうとしても、正答には至らないのです。

    所有格と目的格って何が違うの?
    そう質問する子もいます。
    かなりモヤモヤしてしまう様子です。
    しかし、S・V・O・C・Mという文の要素や各品詞のことを詳細に説明する時期ではありません。
    「誰々の」の形が所有格。
    「誰々を」「誰々に」の形が目的格。
    日本語は、「を」「に」「の」といった助詞をつけることで使い分けるけれど、英語は単語そのものが違う形になるんだね。
    位置だけでなく意味からも考えれば区別できることなので、今はざっくり理解しておこう。

    そう言っても、納得しない子もいます。
    思うに、彼らは、なぜなのかを知りたいのではないのかもしれません。
    英語に腹を立てているのです。
    「誰々に」の形と「誰々の」の形とが異なることが不愉快なのでしょう。
    そんなことをいちいち区別し、覚えなければならないことが不愉快なのだと思います。
    せっかく位置で簡単に見分けてやろうと思ったのに、それではダメだと言われる。
    もっと簡単であるべきなのに。
    英語なんかクソだな。
    こうしたわがままな感覚で問題を解いているため、ある程度は難しくて当然のことをひどく単純な形で把握しようとし、それほど単純ではないとわかると腹を立ててしまいます。

    難しいことを自分は覚えきれないかもしれない。
    そうした不安もその根底にはあるのだと思います。

    英語は日本語よりははるかにシンプル。
    でも、一国の言語なのだから、ある程度複雑であるのは当たり前。
    英語に限らず全てのことはある程度複雑で、その複雑なことを理解していくのが勉強。
    そして、大丈夫、理解できる。
    これは、理解できることだよ。
    英語で挫折している人へは、ものごとをあまりに単純にとらえることへの戒めとともに、そうした励ましが必要なのだと思います。 
      


  • Posted by セギ at 13:28Comments(0)英語

    2018年07月04日

    独立試行の確率。



    今日は「独立試行の確率」です。
    例えば、こんな問題です。

    例題 
    白玉2個、赤玉6個が入った袋がある。この袋から玉を1個取り出して色を調べてから元に戻す。このとき、1回目に赤玉、2回目に白玉が出る確率を求めなさい。

    玉は全部で8個。
    そのうち、赤玉が6個ですから、1回目に赤玉が出る確率は、6/8、すなわち、3/4です。
    白玉は2個ですから、白玉の出る確率は、2/8、すなわち、1/4です。
    玉はその都度袋に戻していますから、この2つの試行は互いに影響しあうことがありません。
    ですから、1回目が赤玉で2回目が白玉になる確率は、3/4・1/4=3/16となります。

    (1回目の確率)×(2回目の確率)で求められることは、このくらい易しい問題だと何の疑問も感じないようなのですが、この先、もっと問題の難度が上がったときに、
    「何でかけ算なんですか?」
    と質問する高校生がいます。
    実は基本がわからなかったのに何となくスルーしていると、応用問題には対応できなくなります。
    わからなくなったら、基本に戻りましょう。

    なぜ確率×確率で計算できるのか?
    今までの確率の求め方と、確率×確率は、実は同じ式になるのです。
    今まで通りのやり方で式を立ててみましょう。
    まずは、全体の場合の数を求めましょう。
    袋の中に玉は8個ですから、1回目と2回目で全体の場合の数は、8×8。
    そのうち、1回目の赤玉は6通り、2回目の白玉は2通りの玉の出方がありますから、6×2。
    よって確率は、6×2 / 8×8 = 3×1 / 4×4 = 3/16
    上の求め方と数字上は同じ式、同じ答えになりますね。
    これを一般化して、文字で表しても、やはり同じ式、同じ答えになるのです。

    さて、次の問題。
    白玉2個、赤玉6個が入った袋から玉を1個取り出し、色を調べて元に戻す試行を繰り返す。3回目に初めて赤玉が出る確率を求めなさい。

    問題の書き方に戸惑う人もいます。
    3回目に初めて赤玉が出るとは、どういうことなのか。
    1回目と2回目は赤玉ではなかったということです。
    それは、つまり1回目と2回目は白玉だったということ。
    この問題は、1回目に白玉、2回目に白玉、3回目に赤玉が出る確率ということです。
    だったら、先ほどの問題と大差ないですね。
    1/4・1/4・3/4=3/64
    答えは、3/64となります。

    式はシンプルなのですが、この問題の難しさは、「3回目に初めて赤玉」という条件の分析の仕方にあるのでしょう。
    これが、白・白・赤の順に玉が出たことだと分析できない高校生は案外多いのです。
    説明されれば、わかる。
    でも、自力では分析できない。
    異口同音にそのように言います。
    では、「3回目に初めて赤玉が出た」とはどのようなことだと感じるのかと問うと、1回目・2回目にどんな玉が出たのかは謎のままのように感じると言うのです。

    これは、読解力と関係のあることかもしれません。
    「変な行間は読まないで。必要なことは文章の中に全部書いてあるから」
    と私は生徒に繰り返し言います。
    「3回目に初めて赤玉」ならば、白・白・赤の順に玉が出ています。
    これは、「行間」ではないのです。
    書いてあることです。
    そのようにしか読み取れない形で書いてあります。

    この場合の「変な行間」とは、例えば、
    「赤玉くんは、出たくなかったんだね。袋の住み心地がいいのかな」
    とか、
    「玉を袋から出しているこの人は、赤玉に出てほしかったんだなあ。赤玉が出るといいことがあるんだね」
    とかいうものです。
    そんなことは、問題文には書いてないです。

    子どもの読書指導をすると、こういう擬人化したもの言いや感情移入は子どもらしくて可愛らしいものですから、つい褒めてしまうことがあります。
    想像力があって素晴らしいというのですね。
    大人に「ウケる」と、子どもは、その方向で良いのだと思ってしまいます。
    しかし、こういう読み取り方は「想像力」というほどのものではありません。
    整合性を気にする必要がないので、あまり頭を使わなくてもこうした読み方は簡単にできますから、こんなことばかりに逃げて、正しい読み取りの姿勢が育たなくなる可能性もあります。
    「赤玉くん」が本当に出たくなくてふんばっていたのなら、前後にそれを示す描写が必ずあります。
    袋から玉を出している人が赤玉を出すことを強く望んでいる場合も同様です。
    この問題文だけからでは、それは読み取れないことです。

    今、数学の問題文でこんなことを書いているから奇妙ですが、小説の読み取りなどでも、自分の勝手な感情移入で書いていないことを読んでしまう生徒はいます。
    勝手な読み取りを「自由な読み取り」「想像力が豊かな読み取り」と褒めてもらえた幼い時代のままなのかもしれません。

    数学の問題があまりにも無機質なのがつらくて、擬人化や感情移入で緩和しているのなら構いません。
    心情的にはどうであれ、この問題文から読み取れることは「白・白・赤の順に玉が出ていること」です。
    それを読み取ることが読解です。

    書いてあることを正確に読み取ること。
    深く読み取ること。
    どの科目の問題文であれ、そのように読んでいけば、正解は見えてきます。


    では、こんな問題はどうでしょう。

    問題
    袋に白玉2個、赤玉6個が入っている。この袋から玉を1個取り出し、色を調べて元に戻す。これを3回繰り返すとき、3回とも同じ色が出る確率を求めなさい。

    3回とも同じ色。
    それは具体的にはどういうことでしょうか?
    白・白・白と連続して玉が出た場合。
    赤・赤・赤と連続して玉が出た場合。
    この2つです。
    このように具体的に分析できれば、式を立てることができます。
    白白白の確率は、1/4・1/4・1/4=1/64。
    赤赤赤の確率は、3/4・3/4・3/4=27/64。
    この2つの事柄は同時には起こりません。
    かぶる部分がありません。
    ですから、確率は単純に足して良いです。
    したがって、求めたい確率は、1/64+27/64=28/64=7/16となります。

    この問題も、説明されればわかるけれど自力では発想できないと生徒に相談されることの多い種類の問題です。
    これも読解力でしょう。
    「3回とも同じ色」と言われたら、それが具体的にどういうことであるかを分析すること。
    字面の表面を追うのではなく、具体的なイメージを持つこと。
    それが読解だと思います。

    数学という科目の好き嫌いとは別の次元で「確率」という単元の得意苦手が大きく分かれる原因の1つは、問題文をどう読解・分析するか、その得手不得手かもしれません。


      


  • Posted by セギ at 12:32Comments(0)算数・数学

    2018年07月02日

    奥高尾、城山北東尾根を登り、景信山ヤゴ沢コースを下りました。2018年7月。


    2018年7月1日(日)、奥高尾を歩いてきました。
    春に、高尾のスタンプラリーの用紙に載っているのを見つけた「城山北東尾根コース」。
    道しるべはないし登山地図には載っていないけれど歩けるコース。
    奥高尾にはそうしたコースがいくつかあり、これもその1つのようです。
    日影沢の徒渉が少し心配だけど、そこさえクリア出来たら、楽しいんじゃないかな。
    晴れの続いた日曜日、歩いてきました。

    いつものようにJR高尾駅北口から小仏行きのバスに乗り、日影下車。9:10。
    登山口で支度をして、まずは日影沢林道を歩きだします。
    電柱「中継支6」を目印に徒渉点を見つけるとあったので、電柱を1本ずつ見ていきました。
    入口からすぐの最初の電柱が中継支1。
    「中継支 小仏6・7」と書いてある電柱を見つけ、その付近をきょろきょろ見回すと、植物関連の掲示の傍に沢に降りていく小径がありました。
    日影沢もこの辺りは幅が狭く、どこからでも渡れる印象ですが、そこは特に石が連続していて、向こう側にも確かに小径は続いているのでした。
    徒渉点は、ここで間違いないようです。
    大雨の直後などはまた様子が違うでしょうが、今日のように晴れの続いた夏の日は、日影沢も水たまりと大差ありません。
    徒渉のために用意してきたトレッキングポールが空しいくらいに楽な徒渉でした。

    そこから、明瞭な登り道が続きました。
    山腹を巻いていく道ですが、道幅はそこそこあり、怖いところや用心が必要なところもありません。
    日影沢林道を歩いていく人の賑やかな話し声がだんだん遠くなります。
    秘密の道を自分だけが歩いているワクワク感と同じくらいの心細さ。
    山腹の道が終わり、道はまっすぐな尾根道となりました。
    道幅はさらに広くなり、これが登山道として地図に載っていないとは、ちょっと信じられないほどの良い道です。
    右手を振り返ると、高速道路。
    スタンプラリーのコース案内には、
    「このコースは道標がないので、地図をコンパスでしっかりと整地して現在位置をポイントポイントで確認して登山しましょう」
    と書いてありましたが、高速道路や他のピークの位置関係から大体の自分の位置がわかるので、持ってきたコンパスは結局一度もザックから出しませんでした。

    登っていくと、ちょっと平らな休憩適地に着きました。
    おそらく446mピークでしょう。9:50。
    ベンチ代わりに丸太が置かれてあり、座って休憩。
    後ろから、3人パーティが追い付いてきました。
    「このコース、もう何度も歩かれているんですか?」
    そう尋ねると、一番後ろを歩いてきた女性が、頷きました。
    「ええ、もう何度も」
    「この先、まっすぐこの道で合っていますか?」
    「ええ。一本道みたいなもんだから、間違いようがないわよ。昔は、もっと細くて、50cmくらいの道幅がずっと続いていたんだけど、今は歩く人が増えたから、こんなに広い道になったわねえ」
    「そうなんですか。私は今日が初めてで」
    「いいでしょう、この道」
    「はい」

    休んでいると、20人ほどのパーティーが通り過ぎていきました。
    本当に人気があるんだなあ、この道。
    「こんなに人がいるのは、でも、珍しいわね」
    先程の人が、集団を見送ってつぶやきました。
    自分だけの秘密の道がだんだんと秘密でなくなっていくのを、歩く度に感じて来た人なのかもしれません。

    別れを告げて、先に進みました。
    先程の集団に追いつきましたが、登りがなかなかきついので、ゆっくりのペースを楽しみつつ少し後ろをついていきました。
    集団が休憩に入ったので、そこで追い抜くと、その先は傾斜も緩くなりました。
    620mピークの周辺に来たのでしょう。
    この辺り、地図上では等高線の幅が広く、緩やかな尾根道となっています。
    それにしても、暑い。
    木陰なのに、汗だくです。

    「東京農工大同窓会記念林 平成25年」という看板の立っている気持ちのよい木陰で休憩。10:35。
    ベンチ代わりの丸太が設置されていました。
    ここが620mピークでしょうか?

    樹木の中の緩い道を歩いていきます。
    やがて、道は下りに。
    いったん高度を上げて、また下げることになるので、こちらの道のほうがそういう意味で日影沢林道よりもきついです。
    下ったらすぐに登り返し。
    鉄塔が見えてきて、そろそろ林道と合流かと期待したら、そこはまだ途中でした。
    なお林の中を行きます。
    夏草が茂っているせいで道も細くなってきました。
    草いきれの中、汗だくで歩いていくと、ポンと林道に出ました。
    日影沢林道のほぼ終点です。
    小仏城山のまき道がもう見えている地点での合流でした。10:45。

    少し休憩し、そこから舗装道路を上がっていくと、小仏城山。10:55。
    いやあ、暑かった。
    すぐに茶店のかき氷の行列に並びました。
    ここのかき氷はとても大きいので、作るのにもそれなりに時間がかかります。
    行列6番目でしたが、1人で2つ注文する人も多いので、待つこと15分。
    ようやく、お目当てのかき氷を手にしました。400円。
    お盆を手にそろそろとベンチに移動し、こぼさないようにかき氷を堪能。
    高尾から登ってくる人がちょうど城山にさしかかる時間帯ですので、ベンチは満員の盛況でした。

    かき氷で身体が冷えた後は、暑い中でもおにぎりが喉を通りました。
    夏空で空全体がモヤッとして富士山は見えませんが、丹沢の山々が青い姿を見せています。
    夏草の濃い緑と青い山とのコントラストがきれいです。
    相模湖側の広場に下りていくと、紫陽花が満開でした。
    こちらは人が少なく、芝生で昼寝をしている人もいます。
    私ものんびり花の写真を撮影。

    さて、この暑さでは行動不能の恐れがあるので、今日はもう帰ろうかなあ。
    そう思って、よく整備された木段を一丁平付近まで下りていったのですが、景信山から下山しようかなと思いつき、来た道を戻りました。
    まき道で戻ったので、木段登りのきつさはなく、涼しく快適でした。
    今来た小仏城山は当然巻きました。
    途中で、城山からの尾根道と合流。
    陣馬山方向から歩いてくるときは、ここから城山へのきつい登りの始まる木段の分岐のところです。
    広い尾根道を行くと、すぐに相模湖のよく見晴らせるポイントに。
    そこから下っていくと、小仏峠。12:20。
    また少し休憩し、そこからは登りです。
    小仏峠から景信山まで、いつもと逆に歩いてみるとかなり登るなあと実感しながら、S字の登りなどを越え、景信山直下の四辻へ。12:50。

    尾根道と交差して、ここは2本の道が交わっています。
    小仏峠方向を背にして左前方に伸びる細い道は、景信山を巻いて陣馬山へ至る道。
    右側の道が、ヤゴ沢へと下っていく道です。
    今まで、ここを2回登ったことはありますが、下るのは初めてです。

    まずは、九十九折の道で急斜面を降りていきました。
    城山北東尾根の道と比べるとこちらの道のほうが少し細いですが、そんなに不安を感じるほどの細さではありません。
    でも、小石まじりの砂が道の表面をおおっているので、ちょっと滑りやすそうだなという感じはあり、用心して降りていきました。
    ジクザグ道は急斜面を一気に谷へと降りていく道です。
    登るときは、こんなに登ったんだなあ。
    下るときのほうがこの道の長さを実感するというのも変なのですが。
    ジグザグがようやく終わり、石などの多い道をさらに下っていくと、水場。13:15。
    水量は豊富でした。
    斜面に設置されたパイプから尽きることなく水が出ています。
    コップも置いてあります。
    顔を洗い、首から提げていたタオルを濡らして絞りました。
    汗をふいても顔が塩気でヒリヒリするようでしたから、このリフレッシュは助かりました。
    水場には丸太も置いてあり、座って休憩。
    はあ、涼しい。
    ヤゴ沢コースのほうは、城山北東尾根よりも道は悪いけれど、やはり涼しいのでこの季節向きです。
    道は徐々に平らになり、広くなっていき、沢音を楽しみながら歩いていくと、登山口。13:25。
    ここからすぐに舗装道路が始まります。
    舗装道路を下っていくと、左手に景信山登山口。
    こちらは、登山地図に赤線で示されている登山道の登山口です。
    ちょうど降りてきている人もいました。
    炎天下の舗装道路の下りは気分的に長く感じます。
    暑いなあ。
    ようやくバス停が見えてきました。
    バス停近くには、車を使ったビールの移動売店がお店を開いていました。
    生ビール500円。
    こんな汗だくでビールを飲んでもと我慢して、バス停へ。13:45。
    小仏バス停のバスは、毎時10分と40分。
    バスは行ったばかりでした。
    でも、1つしかないトイレが空いていたので良かったかもしれません。
    ザックをバス停のところに置き、日影で涼みながら撮った写真など確認していると、14時にはバスがやってきて、冷房の効いたバスの中で座ることができました。
      


  • Posted by セギ at 12:52Comments(0)

    2018年06月29日

    なぜ英語を話せるようにならないか。


    先日、Twitterを眺めていたら、こんな意味あいのツイートが流れてきました。

    アメリカで5年暮らして帰国した生徒が準備なしで英検2級を受けたら、面接官の英語の発音が下手過ぎて何を言っているか聴きとれず、二次試験で落ちた。

    私が見た段階でリツイートが3万以上、「いいね」が7万以上。
    いわゆるバズっている状態でした。

    何か心に嫌な引っかかり方をするツイートでした。
    ツイートの最後が「英検2級の難しさを再認識させられた」という嫌味で終わっている点も不愉快だったのです。
    しかし、それだけでなく、このツイートと、それをリツイートしている人たちの心情に違和感を覚えました。

    このツイートをしたのは、予備校の英語講師のようです。
    その人が見聞きした範囲のこととして、それは事実でしょう。
    こんな嘘をついてもしょうがないです。
    5年間アメリカで暮らし、昨年帰国した生徒がいる。
    その子が準備をせず、英検2級を受けた。
    そして、2次試験の面接で落ちた。
    そこまでは、事実だろうと思います。

    私が疑うのは、本当に聴き取れないほど、面接官の英語の発音は悪かったのか?
    その子は聴き取れなかったのかもしれないが、むしろ本物のアメリカ人ならば、面接官の英語を聴きとれたのではないか?
    まずは、この点です。
    というのも、私も「英語が流暢な日本人の英語」は聴き取りに多少の苦痛を感じるからなんです。
    ただ、私は、それは「英語が流暢な日本人」に責任があるのではなく、私に責任のあることだと思っています。

    当たり前のことですが、私が最も聴き取りやすい英語は、リスニング問題の音声です。
    あるいは、教材のCDなどのネイティブの範読の英語。
    ニュース番組の英語。
    英語圏の政治家の発する英語。
    知らない単語が混ざっていれば聴き取れないですが、それでも、音としては聞き取れます。

    少し難度が上がるのは、ドラマや映画の英語。
    モゴモゴ喋られると聴き取りにくいです。
    アメリカの田村正和みたいなものですね。
    さらに聴き取りにくいのがアメリカの一般人の英語。
    人によりますが、かなり聴き取りにくいことがあります。
    音がグチャグチャベタベタしていて、簡単な英語が何でこんなに聴きとりにくいんだろうと感じます。
    明らかに、本人の滑舌の悪さや発音の癖が影響しています。
    「英語が流暢な日本人の英語」は、さらに聴き取りにくいです。
    音の1つ1つが、私が予期しているネイティブの正確な英語の音とは違うのです。
    「正しい英語の音」ではないのに、やたら流暢に喋るので、聴き取りにくい。
    つまりは、正確な音の英語は聴き取りやすく、不正確な音の英語は聴き取りにくい。
    繰り返しますが、「日本人の流暢な英語」を私は聴き取れません。
    本物の英語とどこか違うからなんです。
    NHKのラジオ講座の日本人講師の英語は、ちょっと違和感は覚えつつも聴き取ることができますが、それはかなりスピードを緩め、意味のまとまりごとに大きく区切っているからでしょう。

    やはり私の側の聴き取り能力の問題と考えたほうがいい。
    ネイティブは、「アメリカの田村正和」の英語を当然聴き取れるのですから。
    なまりの強い不正確な音声の英語も聴き取れると思うのです。
    ネイティブは、奇妙な発音の英語もある程度の許容範囲をもって聴き取れるでしょう。

    これは日本語に置き換えてみるとわかりやすいことです。
    外国人向けの「日本語講座」の音声は、明瞭で聴き取りやすいです。
    発音・発声をきっちり訓練しているアナウンサーや役者さんが話している日本語ですから。
    そうした日本語講座で勉強して日本にやってきた外国人は、現実の日本人の日本語にはかなり苦労すると思います。
    滑舌が悪く発音が不明瞭な日本人は沢山います。
    日常会話では、そんなに口をはっきり開いて正しく発音しないです。
    外国人からすれば、何を言ってるか聴き取れないことも多いのではないか?
    一方、我々日本人は、滑舌の悪い人の日本語も、小声過ぎる人のくぐもった日本語も、田村正和の日本語も、外国人のなまりの強い日本語も、聴き取ることができます。
    ネイティブは、音の多少のズレや不明瞭な部分を補正して聴き取ることができるからでしょう。
    ネイティブは、そういう聴き取り能力をもっています。

    だから、日本人の英語は、少しは聞き返されることはあっても、英語のネイティブに通じます。
    基本的には、通じます。
    発音が悪いという英検2級の面接官の英語も、ネイティブの人には通じるのではないでしょうか。
    その程度の有資格者ではあるでしょう。
    それを「わからなかった」と生徒が言うのは、本人の聴き取り能力の問題か、でなければ、底意地悪くコミュニケーションを拒む本人の性格に起因することではないでしょうか。

    5年アメリカで暮らした。
    帰国したら、日本人の英語を聴き取ることができなかった。
    それは、その生徒の聴き取り能力に限界があったということだと思うのです。
    いえ。
    「発音が悪過ぎて」と批判しているところから察するに、相手の発音の悪さをバカにし、聴き取ることを放棄した可能性のほうが高い。
    その子は、英検2級合格よりも、面接官の発音の悪さをバカにすることのほうを優先したのかもしれません。
    これは、面接官の発音よりも、その生徒の性格のほうが悪い。
    コミュニケーションの本質を理解していない。


    とはいえ、こういうツイートに説得されたり、そういうことを嬉しく感じてリツイートや「いいね」をしてしまう日本人は多いのだということでしょう。
    リツーイトや「いいね」をした人たちは、その英検2級の面接官よりも正確な発音の英語を発することができる人たちなのでしょうか?
    そもそも、その人たちは英語を話せるのでしょうか?
    この先は、想像の域を出ないのですが、私の想像は、暗澹たる闇に向かっています。
    英検2級の面接官の発音が悪いというツイートに留飲が下がる。
    信憑性も不確かなそのツイートをリツイートしてしまう。
    日本人の英語の発音の悪さを一番気にしているのは、他ならぬ日本人。
    そういう構図が浮かびます。
    少なくとも、日々英語学習に励み、今日よりも明日はもっと英語が話せるようにと努力している学生や社会人は、こんなツイートはリツイートしないと思うのです。


    とはいえ、こんなツイートが共感を呼んでしまうほど、日本人は、英語の発音に対して劣等感が強く、それが英語を話すことへの大きな抵抗の1つになっていることは否定できません。
    英語を話すのなら、きれいな発音で話さなければならないという強い思いこみのために、むしろ英語を発することができなくなっている人も多いのではないでしょうか。
    日本人の英語を一番バカにしているのは、おそらく日本人自身です。
    日本人の英語が日本語なまりの英語なのは、最終的にはどうにもならないことだと思うんですよ。
    繰り返しますが、「日本人の流暢な英語」を私は聴き取れません。
    やはり本物の英語とどこか違うからなんです。
    でも、英語圏の人は聴き取れるのでしょう。
    だったら、もうそれでいいですよね。

    日本に何十年も暮らし、日本語でジョークを言うこともできるアメリカ人タレントの日本語は、それでもやはり、少しなまっています。
    外国人が日本語の歌を歌うテレビ番組がたまにありますが、発音だけに注目すると、特にアメリカ人は日本語の発音が下手です。
    英語なまりが抜けない。
    英語と日本語は、根本的にソリの合わない言語なのかもしれません。
    事実として、アメリカ人は、どれだけ学習しようとも、正しい日本語の発音ができない。
    だから、逆に、日本人の英語が日本語なまりなのも、大なり小なりあることで、どうしようもないと思います。
    とりあえずカタカナ英語を脱している日本人の発音も、ネイティブの発音とはやはり違うのです。

    昔、テレビ番組で、「日本人歌手の中で、英語の発音が良いのは誰か」を在日外国人が答える企画がありました。
    日本人から見れば英語が上手そうな日本人アーティストはたくさんいますが、そういう人たちは軒並みアウトでした。
    留学経験があっても、帰国子女でも、やはりアウトなのは衝撃でした。
    唯一、外国人から絶賛されたのが、宇多田ヒカル。
    彼女は、子どもの頃からアメリカで暮らしていた、つまりはネイティブです。
    結局、あそこまでいかないと、英語の発音が良いとは言われない。
    努力は続けたほうがいいけれど、何だかもう戦意喪失します。
    ちょっと留学したり外国暮らしをしたくらいでは、根本のところの発音は治らず、ただ、それを正面切って言われないだけのことなんでしょうか。
    五十歩百歩ということですか。
    いや、しかし、それでも、五十歩と百歩は異なると考えて、練習していくわけなのですが。

    一昨年くらいに流行したピコ太郎の『PPAP』も、外国人が特に面白がったのは発音が変だったからだと、日本にいるアメリカ人が分析しているのを目にしました。
    フランスのロケ先で、フランス人の司会者もそんなことを言っていました。
    欧米人には、むしろ、あの発音は真似できないそうなのです。
    あの発音って、どの発音でしょう。
    「アポー」のあたりかな。
    いや、もう全部変か。

    タレントの草なぎ剛さんは、韓国語を流暢に話しますが、韓国人が聞くと、とても可愛らしい韓国語なのだそうです。
    日本人の話す韓国語は、どの人も発音が凄く可愛いのだとか。
    何が正しいのかわからないので、そう言われても、もう全くわかりません。
    でも、バカにして言っているのではないのは伝わってくるのです。

    発音が違うのは、事実としてある。
    でも、それをあざ笑うわけではなく、面白い、好ましいと感じる感覚は、もう世界共通なのではないか?
    だって、外国人が自国の言葉を頑張って覚えて話してくれたら、基本、もうそれだけで好ましいのですから。

    ひるがえって、例えば、コンビニの店員がカタコトの日本語の外国人のとき。
    そのカタコトの日本語をバカにする日本人はいない、とは私も思いません。
    狭量で底意地の悪い人はどこにでもいるから、バカにしたり怒ったりする人もいると思います。
    でも、同じ日本人の目から見て、そういうことをする人は、日本人の中でも劣っている人です。
    本人が心に抱えている問題が現れているのだと思うのです。
    だから、もしも日本人のカタカナ英語をバカにする外国人がいたら。
    その人も、心に何か問題を抱えているのだと思います。
    発音が悪いのは事実であっても。
    欧米人の階級意識やら差別意識やら、難しいことは色々ありますが、そんなことは英語の発音が良くなったところで解消される問題ではありません。

    あなたの英語はわかる。
    聴き取れる。
    十分に。
    ネイティブは、そう思っている。
    私たち日本人が、日本語を話す外国人に対してそう思っているように。
    基本はそう信じれば良いのでしょう。


    もう何年も前、NHKで『仕事ハッケン伝』という番組がありました。
    タレントが、1週間、別の職業に就いてみて、そこで色々な経験をする様子をカメラが追っていく番組でした。
    あるとき、5か国語に堪能な女性タレントが、長崎ハウステンボスの職員になった回がありました。
    お客様を迎えいれ、さまざまな案内をする仕事です。
    しかし、そのタレントさんは、お客様に話しかけることができないのでした。
    内気で人見知りな性格で、お客様に積極的に声をかけていくことができず、そのことを職員の人に注意され、壁に向かって泣いていました。
    どちらかと言えば、私もそういう気持ちはわかるほうなので、うーん、頑張れと思って見ていたのですが、スタジオでそのVTRを見ていた関西の芸人さんが一言。
    「客に話しかけられんってどういうこと?何のために5か国語を勉強したん?」
    がさつなその発言に、でも、見ていた私も心から笑いました。
    本当にそうです。
    たとえ5か国語に堪能でも、目の前の人に話しかけられないのなら、意味がない。

    言語は何のための学ぶのか。
    他人の発音の悪さを底意地悪く指摘するツイートなんかリツイートしていないで、まず声を出さないと。
    日本人の発音の悪さをバカにするのは、いつも日本人。
    その事実にまず気づくことで変わっていけると思います。

      


  • Posted by セギ at 14:19Comments(0)英語

    2018年06月26日

    反復試行の確率。



    今回も「確率」の学習。
    次は「反復試行の確率」。
    例えば、こんな問題です。

    例題
    袋の中に白玉2個、赤玉6個が入っている。この中から玉を1個取り出し色を調べてから袋に戻す。これを5回繰り返したとき、白玉がちょうど3回出る確率を求めよ。

    今までと同じようでいて、実はかなり違うタイプの問題です。
    赤玉白玉の出方の順番がわかりません。
    5回のうち、とにかく白玉が3回出る。
    言い換えると、どこで白玉が出るかは自分で考えて場合分けしなければならないということです。
    例えば、白白白赤赤という出方と、白白赤白赤という出方は、異なる玉の出方であり、それぞれに固有の確率があります。
    それぞれの場合ごとに確率を計算して、最終的にそれらを足せば答えとなるでしょう。

    「なぜ場合分けしなければならないのか、そこからわからない」
    という質問を受けることがあります。
    異なる出方があるなら、1つ1つ場合分けし、それぞれの確率を足すのだということをまず理解しましょう。
    白白白赤赤という出方と、白白赤白赤という出方は異なる出方です。
    そのそれぞれに確率があるのです。

    5回のうち3回白玉が出る。
    さて、場合分けしましょう。
    5回のうち3回白玉なら、残る2回は赤玉となります。
    その並べ方は、
    白白白赤赤
    白白赤白赤
    白白赤赤白
    白赤白白赤
    白赤白赤白
    白赤赤白白
    赤白白白赤
    赤白白赤白
    赤白赤白白
    赤赤白白白
    以上の10通りに場合分けされます。
    では次に、そのおのおのの確率を求める式を立ててみましょう。

    白白白赤赤 は、1/4・1/4・1/4・3/4・3/4
    白白赤白赤 は、1/4・1/4・3/4・1/4・3/4
    白白赤赤白 は、1/4・1/4・3/4・3/4・1/4
    白赤白白赤 は、1/4・3/4・1/4・1/4・3/4
    白赤白赤白 は、1/4・3/4・1/4・3/4・1/4
    白赤赤白白 は、1/4・3/4・3/4・1/4・1/4
    赤白白白赤 は、3/4・1/4・1/4・1/4・3/4
    赤白白赤白 は、3/4・1/4・1/4・3/4・1/4
    赤白赤白白 は、3/4・1/4・3/4・1/4・1/4
    赤赤白白白 は、3/4・3/4・1/4・1/4・1/4

    こうして一覧にしてみますと、同じような分数ばかり並んでいるのがわかります。
    要するに、どの場合も、1/4を3回、3/4を2回かけるのですね。
    各行は、(1/4)3(3/4)2
    とまとめることができます。
    ( )の後ろの半角の文字は指数として読んでください。
    で、これを全部足します。
    同じものを10個足すのですから、それは×10と同じこと。
    つまり、この問題は、10(1/4)3(3/4)2という式で求めることができます。

    この10という数字を計算で求めることはできないでしょうか?
    白3個、赤2個を並べる並べ方。
    これは、以前に学習した「同じものを含む順列」の公式で求めることかできます。
    全体でn個のうち、同じものがp個、また別の種類の同じものがr個あったときの順列は、
    n!/p!r!・・・
    という式で求めることができるのでした。
    また、n=p+rであるのなら、それは、nCpという組合せの式と同じものでした。
    ですから、白玉3個、赤玉2個の並べ方は、
    5C3=5・4・3/3・2・1=10 と計算できます。

    さあ、これで、反復試行の確率の公式が導かれました。
    Aという事象の確率をpとするとき、n回の試行のうちr回Aという事象の起こる確率は、
    nCr・pのr乗・(1-p)の(n-r)乗
    公式で書くと余計わからないと非難轟々の公式ですが、問題を解くことで練習を繰り返し、慣れてしまえば使えるようになります。

      


  • Posted by セギ at 16:03Comments(0)算数・数学

    2018年06月24日

    7月7日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    6月23日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回から、新しい単元です。
    「図形と方程式」、これがなかなか難しく、公式まみれの数Ⅱがいよいよ始まるぞという印象です。
    1つ1つの公式が全て大切で次につながるものですので、理解し、整理し、活用していきましょう。

    今回、まずは数直線上の点の話から始まります。
    中学の頃から座標というとx座標とy座標がある座標平面上の点のことという思いこみがあると、数直線上の座標というものに違和感がある人もいます。
    まず、そこを整理しましょう。
    数直線上にも座標は存在します。
    数直線はすなわちx軸で、それしか存在しないので、x座標しかないと思ってください。
    数直線上の3の位置に点Pが存在する場合、P(3)と書きます。

    さて、数直線上の点の座標について理解できたところで、次に、数直線上の2点間の距離について。
    これは、中学生の頃も学習しています。
    座標の大きいほうの点の座標から、小さいほうの点の座標を引けば、距離が出ます。

    例題 2点A(3)、B(-5)間の距離を求めよ。

    3-(-5)=3+5=8

    よって、距離は8です。
    この解き方で構わないのですが、絶対値の記号を用いて考えるならば、「大きいほうの点から小さいほうの点を」ということを特に意識しなくても、同じ値を求めることができます。

    |-5-3|=|-8|=8

    同じ答えが出てきました。
    大切なことは、必ず引くこと。
    決して足してはいけません。
    負の符号を勝手に外してもいけません。
    ちゃんと符号をつけて書き、そして引くこと。
    それさえ守れば、どちらの点の座標から書いても、距離は正しく求めることができます。

    続いて、内分点・外分点。
    中3の数学を学習していた頃、発展的な内容としてメネラウスの定理を学習しましたから、内分点・外分点については既に学習しています。
    しかし、図形の学習があまりにも久しぶりなので、覚えていないかもしれません。

    まずは内分の定義から。
    下の図をご覧ください。

    A(1)   P(3)   B(7)

    線分ABの間に点Pがあります。
    点Pは、ABを内側で分けている点と見ることができます。
    このような点を内分点といいます。
    上の図では、AP=2、PB=4です。
    点Pは、ABを2:4、すなわち1:2に内分しています。

    A(1)  B(3)   P(9)

    この図はどうでしょうか?
    点PはABの右側にあります。
    このような点Pを外分点といいます。
    「分けていないのに外分というのは、納得がいかない」
    生徒から、このように言われることがあるのですが、内分とセットで外分という言葉を使っていると思って、そこのところは納得しましょう。
    上の図では、AP=8、BP=6です。
    このような場合、点Pは、ABを8:6、すなわち4:3に外分するといいます。

     P(2)  A(4)  B(8)

    この図は、点PがABの左側にあります。
    これも外分です。
    AP=2、PB=6 です。
    点Pは、ABを2:6、すなわち1:3に外分しています。

    外分点が右にくるか左にくるかは、4:3や1:3といった比のどちらの数字が大きいかによります。
    初めて外分を学ぶと、上手く外分できず、結局全て内分してしまうことがありますので、できるようになるまで練習しましょう。
    最初の数字が大きい外分は、右にグンと進んでから、左に戻るようにすると外分できます。
    最初の数字が小さい外分は、まず左に進んでから、右に戻るようにすると、外分できます。

    さて、内分・外分がわかったところで、内分点・外分点の座標の求め方に進みます。
    まずは内分点。
    公式は、これです。

    点A(a)、B(b)をm:nに内分する点の座標は、


    na+mb
    m+n

    です。
    これは、必ず覚えるべき公式です。
    今後もこの単元で出てきますし、忘れた頃、数Bの「ベクトル」の学習でも多用します。
    なぜこれで求められるのか証明を理解しておくと、万一公式を忘れた場合に自力で復元できます。
    A(a)、B(b)をm:nに内分する点をP(x)とします。

    A(a) P(x)  B(b)

    図を参照にしながら、比例式を立ててみましょう。
    (x-a):(b-x)=m:n
    となります。
    比例式は、内項の積=外項の積 ですから、
    m(b-x)=n(x-a) と変形できます。
    これを整理していきましょう。
    mb-mx=nx-na
    xの項を左辺に集めましょう。
    -mx-nx=-na-mb
    (-m-n)x=-na-mb
    x=(-na-mb)/(-m-n)
    分母・分子に-1をかけて、符号を整理しましょう。
    x=(na+mb)/(m+n)

    公式の通りになりましたね。ヽ(^。^)ノ

    次は外分点の座標の公式です。


    -na+mb
    m-n

    これが外分点の座標の公式です。
    証明しましょう。
    まずは点PがABの右にある場合。

    A(a)  B(b)   P(x)

    この位置関係ですね。
    比例式にすると、
    (x-a):(x-b)=m:n
    m(x-b)=n(x-a)
    mx-mb=nx-na
    mx-nx=-na+mb
    (m-n)x=-na+mb
    x=(-na+mb)/(m-n)

    点PがABの左にある場合はどうでしょうか?

    P(x)  A(a)  B(b)

    この位置関係です。
    (a-x):(b-x)=m:n
    m(b-x)=n(a-x)
    mb-mx=na-nx
    -mx+nx=na-mb
    (-m+n)x=na-mb
    x=(na-mb)/(-m+n)
    x=(-na+mb)/(m-n)

    やはり公式の通りになりました。
    点PがABの右にあっても左にあっても、外分点の座標は同じ公式で求められることがわかりました。
    あとは、この公式を正確に活用するだけです。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  7月7日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」を続けます。p.44例題5の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。







      


  • Posted by セギ at 15:10Comments(0)大人のための講座

    2018年06月22日

    道順と確率。これは難問です。


    問題 上の図の地点Aを出発した人が最短の道順を通って地点Bへ向かう。このとき、途中で地点Pを通る確率を求めよ。

    なあんだ。ヽ(^。^)ノ
    道順の問題なんて、簡単、簡単。
    まず、全体の場合の数を求めましょう。
    Aから、縦方向の動きを3回、横方向の動きを4回行えば、Bに到達します。
    これは、縦・縦・縦・横・横・横・横の順列ということ。
    すなわち、同じものを含む順列なので、公式を利用して、
    7!/3!4!=35
    そのうち、P地点を通る場合の数は、AからPまで到達すれば、あとの道順は横横の1通りしかないから、AからPまで、縦・縦・縦・横・横の順列ということ。
    5!/3!2!=10
    よって、確率は、10/35=2/7
    できたー。ヽ(^。^)ノ

    しかし、これは、間違いなのです。
    ええっ?ですよね。
    (*_*)

    道順の場合の数の問題や、同じものを含む順列などをしっかり勉強している人ほど、この間違いに至る可能性があります。
    恐ろしい。

    この問題、道順によって確率が異なるのです。

    え?どういうこと?
    1つ1つの道順は、全て根元事象でしょう?
    それぞれ、1/35の確率でしょう?
    ・・・・まず、その固定観念を打破するために、これとは少し違う問題を考えてみましょう。
    上と同じ図で、別の問題を考えてみます。

    問題 コインを投げて、表が出たら縦に1区画、裏が出たら横に1区画進むとする。Aから出発し、7回コインを投げてBに到達する確率を求めよ。

    縦縦縦縦横横横なのだから、7回で全部Bに到達するのかな?
    ・・・・いや、違いますね。
    例えば、表・表・表と立て続けに縦縦縦と3回動いてしまったら、地点Cに到達してしまいます。
    すると、その後、もう一度表が出た場合に、動けないのです。
    4回目の表が出てしまったら、7回のコイントスではBに到達できなくなります。
    コインの表と裏の確率は1/2。
    そこは平等なのに、7回で到達できる道順と到達できない道順があります。
    ・・・・つまり、この道順は、確率的に平等ではないのです。
    確率的に平等とは、無機質に動いていくことが可能で、初めて平等です。
    この先はその進路しか進めない、この先は一択しかない道順があるのでは平等ではありません。
    Bに到達するために、実は判断し、調整しながら進むことになります。
    もう縦に進めない。だから横に進む。
    それは1つの判断です。
    それでは確率的に平等ではありません。
    そういうことだ。
    (''_'')

    それでもわかりにくければ、こんな説明はどうでしょう?
    上の図は実際の道で、P地点には毒ヘビがいるとします。
    P地点には行きたくない。
    P地点は避けたい。
    そういう気持ちでA地点を歩きだしたとき、C地点に行くでしょうか?
    C地点まで行けば、避けようもなくP地点を通らなければなりません。
    Cに行くということは、毒ヘビに遭遇する確率が上がります。
    毒ヘビに遭遇する確率が低くなるよう、まず横へ横へと移動しないでしょうか?
    毒ヘビに遭遇する確率とは、P地点を通る確率のことです。
    どの道を通れば、毒ヘビに遭遇する確率が高いかは、すなわち、どの道を通ればP地点を通るかということ。
    私たちは、実は実感として、どの道がP地点を通ることになるか、その確率をわかっているのではないでしょうか。
    とりあえず、確率は等しくないことだけでも。

    確率は等しくない。
    平等ではないことがわかったので、最初の問題に戻りましょう。
    どうすれば、平等ではない道順の確率を求めていくことができるのか。
    どこから進路が一択になるか、そこを場合分けし、それぞれの確率を求めていけば良いでしょう。




    上の図に新たに記号を加えたのがこの図です。
    C、Dに至った場合、もうその先は横一択です。
    だから、Cを通る場合、Dを通る場合、どちらも通らずにPに行く場合と、3つに分けることができます。
    ここで、さらによく考えると、Cを通る場合も必ずDを通ります。
    そこを二重に計算してしまわないよう、もっと厳密に定義しましょう。
    本当に言いたかったことは、どういうことでしょうか。
    Dを通る場合は、Cは通らないでDを通る場合という意味で3つに分けたはずです。
    そこを明確に表現するためには?
    縦方向に行き止まりになる1つ手前に、図のようにC',D',P'を記入してみると、明確になります。
    Cを通る場合とは、C'からCを通ってPに進む場合。
    Dを通る場合とは、D'からDを通ってPに進む場合。
    そして、P'からPに進む場合。
    これで厳密に場合分けできました。

    そして、問題を解く人は、スモールライトを浴びて、この図の中に入りましょう。
    自分が縦に進むか横に進むか、曲がり角の度に、その確率を考えます。
    縦に進む・横に進むの二択がある場合、それぞれの確率は、1/2ですが、横一択になったら、その確率は1/1=1です。
    その道しか選べないのですから、確率は1=100%です。
    曲がり角の度に、その確率で進みます。
    C'からCを通ってPに進み、さらにBに到達する道順は、縦縦縦横横横横の1通りです。
    確率は、1/2・1/2・1/2・1・1・1・1・1=1/8

    D'からDを通ってPに進み、さらにBに到達する道順はどのようになるでしょう?
    AからD'までは縦縦横の順列、すなわち3!/2!=3通りあります。
    3C1と組合せの式で表しても良いですね。
    3通りあるので、確率は3倍になります。
    D'からDへ進む確率は1/2。
    その先は横一択ですから、1。
    よって確率は、3・1/2・1/2・1/2・1/2・1・1・1=3/16。

    P'からPに進み、さらにBに到達する道順の確率はどうでしょう?
    AからP'まで、道順は、縦縦横横の4!/2!2!=6 通り。
    P'からPまでの確率は1/2。
    その先は横一択。
    よって求める確率は、
    6・1/2・1/2・1/2・1/2・1/2・1・1=6/32。

    よって、その総和は、
    1/8+3/16+6/32
    =2/16+3/16+3/16
    =8/16
    =1/2

    求める確率は、1/2 です。

    好みの問題もありますが、確率の問題の中でも、考え方を革命的に変えなければ正解に至らないという意味で、これが最高難度の確率の問題だと私は思うのですが、いかがでしょう。
    数学は、超クール!ヽ(^。^)ノ
      


  • Posted by セギ at 14:35Comments(0)算数・数学

    2018年06月20日

    英単語をどうやって覚えるか。


    単語さえ覚えられれば英語は何とかなるはずなのに、単語が覚えられない。
    そういう悩みをもつ高校生は多いです。

    ただ、苦言を呈するならば、「覚えられない」とギブアップするほどの努力をしているかというと、大抵はそれほどの努力はしていません。
    現実には、ほとんど何もしていない子のほうが多いと思います。
    「覚えられない」「覚えられない」と嘆くばかりで、努力が伴わない子が多いのです。
    英語が苦手な子ほど、英語にかけている時間は少ないです。
    毎日英語を勉強している子はほとんどいないでしょう。
    週単位でも、英語の勉強に使っている時間は、週1~2時間ではないでしょうか?
    それで「単語が覚えられない」と嘆いているのが現実です。
    確かに、それでは覚えられないと思います。
    とりあえず、毎日1時間英語を勉強し、しかもその半分にあたる30分は単語暗記に集中するなら、その方法が多少効率の悪いものであっても、今よりは確実に前進するでしょう。

    しかし、それがわかっていても、実行に移せない子が多いのです。
    英語だけに毎日1時間なんて、そんな時間があるわけがない。
    他の科目の勉強もあるのに、そんなバランスの悪いことを言われても・・・。
    本人は本気でそう思い、自分が間違っているとは疑いもしません。

    スマホをいじる時間を英語の勉強をする時間にスライドするだけで、1時間くらいは作れます。
    その他にも、よく考えたら大して面白くない動画を見ている時間、単なる暇潰しでゲームをしている時間など、無駄に使っている時間はすぐに見つけられるはずです。
    他の科目の勉強を圧迫せず、新しい時間を1時間作り出し、それを英語の勉強にあてることができます。

    しかし、「時間を作る」という話を聞くと、それだけで疲労感を覚える子もいます。
    そういう、計画的なきちんとしたことが基本的に嫌いな子もいます。
    それは、大人も同じかもしれません。
    今、これを読んでいらっしゃるのが、お子さんが英語が苦手で困っている保護者の方であるなら。
    お子さんの英語力を伸ばすために、まず自分の英語力を伸ばす、自分が英語を勉強する時間を毎日1時間作るという話を実行に移せるでしょうか?
    多種多様な理由づけとともに、その案は「却下」ではないでしょうか?
    子どもだって同じこと。
    やらない理由はいくらでもあるのだと思います。
    なぜやらないのだろうか?
    自分がやらない理由を冷静に分析することで、子どもがやろうとしない理由も分析できるかもしれません。
    それが解決に役立つかもしれません。


    単語暗記ができない子は、上に書いたように、その時間を作っていなかったり、単調な暗記の作業に飽きて長続きしなかったりする場合がほとんどです。
    しかし、中には、暗記することが本当に苦手な子もいます。
    暗記が苦手な子は、暗記するときに頭にかかる負荷を嫌う傾向があります。
    頭に負荷がかかって苦しい、つらい、と言うのです。
    「頭を使うと、頭が重くなるから嫌い」
    「頭を使うと、脳細胞が潰れている気がする」
    暗記が苦手な子がこのように発言するのを私は授業中に幾度が聞いています。
    小学生もいましたが、高校生の中にもこの発言をする子がいました。
    少し奇異に聞こえる発言です。

    そういう子に対して、何て愚かな発言だろう、そんなことだからダメなんだ、と全否定することもできます。
    ですが、頭を使うことに対しての発言だから奇異に感じるだけかもしれません。
    これが息切れの場合、わりとよくある感覚なのではないかと思うのです。

    例えば、ランニングや山歩きなど。
    好きな人は大好きなのですが、忌み嫌う人も多いです。
    その根本は「息切れ」することへの嫌悪ではないでしょうか。
    息切れするのは苦しい。
    苦しいことは嫌い。
    息が切れると心臓が止まるような気がする。
    息切れするようなことをする人の気が知れない。
    スポーツが嫌いな人のこういう感覚をそのまま勉強にスライドすると、「頭を使うと脳細胞が潰れる」という発言と同じなのではないかという気がします。

    息切れすることが嫌いな人にスポーツを習慣的に行わせることの難しさを思うとき、頭を使うと脳細胞が潰れる気がして頭をフルに使えない子に暗記をさせることの絶望的な難しさが実感できます。
    相手は、頭を使うことそのものを恐れています。
    しかも、これは幼い小学生の発言ではありません。
    高校生がこれを言っているのです。
    ものを考えたり暗記したりすると脳細胞が潰れると、高校生が本気で言っているのです。
    勉強すると自分の脳はダメージを受けると感じています。
    使えば使うほど頭はよくなると言葉で説明しても信用しません。
    ちょっと運動するとゼイゼイ息切れして苦しそうな人に、やっていけば慣れるとか、続けることで心肺能力は鍛えられるとか言っても心に響かないのと同じことでしょう。
    これは難しい・・・。

    身体を動かすことが好きな人は、「息切れするから運動は嫌い」と言う人の気持ちは本当にはわからないと思います。
    なぜそんなにも息切れにこだわるのか、まずそこが理解できないと思うのです。
    息切れするのがなぜそんなに嫌なの?
    そんなことより、スポーツには楽しいことが多いから、息なんか切れても別にいいじゃない?
    気にしていることのポイントがおかしくない?
    そう感じると思います。

    それと同じで、頭を使うことが好きな人は、「考えたり暗記したりすると頭に負荷がかかるから嫌い」という人が、なぜそんなにも頭への負荷にこだわるのか、そこが理解できないでしょう。
    頭を使うことは楽しいことだから、頭への負荷なんか別にいいじゃない?
    そう思うでしょう。
    スポーツと勉強と、結局のところ構造は同じで、それを苦痛に感じている人は、気にしているポイントがズレているのかもしれせん。
    でも、本人にとっては実感を伴う、切実なことだとも思うのです。

    そこが永遠にわかりあえない壁で終わるのか。
    それとも、楽しさ、良さを伝えることができるのか。
    本人が楽しさに気づくことができるのか。

    振り返ると、私も息切れするのが大嫌いな子どもでしたが、今、毎週のように息を切らして山を歩いています。
    人の意識は何かの拍子に簡単に変わります。

    とりあえず、少しでも結果が出ることが、楽しさの発見につながるはずです。
    結果が出るまで、続けること。
    結果が出るまで、諦めないこと。

    英単語の暗記は、多少は能率的な覚え方もありますが、結局はかなりの努力が必要です。
    市販の単語集は、どれもよくできています。
    学校が指定したもので構わないですし、そういうものがないのなら、書店に行って、自分が見やすい、覚えやすそうだと感じる単語集を何でも購入したら良いと思います。
    音声教材も併用するほうがいいに決まっていますが、そうすることに対して敷居が高いなら、まず単語集だけでもいいはずです。
    とにかく覚える時間を作ることが最初の一歩です。
    それをせず、簡単に覚えられる方法ばかり探しているこの1日が無駄に過ぎていくことを惜しみましょう。
    手元にあるどんな単語集でも、それを使ってまず覚え始めましょう。
    そして、とにかくひと月、毎日続けてください。
    毎日30分、ひと月続けて、多少なりとも結果が出ないはずがないと思います。
    結果が出ないのは、結果が出る前に途中でやめてしまうからなんです。
      


  • Posted by セギ at 14:45Comments(0)英語

    2018年06月18日

    授業中に地震が起きた場合





    セギ英数教室の授業中に震度5以上の地震が起きた場合について、お知らせいたします。
    緊急時、携帯電話がつながらないことを前提として、以下をご一読の上、さらにご要望がありましたらあらかじめご連絡ください。

    ◎周辺に被害はないが、電車・バスが不通の場合
    特に危険は感じない場合です。
    徒歩あるいは自転車で帰宅可能な場合は、そのまま帰宅していただきます。
    徒歩・自転車での帰宅が不可能な生徒さんについては、保護者の方と連絡が取れるまで教室で待機します。

    ◎避難は必要ないが、帰宅に危険や不安を感じる場合
    余震が続いている、周辺に外壁・道路などの倒壊が見られるなど、子どもが1人で帰宅するのは危険と判断される場合です。
    保護者の方が迎えにいらっしゃるまで、教室で待機します。
    「1人で帰る!」等の、緊急時の行動の妨げになる言動がないよう、ご家庭であらかじめお話しあいをお願いします。
    高校生の男子生徒に限り、本人が特にそれを強く望む場合には、1人で帰ることを認めます。
    しかし、教室にヘルメット等の用意はなく、帰宅時の被災に関して責任を負うことができません。
    そのことも含め、あらかじめご家庭でご相談ください。

    ◎避難が必要な場合
    避難場所は、三鷹市第四中学校もしくはその隣りの三鷹市第三小学校となります。
    火事や崩落等で西方向への避難が危険な場合、三鷹市第四小学校に避難いたします。
    以下の地図でご確認ください。

    http://www.city.mitaka.tokyo.jp/c_service/003/attached/attach_3310_3.pdf

    ◎連絡方法
    電話もメールも不通の場合。
    通信可能であれば、避難場所や現状をこのブログかTwitterで報告します。
    Twitterアカウント名は「セギ英数教室」です。
    普段は自動でブログ更新の報告をするのみのアカウントです。
    なお、普段上記のTwitterアカウントにご連絡いただいても、私がそのメッセージを読むことはありませんので、よろしくお願いいたします。


      


  • Posted by セギ at 14:46Comments(0)よくある質問

    2018年06月18日

    確率と余事象。




    さて、「確率」の学習の続きです。
    今回は「余事象」の確率。
    例えば、こんな問題です。 

    例題 
    袋の中に赤玉5個、白玉5個が入っている。この中から2個を同時に取り出すとき、少なくとも1個が白玉である確率を求めなさい。

    問題文の中に「少なくとも」という表現があったら、余事象の可能性をまず考えてみましょう。
    そのほうが楽に解けることが多いのです。
    余事象とは、Aという事象があるとき、「Aではない」という事象を指します。
    硬貨を1枚投げて表が出るという事象をAとするなら、「Aではない」は「表ではない」すなわち「裏が出る」。
    この「裏が出る」がAの余事象です。

    ある事象の確率とその余事象の確率との和は1となります。
    確率が1とは100%ということ。
    しかし、この説明をすると首を傾げる高校生もいます。
    「もっと他のことがある気がする」
    と言うのですね。
    「他のことって、どんなこと?AかBしか起こらない場合だよ。確率があわせて100%、つまり1であるのは当然じゃない?」
    と説明すると、
    「わからない、わからない」
    と言われてしまいます。

    これは1つにはものの考え方の好みというものかと思います。
    Aであるか、Aでないか、2つに1つしかないのだ。
    そういう白黒はっきりした考え方が嫌い。
    もっとグレーゾーンがある気がする。
    そうではない可能性がある気がする・・・・。

    気持ちはわかるけれど、そういう話をしているのではないのです。
    しかし、「そういう話をしているのではない」ということが、最も伝わらないことであるような気もします。

    もう1つ。
    AかBかの事象しか起こらないということを理解できていない可能性があります。
    「Aではない」=「Bである」。
    この言い換えが納得できないというのです。
    ここが完全なイコールではない気がする。
    騙されているような気がする。
    そのように言う生徒もいます。
    その子にしか見えない蜃気楼が見えているのだろうかと教える側は困惑してしまうところです。
    AかBかの事象しか起こらないという前提が視点から容易に外れてしまうのだろうと想像されます。

    説明は理解できるが、自分でその言い換えをできる気がしない。
    生徒からそのように訴えられることもあります。
    白か赤の玉しか出ない状況でも、「白玉ではない」を「赤玉である」に言い換えることに自信が持てないというのです。
    その発想の転換が、自力では出来そうにないと言います。
    やはりAかBかの事象しか起こらないということを理解しきれていないことが原因なのではないかと感じます。
    当該の事象にばかり目が向いてしまい、「わからない」「難しい」と感じるのは、外枠が曖昧だからではないかと思うのですが、「わからない」という状態にはまってしまっている子には、論理的な救済よりもまず精神的救済が必要な様子です。
    「わからない」という気持ちに寄り添うこと。
    まず落ち着いてもらうこと。
    演習問題を解くための勇気をもってもらうこと。
    数学にはあまり関係のないことが数学の問題を解くために必要になることもあります。


    話を戻して。
    この問題は「少なくとも1個は白玉である確率」を求めようとしています。
    この程度の問題であれば、場合分けしてもそんなに難しいわけではありません。
    「少なくとも1個は白玉」は、場合分けすると「1個が白玉で、もう1個が赤玉」である場合と、「2個とも白玉」である場合となります。
    それぞれの確率を求めて単純に足しても、求めたい確率は出ます。
    しかし、もっと複雑な問題になったときに、場合分けが3通り、4通り、5通りとなっていくこともあります。
    計算も煩雑になります。
    もっと簡単に求める方法はないか?
    余事象を利用すれば、もっと簡単に求められるのです。

    「少なくとも1個は白玉が出る」ことの余事象は、「1つも白玉が出ない」ということ。
    言い換えると「2個とも赤玉が出る」こととなります。
    「少なくとも1個は白玉が出る」ことの反対は、「2個とも赤玉が出る」です。
    この「2個とも赤玉が出る」確率を求めて、全体1からその確率を引けば、「少なくとも1個は白玉が出る」確率を求めることができます。
    これが余事象を利用した確率の求め方です。

    全部で10個の玉です。
    そのうち2個を同時に取り出します。
    全体の場合の数は、10C2。
    そのうち、5個が赤玉ですから、2個とも赤玉が出る場合の数は、5C2。
    よって、余事象の確率は、
    5C2/10C2=2/9
    求めたい確率は、1-2/9=7/9
    余事象を用いると、簡単に答えか出てきます。

    計算そのものは簡単なので、「少なくとも1つが白玉である」ことの余事象は「1つも白玉ではない」すなわち「2つとも赤玉である」ことなのだと自力で読み取る力をつけること。
    余事象の問題は、そのように事象を把握する力をつけることが鍵となります。
    他の可能性がある気がする、というところに拘泥せず、このような考え方に慣れること。
    この方向でものごとを分析するトレーニングをすること。
    怖がらないで、練習あるのみです。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 13:53Comments(0)算数・数学

    2018年06月15日

    リスニング力を鍛えるには。




    今日はリスニングの話です。
    リスニングが苦手とひと口に言っても、さまざまな場合が考えられます。

    まずは、そもそも英語を聴いた経験が不足している場合。
    日常の学習であまり英語を聴いていない子です。
    教科書本文を収録したCDを持っていても、封も切りません。
    NHKのラジオ講座が良いと勧められても、聴こうとしません。
    学校の英語の授業で、教科書本文のCDを皆で聴く時間さえ、それを聴いていず、ぼんやりしている子もいます。
    その子の知っている英語は、その子が自分で音読するカタカナ英語が全てになり、本当の英語とは乖離があります。

    そうした生徒は、少し英語を音読してもらうとわかります。
    全て自分の間合いで、知っている単語はハキハキと発音し、読みにくい単語は、その前に長い間を置いて、ためらいながら読みます。
    英語特有の強弱もイントネーションも無視です。
    自分のそうした英語を常に自分が耳にし、フィードバックしている。
    それがリスニング問題で本当の英語を聴き取るのに大きな障害となります。
    本人の頭の中にある英語と本当の英語とは全く違う音のつながりとして聞こえるのです。
    これは発音の悪さとはまた少し違う話です。
    正しい音を聞き分けられてはいるけれど、それを自分で正確に再生できないということは、英語のネイティブでない限り、大なり小なりあります。
    そうではなく、全体のイントネーションとして英語らしい音のつながりを理解しているか。
    英語のイントネーションがわかっているか。
    リスニングには、これが重要です。

    まずは本物の英語を聴くこと。
    教科書本文のCDでも、ラジオ講座でも。
    ところが、ただ聴くだけの学習は、本当に長期間の反復があって初めて効果が得られるものなので、効果を実感できる前に止めてしまう人が大半です。
    ひと月くらいで効果が出ると期待してしまうのでしょう。
    おそらく、ただ聴くだけですと、3年から5年後に、以前よりは英語が聴きとれるようになっていたという程度の効果だと思います。
    他の学習と併用しないと、結果につながりません。

    ただ聴いていると、途中でぼんやり考えごとをしてしまったり、果ては「英語も聴いているからいいでしょう」とスマホをいじりだしたりする子もいます。
    それでは、効果は得られません。
    集中して英語と接するにはどうすればいいか?

    英語の歌に接するのは効果的な方法の1つですが、どんなに効果的な方法も、効果をゼロにする特殊能力を持っているのが英語が苦手な子どもたちです。
    10代が持つ大人への反発心がそれを助長します。
    「うちの英語の先生、ビートルズが好きでさあ。授業中までビートルズをかけるの。バカじゃね?」
    「あー、うちの英語の先生は、カーペンターズ。うぜー(笑)」
    といった会話を幾度聞いたことか。
    私より若い学校の英語の先生たちが、自分が好きだから生徒に押し付けるほどビートルズやカーペンターズが好きだとは正直考えにくいのです。
    私ですらその世代ではありません。
    音楽史的な価値から敬意は抱いていますが、自分が本当に好きな音楽ではない。
    しかし、そんなことは子どもには通じないようです。
    文法や単語が比較的易しい歌詞の英語の歌だから生徒に聴かせているのだと、理解できないのでしょう。
    学校の先生は、少しでも英語に興味を持ってもらえるよう授業の工夫をしているのにまともに聴かず、効果ゼロにしてしまう残念な子は多いです。

    では、リスニングのためにはどんな練習が効果的か。
    「シャドウイング」という方法があります。
    英語の模範音読にあわせて、自分も音読するのです。
    影のように。
    自分がネイティブの英語と違うところで変な間を空けたり、逆に間を空けるべきところで変に急いでいることが、シャドウイングをしてみると実感できます。
    1語を読む長さの違いに気づき、いちいち母音+子音を強調する自分のカタカナ英語とネイティブの英語との根本の違いにも気づくでしょう。
    そもそもネイティブの音読が速くてついていけないということも、やってみて初めて実感できる人もいると思います。
    そうした場合、スピードをゆっくりに変えられる機能を持ったプレイヤーがあるとさらに便利です。
    徐々に慣らして、ネイティブのスピードでシャドウイングできるようにしていくことができます。

    リスニング対策に音読練習?
    そう不思議がられるのですが、英語を聴きとることを阻害していることの1つは、自分の癖の強い音読に凝り固まってしまった英語音声への誤解です。
    癖になって凝り固まっている自分の英語のリズムをシャドウイングによって矯正できます。
    読み方の癖がそのまま聴き取り方の癖になっているのを矯正します。

    「シャドウイングだと、正しい英語の音が自分の声で聴きとれないから発音練習にならない。リピートがいい」
    と、反発し、シャドウイングを行おうとしない人がいるのですが、発音練習が目的ではないのです。
    シャドウイングをしていて、「自分の声が邪魔だ。英語の正しい音が聴きたい」と思ったら、それはまた別に聴けば良いと思います。
    そういう気持ちになり、英語の細部の音を聴こうとする意志が持てたことも、シャドウイングの効果の1つでしょう。
    リピートはリピートで別の効果もありますが、模範音読の真似をしているつもりで、イントネーションの全く異なる読み方をしていてもそのことに気づかないことがあります。
    リピート練習が惰性になってしまっているときは特に。
    シャドウイングは、読み方の間合いが模範と異なることを如実に自覚できるという点で、自学自習に最適の学習方法です。
    誰に指摘されなくても、ズレていることは明らかなのですから。

    そうやって、とにかく英語の音とイントネーションに慣れた上で英語を聴くと、短期間で今までよりも英語を聴きとれるようになります。
    しかし、当たり前ですが、単語力がないと、リスニングは難しいです。
    どんなに英語耳を鍛えても、知らない単語は意味を取れません。
    学校の教科書の英文を読んだときに、新出単語以外でも意味のわからない単語がゴロゴロある状態では、該当学年のリスニング問題は、難しく感じると思います。

    また、文法、すなわち英文の構造が理解できていることも、リスニングには有利です。
    意味のまとまりごとに若干のポーズ(間)が置かれることを実感しながら聴きとることができます。
    ポーズを把握することは、文法学習にも役立ちます。
    相乗効果ですね。


      


  • Posted by セギ at 12:58Comments(0)英語

    2018年06月13日

    夏期講習のお知らせ。2018年夏。


    2018年度夏期講習のお知らせです。
    詳細は、各生徒さんに書面をお渡ししますのでご覧ください。
    お申込み受付は、7月1日(日)からとなります。
    申込書またはメールでお申込みください。
    受付順にご予約となります。
    この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    8月通常授業はございませんので、8月分通常授業料のお支払いは不要です。
    外部生のお申込みも可能です。
    外部生の方は、パソコン画面左のお問い合わせボタンからお問い合わせください。

    以下は、夏期講習募集要項です。

    ◎期日
    7月23日(月)~9月1日(土) 
    ただし、毎週日曜日と、8月13日(月)~18日(土)は休校となります。
    7月中に夏期講習の前倒し授業をご希望の方はご連絡ください。
    対応可能です。

    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数+諸経費4,000円

    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎空きコマ状況 7月14日現在
    7月23日(月)
    11:40~13:10 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    7月24日(火)
    15:00~16:30

    7月25日(水)
    15:00~16:30 , 20:00~21:30

    7月26日(木)
    11:40~13:10 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    7月27日(金)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    7月28日(土)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10

    7月30日(月)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 20:00~21:30

    7月31日(火)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    8月1日(水)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月2日(木)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月3日(金)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    8月4日(土)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 

    8月6日(月)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月7日(火)
    15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 20:00~21:30

    8月8日(水)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月9日(木)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月10日(金)
    11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    8月11日(土)
    10:00~11:30、13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10

    8月20日(月)
    13:20~14:50 , 20:00~21:30

    8月21日(火)
    20:00~21:30

    8月22日(水)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 20:00~21:30

    8月23日(木)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 20:00~21:30

    8月24日(金)
    11:40~13:10 , 20:00~21:30

    8月25日(土)
    13:20~14:50 

    8月27日(月)
    15:00~16:30 

    8月28日(火)
    20:00~21:30

    8月29日(水)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 

    8月30日(木)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 

    8月31日(金)
    13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10

    9月1日(土)
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 

      


  • Posted by セギ at 15:27Comments(0)大人のための講座

    2018年06月13日

    6月23日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    6月9日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回で、数Ⅱの第1章「式と証明」もついに最終回です。

    問題 3次方程式 x3-x2+2x-3=0 の3つの解をα、β、γとするとき、次の3つの数を解とする3次方程式を求めよ。
    (1)2α, 2β, 2γ
    (2)αβ, βγ, γα
    (3)α+β, β+γ, γ+α
    (4)α2, β2, γ2

    これは解と係数の関係の問題です。
    まずは2次方程式の解と係数の関係の復習をしておきましょう。
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
    α+β=-b/a , αβ=c/a

    そんなのありましたね。
    それの3次方程式バージョンが今回の問題です。
    では、3次方程式の解と係数の関係について確認しましょう。

    次方程式 ax3+bx2+cx+d=0 の3つの解をα、β、γとします。
    この3次方程式は以下のように表すこともできます。
    a(x-α)(x-β)(x-γ)=0
    x3の係数がaですので、( )の外側にaを置くことで係数の辻褄を合わせています。
    これを展開しましょう。
    a(x-α)(x2-γx-βx+βγ)
    =a(x3-γx2-βx2+βγx-αx2+γαx+αβx-αβγ)
    ax3-aγx2-aβx2+aβγx-aαx2+aγαx+aαβx-aαβγ
    xについて降べきの順に整理しましょう。
    =ax3-a(α+β+γ)x2+a(αβ+βγ+γα)x-aαβγ

    これが、一番上の ax3+bx2+cx+d=0 と同じ方程式なのですから、それぞれの係数を比較して、
    -a(α+β+γ)=b すなわち、α+β+γ=-b/a
    a(αβ+βγ+γα)=c すなわち、αβ+βγ+γα=c/a
    -aαβγ=d すなわち、αβγ=-d/a

    これが、3次方程式の解と係数の関係です。

    さて、これを利用すると、与えられた3次方程式は、x3-x2+2x-3=0 ですから、
    α+β+γ=1
    αβ+βγ+γα=2
    αβγ=3
    となります。
    これらを用いて、以下の3つの数を解に持つ新しい3次方程式を作るのです。

    (1)2α、2β、2γ
    x3の係数はとりあえず1としておきましょう。
    そうすると、この3次方程式は、
    x3-(2α+2β+2γ)x2+(4αβ+4βγ+4γα)x-8αβγ=0 となります。

    x2の係数を求めましょう。
    2α+2β+2γ
    =2(α+β+γ)
    =2・1
    =2
    よって、x2の係数は-2です。

    次に、xの係数を求めましょう。
    4αβ+4βγ+4γα
    =4(αβ+βγ+γα)
    =4・2
    =8

    に、定数項を求めましょう。
    -8αβγ
    =-8・3
    =-24

    よって、求める3次方程式は、x3-2x2+8x-24=0 です。

    (2)αβ , βγ , γα
    この3つを解にもつ3次方程式の1つは、
    x3-(αβ+βγ+γα)x2+(αβ・βγ+βγ・γα+γα・αβ)x-αβ・βγ・γα=0 です。

    x2の係数を求めましょう。
    αβ+βγ+γα=2
    よって、x2の係数は-2です。

    次にxの係数を求めましょう。
    αβ・βγ+βγ・γα+γα・αβ
    =αβγ(β+γ+α)
    =αβγ(α+β+γ)
    =3・1
    =3

    定数項を求めましょう。
    -αβ・βγ・γα
    =-α2β2γ2
    =-(αβγ)2
    =-32
    =-9
    よって、求める方程式は、x3-2x2+3x-9=0 です。

    (3)α+β , β+γ , γ+α
    この3つを解にもつ3次方程式の1つは、
    x3-(α+β+β+γ+γ+α)x2+{(α+β)(β+γ)+(β+γ)(γ+α)+(γ+α)(α+β)}x-(α+β)(β+γ)(γ+α)=0 です。

    x2の係数を求めましょう。
    α+β+β+γ+γ+α
    =2α+2β+2γ
    =2(α+β+γ)
    =2・1
    =2
    よって、x2の係数は-2です。

    次にxの係数を求めましょう。
    (α+β)(β+γ)+(β+γ)(γ+α)+(γ+α)(α+β)
    これをこのまま展開すると、かなり複雑なことになります。
    ここでちょっと工夫します。
    α+β+γ=1 ですから、
    α+β=1-γ
    β+γ=1-α
    γ+α=1-β
    これらを代入します。
    (1-γ)(1-α)+(1-α)(1-β)+(1-β)(1-γ)
    =1-α-γ+γα+1-β-α+αβ+1-γ-β+βγ
    =-2α-2β-2γ+αβ+βγ+γα+3
    =-2(α+β+γ)+(αβ+βγ+γα)+3
    =-2・1+2+3
    =3

    次に定数項を求めます。
    -(α+β)(β+γ)(γ+α)
    =-(1-γ)(1-α)(1-β)
    =-(1-γ)(1-β-α+αβ)
    =-(1-β-α+αβ-γ+βγ+γα-αβγ)
    =-1+β+α-αβ+γ-βγ-γα+αβγ
    =-1+(α+β+γ)-(αβ+βγ+γα)+αβγ
    =-1+1-2+3
    =1
    よって、求める方程式は、x3-2x2+3x+1=0 です。

    (4)α2 , β2 , γ2
    この3つを解に持つ3次方程式の1つは、
    x3-(α2+β2+γ2)x2+(α2β2+β2γ2+γ2α2)x-α2β2γ2=0 です。

    x2の係数を求めましょう。
    α2+β2+γ2
    =(α+β+γ)2-2αβ-2βγ-2γα
    =(α+β+γ)2-2(αβ+βγ+γα)
    =12-2・2
    =1-4
    =-3
    よってx2の係数は3。

    xの係数を求めましょう。
    α2β2+β2γ2+γ2α2
    =(αβ+βγ+γα)2-2αβ・βγ-2βγ・γα-2γα・αβ
    =(αβ+βγ+γα)2-2αβγ(α+β+γ)
    =22-2・3・1
    =4-6
    =-2

    定数項を求めましょう。
    -α2β2γ2
    =-(αβγ)2
    =-32
    =-9
    よって、求める方程式は、x3+3x2-2x-9=0 です。

    さて、長かった「式と証明」の章も終わり、次回からは、新章「図形と方程式」に入ります。
    ◎日時  6月23日
    (土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「図形と方程式」に入ります。p.42例題1の解説から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかLINEに、ご予約をお願いいたします。



      


  • Posted by セギ at 14:49Comments(0)大人のための講座

    2018年06月10日

    1学期中間テストの結果が出ました。2018年。


    2018年1学期中間テストの結果集計出ました。

    数学 90点台 1人  70点台 2人  60点台 3人  50点台 1人
    英語 90点台1人              60点台 1人

    高めに安定している子と、急成長している子と。
    今回も頼もしい結果となりました。

    国公立・私立に通う高校生に多いのですが、過去、なかなか成績が上昇しなかった子の主な要因は、本人が学校の教材に拘泥していたことでした。
    塾の学習も全て学校の教材で勉強したがるのです。
    学校に進度を合わせて他の教材で演習するのではなく、学校の問題集や学校のプリントだけをやりたがるのでした。

    数学の場合、国公立・私立の学校の教材はボリュームがあるのは事実です。
    学校は毎日の家庭学習が十分にできるような分量の教材を用意しています。
    それをテスト前までため込むので、消化しきれない子がいます。
    数学が苦手な子に対しては、塾の授業は塾用テキストで解説・演習し、塾から出す宿題は学校の問題集からにして、テスト1週間前までに最低1回は学校の問題集が終わるようにスケジュールを組みます。
    しかし、その宿題を解いてこない子がいました。
    「解こうと思ったけれど、わからなかった」というのです。
    それを次の授業中に解かなければならなくなります。
    次の授業で演習できるはずだった内容は後回しになります。
    スケジュールが遅れていき、やがて、塾の授業も学校の問題集を解いていくだけになってしまうことがありました。

    本人は、「わからないから、塾で教わろう。塾で解こう」と軽く考えているのでしょうが、高校数学の問題集は、塾の授業90分をまるまる使っても問題集の2ページ分ほどしか消化できません。
    週1回の塾だけで学校の課題を終わらせるのは無理なのですが、「塾でやればいいから」と言い訳して、現実から目を逸らしてしまう子がいます。
    本当にわからないのなら仕方ありませんが、1問わからない問題があると、そこでやめてしまい、その先は解いてこないのです。
    ページが変われば、また基本問題もあるのに、解いてこないのです。

    テスト範囲の問題集は何ページあるのか?
    塾の授業はテストまで何回あるのか?
    そういうことを考えれば、塾だけで学校の問題集を終えることなどできないと気づくはずなのですが、そこから目を逸らします。
    とにかく、塾で学校の問題集を解くことができるんだから。
    そうした希望的観測で、家で数学の勉強をする時間がむしろどんどん減っていく子も過去にはいました。
    定期テスト1週間前になっても、学校の問題集が10ページ以上も残っています。
    それを解答解説を見ながら1回解くことが、数学のテスト勉強の全てになっていました。
    当然、演習量が足りず、数学の成績は前の成績をキープするだけでも至難の業でした。


    英語の場合も同様で、とにかく学校の教材の種類と量が多いのが国公立・私立の傾向です。
    薄い冊子状のテキストを含め、1科目で5~6冊あります。
    学校の英語の予習だけでも大変なので、他のことはやりたくない。
    学校の英語の予習を手伝ってほしい。
    学校の教科書や問題集の答えを教えてほしい。
    学校の英語の授業に関係のあることだけをやりたい。
    他のことはやりたくない。
    そういう要望につきあっていると、英語学習の中身がどんどん痩せていきます。
    定期テストに初見の長文からの出題があると、それは解けなくなっていきます。
    学校の問題集の答えを覚えるだけの勉強になり、問題の形式が少し変わると、もう対応できなくなっています。
    もっと間口の広い英語学習をしよう。
    定期テスト直前には学校の進度に合わせてテスト対策をするけれど、それ以外の時間はもっと間口を広くとり、英語力を根本的に鍛えていこうよ。
    そう話すと理解した顔はするのですが、実際にはコミュニケーション英語の教科書本文の予習をしたい。
    薄い冊子のリーディング問題を全訳してほしい。
    英語表現の教科書の問題を予習したい。
    文法・語法の問題集を一緒に解いてほしい。
    というより、答えを教えてほしい。
    そういう痩せた勉強を望むようになっていきます。
    単語暗記の宿題を出しても、やってきません。
    長文読解の宿題を出しても、本気で解いてきません。
    本気でやらないから実力がつかず、じわじわと英語力が落ちていきます。
    学校の定期テストの成績は何とかキープしていたのですが、校外実力テストや模試で英語の偏差値がガクンと下がると、そのショックで塾を辞めたいと言い出します。
    そんなことも過去にはありました。

    現在、授業は上手く回転し、それがテストの得点上昇につながっています。
    学力を鍛えるためには、学校の教材を私が代わりに解いてあげる授業ではダメなのです。
    それは当たり前のことなのですが、個別指導や家庭教師をそういうことができる場所ととらえている子は多いです。
    学校とは別の教材で勉強しなければならないのなら、負担が増えるだけ。
    そう思うのでしょう。
    違うんだけどなあ。
    今、何ができ何ができないかを常に把握している講師の個人指導を受ける圧倒的な強みは、学校の教材で授業してくれるかどうかの次元の話ではないのです。
    むしろ、そんなところに拘泥している学習姿勢だから、成績が上がらないのだと思うのです。
    学習の本質をつかめば、学校の教科書も問題集も今までよりも効率的に自力で学習していけるようになります。
    自力で解けるのならば、家庭学習もあまり負担に感じなくなり、勉強がそれまでほどには苦でなくなります。

    学習に対して視野が狭くなっていると、いずれ必ずその結果が表れてきます。

    学校から配布された問題集を自力で解ける実力を鍛えること。
    学校から配布された問題集をテストまでに二巡する学習習慣を身につけること。
    テストにどんな問題が出るか、重要なところはどこか、自分で判断できる学力を鍛えること。
    そこに向かってさらに精進してまいります。

      


  • Posted by セギ at 12:09Comments(0)講師日記

    2018年06月06日

    be動詞がわからない子は、案外多いのです。


    さて、今回も中学英語の話から。
    英語の学習の順番は、私自身が中学生だった頃と今とあまり変わっていません。
    まずはbe動詞の学習から始まります。
    教科書によって、This is ~. の文から始まるか、I am~.から始まるかは違いますが、正直大差ない。
    要するに、まずはbe動詞を学びます。
    たまに一般動詞から学習する教科書がありますが、やはり教えにくいと感じるのか、採択されないことが多いです。

    中1にいきなり「be動詞」という文法用語を使って教えることはほとんどありません。
    まずは、こういう形の文を覚えなさいという授業になります。
    「~」のところにいろいろな言葉を入れて、どんどん転換練習して、こういう形の文を使えるようにするのが初歩の学習となります。
    ここで誤解する子どもが現れます。

    am, is,areは、日本語の「は」の意味なんだなと思い込むのです。
    それは間違っているとも言い切れないのが微妙なところです。
    be動詞にはイコールの意味は確かに存在します。
    日本語にしたら助詞「は」に相当することにはなるでしょう。

    I  am a girl.
    私 は 女の子。

    This is  a book.
    これ は 本。

    そういう解釈です。
    そう解釈した子が、次に一般動詞を学習する際に何をやってしまうかというと。
    「私は、野球をする」を英語にすると、
    I am play baseball.
    私 は する 野球。
    という英文を作ってしまうんです。

    いやいや、違うよ、amは要らないよと説明しても、そういう子は首をひねっています。
    play baseball のように、語順が日本語と異なることは百歩譲って理解しても、「は」にあたる言葉がないなんてことは、理解を越えたことなのかもしれません。
    be動詞=日本語の「は」、ととらえたことの弊害の1つでしょう。

    英語と日本語は1対1の対応ではありません。
    文法が全く異なる言語ですから。
    でも、そのことを理解できない子どももいます。

    千年以上も日本と全く交流のなかった外国の言語は、日本語と少しも似ていなくて当然。
    全く異なる文法の言語であるのが当然です。
    しかし、そう説明しても理解しない子もいます。
    世界の全ての言語が日本語と同じ構造だと思いこんでいるようです。
    いや、日本語に構造すなわち文法があることすら意識できていないかもしれません。
    そうした子にとって、日本語は自明の理。
    それだけが正しく、それ以外の構造の言語があるということは想像しにくのでしょう。

    幼い子どもは、世界の中心に自分が存在すると思っています。
    世界の中心は自分ではないと理解し、相対化するには、精神的な成長が必要です。
    中学生になると、そろそろそういう成長は期待できるのですが、言語においてもそうなのだと発想できない子はいて、それが英語と日本語を1対1の対応で覚えようとすることにつながっているのかもしれません。
    言語は全て日本語と同じで、ただ使う単語が違うだけだと思ってしまう様子です。

    文法も異なりますが、1つの語句がカバーする意味合いも、言語によって異なり、日本語と1対1の対応にはなりません。
    例えば、playという動詞は、最初に勉強するときがplay baseball の形だったりしますと、play=「する」と覚えてしまう子がいます。
    だから、「あなたは何をしていますか」といった疑問文でもplayを使ってしまい、
    「playは『する』じゃないの?」
    と訊いてきます。
    「日本語の『する』に一番近いのはdoだね。でも、それも完全に一致するわけじゃないよ」
    と説明しても、首をひねっています。
    「『する』がdoなら、何でdo baseballじゃないの?」
    「日本語と英語の単語は1対1で対応しているわけじゃないから、そういうこともあるでしょう。1つの単語にいくつも意味があって、一部分はかぶるけれど、他はかぶらないということはよくあることだよ」
    「何でそうなるの?」
    「・・・そういうことを本当に心から疑問に思って勉強したいなら、大学の言語学科か英語学科に進みなさい。好きなだけそうした勉強ができるよ」
    「いや、別にいい。そんなに興味ない」
    「・・・・」
    純粋に英語への興味からそうして色々質問してくるのなら良いのですが、言外に、英語への非難がにじんでいることが多く、気になります。
    英語の勉強が嫌で、英語を否定したい、「英語は日本語と違ってこういうところがダメだ」と主張したいという気持ちの表れがそうした疑問となって口をついて出ているようなのです。
    英語を否定したいと思っている時点で、英語と敵対関係にあるのですから、勉強が進まないですね。
    (-_-)

    それはともかく。
    I am play baseball.ではなく、I play baseball.
    それが正しい英語だといったんは理解して、その後、三単現や人称代名詞などを学んだ後、現在進行形の学習に進みます。

    I am playing baseball now.
    私は今野球をしているところです。

    現在進行形のとき、動詞の形は、「be動詞+~ing」。
    am, is, areをまとめてbe動詞と呼ぶことはそろそろ教えても大丈夫な段階ですが、~ingは「現在分詞」と呼ぶということは、中1ではまだ早いので教えません。
    文法の専門用語ばかり出てきて、それを覚えられずにギブアップしてはいけませんから、~ingという形が動詞にはあるんだねとぼやかした形で説明します。
    しかし、なぜこのときbe動詞を使うのかは、初めて現在進行形を学ぶ子どもにとっては理解不能であり、相当な違和感があるのは事実です。
    とはいえ、ここで理屈をこねてもさらに理解不能でしょうから、その違和感を逆手にとり、ここでbe動詞を使うんだね、be動詞って不思議な働きがあるねと説明します。
    「be動詞を忘れると困るから、覚えるときは必ず『be動詞+~ing』とセットで覚えようね」
    と説明し、be動詞のところは節をつけて大声で強調したりもするのですが、そうした授業の工夫も徒労に終わり、be動詞を書き忘れる子は一定数存在します。

    I playing baseball.
    ( ;∀;)

    be動詞を必ず使えと言ったのになあ。
    be動詞+~ing の形で覚えなさいと強調したのになあ。
    何度も復唱したのになあ。
    何で間違えるかなあ・・・。( 一一)

    そういう子がよくする質問があります。
    「be動詞って何?」
    「be動詞とは、am,is,areのことです。色々な働きがありますが、難しいので、それは今は聞かないほうがいいと思う。後になったら嫌でもやるからね。それとも今、聞きたいですか?」
    「別にいい」
    「では、とにかくbe動詞とはam,is,areのことで、かなり特別な働きをする動詞なのだということだけ覚えましょう」

    とにかく、現在進行形は、be動詞+~ing。
    そうして現在進行形の学習がひと通り終わり、それまでの復習問題を解くと、またこんな英文を書く子が現れます。

    I am play baseball.
    ( ;∀;)

    「・・・be動詞と一般動詞原形は一緒には使わないんだよー」
    「be動詞を必ず書けって言った・・・」
    「それは現在進行形のとき。『今~している』の意味のとき。これは現在形」
    「何が違うの?」
    「一般動詞の現在形は、今、行っている動作じゃないんですよ。そういう習慣があると言っているだけで、今野球をしているわけじゃないのです」
    「ちょっと何言ってるかわからない」

    I play baseball every Sunday morning.
    この例文だとわかりやすいと思うのですが、現在形というのは、現在その動作を行っているときに使うものではありません。
    例えば毎週日曜日の朝に野球をする習慣がある、そういうことになっているということを伝えたいときに使うものです。

    現在形は、
    ①現在の習慣
    ②現在の状態
    ③不変の真理
    ④確定的未来
    ⑤時・条件を表す副詞節は未来のことを現在形で表す
    といった主な用法があるのですが、こういうことを体系的にまとめて学習するのは高校生になってからです。
    中1にこんなことをいきなり教えても半分も理解できないでしょう。

    しかし、中1の今はまだそんなことはわからなくてもいいから、というところで逐一壁に突き当たり、英語がわからなくなる子がいます。
    be動詞がわからない、現在形がわからない、と繰り返し言います。
    もやもやしていることがあると、そこから先に勉強が進まないようなのです。
    多くの子は、そんなことはあまり深く考えず、nowが文末についているときは「今~している」なんだからbe動詞+~ingの形にすればいいんでしょうと把握し、それで正解するのですが。

    be動詞が上手く呑み込めないまま、一般動詞の疑問文を作る問題では、
    Do you play baseball ?
    という英文を自力で作れず、
    Are you play baseball ?
    というミスを中2になっても繰り返しては注意されているうちに、be動詞の別の用法を学ぶことになります。
    存在を表す用法です。

    There is a book on the desk.
    机の上に一冊の本があります。

    be動詞には、存在を表す用法があります。
    「ある」「いる」の意味です。
    この文の主語はbookです。
    もともとの形は、
    A book is there.
    だったのが、強調のための倒置が起こり、それが固定化され、構文となったものです。

    be動詞の主な働きは2つ。
    ①A=B の意味を表す。
     すなわち、主語=補語の文を作る。
     補語は、名詞または形容詞。
    ②存在を表す。
     「ある」「いる」の意味。
     There is a book.という構文は、不特定のものが存在するときに用いる。
     特定のもの・人が存在するときは Mary is in the Library. のように表す。

    中2になると、このようにbe動詞の2つの用法は整理され、かなりわかりやすくなってきます。
    そこで開眼してくれると良いのですが、be動詞がわからないという子が、こういうところはスルーすることがあります。
    長年の疑問がようやく整理されたというのに、なぜ、スルー?
    もう英語はわからないものと諦めているからなのでしょうか。
    ('_')

    そうこうするうちに、中2の終わりに「受け身の文」が登場します。
    今度は、be動詞+過去分詞 です。

    Baseball is played by nine people.

    「be動詞+過去分詞」とセットで覚えるんだよー。
    be動詞を絶対に忘れないでねー。
    そう強調するのですが、例によって必ず忘れる子がいます。

    Baseball played by nine people.

    「be動詞を入れようよ。これだと、ただの過去形の文ですよ」
    目立つ単語を拾う形でしか文意を取ることができない子も一定数いて、能動態と受動態の文の識別が難しい場合もありますが、そこにbe動詞の有無という例のミスが登場しますから、グチャグチャになってしまう子も多いのです。

    とにかくbe動詞。
    受け身の文はbe動詞。
    be動詞+過去分詞。
    そう強調して定期テストを乗り切った後、それまでの復習をすると、能動態の過去形の文も、

    I was played baseball yesterday.

    と、また不要なbe動詞を書いてしまうミスが復活する子がいます。
    ( ;∀;)

    全ては裏目裏目に出てしまい、be動詞を入れるべきときに入れず、入れてはいけないときに必ず入れる。
    英語が苦手な子のbe動詞の扱いは、完全に裏・裏・裏となっていて、壮絶です。


    なぜそこまでbe動詞がわからないのか?
    1つには最初に書いた通り、be動詞=「は」 という最初の誤解から解放されていないのではないかと想像されます。
    それは、英語の構造は日本語と同じであるはず、という誤解です。
    be動詞が日本語の何にあたるのか、結局、わからない。
    だから、使い方がわからない。
    そういうことなのでしょうか?
    「be動詞が日本語の何にあたるか」という見方がそもそもおかしいので、be動詞はbe動詞という英語固有のものととらえようよと話すのですが、そうしたことは生徒にとって抽象的で、頭に心になかなか届かないもどかしさがあります。

    もっと単純に、be動詞を使うか使わないかといった二択の知識を必ず間違えて覚えてしまうだけという場合も考えられます。
    こういうときは使う、こういうときは使わない。
    この形の知識を覚えることが苦手で、なぜか逆に逆に覚えてしまう子がいます。
    自分で誤用したことは記憶に残りやすく、それが「聞き覚え・見覚えのある英語」として本人の頭の中に蓄積されますから、誤用は強固になるばかりです。
    誤用を上回るインパクトのある覚え方が本人の頭の中に入らない限り、誤用は続くのかもしれません。


    中1・中2レベルの英語でこんなにもつまずくというのは悲観的な要素ですが、しかし、脳の発達時期には個人差があります。
    中1の頃には理解できなかったことも、その後、理解できるようになることがあります。
    数学と英語と両方教えていますと、数学を教えていて、
    「この子は、小学校の算数の解き方をしてしまうなあ」
    「数学の論理体系、数理の根本が形成されていないのかなあ」
    という感想を内心抱いていた子が、中3あたりから急成長することがあります。
    理屈で説明すればスルッと理解してくれるようになるのです。
    英語の場合、文法用語を駆使すればするほど、ダイレクトに理解してくれるようになります。
    文法用語は、抵抗感が強い硬質のものですが、その仕組みを一言で伝えることができるので便利なのです。
    ものごとには全て名前があります。
    名称を把握することで、世界は混沌を脱し、秩序立てられます。
    英語の場合、S・V・O・C・Mと、各品詞の名称と働きを理解すれば、大抵のことはどうにでもなります。
    知識の伝達がスムーズになるのです。


    中1の初めの頃はどうなることかというほどbe動詞の扱いに戸惑っていた子もやがて精神的に成長していきます。
    ある子が高1になったとき、以下のことを説明したことがあります。
    分詞の限定用法・叙述用法の解説をしたときです。
    分詞の限定用法は、名詞を修飾する用法。
    それは形容詞と同じ働きをするということ。
    分詞の叙述用法は、SVCやSVOCのCの用法。
    それは、形容詞と同じ働きをするということ。
    つまり、分詞は動詞が形容詞化したもの。
    分詞は、形容詞なんだね。
    形容詞の前にはbe動詞を置くよね。
    進行形の~ingの前にも、be動詞を置くね。
    受動態の過去分詞の前にも、be動詞を置くね。
    全部、同じだね。
    普通のSVCの分析とはまた違うことだけど、なぜbe動詞を置くのかだけは、納得がいく気がしない?
    「・・・・ああっ」
    悲鳴にも似た声が、その子から上がりました。
    進行形の文、受動態の文で、be動詞を使うこと。
    その構造に別の方向から光が当たって理解できたのでしょう。

    こういう感動を共有できることが英文法を教え学ぶ喜びだと感じます。
    勿論、be動詞の誤用など、その子の場合は2度と起こらなくなりました。
    覚醒したのです。

      


  • Posted by セギ at 13:04Comments(0)英語