たまりば

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お知らせ

2017年09月22日

2次方程式の解と係数。


2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
α+β=-b/a , αβ=c/a

これが「2次方程式の解と係数の関係」と呼ばれるものです。
非常に単純なことであるにも関わらず、全く理解できない子や、そのときは理解してもすぐ忘れてしまい活用できない子の多いところです。
何がいけないのだろうと考えるに、まず「α」「β」という文字遣いがいけないのでしょうか。
もっと親しみやすい文字だったら、もう少しとっつきやすいのかもしれません。

α(アルファ)やβ(ベータ)はギリシャ文字です。
数学では他にギリシャ文字のɤ(ガンマ)、ω(オメガ)、θ(シータ)、Σ(シグマ)などを良く使います。
「何でそんなの使うの!余計にわからなくなる」
と頭の硬いタイプの子は不平を言いいます。
でも、種類の異なる事柄を語る際には、アルファベットとは種類の異なる文字を使ったほうが、むしろわかりやすいと思います。

ギリシャ文字を使うのは、これが初めてのわけでもありません。
中学1年生から馴染んでいる円周率π(パイ)。
あれも、ギリシャ文字です。
なぜπにはあまり抵抗感を抱かないのでしょう。
こんな文字は使いたくないと怒りだす中学生は見たことがありません。
それは、πがあまりにも便利だから、その喜びに、他のことはどうでもよくなるからでしょうか。
×3.14の計算からこれで解法されるという喜びが、「πって見たことないけど何なの?」という違和感を凌駕するのでしょう。
結局、違和感や抵抗感は、本人の気持ちの問題なのでしょう。
それを数学嫌いの口実に使うのは、自分の将来を狭めるだけで、勿体ないです。

とは言え、テキストに突然ギリシャ文字が表れて、何の説明もなされないとなると、違和感があるのも事実。
仲間内の集まりと聞いていたのに突然知らない人が参加していて、誰も何にも説明してくれないような感じはするでしょうか。
だから、最初に出てきたときに、紹介してあげれば良いのでしょう。

ギリシャ文字のアルファとベータが今後は登場します
aやbなどの英文字を使っているところに、それとは種類の違う数量を表したいときに使います。
アルファは、上からひと続きで書きます。
ベータの書き順は、下からひと続きです。
お見知りおきを。

これくらいの紹介をするだけで、案外すんなり受け入れてもらえるものなのかもしれません。

さて、本題に戻って。
解と係数の関係に関する問題を少し解いてみましょう。

問題 2x2+bx+c=0の2つの解が1と3であるとき、b、cの値を求めなさい。

これの地道な解き方としては、x=1、x=3をそれぞれ代入して、2本の式を作り、連立方程式として解く方法があります。
x=1を代入すると、
2+b+c=0 ・・・・①
x=3を代入すると、
18+3b+c=0 ・・・②

②-①をすると
16+2b=0
   2b=-16
    b=-8 ・・・③
③を①に代入して
2-8+c=0 
     c=6
よって、b=-8、c=6

しかし、以下のように解くこともできます。
x=1,3 である2次方程式の1つは、
(x-1)(x-3)=0 である。
これを展開して、
x2-4x+3=0
全体を2倍して、
2x2-8x+6=0
これは 2x2+bx+c=0 と同じものだから、係数を比較して、
b=-8、c=6

はるかに簡単に同じ答えが出てきました。
x=1,3 が、なんで (x-1)(x-3)=0 になるのかわからないという質問をときどき受けるのですが、これは、2次方程式を解く作業を逆転させていると考えてください。
(x-1)(x-3)=0
と因数分解された2次方程式の解は、x=1,3 ですね。
その逆を行っています。

ここまでくると、一番上で説明した解と係数の関係もわかってきたかと思います。

証明してみましょう。
2次方程式 ax2+bx+c=0 の2つの解をα、βとすると、
(x-α)(x-β)=0 が成り立つ。
これを展開して、
x2-αx-βx+αβ=0
x2-(α+β)x+αβ=0 ・・・・①
ここで、ax2+bx+c=0 の全体を1/a倍すると、
x2+b/ax+c/a=0 ・・・②
①と②は同じものであるから、係数を比較して、
α+β=-b/a 、αβ=c/a
これが、解と係数の関係です。

こんなの何に使うのかというと。
忘れた頃に応用問題でガンガン使うことになります。
どうぞ、お見知りおきを。
  


  • Posted by セギ at 11:01Comments(0)算数・数学

    2017年09月17日

    9月30日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    9月16日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回は、相加平均と相乗平均の話です。

    言葉がまず少し難しい印象ですね。
    相加平均は、小学生の頃からお馴染みのいわゆる「平均」です。
    n個の数の和をnで割ったものです。
    一方、相乗平均は、n個の数の積のn乗根となります。

    ところで、まだ「指数関数・対数関数」の単元を学習していませんので、この「n乗根」というのが厄介です。
    今回の学習内容では、そこまで話を拡大する必要がありませんので、2つの数に限って話を進めましょう。
    今回欠席された方は、テキストp18の14番は解かないでください。
    質問もご遠慮ください。
    いずれ「指数関数・対数関数」を学習するときに、しっかりやっていきましょう。

    2つの数に限定して説明すると、
    相加平均は、2数aとbとの和を2で割ったもの。つまり(a+b)/2。
    相乗平均は、2数aとbの積の平方根。つまり、√ab です。

    a≧0、b≧0のとき
    (a+b)/2≧√ab
    等号はa=bのとき成り立つ。

    これが、
    相加平均≧相乗平均
    定理です。

    証明もそんなに難しくありません。
    左辺-右辺をやってみましょう。
    左辺-右辺≧0 となれば、左辺≧右辺 ですね。
    (a+b)/2-√ab
    これをまず通分します。
    =(a+b-2√ab)/2
    中3で学習した因数分解の公式が使えそうです。
    =(√a2+√b2-2√ab)/2
    =(√a-√b)2/2≧0
    よって左辺≧右辺となります。
    等号は√a-√b=0、すなわち a=b のとき成り立つ。

    相加平均≧相乗平均 の定理は、分数のままだと使いにくいので、両辺を2倍して、
    a+b≧2√ab
    の形で利用することが多いです。
    では、利用してみましょう。

    問題 a≧0、b≧0とする。
    (a+1/a)(b+1/b)≧4 を証明せよ。

    左辺の( )内がそれぞれ和の形になっています。
    文字の並びからして相乗平均したら右辺のように文字が消えて数字だけが残りそうです。
    これは、相加平均≧相乗平均 の定理が使えるでしょう。

    相加平均≧相乗平均 より
    a+1/a≧2√a・1/a
    a+1/a≧2√1
    a+1/a≧2 ・・・①
    同様に、
    b+1/b≧2 ・・・②
    ①×②をすると
    (a+1/a)(b+1/b)≧4
    等号はa=1/a かつ b=1/b すなわち、a=b=1のとき成り立つ。


    見た目は似ているようでも、全ての問題で相加平均≧相乗平均を使うわけではありません。

    問題 a≧0、b≧0のとき、√2(a+b)≧√a+√b を証明せよ。

    これも、相加平均≧相乗平均 を使うのだろうかと悩む高校生がときどきいますが、試しに使ってみると、すぐに式がグチャグチャになってきて行き詰まることがわかると思います。
    あれこれ悩む前に、可能性を感じるのならやってみたら良いと思います。
    手は動かさないのに、「使えるの?使えないの?どうやって見分けるの?」と質問する高校生は多いのですが、手を動かし、試行錯誤すれば、見分けがつくようになります。
    そうなる前に説明だけ聞いて見分けようとしますと、その説明が長くしかも細かくて何を言っているのかわからないということが起こりがちです。

    さて、上の式はa≧0、b≧0ですので、左辺も右辺も正の数であることがわかっています。
    ならば、それぞれ2乗しても大小関係は変わりません。
    だから、それぞれ2乗してみましょう。
    左辺2-右辺2
    =2(a+b)-(√a+√b)2
    =2(a+b)-(a+2√ab+b)
    =2a+2b-a-2√ab-b
    =a-2√ab+b
    =(√a-√b)2≧0
    よって√2(a+b)≧√a+√b
    等号は√a-√b=0 すなわちa=b のとき成り立つ。

    今までのところを整理しますと、不等式を証明するには、左辺-右辺≧0 を示すのですが、そのためには、
    ①平方完成する
    ②相加平均≧相乗平均 を利用する
    ③全体を2乗する
    これらのうちのどのテクニックを使うかは、その問題ごとに自分で判断します。
    判断がつかないうちは試行錯誤してみましょう。
    数学の問題を解いていて一番楽しい時間は、この試行錯誤の時間だと思うのです。
    一番意味のある時間でもあると思います。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  9月30日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「等式・不等式の証明」を続けます。p19の問題15が宿題です。

    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。



      


  • Posted by セギ at 13:03Comments(0)大人のための講座

    2017年09月13日

    2次関数。放物線と直線の交点。


    放物線と直線の交点に関する問題は、中3の「2乗に比例する関数」でまず学習します。
    放物線の式と直線の式とを連立して解けば、交点の座標を求めることができます。
    そんなに難しい内容ではないのですが、このことに対する理解は大きく3段階に分かれます。
    どうしてそのようにして求められるのか、深く理解している子。
    どうしてそのようにして求められるのかはあまり理解できないが、作業手順として覚えている子。
    作業手順もなかなか覚えられない子。

    作業手順として覚えているのなら正解は出せるのだからまだ良いのではないかという考え方もありますが、深い理解をしていない場合、この知識を座標平面上の図形などの応用問題に活かせないことが多いのです。
    応用問題を解く際に、
    「とにかく、今求められるものを求めてみよう。その値は絶対使うから」
    などと声をかけても、何を求められるのかわからず、ぼんやりしてしまう子は、作業手順だけを覚えてきた子です。

    「放物線と直線の式は問題に書いてあるでしょう?だから、交点の座標は求められるよね?」
    「え?そうなんですか?」
    「そうだよ」
    「え?どうやって求めるんですか?」
    「・・・・・」

    基本問題の作業手順として覚えただけなので、他の場面では使えないのでしょう。
    作業手順は、しばらく作業しないでいるとやり方を忘れてしまうのも欠点ですが、使い回しが効かないのが一番残念な点です。

    放物線も直線も、それぞれ、同じ性質を持った点の集合です。
    その性質とは、その点のx座標とy座標との関係が同じということです。
    その関係を表しているのが放物線や直線の式です。
    放物線y=2x2上の点は、どの点もそのx座標とy座標は、y=2x2という関係があります。
    直線y=-x+3上の点は、どの点もそのx座標とy座標は、y=-x+3という関係があります。
    だから、その放物線と直線との交点は、その2つの式の両方の関係を持っています。
    2本の式を連立して解けば両方の性質を持っているxとyが出てきます。
    交点の座標が求められるのは、そのためです。

    こうした説明が深く入っていく様子がないのが、作業手順を覚えることに流れてしまう子の特徴です。
    上の説明の何かがわからないということはない様子です。
    しかし、上の説明の内容の重要性が理解できない。
    深く入っていかない。
    他のことと結びつかないのです。

    ですから、
    「次の放物線と直線の交点を求めなさい」
    という基本問題ならば解けるのですが、応用問題の中でそのことを活かしていくことができないのです。
    頭の回転は速いのに、何でそうなってしまうのかなあと不思議に感じる子は多いです。
    小学生の頃から、「勉強することは作業手順を覚えること」という頭の働かせ方をしてきたのかなあと想像するのですが、確証はありません。


    問題 放物線 y=kx2+2x+5 と直線 y=-2x+3 の共有点の個数を求めよ。

    これは、高校数学Ⅰの2次関数の問題です。
    共有点とは、交点ないし接点ということです。
    上の放物線と直線の共通の性質を持っている点ということですから、2本の式を連立して解けばいいですね。
    どちらもy=  の形ですから、代入法を用いて、
    kx2+2x+5=-2x+3
    とします。
    これは2次方程式ですね。
    左辺に集めましょう。
    kx2+4x+2=0
    これの解が、放物線と直線の共有点のx座標です。
    ですから、解が2つあれば、共有点は2個あります。
    解が1つならば、共有点は1個です。
    解がないならば、共有点はありません。

    解の個数が、共有点の個数。
    だったら、判別式が使えますね。
    上の2次方程式の判別式をDとすると、
    D/4=4-k・2=4-2k
    4-2k>0とすると、
     -2k>-4
       k<2
    よって、
    k<2のとき、共有点2個
    k=2のとき、共有点1個
    k>2のとき、共有点はない。

    これが上の問題の解答となります。

    この問題、説明を聞いている間は理解できたはずなのに、時間が経つと、ふっとわからなくなる人がいます。
    「あれ?判別式って、放物線とx軸の共有点の個数を判別するものなのに、何で放物線と直線の共有点の個数も判別式でわかるんだろう?直線は斜めになっているのに・・・」

    ここでもう一度確認したいのは、判別式というのは「放物線とx軸との共有点の個数を判別するもの」という定義は誤りだということです。
    そのために使うことはできるけれど、そのためのものではありません。
    判別式は、2次方程式の解の個数を判別するものです。
    上の問題では、まず放物線の式と直線の式とを連立して2次方程式を作りました。
    その解の個数は、放物線と直線との式との共有点の個数を表します。
    だから、判別式を利用して共有点の個数を判別できるのです。

    この説明も、深く理解できる子もいれば、もうわからないから作業手順だけ覚えますという子もいます。
    作業手順だけ覚えていくには、この先の内容は複雑過ぎるので、何とか少しでも理解を深めてほしいところです。
    まだ理解できるはずのところで諦めてしまうと、この先は大変なんですよ。
    ( ;∀;)

      


  • Posted by セギ at 13:22Comments(0)算数・数学

    2017年09月11日

    倉岳山でゲリラ雷雨にあいました。2017年9月。


    2017年9月10日(日)、山梨県大月市の倉岳山を歩いてきました。
    この前行ったのが、5年前の2012年11月。
    ちょうど紅葉の盛りで、山中が黄色く染まっていました。
    今回は、まだ夏の名残りの濃い山歩きです。

    中央線鳥沢駅。9:25。
    登山姿で電車を降りたのが私1人ということに軽いショックを受け、駅前広場のトイレが工事中で使用できないことにさら大きなショックを受けつつ、出発。
    代替トイレの地図は出ていましたが、ちょっと遠いようなのでパスしました。
    駅の出口は線路の北側でした
    まずは梁川駅に戻る方向に、甲州街道を歩いていきます。
    5年前の記憶でも地図の記載でも、最初の踏切を右折したはずですが、その少し手前に「高畑山」の道しるべと高架下のトンネルがありました。
    試しに行ってみることにしました。
    トンネルは低く狭く、背をかがめて通過。
    舗装はされていますが車の通らない道に出て、こちらの道のほうがストレスがありません。
    先程と同じ方向に歩いていくと、ずっと前を歩いていた人と道の突き当たりで遭遇。
    やはり、踏切を渡るよりもこちらのほうが近道のようです。

    後は「高畑山・倉岳山」の道しるべの通りに歩いていきました。
    道しるべがないときは道なりに進みます。
    曲がるときには必ず道しるべがありました。
    橋を渡り、大きな道路とは別れて、登り坂を行くと集落へ。
    ここからの道は入り組んでいましたが、道しるべも豊富でした。
    そして、道は柵に突き当たりました。10:00。

    柵の右端は開閉でき、人が通れるようになっていました。
    そこは貯水池周辺で、舗装はされていないものの車の通れる広い道がしばらく続きます。
    陽当たりが良く、草いきれの中の暑い道をとぼとぼ歩いていくと、「熊出没注意」の看板があり、ここから登山道でした。
    そこからはずっと沢沿いの木陰の道で、助かりました。

    5年ぶりでも記憶に鮮明な、荒れた登山道です。
    踏み跡はあるのですが、ここが正規の道なのかなあと不安になる道です。
    沢にかかる鉄骨4本を並べた橋は、1本が少し離れてしまっていて、結果3本分の道となり、ちょっとストレスを感じました。
    狭いなあ。
    用心して通過しました。
    あとは、飛び石で沢を越える箇所がありますが、飛び石1つで越えられる狭く浅い沢ばかりですので、特に問題はありません。

    石仏の分岐。10:40。
    ここからは斜面につけられた細い道を登っていきます。
    夏の終わりだというのに、斜面に草が生えていません。
    鹿が食べつくしたのでしょうか。
    草のない斜面は地滑りしやすく、以前に来たときよりも道が狭く斜めに傾いているような気がします。
    歩きにくい道を用心して歩いていくと、やがて少し道幅は広くなりました。
    暑いのでぼんやり歩いていると、目の前の登山道をヘビがすっと通過。
    斜面を下っていきました。
    体長1メートル以上はある、白っぽい灰色のへびでした。
    うわあ・・・・

    安定して歩いていけるようになると、仙人小屋跡。11:30。
    昔、仙人と呼ばれた人が住んでいた小屋の、柱だったのかもしれない1つに座って休憩しました。
    ここまで誰にも会っていません。
    5年前は紅葉の季節ということもあって、前にも後ろにも登山者がいたことなど思い出しつつ、さて出発。

    そこから斜面を直登ぎみに上がります。
    アキレス腱がよく伸びる坂道を登っていきます。
    斜面の上方に、本日初めての登山者の姿が見えました。
    急坂に手こずりながら下りてきます。
    この山、こんなにきつかったかなあ。
    5年前とは季節も違うのですが。

    斜面を登りきると、尾根に出ましたが、まだ終わりではありませんでした。
    ここから、尾根の登りが続きます。
    これもなかなかの急登でした。

    ようやく高畑山山頂。12:15。
    山頂は賑やかな女の子たちの声が響いていました。
    富士山は雲の中。
    木陰にレジャーシートを敷いて、大休憩を取りました。
    はあ暑かった。

    おにぎりを食べていると、女の子たちが出発していきました。
    先頭と最後尾に大人の男性がいたので、女子校の山岳部でしょうか。
    ほぼお揃いの登山靴でしたし。
    部員20人くらいかな。

    さて、体温が下がったので、私も出発。12:40。
    ここから尾根上を倉岳山へと縦走します。
    まずは山頂直下の急な下り。
    シモバシラの花が咲き始めていました。
    そして色々なキノコ。
    違う種類のものを見る度に写真を撮りながら降りていきました。

    短いアップダウンを繰り返して、まずは天神山。13:20。
    狭い山頂です。
    そこからまた登り下りを繰り返し、最後に急な斜面を登っていくと、再び尾根に出ます。
    その先が倉岳山山頂でした。13:55。

    上の写真が山頂で撮影したものです。
    まだ午後2時なのに、周囲が暗くなってきました。
    ひらけた山頂なのに、まるで夕方のようです。
    これはちょっとまずい。
    休憩もそこそこに出発しました。
    歩きだして間もなく、周囲の樹木に降りかかる静かな雨の音が聞こえてきました。
    葉がさえぎるので、雨粒は落ちてきません。
    このくらいなら大丈夫かなと思う間もなく、雨は大粒になり、滝のように降ってきました。
    ゲリラ豪雨です。
    物凄い雨量でした。

    どうする?
    雨具を着る?
    この季節に雨具を着たって、中から蒸れてびしょ濡れになるのは変わりません。
    ツェルトを出して、雨宿りする?
    いっそレジャーシートのほうが横からの通気性がいいかもしれません。
    そんなことを考えていると、耳元でかけているAMラジオに「ザザッ」と雑音が入りました。

    雷だ!
    やばいやばいやばい。( ゚Д゚)

    まだ稜線がしばらく続きます。
    逃げ場はありません。
    ザックにカバーだけかけて、走り出しました。
    後ろから雷鳴。
    ラジオに雑音が走ってから少し間がありました。
    まだ遠い。

    豪雨は激しさを増し、登山道はたちまち沢となり土が流れ始めました。
    稜線上の小さなピークに上がるときは緊張しました。
    ラジオからは「ザザッ」という雑音が繰り返されます。
    そこから雷鳴が聞こえるまでの時間で、雷は遠いことがわかります。
    まだ大丈夫。
    落ち着いて。

    立野峠。14:20。
    ここからようやく稜線を離れ、下りです。
    良かった。助かった。
    やがて雨も止んできました。
    急な下りを下りきると、月尾根沢。
    沢沿いに道がつけられています。
    登山道に、丸まった状態でも体長10㎝をこえるカエルが何匹も出てきていました。
    うおおっ。

    沢が下流となり、広くなるにつれて、登山道の位置も沢より高くなり、道幅も広くなってきました。
    だんだん、遊歩道のように歩きやすくなってきます。
    木橋を1つ渡ると沢と離れ、しばらく行くと、民家の屋根が見えてきました。
    やがて、樹木が途切れ、舗装された林道に出ました。

    登山口に「登山者数を計測しています」というカウンターがありました。
    チンと押して、9000番台であることを確認。
    いつから数えての数字でしょう。
    年間?
    林道のアスファルトも雨に濡れていましたが、雨はもう止んでいました。

    ゲリラ雷雨でいったんびしょ濡れになったウエアがもう乾き始めています。
    さすが速乾素材です。
    こういうことがあるから、山の道具とウエアは本物でないとなあ。

    梁川駅。16:15。
    私より少し早めに到着したらしい人たちが、ちょうどトイレで着替えを済ませ終わったタイミングのようでした。
    「着替えないととても電車には乗れないわね」
    と話しながら無人改札を抜けていきます。
    お風呂に入れるあてのないコースでも着替えをちゃんと持っている。
    用意がいいなあ。
    感心しながら、生乾きのウエアのまま私は電車に乗りました。16:25。
    わあ、東京行きの直通電車です。
    最近の電車は冷房がそんなにきつくないので助かりました。
    そうでなかったら、山の中では平気でも、電車の中で低体温症になったかもしれません。

    やはり雨具は着るべきだったのか。
    あの稜線上で?
    どうすることが正解だったんでしょうね。
    ともあれ無事で良かったです。

      


  • Posted by セギ at 13:51Comments(0)

    2017年09月06日

    ヤゴ沢コースから景信山を歩いてきました。2017年9月。


    2017年9月3日(日)、ヤゴ沢コースから景信山を歩いてきました。
    高尾駅北口からバスに乗車。
    2台同時発車でしたが、山歩きにはまだ暑いからか、立っている人はいませんでした。
    終点「小仏」下車。9:10。
    駐車場で支度をして、出発。
    まずは舗装された林道を登っていきます。

    景信山東尾根登山口を右に見て、さらに林道を進みます。
    舗装が尽きるとすぐ右にヤゴ沢が見えてきました。
    小さな滝のようになっています。
    ヤゴ沢の左手、沢の右岸に広い登山道が整備されてあります。
    登山地図に載っていないのが不思議なくらいの良い道です。
    丸太を何本か組んだ小さな橋は何回か渡りますが、飛び石などの危険箇所はありません。

    まずは平坦な道を行きます。
    沢の冷気を感じる谷底の道はシダが繁茂しています。
    ミゾソバやミズヒキも咲いていました。
    高尾の谷には早い秋が来ているようです。
    沢と別れると、道は少し傾斜が出てきました。
    トクトクと溢れる清涼な水場を過ぎると、さらに傾斜は強くなります。
    限界を越えると道は斜面を九十九折に登り始めました。

    ここにも秋の花。
    ヤマホトトギスかな。
    ヤマジノホトトギスでしょうか。
    上の画像がそれです。

    樹間に青空が見えてきて、ふっと視界が開けると、景信山直下の四辻にぽんと出ました。
    道しるべの脇でひと息。10:20。
    ここからは、景信山への急坂です。
    少し前に来たときよりもさらに整備が進み、木段も作られていました。
    これなら下りも楽そうです。
    下の茶店のベンチは盛況。
    そこから階段を数段登って上の茶店に行きます。
    2頭の大きな番犬が静かに水を飲む脇を通り、アザミの咲く木段を上がると、景信山山頂です。10:30。
    ベンチの1つに座ると、テーブルにバッタが止まっていました。
    空には多くのトンボが舞っています。
    このトンボたちが街に降りる頃には本当に秋が来ますね。

    まだ時間は早いですが、今日は足慣らしなので、もう戻ります。
    下りは、やはりかなり歩きやすくなっていました。
    たたらを踏んでしまうことなく降りていけます。
    四辻まで戻り、さて小仏城山へ。
    ちょっと歩きにくい下り坂と平坦な道が繰り返されます。
    最後に大きく下ると小仏峠。
    そこから急な登り返しでひと汗かくと、相模湖の見渡せるベンチに出ます。

    広く平坦な道がしばらく続きます。
    秋の紅葉の頃のこの辺りは特に印象深いので奥高尾の中でも好きな道です。
    木段を上がり、さらに木の根の段差の道を上がっていきます。
    浅間峠から縦走してくるときなどは絶望的に疲れを感じるあたりですが、今日はまだ歩いている距離が短いので、楽に登り切りました。
    電波塔が見えてきて、小仏城山。11:45。
    ちょうどお昼どきで、ここの茶店も大繁盛でした。

    城山からはよく整備された木段の道です。
    あれ?
    赤いバイクが2台停まっている。
    近寄ってみると、消防署のバイクでした。
    何かあったのかな。
    さらに行くと、一丁平の展望台ベンチの周囲にロープが張られてありました。
    「ハチ注意」の掲示も。
    スズメバチがベンチの後ろの木に巣を作ったのでしょう。
    幸いハチの姿はありませんでした。
    以前、奥多摩を歩いていたときに、ふっと目の前を黄色く大きいハチが横切ったことがあります。
    あの黄色は、何というかプラスチックみたいな質感で、びっくりしますね。

    一丁平展望台。
    やはり富士山は雲の中でした。

    まだ疲れを感じないので、紅葉台にも登ることにしました。
    緑が深く、木段の幅が少し狭くなっています。

    紅葉台。12:45。
    この季節に紅葉台をわざわざ経由する人も少ないのか、ベンチは空いていました。
    少し休憩。
    さすがに高尾山は巻き、トイレ前の分岐を右へ。
    今日も6号路琵琶滝コースを下山しようとベンチまで行くと、「落石事故のため6号路は通行止め」という掲示がありました。
    わあ、どの辺りで落石があったんだろう。
    ベンチの先の木段は、工事現場にあるようなオレンジ色と黒で縞々に塗られた通行止めの柵が設置され、ロープが張られてありました。

    暑いから、沢沿いの琵琶滝コースを歩きたかったのですが、これは仕方ないですね。
    5号路で高尾山の直下まで戻り、稲荷山尾根を下ることにしました。
    このコースに迂回する人が多いからか、人が多いです。
    谷を挟んで左側からサイレンが聞こえてきました。
    1号路を救急車が登っていくようです。
    病人かなあ。
    暑いからなあ。

    セミの声の中、稲荷山尾根を下ります。
    ミンミンゼミとツクツクホウシ。
    くらくらするくらいに鳴いています。
    高尾の尾根はまだ夏の名残が濃いですね。
    広い登山道を追い抜いたり追い抜かれたりして、下山。14:20。
    ケーブルカーの駅からは、
    「下り乗客多数につき、ケーブルカーは折り返しすぐ発車いたします」
    というアナウンスが流れていました。
    高尾は今日も盛況でした。
    はあ、暑かった。

      


  • Posted by セギ at 15:22Comments(0)

    2017年09月04日

    9月16日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    9月2日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回もまずは「等式の証明」の続きから。

    問題 a/b=c/d のとき、(a2+c2)/(b2+d2)=ac/bd であることを証明せよ。

    前回よりも複雑になってきましたね。
    与えられた式が分数のとき、例えばaについて解いても、その結果は分数になり、しかも文字が3種類残るので、左辺=右辺を示すことは難しそうだと見通せます。
    こんなとき、別の文字kを登場させるというテクニックがあります。

    a/b=c/d=k とおく。
    すなわち、a=bk、c=dk。
    これを代入して、
    左辺=(b2k2+d2k2)/(b2+d2)
       =k2(b2+d2)/(b2+d2)
       =k2
    右辺=bk・dk/bd
       =k2
    よって、左辺=右辺

    このテクニック、とても便利ですので、覚えておきたいですね。

    問題 x/3=y/4=z/2‡0 のとき、(x-y)2/(y2+z2) の値を求めよ。
    これも、与えられた式が分数ですね。
    ということで、これもkを使ってみましょう。
    x/3=y/4=z/2=k とおくと、
    x=3k、y=4k、z=2k。
    これを代入して、
    与式=(3k-4k)2/(16k2+4k2)
       =k2/20k2
       =1/20

    わあ、約分でkが消えて、式の値が出てきましたー。(^^♪
    これは、やはり便利ですね。
    こういうテクニックは、忘れた頃にまた別の単元で使うことになりますので、決して忘れないようにお願いいたします。

    本日、学習はスラスラ進み、次の「不等式の証明」に入りました。
    不等式は、左辺と右辺がお互い文字式のままでは、大小なんてわからないのではないかと思いますよね。
    文字の値によって大小なんて違ってくるんじゃないの?
    そんなものをどうしたら証明できるのでしょう。
    勿論、個々の文字の値が何であるかによって大小が異なる場合がほとんどです。
    証明できるものはごく一部です。
    ただ、練習するのは、証明できるものだけなのです。
    では、どんな場合に証明できるのか?

    左辺-右辺≧0
    を証明できれば、
    左辺≧右辺 ですよね。
    そして、左辺-右辺を何かの2乗の形にできるなら、それは0以上の数でしょう。
    実数の場合、2乗すれば必ず0以上の数になりますから。
    不等式は、これを用いて証明します。

    問題 x4+y4≧x3y+xy3 を証明せよ。

    左辺-右辺
    =(x4+y4)-(x3y+xy3)
    =x4+y4-x3y-xy3
    項の順番を変えてみましょう。
    =x4-x3y-xy3+y4
    ここで、共通因数で括ります。
    =x3(x-y)-y3(x-y)
    ( )の中身が共通因数となりましたので、さらに括れますね。
    =(x-y)(x3-y3)
    後半の( )の中身は、さらに因数分解できますね。
    3乗の公式を使います。
    =(x-y)(x-y)(x2+xy+y2)
    =(x-y)2(x2+xy+y2)

    さて、ここまで因数分解して、前半の(x-y)2は、2乗ですから、必ず0以上になりますね。
    後半の x2+xy+y2 は、どうでしょうか。
    これだけ、さらに平方完成してみましょう。
    平方完成を覚えていますか?
    数Ⅰの「2次関数」でやりましたね。
    頂点の座標を求めるために式を変形する方法です。
    xについての文字式と考えて平方完成しますので、yはxの係数として扱います。
    x2+yx+y2
    =(x+1/2y)2-1/4y2+y2
    =(x+1/2y)2+3/4y2≧0
    この式は、前半も後半も2乗の形になっています。
    だから、どちらも0以上の数だとわかります。
    0以上の数同士を足しても、0以上です。
    よって、この式は、0以上です。

    元の式に戻りましょう。
    (x-y)2(x2+xy+y2)
    これは、0以上の数と0以上の数の積であることがわかります。
    よって、元の式も0以上です。
    左辺-右辺≧0
    左辺≧右辺

    さて、≧のように、等号が含まれている不等式の場合、どんなときに等号が成り立つかを書き添えるのが慣例です。
    (x-y)2{(x+1/2y)2+3/4y2}=0
    は、どんなときに成立するでしょうか。
    前半の( )または後半の{ }の中身が0ならば、積は0ですね。
    よって、x-y=0 または、x+1/2y=0かつy=0
    となります。
    これを整理すると、
    前半は、x=y ですね。
    「または」の後のほうは、y=0をx+1/2y=0に代入すると、
    x=0となり、よってx=y=0です。
    これは、前半のx=yの1例と考えることができます。
    よって、等号は、x=y のときに成り立ちます。

    以上、今回はスラスラと2回分は進みましたので、欠席された方は、ここまで自習をお願いいたします。
    次回は、相加平均≧相乗平均 の話をしましょう。

    次回の数学教室のお知らせです。
    ◎日時  9月16日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「等式・不等式の証明」を続けます。p18から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。



      


  • Posted by セギ at 14:37Comments(0)大人のための講座

    2017年09月01日

    判別式とは何か。


    画像は、数年前に訪れた朝日連峰に咲いていたトモエシオガマ。
    今年の夏は全く山に行けなかったですが、また何日もかかる大きな山を歩きたいなあ。

    さて、本日は判別式の話です
    判別式は、2次方程式の解の公式の√ の中身の部分です。
    すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の判別式Dは、
    D=b2-4ac
    bが偶数である場合は、もう1本の解の公式の√ の中身を使います。
    4/D=(-b')2-ac

    これらの判別式、何を判別するのかというと、この2次方程式の実数解の個数を判別します。
    2次方程式の解の公式を確認しましょう。
    x=-b±√b2-4ac /2a ですね。

    もしも、√ の中身が0であるなら、この解は、
    x=-b/2a±√0
     =-b/2a
    となってしまいます。
    すなわち、これが重解。
    解が1つの場合です。

    √ の中身が負の数の場合はどうでしょうか。
    2乗して負の数になる数は、実数の中には存在しません。
    例えば、√-2 などの数は、実数には存在しませんね。
    だから、この2次方程式の実数解はないということになります。

    √ の中身が正の数の場合は、普通に、解は2個存在します。

    このように、√ の中身が0か、0未満か、0より大きいかで、解の個数が判別できます。
    そこで、√ の中身の部分を判別式と呼んでいるのです。

    まとめると、
    D>0のとき、実数解2個
    D=0のとき、実数解1個
    D<0のとき、実数解はない

    実数解の個数なんて、方程式を解けばわかることなのに、こんなの何に使うんだろう。
    判別式を初めて学習し、解の個数を判別するだけの基本問題を解いているとき、高校生は、そんなふうに感じてしまうことがあるようです。
    ひどく無意味なことをやらされている気がするのでしょうね。
    しかし、基礎訓練に意味を求めても仕方ないのです。
    教えられたことを理解しているかどうかの確認をしているだけですから。

    判別式は、2次方程式を解いている間は、さほど意味をなさないものです。
    問題は、ここから。
    2次関数と2次方程式との関係をまず考えてみましょう。
    ax2+bx+c=0
    という2次方程式は、
    y=ax2+bx+c
    という2次関数のy=0のとき、と考えることができます。
    y=0とは、どんなときでしょうか。
    それは、座標平面で言うなら、x軸上にあるとき、ということです。
    すなわち、2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
    2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標であるということができます。

    ここで、数学が苦手な高校生の反応は例によって、
    「言っていることが全くわからない」
    か、
    「言っていることが当たり前すぎて、何にも刺さらない。だから、何?」
    となりがちです。

    そして、このことの重大さが理解できず、何となく通り過ぎた先に、これが大切なことだと認識できなかったために理解できなくなる多くのことが立ちはだかるのです。

    もう一度書きます。
    2次方程式 ax2+bx+c=0 の解とは、
    2次関数 y=ax2+bx+c とx軸との交点のx座標です。

    ここで、「え?」「え?」「え?」となってしまう人の中には、y=0の点はy軸上にあるという誤解をしている子もいます。
    こういう誤解はしつこく本人を苦しめるようで、そのときは理解しても、また何度でも混乱が起こります。
    一度間違えて覚えてしまったことはなかなか消えず、どちらが正しかったか、またわからなくなるようなのです。
    その度、そういう誤解をしているのではないかと察して補足説明をしてあげると、その先に進むことができます。

    「x軸との交点」とか「x座標」という言葉遣いがわかりづらくて苦手という子もいるようです。
    これらは一度きちんと定義されていますので、この用語を使うからこそ内容が正確に伝達できるものなのですが、その定義をきちんと覚えなかった子にとっては、難しい用語ばかり使われるのでわからない、となるようです。

    中学3年生に乗法公式の授業をしていたあるとき、その子が、
    「先生、この式もほぐすんですが?」
    と訊いてきたことがあります。
    「ほぐす?」
    「だから、ほら」
    「・・・・ほぐすって?」
    「ええと、どういうんでしたっけ」
    「・・・・展開するということですか?」
    「そうそう、それ」
    「・・・・ほぐすでは、伝わらないですよ」
    「えー。どうしてですか。感じが出ていませんか」
    「ニュアンスで数学を語っても、他人には伝わりませんよ」
    私は意地悪で理解しなかったのではなく、その子が何を言っているのか、本当にわからなかったのです。
    自分だけが理解できる表現で伝えても、他人には伝わりません。
    特に数学のように、緻密な内容を正確に伝えなければならないとき、自分だけが理解できる表現で伝えるのは無理があります。
    だから正確に定義された用語が必要となります。
    しかし、中高生は、まだ主観的な感覚から客観的な感覚へと脱却する途中にある子が多く、正確に定義された用語をむしろ嫌うのかもしれません。
    先人が正確に定義した用語よりも、自分の感覚で作った表現のほうが好ましいのでしょうか。

    これは英語の例になりますが、文法を学習していて、
    「これは知覚動詞だから、SVOCのCは原形不定詞か分詞になるでしょう。だから、この四択問題は、原形が正解なんですよ」
    といった説明をしていたところ、生徒が目を白黒させていたので、
    「うん?わからない?どこからわからない?」
    と質問しますと、
    「いや、時間をかければわかるんですけど、『チカクドウシ』と聞くと、他の字が頭の中に浮かぶんです」
    「・・・・どんな?」
    「地殻変動の地殻とか・・・」
    「・・・・今、地殻変動の話はしていないと思いますが」
    「わかっているけど、浮かぶんです」
    「・・・・・」

    英語が得意な子には「これは知覚動詞だから」まで説明すれば一瞬で通じることが、苦手な子には「知覚動詞」という用語がむしろ障壁になることがあるのかもしれません。
    用語の定義を覚えられない。
    頭の中で漢字変換すらできず、混乱する。
    それはわかるんですが、だからといって、書店などで売られている「こうすれば英文法がスラスラわかる」的な本に、
    「僕は、この動詞を『感じる動詞』と呼ぶことにしています」
    などと書いてあると、むしろ、あなたのくだらない造語を私に押し付けるのは勘弁してくれと思うのです。
    そんな使いまわしの効かない言葉を覚えるくらいなら、まっすぐ「知覚動詞」という言葉を覚えるほうが近道です。
    どの文法書にもその言葉は使ってあり、それで説明してあるのですから。
    それがわかるほうが有益でしょう。
    わかりやすく説明することとくだらない迎合とは別のことだと思うのです。
    とっつきにくく感じるからといって正しい用語を全て馴染みやすい別の言葉に言い換えていたら、定義がブレて、正しい知識の伝達ができなくなる可能性があります。
    「知覚動詞」と言うだけで、それが何を意味するか共通の認識が持てます。
    だから、正確な説明ができます。

    専門用語は無駄に使っているわけではなく、必要だから使っているということが、主観的な子たちにはなかなか理解できないことなのかもしれません。
    必要性がわからないから、覚える気がしないという側面もあるのでしょう。
    専門用語は使うけれど、意味がわかっていないようなら逐一定義に戻る。
    そうやって授業をしています。
    それも個別指導の良いところでしょう。

      


  • Posted by セギ at 14:13Comments(0)算数・数学

    2017年08月26日

    文章を読解できない理由。



    夏期講習に入り、高校3年生の英語の授業は過去問を使って実践的な演習を始めています。
    最近の5~6年の過去問はもう少し入試が近づいてから解きたいので、それ以前のものや受験する可能性のない学校の過去問を、この時期の演習には使用します。
    その中で、英語力にそんなに課題があるわけではないのに、共通して解けない問題があるのを発見することがあります。

    例えば、ある論説文。
    大体、こんな内容です。
    若者がイヤホンを使用し電車の中で音楽を聴いている光景も当たり前になった。
    他人に迷惑をかけずに電車内で音楽を楽しめるのは良い点ではあるが、彼らは、電車の中という公共の場でも他人と接触することがなく、それぞれに孤立している。

    このような文章に関しての、第1問。
    「筆者は、電車でイヤホンを使用することの利点は何であると述べているか」
    これは四択問題で、正解は、
    「他人に迷惑をかけずに音楽を楽しめること」
    という選択肢なのですが、この夏、この問題を解いた3人が3人とも間違えて次の選択肢を選んでしまいました。
    「電車の中でも他人と接触せずに済む」

    ( 一一)
    筆者はそれをむしろ否定的に書いています。
    しかし、生徒たちはそれを利点と感じるせいなのか、そのひっかけに見事に騙されていました。

    また別の英文。
    それは、仕事と余暇に関する文章でした。
    以下のような内容です。
    週休2日制が普及し、以前と比べて余暇の時間が増えている。
    しかし、余暇の時間を持て余している人も多い。
    従来、余暇は仕事をより良いものとするための休息の意味合いが大きかった。
    生活において仕事が第一であり、余暇は仕事を能率的にこなすための休息であった。
    しかし、近年、生活の中心は家庭であったり趣味であったりとする考え方が生まれている。
    そうした考え方においては、余暇は仕事のための休息ではない。
    だが、従来の仕事中心の考え方に影響されている人もまだ多い。
    そうした人たちは、余暇の時間に遊ぶことに罪悪感を覚えることがある。
    だから、余暇を仕事に使ってしまったり、余暇の時間に別の仕事を探してしまったりする。
    仕事と余暇とのバランスをもっと考えていくことが必要である。

    この文章に対する最後の設問。
    「筆者がこの文章で最も述べたかったことは何か」

    正解は、
    「仕事と余暇とのバランスをもっと考えていくことが必要である」
    という選択肢です。
    しかし、生徒たちが選んだのは、
    「近年、ますます余暇が増えている」
    という選択肢でした。

    ・・・いやいや、それは単なる事実で、筆者が最も言いたかったことではないです。
    ( 一一)



    なぜ、ここを間違えてしまうのでしょうか。
    1人正解できない人がいたというだけなら、その子の読解力の問題ですが、さまざまな英語力の3人が3人とも、同じところで間違えるとなると、何か他に理由があるのかもしれません。

    これは、国語においても言えることだと思うのですが、彼らは、文脈を正確に追わず、主観で文章を読んでしまったのではないかと思うのです。
    イヤホンの件で言えば、筆者が否定的に述べていることが、自分にとっては魅力的なことだったので、否定的にとらえることができなかったのではないでしょうか。
    仕事と余暇のバランスに関する文章は、自分の生活や考えとかけ離れていて、筆者の言っていることが理解不能だったので、そこを避け、自分が理解できる選択肢しか選べなかったのかもしれません。


    それで思い出したのは、この夏、中3の夏期講習で国語の読解をしていたときに、本文中のいくつかの傍線部を「事実」と「意見」に分けるという比較的単純な問題を正答できない生徒もいたということです。
    学力的には問題のない子です。
    申し分ない学力の子が「事実」と「意見」を区別できないことに私は内心驚いたのですが、そもそも、そのような観点で文章を読んだことがないのかもしれません。
    筆者の意見と自分の意見、あるいは意見と事実とを区別できないまま、曖昧な状態で文章を読んでいるのでしょうか。

    もっとテクニック的に、文章中のA内容(世間の常識的な概念)とB内容(筆者の考え)とをサクサク対比して、選択肢をザクザク消してさっさと正解を出していく国語読解法を指導しようと思っていたのですが、ああ、この子たちはもっと手前だと感じました。
    文章を読んだ経験がとにかく足りない様子です。

    しかし、そういう話になると、「本をもっと読みましょう」という結論になりがちです。
    それは勿論悪いことではないのですが、そういうときの「本」は、たいてい物語や小説で、文章の構造そのものが違いますから、上にあげたような論説文は読み慣れないままとなる可能性が高いのです。
    小説も読めない子なら、まず小説から読めばいいでしょう。
    しかし、学力が高い子は、小説ならまあまあ読解できる子が大半です。
    問題は、論説文が読めないこと。
    そんな文章、どこで読めばいいのでしょうか?
    学校の図書室を探しましょうか。
    あれ?
    学校の図書室に論説文なんてありましたっけ?
    誰が書いたどんなタイトルの本が論説文なんでしょう?

    模試や入試に出題される論説文は、新聞や雑誌に掲載されたものが大半です。
    評論集としてまとめられているものもあるでしょう。
    しかし、生徒はそういうものに触れる機会がほとんどありません。
    読もうと思っても、どこに載っているのかわからないのです。
    ですから、論説文を読むには、論説文の問題を解くのが一番手軽で確実です。
    日常的に国語の論説文問題を読み、解いていくことで、論説文の読解力がついていきます。
    普段読んだこともなく、解いたこともないから、たまに模試や入試で解こうとしても、どう読んでいいかわからないのですね。


    ところで、国語の場合は物語文は得意だが論説文は苦手という子が多いですが、英語になるとそれが逆転しがちなのも面白い傾向です。
    英語の場合、論説文なら読み取れるのに、小説やエッセイになると、何が書いてあるのかわからなくなる子は多いです。
    近年、大学入試の英語問題に小説が用いられることは少なく、実用的な英文を読み取れることが第一とされてはいますが、たまに英語で物語文を読むと、ある程度の英語力のある子でも、内容をほとんど読み取れないことがあります。
    ユーモラスな文章、ジョークを交えた文章は特に読み取れない様子です。

    例えば、こんな文章。
    オーストラリア出身の若者が、ロンドンで生活しています。
    ガーデニングで庭に穴を掘っていると、近隣の人に声をかけられます。
    「プールでも作っているのかい?」
    「いや、故郷に帰ろうと思ってね」

    問題 この若者の返答の意味を面白さがわかるように説明しなさい。

    この問題に正答できた生徒は、今のところ1人も存在しません。
    正解を説明してあげても、それの何が面白いんだという顔をしています。

    その他にも、英語で書かれた小説やエッセイは、例えばヨットでサルが暴れていたり、日本人なのにネイティブ・アメリカンと間違われ続けたり、屋根裏部屋に幽霊が出たり、頭の中に空洞があることに気づいたりと、生真面目に英文を読んでいる高校生ほど書いてあることが理解不能であるらしく、なかなか正答できない様子です。
    英語で書いてあることは真面目なことだと思いこんでいるのかもしれません。
    英語で読むだけでもハードルが高いのに、書かれてあることが予想外に突飛な内容だと、自分が正しく読み取れている自信が持てない。
    英語はもっとありがちな、環境問題とか、異文化コミュニケーションの大切さとか、そういう教科書に載っているような内容が書いてあるほうが読みやすい。
    ・・・わかりますけれど、少し頭の硬い考え方だなあとも思います。
    結局、それも、英文を読んだ経験が不足していることが最大の原因なのでしょう。

      


  • Posted by セギ at 17:55Comments(0)英語

    2017年08月19日

    9月2日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    8月19日(土)の大人のための数学教室は、全員欠席で休講となりました。
    お盆休みから数日離れているから大丈夫かなと思いましたが、やはり皆さま忙しい時期のようです。

    そんなわけで、等式の証明の続きは次回やります。

    今日のこのブログは、この夏、生徒たちの計算する様子を見ていて感じたことを。


    算数・数学が苦手な子の多くに共通しているミスがあります。
    互いに伝達しあっているわけではないのに、同じところを同じように間違えます。
    そして、一度思い違いをするとその定着度は不可解なほど強く、なかなか正しく直りません。

    例 1/3(9x-2)+1/2(8x-4)

    文字式の計算ですね。
    そんなに難しくないはずなのですが、間違える子は、ほぼ同じようにこう間違えてしまいます。

    =3x-2+4x-4

    何をどう間違えているのか、わかりますよね?
    前半で言えば、1/3と( )の中の9xだけをかけて、-2はそのままにしてしまうのです。
    1/3が( )内の各項に平等にかかっていくことが理解できていない様子です。
    後半も同様です。


    また別の問題。
    例 2(3x-4)/5-3(2x+7)/2

    これは、分母が異なるので、通分が必要です。
    そこでは、こういうミスがあります。

    =4(6x-8)/10-15(10x+35)/10

    え?
    これは、何をしたの?

    前半の分母の5を10にするために、分子にも×2をします。
    そのとき、( )の外の2にも、( )の中にも、全て×2をしてしまったようです。
    後半も同様に、逐一×5をした様子です。

    何でさっきの問題では、( )の中の片方しかかけないという不平等なことをやっておきながら、今度は必要もないところに逐一×2をするのかなー。
    ( 一一)

    通分ではこの形のミスはしない子も、例えば方程式の「割合」に関する文章題で作った式を整理するときに、同じ性質のミスをしがちです。
    (x-1/10)(x-2/10)=7
    これを整理するとき、
    (10x-1)(10x-2)=70
    としてしまうミスは、数学の成績が「4」の子でも見られるミスです。
    右辺は700だよと教えても、きょとんとしてしまいます。
    何でそうなるのか、わからない様子なのです。
    説明すると、そのときは理解した表情にはなるのですが、ひと月もすれば、また同じミスをしてしまいます。

    計算上そんなことはあり得ない、ということを感覚的に把握していないのかもしれません。
    かけ算でつながっている部分は1つのまとまり、という感覚がないのだと思います。
    知識としてこれはしてもいい、これはしてはいけないと1つ1つ覚えるしかなく、覚えきれずに失敗するのでしょうか。

    何かが理解できていないのです。
    しかし、それは言葉で説明してもなかなか伝わりません。
    わかった顔はしますが、忘れた頃にまた同じミスが復活します。

    数に対する正しい感覚がどうしてその子の中に作られないのか。
    逆に、上のようなミスは決してしない子の、数に対する感覚は、どのように養われたものなのか。
    小学生時代に何をすれば、上のようなミスはしない子になるのか。
    難しい課題です。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  9月2日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「等式・不等式の証明」を続けます。p16から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。









      


  • Posted by セギ at 15:07Comments(0)大人のための講座

    2017年08月18日

    2次方程式と判別式。


    2次方程式の基本は中学3年生で学習します。
    平方完成による解き方。
    因数分解による解き方。
    そして解の公式。
    「ゆとり教育」の時代に除外されていた解の公式も、今では中学3年生できちんと学習します。
    高校で新出の内容というと、2本目の解の公式。
    ax2+bx+c=0
    のbが偶数の場合に使用される公式です。
    ax2+2b'x+c=0のとき、
    x=-b'+√b'2-ac
    という式です。
    普通の解の公式でも同じ解になるのですが、途中のルート内の計算が2桁×2桁などになりがちで煩雑な上、最終的には約分もしなければなりません。
    2本目の公式を覚えて利用できたほうが圧倒的に有利です。

    しかし、ここで、
    「覚えなくてもいいんでしょう?」
    と言い出す生徒が必ずいます。
    数学が苦手な子ほど、そういうことを言う傾向があります。
    公式を覚えるのが本当に苦手で苦痛で、1本目の公式でも解けるのなら、それしか覚えたくないのでしょう。
    そうして煩雑な計算をし、時間もかかり、計算ミスをして間違えます。
    ( 一一)

    一方、2本目の公式を使えば計算が楽だし速いと実感できる子は、私が強制しなくても、嬉々として覚え、使うのです。
    それを使わずに問題を解くことなど考えられないのでしょう。
    だって、とても便利なんですから。
    こうした1つ1つのことが積み重なって、計算力に差がついていきます。

    2本目の公式を覚えなさいと言われれば覚えるけれど、テストが終われば普通の解の公式も忘れてしまう子もいます。
    公式が頭の中に残らないようなのです。
    サラサラと流れる水のように入っては忘れていきます。
    数学の勉強をしていても、何も積み上がっていきません。
    そういう手応えのなさを講師が感じ始める最初も、2次方程式の解の公式であるような気がします。

    忘れたくて忘れているわけではないのはわかるのです。
    しかし、努力して覚えようとしている気配も感じません。
    覚えなくても、その場その場で必要ならばまた覚え直していけば何とかなると思っているのでしょうか。
    しかし、高校の数Ⅱで、覚えにくい公式がどれほど大量に出てくるか、教える側は知っていますので、2次関数の解の公式くらいで「覚えられない」と弱音を吐かれると困ってしまうのです。
    そんなふうでは、この先には絶望しかないのに。
    数学が本当に好きで、公式なんか一度見れば覚えられる人や、数学に対して特別な才能があり、テスト中でも公式を自力で再生できる人ならともかく、そうでないのなら石にかじりついても公式を覚えるという強い意志が必要です。
    そうでない限り、先には闇しか待っていないのです。
    足許を照らす光を自ら手放しているのですから。

    解の公式とあわせて理解したいのが、「判別式」です。
    判別式は、要するに解の公式の√ 内の部分です。
    ここが、正の数か、0か、負の数かで、2次方程式の実数解の個数を判別できます。
    「2次方程式」の単元だけでなく2次不等式でも、それ以降の単元でも、判別式はよく使うものです。
    数Ⅱの「軌跡と方程式」などでも使いますね。
    「判別式を使う」というテクニックが頭の中に知識として存在していないと、判別式を使う問題は自力では一切解けないという事態に立ち至ります。
    ですから、忘れるとまずいものの筆頭なのですが、これもなかなか定着しません。
    判別式が大切だという感覚すら定着しないことがあり、苦慮するところです。

    判別式はDで表します。
    Dは、discriminantのDです。
    意味は、そのまんま「判別式」です。

    discrimination 区別・差別
    discriminate 区別する・差別する
    といった単語が連想されますね。
    英語も一緒に覚えられて、お得です。
    ヽ(^。^)ノ

    数学のこういう文字使いに目覚めた中学生が、
    「センセイ、点PのPって、ポイントですか?」
    「あー、はい。そうですね」
    「おお、すげえっ。じゃあ、Lって、ラインですか?」
    「うん、そうですよ」
    「あー、やっぱりそうか。すげえっ」
    と、1つ1つに感動することがあり、微笑ましいものです。
    何でもいいから、何かをフックに数学に興味をもって勉強してください。
    (*^-^*)

      


  • Posted by セギ at 12:24Comments(0)算数・数学

    2017年08月06日

    戦争のことを少し。


    今もそうですが、私は夏野菜が好きです。
    高校生の頃、夏になるとよく路地物のキュウリを丸ごと1本、マヨネーズをつけてかじっていました。
    そういう私を見て、必ず母は、
    「戦争中みたいねえ」
    と言っていました。
    「戦争中はキュウリに味噌をつけて食べていたものよ」
    「・・・・・」

    キュウリと味噌のある「戦争中」は、随分とのんびりした印象でした。
    少なくとも、私が本で読んだりドラマで見たり学校で習ったりしていた「戦争中」とは違うものでした。
    母の口にする戦争中の話には「餓死」も「空襲」も「罹災」も「疫病」も「疎開」も出てきませんでした。
    キュウリと味噌と、そしてもちろんお米のある「戦争中」は、果たして戦争中なのだろうか?
    それはそれなりに豊かな生活であるような気がしたのです。
    勿論、戦争を知らない私が安易にそんなことを言うわけにいかず、黙ってキュウリをぽりぽり食べているのが常でしたが。

    太平洋戦争の頃、母は新潟市に住む旧制女学校の生徒でした。
    近隣にはまだ農家が多く、祖父の友人の農家から野菜などを分けてもらっていたようです。
    食糧を求めに来たよそ者には辛くあたったかもしれない農家の人も、以前からの知り合いには優しかったと思います。

    母は、女学校の生徒でしたが、戦争末期には動員されて軍で働いていました。
    乱数表から暗号を読み取っていたそうです。
    ときどき、軍人さんからお菓子や肉の缶詰をもらえたと言います。
    「戦争中でも、軍には何でもあったのよ」
    と母は不満げに言っていましたが、ときどきでも分けてもらえる母の立場もかなり羨ましいものではなかったかと思うのです。
    私が知識として知っている女学生の動員は、軍需工場で働かされた上にその工場が空襲されて友達は死に、自分の身体は一生残る傷を負うという、この世の地獄のようなことばかりでしたから。
    そういう話と比べれば楽そうな職場にいた母は、それでも動員で働かされたことが不満だったようです。
    「結婚前に働きたくなかったのに」
    と言っていました。
    望まない労働を強制されたというよりも、女学校を出たら仕事などせず、花嫁修業をして、良い縁談に恵まれて結婚するというあるべき人生に余計なものが挟まったことに対する不快感が先にきている様子でした。
    そういう時代だから仕方ないのですが。

    『火垂るの墓』を書いた野坂昭如氏は、神戸の戦災で幼い妹さんを亡くし、新潟に住む実父に引き取られました。
    妹さんを亡くした経緯は小説とは随分違うものらしいのですが、妹さんは亡くなり野坂さんは生き残ったという事実は変わらないようです。
    自分だけが生き延びたつらい記憶を抱えて暮らすことになった新潟での、戦争があったとは思えない豊かな暮らしへの複雑な思いが書かれた著作を読んで、母が語る断片的な思い出とそれがつながり、ああ、そういうことだと腑に落ちました。
    まして、母は、私が読んでいる本の内容には頓着せず、
    「ああ。野坂昭如さん?あの人の義理のお母さんと、私、お茶の教室が一緒だったのよ」
    などと、さらにそれを裏付ける断片をぶっ込んでくるのでした。( ;∀;)
    お茶の教室って・・・・。
    いや、それはさすがに戦争中ではなく、戦後すぐの話だと思いますが。
    戦後の混乱期、母はお茶だお花だと花嫁修業にいそしんでいたのでした。

    『火垂るの墓』はひどく読みにくい文体でつづられています。
    それは、野坂昭如さんがいかにあの主題を語りにくかったのか、その辛さがそのまま文体になったものだろうと思います。
    学生時代の夏、うんうんうなりながらそれでも一応は読んだものの、以後、読み返すのはさすがにつらく、もっぱらアニメの記憶になってしまいます。
    アニメで印象的だったのは、主人公が餓死に直面している同じときに、戦争が終わって疎開から帰ってきた女の子が晴れ晴れとクラシック音楽を聴いて平和を享受している場面でした。
    たったそれだけのシーンで、その女の子は、戦争中ですら、それほどの苦難は味わわなかったのではないかと想像されるのです。

    悲惨な戦争があっても、そんなに苦しい思いをしなかった人もいる。
    戦争は平等に不幸をもたらすものではない。

    そのことに、私は戦慄します。
    みんな平等に不幸なら、まだましなような気がします。
    そもそも、みんな平等に不幸になるなら、もう2度と戦争は起こらないのです。
    誰もそんなことはやりたがらないのですから。

    どれほど悲惨な戦争があっても、そんなに苦しい思いをしなかった人もいる。
    だから、また戦争は起こる可能性がある。

    戦争で苦しむかどうかは、財力だけの問題ではないのでしょう。
    新潟は、軍事施設のある港でしたが、最後まで大きな空襲はありませんでした。
    しかし、原子爆弾投下候補地のリストに載っていたそうです。
    なぜ、新潟には原爆が落ちなかったのか。
    そんなのは、紙一重の問題でしょう。

    戦争末期、広島と長崎に「新型爆弾」が投下された後、8月11日だったのか12日だったのか、新潟市に3つ目の新型爆弾が投下されるという警報が出され、市民が一斉に避難した日があったそうです。
    「あのときは、リヤカーを引いて皆で避難したのよ。関屋まで逃げたよ」
    母はそう言うのですが、その「関屋」は、爆心地がどこになるかによるにせよ、被災から完全に逃れられたとは到底思えない距離にある地名なのです。
    戦争中に食糧にそれほど不自由しなかった幸運など、そうなってしまったら、もう何にも関係がありません。
    歴史的事実としては、新潟に原子爆弾は落ちなかった。
    落とされる可能性も低かったことが今はわかっている。
    それでも・・・・。

    財力があれば戦争から逃れられるわけではありません。
    戦争になったとき、どうすれば自分だけは苦しまないでいられるのか。
    そんなのは、戦争を引き起こした当事者でもわからないかもしれません。
    それでも、本人はわかっているつもりかもしれない。
    それが、恐ろしい。

    終戦の日、軍で玉音放送を聴いた母は、その直後、将校の1人が抜刀して女学生に切りかかり暴れだしたのを見たそうです。
    そうでもしないと気持ちのやり場がなかったのか。
    そうでもしないと面子が保てなかったのか。
    女学生に切りかかって暴れる軍人の話は、母の話の中で最もリアリティのある話でした。

    ああ、軍人ってそういうメンタルか。
    乱心して切りかかるにしても、女学生相手なんですね。
    結局、怪我人はいなかったそうで、全部ポーズですよね。
    ああ、嫌だ、嫌だ。

    その話は、私が二十歳を過ぎてからようやく母の口から語られたことでした。
    もしかしたら、母は、子ども相手に語るべきではないもっと嫌なことも見聞したのかもしれません。

    戦争がなかったら、東京の女子大で勉強できたのに。
    母から、幾度かそう聞きました。
    戦後の混乱期の東京に、娘を出すわけにはいかない。
    そういう理由で、母の大学進学はかないませんでした。

    何となく聞き流してきたけれど、私が当たり前のように大学に進学したのは、母のそういう気持ちも背景にあったろうと思います。
    母の戦争体験をのんびりしたもののように思う私ですが、では、自分が戦争のせいで大学に行けないとなったとき、それを我慢できるのかと考えると、そんなの我慢できるわけがないのです。
    本で読んだだけの悲惨な話に頭でっかちになり、小さな不幸に共感できないなんて。
    薄っぺらいのはむしろ私でしょう。

    戦争体験を語れる人が少なくなってきました。
    私の知っている断片だけでもここに残しておこうと思います。


      


  • Posted by セギ at 15:39Comments(0)講師日記

    2017年08月02日

    2次関数の最大・最小。




    今回は、「2次関数」の佳境、係数に文字を含む2次関数の最大値・最小値についての学習です。
    しかし、これの解説には放物線を示しながらの解説が不可欠です。
    ブログではちょっと説明しきれないのを感じます。
    ここはぜひとも授業を受けて理解してほしい部分なのですが、できる限り説明してみます。

    問題 y=x2-2ax+a (0≦x≦2) の最大値・最小値を求めよ。

    解き方を全て書いていくのは難しいのですが、とにかく、与えられた式を平方完成します。
    y=(x-a)2-a2+a
    よって、頂点は(a,-a2+a)、軸はx=a。

    定義域は、0≦x≦2です。
    この定義域の間で、yの値の最大値はいくつで、最小値はいくつなのかというのが問題の意味です。

    え?そんなのx=0のときが最小値でx=2のときが最大値じゃないの?

    1次関数の感覚でそんなことをうっかり考えてしまいそうですが、これは2次関数。
    x2の係数が1ですから、下に凸の放物線です。
    0≦x≦2 という定義域が、放物線のどのあたりに位置しているかによって、どれが最小値でどれが最大値かが違ってきます。

    まず考えられるのが、0≦x≦2 が、放物線の頂点より右側の部分である場合。
    このときは、x=0で最小値、x=2で最大値となるでしょう。
    ところで、aがどんな値のときに、放物線の頂点より右側が定義域になるでしょうか?
    この放物線は、頂点が(a,-a2+a)、軸がx=a の放物線です。
    aの値によって、軸の位置も変わり、定義域との関係も変わってくるということです。
    ですから、aの値によって場合分けが必要だとわかります。

    放物線の頂点より右側に定義域があるときというのは、x=0が、x=aより右側にあるということです。
    すなわち、a<0のとき。
    このとき、x=2で最大値、x=0で最小値です。
    このx=2やx=0を2次関数の式に代入するとyの値が出ます。
    関数の値とは、yの値ということです。
    与式に代入しても、平方完成した式に代入しても同じ値が出ますので、代入しやすいほうを選びましょう。
    与式にx=2を代入して、
    y=4-4a+a=-3a+4
    与式にx=0を代入して、
    y=0-0+a=a
    よって、a<0のとき、
    x=2で最大値-3a+4
    x=0で最小値a

    さて、次は放物線のどんな位置に定義域が存在する場合を考えましょうか。
    頂点を含んで定義域が存在する場合を考えてみましょう。
    頂点のところが最小値になることはすぐ判断できます。
    しかし、最大値は?
    定義域の範囲が、放物線の軸を挟んで右側のほうが高く上がっている場合は、右側が最大値となりますが、左側のほうが高く上がっていたら、左側が最大値となりますね。
    そして、頂点を挟んで、左右がつりあっている場合は、その両方が最大値となるでしょう。
    だから、頂点を含んでいるというだけでなく、もっと細かく場合分けが必要となります、

    軸を挟んで、右側のほうが高く上がっている定義域というのは、軸x=aとの関係はどうなるのでしょうか?
    え?0<a<2 でいいんじゃないの?
    そう思うでしょうか?
    しかし、それでは上に挙げた3通りの場合は全部そうじゃないでしょうか?
    もっと細かい場合分けが必要となります。

    どうしたら良いのでしょうか?
    ここで、重要なのは、定義域0≦x≦2 の中央の値、1です。
    定義域の中央の値と軸との関係によって、右に傾いたり左に傾いたりします。
    すなわち、0≦a<1のときに、放物線は、軸の右側が高く上がっていきます。

    ここらへんで、「え?」「え?」となる人が多いところですので、実際に放物線を描いて確認することをお薦めします。
    この問題は、必ず放物線を描いて解くものです。
    描く放物線は、x軸もy軸も必要ありません。
    どこにx軸やy軸があるのかわからないのですし、問題を解くのに関係ないからでもあります。
    下に凸の放物線を点線で描き、そこに軸を描き、定義域の部分を実線で描き、x=0、a、1、2の位置を書き込んでいくだけで十分です。

    さて、a=1のとき、そこは放物線の軸と重なります。
    定義域は左右対称となり、最大値は両端の2か所となります。
    1<a≦2のときには、定義域の放物線は左側が高くなるでしょう。
    すなわち、
    0≦a<1のとき、x=2で最大値-3a+4、x=aで最小値-a2+a 
    a=1のとき、  x=0、2で最大値1、   x=aで最小値0
    1<a≦2のとき、x=0で最大値a、     x=aで最小値-a2+a

    a=1のときは、aが明確になった分、最大値・最小値も文字の残らない数字になることにも注意が必要です。

    最後に、定義域が軸よりも左側にある場合は、2<a ということですから、
    2<aのとき、x=0で最大値a、x=2で最小値-3a+4

    以上をまとめると、
    a<0のとき    x=2で最大値-3a+4  x=0で最小値a
    0≦a<1のとき x=2で最大値-3a+4   x=aで最小値-a2+a
    a=1のとき    x=0、2で最大値1     x=aで最小値0
    1<a≦2のとき x=0で最大値a        x=aで最小値-a2+a
    2<aのとき    x=0で最大値a       x=2で最小値-3a+4

    この問題の解き方は、
    ①まず放物線を5通り描く。
    ②その放物線ごとのaの値の範囲を決定する。
    ③それぞれの場合の最大値・最小値を計算する。

    最近の親切な問題は、その5通りに場合分けをしてくれているのですが、むしろそれで混乱する子もいます。
    自力で5通りに場合分けして、問題の場合分けと一致していることを確認したほうがしっかり理解しながら解けると思います。
    なお、「最大値のみ」「最小値のみ」の場合は、放物線は3通りになります。
    定義域の中央の値である「1」が関係するかどうかは、放物線が上に凸か下に凸か、と最大値か最小値かでそれぞれ異なってきますので、実際に放物線を描いて判断します。

    これだけの説明を丁寧に行って、もう大丈夫、さて演習しましょうとなったとき。
    ところが、私が説明したのとは違う解き方を始めてしまう生徒がいるのです。
    ( ;∀;)
    やはり、テキストの問題が親切すぎるので、結局、問題にあるaの値の範囲の場合分けを優先して解こうとして、xの定義域とaの変域とで混乱が起こり、どう放物線を描いていいかわからなくなってしまいます。
    まず自分で場合分けしましょう、と強調したつもりでも、伝わっていないことは多いです。

    「まず、放物線を5つ、最初に描いて場合分けしましょう。問題に書いてある場合分けは、その後で、確認のために使ってください」
    私がそう言うと、不審そうな顔をする子もいます。
    「だって、先生が、さっき、こういう順番で解いていたじゃないですか?」
    「え・・・・?いえ、私は先に放物線を描いて、それで自分で場合分けするように言ったんですよ」
    「え?さっきはそうじゃなかったですよ」
    「え・・・?」
    これには動揺します。
    どうして全く逆のことが記憶されてしまうのだろう?
    おそらく、私が説明している間、その子は、テキストに書いてある場合分けを見ているのでしょう。
    そうして、私がテキストの場合分けに沿って説明しているのだと思いこんでいるのだと思います。
    私が、
    「テキストの場合分けは見ないで、自分で場合分けするんですよ」
    と説明しているのを聞いていないか、あるいは、自分の思いこみに反するそうした情報は聞き流してしまうのかもしれません。

    何かを正確に伝えることは、本当に難しいです。


    例えば、中学生の場合でも、こんなことがあります。
    中学1年生にとって、1学期は、小学校時代の「算数」から中学の「数学」に移行する大切な時期です。
    しかし、本人たちには、その違いがよくわかりません。
    だから、小学校時代の意識のまま、数学の問題を解いてしまいます。
    これは小学生の答案だなと感じる最たるものは、問題を解くのに式を書いていないこと。
    解き方を思いつくと、式を書くのを忘れてしまうらしいのです。
    くしゃくしゃ筆算して、答えだけ書いています。
    式を書く解答欄がなければ式を書かなくていいと思っている子は多いです。
    どういう公式や定理を使って、どういう流れで解いたのか、それでは何も読み取れない。
    そんなのは、数学の答案ではありません。

    それを直すために、特に私立中学の数学の先生は、中学1年生に高圧的な答案指導をすることがあります。
    かなり強く言わないと、子どもは直さないですから。
    「こう書かないと、テストは全部バツ」
    「これを書いていなければ、0点」
    そういう指導になりがちです。
    「うちの学校の先生、すごくうるさい」
    と口を尖らせて言う子のノートを見ると、ごく当たり前の答案が書かれていて、
    「何もうるさくない。これが普通です。良い答案を指導してくれる先生ですね」
    と説明することはよくあることです。

    しかし、ときどき奇妙な答案の書かれたノートに出会います。
    例えば、式の値を求める問題。
    「x=5、y=-2であるとき、3x-4yの値を求めよ」
    この問題の答案の1行目で目が止まってしまいました。
    「xを5、yを-2に代入して」
    ・・・・・・え?('_')
    わかると言えばわかるのですが、何かモヤッとする日本語です。
    これ、「を」と「に」が逆ですよね。
    「xに5、yに-2を代入して」
    このほうが良いでしょう。

    これは、その数学の先生に国語力がないために起きていることなのか、この子が勘違いしているのか、どちらなのだろうと困惑してしまいます。
    普通に考えれば、その子のミスなのですが。
    いずれにしろ、
    「x=5、y=-2を代入して」
    と書けば、そういう混乱は回避できます。
    しかし、その子にそう助言しても、
    「学校の先生がこうでなければダメだと言った!」
    と強く主張し、直しません。

    また別の問題。
    それは、式による証明の問題でした。
    「連続する3つの偶数の和は6の倍数になることを説明しなさい」
    この問題の答案の書き出し。

    「整数をnとすると、2n-2、2n、2n+2とかける」
    ・・・・・え?
    「整数をnとすると」
    この書き出しに、まず「え?」と思ってしまいました。
    「整数をnとすると」ではなく、「nを整数とすると」のほうが適切です。
    そして、最後の「かける」にも違和感がありました。
    「かける」とは「書ける」ということなのだと思うのですが、なぜ、書くこと限定なんだ?
    何だか、微妙に気持ち悪いです。
    間違っているとは言えないのですが、違和感があるなあ。
    間違っているわけではないから、まあいいのですが。

    これの標準的な書き方は、
    「nを整数とすると、連続する3つの偶数は、2n-2、2n、2n+2と表される」
    となります。
    「学校の先生が、こう書いているの?」
    と尋ねると、その子は黙ってうなずきました。
    しかし、学校の先生が本当にそう書いているのか、疑問の余地があるのです。
    板書の見間違いや写し間違いを、していないでしょうか。
    あるいは、本人の国語力が、学校の先生の模範解答を歪めていないでしょうか。
    学校の先生は「表される」と板書したのに、その子の語彙の中にそのような表現がない。
    本人としては「表される」という言い回しに、むしろ違和感がある。
    そのため、本人の中での「正しい日本語」に勝手に変換し、「かける」と直してしまった。
    しかも、自分がそのように書き換えたことが記憶の中から消え、先生がそのように板書したという記憶として残っている。
    そういうことなのではないかという推測もできるのです。

    しかし、確証はありません。
    私立中学に入学したお子さんの数学の勉強を見ようとして、こういうことで困っている保護者の方もいらっしゃるのではないかと思います。
    学校の授業の細部を、保護者は確かめることができません。
    子どもの記憶とノートが、情報の全てであることは多いです。
    そうした中で、多くの子どもは、
    「絶対に、こうだった」
    と言い張ります。
    学校の先生から、
    「こう書かないと0点」
    というプレッシャーを受けていますので、これは違うんじゃないのと言われても、認めません。
    「その書き方じゃなくても大丈夫だよ」
    と教えても、いや、あの先生は、絶対そういうのは許さないんだと決めつけたりもします。
    子どもの勉強を見ようとして、こういう反発にあい、教えることができなくなってしまう。
    そんなことが、起きていないでしょうか。

    数学の答案の筋道というものを理解させようとして、学校の先生たちは、ある程度生徒たちに強要します。
    しかし、それが、場合によっては、微妙に奇妙な答案を定着させてしまう。
    学校の先生が生徒たちに伝えようとしていることの核心は、そういうことではないのです。
    表現方法は何通りもあります。
    ただ、どうしても答案に書かねばならないことがある。
    どういう公式や定理を使って、どのように解いているか。
    それがわかる答案であることが、数学の答案には必要です。
    細部の表現に右往左往し、かえって日本語として誤った書き方をしてしまっている中学1年生に、1日も早く本質を伝えたいのですが、これがなかなか難しいです。

    経験から言えば、とにかく、その子の数学的能力を高めなければなりません。
    本質が見えていないのは、数学というものがよくわかっていないからだと思うのです。
    数学の能力が高まれば、自然に、こういう課題からは解放されていきます。
    ついでに言えば、もうちょっと国語力がつくといいかなあ。
    ヽ(^。^)ノ

      


  • Posted by セギ at 22:34Comments(0)算数・数学

    2017年07月29日

    8月19日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    画像はヤマオダマキ。三ツ峠で撮影しました。
    7月29日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    本日の学習内容は、「等式の証明」です。
    「等式の証明」は、高校生には不評です。
    「何のためにこんなことを証明しなければならないのかわからない」
    と言うのです。
    何のためにと言われても、これは基礎訓練ですから、証明する内容に大した意味はありません。
    この等式が何かを表しているわけではありません。
    このやり方を利用して、大切な公式や定理も証明できますから、まずその基礎訓練をしましょうということです。
    やってみましょう。

    問題 (a2-b2)(c2-d2)=(ac+bd)2-(ad+bc)2  を証明せよ。

    等式の証明は色々な方法があります。
    ①左辺を変形し、右辺と等しいとを示す。
    ②右辺を変形し、左辺と等しいことを示す。
    ③左辺、右辺をそれぞれ変形し、左辺=右辺であることを示す。
    ④左辺-右辺=0であることを示す。
    ⑤左辺÷右辺=1であることを示す。

    問題によってどの方法で示すのが楽であるかを判断します。
    上の問題は単純な構造のものですので、③のやり方で大丈夫そうですね。
    ④や⑤で解くことも勿論可能ですが、これらはもっと発展的な問題のときに利用する方法ですので、無理して使う必要はないでしょう。

    では、解いてみましょう。
    左辺=(a2-b2)(c2-d2)
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    右辺=(ac+bd)2-(ad+bc)2
       =a2c2+2abcd+b2d2-(a2d2+2abcd+b2c2)
       =a2c2+2abcd+b2d2-a2d2-2abcd-b2c2
       =a2c2-a2d2-b2c2+b2d2
    よって左辺=右辺となり、等式が成り立つ。

    考え方は難しくないので、後は計算力となります。
    高校2年ともなりますと、計算力は個人個人で大きな隔たりがあります。
    勿論、高校1年生までの数学を完璧にマスターしている子もいます。
    高校受験のための勉強は一所懸命やったので中学数学はマスターしているけれど、高校の数Ⅰ・数Aの内容が定着していない子もいます。
    中高一貫校の子や、高校受験の勉強をしてもよく理解できなかった子の中には、中学数学の内容が定着していない子もいます。

    (a+b)2=a2+2ab+b2
    という乗法公式を覚えていないため、上手く展開できない子。
    (ab)2=a2b2
    などの指数法則を理解していないため、上手く展開できない子。

    高校数Ⅱで新しく教わる内容が理解できないわけではないのです。
    でも、そのはるか手前でつまずいていたり、基本となる知識が抜けている子は多いです。
    そのため、自分で問題を解こうとすると正答を出すことができません。
    こうなると独学は難しくなります。
    生徒がどのレベルでつまずいているか理解して、そこから説明する個別指導が効果を発揮するところです。

    次回は、もう少し発展的な等式の証明をやってみましょう。
    お盆休みをはさみますので、3週間後になりますから、ご注意ください。

    ◎日時  8月19日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「等式・不等式の証明」を続けます。p16から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。











      


  • Posted by セギ at 14:53Comments(0)大人のための講座

    2017年07月23日

    1学期末テスト結果集計出ました。2017年。


    2017年度1学期期末テスト結果は以下の通りです。

    数学 90点台 1人 80点台 1人 70点台 2人 60点台 1人 40点台 2人
    英語 100点 1人 80点台 2人 60点台 1人 50点台 1人 

    数学は、上がった子もいる一方、下がった子もいて、全体の結果としては、あまり変わりませんでした。
    前回90点台に上がった子が、今回は勉強を半ば放棄した印象があり、ガクンと下がってしまいした。
    テスト前もあからさまに意欲が低く、テスト前日まで学校の課題が残っていました。
    中間テストで高得点を取り、それを以後も期待されることが、居心地が悪かったのかもしれません。

    ダイエットするとすぐにリバウンドしてしまう人の心理に近いものがあるのでしょうか。
    頑張ったけれど今回はダメだったというのではなく、高得点を取ると、次はなぜか頑張れなくなり、元に戻ってしまう子がいます。
    以前も、そういう子がいました。
    良い成績を取ると、バランスを取るように次はサボるのです。
    しかし、本人は自覚してバランスを取っているわけではなさそうです。
    無意識にそうしてしまう様子なのです。

    「やればできる子」は、頑張って高得点を取った成功体験が、以後、悪影響を及ぼす場合もあります。
    いつでも、やればできる。
    いつからでも巻き返せる。
    本人の中にそんな期待があるからなのか、ギリギリまで頑張らなくなります。
    やればまたできるようになると思うからか、むしろ以前よりも勉強しなくなる子がいます。

    いや、そんなに単純な話ではないのかもしれません。
    一度は努力できたはずなのに、同じ努力をできなくなるのはなぜなのか。
    努力をした時間が苦しかったので、同じ思いをするのはもう嫌なのか。
    努力をしても同じ結果が出るとは限らないことを、本人は気づいているのか。
    努力することが怖くなってしまうのか。

    多感な子の指導は難しいです。

    いつからでも巻き返せるのも事実だろうけれど、あまりにも低くなってからでは、到達点は、最初に期待したようなところにはいきません。
    誰より頭の良い子だったのに、本人の望むような受験はできなかった子もいました。

    今回は、それでも、結果が悪かったことへの反応がまっすぐで、また落ち着いて勉強し始めていますので、だんだん高めに安定してくると期待しています。


      


  • Posted by セギ at 14:06Comments(0)講師日記

    2017年07月20日

    3元1次方程式と計算力。


    3元1次方程式とは、すなわち、x、y、zなど、3種類の文字を含む方程式のことです。
    3本を連立すれば、解くことができます。
    例えば、こんな問題です。

    2x -y +z=8 ・・・・① 
     x+3y+2z=5 ・・・・② 
    4x+2y-3z=-3 ・・・・③

    中学2年で連立方程式を習うときにも、その応用として少し演習するのですが、本格的には、高校数Ⅰ「2次関数」で、3点の座標から2次関数の式を求めるときに学習します。

    この3元1次連立方程式、2元1次連立方程式よりも文字が1つ増えるだけで、なぜか正答率がガクンと下がります。
    解き方は、そんなに難しくありません。
    3本の式を組み合わせて、どれかの文字を消した2本の式を作るのがまず目標です。
    例えば、zを消すと決めたら、上の例で言えば、
    ①×2-②より
     3x-5y=11 ・・・・④
    ①×3+③より
     10x-y=21 ・・・・⑤ 
    こうやって、まずはxとyだけの2本の連立方程式にします。
    ここからは、2元1次連立方程式の解き方と同じです。
    ④-⑤×5
       3x-5y=11
    -)50x-5y=105
    -47x   =-94
           x=2 ・・・⑥
    ⑥を⑤に代入して
    20-y=21
      -y=1
       y=-1 ・・・⑦
    x、yの値がわかったところで、最初の式のうちの1本を選んで代入し、zの値を求めましょう。
    ⑥、⑦を①に代入して、
    4+1+z=8
         z=3
    よって、
    x=2、y=-1、z=3

    手間はかかりますが、そんなに難しくはありませんよね。
    ヽ(^。^)ノ

    でも、数学の苦手な高校生の中には、3元1次連立方程式をほとんど正答できない子もいます。
    解き方がわからないわけではないのですが、途中でミスしてしまうのです。

    よくあるミスとしては、1本目の式でzを消し、2本目の式ではxを消してしまう子。
    できた2本の式を並べてみると、文字は1つも消えていないことになってしまいます。
    どうやったら楽に解けるか、変に迷っていつまでもいつまでも考えて、なかなか式を立てない子が、結局そんな式を立ててしまうことがあるのです。
    「zを消すのでいいんじゃないの?」
    とヒントを出しても、何か考え込んでいて、手が動かないのです。

    この問題、式全体を何倍かしなければならないので、どの文字を消すにしても、そんなに楽ではありません。
    しかし、どの係数の文字なら消しやすいか、考え過ぎてしまう子がいるのです。
    いったんzを消すことに決めて、式を2本作っても、そうやってできた2本の式の係数が揃うことはまずありません。
    それを見て、計算しづらいことにひるんでしまうようで、また最初から別の文字を消して解き直したりもします。
    あげく、単純な符号ミスで間違えたりします。

    どう解いたところでそんなに楽ではない。
    だから、こう解くと決めたら、あとは機械的に淡々と解いていったほうが速く正確です。
    間違える子は、数学の問題を解きながら、やたらと感情が動き、ひるんだり動揺したりして、途中で計算ミスをしてしまう様子です。
    冷静に解いていくことができないことが、エラーを招く原因なのだと思います。
    見ていても、ペン先がためらってくるくる回っていて、なかなか書き出さないのです。
    何でさっさと書いていかないのか不思議なのですが、本人の中にためらいや混乱があって、スッと書き出していくことができない様子です。
    不安なんだろうと思います。
    結局、正答する自信がないことが一番の原因なのかもしれません。

    突飛な省略をしたり、無理な暗算をしたりと、ミスしやすいようなやり方で計算しているから起こるミスについては指導します。
    自分が何をどうミスしやすいか自覚しなさいと注意もします。
    しかし、全て指導しても、それでも符号を見落とす、式を書き間違えるというミスが繰り返される子は、もうそれでいいやと開き直るのも1つの方法だと思います。
    ミスをしやすい自分とつきあっていく。
    ケアレスミスがあることを見込んで、テストの得点を予測していく。
    そのように気持ちを切り替えることも、あるいは必要かと思います。

    数学的なセンスを感じる子でケアレスミスの多い子に関しては、
    「まあ、いいんじゃない?次の問題を解こう」
    という指導をしていると、気がつくとケアレスミスも減っていることが多いです。
    その子がケアレスミスを気にしていても、私は気にしていないのが大きいのかもしれません。
    その子のマイナス要素より、伸びしろの大きさに私は目がいっています。
    ピグマリオン効果というものですかね。

    気にして、突ついていると悪化するのがケアレスミス。
    そういうこともあるのかもしれません。

      


  • Posted by セギ at 14:38Comments(0)算数・数学

    2017年07月16日

    7月29日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    7月15日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    分数式の乗除、繁分数の計算を終えて、「恒等式」に進みました。
    恒等式とは、その名の通り、常に成り立つ式のことです。
    「xについての恒等式」でしたら、xにどのような値を入れても常に成り立つことを意味します。

    問題
    次の整式がxについての恒等式となるように、定数a、b、cの値を定めよ。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c

    誤解しやすいところですが、問題文中にある「整式」とは、「係数やxの値が整数の式」という意味ではありません。
    分母にxがある「分数式」などではないという意味です。
    xの係数やxの値は整数である必要はありません。
    具体的には、単項式と多項式とをあわせて「整式」と呼びます。

    さて、この問題の解き方は2つあり、それぞれ「係数比較法」「数値代入法」という名前がついています。
    まずは係数比較法から。
    とりあえず、右辺を展開します。
    a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    =a(x2-1)+bx-b+c
    =aX2-a+bx-b+c
    これをxについて降べきの順に整理します。
    =ax2+bx+(-a-b+c)
    すなわち、
    x2+2x+3=aX2+bx+(-a-b+c)
    この左辺と右辺の係数を比較します。
    これがxについての恒等式なのですから、左辺・右辺それぞれの係数や定数項は等しいでしょう。
    よって、
    1=a
    2=b
    3=-a-b+c
    の3本の式が得られます。
    わからない文字が3つあるとき、式が3本あればその文字の値を求めることができます。
    連立方程式ですね。
    a=1、b=2を-a-b+c=3に代入して、
    -1-2+c=3
    -3+c=3
    c=6
    よって、a=1、b=2、c=6です。

    もう1つの解き方が「数値代入法」。
    xに適当な値を代入して、式を解いていく方法です。
    やはり、わからない文字が3つあるので、式は3本用意します。
    xにどんな値を代入した式でも良いのですが、どうせなら計算しやすいほうがいいですね。
    x2+2x+3=a(x+1)(x-1)+b(x-1)+c
    という式から、x=0、1、-1の値を代入すると判断します。

    どういう基準で、それらの値を代入すると判断するのでしょうか?
    x=0ならば、左辺の2つの項が0になり、計算が楽だからです。
    同様に、x=1ならば、右辺の2つの項が0になり、その後の計算が楽になります。
    x=-1ならば、右辺の第1項が0になり、その後の計算が少し楽です。

    では、やってみましょう。
    x=0を代入すると、
    0+0+3=a・1・(-1)+b・(-1)+c
    すなわち、
    -a-b+c=3 ・・・・①

    x=1を代入すると、
    1+2+3=a・2・0+b・0+c
    すなわち、
    c=6 ・・・・②

    x=-1を代入すると、
    1-2+3=a・0・(-2)+b・(-2)+c 
    すなわち、
    -2b+c=2 ・・・・③

    0には何をかけても0になるので、消えてしまう項が多いのですね。
    だから、xそのものが0になる値や、(x+1)や(x-1)が0になる値を用いています。
    この3本を連立方程式として解いていきます。
    ②を③に代入しして、
    -2b+6=2
    -2b=-4
    b=2 ・・・④
    ②、④を①に代入して、
    -a-2+6=3
    -a+4=3
    -a=-1
    a=1

    先程の係数比較法と同じ値が出ましたが、数値代入法の場合、このまま解答してしまうわけにはいきません。
    なぜなら、x=0、1、-1のときにそれが成立することしか今のところわかっていないからです。
    xがいくつかの値に対して成り立つようにa、b、cの値を決定したに過ぎません。
    これは、xについての恒等式であるための必要条件であって、十分条件ではありません。
    そこで、a=1、b=2、c=6をもとの式に代入して、本当に大丈夫なのか確認します。
    すなわち、「十分性を示す」のです。

    a=1、b=2、c=6を与式に代入すると、
    右辺=1・(x+1)(x-1)+2(x-1)+6
       =x2-1+2x-2+6
       =x2+2x+3
    よって左辺=右辺 となり、与式は恒等式となる。
    ゆえに、a=1、b=2、c=6

    数値代入法は、このように最終確認をしなければならないことが答案的には難しく、しかもわかりにくいかもしれません。
    「必要条件」「十分条件」という言葉の意味も忘れかけていた頃に突然これが出てくるので、戸惑う高校生は多いです。
    必要条件と十分条件は、数Ⅰの最初の頃に学習した内容です。

    pならばqであるとき、pをqであるための十分条件、qをpであるための必要条件という。

    上の問題でいうならば、「a=1、b=2、c=6ならば、与式はxがどのような値でも成立する」
    ということを示さなければなりません。
    「x=0、1、-1ならば、a=1、b=2、c=6である」
    では、矢印の方向が逆ですね。
    必要条件であるというのはそういう意味です。
    ですから、逆方向の矢印でも大丈夫であること、すなわち「十分性」を示すことが重要です。

    難しいのはそこだけだと思うのですが、実際の計算で苦労する高校生もいます。
    3元1次連立方程式を見ると、軽いパニックが起こり、何をどこに代入していいのかわからなくなる子は案外多いのです。
    堂々巡りになるだけの、やらなくて良い式の変形ばかりやってしまい、必要なことをやりません。
    見ていて不可解なほど、混乱してしまうのです。
    中学2年の「連立方程式」の学習のとき、「加減法」しかやろうとせず、
    「代入法は嫌い」
    と言って使わない子がいますが、そういうことが尾を引いている可能性もあります。
    代入法が嫌いというのは、代入法の理屈が上手く理解できず、加減法のように手順を把握しやすいほうに逃げているのかもしれません。
    型通りの加減法の連立方程式なら解けるのですが、手順を覚えているだけで、なぜそれで解けるのか理解していないのでしょうか。
    しかし、高校生になって使うのは、加減法よりも代入法のほうが多いのです。
    2つの解き方があるとき、1つのやり方しか理解しないのは危険です。

    上の恒等式の問題を解くときも、私も現実には係数比較法しか使いませんが、数値代入法の解き方も理解しておいてください。
    2つとも、また別の問題で活用する考え方を含んでいます。

    さて、次回の数学教室のお知らせです。

    ◎日時  7月29日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「等式・不等式の証明」を続けます。p14例題2から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。




      


  • Posted by セギ at 15:42Comments(0)大人のための講座

    2017年07月13日

    2次関数の文章題


    画像はギンリョウソウ。
    今の時期、日陰の林床で見られる植物です。

    さて、今回は「2次関数の利用」。
    文章題です。
    文章題を解く際に、子どもは語彙の面でつまずくことがあります。
    例えば、こんな問題です。

    幅16cmのトタン板を折り曲げて、切り口が長方形のといを作る。切り口の面積が最大となるようにするには、といの深さを何cmにすればよいか。またそのときの面積も求めよ。

    この問題、高校数Ⅰの問題としては易しいのですが、解けない子は多いです。
    問題を熟読している様子なので、考えているのかなあと様子を見ていると、かなり時間が経ってから質問してきます。

    「・・・・・・といって、何ですか?」
    「とい?雨どいのことでしょう」
    「何ですか、それ?」
    「家の屋根の下につけてある、雨水を受けるものだよ。見たことない?」
    「ありませんね」

    高1でも、日本語の名詞の中で知らないものがたくさんあります。

    一応、といの件は理解して。
    それでも手が動きません。
    しばらくして、また質問。
    「トタン板って何ですか?」
    「金属の薄い板だね。鉄かな。錆びないように何かでメッキしてあるんだと思うよ」
    「何かって、何ですか?」
    「知らない。興味があるなら、自分で調べたらいいよ」
    「知らないと、わからないじゃないですか!」
    「トタン板の成分は、この問題を解くのに必要ないでしょう」
    「・・・・・・・・」

    現代の子どもがトタン板を知らないのは、仕方ないかもしれません。
    辞書で調べたら、鉄を亜鉛でメッキしてあるものだそうです。

    私も、トタン板とは何なのか、曖昧にしか理解していませんでした。
    でも、問題を解くのに不都合を感じません。
    そもそも、この問題、テキストでは、横に挿絵があるのです。
    言葉による説明だけでは、わかりにくいからでしょう。
    それでも、言葉でつまずく子がいます。
    知らない言葉があると混乱し、もう解けないと思ってしまうようです。
    自分の知らないことがたくさんあることを不安に思っていて、だから、そういう反応になってしまうのでしょうか。

    言葉の意味がわからないだけではないのでしょう。
    文章題は苦手だと思いこんでいる子の多くは、解法パターンを把握していません。
    文章題を解いていく方法はどれも同じです。

    ➀何をxとするかを決める。
    ➁xを用いて、何かの数量を表す式を立てる。
    ➂式を解く。
    ➃解が問題の答えとして適切かを確認して解答する。

    文章題が苦手な子は、この解法パターンを理解していません。
    毎回、
    「何をxとしますか?」
    と声をかけないと、全く手が動かない子は多いです。
    彼らは、では、何を考えて、どう解こうとして悩んでいるのでしょうか。
    おそらく、文章題を見ると小学生に戻ってしまい、小学生として答えを出す式をうんうん考えているのではないかと推測します。
    それは難しいでしょうね。
    上の問題を、小学生として解くのは、普通の小学生には無理だと思います。
    受験算数の訓練を積んでいれば、面積図を描いて強引に解く方法はあるでしょう。

    「何をxとしたらいいのかわからない」
    と言う子もいます。
    「求めたいものをxとするんですよ」
    「でも、そうじゃないときもあった」
    「うん。増減に関する方程式の問題は、例えば昨年の女子の生徒数をx人としますね。でも、あれは、読めばすぐ増減に関する問題だとわかりますから、区別できますよ。それ以外は求めたいものをxとするのでほとんど大丈夫ですよ」
    「でも、そうじゃないときもあった」
    「・・・・どんなとき?」
    「忘れた」
    「・・・・・・・」

    彼らは、数学に対してネガティブで、裏切られた記憶ばかりが濃く残り、標準的な解き方を信じることができないのかもしれないと思うことがあります。
    易しいことを難しくしているのは、自分の心かもしれません
    文章題だからどうせ難しいなんて思いこみは、捨ててしまいましょう。

    上の問題で言えば、求めるのはといの深さですから、深さをxcmとします。
    式はxではない数量を表す式を立てます。
    ここでxに頭がとらわれ、xを表す式を立てようとする子がいますが、それは小学校の算数。
    立てる式は、xそのものではない数量を表すのだということを理解しているだけで、問題はかなりほぐれてきます。
    この問題の中で、といの深さではない数量というと。
    1つはトタンの板の長さ。
    もう1つは、といの切り口の面積。

    どちらにするかは、センスの問題もあります。
    数学が嫌いな子に、この二択を選ばせると、「トタン板の長さ」と答える子は確かに多くて、がっかりしてしまうのも本当です。
    そちらのほうが求めやすそうだから選んでしまうのでしょうか。
    目先の求めやすさを選び、問題を解くにはどちらが有効かという判断ができないのだと思います。
    この問題では、切り口の面積も求めるのですから、面積を表す式を立てるという判断が妥当でしょう。
    といの切り口は長方形。
    その長方形の縦の長さはといの深さであるxcm。
    では横の長さは?
    トタン板の長さ16cmから、深さとして折り曲げたx㎝2個分を取り除いたものが、長方形の横の長さになります。
    したがって、横の長さは16-2x(cm)。

    よって、切り口の面積は、
    x(16-2x)。
    これが最大になれば良いのです。
    xの値によって、この式全体の値も変わっていきます。
    ですから、これは、2次関数の最大値に関する問題ですね。
    グラフの形や頂点を把握しましょう。
    平方完成が必要です。

    F(x)=x(16-2x) とします。
       =16x-2x2
       =-2x2+16x
    ここで平方完成をします。
       =-2(x2-8x)
       =-2(x-4)2+2・16
       =-2(x-4)2+32

    「何で平方完成するの?」
    と質問されることがあるんですが、最大値や最小値を求めるのには頂点の座標が必要だからです。
    しかし、それだけでなく、とりあえず2次関数を見たら平方完成して、軸や頂点の座標を把握してみるのは意味のあることです。
    それを習慣にしておけば何も問題はないのです。
    どんなときに平方完成したらいいかわからない、などと言わず、とりあえずどんなときも平方完成することをまず考えてみたら良いと思います。
    数学が苦手な子は、この「とりあえずやってみる」ができない子が多いように思います。

    上の式を2次関数としてとらえれば、
    頂点は(4,32)、上に凸の放物線だとわかります。
    すなわち、X=4のとき、最大値32です。

    この問題、何を求めるんでしたっけ?
    切り口の面積が最大となるときのといの深さと、そのときの面積でしたよね。
    0<2x<16
    0<x<8
    という問題の条件に、この頂点の数値は一致します。
    よって、といの深さは4cm、面積は32平方cmです。

    「え?」
    ここで固まってしまう高校生は多いです。
    平方完成しただけで、何でもう答えが出てしまうのか、わからない。
    何か物凄い飛躍がある。
    全然わからない。
    そういう表情で固まってしまうのです。

    「何で32が、といの切り口の面積になるの?」
    「この式は、といの切り口の面積を表す式だからだよ。その最大値が32なんだから、といの面積の最大値は32だね」
    「ちょっと、何言ってるかわからない」
    「・・・・・・・」

    この深い断絶をつなぐ言葉が、なかなか見つかりません。
    2次関数に関して普通のことが、彼らの頭の中で繋がっていないのを感じます。
    といの深さをxcmとしたこと。
    といの切り口の面積を表す式を立てたこと。
    そうした最初の前提と計算の結果とが上手く繋がらないようなのです。
    2次関数の最大値・最小値を求めなさいという計算問題ならば解けるのに、文章題になるとその考え方を利用できない子は多いです。
    最大値・最小値に関する問題は、今後の単元でも、忘れた頃に出てきます。
    その度、
    「これは、最大値を求めよと言っているんでしょう。だったら、2次関数として解くだけだよ」
    とヒントを出せば済む子と、答案を全て板書して詳しく解説しても理解した表情を見せない子がいます。


    文章題になると、理解できなくなる。
    それは小学生も同様です。
    何年か前の小6対象の全国学力調査の算数に出題された文章題。
    そこに、謎の言葉が登場しました。

    「親指と人差し指を直角に広げ、その両端を結んだ長さを、ひとあた、と言います」
    そのように、問題文中で説明されていました。
    挿絵もありました。
    「ひとあた」という見慣れない単位の意味を理解すれば、問題そのものは簡単でした。
    「割合」に関する易しい問題です。
    でも、言葉でつまずくタイプの子は、あの問題は解けなかったと思います。
    知らない言葉が出てくると、「習っていない」「習っていないことがテストに出た」「習っていないから、わからない」となってしまう子は、真面目な秀才の中にもいます。

    大人でも、「ひとあた」は、耳慣れない言葉です。
    使いやすい箸の長さは「ひとあた半」と説明されると、ああ、そう言えばそんなことを聞いたことがあると、ようやく思い出す言葉だと思います。

    でも、知らなくたって、いいんです。
    問題文の中で説明されているんですから。
    それなのに、問題の中でどれだけ説明されていても、自分が知らないことは解けない子がいます。

    受験算数ですと、「約束記号」の問題が苦手な子は、そういうタイプの子です。

    「大きいほうの数を小さいほうの数で割って、その商を3倍することを、記号◎を使って表すとします。例えば、2◎10=15 です。以下の問いに答えなさい」

    こういう問題、受験算数としては簡単なことが多く、得点源なのですが、わからない子は全くわからない様子です。
    問題の意味がわからないというのです。

    「だから、そういう意味の記号なんだね」
    「知らない。そんな記号、あるの?」
    「いや、このときだけの記号だよ」
    「知らない」
    「だから、この問題だけの記号だから、覚える必要なんかないし、知らなくていいんだよ」
    「何それ。そんなことして、いいの?」

    新しい情報を飲み込めない。
    頭が固い。
    頑固である。
    文章題が苦手な子の特徴の一つといっていいかもしれません。

    もう何度も書いてきたことですが、大人よりも子どものほうが、むしろ保守的で頑固です。
    視野が狭く、融通がききません。
    視野を広げ、より柔軟になるために、人は学ぶのでしょう。

    それでも、やはり子どもは柔軟です。
    子どもの持つ柔軟さとは、自分の知らないことに失敗し傷ついたときの、そこからの回復力を指すのではないでしょうか。
    自分の間違いに気づいてそれを受け入れる力は、子どもは圧倒的です。
    今日の自分の固定観念なんて、明日は踏みつけて生きていけるはずです。
    文章題が難しいなんてのも、くだらない固定観念かもしれませんよ。
      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)算数・数学

    2017年07月10日

    三ツ峠山を歩きました。2017年7月。


    2017年7月9日(日)、河口湖畔の三ツ峠山を歩きました。
    6年ぶり5度目の山です。

    三鷹7:01発の高尾行きに乗車。
    高尾着。7:46。
    高尾発。7:47。
    向かい側のホームなので、乗り換え1分で富士急直通の河口湖行きの電車に乗ることができました。
    この電車、前の4両は河口湖行き。
    後ろ4両は大月止まりでした。
    こんな便利な電車があるんだなあ。
    o(^o^)o
    外出する気になれないほど暑いせいか電車はそれほど混雑せず、途中までボックス席に1人で座っていけました。

    大月を過ぎると、車窓から富士山が見えてきました。
    雲の上に頭だけ出ている富士山です。
    終点河口湖。9:34。
    駅前にはバス停がいくつもあり、きょろきょろしながら小さな横断歩道を渡って、「天下茶屋」行きのバス停を発見。
    とはいえ、そのバス停に他の観光バスがいつまでも停まっていたりして、ちょっと不安になります。
    時間になって、ようやく天下茶屋行きのバスが入ってきました。
    富士急もこのバスもSuicaが使えました。

    バスが出発。
    駅前の時計塔が「気温29℃」を示していました。
    河口湖も今日は暑くなりそうです。
    バスは河口湖を巡り、途中から御坂道を上がっていきました。
    舗装されていますが、山の中の林道です。
    明るい緑の中をバスは軽快に進んでいきます。

    三ツ峠登山口。10:15。
    8人下車。
    三叉路のところにバス停がありました。
    バスは左折して、天下茶屋のほうに去っていきました。
    下りた客は皆、三ツ峠に行く登山客のようです。
    迷う様子もなく、舗装道路を直進していきます。
    私は、道路の端で山支度をして、すこし遅れて出発。10:20。

    10分ほど舗装道路を行くと、駐車場とトイレがありました。
    駐車場には、登山客の車がぎっしり。
    トイレを済ませて、さあここからは舗装されていない山道です。
    とはいえ、四駆なら登れそうな広い山道がしばらく続きました。
    もう下りてくる人が何人も。
    車で来ている早朝登山の人たちかなあ。
    山頂の山小屋で泊まった人たちかなあ。
    夏の富士山を見るなら、朝のうちが勝負でしょうか。

    ヒグラシが鳴いていました。
    鳴き声が幾重にも重なって聞こえてきます。
    眺望はありませんが、高山らしい林の中を行く、静かな山道です。
    道幅は広いままですが傾斜がだんだん急になってきました。
    これは四駆も無理かなあ。
    キャタピラー車じゃなきゃ無理でしょう。
    そう思っていたら、本当にキャタピラーの跡が登山道に残っていました。

    昔、この山は高山植物の宝庫で、この季節はそこら中が花だらけでした。
    しかし、何にも咲いていません。
    これは、どうしたことだろう。
    山頂近くになって、やっとチラホラと花が咲いているのを見つけました。
    クサタチバナが数株。
    ヤマオダマキが数株。
    何でこんなふうになったかなあ。
    鹿の食害かなあ。
    それとも、数年前に甲府を襲った大雪で、植物が根ごと流されてしまったかなあ。
    回復するといいなあ。
    6年前の花畑を思い浮かべながら歩を進めます。

    山小屋への道しるべが見えてきて、いったん山頂らしき広場に出ました。
    ヤマオダマキ、ハナショウブ、シモツケソウ。
    草むらに高山植物が咲いていて、ほっとしました。
    ここからお花畑が再び広がっていきますように。

    ここでもういいような気分なのですが、行く手には電波塔の並ぶ開運山が見えています。
    見るからに急登ですが、登っていく人たちがよく見えます。
    私も行かなくちゃ。
    木段から土が流れ落ちてしまっている急坂を登っていきます。
    木段は地面から飛び出て、斜めになっています。
    これも大雪の後遺症でしょうか。
    右手に「危険」とロープが張ってある先は、岸壁のクライミングルートの到達点でしょう。
    足を踏み外したら命にかかわるし、上から小石などをうっかり落としてしまったらクライマーにとって危険。
    お互いの平和のために、入ってはいけない場所ですね。
    最後の登りは新しく整備されて歩きやすい木段になっていました。
    山頂。12:00。
    予想はしていましたが、富士山は全く見えませんでした。
    「本当はこっちのほうに大きく見えるんだよー」
    そう教えてくださった方と二人、富士山が見えているようなポーズでしばらく立ち尽くした山頂でした。
    先週は曇りだったのに陣馬山から予想外にくっきりと富士山が見え、今週は晴れていたのに、こんなに近い三ツ峠から富士山は見えない。
    そんなものかもしれません。
    富士山を見るなら秋に来たら良いのですが、三ツ峠に来るならクサタチバナの季節にと、結局いつもこの季節に来てしまいます。
    上の画像がクサタチバナです。

    さて下山。
    苦手な砂まじりの急坂なので、ストックを1本使いましたが、それでも次の一歩がなかなか出ないほどの急傾斜のところもありました。
    どう足を置いても滑るのです。
    乾いた砂がまぶされている急坂が一番苦手です。
    「ここは、いつも厄介だよねー」
    後ろからそう話しかけて来た方に会釈して道をゆずりながら、そろそろと歩き、何とか通過。

    小屋前のベンチは木陰で快適そうでしたが、「使用料100円」と書いてありました。
    トイレ使用料は、ペーパー代や処理費用があるから当然だと思うのですが、ベンチ使用料はどうなのかなあ。
    でも、日帰りできる山での小屋の維持は大変だろうなあ。
    先ほどの広場に戻って、結局、無料のベンチで昼食をとりました。
    日向ですが、ここも快適です。
    標高1700mの山頂は、涼しい風が吹いていました。

    さて、下山。12:40。
    三ツ峠駅への道を下ります。
    先程の山小屋のベンチ脇から、まずは急な階段を下っていきます。
    かなり急で、壊れているところもありますが、手すりに銀の鎖が張ってあり、安心でした。
    道がやや平らになると、ところどころに桟道が。
    なかには、ちょっと斜めに傾いている桟道もありました。
    これ、濡れているときは怖いでしょうね。
    崖崩れが登山道を突っ切っている箇所もありました。
    これも、数年前の大雪の名残なのかもしれません。

    道が安定してくると、開運山の岩壁が見えてきました。
    クライマーが何パーティも登っています。
    岸壁の途中のテラスにも数組。
    見る分にはルートが明瞭で登りやすそうでしたが、実際にはもう登れないだろうなあ。
    少し下っていくと大きなテントが張られてありました。
    クライマーたちのものでしょうか。

    「落石注意」の看板の立つ登山道を急ぎ足で通過します。
    本当に漬物石くらいの石が登山道にゴロゴロ落ちています。
    そこを越えると、ようやく、歩きやすい下り道が続くようになりました。
    休憩適地の各箇所に、仏教的な名前が付けられています。
    三ツ峠は宗教登山の山でもあるのですね。
    八十八大師という場所には、草むらにお地蔵さまが赤い頭巾をかぶって沢山並んでいました。
    木陰のベンチに座って休憩。
    お地蔵さまと辺りの木々が調和しています。
    心休まる光景でした。

    延々と続くようだった登山道が終わり、いったん舗装道路へ。
    道しるべに従って再び短い登山道を行くと、広場に出ました。
    そこが達磨石でした。14:40。
    大きな石に、梵字が刻まれています。
    再び舗装道路。
    そこからは、もうずっと舗装道路が続きました。
    道の端にはホタルブクロが点々と咲いています。
    標高が下がると日向の道はさすがに暑いです。
    途中、滝を見物できる遊歩道が。
    少し遠回りになるので行きませんでしたが、あっちのほうが涼しかったかなあ。

    単調な舗装道路を50分ほど下っていくと、三ツ峠グリーンセンター。
    テニスコートやバーベキュー場、バンガローなどのある施設です。
    舗装道路はグリーンセンターに突当り、そこを左折。
    施設をまわり込んでいくと、本館らしき建物がありました。15:35。
    確か、ここで入浴できるはず。
    「日帰り温泉」などののぼりがないので、おそるおそる木の自動ドアをくぐると、中は日帰り入浴施設らしい構造でした。
    靴を脱いで、受付。
    入浴料610円。
    受付ではロッカーの鍵を渡されませんでした。
    脱衣所に入ってみると、ロッカー式ではなく、棚に大きなカゴが並んでいます。
    貴重品を入れる有料コインロッカーは別にありました。
    脱衣所も洗い場も空いていて快適でした。
    シャワーの出力も良好です。
    露天は竹炭風呂。
    無色透明で、さっぱりしたお湯でした。

    さてお風呂上がりのお楽しみ。
    しかし、自販機は「節電中」との表示が。
    6年前、やはりここで日帰り入浴しました。
    そのとき「節電中」だったのは、東日本大震災の直後で、どこもかしこも節電中でしたから、普通のことだと思っていました。
    まさか、6年経っても、まだ「節電中」とは。
    電気が足りないという話はあまり聞かないのですが。
    発泡酒。350mL、230円。
    「節電中」な微妙な冷え具合でした。
    お風呂上がりはキンキンに冷えたのを飲みたいなあ。
    入浴料をもう100円上げてくれていいから、自販機の節電はやめてくれると嬉しいなあ。
    そんなことを思いつつ、さて、駅へ。

    舗装道路をとにかく道なりに下っていきます。
    「三ツ峠グリーンセンター」の看板と矢印を見る度に、その反対方向を目指します。
    やがて高架線が見えてきて、ひと安心。
    高架線をくぐってすぐ右折すると三ツ峠駅。
    グリーンセンターから徒歩20分で駅でした。

    三ツ峠駅発。16:21
    この電車が、なんとホリデー快速富士山2号で、三鷹まで直通でした。
    でも、まるで「あずさ」のような2席ずつの構造の電車です。
    座り切れない客は通路に1人ずつ立っていて、身動きとれない印象です。
    三鷹まで乗り換えなしなのはいいけれど、これは三鷹まで立っていくということかあ。
    と思ったら、次の都留文科大学前駅で横に座っていた乗客が下りていきました。
    降りた人は1人だけです。
    何という幸運でしょう。
    そこから、三鷹までずっと座っていくことができました。
    三鷹。17:49。
    まだ明るいうちに三鷹に帰り着きました。

      


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    2017年07月06日

    奥高尾を歩きました。2017年7月。


    2017年7月2日(日)、陣馬高原から高尾山口まで縦走しました。
    もう少し晴れていれば行きたい山は他にあるのですが、どうせ眺望はないし、夕方から雨の可能性もあるし。
    そういうときは、やはり奥高尾を歩いてきましょう。
    というわけで、いつものように三鷹発8:05の特快に乗って高尾駅へ。
    梅雨時は少し登山客も減るので、電車は座っていくことができました。

    高尾駅北口からの陣馬高原行きバス停の行列も控えめです。
    夫婦連れらしい二人が、私の少し前に並んでいた若者のグループに、
    「日影はこのバスですか?」
    と訊いていました。
    若者グループは、
    「さあ?」
    うーむ。
    訊く相手を間違えていますね。
    グループで来ている若い子たちは、高尾に行くのがほとんど初めてという場合が多いでしょう。
    こちらに来たので、
    「日影なら、向こうの小仏行きのバスですよ」
    と声をかけたのですが、外では私の声はそんなに通らないので、聞こえなかったようです。
    「こっちかしら?こっち?」
    と奥さんのほうがひっきりなしに大声を出しているので、他人の声が聞こえないということもあったのかもしれません。
    とりあえず、小仏行きのバス停の行列のほうに歩いていったので、まあ大丈夫でしょう。
    と思っていたら、すぐ前に並んでいた3人のうちの1人の男性が、
    「あ。ここは陣馬高原行きだ。小仏行きのバスに乗るんだった!」
    と言い出し、移動していきました。
    何か今日はバタバタしていますね。

    バスは2台同時発車で、立っている客はいない状態で出発しました。
    終点、陣馬高原。9:25。
    この前来たときは、バス停のところのトイレが、右側は全部男性用、左側の1つの多機能トイレのみが女性用に変わっていて、長い行列ができていました。
    今回、また昔に戻っていて、右側のトイレも女性が使って良いことになっていました。
    良かったー。ヽ(^。^)ノ
    あのままだったら、とても不便でしたから。

    トレイを済ませて、さて出発。
    まずは舗装された林道を緩やかに登っていきます。
    今日も暑くなりそうなので、加減して歩きます。
    左側の沢から冷気が上がってきて、思ったより涼しい道でした。
    登山口分岐。9:45。
    前日まで雨が降っていましたから、かなりの湿気です。
    滑りやすい沢沿いの道から、急な登りへ。
    この道は変化があるので、幾度歩いても飽きないです。
    登山道を覆う広葉樹林の緑も爽やかです。

    後ろから若者2人が追い付いてきました。
    若い子は速いなあ。
    今日の私は久々にトレッキングポールも置いてきたこともあって、自分でも笑ってしまうくらい遅いのですが。
    暑いし、ゆっくり行きましょう。

    1つの目の急登を終えた分岐。
    緑が濃くて、気持ちのよいところです。
    先程の2人が、ここで休憩していました。
    ゆっくりとした足取りのまま、2人を追い越します。
    そこから、道は広くなり、ゆるやかな気持ちのよいところがしばらく続きます。
    先程の2人が追い付いてきました。
    道幅が広いので端に寄るだけで道を譲ることができます。

    しばらく行くと、再び急登。
    植相も変わり、この辺りは植林帯が広がっています。
    道は複線化し、直登もできますが、ジグザグにも登っていけます。
    あれ?
    先程の2人がまた休憩しています。

    ゆっくりゆっくり追い抜きます。
    しばらくして、また2人が追い付いてきました。
    こうなると、少し面倒くさくなってきました。(^。^)
    それでも仕方ないので道を譲ると、急登を登り切ったところで、また座り込んでいます。
    靴もウエアも高機能タイツもザックも、見た目はとっても「登れる人」なのだけれど、このペース配分は素人だなあ。
    ガシガシ登って、息が切れて、頻繁に休憩しないと登れなくなっているのに、スピードを緩めてゆっくり登っていくことはできないようでした。
    急いでも、その後に休憩しなければならないのなら、結局時間がかかるし、息が切れてつらいし、疲れるので、あまりいいことはありません。
    休憩せずに速く歩き続けられるのなら、それで良いのですが。

    そこからは、斜面をトラバースする細い道。
    泥で滑りやすくなっていて、用心して歩きました。
    ここで後ろから追い付いてこられると厄介だなと思いましたが、もう彼らは追いついて来ませんでした。
    いよいよ体力が尽きたのでしょうか。
    熱中症になっていないと良いのですが。

    大きなカエデの木のところで左折。
    ここから陣馬山名物のドロドロ道の始まりです。
    しかし、あまりに泥がひどいので、前を行く人が右の細い道に入っていくのにつられて、私も右折。
    こちらは遠回りのようでしたが、あまり泥がないので歩きやすかったです。
    和田峠から登ってくるときの、山頂近くの木段に途中で合流する道でした。
    少し登ると、陣馬山の白い馬のオブジェが遠くに見えてきました。

    上まで登りきらず、茶店の先の草原にシートを敷いて座りました。10:50。
    予想外にくっきりと富士山が見えています。
    上の画像がそれです。
    こんなに富士山が見えるのなら、丹沢か奥多摩に行けば良かったかなー。
    灰色がかった紺色の富士。
    少し雪渓の残る、見事な夏富士でした。

    おにぎりを1つ食べて、さて出発。
    まずは白馬のオブジェのところまで登ります。
    山頂の茶店は今日はお休みでした。
    そこから階段状の道を降りていきます。
    昔と比べて随分整備されて歩きやすくはなったのですが、やはりドロンドロンの道が続きます。
    後ろで誰かがズズッと滑っている音がするのがまた怖いんでよね。

    明王峠。11:50。
    売店は営業中。
    そこから高尾山へと進む道が整備されて、別の道みたいになっていました。
    いつもはドロドロのところを歩きたくないので、左端の木の根の作る段差のところを歩き、適当なところで登山道に降り立つようにしていたのですが、木の根ごとなくなっていました。
    全体に平らに整備されているのです。
    道の両側をロープで仕切られ、「ここを歩け」と指示されている印象でもあります。
    泥を避けて道の外を歩く人が多く、登山道の広がりや複線化が奥高尾で問題化しているということでしょうか。
    今後は木段やデッキによる整備がさらに進んでいくんだろうなあ。

    前を行く親子連れが、子どもとお父さんはまき道、お母さんは登り道のほうに分かれて登っていきました。
    歩きながら、「今どこー?」と声をかけあっています。
    最終的に、お母さんのほうが早く合流点について、カメラを構えてお出迎え。
    微笑ましい光景でした。
    お母さん、健脚だなあ。

    景信山。13:05。
    小屋に挟まれた通路から見えるせいか、富士山を大きく感じます。
    反対側の眺望も見事でした。
    この時期にスカイツリーが見えていました。
    ベンチに座って、もう1つおにぎりを食べました。

    景信山からの急な下りも整備が進み、歩きやすくなっていました。
    ここも、やがて完璧に整備されるのでしょう。
    小仏峠から登り返して、相模湖の見渡せるポイントへ。
    楽しみにしていた富士山が雲に隠れていました。
    さすがに午後になると雲が沸きますね。

    小仏城山。14:10。
    もっと楽しみにしていた、かき氷(大)400円を購入。
    今日はレモン味にしました。
    かき氷のシロップは色が違うだけで味はどれも同じらしいのですが、やはり色々試したい。
    涼みながら、ここで本日一番の大休憩。
    時間も遅いので、ベンチの人もまばらでした。

    富士山が隠れてしまったので、紅葉台は巻いて、高尾山下。15:25。
    高尾山も巻いて、さてそこからは6号路を下りました。
    琵琶滝コースです。
    こんな時間から登ってくる人が多いのに驚きました。
    しかも、山歩きの姿ではない人がほとんど。
    ロングスカートで、沢の飛び石を登ってくる人もいます。
    何だろう?
    高尾の夕景色とビアガーデンが目当てかな?

    高尾山口。16:45。
    駅前には靴の泥を落とすタワシが沢山置いてありました。
    ゴシゴシと泥を落として、電車に乗り込みました。

      


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    2017年07月03日

    7月15日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    7月1日、大人のための数学教室を開きました。
    今回は「分数式の加法・減法」。
    例えば、こんな問題です。

    x-3         x-1
    x2-6x+8  -  x2-2x-8

    分数をこのブログに書き込んでいくのは難しいのですが、大体の感じはつかめていただけたかと思います。

    計算の基本は、数の計算と同じです。
    分数は、分母が等しくなければ引き算できません。
    すなわち、通分が必要となります。
    このまま、(x2-6x+8)(x2-2x-8)という分母にすることでも通分はできます。
    しかし、それは、普通の分数の通分で、例えば分母が6と8だったときに、それを通分するのに48としてしまうようなものです。
    後の計算が煩雑になる悪手です。
    互いの共通因数を考えて通分しましょう。

    それにはまず、分母をそれぞれ因数分解してみます。
    x2-6x+8=(x-2)(x-4)
    x2-2x-8=(x+2)(x-4)
    (x-4)が共通因数であることがわかります。
    よって、通分した後の分母は、(x-2)(x+2)(x-4)
    このように通分するのですから、それぞれの分子は、それまでの分母にはなかった因数をそれぞれにかけて、
    (分子)=(x-3)(x+2)-(x-1)(x-2)
    この後、分子の計算を行います。
    (分子)=x2-x-6-(x2-3x+2)
        =x2-x-6-x2+3x-2
        =2x-8
    これで、分子は2x-8、分母は(x-2)(x+2)(x-4)
    というところまで整理できました。
    普通の分数の計算でもそうですが、計算後は、約分できるかどうかを確認します。
    分子は2(x-4)と整理できます。
    分母の(x-4)と約分できることがわかります。
    よって、解答は、2/(x-2)(x+2)

    なぜこのような計算過程が必要なのか。
    それぞれの段階で、何のために何をやっているのか。
    高校2年生ともなりますと、数学嫌いな子は、もうそういうことがわからなくなっていて、ただ計算手順だけを覚えて定期テストをやり過ごすことしかできなくなっていることがあります。
    そのため、定期テストの半月後くらいには、こうした計算問題さえ手も足も出ない子もいます。
    やっていることの意味がわかっていない勉強は、確かに不毛です。

    「数学が世の中の役に立っていることを否定するつもりはない。でも、自分が数学を勉強しなければならない意味はわからない」
    昔、極端な文系秀才の生徒からこのように言われて、言っていることの筋が通っていると感心したことがあります。
    後は、教育システムの問題です。
    では、どの段階で文系・理系の判断をするのか?
    彼ほどに明瞭で極端な文系秀才ならば何の問題もないのでしたが、普通の高校1年は自分が文系か理系かの判断はつかない場合がほとんどです。
    高校1年までは、「数学と歴史が得意。国語と理科が苦手」といった判断に窮する傾向の子のほうがむしろ多いです。
    しかし、高校2年で学習する科目は専門性が高まります。
    「得意なつもりでいたけど、ここまでやるとなると、何かもう訳がわからない。無理だな」
    という判断もあるでしょうし、
    「皆は苦手だ嫌いだと言うんだけど、自分はこの科目好きだな。何か急に面白くなってきた。これを大学で勉強するためなら、受験に必要な他の科目も頑張れる気がする」
    という判断もあると思います。
    高校2年まで数学をやることで判断がつくことはあるんじゃないですかね。
    この話をすると、さすがは秀才、それもすぐに理解してくれました。

    理系秀才にとって、古文・漢文の授業もまた、
    「古典を貶める気持ちはないが、自分が古文・漢文を学ぶ意味はわからない。自分が原文を読めるようになる必要はないし、読めるようにはならないと思う。内容だけなら知りたいが、それなら現代語訳で十分だ」
    とも言えます。
    高校2年生まで同じ教育課程であるのは、壮大な無駄のような気もする一方、しかし、全ての子どもに平等な機会を与えるという点では、文系・理系の判断は遅いほうが良いでしょう。
    以前も書きましたが、効率だけを考えたあげく、例えば12歳で学力テストを行い、学力が基準に満たない者にはそれ以上の教育は与えず、基準を満たした者はその能力にあわせ、選抜して専門科目のみ教育する、などという社会が素晴らしい社会だとは到底思えません。
    そんなのは、悪夢でしかありません。
    自分には必要なさそうな数学や古文も勉強するのは、義務じゃなくて、権利なんだ。
    ヽ(^。^)ノ

    話は分数式の計算に戻って。


    2x-5    2x2+9x-28
    x-4  -  x2+2x-24

    さて、これも、上の問題と同じように計算していくこともできるのですが、それぞれの分子と分母を見比べて、分子の係数や次数が分母より大きい場合、もっと整理してからのほうが計算が楽にできます。
    普通の分数の計算で言えば、仮分数を帯分数に直して計算するような感覚です。
    ここで、前回学習した(多項式)÷(多項式)の計算が活きてきます。

    (2x-5)÷(x-4)=2あまり3
    (2x2+9x-28)÷(x2+2x-24)=2あまり(5x+20)

    よって上の分数式は、


          3          5x+20
    2 + x-4  -2 - x2+2x-24 

    と整理されます。

    普通の分数の仮分数を帯分数に直すのと全く同じことをやっています。
    そうすることで、整数は整数同士で、分数は分数同士で引けばよいので、かなりスッキリします。
    その後の計算方法は上の問題と同じです。
    分子の次数が抑えられて、計算しやすくなります。

    ◎日時  7月15日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数Ⅱ「整式と分数式」を続けます。p12から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインに、ご予約をお願いいたします。









      


  • Posted by セギ at 12:26Comments(0)大人のための講座