たまりば

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お知らせ

2016年12月08日

線分の比と面積の比と関数の融合問題。


さて、「線分の比と面積の比」の話の続きです。
底辺の比も高さの比も把握できる2つの三角形は、(底辺の比)×(高さの比)で面積の比を求めることができます。
底辺の比は、見た目そのままなので理解しやすい人が多いようです。
一方、高さの比のほうは、何でそこを高さの比と見ることができるのかなあ、と感じる子が多いように思います。
この考えを座標平面上に応用した問題が、都立入試の関数の問題の問3で度々出題されますので、理解できると良いのですが。

「今、この2つの三角形の共通な底辺は、y軸上にあるでしょう?だから、高さの比は、x軸上で見ることができるんだよ」
個別指導をする場合、まず、こんな雑な説明をして、様子を見ます。
図形センスがあり、この種の問題を解いた経験もある子なら、この説明で理解できます。
手が動き始めたら、まず大丈夫。

理解できない場合。
どこでつまずいているか、少しずつ説明を易しくして、様子を見ます。
下手をすると小学校の「三角形の面積」の学習でつまずいている場合もあります。

三角形の面積。
どんなに算数が苦手な子でも、三角形の内側に高さが示されている場合は、公式通りに面積を求めることができます。
けれど、鈍角三角形がエビぞりしているみたいな向きに図が描かれている場合(わかりますか、この表現?)、高さは三角形の外に示されます。
その場合、それがその三角形の高さであることを理解できない子がいます。
なぜ三角形の外側に示されたものがその三角形の高さになるのか理解できないようです。
高さというのは、その図形の内側にあるものだという固定観念があるのでしょうか。
どうしても高さを求めるのなら、三角形を立ち上げて本当の高さを測るべきだと思うのかもしれません。
花の重さで垂れ下がったヒマワリの高さを測るのに、どっこいしょと花を持ち上げて測るような感覚でしょうか。

そういう子は、三角形の高さの正確な定義を把握できていないのです。
正確な定義は言葉にすると難しい言い回しになってしまうので、そういう厳密なことは中学生から行うのが普通です。
小学生には厳密な定義は教えません。
小学生には複雑な概念を複雑な概念のまま直観的に把握する能力があります。
それは子どもだけにある特別な学習能力です。
その能力に期待して学習は進むのですが、把握できない子はやはり把握できません。


高さが三角形の外側に示されている問題が解けないときに、
「これが高さだよ」
と大人に教えられれば、へえ、そんなもんなのかと思って、その問題は解きます。
しかし、時間をおいて復習すると、やっぱりそのタイプの問題は解けない。
本当に理解したわけではないから、そうなります。
そういう問題を理解できないまま三角形の面積の勉強は終わり、小学校を卒業し、中学生になっている子がいます。
そういう子の場合、三角形から遠く離れたx軸上でその三角形の高さの比を読み取ることは、到底理解できません。

三角形は、どの辺も底辺と見ることができ、そのそれぞれに高さがある、ということを理解できない子もいます。
底辺とは、いかにも底辺な向きを向いているものだけが底辺で、そんなに自由自在に動くものではないと思うのでしょうか。 
簡単に言ってしまえば、そういう子は頭が固いんですが、そういう頭の固さはどうすれば治るのかは難しい問題です。

しかし、勉強しなければそのままです。
繰り返し説明しながら、その子の頭の中で閃光の走る瞬間が来るのを待つことが、遠回りのようで唯一の手段であるように感じています。

  


  • Posted by セギ at 14:02Comments(0)算数・数学

    2016年12月05日

    石老山、石砂山、峰山を歩いてきました。2016年12月。


    2016年12月4日(日)、相模湖近くの山々を歩いてきました。
    三鷹発7:36の中央快速に乗って、高尾で乗り換え、相模湖駅。8:28。
    駅前のバス停の1番線「プレジャーフォレスト経由三ケ木」行きに乗車。8:35。
    石老山登山口下車。8:45。

    2年前の冬にもこの山を歩きました。
    そのときは、山頂付近の予期せぬ雪に難渋し、石砂山までで挫折。
    計画した峰山には行けませんでした。
    今回は、峰山まで歩き通せるかな?

    石老山登山口バス停から少し戻るようにして押しボタン式信号を渡ります。
    渡った左手に山支度をしやすいスペースやトイレもありますが、道はそのまま直進です。
    どんどん歩いて赤い欄干の橋を渡ると、道は2つに別れます。
    右手に「石老山」の大きな道しるべがあり、そちらのほうの細い道を行きます。
    さらにどんどん歩いていくと、右手に道しるべと石段が見えてきます。
    石段を登り直進すると、石老山に咲く花の看板などがあり、左手が登山口。
    古い石段はすぐに尽き、雨の日は浅い沢に変わるような登山道を大きな岩をぬって歩いていきます。
    奇岩・怪岩の連続とガイドブックにはありますが、正直に言えば、岩の形の奇怪さは筑波山にはかないません。
    石老山は、普通の大岩が多いです。
    散蓮華に似た岩だけはちょっと感動。
    本当にハスの花みたいでした。

    晩秋の顕鏡寺の枯れた雰囲気を味わい、さらに登っていきます。
    道は2つに別れ、近道の八方岩コースへ。
    もう一つのコースは、桜の季節には良い道のようです。
    岩の間をなお登っていくと、八方岩から道はいったん平坦な植林帯の道になり、そこからまた緩く登っていきます。
    2年前は、ここから積雪と凍結に難渋しました。
    直近で雪が降った記憶がなかったので、低山だから大丈夫だろうとストックもアイゼンも持って行かなかったら、びっくりするほどしっかり積雪・凍結していました。
    702m峰と侮ってはいけませんね。
    北斜面の雪はいつまでも残ります。
    今回はさすがに積雪などはなく、歩きやすい道をのんびり歩いていきました。

    石老山山頂。10:05。
    山頂は中高年の団体さんで混雑していました。
    山頂からは富士山が見えました。
    周囲の山や木々に遮られ、山頂標識付近からしか見えないのですが、冬晴れの富士山を堪能。

    さて、ここから篠原へ下山します。
    道しるべを確認して、篠原へと歩きだしました。
    しばらくは平坦な良い道ですが、次の分岐から急な下りが始まります。
    団体さんが後ろから来ていました。
    プレジャーフォレストに下りる歩きやすい道を選ぶのだろうと思っていたら、私と同じ篠原へ下山する道を賑やかに降りてきたので、ちょっとびっくり。
    20名くらいの団体さんです。
    中高年パーティも8人から10人くらいですと、足の揃った山慣れた人たちの可能性も高いですが、易しい低山に20人くらいで来ている人たちとなると、何人かは全くの初心者が含まれているのではないかと思います。
    初心者が下りるにはこの道はちょっと急なんだけど、大丈夫なのかなあ?

    そう思って振り返ったら、団体さんは私に追いついてきそうでした。
    嘘でしょう?
    この道、私もときどきしゃがみこんで降りていますよ?

    最初の急な下りが終わり、しばらく平坦なところを過ぎた後、第2の急な下りにさしかかりました。
    急な上に落ち葉が積もって、さらに歩きにくくなっています。
    それなのに、賑やかな話し声は近づいてきます。
    えー・・・・?

    しかし、次の平坦な道を終え、第3の急な下りを下る頃には、後ろの話し声は全く聞こえなくなりました。
    そうか。
    先頭を歩く人たちは山を下る技術を持った人たちなのでしょう。
    目視できる範囲に私がいることもあって、つい歩くスピードが上がっていたのかもしれません。
    前に目標物があると、つられてスピードが上がってしまうことは多いです。
    しかし、そのスピードについていけない人たちもいた。
    パーティが分断された。
    後ろから声がかかり、先頭グループは振り返って立ち止まった。
    そういうことだったのではないかと思います。

    追われることがなくなり、ようやく私も自分のペースでのんびり歩いていきました。
    左手の樹間からはずっと富士山が見えていました。
    小春日和の暖かい日差しが気持ちいい。
    しかし、積もった落ち葉に足が埋まりそうです。
    毎度毎度秋になるとつぶやいていますが、ストックを持ってくれば良かったー。

    今回も少し迷ったのですが、山の様子は大体把握していますので、多分大丈夫、いつもいつもストックに頼っていたらそれがなくては歩けなくなるからと、置いてきてしまいました。
    両側からV字にえぐれた登山道に落ち葉のつもった下り坂は、しかし、ストックが必要でした。
    足許をさぐりながら、そろそろと通過。

    急な下りと平坦な道とが繰り返され、少しずつ高度を下げていきます。
    記憶よりも長い道だなあと感じながら歩いていると、だんだん道が湿ってきました。
    両側の山に挟まれ、終日陽が差さない麓に、2年前は大量の積雪がありました。
    今回は雪こそないものの、ぬかるんだ道を気をつけて降りていき、細い舗装道路へ。
    この農道も真冬は凍結して歩きにくいところですが、今回は乾いた歩きやすい道でした。

    細い道から車道へ。
    篠原バス停。11:45。
    バス停は駐車場にもなっていて、観光バスが1台停まっていました。
    私の姿を見ると、運転手さんがバスから降りてきました。
    あの団体さんのバスなのかな?

    やがて、車道から細い道が右に別れます。
    道の左側に道しるべがあるので少しわかりにくいところです。
    石砂山へは右の道を行きます。
    しばらく民家が続き、左に農地や沢などを見ながら歩いていくと、右にトイレ。
    ギフチョウに関する大きな看板もありました。

    ギフチョウは、4月から5月に見られる蝶。
    昔は丹沢あたりでも多く見られたそうですが、現在は、見られる場所は限られています。
    石砂山は、そのギフチョウの山です。
    カンアオイに卵を産み付け、カンアオイの葉を食べて育ち、スミレの密を吸う蝶。
    何だか聞くだけで贅沢な印象の蝶ですが、写真で見ると毛がフサフサで、多分、私は苦手なタイプの蝶です。
    もし家の中に入ってきたら大騒ぎするかもしれません。
    でも、とても貴重な蝶らしいです。

    細い道の左手、小さな橋を渡ったところが石砂山の登山口です。
    5月から11月はヤマビルの季節で、忌避剤が登山口においてありました。
    一度雪も降りましたし、今年はもう大丈夫でしょう。
    湿った印象の登山口ですが、道はすぐにゆるく、そして明るくなりました。
    尾根はときどき痩せていますが、奥高尾にもこの程度の痩せ尾根はありますから特に危険はありません。
    むしろ、崖っぷちの道のほうが、落ち葉が積もっているだけ怖かったです。
    山頂が近くなると、長い木段の道が始まりました。
    山の上のほうは、まだ紅葉が残っていました。
    ときどき足を止めて紅葉の写真を撮りながら、ゆっくり登っていきました。
    いったん尽きたように見えた階段がもう一度始まって、ようやく山頂。12:10。

    石砂山からは丹沢の山々がよく見えます。
    ベンチに座って眺めると、自分の背が低くなることもあり、丹沢の山は壁のようにそびえています。
    ここで昼食。
    誰もいない山。
    山の日制定を祝う幕が木にくくりつけられているのが、むしろ寂しい印象です。
    枯葉の置ちるカサコソという音が誰かの足音に聞こえ、しかし、振り返ると誰もいない。
    熊だったら大変なので、それでも振り返らずにいられません。
    いつ来ても誰もいない山だけれど、ギフチョウの季節にはここが大混雑するのかなあ。
    今度、その季節に来てみようかなあ。

    さて下山。
    来た道とは反対方向の登山道を降りていきます。
    山頂直下は階段が整備され歩きやすい道でした。
    階段が尽きると、斜面に無理につけられたような細い登山道です。
    普段は砂地で、道が斜めなこともあって滑りやすく怖い道です。
    落ち葉が砂のすべり止めになって、今回は何だかむしろ歩きやすいようでした。
    それでも注意して通過。
    あとはあまり急な坂もなく、淡々と降りていくことができました。

    伏馬田分岐からは少し登り返します。
    2年前はここの崖っぷちの道に積雪があり、怖かった記憶があります。
    今回歩いても崖っぷちの道は細く、ここに雪が載っているところを歩いたのか、大丈夫か自分、と思いました。
    歩かなければ下山できないので、あのときは必死でしたね。
    山側の足はまっすぐに、崖側の足は少し開いて。
    今回も、雪山をトラバースするときの歩き方でそろそろと通過。
    石砂山は、この歩き方をする箇所が多かったです。

    前回、V字に折れていた橋は、立派なものに架け替えられていました。
    その橋を渡ると、すぐに道は芝生に変わり、舗装道路に自然に通じていました。
    そのまま道なりに歩いていき、菅井集落を通って、三叉路へ。
    左の登り道を少し歩くと、菅井下バス停。13:35。
    そのまま直進し、トンネルの少し手前を道しるべに従い右折。
    登山道というには広い、舗装された道を登っていきます。
    どんどん登っていくと道の舗装はなくなりますが、それでも四駆なら走れそうな広い道が続きます。
    左手には丹沢の山々。
    もう日が傾いてきているので、うす水色の大きなシルエットが見えていました。
    やがて黒いベンチが1つ現れ、そこが青根との分岐。
    道しるべに従い、右の細い道に入っていきました。
    ここも道が細く、トラバースの歩き方でしばらく行くと、送電線鉄塔。
    少し心細くなるほど両側がひらけて、奥深い山にいるような風景でした。
    さらに直進し、ゆるい登り下りを繰り返します。
    網子への分岐が2か所。
    続いて、小舟への分岐。
    全て見送って直進します。
    その先、道は2又に別れていました。
    1つはまき道。
    1つは尾根道。
    道しるべでは、どちらも峰山に行くようです。
    尾根道のほうが距離が短い表示が出ていたので、そちらへ。
    尾根の向こう側にいったん回り、その先は階段道が始まりました。
    よく整備された階段です。
    木のような見た目だけれど木ではない材質のものでしっかり土留めされた階段道です。
    これが延々と続きました。

    ついに峰山山頂。14:30。
    一番上の画像は峰山山頂で撮影したものです。
    目を凝らすとうっすらと富士山も見ることができました。

    さて、最後の下山です。
    まずは緩やかな坂を下っていきます。
    じきに大鐘との分岐。
    ここは右の大久保を目指します。
    そこからは、落ち葉の積もった急な下りでした。
    立って降りられるかどうかギリギリな傾斜が延々続きました。
    ストックがあればなあ。
    ときどきしゃがみこんで通過。
    普段はここはザレているところらしいです。
    砂地の急坂も嫌いだから、落ち葉が積もっていてまだ歩きやすかったのかもしれません。

    傾斜が緩くなり、ほっとひと息。
    その先も、ホウバの大きな葉がつもっている崖っぷちの細い道など、あまり好ましくない道はまだありましたが、そこを通過すると道は歩きやすくなり、ぽんと舗装道路に出ました。
    道なりに歩いていくとすぐに県道に。
    左に曲がるとすぐ「やまなみ温泉」の看板が見えました。15:20。

    さて、やまなみ温泉で汗を流します。
    道路の向かい側に渡り、坂道を上がっていくと駐車場。
    その奥が建物です。
    3時間700円。
    自動販売機でチケットを購入。
    受付に出すと、このままお持ちくださいと言われました。
    下駄箱の鍵も個人で保管。
    脱衣所のロッカーは自分で好きものを選ぶシステムでした。
    ロッカーの鍵はかかります。無料です。
    温泉によってこのシステムは色々ですね。

    洗い場は10個ほどあり、空いていました。
    シャワーのお湯の出も良好。
    露天は1つ。
    露天からは芝生が見え、その先はおそらく崖になっているのだと思われます。
    かなり開放感のある露天でした。
    内湯は普通の湯と泡湯。
    サウナもありました。
    今日はよく歩いたから、温泉が嬉しい。

    受付のすぐ前が食堂兼休憩所です。
    食べ物の持ち込みはできませんが、自販機もそこにあるので、誰でも座布団に座ってのんびりできるようです。
    発泡酒。500mL、250円。
    ノンアルコールビールも置いてありました。
    時間を見て、バス停へ。
    定刻通り、16:17に藤野駅行きのバスがやってきました。

      


  • Posted by セギ at 13:43Comments(0)

    2016年12月01日

    中学三年・高校数A 円に関する問題。



    中学3年生の「円」の学習は、ゆとり教育の時代にほとんどの内容が削られ、その後、新課程になってもあまり復活せず現在にいたります。
    公立中学では、入試に向けてスケジュールが押している学校も多く、「円周角と中心角」の学習だけでほぼ終わることもあり、「円」をあまり難しいと感じない子が増えてきました。
    以前は中学3年生で学習するものだった「円」の内容のほとんどは、現在、高校1年生が学習する数Aに移されています。
    しかし、「円」をきっちり学習する時間があるかというと、数Aは数Ⅰと比べて授業数が少ないこともあり、「円」を含む幾何の学習は割愛されてしまうことがあります。
    夏休みの宿題として自習しておくこと、夏休み明けの課題テストの範囲です、という高校もあります。
    一方、国公立・私立中学では、「円」の学習は旧課程のまま、中2または中3で現在の数Aの内容全てをきっちり学習するところが多いです。
    円周角と中心角。
    三角形の五心。
    接弦定理。
    方べきの定理。
    ・・・・などです。

    どちらが良いのかはわからないですが、数Ⅰ「三角比」の学習の最後、平面図形や空間図形の求積の問題で、三角錐に内接する球の半径を求める典型題を解説すると、全く話が通じないことがあります。
    「この三角錐の底面は正三角形でしょう?正三角形は内心と重心が一致するから、重心からここの線分の長さを求めることができるんですよ」
    「はあ?」
    「正三角形は、内心と重心が一致するんですよ。外心もですよ」
    「そうなんですか?」
    「・・・・重心って何だかわかりますか?」
    「・・・・多分、わからないです」
    「勉強していないんですかね?」
    「・・・・わかりません」
    これは、この状態でいいのかなあ?

    例えば、「五心」。
    三角形の外接円の中心が外心。
    三角形の内接円の中心が内心。
    三角形の各頂点から対辺の中点に引いた直線の交点が重心。
    三角形の各頂点から対辺に引いた垂線の交点が垂心。
    三角形の1つの内角の二等分線と他の2つの外角の二等分線の交点が傍心。
    これらを合わせて、三角形の「五心」と言います。

    「五心がわからない」
    と慌てたように教室に入ってきて訴える私立中学の生徒もいますが、よくよく話を聞くと傍心がわからないだけだったりします。
    傍心なんか定義だけわかっておけば大丈夫ですよ。
    それより、外心や内心、重心に関する典型題は解けますか?
    大切なのはそれです。
    テストに出るのもそれです。

    以前、うちの塾に通う中3の生徒が、五心の個々の名称を答えるだけの問題が定期テストに出たときに、初めは正答を書いたのに、自分の答案を見ているうちに不安になって書き直して全て間違えてしまったことがありました。
    「外心」という自分の文字を見ていたら、円の中心は「点」なのに「心」というのはおかしいのではないかと思い始めたそうなのです。
    そして、全て「外点」「内点」と書き直してしまいました。
    うーむ・・・・。
    知識のゲシュタルト崩壊でも起きたのでしょうか。

    「・・・・中心なんだから、心という字を使うことに何も問題はないと思いますよ。外点なんて言葉に聞き覚えがありますか?」
    「・・・・ありません」
    答案を見ながらのこんな会話もむなしく、後の祭りでした。
    各2点の問題で、これで10点失ったので私の脱力感も大きかったですが、子どもを教えているとこういうことは避けられません。
    相手は機械ではないので、指示した通りの正確な再生はできないこともあります。
    テストになると睡眠時間を削って勉強し、テスト中にふっと睡魔に襲われる子もいます。
    悪い成績を取った経験が尾をひき、テストに対して恐怖心があり、テスト中にパニックが起きているのではないかと想像される子もいます。
    正常な判断ができなくなっています。

    外心は、三角形の各辺の垂直二等分線の交点です。
    各辺の垂直二等分線は3本あります。
    その3本が1点で交わっている。
    これは、凄いことです。
    最初から3本の直線を1点で交わらせようとして描いているわけではありません。
    個々に引いた3本の直線が、必ず1点で交わるんです。

    内心は、三角形の3つの内角の二等分線の交点。
    これも3本あるのに、1点で交わります。
    重心も、垂心も、傍心も、3本の直線が1点で交わっています。

    何て美しいのだろう。
    この美しさは、この世界の美しさである。
    この世界の成り立ちの美しさである。
    古代の学者は、そのように感動したのかもしれません。

    そういう観点で見たとき、「円」はロマンに満ちています。
    幾何は、ロマンあふれる魅力的な分野です。
    嫌いだ、苦手だ、ではなく、少しでも楽しんで学習してくれると良いなあ。
      


  • Posted by セギ at 12:05Comments(0)算数・数学

    2016年11月28日

    12月10日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    11月26日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    「不定方程式」の続きです。
    今回は、文字が3つある、3元1次不定方程式の解き方。
    まずは連立型。
    式が2本ある場合です。

    問題 連立方程式 
    7x+5y+2z=37・・・➀
    2x-y+z=13・・・②
    の整数解を全て求めよ。

    不定方程式の基礎が身についたら、この解き方は自力で発見することもできそうです。
    zを消去した式をまず1本作ったら良いですよね。
    どうしたら消去できるか?
    zの係数を揃えて、足したり引いたりすれば消えます。
    ➀-②×2をすると。
      7x+5y+2z=37
    -)4x-2y+2z=26
      3x+7y   =11 ・・・➂

    ここから xとyの解を求めるまでは、今まで学習した不定方程式の解き方と同じです。
    暗算で、xとyの整数解の1つを求めます。
    例えば、(x, y)=(-1, 2)がそうですね。

    この暗算が上手くいかないという悩みをもつ高校生もいます。
    見つけられないと言うのです。
    上の式で言えば、3xと7yの和が11という正の数になるということは、xとyのどちらかが負の数だということにまず気づくこと。
    あとは、係数の大きいyのほうに、1、2と入れていって辻褄が合うかどうかを検討するのが手っ取り早いです。
    7と3の差が4で、11と7の差が4であることから、xの係数とyの係数の絶対値の差は1であることは判断できるのですが、そんなことをいちいち考えるのは逆に面倒くさい気もします。

    さて、xとyの整数解の1つが見つかりましたので、
    3・(-1)+7・2=11・・・④
    ➂-④をすると、
    3(x+1)+7(y-2)=0
    移項して、
    3(x+1)=-7(y-2)
    3と7は互いに素だから、
    x+1=7k (kは整数) ・・・➄
    ➄を➂に代入して計算すると、
    y=3k+2
    よって、x=7k-1
         y=3k+2 (Kは整数)

    xとyの解がわかったら、それを与式のどちらかに代入すればzも求めることができます。
    今回は➁の式が求めやすそうなので➁に代入しますが、➀に代入しても同じ答えが出ますし、そのことで考えこんでしまう必要はありません。
    ぱっと見てどちらが解きやすいか判断がつかないのは、それはどちらでも本人にとって同じ労力だからだろうと思います。
    負の数になると符号ミスをしやすい高校生の場合は、むしろ➀に代入したほうが正解の可能性が高まるかもしれません。

    計算の工夫は、そうしなければならないというものではありません。
    ただ、この時期、高校生に「三角比」「三角関数」を教えていて感じるのですが、計算が苦手な子ほど計算ミスをしやすそうな計算方法で計算してしまいます。

    例えば、余弦定理の利用の問題で、下のような式を立てるところまではできるのです。
    49=(x-1)2+25-2(x-1)・5・(-1/2)
    式の後ろのほう、-2(x-1)・5・(-1/2) はごちゃごちゃしているように見えますが、ここは全てかけ算の連なりですから、どこからかけても結果は同じです。
    -2と-1/2を先にかけてしまえば、ここは1です。
    だから、5(x-1)=5x-5 と簡単に整理できます。
    しかし、計算が苦手な子ほど、前から順番にかけていきます。
    -2(x-1)・5・(-1/2)
    =(-2x+2)・5・(-1/2)
    =(-10x+10)・(-1/2)
    =5x-5
    見ていて、「うわあ・・・・」とつぶやいてしまう危険な計算過程です。
    そして、途中のどこかで符号ミスやかけ算を忘れたミス、( )をつけ忘れて項がかけ算の連なりから外れてしまうミスなどが起きて、ほとんどの場合、誤答してしまいます。
    ( )をいちいち開いたら面倒くさくなるよ、そこは最後にしなさいと助言するのですが、そういうのは問題を解いているときには気づかないと本人は言います。
    交換法則や分配法則。
    そういう計算上の法則がきちんと定着していないのかもしれません。
    言われればわかるけれど、使いこなせない。
    これを「自分がわかる解き方で解きなさい」とほおっておくことはできません。
    計算ミスをしやすい子が、計算ミスをしやすい方法で計算したら、ほぼ確実に計算ミスをします。
    これはさすがに止めます。

    計算の工夫というのは、簡単に解くための工夫です。
    簡単に解くということは、ミスしにくくなるということです。
    ミスの出方が同じ頻度であるのなら、どんな解き方でも構わないのです。

    さて、不定方程式に話を戻しまして。

    x=7k-1 , y=3k+2 を 2x-y+z=13 に代入します。
    2(7k-1)-(-3k+2)+z=13
    14k-2+3k-2+z=13
    17k-4+z=13
          z=-17k+4+13
          z=-17k+17
    よって、
    x=7k-1
    y=-3k+2
    z=-17+17 (kは整数)

    これが3元1次不定方程式の解です。
    ヽ(^。^)ノ

    さて、次回の大人のための数学教室は、12月10日(土)です。
    これが年内最後の授業となります。

    ◎日時  12月10日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p106の問題10について質問を受けるところから授業開始です。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインあてに、ご予約をお願いいたします。







      


  • Posted by セギ at 13:29Comments(0)大人のための講座

    2016年11月24日

    三角形の線分の比と面積の比。





    さて、今回は、中学三年生の数学「相似」という単元の中の「三角形の線分の比と面積の比」の話。

    例題 上の図で、AD:DB=2:3、BE:EC=4:1である。△BDEの面積は△ABCの面積の何倍であるか答えなさい。

    この問題には何通りかの解き方がありますが、どれも、高さが等しい三角形は面積の比と底辺の比が一致するという考え方を利用します。
    そのことがまず理解できるかどうかが鍵です。

    上の図で、高さの等しい三角形は、例えば△ADEと△BDEです。
    底辺が同じ直線上にあり、残る頂点が一致していれば、その2つの三角形の高さは等しいです。
    図形の学習の難しさは、このことが理解できない子が少なからず存在するというところにあります。
    2本の平行線の間に三角形を2つ描いて、この2つの三角形は高さが等しいねと説明してあければ理解できる子も、こうした図の中で高さの等しい三角形を自力で発見することができないこともあるのです。
    「三角形の高さ」というものへの認識が漠然としていて、小学生の頃から底辺と斜めの位置の辺の長さも高さとして利用して面積を求める式を立ててしまう子は、上の図の三角形のどこが高さなのか把握できないようです。
    あるいは、三角形が少し斜めになっていたり逆さになっていたりするだけで見えにくくなってしまう子も多いでしょう。

    図形把握力の弱さは、小学生の頃から表れています。
    正方形が斜めになっているだけで正方形に見えなくなる子。
    図形の向きによって、直角三角形と二等辺三角形の識別ができない子。
    三角形の高さをその三角形の外側の位置にしか示せないような形の三角形のときに、高さを把握できない子。
    「では、どうしたら良いのでしょうか」
    と保護者の方から相談されることがあるのですが、弱点というのはそんなに簡単には克服できません。
    問題ごとに「この三角形とこの三角形が高さが等しいのですよ」とマーカーでなぞり、このように見えるものなのだということを教え込んでいくしか方法はないと思います。
    知力がイメージ力を補っていくのを期待しましょう。
    時間は相当かかると思います。

    さて、一応、高さの等しい三角形は把握できるのだとして。
    その先、この問題をどう解いていくかです。

    私立中学を受験した子たちにとっては、この問題は学習済みの内容です。

    教える場合も、正直に言えば、中学受験経験者に対するほうが相似は教えやすいです。
    基本は理解できていますので、実際に解いてもらい、本人の習熟度を判断しながら、本人にわかる解き方で教えていきます。
    同じ中学受験生といっても「相似」という単元に関しては習熟度に大差がありますので、理解できるレベルも個人差が大きいです。

    まず最も基礎的な中学受験算数の解き方としては。
    三角形の高さが等しいならば、底辺の比と面積の比は等しいから、
    △ADE:△BDE=2:3
    この2つを合体させた△ABEを➄とする。
    同様に、
    △ABE:△ACE=4:1
    ➄が4にあたるのだから、それを20と置き換えると、
    △ABEは、20。△ACEは、5。
    △BDEは、12。
    △ABCは、25。
    よって、△BDEは△ABCの12/25倍。

    受験算数にもう少し習熟している子は、別の解き方をします。
    △DBEと△ABCで。
    底辺の比は、4:5。
    高さの比は、3:5。
    よって、面積の比は、12:25。
    答え 12/25倍。
    (底辺の比)×(高さの比)=(面積の比)
    という「比の積」の考え方が身についている子には、これで話が通じます。
    上の図に一応入れた補助線AEも必要としません。
    ただ、底辺の比の4:5はともかく、高さの比が3:5であることは理解できない子が多いです。
    式そのものは簡単なのですが、自力で使えるかどうかは個人差が大きい解き方です。
    説明を聞けば理解できるのだとしても、試験中に自力で使えなければどんなテクニックも意味がありません。
    「比の積」「比の商」は、中学受験生の中でもかなり受験算数に習熟した子でないと定着していない内容です。
    多少もたついても、一番上の解き方のほうが理解できる子が多いのです。

    一方、中学受験を経験していない子たちは、この問題をどう解くのがベストかというと。
    一番上の解き方は、最小公倍数で揃えることを必要としない問題ならば良いのですが、今回のように「20に揃える」といった要素が出てくると、あまり定着しません。
    〇や△を使って問題を解くことに慣れていないので、作業自体がもたつきますし、〇と△を使い分けることをせず混乱してしまう子がほとんどです。

    そこで、分数を使ったきっちりした式で説明することになります。
    慣れるとこちらのほうがわかりやすい面もあります。
    これは、大きい三角形のほうから分割するように考えていったほうがわかりやすいです。
    まず△ABEは、△ABCを4:1に分けた4つ分のほうですから、
    △ABE=△ABC×4/5
    また、△BDEは、△ABEを3:2に分けた3つ分のほうですから、
    △BDE=△ABE×3/5
         =△ABC×4/5×3/5
         =△ABC×12/25
    よって、△BDEは、△ABCの12/25倍。

    ものの考え方がシャープな子に対しては、2番目の(底辺の比)×(高さの比)=(面積の比)の意味とその考え方を一度きっちり教えます。
    これは公式として覚えなさい、この形の問題を見たら必ずこれで解きなさいと指示します。
    「裏ワザ」的なことが好きな男子生徒は定着率が高いです。


    同じ問題を解くときに、上のような問題は、中学受験の経験者にとっては解き慣れた基本問題ですが、中学で初めて学ぶ子にとっては初めて挑戦する内容だというのは大きな違いです。
    この差は埋まらないことが多いです。
    経験値が違い過ぎます。
    毎日放課後遊べるはずの楽しい小学校時代の数年を受験勉強に注ぎ込むというのは、そういうことです。
    何かを失ったかもしれない。
    でも、得たものも大きい。
    そういうことだと思うのです。

    一番難しいのは、受験算数を勉強したけれど結局マスターできなかった子。
    〇や△の記号を使おうとするけれど記号の使い分けをせず、無関係な比を同じものと誤解して使用し誤答してしまいます。
    曖昧に身につけた技術がアダとなっている印象です。
    他の解き方を教えても、逆に混乱する様子であまり定着しません。
    何を解いても、何度解いても、間違える。
    気持ちも滅入ってきます。

    受験算数で挫折感を深めてしまうと、メンタルの問題としては、数学嫌いをこじらせてしまうことがあります。
    世間一般のレベルから言えば、そんなに数学ができないわけではないのに、本人はそう思っていません。
    苦手意識から、勉強が後回しになり、やがて本当に苦手になっていきます。

    公立小学校・中学校の算数・数学しか知らず、自分は数学はよく出来ると自信を持っているほうが幸せかもしれない、とも感じます。
    自分は数学は得意だ、数学は好きだ、という信念で、コツコツ勉強していったほうが、高校数学がよく身につく場合もあります。

    その子にあった道がある。
    どの道にも良い可能性はある。
    そう思います。
      


  • Posted by セギ at 13:14Comments(0)算数・数学

    2016年11月21日

    紅葉の高尾山から南高尾を縦走しました。2016年11月。


    2016年11月20日(日)、高尾山の紅葉が見頃になったと聞き、行ってきました。
    しかし、紅葉の時期の高尾山は混雑必至。
    1号路さえ大渋滞が起こることがあります。
    朝早いうちに高尾山を歩き、そこから離れていくコースをとりましょう。

    いつもより早めに出発し、高尾山口到着。7:58。
    ケーブルカーの始発は8:00。
    すでに長い行列ができているのを横目に、6号路の琵琶滝コースへ。
    こちらへ歩いていく人もたくさんいて、登山口付近は長い列になっていました。
    春から夏にこの状態だと追い抜くのは大変です。
    でも、今の季節は、厚着で出発し、途中で立ち止まり上着を脱ぐ人が多いです。
    歩いていくうちに前方に人はいなくなりました。
    沢の中を飛び石で歩くところはさすがに少し渋滞。
    その先の長い木段は、皆さん1列で登っていられて、自分のペースで追い抜いていくことができました。
    なんだか、むしろいつもより早いペースで、高尾山頂。9:00。

    大見晴台からは、雪をかぶった富士山がくっきり見えました。
    丹沢の山々は青紫色。
    手前の山々は紅葉。

    さて高尾の紅葉はと言うと、今年は秋に暑すぎたり寒すぎたりと妙な天候が続いたせいか、紅葉する前に黒い斑点が出てしまった葉や枯れた葉が多く、飛びぬけて素晴らしい年とは言えないように思います。
    でも、朝の光は良いですね。
    充分きれいに見えました。
    上の画像が高尾山の紅葉です。

    さて、ここから、まずは小仏城山へ。
    高尾山から奥高尾方面へと降りていく緩い道、そして階段を降り切ってその先少し登った紅葉台は、名前の通り紅葉の名所。
    茶店は朝から行列の出来る大繁盛。
    ベンチも人でいっぱいでした。
    ここからの富士山もきれいでした。

    木段は昨日の雨で泥んこで足元注意なのですが、その途中にも紅葉は随所にあり、見上げたり足元を見たり、立ち止まっては写真に撮ったりして、なかなか先に進めません。
    一丁平まで来ると空いているベンチもあり、ようやく休憩。9:40。
    ここも紅葉の名所です。
    その先の展望台からも富士山。
    ここは近景に高い木がないので、丹沢と富士山の眺めが爽快でした。

    いったん下ってまた登っていくと、小仏城山。10:00。
    ここから富士山を見るのは久しぶりです。

    ちょっと長めの休憩を取った後、来た道を少し戻って、分岐から南高尾へ。
    今日はトレイルランナーの人はほとんど登ってこないなあ。
    高尾の大混雑が予想されるこんな日は別の場所を走るのでしょうか。
    喧騒からふいに静かになった山道の急坂を下っていきました。
    斜面を巻く細い道が終わると、ジグザグに下っていき、浅い沢沿いの道へ。
    そこから急な坂を鉄柵に頼って降りていくと甲州街道。
    歩道橋を渡るとそのまま南高尾の登山道につながります。
    樹間から甲州街道が見えるのに案外道は細く、用心して歩いていくと上り坂が始まります。
    登ったり緩くなったりを繰り返し、植林帯のベンチ前を通ってしばらく行くと、大洞山。11:30。
    1パーティが賑やかに昼食を調理中。
    ここは素通りして、少し先の登山道からちょっと外れた小高いベンチで休憩しました。


    南高尾は、明るい雑木林の道。
    赤や黄色に色づいた葉から透ける光で、道はいつもよりさらに明るく照らされています。
    足元は、茶色の枯葉が積もった上に、まだ鮮やかな赤や黄色い葉が落ちていました。
    紅葉の色の強さは高尾主脈のほうが勝っていますが、南高尾の紅葉の道はしみじみとしています。

    前方から近づいてきている初老の男性が、胸ポケットから何か取り出したのが見えました。
    スマホケースかなと思ったら、手帳。
    「落ち葉を拾っているんだよ。いたずらで」
    手帳を開いて見せてくれたのは、うす茶色や黄色のきれいな落ち葉でした。
    私は来た道を指さし、
    「ここから先、赤い落ち葉もありましたよ」
    「あった?」
    「はい」
    にこにこ笑って別れました。

    中沢山のまき道は少し細い。
    でも道はすぐに歩きやすい緩い道になります。
    見晴台。12:10。
    横並びの1つに座り、景色を眺めながら昼食をとりました。
    雲が出て富士山はもう隠れていましたが、秋の津久井湖と丹沢の眺めは晴れ晴れとしています。

    さて出発。
    まき道が延々と続きますし、道自体は細いのですが、怖いと感じることはほとんどありません。
    斜面の傾斜が緩いのと、高尾の森の印象のせいでしょうか。
    木が高く、紅葉も遠いところにありますが、変わらず道は明るいです。
    反対回りに歩いてくる人が今日は多いなあ。
    高尾山が大混雑のときは、静かな南高尾も少し人が増える印象です。

    三沢峠。13:05。
    ベンチで休憩。
    道が4本に別れるところで、どの道を行くか看板の地図を眺めて考えこんでいる人も。
    地図の位置からは「高尾山口」の道しるべが見えにくいのが立ち止まってしまう原因でしょうか。
    実際に分岐の中央に立てば、「高尾山口」の道しるべが見えます。
    さて出発。
    立ち止まっている人が振り返って私を目で追っているのがわかりました。
    この人も高尾山口に下山したいのかな。
    緩い上り坂が高尾山口への道です。
    振り返ると、先ほどの人が少し離れて後ろをついてきていました。

    段差の大きい階段をいくつか下っていき、最後に急坂を登ると、草戸山。13:35。
    ここでもベンチで休憩。
    さすがに少し疲れてきました。
    でも、3時頃には下山できそうです。

    草戸山からは左に折れるように道を下っていきます。
    植林帯の暗い道はすぐに終わり、再び明るい雑木林が始まります。
    登り返すと、草戸峠。
    ここもベンチが並んでいます。
    高尾の尾根がよく見えました。

    ここからは登ったり下ったりの繰り返し。
    距離は短いのですが思いがけず急な登りもあります。
    高尾山口はもう近いのに山深い味わいがあります。
    何度来ても好きな道です。
    登り切った小さなピークのベンチに3人パーティ。
    「お姉さん、見てみて。ツツジ」
    手招きされてみると、本当にツツジが咲いていました。
    「あ。何でこんな季節に」
    「ねえ?」
    天候不順は植物に負担をかけますね。

    落ち葉を踏みしめ、四辻まで来ると、下山口まであと15分。
    湿った急坂を用心して降りていくと、民家の脇からポンと舗装道路に出ます。
    そこからは高尾山の交差点までは1分です。
    下山。15:00。
    道路の向こう側は、予想通り観光客で混雑していました。

      


  • Posted by セギ at 13:48Comments(0)

    2016年11月18日

    冬期講習のお知らせ。2016年。


    2016年度冬期講習のご案内です。
    詳細は、11月末に書面で郵送いたします。
    お申込み受付は、12月1日(木)からとなります。
    申込書またはメールでお申込みください。
    なお、この期間、通常授業はありませんので、いつもの時間帯の授業を希望される方も改めてお申込みください。
    外部生の受講は承っておりません。大変申し訳ありません。

    以下は、冬期講習募集要項です。
    ◎期日
    12月26日(月)~12月30日(金) 
    1月4日(水)~1月9日(月)
    今回、1月8日(日)も授業日となります。
    ◎時間帯
    10:00~11:30 , 11:40~13:10 , 13:20~14:50 , 15:00~16:30 , 16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30
    ◎費用
    1コマ90分4,000円×受講回数
    ◎指導科目
    小学生 一般算数・受験算数・英語
    中学生 数学・英語
    高校生 数学・英語

    ◎空きコマ状況 12月10日更新
    12月29日(木)
    20:00~21:30
    12月30日(金)
    13:20~14:50 ,20:00~21:30
    1月4日(水)
    16:40~18:10 , 18:20~19:50 , 20:00~21:30

    1月6日(金)
    20:00~21:30
    1月7日(土)
    20:00~21:30
    1月8日(日)
    13:20~14:50 ,20:00~21:30
    1月9日(月)
    20:00~21:30

      


  • Posted by セギ at 11:34Comments(0)大人のための講座

    2016年11月17日

    中学数学 図形の証明問題。



    さて、今回は証明問題のお話です。
    証明問題が苦手という子は多いです。
    たいていは三角形の合同か相似を証明する易しい証明問題なのですが、生徒の答案を見ると、世の中には証明を書くことに向いていない人がいるのかもしれないと思うほどに、何だかよくわからない答案になっていることがあります。

    証明には、作法があります。
    読む側はその作法で読みますので、書く側もその作法で書く必要があります。
    その作法で書いていない証明は、
    「え?」
    「何で?」
    と読む側は思ってしまいます。
    読む側にそう思われないように作法を守って書けば良いのです。


    最もシンプルな三角形の合同の証明問題の答案の例として、例えばこのようなものが考えられます。

    △ABCと△DCBにおいて
    仮定より
    AB=DC
    ∠ABC=∠DCB
    共通な辺なので
    BC=CB
    2組の辺とその間の角がそれぞれ等しいので
    △ABC≡△DCB

    この程度の易しい証明問題も、書き間違える子は、この1題の中で2か所、3か所と間違えてしまいます。
    AB=DC
    と、対応する頂点を揃えて書かなければならないのに、
    AB=CD
    と書いてしまう。
    ∠ABC=∠CDB
    と書き間違えて、全然違う角を示してしまう。
    同じ角を示しているのであっても、
    ∠DCB=∠ABC
    と、示した角と、最初に提示した三角形の順番が逆になってしまう。

    しかも、自己採点ではそれに〇をつけてきたりするので、私が見直して×をつけることも多いです。
    本人は正解だと思い込んでいます。
    「え。ちゃんと書きましたよ」
    と主張するので、どこが間違っているかを説明する必要があります。

    書き間違いがあまりにも多いので、
    「これは、0点ですね」
    と言っても、
    「え?少し減点くらいでしょう?」
    と気楽に構えている子もいます。
    大体できているんだから大丈夫と思うようです。
    精度に対する意識が低い、ということなのでしょう。
    結果、テストで得点できず、落胆するのは本人です。

    証明というのは相手を説得するために書くものです。
    順番がぐちゃぐちゃで通用するわけがありません。
    自分が書くときには順番がぐちゃぐちゃな子に、私が同じように順番がぐちゃぐちゃな説明をして理解できるかといったら、おそらくできないでしょう。
    私がうっかり言い間違えたり書き間違えたりしたら、生徒はそこで詰まって理解できなくなっ
    てしまいます。
    だから、同じように自分も順番を守って正確に説明しなければならない。
    そう自覚するだけで、証明のどこに気をつけなければならないかわかってくると思います。

    また、根拠を示すことの重要性に対する認識が必要です。
    根拠を示さなければ誰も納得しません。
    何の定理を使ったのか。
    どこに根拠があってそれが言えるのか。
    それを明示しなければ読む人は理解してくれません。
    読む側の立場にたってわかるように書くのが証明の答案です。

    どこに注意を払い、何をどう書いていけば良いのか。
    そのコツさえつかめれば、証明問題は型通りに書いていくだけのものなので、典型題に関してはむしろ得点源とすることが可能です。

    こうした易しい典型題の証明問題なら解けるけれど、もう少し難しい問題が発想できないという人もいます。
    これも人によって様ざまな課題があります。
    まず、考える時間が異様に短い子。
    問題を読んでから「わからない」と言うまで1分もかからないこともあります。
    ものをじっくり考えるという習慣がないようです。
    そういう子にとって、問題は、「ぱっと見てわかる問題」と「わからない問題」の2種類しかないのかもしれません。
    頭の回転自体は速い子にこういうタイプが多く、わかる問題だけ解いていればいい、自分がわからない問題は難しい応用問題だから解かなくていいという意識を持っていることもあり、改善には時間がかかります。
    ものをじっくり考える習慣のない子が考えるようになるには動機が必要です。
    多くは、高校入試を意識するようになってから必要に迫られてようやくそういう方向に気持ちが動き始めます。
    遅過ぎるようですが、何しろ頭の回転自体は速いので、中3の秋から大きく伸びることがあります。
    高校入学後は、身につけた考える力が良い結果を生むようになります。

    もっと不器用なタイプで、一所懸命考えているけれど証明問題が解けない子の場合は、その子に特有の盲点がある場合が多いです。
    例えば、線分で区切られると図形が見えなくなる子。
    区切られた最小の図形しか見えません。
    線分をまたいで大きく図形を把握することができないので、合同な三角形も相似な三角形もその子の視点では存在しないことになります。
    ものの見え方の癖のようなものなのでしょう。
    説明されても見えないのであればもう仕方がないのですが、大抵は知力でカバーできますから、どういう図形が本当は見えるものなのかを繰り返し把握することで少しずつ見えてくるようになります。

    あるいは、特定の定理が使用できない子。
    例えば中2で、
    「2角の等しい三角形は二等辺三角形である」
    という定理を使用できない子。
    あるいは中3で、
    「半円の弧の円周角は90°である」
    という定理を使用できない子は多いです。
    言われれば理解できる定理です。
    何度もそれに気づかないせいで問題が解けなかった経験があるにも関わらず、やはりその定理が使用できず、問題が解けません。
    その定理が使用できる状態で頭の中にない。
    そこが盲点になってしまっています。

    漠然と「応用問題が解けない」ではなく、どういう応用問題が解けなかったのか。
    その応用問題はどういう定理を使用する問題だったのかを自分で分析するようにすれば、傾向は見えてくるはずです。
    そうすれば、その定理は使用できるようになるでしょう。
    間違えた問題にバツをつけることすらやりたくないタイプの子にはこれは難しいことのようですが、正答できた問題よりも間違えた問題、解けなかった問題から多くのことが学べます。

      


  • Posted by セギ at 12:24Comments(0)算数・数学

    2016年11月15日

    11月26日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    11月12日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    「不定方程式」の学習の続きです。
    例えば、こんな問題。

    例 41x+17y=30 の整数解を求めよ。

    不定方程式を解くには、まずxyの整数解を1組見つける必要があります。
    しかし、このようにxyの係数が大きいと、さすがに暗算で見つけるのは難しくなります。
    そこで互除法を利用します。
    41÷17=2あまり7 →7=41-17・2
    17÷7=2あまり3  →3=17-7・2

    目標は、x、yの整数解を1組見つけること。
    すなわち、41◇+17△=30
    という形の式を1本作ることです。
    そこに向かって、数値を代入していきます。
    あまりが1になるまで計算しなくても、あまりが30の約数になるまで互除法をやれば、そこから変形していくことができます。
    3=17-7・2
     =17-(41-17・2)・2
     =17-41・2+17・4
     =41・(-2)+17・5
    この全体を10倍します。
    41・(-20)+17・50=30 ・・・・➁

    後はこれまでと同じなのでかなり省略して書きますから、この先の計算がよくわからない場合は、前回と前々回の「大人のための数学教室」のページをご参照ください。

    与式を➀として、➀-➁をすると。
    41(x+20)+17(y-50)=0
    移項して、
    41(x+20)=-17(y-50)
    41と17は互いに素だから。
    x+20=17k (kは整数)
    y-50=-41k
    よって、答えは、
    x=17k-20
    y=-41k+50 (kは整数)

    そのときはわかるけれど、時間が経つと、またわからなくなる。
    高校生も、不定方程式は、わかって、わからなくなって、またわかっての繰り返しです。
    作業手順だけ覚えようとすると、忘れるのも早いです。
    必ず計算の意味に戻れるようにしておきましょう。
    なぜ41と17が互いに素だと x+20=17k だと言えるのか。
    なぜ、x+20=17k とし、-17k としないのか。
    なぜ、y-50=-41k とするのか。
    ふっとわからなくなる質問を繰り返し受けながら、計算に没頭してもらった90分間でした。

    不定方程式の係数がさらに大きい場合の解法にも進みましたが、これは例題解説をしたのみで、演習は宿題にしました。
    また疑問百出と思います。
    次回はそこの復習からやっていきましょう。

    ◎日時  11月26日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p105から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインあてに、ご予約をお願いいたします。






      


  • Posted by セギ at 12:58Comments(0)大人のための講座

    2016年11月14日

    鶴寝山から大マティ山を歩いてきました。2016年11月。


    2016年11月13日(日)、鶴寝山と大マテイ山を歩いてきました。
    中央線上野原駅下車。8:25。
    先月、権現山を歩いたときに乗ったのと同じ松姫峠行きのバスに乗りました。
    前回もそうでしたが、バスの乗車口で待っている係員の方は、乗客に行き先を訊きます。
    バス会社の方ではなく、小菅村の職員の方なのかな?
    「どこに行くの?」
    「松姫峠まで行きます」
    「じゃあ、これ持っていって」
    と、小菅村登山ガイドと書いてあるパンフレットをいただきました。
    「温泉行く?小菅の湯」
    「行きます」
    「じゃあ、割引券あげよう」
    ポケットから取り出した、100円引きの割引券もいただきました。
    わーい。ヽ(^。^)ノ

    バスは満席。
    私の他に数人の高校生が立っていました。
    わいわいと賑やかにバスは出発です。8:30。

    市街地を抜けると、景色は途端に山深くなり、紅葉が目立ち始めました。
    今年は秋の天候不順があったから、紅葉は今ひとつかなあ。
    それでも、ときどきハッとするような赤いカエデの木があります。
    要害山の登山口で下りた人がいて、高校生たちは遠慮して座らないので、そこからは有難く一番前の座席に座らせてもらいました。
    広いフロントガラスから紅葉を堪能。
    ギリギリの道幅のところに入っていくバスにも感動。
    凄い運転技術だなあ。

    色々な山の登山口を通っていくバスで、登山口の度に乗客は1人2人と降りていきます。
    鶴峠バス停。9:35。
    ここで乗客の大半が下りていきました。
    中高年の10人ほどのパーティ。
    そして高校生の団体14人。
    顧問の先生が人数を申告し、一気に支払って降りていきました。
    そうかあ。
    やっぱりみんな奈良倉山から縦走するんだなあ。
    紅葉をゆっくり眺めたいし、温泉もゆっくり入りたいから、私は松姫峠からにしたのですが、奈良倉山とつないで歩く人のほうが多いのかもしれません。

    急にガランとしたバス。
    後ろを振り返っても、乗客は5~6人でした。
    次のバス停は小菅の湯。
    ここでも2人降りていき、心細さがつのります。
    運転者さんが、
    「帰りはここから乗られますか?」
    と問いかけるのに声も出ず、コクコクと首を振って応えると、
    「今、ロータリーが工事中なので、帰りのバスもここから出ます」
    私は再び、無言で首をカクカク。
    知らない山だし、奥深い山だし、今年は熊が多く出没しているし。
    だんだん緊張してきました。

    終点、松姫峠。10:15。
    バスの下車口から少し戻る位置にバイオトイレがありました。
    そのトイレの横が登山口です。
    「牛の寝 大菩薩峠登山口」と縦書きに書かれた渋い道しるべが立っていました。
    大菩薩峠まで縦走できる距離なのです。
    随分と遠くまで来たなあという気持ちになりました。

    熊鈴を腕につけてリンリン鳴らしながら出発。
    緩い登り坂の先、少し傾斜が急になったところで、親子連れが休憩していました。
    お父さんと小さい女の子です。
    「お父さんが下りるぞと言ったら、絶対すぐに山を下りるからね」
    はしゃぐ女の子にそう言い聞かせています。
    うん、大事なことだな。

    さらに行くと、若い女の子が1人、下りてきました。
    案外、人がいる。
    良かった。ヽ(^。^)ノ

    登山道は既に落ち葉がぎっしり積もって、その下に石や木の根が隠れています。
    ちょっと危ないかなと感じ、ストックを出しました。
    これで歩行は安定。
    傾斜の緩い山がさらに歩きやすく緩くなって、スタスタ歩いていけました。

    鶴寝山。10:45。
    あっという間に1つ目のピークに到達。
    ベンチが2つあり、山頂標識は新しいものでした。
    かなり観光的に整備されている印象です。
    朝もらったパンフレットにも載っているコースですし。

    少し行くと、道は2つに別れました。
    左は「日向みち」。
    右は「巨樹のみち」。
    どちらも惹かれるネーミングですが、巨樹の道を選択。
    落ち葉に登山道が隠れているから余計にそう感じるのでしょうが、道なき林の中を歩いているようでした。
    落ち葉の踏み跡は明瞭で、迷うことはないのですが。
    神様として祀られるほどの巨樹ではないのですが、そこそこ大きいなあと感じられる木がそこかしこに。
    これはブナかな。
    これはカエデだな。
    1本1本確かめながら歩いて行くと前方に2人の登山者を発見。
    一定の距離を取りながら、その2人の後をついていき、気がつくと道は崖っぷちを行くようになりました。
    あれ?
    後で地図を見直したところ、いつの間にか日向みちのほうに入ってしまっていたのです。
    右手の大きな尾根がどんどん高くなっていて、そのまき道を歩いている形です。

    失敗しましたー。((+_+))
    他の人に安易についていくから。
    自分で地図で確認すれば良かったのに。
    尾根道を歩く予定だったのになあ。
    そこは広い尾根道で、道迷いを起こしやすく、「大迷い」から「大マテイ山」と名付けられたという説もあるそうです。
    美しい森の広い尾根道、歩きたかったなあ。
    崖っぷちの道、好きじゃないのになあ。
    しかし、今さら戻るのもなあ。
    やってくる人がもしいたら、この道ですれ違うの怖いしなあ。
    というわけで、そのまままき道を行きました。
    崖っぷちの道は南面なので、日差しが明るく、紅葉が輝いています。
    今日一番の紅葉をそこで見ることができました。
    斜面に立つ木は寒暖差が大きく、紅葉もひときわ赤くなるのでしょうか。
    しかし、道幅が狭く怖いのでザックからスマホを出せません。
    写真には撮れなかったけれど、この紅葉を見られたから、この道でも良かったかな。

    途中、道しるべがあり、そこからジグザグに稜線へと上がっていく道がありました。
    上がりきると、すぐに大マテイ山の山頂。11:40。
    上の写真はそこで撮影したものです。
    山頂標識とベンチが2個ある他は、周囲は漠然と平らで、山頂というより林の中という印象でした。
    木が育って眺望はほとんどないですが、晩秋の林が味わい深い。
    いい山に来ました。
    ベンチに座って、のんびり昼食。

    さて、出発。
    緩く下っていくと、先ほどのまき道に再び合流する道もありましたが、道しるべにしたがって広めの道を下っていくと、大ダワ。12:10。
    大ダワとは開けた広場につけられる名称。
    棚倉小屋跡とも呼ばれるところで、確かに小屋がここにあったのだろうと感じられる平坦地でした。

    ここからは再び左が切れ落ちた崖っぷちの道が続きました。
    ここは他に選択肢はなしです。
    道幅はそこそこあり、そんなに危険なわけではないのですが、何となく緊張する道がずっと続きます。
    こういう道は苦手だー。
    落ち葉が積もっているのも滑りそうで何だか嫌です。
    途中に桟道もありました。
    しっかりした造りですし、注意すれば平気ですが、これも苦手です。

    しばらく行くと、道が2つに別れている印象の場所に出ました。
    左は今まで同様に下っていく崖っぷちの道。
    右は尾根に登っていく道。
    その真ん中の木にピンクのテープが巻かれ「小菅の湯」などの行先が書いてありますが、どちらを示しているピンクテープなのかよくわかりません。
    まだ早いとは思うんだけど、ここがモロクボ平かなあ。
    だとしたら、右の道を行かないといけないんだけど?
    試しに右の道に入ってしばらく尾根を登っていくと、足元がフカフカしてきました。
    見た目は登山道なのですが、ここは人が歩いていないなあ。
    そこで分岐まで戻り左の崖っぷちの道を行きました。
    やはり足元が硬い。
    よく踏まれている登山道です。
    それで正解でした。
    しばらくすると、2個目の桟道。
    ここも注意して通過。

    その先、道は大きく右に旋回して下っていき、しばらく行くと、平らな林が広がりました。
    ここがモロクボ平。13:10。
    道しるべもありました。
    地図上でも、等高線がそこだけ真っ白になっているところです。
    気持ちの良い広葉樹の林が広がっていました。

    やがて、道はうす暗い植林帯に入り、ジグザグに下り始めました。
    田元への道を左に分け、道はさらに急斜面に作られたジグザグ道に。
    ほぼ180°Uターンするように行っては戻って急斜面を下っていきます。
    薄暗くて心細いところですが、車の音がもう聞こえてきているのが励みになりました。
    斜面を降り切り、小さい道しるべの通りに左に曲がると、橋。
    コンクリートのしっかりした橋を渡ると、もう舗装道路でした。
    あとは、要所要所に道しるべがあるのでその通りに舗装道路を歩いていき、小菅の湯へ。14:00。

    建物に入って左手が下駄箱。
    下駄箱の鍵を受付に出すシステムでした。
    3時間620円。
    割引券を朝もらったので、さらに100円引き。
    安いなあ。

    脱衣所のロッカーは30Lザックならば入る大きさでした。
    洗い場は15個ほど。
    まだ14時なので空いていました。
    温泉の泉質は高アルカリ性。
    浴槽がいくつかあります。
    普通の内湯。寝湯。打たせ湯。
    露天は、普通の露天。五右衛門風呂。ハーブ湯。
    普通の露天が一番濃い印象で、肌に小さい泡がつき、ツルツルしました。
    ぬるいハーブ湯と行ったり来たりすれば、いつまででも入っていられそうです。

    さて、入浴後のお楽しみ。
    あれ、ビールの自販機は?
    村営の真面目な施設ですと酒類を販売しないところもあるので、ここもそうかなあとキョロキョロしながら受付ロビーまで戻ってくると、入り口の下駄箱とは反対側に酒類の自販機がありました。
    どれも350mL。
    麦とホップ200円を購入。
    ロビー奥のソファに座って飲みました。

    15:00。
    飲み終わって、少し早いけれどバス停が遠いようなので受付に行くと、そこに朝の高校山岳部の顧問の先生がいました。
    「14人分まとめてあるはずなんですが」
    と、また人数を言って下駄箱の鍵を受け取っていました。
    鶴峠から縦走してきた高校生に追い付かれちゃった。
    私もいつになく長風呂してはいましたが、それでも30分と違わず到着したのでしょう。
    さすがに高校生は速いなあ。
    私も今度は春に来て、奈良倉山から縦走しようかな。
    大マテイ山の広い尾根道を歩けなかったのも心残りですし。

    朝、運転手さんが言っていたように、普段なら小菅の湯の建物の前まで来るバスは、ロータリーが工事中のため駐車場の一番端までしか来ません。
    そのバス停には既に行列が。
    バスは駐車場で2台待機していました。
    15:15。乗車開始。
    1台目に無事に座れました。
    15:25。定刻にバスは出発しました。

      


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    2016年11月11日

    英文法が苦手な子。


    高校生と「分詞」の学習をしていたときのことです。
    例えば、下のような( )の語を適切な形に直す問題。

    Do you know the man (sit) on the bench ?

    分詞の限定用法の問題ですね。
    中学では「分詞の形容詞的用法」という言い方で学びます。
    分詞が名詞を修飾する用法です。
    修飾される名詞 man が sit という動作をするのですから、現在分詞 sitting が正解です。

    Ken showed me some pictures (take) by his brother.

    修飾される名詞 pictures は take という動作をされるのですから、過去分詞 taken に直します。

    ここまでは中学の復習。
    その子の学校の教科書の練習問題で復習しても、順調に正解していました。
    そこから先が高校の「分詞」の学習。
    分詞の叙述用法に進みました。
    SVCやSVOCのCに分詞を用いる用法です。

    ここでも現在分詞と過去分詞の使い分けが課題です。
    SVCの場合は、Sが動作主ならばCは現在分詞。
    Sが動作される側ならばCは過去分詞。
    SVOCの場合は、Oが動作主ならばCは現在分詞。
    Oが動作される側ならばCは過去分詞。
    「動作主」という言葉は厳密には古文で使用する用語ですが、便利なので私は英語の授業で使っています。

    文法が得意な子にとっては、明瞭でわかりやすいルールです。
    例外的なことを1つ1つ覚えるのは大変ですが、英語はこういう大きいルールが広く適用されるので学びやすいですね。

    しかし、その子は文法が苦手です。
    説明するだけで覚えるタイプではないので、何度もルールを復唱してもらい、その後、練習問題を解きました。

    He kept (knock) on the door until I opened it.
    その子の答えは knocked でした。

    「・・・・え?何で?」
    文法を正確に復唱できるまで何度も練習したのに、何で?
    「door はノックされるから・・・・」
    「・・・・え?」

    限定用法の話はさっき終わり、叙述用法だよと言ったのに、何でその話に戻るんだろう?
    ( ;∀;)
    door は、直前・直後の名詞ではないから、分詞に修飾される名詞ではありません。
    「・・・・knock の直前の単語は kept だし、knock の直後の単語は on だよ。door は随分離れている。関係ないよ」
    「あ・・・」
    「・・・・knock が door を修飾するんだったら、語順は the knocked door になるよ」
    「・・・・・」

    文法が苦手な子に英文法の授業をしていると、上のようなことが起こりやすいのです。
    教えたことが上手く伝わっていきません。
    上の例は、相手が何をどう誤解したのか明確だったので改善の可能性があり、まだ明るい光は見えているのですが、普段はもっと不可解なミスの繰り返しです。
    ミスの原因を生徒が言語化できない場合が多く、なぜそこを間違えるのか理解できない場合がしばしばあります。

    もう一度その子の学校の教科書に戻り、文法を確認してから教科書の練習問題を解くと、それは全部正解できました。
    「教科書の問題は正解できるね」
    「これは、答えを覚えているから・・・・」
    「え・・・・?答えを覚えている?」
    「復習したっていう意味ですよ」
    「・・・・私は何回解いても、問題の答えなんか覚えないけど?」
    「・・・・・?」
    「何でそんな意味のないことを覚えるの?」

    文法は覚えないのに、何で答えを覚えるの?
    (''Д'')

    愕然として、私は悟りました。
    文法が苦手な子は、そういう勉強をしてしまうのか・・・・。
    なぜ英語が得意にならないのか、その一端が垣間見えた気がするのです。
    いや、英語に限らずなぜ勉強が得意にならないか。
    努力をしているのは伝わってくるのに、なぜ結果が出ないのか。
    その一端が見えた気がしました。

    うちの塾で今、英語が最も得意な子は、90分の授業時間の中で、問題のぎっしり詰まったテキストや確認テストを毎回平均12ページ解いて帰っていきます。
    30分あたり4ページ。
    答え合わせの時間もありますから、1枚解くのに5~6分というところでしょう。

    この春、国立大学に合格した子は、1冊40ページのテキストを丸ごと宿題に出しても翌週全部解いてきていました。

    このあたりがトップクラスの実力です。

    しかし、英語が苦手な子たちのスピードはガクッと下がります。
    上に書いた高校生は、最初にいろいろ説明しなければなりませんし、間違えているとさらに説明する時間も長くなるのですが、演習スピード自体も遅く、90分の中で結局1ページしか解けませんでした。
    そしてその1ページの問題の答えを覚えることが、その子にとっての復習なのだとしたら・・・・。

    12ページと1ページ。
    塾だけで12ページ解く子が、問題の答えを覚えているかといったら、覚えているはずがありません。
    いちいち答えを覚えていられるような量ではありません。
    余程印象的な問題が含まれていたら別でしょうが、翌週同じプリントを渡しても、同じだと気づかず解き終わるかもしれません。
    学習した文法にしたがってサクサク解いているだけだからです。

    教科書の重要例文ならば日本語訳から復元できます。
    そういう練習はしています。
    でも、教科書の問題の答えは覚えていないでしょう。
    何度解いても正答できるでしょうが、それは、答えを覚えているからではないでしょう。

    その子は反論しました。
    答えだけ覚えようという気持ちではない。
    復習すると自然に答えを覚えてしまうのだ。
    それでも、「その勉強のやり方は変えなさい」と言わざるをえません。
    その子は、類題で正答できないのですから。
    教科書の問題の答えは覚えたれど、もっと重要なことを覚えていないのです。
    その問題を解く中で抽出し理解するべき文法を把握できていません。
    答えを覚えてしまうくらいに数少ない問題をねっとり見つめ続けることが文法把握につながっていないのです。

    有効なやり方は正反対のものでしょう。
    教科書の問題の答えは覚えていないけれど、文法は覚えた。
    多くの問題練習でその文法を実践できるようになった。
    だから、教科書の問題は何度解いても正答できる。
    他の問題も正答できる。
    定期テストの問題も正答できる。
    入試問題も正答できる。
    文法の勉強はそういうふうにやっていってほしいです。

    中学で英語が苦手だった男子に多いですが、「英語って文法だよ」「理屈で斬っていけるものだよ」と理解できるとロケット並みの成績上昇を見せることがあります。
    英語のシステムは理解しやすく明瞭で好ましい。
    こういう感覚になれば、あとは単語・熟語さえ覚えればどうにでもなるとわかりますので、覚えることにも抵抗がなくなります。
    そういう方向に転換できるといいなあ。

      


  • Posted by セギ at 14:50Comments(0)英語

    2016年11月08日

    放物線と直線に関する問題。



    画像は、センブリの花。ヽ(^。^)ノ

    今回は中3の数学「2乗に比例する関数」または中2「1次関数」についてのお話です。

    放物線と直線の交点からその直線の式を求めたり、座標平面上の三角形の面積を求めたり、その三角形の面積を2等分する直線の式を求めたりするのが、座標平面に関する典型題です。
    しかし、教科書は、こうした応用問題にはあまりスペースを割いていませんし、学校の授業もそればかりやるわけにいきません。
    学校のワークも難しいほうのページに少し載っているだけです。
    そのため、テストに出ないと誤解している生徒もいます。
    関数の問題としてはこちらのほうがむしろメインで、こういう問題を解くために基本作業をまずは学習しているのですが。
    入試は、こういう問題しか出ないのです。
    そのことを自覚し、応用問題をたくさん解いておきたいものです。

    座標平面に関する応用問題は作業過程が長いので、常に意識していないと自分が何のために何を求めているのかふっとわからなくなってしまう子が多いです。
    「2点の座標から直線の式を求めなさい」
    という基本問題なら解けますし、
    「放物線と直線の交点の座標を求めなさい」
    と言われたら、それも求められる子が、座標平面が与えられ、小問が3つくらいある応用問題になると、何をどうしていいか全くわからなくなり、手も足も出なくなります。
    結局、基本問題と同じ作業を組み合わせて解くだけなのですが、自力では発想できない様子です。

    そうした子に、
    「基本作業の組み合わせだよ」
    と説明しても、
    「何をどう組み合わせるのかわからない」
    と言います。
    基本を学習していたときに、その意味が理解できないまま作業手順だけなぞっていた子は、応用問題に対応できなくなります。
    しかし、基本作業の意味はどうにか理解していた子なら、作業の意味をもう一度確認しながら、スムーズに解けるようになるまで補助して、何題でも経験を積んでもらうと、少しずつ頭の中で何かがつながっていく様子が見られます。
    何か回路が作られていく。
    そのように感じることが多いです。
    個別指導が威力を発揮する場面の1つです。

    しかし、「学校ではそんなのあまりやっていない」「多分テストに出ない」などの本人の希望的観測が強いと定着は難しくなります。
    「応用なんか、そんなに出ない」
    と思い込んで、その練習の大切さを理解できていないのです。
    「応用問題は、自分はできなくてもいい」
    と思い込んでいる子もいます。
    応用問題は解かなくても80点はとれる、と小学校のカラーテストのような感覚でいることもあります。
    その子が思う「応用問題」は、実は、座標平面の典型題であることも多いです。
    中学生が独りで勉強していると、情報不足による奇妙な思い込みをしやすいです。

    解こうとしているけれどわからないと本人が言うこともあります。
    しかし、石にかじりついても理解しようという気持ちがあるかといったら、それは疑問です。
    学力的には同じくらいと感じられる中学生でも、「テストにこれを出すぞー」と座標平面の応用問題のプリントを何枚も先生から渡された学校の生徒と、何が出るか知らされず、座標平面の応用問題は多分テストには出ないだろうと思っている生徒とでは、理解度・定着度が全く違ってきます。
    気持ちの問題も大きいのです。

    これはかわいそうだなと感じるのは、問題文と座標平面が書かれているタイプの問題を解いた経験が少ないため、そうした問題を解くことに慣れていない子。
    塾に通わず、独りで勉強している子に、こういう子がいます。
    学校の教科書もワークも市販の問題集も、そういうタイプの問題は紙面を広くとるせいか、数題しか載っていないことが多いのです。
    わからなくて、解けなかった。
    もっと練習したい。
    でも、すぐに問題を使い果たしてしまいます。
    同じ問題を何回も解くといっても、さすがに絶対量が少な過ぎて練習になりません。

    塾用の教材は、出版社のものにしろ、その塾のオリジナル教材にしろ、そういう練習をたくさん出来るように作られています。
    基本作業の練習ページと同じくらい、実際に定期テストや入試に出るタイプの問題に紙面が割かれ充実しています。
    生徒自身の誤った判断によるものではない、必要な学習ができます。
    同じ時間、同じ熱意で勉強するなら、教材の質は大切です。


    意欲もあるし教材も良いのにどうも定着しない子の場合、いくつかの課題が考えられます。
    1つの原因は、問題文を読んでいないこと。
    問題文の中には、直線の式や交点のx座標など重要な情報がたくさん書いてあるのに、読まないんです。
    座標平面ばかり見て、「わからない」「難しい」とつぶやいています。
    「問題文に書いてあるでしょう?」
    と声をかけても、まだダメです。
    「ここに書いてあるでしょう」
    とテキストの該当箇所を指差してあげると、ようやくそちらに視線を動かします。

    根本的に、目が問題文のほうに動いていかない。
    視野の問題なのか。
    小学生の頃からの癖なのか。
    図形が与えられれば図形だけを見てしまう。
    グラフが与えられば、グラフだけを見て解こうとする。
    数行の日本語を読むことに苦痛を覚えるのでしょうか。
    それとも、グラフがあるのだから、それだけ見れば解けると勘違いしてしまうのでしょうか。
    意欲とは別の次元で数学の問題が解けない子がいると感じる昨今です。
    当たり前のことですが、問題文を読まなければ、問題を解くことはできません。
    自分のそうした癖や傾向を意識して改善できるかどうかか鍵となります。

    あるいは、こんな困難も。
     y=ax+b
    これは、1次関数の一般式。
    この式に数値を代入することで、直線の式は求めることができます。
    ところが、この式に数字を代入すると、いつもの方程式とはちょっと違う見た目になってしまいます。
    例えば、
     8=3a+3
    というように。
    これは、3a+3=8、と右辺・左辺を逆にすれば、易しい1次方程式です。
    だから、面倒がらずにひっくり返せばいいのですが、そのことが発想できず固まってしまう子がいます。
    少し見た目が変わると、もう対応できないようです。

    いつもの見た目なら、いつも通りに解くのに、見た目が変わると解き方を忘れ、力ずくで解く子もいます。
     a=-2
    などといきなり書くので、え、何がどうなったらそんな誤答が出るの?と私は慌ててしまいます。

    では、右辺・左辺が逆のままでも解けるように訓練すればいいのかというと、そんな訓練は無駄ですよね。
    中1の1次方程式を解く様子を見ていると、こういう解き方をする子がいました。
     4x+6=2x-2
      6+2=2x-4x
         8=-2x
    と、完全に逆のまま解いていました。
    「何でxの項を左辺に書かないの?」
    と訊くと、
    「前の塾のセンセイが、こういうふうに解いていた」
    と答えるので、嘘だろー?と驚いたことがあります。
    そんなふうに鏡を見ながら解くようなのは頭が疲れるだけです。
    その講師は、右脳が発達しているか何かで、それでも問題なく解けるのかもしれませんが、
    見た目が普段と違うと、普段ならあり得ないミスが出ます。
    例えば、その子はこんなミスをしやすかったのです。
        8=-2x
       10=x
    ・・・・・・え?今、何をやったの?
    昔は絶対なかった驚愕の誤答が飛び出します。
    こんなレベルの計算は、いちいち頭を通す必要もなく、手がスルスル解いていくような感覚のものなのに、七転八倒です。

    私は、1次関数の式を求める問題では、子どもの頃から代入の時点で右辺と左辺を逆にして、
     3a+3=8
    として解いていますが、
     8=3a+3
    と、とりあえずそのまま代入して、次の行は、
     3a=5
    と、いきなり直していける子には、ストップはかけません。
    様子を見ます。
    符号は変えずにクロスさせながら定数項の計算もする。
    それくらいは、安全に出来る子もいるからです。

    ただ、それが自動化された作業になってしまい、その作業の「意味」に戻れなくなった場合、関数の学習が終わった後、冬期講習などで復習すると全く解けなくなっていることがあります。
    作業手順だけになってしまったことは、手順を忘れた途端に何もできなくなってしまうのでしょう。
    もともと、式が、
    8=3a+3
    という見た目になった途端にどう解いていいかわからず戸惑うというのは、かなり不器用だということですし、数学の根幹への理解が怪しい可能性があります。
    そうであるのに簡略化した作業にこだわるのは、危険です。
    作業は意味のわかる定型でやっておいたほうが、いつでも振り返ることができるのです。


      


  • Posted by セギ at 12:52Comments(0)算数・数学

    2016年11月03日

    陣馬山一ノ尾根を歩きました。2016年10月。


    2016年10月30日(日)、藤野駅から陣馬山、そして高尾山へと縦走しました。
    秋晴れの日には富士山の見える山に行きたい。
    予定している候補の山もいくつかあるのですが、朝からどんより曇り空。
    午後から晴れてくるとの予報もありますが、山は雲が残りがちです。
    こんな日は、いつも通りに奥高尾を歩こう。

    三鷹駅7:48発。
    中央特快なので高尾駅では向かい側ホームに乗り換える中央線が待っていました。
    乗り込むとすぐに発車。
    藤野駅着。8:38。
    藤野駅は駅から出た右手に外トイレがあります。
    駅前にベンチが並び、山支度がしやすいです。
    さて出発。
    駅から高尾方向に戻るように歩いていき、踏切を渡ってトンネルに入ります。
    歩道は確保されていますし、トンネル内も明るいです。
    でも、車が横を通っていくときの音が凄いので、安全だとわかっていてもヒャーと首をすくめて立ち止まってしまいます。
    トンネルを出て、そのまま舗装道路をどんどん歩いていき、陣馬温泉の大きな広告塔が見えてきたところで道しるべの通りに右折。
    右折してすぐ、次の道しるべを左折。
    道は細くなりましたが、なお舗装道路は続きます。
    路面にすべり止めのデコボコがつけてある急坂です。
    朝からかなり冷えていましたが、少し汗ばむくらいになった頃に、分岐。
    まっすぐな道は未舗装。
    右の道は舗装されています。
    正解は右の道。
    曲がるとすぐ登山口です。
    道しるべがあります。9:20。
    ここから陣馬山まで4km。

    一ノ尾根の登山道はよく整備されて歩きやすい道が続きます。
    傾斜もそんなに急ではありません。
    道は昨日の雨か朝露かで濡れていましたが、特に歩きにくい箇所もなく順調に歩いていくと、「一ノ尾テラス」という掲示を発見。10:05。
    ひさしぶりに一ノ尾根を歩いたら、面白いものができていました。
    上の写真がそれです。
    登山道の左側のちょっと空いている場所が整備されて、休憩スペースになっていました。
    ベンチやテーブルの他に、タープが張ってあります。
    雨やどり用だそうです。
    ここが2km地点。
    ちょうど中間地点です。
    来る途中のベンチは全て湿っていましたが、タープの下のベンチだけは乾いていたので、気持ちよく座って休憩しました。

    さらに順調に登っていき、清水小屋の脇から陣馬山山頂へ。10:50。
    空は朝と変わらず曇り空。
    眺望はありません。
    座っていると寒くなってきます。
    一気に冬が来たようです。
    それでも山頂は多くの登山客で賑わっていました。

    さて、ここから高尾山を目指します。
    陣馬山から明王峠への道は例によってドロドロ道。
    雪どけ時期ほどではなく、端を歩けば大丈夫でした。
    明王峠。11:50。
    そろそろお昼と思いましたが、たくさんあるベンチが満員。
    こんな寒い日でも日曜日の奥高尾は人が多いです。
    秋の観光シーズン到来ですね。

    では景信山でお昼にしよう。
    明王峠から景信山まではアップダウンのある道とまき道とに幾度も別れます。
    その分岐で立ち止まって地図を開いている人たちを見かけるのも、観光シーズンならではです。
    前を行く若い3人がしばらく立ち止まった後に登り道のほうを行ったのを見送って、私はまき道を選んだのですが、ふと後ろを振り返ると、その人たちが後ろをついてきていました。
    え?
    戻ってきたの?

    すぐに追いつかれたので道を譲り、先に行ってもらうと、彼らは登り道との合流点で堂所山への急な段差を見上げ、「凄いなあ」と写真を撮っていました。
    いや、若い上にトレッキングポールを持っているんだから、楽に登っていけますよ。
    私が通りかからなかったら、あのまま登っていったのかなあ。
    私が挑戦の機会を潰したのかもしれません。
    見た目ほど怖くないですよ、堂所山の上り下りは。
    そう言うなら自分が登れという話ですが、何か面倒くさくてまき道ばかり選んでしまうんですよね。

    景信山。12:55。
    やはり空は曇り。
    それでも空とススキの眺めが気持ちよく、山頂付近のベンチで昼食。
    あたりのベンチも人でいっぱいです。
    ストーブでお湯を沸かしてラーメンを食べている人。
    茶店でうどんなどの温かいものを買って食べている人。
    山での装いもモコモコと暖かそうな人が増えてきました。
    秋が深まってくると赤いウエアが山に映えてきれいだなあ。
    特に今日のような空の暗い日には。

    さて、次は小仏城山へ。
    寒くなると奥高尾の地面の硬度が増すような気がするのは気のせいでしょうか。
    ガチガチ&ツルンツルン。
    日が差さないのでまだ地面が濡れています。
    急な下りでこういう地面は苦手だー。
    へっぴり腰で通過。
    小仏峠まで下りてくるともうそういう道はなくなり、あとは城山まで登るだけです。
    坂道と細い木段との二択の道は、今日は泥んこ道が滑りそうなので木段を選び、たったか上がると相模湖の眺望の良い地点に出ます。
    今日はやはり富士山は見えません。
    気持ちの良い広い道から、よく整備された木段の道、そして、木の根の段差の多い急な登り坂へ。
    登り切った少し先に電波塔が見えてきて、小仏城山。
    ここも人で賑わっていました。
    なめこ汁を頼んで、持参のおにぎりと一緒に食べている人が多いです。
    夏にはかき氷やビールが売れていた店。
    季節が移ったのを感じます。
    茶店は2軒あり、1軒のなめこ汁はしょうゆ仕立て、もう1軒はみそ仕立てです。

    さて、ここからは整備された木段・木道が続きます。
    木段の脇にセンブリが咲いていました。
    以前からそうだったかなあ。
    木道が整備されて、植生が回復された証かもしれません。

    予想通り、午後になっても雲は取れないまま。
    眺望が期待できないので、一丁平の展望台も紅葉台もまいて、高尾山の下に着くと、救急車のサイレンが聞こえてきました。
    近いな?
    山頂まで上がってくるのかもしれません。
    山頂も巻いて、トイレのところまで歩いていくと、3号路から車が上がってくるところでした。
    ミニパトが1台。
    ミニパトと同じサイズの赤い消防署の車が3台。
    凄いなあ。
    八王子市は、山仕様の小さいサイズの緊急車両が整備されているんだなあ。
    町の小さな路地でも活躍しているのでしょうか。

    「歩行者の方、道の山側で止まってください」
    とアナウンスがありました。
    平地で一般車に向けて行われるようなアナウンスです。
    車になったような気分で立ち止まりました。
    怪我人かな?
    病人かな?
    高尾山の山頂まで、小さい車なら登ってこられるんですね。

    1号路は薬王院から上は段差のあるところが何箇所かあります。
    どの経路をたどって車は登ってくるんだろう。
    考えながら1号路を下りていくと、下山していく赤い車が、薬王院の向こうに見えました。
    登山客・観光客が右折して階段を上がっていくところですが、そういえば直進する舗装道路があります。
    よく整備されているものだなあ。
    あっと。
    勿論、緊急車両と関係者車両以外は高尾山に入ったらダメですよー。

    6号路は観光シーズンが終わるまで、登り一方通行。
    リフトは長い行列ができていました。
    1号路をとことこ歩いて下山。
    まだそんなに混雑せず、ストレスなく歩いていくことができます。
    これから紅葉シーズンは1号路も人でいっぱいになりますが、高尾の紅葉はきれいだから、やはり見に来たいなあ。
    そんなことを考えるうちに賑わう麓へと降りてきました。

      


  • Posted by セギ at 11:17Comments(0)

    2016年10月31日

    11月12日(土)、大人のための数学教室を開きます。


    10月29日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回も「不定方程式」です。
    前回は、比較的係数の小さい不定方程式を解きました。
    不定方程式は、具体的な整数の解を1組求めることができれば、その後は簡単。
    係数の小さい不定方程式なら、整数解の1組も暗算で求めることができます。
    しかし、暗算ではなかなか見つけられない場合もあります。
    そんなときは、「互除法」を利用して、整数解の1組を求めます。

    問題 43x+13y=1 の整数解を全て求めよ。
    これはちょっと暗算では整数解を見つけられないですね。
    それでは、43と13に互除法を用いてみましょう。
    43÷13=3あまり4
    これを後で利用しやすいように変形しておきます。
    →4=43-13・3
    余り=もとの数-割る数×商
    という変形です。

    この変形で苦労する高校生がときどきいます。
    形だけ真似ることはできても、よく意味がわからないようなのです。
    おそらく、小学生の頃、加減乗除の関係の理解が完全ではなかったのだと思います。
    中学生になって方程式を解くときにもそれは影響したはずです。
    移項をするとき、なぜ符号が変わるのか理解しきれないまま、「そういうものだ」と作業手順だけ覚えて済ませてしまったのでしょう。
    あるいは、意味が理解できなかったわけではないけれど、作業手順だけを頭に残し、作業の意味を忘れてしまう繰り返しの中で、算数・数学の根幹への理解が痩せていってしまったのかもしれません。
    いちいち意味を確かめながら作業していたら時間がかかるので、作業は自動化しがちです。
    自動化の中で、意味は無用のものだから記憶から消去してしまった。
    そして、意味がわからなくなった。
    数学が苦手な子の1つのタイプだと感じます。

    中学受験の受験算数では、しつこいくらい「逆算」の計算問題が出題されます。
    中学生になったら使うことのない逆算をなぜそんなにしつこく問うのかといえば、加減乗除の関係を正しく理解できている子を入学させたいからでしょうか。
    表面的には逆算を使用することは中学入学以後はないけれど、その考え方がきちっと定着している子でないと、その上に何を積み上げていっても何だか不安定です。
    いつか、何も積み上がらなくなってしまう。
    そういうことなのではないかと思います。

    話を戻して、43と13に互除法を用いて、
    43÷13=3あまり4→4=43-13・3
    13÷4=3あまり1 →1=13-4・3
    余りが1。
    与えられた不定方程式の右辺と一致しました。
    ここから、上の矢印の右の式を代入して、元の式と同じ形に復元作業をしていきます。
    1=13-4・3
     =13-(43-13・3)・3
     =13-43・3+13・3・3
     =13-43・3+13・9
     =43・(-3)+13・10
    すなわち、
    43・(-3)+13・10=1 ・・・➁
    43x+13y=1と同じ形になりました。(*'▽')
    x=-3、y=10 は、この方程式の解の1つです。
    これが互除法を利用した解の1組の求め方です。

    後は、前回解いた基本問題と同じです。
    与えられた不定方程式・・・➀から、今求めた式➁を引きます。
      43x    +13y  =1
    -)43・(-3)+13・10=1

    引いた答えは、
    43(x+3)+13(y-10)=0
    移項すると、
    43(x+3)=-13(y-10) ・・・➂
    43と13は互いに素だから、
    x+3=13k (kは整数)
    これを➂に代入すると、
    43・13k=-13(y-10)
    13(y-10)=-43・13k
    y-10=-43k
    y=-43k+10
    よって、答えは、
    x=13k-3, y=-43k+10 (kは整数)
    これで、どんな不定方程式でも解けますね。

    さて、次回はこの復習と、x,yの他にzも出てくる3元1次不定方程式の解法に進みます。
    ◎日時  11月12日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p105から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインあてに、ご予約をお願いいたします。


      


  • Posted by セギ at 12:08Comments(0)大人のための講座

    2016年10月27日

    中間テスト結果出ました。2016年度2学期。


    中間テストの結果が出ました。
    まだ1人、最も遅いテスト日程だった人からの報告がありませんが、成績の良い人なので大丈夫だと思います。
    いつも通り80点台ではないかと予想しています。
    後日結果に加えます。

    数学 90点台2人 80点台2人 70点台1人 60点台1人 50点未満3人
    英語 90点台2人 80点台3人 60点台1人 50点台2人 50点未満1人

    全体の傾向としては成績は順調に高得点を維持または上昇中です。
    しかし、数学があまり得意ではない女子生徒をどう指導していくかは、今回の、そして永遠の課題と感じます。
    彼女たちは真面目ですし、勉強に時間もかけています。
    国語などの科目は得意なので、入試に合格し、ハイレベルの中学・高校に通っています。
    しかし、数学は、その学校のレベルについていくのは少々苦しいのです。
    特に高校数学に入りますと、「体系数学」だの「赤チャート」だので学習するのは、本人にとって必ずしも良いことではありません。
    もっと易しい基本的なことに重点を置いて授業をしてくれる高校に通っていれば、数学に苦手意識を持たず、センター試験くらいは楽勝でこなせる学力になるかもしれないのに、これでは数学嫌いな子を増やすためのカリキュラムのようなものだ。
    そう思わずにいられません。

    ただ、本人たちの学習姿勢に問題がないかといったら、そうではありません。
    覚えなければならない公式は、覚えなければならないのに、なぜ覚えないのだろう?
    そう思うことは多いです。
    中学で学習する公式はそれでも定着するのです。
    しかし、高校数学の公式は不思議なほど定着しません。
    ほとんど頭に残らないようなのです。

    いや、そもそも頭の中に残そうという姿勢が感じられない子が多いです。
    問題を解いている間、常にテキストを開いて、公式や例題を見ながら代入して解いています。
    早く公式を暗記しよう、暗記してテキストを見ないで解いてみようという姿勢が見られません。
    そこを注意し、強制しないと、そのような学習ができません。
    数学の公式を頭の中に残すことを諦めているようにすら見えます。
    理解しきれない公式で頭の記憶容量を食いたくないと思っているのでしょうか。
    人間の頭の記憶容量は、安物のパソコンじゃないんですから、そんなに簡単に一杯にはなりませんよー。

    彼女たちは、テスト前にギリギリ公式を詰め込んで、テストが終わったらすぐ忘れる学習姿勢に陥っています。
    地歴・公民を学習するときの姿勢で数学も勉強しているのでしょう。
    いや、地歴・公民もそんな姿勢で学習しないほうが良いのですが、まあ何とかなるのも事実。
    しかし、数学は、一度学習した公式は他の単元でも繰り返し活用することになるので、テストが終わったら忘れてしまうような勉強をしていると、理解できることがどんどん少なくなっていきます。
    公式を意識して早めに覚え、生涯忘れないくらいの覚悟をするだけで随分変わる高校生は多いでしょう。

    なぜ数学の勉強がそんなに消極的なものになったのでしょうか。
    そうなる前にどこかでわからなくなっている可能性が高いです。
    どこからわからなくなったのかなあ?
    どこから興味がなくなったのかなあ?


    先日、成績の良い中学生の女子と「座標平面と図形」を学習していて、背中がスッと寒くなるような経験をしました。
    座標平面上の三角形の二等分線を求める問題でした。
    特に難しい問題ではありません。
    彼女の学力なら楽勝のはずなのです。
    しかし、ひと通り説明を終わっても、彼女に動きがありませんでした。
    「何か質問はある?」
    と尋ねても、反応がありません。
    「じゃあ、練習問題を問いてみようか」
    と声をかけても動きがありません。
    「どうしたの?どこがわからない?」
    と尋ねると、
    「全部わからない」
    という返事がありました。

    ど、どうして?
    計算過程は長いけれど、難しいことは何1つないのに。
    1つ1つの過程の意味も明瞭だから、何も難しくないのに。

    思い返せば、彼女は、2直線の交点の座標を求める練習のときに少し妙な表情をしていました。
    2直線の式を連立方程式として解くと交点の座標が出ることの意味が、よくわかっていなかったのではないか?
    直線上の点のx座標とy座標には、その直線の式と同じ関係があることが理解できていないのではないか?
    いや、そもそも、座標平面とは何なのかを呑み込めていないのではないか?
    グラフとは何であるかわかっていないのではないか?
    小学校のときによく描いた折れ線グラフのような感覚で関数のグラフを見ているのではないか?

    彼女に限らず、関数の基本練習をしている間はその通りに問題を解いていくことができるけれど、座標平面を用いた応用問題になると何をどう解くのかわからなくなる子がいます。
    座標平面とグラフに関するルールを直感的に理解できると全ては易しいのですが、理屈で理解しようとすると説明の言葉も難解で長くなり、理解するのが大変です。
    何かが詰まって、上手く理解できなくなっているのかもしれません。


    それでも、関数は、理解できればこんな得点源はないのです。
    図形はセンスが多少は影響しますが、関数はセンスなんか必要ないです。
    定石通りにやることをやるだけで答えが出てきますから。

    嘆いている暇はありません。
    ここで数学に苦手意識を持つことは阻止しなければ。

      


  • Posted by セギ at 13:23Comments(0)講師日記

    2016年10月24日

    英作文が苦手。


    英検2級の出題内容が今年度から変わりました。
    従来の大問3の乱文整序問題がなくなり、代わって英作文が出題されるようになりました。
    与えられたテーマに沿って、80語から100語の英文を書きます。
    本年度第1回日曜日実施問題のテーマは、オフィス・カジュアルについて。
    第2回日曜日実施問題のテーマは、化学物質を使わない農業について。

    何だか難しそうですが、実際の試験はもっと親切で、色々説明してくれています。
    例えば、第1回の問題では、
    「今日、従業員にジーパンやTシャツのようなカジュアルな服装を許可する会社もあります。
    そうした会社の数は将来増えると思いますか」
    これならイエスかノーかですから、意見が書きやすいですね。
    試験問題は、そう思う理由を2つ書きなさいとも指示されています。
    しかも、参考となるポイントも3つあげられてまいす。
    ビジネス・カルチャー
    快適さ
    ファッション
    このポイントは使っても使わなくても構いません。

    これは、従来からある英検準1級の問題の指定語数が少ないだけです。
    本気で対策したい人は、英検準1級の過去問を買って、指定語数だけ変えて解いて、模範解答を参考にすると良いと思います。
    2級に合格したら次は準1級ですから、無駄になる買い物ではないですし。
    もっと本気で対策したい人は、NHKのラジオ講座「ビジネス英語」はこうした話題を常に扱っていますから勉強になると思います。
    新しいものの考え方を、それをどう英語で表現するかも含めて書いてあるので、テキストを読むだけでも面白いです。

    しかし、本音を言えば、これで合否が決まるわけではないので、そんなに構えなくても大丈夫じゃないかなあというのが私の感想です。
    何か書いておけば部分点は入るので、それでいいんじゃないでしょうか。
    他で得点すれば大丈夫です。
    というのも、英検2級対策を頼まれると、この英作文対策ばかり要求されそうで、でもそういうことじゃないのになあと感じるからです。
    今まで通りの勉強で合格すると思います。

    「英作文が苦手」と言う人は多く、あまりにも苦手なので去年のうちに無理をして英検2級を取った生徒もいます。
    そのほうが余程大変なんですが、「英作文が1題出る」というのはそれほどショックなことなのかもしれません。

    しかし、「英作文が苦手」と言う人が、本当にそんなに英作文が苦手なのかというと、どうもそうではない場合も多いように思います。
    何を書いても△がついて返ってくるテスト答案にショックを受けてしまう。
    そして苦手意識を持ってしまう。
    そういう場合も多いです。
    私は英作文で満点を取ることを目標としたことがないので、そのショックがよくわかりません。
    採点するときに満点をつけたこともありませんし。
    英作文問題は、満点でなくても構わないんです。
    まず、そこから意識を変えられるといいなあと思います。

    英作文の何が△になってしまうのかというと、大きくは「文法上の誤りやスペルミス」と「内容」に別れます。
    文法上の誤りやスペルミスが多いほど減点されるのは当然で、それは英語力の問題ですから改善したいです。
    単純に、冠詞の有無や時制のミスも多いですが、もう少し根深いミスもあります。

    中学生や、英語があまり得意ではない高校生が、英作文の宿題が出ると辞書を引いて英文を書いてくることがありますが、品詞に対する意識が希薄なので動詞や形容詞を名詞のように主語として使っていたり、接続詞を使わず文と文をつないでいたり、主語がなかったり語順がおかしかったりします。
    「これ、日本語から英語にしたでしょう?しかも、辞書を引きましたね?」
    と指摘すると、本人は努力してそうしたので、そこを非難されるとびっくりしてしまう様子です。
    品詞によって単語を使い分ける文法知識がないと、辞書を引いても正しい英作文はできません。
    英文として読み解くことが困難な、暗号のようになってしまい、
    「これ、何が言いたかったのか、日本語で説明してくれる?」
    と私は質問せざるを得ないのですが、そう質問されると生徒はぶ然とし、なかなか答えてくれなかったりします。
    嫌味で言ってるわけじゃない。
    本当に意味がわからないから訊いているんだよー。
    ( ;∀;)

    例えば「環境問題」を語るのに、「環境問題」を英語で何と言うか、ど忘れした。
    そういうことなら辞書を引いて解決したら良いのですが、日本語の言い回しを辞書を引いて繋げただけの作文は、異形のものです。
    読むほうもつらい。
    本人の努力のわりに報われません。
    そうしたことを繰り返したあげくの挫折感から英作文が嫌いになってしまうのは、勿体ないし、哀しいです。
    もっと平易な、自分が自力で書くことのできる範囲の英語で十分なのです。
    そこから少しずつ書く能力を高めていったら良いのですから。

    そうした英作文への姿勢が直り、自力で英文を書くようになった子にも、さらなる困難はあります。
    そもそも、日本語の作文すら苦手である。
    書くことがない。
    意見がない。
    何も思い浮かばない。
    そういう子も多いです。
    これが「内容」に関する課題です。

    そうした子のためにも英検2級の出題形式は有難いです。
    イエスかノーなら誰でも判断できますし、そう判断した理由も何かあるでしょう。
    そして、もし作文の課題がそういう形式ではなかったら、自分でそういう形式に直したらいい。
    これは、入試の小論文対策などでも、よく言われることです。
    漠然とした課題をイエスかノーかで答えられる問題にする。
    その内容について、イエスかノーかを明示する。
    その理由を述べる。
    それで十分合格点の作文を書くことができます。


    しかし、「内容」に関する問題は、他の側面もあります。

    あるとき、生徒の定期テスト答案を見ると、使役動詞を用いてひと続きの内容の3文を書きなさいという出題がされていました。
    その子の答案は、文法ミスを直して復元すると、このような感じのものでした。
    My parents don't let me use their computer.
    Because it made me play video games for many hours.
    So I am careful not to use it.

    おお。使役動詞を2個も使っている。
    でも、採点した先生の評価は低かったようです。
    第2文、第3文はほとんど直されていました。

    Because I can play video games with it for many hours.
    So I decide not to use it.

    先生の添削では、むしろ使役動詞は使われていません。
    生徒が書いた、
    「コンピュータが私にテレビゲームをさせた」
    「コンピュータを使わないように気をつけます」
    という表現が完全に直されているのが興味深いです。

    1つには、それは英語的な発想ではない。
    論理構造が何かおかしい。
    無生物主語は英語によくあるとは言え、こんな言い方はしないでしょう。
    日本語としても、そういう表現は大人をイラッとさせる気がします。

    コンピュータが私にテレビゲームをさせた、じゃありませんよ。
    あなたが勝手に長時間やったんです。
    コンピュータは強制していません。
    それをコンピュータのせいにする自分の甘さを直視できていますか?

    コンピュータを使わないように気をつけます、じゃありませんよ。
    なぜバシッと「使いません」と言えないんですか。
    何か主体性を感じないなあ。
    どうしてこうも受動的なのかなあ。

    そうした先生の怒りや心配が添削された英作文から感じられて、私には興味深かったのですが、その生徒に学校の先生の気持ちが伝わったかどうかは微妙です。
    本人の感想は、
    「テレビゲームって、ビデオゲームって言うんですね」
    でした。

    そこっ?(''Д'')

      


  • Posted by セギ at 13:50Comments(0)英語

    2016年10月18日

    権現山を歩いてきました。2016年10月。


    2016年10月16日(日)、権現山を歩いてきました。
    初めて登る山です。
    毎週奥高尾でも楽しいのですが、ときには初めての山に挑戦したほうが、危機管理能力が鍛えられる気がします。
    さて、権現山はどんな山だろう。

    いつもより少し早く、三鷹7:22発。
    高尾で中央線に乗り換えて、上野原8:25着。
    上野原駅は、改札を出ると階段があり、階段の上で北口と南口に別れていました。
    バス停は北口。
    駅前の狭い広場にバスが3台停まって発車を待っていました。
    それぞれ目的地が違います。
    一番事務所側のバスが目的の「松姫峠行き」。
    私の後には、三頭山に登るという15名ほどの団体さんが賑やかに乗り込んできました。
    そうか。こんな方向から三頭山に登るコースもあるんだなあ。
    小菅の湯にも行ける。
    中央線沿線の山と奥多摩とが頭の中でつながると、山歩きのコースもさらに多様になりますね。

    バスはほぼ満席。
    おまわりさんがバスの中に入ってきて、
    「遭難が増えているんで。目を通すだけでもいいので、お願いします」
    とチラシを配りました。
    あっ。
    登山届を書いてくるのを忘れた!
    警察官を見てようやく思い出すという・・・・。
    チラシには「コンパス」というネットで提出できる登山届の案内も載っていました。
    今度やってみます。

    バス出発。8:30。
    初戸。9:05。
    予想はしていましたが、降りたのは私1人でした。
    バス停から登山口までは少し入り組んだ道のようでしたので、ガイドブックのコピーを手に持ち、常に見ながら歩いていきました。
    「初戸バス停の先を左折すると、権現山を示す道しるべがある。初戸橋を渡り、左方向に進めば、再び権現山の道しるべを見る。民家の横を通り、右に折れて、橋を渡った左が権現山の登山道だ」
    実際の道もこの通りで、ガイドブックはさすがの描写力です。
    分岐ごとに小さい道しるべがあり、登山口まで不安になることはありませんでした。

    さて、登山道。
    予想外に細い道で、夏草が茂っているせいもあり、少し不明瞭でした。
    ジクザグな道をショートカットする人のつけた踏み跡が正しい道を分かりにくくしている印象です。
    分岐ごとによく見て、より明瞭な道を選んでいきます。

    支尾根に乗ると登山道は広くなりましたが、偽の踏み跡はなおも随所にありました。
    広い支尾根を登山道はジクザグに登っていきます。
    この支尾根は、どう登るのが最も楽か。
    登山道は本来どうつけられているはずか。
    そのように全体を概観する力が必要だなあと感じながら、分岐ごとによく確認して歩いていきました。
    急登が続きますが、今日は涼しいので、いくら歩いても身体に熱がこもりません。
    5分も立ち止まっていると汗が冷えて寒くなってきます。
    ようやく山歩きに良い気候になりました。

    樹間の向こうに空が見えるけれど、時間的にまだまだこんなところがピークのはずがない。
    予想通りそこから登山道は右にぐっと曲がっていきました。
    その先に、「権現山」を示す小さい道しるべ。10:30。
    そこを過ぎると道は少し緩くなりました。
    ベンチはありませんが、丸太などに座れる休憩適地もあります。

    その先、地図上にある992mピークはまき道があり、左に見ながら通過。
    再び樹間から空が見えて、もうこの先にこれより高いところはなさそうだと思う頃、道も直登になり、ぽんと稜線に出ました。
    そこが雨降山。11:10。

    座って休んでいる先客の男性に挨拶し、
    「今日、初めて人に会いました」
    と告げると、
    「ああー。さっき、用竹から1人来たけど、俺も道では誰にも会わなかったねえ」
    「静かでいい山ですねえ」
    少し離れて私も座り、休憩。

    この夏の暑さで、速く歩けないことを幾度も体験し、山地図に記された時間より10分増しの計画を立ててきましたが、その予定より20分早く到着。
    やはり涼しいと楽です。

    ここからは、稜線上を権現山へ。
    起伏が少なく、広く歩きやすい登山道が続きました。
    スキップしたいような気持で歩いていくと、背後からエンジン音が。
    振り返ると、バイクが3台。
    わあ、モトクロスの人たちだー。
    奥高尾の茶店に通勤するバイクなら見たことがありますが、こんなところでバイクをしかも3台見るとは。

    しばらく行くと右手にベンチがあり、木立が切れて山々が見えました。
    手前の山は、三頭山かな。
    中央の木が育ちすぎて、写真を撮るには少し邪魔でしたが、それもまた良しです。

    ガイドブックで1か所気になっていたのが、右側に滑落防止のロープが張られているという地点。
    こういう何気ない描写のところが怖いのよと用心してきたのですが、何ということもない平らな痩せ尾根でした。
    距離が短いので、怖いと思うこともなく通過します。
    凍結していたら厄介ですが、よく乾いたこんな秋の日には何でもないところで安心しました。

    その先に、大ムレ権現の小さな建物が見えてきました。
    石段を登って、参拝。
    その先に右へ登っていく「権現山」の道しるべがありました。
    雨降山で会った人の後ろ姿が見えていたのですが、しかし、その人は、山頂方向ではなく、直進していきました。
    まき道もあるのかな?
    私は道しるべの通りに右に折れ、最後の急登を行きました。
    登りでも若干滑るような土の急登でした。
    ここを下るのはちょっと嫌だなあと感じながら、山頂へ。

    権現山山頂。11:55。
    山頂には20人近くの人がいました。
    2パーティ+個人が数人という印象です。
    ここまでほとんど人に出会わなかったので、そのギャップに驚愕。
    ・・・・・に、賑やかだなあ。(''_'')

    私も端のほうにレジャーシートを出して座りました。
    おにぎりを食べた後は、カフェオレと甘いお菓子。
    今季初のカフェオレを入れたテルモス持参です。
    ようやく温かい飲み物が嬉しい季節になりました。

    まだ頭の上は青空ですが、西から曇ってきていました。
    山頂付近の木々も育ってきていて、眺望は驚嘆するほどのものではありません。
    それでも、晴れ晴れとして気持ち良いことには変わりません。
    長居する人が多いので山頂が混雑するのでしょう。

    ここからは来た道を戻る予定でしたが、反対方向の「麻生山・浅川峠」の道しるべが示す登山道は来た道よりも緩そうでした。
    ここを降りてまき道を戻るほうが、先ほどの急な土の道を下るより楽なんじゃないかな?
    ここを登ってくるとき、前を行く人は直進して行ったし。
    さっきのバイクもその道を行ったと思う。
    地図上にはまき道の表示はないけれども。

    さて出発。12:15。
    やはり、「麻生山・浅川峠」への道は緩く、段差がきちんとあって歩きやすい道でした。
    稜線上の道まで下りてきた分岐には道しるべもありました。
    「用竹」を示す道しるべを確認し、やはり予想通りだと安心して歩きだしたのですが、その先、道は急に細くなり、斜面にかろうじて踏み跡がある程度になってきました。
    こんなの登山道じゃないよー。
    誰かが無理して歩いただけでしょう、ここ。
    ( ;∀;)

    やばい。
    本日一番の危険個所でした。
    何とか大ムレ権現まで戻って、ひと安心。
    滑落しなくて良かったー。
    やはり、予定していないことをやるべきではない。
    ・・・・え?
    では、あのバイクは権現山の山頂を通ったの?
    ・・・・・モトクロス凄いなあ。

    後は先ほど来た道を戻ります
    広くて起伏が少なく、歩きやすい道です。
    スミレの頃、新緑の頃、紅葉の頃。
    季節を変えてまた来ても楽しいだろうなあ。

    雨降山。12:50。
    ここからは東に続く稜線を用竹へと降りていきます。
    しばらく行くと何かよくわからない建物が。
    観測所でしょうか?
    そこへ入っていく道のほうが広く、左の登山道は草に覆われていて、ちょっとわかりづらかったのですが、こっちで良かったのかなと思っていると「用竹」と書かれた道しるべがあり、不安にならずに済みました。
    ところどころ登山道がえぐれていて歩きにくいところもありますが、概ね広い良い道が続きます。

    気配に振り返ると、今度は自転車が4台通過。
    しばらく行くと、「八重トレコース」の道しるべがありました。13:35。
    トレイルランニングのコースにもなっているんだ。(^。^)
    歩きやすい良い道ですものね。
    ここが二本杉山かな?

    その少し先、5分ほど行ったところが、尾続山分岐。
    ここはしっかりした道しるべが立っていました。
    ここから要害山に行くこともできるようです。
    道しるべをよく確認して、用竹へと降りていきます。

    ぐっと下っていくと樹木が切れて、ふっと展望が開けました。
    ああ、丹沢の山だ。
    麓の民家も見えて、箱庭のような眺めでした。

    そのすぐ先が墓村の分岐。14:00。
    しかし、村への道は夏草が生え、石が多く、荒れた印象です。
    ここはもう廃道なのかな。
    道しるべを確認して、用竹へ。
    その5分先にも、墓村分岐。
    こちらは、明瞭な道がありました。

    麓が近くなっても道は歩きやすく、滑りやすいところもほとんどありません。
    やがて、また分岐。道しるべを確認。
    「殿村バス停」への道ではなく、右の「用竹」の道を選んで下っていきます。
    一軒家の灰色の尾根が大きく見えてきて、そこで登山道は尽き、そのままほぼV字に舗装道路がつながっていました。
    道しるべもありますが、道は一本で、どちらに進むか悩むことはありません。
    その先も分岐ごとに道しるべがあり、5分ほどで、朝、バスで通過した県道に出ました。
    道路の向かい側が上野原駅に戻るバス停です。
    白いベンチのあるバス停。14:40。
    次のバスは、15:10。
    持ってきた2.5Lのスポーツドリンクは、まだ1L以上残っていました。
    次回からは、2L持ってくれば十分かな。


      


  • Posted by セギ at 13:32Comments(0)

    2016年10月17日

    10月29日(土)、大人のための数学教室を開きます。



    10月15日(土)、大人のための数学教室を開きました。
    今回は、前回と同じ内容の授業でした。
    前半は、ユークリッドの互除法。
    後半、「不定方程式」の学習に進みました。
    不定方程式とは解が定まらない方程式のことです。
    例えば、 3x-4y=0
    この方程式1本では、x、yの値は定まりません。
    y=3/4x
    と変形してみるとわかりやすいでしょうが、これは比例の式ですから、xとyの値の組は無数に存在します。
    では、「解は無数に存在する」で終わらせるのかいうと、もう少し範囲を狭めて、何か情報を伝えたいものです。

    不定方程式の問題は、「x、yの整数解を求めよ」となっているのも特徴です。
    無数に存在する中で、xもyも整数の解を求めなさいというのです。
    いやいや、それだって無数に存在するのですが、何か解の性質のようなものを伝えて、それを答えとしたい。
    そういう方向で解いていくことになります。

    3x-4y=0
    とりあえず、yを移項します。
    3x=4y
    こうすると、xとyの整数解の関係が見やすくなります。
    3と4は、最大公約数が1。
    それ以外に整数の共通因数を持ちません。
    つまり互いに素です。
    それで、3x=4y が成り立っているということは、xには4の因数が含まれているということではないでしょうか。
    一方、yには3の因数が含まれている。
    つまり、xは4の倍数で、yは3の倍数です。
    そうでなければ、この等式は成立しません。
    よって、
    x=4k、y=3k (kは整数)
    これが、この不定方程式の整数解となります。
    1つに特定することはできないけれど、xは4の倍数ですし、yは3の倍数ですよ。
    kに整数を代入すれば、個々の解は全て出てきますよ。
    この解答が伝えていることは、そういうことです。
    これが、不定方程式の解です。

    「何だか解いた気がしない」
    と、高校生には全般的に不評です。
    数学は答えが1つに決まるものだと思っていたのに、この答えは中途半端だ。
    今までの方程式と何か違うので、やりにくい。
    頑固なタイプの生徒ですと、違和感を抱き、反発心も強く、なかなか定着しない内容です。
    納得できない内容は、頭に入らないですよね。
    「数学とはこうでなければならない」
    という固定観念の強い人ほど、この先の数学で実感的に納得できる内容は少なくなっていきます。

    頑固にならないでね。
    この先の内容で納得できないことがあったら、そんな考え方もあるのかと受け流すといいよと話しています。

    さて、不定方程式をもう1問。
    3x+5y=1
    これは、どう解きましょうか?
    右辺が0なら、上の問題のようにxとyの関係を見ることができますが、右辺が1なのでやりにくいですね。
    では、まず右辺を0にしましょう。
    どうやって?

    上の方程式が成立するxとyの整数解を1組、とにかく見つけます。
    もっと複雑になると見つけ方の計算方法もありますが、今のところ問題がシンプルなので、暗算で見つけることができますね。
    x=1のときは、yは整数解はありません。
    x=2のとき、y=-1ならば、
    3・2+5・(-1)=1
    これは成立します!
    そこで、与式から、今作った式を引きます。
      3x +5y     =1 ・・・➀
    -)3・2+5・(-1) =1 ・・・②

    答えは、3x-3・2=3(x-2) というように分配法則でくくっておきます。
    3(x-2)+5(y+1)=0
    これで右辺は0になり、xとyの関係が見やすくなりました。
    移項して、
    3(x-2)=-5(y+1) ・・・・➂
    3と5は互いに素ですから、x-2は5の倍数だとわかります。
    よって、
    x-2=5k ・・・④
    x=5k+2
    ④を➂に代入すると、
    3・5k=-5(y+1)
    15k=-5(y+1)
    -5(y+1)=15k
    y+1=-3k
    y=-3k-1

    よって、この不定方程式の解は、x=5k+2、y=-3k-1 (kは整数)
    最初に見つけた整数解によって、この解答は見た目が少し違ってきます。
    しかし、表しているものの関係は変わりません。
    だから、模範解答と異なるものでも正解はあります。

    このやり方で、どんな問題でも基本的には解いていくことができます。
    しかし、暗算で整数解を見つけるのには限界があります。
    もっと係数の大きい不定方程式はどのように解いたら良いでしょうか。
    次回はそこから授業を行います。

    今回、久しぶりにご参加の方がパソコンメールからお申込みくださったのですが、携帯メールかラインでのお申込みいただくのが常態になっていて、金曜日にパソコンを開くことがなく、ご迷惑をおかけしました。
    ブログ更新のときしかパソコンは開かないので、本当に申し訳ありませんでした。


    次回の数学教室のお知らせです。
    ◎日時  10月29日(土)10:00~11:30
    ◎内容  数A「整数の性質」の学習を続けます。p104「不定方程式(互除法の利用)」から。
    ◎場所  セギ英数教室
           三鷹市下連雀3-33-13
             三鷹第二ビル 305
           春の湯さんの斜め前のビルです。
    ◎用具   ノート・筆記用具
    ◎参加費 2,000円
           当日集めさせていただきます。
    ◎予約  私の携帯メールかラインあてに、ご予約をお願いいたします。


      


  • Posted by セギ at 12:12Comments(0)大人のための講座

    2016年10月14日

    アナログ時計が読めない。


    もう3年くらい前になりますが、模試責任者の研修を受けていたときに、今の大学生の中にはアナログ時計を読めない子がいるのではないかという話になったことがあります。
    試験監督をするアルバイト学生が模試の終了時間の告知をミスする事例があり、それをどう解決するかという話の中で出てきたことでした。

    そういう子もいるのかもしれないとは思うものの、実例を見たことはなかったのですが、少し前、若いテレビタレントが、トーク番組で自分はアナログ時計を読めないと話していました。
    短い針は数字の通りに読めばいいが、長い針が何分を指すのか読むことができないと言うのです。
    「5倍すればいいって教わったけど、長い針は中途半端なところにいることが多いでしょう?」
    しかし、その話を聞く側は「5倍すればいい」の時点で「?」という顔をしていました。

    例えば、長針が「2」の位置にあるとき、2×5=10で、それは10分を指している。
    「5倍する」とは、そういう意味でしょう。
    しかし、アナログ時計を読める人は、×5の計算などせず、見たままで時刻を読み取っています。
    「2」の目盛りが10分を指すことが頭の中で自動化されています。
    だから、中途半端な位置にある「13分」でも「27分」でも自動的に読み取れます。
    それができないという話なのでした。

    その若いテレビタレントは、俗に言う「おバカタレント」らしいのですが、×5のくだりを聞く限りでは、実はかなり頭が良さそうでした。
    自分は何ができないのか。
    どのようにできないのか。
    原因は何であるか。
    それをこんなに具体的に饒舌に語れるのは大変な言語能力です。
    これだけのアウトプット能力があればインプット能力も高いのが普通です。
    興味がないから勉強せず、だから学校の成績は悪かったというだけで、本来頭の良い子なのだろうなと感じました。
    あるいは、タレントイメージとして隠しているだけで、学校の成績も本当は良かったのかもしれません。

    それはともかく、アナログ時計に話を戻すと、長針を読める人は「2」を「10」と読むことが自動化されています。
    しかし、本来「2」は「10」ではありません。
    「2」を「10」に読み替える。
    あるいは数字がなくても、丸い時計の針の位置で時刻を読み取る。
    大人になってから初めて学ぶのであれば、これは少し難しいことかもしれません。
    教えるとしたらどんなふうになるだろうと想像します。
    1時間あれば、色んな時刻を読む練習をして、一応読めるようになるでしょうか。
    でも、問題は、そのときは読めるようになっても、翌日には忘れてしまう可能性が高いことでしょう。
    繰り返し練習しなければ定着しないと思います。

    「学習する」ということについて、テレビを見ながら考え込んでしまいました。
    学習したから「2」を「10」と読めるのです。
    自分が「2」を「10」と読んでいることを意識しないほど完全に自動化し、定着しているのが、学習が完成した状態でしょう。

    目標はそういうところなのですが、しかし、なかなか厳しいのが現実です。
    教室での授業を振り返ると、それでも過半数の子どもは、学習するとはどういうことなのかを体験的に会得していると思います。
    学習に対しても主体的です。
    「学校でこのプリントをもらって、これの類題がテストに出ると言われたから、そういう演習がしたい」
    と、要求も具体的です。
    私は、それでは、テキストのこの問題を解こうと指示し、演習した結果が誤答の場合は、そこが違うよね、ここはこう解くんだよねと指摘し解説します。
    すると、次に類題を解くときに改善されています。
    授業中には結局改善されなかったことも、テストの答案を後日見ると正答しています。
    失敗から学ぶ。
    ごく当たり前にそれが機能しています。

    自分は何をどう間違えたのか。
    それを分析し、正しい解き方を理解し、次に実践する。
    学習はそうした作業の繰り返しです。
    失敗から学ぶのが、学習能力。
    ほとんど意識することもないでしょうが、多くの子が持っているものです。

    ところが、これが機能していないように感じられる子もいます。
    どうも「学習する」ということを学びそこねてしまったようなのです。

    まずは外側に表れている問題として、復習をしない子。
    このブログにも繰り返し書いていますが、間違えた問題にバツをつけない子です。
    直して赤丸をつけて終わりにします。
    そこを注意し、それでもバツはつけたくないだろうから、直して青丸をつけるように指示すると、ノートはそのように改善されます。
    でも、テキストにチェックを入れません。
    テキストに間違えた印のチェックが入っていない場合、何を復習していいのか本人はわかりません。
    チェックの入った問題だけ解き直せばいいんだよと説明すると「ああっ」と驚いた顔をする子もいます。
    間違えた問題のノートを読み直すだけでも復習になるんだよと説明すると、それも「ああっ」と驚いています。
    勉強のやり方を知らないのですね。
    こうした反復学習の方法が身についていない子は、できないことはできない状態のままテストを受けてしまいます。
    そこを改善できれば成績が飛躍する子はたくさんいます。

    しかし、本当に学習能力の高い子は、間違えた問題の解き直しを必要としないのです。
    間違えた経験がしっかり本人の頭に残っています。
    「復習しなさい」という指示を必要とせず、本人の頭の中でその作業が行われています。
    この、表に出ない部分、外側の行動に表れない部分での「学習」が完璧であるほど、表面的には何も復習していないように見えます。

    問題を1題解く間に、あらゆる分析が無意識に行われています。
    この問題はどの学習事項の問題なのか。
    過去に見たどの例題の類題なのか。
    自分の頭の中にあるどの解き方が有効なのか。
    出題者の意図は何なのか。

    そして答え合わせをして間違えたときには。
    自分は何をどう間違えたのか。
    今後同じミスをしないためにはどうであれば良いのか。
    この問題を1題間違えたことで自分が学んだことは何なのか。

    こうして書くと大袈裟ですが、問題を1題解く過程で常に意識せずに行われているのがこうした「学習」です。
    常に分析的である。
    常に何かしら頭が働いている。
    学習するということは、そういうことだと思うのです。

    それゆえ、学習能力の高い人は、同じ問題の解き直しは本来必要としません。
    一度解く過程で、その問題から学べることは全て吸収するからです。
    それでも解き直すのは、全て吸収したことの確認です。
    解き直したら正解できた。
    確かに、自分は学習した。
    その確認です。

    「学習」はこのように目に見えない形のものですので、学習の形式だけ指示しても、効果が表れない子もいます。
    解き直すという作業だけを真似ても、同じことを同じように間違えるだけで、結果の変わらない子です。
    解き直すことに効果がないように見えます。
    目に見えない「学習」という作業が本人の内側で上手く機能していないのかもしれません。
    何をどうすることが「学習 」なのか、その本質がわかっていないのだと思います。

    時間が経って忘れたということではなく、直後に類題を解いても、同じことを同じように間違えます。
    そうした場合、理解できていないからだろうと思い、私は解説を加えます。
    しかし、その後に類題を解いてもまた同じように間違えます。
    その頃になると本人も多少は危機感を抱いて真剣に解いています。
    しかし、また同じように間違えるのです。
    ようやく、本人から質問が出始めます。
    大抵は、「それがわからないということは、一体いつから数学がわからなくなっていたの?」と内心ぞっとするような質問です。
    不等号の向きが意味することがわかっていなかったなど、かなり初期の段階で学びそこねたことが影響している場合が多いです。

    学習は、自分の内側に向かっていく作業ですが、そういう子の多くは勉強していても他人の目を気にしているのかもしれません。
    自分がどう見えているかを気にしているのでしょう。
    本当にわかることよりも、わかったふりをすることを重視します。
    わからないけれど、わかったふりをする。
    そういう子は、どう見えるかが大切なので、わかって解いている子の頭の中で起こっていることには想像が至らないかもしれません。

    頭の中で常に分析しているんだよ。
    常に改善しているんだよ。
    アップデートを繰り返しているんだよ。
    それが「学習する」ということなんだよ。

    しかし、いくら口で説明しても、そのように頭を働かすということは具体的にどうすることなのかわからない。
    上手く学習できない子の中には、そうした課題を抱えている子もいるように感じます。

    ただ、これは目に見えないことなので、頭の中で本当に何も動いていないのかもしれませんが、何か動いているのかもしれません。
    その見極めは難しいです。


    私は週に1回、スポーツジムでエアロビクスを習っています。
    下手の横好きですので、なかなか難しいです。
    よせばいいのに上級者クラスにいますので、全体に振りつけが速いですし、手の動きと足の動きは異なるリズムを取ることを要求されることもあります。
    よく観察しないと、前回りだとずっと思っていたら、実は後ろ回りだった、という失敗もしがちです。
    何だかタイミングが合わないなあと思い、ああ、後ろ回りなんだと気がついて、直そうとするのですが、もう直りません。
    頭ではわかっているのですが。
    本当にわかっているのですが。
    でも、前回りしてしまうんだなあ。
    何でかなあ。
    脳からの指令に足が上手く反応しないなあ。

    何度も同じところを同じように間違えてしまう子も、そのような状態かもしれません。
    わかっているんだけど、上手く反応できないんだ。
    でも、わかっているんだ。

    そういう場合、あと何度か繰り返せば、出来るようになるかもしれません。
    時間はかかるけれど、学習はしています。
    少なくとも、学習するとはどういうことなのか、わかっています。
    学習するとはどういうことか実感できているのなら、夜明けは近い。
    そう思います。
      


  • Posted by セギ at 16:16Comments(0)算数・数学

    2016年10月09日

    2乗に比例する関数


    「2乗に比例する関数」。
    2次関数のうち頂点が原点にあるもののみを中3で学習し、こう呼びます。
    高校数学になると、2次関数のグラフは頂点が座標平面上のどこにでも位置し、頂点の座標を求めるところから問題を解き始めないといけません。
    しかし、中3のうちはまだ頂点は必ず原点にあります。
    その分、簡単です。

    テストでよく出題されるのは、与えられたxとyの値の組から、2乗に比例する関数の式を求める問題。
    y=ax2 の一般式に代入してaを求めるだけなので、これは比較的易しいです。

    次に、式からグラフを描く問題。
    描き方がわからない子はまずいないのですが、実際に描いてみると不器用な子は放物線のグラフを描くのにかなり難渋します。
    方眼紙に放物線を描くのは私も苦手です。
    放物線はフリーハンドでそんなに上手に描けるものではないので、格子点(xもyも整数値の点)はとにかく正確に通って、方眼紙の終わりではグラフの端が楕円にならないよう直線的にすっと抜けていけば、それでまあ良しとしましょう。
    採点的にもそれ以上は要求されません。

    最もよく出題されるのが、xの変域からyの変域を求める問題です。
    これは都立入試で毎年出題されていますので、中学校の定期テストにも必ず出ます。

    例題 y=2x2 で-3≦x≦5のときのyの変域を求めなさい。

    この問題を、1次関数のときのように、x=-3のときy=18、x=5のときy=50。
    よって、18≦y≦50 
    と答えてしまう子が多いのです。
    xの変域が0をまたぐときは、y=0の値が変域の中にあります。
    放物線をイメージすればすぐわかることですが、yの値はいったん小さくなり、0になってから再び大きくなっていくのです。
    よってyの最小値は0です。
    では最大値は?
    x=-3の値とx=5の値と両方を実際に計算しないとわからないでしょうか?
    いいえ、これも放物線をイメージすれば、xの値の絶対値が大きいほどyの値が大きくなることがわかりますね。
    だから、-3と5を比べて、絶対値の大きいx=5のほうだけ計算します。
    したがって、答えは、 0≦y≦50 です。

    ここを間違えないように生徒に強調して解説し、さて練習問題を解いてみます。
    しかし、練習問題は、2<x≦5 や、-7≦x≦-2 のように、0をまたいでいないものから始まります。
    そうして(5)くらいでついに -3≦x≦5 の問題が出てきて、その頃には解説されたことなどすっかり忘れて、やったらダメだよと強調したことをそっくりやってしまう生徒は多いです。
    ( ̄ー ̄)

    一度間違えても、その失敗の経験から二度と同じ轍は踏まないのであれば良いのです。
    でも、幾度間違えても翌日にはまた同じ失敗をしてしまう子も多いです。
    「学習能力」というのは、失敗から学ぶ能力。
    理解力はあるのですが、この学習能力の弱い子が課題だなあとつくづく思います。
    何度同じ問題を解き直しても同じことを同じように間違えてしまうのです。
    学習するということの根本が何だか上手く機能していないのを感じます。
    解き直すときに以前の失敗を意識して改善していくのだということを意識していないようなのです。
    「学習する」ということを学びそこねているのかもしれません。
    そういう子には「間違えた問題は解き直しなさい」という指示だけでは学力に変化は起こりません。
    同じように間違えるだけです。
    もっと手取り足取りの指導が必要となります。

    ところで、この答え「0≦y≦50」はどう読むでしょうか?

    これは「0小なりイコールy小なりイコール50」と読みます。
    「<」の読み方が「小なり」です。
    学校でこれを習っている子は答えあわせもすんなりいきますし大小関係の把握もスムーズであることが多いのですが、学校の先生の中にはこの読み方を教えない人もいます。
    「小なり」という読み方が古臭いことは私も否定しません。
    学会で正式に認められた読み方である保証もありません。
    でも、この読み方を知らない子に答えを読ませると頭の中で1度日本語に翻訳する作業が必要となります。
    「yは0以上50以下」
    読む順番が元の不等式とは異なります。
    「以上」「以下」だけならまだましですが、「<」の符号の読み方はさらに難しくなります。
    0<y<50
    の読み方は、「yは0より大きく50未満」。
    不等式を見てこの読み方を瞬時にできる子は言語能力がかなり発達している子でしょう。
    まあ大抵はぐちゃぐちゃで、宿題の答えあわせは普段の3倍の時間がかかります。
    書いてある通りに読むだけの「小なり」の読み方のほうが、覚えてしまえばその後が楽で正確です。
    ちなみにこの「小なり」の読み方は、パソコンでその通りに打ち込めば「<」の記号が出てくる、一般に普及した読み方です。

    読み方を間違えているだけなら良いのですが、不等号の右と左のどちらが小さいのか理解できていない子もいます。
    他のことはわかっているのに、そこだけ知識が陥没している子もひっそりと存在します。
    小学校の頃に学びそこねたのでしょう。
    最初に間違えて逆に覚えてしまい、どちらが正しいかいつまで経ってもあやふやになっているようです。
    そのまま高校生になってしまい、高校数学で苦労する子もいます。


    変域の次に学ぶのが変化の割合に関する問題。

    この後に学ぶ放物線と直線の交点に関する問題に含まれる内容でもあるので、「変化の割合」として独立して出題されることは少ないです。
    2乗に比例する関数の場合、グラフは放物線ですので、変化の割合は一定ではありません。
    どの点からどの点までの変化の割合なのか、与えられた条件にそって、yの増加量/xの増加量 の計算をして求めていきます。

    問題 関数y=3x2で、xが-2から3に変化するときの変化の割合を求めなさい。

    与えられた式に代入すると、x=-2のときy=12、x=3のときy=27です。
    このときは「いったん0を通る」などと考える必要はありません。
    よってxの増加量は5、y増加量は15。
    したがって変化の割合は15/5=3です。

    これには裏ワザがあります。
    比例定数がaの2乗に比例する関数で、xがpからqへと変化するときの変化の割合は、
     a(p+q)
    で求めることができます。
    上の問題では、3(-2+3)=3と一度で答えが出てきます。

    これは公式です。
    この公式の証明は、それほど難しくありません。
    x=pのときy=ap2、x=qのときy=aq2
    よってxの増加量はq-p。
    yの増加量はaq2-ap2=a(q2-p2)=a(q+p)(q-p)。
    よって変化の割合は、a(q+p)(q-p)/q-p=a(q+p)。

    これが使えますと、放物線と交わる直線の式なども簡単に求められます。
    しかし、この公式は、公立中学校では教えません。
    教科書準拠のワークの発展問題にこの関連問題が1題載っている程度です。
    進学塾でも上位クラスの生徒だけに教える内容です。

    なぜ教えないのかと言えば、この公式は見た目はシンプルですが何を意味しているのかぱっと見た限りではよくわからないからでしょうか。
    言い方を変えれば、実感を伴わない公式です。
    こういう公式は数学が苦手な子には定着しません。
    中途半端に使ってかえって混乱する可能性のほうが高いです。
    そうなるくらいなら、時間はかかっても意味のよくわかる作業をして求めてもらいたい。
    教える側にはそういう気持ちが働きます。
    だから、数学が苦手な子は教わることがなく、地道に解くことになります。

    数学が苦手な中学生は教わらない裏ワザや公式は、このようにたくさんあります。
    多くは高校で学ぶ内容を先取りして、中学生のうちに使ってしまうものです。
    それらの公式は使えればスピーディに問題を解くことができます。
    手間を省いているので途中の計算ミスの危険性も減ります。
    だから、数学が得意な子はますます速く正確に問題を解いていけます。
    何というか、「数学格差」とでもいうものが広がっていく気がします。

    ただ、数学のテストというのは十分な時間がありますので、裏ワザなんか知らなくてもしっかり解いていけば良い結果を出すことができます。
    裏ワザや公式を振り回すわりに何だか得点が安定しない子も多いのです。
    それよりは、基本に忠実にしっかり得点を重ねていくほうが良いでしょう。
    単なる作業手順にせずに、1問1問理解して問題を解いてほしいです。

    高校数学になれば、理解していなければ解けない問題が増えてきます。
    作業手順として覚えるには複雑すぎ、多岐に渡り過ぎて、暗記などできなくなります。
    自分がやっていることの意味を理解して解いていくことのほうが大切です。

      


  • Posted by セギ at 17:13Comments(0)算数・数学